戦雲を駆る女怪
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著者名:牧逸馬 

        1

 露独(ろどく)連絡の国際列車は、ポーランドの原野を突っ切って、一路ベルリンを指して急ぎつつある。
 一九一一年の初夏のことで、ロシアの国境を後にあの辺へさしかかると、車窓の両側に広大な緑色の絨毯(じゅうたん)が展開される。風は草木の香を吹き込んで快(こころよ)い。一等の車室(ワゴンリ)を借りきってモスコーからパリーへ急行しつつある若いロシア人ルオフ・メリコフは、その植物のにおいに鼻孔(びこう)を擽(くすぐ)られながら、窓の外に眼をやると、そこには、いままでの荒涼たる景色のかわりに、手入れのゆきとどいた耕地がある。白揚(はくよう)の並木と赤瓦(かわら)の農家がある。西欧の天地だ。メリコフは汽車の速力を享楽してうっとりしている。
 ポウゼン駅にちょっと停車して動き出すとまもなく、車室の外の廊下に男女の争う声がするので、メリコフは覗(のぞ)いて見た。車掌が、ポウゼンから乗って来たらしい二十五、六の上品な服装の婦人を、なにか口汚く罵(ののし)っている。その婦人もなかなか負けていない。なにか切符に手違いがあって、予約してあるはずの車室が取ってないというのだ。貴族階級の甘やかされている婦人に特有の口調で、女は猛烈に車掌に食ってかかっている。
「切符はいまポウゼンで買ったばかりですけれど、三時間も前に、二つ三つむこうの停車場に止まっていたこの列車に駅から電話をかけさせて車室を申し込んであるのよ。ほら、ちゃんとこう列車番号から車室の番号まで書いてあるじゃないの。」
「そんなこと言ったって、満員だから仕方がありませんよ。」
「仕方がありませんて、どうするつもり? あたしをここへ立たしとくつもり? ずいぶん馬鹿にしてるわ。」
「冗談じゃない。そんなところに立っていられちゃ邪魔(じゃま)でさ。つぎの駅で降りてもらおう。」
「なんですって?」
「なにがなんだ。つぎの駅で降りろと言うんだ。」
「なんて失礼なやつでしょう。名前をおっしゃい。申告してやるから。」
 というようなことから始まって、車掌は職権をかさに呶鳴(どな)りたてる。女はここぞとばかりヒステリカルに泣き出す。大変な騒ぎだから、メリコフも黙っていられない。車掌の言い草もかなり横暴なので、スラヴ族は多血質だ。むかっとして、頼まれもしないのに、女の助太刀(すけだち)に飛び出して行く。
「車掌君、君は婦人客にたいして物の言いかたを知らない。不親切きわまる。切符の手違いとわかったら、できないまでも、いちおう車室の融通(ゆうずう)を考えてみるのが至当じゃないか――まあま、貴女もそう泣くことはないでしょう。」
 女を庇(かば)って、車掌を白眼(にら)みつけている。
 ベルリン・ドロテイン街に住むドイツ政府直属の女国事探偵フォン・リンデン伯爵夫人は、四日前に外務当局から一通の命令を手交された。
 四日後の今日、露独連絡の国際列車によってロシア外務省からパリー駐在のロシア大使の許(もと)へ重要秘密書類を運ぶ一人の外交郵便夫が通過する。この外交郵便夫というのは、郵送できない外交上の重要物件を身に付けてもっていく。まあ、早飛脚(はやびきゃく)みたいなもので、どこの国でも、必要におうじてやっている。暗号は頻繁(ひんぱん)に切り換えることになっているが、その新しい鍵語(キイ)などはとても書留やなんかでは送れないから、そこでこの外交郵便夫というのが選ばれて、身をもって逓送(ていそう)の任に当る。常備のわけではない。たいがい、書記生どころの若い外交官を出すことになっている。

 ところで、女密偵フォン・リンデン伯爵夫人が受け取ったドイツ外務省の通牒(つうちょう)である。ロシアの一外交郵便夫が、ニコライ・ロマノフの宮廷からパリーの大使館へ宛(あ)てた密書を帯びてドイツを通過するとある。それにたいするスパイの役目は、不言不語の裡(うち)にわかっている。フォン・リンデン伯爵夫人は、ちゃんと心得ていた。
 その時、密偵部の首脳が、細かい区分けになっている書棚から一通抜き取って、黙って夫人に渡したという「文字の肖像画(デスクリプション)」を見ると、
 ルオフ・メリコフ――三十二歳、白系韃靼人(はくけいだったんじん)。ギリシャ正教徒(せいきょうと)。前近衛(このえ)中隊長。英(えい)独(どく)仏(ふつ)伊(い)西(せい)の各国語に通じ、少しくビルマ語をも解す。兄はビルマ在住の貿易商。メリコフは反独(どく)主義者として知られる。また英米をも嫌悪す。性格は迷信的にして、自家の宗教、主義、主張などに関しては、絶大なる狂信者なり。感激性に富み、女色を好む。騎士的。勇敢。買収の見込みなし。ドイツ人の仕事だけに、微に入り[#「微に入り」は底本では「徴に入り」]細を穿(うが)って調べてある。その外交郵便夫の人物に関して、これだけ予備知識があれば、十分だ。ずんと呑(の)み込んだフォン・リンデン伯爵夫人は、すっかり「甘やかされた奥様の役」に扮(ふん)して、途中のポウゼン駅から乗り込む。

 まあまあ、というようなことで、留(と)め男に割り込んで来たのが強そうな紳士だから、車掌は急に降参して、その場はそれですんでしまう。メリコフの扱いで、やっと車室の都合(つごう)がつく。フォン・リンデン伯爵夫人は、地獄で仏に――西洋のことだから神様だが――その神様に会ったように喜んでいる。悦(よろこ)びのあまり、こんなことを言った。
「どうぞベルリンでお暇がございましたら、ちょっとでもお立ち寄りくださいまし。」紋章入りの華奢(きゃしゃ)な名刺を渡して、「主人もゆっくりお目にかかって、お礼を申し上げることでございましょうから。」
 晩餐(ばんさん)の招待だ。淑(しと)やかな女である。ことにさかんに主人が主人がと言うから、良人(おっと)があるならとメリコフは安心した。が、ぜひ訪問すると約束したわけではない。
 その列車には、フォン・リンデン伯爵夫人のほかに、もう一人のドイツ密偵部員が、先に乗り込んで、メリコフを見張ってきていた。不親切な車掌がそれだ。ちゃんと手筈(てはず)ができていた。口論は八百長(やおちょう)だったのである。
 もちろんパリー直行の予定だ。ベルリンで乗換えがある。この、ベルリンで乗換えの汽車を待っている間に、メリコフは、いま一緒に降車して別れたばかりの若い伯爵夫人のことを思い出した。ぜひ訪問すると約束したわけではない。しかし、ベルリンには一泊して行ってもいいのだ。それに、先方には良人(おっと)もいるし、身分のある人だから、訪ねて行ったところで、たいして間違いのあるはずはない。もうそんな魅惑(みわく)を、夫人はメリコフの上に残していっていた。美しい女だ。ああして停車場の雑沓(ざっとう)の中で別れの握手をして、それきりというのは、どうも面白くない。なんとか、いろんな理窟(りくつ)で自己納得の後、ホテルに鞄(かばん)をおろしたメリコフである。まもなく、この三十二歳の白系韃靼(はっけいだったん)人、ギリシャ正教徒(せいきょうと)、前近衛(このえ)中隊長、迷信家で狂信家で感激性に富み、騎士的で勇敢で買収の見込みのない人別書(デスクリプション)は、ドロテイン街の家の玄関に立って、にこにこ笑っていた。でかけてみると、おどろいたことには[#「おどろいたことには」は底本では「おどいたことには」]、美しいフォン・リンデン伯爵夫人が泣かんばかりの顔をしているのだ。ストュットガルト市の親戚に急病人ができて、良人(おっと)伯爵はたったいまその地へ急行したと言う。電報を見せて言うのだから、騎士マリコフはすっかり真(ま)に受けた。主人の留守ちゅうであるが、そのまま帰るわけにもゆかないので、ゆっくりあがって遊んでいくことになった。やがて晩餐(ばんさん)が出る。卓上には、美味と佳酒(かしゅ)と伯爵夫人の愛嬌(あいきょう)とがある。葡萄(ぶどう)酒と火酒(ウォッカ)だ。大いに飲んだ。あのデスクリプションには一つたらないところがあった。この前近衛中隊長殿は猛烈な酒豪だ。「魚が水を飲むごとく酒を呑(の)む」という一項を挿入(そうにゅう)する必要があるとフォン・リンデン伯爵夫人は思った。なかなか酔わないのだ。心(しん)がしゃんとしていて、ときどき思い出したように、そっと片手をテーブルの下へ遣(や)って短衣(チョッキ)の上から腹部のあたりを押してみたり、撫(な)でてみたりしている。あそこに秘密の腹帯(ベルト)をしているのだな、と夫人はこっちからさり気なく白眼(にら)みをつけている。

 いっそう酔い潰(つぶ)しにかかった。
 いっそう酔い潰しにかかったが、いっこうにきき目が現われない。仕方がない。こいつを床へ送るためにはもっと強い飲物が必要である。フォン・リンデン伯爵夫人と、給仕に出ていた執事(しつじ)との間に素早い眼配(めくば)せが交された。つぎに運ばれてきた火酒(ウォッカ)の壜(びん)からは、相手にだけ奨(すす)めて、自分は飲む態(ふり)に止めておくように、夫人は、眼立たないように注意した。三十分もすると、ギリシャ正教徒の生ける屍(しかばね)ができあがった。その、完全に感激してぐったりしてる狂信家を、そっと夫人の寝室へ運び上げた。別室に待っていた指の利(き)く専門家のスパイが呼び込まれてさっそくメリコフの身体検査に着手する。メリコフは、重要そうにふくらんだ折り鞄を持って来ていて食事の間も足許(もと)に引き付けていたが、どうせ古新聞紙でも詰め込んだもので、そいつへ注意を外らそうという看板にきまっている。スパイたちはそんな物へは眼もくれなかった。伯爵夫人の指揮ですぐ腹部の釦鈕(ボタン)を開く。案の定(じょう)、膚に直接厳丈(がんじょう)な革帯(ベルト)を締めていた。ポケットがある。特製の錠がおりていたが、指仕事専門のスパイは、錠を壊さずにたくみに開けて、中から書類を取り出した。その書類を地下室へ持っていって写真を撮(と)ったのち、すぐメリコフのポケットへ返して錠をおろし、元どおり洋服の釦鈕(ボタン)を掛けておいた。メリコフはこんこんと眠っている。

        2

 このメリコフの腹帯(ベルト)から取り出されて写真に写された書類がなんであったか、一説には、センセイショナルな内容を有する露仏(ろふつ)秘密条約の成文だったとも伝えられているが、いまだに判然しない。しかし、このために、欧州大戦に際して、ロシアはドイツにたいして、軍略上ひじょうに不利な立場に置かれたといわれている。

 アイヒレルという密偵部員の一人が、その夜やはりドロテイン街の家に詰めていた。ほかの連中がベルトから出た書類を地下室へ持って行って撮影している間、アイヒレルは寝台の上に昏睡(こんすい)状態にあるメリコフを張番していた。メリコフの所持品はすべて着衣から取り出されて傍(かたわ)らの小卓の上に並べてあった。アイヒレルは、指紋がつかないように手袋を穿(は)めて、その一つ一つを検査していたが、そのうち、ふと眼に止まったのは、メリコフの万年筆だった。それは明らかに必要以上に太い物だった。不審を打って分解してみると、はたしてインキのタンクにあたるところから上等の日本製薄紙に細字で書いて小さく巻いた密書が出てきた。これもさっそく写真に撮って、すぐ万年筆の中へ返しておいた。その時はなんだかわからなかったのだが、これは、先の革帯(かわおび)から出た本文の暗号を読む鍵語(キイ)で、これがなくては、その複雑きわまる暗号文はとうてい読みえないところだった。この功績で、アイヒレルの名はドイツのスパイの間に記憶されている。所持品をすっかり元の場所へ返して、夫人以外のスパイが室外に去ると、しばらくしてメリコフはわれに返った。見ると、自分は寝台に寝ていてフォン・リンデン伯爵夫人がにっこりして傍(かたわら)に立っているから、びっくりして起きあがろうとすると、
「あら、お眼覚め? 食卓でお眠りになったものですから、こちらへおつれ申しました。ずいぶんぐっすりお寝みでございましたわ。」
 はっとしたメリコフが、急いでバス・ルウムへ行って、手早く持ち物を検(しら)べてみると、腹巻のポケットにもちゃんと鍵がかかっているし、そっくり元の場所にある。なに一つ紛失してもいなければ、触れた形跡さえないので、ほっとして寝室へ帰ると、美しいフォン・リンデン伯爵夫人が、強烈なイットを発散させながら寝巻に着更(きが)えていた。
 しかしメリコフは内心十分の疑いを抱いたのだろう。証拠のないことだし、自分も暗い饗応(きょうおう)に預(あず)かっているので、素知らぬ顔をしてパリーへ着いたが、大使館へ出頭して外交郵便夫の役目を果すと同時に失踪(しっそう)してしまった。その後大戦は始まる。ロシアはあんなことになる。一メリコフの行方(ゆくえ)など捜(さが)しもしなかったろうが、突然消え失(う)せた理由だけは、後日処刑された稀代(きだい)の女スパイ、フォン・リンデン伯爵夫人ことマタ・アリの告白によって判明したのだった。

 世界大戦を背景に活躍した、あの有名な踊子のスパイ Mata Hari は、大戦にともなう挿話中の白眉(はくび)である。
 この物語に伴奏をつとめるのは、殷々(いんいん)たる砲声だ。空を裂く爆撃機の唸(うな)りは、どの頁(ページ)にも聞こえるだろう。各国の無線は執拗(しつよう)にマタ・アリの首を追って、燈火が燃えるように鳴り続ける。彼女の報告一つで、深夜海底を蹴って浮びあがる潜航艇もある。当時初めて現われた鋼鉄の怪物、超弩級(ちょうどきゅう)タンク「マアク九号」も、その圧倒的な体躯(たいく)と銃火の牙(きば)をもって、この全篇を押しまわるのだ。将軍、参謀、陸軍大臣等要路の大官をはじめ、一皇太子と二人の帝王まで、楚々(そそ)たる美女マタ・アリの去来する衣摺(きぬず)れの音について、踊らせられている。
 Mata Hari ――彼女自身が好んで用いた「伝説」によると、悪魔的性向の東洋人だったとある。中部インドに生まれた先天的ヴァンプで、長らく秘密の殿堂に参籠(さんろう)して男性魅縛(みばく)の術を体得したのち、とつじょ風雲急なるヨーロッパに現われて、その蠱惑的(こわくてき)美貌と、不可思議な個性力と、煽情(せんじょう)的な体姿とを武器に、幾多国政の権位に就(つ)く人々を籠絡(ろうらく)し、大戦にあたっては、雲霞(うんか)のごとき大軍をすら、彼女の策謀一つで、瞬(またた)く間に墓場に追い遣(や)っている――というと、このマタ・アリは、それ自身素晴らしい物語的存在のようだが、事実は、マタ・アリは完全に普通の女であった。誘惑的な身体と顔以外には、なんら特別の才能があったわけではない。もっとも、美しいだけで平凡な女だったからこそ、あれほど思いきった活躍ができたのだといえよう。
 マタ・アリは、欧州大戦の渦中にあって、策を削(けず)り、あらゆる近代的智能を傾けて闘った、あのドイツスパイ団という厖大(ぼうだい)な秘密機構の一重要分子であった。ここにおいて、このマタ・アリの生涯を語ることは、今日の太陽のごとき生色(せいしょく)を帯び、現代そのもののような複雑性を暗示し、しかも、アラビアン・ナイトを思わせる絢爛(けんらん)たる回想であらねばならぬ。
 マタ・アリの自叙伝なるものがある。それによると、彼女は、富裕なオランダ人の銀行家と、有名なジャワ美人の母との間に、ジャワ、チェリボン市に生まれた。十四の時、インドに送られて神秘教祭殿に巫女(みこ)となり、一生を純潔の処女として神前に踊る身となった。マタ・アリという名は、彼女の美貌を礼讃(らいさん)して、修験者(しゅげんじゃ)たちがつけたもので、Mata Hari というのは、「朝の眼」という意味である。この「朝の眼」が十六歳のとき、スコットランド貴族で、インド駐在軍司令部のキャンベル・マクリイ卿が、祭壇に踊っている彼女を見染(みそ)めてひそかに神殿から奪い去った。マクリイ卿夫妻は、インドで贅沢(ぜいたく)な生活を続けて、一男一女を挙げたが、土人の庭師が、マタ・アリへの横恋慕(よこれんぼ)から彼女の長男を毒殺したので、マタ・アリが良人(おっと)の拳銃(ピストル)で庭師を射殺した事件が持ちあがって、夫妻はインドにいられなくなり、倉皇(そうこう)としてヨーロッパへ帰った。ヨーロッパへ帰ると同時に、マクリイ卿との結婚生活にも破綻(はたん)が来た。ひとり娘を尼院に預けて、マタ・アリは離婚を取り、当時、大戦という大暴風雨の前の不気味な静寂(せいじゃく)に似た、世紀末的な平和を享楽しつつあったヨーロッパに、自活の道を求めた。
 その時のことを、マタ・アリはこう書いている。
「最後にわたしは、インドの祭殿で踊り覚えた舞踊をもって欧州の舞台に立ち、神秘的な東洋のたましいを紹介すべく努めようと決心しました。」
 するとベルリン劇場にかかっている時のことである。政府の一高官に依頼されて、宴席の女主人とし、また舞踊家として、ちょうどそのときベルリンに滞在中だったロシア大使を歓待(かんたい)することになった。その目的のために、善美を尽(つく)したドロテイン街の家がマタ・アリに提供されて、彼女も、初めてフォン・リンデン伯爵夫人と名乗り、引き続きその邸(やしき)に住むようになったのだった。
 こうして、マタ・アリはいつからともなく、一度内部を覗(のぞ)いたが最後、死によってでなければ出ることを許されない、鉄扉(てっぴ)のようなドイツ密偵機関に把握されている自分を発見したのである。
「フォン・リンデン伯爵夫人として、私は初めて、無意識のうちにドイツ帝国のためにスパイを働いているじぶんを知りました。そして私は、それが私に一番適した性質の仕事であることを思って興味をさえ感じ出したのです。」

 マタ・アリは、死刑の日を待つ獄中で、この告白体の自伝を書いたのだ。心理的にもそのペンからは事実を、そして厳正な事実だけしか期待できない場合である。にもかかわらず、べつに愛国の真情からでなく、ただ金銭ずくで、雇われて定業的スパイに従事するほどの性格だから、先天的嘘言(きょげん)家だったに相違ない。それが嘘言そのものを生活するスパイの経験によって、いっそう修練を積み、でたらめを言うことはマタ・アリの習性になっていたとみえる。この「伝説マタ・アリ」として、いまだに一部の人に信じられている彼女の死の自伝なるものが、全部創作だった。
 どこからどこまで、食わせ者だったのである。

 が、珍しい美人だったことは伝説ではない。これだけは現実だった。丸味を帯びて、繊細に波動する四肢、身長は六フィート近くもあって、西洋好色家の概念する暖海の人魚だった。インド人の混血児とみずから放送したくらいだ。家系に黒人の血でも混入しているのか、浅黒い琥珀色(こはくいろ)の皮膚をしていて、それがまた、魅惑を助けて相手の好奇心を唆(そそ)る。倦(けだる)い光りを放つ、鳶色(とびいろ)の大きな眼。強い口唇に漂っている曖昧(あいまい)な微笑。性愛と残忍性の表情。

        3

 ようするに手先だった。マタ・アリの専門は、男の欲望を扱うことだけで、淫奔(いんぽん)で平凡な女でしかなかったが、この平凡なマタ・アリの背後に在るドイツのスパイ機能は、およそ平凡から遠いものであるこというまでもない。それがマタ・アリを大々的に利用したのだ。娼婦(しょうふ)型の美女が、微笑するスパイとして国境から国境を動きまわる。戦時である。歴史的な□(そう)話にまでなってしまった。
 トルコに教育制度の変革が起こって、その委員会が生まれると、第一着手として、百五十人のトルコの学生を外国に留学させることになった。人選もすんで、さてどこに遣(や)ろうという段になって、それが問題だ。衆議まちまち、なかなか決まらない。
 騒いでいると、英仏独のいわゆる三先進国が、めいめい自分の国へ来てもらいたいので、それぞれ有利な条件を持ち出し、自己宣伝をやって、まるで宿屋の客引きのように、ここに猛烈な留学生の争奪戦が開始される。
 トルコの学生なぞどこへ留学しようと、ヨーロッパの大勢にはいっこう関係ないようだが、それがそうでない。というのはいまでこそ書生だが、みな一粒選(よ)りの秀才である。これが外国の大学に学んで、法政経済、工科学百般、各自専門を修めて帰国すると、トルコ革新の第一線に立って大臣参議、国政を調理してトルコを運転しようというのだから、いまその書生連がどこへ留学するかは、十年二十年後のトルコが、英色に塗(ぬ)られるか、仏色を帯びるか、独色を呈(てい)するか、つまり将来の対トルコ関係がいま決定されるといっていい。トルコを中心に、近東方面への投資進出と商品販路の開拓を計画している三国だからぜひ俺の国へというので、自然激烈な競争になった。
 ところが、ドイツの旗色が悪くて、留学生はいずれも英仏へ奪(と)られそうである。こうなるとドイツの誇るいわゆる文化(クルツウル)の威信(いしん)にもかかわる問題だ。政府はいつしか躍起(やっき)になっている。いろいろ探りを入れてみると、目下パリー滞在中のエジプト王族の一人に、エジプト総督(そうとく)とも親交のあるアバス・ヌリ殿下という方が大の英仏贔屓(びいき)で、しかもトルコの教育制度改革委員会の上に絶対的勢力を投げているので、そのために大勢が英仏に傾きつつあるものとしれた。
 すでに留学生たちは、イギリスとフランスと二国の大学へ振りあてられることになって、着々出発の準備を調(ととの)えている。一九一二年の三月だった。
 すると、パリーのスパイからいちはやくベルリンに報告が飛んだ。そのアバス・ヌリ殿下が、留学生問題の後始末のためパリーからコンスタンチノウプルへ急行の途、ベルリンを通って二、三日は滞泊するらしいというのだ。色仕掛けにかぎるとあって、ドロテイン街のマタ・アリへ命令一下。
 ここを日本のメロドラマでゆくと、委細(いさい)呑(の)み込んだ姐御(あねご)が、湯上りの身体を鏡台の前に据(す)えて諸肌(もろはだ)脱いで盛大な塗立工事にかかろうというところ。
 手ぐすね引いて構えている。

 政府総出の出迎え。エジプト国旗。軍楽隊、儀仗(ぎじょう)兵。大警戒。写真班――非公式の旅行なのに、ベルリン停車場へ着いてみると、大変な騒ぎだから、アバス・ヌリ殿下は、どうして知れたんだろうと不思議に思っている。が、どの途(みち)、歓迎されて悪い気はしない。欧亜雑種(ユウラシアン)の女富豪かつ天才的舞踊家として、マタ・アリが殿下に紹介されたのは最初の晩餐(ばんさん)会の席上だった。
 あとはわけはない。計画どおりに進んで、マタ・アリの嬌魅(きょうみ)が、殿下をドロテイン街の家へ惹(ひ)きよせる。応接間を通り越して、彼女の寝台(ベッド)へまで惹(ひ)き寄せてしまった。
 アバス・ヌリ殿下は、よほどマタ・アリが気に入ったのだろう。朝になると、政府が狙(ねら)っていたように、マタ・アリをコンスタンチノウプルへ同伴するといいだした。こうして、一夜ばかりでなく、マタ・アリを殿下に付けておいて、ドイツに好感を持たせるように仕向け、その間に、側面から運動しようというドイツの肚(はら)だった。で、マタ・アリも大いに喜んで、殿下のお供をしてトルコへ発(た)とうとしていると、パリーのエジプト関係者から思いがけない電報が飛んで来て、このドイツの策略はすっかり画餅(がへい)に帰してしまった。アバス・ヌリ殿下が、予定を変更して、急拠(きゅうきょ)パリーへ引っ返したのである。
 大戦当時のフランスの密偵局に、ドイツのスパイ団をむこうにまわして智慧競(ちえくら)べを演じ、さんざん悩ました辣腕(らつわん)家に「第二号」と称する覆面(ふくめん)の士のあったことはあまりに有名だ。それがだれであったかは、当時もいまもよくわかっていないが、アバス・ヌリ殿下の行動に危険を看取(かんしゅ)してにわかに呼び返したのは、この「第二号」だったと言われている。また殿下自身、じつはフランス密偵部の同志で、自発的にああしてドロテイン街の家を探検したのだという、穿(うが)ったような説もある。あのロシアの外交郵便夫ルオフ・メリコフ事件をはじめ、この邸(やしき)で奇怪な出来事が連発してきたので、すくなくとも仏露両国のスパイは、とうからこのベルリン・ドロテイン街の大邸宅とその美しい女主人、伯爵のいない伯爵夫人フォン・リンデンとに眼をつけていたのだ。
 このことがあってからまもなく、ドロテイン街の家は急に閉鎖された。これからのマタ・アリは、縦横に国境を出入して諸国に放浪する、スパイらしいスパイである。
 ほんとに活動にはいる。

 ジャワなどとは嘘の皮で、一八七六年八月七日、オランダの Leenwarder 町に生まれた。家はささやかな書籍商。父は Adam Zell、母親の名は Autje van der Maclen といった。「朝の眼(マタ・アリ)」も夜の眼もない。本名は Marguerite Zelle。インド内地の神殿というが、じつは首府へイグ市近郊の宗教学校、尼さんになるつもりでここで教育を受けた。が、早くも少女時代に飛び出して結婚している。もちろん、相手は貴族でもなんでもない。強(し)いていえば、兵営の貴族だった。オランダに遊びに来ていた若い英国士官マクリイの軍服は、後年の「朝の眼(マタ・アリ)」には、十分貴族的に見えたかもしれない。一緒になるとすぐ、マクリイはインド駐屯(ちゅうとん)軍付きを命じられた。のちのマタ・アリことマルガリット・ツェルもくっついて行く。
 だから、インドへ行ったことは行ったのだ。が、南国に住むと、特質が強調されて、潜(ひそ)んでいた個性が現われるといわれている。青年将校マクリイがそれだった。人が変わったように、飲む。買う。打つ。手に負えない。おまけに、給料だけではたらないから、マルガリットは、良人(おっと)の命令で、同僚の所へ金を借りにゆかなければならない。それも、どんなことでもいいから、先方の言うとおりにして、ともかく借りてこいと言うのだからひどい。植民地の若い軍人だ。独身者が多い。周囲は黒い女ばかりの所へ、マルガリットは白い中でも美人である。要求と媚態(びたい)に、みな争って金を借すようになった。まもなくマクリイ夫人は人妻なのか、連隊付きの売笑婦なのかわからなくなってしまう。そんな生活が続いた。マルガリットもだんだん慣れて平気になる。後年マタ・アリとしての活躍の素地は、このインド時代に築かれたものだ。自伝では、ここのところをちょっと浪漫(ろうまん)化して、神前に巫女(みこ)を勤めたなどと言っている。
 この間に、舞踊をすこし習った。もちろん祭殿で踊ったわけではなく、ヨーロッパへ帰っても、寄席(よせ)ぐらいへ出て食えるようにしておくつもりだったのだろう。Mata Hari という名は、いうまでもなく自選自称だ。
 四年ののちヨーロッパへ帰ると同時に、離婚して、初めて踊り子マタ・アリとして巡業して歩く。舞踊そのものは、どうせ彼女一流のでたらめに近いものだったに相違ないが、裸体なので評判になった。ことに東洋人というふれこみだからいたるところで珍しがられて、瞬(またた)く間にいい贔屓(ひいき)がつく。われ来り、われ見たり、われ勝てりで、本国のオランダでは、当の首相、ベルリンでは例のお洒落(しゃれ)な皇太子を筆頭(ひっとう)に政府のお歴々、フランスでは陸軍大臣が、それぞれ彼女の愛を求めて、そして当分に得ている。その他知名無名の狼連にいたっては、彼女自身記憶できないほどだった。
 ドロテイン街の家に落ち着いたのはよほどのちのことだが、この家はマタ・アリの活動とともに、ドイツ人はいまだにだれも忘れていない。近所では、とてつもない金持の女が住んでいるのだとばかり思っていた。家具、室内装飾等、贅(ぜい)を尽(つく)したものであったことはもちろんだが、各室いたるところに、あらゆる角度に大鏡が置かれてあって、屈折を利用して思いがけない場所から覗(のぞ)き見できるようになっていた。室内に一人でいても、この鏡の関係と、天井の通風口の格子(こうし)とに気がつけば、上下左右に無数の見えない視線を意識したはずだ。素晴らしい床ランプのコウドと見える絹巻きの電線は、じつに隣室の聴取機(ディクタフォン)につうじていた。面白いのは、地下室の酒倉である。各国人の口に適(かな)うための一大ストックを備えていた。あらゆる種類の産地と年代のワインは元より、火酒(ウォッカ)、椰子酒(アラック)、コニャック、ウイスキイ、ジン、ラム、テキラ――それに、Saki まであった。このサキというのは、酒のことだ。ことによると、マタ・アリの手から、この「サキ」の饗応(きょうおう)を受けた日本の大官もあるかもしれない。

 英国の密偵であるという嫌疑の深いエリク・ヘンダスン少佐をものにして、ある秘密を聞き出すべき内命を受けたマタ・アリは、いまソフィア地方へ急行しつつある。

        4

 H21というのが、ドイツの間諜(かんちょう)細胞としての、マタ・アリの番号だった。彼女のとおり名だった。
 このマタ・アリも英国の密偵エリク・ヘンダスン少佐には、みごとに手を焼いている。ヘンダスンという男は、イギリスの特務機関にその人ありと知られた敏腕(びんわん)家で、赭(あか)ら顔の、始終にこにこしている、しかし時として十分ぴりりとしたことをやってのける、軍人というよりも、ジャアナリズムの触手の通信員型(タイプ)の人物だった。H21はこれへぶつかっていったのだが、もしマタ・アリが眼先のきく女だったら、この失敗で、ドイツのスパイとしての自分が案外知れわたっていることに気がついて、そうとう警戒の必要を感じたことだろうが、元来この踊り子のスパイは、スパイのためにスパイを働くような性格で、たぶんに、盲目(めくら)蛇(へび)に怖(お)じずというところがあった。いっこう平気で、その後もさかんに活躍している。結局ドイツの密偵部にさんざん踊らされて、死へまでダンスする運命だったのだ。

 ソフィアで、ドイツ大使ゲルツに紹介されて、マタ・アリはヘンダスンに会う。目的は、イギリスとアフガニスタンの外交上の一つの秘密事項を聞きだすため。しかし、相手が、定評ある腕利(き)きなので、初めからたいした収穫は予期していなかったが、それだけにまた、マタ・アリとしては、腕の見せ場になろうというもの。ちょうど当時、ドイツとアフガニスタンとの間にも進行しつつある交渉に関して、ドイツ密偵部員が潜動しているあいだ、ほんのしばらく、ヘンダスンの注意をマタ・アリの身辺に集めて邪魔(じゃま)しないように足止めしておくことができれば、まず成功だが、その上で、もし機会に恵まれたら、英対アフガニスタンの関係にも、ちょっと糸を引いてみるがいい、というのだ。腕に縒(よ)りをかけてかかる。
 紹介されると、深い茶色の眼を、その背の高いイギリス人の上に微笑(ほほえ)ませて、
「あら、ヘンダスン少佐でいらっしゃいますの? あたくし、古いお友達のような気がいたしますわ。どこかでお目にかかったことがございますわねえ少佐。」
 甘い抑揚(よくよう)をつけて言った。嫣然(えんぜん)一笑、東洋でいう傾国(けいこく)の笑いというやつ。そいつをやりながら、触れなば折れんず風情(ふぜい)、招待的、挑発的な姿態を見せる。ところが、少佐の声は、興(きょう)もなさそうに乾いたものだった。
「そうでしたか。どこでお会いしましたかしら。」
「いやですわ少佐。あたくし思い出しましてよ。あのほらインドのボンベイ。」
「いやそんなことはないでしょう――僕も思い出しました。」
「あら、どこ、どこ、どこでございますの?」
「ベルリン市ドロテイン街一八八番邸。」
「あらっ!」虚を衝(つ)かれたマタ・アリは、たちまち動揺を隠して、立てなおってきた。「そうかもしれませんわ。あたくし、あんまり方々へまいりますので、時々人様や場所のことで、とんでもない思い違いをして笑われますのよ。はあ、ヨーロッパ中を旅行いたしておりますの。東洋の心を舞踊で表現したいというのが、あたくしの芸術上の願望でございますわ。」
 大きなことを言う。エリク・ヘンダスンはくすっと笑って、「その東洋の心は」真正面から斬り込んできた。「ヨーロッパ第一の暴れ者に買われたんだそうですな。」
 完全にあだとなっているH21を残して、ヘンダスンはほかの人々へ笑顔を向けていく。マタ・アリは口唇を噛(か)んで口惜(くや)しがったが、どうにもならない。そのとおり報告した。
 ダンサア・スパイ、踊る女密偵、などといろんな浪漫的(ロマンティック)な名で呼ばれているマタ・アリは、ダンサアには相違なかったが、もちろん芸術家ではなかった。裸体で勝手な恰好(かっこう)をするだけの、与太(よた)なものだった。
 彼女の出現は、かえってエリク・ヘンダスンに事態の逼迫(ひっぱく)していることを報(しら)せるに役立っただけだ。きゃつがここへ出て来たところをみると、同類が他地(ほか)でなにか遣(や)っているに相違ないと白眼(にら)んだのだ。思いあたるところがあるから、エリク・ヘンダスンは、その夜のうちにアフガニスタンへ飛ぶ。
 このアフガニスタンでのヘンダスンの劇的活躍こそは、ドイツ特務機関をして切歯扼腕(せっしやくわん)させたもので、この事件があってから、ヘンダスンの身辺はたびたび危険を伝えられた。それほど、ドイツ自慢の智能部が、ここではこの砂色の頭髪をした一英国人のためにあっさり鼻を空(あ)かされている。
 ドイツ政府は、アフガニスタンの族王(エミア)に秘密条約を申し込んでいた。幾折衝(せっしょう)を重ねたあげく、ようやく仮条約締結の段まで漕(こ)ぎつける。外務首脳部のほかだれも知らない密約である。カイゼルの批准(ひじゅん)を得た草稿を帯びて、厳秘(げんぴ)のうちに、独立特務機関の有数な一細胞が、ベルリンを出発する。
 外交の秘密文書を逓送(ていそう)する。いわゆる外交郵便夫として本格的な場合である。なるだけ眼立たないように、特務室などは取らない。わざと一般乗客にまぎれこんで乗車する。ドイツ文の原文に添(そ)えて、族王(エミア)が読めるようにというのでアフガニスタン語の翻訳を携(たずさ)えて行く。問題はこの訳文だった。
 厳密に調べると、どうも誤訳が多いというのである。それも原文にあるよりも、アフガニスタンに有利にとれる間違い方だった。そんなこととは夢にも知らない族王(エミア)が、その曲筆(きょくひつ)の訳文を見て、そうか、これならいいだろうというんでにこにこ署名をしようもんなら、ドイツはたちまち儲(もう)け物だ。こっそり舌を出そうという寸法。人が悪いようだが、どうせ帝国主義下の国力伸長のからくりなぞ、みんなこんなようなもので、ドイツが格別不正なわけではない。ことに小国にたいする場合、どこの国も平気でかなりひどいことをしてきている。これを称して国際道徳という。
 で、莫迦莫迦(ばかばか)しいようだが、ドイツは、盲人(めくら)に、よいように手紙を読んでやる長屋の悪書生みたいな遣(や)り方で、アフガニスタンを誤魔化(ごまか)してなにかせしめようとした。それがなんであったか、ハッキリ判明していない。戦時における鉄道沿線警備に関する申し合わせ、そんなような問題だったらしい。
 原訳二通の条約草稿を茶色の革袋へ密封して、特別仕かけの錠をおろす。腕っこきの特務員が、大きな眼を開けて、片時も放さず袋を握っていくのだ。万善(ばんぜん)を期するため、たがいに識(し)らない密偵部員が二人、めいめい自分だけと思って、見え隠れについていく。郵便夫の男も、二人の顔を知らないのだから、スパイがスパイを尾(つ)けている形で、二重三重の固めだった。実際、この時分のドイツには、密偵密偵機関(カウンタ・エスピイネイチ・グランチ)といって、もっとも鋭い、老練家のスパイが選ばれて、しじゅうスパイをスパイして警戒眼を放さない制度になっていた。スパイをやるくらいの奴だからいつ寝返りを打たないともかぎらないというので、皮肉な話だ。そこで、スパイをスパイするスパイだけではまだ不安だとあって、そのスパイをスパイするスパイ、つまり、初めからいうと、スパイをスパイするスパイをスパイするスパイを置いて、そのまた上に、スパイをスパイするスパイ――とにかく識(し)らない同士の三人旅である。途中なにごともなくアフガニスタンへ着いて、密書入りの革袋は、ただちにドイツ領事館内の金庫へ保管される。領事館で初めて顔の合った三人、スパイの鉢(はち)あわせで、驚いた。
「やあ、君もか。」
「なんだ、君もそうだったのか。どうも眼つきのよくない奴が尾(つ)けて来ると思ったよ。」
「しかし吾輩は、君がそうとは気がつかなかったぞ。しょっちゅう[#「しょっちゅう」は底本では「しょっしゅう」]眠ってたじゃないか。」
「うん。心眼をあけてね。」
「どうだか。怪しいもんだぜ。隙(すき)だらけだった。」
「馬鹿言いたまえ。虚実の間を往(ゆ)くのがスパイの要諦(ようてい)なんだ。はっはっは。」
 なんかと、館員も加わって豪傑ぞろいのドイツ人のことだから、呵々(かか)大笑、がやがややっているところへ、ノックもなしに扉(ドア)が開いて、のそりとはいって来た人物を見ると、長身、筋肉的、砂色の毛髪、手筈(てはず)によれば、ソフィアで、同志H21に現(うつつ)をぬかしているはずの英少佐エリク・ヘンダスンだから、一同おやっと呆気(あっけ)に取られている。
 ひとりで舞台を攫(さら)ったヘンダスンは、得意時の人間の商人的馬鹿ていねいさで卓子(いす)へ近づいて、いきなりポケットから二通の書類を取り出して叩きつけた。
「紳士諸君」ちょいとドラマティックに見得(みえ)を切って、「この条約文の翻訳は不正確きわまるものですな。誤訳だらけですな。あんまりひどいんで、ちょっといま、族王(エミア)様にお眼どおり願って御注意申し上げておきました。族王(エミア)さまはたいそう怒っていらっしゃる。どうもドイツ人は怪(け)しからん。もうすこしアフガニスタン語を勉強したらいいじゃないか――。」
 いまそこの金庫へ入れた革袋の中にあるとばかり思っていた「厳秘(げんぴ)」の二書を、エリク・ヘンダスンが持って来て、眼の前へ突きつけたのだ。この、西洋仕立屋銀次みたいな腕前に、敵ながらあっぱれと一同は舌を捲(ま)く。ヘンダスンはすっかり男をあげた。
 ところで、H21はなにをしている?

        5

 ベルリン市ケニゲルグラッツェル街(シュトラッセ)七〇番。
 ドイツ国事探偵本部。
 H21はここへよび出されている。

 風雲急。近づきつつある大戦の血臭を孕(はら)んで、ヨーロッパの天地はなんとなく暗い。かすかにかすかに、どこかで戦争の警鈴が鳴り響いている。空気は凝結して、じっと爆発の機会を待っているのだ。もう口火を切るばかりである。そんなような状態だった。
 ドイツ外交参謀の機密に参与するごく少数の者は、いつ、どこで、いかにして、その第一石が投じられるか、あらかじめ知っていた。が、もちろん、あれほどの大波紋をまきおこそうとは、カイゼル自身も思わなかったろう。予定の日は来た。一九一四年八月の運命の日。大戦だ。
 召集令。軍隊輸送。停車場の接吻。銀行家も大工も大学教授も肉屋も新聞記者も、パウルもチャアデンもカチンスキイも、みんなカアキ色と鉄製のヘルメットだ。やがて、進軍、塹壕(ざんごう)、白兵(はくへい)戦、手擲弾(しゅてきだん)。砲声が聞えてくる。爆撃機の唸(うな)りが空を覆(おお)う。

 ベルリン・ケニゲルグラッツェル街のスパイ本部で、マタ・アリは命令を受け取っていた。ただちにパリーへ走り、全力をつくし、あらゆる手段を講じて、フランス内閣の某閣僚――それがだれであるかはあとでわかる――の信任を獲(え)よというのだ。その人物性行に関する細大の報告、もっとも自然に接近しうる方法等、すべて同時に提供された。某閣僚ばかりではない。各方面の要路にたつ人間を、できるだけ多勢彼女の魅網(みもう)に包みこまなければならない。ことに陸海軍、民間運漕(うんそう)関係の有力者を逃がすな。H21は、その有(も)てるすべてを彼らに与えて、彼らから聴き出した知識を逐一(ちくいち)もっとも敏速に通牒(つうちょう)せよ――そして、一つの注意が付加された。
「忘れてならない例外がある。その某閣僚にたいしてだけは、いかなる場合、いかなる形においても、H21の方から能動的に、なにか探り出そうとするような言動を示してはならぬ。これだけは厳守すること。」
 というのだ。命令はわかったが、この最後の理由が腑(ふ)に落ちない。一番の大物に探りを入れて悪いなら、それでは、いったいなんのために生命を賭(と)して近づくのか、その動機が呑(の)み込めなかった。が、すでに数年密偵部にいるのだから、下手(へた)に反問することの危険を熟知している。すべて命令は鵜呑(うの)みにすべきで、勝手に咀嚼(そしゃく)したり吐き出したりすべきものではない。マタ・アリは、黙ってうなずいた。
 オランダの市民権をもっている。難なく国境を通過してパリーへはいった。初めて来るパリーではない。以前この裸体のダンサアをパトロナイズした政界、実業界の大立物(おおだてもの)がうんといる。みんな他人に戦争させてのらくらしているブルジョア連中である。またあのマタ・アリが来るというんで爪立(つまだ)ちして待ちかまえていた。ニュウリイに素晴らしいアパアトメントがとってある。戦時でも、パリーの灯は華やかだ。すぐに女王マタ・アリを中心に、色彩的な「饒舌(じょうぜつ)と淫欲(いんよく)と流行(ファッション)の宮廷(コウト)」ができあがって、われこそ一番のお気に入りだと競争を始める。この美貌の好色一代女があにはからんや、H21などという非詩的(プロザイク)な番号をもっていようとは、お釈迦(しゃか)様でもごぞんじなかった。この宮廷の第一人者は、とっくに最大の獲物として狙ってきた仏内閣の閣僚某、メエトルをあげてマタ・アリのパトロンになった。が、外部へは綺麗(きれい)に隠して、閣議の帰りやなんかに、お忍びの自動車を仕立ててニュウリイのアパアトへしきりに通っている。例の厳命がある。いっこう訳がわからないが、とにかくマタ・アリはそれを守って、なにも訊(き)かなかった。大臣はもとより、なにも言わない。寄ると触ると、だれもかれも話しあっている戦争のことを、不自然なほど、二人の話題に上(のぼ)らないでいる。
 そのかわり他の恋人群の間に機密を漁(あさ)った。ことに連合軍の将校に好意の濫売(らんばい)をやったから、報告材料には困らない。別れたあたしの良人(おっと)というのは、イギリスの士官でしたのよ――かつて一緒にインドへいったマクリイのことだ。嘘ではない。あどけない顔でこんなことを言うから、マタ・アリが、時に女性にしては珍しい軍事上の興味と知識を示してもだれも不思議に思わなかった。無邪気な笑顔で、急所にふれた質問をたくみに包んだ。休暇で戦線から帰って来ている軍人たちである。めいめい自分の、そして自分だけの情婦と信じ込んでいる女が、寝台の痴態(ちたい)において、優しく話しかける。時として、可愛いほど無智な質問があったり、そうかと思うと、どうした拍子(ひょうし)に、ぎょっとするような際(きわ)どいことを訊(き)く。こっちは下地に、豪(えら)そうに戦争の話をしたくてたまらない心理もある。みなべらべらしゃべってしまった。それがすべて翌朝暗号電報となって特設の経路からベルリンへ飛ぶ。当時のマタ・アリの活動は、まことに眼覚(めざ)ましかった。たださえパリーだ。戦時である。性道徳は弛緩(しかん)しきっている。マタ・アリは、スパイそのものよりも、いろんな男を征服するのが面白いのだ。今度はそれが仕事で、資金はふんだんに支給される。時と所と人と、三拍子(びょうし)そろって、あの歴史的なスパイ戦線の尖端(せんたん)に踊りぬいていたのだった。

 マルガリイの料理店である。赤十字慈善舞踏会の夜だった。明るい灯の下、珍味の食卓を中に、一対(つい)の紳士淑女はフォウクと談笑を弄(もてあそ)んでいる。新型のデコルテから、こんがり焦(こ)げたような、肉欲的な腕と肩を露(あら)わしたマタ・アリは、媚(こ)びのほかなにも知らない、上気(じょうき)した眼をあげて、相手の、連合マリン・サアヴィスのノルマン・レイ氏を見てにっこりした。駝鳥(だちょう)の羽扇(おおぎ)が、倦(けだ)るそうに[#「倦(けだ)るそうに」は底本では「倦(けだる)るそうに」]ゆらりと揺れて、香料の風を送る。どうあってもここんところは、プラス・ヴァンドウムかルウ・ドュ・ラ・ペエの空気でないと、感じがでない。グラン・ブルヴァルだと、もうコティのにおいがする。
「ねえ、このごろなんにも下さらないわねえ。」下品なようだが、そんなような意味のことを言った。
「あたしスペインのマンテラが欲しいんですけれど、いまパリー中のどこを捜(さが)してもないんですって。つまんないわ。」
「なに、スペインのマンテラですか、あれが欲しいんですか。そうですか。」
 ノルマン・レイ氏は、すぐ顔を輝かして乗り出してきた。今夜どういうものか機嫌が悪くて、些(いささ)か持てあましていたマタ・アリが、急に天候回復して少女のようにねだりだしたのだから、彼は、カイゼルが降参(こうさん)したように嬉しかったのだろう。四角くなって引き請(う)けた。
「よろしい。大至急スペインから取り寄せることにしよう。バルセロナの特置員(エイジェント)へ電報を打って、つぎの便船で送らせますから、わけはない。」
「あら、素敵! すると、いつ来て?」
 ノルマン・レイ氏は、商船(マリン)サアヴィスの理事なのだ。連合国の汽船の動きを、脳髄の皺(しわ)に畳(たた)み込んでいる人である。
「待ちたまえ。」日を繰(く)って考えている。「今日の火曜日と――木曜日の真夜中に、コロナ号がバルセロナを抜錨(ばつびょう)する。聖(サン)ナザアルへ入港(はい)るのが来週の水曜日と見て、そうですね、金曜日にはまちがいなく届くでしょう。」
 異様に眼を光らせて聞いていたマタ・アリは、レイ氏の言葉が終った時は、もうマンテラにたいする関心をうしなったように横を向いて、小さな欠伸(あくび)を噛(か)み殺していた。ノウさんはたのもしいわくらい言ったかもしれない。
 つぎの日、マタ・アリは、長距離電話でブレスト町を呼び出していた。兄と称する人物が、線のむこう端に声を持った。親類の一人が、木曜日の深夜に発病して、肺炎になった。つぎの週の水曜日に入院するから、それまでさっそく看病に行ってもらいたい――マタ・アリは電話でそう言っている。ただちにブレストから、オランダのロッテルダムへ電報が飛んだ。電文は、ブレストの一カフェが鰯(いわし)の罐詰(かんづめ)を註文している文章だった。何ダース、何月何日の何時に着くように、どうやって送ること――そして、ロッテルダムからは、暗号電報が海底深く消え去る。
 三日後の金曜日、真夜中である。
 ビスケイ湾、あそこはいつも荒れる。ことに、その晩は猛烈な暴風(しけ)で、海全体が石鹸の泡のように沸(わ)き騒いでいた。連合軍の食糧を満載して、前夜バルセロナの港を出帆(しゅっぱん)したコロナ号は、燈火が洩(も)れないように、窓という窓を毛布で覆(おお)って、木の葉のように揺れながら、けんめいに蒸気(ステイム)をあげていた。ポルトガルの海岸線を右に見て、一路ビスケイのまっただ中へさしかかる。前檣(ぜんしょう)に見張りが立っていたが、空は、風に飛ぶ層雲が低く垂れて、海との境界さえ判然しない。てんで見通しがきかなかった。
 前面の波上に潜望鏡の鼻が現われる。水雷を必要としない近距離だ。ほっそりした砲塔が浮び出る。潜航艇の舷側(げんそく)を海水が滝のように滑り落ちた。暗い水面を刷(は)いて、コロナ号の船内に非常警報が鳴り響いている。その悲鳴を[#「悲鳴を」は底本では「非鳴を」]消して、つづけさまに砲声が轟(とどろ)いた。十七分で沈んだ。一人も助からなかった。約束のマンテラも沈んでしまったので、ノルマン・レイ氏は、マタ・アリはどんなに失望するかと思ったところが、それほど失望もしなかったというが、それはそうだろう。

        6

 欧州大戦には、あらゆる皮膚の色の人種が登場していて、それだけでもいまから想えば華麗混沌(こんとん)たる一大万華鏡(まんげきょう)の観あるが、覗(のぞ)いて見ると、そのスパイ戦線の尖端に、茶色の肌をした全裸の一女性が踊りぬいているのを見る。それがH21のマタ・アリである。

 東洋の血の混(まじ)ったオランダの貴婦人という放送。晩餐(ばんさん)。シャンペン。ダンス。シックで高価な服装。例の傾国傾城(けいこくけいせい)の「うら悲しい微笑」。背景は、ツェッペリンの空襲を怖れて、燈影(とうえい)仄(ほの)暗い一九一四、一五年のパリー。
 人生を一連の冒険と心得るH21にとって、条件は完璧だったといっていい。秘密を胸に、男から男へと泳ぎまわっている。彼女を取りまく騎士の一人と、珈琲(コーヒー)店の椅子で話しこむ。そのうちふと給仕人を呼んで、マタ・アリが葡萄(ぶどう)酒の註文をする。いったい葡萄(ぶどう)酒は産地と醸造の年代でわかれていて、通(つう)はなかなかむつかしいことをいうものだが、この女客も葡萄酒はやかましいとみえていろいろとうるさい好みを出すから、給仕人はそいつを筆記して引き退(さが)って行く。酒倉は地下室にある。まもなくそこを捜索してお誂(あつら)えの壜(びん)を持って来て、葡萄酒の方は、まあこれでいいが、その五日後である。船艙(せんそう)の覆(おお)いにまで黒人植民兵を満載して仏領アフリカから急航しつつあった運送船が、アルジェリアの海岸近くでドイツの潜航艇に遣(や)られている。
 それも一隻や二隻ではない。戦争が終わるまで、正確な遭難数は発表されなかったが、当時、北部アフリカとマルセイユを往復する運送船というと、まるで手を叩くように、奇妙に地中海のどこかで狙い撃ちされたので、運輸系統やスケジュウルが洩れているのではないかと大問題になった。みんなマタ・アリが、商船(マリン)サアヴィスの関係者を珈琲店(カフェ)へつれ出して聞き出し、葡萄(ぶどう)酒の年号に託して通告したもので、同志のドイツスパイが給仕人に化(ば)けていたるところの酒場、カフェ、料理店に住み込んでいた。いまでも、ヨーロッパの給仕人にはドイツ生れの人間が多いが、戦争当時は、それが組織的に連絡を取って一大密偵網を張ったものである。後日マタ・アリの告白したところによれば、この方法で十八隻沈めたことになっている。
 ところで、女のスパイは長く信用できないと言われているが、これはなにも女性は不正直でおしゃべりだというわけではなく、いや、それどころか、不正直はスパイの本質的要素の一つなんだからかなり不正直であっていいわけだ。ただここに困るのは、ときどき恋に落ちられることだとある。それも、スパイすべき相手の男に恋されたんでは、困るばかりではない。どっちのスパイかわからなくなって、たぶんに危険を感ぜざるを得ないけれど、マタ・アリにかぎってそんな心配はなかった。初めから恋する心臓を欠除している女だったというのだ。自分の暗号電報一つで多勢の男を殺すことにも、べつに歓喜も悲痛も知覚しなかったほど、無神経な性格だったのである。愛国の至情(しじょう)から出ているのでない以上、そうでもなければ、一日だって女性に勤まる仕事ではない。
 が、このマタ・アリも、時として恋らしいものをしている。戦争勃発(ぼっぱつ)と同時にフランスの義勇軍に投じた若いロシア人とだけで名前はわかってない。一説には Daptain Marlew という英国将校だったともいう。まもなく、砲弾で盲目にされて後部へ退(しりぞ)いた。この失明の帰還兵にだけは、マタ・アリもいくぶん純情的なものを寄せて、さかんに切々たる手紙を書いている。ヴィテルの尼僧(にそう)病院に収容されることになって、マタ・アリもパリーから行っているが、それは、恋半分、使命半分の動機からだった。ヴィテルは、フランス陸軍の重要な「空の根拠地」の一つである。

 序(ついで)だが、大戦当時、敵地へスパイを入れるのに、おおいに飛行機を利用したもので、夜中にスパイを乗せて戦線を飛び越え、国境深く潜入して、落下傘(らっかさん)で落してやる。またはこっそり着陸する。連合軍もドイツ軍もこれをやったが、広大な田舎(いなか)[#ルビの「いなか」は底本では「ないか」]の暗夜など防ぎようがなかった。
 ヴィテルの病院で、マタ・アリは、盲目の恋人を労(いたわ)りながら、飛行隊の将校連と日増しに親しくなりつつある。と思うと、ぞくぞく不思議なことが起こって、飛行機の恐慌に陥(おちい)った。いまいったように、密偵を同乗させた飛行機が、ヴィテル飛行場を発してドイツの上空へ消えて往(ゆ)くのだが、それがすべて申しあわせたように、完全に消えうせたきり、けっして帰って来ない。どこへ着陸しても、ちゃんとドイツ兵の一隊が待ちかまえていて、操縦士と同乗者はただちに射殺、飛行機は捕虜(ほりょ)、帰ってこないわけだ。不思議だとはいったが、ヴィテルにマタ・アリがいるかぎり、ちっとも不思議なことはない。
 そのうち、盲目の義勇兵にも飽きたと見えて、マタ・アリはひとりでパリーへ帰る。
 運転手付きの自動車が停車場に出迎えている。ニュウリイのアパアトメントへ走らせながら、見慣れているパリー街景だ。ぼんやりほかのことを考えていたが、やがて急停車したので気がつくと、ニュウリイではない。見覚えのない町筋へ来ているから、マタ・アリはびっくりしている。
 車扉(ドア)が開けられて、降りるようにという声がする。降りた、そこを五、六人の男が包囲してしまう。表面は慇懃(いんぎん)な態度だが、それは冷い敵意の変形でしかないことを、マタ・アリは素早く看取(かんしゅ)した。
「マダム、どうぞこちらへ――。」
 初めて恐怖がマタ・アリを把握したが、さり気なく装(よそお)うことには慣れている。「退屈しきった貴婦人」の体(てい)よろしく、ひとしきり鷹揚(おうよう)に抗弁してみたが、ついにそこの建物の奥深い一室へつれ込まれる。書類の埋高(うずたか)く積まれた大机のむこうに、鋭い青銅色の眼をした老紳士が控えている。背広を着ているが、千軍万馬(せんぐんばんば)の軍人らしい風格、これが有名な「第二号の人」だった。尖(とが)った質問が順次にマタ・アリを突き刺し始める。
「尾行付きのドイツ人とたびたび会っているようですが、どういう要件ですか。」
 第二号は、卓上の報告に眼を走らせながら、急追求を緩(ゆる)めない。この時の感想を、あとでマタ・アリは、一枚一枚着物を剥(は)がれてゆくような気がしたと述べているが、裸体の舞踊家だけに、さすがにうまいことを言った。雨のような詰問(きつもん)を外して、けんめいに逃げを張る。とうとう石の壁に衝(つ)き当って、そこで全裸にされた形だ。第二号はにやりと笑う。
「つまりフランス陸海軍の動静を探って、それを報告しておられたと言うんですな。」
 マタ・アリの手には、最後の切り札が残された。
「ええ。でもあたくし、連合軍のためにしていることなんですわ。ドイツの密偵部の人には、かなり相識(しりあい)もございますけれど、良人(おっと)は英国士官でしたし、いまあたくしのお友達の大部分は、連合軍の主要な地位の方々でございます。あたくし、ほんとのことを申しますと、こういう機会がまいりますのを待っておりましたの。あたくしの方は、すっかり準備ができております。いろいろドイツ軍に不利な事実も知っておりますし、あたくしがそう思うように仕向けて、先方では、あたくしを味方のつもりでおりますから、なんでも聞き出せますわ。なにとぞあたくしをフランスの密偵部にお入れ下さい。御命令どおり、どんなことでも探りだしてきて、かならずお役に立つようにいたしますわ。」
 苦しい詭弁(きべん)を弄(ろう)している。とにかく、立派に自白したに相違ないから、マタ・アリはこれで即座に「処理」されるはずだった。実際、だいぶこの強硬論が優勢だったのだが、第二号は考えた。マタ・アリの知友は、軍部でも外交関係でも、幅のきく連中ばかりである。こいつを死の門に送り込むには、十分すぎるほど十分な証拠を必要とする。さもないと、あちこちの大頭株(あたまかぶ)から、厄介(やっかい)な文句が出そうだ。これはどうも普通のスパイのように簡単には扱えない――そこで、第二号を取り巻いて私語(ささやき)を交し出す。甲論乙駁(こうろんおつばく)、なかなか決しない。マタ・アリはこっちから、大きな眼に精一杯の嬌媚(きょうび)を罩(こ)めて、じっとその様子を眺めている。
 相談一決、第二号がマタ・アリに向きなおってにっこりした。
「それじゃマダム、貴女の嫌疑は嫌疑として、今回だけ、貴女がフランスに忠実であるということを証拠立てえる機会を作ってあげましょう。われわれの同志として、いまからあらためて貴女をフランス特務機関に編入します。ベルギーのほうを遣(や)ってもらいたいのです。彼地を占領しているドイツ軍の部内に、こっちから三十人のスパイを入り込ませてありますから、いまその名簿をあげます。みなそうとうに働いてくれているんですが、このごろ敵の妨害スパイの活動が激しくて、どうも報告が集まらないで弱っている。貴女の任務は、その三十名の情報をまとめて身をもってパリーの私の所へ持って来ることです。」
 安堵(あんど)の溜息と一緒に、マタ・アリは答える。
「承知致しました。」
 あらゆる便宜の下に出発して、英仏海峡を渡った。仏白(ふつはく)の国境は、独軍におさえられているので、海路英国から潜入しようとしたのだ。ところが、オランダにいる娘が急病だから行かなければならないというマタ・アリの声明を、英国政府が取りあげなかった。オランダへもベルギーへも遣(や)らずに、ロンドン警視庁(スコットランド・ヤアド)特高(とっこう)課長ベイジル・タムスン卿の手で、胡散臭(うさんくさ)いやつだというので、フォルマス港からこっそりとんでもないスペインへ追放してしまう。
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