大菩薩峠
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◇暇つぶし何某◇

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著者名:中里介山 

         一

「おや、まあ、お前は弁信さんじゃありませんか……」
と、草鞋(わらじ)を取る前に、まず呆気(あっけ)にとられたのは久助です。
「はい、弁信でございますよ。久助さん、お変りもありませんでしたか、お雪ちゃんはどうでございます」
「お雪ちゃんも、無事でいるにはいますがね……」
「なんにしても結構と申さねばなりません、本来ならばあの子は、この白骨へ骨を埋める人でございましたが、それでも御方便に、助かるだけは助かりましたようでございます。お雪ちゃんは、当然ここで死なねばならぬ運命を遁(のが)れて、とにもかくにも、無事にこの白骨を立ち出でたのは果報でございました。誰も知らないお雪ちゃん自身の善根が、お雪ちゃんの命を救ったのはよろしいが、かわいそうに、あの子の身代りに死んだ人がありましたね」
「何を言うのです、弁信さん」
 炉辺閑話(ろへんかんわ)の一座の中では、最も臆病な柳水宗匠が、わななきながら唇を震わせますと、
「はい」
 弁信は、おとなしく向き直って、
「あの子が、この白骨へ旅立って参りまするその前から、わたくしはあの子の運命を案じておりましたが、その道中か、或いはこの白骨へ着いた後か、いずれの時かに於て、あの子の運命が窮まるということを、わたくしのこの頭が、感得いたしました。ですけれども、それを引止める力がわたくしにございませんでした。世の中には、こうすればこうなるものだと前以てよく分っておりながら、それを如何(いかん)ともすることのできない例(ためし)はいくらもございますのです。わたくしとしましては、そんな事まで、お雪ちゃんという子の門出を心配しておりましたにかかわらず、お雪ちゃん自身は、白骨へ行くことを、お隣りのでんでん町へでも行くような気軽さで、楽しそうな様子でございました。あの子もやっぱり物を疑うということを知らない子でございます。疑いの無いところに怖れというものも無いわけでございますが、怖れを怖れとしない本当の勇気は、疑いを疑いきった後に出てこなければならないのですが、お雪ちゃんのは、最初から疑いを知らないのです。突き当るまでは信じきっていて、突き当ってはじめて苦しむのですからかわいそうです。ただ心強いことには、あの子はやはり突き当って、自分が苦しみながらも、自分を捨てるということがございません、その一念の信を失うということがございません、九死の中の苦しみにいても、絶望の淵へは曾(かつ)て落ちていないということがせめてもの安心でございます。ですからわたくしは、蔭ながらいかにあの子の悲痛を思いやってはおりましても、あの子の身の上に、全くの絶望ということを感じないのが一つの心強さでございましたが、なんに致せ、あのように疑いを知らぬ人の子を長く迷惑の谷に沈めて置くというのは忍びないことでございます――白骨を無事に立ったとはいうものの、やっぱりあの子は苦しんでいるに違いありません」
 この時、草鞋(わらじ)を取って洗足(すすぎ)を終った久助が炉辺へ寄って来て、
「北原さん、これがあなたへ宛ててのお雪ちゃんの手紙でございます、口不調法な私には、何からお話を申し上げてよいか分りませんが、これをごらん下さると、すべてがお分り下さるでございましょう」
「お雪ちゃんからのお手紙ですか」
 北原はそれを受取って、燈火の方に手をかざして封を切りながら、自分も読み、人も差覗(さしのぞ)くことを厭(いと)わぬ形で読んでしまいましたが、
「おやおや、高山で火事に遭って、お雪ちゃんは身のまわりのものそっくりを焼いてしまいましたね」
「いやもう、飛んだ災難で、あなた方にお暇乞いもせず、逃げるようにここを出て行きましたくせに、今更こんなことを手紙であなた方へ申し上げられる義理ではございませんが、全く旅先で、身一つで焼け出され、九死一生というつらさが身にこたえました」
「君、何だってお雪ちゃんはまた、ここを逃げ出したんだ」
 堤一郎が不審がる。なるほど、誰もお雪ちゃんを邪魔にする者はなし、迫害する者はなし、いたずらをする者もなし、のみならず、すべての敬愛の的となり、ほんとうにこの雪の白骨の中に、不断の花の一輪の紅であったのに、いったい何が不足で、ここを夜逃げをしたのだ……ということが、今以て一座の疑問ではあるのです。

         二

 お雪ちゃんの手紙を逐一(ちくいち)読んでしまった北原賢次は、慨然として、
「だから言わぬ事じゃない」
とつぶやきました。だが、慨然として呟(つぶや)いただけではいられない、事急に迫って、轍鮒(てっぷ)のような境涯に置かれているお雪ちゃんの叫びを聞くと、まず、為さねばならぬことは、走(は)せてこれに赴くということです。
 北原は、忙しく手紙を巻きながらこう言いました、
「今晩というわけにもいくまいから、明早朝、拙者は高山まで行って来るよ。まあ、万事は向うへ行っての相談だが、僕の考えでは、どうしても、もう一ぺんお雪ちゃんとその一行をここへ連れ戻すのだな、そうして予定通り一冬をこの地で越させて、春になってからのことにするさ……とにかく、僕は明早朝、お雪ちゃんを救うべく高山まで出張することにしますから、皆さんよろしく」
 北原が手紙の要領を話した後に、進んでこういって提言したものですから、誰あって異議を唱えるものもあろうはずはありません。
「御苦労さまだね、北原君、この雪だからねえ、誰か一緒に行ってもらわねばなるまい」
 池田良斎が、ねぎらいながら言うと、誰よりも先に口を切ったのは、黒部平の品右衛門爺さんでありました。
「わしも、平湯から船津(ふなつ)へ越さざあならねえから、一緒に高山までおともをしてもいいでがんす」
「品右衛門爺さんが同行してくれれば大丈夫、金(かね)の脇差」
と山の案内者が言いました。
「有難い、品右衛門爺さんが行ってくれる、ではなにぶん頼みますよ」
 北原も品右衛門の名をよろこびました。事実、山と谷との権威者である、このお爺さんが同行すれば、山神鬼童も三舎を避けるに違いないと思われます。
 そうでなくてさえも、品右衛門爺さんに先を越されて、やむなく口を噤(つぐ)んでいた一座の甲乙が、この時一時に嘴(くちばし)を揃えて、
「北原君……拙者も連れて行ってくれないか、安房峠(あぼうとうげ)の雪はいいだろう、それに飛騨の平湯がまたこことは違った歓楽郷だということだし、高山も山間に珍しい風情のある都会だということだから、この機会に、僕も一つ同行を願って、観光の列に加わりたいものだ」
「冗談じゃない、物見遊山に行くんじゃないぞ、まさにお雪ちゃんの危急存亡の場合なんだ――ところで、品右衛門爺さんを先導且つ監督として、拙者が正使に当り、久助さんだけは当然介添(かいぞえ)として行かにゃなるまいから、同行三人――それで明早朝の約束ということに決めてしまいましょう、ねえ、池田先生」
「それがよろしいでしょう、御苦労ながら頼みます、頼みます」
 北原と良斎とは相顧みてこう言って、もはや緩慢な志願者の介入を許さないことになってしまって、一座もまたこの際、それに黙従の形となって、火は相変らず燃えているのに、一座がなんとなく、しんみりしてきた時、
「え、え、皆様、本来ならばこの際、私が進んで御同行を願わねばならないのですが……」
と、この時膝を進めたのは弁信でありました。
 本来、あのお喋(しゃべ)りが、ここのところで、ここまで沈黙していたのは、不思議といえば不思議であります。縁故の遠い甲乙までが、自分の好奇のためにも、お雪ちゃんの救急のためにも、嘴(くちばし)を揃えて同行を申し出でた際、それよりはもっとずっと馴染(なじみ)の深い弁信が、あの柔軟な舌を動かさずにいたということが変で、また、話がこんなに進んで来た場合に、今まで物(もの)の怪(け)ではないかとさえ驚異の的とされていたこの小法師が、たとえ僅かの間なりとも、一座から存在を忘れられていたということも、不思議な呼吸でなければなりません。
 ところが、この際突然としてまたしゃべり出たものですから、忘れられていた存在がまた浮き出したと同時に、一座がなんとなく水をかけられたような気持になって、神秘とも、幻怪とも、奇妙とも、ちょっと名のつけられない小坊主の、平々洒々としてまくし立てる弁説の程に、なんとなくおそれを抱かせられでもしたもののようです。こんな気配にはいっこう頓着のない弁信は、一膝進ませて、例の柔長舌をひろげはじめた、
「皆様が、こうもお気を揃えて、あのお雪ちゃんという子のために尽して下さる御親切をまたとなく有難いことに存じます。本当ならば、皆様をお煩(わずら)わせ申すことなしに、真先にこのわたくしというものが、あの子を訪ねて、そうして尽すだけの介抱も尽してあげなければならないはずなのに、今のわたくしでは、それができないと感じましたから、やむを得ずさいぜんから差控えておりました。と申しますのは、甚(はなは)だ我儘(わがまま)の次第でございますが、実のところ、わたくしの身体は只今、疲れ切っているのでございます、それに、ここに落着きまして、結構な天然のお湯に温められましてから、その疲れが一度に出てしまったような次第でございまして、たとえ、お雪ちゃんという子が山一重あなたにおりましても、今のわたくしのこの身体では、その山一つを越すのが堪えられますまいと案じられるのでございます。こんなに申しますと、弁信、お前は口ほどにもない意気地なしだな、さきほど玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)渡天の苦しみがどうの、なあに、同じ日本の国の信濃の国内がどうのと広言を吐いたそれがどうしたと、斯様(かよう)にお叱りを蒙(こうむ)るかも知れませんが、それはそれでございまして、お湯につかりましてから、わたくしが、全くぐったりと疲れが一時に出てまいりましたことは事実でございます。だが、御安心下さいませ、この疲れは困憊(こんぱい)の疲れというわけではございません、安息の疲れなのでございます。わたくしは行こうと思いますと、いかに病身の身でも行くべき路をさらさら厭(いと)いは致しませんけれど、今は休みたいのでございます。お雪ちゃんの身がどうありましょうとも、皆様を先立て、わたくしが控えておりまして、お義理を欠こうとも欠きますまいとも、わたくしは今日は休みたいのでございます、明日もここで休んでいたいのでございます。あさってのところはどうなるかわかりませんが――今のわたくしの気持は、何事を措(お)いても、ここで暫く休ませて置いていただきたいことのほかにはございません。隣国と申しましても、飛騨の高山まではかなりの道でございましょう、ましてこの大雪でございます、それは品右衛門爺さんが案内をし、屈強な北原さんと、お気の練れた久助さんとがお道連れですから、少しも心配はないようなものの、それでも時候外(はず)れの今の時に、人の通わぬ山路を御出立なさるのはなんぼう御苦労なことでございましょうか。それをわたくしらがここにいて充分に休みたいなんぞとは申し上げられた義理ではないのでございますが、なぜかわたくしはここで思う存分、三日の間休ませていただきたい気分がしてなりませぬ。北原様、品右衛門爺様――それと久助さん、どうか右のところを悪(あ)しからず御承知くださいませ。ではお頼み申します、ずいぶん御無事に、わたくしが念じおります」
 一息にこれだけのことを言いましたから、一座がまた口をあいてしまいました。なんというおしゃべり坊主、なんというませた口上の利(き)きぶりだろうと――弁信の顔を見たままでいると、北原賢次も笑っていいのか、ひやかしていいのかわからない気持になって、
「御心配なさるな、弁信さん、誰もお前さんに行ってもらおうとは言わない、お雪ちゃんだって、その姿で弁信さんが来てくれなかったといって恨むようなこともないでしょう――お望み通り三日の間、ここでゆっくり休息なさい、休息しないといったって、我々の方でお前さんを休息させないでは置かれないでしょう」
「そうおっしゃっていただくのが何よりでございます、お雪ちゃんにもよろしくお伝え下さいませ、そうして、もしあの子がここへ戻って来ると言いましたら、お連れ申せるものならば一緒にお連れ下さいませ、また、あの子に戻ることのできない事情がございましたなら、あの子のためにしかるべく取計らってやっていただきたいものでございます。弁信さんはどうしたとお雪ちゃんが尋ねました時には、弁信は白骨に助けられて来ているが、意地にも我慢にも疲れが出て、休みたがっているから置いて来たと、そうお伝え下さいませ。ここまで来ながらどうして一緒に来なかった、一緒にお連れ下さらなかったとお雪ちゃんは怨(うら)むかも知れませんが、怨まれても仕方がございませんが、私に会うためにお雪ちゃんが、これへ戻って来ることはよろしくありません――私の方から尋ねて行くまでお待ちなさるように、お申し伝え下さいませ」
「万事承知承知」
「では、その方はそれと一決して、あらためて日課の輪講に移りましょう、当番は……」
「堤君ではないか」
「時に……久助さんもお疲れでしょう、いつもの部屋でお休み下さい、それと品右衛門爺さんも、我々の輪講がはじまりますからお休みなさい」
 弁信のことは、行けとも行くなとも誰も言いませんでした。

         三

 良斎先生の「万葉」、柳水宗匠の「七部集」宗舟画伯の「四条派に就て」というような輪講が一通り終って後の炉辺の余談が、ついに弁信法師の上に落ちて来ました。
「どうです、あの弁信なるものは」
「驚き入ったものですね、あれはまた何という喋(しゃべ)り方です」
「ああなると、手のつけようも、足のつけようもありませんね、さすがの北原君でも交(まぜ)っ返す隙が無いじゃありませんか」
「喋らしたら、しまいまで聞いていなけりゃなりません、そうかといって、喋らせないように警戒しているわけにもいかないし、聞いていても、そう耳ざわりになるわけではないが……」
「かなわない、何しろ大寒小寒(おおさむこさむ)の時は、山から小僧が飛んで来ることになっているのが、反対に里から小僧が飛んで来たのだから、まさに天変地異だね」
「雪の白骨へ今冬は、かなり変った客人が見えないではないが、あんなのは絶品だね」
「絶品だ、全くよく喋るにも驚かされるが、勘のいいのにも度胆を抜かれるよ」
「久助君が来たのを、その足音もしないうちから感づいているのだから、我々なんぞはもう腋(わき)の下の毛穴まで数えられているかも知れない」
「なんだか少し怖いね」
 事実、さしものいかもの揃いであるらしいこの座の一行も、弁信のことを考えますと、おぞけを振うらしい。
 そうかといって、魑魅魍魎(ちみもうりょう)でないことの証拠には、お喋りこそするけれども、このお喋りには条理、いや、時とすると条理以上の何物かがあるように聞える――そこで、おぞけを振いながら、妖怪変化の類(たぐい)なりと断ずるわけにはゆかないのです。
 そこで、一座が弁信なるものの、正体に全く無気味なもてあましを感じ出した時、中口佐吉が言いました、
「なあに、それほど驚くこともないですね、どうかすると、盲人にはあんなふうに勘の働くものがあるものですよ。仕立師の名人でね、晩年に失明しましたが、どこへ出るにも不自由のくせに、物差(ものさし)を取らせると、分厘までも違(たが)わずピタリと差す老人を拙者は知っていますがね」
「そう言われてみると、思い当ったことがあります、西鶴の中にありますよ、皆さんお読みですか、井原西鶴の書いた『諸国咄(しょこくばなし)』という本の中に、不思議の盲人のことが書いてあるのを思い出しました」
「どんな話ですか」
「ちょうど、よい機会ですから、お話し申しましょう」
と言ったのは俳諧師の柳水宗匠です。
「京の伏見の豊後橋(ぶんごばし)の片蔭に笹垣を結び、心を行く水の如くにして世を暮しぬる一人の盲人ありけりと思召(おぼしめ)せ……」
「なるほど」
「ある時、問屋町の北国屋の二階座敷で、二十三夜の晩……客の所望によって一節切(ひとよぎり)の『吉野山』を吹いていますとね、お茶の通いをする小坊主が箱階子(はこばしご)をトントンと上って来る足音を聞いて、ああ油をこぼすよと言う途端、立てかけて置いた板戸がたおれて、小坊主は怪我をした上に、手に持っていた油差の油をこぼしてしまったという話。やがて笛を止めて一座が、この盲人の勘をためすために、二階の欄(てすり)のところから、いま大道を通る人は何者と尋ねてみると、盲人は足音の調子に耳傾けていたが、これは婆さんの手を一人の男が曳いて行く足音でございますが、男の方は何か気忙(きぜわ)しい心配があるらしい顔色、足どりの忙しさでよく分ります、してみると、多分、女の方は取上げ婆さんでございましょう……という返事、人をつけて見ると、手を曳いた男が言うことには、しきりが参りましたら、腰はわしでも抱きますが、とてものことに男を生んでくりゃあ有難い……と言ったので、大笑いして引返す。さてその次に通る者は……ははあ、これは二人だが足音は一人と盲人が言う、見れば下女が小娘を背負って行くのであった。さてその次に通るのは……これは鳥類だが自分の身を大事がる、なんという鳥か名は知れないが……と言う、見ると行人(ぎょうにん)が鳥足(とりあし)の高足駄を穿(は)いて行くのであった、という調子で、当らぬのは一つもない。そのうちに、初夜の鐘の鳴り渡る時分――下り舟に乗り遅れまいとして急ぐ旅人の姿が二階の灯にうつって見える、一人は刀脇差をさして黒い羽織に菅笠をかぶり、もう一人は挟箱(はさみばこ)に酒樽をつけて後につづく同行二人……あれはと盲人にたずねると、その盲人、前と同じく耳を傾けながら、同行二人連れでござるが一人は女、一人は男……と言う。ああ宵のうちから、こればっかりは見損ない……ではない勘違い、二人とも男で、しかも一人は大小まで差した侍衆じゃと一座から言われて、盲人が、そんなはずはありません、それはあなた方の見損ないではございませんかな……そこで、念のために人をやって右の二人の同行の後をつけさせてみると、大小差した男が樽を持った下男に向ってささやくには、夜船で、その樽をよく気をつけておいで、中のは酒ではない、みんなお金なんだよという声がまさしく女、よくよく聞いてみると、この侍と見たのは五条の『おたか米屋』であったそうな」
「そうしてみると、やっぱり眼あきはめくらに如(し)かず……塙検校(はなわけんぎょう)にからかわれるのもやむを得ない」
「事実、目で見るよりも勘で行く方が確かなのかも知れませんな」
「してみると、眼で見る奴の前では隠すことができるが、勘で来る奴には隠しだてはできないのだね、そういう奴が近所へ来た時には、何か勘避(かんよ)けの方法を講じておかんと、安心して生活はできない」
「それから、今のその西鶴の盲人咄(ばなし)の最後の『おたか米屋』というのは、いったいどんな米屋なんですか」
「さあ――」
 それには、柳水宗匠も、ちょっと註釈に困ったようでしたが、
「とにかく、男まさりで、女手で切って廻す米屋の女あるじで、相当の評判者なることは確かだが、戸籍の謄本はここにありません」
「つまり、飛騨の高山の穀屋の、イヤなおばさんといったようなタイプだろう」
「は、は、は、まず、そんなものかね」
 ともかく、一座の散会がこの笑いに落ちることになりました。

         四

 弁信が、その輪講の席を辞したのは、講義半ばの時分であったか、その終りに近づいた頃であったか、但しはのっけに輪講の初端(しょっぱな)、品右衛門爺さんや久助さんが、好意的退席を勧告された時分に、一緒に身を引いたものか、そのことは誰も気のついたものはありませんでしたけれど、弁信が自分の部屋としてあてがわれた三階の源氏香の一間に来て、夜具の傍らにホッと息をついたのは、この夜も闌(たけな)わなるある時刻の後でありました。
 この源氏香の間というのが、偶然にも――実は偶然でもなんでもなく、竜之助が引籠(ひきこも)っていたその部屋で、お雪ちゃんもその次の座敷にいて、絶えず往来していたのです。そこが手つかず、あのままで人を泊めるにいいようになっていたから、少し遠いにも拘らず、皆の者が弁信にこの部屋をあてがったものです。
 あてがわれた弁信は、一議に及ばずその好意を受けてしまったが、遠くて不自由だろうと思いやりながら、ここへ弁信を導いて来た人が、かえって、弁信の物怖(ものお)じをしないのに舌を捲いたようなあんばいです。のみならず、普通の人よりもいっそう都合のよいことは、遠い廊下道や梯子段を、手燭(てしょく)も提灯(ちょうちん)もなくして平気で歩いて行けるから、座敷さえ教え込んでしまえば、抛(ほう)り出して置いて手数のかからないこと無類です。
 さきほど、たった一人で、長い廊下を伝って二重の段梯子を上り、間違いなく、この源氏香の間に辿(たど)り着いた弁信。
 夜具の前にちょこんと落着いて、そうしてお祈りをしました。
 それは、お祈りというべきものか、念仏というべきものか、或いは、かりそめに無念無想の境を作ろうとしているのか、とにもかくにも暫くの間、黙坐をしていた弁信は、やがて帯を解き、緇衣(しい)を解いて衣桁(いこう)にかけ、それからさぐりさぐりに、夜具に向って合掌した後に、軽やかに、その中にくるまって、左の脇を下にして横になり、その法然頭をくくり枕の上に落しました。
 そうして、彼は今、すやすやと思い入りの快眠に耽(ふけ)ろうとしているのです。弁信の言うところによると、今夜ここに寝通すのみならず、明日も、明後日も――少なくとも三日の間はわたくしを起さないで、寝かせて置いて下さい、湯水のお世話もなにも要りません、三日の間は死んだものと思召(おぼしめ)して、ぐっすりと休ませていただきます――というようなことを、さいぜんも言っていたから、これから有らん限りのものを忘れての眠り三昧(ざんまい)の境地に入ろうとしているその瞬間です、悪い奴が出て来ました。
「弁信さん、よくおいでなさいました、ほんとうに、お待ち申していましたよ、寒くはございませんか、さだめてお退屈だろうと思いまして、お伽(とぎ)にあがりましたよ、わたしですよ」
 弁信のためには必要ではないが、部屋の調度の均整のためには、ぜひなくてはならない、例の角行燈(かくあんどん)のほくち箱の中から出て来たものがあります。
「どなたですか」
「はい、わたしですよ、ピグミーでございますよ」
 ああ、ピグミーだ、こんな奴は出て来なくてもいいのである。誰しも出て来ない方を希望するのに拘らず、目の見えない人か、目は見えても眠っている人のところへは、必ずなれなれしく出て来る。
「ピグミーさんですか」
「はい、ピグミーでございます、いつぞやは失礼いたしました、今晩はあなたがまた、これへおいでなさることを知っておりましたから、ちょっと先廻りして、ほくち箱の中へと身を忍ばせてお待ち申しておりましたところです、お寒くもあり、おさびしくもあろうと存じまして、お伽にまいりました、今晩は夜っぴてお話をしようじゃありませんか、あなたもお喋(しゃべ)りがお好きでいらっしゃるが、わたくしだってその気になれば、ずいぶんお相手ができようというものです――今晩はゆっくり話しましょう、夜っぴてお話ししましょう」
「いけません、今晩は、わたしは休むのです」
「そんなことをおっしゃっちゃいけませんよ、ピグミーに恥をかかせるものじゃありません」
「今晩はお相手になれません」
「意地の悪いことをおっしゃる弁信さん。実はねえ、あなたのために、お淋(さび)しかろうと思ってお伽(とぎ)に出たのなんのというのは、お為ごかしなんでして、本当のところは、こっちが淋しくてたまらないんですよ、お察し下さい。この白骨の温泉の冬籠(ふゆごも)りで、誰がわたしの相手になってくれます、炉辺閑話の席などへ寄りつこうものなら、忽(たちま)ちあの人たちにとっつかまって火の中へくべられっちまいます。お雪ちゃんという子をとっつかまえて相手にしようと思いましたけれども、あの子はあんまり正直過ぎて歯ごたえがありませんね、ところがどうです、いい相手が見つかりましたぜ、ついこの間までお雪ちゃんが侍(かしず)いて来たあの盲目(めくら)の剣客、ことに先方も、たあいないお雪ちゃんのほかには骨っぽい話相手というものが更に無いという場合なんでしょう、こいつ願ったり叶ったり、究竟(くっきょう)の話敵御参(はなしがたきござん)なれと、こそこそと近づきを試みてみましたが、なんだか物凄くてうっかり近寄れません。そこであの天井の節板の上や、この畳のめどや、屏風の背後や、例のほくち箱の中なんぞに潜んで、隙を見てはこの話敵を取って押えようとしましたが、なかなかいけません、今日は御機嫌がいいようだと思って来て見ると、不意にあの短笛です、例の『鈴慕』ですね。あいつを聞かせられると、ピグミーはこの頭がハネ切れてしまいそうです。そこでその夜もびっくり敗亡、すごすごと引返すこと幾夜(いくよさ)。そのうちに、或る晩のこと、珍しくこの行燈(あんどん)へ火を入れましてね、ここで刀の磨きをかけていましたよ。その時ばかに御機嫌がよくって、この行燈の火影(ほかげ)で見える横顔なんぞが、美しいほど凄く見えたものですから、大将今晩こそは本当の御機嫌だなと、そっとそれ、あの衣桁の背後から怖る怖る這(は)い出して、まず刀の目ききからおべんちゃらを並べてみましたところが図に当りましたね。人間、好きには落ちるものですよ。五郎入道正宗じゃありませんか、違いますか、では松倉郷、それもいけませんかなんぞと言っているうちに、とにかくいい刀でしたからつい増長して、その棟の上へのぼってえっさえっさをして見せますと、それがいけなかったんですね、一振り軽く振られたんですが、何しろ手が冴(さ)えていますからたまりません、ホンの軽い一振りで、わっしの身体は胴から二つになってあの壁へやもりのようにへばりついてしまったというみじめな次第――いやどうも危ないものです。そこでこんどは河岸(かし)をかえてお浜さんへ取りつきましたね。いい女でしたね、姦通(まおとこ)をするくらいの女ですから、美しい女ではあるが、どこかきついところがありましたね。それもとどのつまりは『騒々しいねえ』といってお浜さんの手に持った物差でなぐられちまいました。どっちへ廻ってもこのピグミー、いたく器量を下げちまい、その後今晩まで閉門を食ったようなもので、この天井の蜘蛛(くも)の巣の中に、よろしく時節を相待っていたのは、弁信さん、あなたを待っていたようなものですよ。弁信さんならば、二尺二寸五分相州伝、片切刃大切先(かたぎりはおおきっさき)というような業物(わざもの)を閃(ひらめ)かす気づかいはありません。柳眉(りゅうび)をキリキリと釣り上げて、『騒々しいねえ』と嬌瞋(きょうしん)をいただくわけのものでもなし、人間は至極柔和に出来ていらっしゃるに、無類のお話好きとおいでなさる。こうくればピグミーにとっても食物に不足はございません、さあ相手になりましょう、夜っぴてそのお喋(しゃべ)り比べというところを一つ願おうじゃございませんか。それにしても火が無くちゃ景気が悪いです、先のお客様や、弁信さんなんぞは、塙保己(はなわほき)ちゃんの流儀で、目あきは不自由だなんぞと洒落飛(しゃれと)ばしなさるにしても、ピグミーの身になってみますと、これでも物の光というやつが恋しいんですからね、ひとつ火を入れましょう。この多年冷遇され、閑却された行燈に向って、一陽来復の火の色を恵むのも仁ではございませんか――どれ、ひとつ、永らく失業のほくち箱に就職の機会を与えて、カチ、カチ、カチ、カチ」
 それは燧(ひうち)をきった音であるか、ピグミーの軽薄な口拍子であるか知れないが、とにかく行燈に火が入りました。
「さあ、弁信さん、今晩は寝かしませんよ、人の期待に反(そむ)いておいて、自分だけが平和の安眠と、極楽の甘睡とを貪(むさぼ)ろうとしても、それは許されません」
 ピグミーは、小さい胡坐(あぐら)を一つ組んで、両手でもってその向う脛(ずね)と足首のところを抱え込んで、ならず者が居催促に来たような恰好をして、寝入りばなの弁信に退引(のっぴき)させまいとの構えです。
「いけません、今晩はお前さんの相手にはなれませんよ」
「意地の悪いことをおっしゃるものじゃありませんよ、弁信さんらしくもない」
「いいえ、わたくしは今晩は、何といっても相手になりません、しかし、お前さんが話したいという気持と、わたしを寝かすまいという圧迫に、わたしは干渉をしようとは思いませんから、話したければお前さんひとりで、そこでお話しなさい、わたしはまたひとりで、眠れるだけ眠りますから、そこはおたがいの留保として、では、わたしはこれから眠ります、お前さんは勝手に話しなと何なとなさい――さめるまで、わたしは御返事を致しません」
「これは御挨拶ですね、そう言われてみれば仕方がない、先方がこっちの自由と勝手とを尊重して下さることに対して、こちらも先方の安眠と甘睡を妨害すべき理由を見出すことができませんからね。では弁信さん、わたしはここに失礼さしていただいたままで、喋れるだけ喋らしてもらいますからね。お江戸の辻芸人には独(ひと)り角力(ずもう)というのがありましたが、わっしゃこれから一人で二人前のかけあい話をやりますよ。時に、ねえ、弁信さん」
「…………」
 ここに至って、もはや弁信の返事はありません。つまり相手にならないのです。ピグミーを相手にせず、さりとて、これに退却を命ずるのでもなく、彼は彼の為(な)さんとするところに任せ、我は我の為さんとする眠りに深く落ちて行きました。

         五

 それから暫くの間、この座敷がひっそりしてしまいました。
 なるほど、森閑としたこの源氏香の間には、すやすやとした弁信の軽い寝息のほかに何物もありません。やくざが居催促の形で、胡坐(あぐら)を組んで反(そ)り返っていたピグミーの姿はどこにも無い。さては、口ほどにもないピグミーの奴、弁信に相手にされないものだから、さすがにテレきって、ひとりでは持ちきれず、目に立たぬようにこっそりと、この場を退却してしまったものらしい。さりとは、いよいよ以て器量の悪いピグミー。
 さりながら、ピグミーの長所はしつっこいというところにある。ピグミーに向って勇断と果決と、威厳と雅量を望むことは注文が無理だけれども、小細工と、しつっこいことと、こうるさいことにかけては、けだしピグミーの独擅(どくせん)であります。
 果して、あれだけで引揚げるようなピグミーでは決してない。音も立てずに例の屏風(びょうぶ)の蔭からこっそりと再び姿を現わして、赤い舌を吐き、にったりと笑った、それがすなわち今のしつっこい業物です。にったりと笑いながら、以前のように、むんずと弁信の枕許に於て、ちっぽけな膝を悪態に気取って組みながら、同時に左手の方に置き換えたものは、銅の行燈(あんどん)の油壺です。それと同時に一方、右の手を懐中に差し込んだと見る間に取り出したのは、一本の蝋燭(ろうそく)――
 ははあ、さては今ちょっと外出と見えたのは、部屋部屋を通ってこの蝋燭を掻(か)き集めんとの目当て。
「とかく、話敵(はなしがたき)の席にも、やはり兵糧というものの用意が要りますよ、腹が減ってはお相手もなりかねますから、この通り食糧を掻き集めて参りました、これさえありゃあ――」
と言ってピグミーは、一本の蝋燭をカリカリと噛みはじめ、そうして一方には、油壺の油を注口からガブガブと飲み、
「ピグミーだって、あなた、時々は油っこいものを食べないと、身体がバサバサになって骨ばなれがしてしまいます。ああ、結構結構、こうして養いをしておきさえすれば、矢でも鉄砲でも――松倉郷の名刀でも、乃至(ないし)弁信さんの、のべつ幕なしの舌鋒でも、何でも持っていらっしゃい、さあ、いらっしゃい」
 酔っぱらいが管を巻くように、このピグミーは油に酔っぱらったらしい。
 こうして挑(いど)みかけたけれども、弁信のスヤスヤとした寝息は更に変りません。
「よろしい――弁信さんは弁信さんとして、存分にお眠りなさい、わっしはわっしとして、勝手に熱を吹いてよろしいというお約束でしたな。では、第一伺いますがね、弁信さん、お前さんはあのお雪ちゃんという子をどう思召(おぼしめ)しますね、それからまたお雪ちゃんが侍(かしず)いていたあの気持の悪い盲目の剣客――あの人をいったい何だと思います」
「…………」
「お雪ちゃんという子は、ありゃあれで存外の食わせものですぜ」
「…………」
「それから、あの竜之助って奴、あれはまあ、一口にいえば色魔なんだね」
「…………」
「わっしの見るところでは、お雪ちゃんの妊娠は事実だと思うんですよ、あの子はまさに孕(はら)んでるんでさあね」
「…………」
「それがお前さん、いつ孕ませられたか、どうして身持になったか、御当人がわからないって騒いでいるところが乙じゃありませんか。小娘というものは、そういうものなんですね、介抱していると思っているうちに介抱されちまうんですから、変なものです。そこへ行くってえと……功を経た奴にゃかないません。早い話が……」
 一方が絶対に無反抗の沈黙だから、一方も無方図(むほうず)の出鱈目(でたらめ)を並べることになる。そこに何か無形の警察があって弁士に中止を命ずるか、不文の法律があって発言を禁止させるかしない限り、こういう席では、野方図(のほうず)の限りを尽せば尽せるようなものだが、この世の中にも世の外にも、必ず無制限力を制する制限力が、眼に見えたり見えなかったりするところに存するもので、ひとりピグミー風情にだけ、こんな野方図が許されるわけのものではない。また油壺を取り上げて舌なめずりをしながら、弁信の寝顔を覗(のぞ)き込んで話題を続けようとする時、
「おい、ピグミー、ピグミー」
と、隣り座敷から不意に呼びかけたものがあったには、ピグミーもびっくり仰天して、思わず手に持てる銅壺(どうこ)を取落そうとしました。
「な、な、なんですか、そちらで拙者をお呼びになるのは、どなたでございますか」
「そこへ行くてえと……功を経た奴にゃかなわないと、お前いま言ったね、その功を経た奴というのはいったい、誰のことなんだえ、さあ、それを言ってごらん」
 隣り座敷から聞えたその声は、やや年を食った女の声で、最初からピグミーを呼びかけたのが高圧的であり、二度目に言いかけたのは、まさに手づめの詰問で、その調子はもう一言いってごらん、返答によっては只は置かないよという、強い威嚇を含んで響いて来たものですから、おぞましくもピグミーが慄(ふる)え上ってしまったのは、単に不意を打たれたばかりではない、この女の声の主に対して、何か若干の弱みを感じている者でなければ、こうはならないはず。そこで、ピグミーはシドロモドロで、
「いいえ、決してあなたのことを言ったのではございません、いや、ただ世間にはそうした奴もあるという例えを引こうと思っただけで、イヤなおばさん、あなたの噂(うわさ)なんぞ言い出そうというような不了見(ふりょうけん)ではございませんでしたから、どうぞごかんべんください」
「知らないよ、お前は、あたしのことを言おうとしたにきまっている、ピグミーのくせに生意気な、はじめての人様に、わたしの棚卸しなんぞをすると承知しないよ」
「はいはい、決してあなた様の棚卸しなんぞを、どういたしまして」
「そんなら、いいからこっちへおいで」
「はい」
「こっちへおいでなさい、何も慾得を忘れて眠っている人の傍にいて、イヤがらせを言わなくてもいいじゃないか、相手が欲しければ、わたしがいくらでも相手になってあげるから、こっちへおいで」
「はい、有難うございますがね、イヤなおばさん……」
「何だい」
「あの……」
「何があの――だい。お前、いま、赤い舌を出したね、わたしに見えないと思って。そうして、イヤなおばさんじゃあ、いくら傍へ寄れと言っても、うんざりする――と口の中で言ったね、覚えておいで」
「ト、ト、とんでもない……」
「じゃ、こっちへおいで、わたしこそ、人が欲しくって弱り切っているところなんだから、ピグミーだろうが、折助だろうが、誰でも相手になってあげるよ、さあ、おいで」
「弱りましたね」
「弱ることはないよ、ひもじい時のまずいものなしだから、いくらでもお前を可愛がってあげるから、こっちへおいで」
「イヤなおばさん、お言葉ではございますがね、そっちへあがると、わっしはおばさんに食われてしまいそうな気がして、怖くってたまりませんから……なんならこっちへおいで下さいましな、食物もございます、明りもついておりますよ、こっちで、ゆっくりお話を伺おうじゃありませんか」
「弱虫だねえ。だが、わたしゃそっちへ行けないから、お前、こっちへおいで」
「どうしてでございます、イヤなおばさん」
「だって、そっちには見ず知らずのお客様が寝ている」
「見ず知らずとおっしゃったって、ちっぽけな坊さんです、その坊さんも、死んだように寝ているんですから、差支えはございません」
「さしつかえはなかろうが、わたしは坊主は嫌いなんだよ」
「これは恐れ入りました、坊主と申しましたところで、三つ目のある入道ではなし、あなたほどの豪の者が、坊さんを怖がるとは不思議ですね」
「何だか知らないが、わたしは坊主とさつま芋は虫が好かないのさ、そればかりじゃない、いま動けないわけがあるから、ちょっとこっちへおいで……」

         六

「お前がどうしても出向いてこなければ、こっちから出向いて行くよ」
「わあっ!」
 ピグミーが大声あげて泣き出したに拘らず、次の間、つまり、先頃まではお雪ちゃんの部屋であったところの柳の間の隔ての襖(ふすま)がサラリとあいて、そこから有無(うむ)を言わさず乗込んで来たものがあるので、ピグミーは逃げようとしても逃げられない。
「泣くことはないじゃないか、取って食おうともなんとも言やしないよ、お前と一緒に遊んであげたいから来たんじゃないの」
 しかも、乗込んで来たその主(ぬし)の乗物というのは、一肩の釣台でした。
 戸板へ畳を載せて、その上へ荒菰(あらごも)を敷いたばかりの釣台の上へのせられながら、口を利(き)いているのが、イヤなおばさんというんでしょう。だが、釣台を担(かつ)ぎ込んだのは誰だか、駕籠屋もいないし、親類組合の衆も附添うているというわけではない、隔ての襖がひとりでにあいて、その間から、すーっとひとりでに釣台が流れ込んで来たようなものです。
 この釣台の乗込みによって、極度の恐怖におびえきったピグミーは、
「わあっ! おばさん、来たね、おばさん、裸じゃないの、この寒いのに、どうして裸で来たの、驚いたね」
 泣きわめきながらピグミーは釣台の上を見ると、まさにその通り、釣台の上にのせられたイヤなおばさんは、一糸もつけぬ素裸です。あのデブデブ肥った肉体が、いまだに生ける時のようにブヨブヨしている。その色が以前よりは白くなったように見えるだけで、ブヨブヨした肉体はちっとも変りがないらしい。
「裸じゃ悪かったかい」
「だって、おばさん、裸で人前へ出るなんて……第一、寒いじゃありませんか」
「寒かろうと、寒かるまいと、わたしゃ着物が無いから、裸でいるんだよ」
「着物が無い――そりゃ嘘でしょう、おばさんはあの通り衣裳持ちじゃありませんか」
「でも、無いから、こうしているのさ」
「どうしたんです、そら、あの、若くて気がさすのなんのとおっしゃっておいでだったが、まんざらでもなかりそうな、あの小紋の重ねなんぞは、どうなさいましたね」
「あれかね、あれは人に取られちまったよ」
「人に取られた? おばさんほどにもない。いったい、誰に取られたんです」
「きいておくれよ、憎らしいじゃないか、あのお雪ちゃんという子、あの子に取られてしまったんだよ」
「お雪ちゃんに……これは驚きましたね、あの子は人様のものなんぞに手をかける子じゃなかったはずですがね」
「あの子が取ったんじゃないけれど、取ってあの子に着せた奴があるんだから憎いじゃないか」
「憎い、憎い、そんな奴は憎い、拙者が行って取戻して上げましょうか」
「遠いよ」
「遠いったって、どこです」
「飛騨(ひだ)の高山だよ」
「飛騨の高山……そいつぁ、ちっと困りましたね、行って行けないことはないが、行って来る間に、おばさんが凍え死んじゃつまりませんからね」
「誰も行っておくれと頼みゃしない、その親切があるなら、もっと近いところにあるじゃないか」
「近いところって、ドコです、近いところにゃ古着屋はありませんぜ、おばさんの着る着物を都合するような店は、当今の白骨にはございませんよ」
「ないことがあるものか」
「ありませんよ」
「あるよ、あるからそこへ行って工面(くめん)しておいで」
「弱りましたねえ、どこを探したら、おばさんに着せる着物があるんですか」
「お浜さんのところへ行って借りておいでよ、あの人は、ほら、幾枚も幾枚も、畳みきれないほど持っていたじゃないか」
「えッ!」
 泣きじゃくりながら応対していたピグミーは、この時、しゃくりの止まるほどの声で、
「あれはいけません」
「どうして」
「何枚あっても、ありゃみんな血がついていますから、一枚だって着られるのはありませんよ」

         七

 仰向けに釣台の上に裸で寝かされているイヤなおばさんは、別段に寒いとも言わないのに、ピグミーがしきりに節介(せっかい)を焼きたがる。
「それじゃ、どうしても飛騨の高山へ行って、あの小紋を取戻して来るよりほかはありません、僕が行って来ます」
「よけいなことをおしでない、あの着物はあの子に着せておいてやります、そうして、わたしのあとつぎにするつもりだよ」
「え、お雪ちゃんをおばさんの後嗣(あとつぎ)にですか」
「そうだとも、いまに見ていてごらん、あの子を立派な男たらしにしてみせてやるから」
「えっ、あのお雪ちゃんを、おばさんのような助平にしようというのですか」
 ピグミーが飛び上るのを、
「気をつけて口をお利(き)き、出放題を言うと承知しないよ」
「畏(かしこ)まりました、それでは高山へ行くのは見合せにするとしましてもですね、現在、そうして裸じゃいられませんね。といって、着物の工面はなし……ああ、いいことがある、あんまりいいことでもないけれど、背に腹は換えられませんや、こいつをお召しなさっちゃどうです、当座の凌(しの)ぎに、この弁信のやつを引っかけておいでなすっちゃあ」
「いけない、いけない、そんな坊主の垢附(あかつき)なんぞが着られるものか」
「これもいけませんか――じゃあ、全く着るものが無い」
「無くたっていいじゃないか、誰がお前に着物を着せてくれと頼んだ」
「そりゃ、頼まれずとも、人様の裸になっているのを見るに見兼ねるのがピグミーの気性でしてね、やっぱり一走り行って来ますよ、それに越したことはござんせんから」
「どこへ行くの」
「飛騨の高山まで行って、お雪ちゃんの取ったあの小紋を取返して来て上げます」
と言ったが早いか、クルリと身を翻したピグミーは、天井の節穴へ向って飛びついたかと見ると、忽(たちま)ち吸い込まれたように姿が消えてしまいました。
 あとに残されたイヤなおばさん――というけれども、先程からさんざんピグミーを相手に話をしているものの、釣台の上へ裸で仰向けになったところの身体(からだ)をビクとも動かさず、眼をつぶったままで、一度も開いたことはないのですが、ピグミーが行ってしまった後でも、やはり同様の姿勢でその上にいる、いるというよりは、安置されたといった方がよいでしょう。
 弁信の安眠を続けていることも、最初と少しも変りがありませんが、この時、うつつの境にもの悲しい泣き声を耳にしました。
 それは、若い詩人などがよく言う、魂のうめきとか、すすり泣きとでもいったものか、世にも悲しい、細い、それで魂の中から哀訴※泣(あいそきんきゅう)[#「りっしんべん+瑾のつくり」、320-3]して来るような声であります。
 おかしいことには、それがよそから来るのでなく、釣台の上に横臥安置せしめられているイヤなおばさんの身体から起るのであります。たとえ裸にされたからといって、イヤなおばさんともあるべきものが、若い詩人のするような唸(うな)り声で魂をうめらかすなんぞは、外聞にもよくないと思われるが、それにも拘らず、魂のうめきを、このイヤなおばさんの肉体がしきりに発散させているのです。といっても、イヤなおばさんの身体そのものは、それがために少しも輾転反側するわけではなく、以前と同様の安静と、無表情と、微動だもしない死そのものの中から起って来るのですから、特にこのおばさんが苦しがって、魂のうめきを立てているわけではないのです。
 してみれば、おばさんの寝かされている下の釣台の中か、或いはその下の畳のあたりで、この魂のうめきが起るとしか思われないのです。この魂のうめきとても、事実、弁信の耳に入ったか入らないかそれさえ疑問で、弁信の安眠に落ちていることも以前と少しも変らないのに、よし、たった今この魂のうめきを聞いたからとて、その起る源を確めようとして起き直って来る形勢は少しもないからであります。
 また、かりに弁信が、それを聞きとがめたとしてみれば、起き上って、その源を確めに来る前に、あのお喋(しゃべ)りのことだから口からさきに起き出して、「たれですか、そこに魂のうめきを立てていらっしゃるのは。ピグミーさんは、イヤなおばさんという名前をしきりに呼びかけたようですけれど、わたくしはまだそのイヤなおばさんなるものにおつき合いを願ったことは更にございませんが、たとえ、おつき合いこそ致しませんでも……」なんかんと、語り出すに相違ないのだが、そんなお喋りも聞えないところを以て見れば、弁信はこの魂のうめきに目を覚ましていないことは明らかです。
 弁信がそれを聞いているといないとに拘らず、魂のうめきはいよいよ盛んであって、それはどうしてもイヤなおばさんの身体か、その真下から起らねばならないことになりました。
 おや! ごらんなさい、じっと安置されていたおばさんの身体が少し動きましたぜ、慄(ふる)え出しましたぜ、さすがに裸じゃ寒いでしょう。おやおや慄えているんじゃありません、動き出したのですよ。オヤ、おばさんの身体中の毛の穴が、ゾックリとふくらんできましたよ。おやおや毛の穴が動き出したと思ったら嘘でした、虫です、虫です、虫になりました。まあいやな、幾千万とない真白な女子蛆(おなごうじ)! おばさんの身体が、そっくりと真白な女子蛆になってしまいましたよ――まあ、あとからあとからあの通り、蛆がうずうずとして頭を出しています。あの蛆が我さきに頭を出そうとして泣いているのですよ、魂のうめきじゃありませんでした、蛆のひしめき合いです、ぞっくりとおばさんの、あれ、面(かお)も、首も、腹も、手も、足も――ぞっくりと首を出した目鼻のない蛆、頭をうごめかして先を争って這(は)い出そうとしても這い出せない、蛆の頭だけがああして、ぞっくり苦しがっている――あのうめきをお聞きなさい、魂のうめきなんてしゃれたものじゃありません、女子蛆のうめきなんですよ――何万匹何千万匹! まああの数は……
 驚くことはないよ、あれが八億四千の陰虫(いんちゅう)というものだよ。
 まあ、八億四千!
 そうだよ、女というものの五体の中には、すべてみんな、あの陰虫が巣を喰っている!
 おばさんのは、それが外へ頭を出しただけなんだ。
 その時、天井の節穴から、あわただしく走(は)せ戻って来たピグミー、
「おばさん、おばさん」
「何だえ」
「飛騨の高山へ行ってまいりましたがね、着物は持ってこられませんでしたよ」
「そうかい」
「わざわざ行って、手ぶらで帰るなんぞは子供の使のようで面目もございませんが、あの着物は、ちゃんとお雪ちゃんが着込んでしまってますから、手をつけるわけにいきませんでした」
「だから、そうしてお置きと言ったんだ。そうしてなにかい、お雪ちゃんは無事かえ」
「無事にゃ、無事ですけれどね……」
「あの眼の悪いお客さんはどうだい」
「元気で、夜遊びまでしていますぜ。何しろ、壺の底のような白骨とちがって、高山へ出ると、ずっと天地が広いですからね」
「そうかい、二人は仲がいいかい」
「いいか、悪いか、そんなことは知りませんがね、お雪ちゃんの身の上に一大事が起りそうなのを、ちゃんと見届けて来ましたぜ」
「何だね、いまさら一大事とは」
「ほかじゃございませんが、お雪ちゃんに悪い虫が附きました」
「悪い虫、悪いにもいいにも、離れられない人だから世話はないさ、遠い上野原というところから介抱して、この白骨まで、心中立てを見せに来た人だから、言うがものはないさ、あれでいいんだろうさ」
「そのことじゃございません、そんなことなら、憚(はばか)りながらピグミーの方が、おととい先にこの節穴から委細を御存じなんだ。こんど高山へ出て、別にまた悪い虫が一つお雪ちゃんに取っついたのか、取っつきかけたのかしているから危ないものだと、それを言ったのさ」
「へえ、高山に、お雪ちゃんを食おうなんていう悪い虫がいたかえ」
「そりゃ、高山の土地っ子じゃありませんがね、よそからの風来者なんですがね」
「若い人かい、年寄かい」
「そうですね、まあ、若いといった分でしょうよ」
「それじゃ、あの宇津木兵馬という前髪だろう」
「違いますよ」
「仏頂寺弥助かい」
「違いますよ」
「じゃ、このごろ来た新お代官の胡見沢(くるみざわ)とかいうのが悪性(あくしょう)で、女と見たら手を出さずには置かないという話だから、そんなのに見込まれでもしたのかい」
「それも違います」
「高山に、あの子を口説(くど)いてみようなんて気の利(き)いたのは、いないはずだがねえ」
「がんりきの百ですよ」
「がんりきの百?」
「そうですよ、あのやくざ野郎ですよ」
「そんな人をわたしは知らないが、なにかい、この夏、白骨にいたのかい」
「いや、そいつはまだ、白骨なんぞへ来たことはございませんが、何かの拍子で、名古屋方面から高山へ舞い込んだんですね」
「いい男かい」
「イヤに粋(いき)がった、やくざ野郎の小悪党ですがね、どうした拍子か、焼け出されて隠れていたお雪ちゃんを見つけちゃったんだね、そうして、やつ、一生懸命でお雪ちゃんを物にしようとして覘(ねら)っているんです」
「お雪ちゃんだって、なかなかしっかり者だよ、やくざ野郎のおっちょこちょいなんぞに、そう手もなくものにされてたまるものかね」
「ところがね、その百の野郎ときた日にゃ、しつっこいことこの上なし、いったん目をつけると、腕の一本や二本なくなすことは平気でかかる奴なんだからね、ずいぶんあぶないものなんですぜ」
「ちぇッ、いやな奴だねえ」
「おばさんなら、あんな奴を手もなくこなしちゃうでしょうが、お雪ちゃんが、あんなのにひっかかっちゃたまらない」
「お前、何とかして追払ってやるわけにはいかないかえ」
「そりゃ、わたしが天井裏かなんかに潜(ひそ)んでいりゃ、まさかの用心にはなるかも知れませんがね、わたしも実ぁ、お雪ちゃんの傍にいるのが怖いんです」
「どうして」
「だって、それ、相州伝の長いやつを持った人が、お雪ちゃんの傍には附いていますからね、へたに間違うと、またいつかのように二つになって、やもりのようにあの壁へヘバリつかなけりゃなりません」
「そんな人がいるんだから、がんりきとやらが覘ったところで、お雪ちゃんの身の上も心配なしじゃないか」
「そう言えばそうですがね、がんりきという奴はそれを覚悟で、お雪ちゃんをねらっているらしいです、つまり、相州伝で二つにされるか、但しはお雪ちゃんをものにするか、二つに一つの度胸を据えてかかっているらしいから、それで心配なんです」
「困ったねえ」
「おばさんも、お雪ちゃんという子は嫌いじゃないんでしょう、ずいぶん可愛がっておやりのようでしたし、お雪ちゃんの方でもまた、イヤなおばさん、必ずしもイヤなおばさんでなく、そのうちに愛すべき人間性のあることを認めていたようですから、おばさんにとっても得易(えやす)からぬ知己でしたね」
「生意気なことをお言いでないよ。だが、そう聞いてみれば、わたしもみすみす、そんなやくざ野郎の手にあの子を渡したくない」
「では、高山へ参りますか」
「行きましょうよ、お前も一緒に行っておくれだろうね」
「行きますともさ、僕だって意地でさあ、がんりきのやくざ野郎に、お雪ちゃんなんぞを取られてたまるものか。あの野郎のことだから、手に入れるとさんざん見せびらかした上、年(ねん)いっぱいに叩き売るにきまっていますから、そう話がきまれば善は急げ、一刻も早く行ってやりましょう」
「そうしようよ」
 釣台が、その時、以前の通り、担(かつ)ぐものもないのに、ふわりと動き出して、裸体で、無表情で、そうして魂のうめきを続けているところの肉体を載せたことは前の如く、すーっとこの場を流動してしまいます。
 口をあいてそれを見送っていたピグミーは、存外あせらず、例の角行燈(かくあんどん)の前に小さい膝をドカリと組んで、油差の油をゴクリと飲み、小憎らしい落着きを弁信の方に見せ、
「どうです、弁信さん、これでもまだ起きられませんか。あのイヤなおばさんさえ、お雪ちゃんのためにじっとしていられないと言って、飛騨の高山へ向けて先発しましたぜ、それに何ぞや、弁信さんともあろうものが、まだ悠々とお休みですか。それも御無理ではございません、弁信さんは疲れていらっしゃる――まあ、ごゆっくりとお休みなさい、僕はこれから、イヤなおばさんのあとを慕って、お雪ちゃんのいる、飛騨の高山まで急ぎます……」

         八

 その翌日のお正午(ひる)少し前、池田良斎は、俳諧師(はいかいし)の柳水と共に浴槽の中につかっておりました。
「外は雪で埋もれた山また山の中も、こうして湯気の中に天井から明るい日の光を受けていますと、極楽世界ですな、それにつけても、北原さん――の一行はこの雪の中を御苦労さまです」
 柳水が言うと、良斎は、
「なあに、外へ出れば出たでまた気がかわりますからね、血気壮んな者にはかえって愉快でしょう、まあ、天気がよくって仕合せですね」
「でも、飛騨の高山はかなりの道ですから、途中御無事でありますように」
「平湯まで出る途中、多少難所があるけれど、吹雪(ふぶき)にでもならなければ心配は要りませんよ――」
「それにしても、ところがところですから、雪見に転ぶところまでというわけにも参りません、この深山険路の山で転んでしまったらおしまいですね」
「風流も程度問題ですよ。だが、こうして、どこを雪が降るといった気分で、温泉につかっていると天上天下の太平楽です、一句浮びませんか」
「さよう――」
「古人の句で、こういった気分を詠んだ、面白いのはありませんか」
「さよう――」
 俳諧師柳水は、仔細らしく頭をひねって、
「あらたのし冬まつ窓の釜の音――というのはどうです、鬼貫(おにつら)の句ですがね」
「なるほど、温泉ということは言ってないが、冬日の温か味は出ていますね」
「我がために日(ひ)麗(うらら)なり冬の空――これは翁(おきな)の句ですが、空気の温か味はありますが、水の温か味はうたってありません。おもしろし雪にやならん冬の雨――」
「やはり、あらたのしというのが、この場の気分には合っているようです」
「和歌の方ではどうでしょう、こういったような気分と情味を現わしたものがございましょうか」
「これは和歌のものじゃありませんね、やっぱり、山の宿の温泉というようなものは俳諧のものですよ」
「一茶の句に、我が家はまるめた雪のうしろかな――というのが一茶らしくって、いかにも面白いが、拙者はこのうしろかなを、後ろ側としたら、いっそう実感的で面白いと思うんでがすよ」
「そうか知らんな」
「蕪村のは一句一句がみんな絵になっていますが――宿かせと刀投げ出す吹雪かな――なぞは実景ですね、ことにこの白骨の冬籠(ふゆごも)りの宿を預っているわれわれにしてみると、絵でもあり、実感でもあります、ついこの間の仏頂寺なにがしと名乗るさむらいなんぞは、まさにそれでしたね」
「なるほど――どうも気紛れなものでしてな、こんな山奥の冬籠りへ、まさかと思っていると、入りかわり立ちかわり相応の客が来るのが不思議ですよ。これが平常通り十一月で釘を打ってしまえば、狐狸もおかすまいが、人が籠っていると、また期せずして人が集まって来るものです。知ると知らざるとに拘らず、人間の住むところには人気が立てこめて、おのずから人の心を惹(ひ)くようになっているのかも知れません――予期せざる人の出入りを調べてみても、一人、二人、三人――ちょっと胸算用(むなざんよう)に余るところがありますね」
「面白いです。それが、あなた方をはじめ、みんな相当に一風流のある人だけが集まって来るような気配も面白いではありませんか。尤(もっと)も、一風流でもなかった日には、雪の山坂を分けて、これまで来られるはずはございますまいが……」
 こんなことを良斎と柳水とが語り合っている時に、浴室の戸がガタリとあいて、
「お早うございます」
「いや、これは宗舟画伯」
と、二人が新来の裸虫(はだかむし)を歓迎しました、見ればこれは絵師の宗舟でした。
「両先生お揃いで……」
「いや、いい心持で今、歌と俳諧とを論じていたところです」
「どこを雪が降ると温泉にぬくもりながら、詩歌を論ずるなんぞは風流の至りです」
「それを今も言っていたところですよ」
「どうです、宗舟先生、この温泉気分は絵になりませんかな」
「ならないどころですか――絶好の画材ですよ」
「南画ですか」
「いや、南画とも違いますね」
「では、呉春張りの四条風にでも写しますかね」
「あれより、もう一層、軽いところがいいですね」
「では近代の鳥羽絵」
「ああなっても少しふざけ過ぎます、まあ、夜半亭と大雅堂の合(あい)の子といったようなところで、軽く刷いてみておりますがね」
「おやおや、もう制作におかかりですか」
「もう最初からとりかかっておりますよ、白骨絵巻といったようなものを目論(もくろ)んでおりましてな、この宿の冬籠りの皆さんを中心に、白骨の内外を取りまぜて、一巻の絵巻物にしつらえようと、実はひそかに下絵に取りかかっておりました」
「それはそれは、お手廻しの早いことで……さだめて結構な土産物が出来ましょう」
「只今、暇を見ては下図調べにかかっておりますが、いよいよ本図にかかりましたら、良斎先生にひとつ序文を願って、柳水宗匠に跋句(ばっく)を書いていただき、それから皆さん方に一筆ずつ賛をのせていただきたいと、こう思っております」
「ははあ、それは至極好記念でございますが、また一方から申しますと、宗舟画伯きわめてお人が悪い、さだめて我々が行住坐臥(ぎょうじゅうざが)のだらしのないところを、いちいち実写にとどめて、後世にまで抜き差しのならないことにたくんでお置きなさる、我々はいつのまにか宗舟画伯に生捕られて、画伯の名を成すために、後世に恥をのこさねばならぬ」
「いや、どういたしまして、あなた方の超凡なお動静に、朝夕親炙(しんしゃ)いたしておれば、宗舟平凡画師も、大家の企て及ばぬ自然の粉本(ふんぽん)を与えられるの光栄に接したというものです、筆はからっぺたでも、白骨絵巻そのものの名が妙じゃごわせんか」
「妙、妙、白骨絵巻一巻、古(いにし)えの餓鬼草紙あたりと並んで後世に残りましょう。今も言っていたところです、思わないところで、思いがけない人が集まるもので、集まるほどの者がいずれも一風流でござんすから、願わくば洩るることなく筆に残して置いていただきたいものです、面(めん)はみんな揃っておりましょうな、着到洩れはござんすまいな」
「ええ、その以前は知らず、やつがれがここへ加入させていただいてから以来の面(かお)ぶれは、一つとして逃(のが)しは致さぬつもりでございます」
「重畳重畳(ちょうじょうちょうじょう)――では、良斎はじめ我々一座の面ぶれは勿論のこと、あの一座の花と呼ばれたお雪ちゃんも」
「もとよりです、あの子の立ち姿から、坐ったところ、火熨斗(ひのし)を持って梯子段ののぼり下り――浴槽の中だけは遠慮しまして、ちょっと帯を解いて、この浴室の戸をあけた瞬間の姿はとってあります」
「なるほど――では、あの仏頂寺なにがし、丸山なにがしといったほどの浪人も」
「ええええ、傍若無人に炉辺にわだかまったところを描いてあります」
「その最後に姿を見せた、前髪立ちの若いさむらいも……」
「あの方のは、上り端(はな)で草鞋(わらじ)を取っておりますところと、病気で行燈の下に休んでいるところとを取りました、それから昨日は、品右衛門爺さんが蕎麦餅(そばもち)を食べているところを……」
「素早いもんでございますな。では、あの、何て言いましたか、昨今見えたあの、そうそう弁信さん、あのお喋(しゃべ)りの達者な坊さんも……」
「それですよ、それだけがまだ描いてないんです、あんまり不思議な人物ですから、描きたいところが多くて、横になっているところを描こうか、縦になっているところにしようか、それともあの通り、のべつに喋っているところがいいか、黙って控えて沈みきって首低(うなだ)れたところをつかまえてやろうかと、構図に苦心しているうちに、とうとう機会を逸して、まだ着手いたしません」
「まだ、当分こっちにいるでしょうから、機会はこのさきいくらもありましょう」
「それともう一つ、お雪ちゃんという子に連れの兄さんが一人いるとか聞きましたが、病気でちっとも顔を見せないものですから、これもとうとううつし損ねてしまいました。弁信さんの方はまた機会がありましょうが、あのお雪ちゃんのお連れの人は、もう永久に写生の機会を逸してしまったかと思うと残念に堪えられません」
「北原君が会っているはずですから、あの人に聞いて写してみてごらんなさい」
「そうでもしようかと思っているところです」
 三人がこんな問答をしている時に、一方の明り取りの窓に張った紙の破れのところが、急にすさまじい音を立てて、バタバタしたものですから、三人は驚いて、その明り取りの高い窓を仰ぐ途端に、パッと眼前に飛び下りて浴槽の隅に羽ばたきをしたものがあります。それは雪に食を奪われた野鳥山禽の類(たぐい)が紛れ込んだかと見ると、そうではなく、一目見て三人が、
「鳩だ、北原君愛育の伝書鳩だ」
と気がつきました。
「だが、少しおかしい」
 特に念入りに、その見知り越しの鳩に注意の眼を注いだのは池田良斎でした。
「宗舟さん、済みませんが、その鳩をちょっと見て下さい」
「どうしましたか」
「あなたは御職業柄、観察が細かいに相違ない、北原君愛育の鳩についても、特別に見覚えがなければならない」
「よく見ておりますよ」
「たしか、五羽いましたね」
「ええ、五羽でした」
「その五羽のうちを、今朝出立にあたり、北原君が二羽だけ懐中して行ったはずです」
「その通りです、高山に着いたなら、早速に手紙をつけて放ち返すからとおっしゃいました」
「そうしてあとの三羽は、村田君が北原君に代って監督していたはずです」
「それに違いありません、一号と二号だけを北原さんが持って行きましたから、三、四、五がこちらに残っているはずです」
「仕方がないな、村田君、頼まれものだから一層用意周到に監督すればいいのに、こんなところに舞い込ませるようでは、あとを猫か、いたちに御馳走してしまわねばいいが」
「それもそうですね」
 こう言いながら宗舟は、手拭片手で流しの隅っこへ行って、無雑作(むぞうさ)にその鳩を取捕まえて、ちょっと仔細に眺めていたが、面(かお)の色を曇らせ、
「おかしいですよ」
「どうして」
「良斎先生、これはたしかに、北原さんが今朝持って出た第一号の鳩ですぜ」
「え」
「どうしてそれが分ります」
 良斎と柳水とが声を合わせてこちらを向く。
「どうしてといって、あなた、この鳩には、北原さんから頼まれて私がいちいち足のところへ銘を打ちました、銘を打たなくとも、羽と毛の特徴と、気分で、私にはよくわかります。これはたしかに今朝、北原さんが持って出た第一号に相違ありません」
「してみると、北原君がまだ高山へ着いているはずはないのだから、途中から放して返したのだな」
「そうかも知れません」
「そうだとすれば、何か便りが書いてあるだろう」
「私も、そう思って見ましたが、文箱(ふばこ)がありません、どこにも合図らしいものが認(したた)めてはありません」
「してみると、北原君が承知で放したのではなく、鳩が勝手に放れて戻って来たのですな」
「そうとしか思われませんが、そうだとすればいよいよ変です、無意味に鳩を逃す北原君ではなし、鳩もまた、勝手に馴れた人の手から逃げたがるはずはないのですから……」
 その時に、三人の面(かお)に三筋の不安な色が同時に閃(ひらめ)いたのは、もしや! 途中の変事、北原がこの鳩に合図をする遑(いとま)もなく、鳩もまた合図を待つの余裕を与えられざるほどにきわどい場合。それを想像せられないではない。
 池田良斎は浴槽から飛び上って、そうして、あわただしく身体(からだ)を拭いはじめました。
 良斎も、柳水も、宗舟も、相次いで浴槽を出て、それから急に炉辺閑話の席に非常召集が行われてみると、案の如く、残された三羽は村田の手で安全に籠の中に保護されていて、浴室へ紛れ込んだそれは、まさに北原が今朝持参して出て、おおよそ三日の後に手紙をつけて送りかえすといったそれに相違ない、五羽のうちの第一号です。
 当然、良斎が懸念(けねん)したと同様の不安が、北原はじめ一行の上にかけられなければなりません。そのまた当然の行動として、直ちに、その不安を確めるための特使が、この一座のなかから選定せられなければならないはずです。否、選定されるまでもなく、我も我もと志願するものが出て来ました。
 まもなく、山の案内の茂八を先導に、堤、町田の三人のうち、町田は残ることにして、猟師の十太が加わるの一行が早くも結束して、この宿を発足しました。
 この場合に、やはり、普通ならば、弁信も閑却されてはならないのです。北原一行の安否こころもとなしということの知らせは、弁信へも一応、報告がなければならないはずでしたが、どういうものか、この人たちのために全く忘れられていました。忘れられているほどによく眠っていたのです。あれからずっと眠り続け、最初の報告通り、三日間は恩暇で寝通すということが、誰に向っても諒解を得ているのですから、それは差支えないが、とにもかくにも、この場合の不安と憂慮とを、弁信に向っても頒(わか)たなければならないはずなのが忘れられていました。

         九

 熱田の明神の参宮表道路の方面は、あんなように大混乱でしたけれども、その裏の方、南の海へ向った方面は、打って変って静かなものです。
 それというのは、海が見とおせるからのことで、見渡す限りの海のいずれにも黒船を想わせる黒点は無く、夜も眠られないという蒸気船の影なんぞは更に見えないで、寝覚の里も、七里の渡しも、凪(な)ぎ渡った海気で漲(みなぎ)り、驚こうとしても、驚くべきまぼろしが無いのです。
 この時しも、お銀様は飄々(ひょうひょう)として寝覚の里のあたりをそぞろ歩いておりました。お高祖頭巾にすらりとした後ろ姿。悠揚として東海、東山の要路を兼ねた寝覚の里の、旅路の人の多い中を行く女一人を見て、通りすがる人がひとたびは振返らぬはありません。
 それは、お銀様の立ち姿がすぐれて美しかったからでしょう。ことにその後ろ影は、すらりとして鷹揚(おうよう)で、なかなか気品があって、物に動じない落着きもあって、こんなところをともをも連れないでそぞろ歩きするところに、田の面か松原に鶴が一羽降りて来たような風情(ふぜい)がないでもありません。
 年増の女房たちも、若い娘たちも、ひとたびは振返ってお銀様の立ち姿を見ないものはありません。見て、そうして羨望(せんぼう)の色を現わさないものはありません。
 女の美しさを知るのはやっぱり女であるように、女が心から嫉(ねた)みを感ずるのもやはり女であります。本来、女が男を嫉むということは、有り得べからざることなんですが、そういうことがあるのは、男と女との間にまた一個の女がはさまるからです。女は女をとおしてでなければ男を嫉むということはないのですけれども、女は女に対してのみは、全くの直接です。
 お銀様の歩み行く後ろ姿を見て振返る女たちの視線には、みんな多少ともに、羨望と嫉妬とを含まないのはありません。それよりもなお憎いのは、この人が、さほどの羨望と嫉妬を浴せられながら、なお冷々然として、むしろ、そういった同性たちを冷笑しつくすかのように、澄まして取合わない高慢な態度でありました。
 他より羨(うらや)まれ、或いは嫉まれた時に、幾分なりとも、得意なり、慢心なりの色があるうちはまだしおらしい。羨まれ、嫉まれながら、それを冷倒するやからに至っては、全く度し難いものです。重ねて言えば、人間は縹緻(きりょう)を鼻にかけるうちは、まだ可愛らしいものだが、それを頭から抹殺してかかる奴に至っては、悪魔でも誘惑のしようがない。
 お銀様の態度がそれです。おそらくお銀様といえども、人の羨望と嫉視の的になる地位と空気とを、自分が感づかないはずはないのですが、それを刎(は)ね返して進む自分というものをも、自覚していないはずはありますまい。寝覚の里の渡頭(ととう)の高燈籠の下まで来て、そこに立ってつくづくと海を眺めたお銀様の眼には怒りがありました。
 寝覚の里は、すなわち七里の渡しの渡頭であります。七里の渡しというのは、この尾張の国の熱田から伊勢の桑名の浜まで着くところ、古(いにし)えのいわゆる「間遠(まどお)の渡し」であります。上古は畏(かしこ)くも天武天皇が大友皇子の乱を避けて東(あずま)に下り給いし時、伊勢より尾張へこの海を渡られたが、岸の遠きを思いわび給い、間遠なりと仰せられたところから、この名が起ったという。
 近世には、弥次氏と同行喜多君が、ここに火吹竹の失態を演じたという名残(なご)りもある。
 数日以前には、宇治山田の米友が、ここで足ずりをして、俊寛の故事を学んだこともあるのであります。
 今し、お銀様は鳥居前の高燈籠(たかどうろう)の下にとどまって、じっと海を遥かに、出船入船の賑わいを近く眺めて立ちつくしていました。
 お銀様としては、最初からここへ来るつもりではなかったのです――熱田の明神へ参詣して、ずんとお角を出し抜いて、ひとり境内を外(はず)れてしまったのは、例によってのやんちゃな驕慢心がさせたのみではなく、お銀様としては、お角などの予想のつかない目的を持っていたもので、実はこの熱田の宮の附近に、源頼朝の生れたところがある、そこが尼寺になっている――という知識を得たものですから、その尼寺へ行って見たいという気がきざしていたものです――なお、その尼寺に行くということも、女性特有の嘉遯心(かとんしん)のひらめきがさせた業(わざ)ではなく、ある機会から、お銀様の悪女性をそそるところの一つの物語を聞き込んでいたからのことで、そこで、この人は名所歴訪の意味でなく、悪女性の痛快癖から、ひとつその物語のある尼寺というやつを見てやりたい――こんな気勢が、熱田の明神の社頭から、お角さんを蒔(ま)いてしまうという結果となり、ついにはとうとう先方の癇癪玉(かんしゃくだま)を破裂させて、お角さんだけはお先へ御免蒙って、名古屋へ乗りつけてしまうという結果にまで立至らせたのです。
 だが、どちらにしても、このいきさつはもう先が見えているので、熱田へ来れば、名古屋へ来たも同様であり、名古屋へ来れば落着く宿はちゃんと打合せも準備も出来ているのだから、お角さんが癇癪を起してみたところで、ただ一足お先へというだけのもの、お銀様が迷子になってみたところで、迷子札の文字を読みきっていることはお角さん以上であり、ことに、お角さんは癇癪こそ起したけれども、お銀様に対しては一目も二目も置いてかからなければ、どうにも太刀打(たちう)ちのできない相手だということをよく心得きっているから、そこはなかなか食えないもので、癇癪を起して先発する途端に、庄公という若い衆に堪忍役を申し含めて、お銀様の行方(ゆくえ)を追わせているから、どう間違っても、この迷子はつれ戻し先のわかっている迷子です――そうしてかくあるうちに、不幸にしてそのたずぬる物語のある頼朝公の尼寺というのを探し当てる以前に、例の宮前の黒船騒ぎの波動が、お銀様をして前方へ進むことを阻(はば)みましたから、そこは気随のままに反対の方角へ足を向けて来ました。
 足の向いた方、土の調子が、この向いた足の歩み加減に叶う方向へと、そぞろ歩きをして来るうちに、この寝覚の里、すなわち七里の渡しの渡頭へ出てしまったのです。
 土地を踏む前に、その予備知識の吸収に怠(おこた)りのないお銀様が、七里の渡しの名、間遠(まどお)の故事を知らないはずはありますまい。
 表面は目的の変更から、そぞろ歩きのまぐれ当りにこの七里の渡頭へ来てしまったもののようですが、事実これは予定の行動で、問題の物語の尼寺をひやかした後は、当然ここをとぶらい来るべき段取りであったかも知れません。
 来て見れば、名所絵の示す通りの七里の渡し、寝覚の里――
 神戸(ごうど)の通りを真直ぐに左に海中へ突出した東御殿、右は奉行屋敷へ続く西御殿、石をもって掘割のように築き成した波止場伝い、その間にもやっている異種異様の船々、往来(ゆきき)の荷船、物売り船――本船は遠く帆をあげてこちらへ着こうとしている、海岸波止場一帯の賑(にぎ)わい、ことに何物よりも、七里の浜そのものを表示するあの大鳥居と高燈籠。
 この大鳥居は、熱田神宮へ海からする一の鳥居であるか、或いはまた特に海を祭る神への供えか、それはお銀様にもちょっとわからないが、あの高燈籠こそは、寛永の昔成瀬隼人正(なるせはやとのしょう)が父の遺命によって建立の永代「浜の常夜燈」。滄海(そうかい)のあなたに出船入船のすべてにとって、闇夜の指針となるべき功徳(くどく)。
 この大鳥居と、あの高燈籠、海岸線を引いてこの二つを描きさえすれば、誰が見ても七里の渡船場――寝覚の里になってしまう。
 お銀様は故人の軒下にでもたたずむような、何かしら懐かしい心でその高燈籠の下に立って、渡頭と、そうして海を眺める――
 海の彼方(かなた)は伊勢の国、波の末にかすかにかかる朝熊(あさま)ヶ岳(だけ)。

         十

 東海道を上るほどの人で、「伊勢の国」に有終の関係を持たぬ者は極めて少数である。
 道中は、委細道中気分で我を忘れてふざけきっていた旅人が、七里の渡しに来て、はじめて本来のエルサレム「伊勢の国」を感得する。但しこのエルサレムは、巡礼者の心をして厳粛清冷なる神気を感ぜしむる先に、華やかにして豊かなる伊勢情調が、人を魅殺心酔せしめることを常とする。そうして七里の渡しの岸頭から、伊勢の国をながむる人の心は、間(あい)の山(やま)の賑やかな駅路と、古市(ふるいち)の明るい燈(ともし)に躍るのである。
 神を尊敬する日本人には、神を楽しむという裏面がある。清麗にして快活を好む日本人は、大神の存するところを、厳粛にして深刻なる修道の根原地としたがらないで、その祭りの庭を賑やかにし、その風情に遊興の色を加えることを忘れない。伊勢へ行くということは、日本人にとっては罪の懺悔に行くのでもない、道の修練に行くのでもない、一種の包容ゆたかなる遊楽の気分を持って行くのである。そこに日本人が神を慕う特殊の心情と行動とがある。伊勢参りの憧れは、すべての日本人にとって明るい。
 けれどもお銀様は、その日本人の普通の人が持つような、軽快な気性を以て育てられてはいませんでした。今し、その憧れの伊勢の国をながめている、というよりは睨(にら)んでいるのですが、それは今にはじまったことではありません。お銀様は、いつでも物を見るということはなく、物を睨めることのほかには為し得ない人ですから、当然その眼が伊勢の国へ向いている時は、その心が伊勢の国を怒っている時でなければなりません。だが、お銀様として、何を伊勢の国に向って怒らねばならぬものがありますか。
 数日前、宇治山田の米友という代物(しろもの)が、ここと同じところにいて、出て行く船と伊勢の国をながめて衷心(ちゅうしん)から憤っていたはずですが、それには充分に憤るべき理由があり、また憤りに同情すべき充分の事情がありました。いまだ伊勢の国の土を踏んだことのないお銀様には、そういう理由も、事情も、一切無いはずです。ただ、こうして海を眺めていたいのでしょう。山国に育って、山にのみ護られていたお銀様にとっては、このたびの旅行に於て、海というものが最も驚異の対象となっていることは事実のようです。
 機会があるごとに、海を見たがりました。さればこそ古鳴海の海をもとめて、もとめあぐみ、桑田(そうでん)変ずるの現実味をしみじみと味わわされて、それでもむりやりにその望みを遂げたほどの執拗性がここへ来てもやっぱり海を見たい――単に見たいのではない、見てやりたい、どんな面(かお)をしてわたしに見(まみ)えるか見てやりたい――といった気分がさせる業で、もとより七里の渡しにも、伊勢の国にも、恩も怨みも微塵あるわけではないが、ただ海を見てやりたい――それだけの気紛れなんでしょうよ。
 幸いにして海はいくら見てもいやだとは言わない、見たければまだまだ奥があります、際限なくごらん下さい、とお銀様をさえ軽くあしらっている。山はそうではない、我が故郷の国をめぐる山々、富士を除いた山々は、みんな、こんなとぼけた面をしてわたしを見ることはない。奥白根でも、蔵王、鳳凰、地蔵岳、金峯山の山々でも、時により、ところによって、おのおの峻峭(しゅんしょう)な表情をして見せるのに比べると、海というものはさっぱり張合いがない――
 こうして、お銀様の頭が故郷の山川に向った折柄、不意に、天来の響がその頭上に下るの思いをしました。
「お嬢様、お嬢様」
 朗かな声で二声まで続いて聞えたのは、わが名を呼ぶもの。
 それは、海のあなたの伊勢の山河から来る声でもなく、後ろから我を追手の呼びかける声でもない、そうかといって西の出崎の松、東、呼続(よびつぎ)、星崎(ほしざき)の海から来る声であろうはずもありません。
 その声はまさに、うららかとも言ってよい、わが頭の青天の上から、妙楽(みょうがく)の如く落ちて来たものであることは、お銀様自身がよく心得ていました。ですから、
「なあに」
と、天を仰いでそれを受けとめなければならないほどの現実性をもって、鼓膜にこたえたものです。
「お嬢様、いったいあなたはどちらへいらっしゃる目的なんでございますか」
 その声がまた言いました。
「わたしは知らない」
 お銀様は、またしても、ついついこうあしらわねばならなくされました。
「おわかりでございますか、わたしは弁信でございますよ、わたくしの声はよくお分りになりましょうと存じますが、今、わたくしがどこにいるかということは、到底、あなたにもおわかりになりますまい」
「わたしは知らない」
 この瞬間、確かにお銀様は弁信の呼びかけた声を聞いたのです。だが、それが東西南北のいずれから呼びかけたかということは問題ではありません。お銀様は青天碧落の上を、やや昂奮の気持で眺めておりました。
 その時に、お銀様の眼の中にありありと浮び出でたのは、トボトボと有野村を立ち出でて行くところの、弁信の憐れな姿でなければなりません。
 かの如くして、我と行を共にし、縁を同じうし、ついには家を同じうし、ついには心も行動も投げ出して見せるほどの間柄になりながら、最後の対面の後、あの弁信を送り出す我が眼の中に一滴の涙もなかったことを、いまさら不思議に感じ出したものでもありますまい。
 甲州一番の自分の家を焼き亡ぼしても悔いないお銀様です。肉身を呪(のろ)い滅ぼしてかえって痛快を叫びたいお銀様が、どうして、弁信一人ぐらいが、つこうとも、離れようとも、心にかけるはずがない。
 それがこの時、弁信の姿を思い起した。誰も見送る人もなく、どこを当てということもなく、災後の有野の家を、ひとりトボトボと出た弁信の姿だけを、まざまざとお銀様は天の一方で見出したものです。
 ああ弁信! この時はじめてお銀様は、弁信というものの存在が、自分の生涯の上に不思議の存在であるということを感じたようです。なぜならば、今日まで自分の眼に触れ、耳に聞いているところの人間という人間は、二つの種類しかなかったのです。それは、愛する者と、憎む者の二つしか、お銀様は人間を見ることができませんでした。愛せんとして愛し得ざること故に、すべての人間がみんな憎しみに変ってしまったようなものでありました。
 ところが、弁信はどうです。お銀様自身は、弁信を愛しているとは思わない。弁信がいることによって、特に愛着と煩累(はんるい)とを感じたこともないが、弁信がいないことによっても、なんら自分の愛の生命の一片を裂かれたと感じたことはない。そうかといって、彼を憎んでいない証拠には、自分の家へ連れて来て、永らく生活を共にしていながら、ついぞ彼のお喋(しゃべ)りに干渉を試みたこともないし、彼をわずらわしく感じたこともないので知れる。すでに愛してもいないし、また憎んでもいないとすれば、いったいお銀様は今まで、弁信に対してのみ、どんな待遇を与えていたのか。
 自分ながらそれが今になってわからなくなっているのです。淡(あわ)いこと水の如き存在、薄いこと煙の如き存在が、今、鉄の如くお銀様の胸に落ちて来ようとしました。
 なぜ自分は、あんなに無雑作にあの小法師を逃がしてしまったのか、あのお喋り坊主は真そこ、わたしというものに愛想を尽かして出て行ったものか、但しは、自分の仕打ちが誰にもする例によって、自然、出て行けがしになって、ついに居たたまれずに、あの可憐な小坊主をさえ追い立ててしまったのか。
 なぜに弁信は出て行ってしまったのか、また、どうして自分がああも無雑作に弁信を出してしまったのか、その差別が今のお銀様にはわからなくなってしまいました。
 思い去り、思い来(きた)ると、いよいよ彼の存在が不思議でたまりません。今日までかの小坊主の如く、自分に向って真正面に抗弁をしきった者は曾(かつ)てないのです。親といえども一目を置いているこのわたしというものに向って、たとえ上長たりとも、一言半句、批判の余地と圧迫の行動を許したことはないのに、ひとりあのお喋り坊主のみは、わたしに対して無際限の減らず口を叩いた、あの小坊主の信じているところはいちいち、わたしに真反対でありながら、そうして事毎に論争を闘わしながら、それで、曾てあの小坊主に対して、一微塵ほどもわたしは敵意を抱いたということがないのは、今になって考えると、深重以上の不思議ではないか。といって、未(いま)だ曾(かつ)てあのお喋りに、わたしというものが言い負かされたと感じたこともない。もとよりそう感じなければこそ、彼の上に暴威を振舞うの理窟がなかったのだけれど――そうかといって、また向うが自分の我儘(わがまま)に屈服したとはどうしても感ずることができない、のみならず、彼のお喋りは多々益々(たたますます)弁じて、こちらが反感を起さないと同様に、彼の論難にも曾て、反感と激昂の調を覚えたことはない。
 それが、実は、今のお銀様のゆゆしき不思議な存在でたまらなくなりました。
 嫉妬、排擠(はいせい)、呪詛(じゅそ)、抗争は、いずれ相手があっての仕事である。
 強かろうとも、弱かろうとも、相手は相手である。勝とうとも、負けようとも、相撲(すもう)にもしようとし、相撲にもなると思えばこそである。比較を絶する大きな存在に向っては、嫉妬の施しようがないではないか。排擠の手のつけようがないではないか。呪詛の、呪文の書きようがないではないか。抗争の足場の試みようもない。
 今やお銀様は、弁信という存在が愛すべきものであるや、憎むべきものであるや、自分はまた彼を愛しつつ来たのであろうか、憎んで来たのであろうか、という差別もわからなくなってくると同様に、彼の存在が、徹頭徹尾、自分の相手でなかったということを感ぜずにはおられませんでした。彼が無辺際に大きくして、自分が相手にされなかったとすれば業腹である。そうではない、彼があんまり小さくして弱いものだから、自分の感情の中へ繰込むに足らなかったのだ。
 可憐なる存在物! その名は弁信。暴君としてのお銀様は、こうも評価して弁信を軽く見ようとしたけれど、召使の女の返答ぶりにさえ動揺する自分として、弁信をのみ左様に小さくして、自分が左様に大器であることに見るのは、常識が許しません。
 彼が無制限に喋(しゃべ)り捨てをした冗談漫語の中には、思い返せば、幾多の明珠があったのではないか。いやいや、その全部が、或いは及びもつかぬ偉大なる説教になっていたのではないか。自分はそれを極めて無雑作に取扱っていたまでではないか。極楽世界に棲(す)む子供には、瑠璃宝珠(るりほうじゅ)が門前の砂となっている。
 彼のお喋りの中に、こんなことの覚えがある――すべて感激に価することは、さほど大いなることではありません。我々生きとし生けるものの一刻も無かるべからざる太陽の光、出で入る息のこの大気、無限に流るるこの水――こういうものに対して、その恩恵を誰も感謝するものはないのに、一紙半銭の値には涙を流してよろこぶ。
 偉大なる徳は忘れられるところに存する――というようなことを、あのお喋りが喋って聞かせたことがある。
 十日飢えて一椀の飯の有難さを感ずる心を以て、この大千世界の恩恵に泣けるようになって、はじめて人間の魂が生き返る!
 というようなことをあのお喋りが言っていた。忘れなければいけない、忘れられなければいけない、忘れるところに総ての徳が育ち、忘れられるところにすべての徳が実るのだ――
 こんなことを、あのお喋りがよく言い言いしたものだ。
 もし、そうだとすれば、今までわたしに、一別来の安否をも存亡をも忘れさせていたあのお喋り坊主の存在は、わたしの触れて来た人間のうちの、最も偉大なるものではなかったか?
 そんなことでありようはずがない、そうだとすれば、最も忘れ得られない存在は、最も下等なものとなるのではないか。
 わたしにはそれがあるのよ――憚(はばか)りながらここに至って、お銀様はまた冷笑を以て答えようとしました。
 淡きことは水の如く、薄きことは煙の如き存在に比べて、熱いことは湯のように、重いことは鉛のように、濃いことは血のように、旺(さか)んなることは潮(うしお)のように、今もこうしてわたしの身肉に食い入って、わたしをこんなに浮動させている悩ましいこの存在を、お前は知らないの?
 あの人の身は冷たいけれども、骨は赤い焼け爛(ただ)れた鉄のようです。あの熱鉄が、ひたひたとこの肌に触れ、この身内がその時に焼かれる、あの濫悩、この黒髪がどろどろの湯になって溶ける悩楽を知るまい。幸内が好きだったのは、どうにでもこちらの自由になるから好きだったのだ。あの人のはそうではない。あの人はわたしをなぶり殺しにするつもりで、わたしを弄(もてあそ)ぶから、それで好きなのだ。だから、わたしもその気になって、あの人の骨身を湯のように溶き崩してやるつもりであの人と取組んだ。弁信さん――お前なんぞが知ったことじゃないよ。
 どこへ行こうとわたしの勝手じゃないか。わたしの方でもまた、弁信、お前なんぞが出ようとも、留まろうとも問題にはしていないが、あの人には逢いたいよ、あの人ばっかりは放せない、目の見えない人が好きなのだよ、わたしは……
 お銀様の眼は、やはり天の一方を睨めながら、冷然として、こういって言い返してやったつもりだが、昂奮がおのずから形に現われて、お高祖頭巾がわなわなと慄(ふる)えているのを見る。
 その時に、お銀様の頭脳いっぱいに燃えたったのは、躑躅(つつじ)ヶ崎(さき)のあの九死一生の場面と、染井の化物屋敷でどろどろにもつれ合ったあの重苦しい爛酔、瞑眩(めいげん)、悩乱、初恋は魂と魂とが萌(も)え出づるものだそうだけれども、魂と魂とが腐れ合って、そこから醗酵する快楽!
 それが忘れられない。
 弁信さん、せっかくだけれども、わたしはお前さんのことを考えているのではない、あの人のことを忘れられないでいるのよ。お前さんはどこへ行って、これからまた何をお喋りして歩こうとも、わたしは妨げない、わたしはわたしとして、好きな道を行くんだから、いいのよ。
 だが、それにしては、いったい、今度の旅は何だろう。あのお角という鉄火者(てっかもの)が、父を口説(くど)き落したその口車に自分も乗せられて、つい引張り出されただけの旅ではないか。
 あの鉄火者が、果してどこへわたしを連れて行こうというのだ。あの女に導かれていい気になっているつもりはないが、やっぱり行く先の目的――名所古蹟が何です、それをたずねて生字引になるはずでもないでしょう。山や水がちょっとばかり取りすまして見せたところで、それが何です。英雄だとか、豪傑だとかいう片輪者が、臍(へそ)を曲げたとか、腰をかけたとかいう名所古蹟なんていうものを見て歩いてどうなるのです。変った人間の顔を見たいのなら、二十五座の神楽師(かぐらし)に面揃(めんぞろ)いをさせて見た方がよっぽど手間がかからない――こんな無意味な旅行を、あんな頭の空っぽな女親方を案内にして歩いて、それで自分というものが慰められているほど、わたしというものはお人好しなのかしら。ああ、つまらない! ああ、無意味と索漠を極めた旅というものよ!
 わたしは、極暑のうん気の中に、巣鴨の伝中の化物屋敷の古土蔵の中を閉めきって、針で指を刺したあのどろどろの生活がいいのだが、ああ、その相手がいない、その人は今どこへ行っている、その行方(ゆくえ)を誰が知っている?
 わたしは今、引返して、その人をたずねて、あの苦しみを取戻さねばならない、それにしては出立が違っていた、もう一足も、こんな旅は続けられない。
 お銀様の悩乱と昂奮は、ついにここまで到着しましたけれど、お銀様は米友ではありません。米友ならば、昂奮した時がすなわち行動に移るの時であるけれども、さすがにお銀様にはその余地があります――
 ただ、旅行というものを極度に忌避(きひ)する一念がこうまで昂上してみれば、今後のことは時間の問題のみであります。熱火に溶け行くような胸と腹を抑(おさ)えつつも、つとめて冷然と立っているのがお銀様の一つの習い性でなければなりません。

         十一

 そうしているお銀様の足許へ、その腰のあたりまでしかない一つの小さい物体が現われました。
「モシ、桑名からの二番船はまだ着きませんですか」
「え」
 思いを天上にのみ走(は)せていたお銀様が、ぎょっとして眼を地上におろすと、これはまた、天上に空(くう)なる今の弁信の生(しょう)の姿が、現実にここへ落ちて来たかと思われるばかり――よく見ればもとより違います。弁信よりは、もう少し稚(ちい)さい、十一二歳でもあろうか、やっぱり弁信と同じことに頭を円めて、身に法衣を纏(まと)っているが、弁信と根本的に相違しているのは、あれはあれでも男僧の身でしたが、これは女の法体、一口に言ってしまえば尼さんです。そうして弁信のように、永久にその眼を無明(むみょう)の闇に向けられているというような不幸な運命に置かれていないで、比較的利口そうな、そうしてぱっちりした眼をもった、世の常ならば、美しいといった方の女の子であるが、頭上から奪い去った黒いものと、身に纏わされた黒いものとが、少女としての華やかさをすべてにわたって塗りつぶして、その小さい手に持ち添えた数珠(じゅず)までが哀れを添える。
 この小尼は、こんどは海の方を眺めながら、再びお銀様に問いかけました、
「桑名からの二番船がまだ着きませんですか」
「まだ着かないでしょう、ほら、あの生簀(いけす)の向うに大きな帆が見える、あれがそれなんでしょう」
「そうでございますか、では、程なくこれへ着きますなあ」
「風が追手だから、まもなく着きますよ」
「左様でございますか」
 小尼はおとなしく、入船の白帆をまともに眺めて待っている。
 お銀様はそこでちょっと頭脳を転換させられたけれども、ただなんとなく、急に立去り難いものがある。せめて、あの船の着くのを見ていてやりたいような気分から、傍(かた)えの小尼を相手に暫くの間――
「お前さん、あの船で来る人を待っているの?」
「はい、お父(とっ)さんが、たぶんあの船でいらっしゃるだろうと思います」
「そう……」
 お銀様はなにげなく受けたけれども、この小尼が言ったお父さんという言葉が、異様な感じをもって聞えました。
 いとけないのに尼さんにされるほどの運命を持った人の子というものには、どうせ温かい親というものの観念からは遠かろうと思われるのに、父を待ちこがれるらしいこの子のそぶりを異様に感じながら、お銀様は桑名戻りの船を見ている。小尼もまた同じようにして、お銀様の傍を離れようとはしない。船はようやく近づいて来る。船が着くと、河岸一帯がどよめいてくる。お銀様は、乗込みの先を争うわけではなく、到着の人を待ち受けるわけではないけれども、それでもその動揺の空気につれて、なんとなくわが心もどよめいてくる心地がする。
 その時、固唾(かたず)をのんでいた小尼が、お銀様の面(かお)を見上げるように言いました、
「モシ、わたしのお父さんが通りましたら、お知らせ下さいましな、ツイ、わたしが見はぐれるといけませんから、どうぞあなた様にもお願いいたします」
「でも、わたしはお前のお父様を知りませんよ」
と、お銀様が正面を切りながら答えたのは当然でした。
「わたしのお父さんは、色が黒い方で、背は低い方で、身体も痩(や)せていますが、ただ、この額のところから頬のところへかけて、大きな創(きず)がございます、若い時に、木を伐(き)りに行って怪我をした大きな創がございます」
 数珠(じゅず)で自分の額を撫で、こう言いながら、またお銀様の面を見上げました。その時にお銀様は、自分の面をそむけるような形で、
「では、お前さんの方で気がつかないうちに、お父さんがお前さんを見つけるでしょう」
「いいえ、お父さんは、わたしが迎えに来ているということを知らないでしょう」
「それでは、大きな声で呼んでごらんなさい」
「でも……」
 小さな尼は口籠(くちごも)って、
「でも、お父さんを呼びかけることが、あの人の為めにならないかも知れません……どうぞ後生(ごしょう)ですから、小柄な、面の黒い、そうして額際から頬へかけて大きな創のある人にお気がつきましたら、おっしゃって下さい、わたしも一生懸命見ていますから」
 お銀様は、小さな尼の頼みと、その口から父の人相の説明を聞いて、なんとなく刺されるようなものを感ぜずにはおられませんでした。
 ことに、顔面に大きな創を持った小柄の色の黒い男――小柄の色の黒い男だけではたずね人の目安にならないが、額から頬にかけて大きな創を持ったという男は、そうザラにあるものではない、それは見違えようとしても見違えられない特徴。
 人に顔を見られることを厭(いと)うお銀様は、同時に人の顔を見ることをも嫌いましたけれど、この偶然の場合では、頼みを聞いてやるやらないに拘らず、ここに立っている以上は、人の顔を注視してあらためなければならぬ役目を遁(のが)れられないもののようになる。
 船は確実に到着して、甲板の拍子木、やがておもちゃ箱をひっくり返したような人出、波止場を上る東海道中諸国往来風俗図絵――
 薬籠(やくろう)を一僕に荷わせたお医者。
 二枚肩の長持。
 両がけの油箪(ゆたん)。
 箱屋を連れた芸妓が築地の楼へ褄(つま)を取って行く。
 御膳籠(ごぜんかご)につき当りそうな按摩さん。
 一文字笠に二本差した甲掛(こうがけ)草鞋(わらじ)の旅の武士。
 槍持に槍を持たせて従者あまた引連れたしかるべき身分の老士。
 鉄鉢の坊さんが二人づれ。
 油屋の小僧が火と共に一散に走る。
 杖に笠の伊勢詣りたくさん。
 気の抜けたぬけ参りの戻り。
 角兵衛獅子の一隊テレンテンツク。
 盤台を天秤(てんびん)にして勢いよく河岸へ走る土地の勇み。
 犬が盛んに走る。

         十二

 お銀様もそぞろに人を見ることの興味にかられていたが、その前後に、どちら附かずの妙な旅人が二人三人ずつ、この高燈籠(たかどうろう)の下へ寄って来て、今やお銀様と小さい尼が一心に前面の人を見ているその背後のあたり、しきりにこの高燈籠の構造を評判しておりました。
「この高燈籠は、犬山の成瀬様がお建てになったのだが、昔はこの燈籠のおかげで出船入船が助かりましたが、今は功徳のしるしだけで、実際に用いません」
「ははあ、これが名代(なだい)の成瀬様の高燈籠……」
「二代の隼人正様(はやとのしょうさま)が正成公(まさなりこう)の御遺命によってお建てになったのです、寛永二年の昔」
「なんにしても結構な思召(おぼしめ)しだ、ここにその謂(いわ)れが刻んである、依二于亡父成瀬隼人正藤原正成遺命一而正房所二営建一也、并寄二五十畝之田地於太子堂一以為二膏油之資一、と読みますかな」
「その通り、燈明料としては須賀の浦の太子堂へ田地を御寄附になったが、今はそれが神戸町(ごうどまち)の宝勝院の方へ引移されている」
 こんな会話を交わしながら、古碑でも探る気持で、燈台の石垣を撫でまわしているのが、この際、お銀様の耳障(みみざわ)りになりました。
 桑名戻りの船が着いたとあってみれば、今も言う通り、乗込みを争うわけでもなく、到着を待ちわびる人でなくても、下船して来る旅人の上陸ぶりに好奇の目を向けて見るのが通常の人情であるのに、このやからは一向その方に頓着なしに、燈籠のある部分を撫でてみては頻(しき)りにその故事来歴なんぞを説明していることがキザだと、お銀様のカンにさわったのでしょう。その途端のこと、
「あ、お父(とっ)さん!」
と小さい尼が叫びました。狂喜の声のうちにも高い叫びを慎(つつし)んだもののようですが、その声でお銀様も改めて人混みの中を見渡したけれども、急にそれらしいものを認めることができませんでした。
 何とならば、唯一の目標とするのは、その顔面の大きな創(きず)ではありといえ、それほどの創を持つ人が、自慢で見せて歩くとも思われない、よし自慢にすべき向う創であっても、そこは道中のこと、笠もあれば、頭巾もあろうというもの、どれをそれと小さな尼が呼んだのか、お銀様には分りませんでしたが、心走りに走り出した小さな尼が、
「お父さん――」
 ついに一人の男の人をこの子がとらえてしまいました。見れば、なるほど、小柄で、そうして背が低いには違いないが、その身体(からだ)は桐油(とうゆ)の合羽(かっぱ)でキリリと包んでいるし、質素な竹の笠をかぶり、尋常な足ごしらえをしているものですから、お銀様に先手(せんて)の打てようはずがありませんでした。
 しかし、この幼尼からとらえられた時に、笠と合羽の主は、ハッと物に打たれたように向き直って見た瞬間、お銀様も、確かに、その人相を見てとりました。厳しい顔であると思いました。厳しいというのは、その尋常な田舎老爺(いなかおやじ)としてのこしらえに比較してみて言うことで、なるほど、赤銅色(しゃくどういろ)に黒ずんだ顔面の皮膚の下の筋肉は鋭いほどに引締っている。同時にその金看板であるところの、額から頬へかけての創が稲妻のような鋭いひらめきを見せないではいない。
 その瞬間――お銀様は、この創は決して、若い時に木を伐(き)りに行って受けた創ではないということを直覚しました。第一、この隙間のない小柄な男が、木を伐って、その伐られた木に仕返しをされるまで、便々と待っているような男であり得るはずがない。
 こう、直覚的にお銀様の眼に映った時に、一方、その機会に、ふっつりと、今まで自分の背後にペチャクチャと燈籠の故事来歴を囀(さえず)っていたキザな声が止んでしまったことも、かえって耳障りでした。
 さいぜんの悠長さでは、この燈籠の台石の分析から、石工の詮議(せんぎ)までもしかねないと見えたのに、ここに至ってふっつりとペチャクチャが中絶されてしまったのは、ペチャクチャと囀っている以上に耳ざわりになったものですから、前のを一太刀受けて、直ぐに後ろへ切り返すような心持にせかれてお銀様が、ふとこの背後を振返って見ると、今まで漠たるペチャクチャを囀っていた旅の者――誰が見ても通常の東海筋の伊勢参りとしか見えなかった二人の者が、同時にその被(かぶ)っていた笠を払い落した途端で、そうして同時にキラリと懐中から光り出したものは、房の附いた十手というものであることを、お銀様の鋭敏なる眼に認められてしまいました。
 この二つの十手は、お銀様の目の前をかすめて隼(はやぶさ)のように飛んだと見れば、今し、父と呼びかけられて、いじらしい小さな尼に縋(すが)られた当の男、すなわち顔面黒くして、額から頬にかけて、決して伐り倒した木のために復讐されたのでないところの金看板を有する右の男に、左右からのしかかって飛びついたことです。
「あっ!」
 その時、左の方から飛びかかった十手が、あばらのあたりを抑えてうしろへのけぞってしまいました。
 けれども、右の方の十手によって、被った笠が叩き落されて、その利腕(ききうで)を取られていたのです。
 が、その利腕をひっぱずすと共に、十手を突き倒しておいて一目散に逃げ出しました。
 この、ほんの一瞬間の出来事の顛末を最もよく見たものはお銀様でありましたが、忽(たちま)ちその波紋が拡大すると、波止場の全体をひっくり返すだけの力がありました。
 その群衆の間を、隼のようにくぐり抜けて走る笠無しの創(きず)の男――それは同時に西浜御殿の塀の下にいた同じような伊勢参りのいでたちが、笠をかなぐり捨てて、形の如く十手を取り出して立ちふさがると、また一方、海岸にいた巡礼六部姿のやからまでが皆、懐中から十手を取って、その仮装をかなぐり捨てたのは、キンキンと音のする捕手の腕利きに違いない。同時にまた、いつのまにか、火消、纏持(まといもち)が、すべての非常道具を持ち出して、町角辻々を固めてしまう。
 ここで全く右の小柄の男を袋の鼠にして、この築地海岸一帯を場面としての大捕物がはじまることとなる。
 群衆の沸騰と興味は思いやるばかりです。相当の距離に立ちのいて、喧々囂々(けんけんごうごう)の弥次を飛ばすところを聞いていると、
「ありゃ、味鋺(あじま)の子鉄(こてつ)ですぜ」
「ああ、子鉄もいよいよ年貫の納め時か」
「こう囲まれちゃ、もう仕方がおまへんな――こうなると子鉄も、哀れなもんやなあ」
「だが、子鉄は腕が利いとりますからな、お手先の旦那方も、只じゃあ、あの鼠は捕れませんや」
「ごらん、はじめに子鉄を抑えた旦那が、ああして苦しんでおいでなさる、はっと飛びかかった時に、子鉄の右の臂(ひじ)であばらへあてられたんです」
「子鉄も子鉄だが、あんなのにかかっちゃ旦那方もつらい」
 子鉄、子鉄と呼ぶ、あの男が子鉄というものであることは、土地ッ子の証明によって、もう間違いのないところだが、子鉄の何ものであるかを説明している場合でないと見え、その性質は旅の人には分らない。
 無論、お銀様にもわからない。

         十三

 これを知らないもののために、一応その素姓(すじょう)を物語ってみると、ここに子鉄と呼ばれている当人は、有名なる侠客、会津の小鉄でないことは勿論(もちろん)だが、さりとて、会津の小鉄を向うに廻しても名前負けのする男ではなかったのです。
 生れは城外、味鋺村(あじまむら)の者で、その名は鉄五郎――父も鉄五郎といったから、そこで子鉄が通称となっている。
 名古屋城外で窃盗(せっとう)を働いて、敲(たた)きの上、領内を追われたのを皮切りとして、捕まってまた敲きの上に追放――その間に同類をこしらえ、ある時は一人、ある時は同類と、諸方を荒し廻っているうちに、好んで尼寺を犯したということだ。金品の被害のほかに、こいつの凌辱(りょうじょく)を蒙った無惨な尼たちが幾人あるか知れない――そのうちに、露見し、捕手二人を傷つけたが、ついに搦(から)め取られて入牢(じゅろう)の身となったのが、安政年間だとかいうこと。
 牢内では牢名主をつとめて、幅を利(き)かしていたが、やがて獄門にかかるべき斬罪を予期し、某月某日の夜、子鉄が巨魁(きょかい)となって破牢を企てた。その党に加わるもの三十人、かねがね牢番を欺いて用意して置いた、鑿(のみ)、縄梯子、丸に八の字の目印と、町役所と認(したた)めたそれぞれの弓張提灯を携え、衣類、十手、早縄まで取揃え、牢を破って乗越えた上に、これらの道具立てで、捕手の役人になりすまし、大手を振って逃げのびて、その夜、堀川通りの小寺宇右衛門ほか二カ所の屋敷を襲うて、金銀、衣類、刀剣を奪い取り、そうして、おのおの思い思いに高飛びをしたという。
 それが、今日まで厳密なる探索の手にかからず、全く消息を絶っていた。ある時は遠州秋葉山の下で見た者があると言い、ある時は駿河の興津(おきつ)に現われたなんぞと噂(うわさ)には出たが、かいもく行方が知れなかった。その兇賊が、今日という今日、網の目にひっかかったのだ。
 というわけですから、盗賊も尋常一様の盗賊とは違い、土地の人気を聳動(しょうどう)させるだけの価値はある。自然、捕方の役人たちの、ここにいたるまでの苦心惨憺も思いやらるると共に、ここにいたっても、なお且つ安心せられざるものが多分にあると言わなければならぬ。どのみち、こうまで袋の鼠としてしまった以上は、どう間違っても逃しっこはないのだが、とどめを刺すまでには相当の犠牲を思わねばならぬ。なるべく最小の犠牲をもってしたいことは卑怯の心ではない、自然、最初は劇(はげ)しいかけ声と共に、遠巻きに巻いて圧迫を試みて行くだけの戦略ですが、囲む者も、囲まれるものも、またそれを眺むるものも、真蒼(まっさお)です。
 笠の台だけを残して、それをまだ解き捨てる余裕のない創男の兇賊子鉄の頭は、常ならばいい笑い物ですけれども、笑うものなどは一人もない、捕方も、見る者も、眼が釣上り、面(かお)が真蒼(まっさお)になって、息がはずんでいるばかりです。
 お銀様は、囲まれた子鉄の面を、真正面からまざまざと見ることができました。
 不思議なことには、この時、群衆の中に起った一種の同情が、捕方の上よりは、むしろ囲みを受けた味鋺(あじま)の子鉄の上に注がれて来たようです。
 直接、間接に、名古屋城下がこの一兇賊のために、どのくらいの恐怖と迷惑とを蒙らせられたかわからないのに、こうなってみると、子鉄も憐れなものだ! と、一種の同情心のようなものが湧くのを如何(いかん)ともすることができないようです。
 赤銅色(しゃくどういろ)に黒ずんだ面に、額から頬までの大創を浮ばせ、それに、笠を飛ばされて台ばかり紐で結えた面構え。誰も笑う者はないが、自分が一種名状すべからざる皮肉の色をたたえて、ニヤニヤと笑っている。笑っているのではなかろうが、笑っているように見える。
 その間に、ジリジリと押す捕方のすべては、いよいよ真蒼になって、髪の元結(もとゆい)が刎(は)ね切れたものさえあるようです。
 手に汗を握り、固唾(かたず)を呑んでこの活劇を見物している群衆さえ、今は緊張の極になって、泣き出しそうになっている切羽(せっぱ)に、子鉄の両手が、今まで手をつける余裕さえなかった、例の笠の台だけを結んだ紐のところへかかると共に、
「恐れ入りました、味鋺の子鉄の年貢の納め時でございます、お手向いは致しませぬ、神妙にお縄を頂戴いたします」
 早くも笠の台を引っぱずして、後ろに投げ捨てると共に、バッタリと大地にかしこまって、丁寧に両手をついて頭を下げたものです。
 この光景が、すべての緊張しきった空気を一時に抜いてしまいました。前面に向った捕方のうち、卒倒したものがあります――観衆は暫くしてみんな一時に声をあげ、なかには声を放って泣く者さえありました。
 けれども捕方は、まだ軽々しく近づくことをしませんでした。子鉄ほどの者だから、息の根を止めてかかっても油断はならない――
 大地へ両手を突いて、頭を下げた子鉄は、その時に懐中へ手を入れて取り出して、二三間ばかり向うへ投げ出したのが一口(ひとふり)の短刀です。
「因果は争われないものでございます、尼にされた我が子の囮(おとり)で、子鉄がお縄を受けることになったのが運の尽きでございます、今まで子鉄のした悪事という悪事のうち、仏に仕(つか)える尼さんをいじめた、それがいちばん悪うござんした――仏罰でござんす、全く恐れ入りました」
 そうして両手を突いた中へ瘢面(はんめん)をつき込んで、下を向いたきりです。
 立往生をしてしまった弁慶でさえ怖くてちかよれないのだから、恐れ入ったとは言いながら、生きて手足も動かせるようになっているこの男の傍へ、誰も暫くの間は近づけなかったのも無理はないが、やがて圧倒的に抑えてみると、この兇賊は、ほんとうにたあいなく縄にかかってしまいました。
 この場合、たあいなく縄にかかったということが、見ている人の総てをまた圧倒的にしてしまいました。
 こうして兇賊が引き立てられ、場面が整理され、群集が堵(と)に着いた時分、例の高燈籠(たかどうろう)の下で小さな尼を介抱しているところのお銀様を見ました。
 そうしている時に、ハッハッと息を切った声で、
「お嬢様じゃございませんか、いやはや、お探し申しましたぜ、表通りはあの騒ぎでござんしょう、裏へ来て見るとまた捕物騒ぎ、気が気じゃございません」
 ハッハッと息をついて、しきりに腰をかがめているのは、お角がおともにつれて来た庄公です。

         十四

 道庵先生も、人間は引揚げ時が肝腎だ、ぐらいのことはよく知っておりました。
 名古屋に於ける自分というものは、時間に於ても、行動に於ても、もう、かなりの分量になっていることを知り、待遇に於ても、名声に於ても、むしろ過ぎたりとも及ばざるのおそれなきことをたんのうしたから、もうこの辺で名残(なご)りを惜しむ方が、明哲(めいてつ)気を保つ所以(ゆえん)だと気がつかなくてはならないはずです。
 そこで、米友に向っても出立の宣告をしておいて、今日明日ということになって、計らずも一大事件が突発して、道庵をして引くに引かれぬ羽目に置き、更に若干、出発のことを延期させねばならないことに立至りました。
 というのは、医学館の書生で津田というのが、このごろ、飛行機の発明に凝(こ)り出して、もうほとんど九分八厘まで仕上げたから、この際ぜひひとつその完成を道庵先生に見届けてもらい、且つその試験飛行の際には同乗が叶(かな)わなければ、せめて式場へ参列なりとしていただきたいという、切なる希望を申し出でたからであります。
 この津田生は、どうしたものか、医学館の講演以来、ほとんど崇拝的に道庵先生に傾倒して来たものですから、道庵も可愛ゆくなり、ことにその熱心な科学的研究心に対して、どうしても、道庵先生の気象として、その希望を刎(は)ねつけるわけにはゆかなかったのです。で、いよいよ明日あたりは出発という時に、またまた数日の延期を宣告して、せっかく旅装の宇治山田の米友を苦笑させました。
 この当時に於て、飛行機の研究及び製作ということは、いかにも突飛のようでありますけれども、突飛でも、空想でもなく、実際に道庵先生を首肯せしむるだけの科学及び技術上の根拠を持っているのでした。
 津田生は、どこからこの発明の技術を伝習したか、とにかく、製作に於ては、或る先人の設計を土台としそれに幾多の創意を加え、工夫を凝(こ)らして、工場を自邸内に設け、ほとんど寝食を忘れてそれに尽しておりました。
 そもそも、津田生が飛行機の発明を企てるに至った最初の動機というものは、例の柿の木金助が凧(たこ)に乗って、名古屋城の天守の金の鯱(しゃちほこ)を盗みに行ったという物語から起っているということです。事実の有無(うむ)はわからないながら、幼な物語に柿の木金助の一くだりを聞いたり、夢想兵衛のお伽噺(とぎばなし)を吹き込まれたりしているうちに、人間は機械を用いさえすれば、空中の飛行も決して空想ではないという信念を立てるに至りました。
 そうして、医学館に通って解剖を研究するうちに、どうしても飛行機の標準は、鳥類の骨格を研究することから始めなければならぬと覚りました。そうして、船はいかに進歩しても魚の形を出づることはできないように、鳥の形を無視しては飛行機の実現は覚束ないものだという原則を摘(つま)み出しました。
 そのうちに、ふと菅茶山翁(かんさざんおう)の「筆のすさび」という書物を見ると、こんなことが見出されました――
「備前岡山表具師幸吉といふもの、一鳩をとらへて其身の軽重、羽翼の長短を計り、我身の重さをかけくらべ、自ら羽翼を製し、機を設けて胸の前にて繰り搏(う)つて飛行す、地より直ぐに□(あが)ることあたはず、屋上よりはうちて出づ。ある夜、郊外をかけ廻りて、一所野宴(やえん)するを下に視(み)て、もし知れる人にやと近より見んとするに、地に近づけば風力よわくなりて思はず落ちたりければ、その男女驚き叫びてにげはしりける。あとには酒肴さはに残りたるを、幸吉飽くまで飲食ひしてまた飛ばんとするに、地よりはたち□(あが)りがたき故、羽翼ををさめ歩して帰りける。後にこの事あらはれ、市尹(しゐん)の庁によび出され、人のせぬことをするはなぐさみといへども一罪なりとて、両翼をとりあげその住巷を追放せられて、他の巷(ちまた)にうつしかへられける。一時の笑柄(わらひぐさ)のみなりしかど、珍しきことなればしるす、寛政の前のことなり」
とある。これを仮りに寛政のはじめ(西暦一七八九年)と見れば、道庵現在の時より約八十年の昔のことで、西洋ではじめてグライダーを作った独逸人(ドイツじん)オットー・リリエンタールの発明が一八八九年とすれば、それは日本の明治二十二年に当るから、これより先、徳川十一代の将軍家斉(いえなり)の寛政のはじめ、一七八九年に、すでに日本の岡山にグライダーを作って成功した人があったという事実は、驚異すべきものに相違ない。日本の鎖国の泰平が、斯様(かよう)に、無名の科学的天才も圧殺してしまった例は他にも少なくないと考えられる。
 岡山の幸吉の事績によって、津田生は、金助や、弓張月や、夢想兵衛のロマンスと違った、科学的技術者が日本に厳存していたことを知ると共に、苦心惨憺して、すでに没収され、湮滅(いんめつ)せられた幸吉のあとを探ったものと見えます。
 幸いなことには、津田生は父祖伝来の家産を豊かに持っていたから、研究費には差支えることは免れたが、不幸なことには、この熱心な発明慾が周囲の誰にも諒解(りょうかい)されないのみならず、それに冷笑と詬罵(こうば)とが注がれたことは、古今東西の発明家が味わった運命と同じことでありました。
 しかし、それらの誤解と、冷笑と、詬罵の間に、津田生が超然として発明製作の実行に精進していたことは、少なくとも古今東西の発明家の持つ態度と同じものでありました。
 しかし、こういう意味の孤立も、孤立はやっぱり孤立だから、知己のないということを津田生も相当に淋しく感じていたことに相違ない。ところが、このたび江戸から流入して来た先生、賢愚不肖とも名状すべからざる狂想を演じつつある先生だが、ドコかに津田生が惚れ込み、ある席上でこの話を持ち出してみると、皆まで聞かず道庵が双手を挙げて賛成してしまいました。
 えらい! 日本にもそういう若いのが出なけりゃあならねえと承和の昔から、道庵が待ち望んでいたのがそれだ、万物の霊長たる人間が、鳥類のやることが出来ねえということがあるものか、異国を見ねえ、第一あの黒船を見ねえ、鉄砲を見ねえ、早撮写(はやとりうつ)しの機械を見るがいい、切支丹の魔術でもなんでもねえんだ、みんな理窟から組み立てて行って、理詰めにして編み出した仕事なんだ、荘周や馬琴なんぞは甘めえもので、ありゃお前(めえ)、頭のてっぺんから出たうわごとに過ぎねえが、異国のやつらときた日にゃ、いちいち物を理詰めに見て行くからかなわねえ、お前たちは知るめえが、(その実、先生もどうだか)このごろ異国のやつらは蒸気車というやつをこしらえやがったぜ、つまり陸蒸気(おかじょうき)さ――黒船を陸(おか)へ上げて蒸気の力で車を走らせようというんだから変ってらあな、只は動かねえよ、陸の上へ鉄の棒を二本しいて、その上をコロコロッと転がすんだ、そうすると瞬(まばた)きをする間に千里も向うへ突っぱしってポーッと笛を鳴らすという仕掛なんだぜ、そりゃお前、途中の山だって、川だって、その勢いでみんな突き抜いて通るんだぜ。
 だから、お前、その伝で理詰めに機械さえ出来りゃ空が飛べねえという話があるものか、海の上だってああして黒船が突っ走るじゃねえか、陸の上だって、山のドテッ腹を蹴破って陸蒸気が通らあな、水も山もねえ空の上を走るなんぞは朝飯前の仕事でなけりゃあならねえのを、人間というやつ、何か落ちてやあしねえかと下ばっかり見て歩くもんだから、今もって鳥獣の真似(まね)もできねえんだ、津田君がそこを見てとって、一番、新手を出してくれようというのは、いいところに気がついたものだ、さすが金の鯱(しゃちほこ)が空の上へ吊し上っている名古屋ッ児だけある。
 こういうような趣意で激励するのみならず、道庵が津田生の私設工場へ飛んで来て、実際を検分し、その器械の要所要所の説明を聞きながら、同時に忠告を加える要点に、侮り易(やす)からざるものがありました。あんまりふざけきって、子供だましのような激励には恐れ入らざるを得なかったが、実際、機械を見せて批評と技術の講釈に至って見ると、津田生も舌を捲くような痛いところを道庵がいちいち利(き)かせてくれるものですから、道庵先生に対する興味と尊敬をいよいよ加えてくると共に、世上すべて無理解の中にあって、かりそめにもこういう知己を得たということが、百万の味方を得たと同様な勇気になって、いちいち先生先生と道庵の意見を仰いだものですから、いったん引下った道庵の熱がまた増長してしまい、このごろでは、もはや夜も昼も津田式飛行機製作所に入浸りの有様で、この分では飛行機が完成されない限り、道庵の旅行は無期中止という結果になるかも知れないのです。

         十五

 津田生の満足は、たとうるに物もない有様だが、いい面(つら)の皮なのは宇治山田の米友です。
 せっかく意気込んだ出鼻をこれに挫(くじ)かれたのみならず、更に幾日かかるか測り知られないこの無期延期の期間中は、津田生の製作所に入り浸っている道庵先生のために、毎日一度ずつ弁当を運ばねばならぬ役目まで背負わされてしまいました。
 しかし、また一方には、この米友の不運を緩和するに足る一つの有力なる事情もありました。
 それというのは、例の親の毛皮を慕う小熊を、首尾よく自分の所有とすることができたので、これに就いてはお角さんが香具師(やし)の方へよく渡りをつけてくれ、道庵先生が大奮発で、なけなしの財布を逆さにしてくれたればこそで、この点に於ては米友も、親方としてのお角さんに頭の上らないこと以前の如く、恩師としての道庵に一層の感謝を捧げなければならないことになり、斯様(かよう)な独断な、乱暴な無期延期を申し渡されても、その不平が幾分か緩和されて、
「ちぇッ、やんなっちゃあな」
と舌打ちをしながらも、熊を入れた鉄の檻の前にどっかと坐りこんで、熊に餌をやりながら、御機嫌斜めならぬものがあります。
「それ、何でも好きなものを食いな、遠慮は要らねえよ、お前は今日からおいらの子分なんだ――いいかい、おいらはお前をムクしゅうの身代りだと思って大切にしてやるから、お前もムクだけのエラ物(ぶつ)になりな。実際ムクはエラかったぜ、あのくらいの犬は人間にだってありゃしねえや」
と、米友は檻の前へ、勝栗だの、煎餅(せんべい)だの、甘藷だの、にんじん、ごぼうだのと、八百屋店のように押並べて、片っ端からそれを与えつつ訓戒を加えるのでありました。この小熊に向って訓戒を加える時には、いつもそのお手本に出されるのが、ムク犬のことであります。
「ムクを見な!」
 事実、米友は心からこの子熊をムク犬のように仕立てたいのでありましょう。そうしてお君もいないし、ムクも行方(ゆくえ)がわからない今日このごろは、せめてこの小熊の成人――熊――によって、自らを慰めようとする切なる心もないではないのです。
 ところが――熊は熊であっても、猛獣としては日本第一であり、犬よりも段違いであるところの熊でこそあっても、その素質としては、どうも米友の期待するようにばかりはゆかぬと見え、せっかく米友が訓戒を加えている時に、そっぽを向いて取合わなかったり、どうかすると、しゃあしゃあとして放尿をやらかしたりするかと見れば、食物をあてがうと遠慮なく手を延ばして来る。
「やいやい、ムクはそんなじゃなかったぜ、ガツガツするなよ、お行儀よくしてろ、お前にやるといって持って来たものだから、誰にもやりゃしねえ。やい、手前、ほんとうに行儀を知らねえ奴だな、ムクはそうじゃなかったぜ、てめえ食えと言わなけりゃ、お日待の御馳走を眼の前に置いたって手をつけるんじゃねえや、身(み)じんまくだって、いつ、どこへ行ってどうして始末をして来たか、ちっともわからねえくらいのものだ。それに手前ときた日にゃあ……」
 米友はこう言って呆(あき)れ返りながら、それでも癇癪(かんしゃく)を起さず、
「まあ、仕方がねえや、ムクなんて犬は広い世間に二つとある犬じゃなし、それにもう年を食ってるからな、物事を心得ていらあな。手前はまだ若いから無理もねえといえば無理もねえのさ」
 米友としては、つとめて気を練らして、食物を与えることから、おしめの世話までして育ててやることにしている。
 米友のこの稀有(けう)なる心づくしが少しもわからない子熊は、食物をあてがわれる時のほか、恩人を眼中に置かず、排泄(はいせつ)の世話まで米友に焼かせているくせに、ちょっと眼をはなせば脱走を試みたがって油断もスキもならない。先日、道庵の講演の席を滅茶にしたのも、実は米友として、熊の素質をムクを標準に信じ過ぎたものだから、あんな結果になった。
 米友としては、檻を出して、座敷へも、庭へも、連れ出して遊ばせてやりたくもあるし、また足柄山の金太郎は、絶えず熊と角力(すもう)をとって戯れていたということだから、子熊ではあっても、熊というやつがどのくらいの力を持っているものだか、自分の手でひとつ験(ため)してみてやりたいと思うのは山々だが、それができないということを感じ、こうして檻からちょっとも外へ出さないで置くだけに、いっそう骨も折れる。
 すべてに於てムクなんぞとは比較にならない、訓練の欠けた代物(しろもの)ではあるけれど、ただ一つ感心なのは、親熊の毛皮を忘れないということだけで、ためしにほかの毛皮を投げ込んでやっても、それは見向きもせずに、親の毛皮をのみ後生大事に守り、それにじゃれついて喜んでいる。
 その点だけが、ただ米友を、眼を円くして唸(うな)らせるだけのものでした。
 一通り熊の世話を焼いてしまってみると、さあ時分時(じぶんどき)だ――これからひとつ道庵先生のために、弁当を運ばねばならぬ時だと思い出してきました。
 発明製作に没頭しているといえば、感心なようだが、弁当をわざわざ遠方から運ばせてまでも、没頭しなければならないほどの多忙がどこにあるか、その理由はわからないながら、とにかく、毎日、この時間に、このくらいの弁当を持って来な、と言いつけられている通りを、米友の責任観念がなおざりにせしめてはおかないのです。
 しかるべき重箱の中に詰めた弁当が、例によって窃(ひそ)かに風呂敷に包んだまま差廻されているのを、米友は無雑作に首根っ子へ結びつけ、
「じゃあ熊公、行って来るぜ、おとなしくしてな」
 こう言って縁側へ出て用意の杖槍をとると、沓(くつ)ぬぎの草履(ぞうり)を突っかけたものです。

         十六

 かくして米友は、富士見原までやって来ました。
 津田生の発明室は、ここから遠からぬ大井町にあるのです。
 富士見原へ来て見ると、今や大きな小屋がけの足場を組んでいるところでした。
 何か町が立つのだな、芝居か、軽業か、そうだそうだ、この間、鳴海の方から相撲連がたくさん繰込んで来たから、多分この小屋がけで晴天何日かの大相撲が興行されるんだな。
 米友もそう合点(がてん)して、富士見原を東へ通り、大井町へ出て津田の別荘を叩きました。ここがすなわち津田生と道庵とが、飛行機の製作に夢中になっているところ。
 例の通り、弁当を投げ出して、弁当ガラを受取り、それをまた前の風呂敷に包み直して、首根っ子へ結びつけて、さっさと帰る。
 帰り道には、蒲焼(かばやき)の方にいる親方のお角さんをたずねて、御機嫌を伺って行こうと思いました。
 お角さんの宿へ来て見ると、いやもう、雑多な客で賑(にぎ)わっている。
 米友は、ちょっと縁側から挨拶をして行こうとすると、お角さんが、
「友さん、御飯でも食べていっちゃどうだい、蒲焼でもおごってあげようか、お前の好きな団子もあるよ」
 芝居の太夫元ででもあるらしいお客を相手にしながら、こちらを向いて米友を呼びかける。
「おいらは腹がくちいから……」
「先生にも困ったものだね、何か飛車(とびぐるま)をこしらえることに夢中になってるというじゃないか」
「うん」
「で、お前、いつ立つの」
「いつだかわからなくなっちゃった」
「いい酔興だねえ――そうして友さん、熊はどんなだえ」
「おかげでピンピンしていますよ」
「それはまあ、よかったね」
「さよなら」
「もう帰るの?」
「うん」
「じゃ、またおいで――誰か友兄いに落雁(らくがん)をおやりよ」
「はい、友さん」
「いや、どうも有難う」
「名物だから、持って行って食べてごらん」
「こんなには要らねえ」
「お前、食べきれなけりゃ熊におやり、ちょうどいいから、首根っ子に背負っているのが先生のお弁当がらだろう、それへ入れて持っておいでよ」
 こうして夥(おびただ)しい落雁を背負わされた米友は、つい順路を間違えて、あらぬ町々をうろつきながら宿へ帰って来て見ると、庭に大きな引札が落ちている。取り上げて見ると、上の方には人の首を二つ、大きく丸の中へ入れて刷り出し、その下には太く、
「当地初お目見得
  日本武芸総本家
     安直先生
     金茶金十郎」

 その翌日もまた、米友は例によって弁当背負い。町を通ってみると、辻々に人だかりがある。
 覗(のぞ)いて見ると素敵(すてき)もなく大きい辻ビラ――昨日の引札と同じことの日本武芸の総本家。
 次の人だかりも、うっかり誘われて覗き込むとやっぱり同じもの――ずいぶん思い切って豊富にビラをまきやがったな、ビラでおどかそうというのだろう、ビラなんぞにこっちゃ驚かねえが、日本武芸総本家の文字が目ざわりだ。
 と見ると、「当所初お目見得」の文字の横に「当る三日より富士見原広場に於て晴天十日興行」と記してある。
「ははあ、なんだ、あれだよ、昨日見た大きな小屋がけか、あれが、その武芸総本家の見世物なんだよ」
 笑わしやがらあ……
 米友がこう言ってあざ笑っているうちに、早くもその富士見原に着いてしまったのです。
 着いて見ると、工事の早いこと、葭簀(よしず)と蓆(むしろ)っ張(ぱ)りではあるが、もう出来上って装飾にとりかかっている、当る三日といえば明日のことだ――昨日小屋がけをして、きのうのうちに宣伝ビラを廻し――明日の興行に差支えないまでにしている。安直普請とはいえ、油断がならない――一方には、まだ初日の出ない興行場を見物に来た人が、原の四方を鹿(か)の子(こ)まだらに埋めるほどになっている。それにしても――もしや、この興行主は、親方のお角さんじゃあるめえか。
 違う――お角さんは今度は、小屋を打ちに来たんじゃねえ、それに、やるんなら同じ山かんでも、もっと貫禄のあるところをやらあな。小屋だってお前、こんな安直普請をしなくたって、お角さんの面(かお)で行けば、当地第一等の常設を借り切って江戸前の腕を見せらあな――おいらのお角親方は、こんなアク抜けのしねえことはやらねえ、いったい、どんな奴が、何をやらかすのだ。
 米友は前へ廻って木戸口を見ると、入口には大須観音の提灯(ちょうちん)そこのけの、でっかい看板があがっている。
 それを読んでみると、米友の眼がまるくなる。
[#ここから罫囲み]
日本武芸十八般総本家囲碁将棋南京バクチ元締安直先生大日本剣聖国侍無双金茶金十郎右晴天十日興行
飛入勝手次第
 景品沢山 福引品々
勧進元  みその浦なめ六後見 壺口小羊軒入道砂翁木口勘兵衛源丁馬[#ここで罫囲み終わり]
 それを読み了(おわ)った米友が、無性に大きなくしゃみを一つしてしまいました。
「笑わしやがらあ!」
 いくら名古屋がオキャアセにしたところで、こんないかさまにひっかかるタワケもあるまいと思われるが、あの辻ビラのおどかしと言い、今日のこの小屋の前景気と言い、万一こんなヨタ者にも相当に名を成させて帰すかも知れねえ――
 米友が例によって、持前の義憤をそろそろと起しはじめました。
 このごろでは米友も大分、人間が出来て、そうむやみに腹を立てないようにもなり、また腹を立てさせようと企んで来ても、笑い飛ばしてしまうほど腹の修行も多少は出来たものの、こう露骨になってみると、自分が侮辱されたというよりは、金の鯱城下の面目のために、義憤を湧かせ来(きた)るという意気込みを如何(いかん)ともすることができないらしい。
 ばかにしてやがら!
 いったい、ここをどこだと心得てるんだよ、瘠(や)せても枯れても尾州徳川の城下なんだぜ――
 おいらも、この隣りの伊勢の国に生れたから、尾州城下の威勢なんぞは子供のうちから聞いて知ってらあ――
 第一、ここには柳生様がいらあ――
 尾州の柳生様は、江戸の本家の柳生様より術の方では上で、本家の柳生様にねえところの秘法が、この尾州の柳生様に伝わっているということだ、だから剣法にかけちゃあ日本一と言ったところで、まあ文句はつかねえわけだが、その柳生様がおいでなさる尾張名古屋のお城の下で、どこの馬の骨だかわからねえ安直野郎が日本総本家たあ、どうしたもんだ。
 それからお前、宮本武蔵がここへ来て、柳生兵庫と相並んで円明流をひろめているんだぜ――
 それからまたお前、知ってるだろう、弓にかけちゃ、この名古屋が竹林派の本場で、天下第一だろうじゃねえか。知らなけりゃ、言って聞かせてやろうか。
 三家三勇士の講釈でも聞いてるだろう、星野勘左衛門が京都の三十三間堂で、寛文の二年に一万二十五本の総矢数(そうやかず)のうち、六千六百六十六本の通し矢を取って天下第一の名を取ったが、それでも足りねえと、同じ年の九年三月に、今度は一万五百四十二本の矢のうちから八千本の通し矢を取って、二度ともに天下一の額をあげたもんだ。
 江戸の三十三間堂にも九千百五十本のうち、五千三百六十本の通し矢を取って江戸一の名を挙げたのは、やっぱり名古屋の杉立正俊という先生なんだ。
 馬術にかけては細野一雲という名人があり、槍にかけちゃ近藤元高は、やっぱりその時代の天下一を呼ばわれたもんだ。
 鉄砲では御流儀というと、稲富流があるし、軍学には信玄流、謙信流、長沼流――このほかにまだ大した名人が古今にうようよしている。棒にかけても尾張が独得で、近頃では高葉流の近藤さんなんぞも、そうあちらにもこちらにも転がっている代物(しろもの)じゃあねえぞ。
 よし、よそならとにかく、この尾張名古屋へ来て、いくら大道折助で、識者は相手にしねえとはいえ、この看板は、フザケ過ぎてらあ――ここに米友の素質が爆発して、肩にしていた杖槍の手がワナワナと震え出しました。
 よし! 明日はここへねじ込んで、安直と、金茶金十郎なるものの面(つら)の皮を剥いでやらあ、そうするのが名古屋人への面目のためであり、武術の神聖を冒涜(ぼうとく)するやからへの見せしめであると、米友は、ここに覚悟の臍(ほぞ)を固めましたが、その文字の上に現わされた似顔絵を見ると、米友が泣いていいか、怒っていいかわからない心持になったのも無理はありません。
「なあんだ、らっきょうか」

         十七

 その翌日、米友は例によって弁当を背負い込み、富士見原は目をつぶって素通りして、津田の別荘へ馳け込んで、実(み)のある弁当を抛(ほう)り込み、カラになったやつをその風呂敷に引包んで帰ろうとする挙動が、いつもよりはあわただしいものです。
 それはすなわち、今日はひとつあの武芸大会の小屋へねじ込んで、安直と、金十郎らに目に物見せてくれようとの決心があるからです。
 その物音を聞きつけて、今までは、発明の補導に熱中していた道庵が、今日は珍しく面(かお)を出して、
「おいおい、友兄いや」
「うむ」
「うむ――はいけねえよ、あいとかはいとか言いな。それから友様、今日はゆっくりしておいで、いいものを見せてあげるからな」
「あっ!」
と米友が舌を捲きました。毎日こうして弁当を運ぶのに御苦労さま一つ言いもしないくせに、今日に限ってよけいのことを言うのは天邪鬼(あまのじゃく)がのり移ったのだ! と米友が舌を捲いたにかかわらず、その辺に一向御推察のない道庵先生、
「今日はな、友様、気晴らしに面白いものを見せて進ぜるから、ゆっくりしな」
「あっ!」
「何だい、そりゃ、めだかが麩(ふ)をかじるように、あっ! あっ!」
 道庵が、米友の迷惑がる表情の真似(まね)をしました。
「先生、今日は……」
「今日は、どうしたんだい、いつもお前に弁当を運ばせてばっかりいて気の毒だから、今日はわしがオゴるんだよ」
「先生、オゴってもらうのは有難えが、明日にしてもらうわけにはいかねえかね」
「おや、せっかく人がオゴるというのに、一日延期を申し入れるというのはどうしたもんだ」
「先生、今日はおいらの方にも少し都合があるんでね」
「お前の都合なんざあ、どうでもいいよ、こっちにはちゃんとお約束があるんだから」
「だって……」
「グズグズ言うなッ……」
 道庵先生が大喝(だいかつ)一声しました。米友が眼を円くしていると、
「まあ驚くな、実は友様、こういうわけなんだ、ついこの隣地の富士見原というところへ、こんど天下無双の武芸者が乗込んだのだよ――そいつをひとつお前をつれて、見物に行こうと、津田君と二人で、もうちゃんと打合せをして、桟敷が取ってあるんだから、いやのおうのは言わせねえ」
「有難え、そこだ、先生」
 米友が急にハズンだので、道庵が我が意を得たりと喜びました。
「どうだ、武芸と聞いちゃ、こてえられめえ」
「本当のことは、先生、おいらも一人で、これから見に行こうと思ったのだ」
「そうだろう……は、は、は」
 道庵が得意になってヤニさがっているが、米友としては偶然、この人たちと一緒に席を取って見物させてもらうのはいいが、それにしても少々気がかりなのは、この先生が武芸見物中、どう気が立って脱線しないものでもない、感激性の強いわが道庵先生は、軽井沢で当りを取って以来、いい気になって武芸者になりすまし、その後松本では百姓に限るといって頭髪を下ろして百姓になってしまい、今は後悔しきっているではないか、今度また、あんなイカモノを見せた日には、何をされるか知れたものではない、という心配が湧いて来たからです。
 しかしまた、この先生は、脱線もするにはするけれども、物を見破るには妙を得ているところの先生である。もとより、人の病気を見破る商売をしているのだから不思議はないが、それにしても見破ることは名人だ。早い話が、自分が両国橋で黒ん坊にされて、江戸中の人気を集めていた時分、誰ひとりそれを怪しむものはなかったのに、この先生だけには立派に見破られてしまった。
 脱線はこわいが、イカモノ退治には、こういう見破りの上手な先生と一緒に行ってもらった方が、たしかに利益に相違ないということを、この際、米友が気がついたものですから、
「まあ、いいや」
と言いました。
 そこで、道庵と米友と、新しく別に研究生の津田生が加わって三人、程遠からぬところの富士見原の評判の武芸大会なるものを見物に出かけました。
 ほどなくその場に着いて見ると、人は多く集まっているが、なんだかその空気が変です。
 あの前景気で行くと、今日の初日は、もっと緊張した人気がなければならないと思われるにも拘らず、あたりの空気がなんとなくだらしがないので、変に思いながら表へ廻って見ると、幾多の人があんぐりと口をあいて見上げている大きな貼札――
「お差止により興行中止仕候」
 さすがの道庵も、米友も、津田生も、あいた口がふさがらない。
「ヨタ者は承知で来てみたが、お差止めには口あんぐりだ」
と言いながら、道庵はワザと大きな口をあんぐりとあいて、看板の上を見つめていたが、犬にでも喰いつかれたように、
「あっ! らっきょうだ、らっきょ、らっきょ、らっきょの味噌漬!」
と、目の色を変えて叫びました。

         十八

 神尾主膳が書道に凝(こ)っているということは、前にも述べたことのある通りで、閑居して不善ばかりは為(な)していないという、これが唯一の証拠かも知れません。
 日和(ひより)のいい時、気分の晴れた時には、日当りのいい書斎の、窓の明るい、机のきれいな上に、佐理(さり)、行成(こうぜい)だの、弘法大師だの、或いはまた義之(ぎし)、献之(けんし)だのを師友としているところを見れば、彼も生れながらの悪人ではないと思わずにはいられません。
 今日しも、珍しくその当日でありましたせいか、右の通りにして字を書いて、ひとり楽しむことに余念がありませんでした。
 お絹という女は、今日はいないのです。
 この頃中、あの女はほとんど家を外にして楽しんでいるのだから、それはもうなれっこになって、特に気がかりにもならないのでしょう。それに、世話の焼きだてをした日には際限ないものと、ほぼ見切りをつけているのでしょう。
 それでも、時あってか、あの女のことに就いて何か甚(はなは)だしく癇(かん)に障(さわ)って、むらむらと不快の気分に襲われることもあるにはあるが、面を合わせてみると大抵まるめられてしまって、お絹に対してだけは、いまだ暴行に及んだというためしを聞かないのです。
 お絹という女は、先代の神尾の愛妾でありました。今の神尾なんぞは、事実、子供扱いにして来たのですから、苦もなくまるめてしまうのでしょう。また主膳の方でも、まるめられるのを知りながら、それなりで納まってしまうのは、あながち役者がちがうせいではないのです。
 主膳としては今朝はそんなことの一切を忘れて、書道を楽しむことができていると、庭に、がやがやと子供の声です。
 子供を愛するということも、このごろは主膳の閑居のうちの一つの仕事でありましたけれども、これは書道を楽しむほど純なものではなく、子供を愛するというよりは、子供を暇潰(ひまつぶ)しのおもちゃとして弄(もてあそ)ぶに過ぎない、と言った方が適当であることは、前にも申した通りです。
 子供らの方では、最初見た、目の三つある怖(こわ)いおじさんが、必ずしも怖いおじさんではなく、ずいぶん屋敷も開放してくれたり、おいらたちと遊びもしてくれたりする、気のいいおじさんであるところもあるのを看(み)て取って、門が開けっ放しにされている限りは、無遠慮に入って来て、庭や屋敷の中を遊び場とすることになれています。
 主膳は書道を楽しみながら、子供たちのガヤガヤを聞くと、またやって来たなと思いながらも、慣れていることだから、彼等が相当に騒ごうとも、こっちの書道三昧(ざんまい)にあまり妨げとならないことを知っています。遊ぶだけ遊ばしておいて、うるさくなった時は追払えばよい、いけないと言えば彼等も素直に出て行くようになっている。
 そこで主膳は、子供たちには取合わないで、相変らず書道に凝(こ)っていたが、そのうち、外で遊んでいた子供らが、座敷へ上って来たようです。それも、彼等のために開放すべき座敷は開放するように、区別してあるから、隠れん坊をしようとも、鬼ごっこをしようとも、「ここはどこの細道じゃ」をしようとも、あてがわれた座敷以外にハミ出さないことには、あえて干渉を加えないことになっているから心配はない。
 こうして暫くの間、子供らの遊ぶがままに任せ、自分は自分の好むところに耽(ふけ)っていると、そのうちバタバタと、つい机の先の縁側で足音がしたには、さすがに主膳が書道三昧(ざんまい)を破られました。
 断わってあるのに、こっちへ来てはいけない、子供たちの遊ぶべき場所は、遊ぶべき場所として仕切ってあるのを、よく納得させてあるのに、それを破って来た奴があるな、こいつはひとつ叱ってやらなければなるまい――と、主膳が筆をさし置いていると、廊下を踏んだ足音が、一層近くに迫って来たのみならず、日当りのいい障子を挨拶もなく引きあけて、中へ飛び込んで来たのがあるから主膳も面喰わざるを得なくなりました。
「いけない、いけない」
と言ったけれども、その飛び込んで来た奴は、無神経か、一生懸命か、主人の制止なんぞは耳にも入れず、案内もなく居間へ飛び込んだ上に、主人の坐っているそのそばまで転がって来て、そうして主人、すなわち主膳の左の腋(わき)の下と机の間へ丸くなって屈(かが)んで、隠れてしまいました。
 しかもこれは女の子です。その女の子を見ると、主膳は直ちに、これは少し低能な奴だなと知りました。
 いつも遊びに来る定連(じょうれん)の中の一人には相違ないが、年はなにしろ子供だろうが、肉体はいちばん発達している、顔に少し抜けたところはあるけれども、色は白いし、がかいが大きいから十四五[#「十四五」は底本では「一四五」]には見えるけれど、本当はそれより下か上かさえわからないが、がかいに比べて幾分の低能であって、ここへ来るもっと小さい年下の子供のいいようにされている奴だ――ということを、主膳が直ちに知って苦りきりました。それ、この間吉原遊びというのをさせられて、こいつがおいらんに仕立てられ、お前、廻しを取るんだよと言われて、その言いつけ通りにやってのけた奴だ。
「おい、お前、こんなところへ来てはいけないのだ」
と、主膳が呆(あき)れ返ってダメを押すと、この女の子は、妙な上目使いで叱る主膳の面(かお)を見ながら、片手を振って見せました。つまり、その仕草(しぐさ)で見ると、いま隠れん坊をはじめて、わたしはここへ来て隠れたのですから、そんなことを言わないで、少しの間、隠して置いて頂戴な――という頼みであること言うまでもない。
 ほかの子供なら、いくらわからずやでも、いくぶん心得があって、こっちへ来てはならないことを知っている。知らなくても、主人の居間を隠れんぼのグラウンドにするなんていうことの見境はあるのだが、そこに頓着のないところにこの低能さ加減がある。
 主膳はそれを知って呆れ返ってしまったから、ツマミ出すわけにもゆかず、沈黙していると、いい気になって低能娘は、主膳の膝と机との間を潜伏天地と心得て、息をこらして突臥(つっぷ)してしまったのです。
 全く呆れて、その為すままに任せているよりほかはないが、主膳は自分の傍らにうずくまった低能娘の、身体(からだ)の発育の存外なことを感ぜずにはおられません。自分の膝に接触する温か味から見ても、こいつはもう成人した娘だわい、頭こそ少々低能ではあるが、肉体は出来過ぎるほど出来ている、厄介な奴だと思いました。
 そう思って見ると、上の方から三つの眼で爛々(らんらん)と見つめるところの肥った首筋に、髪の毛がほつれている、その首の色がまた乳色をして、ばかに白い。袖附のところから見ると、腋の下の肉附がやっぱり肥え太って白く、肉の発達を示している。
 厄介千万な低能め――と呆(あき)れ返っていた主膳の眼が、その白い太った肉附の一部を見せられると、俄(にわ)かにその三つの眼が、あわただしく瞬(まばた)きをしました。書道を楽しんでいた時の眼の色ではない、無邪気だと苦り切った迷惑千万の色でもないのです――よく現われたところの貪婪(どんらん)なる染汚(せんお)の色が、三つの眼いっぱいに漲(みなぎ)って来たのです。そうして、年に増して全体に成人しきっている小娘の肉体の張り切った曲線を、衣服の上から透して見るのみならず、その張り切った肉体が呼吸でむくむくと動き、その中の一片、襟足だの、腋の下だのが外れて、惜気もなく投げ出されてあるのを、食い入るように見つめてしまいました。
「あら、いやだ」
 その時、低能娘が、ちょっと首をあげて主膳の面を仰ぎ、ながし目に見て睨(にら)むような眼つきをしました。
 主膳は、今、ほとんど自分のしたことを忘れたように無言でしたが、実はその指先でこの低能娘の腋の下を、ちょっと突いてみたのです。それは本能的でありました。いたずらをするつもりでも、からかってやるつもりでもなく、主膳としては、そのハミ出した肉の一片が、硬いか、やわらかいかを試みてみなければ、この食指が承知しないような慾求に駆られたものですから、全く本能的に、指先がそこへ触れたか、触れないか、自分でさえもわからなかった時に、低能娘がその点は存外鋭敏で、「あら、いやだ」と言われて、はじめて主膳としても、何だ大人げない、という気になったのですが、自分を見上げてながし目に睨んだ低能娘の眼を見て驚きました。何といういやな色っぽい目をしやがる、馬鹿のくせに!
 主膳は、こいつ憎い奴だと思い、よし、その儀ならば、もう少しこっぴどく退治してやろうと怒った時に、
「あっ!」
 今度は主膳が全く圧倒されてしまったので、仕置を仕直してやろうと思っている当の小娘から先手を打たれてしまったのは、返す返すも意外な事でした。
「あっ!」と言ったのは低能娘ではなく、三ツ目入道の神尾主膳で、その時、主膳は屈んでいた低能娘のために、自分の太腿(ふともも)を、いやというほど下から抓(つね)り上げられてしまったのです。
 といったところで、女の子のする力だから、主膳ほどの者が悲鳴を揚げるほどのことはないはずだが、実は動顛(どうてん)させられてしまったので……こいつは怖いということを知らない、知らないのではない、本来、怖いもの以上に出来ている奴だ、世に馬鹿ほど怖いものはないとはよく言った。それにしてもこの馬鹿に、誰がこういう手筋を教えたのだ。
 主膳がこの時に舌を捲いたと共に、この無意識な挑戦に対しては、その教育上の躾(しつけ)の上から目に物見せてやらなければならないと、覚悟を決め、右の手を延ばして、当るところを幸いに折檻(せっかん)を加えてやろうとした途端に、
「よしんべえがいねえよ」
「よっちゃんが迷子になってしまったわ」
「神隠しに会ったのかも知れないわ」
「隠れんぼして、ばかされると、神隠しにされたっきり出てこないんですとさ」
「よしんべえは少しお馬鹿だから、天狗様にさらわれたかも知れない」
「よしんべえ」
「よっちゃんよう」
「早く出ておいでよう」
「もう代りよ、たんこよ」
「早く出ておいで」
「のがしておしまいよう」
「来ないとおいてけぼりにして、みんなで帰ってしまうよ」
 こんな声が庭の方で、子供の口々に叫ばれるのが、よくここまで聞える。それは、主膳の傍らに隠れがを求めている低能娘ひとりを当てに叫ばるる声に相違ないけれども、さすがに、この奥まで入り込んでいるとは、子供たちも考えていないと見えて、その持場の許された場面だけに物色(ぶっしょく)の叫びをあげているらしい。その声々ははっきりここまで聞えるけれども、この低能娘はおどり出して、「あいよ」ともなんとも存在を示さないし、なおさらそれが聞えているはずの神尾主膳が、早く追い立ても、追い出しもしてやらない。
 子供たちは、呼び疲れ、探しあぐんで、やがて忘れたもののように静かになってしまったのは、そのへんで諦(あきら)めて、こんどは河岸(かし)をかえて遊ぶべく、この屋敷をみんな出て行ってしまったものに相違ありません。

         十九

 それから後、この低能娘も、よく遊びに来ることはあっても、主膳の居間へ闖入(ちんにゅう)するようなことはありませんでしたが、それでも仲間と遊んでいるところへ、主膳が通りかかると、ぽーッと面(かお)を赤くして妙に色っぽい目をして見せる、と、主膳はそれをひっさらうようにして自分の居間へ連れ込んでしまうこともあれば、いなくなったと思っていたその娘が、主膳の居間から、そっと廊下伝いに出て来たところを見たというようなわけで、子供たちが納まらなくなりました。
 子供たちとはいうけれども、これは、育ちがいいといった者のみではないから、気を廻すことにかけては、へたな大人よりませたものがいくらもいる。
「おかしいなあ、殿様とよしんべえとおかしいよ」
という評判が立ってしまったのは是非もないことで、「まあ、いやなよっちゃん、殿様のおかみさんになるの?」といったようないやみはまだ罪がない分として、なかには、思い切った露骨な、卑猥(ひわい)な文句を浴せかけたり、楽書をしたりする者が出来てきたが、当人の低能娘はいっこう平気なもので、なぶられることを誇りともしないが、苦痛ともしない。いわばしゃあしゃあとしたもので、でも、主膳が出て行くと、子供たちは怖がって、表立って悪口は言わないが、眼を見合わせて三ツ眼錐(ぎり)の殿様と低能娘とを見比べたりなんぞする。
 しかし、それもその当座だけのことで、主膳が低能娘を始終引きつけているというわけではなし、低能娘もまた殿様だけにじゃれついているというわけでもなし、やっぱり以前のように子供たち共有のおもちゃになって、おいらんになれと言えばおいらんになり、夜鷹(よたか)の真似(まね)をしなさいと言えば教えられた通りにして逆らわないものだから、殿様との相合傘もいつしか消えてしまっている。主膳にしても、いかに好奇とはいえ、まさかあんな馬鹿娘に、しつこく手出しをしているとは思われない――
 しかし、この二三日、どうもあの馬鹿娘の姿が見えないようだ。子供たちの家に来ることは以前と変らないから、主膳がそれとなく行って見ても、どの組にも低能娘がいない。こうなってみると、主膳がなんだか手のうちのものを取られたような淋しさを感じないでもない。
 低能ではあるけれども、あの色っぽい眼つきがどうも忘れられない。低能とはいうけれども、菽麦(しゅくばく)を弁じないというわけではなく、お感じが鈍いというにとどまり、まだ知恵が出きらないのかも知れない、もう少し発達すれば人並みになるのだろう、まるっきり馬鹿扱いにはできないのだ。或る点に於ては馬鹿どころではない、主膳に舌を捲かせるほどの離れ業を見せているのだが、それは天性、その部分が発達し過ぎているというわけではなく、そういう家庭や周囲の中で育ったから、色っぽい眼をつかったり、人の太腿を抓(つね)ったりすることは、あたりまえの挨拶と心得ているに過ぎない、下町の棟割(むねわり)の社会などには、こんなことはざらにある、すなわち、親爺や兄貴などから、そんな挨拶の仕様を仕込まれていることさえ多いのだ。
 あいつは必ずしも低能じゃないだろう、そうしているうちに、普通の女として発達するのだろう。発達する、俗に色気が出るという時分になれば、かえってあんなことはしなくなるものだ。
 だが、この二三日、姿を見せないのは、なんとなく淋しいな、ほんとうに物足りない。お絹という奴にも、ずいぶん淋しい思いをさせられたが、このごろは慣れっこになってしまったのか、今日このごろは、あの低能の来ないことが、いっそう自分の心を空虚にしている、心というものは変なものだ、神尾はこういったような不満を感じて、
「よし坊は、どうしたのだ、今日は来ないのか」
 こう言って子供たちに鎌をかけてみると、
「ああ、殿様、よしんベエはお女郎に売られたんだよ」
「えッ」
 神尾がここでもまた、子供たちに度胆(どぎも)を抜かれたという始末です。
「よしんベエはねえ、吉原へお女郎に売られたんだから、殿様、買いに行っておやりよ」
 神尾が第二発の爆弾を子供からぶっつけられて、ヘトヘトになりました。それでも足りない子供たちは、
「あたいも、いまに稼(かせ)いで、お金を貯めて、お女郎買いに行くの、よしんベエを買いに行ってやらあ」
 彼等は、自分の家の製造物が問屋へ仕切られたような気持で、友達の売られたことを語り、お小遣(こづかい)を貰っておでんを食いに行くと同じ気持で、その遊び友達であった異性を買いに行くことを約束している。
 さすがの神尾も、子供たちから続けざまの巨弾を三発まで浴せられて、のけ反(ぞ)っているのを見向きもしない子供たちは、
おんどら、どら、どら
どら猫さん、きじ猫さん
お前とわたしと駈落(かけおち)しよ
吉原田圃(たんぼ)の真中で
小間物店でも出しましょか
一い、二う、三い、四う
五つ、六う、七、八あ
九の、十
唐(とう)から渡った唐(から)の芋
お芋は一升いくらだね
三十二文でござります
もうちとまかろか
ちゃからかぽん
おまえのことなら
負けてやろ
笊(ざる)をお出し
升(ます)をお出し
庖丁(ほうちょう)、俎板(まないた)出しかけて
頭を切るのが唐の芋
尻尾を切るのが八つ頭
向うのおばさん
ちょっとおいで
お芋の煮ころばし
お茶上れ……

         二十

 その翌日、主膳が外出した後の居間へ、お絹が入って来ました。
 今日は在宅のはずだが、おとなしいのは、書に凝(こ)っているからだろうと、来て見るともういません。よって、お絹は手持無沙汰に、何かと室内を取片附けてみるうちに、床の間のお花がしなびているのを目につけて、これはひとつ、活(い)け換えて置かねばならぬと考えたのです。
 わざわざ使を花屋まで走らすまでのことはなし、庭を探して何か有合せのもので、趣向を凝らそうと思いました。
 主膳の書と違って、お絹の花は素人芸(しろうとげい)ではなく、これで充分食べて行かれる腕はあるのですが、近来、めっきり腕を遊ばせて置いたから、今日はひとつ、うんと腕によりをかけてやろうという気になりました。
 そこで庭へ下りて、残菊にしようか、柳にしようか、それとも冬至梅か、万年青(おもと)かなんぞと、あちらこちらをあさった揚句、結局、万年青が無事で、そうして豊富でよかろうというような選定から、座敷へ戻ってしきりに鋏(はさみ)を入れているうちに、これもいつしか三昧(さんまい)という気持に返って、お花の会の主席を取るような意気込みにもなり、ああでもない、こうでもない、この葉ぶりも面白くない、ではもう一ぺん庭をあさって、おもしろいのを見つけ出して来ようという気になっていると、折しも、前の庭の垣の外、いつぞや子供たちが凧(たこ)をあげて、ひっからませたあたりのところで、しきりに呼び声がしました。
 最初のうちは、豆腐屋か、御用聞が、近所の台所を叩いているのだろうと気にもとめなかったが、そうでもなく、その声はこの屋敷の廻りだけをうろつきながら、当てもなく呼びかけているような声でありました。
「四谷の大番町様のお屋敷は、この辺でございましょうか」
 根岸くんだりへ来て、四谷とか、番町様とか言ってたずねている。お絹は頓馬(とんま)なたずね方をする御用聞もあるものだなと聞き流しながら、鋏を持って再び庭へ下りて来ると、
「もし、ちょっと承りとうございますが、この辺に四谷の大番町様のお下屋敷がございますまいか」
 やっぱりぐれている、ここは呉竹(くれたけ)の根岸の里の御行(おぎょう)の松、番町だの、四谷だの、何を言っているのだ、そんなことで訪ね先がわかるものか、もっと要領のよい名ざしがありそうなものだと、お絹は心の中でそれをあざけりながら、庭を辿(たど)って、いっそ万年青をよして柳にしてみようかというような気にもなり、木々の枝ぶりを物色して、ちょうど先日、神尾が、凧を飛ばした子供らのために入場を許した裏木戸のところで立ち止まると、ついその外で、
「もし、あの、この辺に四谷の大番町様のお控え屋敷がございましょうか」
 外から、自分のいる気配を見て取って問いかけたらしいから、お絹は無愛想に、
「存じませんよ、よそをたずねてごらんなさい」
「その声は、もしや御新様(ごしんさま)ではございませんか」
「おや?」
 同時にお絹も、聞いたような声だと思いました。
 それにしても、やっぱりまだあんな黄いろい声で、御用聞程度のほかのものではないと思っているから、聞いたような声ではあるが、誰がどうとも見当がつかないでいると、
「神尾様の御新様、お絹さまではございませんか、わたくしは忠作でございますが」
「あっ」
 お絹は、なぜ、今まで、それならそうと気がつかなかったかと思いました。
 忠作、忠作! 最初からちっとも違っていなかったのだ。
「まあ、忠どんかい」
「どうも御無沙汰を致しました」
 裏木戸は苦もなく開放されて、
「どうして、ここがわかったの」
「築地の異人館で聞いてまいりました」
「異人館で……」
 さすがのお絹も、忠作のたずねて来たことが、あまりに意外であったものだから、全く面食(めんくら)ってしまったようでした。
「まあ、ともかく、こっちへお入り」
「御免下さいまし」
 郡内の太織かなんぞに紺博多の帯、紺の前垂、千種(ちぐさ)の股引(ももひき)、隙(すき)のない商人風で固めた上に、羽織とも、合羽(かっぱ)ともつかないあつしのつつっぽを着込んで雪駄(せった)ばき――やがて風呂敷をかかえ込んで、お絹に案内され、お花を活けかけている主膳の居間へ通され、きちんとかしこまったところは、以前よりはまたいっぱしませている。
 お絹は、この少年とも、少しの間、生活を共にしたことはあるのです。
 この抜け目のない金掘少年を徳間峠の下からそそのかして連れ出した。そうして二人が神田のある所で寄合世帯を持ったのも、そんな遠い昔のことではないのだが、それはおたがいに利用し合うという狡猾(こうかつ)な腹から出たのだから、むろん浮気っぽい後家さんが、子供俳優を可愛がろうというような気分であろうはずもなく、お絹は、この目から鼻へ抜ける山出しの少年を利用して、自分の番頭兼事務員としようともくろみ、忠作の方ではまた、お絹の持っている小金をやりくりして自分の足場にしようとの腹でしたから、二人の生活は飽き飽きしていたのだから、貧窮組の騒ぎや、浪士の掠奪(りゃくだつ)で破壊されるのを待つまでのことはないのでした。
 その後はおたがいに何のわだかまりもなく、消息も無かったのが、今日になって、わざわざ先方から探し当てて来たのも思いがけないものだが、本来、浮気そのもののお絹は、年下の若いのにわざわざ訪ねて来られてみると、金と算盤(そろばん)のほかには目の無い若造だと知りつつも、悪い気持はしないで、かえってまた、多少の昔懐かしいものさえ湧いて来て歓迎する。
「よく、ここがわかったねえ」
「実は御新様、あなたが、築地の異人館においでなさることをね、お見かけ申しましてね、あなたが異人さんたちと深く懇意にしていらっしゃる御様子ですから、それで一つ、お頼みがあってあがったようなわけなんですが」
と忠作は、一別来の挨拶の後にこう言って、用件の前置をしました。
 無論、この少年のことだから、単に昔の人を懐かしがって、御無沙汰お詫(わ)びに来たのではない、来るには来るで、何かつかまえどころがなければわざわざやって来るはずはない。つかまえどころというのは、何かこの機会に自分の得(とく)になるようなきっかけを掴(つか)みたいから、やって来るものであることは疑いないのだが、それがこっちも一口乗っていいことか、悪い無心か、その辺は多少無気味である。
「何ですか、言ってごらんなさい」
「異人館の番頭さんに、わたしをひとつ、御紹介していただきたいんです」
「へえ、そうして、どうしようと言うんです」
「実はね……御新様、これからの商売は異人相手でなければ駄目です」
 そら来た、この若造、どのみち商売に利用の意味でなければ、得の立たないところへ御無沙汰廻りなぞする男ではない。
 そこを忠作は透(す)かさず、次のように説きたててしまいました。
 自分も、いろいろ商売に目をつけているが、どうしてもこれからは異人相手でなければ、大きな仕事はできないということをつくづく悟りました。
 今、日本の国の諸大名が、大きいのは大きいように、小さいのは小さいように、みんな鉄砲を買いたがっているが、その鉄砲も異人から買わなければならない、私も一つその取引をやっているが、なにぶん仲買のようなもので、自分が直接に異人と取組めないのが残念でたまらない。
 ところで、日本の国が今、西になるか、東になるか、外国に取られるか、取られないかの境だというが、異人さんの方の説では、なあに異人だって、日本の国を取ろうというつもりはないそうで、日本の国と商売ができさえすればいいんだから、異人も相談して、なるべく日本の国を乱さないように骨を折っているということだ。
 そこで、日本の国の政治がどっちへどうなろうとも、やがて落着けば、一切、異人相手の仕事ということになるはきまっている。だから、もう自分は将来、専(もっぱ)ら異人向きの商売をと決心してしまいました。
 その商売のうちにも、鉄砲や軍艦ばかり、売ったり買ったりしているのが商売ではない、ゆくゆくは、向うに無い品物と、こっちに有り余る品物との交易が、盛んになるにきまっている、そこが目のつけどころなんです。
 現に異人はシルク、シルクと言って、日本の絹をばかに好くんですね、そこでわたしは、日本中の絹と生糸を買い占めて、異人に売り込んだら、ずいぶん大仕事ができると見込みましたよ。幸い、わたしの生れた甲州や、その隣りの信州なんぞでは、田舎家で一軒として蚕を飼って糸をとらないところはありませんからね、島田糸なんぞにして家(うち)で着用(きよう)にしたり、その残りは八王子だとか、上州だとか、機場所(はたばしょ)へ売り出すんですが、あれを買い占めて浜から異国へ積出すんですね。
 これは確かに儲(もう)かりますぜ。私はそれをやってみたくてたまらないが、差当っていちばん困るのは異人さんに信用がないことです。異人というやつは、信用すればどこまでも信用するし、信用しなければ、てんで相手にしないんですから、どうしたらその異人に取入って信用がとれるか、それに一生懸命苦心して、このごろはしょっちゅう築地の異人館附近に立廻っているが、言葉はわからないし、ひきはなし、どうしても異人へ信用を売りつけることがむずかしいと苦心し切っていたところへ、偶然あなたのお姿を異人館で見かけました。
 しかも、あなたの異人さんとの交際ぶりが、ずいぶん親密な御様子ですから、こいつ占めた! と思いました。
 御新様の前ですけれど、異人は、女にのろいものですね、男は滅多に信用しませんけれど、女だというと直ぐ参っちまいます。それもそうです、男には例の尊王攘夷で異人さんの首を狙(ねら)うのがうんといますけれど、女にはそんなのはありませんからね、そこで異人は日本の女を大へん好くんです……ところが、日本の女は慾が無いんですね、そこへつけ込んでうまく異人に取入ればいいのに、日本の女にはそれだけの腹がある奴がありません、降るアメリカだのなんだの見識ばって――
 というような減らず口から進んで、どうかお絹の手で、自分をしっかりと大資本の異人さんに紹介してもらいたい、いったん異人さんに紹介してもらいさえすれば、それから以後はこっちにも自信がある、腕を見せての上で、信用を博してみせることは請合い、ぜひひとつ、この紹介を頼みたいという要領を、かなり能弁で説き立てました。
 聞いていたお絹は、相変らず一分の隙もない慾得一点張りの註文だが、これはこの若造として壺を行っている註文であって、自分としても、叶えてやっても損にならない性質のものだと思いました。
 単に手引をしてやりさえすれば、事実それから先は、どれほどのことをするかわからないと思わせられます。もう一ぺんこの若造と組んで、これを手代として仕事をやらせれば、こんどは以前のような日済貸(ひなしが)しと違い、七兵衛のように資本(もとで)なしでかき集めて来るのとも違い、もっと明るく、おおっぴらに大儲けができるのだ。次第によってはこんなのが、三井や鴻池(こうのいけ)を凌(しの)ぐ分限(ぶげん)にならないとも限らない、全く金で固まった面白くもない若造だけれども、こんなのをこっちのものにして置くのも不為めではない。
 そこでお絹は、一も二もなく、この昔馴染(むかしなじみ)の若造を、異人にうんとよく売りつけてやろうという気になって、快く頼みを引受けた上に、うんと御馳走をして帰してやりました。

         二十一

 与八と郁太郎(いくたろう)を除いた武州沢井の机の家の留守の同勢は、あれから七兵衛の案内で、無事に洲崎(すのさき)の駒井の根拠へ落着くことができました。
 その道程は、江戸までは普通の道、江戸橋から曾(かつ)てお角さんも行き、田山白雲も行った通りの船路をとったもので、天候も無事であった上に、同勢の健康にも変りはありませんでした。
 駒井もこの一行の来てくれたことを、無上の悦びとも、満足とも、思い設けぬ自分の一粒種(ひとつぶだね)の登というものを見ると、今まで曾て経験しなかった、現在、血をわけた親身(しんみ)というものの情愛を思い知ると共に、この子の母としてのお君という薄命な女のために、新たなる創痍(きず)を胸の中に呼び醒(さ)まされて涙を呑みました。
 お松という子の珍しい殊勝な性格が、駒井を感服せしめたのも、久しい後のことではありません。
 こうなってみると、一日も早くこの一行を収容して、別な天地に向って乗出してみたくもあるし、また周囲の事情がそれを急がせもする――というのは、例の誤解やら、圧迫やらが、一旦は退いたりとも、その後、いよいよ□醸(うんじょう)を深くしていることは確かで、その辺の空気が緩和するには、ともかくも一刻も早くこの所を撤退するをもって最も賢明とすることは、何人よりも駒井がよく心得ている。
 そうして船そのものも、動かす分にはもうすべてに差支えが無くなっている。動かして近海を航海する能力にも自信を持ち得るようになっているし、問題はただ大砲だけのものだが、あれは有ってもよし、無くてもよい。むしろ自分たちの理想のためには無い方がいいようなものだが、それでも万一の備えと工夫していたあれも、九分通りは出来上っているが、試射と、据附けとが残されている、もう一週間もしたら、万事解決するだろう。
 乗組人員としては、さし当り自分のほかには、
画家、田山白雲
七兵衛
お松

清澄の茂太郎
兵部の娘
支那少年金椎(キンツイ)
マドロス
乳母
 このほか、機関方、船大工として造船所の方に、
松吉
九一
十蔵
の三人が残してある。なお漁師の太造という老人とその孫が一人、行きたがっているから、それも予定のうちに加えてある。
 これで都合十五名の乗組になるが、ゆくゆく、都合次第ではこの倍数を収容する設備は充分に整っている。
 そこで、この以前から、船内の設備や、食料品の積込みはすっかり手を廻して、いずれも出帆のできるようになっているが、人事方面でただ一つの心がかりなのは田山白雲の消息です。
 香取、鹿島だけで帰るということだから、もう帰っていなければならないのに、杳(よう)としてその便りが無いのは、心配といえば心配だが、あの先生のことだから、途中、何か遊意勃々(ぼつぼつ)として湧くものがあって道をかえたのか、そうでなければ、会心の写生に熱中して帰ることを忘れているのだろう――
 とにかく、自分としては、このまま船を行方(ゆくえ)も知らぬ外洋へ向けて出発せしめんとするのではなく、ひとまず陸前の石巻(いしのまき)へ回航させて、かの地を第二の根拠として、なお修復と改良を加えてからのことだから、仮に先発してみたところで、石巻へ同志を呼び集めるのは至難のことではない。
 そう思い立つと、駒井は一日も早く出帆するに越したことはないという気分に迫られ、乗組一同もまた、喜んで出帆の一日も早からんことをせがんでいるくらいです。それと一方、毎日毎日、番所や造船所を三々五々としてうろつくならず者や、土地の住民らの目つき、風つきの険しくなるのとに迫られ、天候も見定めたし、そこで駒井も、いよいよ明早朝に出帆のことを一同に申し渡し、そうして今晩はこの番所で、立退きの記念の意味での晩餐会を開くことになりました。
 そこで、今晩の晩餐の席は甚(はなは)だ賑やかで、楽しいものでありました。料理主任の金椎は一世一代の腕を振うところへ、マドロスが船房仕込みの西洋味を加えようと力(りき)んでいる。
 お松ともゆる女とは、それぞれたしなみの身じまいをして席の斡旋役に廻るし、乳母は登を椅子に安定させて置いて、自分は給仕に奔走する。
 清澄の茂太郎は、登に対して兄さん気取りで子守役に当り、やたらに得意の出鱈目(でたらめ)をうたって聞かせる。七兵衛はその間に立廻っての肝煎役(きもいりやく)――それから駒井を真中に、一同が食卓についてからその賑やかさというものは、今宵限り立って行く名残(なご)りのことも、明日は海を渡って見知らぬ遠方に行くという念慮も、すっかり忘れてしまって、石女(うまずめ)も舞い、木人も歌い、水入らずの極楽天地であります。
 こうして、すべてが泰平の和楽に我を忘れて興じ合っているのを見て、当然これに捲き込まれた七兵衛が、急になんだか物悲しくなってたまらなくなりました。この老幼男女が打群れて、興がようやく乗ってきた時に、七兵衛の頭の中にポカリと穴があいて、そこからなんともたまらない悲しみの風が濛々(もうもう)とこみ上げてきました。
 七兵衛自身でも何が今、自分をこんなに悲しいものにしたのか、ちっとも分りませんが、ひとりでに悲しくなって、悲しくなって、もうとめどなく涙がこぼれ返って来て、隠そうにも隠すことができなくなったから、ぜひなくことにかこつけてこの席を外(はず)し、そうして歓楽の室外へ一歩出て行って見ました。
 どの室も早やよく取片づいていて、すべての人気(ひとけ)というものが、あの晩餐の席へ集中されてしまっただけに、ほかの部屋のガランとした淋しさ、もうすでに主無き家という気分が、ひしひしと身に迫るのを感じてみると、七兵衛はここでもたまらなくなって、ほとんど声をあげて泣こうとして僅かにそれを噛(か)み殺してしまって、我知らず馳込んだのは、駒井の常に研究室とするところの部屋であります。
 さいぜんまでは守護不入になっていたこの研究室も、明日立つことになってみれば、すっかり開放されている。その中に走り込んだ七兵衛は、いつも駒井が研究に疲れた眼を放つところの窓に来て、そこにしがみつきました。
 何だか知れないが、涙だ、涙だ。こんなめでたい鹿島立ちの席に、みんなが無邪気に興が乗ればのるほど悲しくなって、どうしても意地が張りきれないのは、自分ながらどうしたものだ。
 ああ、たまらない。

         二十二

 だが、七兵衛は泣いているわけではないのです。ただ、無限に悲しい思いがするだけで、それが、何の理由に出でるか、よくわからないのみですから、すべてに於て取乱すというようなことはありません。
「ああ、忘れられた奴がまだ一つあるわい」
 今、七兵衛はムクの物(もの)の気(け)を感じたのです。ムクはないたわけでも、吠(ほ)えたのでもないけれども、この窓の下へ歩み寄って唸(うな)っているのはムクだ――ということを七兵衛が感得しました。
「ムク!」
 この犬が、この頃に至って、自分というものに対する敵意をすっかり取払ってくれたことは、七兵衛にとって驚異でなければならない。
 今晩、この犬は忘れられていたのだな。本来ならば、この犬にも今晩の食卓の一席を与えてしかるべきものであった。誰もムクをと言うものもなかったのは、ムクを忘れたのではない、忘れねばこそというわけなんだろう。七兵衛は、今まであけなかった窓を開いて見ると、果して巨大なるムク犬が前面を過ぎて行くのを見ます。窓をあけられた途端にちょっとこっちを振返って挨拶をしたままで、また、のそりのそりと暗いところをあちらへ向けて歩んで行く、その体(てい)を見ると、忘れられようとも、忘れられまいとも、この番所の夜を守る責任はかかって我にあるのだ――人を心置きなく楽しませるためには、自分が間断なき警戒を必要とするという忠実なる番犬の心と言うよりは、名将は士卒の眠っている間、自身微行して歩哨(ほしょう)の戒厳を試むることあるというにも似ている。
 七兵衛はそれを見ると、尊(とうと)いような気がしました。内で、一切を忘れて清らかな興に耽(ふけ)っている人たちも尊いが、こうして忘れられながら夜を守っている犬も尊い。どちらも尊いが、自分だけが、どちらにも一方になりきれないことを、またひとしお悲しく思われないでもありません。
 こうしてムクの歩み行く方向を見ると、暗い中でも物を見るに慣らされた眼が、ハッキリと、自分のこしらえた生田(いくた)の森の塀(へい)と、それから築(つ)き出した逆茂木(さかもぎ)へと続いて行きました。
 今までこみ上げて来た感情のために、それがうつらなかった。人がいる、人がいる。先日来、大挙して騒々しく示威運動を海辺で試みていたのが、この二三日、ぱったり止まったのもおかしいと思った。見れば、自分が引いたその逆茂木の下を、幾多の人間が腹這(はらば)いになっている、それからあの石垣のところにも、たしかに人がぴったりひっついている。
 おお、おお、一人や二人の人じゃない、ほとんど物蔭という物蔭には、みんな人がへばりついて忍んでいる。ああ、今晩、合図を待って、一度に攻め寄せる手筈になっているのだ。
 それを気取(けど)った時に七兵衛は、駒井に注進をしようとあわただしく窓の戸をとざす瞬間、下で轟然(ごうぜん)たる音がすると共に、その戸をめざして一つの火の玉が飛んで来ました。
 火の玉というよりほかはない、七兵衛は危なく身をかわしたけれども、火の玉は室内へ落ちてパッと燃えひろがりました。幸い、七兵衛は自分の身になんらの異常を覚えなかったから、その爆発した火を飛び越えて廊下へ出てしまいました。
 この出来事を、興半ばなる一座の者を驚かせずして、駒井だけに注進するわけにはゆきませんでした。仰天する一座を一室にかたまらせて置いて、七兵衛は駒井を案内して、以前の爆発の場所へ連れて来ました。
 そのあたりは、一面に煙硝(えんしょう)の臭気はするが、火は消えてしまっている。外部からもなんら闖入(ちんにゅう)の気色はない。提灯を点(とも)して用意深く検分した結果は、七兵衛を驚かした火の玉なるものは、大砲を打ち込んだわけでもなければ、爆弾を投げたのでもなく、この辺でよくやる花火の筒をこちらへ向けて打ちこんだのだから、どう間違っても、ボヤか、火傷以上の害を加えるものでないということを駒井は見届けたけれども、その時、石垣の下から、塀、逆茂木(さかもぎ)から海辺へかけての生田の森が、ワッと喚声でわき上ったことです。同時に、一帯がうすら明るくなると共に、二発、三発と続いて轟然たる爆発の音が起りました。
 ズドーン
 ズドーン
 といっても、本来はコケおどしで、海岸で急に花火を揚げ出したまでのことですが、その花火も示威脅迫の音を含んでいることは勿論(もちろん)で、今の二三発は確かに上へ向けて放ったが、やがてその次は、また最初のようにこちらへ向けて飛び込ませないとは限らない。
 この分では、今夜こそ彼等は、焼打ちをはじめるかも知れない、こちらを焼打ちするくらいだから、船の方もあのままで置くはずがない、双方取囲まれてからでは遅いから、今のうち御一同は船へお引揚げなさい。
 この連中を相手に応戦することの無益なのは勿論だから、七兵衛の提議で、こういうことになりました。殿様はじめ一同は、一刻も早く船へ避難なすった方がよい、あとのところは、私がどのようにでも引受ける。
 今のうち、同勢にムクを護衛として船まで御避難なさる分には何でもない、あとは私が喰い止められるだけ喰い止めて、それから単身(からみ)でお船へ馳けつけます。なあに、私の身の上なら御心配には及びません、こんな連中に囲まれようとも、追いかけられようとも、それを抜け出す分には何でもありませんから、私の方は御心配なく。あなた様はじめ女子供たち、それの避難が何よりの急でござります。万一、私が後から馳けつけるのに手間がとれ、悪い奴がお船の方を囲むようなことにでもなりましたら、私におかまいなくお船を海へ出しておしまい下さい。
 再々申し上げる通り、私の方はどうにでもなります、うまくこいつらが退却すれば、ここに踏み止まって田山先生のお帰りを待って、あとからお船をお慕い申して、陸路をその奥州の石巻とやらまで走(は)せ参じてもよろしうござります。
 その辺は一切、御心配なく、どうか一刻も早くこの場を御避難下さるように。
 七兵衛のいうところに理があるのみならず、こうして立ち話をしている間にも、寄手の人数が続々と増して来るのは明らかで、今までなるべく暗くしていたのが、爆竹のように焚火をはじめたかと思うと、また轟然たる響、大砲ではない、花火をまたしても打ち込んで、物置の裏あたりへ来て爆発させたもののようです。
 同時に、今まで声を立てなかったムクの凄(すさ)まじい吠え声が起りました。その声は、攻めていいのか、守っていいのか、大将の命令を促す吠え声なのです。つまり、群がる寄手の中へ走り込んで戦うべきであるか、或いは主従この場をお立退きならば、不肖ながら拙者がその先導なり、殿(しんがり)なり勤めまする、いずれにしても猶予は禁物――との陣触れを、七兵衛と呼応して促すものにちがいありませんから、駒井も決心しました。
 まもなく、七兵衛の献策通り、ムクを先導に、駒井とマドロスとが前後に警衛となって、楽しい晩餐の席の女子供のすべてが、造船所へ向って闇の中を急ぐのを見ました。同時に、番所に踏み止まった七兵衛は、どういう了見(りょうけん)か、今まで暗くしてあった大手の方へ向いた番所の室々へすっかり明りを点けて明るくしてしまい、自分はその部屋部屋を走(は)せ廻(めぐ)って、処分の残るものはないか、大切の品であるべくして置き忘れたものはないか――その辺の検(しら)べをはじめました。
 番所の中が一時に明るくなったと見ると、外の寄手は一時、鳴りを沈めていたようでしたが、やがて山の崩れるようなトキの声を一つあげました。
 それと共にまた轟然(ごうぜん)たる一発、物置の屋根へ落ちてそこへ火がついたのを窓越しに見た七兵衛――奴等、最初のうちは、奴等のイカサマ大砲と違ったすばらしい洋式の本物がこっちにあって、そいつの仕返しを怖れていたに違いないが、こっちが相手にならないと見て、コケ嚇(おど)しを打ち出したな。
 おやおや、この部屋は田山先生のお部屋だな、ほかの部屋部屋は残りなく船の方へ移されているけれども、このお部屋だけはそっくりだ、失礼だが、たいして金目のものは無かりそうだが、お描きになったものがたくさんある、他人には分らないが、御当人にはずいぶん丹念な種本かも知れない、これを暴民共に滅茶滅茶にさせてはお気の毒だ、ひとつ掻(か)き集めてこの袋に入れて、ともかくもお船へ移して置いてあげよう。
 外では、大砲ではない花火の筒を横にしたのが、
 二発、
 三発、
 轟々――
 台所のあたり、たった今の晩餐の食堂のあたりも急に明るくなった。さあ、からめ手へ火が廻った。
 七兵衛も、有合わす麻袋へ田山白雲の作物や画具を手当り次第に投げ込んで、それを荷って、もうこれまでと庭へ躍(おど)り出した時に、
「そうれ、魔物がいた、切支丹のマドロスが、袋を担(かつ)いでそっちへ逃げた」
 七兵衛の姿を認めた寄手の叫び声。
「今、袋を背負った魔物が向うへ駈けて行った、早いのなんの、飛ぶように駈けて行った、船の方へ逃げたに違えねえ、それ、造船所へ押しかけろ、船をぶち壊して魔物を生捕れ! 一人も逃がさず、国賊に天誅(てんちゅう)を加えろ!」
 口々におめき叫んで、造船所をめがけてなだれかかったのです。
「天誅!」
「切支丹バテレン!」
「国賊、毛唐、マドロス、ウスノロ!」
 やがて、造船所の界隈が群集の暴動と焼打ちの的になりましたが、建物と違い、船は動くように出来てありました。
 群集の狼藉(ろうぜき)を蒙(こうむ)る以前に、船はゆらりゆらりと船渠(ドック)を出てしまいました。
 花火大砲も届かず、悪口雑言も響かぬところに、悠々として辷(すべ)り出してしまった船の形が、闇の波の中に鉄(くろがね)の橋を架けたように浮き進んでいるのを、暴民らは如何(いかん)ともすることができず、手を振り、足を踏んで、徒(いたず)らに叫びわめくのみでありました。

         二十三

 郁太郎を背負うた与八が、大菩薩峠を越えたのはあれから三日目。峠の上には雪がありました。
 ここには自分の建てた地蔵菩薩、その台座のあとさきに植えた撫子(なでしこ)も雪に埋れたのを掻(か)き起して、あたり隈なく箒をあて、持って来た香と花とを手向(たむ)ける。
 幼きものを御衣(みころも)の、もすその中に掻き抱き給うなる大慈大悲の御前(おんまえ)、三千世界のいずれのところか菩薩捨身の地ならざるはなし、と教えられながらも、特にこの地点が与八のためには忘れられないものにもなり、立去り難いものにもなるが、何をいうにも六千尺の峠、時は初冬、天候の程も測りがたない、背に負うた幼な児の上を思うても下りを急ぐに如(し)かずと思い直しながら、なお立去り難いこの地点に、地蔵様をうしろにして暫く立って眺むるこし方(かた)の武州路。
 ここを下れば、もうその武蔵の国の山は見納めということになるのだ、と思えば尽きせぬ名残(なご)りはあるけれど、見返ることは徒らに、無益の涙を流して愛慾の葛藤を増すばかり。
「さあ、お地蔵様、お大切(だいじ)にござらっしゃれませ――いつまたわしらは帰って来られるか、来られねえか、そのことはわからねえでござんすが、それでも、諸国修行のことが無事に済みました暁は、またここの地点でお目にかかりまする。わしらの故郷といっては、どこがどうだかわからねえでございますから、無事に諸国修行が済みましたら、東西南北を合わせて、わしらはひとつこの峠に草(くさ)の庵(いおり)というようなものを建て、この世の安楽と後生の追善のために、ここでお地蔵様のお守をして一生を暮したいもんだと心がけてはおりますがねえ……」
 与八は再び跪(ひざまず)いて、自分のこしらえた地蔵菩薩にお暇乞いを申し上げ、
「南無帰命頂礼(なむきみょうちょうらい)地蔵菩薩――お別れのついでにこの笠をさし上げましょう、峠の上は下界より嵐がひどいことでござりますから、たとえ一晩でもこの笠で雨露(あめつゆ)お凌(しの)ぎ下さいまし」
 自分の持って来た菅笠(すげがさ)を、台座に攀(よ)じ上って地蔵菩薩の御頭(おんかしら)の上に捧げ奉る。
 姫の井の道、見返りがちなる大菩薩峠の辻――木の間枝のはずれから、いつまでも見えるあの笠。菩薩も笠を傾けて送り給うと見ゆる。
 姫の井の道を、左に広やかなかやのを見て歩いて行くとまもなく大菩薩西の峠の萩原の小平。珍しやここにまだ新しい山小屋が一軒、その以前に見かけなかったものだが、猟師か、山番の小屋か、立寄って見ると締め切った入口に札がかけてある。
「長兵衛小屋
大菩薩峠ノ道ヲ通ル旅ノ人、往々魔風ニ苦シメラルルコトアリ、依ツテココニ茅屋ヲ造リ報謝ノ意ヲ表スルモノナリ、貴賤道俗トナク、叩イテ以テ一夜ノ主ナルコトヲ妨ゲズ
   年月日
嶺麓  大藤村有志」 さては奇特の人ありけり、これもこれ艱(なや)み多き世路をすくわん菩提心の一つ、暫く御報謝にありつかんと、与八は戸を押してみると、容易(たやす)くあいた。中に入って見ると、素人(しろうと)手づくりの山小屋とはいえ、相当に入念の木口――炉も切ってあれば、鉄瓶、手桶、水注、流し元、食器の類も一通りは取揃えてある。
 では、せっかくのことに、今晩はここで一夜を明かさしてもらうべえかな。
 峠の上は寒いとはいえ、この固め切った屋内で、この炉の中に夜もすがら火を焚いて置けば、夜具蒲団は無くともけっこう夜を過ごせる、一歩外へ出れば焚物に不足はなし、外へ出るまでもない、炉辺には、もう夥(おびただ)しい薪が、しかも程よく割り揃えて山のように積みこまれているではないか。
 おお、この戸棚をあけて見ると、薄いながらも夜具が一組、やあ、こちらには米も、塩も、醤油までが使い残されている。
 与八は、この小屋を建てて、普(あまね)く道行の人に施さんとする有志の功徳の親切なることを、世にも有難く思い、行き暮れた旅人が、これによって、どのくらい救われたかの記念を、さまざまの壁書に見ました。
 それは、まだ新しい板張りの壁に、ほとんど隙間のないくらいに楽書が書かれてある。かなりの長い文句を書いたのもある、歌や、発句のたぐいを書いたのもある、単に何月何日同行何人と、その名前だけを記しているのもある。
 与八は浅からぬ興味をもって、その長短錯落した楽書を、次から次へと読んで行きましたが、ここは相当に教養のある人も通ると見え、与八の学問では読み抜き難い文字も多いけれども、あとを辿(たど)って見ると、
「われら二人、やみ難き悩みより峠を越えて江戸へ落ち行きます、江戸で一生懸命働いて、皆様に御恩返しをするつもりでございます。
   月日
あやめ大吉」と書いたのは戯れとは思われない。この文面で見ると、女の筆で現わされている。してみれば、若い夫婦か、恋人同士が、家庭の折合いつかず、やみ難き悩みのうちに相携えて江戸へ走るために、国を去るの恨みをとどめた心持がわかると共に、この若女房と思われる人の才気のほども思われないではない。
菩薩未成道時 以菩提為煩悩
菩薩既成道時 以煩悩為菩提
と達筆で認(したた)めたのは与八の学問には余る。
蓮の花少し曲るも浮世哉(かな)
と、古句か近句か知らないのを認めっぱなしで年月もところも入れてない。
失恋ノ悩ミニ堪ヘ兼ネテ今月今日此ノ処ニ来レリ
と、若い男の筆で書いてある。
来てみればさほどでもなし大菩薩
とぶっつけたのもある。
我慢大天狗
邪慢大天狗
打倒大天狗
と走らせたのもある。
借金スルノハツライモノ
鍋釜マデモミンナ取ラレテ
スツテンテン
と、途方もない自暴(やけ)を飛ばしたのもある。そうかと見れば、また一方にやさしい女文字、
「三寸の筆に本来の数寄を尽して人に尊まれ、身にきらを飾り、上も無き職業かなと思ひし愚さよ――我も昔は思はざりしこのあさましき文学者、家に帰りし時は、餅も共に来(きた)りぬ、酒も来りぬ、醤油も一樽来りぬ、払ひは出来たり、和風家の内に吹くことさてもはかなき――」
 何の意味とも知れないが、その筆つき優にやさしく、前の大吉、あやめの二人名の女文字になんとなく通うものがありとすればありと見られ、その筆のあとに血が滲(にじ)んでいると見れば見られてたまらない。
 転じて、西に向いた方を見ると、
「最モ美シイ芸術ホド、自分ノ最モ悪イコトヲ自覚シテヰル人間ノ作ニ成ルモノデアル」
と焼筆で走らせたものもある。その次には、
大魚上化為竜 上不得獣額流血水為舟
 これも与八にはちんぷんかん。
 更に一方の上壇、白檀張(びゃくだんば)りの床の間とも見える板の表には、
平等大慧音声法門
八風之中大須弥山
五濁之世大明法炬
 いともおごそかに筆が揮(ふる)われているのを見る。

         二十四

 かくて、七里村恵林寺へ着いた与八。折よく慢心和尚は在庵で、与八を見て悦ぶこと一方(ひとかた)ならず、ここにまた当分の足を留める与八。
 昼は、与八は寺男のする寺の内外の雑役の一切を手伝った上に、寺所有の山へも、畑へも行く。随所に郁太郎を連れて行って、しかるべきところへひとり遊びをさせて置くが、郁太郎は極めておとなしい。
 夜になると、与八独特の彫刻をする。寺男としては二人前も三人前もらくに働き、彫刻師としては、稚拙極まる菩薩を素材の中から湧出せしめて、欣求(ごんぐ)の志を顕(あら)わす。
 かくて菩薩像の一躯が成れる後、それを和尚に献じてはや出立の暇乞(いとまご)い。
 和尚も志に任せて強(し)いては留めず、
「与八、お前に餞別をやる」
と言って、合掌の印を結ぶことを与八に教えました。
 合掌の印といっても、別段、慢心和尚独特の結び方があるわけではなし、自分の手を胸で合わせて見せて、物を拝むにはこう拝むものだとして見せただけのもの。
 与八はそれを見て、有難い拝み方だと思いました。拝むのに有難くない拝み方というものもあるまいが、あの和尚様のように、ああすると、形そのものからまた別に有難味が湧いて来る、わしもああして拝むべえ……与八は、和尚の合掌を真似(まね)てみせると、
「おお、それでよしよし、これがわしからお前への餞別じゃ。道中、いかなる難儀があろうとも、その合掌一つで切り払え。およそいかなる賊であろうとも、その合掌で退治られぬ賊というものはない、いかなる魔であろうとも、その合掌で切り払えない魔というものはあるものではない。一寸なりとも刃物を持つな、一指たりとも力を現わすなよ、われと我が胸へ合わするこの合掌が、十方世界縦横無礙(むげ)、天下太平海陸安穏の護符だよ」
 与八はそれを、なるほどと信じました。
 それから和尚は、更に老婆心を尽して言うことには、
「これから先、どこへ行こうとも、縁あるところがすなわちお前の道場じゃ。わしは指図をするわけではないが、お前、気があったら、これから有野村の藤原というお屋敷へ行ってみろ。そこでは先日、家が焼けて、再建の普請の最中だから、お前のその力で働いてやれば、本当の建直しができようというものだ、行ってみる気があるなら行ってみろ」
 こう言われて、与八はそれこそ、また時に取っての縁――ともあれ、その有野村の藤原家というのへ踏出しの縁を置いてみようという気になって、ここを出立しました。
 その道中――といっても五里から十里までの道、同じ甲斐(かい)の国中の有野村のことですけれど、与八としては、ここまでは知己をたよるということもあったけれど、これから先は何も無い――本当の見知らぬ旅の気持になりました。

         二十五

 無心で通り過した甲府の城下――その昔、ここで、自分たちに縁を引いたそれぞれの人たちが、腥風血雨(せいふうけつう)をくぐり歩いた昔話も、与八は一切知らぬが仏――こんな山国の中に、またたいそう賑やかなところがあったもの。郁太郎のためにおもちゃと菓子とを買い与え、自分は茶屋へ寄って弁当で腹をこしらえて、いざ出立。無心で来て無心で過ぎてしまった甲府の城下。
 やがて釜無の川原――弁信法師が曾無一善(ぞうむいちぜん)の身に、また□(しんにゅう)をかけられたところ。琵琶が虐殺されて、肝脳を吐いていたところ。与八のためには遮るものも、脅(おびやか)すものもなにも無い。竜王川原を越ゆれば有野村。

 村へ入ると、もう問わでもしるき藤原家の大普請。木遣(きやり)の声、建前の音ではや一村が沸いている。
 慢心和尚の紹介は地頭の手形よりも有効で、与八は直ちにこの工事の手伝役にありつく。
 与八の体格の肥大であることと、子持ちの労働夫ということが、工事仲間の眼を惹(ひ)いたけれども、それも束(つか)の間(ま)、やがて与八は、この多数の工事人夫の間に没入してしまう、没入して現われないほどによく働いたが、どうしてもまた浮び上らなければならない。それは、第一によく働くこと、第二には総てに親切なこと――珍しい稼ぎ人が来たものだという評判が、それからそれと伝わって、彼の現われるところ、おのずから薫風(くんぷう)の生ずる有様を如何(いかん)ともすることができませんでした。
 ある日、この工事が、本邸の雨滴(あまだれ)の境に据えるところの磐石(ばんじゃく)の選定に苦しみました。
 石は多いけれども、大きくして、そうして雨滴の下に用うる風雅と実用とを兼ねた石が、かねて寄せられたもののうちに急に見つからなかったために、石探しの一隊が組織されました。
 一隊の者が、ここへ据える石を、この近所から物色して来るために派遣されるようになって、与八もその一隊の中へ加えられることになったのです。
 といっても境外へ出る必要はなく、この広大な屋敷のうちを物色することによって、適当のものが見つかるべきはずである。この一隊が、お正午(ひる)休みを利用してその目的のために、ブラブラと出かけるには出かけたが、さて探すとなれば、やっぱり有るようで無いもの、大きさにおいて適当と見れば形に於て整わず、形において面白いと見れば容積が足らず、あれか、これかと評議しながら一行がゆくりなくもやって来たのは、悪女塚の下です。
 この悪女塚を築いた当の暴君は、ただいま旅行中であること申すまでもないが、与八としては、その施主(せしゅ)が旅行中であったにしても、ないにしてもやむを得ないが、同行の一隊の者が全く素人(しろうと)であったことが悲しいことでした。ここに来合わせた者が、悪女塚の悪女塚たる因縁を全く知らない者ばかりでした。
 そうでしょう、お銀様のいる時には、気持を悪がってこんなところへ近づく者はないくらいですから、施主がいなくなってみれば顧みる人すらない。あの当座、知っている者だけが知っていて、知らないものはてんで知らなかったのですから、ここへ来合わせた者がすべて偶然のような工合で、「妙なもの」があることを、この時はじめて発見せしめられた者のみでした。
 そこで一同は、この異様なグロテスクを怪訝(けげん)な面(かお)をして右見左見(とみこうみ)していたが、本来の目的はこのグロテスクを眺むることではなく、単純に雨滴石(あまだれいし)を求めんがためでありました。ところが、偶然にも、このグロテスクの下に於て、ほぼ理想に近い石を発見し得たことです。
 あの土台の下になった蓮華(れんげ)のような形をした一枚石――あれがいかにも、おれたちの求めるものにふさわしいものではないか、あれを持って行けば棟梁にもほめられる、大旦那の御機嫌にも叶うに相違ない、あれが適当だ――という目利(めき)きだけは、すべての者が一致したようです。
 ところで、繰返して言うようだが、このなかに、悪女塚の悪女塚たる所以(ゆえん)を、ほんの露ほどでも知っていた者があるならば、口を抑えて手を振ったことでしょうが、いずれも知らぬが仏でした。
 塚にさしひびかないように取除くならば、あの一枚を引抜いてもよかろうではないか、そのあとへ、別のしかるべきのを見つくろって嵌(は)め込んで置きさえすれば、差支えはなかろうではないか――ということに一同が一致してしまいました。
 そこで、手もなくその一枚だけを悪女塚の台下から抜き取るということに意見も一致すれば、手も揃ってしまいました。
 まことに景気のいい音頭で、悪女塚の台石一枚を抜き取りにかかったのは是非もないことです。
 だが、無雑作(むぞうさ)に抜き取れるだろうと思ったそれは、存外、念入りの工事のために、なかなか思うように外(はず)せないことを発見しました。それがために、よほど周囲を掘りひろげ、隣石と隣石との間をこじあけなければならないことを覚りました。しかし、本来、幅も行きも知れた石だから、結局は努力の問題だけだという見とおしで、かなり無理をしてこじたけれども、石の食い合せにドコか執念深いところがあると見えて、ようやく困難を感じて、一同暫く息を入れないことには、一気にはやれないことを覚ったものです。
 郁太郎を背負ってこの一行に加わっていた与八は、離れてその掘返しを見ていたのです。
 それは、自分が手を出すまでのことはなかろうと思うし、また郁太郎も背中にあることだし、第一それに与八は、心して力を出すまいと念じていることがあるのです。それは慢心和尚に戒(いまし)められたからというわけではないが、自分の馬鹿力を出すことは、徒(いたず)らに人の驚異と好奇を惹(ひ)くのみで、その結果のよくなかったということを自覚せしめられていることが多いから、道中では人並みの仕事をし、力を出さねばならぬ時には、人に隠れた場所に限るというような戒めを持っていたから、それで、強(し)いて手出しをしなかったのですが、ここでみんながもてあまし出したのを見ると、気の毒になりました。
 なるほど、見たところでは、さほど苦しまずに抜き出せそうであるが、中の食い合せがしぶといに違いない、無理はいけないな、と思っているうちに、やっぱり無理をしたがります。無理引きをしたり、無理押しをしたりしているうちに、周囲にわたっての土台が非常に痛んでゆくことを見ないわけにはゆきません。それに、こんなことでは、この石一枚を外すのに半日かかるかも知れない。これでは、せっかく棟梁に賞(ほ)められようと思ってした仕事が、叱られる様子になるのもかわいそうだ。
 そこで与八は、ついつい手を出してやる気になりました。
「わしがひとっきりやってみますから、皆さん退(ど)いていてごらんなさい」
 一同は、思わず手を明けて与八を見ると、無雑作に寄って来た与八は、郁太郎を背負ったままで、軽く両手をその一枚石にかけたものです。その時に、右の一枚石が与八の手にかかって、ほとんど篩(ふるい)を廻すような軽みで左右に揺れ出したのには、一同が舌を捲かずにはおられませんでした。
 腕に覚えのある屈強なのが十人近くもかかってこじれなかったのを、あの無雑作な動かし方はどうだ。ここへ来て与八の力量の一端が認められたのは、この時が初めてでありましたけれども、不幸にして、それは、徒らに驚異と喝采だけで納まる場合ではありませんでした。
 こうして、与八の手で無雑作に、三つ四つ左右に揺られた石は、もはや抜き取れたと同様の位置になり、それが抽斗(ひきだし)を抜くように抜き出される瞬間に、グッグッと周囲が鳴り出したのは、最初の事情から見れば、あながち無理とは言えなかったのです。
 最初の石の食合せ方が執拗であったところで、それをコジるために、かなり無理をしているところへ、予想外の大力で一度にガタリと埒(らち)があいたものですから、周囲の土石も一層、狼狽(ろうばい)の度が強かったに違いありません。
 与八も飛び退きました、立って舌を捲いていた連中も一時に飛び退きましたから、幸いに人間は怪我をしませんでしたけれども、その石の四方の腰がグタグタに砕けると、塚の頭に立たせ給うグロテスクが、すさまじい権幕で、もんどり打って下へ落ちころがってしまったのです。
 この場合、人間に怪我のなかったことが何よりとして、一同はホッと息をつきながら崩壊の箇所へ戻って来て見ると、塚の上からまっさかさまに落ちたグロテスクは、与八の手によって抜き出された一枚石の角へ頭の頂天をぶっつけたと見え、その脳天の中央へ一つの穴があいたままで、仰向けにひっくり返されている形相(ぎょうそう)、知らぬ者でも一時は身の毛がよだつほどでしたが、
「まあ、それでもよかった、人間の代りにこれ見ろ、生塚(しょうづか)の婆様が脳天へ怪我をして身代りに立っておくんなさった、まあよかった!」
 口々にこう言って胸を撫で下ろしたけれども、何がまあよかった! のだ。
 まあよかったの言葉が、この塚の施主から出たならば、それこそ本当にまあよかったのだが! その施主なるものは旅中で不在とはいえ、やがて戻って来なければならない運命の人なのだ。
 この人の築いた悪女塚をひっくり返しておいて、まあよかったとホザく百姓ばらを、それで許して置く人であるか、ないか――そのことを知り、その場合を想像した者が、このなかに一人もいなかったことが、幸か不幸かそれは分らないが、知っている者が一人でもいたならば、この態(てい)を見て色を失い、為さん術(すべ)を忘れ、そうしてここにいる総ての奴等が、この石で圧殺されてしまおうとも、グロテスクの頂天へ穴を明けなかった方が、どのくらい幸福であったか知れないということに、身も魂もわななかされてしまったに相違ないが……
 ことに、この下手人の筆頭は、何も知らない好人物の他国者、与八であることの、免(まぬか)れんとしても免れられない運命のほどを、この男のために悲しみ、かの旅行中の暴君のために怖れることは想像にも堪えられないはずなのに……
 ここの一同は存外平気で、あとはあとのように相当に修理し、肝腎(かんじん)の悪女様は、手っとり早く元の座に直すというわけにはゆかないから、単に起して、土台石の一つへ立てかけて置き、そうして自分たちは、ほぼ理想通りの石が得られたことの満足で、他のすべてを自分から帳消しにしてしまっているほど好人物揃いでした。

         二十六

 飛騨の高山も、今日はチラチラと雪が降り出しました。
 相応院の一間に、お雪ちゃんは炬燵(こたつ)をこしらえ、金屏風(きんびょうぶ)を立て廻して、そこに所在を求めながら、考えるともなしに考えさせられています。
 白骨へやった久助さんも、今日あたりはどうしても帰って来なければならないのに、今以て音沙汰がない、まだ二三日はどうにか過せるものの、この二三日が過ぎれば、それこそ本当の絶体絶命だということに思い廻(めぐ)らされなければなりません。
 生活問題ということを、今日まで真剣にお雪ちゃんは考えさせられたことはないのです。こうしてお雪ちゃんは、炬燵に屈託しながら、ぼんやりと金屏風をながめていました。
 この痩所帯(やせじょたい)に金屏風だけが光っている、これはお寺の什物(じゅうもつ)の一つを貸してくれたもので、緑青(ろくしょう)の濃いので、青竹がすくすくと立っている間に寒椿(かんつばき)が咲いている、年代も相当に古びがついて、絵も落着いた筆である。
 この金屏風の金と、竹の緑青と、椿の赤いのを見ていると、屈託したお雪ちゃんの心も落着いてくる。
「お雪ちゃん」
 そこへ、屏風の蔭から竜之助が刀を提げて歩いて来ました。
「まあ、先生」
「あんまり静かにしているから、心配になって見に来ました」
と竜之助が言いました。
「いいえ、いい心持で屏風の絵を見ていましたのよ」
「何の絵が描いてあるのです」
「竹に寒椿、ほんとうにこの青い竹が、すっきりとして、その中に椿が咲いているところが何とも言われません」
「それでおとなしかったならいいが、わたしはまた、お前が何か思いつめているのではないかという気がしました」
「そんなことはございません。まあ、お入りあそばせ、おこたがよく出来ておりますから」
 お雪ちゃんが立ち上って、竜之助を誘おうとする時に、もう竜之助は金屏風の中へ廻って刀を置き、お雪ちゃんと向い合せの炬燵の蒲団(ふとん)に手をかけていました。
「寒いね」
「高山も雪でございます、でも、たいしたことはございますまい」
「久助さんから便りがありましたか」
「いいえ、まだ、何しろ、途中が途中でございますからね」
 竜之助は炬燵に添うて横になりました。頭はちょうど寒椿の葉の下になっている、そこへ肱枕(ひじまくら)で、いつもするようなうたた寝の姿勢をとりました。
 お雪ちゃんは、じっとその様子をながめただけで何とも言わず、ただ深々と櫓(やぐら)の下に手を差込んで首を投げるばかりでありました。
 竜之助もまた、それより押しては何とも言いませんでした。
 それでも、竜之助としては、何かお雪ちゃんの心配事を察して、それを慰めるためにわざわざ奥からここまで出て来たもののようにも思われます。さりとて、押しつけがましい気休めを言うのでもない。お雪ちゃんは、そうしてうたた寝をしている竜之助の横顔を見ると、この人はかわいそうな人だという思いが込み上げて来るのを抑えることはできませんでした。
 どこから見ても、いじらしい人だと思わずにはおられません。わたしの姉さんはこの人が好きであったというが、わたしはこの人が好きなのだか、好かれているのだか、そんなことはわからないが、どうもこんな気の毒な人はない、ほんとうにこのかわいそうな人のためには、どんなに尽して上げてもいいという心持でいっぱいになってしまいます。
 そう思って、炬燵(こたつ)の櫓越しにじっとその顔を見つめると、今日はこの人の髪の毛が、男には珍しい黒い毛であることに感心してしまいました。
 面(かお)がやつれて、一層に青白く見えるのは、この髪の毛が黒いせいだろうということを認めずにはおられません。眉毛が迫って、目の切れが長く流れている。あの眼が涼しく明いていたら、どんな光がさしたことかとも思われずにはおられません。あの黒い髪の毛が、痩(や)せた首筋にほつれている、凄いほどの美人の年増の奥様といったような魅力があるのではないか。キッと結んだ口もとには、意地の悪い深いおとし穴がある。
 あの強い腕にしっかりと抑えられて、あのおろちのような唇が開いた時、あの黒い髪の毛のほつれが頬にさわる、近く寄るとあの蒼白(あおじろ)い顔の色が蝋(ろう)のように冷たくなっている、けれども、蝋よりも滑らかになっているのに、あの唇からは火のような毒。
 ああ、かわいそうな人――心からいたわってやりたい。こうしているうちにも飛びついて、「ああ、先生、わたしは本当にあなたが好きでした」と、あの冷たい頬に、温い血をのぼらせてあげたい。あたしの姉さんはこの人に殺されたような気がするけれども、でも憎めない。わたしだって殺されてあげたっていいことよ。ほんとうにどうして、この人のために、こんなに尽してあげなければならないのか、わたしはこうしてうかうかと、一生を誤ってしまっているのではあるまいか、それも誰のためだと思います。
 ほんとうに、先生、これからのわたしを、どうして下さるの……
 お雪ちゃんは、竜之助の面を見ているうちに、何ともいえない物狂おしい心持でからだのうちがわき立ってきました。
 その時に、外で、
「こんにちは……」
 おとなしやかにおとなう人の声。
「どなた」
 お雪ちゃんはまだ蒲団(ふとん)を離れないで返事をします。
「鶴寿堂でございます、貸本屋でございます」
「貸本屋さん――」
 お雪は立ち上りました。
 立って障子をあけた時分には、貸本屋の番頭、一目見たところで、それはイヤなおばさんの男妾(おとこめかけ)として知られた浅吉さんの生れかわりではないか――誰も驚かされるほどよく似た若い番頭風の男、萌黄色(もえぎいろ)の箱風呂敷を手に提げて、もう縁を上って、座敷へ廻ってしまいました。ぜひなくお雪ちゃんは、
「こっちへおいでなさいまし」
「はい、御免下さいまし」
「雪になりましたね」
「はい、たいしたことはございますまい」
「鶴寿堂さん、この間の義士伝はたいそう面白うございました」
「お気に召しまして有難う存じます、今日はまた新しいのを持って参りましたから、御贔屓(ごひいき)をお願いいたしとうございます」
と言って、もう番頭は包みを解きかける。お雪ちゃんは炬燵のところへ戻って、その間には金屏風がさし出ているから、番頭はその外に、竜之助は全く金屏風の竹と椿の中に没入してしまっていて見られません。
 包みを解いて取り出した貸本の二冊、三冊――
「花がたみ――この方は人情本でございます、これは琴声美人録――、馬琴の美少年録をもじったような作でございます、絵は豊国(とよくに)でございます」
「まあ、こちらの方はみんな筆で書いたものですね」
「ええ、先日も申し上げました通り、あらかた焼けましたものでございますから――残っている分や、借出した分を残らず筆記に廻させておりますが、借り手はたくさんにございますから、書き手が足りませんで困っております」
「でも、よくまあ、こう丹念に書けますね」
「なあに、素人(しろうと)でございますがね、原本を写して書きますと、誰にもやれることなんですが、さて、なかなかありませんでね」
 火事で蔵本が焼けてしまって、補欠のために筆写をさせて、それを借方(かりかた)へ廻しているということはこの前に聞いたが、その筆耕が足りないことを本屋がこぼしている。お雪ちゃんはその書き本を手に取ってめくっていたが、なるほど、丹念には写したようだが、素人がやったと見えて、見れば見るほど不器用なところが多い。
 でも、こういう際には、これでけっこう役に立ち、読む人に相当の慰めが与えられるのも重宝(ちょうほう)だと思いました。
「まだほかに妙々車(みょうみょうぐるま)という近刊物で、たいそう面白いのが一組だけ出ましたが、誰かそれを写してくれる人はないかとしきりに探しておりますが、見つかりませんで困っております、素人で少し絵心のある人ならたれでもいいと思いますがね、二通り、三通り写して置けば商売にもなり、この際、焼け出された人の人助けにもなるのでございますが、なかなか人がございません」
 こう言って、貸本屋の番頭が繰返してこぼすのを、ふと聞き咎(とが)めたお雪ちゃんは、急に口がどもるような気がして、
「あの、本屋さん……」
「はい」
「それはなんなの、素人(しろうと)でも丹念にやりさえすればいい仕事なの?」
「ええ、もう、こんな際ですから、本職ようの註文などをしてはおられません、少し絵心のある人で、見た眼の感じがよくさえあれば充分でございます、原本がたしかですから、透きうつしが利(き)きますし、案外骨の折れない仕事でございます」
「では、本屋さん、ぶしつけですけれども、その仕事をわたしにやらせて下さらない?」
「え、あなた様が……」
「わたしでよろしかったらば……その写本にあるくらいのことはやれましょうと思います」
「それはほんとうに願ったり叶ったりでございます、あなた様ならば……」
 貸本屋が乗り気になりました。
 お雪ちゃんとしては、いい機会を捉えたもので、生活の真剣な苦しい思いが、お雪ちゃんをして、このいい機会を掴(つか)ませるようにおし進めたとも見られないではありません。
 事実、お雪ちゃんの年ならば、ここにいま持参して来た本ぐらいのことは、充分に自信がある、そういう写しものの仕事があるならば、それこそ時にとっての生活を救う無上の内職であると、勇みをなさずにはおられません。
「でございますが、お礼といってはホンの少しばかりで、お気の毒でございますが」
と番頭は入念につけ加えたことが、かえってお雪ちゃんに安心を与えるようなもので、
「ええ、いくらでもかまいませんのよ、わたしにまあ、試しに一冊だけをやらせてみて頂戴」
「では、明日持ってあがります」
 貸本屋を帰してしまった後で、お雪ちゃんはなんとなく心の勇むのを覚えました。そして、身に何かの力がついたように思われてきました。
 先日、あの貸本屋が最初に見えた時、この際、貸本でもあるまいと思い返してもみたことだが、自分はとにかく、竜之助を慰むるためには、何でも軽い読物が第一でなければならぬということを考え、このなかから五六冊借りてみたことが縁でありました。
 その奇縁が、今日は先方からこういう仕事を持ち込んで来る、この際、自分の腕で、たとえ少しなりとも働き出してみせるという機会を与えられたことが、やっぱりお雪ちゃんにとって、言い知れぬ力とならずにはおられません。

         二十七

 その翌日になると、果して鶴寿堂が、原本はもとより、紙も、墨も、筆も、硯(すずり)まで整えてお雪ちゃんのところへ持って来ました。
 その原本というのは「妙々車」と題した草双紙でしたけれども、お雪ちゃんには草双紙が光を放つかとばかり尊く見えました。
 番頭が帰る早々、机を据えてその写しものにかかりました。
 お雪ちゃんは、本来こういうことが好きなのです。好きなところへ生活の圧迫がさせるのですから、その熱心さ加減というものはありませんでした。全く集中した興味で、一気に一枚二枚を写し取って、その出来栄えを見直すと、自分ながらそう拙(まず)いものだとばかりは思われませんでした。
 現に見本として、誰が書いたかわからないが、昨日借りて置いた素人(しろうと)うつしの一冊「花がたみ」というのから比べると、自慢ではないが、自分の方がずっと出来がよい、絵をうつすにしても、本文を頭に入れて置いてかかるから、作中の人々の気持が多少乗り移るように感じてなりません。
 それに本文は、筆写にかかわる必要はないから、すらすらと自分流に、画面にも合うように筆を走らせるから進みも早く、その日のうちに、十余枚の一冊を苦もなく仕上げてしまいました。この分なら、慣れさえすれば一日に二冊は間違いないと思いました。
 異常な興味と勇気とをもって、それの初冊を仕上げてしまったお雪ちゃんは、その夜右の一冊を手に持って、竜之助の枕許(まくらもと)に来て、
「先生、ほんとうによい仕事をしました、骨の折れるどころじゃありません、わたしの大好きの仕事ですから、仕事というよりは、楽しみでございますわ、まあ、ごらん下さい、これでも本屋さんは何と言うかしら」
 初仕事の出来栄えを、見えない人に見てもらいたいほど、お雪ちゃんは自分の仕事を珍重しています。
「何だね、何をうつしたんだえ」
と竜之助が尋ねました。
「『妙々車』という合巻物(ごうかんもの)でございます、春馬作、国貞画とありますが、まあ、わたしの書いたところをはじめから読んでお聞かせ申しましょう、なかなか面白いお話ですけれど、話にしてあげるよりも、わたしの書いた通り読んでお聞かせしましょう」
と言って、お雪ちゃんは、自分の作ったものを、自分で朗読でもして聞かせるかのような意気組みで……
「中古のころなりけん、ゑちごの国、うをぬまのこほり、八海山(はつかいざん)のふもとなる雷村(いかづちむら)といふところに度九郎とよぶかりうどありけり、そのつまは荒栲(あらたへ)とて、ふうふともうまれつき、貪慾邪慳(どんよくじやけん)かぎりもなくよからぬわざのみ働く故、近きあたりの村里に誰ありて、彼等めうとに親しみむつぶものなく、ある年、冬の末つかた、荒栲は織上げし縮(ちぢみ)を山の一つあなたなる里に持行き売らんとするに、越路(こしぢ)の空の習ひにて、まなくときなく降る雪の、いささかなる小やみを見合はせ、橇(かんじき)とて深雪の上をわたるべき具を足に穿(は)き、八海山の峰つづき、牛ヶ岳の裾山を過ぎるに、身重(みおも)にあれば歩むさへ、おのれが思ふにまかせざりけん、そのあたりに足踏みすべらし、谷間へ深く落ちいりしが、不思議に身持を破らざれば、いかにもして登らばやと、打仰ぎて上を見るに、四方に岩の覆ひ重なり、昼なほ暗き深谷の底、ことには雪の降りうづみ、更に登らんよしなければ頻(しき)りに悲しみもだえつつ、ここかしこ見まはせば、横の方に大洞(おほあな)ありて、奥より出で来るもの見えたり、荒栲(あらたへ)ふたたび驚き怖れ、ひとみを定めてこれを見ると、丈(たけ)抜群の熊なりければ、さてわが身はこれがために、命を取らるるものよと思へど、いかにもせんすべなければ、心のうちに思案なし、けものは人の物言ふをわきまへべきやうはなけれど、懐妊の身のかかる難儀を告げて命を乞うてみばや、その上にて聞きわけずばそれまでよと思ひさだめ、進み近づく熊の前に跪(ひざまづ)き、涙を流して、かかるところに落ちいりしは、わが身のなせしあやまちなれば、よしやそなたに噛まるるとも、恨む心はさらさらなけれど、ただ恐ろしきは、みごもりて早や五月になる身故、宿せしみづ子のあさましや、この世に出づる日もあらで……」
「ここで次へとなっておりますのよ。この文章の間に絵がありますの、わたしの描いた絵を見せてあげたいけれど、口で言ってみますと、左の方に猟師の度九郎が炉へ焚火をしながら、縮(ちぢみ)を売りに行く女房の荒栲(あらたえ)を見返っておりますのよ。女房の荒栲は、縮を小腋(こわき)に当てて、右の手には竹笠を持って、蓑(みの)を着て外へ出て行こうとしているところを描いてあります。住居は越後の山の中の猟師ですね、壁には鼬鼠(いたち)のようなのが一匹と、狸かなにかの剥いだ皮が吊してあります、鉄砲も一梃立てかけてあります――この二人の夫婦の悪党が、それからが大変なのです」
 この仕事は、実にお雪ちゃんのためにも、二重にも三重にも興味と実益とを与えたものでした。
 第一、お雪ちゃんは、これによって、生活と関連した仕事の興味を覚えると共に、仕事そのものが自分の好きな道とぴったり来ていることの興味が集中し、それから仕上げた仕事を竜之助に報告し、その内容を読んで聞かせたり、話にしたりすることによって、自分も満足を感じ、相手を慰め得ることにもなる、すべてにこんな異常な力を感じたことは近来に全くないことで、それがためにお雪ちゃんは、久助さんのことも、北原君のことも、白骨谷のことも、一切忘れ去るほどに緊張を感じていたことは事実です。
 そうして、翌朝を待っていてみると、果して鶴寿堂がやって来て、お雪ちゃんの仕事の成績を一見するや、舌を捲いて喜び且つ賞(ほ)めあげました。
 それを聞くとお雪ちゃんは、大試験が一番の成績で及第したほどうれしく感じているところへ、この出来栄えでしたら、玄人(くろうと)はだしですから、この後も続々仕事を持ち込みますによって、欠かさずやっていただきます、先日も申し上げた通り、お礼というほどのことはできませんが、今までの例によって、少々のところ、明日改めて持参いたしますから、何分よろしく――と言って、写し物の分を持って帰り、続いての仕事の三冊を置いて帰りました。
 これに一層の元気と自信を得たお雪ちゃん、竜之助に呼ばれても返事を忘れるほど、机にしがみついて離れませんでした。
 その翌日になると、鶴寿堂はあとの仕事を持ち込むと共に、金一封をお雪ちゃんの前に置き、一枚について幾らずつの計算で、これから無限にお引受けを願いたいと言われた時に、お雪ちゃんは胸がわくわくして、いきなりその一封を押戴きたいほど嬉しくなりました。
 鶴寿堂が帰った後、その一封の金包を持って、転がるように竜之助の枕辺に走(は)せつけたお雪ちゃん、
「先生、わたしが稼(かせ)ぎました、生れ落ちてから、今日という今日はじめて、自分の腕でお宝を儲(もう)けることができました。これはそのままじゃおけません、わたしはこれを神棚へ捧げます、そうしてこれから買物に出かけます、小豆(あずき)の御飯を炊いて、お頭附(かしらつ)きでお祝いをしましょう。わたしの稼いだお金で買ってあげなければならない。ですから、忙しいけれども、わたしこれから町へ出てまいりますわ、そうしてこれで小豆とお頭附きと、そのほかに買えるだけのものを買ってまいります。あなたのためにばかりじゃありません、わたしも自分のために、自分のお宝で買いたいものがありますもの」
と言って、お雪ちゃんは竜之助の枕許で喜びました。
「ねえ、先生、おとなしく待っていて下さい、わたしが、わたしの儲けたお金で、あなたを喜ばせるおみやげを買って来てあげますから、ほんの少しの間、おとなしく待っていらっしゃい……」
 お雪は、竜之助に頬ずりをしないばかりにして出て行きました。
 竜之助も、それを拒む由はないが、喜んで出て行ったお雪のあとに、一抹(いちまつ)の淋しいものの漂うのに堪えられない気持がしました。

         二十八

 ちょうどその日、代官の屋敷では新お代官の胡見沢(くるみざわ)が、愛妾のお蘭の方と雪見の宴を催しておりました。
 雪見といっても、雪は降っていないのですが、三日前、チラチラふった雪の日に、一杯飲もうと言ったのが、急の用件で延び延びになったために、今日その雪見の宴を開いて、水いらずに楽しんでいるという次第です。
 そこへ、女中が取次に来ました。
「あの、いつも見えます鶴寿堂が参りました」
と、それは主人公の胡見沢に向っての注進ではなく、お部屋様のお蘭さんの顔色をうかがっての取次でした。
「政吉が来たかい、政吉ならここへお通し」
 お蘭の方は、主人の同意を得ることなしに、独断でこの席への出入りを許したものです。
 まもなく、女に導かれて、廊下伝いにこの席へ現われたのは、相応院のお雪ちゃんをお得意とする貸本屋鶴寿堂の若い番頭、なおくわしくいえば、白骨へイヤなおばさんが同伴して来た浅吉という男とそっくりなあれです。
 番頭は敷居外にうずくまって、額が畳へ埋れるほどにお辞儀をしました。いつも御贔屓(ごひいき)にあずかるお部屋様に対しての敬意ばかりではない、飛騨一国を預るお代官の御列席へ、特に入場を許さるる自分の待遇に恐れ入ったものと見えます。
「何ぞ面白い本が出たかえ」
と、お部屋様のお蘭が聞きました。
「はい、うつし本ではございますが、近ごろ評判の新刊物が出来ましたから、ごらんに入れたいと存じまして持って参りました」
「それは御苦労、ここへ出してごらん」
「はいはい」
 若い番頭は、一層の恐縮をもって風呂敷を解いて、その中から薄葉綴(うすようつづ)りの三冊を取り出して、
「はい、ただいま評判の種彦物でございます、絵の方も豊国でございまして、なかなか出来がよろしうございます、写し本ではございますが、原本の情味がすっかり出ているものでございますから」
と言って、恐る恐るお蘭の方の前へ捧げたのは、赤い色表紙の美しい製本になっていましたが、中身はこの二三日来、お雪ちゃんが丹精をこらして書き上げた「妙々車」であります。
「まあ、ちょっとお見せ」
 女中の手からお蘭はその冊子を取り上げて、中身をめくり、
「これは面白そうだね、雪国の話、大きな熊が出ているわ――誰が写したのか女の手のようね、なかなかよく書いてある、絵もよくうつしてあるわねえ」
 それがお目に止まったのは、得たり賢しというみえで、番頭が、
「うつしたのは、いいところのお嬢様なんですが、特にお頼みして書いていただきました、その初(はつ)おろしをこちら様に読んでいただきたいものでございますから、まだ綴目(とじめ)折らずでございます」
 商売柄、如才ないところがある。なんにしても初物は気持が悪くないと見えて、お蘭の方の御機嫌も斜めでなく、
「では、ゆっくり貸して置いて下さい、これんばっかりじゃないでしょう、まだあとが続くんだろうねえ」
「ええ、続くどころではございません、まだあとが五十冊もございます、一生懸命うつさしておりますから、追々とごらんに入れまする」
 若い番頭がまた頭をこすりつけると、いよいよ御機嫌のよいお部屋様は、
「まあ、政ちゃん、こっちへ入って、殿様から一つお盃を頂戴なさい、今日はわたしたちの雪見だから無礼講よ」
「これは恐れ入りました」
「御前様、これがあの鶴寿堂の政吉でございます」
「そうか、入れ入れ、今日は雪もないのに、この女からせがまれて雪見だ。貴様、なかなかの色男だという評判だが、何か艶種(つやだね)があるなら語って聞かせろ。それ――」
 これが、いわゆる新お代官の下し置かれるお言葉で、そのお言葉が終ると、それと言って投げてくれた盃です。
 恐れ入ってしまって、その受けようも知らないでいると、お部屋様が、
「政どん、御前がああおっしゃるから、御辞退は失礼だよ、遠慮なくこちらへ入って頂戴なさい」
 ぜひなくその前へ引き込まれて、御両方(ごりょうかた)の前へ引据えられたという次第です。
 引据えられると共に、下し置かれた盃を恭(うやうや)しくいただかねばなりません。
「ほんとうにこの政どんは、人間がおとなしくって、商売に勉強で、親切気があるといって、お得意先で持てること、持てること……町の芸妓(げいしゃ)たちなんぞは、政どんからでないと、本を借りないことにしてあるそうでございますよ」
とお部屋様がはしゃぐ。新お代官は頷(うなず)いて、
「そうかそうか、色男というやつは得なもんだ、拙者もあやかりたいものだ」
「御前、この政どんは、一まきがみんな色男に出来てましてね」
「うむ、そうか」
「これの兄さんなんぞは、またどうして……」
 お蘭が、はしゃぎついでに、何か素破抜(すっぱぬ)きをやり出しそうなので、周章(あわ)てて盃を下に置いた若い番頭は、
「ああ、どうぞもう御免くださいまし、それをおっしゃられますと、消えてしまいとうございます」
「何のお前……」
とお蘭さんは、多少の御酒かげんでけっきょく面白がって、
「何のお前、恥かしいことがあるものかね、お前の兄さんなんぞは、高山第一の穀屋のお内儀(かみ)さんに惚れられて……」
「どうぞどうぞ、御勘弁くださいまし」
「勘弁どころか、お前の方から堪忍分(かんにんぶん)を貰いたいくらいのものだよ。高山第一の穀屋のお内儀さんに、この人の兄さんの浅さんというのが、すっかり可愛がられちまいましてね、御前……」
「もうたくさんでございます、もうおゆるし……」
 政吉は盃を下に置くと、身を翻えして、あたふたとこの場を逃げ出してしまいました。それを抑えようでもなく、あとでは、新お代官とお部屋様の高笑いがひときわ賑わしい。

         二十九

 これより先、あんな喜び方で、竜之助にしばしの暇乞(いとまご)いをしたお雪は、自分の座敷へ取って返すと、同時に気のついたのはこのなりではどうにもならないということでした。内にいる分には何でもいいが、外へ出るには、これでは……と悄気返(しょげかえ)ったのも無理はありません。あれ以来今日まで、まだ町へ下りたことのないのに、これでは仕方がない、ほんとうに貰い集め、掻集め同様の衣裳で身をつくろっているという有様ですから、全く出端(でばな)を挫(くじ)かれてしまいました。
 といって、買物を止める気にはさらさらならない、と、目についたのが、衣桁(いこう)にかけた例のイヤなおばさんの形見の小紋の一重ねです。あれを引っかけて行こうか知ら、あれなら、どうやら外聞が繕(つくろ)えるが、気恥かしいばかりではない、見咎(みとが)められた時の申しわけにも困りはしないか。
 といって、やっぱりこの場は、あれを着て行くよりほかはない。いっそ晩にしようかと思いましたが、夜は物騒であって、とても一人で出て行けるものではない。これにひっかかったお雪ちゃんは、ほとんど当惑に暮れてしまったが、ふと、壁に寺用の雨具のかかっているのを認めました。
 雨具というけれども、それは雪具といった方がいいかも知れない。竹の笠と、半合羽(はんがっぱ)と、カルサンと、藁沓(わらぐつ)といったようなものが、取揃えられてあるのを見ると、あれをお借りしようという気になりました。
 あれですっかり身ごしらえをして行けば中身は何でもかまやしない、ちょうどあんなふうにして、近在や山方から出て来る娘さんの姿をよく見かける、この辺ではかえって、あんなにして出た方が目につかなくていいと思いました。

 まもなく、笠と、合羽と、かるさんで、町へ下りて行くお雪ちゃんの姿を見ました。
 なるほど、こうして行く方がこの辺では目に立たない、笠の中をわざわざ覗(のぞ)いて見ない限り、見咎められるはずはない、また、見咎められたとて必ずしも暗いこともないけれど、この方が安心だと、自分も思い、周囲のうつりもよかったのです。
 そうして、無事に、久しぶりに町へ出て見ましたが、焼跡の工事もかなり進んでいる。どこでどう買物をしていいか、ちょっと戸惑いをするが、ほぼ勝手を知った宮川筋を上って行くと、そこに一つの大きな小屋が立っていて、その小屋が全部、公設市場のようになっているのを見ました。
 これは、火事あとへ直ぐに出来た「お救い米」の小屋であったことをお雪ちゃんも知っている。今は、「お救い米」の時は過ぎたが、そのあとが、白米をはじめ諸日用品の廉売所となっていることは今はじめて知りました。
「お救い米」が済んだ後で、諸色(しょしき)が高くなるにつれて、売惜み、買占めをする奴がある、それを制するためにお代官が建てたものだということまでは知らないが、ともかく、この市場へ入れば、大抵の物は買えるような組織になっているのだという目利(めき)きは直ぐにつきました。そこで、お雪ちゃんは、遠慮なくこの市場の中へ入って行きました。別段に恥かしい思いなんぞはなく進入することのできたのも、この臨時の仮装の賜物(たまもの)、なるほど、自分同様の装束をした近在山里の女連が、ずいぶんこの中にいますから、心強いようなものです。
 お雪ちゃんの主なる目的としては、小豆とお頭附きを買うことにあるのです。小豆は直ぐに用が足りたけれども、お頭附きは何を買っていいか、ちょっと惑わされて、あれこれと見つくろっている。
 そこへ、お代官のお見廻りがあるというので、市場のうちがざわめいて、またひっそりとしてしまいました。売る者も、買うものも、みんな恐れ入ってしまった。大抵は土下座をきって静まり返ってしまいましたが、お雪ちゃんはどうも土下座をする気にもなれず、そうかといってうろうろしてもいられないから、乾物屋のうしろに小さくなっていると、巡検のお代官がその前へやって来たのです。
 新お代官というのは、赤ら顔のでっぷり太った男で、向う創(きず)まであるが、お代官としては存外、磊落(らいらく)な性質と見え、大声で附添の者と笑い話をしながらやって来る。実はこの公設市場は、お代官として得意な施政の一つなので、この非常の際の買占め、売惜みを防ぐものに、逸早(いちはや)く官権の手で日常物価の公平を保つ機関を作り上げた、成績がなかなかいいという報告を聞いたものだから、この際、実地検分に来たものと見えます。
 事実、この新お代官なるものは、ずいぶんと悪い噂(うわさ)もあるが、またなかなかの苦労人と思われるところもあり(前身はなんでもバクチ打ちの経歴まであるということ)したがって型破りの手腕を見せることがないではない。現にこの公設市場なんぞは、たしかに悪いやりかたではなく、物価政策の機先を制したなんぞは、たしかに月並みのお代官にはできない働きだと賞(ほ)める者もあるくらい。
 そこで、大得意で巡検してお雪ちゃんのいる乾物屋の前まで来ましたが、お雪ちゃんは直ちに、このお代官様は少々酔っていらっしゃると感じました。本来得意のところへ、一杯機嫌でしたから、怖いものの元締になっているお代官が、開けっ放しの心安いものに見えないではありません。
 笠は取りたくはないが、被(かぶ)っているわけにはゆかないから、取外してお雪ちゃんが頭を下げていると、それが早くもお代官のお目にとまったようです。
 いったい、悪い領主やお代官には、自分の女房や娘は滅多に見せるものではないのです。慣れたものは大抵そのへんは心得ているが、お雪ちゃんはあらかじめ、そんな気兼ねを置くの余裕もなにもなくして出て来たのですが、笠で隠していれば何のこともなかったのですけれど、こうして笠を取ってみると、その衣裳と面立(おもだ)ちとはどうしても釣合わないことが、この際、誰にも認められることになるのはやむを得ませんでした。
 そこで新お代官は、お雪ちゃんの前でちょっと足を止めました。
「お前はこの店の掛りかい」
 不意に言葉をかけられたので、お雪ちゃんはうろたえ、
「いいえ――」
 その返答ぶりだって、近在の山奥から出て来た娘ではない。
「どこだい」
「はい」
 お雪ちゃんは返答に窮してしまったが、折よくそこへ来合わせた兵隊が一人、
「もはや、あの農兵の組合せが出来上りまして、いつにても調練の御検閲をお待ち申しております」
「ああ、あの農兵の調練か、この足で出向いて行く、御苦労御苦労」
 お雪ちゃんを見ていた新お代官は、この兵隊の復命を聞くと頷(うなず)いて、前へ歩み出しましたが、どうも横目でじろじろとこちらを見ていられるようで気味が悪い。
 それでもその場はそれだけで、何のこだわりもなく、市場は以前のような喧噪(けんそう)と雑沓(ざっとう)にかえり、お雪ちゃんは首尾よく手頃のお頭附(かしらつ)きを買って家へ帰りました。
 帰ってみると、何にするためか、碁盤を前にして、紙を畳んでは刻み、刻んでは畳んでいるところの竜之助を見ました。
 お雪ちゃんはいそいそとして、買い調えたものの料理にかかり、それより適当の時間に、やや早目な晩餐が出来上り、やがて睦(むつ)まじく膳を囲みました。
 お祝いが済むと、また緊張しきった気持で新しい仕事にとりかかる心持まで、充実しきっておりました。


是非お友達にも!
★暇つぶし何某★

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