丹下左膳
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著者名:林不忘 

   伊賀(いが)の暴(あば)れん坊(ぼう)


       一

 さっきの雷鳴で、雨は、カラッと霽(は)れた。
 往来の水たまりに、星がうつっている。いつもなら、爪紅(つまべに)さした品川女郎衆の、素あしなまめかしいよい闇だけれど。
 今宵は。
 問屋場の油障子に、ぱっとあかるく灯がはえて、右往左往する人かげ。ものものしい宿場役人の提灯がズラリとならび、
「よしっ! ただの場合ではない。いいかげんに通してやるゆえ、行けっ!」
「おいコラア! その振分(ふりわけ)はあらためんでもよい。さっさと失せろっ」
 荷物あらための出役(でやく)と、上り下りの旅人のむれが、黒い影にもつれさせて、わいわいいう騒ぎだ。
 ひがしはこの品川の本宿(ほんじゅく)と、西は、琵琶湖畔(びわこはん)の草津と、東海道の両端で、のぼり下りの荷を目方にかけて、きびしく調べたものだが、今夜は、それどころではないらしい。
 ろくに見もせずに、どんどん通している。
 大山(おおやま)もうでの講中が、逃げるようにとおりすぎて行ったあとは、まださほど夜ふけでもないのに、人通りはパッタリとだえて、なんとなく、つねとは違ったけしきだ。
 それもそのはず。
 八ツ山下の本陣、鶴岡市郎右衛門(つるおかいちろうえもん)方(かた)のおもてには、抱(だ)き榊(さかき)の定紋(じょうもん)うった高張(たかはり)提灯を立てつらね、玄関正面のところに槍をかけて、入口には番所ができ、その横手には、青竹の菱垣(ひしがき)を結いめぐらして、まんなかに、宿札が立っている。
 逆目(さかめ)を避けた檜(ひのき)の一まい板に、筆ぶとの一行――「柳生源三郎様御宿(やぎゅうげんざぶろうさまおんやど)」とある。
 江戸から百十三里、伊賀国柳生の里の城主、柳生対馬守(やぎゅうつしまのかみ)の弟で同姓(どうせい)源(げん)三郎(ろう)。「伊賀(いが)の暴(あば)れン坊(ぼう)」で日本中にひびきわたった青年剣客が、供(とも)揃いいかめしく東海道を押してきて、あした江戸入りしようと、今夜この品川に泊まっているのだから、警戒の宿場役人ども、事なかれ主義でびくびくしているのも、むりはない。
「さわるまいぞえ手をだしゃ痛い、伊賀の暴れン坊と栗のいが」
 唄にもきこえた柳生の御次男だ。さてこそ、何ごともなく夜が明けますようにと、品川ぜんたいがヒッソリしているわけ。たいへんなお客さまをおあずかりしたものだ。
 その本陣の奥、燭台のひかりまばゆい一間の敷居に、いま、ぴたり手をついているのは、道中宰領(どうちゅうさいりょう)の柳生流師範代、安積玄心斎(あさかげんしんさい)、
「若! 若! 一大事出来(しゅったい)――」
 と、白髪(しらが)あたまを振って、しきりに室内(なか)へ言っている。

       二

 だが、なかなか声がとどかない。
 宿(しゅく)は、このこわいお客さまにおそれをなして、息をころしているが、本陣の鶴岡(つるおか)、ことに、この奥の部屋部屋は、いやもう、割れっかえるような乱痴気(らんちき)さわぎなので。
 なにしろ、名うての伊賀の国柳生道場の武骨ものが、同勢百五十三人、気のおけない若先生をとりまいて、泊まりかさねてここまで練ってきて、明朝(あす)は、江戸へはいろうというのだから、今夜は安着の前祝い……若殿源三郎から酒肴(しゅこう)がおりて、どうせ夜あかしとばかり、一同、呑めや唄えと無礼講の最中だ。
 ことに、源三郎こんどの東(あずま)くだりは、ただの旅ではない。はやりものの武者修行とも、もとより違う。
 源三郎にとって、これは、一世一代の婿(むこ)入り道中なのであった。
 江戸は妻恋坂(つまこいざか)に、あの辺いったいの広大な地を領して、その豪富(ごうふ)諸侯(しょこう)をしのぎ、また、剣をとっては当節府内にならぶものない十方不知火流(じっぽうしらぬいりゅう)の開祖、司馬(しば)老先生の道場が、この「伊賀のあばれん坊」の婿いりさきなのだ。
 司馬先生には、萩乃(はぎの)という息女があって、それがかれを待っているはず――故郷(くに)の兄、柳生対馬守と、妻恋坂の老先生とのあいだには、剣がとり持つ縁で、ぜひ源三郎さまを萩乃に……という固い約束があるのである。
 で、近く婚礼を――となって、伊賀の暴れん坊は、気が早い。さっそく気に入りの門弟をしたがえて、出かけてきたわけ。
 さきにおめでたが待っているから、陽気な旅だ。その旅も、今夜でおしまいだというので、腕の立つわかい連中の大一座、ガヤガヤワイワイと、伊賀の山猿の吐く酒気で、室内は、むっと蒸(む)れている。
 供頭役(ともがしらやく)安積玄心斎の大声も、一度や二度ではとおらない。
 牡丹餅大(ぼたもちだい)の紋(もん)をつけたのが、
「こらっ、婢(おんな)っ! 北廓(ほっかく)はいずれであるか、これからまいるぞ。案内をいたせっ。ははははは、愉快愉快」
 とろんとした眼で見据えられて、酌(しゃく)に出ている女中は、逃げだしたい気もち。
 面ずれ、大たぶさ、猪首(いくび)に胸毛――細引きのような白い羽織の紐が、詩を吟ずる。
 玄心斎は、とうとう呶声(どせい)をあげて、
「しずかにせいっ! わしがこうして、お部屋のそとから声をかけておるのに、貴様たちはなんだ。酒を飲むなら、崩れずに飲めっ!――若! や! 源三郎さまは、こちらにおいでではないのか」
 師範代の玄心斎なので、一同は、ピタリッと鳴りをしずめて、キョロキョロあたりを見まわし、
「オヤ! 若先生は、今までそこにおいでなされたが……はてな、どこへゆかれた」

       三

 さっき、到着のあいさつに、おもだった門弟のひとりを、妻恋坂の司馬道場へ駈けぬけさせてやったのだが。
 いまその者が、馳(は)せ戻ってのはなしによると……。
 会わぬ、という。
 しかるべき重役が出て、鄭重(ていちょう)な応対のあるべきところを、てんで取次ぎもせぬという。
 けんもほろろに、追いかえされた――という復命。意外とも、言語道断とも、いいようがない。
 約束が違う。聞いた玄心斎は、一徹(てつ)ものだけに、火のように怒って、こうしてしきりに、主君源三郎のすがたを求めているのだが、肝腎(かんじん)の伊賀のあばれン坊、どこにもいない。
 広いといっても知れた本陣の奥、弟子たちも、手分けしてさがした。
 と……玄心斎が、蔵の扉(と)まえにつづくあんどん部屋の前を通りかかると、室内(なか)から、男とおんなの低い話し声がする。
 水のような、なんの情熱もない若い男の声――源三郎だ!
 玄心斎の顔に、苦笑がのぼった。
「また、かようなところへ、小女郎(こめろう)をつれこまれて――困ったものだ」
 とあたまの中で呟きながら、玄心斎、柿いろ羽織の袂をひるがえして、サッ! 障子をあけた。
「殿ッ! さような者とおられる場合ではござらぬ。だいぶ話がちがいまするぞ」
 夜なので、行燈はすっかり出はらって、がらんとした部屋……煽(あお)りをくらった手燭が一つ、ユラユラと揺れ立って、伊賀の若様の蒼白い顔を、照らし出す。
 兄対馬守をしのぐ柳生流のつかい手、柳生源三郎は、二十歳(はたち)か、二十一か、スウッと切れ長な眼が、いつも微笑(わら)って、何ごとがあっても無表情な細ながい顔――難をいえば、顔がすこし長すぎるが、とにかく、おっそろしい美男だ。
 今でいえば、まあ、モダンボーイ型というのだろう。剣とともにおんなをくどくことが上手(じょうず)で、その糸のような眼でじろっと見られると、たいがいの女がぶるると嬉しさが背走(せばし)る。
 そして、源三郎、片っぱしから女をこしらえては、欠伸(あくび)をして、捨ててしまう。
 今もそうで、旅のうらない師というこの若い女を引き入れているところへ、ちょっと一目(いちもく)おかなければならない玄心斎の白髪あたまが、ぬうっと出たので、源三郎、中(ちゅう)っ腹(ぱら)だ。
「み、見つかっては、し、仕方がない」
 と言った。そして、女を押し放そうとしたとき、
「門之丞めが戻りおって、申すには……」
 言いかけた玄心斎、ぽうっと浮かんでいる女の顔へ、眼が行くなり、
「ヤヤッ! 此奴(こやつ)はっ――!」
 呻いたのです。

       四

 藍(あい)の万筋結城(まんすじゆうき)に、黒の小やなぎの半えり、唐繻子(とうじゅす)と媚茶博多(こびちゃはかた)の鯨(くじら)仕立ての帯を、ずっこけに結んで立て膝した裾のあたりにちらつくのは、対丈緋(ついたけひ)ぢりめんの長じゅばん……どこからともなく、この本陣の奥ふかく紛れこんでいたのだが、その自(みずか)ら名乗るごとく、旅のおんな占い師にしては、すこぶる仇(あだ)すぎる風俗なので。
「若は御存知あるまいが、この者は、妻恋坂司馬道場の奥方、お蓮さまの侍女(こしもと)でござる。拙者は、先般この御婚儀の件につき、先方へ談合にまいった折り、顔を見知って、おぼえがあるのだ」
 お蓮さまというのは、司馬老先生の若い後妻である。玄心斎の声を、聞いているのか、いないのか――黒紋つきの着流しにふところ手をした源三郎、壁によりかかって、その剃刀のように鋭い顔を、ニコニコさせて、黙っている。
「その妻恋坂のお女中が、何しにこうして姿をかえて、君の身辺に入りこんでおるのかっ? それが、解(げ)せぬ。解せませぬっ」
 怒声をつのらせた玄心斎、
「女ッ! 返事をせぬかっ!」
「うらないをしてもらっておったのだよ」
 うるさそうな源三郎の口調、
「なあ女。余は、スス、水難の相があるとか申したな」
 おんなは、ウフッ! と笑って、答えない。
「爺(じい)の用というのは、なんだ」
 と源三郎の眼が、玄心斎へ向いた。
「司馬の道場では、挨拶にやった門之丞を、無礼にも追いかえしましたぞ。先には、あなた様を萩乃さまのお婿に……などという気は、今になって、すこしもないらしい。奇(き)っ怪(かい)至極(しごく)――」
「女ア、き、貴様は、どこの者だ」
 女のかわりに、玄心斎が、
「故あってお蓮様の旨を体(たい)し、若のもとへ密偵(いぬ)に忍び入ったものであろう。どうじゃっ!」
「お察しのとおり、ホホホホ」
 すこしも悪びれずに、女が答えた。
「お蓮さまの一党は、継子の萩乃さまに、お婿さんをとって、あれだけの家督をつがせるなんて、おもしろくないじゃアありませんか。それに、司馬の大先生は、いま大病なんですよ。きょうあすにも、お命があぶないんです。老先生がおなくなりになれば、あとはお蓮様の天下……ほほほ、それまでこの若様をお足どめして、かたがたようすをさぐるようにと、まア、あたしは、色じかけのお道具というところでしょうね」
「うぬっ、ここまでまいってかかる陰謀があろうとは――若っ、いかがなさるるっ」
 と! 瞬間、ニヤニヤして聞いていた源三郎、胡坐(あぐら)のまま、つと上半身をひねったかと思うと、その手に、ばあっ! 青い光が走って、
「あウッ!」
 いま歓(かん)を通じたばかりの女の首が、ドサリ、血を噴いて、畳を打った。播磨大掾(はりまだいじょう)水無(みな)し井戸(いど)の一刀はもう腰へかえっている。
 玄心斎、胆をつぶして、空(くう)におよいだ。

   耳こけ猿(ざる)


       一

 首のない屍骸は、切り口のまっ赤な肉が縮(ちぢ)れ、白い脂肪を見せて、ドクドク血を吹いている。二、三度、四肢(てあし)が痙攣(けいれん)した。
 首は、元結が切れてザンバラ髪、眼と歯をガッ! と剥いて、まるで置いたように、畳の縁(へり)にのっている。
 血の沼に爪立ちして、源三郎、ふところ手だ。
「硯(すずり)と料紙をもて」
 と言った。
 なにも斬らんでも……と玄心斎は、くちびるを紫にして、立ちすくんでいた。
 門弟たちは、まだ源三郎をさがしているのだろう。シインとした本陣の奥に、廊下廊下を行きかう跫音(あしおと)ばかり――この行燈部屋の抜き討ちには、誰も気づかぬらしい。
「萩乃さまの儀は、いかがなさるる御所存……」
 玄心斎が、暗くきいた。
「筆と紙を持ってこい」源三郎は欠伸をした。
「兄と司馬先生の約束で、萩乃は、余の妻ときまったものだ。会ったことはないが、あれはおれの女だ」
「司馬老先生は、大病で、明日をも知れんと、いまこのおんなが申しましたな」
 源三郎は、ムッツリ黙りこんでいる。仕方なしに、玄心斎が、そっと硯と紙を持ってくると、源三郎一筆に書き下して、
「押しかけ女房というは、これあり候(そうら)えども、押しかけ亭主も、また珍(ちん)に候わずや。いずれ近日、ゆるゆる推参、道場と萩乃どのを申し受くべく候(そうろう)」
 そして、源三郎、つかつかと首のそばへ行って、しゃがむが早いか、固く結んだ歯を割って、首に、その書状(てがみ)をくわえさせた。
「これを、妻恋坂へ届けろ」
 と、また欠伸をした。
 首手紙……玄心斎が、緊張した顔でうなずいたとたん、女の死体のたもとから、白い紙片ののぞいているのに眼をとめた源三郎、引きだしてみると、書きつけのようなもので、「老先生が死ぬまで、せめて二、三日、なんとでもして伊賀の暴れん坊を江戸へ入れるな」という意味のことが書いてある。
 筆者は、峰丹波(みねたんば)……。
「その者は、司馬道場の代稽古(だいげいこ)、お蓮さまのお気に入りで、いわば妻恋坂の城代家老でござります」
「フフン、一味だな」
 と源三郎、紙の端へ眼をかえして、
「この、宛名の与吉(よきち)というのは何ものか」
「つづみの与吉――それは、三島の宿で雇って、眼はしのききますところから、お供(とも)に加えてここまでつれまいった人足ですが、さては、司馬のまわし者……」
 玄心斎がそこまで言ったとき、廊下に多勢(おおぜい)の跫音がド、ドドッと崩れこんできました。

       二

「御師範代は、こちらでござりますかっ? タタ、たいへんなことが――」
「開(あ)けてはならぬっ! 障子のそとで申せっ! なんだ」
 玄心斎の大声に、一同べたべたと一間のたたみ廊下に手を突くけはいがして、
「こけ猿が紛失いたしました」
 室内の玄心斎、障子を背におさえたまま、サッと顔いろをかえた。
「ナニ、こけ猿が? して、お供の人数の中に、何人(だれ)か見あたらぬ者はないかっ?」
「かの、つづみの与吉と申すものが、おりませぬ」
「チェッ! してやられたか。遠くは行くまい。品川じゅうに手分けしてさがせっ!」
 と玄心斎の下知(げち)に、バラバラっと散って行く伊賀の若ざむらいども。
「殿、お聞きのとおり、あのつづみの与吉めが、耳こけ猿を持ち出しましてござります。察するところ、彼奴(きゃつ)、妻恋坂の峰丹波の命を受け、三島まで出張りおって、うまうまお行列に加わり……ウヌッ!」
「そうであろう」
 源三郎は、淡々として水のごとき顔いろ、
「そこへ、今夜この女が、与吉と連絡をとりに、入りこんだものであろう。こけ猿は、なんとしても取り返せ」
「御意(ぎょい)!」
 玄心斎も、柄(つか)をおさえて、走り去った。
 こけ猿というのは……。
 相阿弥(そうあみ)、芸阿弥(げいあみ)の編した蔵帳(くらちょう)、一名、名物帳(めいぶつちょう)の筆頭にのっている天下の名器で、朝鮮渡来の茶壺である。
 上薬(うわぐすり)の焼きの模様、味などで、紐のように薬の流れているのは、小川。ボウッと浮かんでいれば、かすみ、あけぼの、などと、それぞれ茶人のこのみで名があるのだが、この問題の茶壺は、耳がひとつ欠けているところから、こけ猿の名ある柳生家伝来の大名物。
 このたび、源三郎婿入りの引出ものに、途中もずっとこの茶壺一つだけ駕籠に乗せて、大大名の格式でおおぜいで警護してきたのだ。
 そのこけ猿の茶壺が、江戸を眼のまえにしたこの品川の泊りで、司馬道場の隠密つづみの与吉に、みごと盗みだされたのだった。
 肩をいからした柳生の弟子ども、口々にわめきながら、水も洩らさじと品川の町ぜんたいを右往左往する。首を送りこむ役は、門之丞にくだって、手紙をくわえた女の生首は、油紙(ゆし)にくるんで柳生の定紋うった面箱(めんばこ)におさめられ、ただちに夜道をかけて妻恋坂へとどけられた。挑戦の火ぶたは、きられたのです。
 宿役人の杞憂(きゆう)は、現実となった。春は御殿山(ごてんやま)のさくら。秋は、あれ見やしゃんせ海晏寺(かいあんじ)のもみじ……江戸の咽喉(のど)しながわに、この真夜中、ときならぬ提灯の灯が点々と飛んで、さながら、夏は蛍の名所といいたい景色――。

   上様(うえさま)お風呂(ふろ)

 槙(まき)の湯船の香が、プンとにおう。この風呂桶は、毎日あたらしいのと換えたもので……。
 八畳の高麗縁(こうらいぶち)につづいて、八畳のお板の間、壁いっぱいに平蒔絵(ひらまきえ)をほどこした、お湯殿である。千代田のお城の奥ふかく、いま、八代吉宗公(よしむねこう)がお風呂を召していらっしゃる。
 ふしぎなことには、将軍さまでも、お湯へおはいりのときは裸になったものです。
 余談ですが、馬関(ばかん)の春帆楼(しゅんぱんろう)かどこかで、伊藤博文公がお湯へはいった。そのとき、流しに出た者が、伊藤さんが手拭で、前をシッカとおさえているのを見て、あの伊藤さんてえ人は下賤の生れだといったという。高貴の生れの方は、肉体を恥じないものだそうです。
 今この、征夷大将軍源氏の長者、淳和奨学両院別当(じゅんなしょうがくりょういんべっとう)、後に号(ごう)して有徳院殿といった吉宗公も、こうしてはだかで御入浴のところは、熊公(くまこう)八公(こう)とおなじ作りの人間だが、ただ、濡れ手拭を四つに畳んであたまへのせて、羽目板を背負って、「今ごろは半七さん……」なんかと、女湯に聞かせようの一心で、近所迷惑な声を出したり――そんなことはなさらない。
 御紋(ごもん)散らしの塗り桶を前に、流し場の金蒔絵の腰かけに、端然(たんぜん)と控えておいでです。
 五本骨の扇、三百の侯伯をガッシとおさえ、三つ葉葵(あおい)の金紋六十余州に輝いた、八代吉宗といえば徳川も盛りの絶頂。
 深閑とした大奥。
 松をわたってくる微風(かぜ)が、お湯どのの高窓から吹きこんで、あたたかい霧のような湯気が、揺れる。
 吉宗公は、しばらく口のなかで、なにか謡曲の一節をくちずさんでいたが、やがて、
「愚楽(ぐらく)! 愚楽爺(ぐらくじい)はおらぬか。流せ」
 とおっしゃった。
 お声に応じて、横手の、唐子(からこ)が戯(たわむ)れている狩野派(かのうは)の図(ず)をえがいた塗り扉をあけて、ひょっくりあらわれた人物を見ると、……誰だってちょっとびっくりするだろう。
 これが、いま呼んだ愚楽老人なのか。なるほど、顔を見ると年寄りに相違ないが――身体は、こどもだ。まるで七つ八つの子供だ。
 身長三尺……それでいて、白髪をチョコンと本多に結い、白い長い眉毛をたらし、分別くさい皺(しわ)ぶかい顔――うしろから見ると子供だが、前から見ると、このこどものからだに、大きな老人の顔がのっかっている異形な姿。
 おまけに、この愚楽老人亀背なんです。
 そいつが、白羽二重のちゃんちゃんこを一着におよんで、床屋の下剃り奴(やっこ)のはくような、高さ一尺もある一本歯の足駄をはいて、
「ごめん――」
 太いしゃ嗄(が)れ声でいいながら、将軍さまのうしろにまわり、しごくもっともらしい顔つきで、ジャブジャブ背中を洗いはじめたから、こいつは奇観だ。
 すると、八代様、思いだしたように、
「のう、愚楽、来年の日光の御造営は、誰に当てたものであろうのう」
 と、きいた。

       二

 二十年目、二十年目に、日光東照宮の大修繕をやったものだった。
 なにしろ、あの絢爛(けんらん)をきわめた美術建築が、雨ざらしになっているのだから、ちょうど二十年もたてば、保存の上からも、修理の必要があったのだろうが、それよりも、元来、徳川の威を示し、庶民を圧伏(あっぷく)するのが目的で建てられた、あの壮麗眼をうばう大祖廟(だいそびょう)だから、この二十年目ごとの修営も、葵(あおい)の風に草もなびけとばかり、費用お構いなし、必要以上に金をかけて、大々的にやったもので。
 もっとも、幕府が自分でやるんではない。
 諸侯の一人をお作事(さくじ)奉行に命じて、造営費いっさいを出させるんです。人の金だから、この二十年目のお修復にはじゃんじゃんつかわせた。
 これにはまた、徳川としては、ほかに意味があったので――。
 天下を平定して、八世を経てはいるが、外様の大大名が辺国に蟠踞(ばんきょ)している。外様とのみいわず、諸侯はみな、その地方では絶大の権力を有し、人物才幹(じんぶつさいかん)、一癖(くせ)も二癖(くせ)もあるのが、すくなくない。
 謀叛(むほん)のこころなどはないにしても、二代三代のうちに自然に金が溜まって、それを軍資にまわすことができるとなれば、ナニ、徳川も昔はじぶんと同格……という考えを起こして、ふと、反逆心が兆(きざ)さぬでもない。
 それを防ぐために、二十年目ごとに、富を擁(よう)しているらしい藩を順に指名して、この日光山大修復のことに当たらせ、そのつもった金を吐きださせようという魂胆であった。
 いわば、出来ごころ防止策。
 だから、この二十年目の東照宮修営を命じられると、どんな肥(ふと)った藩でも、一度でげっそり痩(や)せてしまう。
 大名連中、「日光お直し」というと天下の貧乏籤(びんぼうくじ)、引き当てねばよいが……と、ビクビクものであった。
 でき得べくんば、他人(よそ)さまへ――という肚(はら)を、みんなが持っている。で、二十年目が近づくと、各藩とも金を隠し、日本中の貧乏をひとりで背負ったような顔をして、わざと幕府へ借金を申し込むやら、急に、爪に火をともす倹約をはじめるやら……イヤ、その苦しいこと、財産隠蔽(いんぺい)に大骨折りである。
 ところが、江戸の政府も相当なもので、お庭番と称する将軍さまおじきじきの密偵が、絶えず諸国をまわっていて、ふだんの生活ぶりや、庶民の風評を土台に、ちゃんと大名たちの財産しらべができているのだ。ごまかそうたって、だめ……。
 このお庭番の総帥が、これなるお風呂番、愚楽老人なのでございます。
 来年は、その二十年めに当たる。
「今度は、誰に下命したものであろうの」
「さようですな。伊賀の柳生対馬あたりに――」
 と、愚楽老人、将軍さまのお肩へ、せっせと湯をかけながら、答えました。

       三

 八代さまの世に、日光修繕の模様はどうかというと、御番所日記、有徳院御実記(うとくいんごじっき)などによれば……
 小さな修営は、享保(きょうほう)十五年、この時の御修復検分としましては、お作事奉行(さくじぶぎょう)小菅因幡守(こすげいなばのかみ)、お大工頭(だいくがしら)近藤郷左衛門(こんどうきょうざえもん)、大棟梁(だいとうりょう)平内(ひらうち)七郎右衛門(ろうえもん)、寛保三年、同四年、奉行(ぶぎょう)曾我日向守(そがひゅうがのかみ)、お畳奉行(たたみぶぎょう)別所播磨守(べっしょはりまのかみ)、くだって延享(えんきょう)元年――と、なかなかやかましいものであります。
 が、これらは、中途の小手入れ。
 例の二十年目の大げさなやつは、先代有章院(ゆうしょういん)七代家継公(いえつぐこう)のときから数えて二十年めにあたる享保十六年辛亥(かのとい)……この時の造営奉行、柳生対馬守とチャンと出ている。
 つまり、この講談は、その前年からはじまっているのです。
 来年の日光を誰に持って行こうかという、上様の御下問に対して、伊賀の柳生へ――と愚楽が答えたから、吉宗公におかせられては、ふしぎそうなお顔。
「対馬は剣術つかいじゃアねえか。人斬りはうまかろうが、金なぞあるめえ」
 とおっしゃった。吉宗は相手が愚楽老人だと、上機嫌に、こんな伝法な口をきいたもんです。
「ところが、大あり、おおあり名古屋ですから、まあ、一度、申しつけてごらんなさい」
 と老人、ちゃんちゃんこの袖をまくって――オット、ちゃんちゃんこに袖はない――将軍様の肩をトントン揉みながら、
「先祖がしこたま溜めこんで――いかがです、すこし強すぎますか」
「いやよい心地じゃ。先祖と申せば、お前、あの柳生一刀流の……」
「へえ。うんとこさ金を作って、まさかの用に、どっかに隠してあるんですよ」
「そうか。そいつは危険じゃ。すっかり吐き出させねばならぬ。よいこと探ったの」
「地獄耳でさあ。じゃあ、伊賀に――」
「うむ、よきにはからえ」
 と、おっしゃった。これで、大名たちが桑原桑原とハラハラしている来年の日光おなおしが、いよいよ柳生対馬守に落ちることにきまった。なんでも、よきにはからえ……これが命令だ。都合のいい言葉があったもので。はからえられたほうこそ災難です。
 吉宗、最高政策中の最高政策、もっとも機密を要する政談は、いつも必ず、この愚楽老人ひとりを相手に、こうしてお風呂場で相談し、決定したのだ。
 裸の八代将軍をゴシゴシやりながら、なんによらず、幕府最高の密議を練る愚楽老人――この、こどもみたいなお風呂番のまえには、大老も、若年寄もあたまがあがらない。
 この千代田湯の怪人は、そもそも何もの?……垢(あか)すり旗下(はたもと)の名で隠然権勢を張る、非常な学者で、また人格者でした。

   金魚籤(きんぎょくじ)


       一

 慶長(けいちょう)五年九月十五日、東西二十万の大軍、美濃国(みののくに)不破郡(ふわぐん)関(せき)ヶ原(はら)に対陣した。ここまでは、どの歴史の本にも、書いてある。
 家康は、桃配(ももくばり)というところに陣を敷いていたが、野天風呂を命じて、ふろ桶から首だけ浮かべて幕僚に策を授けた。これは、ほんとの秘史で、どの本にも書いてないけれども、この、大将の敵を前にした泰然(たいぜん)たる入浴ぶりに、全軍の士気大いにあがり、それがひいては勝敗を決定して、徳川の礎を据えたと言われている。
 ところで、そのとき、パラパラと雨が落ちてきた。すると幕下のひとりに、小気(こき)のきいた奴があって、その湯にはいっている家康公に傘をさしかけながら、背中を流した。
 その落ちついたありさまが、ひどく家康の気にいって、そいつを旗下(はたもと)にとり立てて、世々代々風呂番をお命じになった。
 これが初代の愚楽で、それ以来、旗下八万騎の一人として、相伝えて将軍さまの垢(あか)をながしてきた。人呼んで垢すり旗下。
 だから、愚楽老人、ただの風呂番ではない。真っぱだかの人間吉宗と、ふたりっきり、ほんとうに膝つき合わせて、なんでも談合できるのは、愚楽ひとりだった。
 さて……。
 今日は、いよいよ来年の日光修理の大役が、指名される日である。
 早朝卯(う)の上刻(じょうこく)から、お呼び寄せの大太鼓が、金線を溶かしたお城の空気をふるわせて、トーッ! トウトーットッとお櫓(やぐら)高く――。
 参覲(さんきん)交代で江戸に在勤中の大名は、自身で、国詰め中のものは、代りに江戸家老が、おのおの格式を見せた供ぞろい美々(びび)しく、大手(おおて)から下馬先と、ぞくぞく登城をする。
 御本丸。柳の間は、たちまち、長袴に裃(かみしも)でいっぱい、白髪、若いの、肥ったの、痩せたの……。
 内藤豊後守(ないとうぶんごのかみ)は、狆(ちん)のような顔をキョトキョトさせ、小笠原左衛門佐(おがさわらさえもんのすけ)は、腹でも痛いのか、渋い面だ。しきりに咳をする松平三河守、癖でやたらに爪をかんでいるのが、彦根侯(ひこねこう)、井伊掃部頭(いいかもんのかみ)――子孫が桜田の雪に首を落とそうなどとは、ゆめにも知らないで。
 正面、御簾(みす)をたらした吉宗公のお座席のまえに、三宝にのせた白羽の矢が一本、飾ってある。
 あの矢が誰に落ちるかと、一同、安きこころもない。
「イヤどうも、百姓一統不景気で――」
「拙者の藩などは、わらじに塩をつけて食っておるありさま、窮状、御同情にあずかりたい」
 殿様連、ここを先途(せんど)と貧乏くらべだ。
 当てられてはたまらないから、いかに貧的(ひんてき)な顔をしようかと、苦心惨澹(さんたん)。
「あいや、伊達(だて)侯……先刻よりお見受けするところ、御貴殿、首をまっすぐに立てたきり、曲がらぬようじゃが、いかがめされた。寝挫(くじ)きでもされたか」
「ウーム、よくぞお聞きくだされた。実は、お恥ずかしき次第ながら、首が曲がらぬ、借金でナ」
 中には、
「もうこれで一月、米の飯というものを拝んだことはござらぬ。米の形を忘れ申した。あれは、長いものでござったかな? それとも、丸い物――」
「これこれ、米の噂をしてくださるな。茶腹が鳴るワ」
「森越中殿(もりえっちゅうどの)、其許(そこもと)は御裕福でござろう、塩という財源をひかえておらるるからナ」
「御冗談でしょう。こう不況では、シオがない」
 赤穂の、殿様、洒落(しゃれ)をとばした。ドッ! と湧くわらい。これだけのユーモアでも、元禄の赤穂の殿様にあったら、泉岳寺(せんがくじ)は名所ならず、浪花節は種に困ったろう。
 お廊下に当たって、お茶坊主の声。
「南部美濃守様(なんぶみののかみさま)、お上(あが)り――イッ!」
 むし歯やみのような沈痛な顔で、美濃守がはいってくる。
 四方八方から、声がとんで、
「南部侯、どうも日光は貴殿らしいぞ。北国随一の大藩じゃからのー」
「よしてくれ」
 と南部さま、御機嫌がわるい。
「城の屋根が洩って蓑(みの)を着て寝る始末じゃ。大藩などとは、人聞きがわるい」
 きょうは、すべていうことが逆だ。
「何を言わるる。鉄瓶と馬でしこたまもうけておきながら……」
「もうけたとはなんだ! 無礼であろうぞ!」
 南部侯、むきだ。
 金持といわれることは、きょうは禁物なのである。
 とたんに、この大広間の一方から、手に手に大きな菓子折りを捧げたお坊主が多勢、ぞろぞろ出てきて、一つずつ、並(なみ)いる一同の前へ置いた。
「愚楽さまから――」
 という口上だ。一眼見ると、みんなサッと真っ赤になって、モジモジするばかり。ふだんから赤い京極飛騨守などは、むらさきに……。
 おん砂糖菓子――とあって、皆みな内密に、愚楽老人へ賄賂に贈ったものだ。おもては菓子折りでも、内容(なか)は小判がザクザク……愚楽の口ひとつで日光をのがれようというので、こっそり届けたのが、こうしておおっぴらに、しかも、一座のまえで、みんなそのまま突っ返されたのだから、オヤオヤオヤの鉢あわせ。
 あわてて有背後(うしろ)に隠して、おやじめ皮肉なことをしやアがる……隣近所、気まずい眼顔をあわせていると、シーッ! シッ! と警蹕(けいひつ)の声。
 吉宗公、御着座だ。

       三

「用意を」
 と吉宗、お傍(そば)小姓をかえりみた。
 お小姓の合図で、裾模様の御殿女中が、何人となく列をつくって、しずしずとあらわれ出た。濃いおしろい、前髪のしまった、髱(たぼ)の長く出た片はずし……玉虫いろのおちょぼ口で、めいめい手に手に、満々と水のはいった硝子の鉢を捧げている。
 それを、一同の前へ、膝から三尺ほどのところへ、一つずつ置いた。
 二十年めの日光御修理の役をきめるには、こうして将軍のまえで、ふしぎな籤(くじ)をひいたものである。
 さて、一同の前に一つずつ、水をたたえたギヤマンの鉢が配られると、裃(かみしも)すがたの愚楽老人が、ちょこちょこ出てきた。子供のようなからだに、しかつめらしいかみしもを着ているのだから、ふだんなら噴飯(ふきだ)すものがあるかも知れないがいまは、それどころではない。
 みな呼吸(いき)をつめて、愚楽を見つめている。
 老人、手に桶(おけ)をさげている。桶の中には、それはまた、なんと! 金魚がいっぱい詰まっていて、柄杓(ひしゃく)がそえてあるのだ。
 生きた金魚……真紅の鱗(ひれ)をピチピチ躍らせて。
 金魚籤(きんぎょくじ)が、はじまった。
 愚楽老人は、一匹ずつ柄杓で、手桶の金魚をすくい出しては、はしから順々に、大名達の前に置いてあるギヤマン鉢へ、入れてゆくのだ。
 ごっちゃに押しこめられた桶から、急に、鉢の清水へ放されて、金魚はうれしげに、尾ひれを伸ばして泳いでいる。
 ふしぎな儀式かなんぞのよう――一同は、眼を見ひらいて、順に金魚を入れてゆく老人の手もとに、視線を凝(こ)らしている。
 じぶんの鉢に入れられた金魚が、無事におよぎ出した者は、ホッと安心のてい。
 愚楽老人の柄杓が、上座から順に、鉢に一ぴきずつ金魚をうつしてきて、いま、半(なか)ばを過ぎた一人のまえの鉢へ、一匹すくい入れると、
「やっ! 死んだっ! 当たったっ……!」
 と口々に叫びが起こった。この鉢に限って、金魚が死んだのだ。どの金魚も、すぐ、いきおいよくおよぎ出すのに、これだけは、ちりちりと円くなって、たちまち浮かんでしまった。
「おう、柳生どのじゃ。伊賀侯じゃ」
 その鉢を前にして、柳生藩江戸家老、田丸主水正(たまるもんどのしょう)、蒼白な顔で、ふるえだした。

       四

 シンとした大広間で、一座が、じっと見守っていると、愚楽老人の柄杓で手桶から、柳生対馬守の代理、江戸家老、田丸主水正のまえにおかれたギヤマン鉢へ、一ぴきすくい入れられた金魚が、こいつに限って、即座に色を変えて死んでしまったから、サア、御前をもかえりみず、一同、ガヤガヤという騒ぎ……。
「ヤ! 金魚が浮かんだ。金魚籤が、当たった!」
「来年の日光お手入れは柳生どのときまった!」
「伊賀の柳生は、二万三千石の小禄――これはチト重荷じゃのう」
 いならぶ裃(かみしも)の肩さきが、左右に触れ合って、野分のすすきのよう……ザワザワと揺れうごく。
 みんな助かったという顔つきで、ホッとした欣(よろこ)びは、おおいようもなく、その面色にみなぎっているので。
 なぜこの田丸主水正の鉢だけ、金魚が死んだか?
 ナアニ、こいつは死ぬわけだ。この鉢だけ、清水のかわりに、熱湯が入れてあるのだ。
 シンシンとたぎりたって、湯気もあげず、独楽(こま)のように静かに澄みきっている熱湯――しかも、膝さき三尺離して置くのだから、他(た)の一列の冷水の鉢と、まったくおなじに見えて、どうにも区別がつかない。
 指もはいらない熱湯なんだから、これじゃあ金魚だってたまらない。たちまちチリチリと白くあがって、金魚の白茹(しらゆで)ができてしまうわけ。
 この、金魚の死んだ不可思議(ふかしぎ)な現象こそは、東照宮さまの御神託で、その者に修営(なお)してもらいたい……という日光様のお望みなんだそうだが、インチキに使われる金魚こそ、いい災難。
「煮ても焼いても食えねえ、あいつは金魚みたいなやつだ、なんてえことをいうが、冗談じゃアねえ。上には上があらあ」
 と、断末魔の金魚が、苦笑しました。
 二十年目の日光大修理は、こうして、これと思う者の前へ熱湯の鉢を出しておいて、決めたのだった。
 子供だましのようだが、こんな機関(からくり)があろうとは知らないから、田丸主水正は、まっ蒼な顔――。ピタリ、鉢のまえに平伏していると、
「伊賀の名代(みょうだい)、おもてを上げい」
 前へ愚楽老人が来て、着座した。東照宮のおことばになぞらえて、敬称はいっさい用いない。
「はっ」
 と上げた顔へ、突きだされたのは、今まで吉宗公の御前に飾ってあった、お三宝の白羽の矢だ。
「ありがたくお受け召され」
 主水正、ふるえる手で、その白羽の矢を押しいただいた。

       五

「ありがたきしあわせ……」
 主水正、平伏したきり、しばし頭をあげる気力もない。
「柳生か」
 はるかに、御簾(みす)の中から、八代公のお声、
「しからば、明年の日光造営奉行、伊賀藩に申しつけたぞ。名誉に心得ろ」
「ハハッ!」
 もう決まってしまったから、ほかの大名連中、一時に気が強くなって、
「いや、光栄あるお役にお当たりになるとは、おうらやましい限りじゃテ」
「拙者も、ちとあやかりたいもので」
「それがしなどは、先祖から今まで、一度も金魚が死に申さぬ。無念でござる。心中、お察しくだされい」
「わたくしの藩も、なんとかして日光さまのお役に立ちたいと念じながら、遺憾ながら、どうも金魚に嫌われどおしで――」
 うまいことを言っている。
 吉宗公、さっき一同が、あかるみの中で愚楽老人に突っかえされて、皆もぞもぞうしろに隠している菓子箱へ、ジロリ鋭い一瞥をくれて、
「失望するでない。またの折りもあることじゃ」
 一座は、ヒヤリと、肩をすぼめる。
「それにしても、だいぶ御馳走が出ておるのう」
 みんな妙な顔をして、だれもなんともいわない。
「山吹色の砂糖菓子か。なるほど、それだけの菓子があったら、日光御用は、誰にでもつとまるじゃろうからの、余も安堵(あんど)いたした」
「へへッ」
 皮肉をのこして、そのままスッとお立ちです。諸侯連、控えの間へさがると現金なもので、
「伊達侯、首がすっと伸びたではないか」
「わっはっはっは、それはそうと柳生の御家老、御愁傷なことで」
 みんな悔(くや)みをいいにくる。
「しかし、おかげでわれわれは助かった。柳生様々じゃ」
 いろんな声にとりまかれながら、色蒼ざめて千代田城を退出した田丸主水正、駕籠の揺れも重くやがてたちかえったのは、そのころ、麻布本村町(あざぶほんむらちょう)、林念寺前(りんねんじまえ)にあった柳生の上屋敷。
「お帰り――イ」
 という若党儀作(ぎさく)の声も、うつろに聞いて、ふかい思案に沈んでいた主水正、あわてふためいて用人部屋へ駈けあがるが早いか、
「おい、おいっ! だれかおらぬか。飛脚じゃ! お国おもてへ、急飛脚じゃ!」
 折(お)れよとばかり手をたたいて、破(わ)れ鐘(がね)のような声で叫んだ。

   恋(こい)不知火(しらぬい)


       一

 病間にあてた書院である。やがてそこが、司馬先生の臨終の室となろうとしているのだった。
 病人が光をいとうので、こうして真昼も雨戸をしめ切って、ほのかな灯りが、ちろちろと壁に這っているきりである。中央に、あつい褥(しとね)をしいて、長の大病にやつれた十方不知火流(ぽうしらぬいりゅう)の剣祖、司馬先生が、わずかに虫の息を通わせて仰臥しているのだった。落ちくぼんだ眼のまわりに、青黒く隈(くま)どりが浮かんでいるのは、これが死相というのであろう。
 本郷妻恋坂に、広い土地をとって、御殿といってもよい壮麗な屋敷であった。剣ひとつで今日の地位を築き、大名旗下を多く弟子にとって、この大きな富を積み、江戸の不知火流として全国にきこえているのが、この司馬先生なのだった。その権力、その富は、大名にも匹敵して、ひろく妻恋坂の付近は、一般の商家などすべて、この道場ひとつで衣食しているありさまであった。だから、妻恋坂の剣術大名という異名があるくらいだった。
 故郷の筑紫にちなんで不知火流と唱え、孤剣をもって斯界(しかい)を征服した司馬先生も、老いの身の病(やまい)には勝てなかった。暗い影のなかに、いまはただ、最後の呼吸を待つばかりであった。
 まくらもとに控えている、茶筅(ちゃせん)あたまに十徳の老人は、医師であろう。詰めかけている人々も、ひっそりとして、一語も発する者もない。
 空気は、こもっている、香と、熱のにおいで、重いのだった。
「お蓮(れん)――」
 と、死に瀕(ひん)した老先生の口が、かすかにうごいた。
 医者が、隣にすわっているお蓮さまに、ちょっと合図した。
「はい――」
 泣きながら袂で眼をおさえて、お蓮さまは、病夫の口もとへ耳を持っていった。
 このお蓮さまは、司馬老先生のお気に入りの腰元だったのが、二、三年前、後妻になおったのである。それにしても、先生のむすめといってもいい若さで、それに、なんという美しい女性であろう!
 明りを受けたお蓮さまの顔は、真珠をあたためたようにかがやいて、眉の剃りあとの青いのも、絵筆で引いたように初々(ういうい)しいのだった。
「もう長いことはない」老先生は、喘(あえ)ぐように、
「まだ来んか。伊賀の――源三郎は、まだ江戸へ着かんか」
「はい。まだでございます。ほんとに、気が気でございません。どう遊ばしたのでございましょう」
 お蓮さまは、あせりぬいている顔つきだった。

       二

「神奈川、程(ほど)ヶ谷(や)のほうまで、迎いの者を出してありますから、源三郎様のお行列が見えましたら、すぐ飛びかえって注進することになっております。どうぞ御安心遊ばして、お待ちなさいませ」
 まことしやかなお蓮さまの言葉に、老先生は、満足げにうち笑(え)んで、
「源三郎に会うて、萩乃(はぎの)の将来(ゆくすえ)を頼み、この道場をまかせぬうちは、行くところへも行けぬ。もはや品川あたりに、さしかかっておるような気がしてならぬが、テモ遅いことじゃのう」
 と司馬先生は、絶え入るばかりに、はげしく咳(せ)く。
 いまこの室内に詰めているのは、医師をはじめ、侍女、高弟たち、すべてお蓮さま一派の者のみである。老先生と柳生対馬守とのあいだにできたこの婚約を、じゃまして、これだけの財産と道場を若い後妻お蓮様の手に入れ、うまい汁を吸おうという陰謀なのだ。
 剣をとっては十方不知火、独特の刀法に天下を睥睨(へいげい)した司馬先生も、うつくしい婦人のそらなみだには眼が曇って、このお蓮さまの正体を見やぶることができなかった。
 十方不知火の正流は、ここに乗っ奪(と)られようという危機である。
 多勢が四方から、咳(せ)き入る先生をなでるやら、擦(さす)るやら、半暗(はんあん)のひと間(ま)のうちが、ざわざわ騒ぎたったすきに乗(じょう)じて、お蓮さまはするりと脱け出て、廊下に立ちいでた。
 嬋妍(せんけん)たる両鬢(りょうびん)は、秋の蝉(せみ)のつばさである。暗い室内から、ぱっとあかるい午後の光線のなかへ出てきたお蓮様のあでやかさに、出あい頭(がしら)に、まぶしそうに眼をほそめて、そこに立っているのは、代稽古主席(だいげいこしゅせき)、この剣術大名の家老職といわれる峰丹波(みねたんば)だった。
「いかがです、まだ――」
 六尺近い、大兵(だいひょう)の峰丹波である。そう太い声で言って、にっと微笑(わら)った。
 まだ老先生は息を引きとらぬか――という意味だが、さすがに口に出し兼ねて、語尾を消した。
「早くかたづくといいのにねえ」
 とお蓮さまは、うつくしい顔をしかめて、かんざしで髪の根を掻きながら、
「品川から、なんとかいって来た?」
「いや、一行はいまだに本陣に頑張って、威張っておるそうですが――」
「あの、手紙をくわえた首は、だれも見なかったろうね?」
「あれには驚きましたナ。イヤどうも腐りが早いので、首は、甕(かめ)へ入れて庭へ埋めました。手紙はここに持っておりますが、私の身体まで、死のにおいがするようで――」

       三

 京ちりめんに、浅黄(あさぎ)に白で麻の葉を絞りあわせた振り袖のひとえもの……萩乃(はぎの)は、その肩をおとして、ホッとちいさな溜息を洩らした。
 父の病室からすこし離れた、じぶんの居間で、彼女は、ひとりじっともの思いに沈んでいるのだった。
 うちに火のような情熱を宿して、まだ恋を知らぬ十九の萩乃である。庭前の植えこみに、長い初夏の陽あしが刻々うつってゆくのを、ぼんやり見ながら、きびしい剣家のむすめだけに、きちんとすわって、さっきから、身うごきひとつしない。
 病父(ちち)の恢復は、祈るだけ祈ったけれど、いまはもうその甲斐もなく、追っつけ、こんどは、冥福を祈らなければならないようになるであろう……。
 萩乃は、いま、まだ見ぬ伊賀の源三郎のうえに、想いを馳(は)せているのだ。
 先方の兄と、司馬の父とのあいだに、去年ごろから話があったが、父のやまいがあらたまると同時に、急にすすんで、源三郎さまはきょうあすにも、江戸入りするはずになっているのだ――が、まだお着きにならない。どうなされたのであろう……。
 といって、彼女は決して、源三郎を待っているわけではない。父がかってにきめた縁談で、一度も会ったことのない男を、どうして親しい気もちで待ちわびることができよう。
 伊賀のあばれン坊としてのすばらしい剣腕は、伝え聞いている――きっと見るからに赤鬼のようなあの、うちの峰丹波のような大男で、馬が紋つきを着たような醜男(ぶおとこ)にきまっていると、萩乃は思った。
 気性が荒々しいうえに、素行のうえでも、いろいろよからぬ評判を耳にしているので、萩乃は、源三郎がじぶんの夫として乗りこんでくることを思うと、ゾッとするのだった。
 山猿が一匹、伊賀からやってくると思えばいい。自分はそのいけにえになるのか……と、萩乃が身ぶるいをしたとたん。
「おひとりで、辛気(しんき)くそうござんしょう、お嬢さま」
 と、庭さきに声がした。
 見ると、紺(え)の香のにおう法被(はっぴ)の腰に、棕梠縄(しゅろなわ)を帯にむすんで、それへ鋏(はさみ)をさした若いいなせな植木屋である。
 父が死ねば、この広い庭に門弟全部があつまって、遺骸に別れを告げることになっているので、もはや助からないと見越して、庭の手入れに四、五日前から、一団の植木屋がはいっている。そのうちの一人なのだが、この若い男は、妙に萩乃に注意を払って、なにかと用をこしらえては、しじゅうこの部屋のまえを通りかかるので――。

   秘伝(ひでん)銀杏返(いちょうがえ)し


       一

 どうしてこんな奥庭まで、まぎれこんできたのだろう……と、萩乃が、見向きもせずに、眉をひそめているうちに。
 その若い植木屋は、かぶっていた手ぬぐいをとって、半纏(はんてん)の裾をはらいながら、かってに、その萩乃の部屋の縁側に腰かけて、
「エエ、お嬢さま。たばこの火を拝借いたしたいもので、へえ」
 と、スポンと、煙草入れの筒をぬいた。
 水あぶらの撥(ばち)さきが、ぱらっと散って、蒼味の走った面長な顔、職人にしては険(けん)のある、切れ長な眼――人もなげな微笑をふくんだ、美(い)いおとこである。
 なんという面憎(つらにく)い……!
 萩乃は、品位をととのえて振りむきざま、
「火うちなら、勝手へおまわり」
「イヤ、これはどうも、仰せのとおりで」
 と、男は、ニヤリと笑いつつ煙管(きせる)をおさめて、
「じゃ、たばこはあきらめましょう。だがネ、お嬢さん、どうしてもあきらめられないものがあるとしたら、どうでございますね、かなえてくださいますかね」
 と、その鋭い眼じりに、吸いよせるような笑みをふくんで、ジロッと見据えられたときに、萩乃は、われにもなく、ふと胸がどきどきするのを覚えた。
 不知火流大御所のお嬢様と、植木屋の下職……としてでなく、ただの、男とおんなとして。
 なんてきれいなひとだろう、情(じょう)の深そうな――源三郎さまも、こんなお方ならいいけれど。
 などと、心に思った萩乃、じぶんと自分で、不覚にも、ポッと桜いろに染まった。
 でも、源三郎様は、この植木屋とは月とすっぽん、雪と墨(すみ)、くらべものにならない武骨な方に相違ない……。
 オオ、いやなこった! と萩乃は、想像の源三郎の面(おも)ざしと、この男の顔と、どっちも見まいとするように眼をつぶって、
「無礼な無駄口をたたくと、容赦しませぬぞ。ここは、お前たちのくるところではありませぬ。おさがり!」
「へへへへへ、なんかと、その御立腹になったところの風情がまた、なんとも――」
「萩乃さん、萩乃さんはそこかえ」
 声を先立てて、継母のお蓮さまが、はいってきた。例によって、大男の峰丹波をしたがえて。
「源三郎様は、まだお越しがないねえ……オヤ、この者は、なんです。これ、お前は植木屋ではないか。まあどうしてこんなところへはいりこんで、なんてずうずうしい!――丹波っ、追っぱらっておしまい!」

       二

 司馬の道場をここまで持ってきたのは、むろん、老先生の剣と人物によることながら、ひとつには、この膂力(りょりょく)と才智のすぐれた峰丹波というものがあったからで。
 妻恋坂の大黒柱、峰丹波、先生の恩を仇でかえそうというのか、このごろ、しきりにお蓮さまをけしかけて、源三郎排斥の急先鋒、黒幕となっているのだ。
 まさか変なことはあるまいが、それも、相手が強(したた)か者のお蓮様だから、ふたりの仲は、案外すすんでいるのかも知れない……などと、屋敷うちでは、眼ひき袖引きする者もあるくらい。とにかく、お蓮さまの行くところには、かならず丹波がノッソリくっついて、いつも二人でコソコソやっている。
 醜態である。
 萩乃は、この、ふだんからこころよく思っていないふたりが、はいってきたので、ツンとすまして横を向いていると――身長六尺に近く、でっぷりとふとって、松の木のようにたくましい丹波だ。縁側を踏み鳴らしてくだんの植木屋に近づくなり、
「無礼者っ!」
 と一喝。植木屋、へたばって、そこの土庇(どびさし)に手をついてしまうかと思いのほか、
「あっはっは、大飯食らいの大声だ」
 ブラリ起ちあがって、立ち去ろうとする横顔を、丹波のほうがあっけにとられて、しばしジッと見守っていたが、
「何イ?」
 おめくより早く、短気丹波といわれた男、腰なる刀の小柄を抜く手も見せず、しずかに庭を行く植木屋めがけて、投げつけました。
 躍るような形で、縁に上体をひらいた丹波、男の背中に小柄が刺さって、血がピュッと虹のように飛ぶところを、瞬間、心にえがいたのでしたが……どうしてどうして、そうは問屋でおろさない。
 ふしぎなことが起こったのだ。
 あるき出していた植木屋が、パッと正面を向きなおったかと思うと、ひょいと肘(ひじ)をあげて、小柄を撥(は)ねたのだ。
 飛んでくる刃物を、直角に受けちゃアたまらない。平行に肘を持っていって、スイと横にそらしてしまうんです。
 柳生流の奥ゆるしにある有名な銀杏返(いちょうがえ)しの一手。
 銀杏返しといっても、意気筋なんじゃあない。ひどく不(ぶ)意気な剣術のほうで、秋、銀杏の大樹の下に立って、パラパラと落ちてくる金扇(きんせん)の葉を、肘ひとつでことごとく横に払って、一つも身に受けないという……。

   尺取(しゃくと)り横町(よこちょう)


       一

 なんでも芸はそうで、ちょいと頭をだすまでには、なみたいていのことではございません。人の知らない苦労がある。それがわかるには、同じ段階と申しますか、そこまで来てみなければ、こればっかりは金輪際(こんりんざい)わかりっこないものだそうで、そうして、その苦労がわかってくると、なんだかんだと人のことをいえなくなってしまう。なんでも芸事は、そうしたものだと聞いております。
 いま、仮りに。
 この峰丹波が、あんまり剣術のほうの心得のない人だったら、オヤ! 植木屋のやつ、はずみで巧く避けやがったナ、ぐらいのことで、格別驚かなかったかも知れない。
 が、なにしろ、峰丹波ともあろう人。
 剣のことなら、他流(たりゅう)にまですべて通じているから、今その小柄がツーイと流れて、石燈籠の胴(どう)ッ腹(ぱら)へぶつかって撥(は)ねかえったのを見ると、丹波、まっ青になった。
「ウーム!」
 と呻(うめ)いて、縁に棒立ちです。
 植木屋は?
 と見ると、その蒼白い顔を、相変わらずニコニコさせて、萩乃とお蓮さまへ目礼、スタスタ行っちまおうとするから、丹波、こんどはあわてて、
「お待ちを……ちょっとお待ちを願います」
 ことばづかいまで一変、ピタリ縁にすわって、
「まさか、あなた様は――?」
 恐怖と混迷で、丹波の顔は汗だ。
 お蓮さまと萩乃は、おんなのことで、剣術なんかわからないから、小柄が横にそれただけのことで、この傲岸(ごうがん)な丹波が、どうしてこう急に恐れ入ったのだろう……何かこの植木屋、おまじないでもしたのかしら、と、ふしぎに思って見ている。
「柳生流をあれだけお使いなさるお方は……」
 と、丹波小首を捻(ひね)って、
「ほかにあろうとは思われませぬ。違いましたら、ごめんこうむるといたしまして、もしかあなたさまは、あの――イヤ、しかし、さようなことがあろうはずはござらぬ。御尊名を……ぜひ御尊名を伺わせていただきたい」
「オウ、おさむれえさん。おめえ、何か感ちがいしていやアしませんかい」
 植木屋は、ペコペコあたまを掻いて、
「御尊名と来た! おどろき桃の木――あっしあ、根岸の植留の若えもンで、金公(きんこう)てえ半チク野郎で、へえ」
「なんと仰せられます。ただいまのは、柳生流秘伝銀杏返し……お化けなすっても、チラと尻尾が見えましてござります、しっぽが!」
「へ?」
 と金公、キョトンとした顔。

       二

 うたたねの夢からさめた櫛(くし)まきお藤(ふじ)は、まア! とおどろいた。
 じぶんの昼寝のからだに、いつの間にか、意気な市松(いちまつ)のひとえが、フワリとかけてあるのである。
「まあ! あんなやつにも、こんな親切気があるのかねえ」
 と、口の中で言って、とろんとした眼、自暴(やけ)に髪の根を掻いている。
 ここは、浅草駒形(あさくさこまがた)、高麗屋敷(こうらいやしき)の櫛まきお藤のかくれ家です。縁起棚の下に、さっき弾きあきたらしい三味線が一梃(ちょう)、投げだしてあるきり、まことに夏向きの、ガランとした家で、花がるたを散らしに貼った地ぶくろも、いかさまお藤姐御(あねご)の住まいらしい。
 どんよりした初夏の午(ひる)さがり……ジッとしていると、たまらなく睡(ねむ)くなる陽気だ。
 お藤、真っ昼間から一ぱいやって、いまとろとろしたところらしく、吐く息が、ちと臭い。
 今のことばを、口のなかでいったつもりだったのが、声になって外へ出たとみえて、
「姐御、おめざめですかい。あんなやつはねえでしょう。相変わらず口がわるいね」
 といって、二間(ま)ッきりの奥の間から、出てきたのは、しばらくここに厄介になって身をひそめている、鼓の与吉である。
 妻恋坂のお蓮様に頼まれ、東海道の三島まで出張って、あの柳生源三郎の一行に、荷かつぎ人足としてまぎれこみ、ああして品川の泊りで、うまく大名物こけ猿の茶壺を盗み出したこの与吉。いままでこのお藤姐御の家に鳴りをひそめて、ほとぼりをさましていたので。
 ゆうき木綿(もめん)の単衣(ひとえ)に、そろばん絞りの三尺を、腰の下に横ちょに結んで、こいつ、ちょいとした兄哥(あにい)振りなんです。
 見ると、どっかへ出かける気らしく、藍玉(あいだま)の手ぬぐいを泥棒かむりにして、手に、大事そうに抱えているのは、これが、あの、伊賀の暴れン坊の婿引出、柳生流伝来の茶壺こけ猿であろう。鬱金(うこん)のふろしきに包んだ、高さ一尺五、六寸の四角い箱だ。
「おや、いよいよきょうは一件を持って、お出ましかえ」
 と笑うお藤の眼を受けて、
「あい。あんまり長くなるから、ひとつ思い切って峰丹波さまへこいつをお届けしようと思いやしてネ」
「だけど、伊賀の連中は、眼の色変えて毎日毎晩、品川から押し出して、江戸じゅう、そいつを探してるというじゃないか。もう、大丈夫かえ?」
「なあに――」
 与吉の足は、もう土間へおりていました。

       三

 櫛は野代(のしろ)の本ひのき……素顔自慢のお藤姐御は、髪も、あぶら気をいとって乱したまんま、名のとおり、グルグルっと櫛巻にして、まア、言ってみれば、持病が起こりましてネ、化粧(みじまい)もこの半月ほど、ちっともかまいませんのさ、ようようゆうべひさしぶりで、ちょいと銭湯へはいったところで――なんかと、さしずめ春告鳥(はるつげどり)にでも出てきそうな、なかなかうるさい風俗。
 ここんところ、ちょっと、お勝手もと不都合とみえて、この暑いのに縞縮緬(しまちりめん)の大縞(おおしま)の継(つぎ)つぎ一まいを着て、それでも平気の平左です。白い二の腕を見せて、手まくらのまま、
「さわるまいぞえ、手を出しゃ痛い――柳生の太刀風をバッサリ受けても、知らないよ」
 土間の与吉は、やっこらさとこけ猿の茶壺をかかえて、
「何しろ、大将が大暴れン坊で、小あばれん坊がウントコサ揃っていやすからネ。そいつが、江戸中を手分けして、この与吉様とこの茶壺をさがしてるんだ。ちいとばかり、おっかなくねえことアねえが、峰の殿様も、いそいでいらっしゃる。きっと、与の公のやつ、どうしたかと……」
「じゃ、いそいで行って来な」
「へえ、此壺(こいつ)を妻恋坂へ届けせえすれア、とんでけえってめえります。また当分かくまっておもらい申してえんで」
「あいさ、これは承知だよ」

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