河童
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著者名:芥川竜之介 

        序

 これはある精神病院の患者、――第二十三号がだれにでもしゃべる話である。彼はもう三十を越しているであろう。が、一見したところはいかにも若々しい狂人である。彼の半生の経験は、――いや、そんなことはどうでもよい。彼はただじっと両膝(りょうひざ)をかかえ、時々窓の外へ目をやりながら、(鉄格子(てつごうし)をはめた窓の外には枯れ葉さえ見えない樫(かし)の木が一本、雪曇りの空に枝を張っていた。)院長のS博士や僕を相手に長々とこの話をしゃべりつづけた。もっとも身ぶりはしなかったわけではない。彼はたとえば「驚いた」と言う時には急に顔をのけぞらせたりした。……
 僕はこういう彼の話をかなり正確に写したつもりである。もしまただれか僕の筆記に飽き足りない人があるとすれば、東京市外××村のS精神病院を尋ねてみるがよい。年よりも若い第二十三号はまず丁寧(ていねい)に頭を下げ、蒲団(ふとん)のない椅子(いす)を指さすであろう。それから憂鬱(ゆううつ)な微笑を浮かべ、静かにこの話を繰り返すであろう。最後に、――僕はこの話を終わった時の彼の顔色を覚えている。彼は最後に身を起こすが早いか、たちまち拳骨(げんこつ)をふりまわしながら、だれにでもこう怒鳴(どな)りつけるであろう。――「出て行け! この悪党めが! 貴様も莫迦(ばか)な、嫉妬(しっと)深い、猥褻(わいせつ)な、ずうずうしい、うぬぼれきった、残酷な、虫のいい動物なんだろう。出ていけ! この悪党めが!」

        一

 三年前(まえ)の夏のことです。僕は人並みにリュック・サックを背負い、あの上高地(かみこうち)の温泉宿(やど)から穂高山(ほたかやま)へ登ろうとしました。穂高山へ登るのには御承知のとおり梓川(あずさがわ)をさかのぼるほかはありません。僕は前に穂高山はもちろん、槍(やり)ヶ岳(たけ)にも登っていましたから、朝霧の下(お)りた梓川の谷を案内者もつれずに登ってゆきました。朝霧の下りた梓川の谷を――しかしその霧はいつまでたっても晴れる景色(けしき)は見えません。のみならずかえって深くなるのです。僕は一時間ばかり歩いた後(のち)、一度は上高地の温泉宿へ引き返すことにしようかと思いました。けれども上高地へ引き返すにしても、とにかく霧の晴れるのを待った上にしなければなりません。といって霧は一刻ごとにずんずん深くなるばかりなのです。「ええ、いっそ登ってしまえ。」――僕はこう考えましたから、梓川の谷を離れないように熊笹(くまざさ)の中を分けてゆきました。
 しかし僕の目をさえぎるものはやはり深い霧ばかりです。もっとも時々霧の中から太い毛生欅(ぶな)や樅(もみ)の枝が青あおと葉を垂(た)らしたのも見えなかったわけではありません。それからまた放牧の馬や牛も突然僕の前へ顔を出しました。けれどもそれらは見えたと思うと、たちまち濛々(もうもう)とした霧の中に隠れてしまうのです。そのうちに足もくたびれてくれば、腹もだんだん減りはじめる、――おまけに霧にぬれ透(とお)った登山服や毛布なども並みたいていの重さではありません。僕はとうとう我(が)を折りましたから、岩にせかれている水の音をたよりに梓川の谷へ下(お)りることにしました。
 僕は水ぎわの岩に腰かけ、とりあえず食事にとりかかりました。コオンド・ビイフの罐(かん)を切ったり、枯れ枝を集めて火をつけたり、――そんなことをしているうちにかれこれ十分はたったでしょう。その間(あいだ)にどこまでも意地の悪い霧はいつかほのぼのと晴れかかりました。僕はパンをかじりながら、ちょっと腕時計(どけい)をのぞいてみました。時刻はもう一時二十分過ぎです。が、それよりも驚いたのは何か気味の悪い顔が一つ、円(まる)い腕時計の硝子(ガラス)の上へちらりと影を落としたことです。僕は驚いてふり返りました。すると、――僕が河童(かっぱ)というものを見たのは実にこの時がはじめてだったのです。僕の後ろにある岩の上には画(え)にあるとおりの河童が一匹、片手は白樺(しらかば)の幹を抱(かか)え、片手は目の上にかざしたなり、珍しそうに僕を見おろしていました。
 僕は呆(あ)っ気(け)にとられたまま、しばらくは身動きもしずにいました。河童もやはり驚いたとみえ、目の上の手さえ動かしません。そのうちに僕は飛び立つが早いか、岩の上の河童へおどりかかりました。同時にまた河童も逃げ出しました。いや、おそらくは逃げ出したのでしょう。実はひらりと身をかわしたと思うと、たちまちどこかへ消えてしまったのです。僕はいよいよ驚きながら、熊笹(くまざさ)の中を見まわしました。すると河童は逃げ腰をしたなり、二三メエトル隔たった向こうに僕を振り返って見ているのです。それは不思議でもなんでもありません。しかし僕に意外だったのは河童の体(からだ)の色のことです。岩の上に僕を見ていた河童は一面に灰色を帯びていました。けれども今は体中すっかり緑いろに変わっているのです。僕は「畜生!」とおお声をあげ、もう一度河童(かっぱ)へ飛びかかりました。河童が逃げ出したのはもちろんです。それから僕は三十分ばかり、熊笹(くまざさ)を突きぬけ、岩を飛び越え、遮二無二(しゃにむに)河童を追いつづけました。
 河童もまた足の早いことは決して猿(さる)などに劣りません。僕は夢中になって追いかける間(あいだ)に何度もその姿を見失おうとしました。のみならず足をすべらして転(ころ)がったこともたびたびです。が、大きい橡(とち)の木が一本、太ぶとと枝を張った下へ来ると、幸いにも放牧の牛が一匹、河童の往(ゆ)く先へ立ちふさがりました。しかもそれは角(つの)の太い、目を血走らせた牡牛(おうし)なのです。河童はこの牡牛を見ると、何か悲鳴をあげながら、ひときわ高い熊笹の中へもんどりを打つように飛び込みました。僕は、――僕も「しめた」と思いましたから、いきなりそのあとへ追いすがりました。するとそこには僕の知らない穴でもあいていたのでしょう。僕は滑(なめ)らかな河童の背中にやっと指先がさわったと思うと、たちまち深い闇(やみ)の中へまっさかさまに転げ落ちました。が、我々人間の心はこういう危機一髪の際にも途方(とほう)もないことを考えるものです。僕は「あっ」と思う拍子にあの上高地(かみこうち)の温泉宿のそばに「河童橋(かっぱばし)」という橋があるのを思い出しました。それから、――それから先のことは覚えていません。僕はただ目の前に稲妻(いなずま)に似たものを感じたぎり、いつの間(ま)にか正気(しょうき)を失っていました。

        二

 そのうちにやっと気がついてみると、僕は仰向(あおむ)けに倒れたまま、大勢の河童にとり囲まれていました。のみならず太い嘴(くちばし)の上に鼻目金(はなめがね)をかけた河童が一匹、僕のそばへひざまずきながら、僕の胸へ聴診器を当てていました。その河童は僕が目をあいたのを見ると、僕に「静かに」という手真似(てまね)をし、それからだれか後ろにいる河童へ Quax, quax と声をかけました。するとどこからか河童が二匹、担架(たんか)を持って歩いてきました。僕はこの担架にのせられたまま、大勢の河童の群がった中を静かに何町か進んでゆきました。僕の両側に並んでいる町は少しも銀座通りと違いありません。やはり毛生欅(ぶな)の並み木のかげにいろいろの店が日除(ひよ)けを並べ、そのまた並み木にはさまれた道を自動車が何台も走っているのです。
 やがて僕を載せた担架は細い横町(よこちょう)を曲ったと思うと、ある家(うち)の中へかつぎこまれました。それは後(のち)に知ったところによれば、あの鼻目金をかけた河童の家、――チャックという医者の家だったのです。チャックは僕を小ぎれいなベッドの上へ寝かせました。それから何か透明な水薬(みずぐすり)を一杯飲ませました。僕はベッドの上に横たわったなり、チャックのするままになっていました。実際また僕の体(からだ)はろくに身動きもできないほど、節々(ふしぶし)が痛んでいたのですから。
 チャックは一日に二三度は必ず僕を診察にきました。また三日に一度ぐらいは僕の最初に見かけた河童、――バッグという漁夫(りょうし)も尋ねてきました。河童は我々人間が河童のことを知っているよりもはるかに人間のことを知っています。それは我々人間が河童を捕獲することよりもずっと河童が人間を捕獲することが多いためでしょう。捕獲というのは当たらないまでも、我々人間は僕の前にもたびたび河童の国へ来ているのです。のみならず一生河童の国に住んでいたものも多かったのです。なぜと言ってごらんなさい。僕らはただ河童(かっぱ)ではない、人間であるという特権のために働かずに食っていられるのです。現にバッグの話によれば、ある若い道路工夫(こうふ)などはやはり偶然この国へ来た後(のち)、雌(めす)の河童を妻にめとり、死ぬまで住んでいたということです。もっともそのまた雌の河童はこの国第一の美人だった上、夫の道路工夫をごまかすのにも妙をきわめていたということです。
 僕は一週間ばかりたった後、この国の法律の定めるところにより、「特別保護住民」としてチャックの隣に住むことになりました。僕の家(うち)は小さい割にいかにも瀟洒(しょうしゃ)とできあがっていました。もちろんこの国の文明は我々人間の国の文明――少なくとも日本の文明などとあまり大差はありません。往来に面した客間の隅(すみ)には小さいピアノが一台あり、それからまた壁には額縁(がくぶち)へ入れたエッティングなども懸(かか)っていました。ただ肝腎(かんじん)の家をはじめ、テエブルや椅子(いす)の寸法も河童の身長に合わせてありますから、子どもの部屋(へや)に入れられたようにそれだけは不便に思いました。
 僕はいつも日暮れがたになると、この部屋にチャックやバッグを迎え、河童の言葉を習いました。いや、彼らばかりではありません。特別保護住民だった僕にだれも皆好奇心を持っていましたから、毎日血圧を調べてもらいに、わざわざチャックを呼び寄せるゲエルという硝子(ガラス)会社の社長などもやはりこの部屋へ顔を出したものです。しかし最初の半月ほどの間に一番僕と親しくしたのはやはりあのバッグという漁夫(りょうし)だったのです。
 ある生暖(なまあたた)かい日の暮れです。僕はこの部屋のテエブルを中に漁夫のバッグと向かい合っていました。するとバッグはどう思ったか、急に黙ってしまった上、大きい目をいっそう大きくしてじっと僕を見つめました。僕はもちろん妙に思いましたから、「Quax, Bag, quo quel, quan?」と言いました。これは日本語に翻訳すれば、「おい、バッグ、どうしたんだ」ということです。が、バッグは返事をしません。のみならずいきなり立ち上がると、べろりと舌を出したなり、ちょうど蛙(かえる)の跳(は)ねるように飛びかかる気色(けしき)さえ示しました。僕はいよいよ無気味になり、そっと椅子(いす)から立ち上がると、一足(いっそく)飛びに戸口へ飛び出そうとしました。ちょうどそこへ顔を出したのは幸いにも医者のチャックです。
「こら、バッグ、何をしているのだ?」
 チャックは鼻目金(はなめがね)をかけたまま、こういうバッグ[#「バッグ」は底本では「バック」]をにらみつけました。するとバッグは恐れいったとみえ、何度も頭へ手をやりながら、こう言ってチャックにあやまるのです。
「どうもまことに相(あい)すみません。実はこの旦那(だんな)の気味悪がるのがおもしろかったものですから、つい調子に乗って悪戯(いたずら)をしたのです。どうか旦那も堪忍(かんにん)してください。」

        三

 僕はこの先を話す前にちょっと河童というものを説明しておかなければなりません。河童はいまだに実在するかどうかも疑問になっている動物です。が、それは僕自身が彼らの間に住んでいた以上、少しも疑う余地はないはずです。ではまたどういう動物かと言えば、頭に短い毛のあるのはもちろん、手足に水掻(みずか)きのついていることも「水虎考略(すいここうりゃく)」などに出ているのと著しい違いはありません。身長もざっと一メエトルを越えるか越えぬくらいでしょう。体重は医者のチャックによれば、二十ポンドから三十ポンドまで、――まれには五十何ポンドぐらいの大河童(おおかっぱ)もいると言っていました。それから頭のまん中には楕円形(だえんけい)の皿(さら)があり、そのまた皿は年齢により、だんだん固(かた)さを加えるようです。現に年をとったバッグの皿は若いチャックの皿などとは全然手ざわりも違うのです。しかし一番不思議なのは河童の皮膚の色のことでしょう。河童は我々人間のように一定の皮膚の色を持っていません。なんでもその周囲の色と同じ色に変わってしまう、――たとえば草の中にいる時には草のように緑色に変わり、岩の上にいる時には岩のように灰色に変わるのです。これはもちろん河童に限らず、カメレオンにもあることです。あるいは河童は皮膚組織の上に何かカメレオンに近いところを持っているのかもしれません。僕はこの事実を発見した時、西国(さいこく)の河童は緑色であり、東北(とうほく)の河童は赤いという民俗学上の記録を思い出しました。のみならずバッグを追いかける時、突然どこへ行ったのか、見えなくなったことを思い出しました。しかも河童は皮膚の下によほど厚い脂肪を持っているとみえ、この地下の国の温度は比較的低いのにもかかわらず、(平均華氏(かっし)五十度前後です。)着物というものを知らず[#「知らず」は底本では「知らす」]にいるのです。もちろんどの河童も目金(めがね)をかけたり、巻煙草(まきたばこ)の箱を携えたり、金入(かねい)れを持ったりはしているでしょう。しかし河童はカンガルウのように腹に袋を持っていますから、それらのものをしまう時にも格別不便はしないのです。ただ僕におかしかったのは腰のまわりさえおおわないことです。僕はある時この習慣をなぜかとバッグに尋ねてみました。すると[#「すると」は底本では「ずると」]バッグはのけぞったまま、いつまでもげらげら笑っていました。おまけに「わたしはお前さんの隠しているのがおかしい」と返事をしました。

        四

 僕はだんだん河童の使う日常の言葉を覚えてきました。従って河童の風俗や習慣ものみこめるようになってきました。その中でも一番不思議だったのは河童は我々人間の真面目(まじめ)に思うことをおかしがる、同時に我々人間のおかしがることを真面目に思う――こういうとんちんかんな習慣です。たとえば我々人間は正義とか人道とかいうことを真面目に思う、しかし河童はそんなことを聞くと、腹をかかえて笑い出すのです。つまり彼らの滑稽(こっけい)という観念は我々の滑稽という観念と全然標準を異(こと)にしているのでしょう。僕はある時医者のチャックと産児制限の話をしていました。するとチャックは大口をあいて、鼻目金(はなめがね)の落ちるほど笑い出しました。僕はもちろん腹が立ちましたから、何がおかしいかと詰問しました。なんでもチャックの返答はだいたいこうだったように覚えています。もっとも多少細かいところは間違(まちが)っているかもしれません。なにしろまだそのころは僕も河童の使う言葉をすっかり理解していなかったのですから。
「しかし両親のつごうばかり考えているのはおかしいですからね。どうもあまり手前勝手ですからね。」
 その代わりに我々人間から見れば、実際また河童(かっぱ)のお産ぐらい、おかしいものはありません。現に僕はしばらくたってから、バッグの細君のお産をするところをバッグの小屋へ見物にゆきました。河童もお産をする時には我々人間と同じことです。やはり医者や産婆(さんば)などの助けを借りてお産をするのです。けれどもお産をするとなると、父親は電話でもかけるように母親の生殖器に口をつけ、「お前はこの世界へ生まれてくるかどうか、よく考えた上で返事をしろ。」と大きな声で尋ねるのです。バッグもやはり膝(ひざ)をつきながら、何度も繰り返してこう言いました。それからテエブルの上にあった消毒用の水薬(すいやく)でうがいをしました。すると細君の腹の中の子は多少気兼ねでもしているとみえ、こう小声に返事をしました。
「僕は生まれたくはありません。第一僕のお父(とう)さんの遺伝は精神病だけでもたいへんです。その上僕は河童的存在を悪いと信じていますから。」
 バッグはこの返事を聞いた時、てれたように頭をかいていました。が、そこにい合わせた産婆はたちまち細君の生殖器へ太い硝子(ガラス)の管(かん)を突きこみ、何か液体を注射しました。すると細君はほっとしたように太い息をもらしました。同時にまた今まで大きかった腹は水素瓦斯(すいそガス)を抜いた風船のようにへたへたと縮んでしまいました。
 こういう返事をするくらいですから、河童の子どもは生まれるが早いか、もちろん歩いたりしゃべったりするのです。なんでもチャックの話では出産後二十六日目に神の有無(うむ)について講演をした子どももあったとかいうことです。もっともその子どもは二月目(ふたつきめ)には死んでしまったということですが。
 お産の話をしたついでですから、僕がこの国へ来た三月目(みつきめ)に偶然ある街(まち)の角(かど)で見かけた、大きいポスタアの話をしましょう。その大きいポスタアの下には喇叭(らっぱ)を吹いている河童だの剣を持っている河童だのが十二三匹描(か)いてありました。それからまた上には河童の使う、ちょうど時計(とけい)のゼンマイに似た螺旋(らせん)文字が一面に並べてありました。この螺旋文字を翻訳すると、だいたいこういう意味になるのです。これもあるいは細かいところは間違(まちが)っているかもしれません。が、とにかく僕としては僕といっしょに歩いていた、ラップという河童の学生が大声に読み上げてくれる言葉をいちいちノオトにとっておいたのです。
遺伝的義勇隊を募(つの)る※[#感嘆符三つ、63-8]
健全なる男女の河童よ※[#感嘆符三つ、63-9]
悪遺伝を撲滅(ぼくめつ)するために
不健全なる男女の河童と結婚せよ※[#感嘆符三つ、63-11]
 僕はもちろんその時にもそんなことの行なわれないことをラップに話して聞かせました。するとラップばかりではない、ポスタアの近所にいた河童はことごとくげらげら笑い出しました。
「行なわれない? だってあなたの話ではあなたがたもやはり我々のように行なっていると思いますがね。あなたは令息が女中に惚(ほ)れたり、令嬢が運転手に惚れたりするのはなんのためだと思っているのです? あれは皆無意識的に悪遺伝を撲滅しているのですよ。第一この間あなたの話したあなたがた人間の義勇隊よりも、――一本の鉄道を奪うために互いに殺し合う義勇隊ですね、――ああいう義勇隊に比べれば、ずっと僕たちの義勇隊は高尚ではないかと思いますがね。」
 ラップは真面目(まじめ)にこう言いながら、しかも太い腹だけはおかしそうに絶えず浪立(なみだ)たせていました。が、僕は笑うどころか、あわててある河童(かっぱ)をつかまえようとしました。それは僕の油断を見すまし、その河童が僕の万年筆を盗んだことに気がついたからです。しかし皮膚の滑(なめ)らかな河童は容易に我々にはつかまりません。その河童もぬらりとすべり抜けるが早いかいっさんに逃げ出してしまいました。ちょうど蚊のようにやせた体(からだ)を倒れるかと思うくらいのめらせながら。

        五

 僕はこのラップという河童にバッグにも劣らぬ世話になりました。が、その中でも忘れられないのはトックという河童に紹介されたことです。トックは河童仲間の詩人です。詩人が髪を長くしていることは我々人間と変わりません。僕は時々トックの家(うち)へ退屈しのぎに遊びにゆきました。トックはいつも狭い部屋(へや)に高山植物の鉢植(はちう)えを並べ、詩を書いたり煙草(たばこ)をのんだり、いかにも気楽そうに暮らしていました。そのまた部屋の隅(すみ)には雌(めす)の河童が一匹、(トックは自由恋愛家ですから、細君というものは持たないのです。)編み物か何かしていました。トックは僕の顔を見ると、いつも微笑してこう言うのです。(もっとも河童の微笑するのはあまりいいものではありません。少なくとも僕は最初のうちはむしろ無気味に感じたものです。)
「やあ、よく来たね。まあ、その椅子(いす)にかけたまえ。」
 トックはよく河童の生活だの河童の芸術だのの話をしました。トックの信ずるところによれば、当たり前の河童の生活ぐらい、莫迦(ばか)げているものはありません。親子夫婦兄弟などというのはことごとく互いに苦しめ合うことを唯一の楽しみにして暮らしているのです。ことに家族制度というものは莫迦げている以上にも莫迦げているのです。トックはある時窓の外を指さし、「見たまえ。あの莫迦げさ加減を!」と吐き出すように言いました。窓の外の往来にはまだ年の若い河童が一匹、両親らしい河童をはじめ、七八匹の雌雄(めすおす)の河童を頸(くび)のまわりへぶら下げながら、息も絶え絶えに歩いていました。しかし僕は年の若い河童の犠牲的精神に感心しましたから、かえってその健気(けなげ)さをほめ立てました。
「ふん、君はこの国でも市民になる資格を持っている。……時に君は社会主義者かね?」
 僕はもちろん qua(これは河童の使う言葉では「然(しか)り」という意味を現わすのです。)と答えました。
「では百人の凡人のために甘んじてひとりの天才を犠牲にすることも顧みないはずだ。」
「では君は何主義者だ? だれかトック君の信条は無政府主義だと言っていたが、……」
「僕か? 僕は超人(直訳すれば超河童です。)だ。」
 トックは昂然(こうぜん)と言い放ちました。こういうトックは芸術の上にも独特な考えを持っています。トックの信ずるところによれば、芸術は何ものの支配をも受けない、芸術のための芸術である、従って芸術家たるものは何よりも先に善悪を絶(ぜっ)した超人でなければならぬというのです。もっともこれは必ずしもトック一匹の意見ではありません。トックの仲間の詩人たちはたいてい同意見を持っているようです。現に僕はトックといっしょにたびたび超人倶楽部(クラブ)へ遊びにゆきました。超人倶楽部に集まってくるのは詩人、小説家、戯曲家、批評家、画家、音楽家、彫刻家、芸術上の素人(しろうと)等です。しかしいずれも超人です。彼らは電燈の明るいサロンにいつも快活に話し合っていました。のみならず時には得々(とくとく)と彼らの超人ぶりを示し合っていました。たとえばある彫刻家などは大きい鬼羊歯(おにしだ)の鉢植(はちう)えの間に年の若い河童(かっぱ)をつかまえながら、しきりに男色(だんしょく)をもてあそんでいました。またある雌(めす)の小説家などはテエブルの上に立ち上がったなり、アブサントを六十本飲んで見せました。もっともこれは六十本目にテエブルの下へ転(ころ)げ落ちるが早いか、たちまち往生してしまいましたが。
 僕はある月のいい晩、詩人のトックと肘(ひじ)を組んだまま、超人倶楽部から帰ってきました。トックはいつになく沈みこんでひとことも口をきかずにいました。そのうちに僕らは火(ほ)かげのさした、小さい窓の前を通りかかりました。そのまた窓の向こうには夫婦らしい雌雄(めすおす)の河童が二匹、三匹の子どもの河童といっしょに晩餐(ばんさん)のテエブルに向かっているのです。するとトックはため息をしながら、突然こう僕に話しかけました。
「僕は超人的恋愛家だと思っているがね、ああいう家庭の容子(ようす)を見ると、やはりうらやましさを感じるんだよ。」
「しかしそれはどう考えても、矛盾しているとは思わないかね?」
 けれどもトックは月明りの下にじっと腕を組んだまま、あの小さい窓の向こうを、――平和な五匹の河童たちの晩餐のテエブルを見守っていました。それからしばらくしてこう答えました。
「あすこにある玉子焼きはなんと言っても、恋愛などよりも衛生的だからね。」

        六

 実際また河童の恋愛は我々人間の恋愛とはよほど趣を異(こと)にしています。雌の河童はこれぞという雄の河童を見つけるが早いか、雄の河童をとらえるのにいかなる手段も顧みません、一番正直な雌の河童は遮二無二(しゃにむに)雄の河童を追いかけるのです。現に僕は気違いのように雄の河童を追いかけている雌の河童を見かけました。いや、そればかりではありません。若い雌の河童はもちろん、その河童の両親や兄弟までいっしょになって追いかけるのです。雄の河童こそみじめです。なにしろさんざん逃げまわったあげく、運よくつかまらずにすんだとしても、二三か月は床(とこ)についてしまうのですから。僕はある時僕の家にトックの詩集を読んでいました。するとそこへ駆けこんできたのはあのラップという学生です。ラップは僕の家へ転げこむと、床(ゆか)の上へ倒れたなり、息も切れ切れにこう言うのです。
「大変(たいへん)だ! とうとう僕は抱きつかれてしまった!」
 僕はとっさに詩集を投げ出し、戸口の錠(じょう)をおろしてしまいました。しかし鍵穴(かぎあな)からのぞいてみると、硫黄(いおう)の粉末を顔に塗った、背(せい)の低い雌(めす)の河童(かっぱ)が一匹、まだ戸口にうろついているのです。ラップはその日から何週間か僕の床(とこ)の上に寝ていました。のみならずいつかラップの嘴(くちばし)はすっかり腐って落ちてしまいました。
 もっともまた時には雌の河童を一生懸命(いっしょうけんめい)に追いかける雄(おす)の河童もないではありません。しかしそれもほんとうのところは追いかけずにはいられないように雌の河童が仕向けるのです。僕はやはり気違いのように雌の河童を追いかけている雄の河童も見かけました。雌の河童は逃げてゆくうちにも、時々わざと立ち止まってみたり、四(よ)つん這(ば)いになったりして見せるのです。おまけにちょうどいい時分になると、さもがっかりしたように楽々とつかませてしまうのです。僕の見かけた雄の河童は雌の河童を抱いたなり、しばらくそこに転(ころ)がっていました。が、やっと起き上がったのを見ると、失望というか、後悔というか、とにかくなんとも形容できない、気の毒な顔をしていました。しかしそれはまだいいのです。これも僕の見かけた中に小さい雄の河童が一匹、雌の河童を追いかけていました。雌の河童は例のとおり、誘惑的遁走(とんそう)をしているのです。するとそこへ向こうの街(まち)から大きい雄の河童が一匹、鼻息を鳴らせて歩いてきました。雌の河童はなにかの拍子にふとこの雄の河童を見ると「大変(たいへん)です! 助けてください! あの河童はわたしを殺そうとするのです!」と金切(かなき)り声を出して叫びました。もちろん大きい雄の河童はたちまち小さい河童をつかまえ、往来のまん中へねじ伏せました。小さい河童は水掻(みずか)きのある手に二三度空(くう)をつかんだなり、とうとう死んでしまいました。けれどももうその時には雌の河童はにやにやしながら、大きい河童の頸(くび)っ玉へしっかりしがみついてしまっていたのです。
 僕の知っていた雄(おす)の河童(かっぱ)はだれも皆言い合わせたように雌(めす)の河童に追いかけられました。もちろん妻子を持っているバッグでもやはり追いかけられたのです。のみならず二三度はつかまったのです。ただマッグという哲学者だけは(これはあのトックという詩人の隣にいる河童です。)一度もつかまったことはありません。これは一つにはマッグぐらい、醜い河童も少ないためでしょう。しかしまた一つにはマッグだけはあまり往来へ顔を出さずに家(うち)にばかりいるためです。僕はこのマッグの家へも時々話しに出かけました。マッグはいつも薄暗(うすぐら)い部屋(へや)に七色(なないろ)の色硝子(いろガラス)のランタアンをともし、脚(あし)の高い机に向かいながら、厚い本ばかり読んでいるのです。僕はある時こういうマッグと河童の恋愛を論じ合いました。
「なぜ政府は雌の河童が雄の河童を追いかけるのをもっと厳重に取り締まらないのです?」
「それは一つには官吏の中に雌の河童の少ないためですよ。雌の河童は雄の河童よりもいっそう嫉妬心(しっとしん)は強いものですからね、雌の河童の官吏さえ殖(ふ)えれば、きっと今よりも雄の河童は追いかけられずに暮らせるでしょう。しかしその効力もしれたものですね。なぜと言ってごらんなさい。官吏同志でも雌の河童は雄の河童を追いかけますからね。」
「じゃあなたのように暮らしているのは一番幸福なわけですね。」
 するとマッグは椅子(いす)を離れ、僕の両手を握ったまま、ため息といっしょにこう言いました。
「あなたは我々河童ではありませんから、おわかりにならないのももっともです。しかしわたしもどうかすると、あの恐ろしい雌の河童に追いかけられたい気も起こるのですよ。」

        七

 僕はまた詩人のトックとたびたび音楽会へも出かけました。が、いまだに忘れられないのは三度目に聴(き)きにいった音楽会のことです。もっとも会場の容子(ようす)などはあまり日本と変わっていません。やはりだんだんせり上がった席に雌雄の河童が三四百匹、いずれもプログラムを手にしながら、一心に耳を澄ませているのです。僕はこの三度目の音楽会の時にはトックやトックの雌の河童のほかにも哲学者のマッグといっしょになり、一番前の席にすわっていました。するとセロの独奏が終わった後(のち)、妙に目の細い河童が一匹、無造作(むぞうさ)に譜本を抱(かか)えたまま、壇の上へ上がってきました。この河童はプログラムの教えるとおり、名高いクラバックという作曲家です。プログラムの教えるとおり、――いや、プログラムを見るまでもありません。クラバックはトックが属している超人倶楽部(クラブ)の会員ですから、僕もまた顔だけは知っているのです。
「Lied――Craback」(この国のプログラムもたいていは独逸(ドイツ)語を並べていました。)
 クラバックは盛んな拍手のうちにちょっと我々へ一礼した後、静かにピアノの前へ歩み寄りました。それからやはり無造作に自作のリイドを弾(ひ)きはじめました。クラバックはトックの言葉によれば、この国の生んだ音楽家中、前後に比類のない天才だそうです。僕はクラバックの音楽はもちろん、そのまた余技の抒情(じょじょう)詩にも興味を持っていましたから、大きい弓なりのピアノの音に熱心に耳を傾けていました。トックやマッグも恍惚(こうこつ)としていたことはあるいは僕よりもまさっていたでしょう。が、あの美しい(少なくとも河童(かっぱ)たちの話によれば)雌(めす)の河童だけはしっかりプログラムを握ったなり、時々さもいらだたしそうに長い舌をべろべろ出していました。これはマッグの話によれば、なんでもかれこれ十年前(ぜん)にクラバックをつかまえそこなったものですから、いまだにこの音楽家を目の敵(かたき)にしているのだとかいうことです。
 クラバックは全身に情熱をこめ、戦うようにピアノを弾(ひ)きつづけました。すると突然会場の中に神鳴りのように響き渡ったのは「演奏禁止」という声です。僕はこの声にびっくりし、思わず後ろをふり返りました。声の主は紛れもない、一番後ろの席にいる身(み)の丈(たけ)抜群の巡査です、巡査は僕がふり向いた時、悠然(ゆうぜん)と腰をおろしたまま、もう一度前よりもおお声に「演奏禁止」と怒鳴(どな)りました。それから、――
 それから先は大混乱です。「警官横暴!」「クラバック、弾け! 弾け!」「莫迦(ばか)!」「畜生!」「ひっこめ!」「負けるな!」――こういう声のわき上がった中に椅子(いす)は倒れる、プログラムは飛ぶ、おまけにだれが投げるのか、サイダアの空罎(あきびん)や石ころやかじりかけの胡瓜(きゅうり)さえ降ってくるのです。僕は呆(あ)っ気(け)にとられましたから、トックにその理由を尋ねようとしました。が、トックも興奮したとみえ、椅子の上に突っ立ちながら、「クラバック、弾け! 弾け!」とわめきつづけています。のみならずトックの雌の河童もいつの間(ま)に敵意を忘れたのか、「警官横暴」と叫んでいることは少しもトックに変わりません。僕はやむを得ずマッグに向かい、「どうしたのです?」と尋ねてみました。
「これですか? これはこの国ではよくあることですよ。元来画(え)だの文芸だのは……」
 マッグは何か飛んでくるたびにちょっと頸(くび)を縮めながら、相変わらず静かに説明しました。
「元来画だの文芸だのはだれの目にも何を表わしているかはとにかくちゃんとわかるはずですから、この国では決して発売禁止や展覧禁止は行なわれません。その代わりにあるのが演奏禁止です。なにしろ音楽というものだけはどんなに風俗を壊乱する曲でも、耳のない河童にはわかりませんからね。」
「しかしあの巡査は耳があるのですか?」
「さあ、それは疑問ですね。たぶん今の旋律を聞いているうちに細君といっしょに寝ている時の心臓の鼓動でも思い出したのでしょう。」
 こういう間にも大騒ぎはいよいよ盛んになるばかりです。クラバックはピアノに向かったまま、傲然(ごうぜん)と我々をふり返っていました。が、いくら傲然としていても、いろいろのものの飛んでくるのはよけないわけにゆきません。従ってつまり二三秒置きにせっかくの態度も変わったわけです。しかしとにかくだいたいとしては大音楽家の威厳を保ちながら、細い目をすさまじくかがやかせていました。僕は――僕ももちろん危険を避けるためにトックを小楯(こだて)にとっていたものです。が、やはり好奇心に駆られ、熱心にマッグと話しつづけました。
「そんな検閲は乱暴じゃありませんか?」
「なに、どの国の検閲よりもかえって進歩しているくらいですよ。たとえば××をごらんなさい。現につい一月(ひとつき)ばかり前にも、……」
 ちょうどこう言いかけたとたんです。マッグはあいにく脳天に空罎が落ちたものですから、quack(これはただ間投詞(かんとうし)です)と一声叫んだぎり、とうとう気を失ってしまいました。

        八

 僕は硝子(ガラス)会社の社長のゲエルに不思議にも好意を持っていました。ゲエルは資本家中の資本家です。おそらくはこの国の河童(かっぱ)の中でも、ゲエルほど大きい腹をした河童は一匹もいなかったのに違いありません。しかし茘枝(れいし)に似た細君や胡瓜(きゅうり)に似た子どもを左右にしながら、安楽椅子(いす)にすわっているところはほとんど幸福そのものです。僕は時々裁判官のペップや医者のチャックにつれられてゲエル家(け)の晩餐(ばんさん)へ出かけました。またゲエルの紹介状を持ってゲエルやゲエルの友人たちが多少の関係を持っているいろいろの工場も見て歩きました。そのいろいろの工場の中でもことに僕におもしろかったのは書籍製造会社の工場です。僕は年の若い河童の技師とこの工場の中へはいり、水力電気を動力にした、大きい機械をながめた時、今さらのように河童の国の機械工業の進歩に驚嘆しました。なんでもそこでは一年間に七百万部の本を製造するそうです。が、僕を驚かしたのは本の部数ではありません。それだけの本を製造するのに少しも手数のかからないことです。なにしろこの国では本を造るのにただ機械の漏斗形(じょうごがた)の口へ紙とインクと灰色をした粉末とを入れるだけなのですから。それらの原料は機械の中へはいると、ほとんど五分とたたないうちに菊版(きくばん)、四六版(しろくばん)、菊半裁版(きくはんさいばん)などの無数の本になって出てくるのです。僕は瀑(たき)のように流れ落ちるいろいろの本をながめながら、反(そ)り身になった河童の技師にその灰色の粉末はなんと言うものかと尋ねてみました。すると技師は黒光りに光った機械の前にたたずんだまま、つまらなそうにこう返事をしました。
「これですか? これは驢馬(ろば)の脳髄ですよ。ええ、一度乾燥させてから、ざっと粉末にしただけのものです。時価は一噸(とん)二三銭ですがね。」
 もちろんこういう工業上の奇蹟は書籍製造会社にばかり起こっているわけではありません。絵画製造会社にも、音楽製造会社にも、同じように起こっているのです。実際またゲエルの話によれば、この国では平均一か月に七八百種の機械が新案され、なんでもずんずん人手を待たずに大量生産が行なわれるそうです。従ってまた職工の解雇(かいこ)されるのも四五万匹を下らないそうです。そのくせまだこの国では毎朝新聞を読んでいても、一度も罷業(ひぎょう)という字に出会いません。僕はこれを妙に思いましたから、ある時またペップやチャックとゲエル家の晩餐に招かれた機会にこのことをなぜかと尋ねてみました。
「それはみんな食ってしまうのですよ。」
 食後の葉巻をくわえたゲエルはいかにも無造作(むぞうさ)にこう言いました。しかし「食ってしまう」というのはなんのことだかわかりません。すると鼻目金(はなめがね)をかけたチャックは僕の不審を察したとみえ、横あいから説明を加えてくれました。
「その職工をみんな殺してしまって、肉を食料に使うのです。ここにある新聞をごらんなさい。今月はちょうど六万四千七百六十九匹の職工が解雇(かいこ)されましたから、それだけ肉の値段も下がったわけですよ。」
「職工は黙って殺されるのですか?」
「それは騒いでもしかたはありません。職工屠殺法(しょっこうとさつほう)があるのですから。」
 これは山桃(やまもも)の鉢植(はちう)えを後ろに苦い顔をしていたペップの言葉です。僕はもちろん不快を感じました。しかし主人公のゲエルはもちろん、ペップやチャックもそんなことは当然と思っているらしいのです。現にチャックは笑いながら、あざけるように僕に話しかけました。
「つまり餓死(がし)したり自殺したりする手数を国家的に省略してやるのですね。ちょっと有毒瓦斯(ガス)をかがせるだけですから、たいした苦痛はありませんよ。」
「けれどもその肉を食うというのは、……」
「常談(じょうだん)を言ってはいけません。あのマッグに聞かせたら、さぞ大笑いに笑うでしょう。あなたの国でも第四階級の娘たちは売笑婦になっているではありませんか? 職工の肉を食うことなどに憤慨したりするのは感傷主義ですよ。」
 こういう問答を聞いていたゲエルは手近いテエブルの上にあったサンドウィッチの皿を勧めながら、恬然(てんぜん)と僕にこう言いました。
「どうです? 一つとりませんか? これも職工の肉ですがね。」
 僕はもちろん辟易(へきえき)しました。いや、そればかりではありません。ペップやチャックの笑い声を後ろにゲエル家(け)の客間を飛び出しました。それはちょうど家々の空に星明かりも見えない荒れ模様の夜です。僕はその闇(やみ)の中を僕の住居(すまい)へ帰りながら、のべつ幕なしに嘔吐(へど)を吐きました。夜目にも白(しら)じらと流れる嘔吐を。

        九

 しかし硝子(ガラス)会社の社長のゲエルは人なつこい河童(かっぱ)だったのに違いません。僕はたびたびゲエルといっしょにゲエルの属している倶楽部(クラブ)へ行き、愉快に一晩を暮らしました。これは一つにはその倶楽部はトックの属している超人倶楽部よりもはるかに居心(いごころ)のよかったためです。のみならずまたゲエルの話は哲学者のマッグの話のように深みを持っていなかったにせよ、僕には全然新しい世界を、――広い世界をのぞかせました。ゲエルは、いつも純金の匙(さじ)に珈琲(カッフェ)の茶碗(ちゃわん)をかきまわしながら、快活にいろいろの話をしたものです。
 なんでもある霧の深い晩、僕は冬薔薇(ふゆそうび)を盛った花瓶(かびん)を中にゲエルの話を聞いていました。それはたしか部屋(へや)全体はもちろん、椅子(いす)やテエブルも白い上に細い金の縁(ふち)をとったセセッション風の部屋だったように覚えています。ゲエルはふだんよりも得意そうに顔中に微笑をみなぎらせたまま、ちょうどそのころ天下を取っていた Quorax 党内閣のことなどを話しました。クオラックスという言葉はただ意味のない間投詞(かんとうし)ですから、「おや」とでも訳すほかはありません。が、とにかく何よりも先に「河童全体の利益」ということを標榜(ひょうぼう)していた政党だったのです。
「クオラックス党を支配しているものは名高い政治家のロッペです。『正直は最良の外交である』とはビスマルクの言った言葉でしょう。しかしロッペは正直を内治(ないち)の上にも及ぼしているのです。……」
「けれどもロッペの演説は……」
「まあ、わたしの言うことをお聞きなさい。あの演説はもちろんことごとく□(うそ)です。が、□ということはだれでも知っていますから、畢竟(ひっきょう)正直と変わらないでしょう、それを一概に□と言うのはあなたがただけの偏見ですよ。我々河童(かっぱ)はあなたがたのように、……しかしそれはどうでもよろしい。わたしの話したいのはロッペのことです。ロッペはクオラックス党を支配している、そのまたロッペを支配しているものは Pou-Fou 新聞の(この『プウ・フウ』という言葉もやはり意味のない間投詞(かんとうし)です。もし強(し)いて訳すれば、『ああ』とでも言うほかはありません。)社長のクイクイです。が、クイクイも彼自身の主人というわけにはゆきません。クイクイを支配しているものはあなたの前にいるゲエルです。」
「けれども――これは失礼かもしれませんけれども、プウ・フウ新聞は労働者の味かたをする新聞でしょう。その社長のクイクイもあなたの支配を受けているというのは、……」
「プウ・フウ新聞の記者たちはもちろん労働者の味かたです。しかし記者たちを支配するものはクイクイのほかはありますまい。しかもクイクイはこのゲエルの後援を受けずにはいられないのです。」
 ゲエルは相変わらず微笑しながら、純金の匙(さじ)をおもちゃにしています。僕はこういうゲエルを見ると、ゲエル自身を憎むよりも、プウ・フウ新聞の記者たちに同情の起こるのを感じました。するとゲエルは僕の無言にたちまちこの同情を感じたとみえ、大きい腹をふくらませてこう言うのです。
「なに、プウ・フウ新聞の記者たちも全部労働者の味かたではありませんよ。少なくとも我々河童というものはだれの味かたをするよりも先に我々自身の味かたをしますからね。……しかしさらに厄介(やっかい)なことにはこのゲエル自身さえやはり他人の支配を受けているのです。あなたはそれをだれだと思いますか? それはわたしの妻ですよ。美しいゲエル夫人ですよ。」
 ゲエルはおお声に笑いました。
「それはむしろしあわせでしょう。」
「とにかくわたしは満足しています。しかしこれもあなたの前だけに、――河童でないあなたの前だけに手放しで吹聴(ふいちょう)できるのです。」
「するとつまりクオラックス内閣はゲエル夫人が支配しているのですね。」
「さあそうも言われますかね。……しかし七年前(まえ)の戦争などはたしかにある雌(めす)の河童のために始まったものに違いありません。」
「戦争? この国にも戦争はあったのですか?」
「ありましたとも。将来もいつあるかわかりません。なにしろ隣国のある限りは、……」
 僕は実際この時はじめて河童の国も国家的に孤立していないことを知りました。ゲエルの説明するところによれば、河童(かっぱ)はいつも獺(かわうそ)を仮設敵にしているということです。しかも獺は河童に負けない軍備を具(そな)えているということです。僕はこの獺を相手に河童の戦争した話に少なからず興味を感じました。(なにしろ河童の強敵に獺のいるなどということは「水虎考略(すいここうりゃく)」の著者はもちろん、「山島民譚集(さんとうみんたんしゅう)」の著者柳田国男(やなぎだくにお)さんさえ知らずにいたらしい新事実ですから。)
「あの戦争の起こる前にはもちろん両国とも油断せずにじっと相手をうかがっていました。というのはどちらも同じように相手を恐怖していたからです。そこへこの国にいた獺が一匹、ある河童の夫婦を訪問しました。そのまた雌(めす)の河童というのは亭主を殺すつもりでいたのです。なにしろ亭主は道楽者でしたからね。おまけに生命保険のついていたことも多少の誘惑になったかもしれません。」
「あなたはその夫婦を御存じですか?」
「ええ、――いや、雄(おす)の河童だけは知っています。わたしの妻などはこの河童を悪人のように言っていますがね。しかしわたしに言わせれば、悪人よりもむしろ雌の河童につかまることを恐れている被害妄想(ひがいもうぞう)の多い狂人です。……そこでこの雌の河童は亭主のココアの茶碗(ちゃわん)の中へ青化加里(せいかかり)を入れておいたのです。それをまたどう間違(まちが)えたか、客の獺に飲ませてしまったのです。獺はもちろん死んでしまいました。それから……」
「それから戦争になったのですか?」
「ええ、あいにくその獺は勲章を持っていたものですからね。」
「戦争はどちらの勝ちになったのですか?」
「もちろんこの国の勝ちになったのです。三十六万九千五百匹の河童たちはそのために健気(けなげ)にも戦死しました。しかし敵国に比べれば、そのくらいの損害はなんともありません。この国にある毛皮という毛皮はたいてい獺の毛皮です。わたしもあの戦争の時には硝子(ガラス)を製造するほかにも石炭殻(がら)を戦地へ送りました。」
「石炭殻を何にするのですか?」
「もちろん食糧にするのです。我々は、河童は腹さえ減れば、なんでも食うのにきまっていますからね。」
「それは――どうか怒(おこ)らずにください。それは戦地にいる河童たちには……我々の国では醜聞(しゅうぶん)ですがね。」
「この国でも醜聞には違いありません。しかしわたし自身こう言っていれば、だれも醜聞にはしないものです。哲学者のマッグも言っているでしょう。『汝(なんじ)の悪は汝自ら言え。悪はおのずから消滅すべし。』……しかもわたしは利益のほかにも愛国心に燃え立っていたのですからね。」
 ちょうどそこへはいってきたのはこの倶楽部(クラブ)の給仕です。給仕はゲエルにお時宜(じぎ)をした後(のち)、朗読でもするようにこう言いました。
「お宅のお隣に火事がございます。」
「火――火事!」
 ゲエルは驚いて立ち上がりました。僕も立ち上がったのはもちろんです。が、給仕は落ち着き払って次の言葉をつけ加えました。
「しかしもう消し止めました。」
 ゲエルは給仕を見送りながら、泣き笑いに近い表情をしました。僕はこういう顔を見ると、いつかこの硝子(ガラス)会社の社長を憎んでいたことに気づきました。が、ゲエルはもう今では大資本家でもなんでもないただの河童(かっぱ)になって立っているのです。僕は花瓶(かびん)の中の冬薔薇(ふゆそうび)の花を抜き、ゲエルの手へ渡しました。
「しかし火事は消えたといっても、奥さんはさぞお驚きでしょう。さあ、これを持ってお帰りなさい。」
「ありがとう。」
 ゲエルは僕の手を握りました。それから急ににやりと笑い、小声にこう僕に話しかけました。
「隣はわたしの家作(かさく)ですからね。火災保険の金だけはとれるのですよ。」
 僕はこの時のゲエルの微笑を――軽蔑(けいべつ)することもできなければ、憎悪(ぞうお)することもできないゲエルの微笑をいまだにありありと覚えています。

        十

「どうしたね? きょうはまた妙にふさいでいるじゃないか?」
 その火事のあった翌日です。僕は巻煙草(まきたばこ)をくわえながら、僕の客間の椅子(いす)に腰をおろした学生のラップにこう言いました。実際またラップは右の脚(あし)の上へ左の脚をのせたまま、腐った嘴(くちばし)も見えないほど、ぼんやり床(ゆか)の上ばかり見ていたのです。
「ラップ君、どうしたね。」と言えば、[#この行、底本では『「ラップ君、どうしたねと言えば。」』(底本の注参照)]
「いや、なに、つまらないことなのですよ。――」
 ラップはやっと頭をあげ、悲しい鼻声を出しました。
「僕はきょう窓の外を見ながら、『おや虫取り菫(すみれ)が咲いた』と何気(なにげ)なしにつぶやいたのです。すると僕の妹は急に顔色を変えたと思うと、『どうせわたしは虫取り菫よ』と当たり散らすじゃありませんか? おまけにまた僕のおふくろも大(だい)の妹贔屓(びいき)ですから、やはり僕に食ってかかるのです。」
「虫取り菫が咲いたということはどうして妹さんには不快なのだね?」
「さあ、たぶん雄(おす)の河童をつかまえるという意味にでもとったのでしょう。そこへおふくろと仲悪い叔母(おば)も喧嘩(けんか)の仲間入りをしたのですから、いよいよ大騒動になってしまいました。しかも年中酔っ払っているおやじはこの喧嘩を聞きつけると、たれかれの差別なしに殴(なぐ)り出したのです。それだけでも始末のつかないところへ僕の弟はその間(あいだ)におふくろの財布(さいふ)を盗むが早いか、キネマか何かを見にいってしまいました。僕は……ほんとうに僕はもう、……」
 ラップは両手に顔を埋(うず)め、何も言わずに泣いてしまいました。僕の同情したのはもちろんです。同時にまた家族制度に対する詩人のトックの軽蔑を思い出したのももちろんです。僕はラップの肩をたたき、一生懸命(いっしょうけんめい)に慰めました。
「そんなことはどこでもありがちだよ。まあ勇気を出したまえ。」
「しかし……しかし嘴(くちばし)でも腐っていなければ、……」
「それはあきらめるほかはないさ。さあ、トック君の家(うち)へでも行こう。」
「トックさんは僕を軽蔑(けいべつ)しています。僕はトックさんのように大胆に家族を捨てることができませんから。」
「じゃクラバック君の家へ行こう。」
 僕はあの音楽会以来、クラバックにも友だちになっていましたから、とにかくこの大音楽家の家へラップをつれ出すことにしました。クラバックはトックに比べれば、はるかに贅沢(ぜいたく)に暮らしています。というのは資本家のゲエルのように暮らしているという意味ではありません。ただいろいろの骨董(こっとう)を、――タナグラの人形やペルシアの陶器を部屋(へや)いっぱいに並べた中にトルコ風の長椅子(ながいす)を据(す)え、クラバック自身の肖像画の下にいつも子どもたちと遊んでいるのです。が、きょうはどうしたのか両腕を胸へ組んだまま、苦い顔をしてすわっていました。のみならずそのまた足もとには紙屑(かみくず)が一面に散らばっていました。ラップも詩人トックといっしょにたびたびクラバックには会っているはずです。しかしこの容子(ようす)に恐れたとみえ、きょうは丁寧(ていねい)にお時宜(じぎ)をしたなり、黙って部屋の隅(すみ)に腰をおろしました。
「どうしたね? クラバック君。」
 僕はほとんど挨拶(あいさつ)の代わりにこう大音楽家へ問いかけました。
「どうするものか? 批評家の阿呆(あほう)め! 僕の抒情(じょじょう)詩はトックの抒情詩と比べものにならないと言やがるんだ。」
「しかし君は音楽家だし、……」
「それだけならば我慢(がまん)もできる。僕はロックに比べれば、音楽家の名に価しないと言やがるじゃないか?」
 ロックというのはクラバックとたびたび比べられる音楽家です。が、あいにく超人倶楽部(クラブ)の会員になっていない関係上、僕は一度も話したことはありません。もっとも嘴の反(そ)り上がった、一癖(ひとくせ)あるらしい顔だけはたびたび写真でも見かけていました。
「ロックも天才には違いない。しかしロックの音楽は君の音楽にあふれている近代的情熱を持っていない。」
「君はほんとうにそう思うか?」
「そう思うとも。」
 するとクラバックは立ち上がるが早いか、タナグラの人形をひっつかみ、いきなり床(ゆか)の上にたたきつけました。ラップはよほど驚いたとみえ、何か声をあげて逃げようとしました。が、クラバックはラップや僕にはちょっと「驚くな」という手真似(てまね)をした上、今度は冷やかにこう言うのです。
「それは君もまた俗人のように耳を持っていないからだ。僕はロックを恐れている。……」
「君が? 謙遜家(けんそんか)を気どるのはやめたまえ。」
「だれが謙遜家(けんそんか)を気どるものか? 第一君たちに気どって見せるくらいならば、批評家たちの前に気どって見せている。僕は――クラバックは天才だ。その点ではロックを恐れていない。」
「では何を恐れているのだ?」
「何か正体(しょうたい)の知れないものを、――言わばロックを支配している星を。」
「どうも僕には腑(ふ)に落ちないがね。」
「ではこう言えばわかるだろう。ロックは僕の影響を受けない。が、僕はいつの間(ま)にかロックの影響を受けてしまうのだ。」
「それは君の感受性の……。」
「まあ、聞きたまえ。感受性などの問題ではない。ロックはいつも安んじてあいつだけにできる仕事をしている。しかし僕はいらいらするのだ。それはロックの目から見れば、あるいは一歩の差かもしれない。けれども僕には十哩(マイル)も違うのだ。」
「しかし先生の英雄曲は……」
 クラバックは細い目をいっそう細め、いまいましそうにラップをにらみつけました。
「黙りたまえ。君などに何がわかる? 僕はロックを知っているのだ。ロックに平身低頭する犬どもよりもロックを知っているのだ。」
「まあ少し静かにしたまえ。」
「もし静かにしていられるならば、……僕はいつもこう思っている。――僕らの知らない何ものかは僕を、――クラバックをあざけるためにロックを僕の前に立たせたのだ。哲学者のマッグはこういうことをなにもかも承知している。いつもあの色硝子(いろガラス)のランタアンの下に古ぼけた本ばかり読んでいるくせに。」
「どうして?」
「この近ごろマッグの書いた『阿呆(あほう)の言葉』という本を見たまえ。――」
 クラバックは僕に一冊の本を渡す――というよりも投げつけました。それからまた腕を組んだまま、突(つっ)けんどんにこう言い放ちました。
「じゃきょうは失敬しよう。」
 僕はしょげ返ったラップといっしょにもう一度往来へ出ることにしました。人通りの多い往来は相変わらず毛生欅(ぶな)の並み木のかげにいろいろの店を並べています。僕らはなんということもなしに黙って歩いてゆきました。するとそこへ通りかかったのは髪の長い詩人のトックです。トックは僕らの顔を見ると、腹の袋から手巾(ハンケチ)を出し、何度も額をぬぐいました。
「やあ、しばらく会わなかったね。僕はきょうは久しぶりにクラバックを尋ねようと思うのだが、……」
 僕はこの芸術家たちを喧嘩(けんか)させては悪いと思い、クラバックのいかにも不機嫌(ふきげん)だったことを婉曲(えんきょく)にトックに話しました。
「そうか。じゃやめにしよう。なにしろクラバックは神経衰弱だからね。……僕もこの二三週間は眠られないのに弱っているのだ。」
「どうだね、僕らといっしょに散歩をしては?」
「いや、きょうはやめにしよう。おや!」
 トックはこう叫ぶが早いか、しっかり僕の腕をつかみました。しかもいつか体中(からだじゅう)に冷汗を流しているのです。
「どうしたのだ?」
「どうしたのです?」
「なにあの自動車の窓の中から緑いろの猿(さる)が一匹首を出したように見えたのだよ。」
 僕は多少心配になり、とにかくあの医者のチャックに診察してもらうように勧めました。しかしトックはなんと言っても、承知する気色(けしき)さえ見せません。のみならず何か疑わしそうに僕らの顔を見比べながら、こんなことさえ言い出すのです。
「僕は決して無政府主義者ではないよ。それだけはきっと忘れずにいてくれたまえ。――ではさようなら。チャックなどはまっぴらごめんだ。」
 僕らはぼんやりたたずんだまま、トックの後ろ姿を見送っていました。僕らは――いや、「僕ら」ではありません。学生のラップはいつの間にか往来のまん中に脚(あし)をひろげ、しっきりない自動車や人通りを股目金(まためがね)にのぞいているのです。僕はこの河童(かっぱ)も発狂したかと思い、驚いてラップを引き起こしました。
「常談(じょうだん)じゃない。何をしている?」
 しかしラップは目をこすりながら、意外にも落ち着いて返事をしました。
「いえ、あまり憂鬱(ゆううつ)ですから、さかさまに世の中をながめて見たのです。けれどもやはり同じことですね。」

        十一

 これは哲学者のマッグの書いた「阿呆(あほう)の言葉」の中の何章かです。――
        ×
 阿呆はいつも彼以外のものを阿呆であると信じている。
        ×
 我々の自然を愛するのは自然は我々を憎んだり嫉妬(しっと)したりしないためもないことはない。
        ×
 もっとも賢い生活は一時代の習慣を軽蔑(けいべつ)しながら、しかもそのまた習慣を少しも破らないように暮らすことである。
        ×
 我々のもっとも誇りたいものは我々の持っていないものだけである。
        ×
 何(なん)びとも偶像を破壊することに異存を持っているものはない。同時にまた何びとも偶像になることに異存を持っているものはない。しかし偶像の台座の上に安んじてすわっていられるものはもっとも神々に恵まれたもの、――阿呆か、悪人か、英雄かである。(クラバックはこの章の上へ爪(つめ)の痕(あと)をつけていました。)
        ×
 我々の生活に必要な思想は三千年前(ぜん)に尽きたかもしれない。我々はただ古い薪(たきぎ)に新しい炎を加えるだけであろう。
        ×
 我々の特色は我々自身の意識を超越するのを常としている。
        ×
 幸福は苦痛を伴い、平和は倦怠(けんたい)を伴うとすれば、――?
        ×
 自己を弁護することは他人を弁護することよりも困難である。
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