ソヴェトの芝居
◇ピンチです!◇
■暇つぶし何某■

[青空文庫|▼Menu|JUMP]
著者名:宮本百合子 

 ――この頃は、ぼつぼつソヴェト映画が入って来るようだね。「アジアの嵐」なんか猿之助の旗あげにまで利用されて賑やかだった。あれはあっちでも、勿論傑作の部なんだろう?
 ――そりゃそうさ。はじめてモスクワの「コロス」っていう優秀映画館で公開された時は素敵だった。伴奏は特別作曲された音楽だったし。
  帝国主義と植民地とがどういう関係におかれているかということの真実が堂々としたプドフキンの芸術的手腕で把握されていた。
  ところがね、面白いことには、それから数ヵ月経ってパリへ行ったら、シャンゼリゼーの目抜な映画館で、その「アジアの嵐」をやっているのだ。秋の、雨の降っている晩でね。入って見たら、タイトルは英語だ。しかも、フランスは旧教の国だから、「アジアの嵐」のなかの最も皮肉で愉快な場面、よだれをたらした赤坊のラマに帝国主義国の将軍が勲章をつけてお辞儀したり、おべっかつかったりする場面、反宗教的な場面をあらかた切ってしまってあった。暖いぷかぷかな場席へ、所謂シークなパリの中流男女、金をつかいに来たアメリカ女が並んで、ソヴェトから買って来て骨をぬいた「アジアの嵐」を観ている。仏領インド支那の農民が反抗すると、フランス政府は瀟洒な飛行機から毒ガスを撒いて殺した。だから原作のままの「アジアの嵐」なんぞ上映することを許さないんだ。日本だって、あの作品や「トルクシブ」は「思想善導」されてカットされているんだろう?
  ソヴェト映画だからって観る側としては無条件によろこべないんだ。
 ――それは相当みんな勘定にいれて見ると思う。ソヴェトじゃ映画製作は、計画的生産だってきいたが、そうか?
 ――鉄、石炭、麦、靴のような消耗品に至るまでソヴェトはすべての生産を計画的にやっている。映画みたいな芸術的生産も大体一年に何本、どういう種類のものをつくると予定してやっている。
 ――芝居の方はどうなんだ? キノと同じかい?
 ――人民文化委員会の芸術部が、その年の予算の中から、劇場のためにはいくら金を使うかという予算をたてる。各劇場にその予算がわりあてられる。それでやって行くんだ。――余談だが、ソヴェトでは、全露作家団体連盟に対しても、作家の技術と生活改善のために人民文化委員会芸術部が巨額な補助予算をもっているよ。画家だって、社会組織が違うから昨今の日本みたいに大小ブルジョアが小遣緊縮しはじめたおかげで閉口するようなことはない。これも、やっぱり人民文化委員会が調整して、やって行く。
 ――いやに窮屈みたいじゃないか。計画。計画。それに、誰だったかやっぱりソヴェトへ行って来た人が云っていたよ、ソヴェトの映画でも芝居でも、宣伝ばっかりで面白くもなんともない。一つ二つ見りゃうんざりだって。大体、お前はソヴェトびいきすぎるよ。悪口を云ったためしがないじゃないか。本当のところを云えよ! つまらないかい? 事実。――
 ――そりゃ数のなかだもの、つまらないんだって、ばからしいのだってあるさ。功績ある共産党の中にだって一人一人見ればいやな奴がいるのと同じこった。
  だがね。つまらない、下らないというのもいろいろだよ。芸術的な技術が下手で、捕えた主題もヤワでつまらない。そりゃ本当につまらない。客観的につまらない。ところが、もう一つつまらないと云われる場合がある。それは、ソヴェト芸術のもっている明瞭な階級性を、観る者が理解しない場合か、意識の底でそれに反抗している場合にだ。ソヴェトはプロレタリア農民、知識労働者――つまり働く人民のソヴェト国家だ。プロレタリアを先頭として、真剣に社会主義社会の建設に向って努力している。あらゆる芸術は、自然こういう民衆の実生活を積極的に反映しているのだ。ソヴェトは世界の芸術史上に、全く新しい一頁を開いているのだ。
  従って、階級的にアカの他人であり、プロレタリアートが目標としているものとは反対な利害をもって生きている者に、ソヴェトの芝居が面白くない場合も万々あるだろう。面白くないのを通りこして、うなされちまうかもしれない。ハハハハ。そういう外国人たちは、第一国立オペラ舞踊劇場(昔の大劇場)でオペラばっかり見ているよ。「ローヘングリーン」や「カルメン」。「オニェーギン」「スペードの女王」「サドコ」はこわくないからね。
 ――ふーむ。そんな古典をやってるところもあるのかな。古典をすてた訳じゃないんだな。
 ――ソヴェトの芝居は大体三種類に分けられると思う。第一群は、この第一国立オペラ舞踊劇場。スタニスラフスキーのオペラ劇場。ダンチェンコの指導する音楽劇団。チェホフとゴーリキーとで世界に馴染(なじみ)のモスクワ芸術座。国立アカデミー小劇場のように、革命以前からの古い伝統をもち、現在でも次に来るべき若いソヴェト演劇技術家指導に重大な役割を演じている劇場だ。
  第二群は、革命以前から存在し、現在はソヴェト作家の脚本を上演し、プロレタリアートとその党の線に沿ってはいるが、大して独特な存在意義はもっていないもの。ここでは、諷刺劇場、コルシュ劇場などがあげられる。
  第三群は、生え抜きの新しいソヴェト劇団だ。プロレタリアートの第一労働者劇場。МОСПС《エムオーエスペーエス》劇場。「劇場労働青年(トラム)」劇場。青襯衣座(シーニャヤ・ブルーザ)。革命劇場。メイエルホリド座。センペランテ劇場。モスクワに三つあって、プロレタリア児童のために健康な娯楽と啓蒙を呈供している児童劇場。上演目録内容の広汎で直接な社会性から云っても、新様式の熱心な探究の点でも、注目すべきはこれらの劇団だ。
  それにソヴェトには、夥しい数の移動劇団がある。モスクワにだけでも四十足らずある。大きい労働者クラブには所属劇団がある。小さいクラブでも、ソヴェトのプロレタリアートはそこで、いろんな科学・政治研究会と合わせて劇研究会をもっている。
  ソヴェトの生産拡張五ヵ年計画は、演劇にも重大な影響を及ぼした。
 ――劇場も拡張しようというのか?
 ――大劇場の新設。全ソヴェトの劇場管理を職業組合と集団農場中央と、人民文化委員会芸術部との協力によってしようとする計画。及び、これまでは革命前の通り、クレムリンに近い所謂劇場広場を中心として、モスクワ河の北(元の中心地域)に主な劇場があった。それを、工場の多い河向うへ、生産の場所へ近く持って行こう。そして、シーズンを秋から春の終りまでで切らず一年中芝居をやろうという計画などがある。
  五ヵ年計画の影響は、だが、そういう経営法の変更に現れるばかりじゃない。ソヴェト一般演劇の実質を変えた。五ヵ年計画の実施はソヴェト市民の全生活を変えたからね。日常生活の中でいろんな新しい建設的問題、階級的見地からの見なおしが行われている。早い話が、集団農場組織の問題が、あらゆるソヴェト市民の関心事となったのはいつからだ? 一九二八年末からだ。生産能率増進のためのウダールニクが各工場役所の内部に組織され、それに参加した各員が、てんでんの場所で反革命分子との激しい闘争の経験をもつようになったのはいつからだ? 矢張り一九二八・九年からだ。
  ソヴェトの劇場で、程度の差こそあれ、この新しい生活を反映していないものはない。一九三〇年の上演目録はひどく変ったよ。三年前とくらべると。
 ――……。社会的生活と芸術とががっちり歩調を合わせて、進もうとしているわけだな。
 ――だからね、例えば一九三〇年の春は愉快な美しい光景があったよ。春だ。キラキラ日が照りだして雪がとけはじめた。モスクワを中心とする黒土地方一帯、ヴォルガ地方、シベリア、北コーカサス地方。そこいらじゅうの集団農場では春の蒔つけ時だ。都会の工場から農村手伝いの篤志労働団が、長靴をはいて、麻袋を背負って特別列車にのっかって、八方へひろがった。
  同時に、芸術篤志団、劇場労働篤志団が組織された。耕作用トラクターと一緒にひろいソヴェト全土に文化の光をまき散らそうというわけだ。作家、画家、映画労働者、劇場労働者、みんな出かけたが、技術家揃いだから、自分たちの乗って行く列車だって無駄にはしない。三等列車の外っ側を、溌溂たるプラカートや、絵で装飾して、所謂宣伝列車を仕立てて何百露里というところをころがって行った。
  集団農場にはクラブがある。そこで人形芝居、即興劇その他で、刻下の社会的問題を芸術化して農民に見せるのだ。同時に、農村ではどんな芝居がよろこばれ、要求されているかということを専門的な立場から研究する。
 ――聞いているだけでも一寸わるくないな。儲けばっかり考えている会社につかわれて映画をつくったり、芝居しているのとはちがいがひどすぎる。だが、検閲はどうだい? 喧しいんだろう? 築地の左翼劇場では、警官が出張して台本と首っ引で坐っているよ。あの通りを行ってるんじゃないか? それに近いような噂だぜ。
 ――……実にデマが利いているんだなあ。
 ――嘘かい?
 ――ソヴェトのプロレタリアートや彼等の党は偏執狂じゃないよ。あらゆる人間の才能を十分発揮させようとしているのだ。ただ、ソヴェトは今特殊な歴史的過程を生きつつある。
  緊張した社会主義建設期にある。終局の目的に向って社会を押しすすめて行く上に、必要なもの、役に立つものと、そうでないものとがある。それはどうしたって区別して、それはそれとして扱って行かなくちゃならない。常識で考えたって明かなことさ。そうだろう? だから、直接大衆に呼びかけ、気分に作用する映画、芝居の上演目録に対して注意ぶかいのは当然だ。それは組織的にされている。中央上演目録検閲委員会というのがあって、各劇場の上演目録を研究する。そして決定する。でも、一言念を押しておくが、これは日本の内務省の検閲課じゃないんだよ。有名な劇団人、俳優、作家、劇作家、画家それに文化専門の人があつまっている委員会なのだ。
 ――クラブの劇場研究会なんぞも、そこで統制されて行くんだろうか?
 ――それは別だ。クラブのは、МОСПС《エムオーエスペーエス》劇場――モスクワ地方職業組合ソヴェト劇場が責任を負っている。
 ――なるほどね。ところで、どうだい、作者はやっぱりソヴェトでも作者かい? 給金なんかどんな風なんだろう。……所謂大部屋連、下まわりっていうようなものは、存在してるのかしら。
 ――現在のソヴェトでは、まだあらゆる生産の部門に、革命以前からの技術家がのこっている。芝居の方でもそうだ。だから古い大家連の中には、革命までの数十年間にしみ込んだ俳優気質っていうようなものを持ち越して生きてるものもあるらしいな。そういう面はありながら実際舞台に働いている大家連は、それは歌右衛門や仁左とはちがうさ。社会主義からきりはなされて存在しているのじゃない。大部屋、下まわりにしたって、大家連と同じ芸術労働組合員(ラピス)だもの。
ご協力下さい!!
★暇つぶし何某★

[次ページ]
[ページジャンプ]
[青空文庫の検索]
[おまかせリスト]
[ブックマーク登録]
[作品情報参照]
[mixiチェック!]
[Twitterに投稿]
[話題のニュース]
[列車運行情報]
[暇つぶし青空文庫]

Size:53 KB

担当:FIRTREE