一太と母
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著者名:宮本百合子 

「ハハハハそれは違うよ、それは別の人が拵えたんだよ多勢で……ハハハハハハ」
 その人が一太の顔を気持良く輝く日向みたいな眼で真正面から見て笑うので、一太もいい気持で何だか一緒にふき出したくなって来た。一太は、
「なーんだ」
と云うとクスクス、しまいにはあははと笑った。一太は紺絣の下へ一枚襦袢を着ているぎりであったから、そうやって小さい火を抱えているのは暖くて楽しい気分だ。今に出て来る物って何だろう……。
 一太は母親が、突かかるような口調で、
「今もこれが心配して、母ちゃん大丈夫って涙ぐむんでございますよ」
と云っているのを聞いた。一太はそんなことを訊かなかったし、涙ぐみなんぞしなかった。それは一太が知っている。けれども、一太はもう一つのこともよく知っている。――母はよそでは時々一太の知らないことや云わないことを、よく一太がどうこうと話す。
 そんなことより一太にはもっと面白いことが今ある。この軽焼を黒こげにしたら縮かんでちっとも拡がらない。さっと引くりかえして、ほら、こうふくれたら、またさっとかえして……。
 一太は口をしっかり締め、落っことさないように心でかけ声かけつつ一番大きい軽焼をこさえてやろうと意気込んで淡雪を火に焙った。




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