丹下左膳
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著者名:林不忘 

「なんでも、東海道三島の宿で、浅草三間町の鍛冶屋富五郎てエ野郎が飯盛(めしもり)の女を買って金をやったとこがお前、その小判がまえから廻状のまわっていた丸にワの字の極印(ごくいん)つきだからたまらねえや。すぐに両替屋の触帳(ふれちょう)から足がついてナ、その鍛冶屋を江戸へ送ってしらべてみるてえと、なんとかてエ婆さんが鈴川源十郎の手から持って来たことがわかった。その丸にワの字は出羽様の印で、いつかそら、銀町の棟梁伊兵衛親方が相川町で奪(と)られたものだから、ここはなんとあっても、その鈴川てえお旗本が伊兵衛親方をバッサリ殺(や)ったものに違えねえのさ」
「そうとも! それにきまってらアな、南のお奉行様が、いざ手におくだしになるまでにゃアすっかりお調べがとどいているんだ。その御眼力にはずれはねえ。しかもお前、そのめしもりの女ッてエのが、また途法(とほう)もねえ阿婆摺(あばず)れだってえじゃアねえか」
「そうよそうよ! 櫛まきのお藤と言ってナ、江戸お構えだったのが、江戸で見つかったんだけれど、お情けの筋あって東海道へ放されたんだそうだが、こんどは引き売りてえ新手(あらて)の詐偽(かたり)を働いて、そいつもいっしょにつかまったとよ。ひき売りてえのは、お前のめえだが、男がお藤を宿場へ売って、あとから行ってすぐに連れ出すのよ。つづみの与吉てエ野郎だそうな、相手の男は」
「するてえと、お藤と与吉と鍛冶富と三人お手あてになったわけかえ?」
「アアそうよ。鍛冶富はかかりあいだが、みんな江戸へ送られてナ、きょうはいよいよ本所の鈴川様へ御用十手が飛びこんだのだ」
「化物旗本め、今ごろは手がうしろへまわっているに相違ねえ」
 この話し声を、わが身に縁のうすいことのようにボンヤリと聞きながら、お艶がふらふらと橋の欄干に寄ると、世は移り変わり、象(かたち)はちがっても、我欲(がよく)をあらわに渦をまく人の浪。
 茜(あかね)いろの夕陽が天地をこめて、お艶の影を、四辻の土に黒く長くななめに倒している。
 河岸に灯がはいって……夢のよう。
 江戸の祭りは、そのまま夜に入る。




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