鵠沼雑記
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著者名:芥川竜之介 

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 僕はひとり散歩してゐるうちに歯医者の札(ふだ)を出した家を見つけた。が、二三日たつた後(のち)、妻とそこを通つて見ると、そんな家は見えなかつた。僕は「確かにあつた」と言ひ、妻は「確かになかつた」と言つた。それから妻の母に尋ねて見た。するとやはり「ありません」と言つた。しかし僕はどうしても、確かにあつたと思つてゐる。その札は齒と本字を書き、イシヤと片仮名(かたかな)を書いてあつたから、珍らしいだけでも見違へではない。(以上家を借りてから)
(一五・七・二〇)〔遺稿〕



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