かちかち山
著者名:楠山正雄
しかたがないので、たぬきはまた先(さき)に立(た)って、こんどは何(なん)でも早(はや)く向(む)こうの山まで行きつこうと思(おも)って、うしろもふり向(む)かずにせっせと歩(ある)いていきました。うさぎはそのひまに、ふところから火打(ひう)ち石(いし)を出(だ)して、「かちかち。」と火をきりました。たぬきはへんに思(おも)って、
「うさぎさん、うさぎさん、かちかちいうのは何(なん)だろう。」
「この山はかちかち山だからさ。」
「ああ、そうか。」
と言(い)って、たぬきはまた歩(ある)き出(だ)しました。そのうちにうさぎのつけた火が、たぬきの背中(せなか)のしばにうつって、ぼうぼう燃(も)え出(だ)しました。たぬきはまたへんに思(おも)って、
「うさぎさん、うさぎさん、ぼうぼういうのは何(なん)だろう。」
「向(む)こうの山はぼうぼう山だからさ。」
「ああ、そうか。」
とたぬきが言(い)ううちに、もう火はずんずん背中(せなか)に燃(も)えひろがってしまいました。たぬきは、
「あつい、あつい、助(たす)けてくれ。」
とさけびながら、夢中(むちゅう)でかけ出(だ)しますと、山風(やまかぜ)がうしろからどっと吹(ふ)きつけて、よけい火が大きくなりました。たぬきはひいひい泣(な)き声(ごえ)を上(あ)げて、苦(くる)しがって、ころげまわって、やっとのことで燃(も)えるしばをふり落(お)として、穴(あな)の中にかけ込(こ)みました。うさぎはわざと大きな声(こえ)で、
「やあ、たいへん。火事(かじ)だ。火事(かじ)だ。」
と言(い)いながら帰(かえ)っていきました。
三
そのあくる日、うさぎはおみその中に唐(とう)がらしをすり込(こ)んでこうやくをこしらえて、それを持(も)ってたぬきのところへお見舞(みま)いにやって来(き)ました。たぬきは背中中(せなかじゅう)大(おお)やけどをして、うんうんうなりながら、まっくらな穴(あな)の中にころがっていました。
「たぬきさん、たぬきさん。ほんとうにきのうはひどい目にあったねえ。」
「ああ、ほんとうにひどい目にあったよ。この大(おお)やけどはどうしたらなおるだろう。」
「うん、それでね、あんまり気(き)の毒(どく)だから、わたしがやけどにいちばん利(き)くこうやくをこしらえて持(も)って来(き)たのだよ。」
「そうかい。それはありがたいな。さっそくぬってもらおう。」
こういってたぬきが火ぶくれになって、赤肌(あかはだ)にただれている背中(せなか)を出(だ)しますと、うさぎはその上に唐(とう)がらしみそをところかまわずこてこてぬりつけました。すると背中(せなか)はまた火がついたようにあつくなって、
「いたい、いたい。」
と言(い)いながら、たぬきは穴(あな)の中をころげまわっていました。うさぎはその様子(ようす)を見(み)てにこにこしながら、
「なあにたぬきさん、ぴりぴりするのははじめのうちだけだよ。じきになおるから、少(すこ)しの間(あいだ)がまんおし。」
と言(い)って帰(かえ)っていきました。
四
それから四、五日(にち)たちました。ある日うさぎは、
「たぬきのやつどうしたろう。こんどはひとつ海(うみ)に連(つ)れ出(だ)して、ひどい目にあわせてやろう。」
と独(ひと)り言(ごと)を言(い)っているところへ、ひょっこりたぬきがたずねて来(き)ました。
「おやおや、たぬきさん、もうやけどはなおったかい。」
「ああ、お陰(かげ)でたいぶよくなったよ。」
「それはいいな。じゃあまたどこかへ出かけようか。」
「いやもう、山はこりごりだ。」
「それなら山はよして、こんどは海(うみ)へ行こうじゃないか、海(うみ)はおさかながとれるよ。」
「なるほど、海(うみ)はおもしろそうだね。」
そこでうさぎとたぬきは連(つ)れだって海(うみ)へ出かけました。うさぎが木の舟(ふね)をこしらえますと、たぬきはうらやましがって、まねをして土の舟(ふね)をこしらえました。舟(ふね)ができ上(あ)がると、うさぎは木の舟(ふね)に乗(の)りました。たぬきは土(つち)の舟に乗(の)りました。べつべつに舟(ふね)をこいで沖(おき)へ出ますと、
「いいお天気(てんき)だねえ。」
「いいけしきだねえ。」
とてんでんに言(い)いながら、めずらしそうに海(うみ)をながめていましたが、うさぎは、
「ここらにはまだおさかなはいないよ。もっと沖(おき)の方(ほう)までこいで行こう。さあ、どっちが早(はや)いか競争(きょうそう)しよう。」
と言(い)いました。たぬきは、
「よし、よし、それはおもしろかろう。」
と言(い)いました。
そこで一、二、三とかけ声(ごえ)をして、こぎ出(だ)しました。うさぎはかんかん舟(ふな)ばたをたたいて、
「どうだ、木の舟(ふね)は軽(かる)くって速(はや)かろう。」
と言(い)いました。するとたぬきも負(ま)けない気(き)になって、舟(ふな)ばたをこんこんたたいて、
「なあに、土(つち)の舟(ふね)は重(おも)くって丈夫(じょうぶ)だ。」
と言(い)いました。
そのうちにだんだん水がしみて土(つち)の舟(ふね)は崩(くず)れ出(だ)しました。
「やあ、たいへん。舟(ふね)がこわれてきた。」
とたぬきがびっくりして、大(おお)さわぎをはじめました。
「ああ、沈(しず)む、沈(しず)む、助(たす)けてくれ。」
うさぎはたぬきのあわてる様子(ようす)をおもしろそうにながめながら、
「ざまを見(み)ろ。おばあさんをだまして殺(ころ)して、おじいさんにばばあ汁(じる)を食(く)わせたむくいだ。」
と言(い)いますと、たぬきはもうそんなことはしないから助(たす)けてくれと言(い)って、うさぎをおがみました。そのうちどんどん舟(ふね)は崩(くず)れて、あっぷあっぷいうまもなく、たぬきはとうとう沈(しず)んでしまいました。
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