失楽
[青空文庫|▼Menu|JUMP]
著者名:与謝野寛 

轢(きし)りつつ、幸福を砕き去る荒砥(あらと)ならず。
生(い)くる欲、物の欲、恐怖、
少くも、気永(きなが)に地を貪(むさぼ)り食ふ植物の如き、
勇猛に竪実なる生活。
然(しか)れども、無し、無し、「虚無」が其欝憂(うついう)をさまよはす、
荒廃したる大歩廊の外(ほか)、何物も無し。
かくて此失楽の中に猶蠕動(うごめ)く……大馬鹿者よ。
    ○
貴(あで)なる女君(をんなぎみ)よ、なつかしき身振(みぶり)もて、
開(あ)けたまへ、いとも輝かしき台(うてな)の新しき帷(とばり)を。
そは、かずかずの薔薇(さうび)の打顫(うちふる)ふいみじき花の姿を
いと疾(と)く我等に観(み)せしめ給ふため。
また許したまへ、此処(こヽ)にあるそこばくの歌を、
節会(せちゑ)の日に喜び狂ふ学生等の如く、
君があたりに捧ぐることを。
さて、如何(いか)に、気上(きあが)りたる動音(どよみ)の
君が秀(すぐ)れし詩才を称(たヽ)ふることよ。
君は常にときめく韻(ゐん)をもて歎きながら
わななく熱き胸を語り給ふとこそ覚(おぼ)ゆれ
さて、また、楯形(たてがた)の菫(すみれ)の花なる君が目は
常に涙さしぐみつついますならめ。
    ○
来(きた)りぬ、わがかひなの中に。さて共に身を忘れぬ。
開(ひら)けかし、美くしき歯に満ちし君が口(くち)を。
わが舌は穿(うが)ち入(い)る。
さながら君が心を舐(なむ)るここちに。




ページジャンプ
青空文庫の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
作品情報参照
mixiチェック!
Twitterに投稿
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶし青空文庫

Size:2520 Bytes

担当:undef