丹下左膳
著者名:林不忘
たいがいのことにはビクともせぬ伊賀の暴れん坊だけに、そのうちになんとかなるだろうと、泰然としてこの地底に、胡坐(あぐら)をかいて澄ましこんでいたのだが。
水が出ては。
もう、その胡坐もかけぬ。
いつのまにかふたりは、たかだかと着物の裾をはしょって、洪水の難にあった姿。
「一刻(とき)にどのくらい水嵩(みずかさ)がますのであろうの」
「サアそれは、ちょっとわからぬが――」
首まで来るまでには相当時間があろう。その間に、なんとでもして脱出のくふうをつけねばならぬ。
なんとでもして!
けれど。
どうしたらよいか?
四畳半ほどの地底の一室である。地面に達する唯一の穴は、天井高く三尺ほどの直径に、斜めに通じているだけで、そこにとどく足場もなければ、とびつこうにも手がかりがない。
周囲は、荒削(あらけず)りの土石の壁。
もう地上は、たそがれどきでもあろうか。
さっきまで、穴からかすかに流れこんでいた光線は、すっかり消えて、闇の中にそそぎ入る水音のみ、高い。
伊賀の連中はどうしたろう!
チョビ安は?
「オイッ!」
と、源三郎が、左膳の注意をうながした。
足でジャブジャブ水をけって見せた。
いつのまにか、もうふくら脛(はぎ)の半(なか)ばまできている。まもなく膝を没するであろう。それから腿(もも)、腹、胸、首……やがて全身水びたしに――。
左膳と源三郎、沈黙のうちに、狂的な眼をあわせた。
水は、つめたく脛(すね)をなめて、這いあがってくる……。
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