田原藤太
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著者名:楠山正雄 

 すると何(なん)千とない火(ひ)の玉(たま)は一度(ど)にふっと消(き)えました。大(おお)あらしが吹(ふ)いて、雷(かみなり)が鳴(な)り出(だ)しました。龍王(りゅうおう)も家来(けらい)たちも、頭(あたま)を抱(かか)えて床(ゆか)の上につっ伏(ぷ)してしまいました。
 さんざん大荒(おおあ)れに荒れた後(あと)で、ふいとまた雷(かみなり)がやんで、あらしがしずまって、夏(なつ)の夜(よ)がしらしらと明(あ)けかかりました。三上山(みかみやま)がやさしい紫色(むらさきいろ)の影(かげ)を空(そら)にうかべていました。その下の湖(みずうみ)にむかでの死骸(しがい)はゆらゆらと波(なみ)にゆられていました。
 龍王(りゅうおう)は小踊(こおど)りをしてよろこんで、
「お陰(かげ)さまで今夜(こんや)からおだやかな夢(ゆめ)がみられます。ほんとうにありがとうございます。」
 といって、何遍(なんべん)も何遍(なんべん)も藤太(とうだ)にお礼(れい)をいいました。そしてたくさんごちそうをして、女(おんな)たちに歌(うた)を歌(うた)わせたり舞(まい)を舞(ま)わせたりしました。
 ごちそうがすむと、藤太(とうだ)はいとまごいをして帰(かえ)りかけました。龍王(りゅうおう)はいろいろに引(ひ)き止(と)めましたが、藤太(とうだ)はぜひ帰(かえ)るといってきかないものですから、龍王(りゅうおう)は残念(ざんねん)がって、
「ではつまらない物(もの)でございますが、これをお礼(れい)のおしるしにお持(も)ち帰(かえ)り下(くだ)さいまし。」
 といいました。そして家来(けらい)にいいつけて、奥(おく)から米(こめ)一俵(ぴょう)と、絹(きぬ)一疋(ぴき)と、釣(つ)り鐘(がね)を一つ出(だ)させて、それを藤太(とうだ)に贈(おく)りました。そしてこの土産(みやげ)の品(しな)を家来(けらい)に担(かつ)がせて、龍王(りゅうおう)は瀬田(せた)の橋(はし)の下まで見送(みおく)って行きました。
 藤太(とうだ)が龍王(りゅうおう)からもらった品(しな)は、どれもこれも不思議(ふしぎ)なものばかりでした。米俵(こめだわら)はいくらお米(こめ)を出(だ)してもあとからあとからふえて、空(から)になることがありませんでした。絹(きぬ)はいくら裁(た)っても裁(た)っても減(へ)りません。釣(つ)り鐘(がね)はたたくと近江(おうみ)の国中(くにじゅう)に聞(き)こえるほどの高(たか)い音(おと)をたてました。藤太(とうだ)は釣(つ)り鐘(がね)を三井寺(みいでら)に納(おさ)めて、あとの二品(ふたしな)を家(いえ)につたえていつまでも豊(ゆた)かに暮(く)らしました。




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