北支点描
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著者名:豊島与志雄 

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 北京には高級な支那料理屋が多く、支那各地の料理法まで味わるること、上海と好敵手である。その料理屋を一々訪れて歩くには、なまなかの財布では持ちこたえられない。ただこれらの料理屋は、上海のそれより綺麗であるばかりでなく、客が多くても比較的静かなのが特長である。無遠慮な外国人の客が少い故であろうか、或は北京人が物静かな故であろうか。
 雑沓を極めた東安市場の中の小酒家などでも、珍味が味わえる謂わば高級小料理でありながら、その中はわりに静かである。ここにはまた紹興老酒の高級品があり、左党の喜ぶところであるが、それでいて喧騒な人声は少い。
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 輔仁大学はローマ教皇庁に属する大学であるが、ここの女学生は幸福そうである。恭親王邸趾の美しい錦華園を持ち、教室にも宿舎にも王邸の建物がそのまま使用されている。男の学生はとにかく、女の学生にとっては、こうしたところで勉強することによって、一種の心情の豊かさが与えられるだろう。学校校舎に贅沢な建物は不要だとの説がある。たとえバラックの中に於ても、精神さえ確固たらば、勉強は立派に出来るというのである。然しそれは、例えば日本内地に於て云い得ることで、支那の現状には通用しない。閉鎖放置されてる蘇州の東呉大学や済南の済魯大学などのイメージが、頭に深く刻まれてる支那インテリ青年は多かろう。北京の青年も、北京大学よりも燕京大学や輔仁大学に心惹かれる者が多い。建築の完備そのものは一種の魅力を持つし、且つは諸設備や学識に対する予感を左右する。
 輔仁大学には八ヶ国人の教授がおり、日本人も一人いる。新教授で支那語の出来ない者には、教授俸給を支給しながら、支那語の教師をつけ、二ヶ年間語学を修練させた後、はじめて教壇に立つことが許さるるのである。斯かる慎重な準備は、単に教師についてだけでなく、あらゆる方面で考えられてよいことである。学校の建物とても、準備の中の一つと見てよい。




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