江戸の玩具
[青空文庫|▼Menu|JUMP]
著者名:淡島寒月 

 御承知の通り、今戸は瓦、ほうろく、かはらけ、火消壺(ひけしつぼ)等種々土を以(も)つて造る所ゆゑ自然子供への玩具も作り、浅草地内、或は東両国、回向院前等に卸売見世(おろしうりみせ)も数軒ありて、ほんの素焼(すやき)に上薬(うわぐすり)をかけ、土鍋(どなべ)、しちりん、小さき食茶碗、小皿等を作り、人形は彩色あれど多くは他の玩具(おもちゃ)屋の手にて彩色し、その土地にては素焼のまゝ数を多く焼き出さんがためにてある由。俵の船積が狂詠に「色とりどり姿に人は迷ふらん同じ瓦の今戸人形」(明和年間)とも見ゆ。予記憶せる事あり、回向院門前にて鬻げる家にては皆声をかけ「しごくお持ちよいので御座い」とこの言葉を繰返へしいひ居(お)りしが、予、日々遊びに行けるよりなじみとなり、大(おおい)なる布袋(ほてい)の人形をほしいといへるに、連れし小者(こもの)の買はんとせしに、これは山城(やましろ)伏見(ふしみ)にて作りし物にて、当店の看板なればと、迷惑顔(めいわくがお)せし事ありしが、京より下り来し品も、江戸に多くありけるものと見えたり。或る人予に、かゝる事を聞かせし事あり。浅草田圃の鷲(おおとり)神社は野見(のみ)の宿禰(すくね)を祀(まつ)れるより、埴(はに)作る者の同所の市の日に、今戸より土人形を売りに出してより、人形造り初めしとなん。余事なれど酉(とり)の市とは、生たる鶏を売買せし也。農人の市なれば也。それ故(ゆえ)に細杷(こまざらえ)も多く売りしが、はては細杷のみにては品物淋(さび)しきより、縁起物といふお福、宝づくしの類を張り抜きに作り、それに添へてかき込め/\などいふて売りけるよし、今は熊手(くまで)の実用はどこへやら、あらぬ飾物となりけるもをかし。

 柳原(やなぎわら)の福寿狸(ふくじゅだぬき) 柳森神社
 土製の小さき大小の狸を出す。神田柳原和泉(いずみ)橋の西、七百二本たつや春青柳(あおやぎ)の梢(こずえ)より湧(わ)く、この川の流れの岸に今鎮座(ちんざ)します稲荷(いなり)の社に、同社する狸の土製守りは、この柳原にほど近きお玉が池に住みし狸にて、親子なる由、ふと境内にうつされたる也。(お玉が池の辺(あたり)開け住みうかりければやといふ。)親は寿を、子は福をさづけんと託宣(たくせん)ありしよりその名ありとなん。
 この狸の形せる物は、玩具といはんより巳(み)の小判、蘇民将来(そみんしょうらい)の類にて神守りの一つなりと思へり。(大正十四年五月『鳩笛』第三号)



ページジャンプ
青空文庫の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
作品情報参照
mixiチェック!
Twitterに投稿
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶし青空文庫

Size:4314 Bytes

担当:undef