子供・子供・子供のモスクワ
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著者名:宮本百合子 

 ――親も近頃は社会教育について違った考えかたをするようになって来ました。然し我々のところにもまだまだ足りない点がうんとある。やって見る。子供がよしあしを決める。それによって我々は修正しさらに前進する。
 監督は再び少年少女達の横をしずかに通りすぎながら、日本女にねばりづよい熱情をもってささやいた。
 ――御覧なさい、彼らはほんとにソヴェトの新人間です。なんと彼らが育つことか!
 幼児が図書館にいる時間の割り当てが表にしてかかげられてあった。
掃除      一・一%   かけっこ      一・五%
木積      四・三%   切ぬき       四・五%
おもちゃ遊び  四・八%   弁当時間      五・五%
絵をかく   一〇・三%   唱歌        八・〇%
集団遊戯   一〇・三%   お話をよんで貰う 一二・〇%
 内容がこうしてかわるばかりではない。モスクワ市は外観もいちじるしく変化した。外の並木道(ブリヴァール)をこした市の外廓には、新工場のポンド式ガラス屋根の反射とともに、新労働者住宅のさっぱりしたコンクリート壁が、若い街路樹のかなたに、赤い布(プラトーク)をかぶった通行人を浮きあがらしている。
 モスクワ河の岸に一区画を占める大建築が進行中だ。黒い足場の間に人は夜業する照明燈の蒼白い強い光線を見、行き違う鉄骨の複雑な影のこい錯綜から、これは巨大な何かが地からもり上って来るのを、人間がたかってある一定の大いさまでおしつけ、まとめて、熱心にかためようと働いていると云う感じを受ける。全ソヴェト同盟中央執行委員会の建物だ。クレムリンを博物館とすべきための造営である。
 その他、何になるのかわからない大きな建築工事がいたるところにある。板がこいから空へつき出した起重機の頂に赤旗をひるがえしながら煉瓦、石灰の俵、トラクターの重いわだちがかたちをくずした泥の中で興味ぶかい未完成の姿を現している。
 だが、モスクワそのものを、本当にソヴェトの首都にふさわしい社会主義都市に根柢からかえることは可能だろうか? モスクワはモスクワとして、歴史的な美しい寺院のいろいろな円屋根を真白い厳寒(マローズ)の中にきらめかせればよい。そして、ストラスナーヤ僧院の城砦風な正面外壁へ、シルク・ハットをかぶった怪物的キャピタリストに五色の手綱で操縦される法王(ポープ)と天使と僧侶との諷刺人形をつり上げ、ステッキをついた外国の散歩者の目をみはらせればよい。――ところで、
 一寸、――この小地図を見る気はないか。
[#子供が描いた地図入る:星形の都市を川が横断し、鉄道が縦断、中央に運動グラウンドとレーニン記念像、西側と北側に住宅・労働者クラブ、東側に天文学校・小学校(四年制、七年制、九年制)・職業学校・託児所・子供の遊び場・ピオニェールのクラブ、都市の周囲にはソヴェト農場「ピオニェール」、川沿いに都市に近い側から皮革工場・織物工場・染工場・紡績工場・発電所・ピオニェール野営所がある。ピオニェール=開拓者(パイオニア)、旧ソ連の少年団]
 勿論モスクワでもミンスクでもない。雑誌『ピオニェール』が子供たちから「私達はどう暮そう」という題で募集した社会主義的都市計画の一つである。
 社会主義的都市建設はСССРに於て計画から実現の時代に移っている。ウラル・ドンバッスその他、新興生産中心地ではすでにいくつかの新都市が生れた。そこにモスクワより合理的な生活の新様式があるのだが、このユージュ君のプランは、面白い。ソヴェトの少年が、かの集団的生活、家庭に於ける生活の実際経験から、社会主義的生活の理想のためにどんな都会を要求したか。
 この「赤い星」形の樹木でかこまれた工業的都会は農村とどう連絡しているかを、市民の生産的社会労働の核をなす種々な工場が、その性質にしたがって或るものは川岸に、或るものは住宅近く配置されている点を注意してほしい。ユージュ君は託児所について特別関心をはらっている。大人の為の労働者クラブは住宅区域の内に、ピオニェールのクラブ、学校、子供の遊び場その他は東側の二隅に、すっかり分離されている。
 大人の生活と子供の生活との間のある間隔の欲望、これは現在ソヴェトの意識ある若い時代共通の望みだ。ソヴェトである程度以上年齢の差ある大人と子供は大人子供というより、根本的に世界観の違った旧人間と新人間の差である場合が多い。彼らは社会主義国家の働きてとして健康な集団生活の中で必要な訓練を安らかにうけることを望んでいる。
 ああ、それからユージュ君にはもう一つ望みがある。それは広い学校の建物が、紫外光線ガラスではられていることである。
「紫外光線ガラスは」彼は云ってる。「太陽の人間の体にとって有利な光線を透す。だから、きっと子供たちは衰弱しなくなるだろう」と。〔一九三〇年十月〕



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