月世界跋渉記
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著者名:江見水蔭 

 まず月野博士の一隊は二十日の食料を分割して各自の腰に結び付けて出て行った。後には桂田博士が二人を相手に一生懸命、羽根の破れやら、器械の破損などを一々修繕している。
 三人が一心になって働いた揚句は、地球でいえば十八日目に、目出度(めでたく)出来上った。
 博士は一応詳く検査した上で、
「よし。これなら大丈夫だ。初めよりはよくなったくらいだ。これで探検隊さえ帰って来ればいつでも出発出来る。」
「何日くらいで帰れるでしょう。」
「まず一週間だね。」
「じゃもう十日ほどで又日本へ帰れるんですね。」
「どうだ。もう弱ったか。」
「何弱るもんですか。」
と元気よくいって窓の処へ覗いたが、
「やあ帰って来ました。帰ってきました。」
「そうか。」
と博士も助手も一様に窓に出ると、如何にも三人の探検隊は各自に山のような荷物を背負って意気揚々として帰って来た。
「どうだ。結果は。」
 まず桂田博士が尋ねると、月野博士は快活な調子で、
「余程変った現象があるですねえ。」といいながら、包を下して、その大風呂敷を拡げると、中から出たのはいずれも地球上でいまだ見た事もない珍奇な物ばかりだ。修繕方の三人が驚いて見ていると、博士は得意気にまず、珍妙な形をした人形の土器を出して、「これが、例のヒマラヤ山の後方から二十里ばかりの処に石塊の間に転がっていたのです。余程珍らしいもので、これが僕の一番の土産です。これによって見ると、始めにはきっと月にも人類が生存していたに違いない。でその人間は地球上の石器時代くらいの程度まで進化して滅亡したものらしいです。」
と幾十となき古代遺物をさらけ出しては、宛然小児が珍らしい玩具でも貰ったように、一人でホクホクして喜んでいる。
 博士は暫くその獲物に夢中になっていたがやがて思い出したように桂田博士の方を振り向いて、
「貴方の方はどうです。」
「僕の方も先刻出来上った。」
「そうですか、それは何より目出度い。いよいよそれでは明日にでも出発しますかな。」
「さよう。それでは一つ祝杯を挙げようじゃないか。もう空気などありたけ吸う気であの空気孔で大に胸襟を開いて飲もう。」
「賛成※[#感嘆符三つ、38-下-14]」
といずれもその洞内に赴き、ありたけの蝋燭を点じてその中に坐り、各自にブランデーを注いだ洋盃(コップ)を高く差し上げ、桂田博士の音頭で「日本帝国万歳※[#感嘆符三つ、38-下-17] 月世界探検隊万歳※[#感嘆符三つ、38-下-18]」
を三唱すると、その声は遍く洞内に響き渡って、谺(こだま)はさながら月がこの一隊を祝するように、「月世界探検隊万歳※[#感嘆符三つ、39-上-1]」と唱え返した。
(「探検世界」明治四〇年一〇月増刊号)



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