植物人間
著者名:蘭郁二郎
川島は、思い切れぬままに、しばらくあたりを迂路つき廻った末、やっと刺を持った木に引掛っていた洋子の服の引き千切られた一片だけを、見つけ出すことが出来た。
たしかに洋子が来ていたのである。そして服のどこかが引き千切れるほど疾(はや)く去って行ったのである。
あの泣き笑いのような複雑な表情が、果して植物であろうか、植物の彼女が、そんなにも疾く駈去ったのであろうか。そして又なんのために、こんな所へまで、川島をそっと見送って来たのであろうか。
洋子たちが、植物人間だなどとはそれこそ真ッ赤な出鱈目である。吉見の尤もらしい嘘っぱちなのだ。
あの三人は、ただ世に稀な三つ児に違いない。吉見こそその父なのだ。
吉見は、自分の不愍な三人の娘を、世間の好奇な眼に曝らすことが堪えられなかったに違いない。そして三人を揃って手許に置きたいばっかりに、こんな山の中に引込んでいるのではなかろうか。
そして、偶然まぎれ込んで来た川島の口を防ぐために、植物人間などという奇妙な作り話をしたのではなかろうか。
川島は、いつまでも、その彼女の碧羅を引き千切った木の傍らに、立ちつくしていた。陽は殆んど暮れかかって来た。黒ずんだ森が、風に蕭々と鳴りはじめて来た。それは、しかし、まるで森の木々共が、川島にはわからぬ言葉で、洋子たちのことを大声で話し合っているようにも聴えるのであった。
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