丹下左膳
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著者名:林不忘 

       二

 石川左近将監の使者は、竹田という若い傍用人(そばようにん)であった。
 石川家の定紋、丸に一の字引きを染めぬいた、柿色羽二重の大ぶろしきに、何やら三方(ぽう)にのせた細長いものをそばにひきつけて、緊張した顔で広書院にすわっていた。
 田丸主水正(たまるもんどのしょう)は、主君対馬守のお代理という格式で、突き袖をせんばかり、そっくりかえってその部屋へはいっていくと、竹田は、前に出ていた天目台(てんもくだい)をちょっと横へそらして、両肘を角立てて、畳をなめた。
 平伏したのだ。
「これは、御家老田丸様……いつも御健勝にて、何よりと存じまする」
「アいや、そこは下座(しもざ)。そこでは御挨拶もなり申さぬ」
 と主水正は、袴(はかま)のまちから手を出して、床の間のほうへしゃくるような手つきをした。
「どうぞ、どうぞあちらへ――」
「は。今日(こんにち)は、主人将監(しょうげん)のかわりでござりますれば、それでは、失礼をかえりみませず、お高いところを頂戴(ちょうだい)いたしまする」
 および腰のすり足、たたみの縁(へり)をよけて、ツツツウと上座になおった竹田なにがしが、
「実は、主人将監が自身で参上つかまつるはずで、そのしたくのさいちゅう――」
 いいかけることばを、主水正は中途からうばって、
「いや、わかっております。そのおしたくのさいちゅう、この二、三日ことのほかきびしき余寒のせいか、にわかに持病の腹痛、あるいは頭痛、あるいは疝気(せんき)の気味にて、外出あいかなわず、まことに失礼ながら貴殿がかわって御使者におたちなされたと言われるのでござろう」と、くすぐったそうなふくみ笑い。
 竹田はポカンとして、
「そのとおり。よくごぞんじで。手前の主人のは、その頭痛の組でございます」
「伊達(だて)様と、小松甲斐守殿と、そのほか頭痛組はだいぶござった。イヤ、どなたの御口上も同じこと。毎日毎日おなじ応接を、いたして、主水正、ことごとく飽き申したよ」
 まったく、それに相違ない。この十日ばかりというもの、一日に何人となく諸国諸大名の使いが、この林念寺前の柳生の上屋敷へやってきて、さて、判で押したような同じ文句をのべて、おなじような贈り物をさしだす。
 もうすっかりすんだころと思ってきょう締め切ろうと、ああして総決算にかかったところへ、また一人、この石川家の竹田がやって来たというわけなので。
「ははア、さようでございましょうな」
 と竹田は、感心したような、同情したような顔をしたが、このままでは使いのおもてがたたないので、ピタリと畳に両手を突いてやりはじめた。
「このたびは、二十年目の日光東照宮御修営という、まことに千載一遇のはえある好機にあたり……」
「ちょ、ちょっとお待ちを。お言葉中ながら、二十年目の千載一遇というのは理にあい申さぬ。強いて言おうなら、二十年一遇でござろう。これも私は、七十六回なおしました。貴殿で七十七人目だ」
「イヤどうも、これは恐れ入ります。なるほど御家老の仰せのとおりで――その二十年一遇の好機にあたり、御神君の神意をもちまして、御当家がその御造営奉行という光栄ある番におあたりになりましたる段……」
「はい。あれは、にくんでもあまりある金魚めでござったよ。いっそ、石川殿の金魚が死ねばよかったに」
「いえ、とんでもない! 桑原桑原(くわばらくわばら)……エエどこまで申しあげましたかしら。そうそう、御当家がその御造営奉行の光栄ある番におあたりになりましたる段、実もって慶賀至極、恐悦のことに存じまする。これが戦国の世ならば――」
 途中で暗記でもしてきたらしく竹田某(ぼう)、ペラペラとやっている。

       三

「もしこれが戦国の世ならば」
 と、竹田は、一気につづけて、
「上様(うえさま)の御馬前に花と散って、日ごろの君恩に報い、武士(もののふ)の本懐とげる機会もござりましょうに、かように和平あいつづきましては、その折りとてもなく、何をもってか葵(あおい)累代(るいだい)の御恩寵(ごおんちょう)にこたえたてまつらんと……いえ、主人左近将監は、いつも口ぐせのようにそう申しております。ところで、このたびの日光大修営、乱世に武をもって報ずるも、この文治の御代に黄金(こがね)をもってお役にたつも、御恩返しのこころは同じこと。ましてや、流れも清き徳川の源、権現様(ごんげんさま)の御廟(ごびょう)をおつくろい申しあげるのですから、たとい、一藩はそのまま食うや食わずに枯れはてても、君の馬前に討死すると同じ武士(もののふ)の本望――」
「いや、見上げたお志じゃ。よくわかり申した」
 来る使いも、来る使いも、この同じ文句を並べるので、主水正、聞きあきている。
「いえ、もうホンのすこし、使いの口上だけは、お聞きねがわないと、拙者の役表がたちませぬ――まことに、この日光おなおしこそは、願ってもない御恩報じの好機である。なんとかして自分方へ御用命にならぬものかと、それはいずれさまも同じ思いでございましたろうが、ことに主人将監などは、そのため、日夜神仏に祈願をこらしておりましたところ……」
主水正は、そっぽを向いて、
「何を言わるる。口はちょうほうなものだテ。祈願は祈願でも、なかみが違っておったでござろう。どうぞ、どうぞ日光があたりませぬように、とナ」
 この言葉を消そうと、竹田なにがしは大声に、
「主人将監は、将軍家平素の御鴻恩(ごこうおん)に報ゆるはこの秋(とき)、なんとかして日光御下命の栄典に浴したいものじゃと、日夜神仏に祈願、ほんとでござる、水垢離(みずごり)までとってねがっておりましたにかかわらず、あわれいつぞやの殿中金魚籤(きんぎょくじ)の結果は、ああ天なるかな、命(めい)なるかな、天道ついに主人将監を見すてまして、光栄の女神はとうとう貴柳生藩の上に微笑むこととあいなり……」
「コ、これ、竹田氏とやら、よいかげんにねがいたい。あまり調子に乗らんように」
「その時の主人将監の失望、落胆、アア、この世には、神も仏もないかと申しまして、はい、三日ほど床につきましてござります」
「厄落(やくおと)し祝賀会の宿酔(ふつかよ)いでござったろう」
「文武の神に見放されたかと、その節の主人の悲嘆は、はたの見る眼もあわれで、そばにつかえる拙者どもまで、なぐさめようもなく、いかい難儀をつかまつりました」
「どれもこれも、みな印刷したような同じ文句を言ってくる。そんなにうらやましいなら、光栄ある日光造営奉行のお役、残念ではあるがお譲り申してもさしつかえない、ははははは」
「イヤ、とんでもない! せっかくおあたりになった名誉のお役、どうぞおかまいなくお運びくださるよう――さて、今日拙者が参堂いたしましたる用と申しまするは……」
「いや、それもズンと承知。造営奉行の籤(くじ)がはずれて、はなはだ残念だから、ついては、その組下のお畳奉行、もしくはお作事目付の役をふりあててもらいたい、と、かように仰せらるるのであろうがな」
「は。よく御存じで――おっしゃるとおり、二十年目の好機会を前にして、この日光御修理になんの力もいたすことができんとは、あまりに遺憾、せめてはお畳奉行かお作事目付にありつきたく、こんにちそのお願いにあがりましたる次第」
 言いながら竹田は、定紋つきの風呂敷につつんだ細長いものを、主水正の前へ置きなおして、
「石川家伝来、長船(おさふね)の名刀一口(ふり)、ほんの名刺代り。つつがなく日光御用おはたしにあいなるようにと、主人将監の微意にござりまする。お国おもての対馬守御前へ、よろしく御披露のほどを……」
 あらためて、平伏した。

       四

 田丸主水正(たまるもんどのしょう)は、ひややかな顔で、
「はあ、刀一本。で、それだけですか」
 ろこつなことを訊く。
「悪魔払いの名刀。それに添えまして……イヤ、どうぞあとでおひらきになって、ごらんください。ついてはただいまおねがい申しあげたお畳奉行か、ないしはお作事目付の件、なにとぞ当藩にお命じくださいますよう、せつに、せつに、なにとぞお命じくださいますよう……」
 なにとぞお命じくださいますよう――と、いやにここへ力を入れて、何度もくりかえした。
 くすぐったそうな顔を、主水正はツルリとなでて、
「では、日光に何か一役お持ちになりたいとおっしゃるので。それはそれは、ちかごろ御奇特(ごきとく)なことで」
「はっ。おそれいります。お口ききをもちまして、何分ともに、日光さまに御奉公がかないますよう……」
 そう言いながら、竹田はそっと顔をあげて、すばやく片眼をつぶった。
 丹下左膳の片眼じゃアない。こいつはウインクです。
 ウインクは、なにも、クララ・ボウあたりからつたわって、銀座の舗道でだけやるものと限ったわけじゃアない。
 享保(きょうほう)の昔からあったとは、どうもおどろいたもので――この石川左近将監の家来(けらい)竹田某は、日本におけるウインクの元祖だ。
 そのウインクを受けた田丸主水正、なにしろわが国ではじめてのウインクですから、ちょっとまごまご、眼をぱちくりさせてしばらく考えていたが、やがてその意をくんだものか、これもさっそく、キュッとウインクを返した。
「心得ました。必ずともに日光お役の一つを、石川殿に受け持っていただくよう、骨をおるでござろう。しかしそれも、この包みのなかみ次第でナ」
 と、ニヤニヤしている。
 もうすっかり、話の裏が通じたとみてとって、竹田はホット安心の体(てい)、
「いや、この品は、ほんの敬意を表するというだけの意味で」
 彼はそう言って、その贈り物をもう一度、主水正のほうへ押しやった。
 敬意を表する……便利な言葉があったものです。百円札の束をぐるぐると新聞紙にくるんだり、思い出してもゾッとするような五月雨(さみだれ)が、ショボショボ降ったり――イヤ、そんなことはどうでもいい。
 この間から、全国諸侯の使者が、踵(くびす)を接してこの林念寺前の柳生の上屋敷をおとずれ、異口同音に、日光御修営に参加させてくれとたのんでは、競(きそ)って高価な進物を置いてゆく。その品物の中には、必ず金一封がひそんでいるので。
 その真意は。
 これを献上するから、日光造営奉行の下のお畳奉行やお作事目付は、どうぞごしょうだからゆるしてくれ……という肚(はら)。
 早く言えば、日光のがれの賄賂(わいろ)だ。早くいっても遅くいっても、賄賂は賄賂ですが。
 主水正のほうでも、それはよッく承知していて、一番進物の額(たか)のすくない藩へ、この、人のいやがる日光下役をおとしてやろうと、今、全部の藩公からつけとどけのあつまるのを待って、きょうあたりボツボツ締め切ろうかと思っていたところだ。それが、最後の五分間になっても、こうしてまだやってくる。
 お向うの林念寺の坊さんなどは、訳を知らないから、柳生様では大名相手のお開帳(かいちょう)でもはじめたのかと、おどろいている。
 竹田は、そのまま帰るかと思うと、
「いや、ここまでは使いの表(おもて)」
 と、ちょっと座を崩して、低声(こごえ)に、
「ときに――例のこけ猿は、みつかりましたかな?」
 おどろいたことに、こけ猿の一件はモウだいぶ有名になってるとみえる。

       五

「例のこけ猿の茶壺は、もはや見つかりましたか」
 と竹田がきいた。こけ猿事件がこんなに有名になっているとは、おどろいたものだが、それよりも、もっとおどろいたことには……。
 きかれた田丸主水正。
 さぞかし大いにあわてるだろうと思いのほか。
 この時主水正(もんどのしょう)、すこしもさわがず、すまして手をたたいたものです。
「品川の泊りにて、若君源三郎様が紛失なされたこけ猿の茶壺、ちかごろやっと当家の手に返り申した。ただいまお眼にかけるでござろう」
「お召しでございましたか」
 十六、七の小姓が、はるかつぎの間へきて、手をついた。
「ウム。こけ猿をこれへ」
「はっ」
 お小姓は顔をうつ向けたまま、かしこまって出ていった。
 柳生では、こけ猿の茶壺という名器が行方不明のために、その壺の中に封じこめてある先祖の埋宝個処がわからず、日光お着手の日を目前に控えて、ほとほと困却の末、藩一統、上下をあげて今はもう狂犬みたいに逆上(ぎゃくじょう)している――という、目下、大名仲間のもっぱらの噂である。
 竹田もこの評判を耳にしていたので、いま帰りぎわに、ちょっと、同情三分にからかい七分の気もちできいてみたのだが……世上の取り沙汰(ざた)とちがって、今その壺は、チャンとこの柳生の手におさまっている――という返事。
 ハテナ、と、竹田が首をひねると、主水正はにこにこして、
「だいぶ世間をおさわがせして、申し訳ござらぬが、実は、最近ある筋から、こっそり壺を返してまいりましてナ」
「ははア。それは何より結構でございました」
 と竹田は、四角ばってよろこびをのべたが、内心とてもがっかりしている。
 近いうちにきっと一騒動持ちあがるに相違ないと、ひどいやつで、おもしろい芝居でも待つように、人の難儀をこころ待ちしていたのだが、壺がこっちへ返ってしまえば、柳生は一躍たいへんに裕福な藩。日光なんかジャンジャン引き受けたって小ゆるぎもしない。さぞ苦しがって今に暴れだすだろうと思っていたのが、これじゃアさっぱりおもしろくないから、竹田の失望は小さくございません。
 さっきのお小姓が、ふるびた布(きれ)につつんだ箱をささげて、はいってきた。
 主水正はイヤに緊張した顔で、うやうやしく受けとり、
「これです。この壺に関して、とかく迷惑なうわさの横行いたす折りから、御辺(ごへん)がおたずねくだすったのは、何よりありがたい。一つ、御辺(ごへん)を証人として、無責任なごしっぷを打ち消すために、壺をごらんにいれよう」
「ぜひ」
 と竹田は乗りだす。
 そんなに乗りださなくっても、これはどこから見ても、誰が見ても、まったくこけ猿の茶壺に相違ない。じつに不思議なこともあればあるもので、主水正が、上の布を取りのぞくと、時代がついてくろずんだ桐の箱が出てきた。その箱のふたをとれば、あかい絹紐のすがりがかかって、そのすがりの網の目を通して見える壺の肌は、さすがに朝鮮古渡(ちょうせんこわた)りの名器、焼きのぐあいといい、上薬の流れあんばいといい、たとえば、芹(せり)の根を洗う春の小川のせせらぎを聞くようだと申しましょうか。それとも、雲と境のつかない霞の奥から、ひばりの声が降ってきて――。
 いかさまこけ猿の銘のとおりに、壺の肩のあたりについている把手(とって)の一つが、欠けている。
「ウーム!」
 竹田がうなった。
「いや、たいしたものですなア」

       六

 石川左近将監殿(いしかわさこんしょうげんどの)家臣、竹田なにがし、煙にまかれたように、すっかり感心して帰ってゆくと、主水正はその壺をしまいだしたが、とり出す時の、あの、いかにも名品を扱うような、注意深い態度とうってかわって。
 このしまい方の乱暴さは、どうだ!
 こけ猿の壺をひっつかまえて、ぶつけるようにすがりをかぶせる。そいつを、まるで裏店(うらだな)の夫婦喧嘩に細君の髪をつかむように、グシャッとつかんで、ぽうんと箱へほうりこむ。
 グルグルっところがしながら風呂敷につつんで、――さて、主水正、またぽんぽんと手をならした。
 出てきたのは、竹田を送り出して玄関から帰ってきた小姓だ。
「壺を見せたら、おどろいて帰りましたね。当藩はたいそうな金持になったと思ってるんだから、笑わせますね。こんな貧的(ひんてき)な藩はないのに」
「コレコレ、よけいなことを申すな。しかし、この壺はよくできてるなア」
「じっさい、こけ猿にそっくりでございますね。よくもこう似せられたものですね」
「こいつを見せると、みな恐れ入って引きさがるからふしぎだ。こうやって、こけ猿は柳生の手に返ったと宣伝しておいて、その間に、一刻も早く真物(ほんもの)を見つけださねばならぬ」
「何ごとも宣伝の世の中ですからね」
「くだらぬことを申さずに、この壺をその床の間へかざっておけ。客の眼につくようにナ。まだ来ない大名もあるから、きょうは一時に殺到するかも知れん」
 小姓の手で、にせ猿の壺は、うやうやしく床の間の中央に安置された。とりどりの噂ありたるこけ猿は、かくのごとく、まさに、たしかに、当柳生家にもどり申し候(そうろう)。したがって当藩は、日光などお茶の子サイサイの大富豪に御座候(ござそうろう)。今後そのおつもりにて御交際くだされたく候(そうろう)……なんかと、さながら、そう大書してはりだしたように、その床の間のにせ猿が見えるのでした。
「今この竹田の持ってきた刀の包みを、向うへもっていけ」
 小姓が、その長いやつをかかえて、勘定方と記録係のひかえている、あの庭の奥の離室(はなれ)へはこんでゆく。
 ところへ。
 別の取次ぎが顔を出して、
「御家老へ申しあげます。一石飛騨守様(いっこくひだのかみさま)のお使いがお見えになりましてござります」
「おお、壺をかざったところでちょうどよかった。こちらへ」
 一石飛騨守の使いというのは、まるまるとふとった男だった。はいってくるとすぐ、床の間の壺を見て、ひどくおどろいたようすだったが、持ってきた何やら大きな贈りものをさしだして、口上をのべはじめた。
「エエこのたび、柳生対馬守さまにおかせられては、二十年目にただ一度めぐりきたる光栄のお役、権現様御造営奉行におあたりになりましたる段、慶賀至極、恐悦のことに存じたてまつります。云々(うんぬん)」
「どうつかまつりまして」
「それ戦国の世においては、物の具とって君の馬前に討死なし、もって君恩に報いたてまつるみちもござりまするなれど、うんぬん――」
「この治国平天下の時代には」
 主水正が、ひきとった。
「せめては日光様のお役にあいたち、葵(あおい)累代(るいだい)の御恩の万分の一にもむくいたいと、御主君一石飛騨守どのはなんとかして日光御造営奉行に任じられますようにと、日夜神仏に御祈願……」
「ハイ、そのとおりで」
「水垢離(みずごり)までおとりなされて――」
「おや、よくごぞんじで」
「それが柳生へ落ちてまことに残念だから、せめてはお畳奉行かお作事目付にでも……」
 主水正、大きな欠伸(あくび)をした。

       七

 ……といったようなわけで、一石飛騨守の使者が、
「ぜひとも、ぜひとも、日光お役の一つを、わたくしどもへお命じくださいますよう、平(ひら)に御容赦(ごようしゃ)、イエ、せつにお願いつかまつりまする」
 と、なんだかシドロモドロのことを言って、でかでかとした大きな贈り物を置いて、帰りじたくをしながら、
「ちょっとうかがいますが、あれなる床の間にかざってございますのは、あれは、こけ猿の茶壺で……?」
「はア。さようです。だいぶ世話をやかされましたが、ちかごろやっと手にもどりました次第」
「それはそれは、結構でございましたなあ。ヘエエ! あれが有名なるこけ猿。なんともお見事なる品で――もうこれで、お家万代でござりまするな。いや、おめでとうございます」
 そこへ、また取次ぎの者があらわれて、
「エエ御家老様、堀口但馬守様(ほりぐちたじまのかみさま)からお使いの方がおみえになりまして……」
「ウム、こちらへ」
「では、拙者はこれにてごめんを」
 飛騨守(ひだのかみ)の家来(けらい)、あわてて帰っていく玄関への廊下で、入れちがいにはいってきた堀口但馬(ほりぐちたじま)の臣と、擦(す)れちがい、
「イヤどうも」
「イヤどうも」
 双方でバツのわるい挨拶。
 飛騨守の使い、相手の手にある進物の包みを、ちらと横眼に見て、ナニ、おれのほうがだいぶ大きい、この分だとのがれられるワイと、安心して出てゆく。
 座になおった堀口但馬守お使者は、
「このたびは名誉ある日光御造営奉行におあたりになりましたる段、実もって祝着至極」から始めて、これが戦国の世ならば――主人堀口但馬(ほりぐちたじま)は神仏に祈願――水ごり――せめてはお畳奉行かお作事目付に……。
「これはホンの名刺がわり」
 と何やらお三方に乗せた物を押しすすめて、
「さて、チョッと伺いますが、あれはこけ猿――?」
「御家老様へ申しあげます。井上大膳亮様(いのうえだいぜんのすけさま)のお使いがおみえになりまして」
「千客万来、みな来ると困るなり」
 なんて口の中で言いながら、田丸主水正、ひどくいい気もちそうだ。
 井上大膳亮の臣、
「このたびは名誉ある……これが戦国の世ならば……神仏に祈願……水垢離(みずごり)……せめてはおたたみ奉行……これはほんのおしるしで。ところで、あれが有名なるこけ猿で?」
「御家老、山脇播磨守(やまわきはりまのかみ)さまのおつかい……」
 つぎ――宇都木図書頭(うつぎずしょのかみ)。
 つぎ……岡本能登守(おかもとのとのかみ)。
 つぎっ! お早く願います。こみあいますから中ほどへ。これじゃアなんの話だかわからない。
 この柳生の上屋敷の前は、各大名の使者にくっついてきた供の者、仲間(ちゅうげん)、折助(おりすけ)たちで押すな押すなの混雑。豆大福(まめだいふく)を売るおばあさんや、焼鳥屋の店が出て、顎紐(あごひも)をかけたお巡りさんが整理にあたっている。
 主水正の若党儀作(ぎさく)は、下足番で、声をからしています。
「エエろの十六――ろの十六。おうい、一石飛騨守様のお供ウ、お帰りだぞウッ」
 なんて騒ぎ。
 門前には、近所の人たちがぎっしりひしめいて、
「いま出てきたのは、河骨菱(こうほねびし)の御紋だから、堀口但馬様(ほりぐちたじまさま)の御家臣だ」
「オ! 三つ追(お)い揚羽(あげは)の蝶がへえってゆく。宇都木(うつぎ)さまだぜ。絵のような景色だなア」

       八

 その夜。
 深夜の十二時をもって、賄賂の受付を締め切りました。
「いや、どうも、えらいめにあった」
 田丸主水正は、そう言って、くたくたになって、奥庭の離れへもどってきた。
 離室(はなれ)には、灯がはいって、勘定方と記入係の二人が、そろばんと帳面を前に、ぽつねんと待っていた。
「だいぶ押しかけましたな、締め切りまぎわに」
 と、そろばんが言った。
「いまひととおり調べましたが、やっぱりどうも、別所さまの二つというのが、最低のようで」
 帳面が、そうそばから言葉をそえた。
「まったくひどいめにあった。ドッコイショッ!」
 家老の威厳もうちわすれて、主水正はそこへ、くずれるようにどっかりすわって、
「あの、石川殿(どの)の用人、竹田とやらがまいった時から、ずっとすわりつづけで、脚がもうしびれてしもうた。やれやれ」
「すこしおもみいたしましょうか」
「いや、それにはおよばぬ。しかし、驚いたなあ。きょうになって、こんなに来ようとは思わんかった。一時に、ドッときたよ」
「こう申してはなんですが、内証のくるしい方々は、持っていらっしゃる金子のくめんにお困りになって、それでこうギリギリおしつまるまで、のびのびになったのでございましょう」
「そうとみえる。同じ文句を聞かされて、嫌になってしまった。どうしてああ来るやつも来る奴も、寸分たがわぬことをいうのじゃろう。まるで相談してきたようじゃぞ」
 帳簿とそろばんは、声をあわして笑った。
「それにまた、あのにせ猿の茶壺をかざっておくことは、この際、いかにもよい思いつきじゃったテ。みながみな、言いあわしたようににせ猿に眼をとめては、結構なお品だの、これで柳生はたいそう金持の藩になったじゃろう、だのとナ、口々に祝いをのべて帰りおったぞ。冷や汗が流れた、ハッハッハ」
「それにつけましても」
 と、うれいのこもる眉をあげたのは、そろばんでした。
「一刻も早く、ほんもののこけ猿を手にいれねば……」
「まったく。かくなるうえはなおのこと、こけ猿を見つけ出すが刻下の急務」
 と、帳面も、肩を四角にしてりきむ。
「わしから一つ、高大之進に厳重に督促するとしよう」
 主水正は、決然としてうなずいたのち、
「サ、ではやってしまおうか」
「は。それではこれで、いよいよ締め切りに……エエ石川左近将監(いしかわさこんしょうげん)どのより、四つ。ほかに、長船(おさふね)の刀一口(ふり)。一石飛騨守様(いっこくひだのかみさま)より五つ半、および絹地(きぬじ)五反。堀口但馬(ほりぐちたじま)さまより――」
一、堀口但馬守様(ほりぐちたじまのかみさま)――七つ。
一、井上大膳亮殿(いのうえだいぜんのすけどの)――四つ。ならびに扇子箱(せんすばこ)。
一、山脇播磨守(やまわきはりまのかみ)どの――三つ半。砂糖菓子(さとうがし)。
一、宇都木図書頭(うつぎずしょのかみ)さま――六つ。
一、岡本能登守様(おかもとのとのかみさま)――八つ。
 なんて調子に、記入方がひかえていく。その、横綴じの長い帳面の表には「発願奇特帳(ほつがんきとくちょう)」とある。みんな日光に一役持ちたいと、口だけは奇特な発願をたてて、表面どこまでも、そのための献金なんですから。
「ホホウ、八つというのが出たナ。はじめてだな」
 主水正は、うれしそうです。
「いえ、四、五日前にきた赤穂の森越中様(もりえっちゅうさま)のが、やはり八つでした」
「じっさい、三つや四つで日光下役を逃げようてエのは、虫がよすぎるからなア」
 と、主水正、だんだん下卑(げび)たことを言いだす。
「しかし、これだけ賄賂(まいない)があつまれば、当藩はだいぶ助かる。では、一番けちな別所信濃(べっしょしなの)へ、畳奉行をおとしてやるとしようか」

       九

 発願奇特帳(ほつがんきとくちょう)……皮肉な名前の帳面が、あったもんです。
 先方が願を立てて、奇特な申し出をしてくる。そのなかで、もっとも進物のたかのすくないやつに、ねがいどおり望みをかなえてやる――。
「ところで、お作事目付は、誰にもっていったものかな」
 と、主水正、その発願奇特帳(ほつがんきとくちょう)をペラペラとめくりながら、
「サテと、藤田監物(ふじたけんもつ)の三つかな」
 そろばんが、そばから口をだして、
「山脇播磨様(やまわきはりまさま)も三つ――」
「いや、そうじゃない」
 帳面が、訂正した。
「播磨守殿は、三つ半じゃ」
「三つ半なら、秋元淡路守様(あきもとあわじのかみさま)も三つ半」
「ウム、ここに大滝壱岐守(おおたきいきのかみ)、三つというのがある」
「サアテ、藤田監物殿(ふじたけんもつどの)の三つと、壱岐守様(いきのかみさま)の三つと、どちらをお取りになりますかな?」
 主水正は、またしばらく黙って、はじめからおしまいまで、もう一度発願奇特帳(ほつがんきとくちょう)をていねいにめくってみた。やがて、とっぴょうしもない大声をあげて、
「ヤア! 何も迷うことはない。ここに、二つと四分の一という、いやにこまかいやつがあるぞ」
「誰です、四分の一などと、変てこなものをくっつけたのは」
「小笠原左衛門佐(おがさわらさえもんのすけ)どのじゃ」
「ア、あの横紙破りの――」
 と、言うと三人は、声をあわせてどっと笑いくずれたが、主水正はすぐ真顔にかえり、
「では、これできまった。小笠原左衛門佐殿に、お作事目付(さくじめつけ)を押しつけてやるのじゃ」
 あれほど大騒ぎをした日光御造営奉行組下の二役も、ここにやっと決定を見ましたので、主水正は、記入係に命じて、いそぎ二通の書状をつくらせた。その一つには、
「お望みにより名誉あるお畳奉行の御役、貴殿におねがいつかまつり候(そうろう)
  別所信濃守殿(べっしょしなののかみどの)」
 そして、もう一つの手紙には、
「せつなるみ願いにより、日光お作事目付、貴殿にお頼み申しあげ候(そうろう)。何分、子々孫々(ししそんそん)にいたるまで光栄のお役(やく)ゆえ、大過(たいか)なきよう相勤めらるべく候(そうろう)
  小笠原左衛門佐殿(おがさわらさえもんのすけどの)」
 それぞれ、二通を状箱にふうじて納めた主水正(もんどのしょう)は、即刻、儀作(ぎさく)ともう一人の若党をよんで、同時に別所、小笠原の二家へ、とどけさせることになった。二つの提灯が、この林念寺前柳生の門から飛びだして、左右(さゆう)へすたこら消えて行く。
 各大名の家では、今夜は夜明かしで、柳生の締め切りの結果を待っています。自分のところでは、あれだけもっていったのだから、まずどっちものがれることができるだろうと、どこでもそう思っていると、小石川第六天の別所信濃守(べっしょしなののかみ)の門を、柳生家の提灯が一つ、飛びこんできた。と思うと、さしだされた状箱を奥の一間で、重役らがひたいをあつめて、心配げに開いてみる。
「ワッ! 畳奉行が当家へ落ちた。いや、これはありがたい」
「ほんとうですか。イヤ、なんという名誉なことじゃ」
「光栄じゃ」
 名誉だ、光栄だと、口では言いながら、みんな青菜に塩としおれかえって、ベソをかいている。

   尚兵館(しょうへいかん)


       一

「なんじゃい、このざまはっ!」
 奥庭の離室(はなれ)から、この、剣士の一隊の寝泊りしている屋敷内の道場、尚兵館(しょうへいかん)へやってきて、真夜中ながら、こう大声にどなったのは、田丸主水正だ。
「まるで、魚河岸(うおがし)にまぐろが着いたようじゃないか」
 主君柳生対馬守の御筆になる、「尚兵館」の三字の額が、正面の一段小高い座に、かかっている。
 広い道場の板の間に、薄縁(うすべり)を敷きつめ、いちめんに蒲団を並べて寝ているのは、こけ猿の茶壺を奪還すべく、はるばる故郷柳生の郷から上京してきた高大之進の一隊、大垣(おおがき)七郎右衛門(ろうえもん)、寺門一馬(てらかどかずま)、喜田川頼母(きたがわたのも)、駒井甚(こまいじん)三郎(ろう)、井上近江(いのうえおうみ)、清水粂之介(しみずくめのすけ)、ほか二十三名の一団――だったのが、左膳を相手のたびたびの乱刃に、二人、三人命をおとして、今は約二十人の侍が、こうしてこの林念寺前の柳生の上屋敷内、尚兵館という道場に寝泊りして、相変わらず、日夜壺の行方をさがしているのです。
 今は真夜中……昼間の捜索につかれた一同は、蒲団をひッかぶって寝こんでいる。
 いや、もう、南瓜(かぼちゃ)をころがしたよう。
 ひとの蒲団へ片足つっこんだり、となりの人の腹を枕にしたり、時計の針のようにぐるぐるまわって、ちょうどひと晩でもとの枕に頭がかえる……ナンテのはまだいいほうで。
 なかには。
 道場のこっちはしに寝たはずのが、夜っぴて旅行をして、朝向う側で眼をさます。などという念のいったのもある。
 血気さかんの連中が、合宿しているのだから、その寝相のわるいことといったらお話になりません。
 重爆撃機の編隊が押しよせてきたような、いびきの嵐です。
 歯ぎしりをかむもの、何やら大声に寝ごとをいう者。
 発願奇特帳(ほつがんきとくちょう)の総決算を終わった田丸主水正(たまるもんどのしょう)は、こけ猿のことを思うと、いても立ってもいられなかった。
 朝になるのを待てずに。
 今。
 庭つづきのこの尚兵館へ現われて、ああ呶号(どごう)したのだったが、誰一人起きる気配もないので。
 主水正は、また一段と声を高め、
「おのおの方ッ、こけ猿の所在(ありか)がわかり申したぞっ!」
 武士は轡(くつわ)の音で眼をさますというが、伊賀侍は、こけ猿というひとことで、みないっせいにガバッと起きあがった。
「こけ猿が? どこに? どこに?――」
「われわれがこんなに血眼で捜索しても、とんと行方の知れぬこけ猿が、ど、どうしてこの真夜中――?」
 はるか向うの一段高いところに、静かに床をはねてすわりなおしたのはこの一団の長、高大之進です。柳生一刀流の使い手では、一に藩主対馬守、二に伊賀の暴れん坊こと源三郎、三、安積玄心斎、四に高大之進といわれた、その人であります。
「身支度せい」
 と、ことばすくなに部下へ言っておいて、主水正へ、
「シテ、壺はいずこに?――」
 薬がききすぎたので、主水正はあわてて、
「いや、その所在がわかったわけではないが、いよいよ一刻も早く、わからんと困ることにあいなったのじゃ。諸君も御承知のとおり、日光造営の日は、時の刻みとともに近づく一方……のみならず、このこけ猿の件は、諸藩のあいだに知らぬ者もなきほど……」

       二

「諸藩の間に、誰知らぬ者もなきほど有名になっている。で、先般来、造営奉行の下役なるお畳奉行と、お作事目付にありつきたいと言って――」
 田丸主水正、道場のはしに立って、寝間着の一群へ向かって演説をはじめた。
 皆ゴソゴソ起きあがって、ねぼけた顔をならべている。
「ヘン、日光組下にありつきたいんじゃアなく、なんとでもしてのがれたいの一心でござろう」
 誰かが弥次を飛ばした。
「ウム、言ってみれば、マア、そのとおり……で、各大名の使いが数日来、当屋敷につめかけたことは、諸君も知ってであろう。そいつらが、異口同音にこけ猿のことをきくので、拙者もつらくなってな。そこで一策を案じ、こけ猿によく似た駄壺をさがしだして、耳を一つ欠き、にせ猿の茶壺ということにして飾っておいたのじゃ。この計略は図にあたり、みなもうこけ猿は、当藩の手にもどったものと思って、喜びをのべて行ったが、わしの心苦しさはます一方じゃ。もはやいかなる手段をつくしても、まことのこけ猿を手に入れねばならぬ」
「いや、その儀なれば、御家老のお言葉を待つまでもなく……」
 喜田川頼母(きたがわたのも)が、腕をボリボリかきながら言いだすのを、主水正は叱咤(しった)して、
「おのおの方は、いったい何しに江戸表へこられたのじゃっ! 大宝を埋めある場処をしめした秘密の地図、その地図を封じこめたこけ猿の茶壺、その壺を奪還せんがためではござらぬかっ。しかるに、毎日、三々五々、隊を組んで市中見物を――」
「あいや! いかに御家老でも、その一言(ごん)は聞きすてになりませぬ」
 起ちあがったのは、憤慨家の井上近江(いのうえおうみ)だ。
「われわれ一統の苦心も買われずに、何を言われるかっ!」
 轟々(ごうごう)たる声が、四方から起こって、
「相手の正体がはっきりわかってこそ、吾人の強味が発揮される。古びた壺一個、この八百八町に消えてしまったものを、いかにして探しだせばよいか、拙者らはその方策に困(こう)じはてておる始末」
「のみならず、寸分たがわぬ壺が、あちこちにいくつとなく現われておるし……」
「これと思って手に入れてみれば、みな偽物」
「御家老も、そのにせ猿を一つ作られたというではないか、ハッハッハ」
「田丸様、こんな厄介なこととは、夢にも思いませんでした」
「毎日毎日あてどもなく、江戸の風にふかれて歩くだけで、どこをどう手繰(たぐ)っていけばよいやら……」
 ワイワイというのを、高大之進は、
「弱音をはくなっ!」
 と、一言に制して、
「とは言いますものの、田丸先生、拙者も、一同とともに泣きごとを並べたいくらいじゃ。かようなややこしい仕事は、またとなかろうと存ずる」
 主水正は声をはげまし、
「さようなことを申しておっては、はてしがない。君公のおためじゃ。藩のためじゃ。日限をきり申そう。むこう一ト月の間に、是が非でも、こけ猿を入手していただきたい」
「ナニ、むこう一ト月のあいだに?」
 そう、大之進がききかえしたとたん、主水正をおしのけるようにして、道場の入口から駈けこんできた二人の人影……安積玄心斎(あさかげんしんさい)と谷大八(たにだいはち)が、あわてふためいた声をあわせて、
「若君源三郎様は、コ、こちらにまいっておいでではないか」

       三

 玄心斎の茶筅(ちゃせん)髪はくずれ、たっつけ袴は、水と煙によごれたところは、火事場からのがれてきた人と見える。
 この二人は、本郷の司馬家に押しかけ婿として、がんばっているはずの伊賀の暴れん坊にくっついて、この不知火道場に根拠をさだめ、別手にこけ猿をさがしてきたのだが……。
 その、師範代玄心斎と大八が、深夜このただならぬ姿で、どうしてここへ?
 と、口ぐちにきく一同の問いに答えて、
 源三郎が急に思いたって、向島(むこうじま)から葛飾(かつしか)のほうへと遠乗りにでかけ、門之丞の案内で、不安ながらもお蓮様の門をたたくと、思いがけなくお蓮さま、峰丹波の一党が、数日前からそこにきていた――。
 殿にも膳部がはこばれ、自分達も別室で、夕食の馳走になっている時、となりの部屋からヒソヒソ声でもれてくる奸計のうちあわせに驚いて、この二人と門之丞が戸外(そと)の藪(やぶ)かげで乱闘の開始を待っているうちに、
 月のみ冴えて、源三郎にたいする襲撃は、なかなかはじまらない。
 ふと気がつくと、いっしょにいた門之丞の姿がないが、今にもここへ源三郎をおびきだして、峰丹波らが、討ちとろうとしていると信じこんでいる二人は、そんなことなどにかまってはいられない。
「早鳴る胸をしずめ、夜露にうたれて、ひと晩中その木(こ)かげにひそんでおったが……」
 玄心斎の言葉を、谷大八がうけとって、
「何事もない。まるで、狐につままれたようなものじゃ。で、安積の御老人をうながして、いま一度寮へ立ち帰ろうとすると!」
 その時、寮のどこかに起こった怪火は、折りから暁の風になぶられて、みるみるうちに、数奇(すき)をこらした建物をひとなめ……。
「われら二人ではいかに立ち働いたとて、火の消しようもなく……」
「シテ、峰丹波の一党は?」
「それがふしぎなことには、火事になっても、どこにもおらんのじゃ。まるで空家が燃えたようなもの」
「それで、源三郎様は?」
 この問いに、二人はぐっと声がつまり、うちうなだれて、
「火がしずまってから、御寝(ぎょしん)なされたお茶室と思われるあたりに、壺をいだいた一つの黒焦げの死体が、現われましたが」
「ナ、何! 若殿が御焼死?」
 一同はワラワラと起ちあがって寝るまもぬがぬ稽古着の上から、手早く黒木綿の着物羽織に、袴をはき、それぞれ両刀をたばさんで、イヤモウ戦場のような騒ぎ。
「御師範代をはじめ、三人も手ききがそろっておられて、なんということを……」
「いや、その門之丞は、途中からふっといなくなったので――」
「ウム、門之丞があやしい。で、貴殿らお二人は、ここへくる途中、本郷の不知火道場へお立ちよりになりましたか」
「いや、その黒焦げの死骸が、源三郎様でなければよいがと、いろいろ調べたり、また丹波らの行動がいかにも不審なので、そこここ近処をたずねたりいたし、心ならずも夜まで時をすごして、とにかく、当上屋敷へ真一文字に飛んでまいったわけ……」
 伊賀侍の一団は、みなまで聞かずに、おっ取り刀で屋敷をとびだした。眠る江戸の町々に、心も空(そら)、足も空(そら)、一散走りに、お蓮様の寮の火事跡をさして……。

   焼(や)け野(の)の鬼(おに)


       一

 人の話を聞いても、さっぱりわからないんです。
 なんでも、明け方、この寮の四方八方から、一時に火が起こって、あっと言うまにあっけなく燃えちまったという。
 それだけのこと。
 誰も人の住んでいるようすはなかった。さながら、がらんどうの家から火が出て、そのまま焼け落ちたようなものだが、ただ、老人と若いのと、見なれない侍が二人、何か主人の安否でも気づかうふうで、近くの村々の火消しとともに、あれよあれよと走りまわって、消防に手をつくしていたが。
 そして。
 焼け跡から、まっくろになった死骸が一つ、何やら壺のような物をしっかり抱きしめたまま、発見された……というのが、駒形のお藤の家から駈けつけた丹下左膳が、まだ余燼(よじん)のくすぶる火事場をとりまいている人々から、やっとききだし得た情報の全部でした。
「その死骸(しげえ)は、どうしたのだ?」
 きかれた人々は、異様な左膳の風態におどおどして、
「へえ、火消しどもが、その死骸をかつぎだして、わいわい言っているところへ、なんでも、火元改めのえらいお役人衆の一行がお見えになって、その死人をごらんになり、ウン、これはたしかに、綽名(あだな)を伊賀の暴れん坊という、あの柳生源三郎様だと、そう鑑別をしておいででした」
 左膳はギックリ、
「ナニ、役人がその死骸を見て、柳生源三郎だと言ったと?」
 相手の町人は、揉(も)み手をしながら、
「ヘエ、伊賀の暴れん坊ともあろう者が、焼け死ぬなどとはなんたる不覚……そうもおっしゃいました。はい、あっしはシカとこの耳で聞いたんで……」
「そうすると、やっぱり、伊賀の暴れん坊は死んじゃったんですねえ」
 そばからチョビ安が、口を出す。
 蝶々とんぼの頭に、ほおかぶりをし、あらい双子縞(ふたこじま)の裾をはしょって、パッチの脚をのぞかせたところは、年こそ八つか九つだが、装(なり)と口だけは、例によっていっぱしの兄(あに)イだ。
 左膳はそれには答えずに、
「ふうむ。寮の者ははじめから、一人も火事場にいなかったというんだな?」
「ヘエ、なんでもそういうことで」
 その源三郎の死体らしいのが、壺をしっかり抱いていたというのが、左膳は、気になってならなかった。
 壺……といえば、こけ猿の壺のことが頭に浮かぶ。こけ猿はいま自分が、お藤に預けて出てきたのだから、こんなところにあるはずはないけれど――。
 なおもくわしくきいてみようとして振り返ると、もうその町人は、向うへ歩いていっていた。
 寮は見事に焼けてしまって、周囲の立ち樹も、かなりにそばづえをくい、やっと一方の竹林で火がとまっているだけ。暗澹(あんたん)たる焼け跡に立って、ここが源三郎の落命のあとかと思うと、左膳は、立ち去るに忍びなかった……なんとかして、その源三郎の死骸てエのを、一眼見てえものだが。
「フン、くせえぞ」
 この火事そのものに、機械(からくり)があるような気がしてならない。左膳は、左手で顎をなで、頭をかしげて考えこむ。チョビ安も、左手で顎をなで、頭をかしげて考えこむ。なんでもチョビ安、父左膳のまねをするんです。

       二

 好敵手……いつかは雌雄を決しようと思っていた柳生源三郎。
 かれの一刀流、よく剣魔左膳の息の根をとめるか。
 または。
 相模大進坊(さがみだいしんぼう)濡れ燕、伊賀の暴れん坊にとどめをさすか――?
 たのしみにしていたその相手が、むざむざ卑怯な罠(わな)にかかって、焼け死んだと知った左膳の落胆、その悲しみ……。
 同時にそれは、自分から、ただ一つの生き甲斐をうばった峰丹波一味への、焔のような怒りとなって、左膳の全身をつつんだのだった。
「畜生ッ!――星の流れる夜に、いま一度逢おうと刀を引いて、別れたきりだったが……」
 と左膳、焼け跡に立って、悵然(ちょうぜん)と腰なる大刀の柄をたたいた。
「やい、大進坊(だいしんぼう)、お前(めえ)もさぞ力をおとしたろうなア」
「アイ、おいらもこんなに力をおとしたことはねえ」
 まるで刀が口をきいたように、そばからチョビ安が、こう言った、そのことばに、左膳ははじめてわれに返ったように、
「安、丹波の一党は、どこかこの近くにひそんでいるに相違ねえ。これからお藤の家へ帰って、壺の中身をあらためたが最後、旅に出なくちゃアならねえからだだ。そうすれあ二月(つき)、三月(つき)、埋宝の場処によっては二年、三年、江戸に別れをつげなくちゃあならねえ。発足前にとっくりと、源三郎の生死をたしかめてえものだが――」
「うむ。そんならねえ、父(ちゃん)、あすの朝までこの辺をウロウロして、それとなくあたってみようじゃあねえか」
 このチョビ安の提案に、同意した左膳は、その、寮の焼け跡から近くへかけて、まるで岡っ引きのように木の根、草の葉にも心をそそいで、歩きまわっているうちに……。
 その日は、終日埃(ほこり)っぽい風がふきすさんで、真(ま)っ黒にこげた焼け跡の材木から、まだ立ちのぼっている紫の煙を、しきりに横になびかせていた。
 宏壮……ではなかったにしても相当な建物だったのが、一夜のうちに焼け落ちて見る影もない。残っているのは土台石と、台所の土間に築いたへっついだけ。雲のゆききにつれて、薄陽が落ちたり、かげったりしながら、早くも夜となりましたが、左膳とチョビ安の姿は、黒い壁のような闇がおそってきても立ち去ろうとしなかった。
 蕭条(しょうじょう)たる屋敷跡に、思い出したようなチョビ安の唄声が、さびしくひびく。
 どこかに源三郎が生きているような気がして、それを見つけだすまでは、左膳はどうしても、この場をはなれることができなかったのです。
 どこかに。
 そして、この近くに。
「やい、安公(やすこう)、つるぎの恋人の源三郎をとられて、おらあ、この隻眼から、涙が出てならねえんだ。今夜だけは、そのかなしい歌をうたわねえでくれよなア」
「ウム、そうだったねえ。ほんとの父(ちゃん)やおっ母(かあ)は、行方知れずでも、あたいには、こんな強い父ちゃんがあるんだったねえ」
 焼け残りの材木に腰かけて、ぽつねんと考えこんでいた左膳、とうとう焼け跡に一夜を明かして、やっとあきらめて起ちあがった時!
 朝靄の中から、突如人声が生まれた。
「向うの辻のお地蔵さん
 ちょいときくから教えておくれ
 あたいの父(ちゃん)はどこへ行(い)た
 あたいのお母(ふくろ)どこにいる――」

       三

「ナニ、源三郎様にかぎって、さような死をおとげなさるはずはない」
「それにしても、陰謀の巣へ、単身お乗りこみになったとは、いささかお考えが浅うござったワ」
「腕に自信がおありだったから、かえって危険を招くことにもなる」
 乳のような濃い朝霧をわけて、息せききってここへ駈けつけてきたのは、安積玄心斎と谷大八の注進によって、麻布上屋敷の尚兵館(しょうへいかん)をあとにした伊賀侍の一団。
 麻布から向島のはずれまで、たいへんな道のりです。
 高大之進、井上近江、喜多川頼母ら、四、五人の頭株は、途中から辻駕籠にうち乗り、他の者はそれにひきそって、朝ぼらけの江戸を斜(はす)かいにスッとんできたのだから、明けやらぬ町の人々はおどろいて、何事が起こったのかと見送っていた。
 客人大権現(まろうどだいごんげん)に近く……。
 司馬寮の焼け跡にころがるように行きついた一同。
「アッ! またあの、隻眼隻腕の侍が!」
 と、誰かが指さす方を見やると。
 奥座敷だったとおぼしいあたりに、大小二つの人影が、ヌッと並び立っている。
 駕籠をおりたった高大之進は、部下をしたがえて左膳へ近づきながら、ニヤニヤして、
「よく逢うな、貴公とは……いつぞや、あの駒形のなんとかいう女芸人の家で、その子供の生命とひきかえに、にせの壺のふたをあけて以来――」
「ウム、ひさしぶりだ」
 あのときの斬りあいで、丹下左膳の腕前は十分に知っているから、高大之進もゆだんをしない。うちつづく同勢へ、チラチラと警戒の眼を投げながら、
「シテ、貴公がどうしてここへ?」
「源三郎に会いに来たのだ」
「その源三郎様は焼死なされたと聞いて、われらかくあわてて推参いたしたわけだが」
「死んだ源三郎にしろ、生きている源三郎にしろ、伊賀の源三に会わねえうちは、おれは一歩もここをどかねえつもりだ」
 チョビ安は左膳のうしろにせまり帯につかまって、とりまく伊賀の連中を、かわいい眼でにらみまわしている。
 高大之進はつめよるように、
「こけ猿の壺をさがしもとめて、われらは毎日江戸の風雨にさらされておる始末。また源三郎さまは、婿入り先の司馬道場の陰謀組のために、今この生死もさだまらぬおんありさまじゃ。これと申すも、みな、其方(そのほう)ごときよけいなやつが、横合いから飛びだして、壺を私せんとしたため」
「おいおい、それは話がちがうぞ。源三郎がここで火事にあったのは、かれのかってだ。壺は、強い者が手に入れるだけのこと。おれは何も、じゃまだてしたおぼえはねえ」
「言うなッ! 貴様は壺の所在(ありか)をぞんじておろう。ここであったがもっけの幸いだ。一刻もあらそう壺の詮議……ありかを知っておったら言えっ。まっすぐに申しあげろっ!」
「なんだ、それは。へたな八丁堀の口真似か――ふむ。こけ猿の所在は、まったくこの丹下左膳が承知しておる。いや、壺はおれの手にあるのだ。が、むろん、お前らに渡してやるわけはねえ」
「よしッ、きかぬ。それ、おのおの方……」
 時日はせまる、壺はわからぬ、上役にはせきたてられる……で、自暴自棄になっている高大之進、いきなり、抜いたんです。

       四

 同時に。
 尚兵館の若侍たちは、一時にパッと飛びのいて、遠巻き……。
 その手に、一本ずつ秋の流水が凝(こ)ったと見えるのは、一同、早くも抜きつれたのだ。
「理不尽!」
 口のなかでうめいた左膳は、左手で、ちょっとチョビ安をかばいながら、顎を突きだし、顔を斜めにして高大之進を見やった。
 その鼻先にドキドキする高大之進の斬っ尖が、ころあいをはかってヒクヒク突きつけられている。
 ニヤリと笑った左膳だ。
「フム。そんなにおれを斬りてえのか、おい! そ、そんなにこの左膳の血を見てえのかっ」
 と、ひとことずつせりあがるように、
「イヤサ、どうでも手前(てめえ)らは斬られてえのだな。ウム? 死にてえのだナ?」
 くぎるように言いながら、そっと左右に眼をくばった剣妖左膳、ものうそうに欠伸(あくび)まじりに、
「血迷ったな、伊賀侍ども。よしっ、相手になってやるっ!」
 言葉の終わらぬうちに、足をひらいた左膳、ツと体(たい)をひくめたかと思うと、腰をひねって流し出した豪刀濡れ燕の柄! たっ! と音して空(くう)につかむより早く……。
「洒落(しゃら)くせえっ!」
 正面の敵、高大之進はそのままにしておいて。
 白いかたまりのように、横ッ飛びに左へ飛んだ丹下左膳は、その左剣を、抜き放ちに後ろへ払って。
 折りから――。
 左膳をめがけて跳躍にうつろうとしていた大垣七郎右衛門の脾腹(ひばら)を、ななめに斬りさげた。
 血飛沫(しぶき)たててのけぞる七郎右衛門の武者袴に、時ならぬ牡丹(ぼたん)の花が、みるみるにじみひろがってゆく。
 青眼の構えよりも、すこしく左手を内側に締めこんで、剣尖(けんさき)をややさげ、踏みだした左の膝をこころもち前のめりにまげて、立ったまま、一眼をおもしろそうに笑わせて立っている。
 焼け野の鬼……。
 何しろ、おそろしく足場がわるいんです。焼けた梁(はり)や板、柱の類が累々(るいるい)とかさなっているその一つへ、痩せさらばえた片足をチョンとかけて、四方八方前後左右へ眼をちらす丹下左膳……見せたい場面です。
「一人っ!」
 その時、ほがらかな声がひびいたのは、チョビ安が、そう大きく数えはじめたのだ。
 のんきなやつで、チョビ安、手に一本の小さな焼け棒ッ杭(くい)をひろって、包囲する伊賀勢の剣輪をもぐってかこみの外(そと)へ走りぬけた。
 鬼神のような左膳の剣技にどぎもを抜かれて、一同は、子供などにはかまっていない。
 チョビ安はやすやすと、地境(じざかい)に焼け残っている土蔵の横へ駈けつけた。
 そして、くすぶった白壁に、一と大きく数字を書きつけました。
 左膳が一人ずつ斬りたおすそばから、チョビ安はここで記録をつける気とみえる。どうも洒落(しゃれ)たやつで。
 左膳は?
 と見ると。

   から馬(うま)


       一

 令嬢萩乃の寝部屋で、脇本門之丞が真っぷたつになっていたのだから、司馬道場の人たちは、おどろいた。
 師範代玄心斎、谷大八とともに、源三郎にくっついていったはずの門之丞が、どうして一人だけここに……?
 萩乃は、死者を傷つけるがものもないと、やさしい心やりから、
「姓は丹下、名は左膳とかいう、隻眼隻腕の怖(こわ)らしい浪人者が、こけ猿の茶壺をねらって、深夜忍びこんできたのを、折りからひとりかえったこの門之丞が、とりおさえようと立ちむかったため、この最期――」
 と、真相はおのれの小さな胸ひとつにのんで、うまく言いつくろったから、源三郎の家来どもは、口々に、
「さすがは門之丞殿だ。身をもって萩乃さまをかばったとは、見あげたおこころ……若殿がお聞きなされたら、どんなに御満足に思召(おぼしめ)すことか」
「それにしても、丹下左膳という妖怪が、また出たとは、おのおの方、ゆだんがならぬぞ」
 左膳、すっかり化け物あつかいだ。
「こっちもこけ猿を探しておるのに、そのこけ猿をさがしに入りこむなんて見当がはずれるのであろう」
「なんにしても、門之丞どのはお気の毒なことをいたしたテ」
「われらさえ眼がさめたらなア……さだめし激しい斬りあい、物音もいたしたであろうに、白河夜船とは、いやはや、不覚でござったよ」
 同僚の忠死をいたむ伊賀ざむらい。門之丞の死骸は、二つになった胴をつなぎあわせ、白木綿でまいて、ねんごろに棺におさめ、主君源三郎の帰りを待つことになった。
 これやそれやの騒ぎで、その日一日は、はやくも暮れてしまう。
 これは、源三郎の婿入りにつきしたがって、柳生の庄から江戸入りしている一団だ。
 十方斎先生なきあとの司馬道場にがんばって、居すわりの根くらべをしている連中。
 林念寺(りんねんじ)前の上(かみ)やしきなる尚兵館の、あの高大之進の一派と呼応して、江戸の巷にこけ猿を物色しているのだ。
 居直り強盗というのはあるが、これは、居なおり婿のとりまきである。
 あくまでも萩乃の婿のつもり、すなわちこの道場の主人の格式で、乗りこんできている源三郎は、この荒武者どもをひきつれて、道場の一郭に陣どり、かって放題の生活をしていたのだ。
 庭に面した座敷を、幾間となくぶちぬいて、乱暴狼藉のかぎり。
 剣術大名といわれたくらい、富豪の司馬様だから、りっぱな調度お道具ばかりそろっている。それをかたっぱしからひきだしてきて、昔から名高い薄茶の茶碗で、飯をかっこむやら、見事な軸へよせ書きをして笑い興じるやら……それというのも、こうでもしたら司馬家のほうから、今にも文句がでるかという肚(はら)だから、これでもか、これでもかといわんばかり、喧嘩を売ってきたのだ。
 もてあました峰丹波とお蓮様、このうえは源三郎をおびきだして、ひと思いに亡き者にするよりほかはないと、門之丞をだきこんで、ああして葛飾(かつしか)の寮へひきよせたのだった。
 その、伊賀の暴れん坊源三郎、とうとう彼らの策に乗り、今は真っくろこげの死体となった――?
 ともしらぬ一同は、その日も帰らぬ源三郎を案じながらも、門之丞のことなどあれこれと話しあって、その晩は早く寝(しん)についた。
 すると、ちょうど明け方近くだった。
 彼らの寝ている部屋のそと、しめきった雨戸ごしの庭に、ヒヒン! とふた声、三声、さも悲しげな馬のいななきが聞こえた。

       二

 水の流れもとまるという真夜中すぎに、馬のなき声である。
 五十嵐鉄(いがらしてつ)十郎(ろう)という人が、いちばん敷居際の、縁に近いところに寝ていた。
 そのいななきを耳にして、最初に眼をさましたのは、この五十嵐鉄十郎だった。
「はてな……」
 と、彼は身をおこした。
「若殿の御帰館かしら。それにしても、この深夜に――」
 轟(ごう)ッと立ち木をゆすぶり、棟をならして、まっ暗な風が戸外(そと)をわたる。さながら、何かしら大きな手で、天地をかきみだすかのよう……。
 ひとしきり、その小夜(さよ)あらしが走って、ピタとやんだのちは、まるで海底のような静かさだ。
 なんのもの音も聞こえない。
 枕から頭をあげていた五十嵐鉄十郎は、
「空耳?――だったに相違ない。今ごろこの奥庭で、馬のなき声のするはずはないのだから」
 とそう、われとわが胸に言いきかせて、ふたたびまくらに返ろうとした瞬間、こんどこそは紛れもない馬のいななきが、一声ハッキリと……。
「殿ッ! お帰りでござりまするか」
 思わず大声が、鉄十郎の口をにげた。
 と、となりに寝ていた一人が、眼をさまして、
「なんだ、どうしたのだ」
「しっ!」
「ホ、この庭先に、何やら生き物の気配がするではないか。うむ! 馬だな」
 それに答えるかのように、戸外(そと)では、土をける蹄(ひづめ)の音が、断続して聞こえる。
 今は躊躇(ちゅうちょ)すべきではない。五十嵐鉄十郎ともう一人の侍は、力をあわせていそぎ雨戸をくってみると、――もう、空のどこかに暁の色が流れそめて、物の影が、自くおぼろに眼にうつる。
 裏木戸を押しやぶって、はいってきたものに相違ない。雨戸の外、庇(ひさし)の下に、ヌウッと立っていたのは一頭の馬だ。

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