金の目銀の目
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著者名:豊島与志雄 

 匪賊が案内してくれるので、道に迷う心配はありませんでした。そのかわり、山坂になってる野原を駆け続けるので、つらい旅でした。そして二日目の夕方、金銀廟の城につきました。
 キシさんとチヨ子にとっては、なつかしい故郷でした。白い塔はもとより、山にも木にも草にも、あらゆるものに見覚えがありました。
 馬車のまま城の中にはいって、長く待たされて、それから広間に通されました。
 荒くれた人たちがおおぜい、酒盛をしていました。
 正面にあぐらをかいてる、首領(かしら)らしい男が、大きなさかずきをおいて、三人のほうをじっとにらんで、いいました。
「手品(てじな)とか奇術(きじゅつ)とかをやるというのは、お前達か。ひとつやってみせろ」
 キシさんは、ていねいではあるが、きっぱりしたちょうしでたずねました。
「あなたが玄王(げんおう)というお方でございますか」
「なに、玄王だと……玄王はいま病気だ」
「それじゃあ、奇術はまあやめましょう。金銀廟の玄王のところへといって、連れてこられたのですから、玄王の前でまずやらなければ、奇術の神様が怒ります」
「奇術(きじゅつ)の神様とはなんだ」
「奇術の神様です。私共の奇術は、その神様からさずかった、とうとい術ばかりです。神さまにうそをつくようなことをしてはいけません」
 匪賊(ひぞく)の首領(かしら)は、言葉につまってうなりました。そしておこりました。
「ふらちなことをいう奴だ。よし、奇術をしないというなら、ちょうど、五十人ばかりの捕虜(ほりょ)がきているから、明日の朝、その首きりの役をさせるぞ」
 キシさんは考えこみました。
 ところが、キシさんのかわりに、ニャーオと……猫が鳴きました。太郎が上着の中にかくして抱いていたチロが、外に出たくて鳴きだしたのです。そしてあばれだしたのです。しかたがないので、太郎はチロを出してやりました。チロは喜んで、広間の中を駆けまわりました。
 匪賊たちはびっくりしたようでした。それから、不思議そうにチロをながめて、ささやきあいました。
「まっ白な猫だ」
「金目銀目(きんめぎんめ)だ」
「金銀廟(きんぎんびょう)に祀ってあるのとそっくりだ」
 太郎はチロを追っかけました。
「チロ、チロ……おいで、チロ……」
 匪賊の首領はチロにひどく心を引かれたらしく、立ち上がってきてチロを捕まえようとしました。太郎はすばやくチロを胸に抱きあげました。
「いやだよ、これ、ぼくたちの大事な猫だよ」と、太郎は言いました。
「奇術(きじゅつ)の神様のお使いだよ。そまつにすると、ひどい罰があたるよ」
 首領(かしら)は座(ざ)に戻って、腕を組んで、三人の奇術師のようすをながめました。
「どうも、不思議なやつらだ。とにかく、明日の朝、首きりの役を言いつけるぞ」
 キシさんは平然(へいぜん)と答えました。
「ひきうけましょう。奇術でやってみましょう。五十人の首ぐらい、またたくまに打ち落としてみせますし、お望みなら、その首をまたつなぎあわしてもみましょう」

      チロの国

 その夜、奇術師に化(ば)けてる三人は、城の中のせまい一室に、とめおかれました。
 三人は、ひそひそ相談しあいました。いろいろ危急(ききゅう)なことがかさなっています。そしてまず第一に、玄王(げんおう)のことをさぐりださねばなりません。
 夜遅く、城の中の匪賊(ひぞく)達が寝しずまったころ、太郎とチヨ子は起きあがって部屋から出ていきました。チヨ子は城の中のことをよく知っていますので先に立って進みました。
 奥の方の部屋に行って、大きな声でチヨ子はいいました。
「もしもし、金目銀目(きんめぎんめ)の猫が、どこかへ行ってしまいました。こちらに来ませんでしたか」
「チロ、チロ、チロや……」
と、太郎は呼びました。
 そして二人で、部屋の中を探しました。
「うるさいな。猫なんかいないよ。ほかを探してこい」
 二人は、ほかの部屋に行きました。
「もしもし、金目銀目(きんめぎんめ)のネコが来ませんでしたか」
「チロ、チロ、チロや……」
 寝ていた匪賊(ひぞく)達は目をさましました。
「うるさいな。ネコなんかいないよ」
 そして二人は、あちらこちら探しまわりました。
 奇術師(きじゅつし)の子供達が猫を探しているので、誰も怪(あや)しむものはありませんでした。
 けれどじつは、玄王(げんおう)のことを探偵(たんてい)しているのでした。
 あちらこちらはいりこんで、それから、金銀廟(きんぎんびょう)の方へ行ってみました。
「もしもし、金目銀目の猫が来ませんでしたか」
 小さなランプのついてるきりの、うす暗い中から、二―三人の男が[#「二―三人の男が」は底本では「二|三人の男が」]起きあがりました。
「うるさいな。猫なんかいないよ。病人がいるきりだ」
「いいえ、確かにチロが、こっちへ逃げて来たんです」
 ふたりはどしどし、中にはいっていきました。
 奥の方に祭壇があって、金銀の厨子(ずし)の中に、猫の像が金目銀目を光らしており、いろんな不思議な器物が並んでいました。そしてその前に、病人らしい男が寝ていました。
 その病人の側に、チヨ子は立ち止まって、じっとその顔を見ていましたが、石のようにかたくなって、それから、ぶるぶる震えだし、そこにかがみこんでしまいました。
 そのとき、病人はふいに、はね起きました。
「猫のことは、私が知っている。みんなしばらく外に出ていてくれ」
 それを聞いて、ほかの男たちは、外に出ていきました。太郎は入口の見張りをしました。
 そして、太郎がふり向くと、病人とチヨ子とはもうしっかりと抱きあって、泣いていました。病人はそのやせた手で、チヨ子の頭や背中をなでさすり、チヨ子は病人の胸に顔をおしあてて、どちらも黙ったまま、涙を流しています……。
 その病人こそ、玄王(げんおう)だったのです。チヨ子の父だったのです。おたがいに話したいことが、どんなにたくさんあったことでしょう。また、どんなに涙が流れたことでしょう。
 太郎は両腕をくんで、脇の方を向いて、じっと立っておりました。
 金銀廟(きんぎんびょう)の中の部屋で、あたりは、しーんとしていました。

 何もかもすっかり、はっきりしました。
 匪賊(ひぞく)の首領(かしら)は、玄王(げんおう)のふいを襲って、その城をのっとりましたが、負傷した玄王を人質(ひとじち)にとって、金銀廟の中におしこめ、自分は玄王に仕えてる者だ、と、勝手にいって、ふきんの土地を治め、やがてはその王になるつもりでした。けれど、玄王の部下たちがあちらこちらにいて、なかなか思うようになりませんでした。
 しじゅう戦いがおこりました。けれど玄王(げんおう)の部下達も、玄王が人質(ひとじち)になっているので、思いきって攻め寄せることもできませんでした。
 そのことを知っていますので、匪賊(ひぞく)達も、玄王をそまつにはあつかいませんでした。玄王のきずはなおりました、けれども、次には病気で寝つきました。それでも匪賊のうちには、だんだん玄王になついてくるものが出てきました。金銀廟(きんぎんびょう)で玄王の側についてる者たちは、今ではもう玄王の味方でした。
 そこへ、チヨ子が来たのです。玄王は力がつきました。そのうえ、どんな病気にもきくという薬を、太郎がすぐに飲ませておきました。まもなくじょうぶになるに違いありません。
 キシさんは、おどりあがって喜びました。
 朝早く、キシさんは大きな刀を打ち振り、太郎はピストルをポケットにしのばして、捕虜(ほりょ)の首きり役に出かけました。だけど、捕虜というのは、みな玄王の味方の者です。どうするつもりなのでしょうか。
 城の中の広場です。匪賊の首領(かしら)は数人の手下をつれて、見物に出てきました。向こうには五十人ばかりの捕虜(ほりょ)が、荒縄(あらなわ)で縛られ、棒杭(ぼうくい)に結びつけられて、もう覚悟を決めたらしく、うなだれていました。あの不思議なふたりの男も、その中に交っていました。
「見事にやってみせるか」と、首領はキシさんに言いました。
「奇術(きじゅつ)の法でやってみます」と、キシさんは答えました。
「目にも止まらぬ早技(はやわざ)です」
 キシさんは静かに進んでいきました。そして捕虜達の側に立ち止まって、大きな刀を二―三度打ち振りました。その時にはもう、奇術(きじゅつ)師のみなりこそしていますが、目は鋭く輝やき、勇気が全身に、みちみちて、勇ましい李伯将軍(りはくしょうぐん)に変っていました。
 匪賊(ひぞく)達は、何かはっとして、ものにおびえたようでした。
「えー、やーあ……」
 腹の底から、恐ろしい声を立てて、キシさんは刀を振りかぶりました。その刀がひらりと動いたかと思うと、一人の捕虜(ほりょ)の縄(なわ)が、ぱらりとたち切れていました。キシさんはおどりたちました。見事な手練(しゅれん)と早技とで、捕虜達をしばっている荒縄を、ぶつりぶつりとたち切りました。
 匪賊達はどよめきました。混乱がおこりました。
 キシさんは、つっ立って叫びました。
「匪賊ども、静かにしろ。今こそ名乗ってやる。玄王(げんおう)のもとの部下、李伯将軍とはおれのことだ。降参すれば命は助けてやる。さもなければ、みな殺しだ。覚悟して、返事をしろ」
 太郎もピストルをとりだしました。
 捕虜達は李伯将軍の名を聞いて、一度に、わーっと歓声(かんせい)を上げました。たちどころに、匪賊の数人は打ち倒されました。
 匪賊の首領(かしら)は、ただ、あっけにとられていましたが、やがて、うなだれて、地面に両手をつきました。
「すみませんでした。ぞんぶんにしていただきましょう」
 さすがに首領です。立派な覚悟でした。そこへ玄王が現われました。太郎の妙薬(みょうやく)で病気も治ったらしく、晴れやかな気高い顔をしていました。側にチヨ子がついており、前からつきしたがっていた匪賊達が、後にひかえていました。
 キシさんは走りよりました。
「おう、李伯(りはく)か」
「玄王(げんおう)、御無事で……」
 あとは言葉もなく、玄王は頭を垂れ、李伯将軍は膝まずき、互いに手をとりあって涙にくれました。

 匪賊(ひぞく)の首領(かしら)は降参して、心から玄王に仕えることになりました。が、まだあちこちに、玄王の元の部下もおれば、匪賊達もいます。李伯将軍が万事(ばんじ)指図をして、それらをみな治めることになりました。
 チヨ子は、父玄王の国を見せるために、太郎を金銀廟(きんぎんびょう)の塔の上につれて行きました。太郎はチロを抱いて、チヨ子の後について、高い塔の中の、うす暗い階段を昇って行きました。塔の一番上のところは、せまい部屋になっていて、四方に窓がありました。
 遠くまで、目のとどくかぎり、見渡すことができました。山があり、森があり、野原があり、川があります。野放しにした羊や馬なども、遊んでいます。
「そんなに悪いところではないでしょう」と、チヨ子は言いました。
 太郎は黙って、淋しそうな顔をしていました。九州のおじいさんのことや、大連(だいれん)の松本さんや一郎のことがなつかしく思いだされるのでした。チヨ子にもその気持ちがよくわかりました。
「ねえ、帰っていっちゃ、いけませんよ」
 太郎はふり向いて、微笑(ほほえ)んで、チヨ子の手を握りしめました。
「そうだ、不思議な地図があったろう、あれを便りに、この国を立派なものにしていこうよ」
「ええ、立派な国にしましょう。そして、チロの国と名をつけましょうよ」
 ふたりは一緒に金目銀目(きんめぎんめ)のチロを抱きかかえて、かたく握手をしました。




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