舞馬
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著者名:牧逸馬 

 お八重はとうとう笑い崩れた。きょとんとして、峰吉が首すじの汗をふいていると、いきなり御めんと障子があいて、巡査が顔を出した。
「あ! 旦那!」峰吉は尻もちをついた。
「何です、にぎやかですねえ。あ、これね、署長があんたへ渡すようにと――なに、表彰文だよ、校長さんに書いてもらったんでね、あんたが式で読むんだそうだ。や、では」
 巡査が行こうとすると、お八重が、「あの、旦那」
 と呼びとめた。峰吉はぎょっとして表彰文を読み出した。
「何だね」
「いえ、あの、お世話さまでございました」
 巡査が立ち去ると、あとは峰吉の大声だった。
「消防組梯子係り故石川茂助君は、資性温順(しせいおんじゅん)にして――資性温順にして、か、何だこりゃあ――職に忠、ええと、職に忠――忠、忠、と――」
 ちゅう、ちゅうが可笑しいといってお八重は腹を抱えた。で、峰吉は、汗と涙で濡れた顔を、出来るだけ「滑稽」に歪めて、黒子(ほくろ)の毛を引っぱりながら、いつまでもちゅうちゅうちゅうちゅうとつづけていた。
(〈新青年〉昭和二年十月号発表)



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