ルバイヤート
[青空文庫|▼Menu|JUMP]
著者名:ハイヤームオマル 

  110

大空に月と日が姿を現わしてこのかた
紅(くれない)の美酒(うまざけ)にまさるものはなかった。
腑に落ちないのは酒を売る人々のこと、
このよきものを売って何に替えようとか?

  111

月の光に夜は衣の裾(すそ)をからげた。
酒をのむにまさるたのしい瞬間(とき)があろうか?
たのしもう! 何をくよくよ? いつの日か月の光は
墓場の石を一つずつ照らすだろうさ。

  112

あすの日が誰にいったい保証出来よう?
哀れな胸を今この時こそたのしくしよう。
月の君*よ、さあ、月の下で酒をのもう、
われらは行くし、月はかぎりなくめぐって来よう!

  113

あわれ、人の世の旅隊(キャラヴァン)は過ぎて行くよ。
この一瞬(ひととき)をわがものとしてたのしもうよ。
あしたのことなんか何を心配するのか? 酒姫(サーキイ)よ!
さあ、早く酒盃を持て、今宵(こよい)も過ぎて行くよ!

  114

東の空の白むとき何故(なぜ)□(にわとり)が
声を上げて騒ぐかを知っているか?
朝の鏡に夜の命のうしろ姿が
映っても知らない君に告げようとさ。

  115

夜は明けた、起きようよ、ねえ酒姫(サーキイ)
酒をのみ、琴を弾け、静かに、しずかに!
相宿の客は一人も目がさめぬよう、
立ち去った客もかえって来ぬように!

  116

わが心の偶像よ、さあ、朝だ、
酒を持て、琴をつまびき、うたえ歌。
千万のジャムシードやケイホスロウら
夏が来て冬が行くまに土の中!

  117

朝の一瞬(ひととき)を紅(くれない)の酒にすごそう、
恥や外聞の醜い殻を石に打とう。
甲斐(かい)のないそらだのみからさっさと手を引き、
丈なす髪と琴の上にその手を置こう。

  118

こころよい日和(ひより)、寒くなく、暑くない。
空に雲 花の面の埃(ほこり)を流し、
薔薇(ばら)に浮かれた鶯(うぐいす)はパ□ラヴイ語*で、
酒のめと声ふりしぼることしきり。

  119

花のころ、水のほとりの草の上で、
おれの手をとるこの世の天女二、三人。
世の煩(わずら)いも天国ののぞみもよそに、
盃(さかずき)にさても満たそう、朝の酒!

  120

はなびらに新春(ノールーズ)の風はたのしく、
草原の花の乙女の顔もたのしく、
過ぎ去ったことを思うのはたのしくない。
過去をすて、今日この日だけすごせ、たのしく。

  121

草は生え、花も開いた、酒姫(サーキイ)よ
七、八日地にしくまでにたのしめよ。
酒をのみ、花を手折(たお)れよ、遠慮せば
花も散り、草も枯れよう、早くせよ。

  122

新春(ノールーズ)にはチューリップの盃(はい)上げて、
チューリップの乙女(おとめ)の酒に酔え。
どうせいつかは天の車が
土に踏み敷く身と思え。

  123

菫(すみれ)は衣を色にそめ、薔薇の袂(たもと)に
そよかぜが妙なる楽を奏でるとき、
もし心ある人ならば、玉の乙女と酒をくみ、
その盃を破るだろうよ、石の面(も)に。

  124

さあ、起きて、嘆くなよ、君、行く世の悲しみを。
たのしみのうちにすごそう、一瞬(ひととき)を。
世にたとえ信義というものがあろうとも、
君の番が来るのはいつか判(わか)らぬぞ。

  125

大空の極(きわみ)はどこにあるのか見えない。
酒をのめ、天(そら)のめぐりは心につらい。
嘆くなよ、お前の番がめぐって来ても、
星の下(もと)誰にも一度はめぐるその盃(はい)。

  126

学問のことはすっかりあきらめ、
ひたすらに愛する者の捲毛(まきげ)にすがれ。
日のめぐりがお前の血汐を流さぬまに
お前は盃(はい)に葡萄(ぶどう)の血汐を流せ。

  127

人生はその日その夜を嘆きのうちに
すごすような人にはもったいない。
君の器が砕けて土に散らぬまえに、
君は器の酒のめよ、琴のしらべに!

  (128)

春が来て、冬がすぎては、いつのまにか
人生の絵巻はむなしくとじてしまった。
酒をのみ、悲しむな。悲しみは心の毒、
それを解く薬は酒と、古人も説いた。

  129

お前の名がこの世から消えないうちに
酒をのめ、酒が胸に入れば悲しみは去る。
女神の鬢(びん)の束また束を解きほぐせ、
お前の身が節々(ふしぶし)解けて散らないうちに。

  (130)

さあ、一緒にあすの日の悲しみを忘れよう、
ただ一瞬(ひととき)のこの人生をとらえよう。
あしたこの古びた修道院を出て行ったら、
七千年前の旅人と道伴(みちづ)れになろう。

  (131)

胸をたたけ、ああ、よるべない大空の下、
酒をのめ、ああ、はかない世の中。
土から生れて土に入るのか、いっそのこと、
土の上でなくて中にあるものと思おう。

  132

心はたぎる、早くこの手に酒をくれ!
命、いのち、銀露のようにたばしる!
とらえないと青春の火も水となる。
さあ、早く物にくらんだ目をさませ!

  133

酒をのめ、それこそ永遠の生命だ、
また青春の唯一(ゆいつ)の効果(しるし)だ。
花と酒、君も浮かれる春の季節に、
たのしめ一瞬(ひととき)を、それこそ真の人生だ!

  134

酒をのめ、マ□ムード*の栄華はこれ。
琴をきけ、ダヴィデ*の歌のしらべはこれ。
さきのこと、過ぎたことは、みな忘れよう
今さえたのしければよい――人生の目的はそれ。

  135

あしたのことは誰にだってわからない、
あしたのことを考えるのは憂鬱(ゆううつ)なだけ。
気がたしかならこの一瞬(ひととき)を無駄(むだ)にするな、
二度とかえらぬ命、だがもうのこりは少い。

  (136)

時のめぐりも酒や酒姫(サーキイ)がなくては無だ、
イラク*の笛も節(ふし)がなくては無だ。
つくずく世のありさまをながめると、
生れた得(とく)はたのしみだけ、そのほかは無だ!

  137

いつまで有る無しのわずらいになやんでおれよう?
短い命をたのしむに何をためらう?
酒盃に酒をつげ、この胸に吸い込む息が
出て来るものかどうか、誰に判ろう?

  138

仰向(あおむ)けにねて胸に両手を合わさぬうち*、
はこぶなよ、たのしみの足を悲しみへ。
夜のあけぬまに起きてこの世の息を吸え、
夜はくりかえしあけても、息はつづくまい。

  139

永遠の命ほしさにむさぼるごとく
冷い土器(かわらけ)に唇(くち)触れてみる。
土器(かわらけ)は唇(くち)かえし、謎(なぞ)の言葉で――
 酒をのめ、二度とかえらぬ世の中だと。

  140

さあ、ハイヤームよ、酒に酔って、
チューリップのような美女によろこべ。
世の終局は虚無に帰する。
よろこべ、ない筈(はず)のものがあると思って。

  141

もうわずらわしい学問はすてよう、
白髪の身のなぐさめに酒をのもう。
つみ重ねて来た七十の齢(よわい)の盃(つき)を
今この瞬間(とき)でなくいつの日にたのしみ得よう?

  142

めぐる宇宙は廃物となったわれらの体躯(からだ)、
ジェイホンの流れ*は人々の涙の跡、
地獄というのは甲斐(かい)もない悩みの火で、
極楽はこころよく過ごした一瞬(ひととき)。

  143

いつまで一生をうぬぼれておれよう、
有る無しの論議になどふけっておれよう?
酒をのめ、こう悲しみの多い人生は
眠るか酔うかしてすごしたがよかろう!
[#改ページ]

     註

番号
4 知者――全智の神。6 水の上に瓦を積む――意味のない妄想にふけること。12 「世の燈明」――神学者に奉(たてまつ)られた尊号。13 酒姫――酒の酌(しゃく)をする侍者(じしゃ)。それは普通は女でなくて紅顔の美少年で、よく同性愛の対象とされた。15 大地を担う牛――イラン人は地球は円いものではなく、大海の中の大魚の上に跨(またが)る大牛の背中にのっているものと考えていた。そして太陽は地球の周囲を廻転するものと考えられていた。26 人の所業を書き入れる筆もくたびれて――イスラム教徒の信仰によると、創世の日に神の筆がすべての天命を神の書に記入し、また日ごろ人間の善業悪業をもいちいち記入して裁きの日に備えるといわれている。29 七と四――七天と四元素。31 礼堂――イスラム教徒の礼拝の場所。〃 火殿――拝火教の聖火奉安所。32 筆のはこび――宿命。39 尊い宝――宝石とそして尊い人の骨と。53 ジャムシード――詩人フェルドゥシイの集成したイランの国民史詩『シャーナーメ』に伝わる帝王の名。「ジャムシード」は「日の王」を意味する。〃 バ□ラーム――ササン王朝(二二六−六四二年)のバ□ラーム五世のこと。在位は四二〇−四三八年。夫人を伴って野驢(グール)を狩りしたことで有名。バ□ラーム・グールと綽名(あだな)された。55 ケイカーウス――神話時代のイランの第二王朝であるケイアニイ朝第二世の帝王で、太祖ケイコバードの子。〃 鈴の音――古代イランでは、帝王の出御(しゅつぎょ)するときに鈴を振り、太鼓(たいこ)を鳴らす習慣があった。59 パルヴィーズ――ササン王朝の帝王ホスロウ・パルヴィーズ(五九〇−六二八年)。〃 ケイコバード――神話時代のイランの第二王朝ケイアニイ朝を開いた。62 新春――イランには古くから一種の太陽暦が行われ、春分の日、すなわち春の彼岸が一年のはじめとなっている。この日は新年としてまた春の祭として祝われる。66 めぐる車――天体の運行を陶器師のろくろにたとえたもの。68 けがれ――イスラム教は酒をけがれあるものとして禁じている。70 ファレイドゥーン――かつてのピシダーデイ王朝の末裔(まつえい)としてイランを再興したと伝えられる勇士。〃 ケイホスロウ――ケイアニイ王朝中興の英主。74 マギイ――拝火教の司祭。イスラム教以前のイランの宗教は拝火教であった。しかしそれはイスラム教徒にイランが征服されてから後は邪教として擯斥(ひんせき)された。75 久遠の花嫁――自然、人生。77 葡萄樹の娘――葡萄の実からとった酒。86 教長――学識経験のすぐれたイスラム教徒の指導的な人物。89 コーサル河――イスラム教徒の死後の天国にあるといわれる川の名。95 バグダード――アッバス朝時代(七四九−一二五八年)のカリフの首都、当時イスラム文化の中心地であった。のちイラクの首府。〃 バルク――現在は北アフガニスタンの小都であるが、古代にはバクトリアの都として、また中世にはブハラやネイシャプールと並ぶ東ペルシアの中心地の一つとして文化の栄えた所。96 舞い男――イスラム教の教団の一つに歓喜して踊り狂うことによって神との合一の三昧境(さんまいきょう)を現出しようとするのがあるが、この教団に属する修道者がカランダールである。104 イスラム――回教とも言う。マホメットのはじめた宗教。唯一神アッラーを信じ、日に五回の礼拝を行い、斎戒をし、喜捨を寄せ、メッカへの巡礼をするイスラム教徒は、イスラムを唯一の正信と信じ、その他の宗教をすべて邪信と見ている。107 ジャムの酒盃――ジャムシード王の七輪の杯。七天、七星、七海などに象(かたど)った七つの輪を有し、世の中の出来事はことごとくこれに映して見ることができたといわれる。112 月の君――愛人を月になぞらえて呼んだ愛称。118 パ□ラヴイ語――中世ペルシア語。イランがアラビア人に征服される以前、三世紀から七世紀にかけてササン王朝時代に用いられていた言葉で、その後上層階級には忘れ去られ、わずかに下層の国民大衆の間に語りつがれていた。134 マ□ムード――ガズニ王朝(九七七−一一八六年)の英主スルタン・マ□ムード(九九八−一〇三〇年)。インドを侵略して数多(あまた)の財宝を掠取(りゃくしゅ)した。〃 ダヴィデ――聖書に見えるイスラエルの王で『詩篇』の作者。イスラム教徒は彼を美声の歌手の典型と考えている。136 イラク――メソポタミアとイランの一部を含む地方。138 胸に両手を合わす――永眠すること。142 ジェイホンの流れ――オクサス河。アムダリアとも言う。



ページジャンプ
青空文庫の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
作品情報参照
mixiチェック!
Twitterに投稿
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶし青空文庫

Size:39 KB

担当:undef