貝殻
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著者名:芥川竜之介 

 彼はその日も暮れかかつた頃、京漢鉄道(けいかんてつどう)の客車の窓に白粉臭い母のことを考へてゐた。すると何か今更のやうに多少の懐しさも感じないではなかつた。が、彼女の金歯の多いのはどうも彼には愉快ではなかつた。

     十五 修辞学

 東海道線の三等客車の中。大工らしい印絆纒(しるしばんてん)の男が一人、江尻(えじり)あたりの海を見ながら、つれの男にかう言つてゐた――「見や。浪がチンコロのやうだ。」
(大正十五年十二月)



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