樺太脱獄記
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著者名:コロレンコウラジミール・ガラクティオノヴィチ 

この湾の水は常に鹹(しほから)いのですが、時々黒竜江の水が押して来ると、淡水になつて、飲む事が出来るのです。こゝからボオトに乗つて出れば、黒竜江へ這入られるのです。
 どうしてボオトを手に入れようかと相談したところが、老人はもう疲れ果てゝ、目がどんよりしてゐて、なんの智慧も出ないのです。それでもとうとうかう云ひました。
「どうせボオトは土人の持つてゐるのを手に入れるのだ。」
 これだけの事は云ひましたが、その土人をどこへ捜しに行つたら好いか、又土人の手から船を得るには、どういふ手段を取つたら好いかといふ事は、老人が教へてくれません。
 そこでヲロヂカとマカロフとわたくしとで、同志の者にかう云ひました。
「おい。皆の者はこゝで待つてゐてくれ。己達はこの岸に沿うて歩いて見る。為合(しあは)せが好かつたら、土人を見付けて、どうにかしてボオトを手に入れようと思ふ。二三艘もあれば結構だがさう行かなければ、一艘でも手に入れるやうにしよう。みんな用心してゐるのだぜ。この辺にも警戒線が布(し)いてあるかも知れないから。」
 かう云つてみんなを残して置いて、わたくし共三人は岸を歩き出しました。少し歩いて岩のある所へ来ると、そこに網を繕つてゐる男がゐるのです。このオルクン奴(め)をわたくし共に逢はせて下さつたのは、実に神のお恵みだと思ひます。」
「なんだい。そのオルクンといふのは。その男の名かい。」
「どうですかねえ。さういふ名だつたかも知れません。併しわたくしの察したところでは、どうもオルクンといふのは酋長といふ事らしかつたのです。兎に角何がなんだか分からなかつたのですけれども。わたくし共は、そいつを驚かして、逃がしてはならないと思つて、用心してそろそろ側へ寄りました。それから間が近くなつた時、突然側へ駈け付けて、その男を取り巻きました。その時そいつが指で自分の顔をさしてオルクン、オルクンといふのです。
 わたくし共はなんの事だか分かりませんが、こつちもどうかして用事を向うへ知らせて遣らうと思つて工夫をしました。とうとうヲロヂカが杖で砂の上へ、舶(ふね)の形をかいて見せました。こんな物がいるといふ積りですね。
 さうすると、その男がちよつと考へてゐたが、直ぐに呑み込んで合点合点をしました。それから手の指を出して二本見せたり、五本見せたり、又十本皆見せたりしたのです。なんの積りだらうと、三人で相談しましたが、とうとうマカロフが暁(さと)りました。
「おい。これは己達の仲間が何人ゐるかと問ふのだぜ。人数次第で、ボオトが幾ついるといふ事になるのだらう。」
 成程といふので、わたくし共は、そいつに十二といふ数を知らせました。それは直ぐに呑み込んでくれました。
 それからそいつが、こつちの仲間の所へ連れて行けと、手真似でいふのです。最初はどうしようかと思つて考へましたが、外にしやうがないので、連れて行く事にしました。どうも歩いて海は越されませんから、そいつに手伝つて、船を拵へて貰ふ外、為方がなかつたものですからね。
 同志の者も、わたくし共がその男を連れて来たのを見て、最初は不平らしい顔をしました。
「なんだつてそんなものを引つ張つて来たのだい。それでは己達の隠家が知れてしまふぢやないか。」
「黙つてゐろ。連れて来なくつてはならないから連れて来たのだ。」
 こんな事を言ひ合つてゐるのに、例の男は平気で同志の者の中に交つて、みんなの着てゐる上着を手で障つてゐるのです。
 そこでみんなで二重に持つてゐる上着を脱いで遣ると、男はそれを受け取つて、肩に掛けて、山道を下りて行くのです。わたくし共は跡から付いて行きました。
 少し行くと下の方に土人の天幕が並んでゐるのが見えました。小さな村なのです。
 同志の者はちよつと足を留めて心配し出しました。「どうしよう。あいつが村へ帰つて行くと村の者を呼び集めるかも知れないぜ。」
 わたくし共はかう云ひました。「構ふものか。あの天幕は四つある。中に何人づゝゐるとしても知れたものだ。こつちは同勢十二人、一人一人長さが四分の三アルシン位ある、立派なナイフを持つてゐるぢやないか。それにあいつらの体と、己達のやうな大男の体とは、比べものにならない。第一ロシア人は牛肉を食ふのに、あいつらは肴ばかり食つてゐやがる。どうする事が出来るものか。」
 かうは云つたものの、わたくし共は余り好い気持はしませんでした。
 兎に角島の果まで、漕ぎ付けて来た。併しあの向うの地平線に、青い帯のやうに見えてゐる、黒竜江の岸に渡つて、ほつと息を衝く事が出来るだらうか。鳥のやうに羽でも生えてくれれば好いと思つたのですね。
 暫く待つてゐると、大勢の土人が、オルクンを先に立てゝ、遣つて来ます。見ると、それが皆槍を持つてゐるのです。同志の者が、かう云ひました。
「見ろ。あそこを遣つて来やがる。命のある内は降参すまいぜ。あいつらと遣り合つて、死ぬるものがあつたら、それも運だから、諦らめるが好い。お互に助け合つて、出来るだけ防いで見よう。さあ、みんな成るたけ散らばらないやうに、固まつてゐなくては行けないぜ。」
 こんな風に待ち構へてゐましたが、これは全くこつちの誤解でした。オルクン奴(め)は、わたくし共の様子を見て、疑はれたのだなと暁(さと)つたものですから、仲間の槍を皆取り上げて、一束にして一人の男に渡しました。
 そこでお互に腹が分かつたものですから、わたくし共は、村の者と一しよに、ボオトのしまつてある所へ見に行きました。そこで土人は船を二艘出して見せました。大きい方には八人乗られるし、小さい方には四人乗られるのです。
 こんな工合に、やうやう船だけは出来ました。ところが困つた事には、乗り出す事が出来なくなつたのです。丁度その時風が出て、向岸から吹くのですね。波が中々高くて、とてもボオト位では乗り出されません。
 そこで二日間風を待ち合せました。その内に食料がいよ/\無くなつたものですから、木の実と、オルクンのくれる肴とを食つて、命を繋いでゐました。オルクンは正直な、好い奴でしたよ。今でもあいつの事は折々思ひ出します。
 持つてゐた二日目の日が暮れたのに、わたくし共は矢張り島にゐるのです。どんなにじれつたかつたか、口では言はれません。その夜も過ぎてしまふ。三日目になつて見ても、まだ同じ風です。
 その時海を見ますと、風が霧を皆吹き払つてしまつたものですから、向岸が好く見えるのです。それを見るといよいよ溜まらなくなつて来るのですね。
 ブランの爺いさんは岩の上に蹲(しやが)んで、向岸ばかり見詰めて、何時間立つても動きません。みんなが木の実を取りに行つても、爺いさんだけは立ちもしません。みんなが気の毒がつて、やつと拾つて来た木の実を、少しづゝ分けて遣りました。大方爺いさんは流浪人の係恋(あこがれ)とでもいふやうな心持になつてゐたのでせう。それとも死ぬる時が近づいたのを、自然に知つてゐたのかも知れません。
 さうしてゐる内に、同志の者が皆我慢し切れなくなつて、とうとう夜になつたら、どうなつても構はないから、漕ぎ出さうといふ事に極めました。どうせ昼の内は漕ぎ出されません。そんな事をしようものなら、警戒線から見付けますから。夜ならばその心配だけはありません。そこで命を神に任せて、夜出掛けようといふのです。
 風はやつぱりひどくて、鞭で打つやうに、波が打(ぶ)つ附かつて来ます。見渡す限り海の上には、波頭の白い泡が立つてゐます。
 わたくしはみんなにかう云ひました。「さあ、皆来て寝るのだよ。丁度夜中には月が出る。その時船を出すのだ。船では寝るどころの騒ぎではないから、それまで出来るだけ休んで置くのだ。」
 一同わたくしの差図通りに横になりました。わたくし共の隠家は高い岸の岩の側で、下から見上げても、立木が邪魔になつて見えないやうになつてゐました。只ブランだけは横にならずに、やつぱり西の方を見詰めてゐます。
 みんなが横になつたのは、まだ夕日が入らない頃でした。日が暮れるまでには、大ぶ時間があります。わたくしは十字を切つて横になつて、波が岸を揺つたり、森の木が風にざわ付いたりする音を聞きながら、寐入つてしまひました。
 どんな恐ろしい事が目前に迫つて来るか、皆知らずにゐたのですね。
 ふいとブランが小声で呼ぶのに気が付いて、わたくしは眠たいのを我慢して、起き上がつて、身の周囲(まはり)を見廻すと、ブランがわたくしの上にかぶさるやうになつて立つてゐて、目をきよろきよろさせて、森の方へ指ざしをして、かう云ふのです。「起きないか。来やがつた。連れ戻しに来やがつた。」
 わたくしがその指ざしをしてゐる方を見ますと、木の間に兵隊がゐるぢやありませんか。
 その内の一人で、一番前にゐるのが、銃でこつちを狙つてゐます。今一人はこつちの方へ駈けて来ようとしてゐます。その跡から山を下りて来掛かつてゐるのが三人あります。皆銃を持つてゐます。
 わたくしは直ぐに気分がはつきりしました。そして大声で同志の者を呼びました。同志の者は皆同時に起き上がりました。そしてさつき狙つてゐた兵卒が射撃をしてしまふや否や、みんなで向うへ飛び込んで行きました。」
 ワシリは逆(のぼ)せたやうな顔をして黙つて、俯向いた。余り熱心に話して、薪をくべる事を忘れたものだから、煖炉の火が燃えなくなつて、天幕の内は薄暗くなつてゐる。
 ワシリは訟(うつた)へるやうな調子で云つた。「一体なんだつてこんな話をし出したのでせう。」
「どうでも好いぢやないか。しまひまで話してくれ。それからどうしたのだ。」
「それからですか。兵卒は六人でした。こつちは十二人でせう。なんでもわたくし共の寝てゐる所へ踏み込んで掴まへようとしたのですね。併しこつちは兵卒共に考へる時間を与へなかつたのです。わたくし共は大きなナイフを持つてゐます。向うは只一度打つた切りで、それも慌てゝ狙ひが逸(はづ)れました。皆山から駈け下りて来るはずみで、踏み留まる事が出来ません。それを下で待ち受けてゐたのですね。
 そこでわたくし共が飛び込んで行くと、向うはしかと防ぐ事も出来なかつたのです。こつちはまるで気の違つた狼のやうな勢で飛び付くのに、向うはやつと銃剣の尖で防いでゐるのです。
 兵卒の一人が銃剣でわたくしを突かうとします。それがわたくしの足をかすりました。わたくしは躓(つまづ)いて転びました。その上へ兵卒が乗り掛かつて来ました。その兵卒の上へマカロフが飛び付きました。その時わたくしの顔へ、上の方から温(ぬく)いものがだらだらと流れ掛かりました。わたくしとマカロフとは起き上がつたが、その兵卒はとうとう起き上がりませんでした。
 わたくしは飛び起きて、周囲を見廻しました。丁度その時同志の二人が、岩の上へ駈け上がつて行きます。その向うに立つてゐるのは警戒線の隊長で、サルタノフといふ士官です。樺太の名高い男で、土人さへ恐れてゐたのです。なんでも囚人がこの男の手で殺された事はたび/\であつたさうです。ところが今度はさうは行きません。向うが危なくなつてゐます。
 二人の同志は例のチエルケス人でした。大胆で素早くつて、まるで猫のやうに体の利く奴です。先づ一人が正面から向つて行つて、サルタノフと岩の上で打つ付かりました。直き側でサルタノフが拳銃を打つたのを、チエルケス人は蹲(しやが)んで、弾に頭の上を通り越させました。その途端にサルタノフもチエルケス人も倒れました。今一人のチエルケス人は、同志が打たれたと思つて、恐ろしくおこつて飛び掛かりました。まだどうなつたのだか、わたくしにも分からずにゐる内に、弾に頭の上を通り越させたチエルケス人は、胴から切り放したサルタノフの首を握つて立ち上がつて、顔を引き吊らせて笑ひました。
 わたくし共はそれを見て、その場に釘付けにせられたやうになつてゐますと、チエルケス人は国詞(くにことば)で大声にどなつて、サルタノフの首を高く振り上げて、一廻し廻したかと思ふと、海へ投げ込んでしまひました。わたくし共は呆気に取られてゐると、暫くしてから、どぶんと音がしました。サルタノフの首が海に落ちたのですね。
 その時一番跡から来た兵卒が、岩の上で立ち留まつて、持つてゐた小銃をそこに棄てゝ、手で顔を押へたと思ふと、そのまゝ逃げ出しました。わたくし共は追ひ掛けては行きませんでした。その男が警戒線でたつた一人生き残つたわけです。
 後に聞けば警戒線は、二十人で張つてゐたのです。その十三人が買出しに向岸へ渡つてゐて、風が強いのでまだ帰らなかつたのださうです。そこで残つてゐた七人の内、六人はわたくし共が殺してしまつてたつた一人逃げたのです。
 為事(しごと)はこれで片付きました。併しわたくし共はまだぼんやりして、互に顔を見合せてゐましたが、とうとう臆病らしい、勢のない声をして、ためらひながら「どうしたのだらう、夢ではなかつたか知らん、本当だつたかなあ」と言ひ合つた位です。
 その時突然、さつきまで皆の寝てゐた場所で、ブランがうなつてゐるのを聞き付けました。ブランは兵卒の打つた、たつた一つの弾に中(あた)つて、致命傷を受けたのですね。
 同志の者が駈け付けて見ると、ブランは落葉松(らくえふしよう)の下で、胸に手を当てて、目に一ぱい涙を溜めてゐます。そしてわたくしを側へ呼んでかう云ふのです。
「どうぞみんなで己の墓を掘つてくれ。どうせお前方はまだ船を出す事は出来ない。向うへ渡つた兵隊と海の上で出逢つてはならないから、夜になるのを待つのだ。だから墓を掘つてくれ。」
「なにをいふのだい。生きた人間を埋める奴があるものか。お前を向岸へ連れて行つて、逃げられる所まで、手の上へ載せてでも行つて遣る。」
「いや/\。運といふものは極まつてゐるものだ。己はこの島から外へは出られないのだ。それで好い。疾(と)うから己の胸にはそれが分かつてゐた。己はロシアへ帰りたくて、始終樺太からシベリアを眺めてばかりゐるのだ。それがせめてシベリアででも死ぬる事か、この島で死ななくてはならないのは残念だが、為方がない。」
 ブランの話を聞いてゐて、わたくしは妙に感じました。それはまるで別な人間のやうになつてゐるからですね。言ふ事に筋道が立つて、気分がはつきりしてゐるのです。目も澄んでゐます。只声だけが力が無くなつてゐるのです。
 ブランは同志の者を皆側へ寄せて、遺言をしたり、注意を与へたりしてくれました。
「みんな聞いてくれ。己の今言ふ事を忘れるなよ。お前方は己に別れてシベリアへ行くのだ。己はこゝに残るのだ。そこでお前方の行く先は、余り結構ではないぞよ。おまけにサルタノフまで殺したのだから、どこまでまづいか知れないのだ。サルタノフが殺されたといふ事は、直ぐに遠方まで知れる。イルクツクあたりは勿論、ロシアまでも知れるだらう。
 ニコラエウスクではお前方の逃げて来るのを待つてゐるだらう。どうぞみんな用心してくれ。腹が減つても寒くつても、町や村へ寄るなよ。土人はこはがるには及ばない。お前方をどうもしようとは思つてゐない。これから己が大事な事を言ふから、気を付けて聞いてくれ。
 ニコラエウスクの町の入口に屋敷がある。そこに己達の恩人が住つてゐる。タルハノフといふ商人の支配人だ。その男は元この樺太へ来て、土人を相手に商売をしてゐたものだ。或る時商品を持つて、この辺の山道に迷つた。平生土人とは仲が悪くて喧嘩をしてゐたものだから、山の中でまご付いてをるのを見付けると、殺してしまひさうにした。そこへ丁度脱獄仲間が通り掛かつたのだ。その中に己もゐた。初めて樺太を逃げ出した時の事だよ。
 森の中でロシア語で助けてくれといふものゝあるのを、己達が聞いて駈け付けて、その男を土人の手から救ひ出したのだ。
 それからといふものは、その男は樺太から逃げ出す囚人の助けにならうと心掛けてゐる。不断云ふには、己は死ぬるまで樺太の囚人に恩返しをしなくてはならないと云つてゐる。その頃から今までに、大ぶ人を助けたよ。お前方もその男の内へ行くが好い。きつと世話をしてくれるに違ひない。
 もうこれで好い。もうみんなぐづ/\してゐては行けない。ワシリや。どうぞみんなに言ひ付けて、己の墓をこゝへ掘らせてくれ。こゝは丁度好い所だ。向岸から吹いて来る風が、己の墓に当る。向岸から打ち寄せる波が、己の墓の下まで来る。どうぞ直ぐに為事に掛からせてくれ。」
 ブランの言つた事は、こればかりではなかつたのですが、大概こんなものでした。一同ブランの詞に随つて、墓を掘りに掛かりました。
 老人は落葉松の木の下に坐つてゐる。わたくし共は例の小刀で土を掘り上げる。さて穴が出来ましたので、一同祈祷をしました。
 老人はぢつとして坐つてゐて、合点合点をします。その両方の頬からは涙が流れ落ちるのです。
 日が這入つてしまつた頃、ブランは死にました。暗くなつてから、わたくし共はブランを穴の中へ入れて、上から土を掛けました。
 丁度船を漕ぎ出すと、月が登つて来ました。わたくし共は互に顔を見合せて帽を脱いで礼をしました。背後(うしろ)の岸を見返ると、樺太の岩山がごつ/\してゐて、その上にブランの落葉松の枝が靡いてゐたのですね。」

     八

「シベリアの岸に着いて聞けば、サルタノフが残酷に殺されたといふ話が、もう土人にも知れてゐるといふ事でした。風が吹き伝へでもしたやうに、この風説は広まつたのです。同志の者は漁(すなどり)をしてゐる二三の土人に出逢つて、その口からこの話を聞いた時、土人等は首を振つて、変な顔附をしました。その顔附は内々喜んでゐるといふ風に見えました。わたくし共は腹の内で思ひました。沢山笑ふが好い。己達はどうなるか分からない。事に依るとサルタノフの首の代りに、この首を取られるかも知れないと思ひました。
 土人はわたくし共に肴(さかな)をくれて、こんな道もある、こんな道もあると逃道を教へてくれました。それを聞いてわたくし共は歩き出しました。なんだかおこつてゐる炭火の上を踏んで行くやうでした。物音がすると、一同びつくりする。人家があると、避(よ)けて通る。ロシア人に逢はないやうにする。自分の歩いて来た足跡を消して置く。実に大変な気苦労をしたものです。
 昼間は大抵森の中で寝て、夜になつてから歩き出します。そんな風にして歩いて、とう/\、タルハノフの家のある所に、或る朝夜の明け切らない内に着きました。
 タルハノフの住ひは森の中にあつて、周囲(まはり)には丈夫な垣が結(ゆ)つてあります。門は締めてありました。ブランの話したのは、これに相違ないと思ひましたから、門の側へ寄つて扉を叩きました。
 門の中では明りを点けて、それから「誰だ」と云ひました。
「わたくし共は流浪人で、ブランといふ男からこちらのスタヘイ・ミトリツチユさんに言伝があつて来ました。」
 丁度その時支配人は留守で手助けをする男が留守番をしてゐました。支配人は出て行く時留守番にかういふ事を云ひ付けたさうです。「樺太から逃げて来たものがあつたら、一人に五ルウベルの金と靴を一足、毛皮を一枚、その外着物と食料とを望むだけ遣つてくれ。逃げて来たものは何人であつても、これだけの事は一人残らずして遣つてくれ。金や品物を渡す時には、雇つてある百姓共を呼び集めて、その目の前で渡して貰ひたい。さうすれば己が帰つた時、百姓共が証人になつて、己に安心させてくれる事が出来るのだ」と云つたさうです。
 この土地へもサルタノフが殺された話は、もう聞えてゐました。それですから留守番はわたくし共の顔を見て、気味を悪がつたやうでした。「サルタノフを遣つ付けたのはお前さん達だね。用心しないと危ないよ。」
「そんな事をしたのが、わたくし共だらうと、さうでなからうと、それはどうでも好いでせう。兎に角あなたは、わたくし共に補助でもしてくれるのですか、どうですか。ブランがスタヘイ・ミトリツチユさんに宜しくと云ひましたよ。」
「ブランはどこにゐるのだね。又樺太に遣られてゐるのですか。」
「えゝ。樺太に葬られてゐるのです。」
「おや/\。あの男は正直な、善い男でしたよ。今でもスタヘイ・ミトリツチユさんが折々噂をしてゐます。きつと亡くなつた事を聞かれたら、ミサの供養でもして遣られる事でせう。一体あの男の本当の名はなんと云つたか、お前さん達は知つてゐますかね。」
「いや。それは知りません。わたくし共は只ブランとばかり呼んでゐました。事に依ると、自分も本当の名を忘れてゐたかも知れません。流浪人にむづかしい名はいらないのですからね。」
「それはさうだね。お前さん達の世渡は随分心細いわけだ。牧師さんが神様にお祈をして上げようと思つたつて、本当の名を知らないから、なんと云つて好いか分からない。ブランだつて、故郷もあつただらうし、親類もあつただらう。兄弟や姉妹(あねいもと)があつたか。それとも可哀(かはい)らしい子供もあつたかも知れない。」
「それはあつたかも知れません。流浪人といふものは、洗礼の時に貰つた名を棄ててしまふ事はあるが、それだつて、外の人間と同じやうに母親が生んだには違ひないのですから。」
「ほんにお前さん達は気の毒な世渡をしてゐるのですね。」
「さやうさ。わたくし共のしてゐるより、みじめな世渡はありますまい。乞食をして、人に物を貰つて食べてゐる。着物だつて同じ事だ。それから死んだところで、墓一つ立てて貰ふ事は出来ない。森の中で死ねば、体は獣(けだもの)に食はれてしまふ。跡には日に曝されて、骨が残るばかりです。無論みじめな世渡と云はなくてはなりますまいよ。」
 わたくし共の話を聞いて、留守番は余程気の毒に思つたものと見えます。シベリア人は気の毒にさへ思ひ始めれば、物惜しみはしなくなります。わたくし共も、自分で自分の事を話しながら、感動して来ました。この留守番なんぞは、今こつちに同情してゐてくれても、直ぐに欠伸(あくび)をして寝に這入つてしまふだらう。食べたい程物を食べて、暖かい床に這入つて寝るだらう。こつちはこれから踏み出して、人に隠れて悪病に罹かつた獣か、夜明方の幽霊のやうに、暗い森の中を迷ひ歩かなくてはならないのだと思つたのです。
 留守番はかう云ひました。「そこでわたしはもう寝なくてはならん。こゝの支配人の言ひ置かれただけのものは、相違なくお前さん達に上げる。それからわたしの手から、一人前二十銭づつ添へて上げる。どうぞそれで帰つて下さい。今頃百姓共を皆起す事は止めにしよう。こゝに三人だけは起きてゐて、それが正直な人達だから、跡で証人にするには十分だらう。お前さん達に、長く足を留めてゐられると、こつちも一しよに迷惑をする事になるかも知れない。悪い事は云はないから、ニコラエウスクへは寄らないが好い。あそこには厳しい裁判所長がゐる。通り抜ける旅人を一々調べる。鵲(かさゝぎ)一羽でも、兎一疋でも、己の前は素通りはさせない。樺太から来た奴なんぞを見□(みのが)してなるものかと、不断言つてゐるさうだ。あの辺を旨く通り抜ける事が出来たら、運が好かつたのだと思ひなさい。市中なんぞへ鼻を突つ込んではなりませんよ。」
 留守番は主人の云ひ付けた通りの金や品物を出して、それに自分の手から二十銭づつ出して添へてくれました。それから肴をくれました。そして十字を切つて、自分の部屋へ引つ込んで戸を締めてしまひました。その内一度点(つ)けた明りを消した様子で、構内(かまへうち)は又ひつそりと寝鎮(ねしづ)まりました。まだ夜の明け切るには間があつたのです。わたくし共は、そこを出掛けましたが、一同なんとなく物悲しいやうな心持がしてゐました。
 一体流浪人の心の内には、折々深い悲哀が起るものです。闇の夜や、茂つた森が周囲(まはり)を包む。雨が濡れ通る。それを風が吹いたり、日が当つたりして、又乾かす。広い世界にどこと云つて、自分の安心して休む所はない。故郷の事は始終恋しく思つてゐるが、さて色々な難儀をしたり危険を冒したりして、そこへ帰つて見れば、犬でさへ直ぐに流浪人だといふ事を見て取るのです。それにお役所は厳しい。やつと故郷へ帰つたと思ふと、又牢屋に入れられてしまふのですね。
 それでもどうかするとその牢屋の中が、今ゐる所に比べれば、却て天国のやうだと思ふ事があります。タルハノフの家を出て、夜道を歩いた時なんぞが、丁度さういふ場合でした。
 わたくし共は皆黙つて歩いてゐました。その時、ヲロヂカがふいとかう云ひました。「どうだい。今時分仲間はどうしてゐるだらう。」
「仲間とは誰の事だい。」
「あの樺太の第七号舎に残して置いた仲間さ。あいつらは今時分安心して寝てゐるだらう。それにこつちとらは、こんなに迷ひ歩くのだ。逃げなければ好かつたになあ。」
 あんまり下らない事を言ふと思つて、わたくしはヲロヂカを叱つて遣りました。「そんな婆あさんか何かのいふやうな事を言つて恥かしくはないかい。お前そんなに意気地がなくて、外の人をまで臆病仲間に引き入れさうにするなら、己達と一しよに出て来なければ好かつたのだ。」
 かうは云つたものゝ、わたくしも気は引き立ちませんでした。一同疲れ切つてゐます。半分眠りながら歩いてゐるのです。流浪人になると、眠りながら歩く事を覚えます。不思議な事には、こんな時にちよいとでも眠ると、直ぐに牢屋にゐる夢を見るものです。月が差し込んで、壁を薄白く照らしてゐると、格子窓の奥の寝台(ねだい)の上に、囚人が寝てゐるのが見える。その内自分もその囚人の一人のやうに思つて、寝台の上で伸びをする。それで夢が醒めるのです。
 そんな夢ならまだ好いが、夢の中で親父や母親に出て来られては溜まりません。そんな時はわたくしの身の上には、まだ何事もなく、牢に這入つた事もなく、樺太に行つた事もなく、警戒線の兵隊と戦つた事もないのです。わたくしは親の家にゐて、母が髪を撫で付けてくれてゐます。卓の上にはランプが点いてゐる。親父は鼻の上に目金を引つ掛けて、難有さうな本を読んでゐます。わたくしの親父は、人に本を読んで聞かせる男でした。母が小歌を歌ひ出します。
 こんな夢を見て目の醒めた時は溜まりません。なんだか胸に小刀が刺してあるやうな気がします。そんなしんみりした、気楽な部屋の中から、突然真つ暗な森の中へ出たやうに思ふのですからね。
 真つ先をマカロフが歩いてゐます。その跡へ一同続いて、丁度村の子供の跡に付いて、鶩(あひる)が行列をして行くやうに、一人一人跡先に並んで行くのですね。折々風が吹いて来て、森の木の葉が囁くやうな音を立てゝ、直ぐに又ひつそりします。遠い所に、木の葉の間から海が見えます。その上には空が広がつてゐます。その空のずつと先の地平線の所が、ぼんやり赤くなつてゐる。今少しすると日が出るといふ印ですね。海の見えるやうな所では、波の音が聞え止む事はありません。どこかの余所の国の歌を歌ふやうな時もあり、又腹を立てゝどなつてゐるやうな時もあります。海の歌を歌ふ声は、よく夢にも聞えます。流浪人は海を見ると、胸に係恋(あこがれ)を覚えます。大抵海には縁の遠い世渡をしてゐますからね。
 わたくし共は段々ニコラエウスクに近づいて来ました。次第に人家や部落が多くなります。随つて次第に危険になつて来るのです。わたくし共は用心してそろ/\町の方へ忍び寄ります。夜になると歩いて、昼間は、人間どころではない、獣もゐないやうな森の茂みに隠れてゐるのです。
 一体わたくし共はずつと大きい輪をかいて、ニコラエウスクの側へ寄らないやうにする積りでした。ところが体が疲れてゐて、遠道が歩きたくないのと、食料が段々乏しくなつたのとで、どうもさうしてはゐられなくなつたのです。
 或る日の夕方河の岸に出ました。そこに人が集つてゐます。何ものだらうと思つて、好く見ると監視中の囚人です。(ロシアでは懲役になつて、刑期が過ぎ去ると、それそれの村に返して監視して置く。併し労働は監視を受けて規則通りにしてゐる。)それが肴を取つてゐます。わたくし共はその様子を見定めてから側へ寄つて行きました。「おい、どうだね。」
「うん、どこから来たのだい。」
 こんな風に詞を交して、いろんな事を話す内に、その仲間の一番年上の奴が、わたくしを側へ呼んでかう云ふのです。「お前、樺太を脱けて来たのだらう。あのサルタノフを遣つ付けた連中だらう。」
 正直を云へば、この時わたくしは本当の事を直ぐに云ひにくいやうに思つたのです。勿論相手も同じ罪人ではあるが、物に依つては打ち明けにくい事もあります。殊に監視中の人間は、本当の囚人仲間とは違ひます。この年上の男にしろ、その外の男にしろ、役人の機嫌が取りたいと思へば、直ぐに行つてわたくし共の事を密告する事が出来ます。自分達は兎に角或る自由を得てゐるのですからね。同じ牢屋の中に這入つてゐれば、密告をした奴は分かるから、そんな事は出来ない。こんな手放しにしてある人間は、さういふわけには行きません。
 わたくしが少し詞を控へてゐるのを見て、相手は直ぐにわたくしの腹の中を見透(みす)かしてしまひました。
「己をこはがるのぢやないぞ。己は仲間の告口をするやうな人間ではない。それに何も己の関係した事ぢやあるまいし。町ではもうあの一件を知らないものはない。それにお前方を見れば、丁度同勢十一人だ。余り智恵がなくつても、その連中だらうといふ事は分かつてしまふ。その辺にうろ付いてゐると、ひどく危ないぜ。あの事件は大騒ぎになつてゐる。こゝの裁判所長は恐ろしく厳しいのだ。まあ、どうしてこゝを切り抜けるか、それはお前方の事だが、旨く行つたら大したものだ。幸ひ己達は少し食料も余計に持つてゐるから、町へ帰つたら、パンや肴を少し位、お前方に分けて遣らう。鍋なんぞもいりはしないか。」
「さうだね。若しお前の方で不用な鍋でもあれば難有いが。」
「好い。遣るとしよう。まだ何か思付いたものがあつたら、一しよに纏めて、晩に持ち出して遣る。仲間は助けて遣らなくてはならないからな。」
 わたくし共はこの話をしてから、重荷を卸したやうな気がしました。そこで帽を脱いで、その男に礼を言ふと、同志の者も皆帽を脱ぎました。段々乏しくなつて来た食料をくれるといふのも難有いが、それよりはこの男の親切な詞が嬉しかつたのです。どの人間もどの人間も、わたくし共に対しては禍の種で、悪くすると命まで取り兼ねないから、わたくし共は避けるやうにしてゐる。それにこの男が始めてわたくし共に同情してくれたのです。
 わたくし共は今の出来事が余り嬉しかつたものですから、もう少しで飛んだ危険を冒すところでした。
 監視中の連中が行つてしまつた跡で、わたくし共は安心して、今まで程用心をしなくなりました。ヲロヂカなんぞは跳ねたり踊つたりしてゐます。その辺に、河の近い所で、ヂツクマン谷といふ所があります。ヂツクマンといふ独逸人が、そこで蒸汽機関を製造した所です。そこへわたくし共は這入り込んで、火を焚いて、その上へ鍋を二つ掛けました。一つの方では茶が煮えてゐる。今一つの方では肴を入れた汁が煮えてゐる。その内に日が暮れて、周囲(まはり)が暗くなつて、小雨が降り出しました。熱い茶を飲んで、気分が好くなつたものだから、雨なんぞには構はずにゐました。
 そんな風にして野宿をしてゐて、アブラハムの懐にゐるやうな気で暢気になつてゐたのです。こつちから目の前に町の明りが見えるのだから、町からもこつちで焚く火が見えなくてはならないのを、大胆にも気に掛けずにゐたのです。人間は不思議なもので、人一人に出逢つてもならないと思つて、森や野原をさまよひ歩くかと思ふと、こんな事を遣るのです。大きな町の直ぐ前で火を焚いて、なんの危険もない積りで、暢気に話をしてゐます。
 わたくし共の僥倖で、丁度その時ニコラエウスクの町に或る年寄の役人がゐました。その人は或る土地の監獄長をした事のある人です。その監獄は大きくて、種々な囚人が入れてありました。そこにゐた囚人は皆この老人の恩を受けてゐます。シベリアで、ステパン・サヱリイツチユ・サマロフといへば、それを知らない流浪人はない。三年程前にそのサマロフが亡くなつたといふ事を聞くと、わたくしでさへわざ/\牧師さんの所へ行つて、ミサを読んで貰ひました。サマロフさんは実に好い人でした。只口が悪い。恐ろしい悪態を吐(つ)きます。大声を出して足踏みをします。併し残酷な事なぞは誰にもしません。何をするのも公平で、誰にも侮辱を加へるといふやうな事がなく、囚人を圧制しないから、みんなが難有がつて、敬つてゐました。賄賂といふものを取つた事がない。自分の利益の為めに公共の物を利用した事がない。只公共団体が報酬として送る物を受けるだけです。随分家族が多いから、それだけの物を受けなくてはならなかつたのです。
 わたくし共がヂツクマン谷で野宿をした時、この人はもう役を引いて、市中の自宅に住まつてゐました。それでも昔からの癖で、囚人や監視中の人間を世話をしてゐました。
 丁度その晩サマロフさんは、自分の家の石段の上に出て、煙草を喫んでゐますと、わたくし共のヂツクマン谷で焚いてゐる火が見えたのです。それを見てお爺いさんが「あそこで火を焚いてゐるのは何者だらう」と思つたのですね。
 その時石段の下を監視中の男が二人通つたので、爺いさんは、それを呼び留めました。「お前方はこの頃どこで漁をしてゐるのだい。ヂツクマン谷ではあるまいね。」
「いゝえ。あそこでは遣つてゐません。あの谷より上手です。それにけふは帰つてしまふ筈でした。」
「己もさう思つてゐたのだ。それにあそこに見えてゐる焚火はどうだい。」
「へえ。」
「何者が焚いてゐるのだらう。お前方はどう思ふ。」
「知りませんね。旅人(りよじん)かなんかでせう。」
「さうさ。旅人なら好いが。一体お前方は親切気がない。己にばかり心配をさせて、平気でゐる。お前達も知つてゐる筈だが、あの樺太から牢を脱けて出たものゝ事を、おとつひ裁判長が云つてゐたぢやないか。誰やらが近い所で見掛けたといふ事だつた。あの火を焚いてゐるのは、大方そいつだらう。あんまり気の好い話だ。」
「さうかも知れません。」
「もしさうだつたら、あの遣つてゐる事を見てくれ。己は好く知らないが、裁判所長はもう町へ帰つてゐるか知らん。まだ帰つてゐないにしても、もうそろ/\帰る頃だ。あの火を見付けようものなら、直ぐに兵隊を差し向けるのだ。可哀(かはい)さうだなあ。サルタノフを殺したのだから、掴まへられると、首がない。おい。早くボオトを一つ出して貰はう。」
 わたくし共は火を取り囲んで、汁の煮えるのを待つてゐました。もう大ぶ久しく、暖かいものを口に入れた事がないのです。その晩は闇で海の方から雲が出て、小雨が降つてゐます。森の中はざわ/\云つて、わたくし共の話声を打ち消してゐます。かういふ闇の夜が、わたくし共流浪人の為めには嬉しいのです。空は暗いほど胸が明るくなるのです。
 突然韃靼人(だつたんじん)が何やら聞き付けました。一体韃靼人といふ奴は、耳の聡(さと)い人間です。そこでわたくしも気を付けて聞いて見ました。どうも耳に漕いで来る□(ろ)の音が聞えるやうです。そこでわたくしが河の方へ出て見ると、果してボオトが一艘こつそり近寄つて来ます。舵を取つてゐるのは帽子に前章(ぜんしやう)の附いてゐる男です。
 わたくしはみんなに声を掛けました。「おい。駄目だぜ。裁判所長が遣つて来た。」
 一同踊り上がつて、鍋を引つ繰り返して、森の中へ逃げ込みます。
 わたくしはこの時、ちらばらになるなと一同を戒めて、先づ様子を見てゐる事にしました。遣つて来る人間の頭数が少なければ、こつちが固まつて掛かれば、まだ勝てるかも知れないと思つたのです。
 そこでわたくし共は木の背後(うしろ)に隠れて待ち受けてゐました。
 ボオトは岸に着きました。陸に上がつて来るのは五人です。その内の一人が笑つてかう云ひます。「馬鹿な奴だ。皆逃げ出したのか。己が今一言言つたら、直ぐにみんな出て来るだらう。一体お前方は大胆な筈だが、逃げる事も兎より上手だなあ。」
 わたくしの隣には、一本の木の幹を楯に取つて、ダルジンがゐて、それがかう云ひました。「おい。ワシリ。なんだかあの裁判所長の声は聞き覚えがあるやうだな。」
「しつ。待て待て。人数が少いぜ。」
 かう云つてゐる内に、船から来た連中の一人が前へ出てかう言ふのです。「おい、こはがるには及ばない。お前方だつて、この土地の監獄で、知つてゐる役人が一人位あるだらう。」
 わたくし共は黙つてゐました。
 その男が又かう云ひました。「なぜ返事をしないのだ。この土地の役人で、お前方が名を知つてゐるのがあるなら云つて見ろ。さうしたら、己達の事が分かるかも知れないから。」
 わたくしが云ひました。「知つてゐても知らなくても、そんな事はどうでも好いが、己達の為めばかりではない。お前方もこゝで出つ食はしたのは不運だ。己達は息のある間は降参はしないぞ。」
 わたくしはかう云つて置いて、同志の者に用意をしろといふ相図をしました。相手は五人で、こつちは十一人だ。どうぞ銃を打たないでくれゝば好いが、銃の音がし出しては、町で聞き附けずにはゐないだらう。兎も角ももう駄目かも知れない。併し素直には押へられたくないものだと思つてゐました。
 その時さつきの男が、老人らしい声でかう云ひました。「おい。子供達。お前方の内に一人位サマロフを知つてゐる奴があるだらう。」
 隣にゐたダルジンが肱でわたくしをつゝきました。「本当らしいぞ。監獄長のサマロフさんだ。」かう云つて置いて、大きな声を出して、「旦那、若しダルジンを覚えてお出なさいますか」と云ひました。
「ダルジンを知らんでなるものか。己の監獄で組長をしてゐたぢやないか。フエドトといつたつけな。」
「さやうでございます。さあ/\、みんな出て来い。難有い旦那がお出になつた。」
 この声を聞いて同志の者は皆出て来ました。
 その時ダルジンがサマロフさんに言ひました。「旦那。あなたがわたくし共を掴まへにお出でなさらうとは、思ひも寄りませんでした。」
「馬鹿な奴だなあ。己はお前方があんまり気の毒だから、わざ/\出て来たのだ。町の直ぐ前で、火を焚くなんて、お前方は気でも違ひはしないか。」
「雨で濡れたものですから。」
「なんだ。雨で濡れたと、それでお前方は流浪人だといふのかい。大方雨に濡れたら、砂糖のやうに解(と)けてしまふだらう。併し運の好い奴等だ。裁判所長の見付けない内に、己が煙草を喫(の)みに内の石段の上に出て来たから、助かつたのだ。若し裁判所長があの火を見付けようものなら、それはお前方を着物の好く乾くやうな所へ入れて遣る所だつた。やれ/\。お前方はサルタノフの首を斬つたといふ事だが、余り智慧は無いと見えるな。早く火を綺麗に消して、河の側を離れて、谷の深い所へもぐつてしまへ。あの奥の方なら、十個処へ火を焚いても、どこからも見えはしない。」
 こんな風に口汚なく言はれながら、わたくし共は爺いさんを取り巻いて立つてゐて、皆揃つて笑つてゐました。
 爺いさんは小言を言ひ止めて、かう云ひました。「己はそこのボオトの中に、パンや茶を入れて来た。どうぞこれから先も、サマロフの事を悪く思はないでくれ。若しお前方が旨くこの土地を逃げおほせて、誰か一人トボルスクへ行つたものがあつたら、あそこの寺に、己の守本尊があるから、蝋燭を一本上げてくれ、己は女房の持つて来た地面と家とがこの土地にあるから、多分こゝで死ぬるだらう。それに大ぶもう年を取つてゐる。それでも故郷の事は折々思ひ出すよ。さあ/\、これで好い。もうお別れにしよう。ところでまだ一つお前方に言つて置く事がある。そろ/\お前方は別れ/\になるが好いぜ。一体何人ゐるのだい。」
「十一人ゐます。」
「やれ/\、馬鹿な奴等だな。イルクツクではお前方の評判ばかりしてゐる。それに皆固まつて歩いてゐるのかい。」
 爺いさんはボオトに乗つて帰つて行きました。
 わたくし共は谷の奥に引つ込んで、茶や汁を煮直して食べて、食料を頭割に分けて、爺いさんの教へた通りに、別れる事にしました。
 わたくしはダルジンと一しよに行く。マカロフとチエルケス人、それから韃靼人と外二人と、それから残つた三人と、かういふ組に別れたのです。
 それから大ぶ久しくなりますが、外の連中にはその後逢ひません。誰が生きてゐるか、誰が死んでしまつたか、知りません。後になつてから韃靼人もこの土地へ来た事があるといふ事を聞きましたが、本当だかどうだか知りません。
 わたくし共はその夜の内にこつそりニコラエウスクの側を通り抜けてしまひました。只或る家の犬が一度吠えたばかりでした。
 翌朝日の出た頃には、もう森の中を十ヱルストも歩いて、街道の近くに出てゐました。
 その時突然鈴の音がしたので、わたくし共二人は木立の蔭に隠れて見てゐると、三頭立の馬車が通ります。それに乗つて、外套を体に巻いて眠つてゐたのが、ニコラエウスクの裁判所長でした。
 それを見てわたくしとダルジンとは、「やれ/\、難有い事だつた、あいつがゆうべ帰つてゐたら掴まへに来ずには置かなかつただらう」と云つて、十字を切りました。」

     九

 煖炉の火は消えた。併しこの時は天幕の中は殆ど煖炉の中のやうに暖かになつてゐた。窓の氷が解け始めてゐる。それを見ると、外の寒気の薄らいだのが分かる。なぜといふに寒の強い時は、天幕の中はどんなに温めても、窓の氷の解ける事はないのである。そこで我々は煖炉に薪をくべる事を止めた。それから己は例の煙突の中蓋を締めに出た。
 霧は実際全く晴れてしまつてゐる。空気が透明になつて、少し寒さが薄らいだらしい。北の方を見ると黒く見える森に包まれてゐる岡の頂の背後(うしろ)に、白い、鈍く光る雲が出て、それが早く空に拡がつて行く。その様子は、巨人が深い溜息を衝いて、その大きな胸から出た息が、音もなく空に立ち昇つて、拡がつて消えるのかと思はれる。極光が弱く光つてゐる。
 己は悲しいやうな感じの出て来るのに身を任せて、屋根の上に立つてゐる。己の目は物案じをしながら遠方を見廻してゐる。夜が偉大な、冷かな美しさを以つて大地を一面に覆つてゐる。空には星が瞬(まばた)きをしてゐる。平な雪の表面が際限もなく拡がつてゐる。そして地平線には、暗い森が聳(そばだ)ち、遠い山の頂が突出してゐる。この寒さと闇と沈黙との全幅の画図が己の胸へ悲哀と係恋(あこがれ)とを吹き込むのである。
 天幕へ帰つて見ると、ワシリはもう寝てゐた。その寛(ゆるや)かな、静かな、平等な呼吸の音が、一間の沈黙を破つてゐるだけである。
 己も床の上に横になつた。併し今まで聞いた物語の印象が消えないので、久しく寐付く事が出来なかつた。
 何遍か己は寐入りさうになつたが、眠つてゐるワシリが寝返りをしたり、何か分からぬ囈語(ねごと)を言ふのに妨げられた。この男の低い、鈍い、小言を言ふやうなバスの音がたび/\己を驚かして、己に今まで聞いたオヂツセエめいた話の節々を思ひ出させるのである。譬ば己は頭の上で森の木の葉が戦(そよ)いでゐるかと思つたり、又は岩端から見下して、谷間に布いてある警戒線を見るかと思つたりする。その警戒線の兵営の上が己の目の下で、大きな鷲がゆつくりと輪をかいて舞つてゐたり何かする。
 想像は己を乗せて、狭い天幕の絶望的な闇から逃れ出て、遠く/\走つて行く。障礙のない所を吹く風が、己の頭の周囲(まはり)に戦いでゐる。耳には大洋の怒つて叫ぶ旋律が聞える。日が沈んで身の周囲は闇になつて、乗つてゐる船が海の大波に寛(ゆるや)かに揺られる。
 これは己の血が、流浪人の物語を聞いた為めに、湧き立つたのである。己はこんな事を思つた。若しあれだけの事を、牢屋の中に閉ぢ込められてゐる囚人に聞かせたらどうだらうといふのである。己は自分に問うて見る。一体あの話が己にどんな感動を与へたかといふに、己は脱獄の困難や、逃亡者の受けた辛苦と危険とや、流浪人の感ずるといふ、癒やす事の出来ない、陰気な係恋に刺戟せられたのではない。己は只自由といふものゝ詩趣を感じたのである。これはなぜだらう。又今も海や森や、野原が慕はしい、自由が慕はしいと、切に感じてゐるのはなぜだらう。己でさへ海や、森や、野原に呼ばれ、際限のない遠さに誘はれるのであるから、その愈(い)やす事の出来ない、窮極のない係恋の盃に唇を当てた事のある流浪人が、どんな感じをするかといふのは、想像し易い事ではないか。
 ワシリは眠つてゐる。併し己は色々な事を思ふので、眠る事が出来ない。この時己は、ワシリといふ人間が、所謂(いはゆる)親の言ふ事を聞かなくなつた後に、どんな事をして牢屋に入れられ、苦役をしたのだらうかといふやうな問題を、まるで忘れてゐた。己の目に映じたワシリは只青年の血気、余ある力量に駆られて自由を求めようとして走つた人間である。併しどこへ向いて走つたのだらう。
 あゝ。どこへ向いて走つたのだらう。
 この時ワシリは囈語(ねごと)に何か囁いた。それが己には溜息のやうに聞えた。そしてあれは誰の事を思つてゐるのだらうかと想像した。己は解く事の出来ない謎を解かうとして、深い物思に沈んだのである。己の頭の上には、暗黒な夢の影が漂つてゐる。
 日は入つた。大地は偉大に、不可測に、悲みを帯びて、物思に沈んでゐる。その上に一団の雲が重げに、黙つて懸かつてゐる。只遠い地平線のあたりには空の狭い一帯が、黄昏(たそがれ)の消え掛かる薄明りに光つてゐる。それから向うの遠い山のずつと先から火が一つ瞬きをしてゐる。あれはなんだらう。疾(と)うに棄てゝ出た故郷の親の家の明りであらうか。己達を、闇の中で待ち受けてゐる墓の鬼火であらうか。
 己は遅くなつてから寐入つた。

     十

 己の目の醒めたのは、おほよそ十一時頃であつたらしい。氷つた窓硝子(まどガラス)から、やつと這入つた、斜な日の光が、天幕の中のゆかの上に閃いてゐる。もうワシリは天幕の中にゐなかつた。
 己は用があつて村へ行かなくてはならぬ日であつた。そこで橇に馬を附けて乗つて、門を出て村の街道を進んで行つた。
 空は晴れて、気候が割合に暖かである。総て世の中の事は、比較で言ふのである。暖かいと云つても、零下二十度位であつただらう。余所(よそ)の国なら、極寒の時稀に見る寒気だが、この土地ではこれが最初の春の音信(おとづれ)である。この土地の極寒には、民家の煙突から立ち昇る煙が、皆蝋燭を立てたやうに真つ直ぐになつてゐるのであるが、けふは少し西へ靡いてゐる。大洋から暖気を持つて来る東風(こち)が吹いてゐるのだらう。
 この部落に住んでゐる人民の半数は、流罪になつて来た韃靼人である。けふはそれが祭をする日なので、往来が中々賑はつてゐる。そここゝで、人家の門がきしめきながら開かれる。そして中から橇や馬が出て来る。その上には酒に酔つた男が体をぐら付かせて乗つてゐる。モハメツト教徒は余りコオランの経文にある戒律なぞには頓着しない。馬に乗つてゐるものも、道を歩いてゐるものも、妙な稲妻形に歩くのである。どうかすると馬が物に驚いて横飛びをして、橇を引つ繰り返す。そしてその馬は往来を走つて逃げようとする。はふり出されて、雪の中を引き摩られてゐる乗手は、力一ぱいに手綱を控へて、体の周囲(まはり)の雪を雲のやうに立てゝゐる。馬を駐める事が出来なかつたり、橇から投げ出されたりする事は、殊に酒に酔つた場合には、誰にもあり勝ちの事である。併しさういふむづかしい場合にも、手から手綱を放しては、韃靼人の恥辱になるさうである。
 おや。あそこの真つ直ぐな町の脇に、変つた賑ひがあるぞ。馬に乗つてゐるものが脇へ避ける。歩いてゐるものが矢張り避ける。赤い着物を着て化粧をした韃靼人の女が、往来に出てゐる子供を中庭へ追ひ込む。天幕の中から物見高い奴等が顔を出す。そして誰も彼も、一つ方角を見詰めてゐる。
 長い町の向うの端に、今丁度一群の騎者が現はれた。それが韃靼人やヤクツク人の間で大層流行つてゐる競馬だといふ事は、己には直ぐに知れた。騎者は凡六人位である。旋風(つむじかぜ)のやうに駆けて来る。その群が近づいたのを見ると、どれよりも擢(ぬき)んでゝ、真つ先を駆けてゐるのは、きのふワシリが乗つて来た鼠色の馬である。一歩毎にその馬と外の馬との距離が遠くなる。一分間の後には、もう一群は己の目の前を通り過ぎてしまつた。
 見物してゐた韃靼人の目は皆輝いてゐる。逆上と妬(ねたみ)との為めである。
 騎者は皆馬を走らせながら、手足を動かして、体をずつと背後(うしろ)へ反らせて、大声でどなつてゐる。只一人ワシリだけはロシア風に乗つてゐる。体を前に屈めて、馬の頸を抱くやうにして、折々短い、鋭い、口笛を吹くやうな声を出す。それが馬には鞭で打たれるやうに利くのである。鼠色の馬は脚が殆ど地を踏まないやうに早く駆けて行く。
 見物人の同情は、矢張り例の如く勝手(かちて)の上に集まつてゐる。
「豪(えら)い奴だ」と大勢が叫ぶ。競馬好に極まつてゐる、長年馬盗坊(うまどろばう)をして来た、この男達は馬の蹄で地を踏む拍子を真似て、平手で腰をはたいてゐる。
 ワシリは全身に泡を被(かぶ)つた馬に乗つて、帰つて来る途中で、己の側へ来た。負けた騎者はまだずつと跡になつて付いて来る。
 ワシリの顔は青くなつて目は逆(のぼ)せたやうに光つてゐる。もう飲んでゐるなと、己は思つた。果してワシリは通過ぎながら、体を背後へ反らせて、帽を脱いで礼をして、己に言つた。「飲みましたよ。」
「それは勝手さ」と己は云つた。
「なに、構ひません。おこつては厭ですよ。酒は飲みますが、決して酔ひはしません。あなたに頼んで置きますがね、お内に預けてある袋を誰にも渡さずに置いて下さい。わたくしが自分で行つて、渡して下さいと云つても、渡しては行けませんよ。分かりましたか。」
 己は冷淡に答へた。「分かつた。だがね、酒に酔つて己の天幕へ来るのは御免だよ。」
「行きはしません」と云ひながら、ワシリは馬に一鞭当てた。馬は鼻を鳴らして前を挙げて駆け出したが、まだ三間も行かない内に、ワシリは又馬を控へて、己の方へ向いた。「好い馬ですよ。大した金になります。わたくしは賭をしてゐます。この駆ける所を見て下さい。これで韃靼人に売れば、直段(ねだん)はわたくしのいふ通りになります。韃靼人といふ奴は、馬の好いのを、命よりも大切にしますからね。」
「なぜ売るのだね。売つてしまつて、これから先どうする。」
「売らなくてはならないから売ります。」ワシリは又一鞭当てた。併し又手綱を控へた。
「実はわたくしは、この村で知人(しりびと)に逢つたのです。もう何もかも棄てゝしまひます。御覧なさい。あの青に乗つてゐる韃靼人がそです。『おい/\。アハメツトや。ちよつと来い』。」
 我々の背後(うしろ)から付いて来た、青毛のすらりとした小馬に乗つた男が、己の橇の側へ駆け寄つて、帽を脱いで礼をして、微笑んだ。己も物珍らしく思つて、その韃靼人の顔を見た。
 アハメツトの狡猾らしい顔は相好を崩して笑つてゐる。小さい目が面白げに、横着らしく、又親しげに相手の顔を見詰めてゐる。その見方は詞で言つたら、「分かるでせう、無論わたくしは横着者です、併し横着者でなくては駄目ですね」とでも云つたら好からうと思はれる。
 この幅の広い骨々しい顔、この目の周囲の面白げな皺、この横へ出張つた、薄い耳を見ては、相手も笑はずにゐられない。
 アハメツトは相手が自分を理解してくれたと信じたらしく、満足げに頷いた。そしてワシリを指さして云つた。「友達です。一しよに流浪して歩いたものですよ。」
「今どこにゐるのだね。この土地では見掛けないやうだが。」
「わたくしはこの土地へ旅行券を取りに来ました。鉱山のある土地へ行つて、焼酎を売るのです。」
 鉱山で焼酎を売る事は、ロシアでは厳禁してある。掴まへられゝば、懲役になる。こつそり持ち込む道も危ない。道に迷つて飢ゑ死んだり、カサアキ兵の弾丸(たま)を食つたり、競争者のナイフで刺されたりする。その代り旨く持ち込めば、同じ目方の金貨とでも替へられる。鉱山で焼酎を売るのは、金を掘るより儲が大きいのである。
 己はワシリの顔を見た。ワシリは俯向いて手綱をいぢつたが、直ぐに又頭を挙げて、火のやうに赫く目をして、戦を挑むやうに己の顔を見た。堅く結んでゐる口の下唇がぴく/\してゐる。
「わたくしはこいつと一しよに森へ行きます。そんな顔をしてわたくしを見なくても好いぢやありませんか。どうせわたくしは流浪人だから、流浪人で果てますよ。」
 最後の詞は、もう馬を飛ばせて、雪を雲のやうに蹴立てながら言つたのである。
 一年程立つてから、己は又村でアハメツトに逢つた。又旅行券を取りに戻つたのである。
 ワシリは又と戻らなかつた。




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