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■暇つぶし何某■

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著者名:佐藤紅緑 

         一

 豆腐屋(とうふや)のチビ公はいまたんぼのあぜを伝ってつぎの町へ急ぎつつある。さわやかな春の朝日が森をはなれて黄金(こがね)の光の雨を緑の麦畑に、黄色な菜畑に、げんげさくくれないの田に降らす、あぜの草は夜露からめざめて軽やかに頭を上げる、すみれは薄紫(うすむらさき)の扉(と)を開き、たんぽぽはオレンジ色の冠(かんむり)をささげる。堰(せき)の水はちょろちょろ音立てて田へ落ちると、かえるはこれからなきだす準備にとりかかっている。
 チビ公は肩のてんびん棒にぶらさげた両方のおけをくるりとまわした。そうしてしばらく景色に見とれた。堤の上にかっと朝日をうけてうきだしている村の屋根屋根、火の見やぐら、役場の窓、白い土蔵、それらはいまねむりから活動に向かって歓喜の声をあげているかのよう、ところどころに立つ炊煙(すいえん)はのどかに風にゆれて林をめぐり、お宮の背後(うしろ)へなびき、それからうっとりとかすむ空のエメラルド色にまぎれゆく。
 そこの畠にはえんどうの花、そらまめの花がさきみだれてる中にこつとしてねぎの坊主がつっ立っている。いつもここまでくるとチビ公の背中が暖かくなる。春とはいえども暁(あかつき)は寒い、奥歯をかみしめかみしめチビ公は豆腐(とうふ)をおけに移して家をでなければならないのである。町の人々が朝飯がすんだあとでは一丁の豆腐も売れない、どうしても六時にはひとまわりせねばならぬのだ。
 だが、このねぎ畑のところへくるとかれはいつも足が進まなくなる、ねぎ畑のつぎは広い麦畑で、そのつぎには生(い)け垣(がき)があって二つの土蔵があって、がちょうの叫び声がきこえる、それはこの町の医者の家である。
 医者がいつの年からこの家に住んだのかは今年十五歳になるチビ公の知らないところだ、伯父(おじ)の話ではチビ公の父が巨財を投じてこの家を建てたのだが、父は政党にむちゅうになってすべての財産をなくなしてしまった、父が死んでからかれは母とともに一人の伯父の厄介(やっかい)になった、それはかれの二歳のときである。
「しっかりしろよ、おまえのお父さまはえらい人なんだぞ」
 伯父はチビ公をつれてこのねぎ畑で昔の話をした。それからというものはチビ公はいつもねぎ畑に立ってそのことを考えるのであった。
「この家をとりかえしてお母さんを入れてやりたい」
 今日(きょう)もかれはこう思った、がかれはゆかねばならない、荷を肩に負うて一足二足よろめいてやっとふみとどまる、かれは十五ではあるがいたってちいさい、村ではかれを千三(せんぞう)と呼ぶ人はない、チビ公のあだ名でとおっている、かれはチビ公といわれるのが非常にいやであった、が人よりもちびなのだからしかたがない、来年になったら大きくなるだろうと、そればかりを楽しみにしていた、が来年になっても大きくならない、それでもう一つ来年を待っているのであった。
 かれがこのあぜ道に立っているとき、おりおりいうにいわれぬ侮辱(ぶじょく)を受けることがある。それは役場の助役の子で阪井巌(さかいいわお)というのがかれを見るとぶんなぐるのである。もちろん巌はだれを見てもなぐる、かれは喧嘩(けんか)が強くてむこう見ずで、いつでも身体(からだ)に生(なま)きずが絶えない、かれは小学校でチビ公と同級であった、小学校時代にはチビ公はいつも首席であったが巌は一度落第してきたにかかわらず末席であった。かれはいつもへびをふところに入れて友達をおどかしたり、女生徒を走らしたり、そうしておわりにはそれをさいて食うのであった。
「やい、おめえはできると思っていばってるんだろう、やい、このへびを食ってみろ」
 かれはすべての者にこういってつっかかった、かれはいま中学校へ通っている、豆腐おけをかついだチビ公は彼を見ると遠くへさけていた、だがどうかするとかれは途中でばったりあうことがある。
「てめえはいつ見てもちいせえな、少し大きくしてやろうか」
 かれはチビ公の両耳をつかんで、ぐっと上へ引きあげ、足が地上から五寸もはなれたところで、どしんと下へおろす。これにはチビ公もまったく閉口した。
 かれが今町の入り口へさしかかると向こうから巌がやってきた、かれは頭に鉢巻(はちま)きをして柔道のけいこ着を着ていた。チビ公ははっと思って小路(こうじ)にはいろうとすると巌がよびとめた。
「やいチビ、逃げるのかきさま」
「逃げやしません」
「豆腐(とうふ)をくれ」
「はい」
 チビ公は不安そうに顔を見あげた。
「いかほど?」
「食えるだけ食うんだよ、おれは朝飯前に柔道のけいこをしてきたから腹がへってたまらない、焼き豆腐があるか」
「はい」
 チビ公が蓋(ふた)をあけると巌はすぐ手をつっこんだ、それから焼き豆腐をつかみあげて皮ばかりぺろぺろと食べて中身を大地にすてた。
「皮はうまいな」
「そうですか」とチビ公はしかたなしにいった。
「もう一つ」
 かれは三つの焼き豆腐の皮を食べおわって、ぬれた手をチビ公の頭でふいた。
「銭はこのつぎだよ」
「はい」
「用がないからゆけよ、おれはここで八百屋(やおや)の豊公(とよこう)を待っているんだ、あいつおれの犬に石をほうりやがったからここでいもをぶんどってやるんだ」
 チビ公はやっと虎口をのがれて町へはいった、そうして悲しくらっぱをふいた。らっぱをふく口元に涙がはてしなくこぼれた。
 どうしてあんなやつにこうまで侮辱(ぶじょく)されなきゃならないんだろう、あいつは学校でなんにもできないのだ、おやじが役場の助役だからいばってるんだ、金があるから中学校へゆける、親があるから中学校へゆける。それなのにおれは金もない親もない。なぐられてもだまっていなきゃならない、生涯豆腐(とうふ)をかついでらっぱをふかなきゃならない。
 かれの胸は憤怒(ふんぬ)に燃えた、かれはだまって歩きつづけた。
「おい豆腐屋、売るのか売らないのか、らっぱを落としたのか」
 職人風の男が二人、こういってわらってすぎた。チビ公はらっぱをふいた、その音はいかにも悲しそうにひびいた。町にはちらちら中学生が登校する姿が見えだした、それは大抵(たいてい)去年まで自分と同級の生徒であった。チビ公は鳥打帽のひさしを深くして通りすぎた。
「おはよう青木君」と明るい声がきこえた。
「お早う」とチビ公はふりかえっていった、声をかけたのは昔の学友柳光一(やなぎこういち)という少年であった、柳は黒い制服をきちんと着て肩に草色の雑嚢(ざつのう)をかけ、手に長くまいた画用紙を持っていた。かれはいかなるときでもチビ公にあうとこう声をかける、かれは小学校にあるときにはいつもチビ公と席を争うていた、双方とも勉強家であるが、たがいにその学力をきそうていた、これといって親密にしたわけでもないが、光一の態度は昔もいまもかわらなかった、一方が中学生となり一方は豆腐屋となっても。
「ぼくはね、きみを時計(とけい)にしてるんだよ」と光一はいった。「きみに逢った時には非常に早いし、きみにあわなかったときにはおそいんだ」
「そうですか」
「重たいだろうね、きみ」
 光一はチビ公の荷を見やっていった。
「なあになれましたから」
「そうかね」と、光一はチビ公の顔をしみじみと見やって、「ひまがあったら遊びにきてくれたまえね、ぼくのところにはいろいろな雑誌があるから、ぼくはきみにあげようと思ってとっておいてあるよ」
「ありがとう」
「じゃ失敬」
 チビ公は光一にわかれた、なんとなくうれしいようななつかしいような思いはむらむらと胸にわいた、でかれはらっぱをふいた、らっぱはほがらかにひびいた、と一旦(いったん)わかれた光一は大急ぎに走りもどった。
「このつぎの日曜にね、ぼくの誕生日だから、昼からでも……晩からでも遊びにきてくれたまえね」
「そうですか……しかし」とチビ公はもじもじした。
「かまわないだろ、日曜だから……」
「ああ、そうだけれども」
「いいからね、遠慮せずとも、ぼくは昔の友達にみんなきてもらうんだ」
「じゃゆきましょう」
 光一はふたたび走って去った。雑嚢(ざつのう)を片手にかかえ、片手に画用紙を持ち両ひじをわきにぴったりと着けて姿勢正して走りゆく、それを見送ってチビ公は昔小学校時代のことをまざまざと思いだした。なんとなく光一の前途にはその名のごとく光があふれてるように見える、学問ができて体力が十分で品行がよくて、人望がある、ああいう人はいまにりっぱな学者になるだろう。
 そこでかれはまたらっぱをふいた、嚠喨(りゅうりょう)たる音は町中にひびいた。チビ公が売りきれるまで町を歩いてるその日の十二時ごろ、中学校の校庭で巌(いわお)はものほしそうにみんなが昼飯を食っているのをながめていた、かれは大抵(たいてい)十時ごろに昼の弁当を食ってしまうので正午(ひる)になるとまたもや空腹を感ずるのであった。そういうときにはかならずだれかに喧嘩(けんか)をふきかけてその弁当を掠奪(りゃくだつ)するのである。自分の弁当を食うよりは掠奪のほうがはるかにうまい。
「みんな集まれい」とかれはどなった。だが何人も集まらなかった、いつものこととて生徒等はこそこそと木立ちの陰(かげ)にかくれた。
「へびの芸当だ」とかれはいった、そうしてポケットから青大将(あおだいしょう)をだした。
「そもそもこれは漢(かん)の沛公(はいこう)が函谷関(かんこくかん)を越ゆるときに二つに斬(き)った白蛇の子孫でござい」
 調子面白くはやしたてたので人々は少しずつ遠くから見ていた。少年等はまた始まったといわぬばかりに眉をしかめていた。
「おいしゃもじ!」とかれは背後を向いて飯を食ってる一人の少年をよんだ、しゃもじはおわりの一口をぐっとのみこんで走ってきた、かれはやせて敏捷(びんしょう)そうな少年だが、頭は扇(おうぎ)のように開いてほおが細いので友達はしゃもじというあだ名をつけた。かれは身体(からだ)も気も弱いので、いつでも強そうな人の子分になって手先に使われている。
「おい口上をいえ」と巌がいった。
「なんの?」
「へびに芸をさせるんだ」
「よしきた……そもそもこれは漢の沛公(はいこう)が二つに斬(き)った白蛇の子孫でござい」
 調子おもしろくはやしたてたので人々は少しずつ集まりかけた。
「さあさあ、ごろうじろ、ごろうじろ」
 しゃもじの調子にのって巌はへびをひたいに巻きつけほおをはわし首に巻き、右のそで口から左のそで口から中央のふところから自由自在になわのごとくあやなした。
「うまいぞうまいぞ」と喝采(かっさい)するものがある。最後にかれはへびを一まとめにして口の中へ入れた。人々は驚いてさかんに喝采した。
「おいどうだ」
 かれはへびを口からはきだしてからみんなにいった。
「うまいうまい」
「みんな見たか」
「うまいぞ」
「見たものは弁当をだせ」
 人々はだまって顔を見合った、そうして後列の方からそろそろと逃げかけた。
「おい、こらッ」
 いまにぎり飯を食いながら逃げようとする一人の少年の口元めがけてへびを投げた。少年はにぎり飯を落とした。
「つぎはだれだ」
 かれは器械体操のたなの下にうずくまってる少年の弁当をのぞいた、弁当の中には玉子焼きとさけとあった。
「うまそうだな」
 かれは手を伸(の)ばしてそれを食った。そして半分をしゃもじにやった。
「つぎは?」
 もうだれもいなかった、投げられたへびはぐんにゃりと弱っていた。かれはそれを拾うと裏の林の方へ急いだ。そこには多くの生徒が群れていた、かれらの大部分は水田に糸をたれてかえるをつっていた。その他の者は木陰(こかげ)木陰(こかげ)に腰をおろして雑誌を読んだり、宿題を解いたりしていた。巌はずらりとかれらを見まわした、これというやつがあったら喧嘩(けんか)をしてやろう。
 だがあいにく弱そうなやつばかりで相手とするにたらぬ、そこでかれは木の下に立って一同を見おろしていた、かれの胸はいつも元気がみちみちている、かれは毎朝眼がさめるとうれしさを感ずる、学校へいって多くの学生をなぐったりけとばしたり、自由に使役したりするのがさらにうれしい。かれはいろいろな冒険談を読んだり、英雄の歴史を読んだりした、そうしてロビンソンやクライブやナポレオンや秀吉(ひでよし)は自分ににていると思った。
「クライブは不良少年で親ももてあました、それでインドへ追いやられて会社の腰弁(こしべん)になってるうちに自分の手腕をふるってついにインドを英国のものにしてしまった、おれもどこかへ追いだされたら、一つの国を占領して日本の領土を拡張しよう」
 こういう考えは毎日のようにおこった、かれは実際喧嘩(けんか)に強いところをもって見ると、クライブになりうる資格があると自信している。
「おれは英雄だ」
 かれはナポレオンになろうと思ったときには胸のところに座蒲団(ざぶとん)を入れて反身(そりみ)になって歩いた。秀吉になろうと思った時にはおそろしく目をむきだしてさるのごとくに歯を出して歩く。かれの子分のしゃもじは国定忠治(くにさだちゅうじ)や清水(しみず)の次郎長(じろちょう)がすきであった、かれはまき舌でものをいうのがじょうずで、博徒(ばくと)の挨拶(あいさつ)を暗記していた。
「おれはおまえのような下卑(げび)たやつはきらいだ」と巌がしゃもじにいった。
「何が下卑てる?」
「国定忠治だの次郎長だの、博徒じゃないか、尻をまくって外を歩くような下卑たやつはおれの仲間にゃされない」
「じゃどうすればいいんだ」
「おれは秀吉(ひでよし)だからお前は加藤か小西になれよ」
 かれはとうとうしゃもじを加藤清正(かとうきよまさ)にしてしまった。だがこの清正はいたって弱虫でいつも同級生になぐられている。大抵(たいてい)の喧嘩(けんか)は加藤しゃもじの守(かみ)から発生する、しゃもじがなぐられて巌に報告すると巌は復讐(ふくしゅう)してくれるのである。
 いずれの中学校でも一番生意気で横暴なのは三年生である、四年五年は分別が定まり、自重心も生ずるとともに年少者をあわれむ心もできるが、三年はちょうど新兵が二年兵になったように、年少者に対して傲慢(ごうまん)であるとともに年長者に対しても傲慢である。
 浦和中学の三年生と二年生はいつも仲が悪かった、年少の悲しさは戦いのあるたびに二年が負けた、巌はいつもそれを憤慨(ふんがい)したがやはりかなわなかった。
「二年の名誉にかかわるぞ」
 かれはこういいいいした、かれはいま木の下に立って群童を見おろしているうちに、なにしろ五人分の弁当を食った腹加減(はらかげん)はばかに重く、背中を春日に照らされてとろとろと眠(ねむ)くなった。でかれは木の根に腰をおろして眠った。
「やあ生蕃(せいばん)が眠ってらあ」
 学生どもはこういいあった。生蕃とは巌のあだ名である、かれは色黒く目大きく頭の毛がちぢれていた、それからかれはおどろくべき厚みのあるくちびるをもっていた。
 うとうととなったかと思うと巌は犬のほえる声を聞いた。はじめは普通の声で、それは学生等の混雑した話し声や足音とともに夢のような調節(ハーモニー)をなしていたが、突然犬の声は憤怒(ふんぬ)と変じた。巌ははっと目を開いた。もうすべての学生が犬の周囲に集まっていた。二年生の手塚という医者の子が鹿毛(しかげ)のポインターをしっかりとおさえていた、するとそれと向きあって三年の細井という学生は大きな赤毛のブルドッグの首環(くびわ)をつかんでいた。
「そっちへつれていってくれ」と手塚が当惑(とうわく)らしくいった。
「おまえの方から先に逃げろ」と三年の細井がいった。
「やらせろ、やらせろ、おもしろいぞ」としゃもじが中間にはいっていった。犬と犬とが顔を見あったときまたほえあった。
「やれやれやれ」と一年[#「一年」はママ]が叫びだした。
「やるならやろう」と三年がいった。
「よせよ」
 人々を押しわけて光一が進みでた、かれは手に代数の筆記帳を持っていた。
「やらせろ」と双方が叫んだ。
「つまらないじゃないか、犬と犬とを喧嘩(けんか)させたところでおもしろくもなんともないよ、見たまえ犬がかわいそうじゃないか、犬には喧嘩の意志がないのだよ」
「降参(こうさん)するならゆるしてやろう」と三年がいった。
「降参とかなんとか、そんなことをいうから喧嘩になるんだ」と光一はいった。
「だっておまえの方で、かなわないからやめてくれといったじゃないか」
「かなうのかなわないのという問題じゃないよ、ただね、つまらないことは……」
「なにを?」
 三年の群れからライオンとあだ名された木俣(きまた)という学生がおどりだした、木俣といえば全校を通じて戦慄(せんりつ)せぬものがない、かれは柔道がすでに三段で小相撲(こずもう)のように肥って腕力は抜群である、かれは鉄棒に両手をくっつけてぶらさがり、そのまま反動もつけずにひじを立ててぬっくとひざまでせりあげるので有名である。柔道のじまんばかりでなく剣道もじまんで、どうかすると短刀をふところにしのばせたり、小刀をポケットにかくしたりしている。
 木俣がおどりだしたので人々は沈黙(ちんもく)した。
「おじぎをしたらゆるしてやるよ、なあおい」
 とかれは同級生をふりかえっていった。
「三遍(べん)まわっておじぎしろ」
 光一はもうこの人達にかかりあうことの愚を知ったのでひきさがろうとした。
「逃げるかッ」
 木俣は光一の手首をたたいた、筆記帳は地上に落ちて、さっとページをひるがえした。光一はだまってそれを拾いあげしずかに人群れをでた。むろんかれは平素人と争うたことがないのであった。
「弱いやつだ」
 三年生は嘲笑(ちょうしょう)した。
「いったいこの犬はだれの犬だ」と木俣はいった。人々は手塚の顔を見た。
「ぼくのだ」
「てめえに似て臆病(おくびょう)だな」
「なにをいってるんだ」と手塚は負けおしみをいった。
「二年生は犬まで弱虫だということよ」
 三年生は声をそろえてわらった。二年生はたがいに顔を見あったがなにもいう者はなかった。
「やっしいやっしい」と木俣はブルドッグのしりをたたいた。赤犬はおそろしい声をだして突進した、鹿毛(しかげ)は少ししりごみしたがこのときしゃもじがその首環(くびわ)を引いて赤犬の鼻に鼻をつきあてた、こうなると鹿毛もだまっていない、疾風(しっぷう)のごとく赤犬にたちかかった、赤は前足で受け止めて鹿毛の首筋の横にかみついた、かまれじと鹿毛は体をかわして赤の耳をねらった。一離一合(いちりいちごう)! 殺気があふれた。
 二、三度同じことをくりかえして双方たがいに下手をねらって首を地にすえた。
「やっしいやっしい」
 両軍の応援は次第に熱した。このとき二年生は歓喜の声をあげた。のそりのそり眠そうな目をこすりながら生蕃(せいばん)がやってきたからである。
「生蕃がきた」
「たのむぞ」
「やってくれ」
 声々が起こった。生蕃は一言もいわずに敵軍をジロリと見やったとき、ライオンがまた同じくジロリとかれを見た。二年の名誉を負うて立つ生蕃! 三年の王たるライオン! 正(まさ)にこれ山雨きたらんとして風楼(ろう)に満つるの概(がい)。
 犬の方は一向にはかどらなかった、かれらはたがいにうなり合ったが、その声は急に稀薄(きはく)になった、そうして双方歩み寄ってかぎ合った。多分かれらはこう申しあわしたであろう。
「この腕白(わんぱく)どもに扇動(せんどう)されておたがいにうらみもないものが喧嘩したところで実につまらない、シナを見てもわかることだが、英国やアメリカやロシアにしりを押されて南北たがいに戦争している、こんな割(わ)りにあわない話はないんだよ」
 赤は鹿毛(しかげ)の耳をなめると鹿毛は赤のしっぽをなめた。
 犬が妥協(だきょう)したにかかわらず、人間の方は反対に興奮(こうふん)が加わった。
「やあ逃げやがった」と三年がわらった。
「赤が逃げた」と二年がわらった。
「もう一ぺんやろうか」と細井がいった。
「ああやるとも」と手塚がいった、元来生蕃は手塚をすかなかった、手塚は医者の子でなかなか勢力があり智恵と弁才がある、が、生蕃はどうしても親しむ気になれなかった。
 ふたたび犬がひきだされた、しゃもじと細井は犬と犬との鼻をつきあてた。「シナの時勢にかんがみておたがいに和睦(わぼく)したのにきさまはなんだ」と鹿毛(しかげ)がいった。
「和睦(わぼく)もへちまもあるものか、きさまはおれの貴重な鼻をガンと打ったね」
「きさまが先に打ったじゃないか」
「いやきさまが先だ」
「さあこい」
「こい」
「ワン」
「ワンワン」
 すべて戦争なるものは気をもって勝敗がわかれるのである、兵の多少にあらず武器の利鈍(りどん)にあらず、士気旺盛(おうせい)なるものは勝ち、後ろさびしいものは負ける、とくに犬の喧嘩をもってしかりとする、犬のたよるところはただ主人にある、声援が強ければ犬が強くなる、ゆえに犬を戦わさんとすればまず主人同士が戦わねばならぬ。
 三年と二年! 双方の陣に一道の殺気陰々(いんいん)として相(あい)格(かく)し相(あい)摩(ま)した。
「おい」と木俣は巌にいった。
「犬に喧嘩をさせるのか、人間がやるのか」
「両方だ」と巌は重い口調でいった。
「うむ、いいことをいった、わすれるなよ」と木俣はいった。このときおそろしい犬の格闘(かくとう)が始まった。
 犬はもう憤怒(ふんぬ)に熱狂した、いましも赤はその扁平(へんぺい)な鼻を地上にたれておおかみのごとき両耳をきっと立てた、かれの醜悪(しゅうあく)なる面はますます獰猛(どうもう)を加えてその前肢(まえあし)を低くしりを高く、背中にらんらんたる力こぶを隆起してじりじりとつめよる。
 鹿毛(しかげ)はその広い胸をぐっとひきしめて耳を後方へぴたりとさか立てた。かれは尋常ならぬ敵と見てまず前足をつっぱり、あと足を低くしてあごを前方につき出した。かれは赤が第一に耳をめがけてくることを知っていた、でかれはもし敵がとんできたら前足で一撃を食わしよろめくところを喉(のど)にかみつこうと考えた。四つの目は黄金色(こがねいろ)に輝いて歯は雪のごとく白く、赤と鹿毛の毛波はきらきらと輝いた。八つの足はたがいに大地にしっかりとくいこみ双方の尾は棒のごとく屹立(きつりつ)した。尾は犬の聯隊旗である。
「やっしいやっしい」
 人間どもの叫喚(きょうかん)は刻一刻に熱した、二つの犬は隙(すき)を見あって一合二合三合、四合目にがっきと組んで立ちあがった。このとき木俣の身体(からだ)がひらりとおどりでて右足高く鹿毛の横腹に飛ぶよと見るまもあらず、巌のこぶしが早く木俣のえりにかかった。
「えいッ」
 声とともにしし王の足が宙(ちゅう)にひるがえってばったり地上にたおれた。
「いけッ」
 二年生はこれに気を得(え)て突進した。
「くるなッ」
 巌がこうさけんだ、かれは倒れた敵をおさえつけようともせずだまって見ていた、かれは木俣の寝業(ねわざ)をおそれたのである、木俣の十八番は寝業である。
「生意気な」
 木俣は立ちあがってたけりじしのごとく巌を襲(おそ)うた、捕えられては巌は七分の損(そん)である、かれは十七歳、これは十五歳、柔道においても段がちがう、だが柔道や剣術と実戦とは別個のことである。喧嘩になれた巌は進みくる木俣を右に透(すか)しざまに片手の目つぶしを食わした。木俣のあっとひるんだ拍子(ひょうし)に巌は左へ回って向こうずねをけとばした。
「畜生(ちくしょう)」
 木俣は片ひざをついた、がこのときかれの手は早くもポケットに入った、一挺(いっちょう)の角柄(つのえ)の小刀がその手にきらりと輝いた。
「刃物(はもの)をもって……卑劣なやつ」
 巌の憤怒(ふんぬ)は絶頂に達した、およそ学生の喧嘩は双方木剣をもって戦うことを第一とし、格闘を第二とする、刀刃(とうじん)や銃器をもってすることは下劣(げれつ)であり醜悪(しゅうあく)であり、学生としてよわいするにたらざることとしている、これ古来学生の武士道すなわち学生道である。
「殺されてもかまわん」と生蕃(せいばん)は決心した。かれの赤銅色の顔の皮膚(ひふ)は緊張(きんちょう)してその厚いくちびるは朱(しゅ)のごとく赤くなった。
「さあ、こい」
 木俣は再度の失敗にもう気が顛倒(てんとう)してきた。かれはいまここで生蕃を殺さなければふたたび世人に顔向けがならないと思った。かれは波濤(はとう)にたてがみをふるうししのごとくまっしぐらに突進した、小刀は人々の目を射た、敵も味方も恐怖に打たれて何人(なんぴと)もとめようともせずに両人の命がけの勝負を見ていた。
 生蕃は右にかわし左にかわしてたくみに敵の手をくぐりぬけ、敵の足元のみだれるのを待っていた、だが木俣は心にあせりながらもからだにみだれはなかった、かれは縦横に生蕃を追いつめた。そこは学校の垣根である、歩(ほ)一歩(いっぽ)に詰められた生蕃は後ろを垣にさえぎられた。
「しまった」とかれは思った、だが、逃げることは絶対にきらいである。敵を垣根におびきよせ自分が開放の地位に立つ方が利益だと思った、しかしかれのこの方策はあやまった、敵をして方向を転換させるべく、そこに大きな障害がある、かれの右に三尺(じゃく)ばかりの扁平(へんぺい)な石があるのに気がつかなかった。
「畜生!」
 ライオンは声とともに生蕃の肩先めがけて飛びこんだ。ひらりと身をかわしたが生蕃は石につまずいてばたりとたおれた。
「あっ!」
 二年生は一せいに叫んだ、ライオンは生蕃の上に疾風(しっぷう)のごとくおどりあがった。とこのとき非常な迅速(すばや)さをもって垣根の横からライオンの足元に飛びこんだものがある、ライオンはそれにつまずいてたおれた、かれの手には小刀がやはり光っていた。
 飛びこんだ学生はライオンにつまずかした上で起きあがってライオンをだきしめた、ライオンはやたらに小刀をふってかれをつこうとした。
「しめたッ」
 起きあがった生蕃は背後からライオンののどをしめた。ライオンはぐったりとまいってしまった。
「けがしなかったか、柳(やなぎ)君」と生蕃はまっさおな顔をしていった。
「なんでもないよ」
 光一は手からしたたる血汐(ちしお)をハンケチでふいていた。
「早いことをするな」
「柳にあんな勇気があったのか」
 同級生はあっけに取られてささやきあった。双方ともふたたび戦う気もなくなった、犬はいつのまにか戦いをやめて逃げてしまった。
 五分間の後、木俣は回気した。生蕃と光一は水を飲ませて介抱(かいほう)した。
「今日はやられた」と木俣はいった。
「明日(あす)もやられるよ」と生蕃がいった。
「いずれね」
「堂々とこいよ」
 木俣は去った、三年生が去った、二年生ははじめてときの声をあげた。
「きみのおかげだよ」と生蕃はしみじみと光一にいった。「きみは強いんだね」
「いやぼくは弱いよ」
「そうじゃない、あの場合きみがライオンのまたぐらへ飛びこんでくれなかったら、ぼくはあの小刀で一つきにされるところだったんだ」と生蕃がいった。
「もしぼくがつかれて死んだらきみはどうするつもりだ」と光一は友の顔をのぞくようにしていった。
「君が死んだらか」と生蕃はいった。「おれも死ぬよ」
「そうしてぼくを殺した木俣も生きていられないとすれば……三人だ……三人死ぬことになる、つまらないと思わんか」
「うむ」
 生蕃はしばらく考えたが、やがて大きな声でわらいだした。
「おまえおれに喧嘩をよさせようと思ってるんだろう、それだけはいけない」
 同級生は一度にわっとわらいだした。
「だが柳」と生蕃はまたいった。「ぼくはきみに頭があがらなくなったね」

         二

 商売を早くしまってチビ公はやくそくどおり柳光一の誕生日にいくことにした。豆腐屋のはんてんをぬぎすててかすりの着物にはかまをはいたときチビ公はたまらなくうれしかった。一年前まではこうして学校へいったものだと思うとかれは自分ながら懐旧(かいきゅう)の情がたかまってくるように思われた。母はてぬぐいと紙をだしてくれた。
「柳さんの家は金持ちだからね、ぎょうぎをよくして人にわらわれないようにおしよ」
 こうくりかえしくりかえしいった、それからご飯のときの心得(こころえ)や、挨拶(あいさつ)の仕方までおしえた。そういうことは母は十分にくわしく知っていた。
「かまわねえ、豆腐屋の子だから豆腐屋らしくしろよ、なにも金持ちだからっておせじをいうにゃあたらねえ」と伯父(おじ)の覚平(かくへい)がいった。覚平は元来金持ちと役人はきらいであった、かれは朝から晩まで働いて、ただ楽しむところは晩酌(ばんしゃく)の一合であった。だがかれは一合だけですまなかった。二合になり三合になり、相手があると一升(しょう)の酒を飲む。それだけでやまずにおりおり外へでて喧嘩をする、かれは酔(よ)うとかならず喧嘩をするのであった。そのくせ飲まないときにはほとんど別人のごとく温和でやさしくてにこにこしている。
「じゃいってまいります」
「いっておいで」
 チビ公はあたらしいてぬぐいをはかまのひもにぶらさげ、あたらしいげたをはいて家をでた。光一の家へゆくとすでに五、六人の友達がきていた、その中には医者の子の手塚もいた、光一の家は雑貨店であるが光一の書斎(しょさい)ははなれの六畳(じょう)であった。となりの六畳室のふすまをはずしてそこに座蒲団(ざぶとん)がたくさんしいてあった。先客はすでに蓄音器(ちくおんき)をかけてきいていた。
「よくきてくれたね、青木君」と光一はうれしそうにいった。
「今日(こんち)はおめでとう」とチビ公はていねいにおじぎをした。あまりに礼儀正しいので友達はみなわらった。
「やあ青木君」
「やあ」
 一年前の同級生のこととてかれらは昔のごとくチビ公を仲間に入れた。次第次第に客の数がふえてもはや十二、三人になった、かれらは座蒲団を敷かずに縁側(えんがわ)にすわったり、庭へでたりしたがお菓子やくだものがでたので急に室内に集まった。手塚はこういう会合にはなくてならない男であった。かれは蓄音機係として一枚一枚に説明を加えた。
「ぼくはね、カルメンよりトラビヤタの方がすきだよ」とかれがいった。
「ぼくは鴨緑江節(おうりょっこうぶし)がいい」とだれかがいった。
「低級趣味(しゅみ)を発揮するなよ」と手塚はいった。そうしてトラビヤタをかけてひとりでなにもかも知っているような顔をして首をふったり感心した表情をしたりした。
 片隅では光一をとりまいた四、五人が幾何学(きかがく)によって座蒲団二枚を対比して論じていた。
「そら、角度が同じければ辺が同じだろう」とひとりがいう。
「等辺三角形は角度も相等しだ」と光一がいった。
 チビ公に近いところにたむろした一団は物体と影の関係について論じていた、洋画式でいうと物体にはかならず光の反射がある、どんなに影になっている点でもかすかな反射がある、この反射と影とは非常にまぎらわしいので困るとひとりがいった。するとひとりは影そのものにも反射があるといいだした。
 チビ公はびっくりしてものがいえなかった、かれはたった一年のあいだに友達の学問が非常に進歩し、いまではとてもおよびもつかぬほど自分がおくれたことを知った。幾何(きか)や物理や英語、それだけでもいまでは異国人のように差異ができた、こうして自分が豆腐屋(とうふや)になりだんだんこの人達とちがった世界へ墜落(ついらく)してゆくのだと思った。
「ねえきみ、ぼくらにはなんの話だかわからないね」
 かれは隣席の豊松(とよまつ)という少年にこうささやいた。豊松は八百屋(やおや)の子で小学校を卒業するまでに二度ほど落第した、チビ公よりは二つも年上だが、そのかわりに身体(からだ)が大きく力が強い、そのわりあいに喧嘩が弱く、よく生蕃になぐられては目のまん中から大粒(おおつぶ)の涙をぽろりと一粒こぼしたものだ、今日(きょう)集まった人々の中で中学校へもいかずに家業においつかわれているものは豊公とチビ公の二人だけであった、かれは学問やなにかの話よりも昔の友達がみな制服を着てるのに自分だけが和服でいるのがはずかしかった。
「あの人達は学者になるんだよ、おれ達とはちがうんだ」とかれはいった。
「そうだね、おれ達はなんになろうたって出来やしない」とチビ公がいった。
「金持ちはいいなあ」と豊公は嗟嘆(さたん)した。「いい着物を着ておいしいものを食べて学校へ遊びにゆく、貧乏人(びんぼうにん)は朝から晩まで働いて息もつけねえ、本を読みかけると昼のつかれで眠ってしまうしな」
「きみ、お父さんがあるの?」とチビ公がきいた。
「ないよ、きみは?」
「ぼくもない」
「親がないのはお金がないよりも悲しいことだね」
「それにぼくは力がない、きみは力があるからいいさ」
「力があってもだめだ」と豊公は急に腹だたしく、「おれは毎朝生蕃になぐられるんだ、そしていもだの豆だのなしだのかきだのぶんどられるんだ、それでもおれはだまってなきゃならない」
「ぼくも毎朝豆腐を食われるよ、きみなぞは力があるからなぐりかえしてやるといいんだ」
「だめだよ」と豊公はあやうくこぼれようとする涙をこらえていった。「あいつのお父さんは役場の役人だろう」
 チビ公はだまって溜(た)め息(いき)をついた。向こうではいま手塚が得意になって活動弁士の口まねをしていた。
「主はだれ、むらさきの覆面(ふくめん)二十三騎くつわをならべて……タララララタ、タララララタ、プカプカプカララララララ」
「うまいぞうまいぞ」と一同が喝采(かっさい)した。
「もう一つもう一つ」
 手塚は得意になってうぐいすのなき声、やぎ、ペリカン、ねこ、ねこが屋根から落ちて水たまりにぴしゃりとおちた音などをつづけざまにやった。かれはものまねがじょうずでなにごとについても器用であった。それからかれはハイカラなはやりうたをうたった。
「ぼくらにゃわからない」とチビ公はいった、実際見るもの聞くものごとにかれは旧友達よりはるかにおくれたことに気がついた、朝は学校へゆく、必要な書籍や雑誌はお金をおしまず買ってもらう、学校から帰ると活動写真を見にいっていろいろなことをおぼえてくるのだ、てんびん棒をかついで家をいで、つかれて家へ帰りそのまま寝てしまう自分等とはあまりに身分の差がある。
 お膳が運ばれた、チビ公は小さくなって室(へや)の隅にすわった、かれは今日(きょう)この席へこなければよかったと思った。いろいろな空想は失望や憤慨(ふんがい)にともなって頭の中に往来した。人々はさかんにお膳をあらした、チビ公はだまってお膳を見るとたいの焼きざかなにきんとん、かまぼこ、まぐろの刺身(さしみ)は赤く輝き、吸(す)い物(もの)は暖かに湯気をたてている。かれは伯父(おじ)さんを思いだした、伯父さんはいつも口ぐせにこういった。
「まぐろの刺身で一杯(ぱい)やらかしたいもんだなあ」
 これを伯父さんへ持っていったらどんなに喜ぶだろう、かれはこう思いかえした、そうしてたいは伯母(おば)さんと母が好きだからかまぼこだけは家へかえってからぼくが食べよう。
 食事がおわってからまたもや余興がはじまった、チビ公はいとまをつげてひと足早く光一の家をでた、かれはてぬぐいに包んださかなの折(お)り箱(ばこ)を後生大事に片手にぶらさげ、昼のごとく明るい月の町をひとりたんぼ道へさしかかった。道のかなたに見える大きな建物は一年前に通いなれた小学校である。月下の小学校はいま、安らかに眠っている。はしご形の屋根のむねからななめにひろがるかわらの波、思いだしたようにぎらぎら反射する窓のガラス、こんもりとしげった校庭の大樹、そこで自分は六年のあいだ平和に育った、そこにはあらい風もふかず冷たい雨も降らず、やさしい先生の慈愛の目に見まもられて、春の草に遊ぶ小ばとのごとくうたいつ走りつおどりつわらった、そこには階級の偏頗(へんぱ)もなく、貧富の差異もなく、勉強するものは一番になりなまけるものは落第した、だが六年のおわり! おおそれは喜ぶべき卒業式か、はたまた悲しむべき卒業式か、告別の歌をうたうとともに同じ巣(す)のはとやすずめは西と東、上と下へ画然(かくぜん)とわかれた。
 親のある者、金のある者はなお学府の階段をよじ登って高等へ進み師範(しはん)へ進み商業学校へ進む、しからざるものはこの日をかぎりに学問と永久にわかれてしまった。
 チビ公は月光をあびながら立ちどまって感慨にふけった。
「やいチビ」
 突然(とつぜん)声が聞こえて路地の垣根から生蕃があらわれた。
「折詰(おりづめ)をよこせ」
「いやだよ」とチビ公は折り箱をふところに押しこんだ。
「いやだ? こら豊松はおとなしくおれにみつぎをささげたのにおまえはいやだというのか」
「いやだ、これは伯父(おじ)さんにあげるんだから」
「やい、こらッ、きさまはおれのげんこつがこわくないかよ」
 生蕃は豊公から掠奪したたいの尾をつかんで胴のところをむしゃむしゃ食べながらいった。
「阪井君、ぼくは毎朝きみに豆腐(とうふ)を食われてもなんともいわなかった、これだけは堪忍(かんにん)してくれたまえ、きみは豊公のを食べたならそれでいいじゃないか」
「きさまは豊公をぎせいにして自分の義務をのがれようというのか」
「義務だって? ぼくはなにもきみにさかなをやる義務はないよ」
「やい小僧(こぞう)、こらッ、三年のライオンを退治(たいじ)した生蕃を知らないか、よしッ」
 生蕃の手が早くもチビ公のふところにはいった。
「いやだいやだぼくは死んでもいやだ」
 チビ公は両腕を組んでふところを守った。
「えい、面倒だ」
 生蕃はずるずると折り箱をひきだした、チビ公は必死になって争うた。一は伯父(おじ)を喜ばせようという一心にのぼせつめている、一はわが腹をみたそうという欲望に気狂(きぐる)わしくなっている。大兵(だいひょう)とチビ公、無論敵し得(う)べくもない、生蕃はチビ公の横面をぴしゃりとなぐった、なぐられながらチビ公はてぬぐいの端(はし)をにぎってはなさない。
「えいッ」
 声とともにけあげた足先! チビ公はばったりたおれた。ふたたび起きあがったときはるかに生蕃の琵琶歌(びわうた)が聞こえた。
「それ達人は大観す……栄枯は夢か幻(まぼろし)か……」
 チビ公の目から熱い涙がとめどなく流れた、金のためにさいなまれたかれは、腕力のためにさいなまれる、この世のありとあらゆる迫害(はくがい)はただわれにのみ集まってくるのだと思った。
 はかまのどろをはらってとぼとぼと歩きだしたが、いろいろな悲憤(ひふん)が胸に燃えてどこをどう歩いたかわからなかった、かれはひょろ長いポプラの下に立ったときはじめてわが家へきたことを知った、家の中では暗い電灯の下で伯父(おじ)が豆をひいている音が聞こえる。
「ぎいぎいざらざら」
 うすをもるる豆の音がちょうどあられのようにいかめしい中に、うすのすれる音はいかにも閑寂(かんじゃく)である、店の奥には母が一生懸命に着物を縫(ぬ)うている。やせた顔におくれ毛がたれて切れ目の長い目で針を追いながらふと手をやめたのはわが子の足音を聞きつけたためであろう。
「折詰がない」
 こう思ったときチビ公はこらえられなくなってなきだした。
「だれだえ」
 母の声がした。
「千三(せんぞう)か」
 石うすの音がやんだ。そうして戸をあけるとともに伯父(おじ)の首だけが外へ出た。
「なにをしてるんだ千三」
 チビ公はだまっている。
「おい、ないてるのか」
 伯父は手をひいて家へいれた。母は心配そうにこのありさまを見ていた、伯母(おば)はすでに寝てしまったらしい。
「どうしたんだ」
「伯父さんにあげようと思ってぼくは……」
 チビ公はとぎれとぎれに仔細(しさい)を語った。
「まあ着物はやぶけて、はかまはどろだらけに……」
 と母も悲憤(ひふん)の涙にくれていった。
「助役の子だね、阪井の子だね、よしッ」
 伯父の顔はまっかになったかと思うとすぐまっさおになった。かれは水槽(みずおけ)の縁(へり)にのせたてぬぐいを、ふところに押しこんで家を飛びだした。
「伯父さんをとめて」と母が叫んだ。チビ公はすぐ外へ飛びだした。
「だいじょうぶだ、心配すな、みんな寝てもいいよ」
 伯父さんは走りながらこういった。
「待っておいで」
 母はこういってぞうりをひっかけて伯父のあとを追うた。チビ公は茶の間へあがって時計(とけい)を見た、それは九時を打ったばかりであった。チビ公はあがりかまちに腰をかけて伯父と母の帰りを待っていた。伯母さんは昼の中は口やかましいにかかわらず夜になるとまったく意気地(いくじ)がなくなって眠ってしまうので起こしたところで起きそうにもない。豆腐屋(とうふや)は未明に起きねばならぬ商売だ、チビ公は昼の疲れにうとうとと眠くなった。
「眠っちゃいけねえ」とかれは自分をしかりつけた、がいったん襲(おそ)いきたった睡魔(すいま)はなかなかしりぞかない、ぐらりぐらりと左右に首を動かしたかと思うと障子に頭をこつんと打った、はっと目をさまして庭へ出て顔を洗った、月はポプラの枝々をもれて青白い光を戸板や石うすやこもや水槽(みずおけ)に落とすと、それらの影がまざまざと生きたようにういてくる。チビ公は口笛をふいた。
 時計は十時を打った。
「伯父さんが喧嘩をしてるんじゃなかろうか、もしそうだとすると」
 チビ公はこう考えたとき少年の血潮(ちしお)が五体になりひびいた。
「阪井の家へいったにちがいない、だが阪井の親父は助役だ、子分が大勢だ、伯父さんひとりではとてもかなわないだろう、そうすると……」
 かれはもうだまっていることができなくなった、身体(からだ)は小さいがおれの方が正しいんだ、伯父さんを助けてあげなきゃならない。
 かれは雨戸のしんばり棒をはずして手にさげた、それからじょうぶそうなぞうりにはきかえて外へでた、めざすところは阪井の家である、かれは今にも伯父が乱闘乱戦に火花をちらしているかのように思った、胸が高鳴りして身体(からだ)がふるえた。町に松月楼(しょうげつろう)という料理屋がある、その前にさしかかったときかれはただならぬ物音を聞いた。ひとりの男がはだしのまま、
「医者を医者を」と叫んで走った。すると他の男がまた同じことをいって走った。
「もしや伯父がここで……」とチビ公は直感した、とたんに暗がりから母が飛びだしてチビ公の肩にもたれた。
「大変だよ千三(せんぞう)、伯父さんが……」
 母はなかばなき声であった。ばらばらと玄関(げんかん)に五、六人の影があらわれた。
「悪いやつをなぐるのはあたりまえだ、おれの家の小僧(こぞう)をおどかして毎朝豆腐(とうふ)を強奪(ごうだつ)しやがる、おれは貧乏人(びんぼうにん)だ、貧乏人のものをぬすんでも助役の息子(むすこ)ならかまわないというのか」
 たしかに伯父さんの声である。
「子どもの喧嘩にでしゃばって、相手の親をなぐるという法があるか」
 二、三人がどなった。
「あやまらないからなぐったんだ」
「ぐずぐずいわんと早く歩け」
「おれをどうするんだ」
 五、六人の人々が玄関口で押しあった。その中から伯父さんの半裸体(はんらたい)の姿があらわれた、伯父さんの顔はまっさおになってくちびるから血がしたたっていた、かれのやせた肩は呼吸の度ごとにはげしく動いた。
「さあでろ」と巡査(じゅんさ)がいった。
「はきものがない」と伯父さんがいった。
「そのままでいい」
「おれはけだものじゃねえ」
 だれかが外からぞうりを投げてやった、伯父さんはそれをはいた。
「伯父さん!」とチビ公は門内にかけこんでいった。
「おお千三か、おまえのかたきは討ってやったぞ、いいか明日(あす)から商売に出るときにはな、鉄砲となぎなたとわきざしとまさかりと七つ道具をしょってでろ、いいか、助役のせがれが強盗(ごうとう)にでても警察では豆腐屋を保護してくれないんだからな」
 こういった伯父さんの息は酒くさかった。
「歩け」と巡査がいった。
「待ってくださいおまわりさん」とチビ公は巡査の前にすわった。
「伯父さんは酔(よ)ってるんです、伯父さんをゆるしてください、明日(あす)の朝になって酒がさめたら伯父さんと一緒(いっしょ)に警察へあやまりにまいります、伯父さんがいなければ私一人では豆腐を作ることができません」
 チビ公の声は涙にふるえていた。
「なにをぬかすかばか」と伯父さんがどなった。
「商売ができなかったらやめてしまえ、商売をしたからって助役の息子に食われてしまうばかりだ」
 伯父さんはのそのそと歩きだした、かれは門の外になくなく立っている妹(チビ公の母)を見やって少し躊躇(ちゅうちょ)したが、
「あとはたのむぜ、おれは強盗(ごうとう)の親玉を退治(たいじ)たんだから、これから警察へごほうびをもらいにゆくんだ」
 母がなにかいおうとしたが伯父はずんずんいってしまった、ひとりの巡査と、ふたりの町の人がつきそうていった。チビ公と母はどこまでもそのあとについた、伯父さんは警察の門をはいるときちらとふたりの方をふり向いた。
「困(こま)ったねえ」と母がいった。
「阪井にけがをさしたんでしょうか」
「そうらしいよ、たいしたこともないようだが、それでも相手が助役さんだからね」
「今晩帰ってくるでしょう?」
「さあ」
 ふたりは思い思いの憂欝(ゆううつ)をいだいて家へ帰った、母は戸口に立ちどまって深い溜(た)め息(いき)をついた、かの女(じょ)は伯母(おば)のお仙(せん)をおそれているのである、伯父は親切だが伯母はなにかにつけて邪慳(じゃけん)である、たよるべき親類もない母子(おやこ)は、毎日伯母の顔色をうかがわねばならぬのであった。
 ふたりはようやく家へはいった、そうして伯母を起こして仔細(しさい)を語った。
「へん」と伯母は冷ややかにわらった。「なんてえばかな人だろう、この子がかわいいからって助役さんをなぐるなんて……明日(あす)から商売をどうするつもりだろう、どうしてご飯を食べてゆくつもりなの?」
 お仙は眠い目もすっかりさめて口ぎたなく良人(おっと)をののしった。
「商売はぼくがやります、伯母さん、そんなに伯父さんを悪くいわないでください」
 チビ公は決然とこういった。
「やれるならやってみるがいいや、おら知らないよ」
 お仙はふたたび寝床へもぐりこんだ、チビ公と母のお美代(みよ)は床へはいったがなかなか眠れない。
「なによりもね、さしいれ物をしなくちゃね」とお美代がいった。
「さしいれ物ってなあに?」
「警察へね、毛布だのお弁当だのを持っていくんだよ、警察だけですめばいいけれどもね」
「お母(かあ)さんが弁当をこさえてくれればぼくが持っていくよ」
「それがね、お金を弁当屋にはらって、さしいれしてもらうのでなきゃいけないんだよ」
「いくら?」
「一遍(ぺん)の弁当は一番安いので二十五銭だろうね」
「三度なら七十五銭ですね」
「ああ」
「七十五銭!」
 七十五銭はチビ公ひとりが一日歩いてもうける分である、それをことごとく弁当代にしてしまえば三人がどうして食べてゆけよう。チビ公は当惑(とうわく)した。
「豆をひくにしても煮(に)るにしても、おまえの腕ではとてもできないし、私(わたし)の考えでは当分休むよりほかにしかたがないが、そうすると」
 お美代はしみじみといった。
「休みません、伯父さんのできることならぼくがやってみせます、ぼくのために助役をなぐった伯父さんに対してもぼくはるす中りっぱにやってみせます」
「でもさしいれ物はね」
「お母さん、ぼくの考えではね、お母さんもぼくと一緒(いっしょ)に豆腐(とうふ)を作って、それから伯父さんの回り場所を売りにでてください、二人(ふたり)でやればだいじょうぶです」
「そうだ」とお美代はうれしそうにいった。「そうだよ千三、私は女だからなにもできないと思っていたが、今夜から男になればいいのだ、伯父さんと同じ人になればいいのだ、そうしようね」
「お母さんに荷をかつがせて豆腐を売らせたくはないんだけれども……お母さん、ぼくはまだ小さいからしかたがありません、大きくなったらきっとこのうめあわせをします」
 チビ公の興奮(こうふん)した目はるりのごとくすみわたって瞳(ひとみ)は敢為(かんい)の勇気に燃えた。
 うとうとと眠ったかと思うともう東が白みかけたので母に起こされた、チビ公はいきおいよく起きて仕事にとりかかった、お美代もともに火をたきつけた、このいきおいにおされてお仙(せん)はぶつぶついいながらもやはり働きだした。
「伯母さんはなにもしなくてもいいからただ指図(さしず)だけしてください」
 とチビ公はいった。
 至誠はかならず天に通ずる、チビ公の真剣な労働は邪慳(じゃけん)のお仙の角(つの)をおってしまった、三人は心を一つにして、覚平(かくへい)が作る豆腐におとらないものを作りあげた。
「さあいこうぜ」とお美代はいせいよくいった。脚絆(きゃはん)をはいてたびはだしになり、しりばしょりをして頭にほおかむりをなしその上に伯父さんのまんじゅう笠(がさ)をかぶった母の支度(したく)を見たときチビ公は胸が一ぱいになった。
「らっぱはふけないから鈴(すず)にするよ」とお美代はわらっていった。
「じゃお先に」
 チビ公は荷をかついで家をでた、なんとなく戦場へでもでるような緊張した気持ちが五体にあふれた、かれは生まれてはじめて責任を感じた、いままでは寒いにつけ暑いにつけ商売を休みたいと思ったこともあった、また伯父さんにしかられるからしかたなしにでていったこともあった、しかしこの日は全然それと異(こと)なった一大革命(いちだいかくめい)が精神の上に稲妻(いなずま)のごとく起こった。
「おれがしっかりしなければみんなが困る」
 かれは警察にある伯父さんも伯母も母もやせ腕一本で養わねばならぬ大責任を感ずるとともに奔湍(ほんたん)のごとき勇気がいかなる困難をもうちくだいてやろうと決心させた。
 らっぱの音はほがらかにひびいた、かれは例のたんぼ道から町へはいろうとしたとき、今日(きょう)も生蕃が待っているだろうと思った。
 かれは微笑した、それはいかにも自然に腹の中からわきでたおだやかな微笑であった。いつもかれはこのところでいくどか躊躇(ちゅうちょ)した、かれは生蕃をおそれたのであった、がかれはいま、それを考えたとき恐怖(きょうふ)の念が夢のごとく消えてしまった。でかれは堂々とらっぱをふいた。
 町の角に……はたして生蕃が立っていた。
「やい」と生蕃は血走った目でチビ公をにらんだ。
「おまえに食わせる豆腐(とうふ)はないぞ」とチビ公は昂然(こうぜん)といった。
「なにを?」
 生蕃はびっくりして叫んだがつぎの句がつげなかった、かれはいつも涙(なみだ)ぐんでぺこぺこ頭を下げるチビ助(すけ)が、しかも昨夜かれの伯父がおれの父をなぐったことを知ってるチビ助が、復讐(ふくしゅう)のおそれも感ぜずにいつもより勇敢(ゆうかん)なのを見ると、実際これほどふしぎな現象はないのであった。
「待てッ」
「待っていられないよ、明日(あす)の朝またあおうね」
 チビ公はずんずん去ろうとした。
「こらッ」
 生蕃の手がてんびん棒にかかった、とこのとき電柱の陰(かげ)から声が聞こえた。
「阪井、よせよ」
 それは柳光一であった。
「なんでえ」
「きみは悪いよ」と光一は歩みよった。
「なんでえ」と生蕃がほえた。
「きみはぼくと親友になるといったことをわすれたか」
「わすれはしねえ」
「じゃ、一緒に学校へいこう」
「しかし」
「もういいよ」
 光一は生蕃のひじをとった、そうしてチビ公ににっこりしてふりかえった。チビ公は鳥打帽(とりうちぼう)をぬいで一礼した。
 この日ほど豆腐の売れた日はなかった、町では覚平(かくへい)が助役をなぐって拘留(こうりゅう)されたという噂(うわさ)が一円に拡がった、しかもそれは貧しき豆腐屋の子がになってくる豆腐を強奪したうらみだとわかったので町内の同情は流れの低きにつくがごとくチビ公に集まった。
「買ってやれ買ってやれかわいそうに」
 豆腐のきらいな家までが争うて豆腐を買った、チビ公のふくらっぱは凱歌(がいか)のごとく鳴りひびいた。
 二時間にして売りつくしたのでチビ公は警察へいった。
「伯父さんをゆるしてください、伯父さんが悪いんでないのです、酒が悪いんですから」
 かれは警部にこう哀願(あいがん)した。
「警察ではゆるしてやりたいんだ」と警部は同情の目をまたたいていった。「だが阪井の方で示談(じだん)にしないと警察では困るんだ」
「監獄(かんごく)へいくんでしょうか」
「そうなるかもしれない、きみの方で阪井にかけあってなんとかしてもらうんだね」
 チビ公はがっかりして警察をでた、それからその足でさしいれ屋へゆき、売りだめから七十五銭をだしていった。
「どうかよろしくお願いします」
「覚平(かくへい)さんだったね」とさしいれ屋の亭主(ていしゅ)がいった。
「はあ」
「覚平さんのさしいれはすんでるよ」
「三度分の弁当ですよ」
「ああすんでる」
「だれがしてくれたのです」
「だれだかわからないがすんでる、五十銭の弁当が三本」
「へえ、それじゃちり紙を一つ……」
「ちり紙とてぬぐいと、毛布二枚とまくらと……それもすんでる」
「それも?」とチビ公はあきれて、「どなたがやってくだすったのですか」
「それもいえない、いわずにいてくれというんだから」
「じゃさしいれするものはほかになんでしょう」
「その人がみんなやってくれるからいいだろう」
 チビ公はあっけにとられて言葉がでなかった、親類とてほかにはなし、友達はあるだろうが、しかし匿名(とくめい)にしてさしいれするのでは、ふだんにさほど懇意(こんい)にしている人でないかもしれぬ、自分では想像もできぬが、母にきいたら思いあたることもあるだろう、こう思ってかれはそこをでた、家へ帰ると母もすでに帰っていた。生まれてはじめててんびん棒をかついだので母はがっかりつかれて、肩を冷水で冷やしていた。
「どうでしたお母(かあ)さん」とチビ公がいった。
「大変によく売れたよ」と母はわらっていた。
「ぼくの方も非常によかったです、二時間のうちに」
 かれはからのおけを見せ、それから売りだめを伯母にわたしてさしいれものの一件を語った。
「だれだろうね」
「さあだれだろう」
 伯母と母はしきりに知り人の名を数えあげたが、それはみんな匿名(とくめい)の必要のない人であり、毛布二枚を買う資力のない人ばかりであった。
 その日の夕飯はさびしかった、酒を飲んで喧嘩(けんか)をするのは困るが、さてその人が牢獄(ろうごく)にあると思えばさびしさが一層(いっそう)しみじみと身に迫(せま)る。
「阪井にかけあって示談にしてもらうようにしましょうかね」と母は伯母にいった。
「まあ、そうするよりほかにしかたがありますまい」と伯母がいった。チビ公をるすにして二人(ふたり)はそれぞれ知人をたよって示談の運動をした。
「よろしい、なんとかしましょう」
 こう快諾(かいだく)してくれた人は四、五人もあったが、翌日(よくじつ)になると悄然(しょうぜん)としてこういう。
「どうも阪井のやつはどうしてもききませんよ、このうえは弁護士にたのんで……」
 望みの綱(つな)も切れはてて一家三人はたがいにため息をついた。もとより女と子どものことである、心は勇気にみちてもからだの疲労(ひろう)は三日目の朝にはげしくおそうてきた。母の肩は紫(むらさき)に腫(は)れて荷を負うことができない、チビ公は睡眠(すいみん)の不足と過度の労働のために頭が大盤石(だいばんじゃく)のごとく重くなり動悸(どうき)が高まり息苦しくなってきた。
 豆腐を買う人は多くなったが、作る人がなくなり売りにでる者がなくなった。
 示談が不調で覚平(かくへい)は監獄(かんごく)へまわされた。

         三

 何人(なんぴと)が覚平のさしいれ物をしたかは永久の疑問として葬(ほうむ)られた。しかしチビ公の一家は次第次第に貧苦に迫った。夜中の二時に起きて豆腐を作れば朝にはもうつかれて町をまわることができない。町をまわろうとすれば夜中に豆腐を作ることができない。このためにお美代は女手一つでわずかばかりの豆腐をつくり、チビ公一人が売りに出ることにきめた。
 製作の量が少ないので、いくら売れてももうける金額はきわめて少なくなった。チビ公はいつも帰り道に古田からたにしを拾うて帰った。一家三人のおかずはたにしとおからばかりであった。伯母のお仙は毎日のように愚痴(ぐち)をこぼした。
「おまえのためにこんなことになったよ」
 これを聞くたびにチビ公はいつも涙ぐんでいった。
「伯母さん、ぼくはどんなにもかせぐから、そんなことをいわないでくださいよ」
 ある日かれは豆腐(とうふ)おけをかついで例の裏道(うらみち)を通った、かれの耳に突然異様の音響が聞こえた。それは医者の手塚の家であった。夕日はかっと植え込みを染めて土蔵の壁が燃ゆるように赤く反射していた。欝蒼(うっそう)と茂った樹々の緑のあいだに、明るいぼたんの花が目ざむるばかりにさきほこっているのが見える。そこに大きな池があって土橋をかけわたしみぎわには白いしょうぶも見える。それよりずっと奥に回廊(かいろう)紆曲(うきょく)して障子の色まっ白に、そこらからピアノの音が栄華をほこるかのごとく流れてくる。
「ああその家はぼくの父の家だったのだ」
 チビ公は暗然としておけを路傍(ろぼう)におろして腕をくんだ。
「お父さんは政党のためにこの家までなくしてしまったのだ。お父さんはずいぶん人の世話もし、この町のためになることをしたのだが、いまではだれひとりそれをいう者がない。その子のぼくは豆腐を売って……それでもご飯を食べることができない」
 チビ公は急になきたくなった、かれは自分が生まれたときには、この邸(やしき)の中を女中や乳母(うば)にだかれて子守り歌を聞きながら眠ったことだろうと想像した。
「つまらないな」とかれは歎息(たんそく)した。「いくら働いてもご飯が食べられないのだ、働かない方がいい、死んでしまうほうがいい、ぼくなぞは生きてる資格がないのだ、路傍のかえるのように人にふまれてへたばってしまうのだ」
 暗い憂欝(ゆううつ)はかれの心を閉(と)ざした。かれは自分の影法師がいかにも哀(あわ)れに細長く垣根に屈折しているのを見ながらため息をはいた。
「影法師までなんだか見すぼらしいや」
 ピアノの音は樹々の葉をゆすって涼風(すずかぜ)に乗ってくる。
「お父さんのある者は幸福だなあ、ああしてぼうんぼうんピアノをひいて楽しんでいる」
 かれはがっかりしておけをかついだ。つかれた足をひきずって二、三間(げん)歩きだすとそこでひとりの女の子にあった。それは光一の妹の文子(ふみこ)であった。かの女(じょ)は尋常(じんじょう)の五年であった。下(しも)ぶくれのうりざね顔で目は大きすぎるほどぱっちりとして髪を二つに割って両耳のところで結び玉をこさえている。元禄袖(げんろくそで)のセルに海老茶(えびちゃ)のはかまをはき、一生懸命にゴムほおずきを口で鳴らしていた。
「今晩は」とチビ公は声をかけた。
「今晩は」と文子はにっこりしていった。がすぐ思いだしたように、
「青木さん、兄さんがあなたを探してたわ」
「兄さんが?」
「ああ」
「何か用事があるんですか」
「そうでしょう私知らないけれども」
 文子はこういってまたぶうぶうほおずきをならした。
「急用なの?」
「そうでしょう」
「なんだろう」
「会えばわかるじゃないの?」
「それはそうですな」
「兄さんがいま、家にいるでしょう、いってちょうだいね」
 文子はこういったがすぐ「私も一緒(いっしょ)にいくわ、あそこに大きな犬がいるからおいはらってちょうだいね」
「ああ酒屋の犬ですか」
 ふたりは並んで歩きだした。小学校にいたときには文子はまだまだおさなかった。げたのはなおが切れて難儀(なんぎ)してるのを見てチビ公はてぬぐいをさいてはなおをすげてやったことがある。そのとき肩につかまって片足をチビ公の片足の上に載(の)せたことをかれは記憶している。
 ふたりは光一の家の裏口の前へきた。
「待っててね」
 文子は足をけあげて走りだし、勝手口の戸をあけたかと思うと大きな声で叫んだ。
「兄さん、青木さんをつれてきたわ、兄さん早く」
 光一の姿が戸のあいだからあらわれた。
「やかましいやつだな、おてんば!」
「そんなことをいったら青木さんをつれてきてあげないわ」
「おまえがつれてこなくても青木君はここにいるじゃないか」
 光一はわらいながらチビ公の方を向き、
「きみ、ちょっとはいってくれたまえ」
「ぼくはどろあしですから」
「そうか、じゃ庭へいこう」
 チビ公はおけを片隅において光一の後ろにしたがった。ふたりは、うの花が雪のごとくさきみちている中庭へでた。そこの鶏舎(けいしゃ)にいましも追いこまれたにわとりどもは、まだごたごたひしめきあっていた。
「きみに相談があるんだがね」と光一は謹直(きんちょく)な顔をしていいだした。
「ぼくはぼくの父ともよく相談のうえでこのことをきめたんだが」
「どんなことですか」
「つまり、きみにもいろいろ不幸な事情が重なってるようだがきみはもう少し学問をする気がないかね」
「それはぼくだって……」とチビ公は早口にいった。「学問はしたいけれどもぼくの家は……」
「だからねえきみ、きみが中学校をやって大学をやるまでの学資(がくし)ならぼくの父がだしてあげるとこういうのだ。きみは学校でいつも優等だったしね、それからきみの性質や品行のことについてはこの町の人はだれでも知ってるんだからね、豆腐屋をしてるよりも、学問をしたら、きっと成功するだろうと父もいうんだ、実はね、こんど生蕃の親父の一件できみの伯父さんがあんなことになったろう、それできみは夜も昼もかせぎどおしにかせいでいるのを見てぼくの父は……」
「ああわかった」と、チビ公は思わず叫んだ。「伯父さんのさしいれ物をしてくれたのはあなたのお父さんですね」
「いやいや、そんなことは……」と光一は頭をふって、「ぼくは知らない、なんにも知らない」
「かくさないでいってください、ぼくはお礼をいわないと気がすまないから」
「そうじゃないよきみ、決してそうじゃない、ところできみ、いまの話はどうする、きみはぼくと一緒に中学へ通わないか、ねえきみ、きみはぼくよりもできるんだからね、ぼくの家はきみに学資(がくし)をだすくらいの余裕(よゆう)があるんだ、決して遠慮することはないよ、ぼくの父は商人だけれども金を貯(た)めることばかり考えてやしない、金より大切なのは人間だってしじゅういってるよ、きみのような有望な人間を世話することは父が一番すきなことなんだから、ねえきみ、ふたりで一緒にやろう、大学をでるまでね、きみは二年の試験を受けたまえ、きっと入学ができるよ、ねえきみ」
 光一の目は次第に熱気をおびてきた、かれの心はいまどうかして親友の危難(きなん)を救い、親友をして光ある世界に活躍せしめようという友情にみたされていた。
「ねえ青木君、ねえ、そうしたまえよ」
 かれは千三の手をしっかりとにぎって顔をのぞいた。うの花がふたりの胸にたもとにちらりちらりとちりしきる。千三はだまってうつむいていた。
 社会のどん底にけおとされて、貧苦に小さな胸をいため、伯父は牢獄(ろうごく)にあり、わが身はどろにあえぐふなのごときいまの場合に、ただひとり万斛(ばんこく)の同情と親愛をよせてくれる人があると思うと、千三の胸に感激(かんげき)の血が高波のごとくおどらざるを得ない。かれは石のごとく沈黙した。
「ねえ青木君、ぼくの心持ちがわかってくれたろうね」
「…………」
「明日(あした)からでも商売をやめてね、伯父さんがでてくるまで休んでね、そうしてきみは試験の準備にかかるんだね、決して不自由な思いはさせないよ」
「…………」
「ぼくはね、金持ちだからといっていばるわけじゃないよ、それはきみもわかってくれるだろうね」
「無論……無論……ぼくは……」
 千三ははじめて口を開いたが、胸が一ぱいになって、なんにもいえなくなった。はげしいすすりなきが一度に破裂した。
「ありがとう……ぼくはうれしい」
 涙はほおを伝うて滴々(てきてき)として足元に落ちた。足にはわらじをはいている。
「じゃね、そうしてくれるかね」と光一も涙をほろほろこぼしながらいった。
「いいや」と千三は頭をふった。
「いやなのかい」
「お志は感謝します。だが柳さん」
 千三はふたたび沈黙した。肩をゆする大きなため息がいくども起こった。
「わがままのようだけれどもぼくはお世話になることはできません」
「どうして?」
「ぼくはねえ柳さん、ぼくは独力でやりとおしたいんです、人の世話になって成功するのはだれでもできます、ぼくはひとりで……ひとりでやって失敗したところがだれにも迷惑をかけません、ぼくはひとりでやりたいのです」
「しかしきみ」
 光一は千三の手をきびしくにぎりしめてじっと顔を見詰めたが、やがて茫然(ぼうぜん)と手を放した。
「失敬した、きみのいうところは実にもっともだ、ぼくはなんにもいえない」
 庭の茂りのあいだから文子の声が聞こえた。
「兄さん! ご飯よ、今日(きょう)はコロッケよ」
「そんなことをいうものじゃない」と光一はしかるようにいった、文子の声はやんだ。
「どうか悪く思わないようにね」と千三がいった。
「いや、ぼくこそ失敬したよ」と光一はいった。
「いままでどおりにお願いします」
「ぼくもね」
 ふたりはふたたびかたい握手(あくしゅ)をした。
「コロッケがさめるわよ」と文子は窓から顔をだしていった。
「うるさいやつだな」と光一はわらった。
「さようなら」
 千三はおけをかついでふらふらと歩きだした。光一はだまって後ろ姿を見送ったが、両手を顔にあててなきだした。日は次第に暮れかけてうの花だけがおぼろに白く残った。
 翌日光一は学校へゆくと手塚がかれを待っていた。
「きみ、気をつけなきゃいけないよ、生蕃がきみを殺すといってるよ」
「なぜだ」
「きみの父(ファザー)がチビ公の伯父さんのさしいれ物をしたそうじゃないか」
「だれがそんなことをいったんだ」
「町ではもっぱら評判(ひょうばん)だよ」
「そんなことはぼくは知らん、よしんば事実にしたところで、生蕃がなにもぼくを殺すにあたらない話だ」
「ぼくもそう思うがね、あの問題はチビと生蕃のことから起こって、大人(おとな)同志の喧嘩になったんだからな」
「かまわんさ、ほっとけ、ぼくは生蕃をおそれやしないよ」
「きみはいつも傲慢(ごうまん)な面(つら)をしてるとそういってたよ」
「なんとでもいうがいい」
「しかし気をつけなけりゃ」
 手塚はいつも表裏(ひょうり)反覆(はんぷく)つねなき少年で、今日は西に味方し明日は東に味方し、好んで人の間柄をさいて喜んでるので、光一はかれのいうことをさまで気にとめなかった。
 そのころ生蕃は得意の絶頂にあった、かれが三年のライオンを征服してから驍名(ぎょうめい)校中にとどろいた。かれは肩幅を広く見せようと両ひじをつっぱり、下腹を前へつきだして歩くと、その幕下共(ばっかども)は左右にしたがって同じような態度をまねるのであった。とくにかれは覚平の一件があってから凶暴(きょうぼう)がますます凶暴を加えた。
 学校の小使いは廃兵(はいへい)であった。かれはらっぱをふくことがじょうずで、時間時間には玄関へでて腹一ぱいにふきあげる。それから右と左のろうかへふきこむと生徒がぞろぞろ教室をでる。それを見るとかれは愉快でたまらない。
「生意気なことをいってもおれのらっぱででたりはいったりするんだ、おまえたちはおれの命令にしたがってるんじゃないか」
 こうかれは生徒共にいうのであった。かれはもう五十をすぎたが女房(にょうぼう)も子もない、ほんのひとりぽっちで毎日生徒を相手に気焔(きえん)をはいてくらしている、かれは日清戦争(にっしんせんそう)に出征して牙山(がざん)の役(えき)に敵の大将を銃剣で刺(さ)したくだりを話すときにはその目が輝きその顔は昔のほこりにみちて朱(しゅ)のごとく赤くなるのであった。
「そのときわが鎌田聯隊長殿(かまだれんたいちょうどの)は、馬の上で剣を高くふって突貫(とっかん)! と号令をかけた。そこで大沢(おおさわ)一等卒はまっさきかけて疾風(しっぷう)のごとく突貫した。敵は名に負う袁世凱(えんせいがい)の手兵だ、どッどッどッと煙をたてて寄せくる兵は何千何万、とてもかなうべきはずがない」
「逃げたか」とだれかがいう。
「逃げるもんか、日本男児だ、大沢一等卒は銃剣をまっこうにふりかぶって」
「らっぱはどうした」
「らっぱは背中へせおいこんだ」
「らっぱ卒にも銃剣があるのか」
「あるとも、兵たる以上は……まあだまって聞け大沢一等卒は……」
「いまや小使いになってる」
 生徒は「わっ」とわらいだす、大抵(たいてい)このぐらいのところで軍談は中止になるのだが、かれはそれにもこりず生徒をつかまえては懐旧談をつづけるのであった。大沢一等卒がはたしてそれだけの武功があったかどうかは何人(なんぴと)も知らないことなのだが、生徒間ではそれを信ずる者がなかった。大沢小使いの一番おそれていたのは体操の先生の阪本少尉(さかもとしょうい)であった、かれは少尉の顔を見るといつも直立不動の姿勢で最敬礼をするのであった。
「小使い! お茶をくれ」
「はい、お茶を持ってまいります」
 実際大沢は校長に対するよりも少尉に対する方が慇懃(いんぎん)であった、生徒はかれを最敬礼とあだ名した。
 最敬礼のもっともきらいなのは生蕃であった、生蕃はいつもかれを罵倒(ばとう)した。生蕃は大沢一等卒が牙山(がざん)の戦いで一生懸命に逃げてアンペラを頭からかぶって雪隠(せっちん)でお念仏をとなえていたといった。それに対して大沢は顔を赤くして反駁(はんばく)した。
「見もしないでそんなことをいうものじゃない」
「おれは見ないけれども官報にちゃんとでていたよ」と生蕃がいった。
「とほうもねえ、そんな官報があるもんですか」
 なにかにつけて大沢と生蕃は喧嘩した、それがある日らっぱのことで破裂した。大沢が他の用事をしているときに生蕃がらっぱをぬすんでどこかへいってしまった。これは大沢にとってゆゆしき大事であった。大沢は血眼(ちまなこ)になってらっぱを探した、そうしてとうとう生蕃があめ屋にくれてやったことがわかったのでかれは自分の秘蔵(ひぞう)している馬の尾で編んだ朝鮮帽をあめ屋にやってらっぱをとりかえした。
「助役のせがれでなけりゃ口の中へらっぱをつっこんでやるんだ」とかれは憤慨(ふんがい)した。
 生蕃の素行についてはしばしば学校の会議にのぼったが、しかしどうすることもできなかった。英語の先生に通称カトレットという三十歳ぐらいの人があった、この先生は若いに似ずいつも和服に木綿(もめん)のはかまをはいている、先生の発音はおそろしく旧式なもので生徒はみんな不服であった。先生はキャット(ねこ)をカットと発音する、カツレツをカトレットと発音する。
「先生は旧式です」と生徒がいう。
「語学に新旧(しんきゅう)の区別があるか」と先生は恬然(てんぜん)としていう。
「しかし外国人と話をするときに先生の発音では通じません」
「それだからきみらはいかん、語学をおさめるのは外人と話すためじゃない、外国の本を読むためだ、本を読んでかれの長所を取りもってわが薬籠(やくろう)におさめればいい、それだけだ、通弁になって、日光(にっこう)の案内をしようという下劣な根性のものは明日(あす)から学校へくるな」
 生徒は沈黙した。生徒間には先生の言は道理だというものがあり、また、頑固(がんこ)で困るというものもあった、が結局先生に対してはなにもいわなくなった、英語の先生とはいうものの、この朝井(あさい)先生は猛烈な国粋主義者(こくすいしゅぎしゃ)であった、ある日生徒は英語の和訳を左から右へ横に書いた。それを見て先生は烈火のごとくおこった。
「きみらは夷狄(いてき)のまねをするか、日本の文字が右から左へ書くことは昔からの国風である、日本人が米の飯を食うことと、顔が黄色であることと目玉がうるしのごとく黒く美しいことと、きみに忠なることと、親に孝なることと友にあつきことと先輩をうやまうことは世界に対してほこる美点である、それをきみらは浅薄な欧米の蛮風を模倣(もほう)するとは何事だ、さあ手をあげて見たまえ、諸君のうちに目玉が青くなりたいやつがあるか、天皇にそむこうとするやつがあるか、日本を欧米のどれいにしようとするやつがあるか」
 先生の目には憤怒(ふんぬ)の涙が輝いた、生徒はすっかり感激してなきだしてしまった。
「新聞の広告や、町の看板にも不心得千万(ふこころえせんばん)な左からの文字がある、それは日本を愛しないやつらのしわざだ。諸君はそれに悪化されてはいかん、いいか、こういう不心得(ふこころえ)なやつらを感化して純日本に復活せしむるのは諸君の責任だぞ、いいか、わかったか」
 この日ほどはげしい感動を生徒にあたえたことはなかった。
「カトレットはえらいな」と人々はささやきあった。
 光一はこのほかにもっとも尊敬していたのは校長の久保井先生であった。元来光一は心の底から浦和中学を愛した。とくに数多(あまた)の先生に対しては単に教師と生徒の関係以上に深い尊敬と親しみをもっていた。校長は修身を受け持っているので、生徒は中江藤樹(なかえとうじゅ)の称(しょう)をたてまつった。校長の口ぐせは実践躬行(じっせんきゅうこう)の四字であった、かれの訓話にはかならず中江藤樹がひっぱりだされる、世界大哲人の全集を残らず読んでもそれを実地におこなわなければなんの役にもたたない、たとえばその……こう先生はなにか譬喩(ひゆ)を考えだそうとする。先生は譬喩がきわめてじょうずであった、謹厳そのもののような人が、どうしてこう奇抜な譬喩がでるかとふしぎに思うことがある、たとえばその、ぼたもちを見て食わないと同じことだ、ぼたもちは目に見るべきものでなくして、口に食すべきものだ、書籍は読むべきものでなくして行ないにあらわすべきものだ、いもは浦和の名産である、だが諸君、同じ大きさのいもの重さが異(こと)なる所以(ゆえん)を知っているか、量においては同じである。重さにおいて一斤(きん)と二斤の差があるのは、肥料の培養法(ばいようほう)によってである、よき肥料と精密な培養はいもの量をふやしまた重さをふやす、よき修養とよき勉強は同じ人間を優等にすることができる、諸君はすなわちいもである。
 この訓話については「人を馬鹿にしてる。おれ達をいもだといったぜ、おい」と不平をこぼした者もあった。
 普通の教師は学校以外の場所では中折帽(なかおれぼう)をかぶったり鳥打帽(とりうちぼう)に着流しで散歩することもあるが、校長だけは年百年中(ねんびゃくねんじゅう)学校の制帽(せいぼう)で押し通している、白髪のはみだした学帽には浦和中学のマークがいつも燦然(さんぜん)と輝いている。校長のマークもぼくらのマークも同じものだと思うと光一はたまらなくうれしかった。
 とここに一大事件が起こった。ある日学校の横手にひとりのたい焼き屋が屋台をすえた。それはよぼよぼのおじいさんで銀の針のような短いひげがあごに生(は)え、目にはいつも涙をためてそれをきたないてぬぐいでふきふきするのであった。まずかまどの下に粉炭(こなずみ)をくべ、上に鉄の板をのせる。板にはたいのような形が彫(ほ)ってあるので、じいさんはそれにメリケン粉をどろりと流す、それから目やにをちょっとふいてつぎにあんを入れその上にまたメリケン粉を流す。
 最初はじいさんがきたないのでだれも近よらなかったが、ひとりそれを買ったものがあったので、われもわれもと雷同(らいどう)した、二年生はてんでにたい焼きをほおばって、道路をうろうろした、中学校の後ろは師範学校(しはんがっこう)である、由来いずれの県でも中学と師範とは仲(なか)が悪い、前者は後者をののしって官費(かんぴ)の食客だといい、後者は前者をののしって親のすねかじりだという。
 師範の生徒は中学生がたい焼きを食っているのを見て手をうってわらった。わらったのが悪いといって阪井生蕃(さかいせいばん)が石の雨を降らした。逃げ去った師範生は同級生を引率(いんそつ)してはるかに嘲笑(ちょうしょう)した。
「たい焼き買って、あめ買って、のらくらするのは浦中(うらちゅう)ちゅう、ちゅうちゅうちゅう、おやちゅうちゅうちゅう」
 妙な節でもってうたいだした。すると中学も応戦してうたった。
「官費じゃ食えめえ気の毒だ、あんこやるからおじぎしろ、たまには、たいでも食べてみろ」
 このさわぎを聞いた例のらっぱ卒は早速(さっそく)校長に報告した。校長はだまってそれを聞いていたがやがておごそかにいった。
「たい焼き屋に退却(たいきゃく)を命じろ」
 いかになることかとびくびくしていた生徒共は校長の措置(そち)にほっと安心した、たい焼き屋はすぐに退却した、だが哀(あわ)れなるたい焼き屋! 一時間のうちに数十のたいが飛ぶがごとく売れるような結構な場所はほかにあるべくもない。かれは翌日またもや屋台をひいてきた。それと見た校長は生徒を校庭に集めた。
「たい焼きを食うものは厳罰に処すべし」
 生徒は戦慄(せんりつ)した、とその日の昼飯時である。生徒はそれぞれに弁当を食いおわったころ、生蕃は屋台をがらがらと校庭にひきこんできた。
「さあみんなこい、たい焼きの大安売りだぞ」
 かれはメリケン粉を鉄の型に流しこんで大きな声でどなった。人々は一度に集まった。
「おれにくれ」
「おれにも」
 焼ける間も待たずに一同はメリケン粉を平らげてしまった。これが校中の大問題になった。じじいが横を向いてるすきをうかがって足を引いてさかさまにころばし、あっと悲鳴をあげてる間に屋台をがらがらとひいてきた阪井の早業(はやわざ)にはだれも感心した。
 わいわいなきながらじじいは学校へ訴(うった)えた。たい焼きを食ったものはわらって喝采(かっさい)した、食わないものは阪井の乱暴を非難した。だがそれはどういう風に始末をつけたかは何人(なんぴと)も知らなかった。
「阪井は罰を食うぞ」
 みながこううわさしあった、だが一向なんの沙汰(さた)もなかった。それはこうであった。阪井は校長室によばれた。
「屋台をひきずりこんだのはきみか」
「はい、そうです」
「なぜそんなことをしたか」
「たい焼き屋がきたためにみなが校則をおかすようになりますから、みなの誘惑(ゆうわく)を防ぐためにぼくがやりました」
「本当か」
「本当です」
「よしッ、わかった」
 阪井が室をでてから校長は歎息(たんそく)していった。
「阪井は悪いところもあるが、なかなかよいところもあるよ」
 しかし問題はそれだけでなかった、ちょうどそのときは第一期の試験であった、試験! それは生徒に取って地獄(じごく)の苦しみである、もし平素善根(ぜんこん)を積んだものが死んで極楽にゆけるものなら、平素勉強をしているものは試験こそ極楽の関門である、だがその日その日を遊んで暮らすものに取っては、ちょうどなまけ者が節季(せっき)に狼狽(ろうばい)すると同じもので、いまさらながら地獄のおそろしさをしみじみと知るのである。
 浦和中学は古来の関東気質(かんとうかたぎ)の粋(すい)として豪邁不屈(ごうまいふくつ)な校風をもって名あるが、この年の二年にはどういうわけか奇妙な悪風がきざしかけた。それは東京の中学校を落第して仕方なしに浦和へきた怠惰生(たいだせい)からの感染(かんせん)であった。孔子(こうし)は一人(いちにん)貪婪(どんらん)なれば一国(いっこく)乱(らん)をなすといった、ひとりの不良があると、全級がくさりはじめる。
 カンニングということがはやりだした、それは平素勉強をせない者が人の答案をぬすみみたり、あるいは謄写(とうしゃ)したりして教師の目をくらますことである、それには全級の聯絡(れんらく)がやくそくせられ、甲(こう)から乙(おつ)へ、乙から丙(へい)へと答案を回送するのであった、もっと巧妙な作戦は、なにがしの分はなにがしが受け持つと、分担を定める。
 この場合にいつもぎせい者となるのは勉強家である。怠惰(たいだ)の一団が勉強家を脅迫(きょうはく)して答案の回送を負担せしめる。もし応じなければ鉄拳(てっけん)が頭に雨(あま)くだりする。大抵(たいてい)学課に勉強な者は腕力が弱く怠(なま)け者は強い。
 カンニングの連中にいつも脅迫されながら敢然(かんぜん)として応じなかったのは光一であった。もっともたくみなのは手塚であった。
 この日は幾何学(きかがく)の試験であった。朝のうちに手塚が光一のそばへきてささやいた。
「きみ、今日(きょう)だけ一つ生蕃を助けてやってくれたまえね」
「いやだ」と光一はいった。
「それじゃ生蕃がかわいそうだよ」
「仕方がないさ」
「一つでも二つでもいいからね」
「ぼくは自分の力でもって人を助けることは決していといはせんさ、だが、先生の目をぬすんでこそこそとやる気持ちがいやなんだ、悪いことでも公明正大にやるならぼくは賛成する、こそこそはぼくにできない、絶対にできないよ」
「偽善者(ぎぜんしゃ)だねきみは」と手塚はいった。
「なんとでもいいたまえ、ぼくは卑劣(ひれつ)なことはしたくないからふだんに苦しんで勉強してるんだ、きみらはなまけて楽をして試験をパスしようというんだ、その方が利口かも知らんがぼくにはできないよ」
「きみは後悔(こうかい)するよ、生蕃はなにをするか知れないからね」
 光一は答えなかった。光一の席の後ろは生蕃である、光一が教室にはいったとき、生蕃は青い顔をしてだまっていた。
 幾何学(きかがく)の題は至極(しごく)平易なのであった、光一はすらすらと解説を書いた、かれは立って先生の卓上(たくじょう)に答案をのせ机(つくえ)と机のあいだを通って扉口(ドアぐち)へ歩いたとき、血眼(ちまなこ)になってカンニングの応援を待っているいくつかの顔を見た。阪井は頭をまっすぐに立てたまま動きもしなかった。手塚は狡猾(こうかつ)な目をしきりに働かせて先生の顔を、ちらちらと見やっては隣席の人の手元をのぞいていた。
「気の毒だなあ」
 光一の胸に憐愍(れんびん)の情が一ぱいになった。かれは自分の解説があやまっていないかをたしかめるために控(ひか)え席(せき)へと急いだ。
 ひとりひとり教室からでてきた、かれらの中には頭をかきかきやってくるものもあり、また大功名をしたかの如くにこにこしてくるものもあり、あわただしく走ってきてノートを開いて見るものもあった、人々は光一をかこんで解説をきいた、そうして自分のあやまれるをさとってしょげかえるものもありまた、おどりあがって喜ぶものもあった、この騒(さわ)ぎの中に阪井が青い顔をしてのそりとあらわれた。
「どうした、きみはいくつ書いた」と人々は阪井にいった。
「書かない」と阪井は沈痛にいった。
「一つもか」
「一つも」
「なんにもか」
「ただこう書いたよ、援軍(えんぐん)きたらず零敗(れいはい)すと」人々はおどろいて阪井の顔を見詰(みつ)めた、阪井の口元に冷ややかな苦笑が浮かんだ。
「だれかなんとかすればいいんだ」と手塚がいった。
「ぼくは自分のだけがやっとなんだよ」とだれかがいった。
「一番先にできたのはだれだ」と手塚がいった。
「柳だよ」「そうだ柳だ」
「柳は卑劣だ、利己主義(りこしゅぎ)だ」
 声がおわるかおわらないうちに阪井は弁当箱(べんとうばこ)をふりあげた。光一はあっと声をあげて目の上に手をあてた、眉と指とのあいだから血がたらたらと流れた。血を見た阪井はますます狂暴になっていすを両手につかんだ。
「よせよ、よせ、よせ」人々は総立ちになって阪井をとめた。
「あんなやつ、殺してしまうんだ、とめるな、そこ退け」
 阪井は上衣(うわぎ)を脱(ぬ)ぎ捨てて荒れまわった、このさわぎの最中に最敬礼のらっぱ卒がやってきた、かれは満身の力でもって阪井を後ろからはがいじめにした。「このやろう、今日(きょう)こそは承知ができねえぞ、さああばれるならあばれて見ろ、牙山(がざん)の腕前を知らしてやらあ」

         四

 阪井が柳を打擲(ちょうちゃく)して負傷させたということはすぐ全校にひびきわたった。上級の同情は一(いつ)に柳に集まった。
「阪井をなぐれなぐれ」
 声はすみからすみへと流れた。
「この機会に阪井を退校さすべし」
 この説は一番多かった。ある者は校長に談判しようといい、ある者は阪井の家へ襲撃(しゅうげき)しようといい、ある者は阪井をとらえて鉄棒(かなぼう)にさかさまにつるそうといった。憤激(ふんげき)! 興奮(こうふん)! 平素阪井の傲慢(ごうまん)や乱暴をにがにがしく思っていたかれらはこの際徹底的(てっていてき)に懲罰(ちょうばつ)しようと思った。二時の放課になっても生徒はひとりも去らなかった。ものものしい気分が全校にみなぎった。
 なにごとか始まるだろうという期待の下に人々は校庭に集まった。
「諸君!」
 大きな声でもってどなったのはかつて阪井と喧嘩をした木俣ライオンであった。
「わが校のために不良少年を駆逐(くちく)しなければならん、かれは温厚なる柳を傷(きず)つけた、そうして」
「わかってる、わかってる」と叫ぶものがある。
「おまえも不良じゃないか」と叫ぶものがある。
 木俣はなにかいいつづけようとしたが頭を掻いて引込んだ。人々はどっとわらった。これを口切りとして二、三人の三年や四年の生徒があらわれた。
「校長に談判しよう」
「やれやれ」
「徹底的にやれ」
 少年の血潮は時々刻々に熱した。
「待てッ、諸君、待ちたまえ」
 五年生の小原(こはら)という青年は木馬の上に立って叫んだ。小原は平素沈黙寡言(ちんもくかげん)、学力はさほどでないが、野球部の捕手として全校に信頼されている。肩幅が広く顔は四角でどろのごとく黒いが、大きな目はセンターからでもマスクをとおしてみえるので有名である、だれかがかれを評して馬のような目だといったとき、かれはそうじゃない、おれの目は古今東西の書を読みつくしたからこんなに大きくなったのだといった。
 身体(からだ)が大きくて腕力もあるが人と争うたことはないので何人(なにびと)もかれと親しんだ、木馬の上に立ったかれを見たとき、人々は鳴りをしずめた。小原の黒い顔は朱(しゅ)のごとく赤かった、かれは両手を高くあげてふたたび叫んだ。
「諸君は校長を信ずるか」
「信ずる」と一同が叫んだ。
「生徒の賞罰(しょうばつ)は校長の権利である、われわれは校長に一任して可(か)なりだ、静粛(せいしゅく)に静粛にわれわれは決してさわいではいかん」
「賛成賛成」の声が四方から起こった。狂瀾(きょうらん)のごとき公憤(こうふん)の波はおさまって一同はぞろぞろ家へ帰った。
 そのとき職員室では秘密な取り調べが行なわれた。職員達はどれもどれもにがい顔をしていた。当時その場にいあわせた重(おも)なる生徒が五、六人ひとりずつ職員室へよばれることになった。一番最初に呼ばれたのは手塚であった、手塚はいつも阪井の保護を受けている、いつか三年と犬の喧嘩のときに阪井のおかげで勝利を占めた、かれはなんとかして阪井を助けてやりたい、そうして一層(いっそう)阪井に親しくしてもらおうと思った。
「柳の方から喧嘩をしかけたといえばそれでいい」
 かれはこう心に決めた、が職員室へはいるとかれは第一に厳粛(げんしゅく)な室内の空気におどろいた。中央に校長のまばらに白い頭と謹直(きんちょく)な顔が見えた、その左に背の高いつるのごとくやせた漢文の先生、それととなりあって例の英語の朝井先生、磊落(らいらく)な数学の先生、右側には身体のわりに大きな声をだす歴史の先生、人のよい図画の先生、一番おわりには扉口(とぐち)に近く体操の先生の少尉(しょうい)がひかえている。
「あとをしめて」と少尉がどなった。手塚はあわてて扉をしめた。
「阪井はどうして柳をうったのか」と少尉がいった。
「ぼくにはわかりません」
「わからんということがあるかッ」
 少尉はかみつくようにどなった。
「知ってるだけをいいたまえ」と朝井先生がおだやかにいった。
「幾何(きか)の答案をだして体操場へゆきますと柳がいました。そこへ阪井がきました、それから……」
 手塚はさっと顔を赤めてだまった。
「それからどうした」と少尉(しょうい)がうながした。
「喧嘩をしました」
「ごまかしちゃいかん」と少尉はどなった。「どういう動機で喧嘩をしたか、男らしくいってしまわんときみのためにならんぞ」
「カンニングのその……」
「どうした」
「柳が阪井に教えてやらないので」
「それで阪井がうったのか」
「はい」
「一番先に答案ができたのは柳だ、それに柳が阪井を救わずに教室を出たのは卑怯(ひきょう)だ、利己主義(りこしゅぎ)だといったのはだれか」
「ぼくじゃありません」と手塚はしどろになっていった。
「きみでなければだれか」
「知りません」
「知らんというか」
「多分桑田でしょう」
「桑田か」
「はい」
「きみもカンニングをやるか」
「やりません」
「きみは一番うまいという話だぞ」
「それは間違いです」
「よしッ帰ってもよい」
 手塚はねずみの逃ぐるがごとく室(へや)をでてほっと息をついた。雑嚢(ざつのう)を肩にかけて歩きながら考えてみると阪井を弁護しようと思ったはじめの志と全然反対にかえって阪井の不利益をのべたてたことになっている。
「これが阪井に知れたら、どんなめにあうかも知れない」
 怜悧(れいり)なる手塚はすぐ一策(さく)を案じて阪井をたずねた、阪井は竹刀(しない)をさげて友達のもとへいくところであった。
「やあきみ、大変だぞ」と手塚は忠義顔にいった。
「なにが大変だ」と阪井はおちついていった。
「先生も校長も非常におこってきみを退校させるといってる」
「退校させるならさせるがいいさ、片(かた)っ端(ぱし)からたたききってやるから」
「短気を起こすなよ、ぼくがうまくごまかしてきたから多分だいじょうぶだ」
「なんといった」
「柳の方から喧嘩を売ったのです。柳は生蕃に向かっておまえはふだんにいばってもなんにもできやしないじゃないかといっても生蕃はだまっていると……」
「おい生蕃とはだれのことだ」
「やあ失敬」
「それから?」
「柳が生……生……じゃない阪井につばをはきかけたから阪井がおこってたちあがると柳は阪井の顔を打ったので阪井は弁当をほうりつけたのです」
「うまいことをいうな、きみはなかなか口がうまいよ」
「そういわなければ弁護のしようがないじゃないか」
「だがおれはいやだ、おれはきみと絶交(ぜっこう)だ」と阪井は急にあらたまっていった。
「なぜだ」
「ばかやろう! おれは人につばを吐(は)きかけられたらそやつを殺してしまわなきゃ承知しないんだ、つばを吐きかけられたとあっては阪井は世間へ顔出しができない、うそもいい加減(かげん)に言えよばかッ」
 阪井はずんずん急ぎ足で去った、手塚はうらめしそうにその方を見やった。
「どっちがばかか、おれがしょうじきに白状(はくじょう)したのも知らないで……いまに見ろ退校させれるから」
 かれはこうひとりでいって角(かど)を曲がった。
「だが先生達の顔色で見ると、柳の方へつく方が利益だ、そうだ、柳の見舞いにいってやろう」
 学校では職員会議がたけなわであった。阪井の乱暴については何人(なんぴと)も平素憤慨(ふんがい)していることである。人々は口をそろえて阪井を退校に処(しょ)すべき旨(むね)を主張した。
「試験の答案に、援軍きたらず零敗すと書くなんて、こんな乱暴な話はありません」と幾何学(きかがく)の先生がいった。
「しかし」と漢学の先生がいった、「阪井は乱暴だがきわめて純な点があります、うそをつかない、手塚のように小細工をしない、おだてられて喧嘩をするが、ものの理屈がわからないほうでもない、無論今度のことは等閑(とうかん)に付(ふ)すべからざることですが、退校は少しく酷(こく)にすぎはしますまいか」
「いや、あいつは破廉恥罪(はれんちざい)をおかして平気でいます、人の畑のいもを掘る、駄菓子屋(だがしや)の菓子をかっぱらう、ついこのごろ豆腐屋の折詰(おりづめ)を強奪(ごうだつ)してそのために豆腐屋の親父(おやじ)が復讐(ふくしゅう)をして牢獄(ろうごく)に投ぜられた始末、私がいくども訓戒したがききません、かれのために全校の気風が悪化してきました、雑草を刈(か)り取らなければ他の優秀な草が生長をさまたげられます、これはなんとかして断固(だんこ)たる処分にでなければなりますまい、いかがですか校長」
 朝井先生がこういったとき、一同の目が校長に注がれた。校長は先刻から黙然として一言もいわずにまなこを閉(と)じていたがこのときようやくまなこをみひらいた。涙が睫毛(まつげ)を伝うてテーブルにぽたりぽたりこぼれた。
「わかりました、諸君のいうところがよくわかりました、実は私はこのことあるを憂(うれ)いて、前後五回ほど阪井の父をたずねて忠告したのです、それにかかわらずかれの父はかれを厳重にいましめないのです、これだけに手を尽くしても改悛(かいしゅん)せず、その悪風を全校におよぼすのを見ると、いまは断固たる処置をとらなきゃならない場合だと思います。しかしながら諸君、しかしながら……」
 校長の語気は次第に熱してきた。
「キリストの言葉に九十九のひつじをさしおいても一頭の迷える羊(ひつじ)を救えというのがあります、あれだけ悪い家庭に育ってあれだけ悪いことをする阪井は憎(にく)いにちがいないが、それだけになおかわいそうじゃありませんか、あんな悪いことを働いてそれが悪いことだと知らずにいる阪井巌をだれが救うてくれるでしょうか、善良なひつじは手をかけずとも善良に育つが、悪いひつじを善良にするのはひつじかいの義務ではありますまいか、いまここで退校にされればかれは不良少年としてふたたび正しき学校へ行くことができなくなり、ますます自暴自棄(じぼうじき)になります、そうすると、ひとりの男をみすみす堕落(だらく)させるようなものです、救い得る道があるなら救うてやりたいですな」
「いかにもなア」
 感嘆(かんたん)の声が起こった、人々は校長が生徒を愛する念の深きにいまさらながらおどろいた。
「ごもっともです」と朝井先生はいった。「校長の情け深いお説に対してはもうしあげようもありません、しかし教育者は一頭のひつじのために九十九の羊を捨てることはできません、ひとりのコレラ患者(かんじゃ)のために全校の生徒を殺すことはできません、阪井については師範校からも苦情がきております、かれの父はかれよりも凶悪です、しかも政党の有力者であり助役であるところからしてその子がどんな悪いことをしても罰することができないのだと世間で学校を嘲笑(ちょうしょう)しています、学校の威厳が一(ひと)たびくずれると生徒が決してわれわれの訓戒をきかなくなります。かたがたこの場合断固たる処置をとられることを希望致します」
「よろしい、きめましょう、一週間の停学にしましょう、それでもだめだったら退校にしましょう、どんな罪があろうと、その罪の一半(いっぱん)は私の徳(とく)の足らないためだと私は思います、私も深く反省しましょう、諸君もより以上に注意してください、悪い親を持った一少年を学校が見捨てたら、もうそれっきりですからなあ」
 寛大すぎるとは思ったが朝井先生は校長の美しい心に打たれて反対することができなくなった、人々は沈黙した。そうしてしずかに会議をおわった。
「こんなにありがたい校長および職員一同の心持ちが阪井にわからんのかなア」と少尉は涙ぐんでいった。
 停学を命ずという掲示が翌日掲げられたとき、生徒一同は万歳を叫んだ。だがそれと同時に阪井は退校届けをだした。校長はいくども阪井の家を訪(と)うて退校届けの撤回(てっかい)をすすめたがきかなかった。
 校長はまたまた柳の見舞いにいった。光一の負傷は浅かったが、なにかの黴菌(ばいきん)にふれて顔が一面にはれあがった。かれの母は毎日見舞いの人々にこういって涙をこぼした。
「阪井のせがれにこんなにひどいめにあわされましたよ」
 それを見て父の利三郎は母をしかりつけた。
「愚痴(ぐち)をいうなよ、男の子は外へ出ると喧嘩をするのは仕方がない、先方の子をけがさせるよりも家の子がけがするほうがいい」
 そのころ町々は町会議員の選挙で鼎(かなえ)のわくがごとく混乱(こんらん)した、あらゆる商店の主人はほとんど店を空(から)にして奔走(ほんそう)した。演説会のビラが電信柱や辻々(つじつじ)にはりだされ、家々は運動員の応接にせわしく、料理屋には同志会専属のものと立憲党専属のものとができた。
 阪井猛太は巌の父である、昔から同志会に属しその幹部として知られている、その反対に柳利三郎は立憲党であった、そういう事情から両家はなんとなく不和である、のみならずこのせわしい選挙さわぎの最中に阪井の息子が柳の息子の額(ひたい)をわったというので、それを政党争いの意味にいいふらすものもあった。
 次第次第に快復(かいふく)に向かった光一は聞くともなしに選挙の話を聞いた。
「私は商人だからな、政党にはあまり深入りせんようにしている」
 こういつもいっていた父が、急に選挙に熱してきたことをふしぎに思った、選挙は補欠選挙(ほけつせんきょ)であるから、たったひとりの争奪(そうだつ)である、だがひとりであるだけに競争がはげしい。政党のことなんかどうでもかまわないと思った光一も、父が熱し親戚(しんせき)が熱し出入りの者どもが熱するにつれて、自然なんとかして立憲党が勝てばよいと思うようになった。
 選挙の期日が近づくにしたがって町々の狂熱がますます加わった。ちょうどそのときだれが言うとなく、豆腐屋の覚平(かくへい)が出獄するといううわさが拡まった。
「おもしろい、覚平がきっと復讐するにちがいない」と人々はいった。
 ある日光一は覚平を見た、かれはよごれたあわせに古いはかまをはいて首にてぬぐいをまいていた、一月の獄中生活でかれはすっかりやせて野良犬(のらいぬ)のようにきたなくなり目ばかりが奇妙に光っていた、かれは非常に鄭重(ていちょう)な態度で畳(たたみ)に頭をすりつけてないていた。
「ご恩は決してわすれません、きっときっとお返し申します」
 かれはきっときっとというたびに涙をぼろぼろこぼした。
「もういいもういいわかりました、だれにもいわないようにしてな、いいかね、いわないようにな」
 と父はしきりにいった。
「きっと、きっと!」
 覚平(かくへい)はこういって家をでていった、光一ははじめて例のさしいれものは父であることをさとった。その翌日から町々を顛倒(てんとう)させるような滑稽(こっけい)なものがあらわれた。懲役人(ちょうえきにん)の着る衣服と同じものを着た覚平は大きな旗をまっすぐにたてて町々を歩きまわるのである。旗には墨痕淋漓(ぼっこんりんり)とこう書いてある。
「同志会の幹事(かんじ)は強盗(ごうとう)の親分である」
 かれは辻々に立ち、それから町役場の前に立ち、つぎに阪井の家の前に立ってどなった。
「折詰(おりづめ)をぬすんだやつ、豆腐をぬすんだやつ、学校を追いだされたやつ、そのやつの親父(おやじ)は阪井猛太だ」
 巡査が退去を命ずればさからわずにおとなしく退去するが、巡査が去るとすぐまたあらわれる、町の人々はすこぶる興味を感じた、立憲党の人々はさかんに喝采した、ときには金や品物をおくるのであったが、覚平は一切拒絶した。
 これがどれだけの効果があったかは知らぬが選挙はついに立憲党の勝利に帰した。覚平は町々をおどり歩いた。
「ざまあ見ろ阪井のどろぼう!」
 もう光一は学校へ通うようになった、とこのとき校内で悲しいうわさがどこからとなく起こった。
「校長が転任する」
 このうわさは日一日と濃厚(のうこう)になった、生徒の二、三が他の先生達にきいた。
「そんなことはありますまい」
 こう答えるのだが、そういう先生の顔にも悲しそうな色がかくしきれなかった。生徒の主なる者がよりよりひたいをあつめて協議した。
「本当だろうか」
 このうたがいのとけぬ矢先(やさき)に手塚はこういう報告をもたらした。
「校長が立憲党のために運動したので諭旨免官(ゆしめんかん)となるんだそうだ」
 これは生徒にとってあまりにふしぎなことであった。
「どういうわけだ」
「校長はね、柳の家へしばしば出入りしたのを見た者があるんだよ」
 と手塚がいった。「それで阪井の親父(おやじ)が校長排斥(はいせき)をやったんだ」
「それは大変な間違(まちが)いだ」と光一は叫んだ。「先生がぼくの家へきたのは二度だ、それは学校で負傷させたのは校長の責任だというので校長自身でぼくの父にあやまりにきたのと、いま一つはぼくの見舞いのためだ、先生はぼくの枕元(まくらもと)にすわってぼくの顔を見つめたままほかのことはなんにもいわない、ぼくの父とふたりで話したこともないのだ」
「そりゃ、そうだろうとも」と人々はいった。
「もしそれでも校長が悪いというなら、われわれはかくごを決めなきゃならん」と捕手の小原がいった。
「無論だ、学校を焼いてしまえ」とライオンがいった。
「へんなことをいうな」と捕手はライオンをしかりつけて、「こんどこそはだぞ、諸君! 関東男児の意気を示すのはこのときだ、いいか諸君! 天下広しといえども久保井(くぼい)先生のごとき人格が高く識見があり、われわれ生徒を自分の子のごとく愛してくれる校長が他にあると思うか、この校長ありてこの職員ありだ、どの先生だってことごとくりっぱな人格者ばかりだ、久保井先生がいなくなったら第一カトレット先生がでてゆく、三角先生もでてゆく、山のいも先生も、ナポレオン先生……」
「最敬礼も」とだれかがいった。
「まじめな話だよ」と捕手は怫然(ふつぜん)としてとがめた、そうしてつづけた。
「いいか諸君、久保井先生がなければ学校がほろびるんだぞ、ぼくらはなんのために漢文や修身や歴史で古今の偉人の事歴を学んでるのだ、『士(し)はおのれを知るもののために死す』だ、いいかぼくらは久保井先生のため浦和中学のため、死をもってあたらなきゃならん」
「それでなければ男じゃないぞ」と叫んだものがある。
 その日学校の広庭に全校の生徒が集まった、そうして一級から三人ずつの委員を選定して事実をたしかめることにした、もしそれが事実であるとすれば、全校連署(れんしょ)のうえ県庁へ留任を哀願しようというのである。光一は二年の委員にあげられた。
 光一は悲しかった、かれの心は政党に対する憤怒(ふんぬ)に燃えていた。どういう理由か知らぬが、校長がぼくの家へ見舞いにきただけで政党が校長を排斥するのはあまりに陋劣(ろうれつ)だ。
 小原のいうごとく久保井先生のようなりっぱな校長はふたたび得られない。いまの先生方のようなりっぱな先生もふたたび得られない。それにかかわらず学校がめちゃめちゃになる、それではぼくらをどうしようというんだろう、政党の都合がよければ学校がどうなってもかまわないのだろうか。
 そんなばかな話はない、これは正義をもって戦えばかならず勝てる、父に仔細(しさい)を話してなんとかしてもらおう。
 いろいろな感慨(かんがい)が胸にあふれて歩くともなく歩いてくると、かれは町の辻々(つじつじ)に数名の巡査が立ってるのを見た、町はなにやら騒々しく、いろいろな人が往来し、店々の人は不安そうに外をのぞいている。
「なにがはじまったんだろう」
 こう考えながら光一は家の近くへくると、向こうから伯父さんの総兵衛が急ぎ足でやってきた、かれはしまの羽織(はおり)を着てふところ一ぱいなにか入れこんで、きわめて旧式な山高帽(やまたかぼう)をかぶっていた。伯父さんはいつも鳥打帽(とりうちぼう)であるが、葬式や婚礼のときだけ山高帽をかぶるのであった、ほていさんのようにふとってほおがたれてあごが二重にも三重にもなっている、その胸のところにはくまのような毛が生えている、光一は子どものときにいつも伯父さんにだかれて胸の毛をひっぱったものだ。
「伯父さんどこへいってきたの」と光一はきいた。
「ああ光一か、おれは今町会傍聴(ぼうちょう)にいってきた、おもしろいぞ、うむ畜生(ちくしょう)! おもしろいぞ、畜生め、うむ畜生」
 おもしろいのに畜生よばわりは光一に合点(がてん)がゆかなかった。
「なにがおもしろいの?」
「なにがっておまえ、くそッ」伯父さんはひどく興奮(こうふん)していた。
「どろぼうめが、畜生」
「どろぼうがいたの?」
「どろぼうじゃねえか、一部の議員と阪井とがぐるになって、道路の修繕費をごまかして選挙費用に使用しやがった、それをおまえ大庭(おおば)さんがギュウギュウ質問したもんだから、困りやがって休憩(きゅうけい)にしやがった、さあおもしろい、お父さんがいるか」
「ぼくはいま学校の帰りですから知らない」
「知らない? ばかッ、そんならそうとなぜ早くいわないのだ、そんな風じゃ出世しないぞ」
 伯父さんはぶりぶりして足を急がせたが、なにしろふとってるので頭と背中がゆれる割合(わりあい)に一向(いっこう)足がはかどらなかった。
 そういう政党の争いは光一にとってなんの興味もなかった、かれが家へはいると、もう伯父さんの大きな声が聞こえていた。
「どろぼうのやつめ、畜生ッ、さあおもしろいぞ」
 父はげらげらわらっていた、母もわらっていた、伯父さんが憤慨すればするほど女中達や店の者共に滑稽(こっけい)に聞こえた。伯父さんはそそっかしいのが有名で、光一の家へくるたびに帽子を忘れるとか、げたをはきちがえるとか、ただしはなにかだまって持ってゆくとかするのである。
 光一は父と語るひまがなかった、父は伯父さんと共に外出して夜晩(おそ)く帰った、光一は床(とこ)にはいってから校長のことばかりを考えた。
「停学された復讐(ふくしゅう)として阪井の父は校長を追いだすのだ」
 こう思うとはてしなく涙がこぼれた。
 翌日学校へいくとなにごともなかった、正午の食事がすむと委員が校長に面会をこう手筈(てはず)になっている。
「堂々とやるんだぞ、われわれの血と涙をもってやるんだ、至誠もって鬼神を動かすに足(た)るだ」
 と小原が委員を激励した。
 委員はそこそこに食事をすまして校長室へいこうとしたとき、突然最敬礼のらっぱがひびいた。
「講堂へ集まれい」と少尉(しょうい)が叫びまわった。
「なんだろう」
 人々はたがいにあやしみながら講堂へ集まった、講堂にはすでに各先生が講壇の左右にひかえていた、どれもどれも悲痛な顔をしてこぶしをにぎりしめていた。もっとも目にたつのは漢文の先生であった、ひょろひょろとやせて高いその目に涙が一ぱいたまっていた。
「あの一件だぞ」と委員達は早くもさとった、そうして委員は期せずして一番前に腰をかけた。ざわざわと動く人波がしずまるのを待って少尉はおそろしい厳格な顔をして講壇に立った。
「諸君もあるいは知っているかもしらんが、こんど久保井校長が東京へ栄転さるることになりました、ついては告別のため校長から諸君にお話があるそうですから謹聴なさるがいい、決して軽卒なことがないように注意をしておく」
 この声がおわるかおわらないうちに講堂は潮のごとくわきたった。
「なぜ校長先生がこの学校をでるのですか」
「栄転ですか、免官ですか」
「先生がぼくらをすてるんですか」
「先生を追いだすやつがあるんですか」
 小さな声大きな声、バスとバリトンの差はあれども声々は熱狂にふるえていた、実際それは若き純粋な血と涙が一度に潰裂(かいれつ)した至情の洪水(こうずい)であった。
「諸君?[#「?」はママ]」
 小原捕手(こはらキャッチャ)は講壇の下におどり出して一同の方へ両手をひろげて立った。
「校長先生が諸君に告別の辞をたまわるそうだが、諸君は先生とわかれる意志があるか、意志があるなら告別の辞を聴くべしだ、意志のない者は……どうしても先生とわかれたくないものはお話を聴く必要がないと思うがどうだ」
「そうだ、無論だ」
 講堂の壁がわれるばかりの喝采と拍手が起こった。
「小原、おねがいしてくれ、先生におねがいしてくれ」
 だれかがすきとおる声でこういった。校長はまっさおになってこの体(てい)を見ていた。自分が手塩にかけて教育した生徒がかほどまで自分を信じてくれるかと思うと心の中でなかずにはいられなかった。
「先生!」
 小原は校長の方へ向きなおっていった、そのまっ黒な顔に燃ゆるごとき炎(ほのお)がひらめいた、広い肩と太い首が波の如(ごと)くふるえている。
「先生!」
 かれはふたたびいったが涙が喉につまってなにもいえなくなった。
「校長先生!」
 こういうやいなやかれは急に声をたててすすりあげ、その太い腕(かいな)を目にあててしまった。講堂は水を打ったようにしずまった、しぐれに打たるる冬草のごとくそこここからなき声が起こった、とそれがやがてこらえきれなくなって一度になきだした。漢文の先生は両手で顔をかくした、朝井先生は扉(ドア)をあけて外へでた、他の先生達は右に傾き左に傾いて涙をかくした。
 校長はしずかに講壇に立った。低いしかも底力のある声は、くちびるからもれた。
「諸君! 不肖(ふしょう)久保井克巳(くぼいかつみ)が当校に奉職してよりここに六年、いまだ日浅きにかかわらず、前校長ののこされた美風と当地方の健全なる空気と、職員諸氏の篤実とによって幸いに大瑕(たいか)なく校長の任務を尽くし得たることを満足に思っています、今回当局の命により本校を去り諸君とわかれることになったことは実に遺憾(いかん)とするところでありますが事情まことにやむを得ません。おもうに離合集散(りごうしゅうさん)は人生のつね、あえて悲しむに足らざることであります、ただ、諸君にして私を思う心あるなら、その美しき友情をつぎにきたるべき校長にささげてくれたまえ、諸君の一言一行にしてもし道をあやまるようなことがあれば、前校長の久保井は無能者であるとわらわれるだろう、諸君の健全なる、剛毅果敢(ごうきかかん)なる、正義にあつく友情に富める、この気風を失わざればそれはやがて久保井克巳の名誉である、私は諸君が、いかに私を愛してくれるかを知っている、諸君もまた私の心を知っているだろう、雲山煙水(うんざんえんすい)相(あい)隔(へだ)つれども一片の至情ここに相許せば、わかれることはなんでもない、私を思うなら、しずかにしずかに私をこの地から去らしめてくれたまえ、私も諸君を思えばこそこの地を去るのだ……」
 声はしずかなしずかな夕波が岸を打つかのごとくであったが、次第に興奮して飛沫(しぶき)がさっと岩頭にはねかかるかと思うと、それをおさえるごとく元のしずかさに返るのであった、一同は大鳥の翼(つばさ)にだきこまれた雛鳥(ひなどり)のごとく鳴りをしずめた。
「もし諸君にして私を思うあまりに軽卒な行動をとると、私が六年間この浦和町につくした志は全然葬(ほうむ)られてしまうことになる、諸君は学生の分を知らなければならん、学生は決して俗世界のことに指を染(そ)めてはならん、ただ、私は諸君にいう、ジョン・ブライトは『正しきを踏(ふ)んでおそるるなかれ』といった、私はこの格言を諸君に教えた、私が去るのもそれである、諸君もまたこの格言をわすれてはならぬ、五年生は来年だ、一年生も五年の後には卒業するだろう、そのときにはまた会える、はるかに浦和の天をながめて諸君の健全を祈(いの)ろう、諸君もまたいままでどおりにりっぱに勉強したまえ」
 小原はぐったりと頭をたれてだまった、もう何人(なんぴと)もいうものがない、校長がいかにも悲しげに一同を見おろして一礼した、生徒はことごとく起立しておじぎをした。そうしてそのままふたたびなきだした。
 後列の方から扉口(とぐち)へくずれだした、いとしめやかな足取り、葬式のごとく悲しげに一同は講堂をでた。
「だめかなア」
 光一は人々とはなれてひとりなきたいと思った、かれは夢のごとく町を歩いた、かれは自分の背後からいそがしそうにあるいてくる足音を聞いた、足音は次第に近づいた、そうして光一を通りすごした。
「青木君」かれは呼びとめた。
「ああ柳さん」
「どこへゆく?」
 光一はチビ公が豆腐おけもかつがないのをふしぎに思った。
「ぼくのおじさんを見ませんか」と千三はうろうろしていった。
「いや、見ない」
「ああそうですか、今朝(けさ)から家をでたきりですからな、また阪井の家へどなりこみにいったのではないかと思ってね」
 千三はなきだしそうな顔をしていた。
「心配だろうね、ぼくも一緒(いっしょ)にさがしてあげよう」

         五

 チビ公と光一は裏門通りから清水屋横町へでた。そこでチビ公は知り合いの八百屋(やおや)にきいた。
「家の伯父さんを見ませんか」
「ああ見たよ」と八百屋がいった。
「さっきね丸太(まるた)ん棒(ぼう)のようなものを持ってね、ここを通ったから声をかけるとね、おれは大どろぼうを打ち殺しにゆくんだといってたっけ」
「どこへいったでしょう」
「さあ、停車場の方へいったようだ」
「酔ってましたか」
「ちとばかし酒臭かったようだったが、なあチビ公早くゆかないと、とんだことになるかもしれないよ」
「ありがとう」
 チビ公はもう胸が一ぱいになった、ようやく監獄(かんごく)からでてきたものがまたしても阪井に手荒なことをしては伯父さんの身体(からだ)はここにほろぶるよりほかはない、どんなにしても伯父さんをさがしだし家へつれて帰らねばならぬ。
 ふたりは足を早めた。停車場へゆくと伯父さんの姿が見えない、チビ公は巡査にきいた。
「ああきたよ」
「何分ばかり前ですか」
「さあ三十分ばかり前かね」
「どっちの方へゆきましたか」
「さあ」と巡査は首をかしげて、「常盤町通(ときわちょうどお)りをまっすぐにいったように思うが……」
 ふたりは大通りへ道を取った。
「どうしてこういやなことばかりあるんだろうね」と光一はいった。
「ぼくが思うに、この世の中にひとり悪いやつがあると世の中全体が悪くなるんです」とチビ公はいった。
「だがきみ、社会が正しいものであるなら、ひとりやふたりぐらい悪いやつがあってもそれを撃退する力があるべきはずだ」
「それはそうだが、しかし悪いやつの方が正しい人よりも知恵がありますからね、つまり君の学校の校長さんより阪井の方が知恵があります、どうしても悪いやつにはかないません」
「そんなことはない」と光一は顔をまっかにして叫んだ。「もしこの世に正義がなかったらぼくらは一日だって生きていられないのだ、ぼくは悪いやつと戦わなきゃならない、この世の悪漢をことごとく撃退して正義の国にしようと思えばこそぼくらは学問をするんじゃないか」
「それはそうだが、しかし強いやつにはかないません、正義正義といったところで、ぼくの伯父は監獄(かんごく)へやられる、阪井は助役でいばってる、それはどうともならないじゃありませんか」
 ふたりは警察署の前へきた、いましも七、八人の人々がひとりの男を引き立てて門内へはいるところであった。チビ公は電気に感じたようにおどりあがって人々の後を追うた。とまたすぐもどってきた。
「伯父さんかと思ったらそうでなかった」
 かれは安心したもののごとく眼を輝かした、そうしてこういった。
「喧嘩して人をきったんですって、それはいいことではないが、ぼくはああいう人を見ると、なんだか、その人の方が正しいような気がしてなりません、時によるとぼくもね、ぼくがもし身体(からだ)がこんなにチビでなかったら、もう少し腕に力があったら、悪いやつを片っ端から斬(き)ってやりたいと思うことがあります、身体が小さくて貧乏で、弱い母親とふたりで伯父さんの厄介(やっかい)になっているんでは、いいたいことがあってもいえない、いっそぼくの頭がガムシャラで乱暴で阪井のように善と悪との差別がないならぼくはもう少し幸福かもしらないけれども、学校で先生に教わったことをわすれないし、道にはずれたことをしたくないために、人に踏(ふ)まれてもけられてもがまんする気になります、そんなことでは損です、世の中に生きていられません、そう思いながらやはり悪いことはしたくないしね」
 チビ公は涙ぐんで歎息した、光一はなにもいうことができなくなった。かれはいままで正義はかならず邪悪に勝つものと信じていた。それが今日(きょう)もっとも尊敬する久保井校長が阪井のためにおいはらわれたのを見て、正義に対する疑惑が青天に群がる白雲のごとくわきだしたところであった。かれはいまチビ公の嗟歎(さたん)を聞き、覚平の薄幸(はっこう)を思うとこの世ははたしてそんなにけがらわしきものであるかと考えずにいられなかった。
 ふたりはだまって歩きつづけた。と米屋の横合いから突然声をかけたものがある。
「柳君!」
 それは手塚であった。このごろ手塚は裏切り者として何人(なんぴと)にもきらわれた、でかれは光一にもたれるより策(さく)がなかった。かれはなにかさぐるように狡猾(こうかつ)な目を光一に向けて微笑した。
「ぼくはすてきにおもしろい小説を買ったからきみに見せようと思ってね……いまは持っていないけれども晩に届けるよ。『春の悩み』というんだ」
「ぼくは小説はきらいだ」と光一はいった。
「ああそうか」と手塚はべつに恥じもせず、「それじゃ『世界の怪奇』てやつを君に見せよう、胴体が百五十間(けん)もあるいかだの、鼻に輪をとおした蕃人だの、着色写真が百枚もあるよ、あれを持ってゆこう」
 かれは軽快にこういってからつぎにさげすむような口調でチビ公にいった。
「どうだチビ公、その後は……商売をやってるの?」
「毎日やっています」とチビ公はいった。
「たまにはぼくの家へもよりたまえね、豆腐(とうふ)を買ってあげるからね、チビ公」
「チビ公というのは失敬じゃないか、ぼくらの学友だよ」と光一はむっとしていった。
「そうだ、やあ失敬、堪忍(かんにん)堪忍(かんにん)」
 手塚は流暢(りゅうちょう)にあやまった。がすぐ思いだしたようにいった。
「きみの伯父さんがいまあそこであばれていたよ」
「どこで?」とチビ公は顔色をかえた。
「税務署で」
「税務署?」
「よっぱらってるから役場と税務署とを間違えて飛びこんだのだよ、阪井を出せ、どろぼうをだせってどなっていたよ」
「ありがとう」
 チビ公は奔馬(ほんば)のごとく走りだした。光一も走りだした。
 少年読者諸君に一言する。日本の政治は立憲政治である、立憲政治というのは憲法によって政治の運用は人民の手をもって行なうのである。人民はそのために自分の信ずる人を代議士に選挙する、県においては県会議員、市においては市会議員、町村においては町村会議員。
 これらの代議員が国政、県政、市政、町政を決議するので、その主義を共にする者は集まって一団となる、それを政党という。
 政党は国家の利益を増進するための機関である、しかるに甲(こう)の政党と乙(おつ)の政党とはその主義を異(こと)にするために仲が悪い、仲が悪くとも国家のためなら争闘も止むを得ざるところであるが、なかには国家の利益よりも政党の利益ばかりを主とする者がある。人民に税金を課して自分達の政党の運動費とする者もある。人間に悪人と善人とあるごとく、政党にも悪党と善党とある、そうして善党はきわめてまれであって、悪党が非常に多い。これが日本の今日の政界である。
 阪井猛太は自党の多数をたのみにして助役の地位にあるのを幸いに、不正工事を起こして自党の利益にしようとした、これに対する立憲党は町会において断々固(だんだんこ)としてその不正を責めたてた。もしことやぶるれば町長の不名誉、助役の涜職(とくしょく)、そうして同志会の潰裂(かいれつ)になる。猛太はいま浮沈(ふちん)の境に立っている。
 巌(いわお)はまだ学生の身である。政治のことはわからないが、かれは絶対に父を信じていた。かれは町へ出るとあちらこちらで不正工事のうわさを聞くのであった、だがかれははらのうちでせせらわらっていた。
「ばかなやつらだ、あいつらにぼくの親父の値(ね)うちがわかるもんか」
 かれは何人(なんぴと)よりも父が好きであった、父は雄弁家で博識で法律に明るくて腕力があって、町の人々におそれられている、父はいつも口をきわめて当代の知名の政治家、大臣、政党首領などを罵倒(ばとう)する、文部大臣のごときも父は自分の親友のごとくにいいなす、それを見て巌はますます父はえらいと思った。
 その日かれは理髪床(かみどこ)でふたりの客が話しているのをきいた。
「さすがの猛太も今日(きょう)こそは往生したらしいぜ、町長にひどくしかられたそうだよ」とひとりがいった。
「町長だってどうやら臭(くさ)いものだ」とひとりがいう。
「いや町長はなかなかいい人だ」
 ふたりの話を聞きながら巌はまたしてもはらのうちで冷笑した。
「町長なんて、それはおれの親父(おやじ)にふりまわされてるでくのぼうだってことを知らないんだ」
 かれはこう思うて家へ帰った、父はすでに帰っていた、だまってにがりきった顔をして座っていたので巌はつぎの室(へや)へひっこんだ、機嫌の悪いときに近づくとげんこつが飛んでくるおそれがあるからである、父は短気だからげんこつが非常に早い。
「おい巌」と猛太は呼(よ)んだ。
「はい」
「きさま、どこへいってきた」
「床屋(とこや)へゆきました」
「なにしにいった」
「頭を刈りに」
「ばかッ、頭を刈ったってきさまの頭がよくなるかッ」
「お母さんがゆけといったから」
「お母さんもばかだ、頭はいくらだ」
「二十銭です」
「二十銭で頭を刈りやがって、学校を退校されやがって」
 巌はだまった、二十銭の頭と自分の退校といかなる関係があるかと考えてみたがかれにはわからなかった。こういうときに家にいるとろくなことがないと思ったのでかれはそっと外へでた。町を一巡してふたたび帰ると父の室(へや)に来客があった。それは役場の庶務課長の土井という老人であった、この老人は非常に好人物という評判(ひょうばん)も高いが、非常によくばりだという評判も高い、つまり好人物であってよくばりなのである。
 母はどこへいったか姿が見えない、父と土井老人は酒を飲みながら話はよほど佳境に入ったらしい。
「心配するなよ、なんでもないさ、そんな小さな量見では天下が取れないぜ」
 父の声は快活豪放であった。
「でも……そのね、町会があんなにさわぎ出すと、どうしてもね……」
「もういいよわかったよ、おれに考えがあるから、なにをばかな、はッはッはッ」
 わらいがでるようでは父はよほど酔(よ)っていると巌は思った。
「しかし、いよいよ明日(あす)ごろ……多分明日ごろ、検事が……あるいは検事が調べにくるかもしれんので……」
「なにをいうか、検事がきたところでなんだ、証拠(しょうこ)があるかッ」
「帳簿はその……」
「焼いてしまえ」
 老人は「あっ」と声をあげたきりだまってしまった。
「はッはッはッ」と猛太はわらった。が巌の足音を聞いてすぐどなった。
「だれだッ」
「ぼくです」
「巌か、何遍(なんべん)床屋(とこや)へゆくんだ、いくら頭をかっても利口にならんぞ」
 巌はだまって自分の室にはいり机に向かって本を読みはじめた、かれは本を読むと眠くなるのがくせである、いく時間机にもたれて眠ったかわからないが、がらがらと戸をあける音に眼をさますと、客はすでに去り、母も床についたらしい。
「なんだろう」
 こう思ったときかれは父が外へでる姿を見た。
「どこへゆくんだろう」
 俄然(がぜん)としてかれの頭に浮かんだのは、チビ公の伯父覚平が父猛太をうかがって復讐(ふくしゅう)せんとしていることである、今日(きょう)も役場をまちがって税務署へ闖入(ちんにゅう)したところをチビ公がきてつれていったそうだ、へびのごとく執念深(しゅうねんぶか)いやつだから、いつどんなところから飛びだして暴行を加えるかもしれない。
「父を保護しなきゃならん」
 巌は立ちあがった、かれは細身の刀をしこんだ黒塗りのステッキ(父が昔愛用したもの)を小脇にかかえて父のあとをつけた。二十日(はつか)あまりの月がねぼけたように町の片側をうすねずみ色に明るくしていた。父の足元は巌が予想したほどみだれてはいなかった、かれは町の暗い方の側を急ぎ足で歩いた。
「どこへゆくんだろう」
 巌はこう思いながら父と二十歩ばかりの間隔を取ってさとられぬように軒下(のきした)に沿(そ)うていった。父はそれとも知らずにまっすぐに本通りへ出て左へ曲がった。
「役場へゆくんだ」
 この深夜に役場へゆくのはなんのためだろう、巌の頭に一朶(いちだ)の疑雲(ぎうん)がただようた。とかれはさらにおどろくべきものを見た、父は役場の入り口から入らずにしばらく窓の下にたたずんでいたがやがて軽々と窓わくによじのぼった、手をガラス窓にかけたかと思うと、ガラスがかすかに反射の光と共に動いた。父の姿はもう見えない。
「どうしたことだろう」
 巌はあっけに取られたがすぐこう思いかえした。
「なにかわすれものをしたのだろう」
 だがこのときかれはぱっと一閃(いっせん)の火光が窓のガラスに映(うつ)ったような気がした、そうしてそれがすぐ消えた。
「なぜ電灯をつけないんだろう」
 ふたたび火光がぱっとひらめいた。ゆがんだような反射がガラスをきらきらさせた、それはろうそくの光でもなければガスの光でもない、穂末(ほずえ)の煙が黒みと白みと混合して牛乳色に天井(てんじょう)に立ちのぼった。
 巌はわれをわすれて窓によじのぼり、奔馬(ほんば)のごとくろうかへ降りた。窓から南風がさっとふきこんだ、炎々(えんえん)たる火光と黒煙のあいだに父は非常な迅速(じんそく)さをもって帳簿箱に油を注いでいる、石油の臭(にお)いは窒息(ちっそく)するばかりにはげしく鼻をつく、そうしてすさまじい勢いをもって煙を一ぱいにみなぎらす、焔(ほのお)の舌は見る見る床板をなめ、テーブルをなめ、壁を伝うて天井を這(は)わんとしつつある。
 巌はいきなり、そこにある机かけをとって床の上の火炎をたたきだした。
「だれだ」と父は忍び声にどなった。
「ぼくですお父さん」
「おまえか……なにをする」
「消しましょう」
「あぶない、早く逃げろ」
「消しましょう」と巌はなおも火をたたきながらいった。
「危(あぶ)ない、早く早く、逃げろ」
 ぱちぱちとけたたましい音がして黒煙はいくつとなく並んだテーブルの下をくぐって噴水のごとく向こうの穴から噴きだした。窓という窓のガラスは昼のごとく反射した。
「もうだめだ、早く早く、下を這(は)え、立ってるとむせるぞ、下を這って……這(は)って逃げろ」
「消しましょう」
 と巌は三度いった。
「なにをいうか、ぐずぐずしてると死ぬぞ」
「死んでもかまいません、消しましょう、お父(とう)さん」
「ばかッ、こい」
 父はむずと巌の手をつかんだ、巌はその手をにぎりしめながらいった。
「お父さん、あなたは証拠書類を焼くために、この役場を焼くんですか」
「なにを?」
 父は手を放してよろよろとしざった。
「消してください、お父さん」
 巌は炎(ほのお)の中へ飛びこんだ、かれは右に走り左に走り、あらゆるテーブルを火に遠くころがし、それから壁やたなや箱の下をかけずりまわって火の手をさえぎりさえぎりたたきのめし、ふみしだき、阿修羅王(あしゅらおう)が炎の車にのって火の粉を降らし煙の雲をわかしゆくがごとくあばれまわった。だがそれは無駄であった。油と木材の燃ゆる悪臭と、まっ黒な煙とは巌の五体を包んだ。
「消してください」と巌は苦しそうになおも叫びつづけた。
「巌! どこだ、巌!」
 父はわが身をわすれて煙の中に巌をさがした。
「消して……消して……お父さん」
 ごぶごぶごぶと湯のたぎるような音が、そこここに聞こえた。それはいすの綿や、毛類や、蒲団(ふとん)などが燃ゆる音であった。そうしてそのあいだにガチンガチンというガラスの割れる音が聞こえた。
「巌! 巌!」
 父は声をかぎりに叫んだ。答えがない。
「巌! 巌!」
 やっぱり答えがない。
 猛太は仰天(ぎょうてん)した、かれはふたたび火中に飛びこんだ、もう火の手は床(ゆか)一面にひろがった、右を見ても左を見ても火の波がおどっている。天井(てんじょう)には火竜の舌が輝きだした。
「巌!」
 猛太の胸ははりさけるばかりである、かれはもう凶悪(きょうあく)な三百代言でもなければ、不正な政党屋でもない、かれのあらゆる血はわが子を救おうとする一心に燃えたった。
 かれは煙に巻かれて窒息(ちっそく)している巌の体に足をふれた、かれは狂気のごとくそれを肩にかけた、そうしてきっと窓の方を見やった。がかれは爛々(らんらん)たる炎(ほのお)の鏡に射られて目がくらんだ、五色の虹霓(こうげい)がかっと脳を刺したかと思うとその光の中に画然(かくぜん)とひとりの男の顔があらわれた。
「やあ覚平!」
 かれはこう叫んで倒れそうになった、とたんに覚平の腕は早くもかれの胴体をかかえた。
「おい、しっかりしろ」と覚平はいった。
「きさまはおれを殺しにきたのか」
「助けにきたんだ」
 覚平は猛太と巌を左右にかかえた、そうして全力をこめて窓の外へおどりでた。
 当直の人々や近所の人々によって火は消されたが、室内の什器(じゅうき)はほとんど用をなさなかった。重要な書類はことごとく消失した。
 人々は窓の外に倒れている猛太父子を病院に送った。覚平は人々とともに消火につとめた、さわぎのうちに夜がほのぼのと明けた。
 町は鼎(かなえ)のわくがごとく流言蜚語(りゅうげんひご)が起こった。不正工事の問題が起こりつつあり、大疑獄(だいぎごく)がここに開かれんとする矢先(やさき)に役場に放火をしたものがあるということは何人(なんぴと)といえども疑わずにいられない。甲(こう)はこういう。
「これは同志会すなわち役場派の者が証拠(しょうこ)を堙滅(いんめつ)させるために放火したのである」
 乙(おつ)はこういう。
「役場反対派すなわち立憲党のやつらが役場を疑わせるために故意に放火したのだ」
 色眼鏡をもってみるといずれも道理のように思える。だが多数の人はこういった。
「猛太父子が一命を投げだして消火につとめた処(ところ)をもってみると、役場派が放火したのではなかろう」
 こういって人々は猛太が浦和町のためにめざましい働きをしたことを口をきわめて称讃した、それと同時に巌の功労に対する称讃も八方から起こった。
 半死半生のまま病院へ運ばれたまでは意識していたがその後のことは巌はなんにも知らなかった。かれが病院の一室に目がさめたとき、全身も顔も繃帯(ほうたい)されているのに気がついた。
「目がさめて?」
 母の声が枕元(まくらもと)に聞こえた、同時にやさしい母の目がはっきりと見えた、母の顔はあおざめていた。
「お父(とう)さんは?」と巌がきいた。
「そこにやすんでいらっしゃいます」
 巌は向きなおろうとしたが痛くてたまらないのでやっと首だけを向けた、ちょうど並(なら)んだ隣の寝台に父は繃帯した片手を胸にあてて眠っている、ひげもびんも焼けちぢれてところどころ黒ずんでいるほおは繃帯のあいだからもれて見える。
「お父さんはどんなですか」
「大したこともないのです、手だけが少しひどいようですよ」
「それはよかった」
 巌はこういってふたたびつくづくと父の寝顔を見やった。
「これがぼくのお父さんなのかなあ」
 ふとつぶやくようにこういった。
「なにをいってるの?」と母は微笑した。
「いや、なんでもありません」
 巌はだまった、かれの頭にはふしぎな疑惑(ぎわく)が生じた。これがはたしてぼくの父だろうか。わが身の罪を隠蔽(いんぺい)するために役場を焼こうとした凶悪な昨夜の行為! それがぼくの父だろうか。
 かれは幼少からわが父を尊敬し崇拝していた、学識があり胆力があり、東京の知名の士と親しく交わって浦和の町にすばらしい勢力のある父、正義を叫び人道を叫び、政治の覚醒を叫んでいる父!
 実際かれはわが父をゆいつの矜持(きょうじ)としていたが、いまやそれらの尊敬や信仰や矜持(きょうじ)は卒然としてすべて胸の中から消え失せた。
「お父さんは悪い人だ」
 かれは大声をだしてなきたくなった。かれにはなにものもなくなった。
「悪い人だ!」
 いままで父に教えられたこと、しかられたこと、それらはみんなうそのように思えた。
 焼けてちぢれたひげがむにゃむにゃと動いて、口がぽっかりあいて乱ぐいの歯があらわれたかと思うと猛太は目をぱっちりと開いた。父と子の視線が合った。
「おう、目がさめたのか、どうだ、痛むか」
 父は起きなおっていった。
「なんでもありません」と巌は冷ややかにいった、父は寝台を降りようとして首につった繃帯を気にしながら巌の寝台へ寄りそうた、そうして心配そうな目を巌の顔に近づけた。
「元気をだせよ、いいか、どこも痛みはしないか、苦しかったら苦しいといえよ」
 巌はだまって顔をそむけた、苦しさは首をのこぎりでひかれるより苦しい、しかしそれは火傷(やけど)の痛みではない、父をさげすむ心の深傷(ふかで)である。この世の中に神であり仏であり正義の英雄であると信じていたものが一夜のうちに悪魔(あくま)波旬(はじゅん)となった絶望の苦しみである。
 猛太父子の見舞いにとて来客が殺到した、町の人々はいろいろな物品を贈った、猛太は左の腕と左の脚を焼いたので外出はできなかった、かれは寝台の上に座って来客に接した。かれはこう人々にいった。
「せがれが命がけでやってくれたもんだからやっと消しとめましたよ」
 それからかれはせがれとふたりで役場の前を通ると火の光が見えたので、窓をたたきこわして中へはいったがその時は重要書類が焼けてしまったあとであったのがなにより残念だといった。人々はますますふたりの勇気に感激した。そうして町会は決議をもってふたりに感謝状を贈ろうという相談があるなどといった。
「うそをつくことはじつにうまい」と巌はおどろいて胸をとどろかした。そうして町の人がなにも知らずに、役場を焼こうとした犯人に感謝状を贈るとはなにごとだろうと思った。
 二、三日はすぎた、町のうわさがますます高くなった、だがある日町長が顔色を変えてやってきた。
「みょうなうわさがでてきたよ」とかれはいった。「放火犯人は役場員だというのでな」
「けしからんことだ」と猛太は叫んだ。
「警察の方では、どうもその方にかたむいているらしい。そこでだね、きみになにか心あたりがあるならいってもらいたいんだが」
「なんにもありやしない」と猛太はにがりきっていった。
「きみがいったとき、犯人らしいものの姿を見なかったかね」
「さあ」
 猛太は下くちびるをかんでじっと考えこんだ。
「かれらがいうには、阪井が工事の帳簿を焼こうとしたんだとね、こういうもんだから、まさか親子連れで火をつけに歩きまわるやつもなかろうじゃないかと私は嘲笑(ちょうしょう)してやったんだ、それにしても疑われるのは損だからね、なにかくせものらしいものの姿でも見たのなら非常に有利なんだが」
「見た」と猛太は力なき声でいった。
「見た?」
「ああ見た」
「どんな風体の者だ」
「それは覚平によく似たやつだった」
 巌は頭の脳天から氷の棒を打ち込まれたような気がして思わず叫んだ。
「ちがいますお父さん」
「だまっておれ」と猛太はどなって巌をハタとにらんだ、目は殺気をおびている。
「覚平か」と町長は身体をぐっとそらしたがすぐ両手をぴしゃりとうった。
「そうだ、それにちがいない。あいつはきみにうらみがあるから、きみに放火犯人の疑いをかけさせようと思って放火したにちがいない、例の工事問題が起こってる最中だから、きみが帳簿を焼くために火をつけたのだろうとは、ちょっとだれでも考えることだからな、いやあいつはじつにうまく考えたものだ」
「そうだ、ことによると立憲党のやつらが覚平を扇動(せんどう)したのかもしれんぜ」
「いよいよおもしろい」と町長はいすを乗りだして、「これを機会に根底から立憲党を潰滅(かいめつ)するんだね、そうだ、じつに好機会だ、わざわいが転じて福となるぜ、おい、早く退院してくれ」
「ちがいます」と巌(いわお)はふたたび叫んだ。「覚平はぼくらを救いだしてくれたのです、ぼくもお父さんも煙にまかれて倒れたところをあの人が火の中をくぐって助けてくれました」
「ばかッ、だまってろ、おまえはなんにも知らないくせに」と猛太はどなった。
「なんにしてもあいつがその場にいたということがふしぎじゃないか」と町長がいった。
「そうだそうだ」
 町長は喜び勇んで室をでていった。あとで猛太はそのまま身動きもせずに考えこんだ。巌は繃帯(ほうたい)だらけの顔を天井(てんじょう)に向けたままだまった、父と子はたがいに眼を見あわすことをおそれた。陰惨な沈黙が長いあいだつづいた。
 巌の目からはてしなく涙が流れた、かれはそれをこらえようとしたがこらえきれずにしゃくりあげた。
「お父さん」とかれはとうとういった。父はやはりだまっている。
「お父さん、あなたはぼくのお父さんでなくなりましたね」
「なにをいうか」と父はどなった。
「お父さんはぼくにうそをつくなと教えました。それだのにあなたはうそをついています、あなたはぼくに義侠ということを教えました。それだのにあなたは命を助けてくれた恩人を罪におとしいれようとしています、ぼくのお父さんはそんなお父さんじゃなかった」
「生意気なことをいうな、おまえなぞの知ったことじゃない、おれはなおれひとりの身体(からだ)じゃない、同志会をしょって立ってるからだだ、浦和町のために生きてるからだだ、豆腐屋(とうふや)ひとりぐらいをぎせいにしても天下国家の利益をはからねばならんのだ」
「むつかしいことはぼくにわかりませんが、お父さん、自分の罪を他人に着せて、それでもって天下国家がおさまるでしょうか」
「ばかばかばか」と父は大喝した。そうして急いで室をでようとした。
「待ってください」
 巌は痛さをわすれて寝台の上に這(は)いあがり片手を伸ばして父のそでをつかんだ。
「ちょっとまってください、お父さん、ぼくの一生のおねがいです」
「放せ、放さんか」と父は叫んだ。
「放しません、お父さん、たった一言いわしてください、お父さん、ぼくは不孝者です、学校を退学されました、町の者ににくまれました、それはねえお父さん、ぼくの考えがまちがっていたからです、お父さんはぼくがおさないときからぼくに強くなれ強くなれ、人よりえらくなれと教えました、ぼくはどんなことをしても人よりえらくなろうと思いました、それでぼくはえらくなるためには悪い手段でもかまわないと信じていました、ぼくは小刀やピストルをふりまわして友達をおびやかしました。柔道や剣道で腕(うで)をきたえて、片っ端から人をなぐりました。豆腐屋や八百屋のものをぶんどりました、みながぼくをおそれました、ぼくは自分でえらいものだと思いました、それから学校でカンニングをやって試験をのがれました、手段が不正でもえらくなりさえすればいいと思ったからです、それはお父さんがぼくに教えたのです、お父さんは天下国家のためだから悪いことをしてもかまわない、同志会のためなら恩人を懲役(ちょうえき)にしてもかまわないと思っていらっしゃる、あなたもぼくも同じです、それがいまぼくにはっきりわかりました、腕力で人を征服するよりも心のうちから尊敬されるのが本当にえらい人です、カンニングで試験をパスするよりかむしろ落第する方がりっぱです、人に罪(つみ)を着せて自分がえらそうな顔をしてることは、一番はずべきことではないでしょうか、ぼくはおさないからお父さんは浦和中で一番えらい人だとそれをじまんにしていました、だが今になって考えるとぼくは浦和中で一番劣等なお父さんをもっていたのでした、ねえお父さん……」
「きさまはきさまはきさまは」と猛太はまっかになってそれをはらった。
「ばかやろう! 親不孝者! 大行(たいこう)は細謹(さいきん)をかえりみずということわざを知らんか、阪井猛太は天下の志士だぞ、ばかッ」
 父はさっさとでていった。
「お父さん!」
 巌は寝台の縁に片手をかけ、幽霊(ゆうれい)のごとくはいだして父のあとを追わんとしたが、火傷(やけど)の痛みに中心を失って思わず寝台の下にドウと落ちた。
「お父さん待って……」
 かれは痛みをこらえて起きあがろうとしたが繃帯(ほうたい)にひかれて右の方へ倒れた。
「待ってください……お父さん!」
 ふたたび起きあがるとまた左の方へ倒れる。
「おとう……とう……と、と、と……」
 声は次第に弱った、涙は泉のごとくわいた、そうして片息になって寝台に手をかけた、もう這(は)いあがる力もない。
 病院の外で子供等がうたう声が聞こえる。
「夕やけこやけ、あした天気になあれ」

         六

 小原捕手(こはらほしゅ)はいつもよりはやく目をさましそれから十杯(ぱい)のつるべ水を浴び心身をきよめてから屋根にあがって朝日をおがんだ。これはいかなる厳冬といえども一度も休んだことのないかれの日課である。冷水によって眠気と惰気(だき)とをはらい、さわやかな朝日をおがんで清新な英気を受ける。
 だがこの日はいつもより悲しかった、全校生徒の歎願(たんがん)があったにかかわらず久保井校長の転任をひるがえすことができなかった。
 今日(きょう)は校長がいよいよ浦和を去る日である。
 大急ぎで朝飯をすましかれはすぐ柳の家をたずねた、柳もまた小原をたずねようと家をでかけたところであった。
「いよいよだめだね」と柳はいった、平素温和なかれに似ずこの日はさっと顔を染(そ)めて一抹(いちまつ)悲憤の気が顔にあふれていた。
「しかたがないよ」と小原はいった。ふたりは朝日の光が縦に流れる町を東に向かって歩いた。
「ところでね君」と小原はしばらくあっていった。
「今日(きょう)の見送りだがね、もし生徒が軽々しくさわぎだすようなことがあると、校長先生がぼくらを扇動(せんどう)したと疑られるから、この点だけはどうしてもつつしまなきゃならんよ」
「ぼくもそう思ったからきみに相談しようと思ってでかけたんだ」
「そうか、そうか」と小原はおとならしくうなずいて、「一番猛烈なのは三年だからね、ぼくは昨夜もおそくまで歩きまわって説法したよ、二年は君にたのむよ、いいか、どうしてもわかれなきゃならないものならぼくらは静粛に校長を見送ろうじゃないか」
「ぼくもそう思うよ」
「じゃそのつもりでやってくれ、だが三年はどうかな」
 小原はしきりに三年のことを心配していた、いずれの中学校でも一番御(ぎょ)しがたいのは三年生である、一年二年はまだ子供らしい点がある、四年五年になると、そろそろ思慮(しりょ)分別(ふんべつ)ができる、ひとり三年は単純であるかわりに元気が溌剌(はつらつ)として常軌(じょうき)を逸(いっ)する、しかも有名な木俣ライオンが牛耳をとっている、校長転任の披露があってからライオンは十ぴきのへびを町役場へ放そうと計画しているといううわさを聞いた、また校長を見送ってからその足で県庁や役場を襲(おそ)おうという計画もあると聞いている。
 小原にはかれらの気持ちは十分にわかっていた、かれらがそんなことをせずとも、小原自身がまっさきになって暴動を起こしたいのである、だがかれは校長の熱烈な演説と、そのいわんとしていわざる満腹の不平をしのんで、学生は学生らしくすべしという訓戒をたれた敬虔(けいけん)な態度を見ると、竹やりむしろ旗の暴動よりも、静粛の方がどれだけりっぱかしれないという溶々(ようよう)大海のごとき寛濶(かんかつ)な気持ちが全身にみなぎった。かれははじめて校長先生の偉大さがわかった。先生はなんの抵抗(ていこう)もせずにこの地方の教育界の将来のために喜んで十字架についたのである、先生は浦和の町人(まちびと)がかならずその不正不義を反省するときがくると自信しているのだ。
 小原はこういうことを柳に語った。
「ねえきみ、ぼくにはよく先生の気持ちがわかった、それはね、ぼくが捕手(キャッチャ)をやってるからだよ、捕手(キャッチャ)は決して自分だけのことを考えちゃいかんのだ、全体のことを……みんなのことを第一に考えなけりゃならない、ちょうど校長は捕手(キャッチャ)のようなものだからね」
「そうかね」
 柳はひどく感慨にうたれていった。そうして口の中で、「みんなのことみんなのこと」とくりかえした。
 ふたりは停車場へゆくとはや東から西から南から北から見送りの生徒が三々五々集まりつつあった。昨日(きのう)の申しあわせで生徒はことごとく和服で集まることになっていた、白がすりに小倉(こくら)のはかま、手ぬぐいを左の腰にさげて、ほおばのげたをがらがら引きずるさまがめずらしいので、町の人々はなにごとがはじまったかとあやしんだ。
 集まるものはことごとく少壮の士、ふきだしそうな血は全身におどっている、その欝勃(うつぼつ)たる客気はなにものかにふれると爆発する、しかも今や涙をもって慈父のごとく敬愛する校長とわかれんとするのである。危険は刻々にせまってくる。かれらはなにを見てもさわいだ。馬が荷車をひいて走ったといっては喝采し、おばあさんが転んだといっては喝采し、巡査が饅頭(まんじゅう)を食っているのを見ては喝采した。
 小原はきわめて手際(てぎわ)よくかれらを鎮撫(ちんぶ)した、かれは平素沈黙であるかわりにこういうときにはわれ鐘のような声で一同を制するのであった。野球試合のときどんな難戦におちいってもかれはマスクをぬぎ両手をあげて「しっかりやれよ」と叫ぶと、三軍の元気にわかに振粛(しんしゅく)するのであった。
 かれは一同を広場の片側に整列させた、何人(なんぴと)も彼の命にそむくものはなかった、がしかし人々の悲痛と憤怒(ふんぬ)はどうしてもおさえきることはできなかった。一年を制すれば二年が騒ぎだし、二年を制すればまた一年がくずれる、さすがに四年五年は粛然として涙をのんでいる。
 これらの動揺の波濤(はとう)の中をくぐりぬけて小原は東西にかけずりまわった、かれは帽子をぬいでそれを目標にふりふり叫んだ。その単衣(ひとえ)は汗にびしょぬれていた、かれはひたいから雨のごとく伝わり落ちる汗を手ぬぐいで拭(ふ)き拭きした。
 このさわぎのうちに人々は一層(いっそう)不安の念を起こしたのは三年生の全部が見えないことであった。
「三年がこない」
 口から口に伝わって人々はののしりたてた。
「三年のやつは不埓(ふらち)だ」
 だがこのののしりはすぐ一種の反撥的(はんぱつてき)な喝采とかわった。
「三年は全部結束してつぎの駅の蕨(わらび)で校長を見送るらしい」
「いや赤羽(あかばね)まで校長と同車する計画だ」
 この報知はたしかに人々の胸をうった、とまた飛報がきた。
「カトレット先生が辞表をだしたそうだ、漢文の先生は校長を見送ってから辞職するそうだ」
 このうわさはますます一同の神経をいらだたせた。
「学校を焼いてしまえ」
 だれいうとなくこの声が非常な力をもって伝播(でんぱ)した。
「しずかにしたまえ、諸君、決して軽々しいことをしてくれるな」
 小原は血眼になって叫(さけ)びまわった、とこのとき三年生は調神社(つきのみやじんじゃ)に集まって何事かを計画しているといううわさがたった。
「いってみる」と小原はいった。「柳君、しばらくたのむぜ」
 かれはげたをぬぎすててはだしになった、そうしてはかまを高くかかげて走りだした。
 この熱烈な小原の誠意に何人(なんぴと)も感歎せぬものはなかった。
「おれもゆく」
「おれも……」
 後藤という投手と浜井という三塁手はすぐにつづいた。
「学校の体面を思えばこそ小原も浜井も後藤もあのとおりに奔走してるんだ、諸君はどう思うか」
 柳がこういったとき一同は沈黙した。
「ああありがたいものは先輩だ」と柳はつくづく感じた。
 ものの二十分とたたぬうちに町のあなたにさっと土ほこりがたった。大通りの曲がり角から三年生の一隊があらわれた、かれらはちょうど送葬の人のごとくうちしおれてだまっていた、そのまっさきに木俣ライオンが長い旗ざおをになっていた、旗には「浦和に正義なし」と大書せるものがあったが、小原の強硬(きょうこう)な忠告によってそれをまくことにした、かれらはいずれもいずれも暗涙にむせんで歯をくいしばっていた。
「たのむぞ木俣、なあおい」
 小原はライオンの肩をたたいてしきりになだめると、木俣はもうねこのごとく柔順になって、おわりにはひとり群をはなれて人陰でないていた。
 純粋無垢(むく)な鏡のごとき青年、澄徹(ちょうてつ)清水(しみず)のごとき学生! それは神武以来任侠の熱血をもって名ある関東男児のとうとき伝統である。この伝統を無視して正義を迫害した政党者流に対する公憤は神のごとき学生の胸に勃発(ぼっぱつ)した。
 かかるさわぎがあろうとは夢にも思わなかった久保井校長は、五人の子と夫人と、女中とそれから八十にあまるひとりの老母と共にあらわれた。
「やあ、これは……」
 かれは両側に整列した生徒を見やって立ちどまった。生徒はひとりとして顔をあげ得なかった、水々とした黒い頭、生気のみなぎる首筋(くびすじ)が、糸を引いたようにまっすぐにならぶ、そのわかやかな胸には万斛(ばんこく)の血が高波をおどらしている。
 校長はほっとして立ちどまったまま動かない。かれはなにかいおうとしたが涙がのどにつまっていえなかった。かれは全校生徒がかくまで自分を慕(した)ってくれるとは思わなかった。
 生徒はやはりなんにもいわなかった。かれらはこの厳粛な刹那(せつな)において、校長と自分の霊魂がふれあったような気がした。
「ありがとう、どうもありがとう」
 校長の口からこういう低い声がもれた。実際校長の心持ちは千万言を費やすよりもありがとうの一語につきているのであった、かれはいま九百の青少年から人間としてもっとも美しい精霊を感受することができたのであった。
 かれはこういってから老母の手をとってなにやらささやいた。老母は雪のような白髪頭(しらがあたま)をまっすぐに起こして一同を見まわした、その気高くきざんだ顔のしわじわが波のようにふるえると、あわててハンケチをふところからだして顔にあてた。
 こらえこらえた悲しみは大河の決するごとく場内にあふれだした。ライオンはおどりでて叫んだ。
「やれッ」
 一同は校歌をうたいだした。
 いつ先生が汽車に乗ったか、乗ったときにどんな風であったか、それをつまびらかに知ってるものはなかった、一同がプラットホームへ流れでたときにはや汽車が動きだした。
「久保井先生万歳」
 熱狂の声が怒濤(どとう)のごとく起こった。
 窓から半身をだした校長の顔はわかやかに輝いた。かれは両手を高くあげて声のあらんかぎりに叫んだ。
「浦和中学バンザアイ」
「久保井先生バンザアイ」
 もう汽車は見えなくなった、生徒はぞろりぞろりと力なく停車場をでた。
 ちょうど汽車が動きだしたとき、ひとりの少年が大急ぎでやってきた、改札口が閉鎖されたのでかれはさくを乗り越えようとした。
「いけません」
 駅員はかれをつきとばした。かれはよろよろと倒れそうになって泳ぐように五、六歩しざった、そうしてやっと壁に身体(からだ)をもたらして呼吸(いき)をきらしながらだまった、その片手は繃帯(ほうたい)にまかれて首からつられてある。彼の胸があらわになったときその胸元もまた繃帯されてあるのが見えた。
 かれはだまって便所と倉庫らしい建物のあいだへでた、そこには焼きくいの柵(さく)が結われてある、かれはそこに立って片ひじを柵においた、青黒い病人じみた顔は目ばかり光って見えた、帯がとけかけたのも、ぞうりのはなおが切れたのもいっさいかれは気がつかぬもののごとく汽車を見つめていた。
 万歳万歳の声と共に校長の顔があらわれたときかれはじっと目を校長に据(す)えた。かれの胸はふるえかれの口元は悲痛と悔恨にゆるみ、そうしてかれの目から大粒の涙がこぼれた。
 かれは阪井巌(いわお)である。
 汽車が見えなくなったときかれはようやくさくをはなれて長い溜(た)め息(いき)をついた。それからじっと大通りの方を見やった。そこには学校の友達が波のくずれるごとく、帰りゆく、阪井は顔をたれてしずかに歩いた。
 とだれかの声がした。
「生蕃がいる」
「阪井のやつがきている」
 少年達の目は一度に阪井にそそがれた、阪井は棒のごとく立ちすくんだ。
「やい生蕃」
 まっさきにつめよったのはライオンであった。
「やい」
 阪井はだまっている。
「きさまはなにしにきた」
「久保井先生に用事があってきたよ」と阪井はやはり顔もあげずにいった。
「きさまは久保井先生を学校からおいだしたんじゃないか、どの面(つら)さげてやってきたんだ」
「…………」
「おい、犬でも畜生(ちくしょう)でも恩は知ってるよ、おれはずいぶん不良だが校長先生の恩だけは知ってるんだ、きさまは先生をおいだした、犬畜生にもおとるやつだ」
「…………」
「きさまのようなやつはくたばってしまやがれ、きさまのようなやつがいるのは浦和の恥辱だぞ、どうだ諸君、こいつを打ち殺そうか」
「やっちまえやっちまえ」と声々が叫んだ。かれらはいま五分前に先生と悲しい別れをした、満々たる憤怒と悲痛はもらすこともできずに胸の中でうずまいている、なにかの刺激あれば爆発せずにいられないほど血潮がわき立っている。それらの炎々(えんえん)たる炎(ほのお)はすべて阪井の上に燃えうつった。
「やれやれ」
「制裁制裁」
 激昂(げっこう)した声は刻一刻に猛烈になった。人々は潮のごとく阪井に向かって突進した。
「なぐってくれ!」
 いままで罪人のごとく沈黙していた阪井はなんともいえぬ悲痛な顔をして、押しよせくる学友の前に決然と進みでた、そうしてぴたりと大地に座った。
「おれはあやまりにきたんだ、おれは先生にあやまりにきたんだ、おれはおまえ達に殺されれば本望だ、さあ殺してくれ、おれは……おれは……犬にちがいない、畜生にちがいない……」
 繃帯を首からつった片手をそのままに、片手は大地について首をさしのべた、火事場のあとをそのままの髪(かみ)の毛はところどころ焼けちぢれている、かれは眉毛一つも動かさない。
「あやまりにきたとぬかしやがる、弱いやつだ、さあ覚悟しろ」
 ライオンはほうばのげたのまま、かれの眉間(みけん)をはたとけった。阪井はぐっと頭をそらして倒れそうになったがじっと姿勢をもどして片手を大地からはなさない。
「畜生!」
「ばかやろう!」
「恩知らず」声々がわいた。
「なぐるのは手のけがれだ、つばをはきかけてやれ」
 とだれかがいった。つばの雨がかれの顔となく首となく背中となく降りそそいだ。
「ばかやろう!」
 最後に手塚がつばをはきかけた。
「手塚、おまえまでが」
 巌はじっと手塚を見詰めたので手塚は人中へかくれた。
「さあ帰ろう」とライオンがいった。「最後にのぞんで足であいつの頭をなでてやろう、さあみんな一緒(いっしょ)だぞ、一! 二! 三!」
 げたの乱箭(らんせん)が飛ぶかと思う一刹那(せつな)。
「待ってくれ」
 はらわたをえぐるような声と共に柳は巌の身体(からだ)の上にかぶさった。
「待ってくれ、阪井は火傷(やけど)をしてるんだ、あやまりにきたものをなぐるって法があるか、火傷をしてるものを撲(なぐ)るって法があるか」
 つるが病むときには友のつるが翼(つばさ)をひろげて五体を温めてやる、ちょうどそのように柳はどろやつばによごれた阪井の全身をその胸の下に包み、きっと顔をあげて瞋恚(しんい)に燃ゆる数十の目を見あげた、その目には友情の至誠が輝き、その口元にはおかすべからざる勇気があふれた。
「なぜ阪井をなぐるか、なぐったところで校長がふたたび帰ってきやしない、今日(きょう)はぼくらが泣きたい日なんだ、先生にわかれて一日泣くべき日なんだ、人をなぐるべき日ではない、阪井だって……阪井だって……先生を見送りにきたんじゃないか、……諸君、帰ってくれたまえ、なあ阪井君も帰れよ、諸君帰ってくれ、阪井帰れよ、諸君……阪井……」
 柳はまっさおになって歎願するように一同にいった。もうだれも手をくだそうとするものもなかった。かれらは凱歌(がいか)をあげた、そうしてげたをひきずりひきずりがらがら引きあげた。
 あとに残った柳は、屈辱と悲憤にむせんでいる阪井の頭や背中のどろやつばをふいてやった。
「さあいこう」
 阪井はだまっている。
「どこかいたいか、えっ? 歩けないか」
 阪井はやはりだまっている。
「さあいこう、ねえ、みっともないじゃないか、車でも呼ぼうか」
 手を取ってたすけ起こそうとする柳の手をぐっとにぎって阪井は目をかっとあいた。
「柳、ゆるしてくれ」
「なにをいうんだ、過去のことはおたがいにわすれよう」
「おれはおまえに悪いことばかりした、それだのにおまえは二度ともおれを救うてくれた」
「そんなことはどうでもいいよ、さあいこう」
 柳は阪井を強(し)いて立たした、ふたりはだまって裏通りへでた。
「おれはなあ柳」
 阪井は感慨に堪(た)えぬもののごとくいった。
「おれは今日(きょう)から生まれかわるんだぞ」
「どうしてだ」
「おれが今までよいと思っていたことはすべて悪いことなんだ、それがわかったよ」
「それはどういうことだ」
「どういうことっておまえ、すべてだよ、すべてだ、なにもかもおれは悪いことをして悪いと思わなかったのだ、親父(おやじ)はおれになんでも学校で一番強い人間になれというだろう、だからおれは喧嘩をした、活動を見ると人を斬(き)ったり賭博(ばくち)をしたりするのが侠客だという人だ、だからおれはそれをまねて見たんだ、だがそれは間違ってるね、悪いことをして人よりえらくなろうというのは泥棒して金持ちになろうとするのと同じものだね、そう思わないか」
「そうだとも」
「だからさ……」
 阪井はこういったとき、傷(きず)がいたむので眉をひそめた。
「君の家まで送ってゆこう」と柳はいった。
「かまわない、もう少し歩こう」
 阪井はふたたびなにかいいつづけようとしたが急に口をつぐんで悲しそうな顔をした。
「車に乗れよ」
「何でもないよ……ねえ柳、ぼくはおまえにききたいことがあるんだが」
「なんだ」
「一年のとき、重盛(しげもり)の諫言(かんげん)を読んだね」
「ああ、忠孝両道のところだろう」
「うん、君に忠ならんとすれば親に孝ならず、重盛(しげもり)はかわいそうだね」
「ああ」
「清盛(きよもり)は悪いやつだね」
「ああ」
「重盛(しげもり)がいくらいさめても清盛(きよもり)が改心しなかったのだね」
「ああ」
「それで重盛はどうしたろう」
「熊野(くまの)の神様に死を祈(いの)ったじゃないか」
「そうだ、死を祈った、なぜ死のうとしたんだろう」
「忠孝両道をまっとうできないからさ」
「困ったから死のうというんだね」
「ああ」
「ではおまえ」
 阪井の語気はあらかった。
「困るときに死んでしまえばいいのかえ」
「それが問題だよ」
「なにが?」
「自分だけ楽をすればあとはどうなってもかまわないというのは卑怯(ひきょう)だからね」
「じゃ重盛(しげもり)は卑怯(ひきょう)かえ」
「理論からいうと、そうなるよ、しかし重盛だってよくよく考えたろうと思うよ」
「そうかね」
 阪井は長大息をした。かれはだまって歩きつづけた。そうしてやがてしずかにいった。
「清盛が改心するまで重盛が生きていなければならなかったね」
「さあぼくにはわからないが」
「ぼくにはわかってるよ、わかってるとも、そうでなかったら無責任だ」
 柳は阪井を家まで送ってわが家へ帰ってくると途中で手塚に逢った。
「やあ、いま、きみのところへいこうと思ってきたんだよ」
「そうか」
 柳は手塚の行為について少なからぬ悪感をもっていたのできわめて冷淡に答えた。
「生蕃はどうした」
「帰ったよ」
「きゃつ、ぼくのことをおこっていたろう」
「どうだか知らんよ、だがおこっているだろうさ、いままできみと阪井とは一番親しかったんだろう、それをきみがみんなと一緒になってつばをはきかけたんだからね」
「だってあいつは悪徒だからさ」
「きみほど悪徒ではないよ」
 柳は思わずこういった。手塚はさっと顔をあからめたがそれは憤慨のためではなかった。かれは柳に肚(はら)の中を見みすかされたのがはずかしかったのである。だがこのくらいの侮辱はかれに取っては耳なれている。かれはぬすむように柳の顔を見やって、
「きみ、活動へゆかないか」
「いやだ」
「クララ・キンポールヤングすてきだぜ」
「それはなんだ、西洋のこじきか」
「ははははきみはクラちゃんを知らないのかえ」
「知らないよ」
「話せねえな、一遍(ぺん)見たまえ、ぼくがおごるから」
「活動というものはね、きみのようなやつが見て喜ぶものだよ」
 さすがに手塚は目をぱちくりさせて言葉がでなかった。だがこのくらいのことにひるむような手塚ではない。かれはこびるような目をむけていった。
「きみ、ぼくのカナリアが子をかえしたからあげようね」
「いらないよ」
「じゃね、きみは犬を好きだろう、ぼくのポインターをあげようね」
「ぼくの家にもポインターがいるよ」
「そうだね」
 手塚はひどく当惑(とうわく)してだまったが、もうこらえきれずにいった。
「きみは生蕃が好きになったのか」
「もとから好きだよ」
「だってあいつはきみを負傷させたじゃないか」
「喧嘩はおたがいだ、生蕃は男らしいところがあるよ」
「じゃ失敬」
「失敬」二人は冷然とわかれた。
 光一に送られた巌(いわお)は家へはいるやいなやわが室(へや)へころがりこんだ。いままでこらえこらえた腹だたしさと悲しさと全身のいたみが、急にひしひしとせまってくる。かれは畳(たたみ)にころりと倒れたまま天井(てんじょう)を見つめて深い考えにしずんだ。
 かれの頭の中には停車場前において学友に打たれなぐられつばをはきかけられた光景が浮かんだ。げたで踏(ふ)まれたひたいのこぶがしくしく痛みだす。がかれはそれよりも痛いのは胸の底を刺(さ)されるような大なる傷であった。
 父の不正! 校長の転任! 学友の反感! 数えきたればすべての非はわれにある。
「巌、どこへいってたの?」
 母は心配そうにかれの室(へや)をのぞいた。巌は答えなかった。
「おなかがすいたろう。ご飯を食べない?」
「ほしくありません」
「火傷(やけど)がなおらないうちに外へ出歩いてはいけないよ、おや、ひたいをどうしたんです」
「なんでもありません」
「また喧嘩かえ」
「あちらへいっててください」と巌はかみつくようにいった。
「なにをそんなにおこってるんです」
 母はきっと目をすえた。その目には不安の色が浮かび、口元には慈愛(じあい)が満ちている。
「なんでもいいです」
「なにか気にさわることがあるならおいいなさい」
「あちらへいってくださいというに」
 母はしおしおとでていった。巌は起きあがって母の後ろ姿を見やった。なんともいいようのない悲しみが一ぱいになる。お母(かあ)さんにはあんな乱暴な言葉を使うんじゃなかったという後悔がむらむらとでてくる。
「どうしようか」
 実際かれは進退にまようた。いままで神のごとく尊敬していた父は悪人なのだ。この失望はかれの単純な自尊心を谷底へ突き落としてしまった。かれにはまったく光がなくなった。
 死んでしまおうか。
 いや! 平重盛(たいらのしげもり)はばかだ。
 二つの心持ちが惑乱して脳の底が重たくだるくなった。かれはじっと机の上を見た。そこに友達から借りた漢文の本がひらいたまま載(の)っている。
「周処三害(しゅうしょさんがい)」
 支那に周処という不良少年があった。喧嘩はする。強奪はする。村の者をいじめる、田畑をあらす、どうもこうもしようのない悪者であった。あるときかれの母が大変ふさぎこんでいるのを見てかれはこうきいた。
「お母さんなにかご心配があるのですか」
「ああ、私はもう心配で死にそうだ」と母がいった。
「なにがそんなにご心配なのですか」
「この村に三害といって三つの害物がある。そのために私も村の人も毎日毎日心配している」
「三害とは何ですか」
「南山(なんざん)に白額(はくがく)のとらが出(い)でて村の人をくらう、長橋(ちょうきょう)の下に赤竜(せきりゅう)がでて村の人をくらう、いま一つは……」
 こういって母は周処の顔を見やった。
「いま一つはなんですか」
「おまえだ、おまえがわるいことをして村の害をなす、とらとりゅうとおまえがこの村の三害だ」
 この話を聞いた周処は俄然(がぜん)としてさとった。
「お母さん、ご安心なさい、ぼくは三害をのぞきましょう」
 周処は南山へ行って白虎を殺し、長橋へいって赤竜を殺し、自分は品行を正しくして村のために善事をつくした。ここにおいてこの村は太平和楽になった。
 巌は読むともなしにそれを読んだ。突然(とつぜん)かれの頭に透明な光がさしこんだ。かれは呼吸(いき)もつかずにもう一度読んだ。
「三害を除こう、おれは男だ」かれはこう叫んだ。
「おれに悪いところがあるならおれが改めればいい、お父様(とうさま)に悪いところがあるならおれがいさめて改めさせればいい、ふたりが善人になればこの町はよくなるのだ、南山にとらをうちにゆく必要もなければ長橋にりゅうをほふりにゆく必要もない、第一の害はおれだ、おれを改めて父を改める、それでいいのだ」
 かれは立って室(へや)を一周した、得(え)もいえぬ勇気は全身にみなぎって歓喜の声をあげて高く叫びたくなった。
 かれは窓を開いて外を見やった、すずしい風が庭の若葉をふいてすだれがさらさらと動いた、木々の緑はめざめるようにあざやかである。
「豆腐(とうふ)イ……」
 らっぱの音と交代にチビ公の声が聞こえる。
「チビ公だ」かれは伸びあがってへいの外を見やった。
「とうふい――」
 暑い日光をものともせず、大きなおけをにのうてゆくチビ公のすげ笠がわずかに見える。
「おれはあいつにあやまらなきゃならない」巌は脱兎(だっと)のごとくはだしのままで外へでた。そうして突然チビ公の前に立ちふさがった。
「青木! おい、堪忍(かんにん)してくれ、なあおいおれは悪かった、おれは今日から三害を除(のぞ)くんだ」

         七

 お宮のいちょうが黄色になればあぜにはすすき、水引き、たでの花、露草(つゆくさ)などが薄日(うすび)をたよりにさきみだれて、その下をゆくちょろちょろ水の音に秋が深くなりゆく。
 役場の火事については町の人はなにもいわなくなった、阪井猛太は助役をやめてせがれの巌と共に川越(かわごえ)の方へうつった、中学校には新しい校長がきた。浦和の町は太平である。
 チビ公はやはり一日も休まずに豆腐を売りまわった、それでも一家のまずしさは以前とかわりがなかった、かれは毎日らっぱをふいて町々を歩いているうちにいくどとなく昔の小学校友達にあうのである、中には光一のようにやさしい言葉をかけてくれるものもあるが、多くは顔をそむけて通るのである。チビ公としても先方の体面をはばかってそしらぬ顔をせねばならぬこともあった、とくにかれの心を悲しませるものは小学校時代にいつも先生にしかられていた不成績の子が、りっぱな中学生の服装で雑嚢(ざつのう)を肩にかけ徽章(きしょう)のついた帽子を輝かして行くのを見たときである。
「金持ちの家に生まれれば出来ない子でも大学までいける、貧乏人の子は学校へもいけない、かれらが学士になり博士になるときにもおれはやはり豆腐屋でいるだろう」
 こう思うとなさけないような気が胸一ぱいになる。
「学校へいきたいな」
 かれの帰り道は県庁の横手の小川の堤である、かれは堤の露草をふみふみぐったりと顔をたれて同じことをくりかえしくりかえし考えるのであった。
 ときとしてかれは師範学校の裏手を通る、寄宿舎には灯影(ほかげ)が並んでおりおりわかやかな唱歌の声が聞こえる。
「官費でいいから学校へゆきたい」
 こうも考える、だがかれはすぐそれをうちけす。かれの目の前に伯父覚平の老顔がありありと見えるのである。
「おれが働かなきゃ、みなが食べていけない」
 そこでかれは夕闇に残る西雲の微明に向かってらっぱをふく。らっぱの音は遠くの森にひびき、近くのわらやねに反響してわが胸に悲しい思いをうちかえす。
 ある日伯父の覚平は突然かれにこういった。
「千三、おまえ学校へゆきたいだろうな」
「いいえ」とチビ公は答えた。
「おれだっておめえを豆腐屋にしたくないんだ、なあ千三、そのうちになんとかするから辛抱(しんぼう)してくれ、そのかわりに夜学へいったらどうか、昼のつかれで眠たかろうが、一心にやればやれないこともなかろう」
「夜学にいってもいいんですか」
 千三の目は喜びに輝いた。
「夜学だけならかまわないよ、お宮の近くに夜学の先生があるだろう」
「黙々(もくもく)先生ですか」
「うむ、かわり者だがなかなかえらい人だって評判だよ」
「こわいな」と千三は思わずいった。黙々先生といえば本名の篠原浩蔵(しのはらこうぞう)をいわなくとも浦和の人はだれでも知っている。先生はいま五十五、六歳、まだ老人という歳でもないが、頭とひげは雪のように白くそれと共に左の眉に二寸ばかり長い毛が一本つきでている、おこるときにはこの長い毛が上に動き、わらうときには下にたれる、町の人はこの毛をもって先生の機嫌のバロメーターにしている。
 先生の履歴について町の人はくわしく知らなかった、ある人はかつて文部省の参事官であったといい、ある人は地方の長官であったといい、ある人はまた馬賊の頭目であったともいう、真偽はわからぬがかれは熊谷(くまがや)の豪族の子孫であることだけはあきらかであり、また帝国大学初期の卒業者であることもあきらかである、なんのために官職を辞して浦和に帰臥(きが)したのか、それらの点についてはかれは一度も人に語ったことはない。
 かれが浦和に帰ったのは十年前である、そのときは独身であったが人のすすめによって後妻を迎えた、だがかれは朝から晩まで家にあるときには読書ばかりしている、妻がなにをいっても「うんうん」とうなずくばかりでなにもいわない。で妻はかれに詰問(きつもん)した。
「あなたなにかいってください」
「うん」
「うんだけではいけません」
「うん」
「あなたはなにもおっしゃることがないんですか」
「うん」
「なにか用事があるでしょう」
「うん」
「ご飯はどうなさるの?」
「うん」
「めしあがらないんですか」
「うん」
 妻はあきれて三日目に離縁した。かれはその小さな軒に英漢数教授という看板をだした。妻にものをいわない人だから生徒に対しても、ものをいわないだろうと人々はあやぶんだが、一旦講義にとりかかるとまったくそれと反対であった。
 最初の一、二年は生徒が少なかったが、年を経るにしたがって次第に増加した。かれには月謝の制定がない、五円もあれば五十銭もある、米や豆やいもなどを持ってくるものもある、独身の先生だからだというので魚を贈る人がいたって少ない、そこで先生はおりおり一竿(かん)を肩にして河へつりにゆく、一尾のふなもつれないときには町で魚を買ってそのあぎとをはりにつらぬき揚々(ようよう)として肩に荷うて帰る、ときにはあじ、ときにはいわし、時にはたこ、ときには塩ざけの切り身!
「先生! つれましたか?」と人が問えば先生は軽く答える。
「うん」
「はりにひっかかってるのはかまぼこじゃありませんか」
「かまぼこは魚なり」
 千三は子どものときからなんとなく黙々(もくもく)先生がこわかった。しかしかれとして学問をするにはこの私塾(しじゅく)より他にはない。
 翌日千三は夕飯をすまして黙々先生をたずねた、そこにはもう五、六の学生がいた、それは中学の二年生もあれば五年生もあり、またひげの生(は)えた人もあり、百姓もあれば商家のでっちもある。千三がはいったときちょうど小学校の教師がむずかしい漢文を読んでいた。
「いかんいかん」と先生はどなった。「もっと声を大きくして漢文は朗々(ろうろう)として吟(ぎん)ずべきものだ、語尾をはっきりせんのは心が臆(おく)しているからだ、聖賢の書を読むになんのやましいところがある、この家がこわれるような声で読め」
 教師はまっかな顔をして大きな声で読んだ、先生はだまって聞いていた。
「よしっ、きみは子弟を教育するんだ、とかくに今日の学校は朗読法をないがしろにするきらいがある、大切なことだぜ」
 先生はひょろ長いやせた首を伸ばして末座にちぢまっている千三を見おろした。
「きみ、ここへきたまえ」
「はあ」
「きみの名は?」
「青木千三です」
「うむ、なにをやるか」
「英漢数です」
「よしッ、これを読んでみい」
 先生は一冊の本を千三の前へ投げだした。それは黒茶色の表紙の着いた日本とじであった。標箋(ひょうせん)に大学と書いてある。
「これをですか」
 千三は中学校一、二年生の国語漢文読本をおそわるつもりであった、いま大学という書を見て急におどろいた。大学という本の名を知ったのもはじめてである。
「うむ」
「どこを読むのですか」
「どこでもいい」
 千三は中をひらいた。むずかしい漢字が並んだばかりでどう読んでいいのかわからない。
「読めません」とかれはいった。
「読める字だけ読め」
「湯(ゆ)……曰(いわく)……日(ひ)……新(しん)……日(ひ)……日(ひ)……新(しん)又(また)日(ひ)新(しん)」
 千三は読める字だけを読んだ、汗がひたいににじんで胸が波のごとくおどる。
「よし、よく読んだ」と先生は微笑して、「その意味はなんだ」
「わかりません」
「考えてみい」
 千三は考えこんだ。
「これは毎日毎日お湯へはいって新しくなれというのでしょう」
「えらい!」
 先生は思わず叫んだ、そうして千三の顔をじっと見つめながら読みくだした。
「湯(とう)の盤(ばん)の銘(めい)に曰(いわ)く、まことに日に新たにせば日々に新たにし又日に新たにせん……こう読むのだ」
「はあ」
「湯はお湯(ゆ)でない、王様の名だ、盤(ばん)はたらいだ、たらいに格言をほりつけたのだ、人間は毎日顔を洗い口をすすいでわが身を新たにするごとく、その心をも毎日毎日洗いきよめて新たな気持ちにならなければならん、とこういうのだ、だがきみの解釈は字句において間違いがあるが大体の意義において間違いはない、書を読むに文字を読むものがある、そんなやつは帳面づけや詩人などになるがいい。また文字に拘泥(こうでい)せずにその大意をにぎる人がある、それが本当の活眼をもって活書を読むものだ、よいか、文字を知らないのは決して恥でない、意味を知らないのが恥辱だぞ」
 こういって先生はつぎの少年に向かった。
「日本の歴史中に悪い人物はたれか」
 いろいろな声が一度にでた。
「弓削道鏡(ゆげのどうきょう)です」
「蘇我入鹿(そがのいるか)です」
「足利尊氏(あしかがたかうじ)です」
「源頼朝(みなもとのよりとも)です」
「頼朝はどうして悪いか」と先生が口をいれた。
「武力をもって皇室の大権をおかしました」
「うん、それから」
 武田信玄(たけだしんげん)というものがある。
「信玄はどうして」
「親を幽閉(ゆうへい)して国をうばいました」
「うん」
「徳川家康(とくがわいえやす)!」
「どうして?」
「皇室に無礼を働きました」
「うん、それで、きみらはなにをもって悪い人物、よい人物を区別するか」
「君には不忠、親に不孝なるものは、他にどんなよいことをしても悪い人物です、忠孝の士は他に欠点があってもよい人物です」
「よしッ、それでよい」
 先生は、いかにも快然(かいぜん)といった、先生の教えるところはつねにこういう風なのであった、先生はどんな事件に対してもかならずはっきりした判断をさせるのであった、たとえそれが間違いであっても、それを臆面(おくめん)なく告白すれば先生が喜ぶ。
 千三はその日から毎夜先生のもとへ通うた、先生はまた地理と歴史の関係をもっとも精密に教えてくれた、それは普通の中学校ではきわめてゆるがせにしていることであった、中学校では地理の先生と歴史の先生とべつな人であるのが多い、そのために密接な二つの関係が分離されてしまうが、黙々(もくもく)先生は歴史の進行とともに地理を展開させた、神武(じんむ)以来大和(やまと)は発祥(はっしょう)の地になっている、そこで先生は大和の地理を教える、同時に大和に活躍した人物の伝記や逸話等を教える。学生の頭にはその人とその地とその時代が深くきざまれる。先生は代数(だいすう)や幾何(きか)を教えるにもすべてその方法で、決してまわりくどい術語を用いたり、強いて頭を混惑させるような問題を提供したりしなかった。その英語のごときもいちいち漢文の文法と対照した、そのために生徒は英漢の文法を一度に知ることができた。
 先生はいかなる場合にも虚偽と臆病をきらった。臆病は虚偽の基である、かれは講義をなしつつあるあいだに突然こういうときがある。
「眠い人があるか」
「あります」と千三が手をあげた。
「庭に出て水をあびてこい」
 先生は千三の正直が気にいった。
 冬がきた、正月も間近になる、せめて母に新しく綿(わた)のはいったもの一枚でも着せてやりたい、こういう考えから千三は一生懸命に働いた、しかも通学は一晩も休まなかった、かれは先生の家をでるとすぐぐらぐら眠りながら家へ帰る夜が多かった。
 と、災厄(さいやく)はつぎからつぎへと起こる、ある夜かれが家へ帰ると母が麻糸(あさいと)つなぎをやっていた、いくらにもならないのだが、彼女はいくらかでも働かねば正月を迎えることができないのであった。
「ただいま」
 千三は勢いよく声をかけた。
「お帰り、寒かったろう」と母は火鉢の火をかきたてた、灰(はい)の中にはわずかにほたるのような光が見えた、外はひゅうひゅう風がうなっている。
「寒いなあ」と千三(せんぞう)は思わずいった。
「お待ちよ。いま消し炭を持ってくるから」
 母は麻糸をかたよせてたとうとした。
「おや」
 母は立てなかった。
「おや」
 母はふたたびいって立とうとしたが顔がさっと青くなって後ろに倒れた。
「お母(かあ)さん」
 千三はだき起こそうとした。母の目は上の方へつった。
「お母さん」
 声におどろいて伯父夫婦が起きてきた。千三は早速手塚医師のもとへかけつけた。元来かれは手塚のもとへいくのを好まなかった、しかし火急の場合、他へ走ることもできなかった。
 粉雪まじりの師走(しわす)の風が電線にうなっていた、町はもう寝しずまって、風呂屋から流れてくる下水の湯気がどぶ板のすきまから、もやもやといてついた地面をはっていた。
「今晩は……今晩は……」
 千三は手塚の門をたたいた。
 音がない。
「今晩は!」
 かれは声をかぎりに呼(よ)び力をかぎりにたたいた。奥にはまだ人の声がする。
「どうしたんだろう」
 千三は手塚なる医者が金持ちには幇間(ほうかん)のごとくちやほやするが、貧乏人にはきわめて冷淡だという人のうわさを思いだした、それと同時にこの深夜に来診を請うと、ずいぶん少なからぬお礼をださねばなるまいが、それもできずにむやみと門をたたくのはいかにも厚かましいことだと考えたりした。
 やっとのことで書生の声がした。
「どなた?」
「豆腐屋の青木ですが、母が急病ですからどうかちょっとおいでを願いたいんです」
「はああ――」とみょうに気のぬけた返事が聞こえた。「豆腐屋の……青木?」
「はい」
「先生は風邪気(かぜけ)でおやすみですから……どうですかうかがってみましょう」
「どうぞお願いします、急病ですから」
 千三は暗い門前でしずかに耳をそばだてた、奥で碁石(ごいし)をくずす音がちゃらちゃらと聞こえる。
「なんだ、碁を打ってるのにおやすみだなんて」
 こう千三は思った。とふたたび小さな窓が開いた。
「ただいま伺(うかが)います」
「ありがとうございます」と千三は思わず大きな声でいった。
「どうぞ、よろしく、ありがとうございます」
 千三は一足先に家へ帰った、母はまだ正体(しょうたい)がない。
「冷えたんだから足をあたためるがいい」
 こう伯父がいった。伯母はただうろうろして仏壇に灯(ひ)をともしたりしている、千三はすぐ火をおこしかけた。そこへ車の音がした。
「どうもごくろうさまで……どうぞ」
 くぐりの戸をはいってきたのは手塚医師でなくて代診(だいしん)の森という男である。この森というのは、ずいぶん古くから手塚の薬局にいるが、代診として患者を往診した事はきわめてまれである、千三はいつも森が白い薬局服を着て往来でキャッチボールをやってるのを見ているのではなはだおぼつかなく思った。
「先生が風邪気(かぜけ)なんで……」
 森はこういってずんずん奥へあがりこんだ、かれはその外套と帽子を車夫にわたした、それから眼鏡をちょっと鼻の上へせりあげて病人を見やった。
「どんなに悪いんですか、ああん?」
 かれはお美代の腕(うで)をとって脈をしらべた。それから発病の模様を聞きながら聴診器を胸にあてたり、眼瞼(まぶた)をひっくりかえしてみたりした、その態度はいかにもおちつきはらっている。これがおりおり玄関で手塚と腕押しをしたりしゃちほこ立ちをしたり、近所の子どもをからかったりする人とは思えない。門口で車夫がしきりにせきばらいをしている、それは「寒くてたまらないからいい加減にして帰ってくれ」というかのごとく見えた。
「はあん……これは脳貧血(のうひんけつ)ですな、ああん、たいしたことはありません、頭寒足熱ですかな、足をあたためて頭をひやして安眠させるといいです、ああん、薬は散薬と水薬……ああん、すぐでよろしい」
 かれはこういって先生から借りて来た鞄(かばん)を取り上げて室(へや)を出た。
「おい、幸吉!」
 幸吉とは車夫の名である、かれはいつも朝と晩に尻はしょりをして幸吉とふたりで門前に水をまいているのである。書生と車夫は同じくこれ奉公人仲間、いわば同階級である。それがいま傲然(ごうぜん)と呼び捨てにされたので幸吉たるもの胸中いささかおだやかでない、かれはだまって答えなかった。
「おい幸吉! なにをしとるかッ、ああん」
「早くゆきましょうよ森さん」と幸吉は業腹(ごうはら)まぎれにいった。
「こらッ外套と帽子をおくれ、ああん」
 森は外へ出た、車の走る音が聞こえた、寒さは寒し不平は不平なり、おそらく幸吉、車もくつがえれとばかり走ったことであろう。
 車におくれじと千三も走った、かれが医者の玄関に着いたとき、奥(おく)ではやはり囲碁(いご)の音が聞こえていた。
 母の病状はそれ以上に進まなかった。が、さりとて床(とこ)をでることはできなかった。
「明日(あす)になったら起きられるだろう」
 こう母はいった、だが翌日も起きられなかった。病弱な彼女が寒さをおかして毎日毎夜内職を働いたその疲れがつもりつもって脳(のう)におよんだのである。千三は豆腐をかついで町まわりの帰りしなに手塚の家へよって薬をもらうのであった、最初薬は二日分ずつであったが、母のお美代はそれをこばんだ。
「じきになおるから、一日分ずつでいい、二日分もらっても無駄になるから」
 これはいかにも道理ある言葉であった、どういうわけか医者は二日分ずつの薬をくれる、それも一つはかならず胃(い)の薬である、金持ちの家は薬代にも困らぬが、まずしき家では一日分の薬価は一日分の米代に相当する。お美代は毎日薬を飲むたびにもったいないといった。
 ある日千三は帰って母にこういった。
「お母(かあ)さん、手塚の家の天井(てんじょう)は格子(こうし)になって一つ一つに絵を貼(は)ってあります、絹にかいたきれいな絵!」
「あれを見たかえ」と母は病いにおとろえた目を向けてさびしくいった。「あれは応接室だったんです、お父(とう)さんが支那風が好きだったから」
「そう?」
「あの隣の室(へや)のもう一つ隣の室(へや)は茶室風でおまえがそこで生まれたのです、萩(はぎ)の天井です、床(とこ)の間(ま)には……」
 母の声はハタとやんだ、彼女は目をうっとりさせて昔その夫(おっと)が世にありしときの全盛な生活を回想したのであった。
「あのときには女中が五人、書生が三人……」
 睫毛(まつげ)を伝うて玉の露がほろりとこぼれる。
「お母さん! つまらないことをいうのはよしてください、ぼくはいまにあれ以上の家を建ててあげます」
「そうそう、そうだね」
 母はさびしくわらった、千三はたまらなく苦しくなった、いままで胸の底におさえつけておいた憂欝(ゆううつ)がむらむらと雲のごとくわいた。かれは薬をもらいに医者の家へゆく、支那風の天井の下に小さく座っていると例の憂欝がひしひしとせまってくる。
「ああここがおれの生まれたところなんだ、おれが生まれたときに手塚の親父がぺこぺこ頭をさげて見舞いにきたんだ、それがいまそいつに占領されてあべこべにおれの方が頭をさげて薬をもらいにきてる」
 ある日かれはこんなことを考えながら門をはいろうとするとそこで代診(だいしん)森君が手塚とキャッチボールをしていた。
「そらこんどはドロップだぞ」
 手塚は得意になって球をにぎりかえてモーションをつけた。
「よしきた」
 森君はへっぴり腰になって片足を浮かしてかまえた、もし足にあたりそうな球がきたら片足をあげて逃がそうという腹なのである。
「さあこい」
「よしッ」
 球は大地をたたいて横の塀(へい)を打ちさらにおどりあがって千三の豆腐おけを打ち、ころころとどぶの方へころがった。
「おい豆腐屋! 早く球をとれよ」手塚がさけんだ。
「はッ」
 千三はおけをかついだまま球をおっかけた、おけの水はだぶだぶと波をおどらして蓋(ふた)も包丁も大地に落ちた。
「やあやあ勇敢勇敢」と森君は喝采した、千三は球が石のどぶ端を伝って泥の中へ落ちこもうとするやつをやっとおさえようとした、てんびん棒が土塀にがたんとつきあたったと思うとかれははねかえされて豆腐おけもろとも尻餅(しりもち)をついた。豆腐は魚の如くはねて地上に散った。
「ばかだね、おけを置いて走ればいいんだ、ばかッ」
 手塚はこういって自分でどぶどろの中から球をつまみあげ、いきなり千三のおけの中で球を洗った。
「それは困ります」と千三は訴(うった)えるようにいった。
「豆腐代を払ったら文句がないだろう」
 手塚はわらって奥(おく)へひっこんだ。
「待てッ」と千三は呼(よ)びとめようとしたがじっと下くちびるをかんだ。
「いま手塚と喧嘩をすれば母の薬をもらうことができなくなる」
 かれの目から熱い涙がわきでた。人間の貴重な食料品! そのおけの中にどぶどろにまみれた球をつっこんで洗うなんてあまりの乱暴である。だが貧乏の悲しさ、かれと争うことはできない。
 どれだけないたかしれない。かれはもうらっぱをふく力もなくなった。
「おれはだめだ」
 かれはこう考えた、どんなに勉強してもやはり金持ちにはかなわない。
「おれと伯父さんは夜の目も寝ずに豆腐を作る、だがそれを食うものは金持ちだ、作ったおれ達の口にはいるのはそのあまりかすのおからだけだ、学問はやめよう」
 かれはがっかりして家へ帰った、かれは黙々(もくもく)先生の夜学を休んで早く寝床(ねどこ)にはいった。翌朝起きて町へでた。もうかれの考えは全然いままでとかわってしまった。かれは町々のりっぱな商店、会社、銀行それらを見るとそれがすべてのろわしきものとなった。
「あいつらは悪いことをして金をためていばってるんだ、あいつらはおれ達の血と汗をしぼり取る鬼共だ」
 その夜も夜学を休んだ、その翌日も……。
「おれがチビだからみんながおれをばかにしてるんだ、おれが貧乏だからみんながおれをばかにしてるんだ」
 かれの母はかれが夜学へもいかなくなったのを見て心配そうにたずねた。
「千三、おまえ今夜も休むの?」
「ああ」
「どうしてだ」
「ゆきたくないからゆきません」
 かれの声はつっけんどんであった、母は悲しそうな目でかれを見やったなりなにもいわなかった、千三は夜具の中に首をつっこんでから心の中で母にあやまった。
「お母(かあ)さん堪忍(かんにん)してください、ぼくは自分で自分をどうすることもできないのです」
 このすさんだ心持ちが五日も六日もつづいた、とある日かれは夕日に向かってらっぱをふきもてゆくと突然かれの背後(うしろ)からよびとめるものがある。
「おい青木!」
 夕方の町は人通りがひんぱんである、あまりに大きな声なので往来の人は立ちどまった。
「おい、青木!」
 千三がふりかえるとそれは黙々(もくもく)先生であった、先生は肩につりざおを荷ない、片手に炭だわらをかかえている、たわらの底からいものしっぽがこぼれそうにぶらぶらしている。
「おい、君のおけの上にこれを載(の)せてくれ」
 千三はだまって一礼した。先生は炭だわらをおけの上に載せ、そのまま自分の肩を入れて歩きだした。
「先生! ぼくがかついでお宅(たく)まで持ってゆきます」
 と千三がいった。
「いやかまわん、おれについてこい」
 ひょろ長い先生のおけをかついだ影法師が夕日にかっきりと地上に映(うつ)った。
「きみは病気か」
「いいえ」
「どうしてこない?」
「なんだかいやになりました」
「そうか」
 先生はそれについてなにもいわなかった。
 黙々(もくもく)先生がいもだわらを載せた豆腐をにない、そのそばに豆腐屋のチビ公がついてゆくのを見て町の人々はみんな笑いだした。ふたりは黙々塾(もくもくじゅく)へ着いた。
「はいれ」と先生はてんびんをおろしてからいった。
「はい」
 もう日が暮れかけて家の中は薄暗かった、千三はわらじをぬいで縁端(えんばた)に座った。先生はだまって七輪(しちりん)を取りだし、それに粉炭をくべてなべをかけ、七、八本のいもをそのままほうりこんだ。
「洗ってまいりましょうか」
「洗わんほうがうまいぞ」
 こういってから先生はふたたび立って書棚を探したがやがて二、三枚の紙つづりを千三の前においた。
「おい、これを見い、わしはきみに見せようと思って書いておいたのだ」
「なんですか」
「きみの先祖からの由緒書(ゆいしょが)きだ」
「はあ」
 千三は由緒書きなるものはなんであるかを知らなかった、でかれはそれをひらいた。
「村上天皇(むらかみてんのう)の皇子(おうじ)中務卿(なかつかさきょう)具平親王(ともひらしんのう)」
 千三は最初の一段高く記した一行を読んでびっくりした。
「先生なんですか、これは」
「あとを読め」
「右大臣師房卿(もろふさきょう)――後一条天皇(ごいちじょうてんのう)のときはじめて源朝臣(みなもとあそん)の姓(せい)を賜(たま)わる」
「へんなものですね」
 先生は七輪の火をふいたので火の粉がぱちぱちと散った。
「――雅家(まさいえ)、北畠(きたばたけ)と号す――北畠親房(きたばたけちかふさ)その子顕家(あきいえ)、顕信(あきのぶ)、顕能(あきよし)の三子と共に南朝(なんちょう)無二の忠臣(ちゅうしん)、楠公(なんこう)父子と比肩(ひけん)すべきもの、神皇正統記(じんのうしょうとうき)を著(あら)わして皇国(こうこく)の正統をあきらかにす」
「北畠親房(きたばたけちかふさ)を知ってるか」
「よくは知りません、歴史で少しばかり」
「日本第一の忠臣を知らんか、そのあとを読め」
「親房(ちかふさ)の第二子顕信(あきのぶ)の子守親(もりちか)、陸奥守(むつのかみ)に任ぜらる……その孫武蔵(むさし)に住み相模(さがみ)扇ヶ谷(おうぎがやつ)に転ず、上杉家(うえすぎけ)に仕(つか)う、上杉家(うえすぎけ)滅(ほろ)ぶるにおよび姓(せい)を扇(おうぎ)に改め後青木(あおき)に改む、……青木竜平(あおきりゅうへい)――長男千三(せんぞう)……チビ公と称す、懦弱(だじゃく)取るに足らず……」
 なべのいもは湯気を立ててふたはおどりあがった。先生はじっと千三の顔を見つめた。
「どうだ」
「先生!」
「きみの父祖は南朝(なんちょう)の忠臣だ、きみの血の中に祖先の血が活きてるはずだ、きみの精神のうちに祖先の魂(たましい)が残ってるはずだ、君は選ばれたる国民だ、大切な身体(からだ)だ、日本になくてはならない身体だ、そうは思わんか」
「先生!」
「なにもいうことはない、祖先の名をはずかしめないように奮発(ふんぱつ)するか」
「先生」
「それとも生涯(しょうがい)豆腐屋でくちはてるか」
「先生! 私は……」
「なにもいうな、さあいもを食ってから返事をしろ」
 先生はいものなべをおろした、庭はすでに暮れて落ち葉がさらさらと鳴る、七輪の火が風に吹かれてぱっと燃えあがると白髪(はくはつ)白髯(はくぜん)の黙々(もくもく)先生の顔とはりさけるようにすずしい目をみひらいた少年の赤い顔とが暗の中に浮きだして見える。

         八

 黙々(もくもく)先生に系図を見せられたその夜、千三はまんじりともせずに考えこんだ、かれの胸のうちに新しい光がさしこんだ。かれは嬉しくてたまらなかった、なんとも知れぬ勇気がひしひしおどり出す。かれは大きな声をだしてどなりたくなった。
 眠らなければ、明日(あした)の商売にさわる、かれは足を十分に伸ばし胸一ぱいに呼吸をして一、二、三、四と数えた。そうしてかれはあわいあわい夢に包まれた。
 ふと見るとかれはある山路を歩いている。道の両側には桜(さくら)の老樹が並んでいまをさかりにさきほこっている。
「ああここはどこだろう」
 こう思って目をあげると谷をへだてた向こうの山々もことごとく桜である。右も桜左も桜、上も桜下も桜、天地は桜の花にうずもれて白(はく)一白(いっぱく)、落英(らくえい)繽紛(ひんぷん)として顔に冷たい。
「ああきれいなところだなあ」
 こう思うとたんにしずかに馬蹄(ばてい)の音がどこからとなくきこえる。
「ぱかぱかぱかぱか」
 煙のごとくかすむ花の薄絹(うすぎぬ)を透(とお)して人馬の行列が見える。にしきのみ旗、にしきのみ輿(こし)! その前後をまもるよろい武者! さながらにしき絵のよう。
 行列は花の木の間を縫(ぬ)うて薄絹の中から、そろりそろりと現われてくる。
「下に座って下に座って」
 声が聞こえるのでわきを見るとひとりの白髪の老翁(ろうおう)が大地にひざまずいている。
「おじいさんこれはなんの行列ですか」
 こうたずねるとおじいさんは千三の顔をじっと眺めた、それは紙幣で見たことのある武内宿禰(たけのうちのすくね)に似た顔であった。
「あれはな、後村上天皇(ごむらかみてんのう)がいま行幸(みゆき)になったところだ」
「ああそれじゃここは?」
「吉野(よしの)だ」
「どうしてここへいらっしったのです」
 じいさんは千三をじろりと見やったがその目から涙がぼろぼろこぼれた。一円紙幣(さつ)がぬれては困(こま)ると千三は思った。
「逆臣(ぎゃくしん)尊氏(たかうじ)に攻(せ)められて、天(あめ)が下(した)御衣(ぎょい)の御袖(おんそで)乾(かわ)く間も在(おわ)さぬのじゃ」
「それでは……これが……本当の……」
 千三は仰天して思わず大地にひざまずいた。このとき行列が静々とお通りになる。
「まっ先にきた小桜縅(こざくらおどし)のよろい着て葦毛(あしげ)の馬に乗り、重籐(しげどう)の弓(ゆみ)を持ってたかの切斑(きりふ)の矢(や)を負い、くわ形(がた)のかぶとを馬の平首につけたのはあれは楠正行(くすのきまさつら)じゃ」
 とおじいさんがいった。
「ああそうですか、それと並んで紺青(こんじょう)のよろいを着て鉢巻きをしているのはどなたですか」
「あれは正行(まさつら)の従兄弟(いとこ)和田正朝(わだまさとも)じゃ」
「へえ」
「そら御輿(みこし)がお通りになる、頭をさげい、ああおやせましましたこと、一天万乗(いってんばんじょう)の御君(おんきみ)が戦塵(せんじん)にまみれて山また山、谷また谷、北に南に御(おん)さすらいなさる。ああおそれ多いことじゃ」
 おじいさんは頭を大地につけてないている、千三は涙が目にたまって玉顔(ぎょくがん)を拝むことができなかった。
「御輿(みこし)の御後に供奉(ぐぶ)する人はあれは北畠親房(きたばたけちかふさ)じゃ」
「えっ?」
 千三は顔をあげた。
 赤地にしきの直垂(ひたたれ)に緋縅(ひおどし)のよろい着て、頭に烏帽子(えぼし)をいただき、弓と矢は従者に持たせ、徒歩(かち)にて御輿(みこし)にひたと供奉(ぐぶ)する三十六、七の男、鼻高く眉(まゆ)秀(ひい)で、目には誠忠の光を湛(たた)え口元には知勇の色を蔵(ぞう)す、威風堂々としてあたりをはらって見える。
 千三は呼吸(いき)もできなかった。
「いずれも皆忠臣の亀鑑(きかん)、真の日本男児じゃ、ああこの人達があればこそ日本は万々歳まで滅びないのだ」
 こうおじいさんがいったかと思うととっとと走っていく、その早いこと百メートル五秒間ぐらいである。
「待ってくださいおじいさん、お紙幣(さつ)になるにはまだ早いから」
 こういったが聞こえない。おじいさんは桜(さくら)の中に消えてしまった。
 にわかにとどろく軍馬の音! 法螺(ほら)! 陣太鼓(じんだいこ)! 銅鑼(どら)ぶうぶうどんどん。
 向こうの丘(おか)に現われた敵軍の大勢! 丸二つ引きの旗をへんぽんとひるがえして落日を後ろに丘(おか)の尖端(とっぱな)! ぬっくと立った馬上の大将(たいしょう)はこれ歴史で見た足利尊氏(あしかがたかうじ)である。
 すわとばかりに正行(まさつら)、正朝(まさとも)、親房(ちかふさ)の面々屹(きっ)と御輿(みこし)を護(まも)って賊軍をにらんだ、その目は血走り憤怒(ふんぬ)の歯噛(はが)み、毛髪ことごとく逆立(さかだ)って見える。
「やれやれッ逆賊(ぎゃくぞく)をたたき殺せ」と千三は叫んだ。
「これ千三、これ」
 母の声におどろいて目がさめればこれなん正(まさ)しく南柯(なんか)の夢(ゆめ)であった。
「どうしたんだい」
「どうもこうもねえや、畜生(ちくしょう)ッ、足利尊氏(あしかがたかうじ)の畜生ッ」と千三はまだ夢中である。
「喧嘩の夢でも見たのか、足利(あしかが)の高さんと喧嘩したのかえ」
「なんだって畜生ッ、高慢な面(つら)あしやがって、天子様に指でも指してみろ、おれが承知しねえ、豆腐屋だと思って尊氏(たかうじ)の畜生ばかにするない」
「千三どうしたのさ、千三」
「お母(かあ)さんですか」
 千三はこういってはじめてわれにかえった。母はじっと千三を見つめた、千三の顔は次第次第にいきいきと輝いた。
「お母さん、ぼくは勉強します」
 母はだまっている。
「ぼくは今日(きょう)先生にぼくのご先祖のことを聞きました。北畠顕家(きたばたけあきいえ)、親房(ちかふさ)……南朝(なんちょう)の忠臣です。その血を受けたぼくはえらくなれない法がありません」
「だけれどもね、このとおり貧乏ではおまえを学校へやることもできずね」
 母はほろりとした。
「貧乏でもかまいません。お母さん、顕家(あきいえ)親房(ちかふさ)はほんのはだか身でもって奥州や伊勢や諸所方々で軍(いくさ)を起こして負けては逃げ、逃げてはまた義兵を集め、一日だって休むひまもなく天子様のために働きましたよ、それにくらべると日に三度ずつご飯を食べているぼくなぞはもったいないと思います。ねえお母さん、ぼくはいま夢を見たんです。先祖の親房(ちかふさ)という人はじつにりっぱな顔でした、ぼくのようにチビではありませんよ、尊氏(たかうじ)のほうをきっとにらんだ顔は体中忠義の炎(ほのお)が燃えあがっています。ぼくだって忠臣になれます。ぼくだってね、チビでも忠臣になれないことはないでしょう」
「いい夢を見たね」
 母は病みほおけた身体(からだ)を起こして仏壇に向かっておじぎした。
 千三は生まれかわった。翌日からなにを見ても嬉しい。かれは外を歩きながらそればかりを考えている。
「やあ向こうから八百屋の半公がきたな、あれも忠臣にしてやるんだ。おれの旗持ちぐらいだ、ああぶりき屋の浅公、あれは母親の財布(さいふ)をごまかして活動にばかりいくが、あれもなにかに使えるから忠臣にしてやる、やあ酒屋のブルドッグ、あれは馬のかわりにならないから使ってやらない」
 黙々(もくもく)先生はチビ公が急に活気づいたのを見てひとりほくほく喜んでいた。
 ある日かれはひとりの学生を先生に紹介(しょうかい)された。それは昨年第一高等学校に入学した安場五郎(やすばごろう)という青年である。黙々塾(もくもくじゅく)をでて高等学校へはいれたのは安場ひとりきりである。先生は安場が好きであった。色が赤黒く顔は七輪に似て、ようかん色になった制服を着て腰にてぬぐいをさげ、帽子はこけ色になっている。かれは一年のあいだに身体(からだ)がめきめきと発達したので制服の腕や胴は身体の肉がはちきれそうに見える。かれは代書人の息子(むすこ)である。かれは東京から家へ帰るとすぐ黙々先生のご機嫌うかがいにくる。
「先生ただいま」
「うむ帰ったか」
 先生は注意深くかれの一挙一動を見る。
「学校はどうだ」
 まず学校のようすをきき、それから友達のことをきく。
「どんな友達ができたか」
「あんこうというやつがあります。口がおそろしく大きいんでりんごを皮ごと二口で食ってしまいます。それからフンプンというやつがあります。これは一年に一ぺんもさるまたを洗濯しませんから、いつでもフンプンとしています。それからまむしというやつ、これは生きたへびを頭からかじります」
「ふん、勇敢だな」
 先生はにこにこする。
「この三人はみんなできるやつです。頭がおそろしくいいやつです、三人とも政治をやるといってます」
「たのもしいな、きみとどうだ」
「ぼくよりえらいやつです」
「そうか」
 先生が一番注意をはらうのは友達のことである。かれはそのまむしやフンプンやあんこうがどんな話をしてどんな遊びをしてどんな本を読んでるかまでくわしくきいた。
「活動を見るか」
「さかんに見ましたが、あれは非常に下卑たものだとわかったからこのごろは見ません」
「それがいい」
 先生は安場がいつも友達の自慢をするのをすこぶる嬉しそうに聞いていた。人の悪口をいったり、自慢をいったりするのは先生のもっともこのまざるところであった。
 安場は実際先生思いであった。かれは帰省中には毎朝かならず先生をたずねて水をくみ飯をたき夜の掃除をした。先生は外へ出ると安場の自慢ばかりいう。
「あいつはいまに大きなものになる」
 先生はわずかばかりの汽車賃があればそっと東京へ出て一高を視察にでかける、そうして安場がどんな生活をしているかを人知れず監視するのであった。そのくせかれは安場に向かっては一度もほめたことはない。
「きみは英雄をなんと思うか」
「英雄は歴史の花です」と安場は即座に答える。
「カアライルをまねてはいかん。英雄は花じゃない、実である。もし花であるならそれは泛々(はんぱん)たる軽薄の徒といわなきゃならん。名誉、物質欲、それらをもって目的とするものは真の英雄とはいえないぞ、いいか。英雄は人類の中心点である、そうだ、中心点だ、車の軸(じく)だ、国家を支える大黒柱だ、ギリシャの神話にアトラス山は天が墜(お)ちるのを支(ささ)えている山としてある。天がおちるのを支えるのは英雄だ、花だなんてそんな浮わついた考えではまだ語るにたらん。もっと修養しろ馬鹿ッ」
 すべてこういう風である、どんなにばかといわれても安場はそれを喜んでいた。
「先生はありがたいな」
 かれはいつもこういった。かれとチビ公はすぐに親友になった。おりおりふたりは郊外へでて長い長い堤の上を散歩した。寒い寒い風がひゅうひゅう野面(のづら)をふく、かれあしはざわざわ鳴って雲が低くたれる、安場は平気である。かれは高い堤に立って胸一ぱいにはって高らかに歌う。
ああ玉杯(ぎょくはい)に花うけて、緑酒(りょくしゅ)に月の影(かげ)やどし、
治安の夢(ゆめ)にふけりたる、栄華(えいが)の巷(ちまた)低く見て、
向ヶ岡(むこうがおか)にそそり立つ、
五寮(ごりょう)の健児(けんじ)意気高し。……
 バリトンの声であるが、量は豊かに力がみちている。それは遠くの森に反響し、近くの野面(のづら)をわたり、べきべきたる落雲を破って、天と地との広大無辺な間隙を一ぱいにふるわす、チビ公はだまってそれを聞いていると、体内の血が躍々(やくやく)と跳(おど)るような気がする。自由豪放な青春の気はその疲(つか)れた肉体や、衰(おとろ)えた精神に金蛇銀蛇の赫耀(かくよう)たる光をあたえる。
「もっとやってくれ」とかれはいう。
「うむ、よしッ」
 安場は七輪(しちりん)のような顔をぐっと屹立(きつりつ)させると同時に鼻穴をぱっと大きくする、とすぐいのししのようにあらい呼吸(いき)をぷうとふく。
ふようの雪の精をとり、芳野(よしの)の花の華(か)をうばい、
清き心のますらおが、剣(つるぎ)と筆とをとり持ちて、
一たび起(た)たば何事か、
人生の偉業(いぎょう)成らざらん。
 うたっていくうちにかれの顔はますます黒く赤らみ、その目は輝き、わが校を愛する熱情と永遠の理想と現在力学の勇気と、すべての高邁(こうまい)な不撓(ふとう)な奮闘的な気魄(きはく)があらしのごとく突出してくる。チビ公は涙をたれた。
「きみはな、貧乏を気にしちゃいかんぞ」と安場はいった。「貧乏ほど愉快なことはないんだ」
 かれはチビ公のかたわらに座っていいつづけた。
 おれは貧乏だから書物が買えなかった。おれは雑誌すら読んだことはなかった。すると先生はおれに本を貸してくれた。先生の本は二十年も三十年も前の本だ、先生がおれに貸してくれた本はスミスの代数(だいすう)とスウイントンの万国史と資治通鑑(しじつがん)それだけだ、あんな本は東京の古本屋にだってありやしない。だが新刊(しんかん)の本が買えないから、古い本でもそれを読むよりほかにしようがなかった、そこでおれはそれを読んだ、友達が遊びにきておれの机の上をジロジロ見るとき、おれははずかしくて本をかくしたものだ、太政官印刷(だじょうかんいんさつ)なんて本があるんだからな、実際はずかしかったよ。おれはこんな時代おくれの本を読んでも役に立つまいと思った、だが、先生が貸してくれた本だから読まないわけにゆかない、それ以外には本がないんだからな、そこでおれは読んだ。最初はむずかしくもありつまらないと思ったが、だんだんおもしろくなってきた、一日一日と自分が肥(ふと)っていくような気がした。おれは入学試験を受けるとき、ほんの十日ばかり先生が準備復習をしてくれた。
「こんな旧式(きゅうしき)なのでもいいのか知らん」とおれは思った。
「だいじょうぶだいけ」と先生がいった、おれはいった、そうしてうまく入学した。
「なあチビ公」
 安場はなにを思ったか目に一ぱい涙をたたえた。
「試験の前日、先生はおれにこういった」
「安場、腕ずもうをやろう」
「ぼくですか」
「うむ」
 先生はがちょうのように首が長く、ひょろひょろやせて、年が老いている。おれはこのとおり力が自慢だ、負かすのは失礼だと思ったが、さりとて故意(こい)に負けるとへつらうことになる、互角(ごかく)ぐらいにしておこうと思った。
「やりましょう」
 先生は長いひざを開いて畳(たたみ)にうつぶしになった。さながら栄養不良のかわずのよう!
「さあこい」
「よしッ」
 おれもひじを畳についた、がっきと手と手を組んだ、おれはいい加減(かげん)にあしらうつもりであった、先生の痩(や)せた長い腕がぶるぶるふるえた。
「弱虫! なき虫! いも虫! へっぴり虫!」と先生はいった。
「先生こそ弱虫です」
「なにを!」
「どっこい」
 おれは少しずつ力をだして不動直立の態度をとるつもりであった。だが先生の押す力がずっとひじにこたえる。
「弱いやつだ、青年がそれでどうする、米の飯を食わせておくのはおしいものだ、やい、いも虫、なき虫、わらじ虫!」
 あまりしつこく虫づくしをいうのでおれもちょっと癪(しゃく)にさわった。
「いいですか、本気をだしますぞ」
「よしッ、虫けらの本気はどんなものか、へっぴり虫!」
「よしッ」
 おれは満身の力をこめて一気に先生を押したおそうとした、先生の腕が少しかたむいた。
「いいかな」
 先生はこういって、「うん」と一つうなった、たよたよとした細い腕はがきっと組んだまま大盤石(だいばんじゃく)!
「おやッ」
 おれは頭を畳(たたみ)にすりつけ、左の掌(てのひら)で畳をしっかとおさえ肩先に力をあつめて押しだした。
「虫があばれるあばれる」と先生はげらげらわらった。おれはどうもふしぎでたまらない。負けるはずがないのだ。
「いいかな」
 先生はこういっておれのこぶしをひた押しに倒してしまった。
 おれは汗をびっしょりかいて、ふうふう息をはずませた。
「どうだ」
 首を傾(かし)げてふしぎがってるおれの顔を見て先生はわらった。
「ふしぎですな」
「おまえはばかだ」
「なんといわれてもしようがありません」
「いよいよジャクチュウかな」
「ジャクチュウとはなんですか」
「弱虫だ、はッはッはッ」
「先生はどうして強いんですか」
「わしが強いんでない、おまえがジャクチュウなんだ」
「ぼくはそんなに弱いはずがないのです」
「おまえはどこに力を入れてるか」
「ひじです」
「腕をだしてみい」
 先生のひょろひょろした青ざめた腕とおれのハチ切れそうに肥った円い赤い腕が並んだ。
「ひじとひじの力なら私の方がとてもかなわないはずじゃないか」と先生がいった。
「じゃ先生は?」
 先生はにっこり笑って、胸の下を指さした。
「腹ですか」
「うむ、力はすべて腹から出るものだ、西洋人の力は小手先からでる、東洋人の力は腹からでる、日露戦争(にちろせんそう)に勝つゆえんだ」
「うむ」
「学問も腹だ、人生に処する道も腹だ、気が逆上(ぎゃくじょう)すると力が逆上して浮きたつ、だから弱くなる、腹をしっかりとおちつけると気が臍下丹田(せいかたんでん)に収(おさ)まるから精神爽快(せいしんそうかい)、力が全身的になる、中心が腹にできる、いいかおまえはへそをなんと思うか」
「よけいなものだと思います」
「それだからいかん、人間の身体(からだ)のうちで一番大切なものはへそだよ」
「しかしなんの役にも立ちません」
「そうじゃない、いまのやつらはへそを軽蔑(けいべつ)するからみな軽佻浮薄(けいちょうふはく)なのだ、へそは力の中心点だ、人間はすべての力をへそに集注すれば、どっしりとおちついて威武も屈(くっ)するあたわず富貴も淫(いん)するあたわず、沈毅(ちんき)、剛勇、冷静、明智になるのだ、孟子(もうし)の所謂(いわゆる)浩然(こうぜん)の気はへそを讃美した言葉だ、へそだ、へそだ、へそだ、おまえは試験場で頭がぐらぐらしたらふところから手を入れてしずかにへそをなでろ」
 おれは試験場でへそをなでなかったが、難問題(なんもんだい)にぶつかったときに先生のこの言葉を思いだした、そうして、
「へそだ、へそだ、へそだ」と口の中でいった、と急におかしくなってふしぎに気がしずまる、かっと頭にのぼせた熱がずんとさがって下腹に力がみちてくる。
 旧式の本、それを読んだことはいわゆる試験準備のために印刷された本よりもはるかに有効であった。
 どんな本でも、くわしくくわしくいくどもいくども読んで研究すればすべての学問に応用することができる、数多くの本を、いろいろざっと見流すよりたった一冊の本を精読する方がいい。
 おれが受験から帰ってくると先生はぼくを待ちかねている、おれは試験の問題とおれの書いた答案を語る、先生はそれについていちいち批評してくれた、そうしておれににわとりのすき焼きをご馳走(ちそう)してくれる。
「うんと滋養物(じようぶつ)を食わんといかんぞ」
 こう先生がいう、七日のあいだに先生が大切に飼(か)っていた三羽のにわとりがみんななくなった。
「おれは先生の恩はわすれない、もし先生のような人がこの世に十人もあったら、すべての青年はどんなに幸福だろう、町のやつは……師範学校や中学校のやつらは先生の教授法を旧式だという、旧式かも知らんが先生はおれのようなつまらない人間でもはげましたり打ったりして一人前にしたててくれるからね」
 安場はこういって口をつぐんだ、かれはたえきれなくなってなき出した。
「なあ青木、おまえも責任があるぞ、先生がおまえをかわいがってくれる、先生に対してもおまえは奮発しろよ」
「やるとも」千三も無量の感慨に打たれていった。
「さあ帰ろう」
 夕闇(ゆうやみ)がせまる武蔵野(むさしの)のかれあしの中をふたりは帰る。
花さき花はうつろいて、露おき露のひるがごと、
星霜(せいそう)移り人は去り、舵(かじ)とる舵手(かこ)はかわるとも、
わが乗る船はとこしえに、理想の自治に進むなり。
 日はとっぷりと暮れた、安場ははたと歌をやめてふりかえった。
「なあおい青木、一緒(いっしょ)に進もうな」
「うむ」
 たがいの顔が見えなかった。
「おれも早くその歌をうたいたいな」とチビ公はいった、安場は答えなかった、ざわざわと枯れ草が風に鳴った。
「おれの歌よりもなあ青木」と安場はいった。「おまえのらっぱの方が尊いぞ」
「そうかなあ」
「進軍のらっぱだ」
「うむ」
「いさましいらっぱだ、ふけッ大いにふけ、ふいてふいてふきまくれ」
 ひゅうひゅう風がふくので声が散ってしまった。
 幸福の神はいつまでも青木一家にしぶい顔を見せなかった、伯父さんとチビ公の勉強によって一家は次第に回復した。チビ公の母は病気がなおってから店のすみにわずかばかりの雑穀(ざっこく)を並べた、黙々(もくもく)先生はまっさきになって知人朋友を勧誘(かんゆう)したので、雑穀は見る見る売れだした。生蕃親子がこの地を去ってからもはやチビ公を迫害するものはない、店はますます繁昌し、大した収入がなくとも不自由なく暮らせるようになった。
 安場は日曜ごとに浦和へきた、そうして千三にキャッチボールを教えたりした、元来黙々塾(もくもくじゅく)に通学するものはすべて貧乏人の子で、でっち、小僧、工場通いの息子、中には大工や左官の内弟子もあった。かれらはみんな仲よしであった、ハイカラな制服制帽を着ることができぬので、大抵(たいてい)和服にはかまをはいていた。
 チビ公は日曜ごとには朝から晩まで遊ぶことができるようになった、塾の生徒は師範学校や中学の生徒のように費用に飽(あ)かして遠足したり活動を見にゆくことができないのでいつも塾(じゅく)の前の広場でランニング、高跳びなどをして遊んでいた。それが安場がきてからキャッチボールがはやりだした、安場は東京の友達からりっぱなミットをもらってきてくれた、チビ公は光一のところへグローブの古いやつをもらいにいった。
「あるよ、いくらでもあるよ」
 光一は古いグローブ二つと新しいグローブ一つとをだしてくれた。
「こんなにもらってもいいんですか」と千三はいった。
「ぼくは買ってもらうからいいよ」と光一はいった。
「これは新しいんですね」
「心配するなよ」
 グローブ三つにボール二つ、それをもらって千三が塾(じゅく)へいったとき一同は万歳を唱えた、勉強はできなくとも貧乏人の子はスポーツがうまい、一同はだんだん上達した。
 あるとき千三が豆腐を売りまわってると道で光一にあった。
「おいボールがうまくなったそうだね」
 光一は例のごとく上品な目に笑(え)みをたたえていった。
「少しうまくなりました」
 光一は妙にしずんだ顔をして千三の目を見つめた。
「きみ、たのむからね、ぼくに向かってていねいな言葉を使ってくれるなよ、ね、きみは豆腐屋の子、ぼくは雑貨屋の子、同じ商人(あきんど)の子じゃないか、ねえきみ、きみもぼくも同じ小学校にいたときのように対等の友達として交わりたいんだ、きみも学生だからね」
「ああ」
 いまにはじめぬ光一のりっぱな態度に、千三はひどく感激した。
「それからね、きみ、きみの塾(じゅく)とぼくの学校と試合をやらないか」
「ああ、だけれども弱いから」
「弱くてもいいよ、おたがいに練習だからね」
「相談してみよう」
「きみはなにをやってるか」
「ぼくはショートだ」
「それがいい、きみは頭がよくて敏捷(びんしょう)だから」
「きみは」
「ぼくは今度からピッチャーをやってるんだよ」
「すてきだね」
「なかなかまずいんだよ、手塚はショートだ、あいつはなかなかうまいよ」
 その夜千三は塾(じゅく)で一同に相談した。
「やろうやろう」というものがある。
「とてもかなわない」というものもある。議論はいろいろにわかれたが結局安場にきてもらってきめることになった。
 安場は翌日やってきた。
「やれやれ、大いにやれ、親から金をもらって洋服を着て学問するやつに強いやつがあるものか、わが校の威風を示すのはこのときだ」
 一同はすぐ決心した、毎夜課業がすむとこそこそそのことばかりを語りあった、だが悲しいことには貧乏人の子である、マークのついた帽子や、ユニフォームを買うことはできない、いわんやスパイクのついた靴、プロテクター、すねあてにおいてをや[#「をや」は底本では「おや」]である。
「銭がほしいなあ」と一同はいった、この話がいつしか黙々(もくもく)先生にもれた、先生は早速(さっそく)一同を集めた。
「遊戯は精神修養をもって主とするもので形式を主とするものでない、みんなはだかでやるならゆるす、おれはバットを作ってやる、はだかが寒いならシャツにさるまた、それでいい、それが当塾(とうじゅく)の塾風(じゅくふう)である」
「先生のいうとおりにします」と一同はいった。
 翌日先生は庭先にでて大きなまさかりでかしの丸太を割っていた。
「先生なにをなさるんですか」と、チビ公がきいた。
「バットを作ってやるんだ」
 放課後も先生はのこぎりやらかんなやらでバット製作にとりかかった。と仕立屋の小僧で呉田(くれた)というのがぼろきれをいくえにも縫(ぬ)いあわせて捕手のプロテクターを作った。すると古道具屋の子は撃剣の鉄面(めん)でマスクを作った。道具は一通りそろった。安場が日曜にきて、各シートを決めた、安場は東京からの汽車賃を倹約(けんやく)するためにいつも五里の道を歩いてくるのである。
 投手は馬夫(まご)の子で松下というのである、かれは十六であるが十九ぐらいの身長があった。ちいさい時に火傷(やけど)をしたので頭に大きなあとがある、みなはそれをあだ名して五大洲(だいしゅう)と称(しょう)した。かれの球はおそろしく速かった。
 捕手は「クラモウ」というあだ名で左官の子である、なぜクラモウというかというに、いつもだまってものをいわないのは暗がりの牛のようだからである、身体(からだ)は横に肥ってかにのようにまたがあいている。一塁手は「旗竿(はたざお)」と称(しょう)せられる細長い大工の子で、二塁手は「すずめ」というあだ名で駄菓子屋の子である、すずめはボールは上手(じょうず)でないが講釈がなかなかうまい、かれは安場コーチの横合いから口をだしていつも安場にしかられた。
 三塁手にはどんな球でもかならず止める橋本というのがある、かれはおそろしい勢いで一直線にとんできた球を鼻で止めたので後ろにひっくりかえった。それからかれを橋本とよばずに鼻本(はなもと)とよんだ。
 外野にもなかなか勇敢な少年があった、ショートはチビ公であった、チビ公は身丈(みたけ)が低いが非常に敏捷(びんしょう)であった、かれは球を捕るには一種の天才であった、かれはわずかばかりの練習でゴロにいろいろなものがあることを感じた、大きく波を打ってくるもの、小さくきざんでくるもの、球の回転なしにまっすぐにすうと地をすってくるもの、左に旋回(せんかい)するもの、右に旋回するもの、約十種ばかりの性質によって握(にぎ)り方をかえなければならぬ。チビ公は無意識ながらもそれを感じた。
 一生懸命に汗を流してけずり上げた先生のバットはあまり感心したものでなかった。それはあらけずりのいぼだらけで途中にふしがあるものであった。
「なんだこれは」
「すりこぎのようだ」
「犬殺しの棒だ」
「いやだな、おまえが使えよ」
「おれもいやだ」
 少年共はてんでにしりごみをした。さりとてこれを使わねば先生の機嫌が悪い。一同は途方(とほう)に暮れた。
「ぼくのにする」とチビ公はいった。「このバットには先生がぼくらを愛する慈愛(じあい)の魂がこもってる、ぼくはかならずこれでホームランを打ってみせるよ、ぼくが打つんじゃない先生が打つんだ」

         九

 浦和中学と黙々塾(もくもくじゅく)が野球の試合をやるといううわさが町内に伝わったとき人々は冷笑した。
「勝負になりやしないよ」
 実際それは至当(しとう)な評である、浦和中学は師範学校と戦っていつも優勝し、その実力は埼玉県を圧倒しているのだ、昨日(きのう)今日(きょう)ようやく野球を始めた黙々塾(もくもくじゅく)などはとても敵し得(う)べきはずがない。それに浦中の捕手は沈毅をもって名ある小原である。投手の柳は新米だがその変化に富める球と頭脳(ずのう)の明敏ははやくも専門家に嘱目(しょくもく)されている、そのうえに手塚のショートも実際うまいものであった、かれはスタートが機敏で、跳躍(ジャンプ)して片手で高い球を取ることがもっとも得意であった。
「練習しようね」と柳は一同にいった。
「練習なんかしなくてもいいよ、黙兵衛(もくべえ)のやつらは相手にならんよ」と手塚がいった。
「そうだそうだ」と一同は賛成した。だが二、三日経ってから小原が顔色をかえて一同を招集した。
「ぼくは昨日(きのう)黙々(もくもく)の練習を見たがね、火のでるような猛練習だ、それに投手の五大洲はおそろしく速力(スピード)のある球をだす、あのうえにもしカーブがでたらだれも打てやしまい、ショートのチビ公もなかなかうまいし、捕手(ほしゅ)のクラモウはロングヒットを打つ、なかなかゆだんができないよ、一たい今度の試合は敵に三分の利があり味方に三分の損(そん)がある、敵は新米だから負けてもさまで恥にならないが、味方は古い歴史を持っているから、もし負ければ世間の物笑いになるよ」
「あんなやつはだいじょうぶだよ」と手塚はいった。
「そうじゃない、もしひとりでも傑出した打手があってホームランを三本打てば三点とられるからね、勝負はそのときの拍子(ひょうし)だ、強いからってゆだんがならない」
「だからぼくは練習をしようというんだ、青木千三は小学校時代には実にうまかったからね、身体(からだ)が小さいがおそろしいのはかれだよ」
 と光一はいった。
「豆腐屋のごときは眼中にないね」と手塚がいった。
「それがいけないよ手塚君、きみはうまいけれども敵をあなどるのは悪いくせだ、ぼくは青木の方がぼくよりうまいと思う」
「きみは青木を買いかぶってるよ、あいつはまだ腰が決まらない」
「いざとなれば強くなるよ」
「弱虫だねきみは」と手塚は嘲笑した。
「君よりか青木の方がうまい」と光一も癪(しゃく)にさわっていった。
「あんなやつにくらべられてたまるものか」
 多人数の前なので手塚は虚勢を張っていった。
「そうじゃない手塚」と小原はどなった。「おまえはいつもうまいと人に見られようと思って、片手で球をとったりする、あれはよくないぞ、へたに見られてもいいから健実でなけりゃいけない」
 先輩の一言に手塚は顔を赤(あから)めてだまった。その日から練習をはじめた。
 一方黙々塾(もくもくじゅく)では学業のひまひまに猛練習をつづけた。だが家業がいそがしいために練習にくることのできない者もあるので、人数はいつもそろわなかった、安場は日曜以外には帰省しない、ここにおいて黙々先生が自身に空(あ)き地(ち)へ出張した、先生は野球のことをよくは知らない、がかれは撃剣の達人なので打撃はうまかった、かれはさるまた一つとシャツ一枚の姿で、自製のバットでノックをする、それは実に奇妙ふしぎなノックであった、先生の打つ球には方向が一定しない、三塁へいったり一塁へいったり、ゴロかと思えば外野へ飛んだり、ファウルになったり、ホームランになったりする。
「先生! シートノックはシートの方へ打ってください」と千三が歎願した。
「ばかッ、方向がきまってるならだれでもとれる、敵はどこへ打つかわかりゃしないじゃないか」
 先生はこういって長いバットを持って力のありたけで打つのだからたまらない、鉄砲玉のようなおそろしく早い球はぶんぶんうなって飛んでくる。選手はいずれも汗だらけになって走りまわる。それがおわるとフリーバッティングをやる、それも投球するものは先生である。先生の球はノックのごとくコントロールが悪い、右に左に頭上高く、あるいは足元にバウンドし、あるいは腰骨を打つ。
「先生! まっすぐな球をください」と千三がいう。
「ばかッ敵はいつもまっすぐに投(ほう)るかよ」
 それがおわると先生は千三に投球させて自分で五、六本を打つ。だが先生の造ったバットはこぶこぶだらけなので、打った球はみんなファウルになり、チップになる。で先生が満足に打つまで球を投(ほう)らなければ機嫌が悪い、ようやく直球を一本打つと先生はにっこりと子どもらしくわらう、そうしてこういう。
「おれの造ったバットはなかなかいいわい」
 練習がすむと先生は一同にいもを煮(に)てくれる、それが何よりの楽しみであった。だが先生は野球のために決して学課をおろそかにしなかった、もし生徒の中に学課をおこたる者があると先生は厳然として一同を叱(しか)りつける。
「野球をやめてしまえッ」
 このために生徒は一層(いっそう)学課にはげまざるを得なかった。
 日がだんだん迫(せま)ってきた、ある日安場がきた、コーチがすんで一同が去った後、先生はいかにも心配そうに安場にいった。
「今度中学校に勝てるだろうか」
「さあ」と安場は躊躇(ちゅうちょ)した。
「どうかして勝たしてもらいたい、わしが生徒に野球をゆるしたのは少し考えがあってのことだ、この町のものは官学を尊敬して私学を軽蔑(けいべつ)する、いいか、中学校や師範学校の生徒はいばるが、黙々塾(もくもくじゅく)の生徒は小さくなっている、なあ安場、きみもおぼえがあるだろう」
「そうです、ぼくもずいぶん中学校のやつらにばかにされました」
「そうだ、金があって時間があって学問するものは幸福だ、わしの塾(じゅく)の生徒はみんな不幸なやつばかりだ、同じ土地に生まれ同じ年ごろでありながら、ただ、金のために甲(こう)は意気揚々(ようよう)とし乙(おつ)は悄然(しょうぜん)とする、こんな不公平な話はないのだ、いいか安場、そこでだ、わしは生徒共の肩身を広くさしてやりたい、金ずくではかなわない、かれらの学校は洋風の堂々たるものだ、わしの塾(じゅく)は壁が落ち屋根がもり畳(たたみ)がぼろぼろだ、生徒は町を歩くにいつも小さくなってしょぼしょぼしている、だからせめて野球でもいいから一遍(いっぺん)勝たしてやりたい、実力のあるものは貧富にかかわらず優勝者になれるものだということを知らしめたい、師範生も中学生も黙々生(もくもくせい)も同等のものであると思わせたい、大手をふって町を歩く気にならせたい、だからどうしても今度は勝たねばならん、わしもこの年になって、なにをくるしんですっぱだかになって空(あ)き地(ち)でバットをふり生徒等を相手に遊んでいたかろう、生徒の自尊心を養成したいためだ、そうして一方において町の人々や官学崇拝者を見かえしてやりたいためだ、野球の勝敗は一小事だが、ここで負ければわしの生徒はますます自尊心を失い肩身を小さくする、実に一大事件だ、なあ安場、今度こそはだ、なあおい、しっかりやってくれ」
 先生の声は次第に涙をおびてきた。
「先生!」
 安場は燃ゆるような目を先生に向けていった。
「ぼくもそう思ってます、ぼくはかならず勝たしてごらんに入れます」
 安場は翌日規則正しい練習をした、一回二回三回一同は夜色が迫るまでつづけた。いよいよ明日(あす)になった土曜日の早朝から一同が集まった。
「今日(きょう)は休むよ」と安場はいった。
「明日(あす)が試合ですから、是非今日一日みっちりと練習してください」
 と一同がいった。
「いやいや」と安場は頭をふった。
「今日はゆっくり遊んで晩には早く寝ることにしよう、いいか、熟睡するんだぞ、ひとりでも夜ふかしをすると明日は負けるぞ」
 その日は一日遊んで安場は東京における野球界の話を聞かしてくれた、かれは一高と三高の試合の光景などをおもしろく語った。一同はすっかり興奮(こうふん)して目に涙をたたえ、まっかな顔をして聞いていた。
 その夜千三は明日(あす)の商売のしたくをおわってから窓から外を見やった、外は暗いが空はなごりなく晴れて星は豆をまいたように輝いていた、千三は明日(あす)の好天気を予想してしずかに眠った。
 目がさめると、もう朝日が一ぱいに窓からさしこんですずめの声が楽しそうに聞こえる。
「やあ寝過ごした」と千三はあわてて飛び起きた。
「もっと寝ててもいいよ」と伯父さんはにこにこして店から声をかけた、かれはもう豆腐(とうふ)をおけに移してわらじをはいている。
「伯父さん、ぼくが商売に出ますから伯父さんはやすんでください」
 と千三はいった。

◇ピンチです!◇
★暇つぶし何某★

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