大菩薩峠
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著者名:中里介山 

 それは金助ではない、金公とは似ても似つかぬ一人の女、しかも、小山の揺ぎ出でたようなかっぷくの大女、銀杏返(いちょうがえ)しに髪を結って、縞縮緬(しまぢりめん)かなにかを着て、前掛をかけている。呆(あき)れ果てた主膳は、
「お前はここの女中か」
「はい」
「でかい女だなあ」
「はい」
「あのな、こちがさいぜん呼んだ金助というがいるだろう」
「金助さんは、ちょっと急の用事が出来ましたから、殿様のおよっている間ゆえ、御挨拶も申し上げず、ちょっと失礼いたしますから、殿様の御機嫌に障(さわ)らないように、よろしく申し上げてくれといってお出かけになりましたよ」
「うむ、金公が出て行ったのか、では、お前でもいい、酒を持て」
「お酒は、おやめあそばしませ」
「ナニ、酒を飲むな?」
と主膳は、大女の面(かお)をまじまじと見て、
「料理屋へ来て、酒を飲むなと言われたのは初めてだ」
「はい、殿様は酒乱の癖がおありになるから、お酒のお言いつけがあっても、なるべく差上げないようにと、おっかさんから言いつかっておりますえ」
「ふん、なるほど、貴様は正直者だ、言いつかった通りを、客の前で言ってしまうのは、正直者でもあり、新前(しんまい)でもあるな。いったい、いつ、どっちの方から、この店へ来た」
「はい――もとは両国にもおりましたが、近頃は田舎廻(いなかまわ)りをしておりました」
 こう言われてみると、その昔、女軽業(おんなかるわざ)の一行のうちの人気者で、甲州一蓮寺の興行から行方不明になった、力持のおせいさんという者があったことを、知る人は知っている。
 その時分には、神尾主膳も甲府にいた。主膳としても、あの女軽業を見物に行った覚えのあることは確かだが、その一座の中の看板に、現在眼の前にいる怪物が、客を呼んでいたかいなかったか、そんなことの記憶までは残ろうはずもない。この怪物の方でも、当時の見物の中に、あの時お微行(しのび)で通った彼地(かのち)のお歴々としてのこのお客様の姿形を、頭に残していようはずはないにきまっている。
 主膳は、この思いがけない大女の出現と、その大女が、酒をすすめるためでなく、禁酒の監視役として出張して来たような態度に、相当興をさまさないわけにはゆきません。
「一杯ぐらいはよかろう、ほんの一杯飲ませてくれ――相手の来るまでの退屈しのぎにな」
「少しぐらいならかまいません」
「許してもらえるかな」
「飲み過ぎて、酒乱を起しさえしなければ、差支えはございません」
「差支えないか」
 主膳は、お茶屋へ、酒飲みの請願に来たような心持で、いっそ、多少の愛嬌をさえ感じたらしく、
「さしつかえなくば、ほんの少々のところ、お下げ渡しが願いたい」
「お待ちなさい、わたしが、おっかさんに相談して、差上げていいと言われたら、差上げることにいたします」
「そうか、では、おっかさんに相談して、ほどよいところを少々、お恵み下し置かれたいものだ」
「待っておいでなさい」
 大女は、のっしのっしと出て行ったが、その後で、神尾主膳は呆(あき)れがとどまらない。
 それでも、しばらくして、酒盃をととのえて来て、主膳をもてなすだけのことはしました。
 お酌(しゃく)もすることはするが、どこまでも、自分が監視して飲ませるのだ、特にこのお客に限っては、本部からの監視命令があって、飲ませるには飲ませても、程度がある――といった申附けを、露骨に遵奉(じゅんぽう)している手つきが腹も立たないで、いよいよお愛嬌だ。

         八十六

 でも、この監視つきのお酌で、一杯、二杯と傾けているうちに、相当にいい心持になって行くのは奇妙だと思います。
 これは、へたな御機嫌取りの取持ちや、見え透いたお世辞者よりも、この大女にしてお酌と監視役とを兼ねた山出しが、時にとっての愛嬌となったためでしょう。大女のぎこちないお酌のしっぷりが、かえって興を催したものだから、神尾主膳は、いい気になって立て続けに二杯三杯と呷(あお)り、女が狼狽(ろうばい)ぶりを、いよいよおかしく、まじまじとながめて、ようやく悦に入り、
「大きいなあお前は。いったい、目方は何貫あるんだ、カンカンは」
「生れつきだから、どうも仕方がありません、痩(や)せたいと思っても、痩せられやしません、削るわけにもゆきませんからね」
「強(し)いて、痩せたり削ったりするには及ぶまいではないか、世間には肥りたがって苦心している者もある」
「商売をしている時は、肥っていてもいいが、こうして御奉公をしている時は、痩せていた方が、どのくらい楽か知れないと思いますね」
「商売――肥っていてもいい商売というのは何だ」
「楽をしていると、かえって肥りますねえ」
「うむ、苦労をすると人間は痩せる、お前なんぞは苦労が足りないのだ」
「ずいぶん、苦労もしましたけれど、なかなか痩せませんね」
「ちっと、親肉(しんにく)を切って売り出したらどうだ。いい肉だなあ、豚一の殿様へ持って行けば、物言わず一斤二十匁でお買上げになるぜ」
 神尾は、力持のおせいの肉体を、着物の外れからつくづくとながめているうちに、その眼の中に、皮肉と険悪の色が、そろそろと溢(あふ)れ出して来ました。
 通常の人は、物を見るのに二つの眼を以てするけれども、神尾主膳は三つの眼を以てするのです。ことに、弁信法師から、真中の特別な一つの眼を授けられて以来というものは、父と母とから与えられている二つの眼が、むしろそれを見まいとして避ける場合にも、その一つだけが、パッカリとあいて、最後まで、それを凝視していなければやまないようです。
 日本橋で、僧侶の生曝(いきざら)しを徹底的に見まもっていたのがこの眼でした。そして、僧侶という人間界の特別階級の為せる汚辱と、冒涜(ぼうとく)が、白昼、俗人環視の真中で曝されていることを見て、その眼が、痛快な表情を以てクルクルと躍り出したかのように、かわるがわるその曝し物を貪(むさぼ)り見て、飽くことを知りませんでした。
 これは、単にこの事にのみ限った例ではありません。すべて、その視力の及ぶ限りでは、人間というものの間に行われる、すべての汚辱と冒涜、破倫と没徳、醜悪と低劣、そういうものに向っては燃えつくような熱と、射るような力を以て、それを見のがすまいとはしています。見出したが最後、それが燃え尽すまでは、見捨てるということは不可能らしい。
 坊主の冒涜ぶりを貪看(どんかん)して、飽くことを忘れたこの眼が、その坊主が、蔭間(かげま)という人間界の変則なサード種族に似ているという偶語を聞いてから、その凝視から一時解放されると共に、今度は、その蔭間というやつを見てやらねばならぬ――という熱と力とに変化してきたのは、当然のような経路でありました。
 この眼こそは、人間というものが、極度まで汚さるるところを見たいのです。それが、底知れずに犯されて行く現場を見たいのです。
 偶然にそれを見ることができれば幸い、そうでない限りは、自分から――自分といっても、眼という器官だけのそれ自身では、自由行動の能力が無いから、とりあえず自分だけの持てる能力を極度に誘導発揚して、その心をそそのかし、そうしてこの四肢五体の主人公を動かして、退引ならぬ現状を作らせ――そうしておいて自分は一段高いところにいて、飽くまでその現状を凝視することを、むしろ必須の食物ででもあるかのように心得ているらしい。

         八十七

 その目的物を見ようとする途中の道草としての、この女化け物に、神尾が、かりそめの興味を呼び起してみると、梯子酒のように、その残忍性が募って来るのは、この男の持前です。
 パックリと口をあいた真中の眼が、力持のおせいというものが有するアブノーマルな肉体に向って、貪看(どんかん)を起しはじめたのが運の尽きでした。
「おい、お前、女角力(おんなずもう)というものを見たか」
「え、女角力でございますって」
「見たかじゃない、お前も、前生はその女角力で鳴らした仲間じゃないか」
「いいえ、角力はやりませんでしたが」
「角力はやらなかったが……その身体(からだ)で何をやっていたえ」
「何でもいいじゃございませんか、そんなことをおっしゃらずに、もう一つ召しあがれ」
「おやおや、御意見役が今度は、お取持ちになったのだな」
 主膳は、おせいがテレ隠しにすすめる酒を受けて飲み、
「女角力をやっていたのだろう。どこでやったい、神明かい、両国かい」
「女角力なんて、やりゃしませんよ」
「なあに、やらないことがあるものか、たしかにお前が、女角力の関(せき)で鳴らしているのを、両国で見たよ」
「え!」
「そうら見ろ、隠したって駄目だ、お前は両国で、後白浪(あとしらなみ)といって、関相撲を取っていたあれだろう、しらぱっくれても、こっちには種があがってるぞよ」
「それはお人違いでしょう、両国にもいるにはいましたけれど、角力なんぞ取りゃ致しません」
「隠すなよ、隠すと裸体(はだか)にして、証拠をあげて見せるぞ」
「隠しゃしませんよ」
「それじゃ、両国にいたろう、そうして女角力をとったろう、どうだ、その時のことを話して聞かせないか」
「そんなこと、お聞きになるものじゃありません」
「聞かせたって、いいじゃないか」
「そんなこと、どうだって、いいじゃありませんか、それよりは、もう一つ召上れ」
「おやおや、御意見番から再度の杯、そろそろ味が出て来た」
「殿様は、ちょいちょいこの家へいらっしゃいますか」
「昔はよく来たものだが、今日は、思いがけない出来心でな」
「子供衆をお呼びになるんだそうでございますね、近ごろ珍しいお好みだと、おっかさんが言ってましたよ」
「うむうむ」
「もう見えそうなものですねえ」
「いいよいいよ、そう急がんでもいい。ところで、お前、その女角力としてのお前の経歴を、ひとつ話してくれないか」
「いけません、わたしは女角力の仲間には入ったことはございませんよ」
「ないことがあるものか。あの女角力というやつ、あれでなかなか愛嬌ものでな、今は差止められてしまったが、以前はなかなか流行(はや)ったものだ」
「そうでございますってね」
「そうでございますってじゃない、お前なんぞは、それで鳴らしたに相違ないが、商売はやめても力はあるだろうな、力は――」
 主膳は、しつこく、おせいを追及して、その肥大なる肉体にさわると、
「殿様は、わたしを女角力とばかりきめておしまいになるが、わたしは一向、女角力のことなんか存じませんよ」
と言っておせいが、主膳の膝をしたたかつねりました。

         八十八

「あいたッ」
 主膳が、つねられて驚くと、おせいは平気なもので、
「御冗談をなさいますな、角力こそ取りませんでしたが、わたしゃこれで、今でも男の二人や三人、何でもありませんよ」
 おせいさんにしては少し舌の足りない、たんかを切ったので、いよいよ興に乗った神尾主膳は、
「そうだろうとも、男の二人や三人、振り飛ばすは何でもあるまい。どうだ、おれと角力をとっても負けまいな」
「殿様だって誰だって、やわらさえお使いにならなけりゃ、頭から押えてしまいますね。ですから、おっかさんが、もしや殿様が酒で乱暴をなさったら、かまわないから、頭からおさえてしまいなさいと言いました」
「なるほど……」
 神尾主膳が舌をまいて、なるほどそうありそうなことだと思いました。同時に、こいつ、金公と、お倉婆あに頼まれて、自分の酒の監視役に来たのみならず、まかり間違えば、このおれを取押え役まで言いつけられて来たのだなと思いました。
 よしよし、その儀ならば、こっちもひとつその裏を行って、この化け物を虜(とりこ)にしてやろう、人間が少し馬鹿だから、虜にするには誂(あつらえ)むきだ、いよいよ当座のよいおもちゃが出来たものだと、主膳の興が湧き上りました。
 だが、主膳がこの女を、女角力の後身だと見誤っていることは前と変らない。女角力でも、女力持でも、たいした変りはないのだが、女角力と圧倒的に断定されてしまっては、女力持はやったけれども、女角力の経歴のないおせいが、躍起となって弁明せずにはいられないらしい。それにもかかわらず、主膳は、一途(いちず)に昔見た女角力のことが、その頭の中に現われて来たものだから、
「十年ばかり前だったが、女角力が流行(はや)ったものでなあ、その中でも、女と座頭(ざとう)の取組みというのはヒドかったよ」
「座頭とおっしゃるのは何ですか」
「お前が知らないなら、話して聞かせてやろう、座頭というのは、あんまのことだ、あんま上りの目の見えない男を引張り出して来て、女角力と取組ませるのだ」
といって、主膳は、今は禁止になっているが、その頃、目(ま)のあたり見た、見世物の一つとしての女角力と、座頭との取組みの光景を、話して聞かせようとする。
 日本の女としては、恥かしがる裸体を見世物として提供し、それに男性の不具者としての座頭を、なぐさみものとして取組ませ、つまり、この社会の弱者二つを土俵の上にのぼせて、大格闘をさせ、それを見せて金を儲(もう)けようとするものと、それを見て、やんやと喝采(かっさい)する社会的残忍性を思い浮べて、主膳のパックリとあいた額の真中の眼が爛々(らんらん)と輝きはじめました。
「それは面白かったでしょうね」
「うむ」
 主膳は、またその浅ましい見世物を、ひとごととして面白く聞こうとする、この大女の馬鹿さ加減を痛快なりとしました。
「ところで、女角力というやつには、あんまりいい女はなかったね、お前ほどの縹緻(きりょう)のやつもなかったよ。そのはずさ、いい女は角力を取らなくても食って行く道がある、どれもこれも、御面相はお話にならなかったが、おれの見たうちに、たった一人、美人と言っていいのがあった。何しろ、おたふくでも、大道臼でも、竹の台の陳列場のように、裸体(はだか)でありさえすれば人が寄って来る女角力の中へ、美人と名のつけられる代物(しろもの)が一つ舞い下りて来たのだから、助平共が騒があな。おれは騒がなかったけれども、おれたちの仲間の不良共は騒いだよ。その別嬪(べっぴん)の女角力の名は、この家のお倉婆あと同じことに、おくらという名だったが――そのおくらが問題なんだ」

         八十九

 こういう話をはじめ出した時に、主膳がいよいよ興ざめたのは、この女が興にのって膝を乗出して来ることでした。
 このおれの監視役兼取押え方を命ぜられて出張しているくせに、こちらの挑発にひっかかって、女角力(おんなずもう)の昔話にうつつを抜かそうとするこの女の馬鹿さ加減が、いよいよ浅ましくなりました。女角力というものの存在は、つまり自分というものの存在の侮辱だとは感じないで、一緒になって、その侮辱を享楽しようという気乗り方に、主膳はすっかり興をさましました。
 興をさましたとか、浅ましく感じたということは、主膳に於て、そこで、うんざりして抛棄(ほうき)するという意味にはならない。こちらが興がさめて、浅ましく感ずれば感ずるほど、そちらが興に乗って、息をはずませて来ることの皮肉をよろこんでいる。
「ところで、おれたちの仲間の不良共が、十余人連合して、その別嬪(べっぴん)の女角力、おくらというのに注文をつけたのだ。その注文というのは……つまり、そのおくらに『娘一人に聟(むこ)八人』をやらせろということなのだ。『娘一人に聟八人』――それはお前も知っているだろう。知らない? 知らなければ話して聞かせる……」
と言って、神尾主膳は「娘一人に聟八人」の故事を話し出す前に、盃を取って、おせいの眼の前に置くと、おせいは無条件になみなみとついでやる。その無条件になみなみと注ぐ手つきを見て、神尾が勝ち誇ったような面(かお)をしてニタリとする。当然、この女は監視役と取押え方心得も忘れてしまって、神尾主膳がおもしろい話をしてくれさえすれば、いくらでも酒を注いでくれることにまで軟化しきっていることを認めたから、そこで主膳がニタリとする。さて一盃傾けて話し出したのは――
 自分は仲間に加わらなかったが――と特に念を押しておいて――自分たちの友達の不良が、十名連合して、女角力の美人のおくらを目あてに「娘一人に聟八人」のお好みをつけたというのは、要するに、そのおくらという女角力の裸体だけでは物足りない、どこからどこまで見てやりたいという悪辣(あくらつ)な好奇心から、興行主の座元へいくらか掴(つか)ませ――二両やったとかいう話だ――世話人二人にいくらか鼻薬をやって渡りをつけたところが、その世話人という奴の中に、一人、かねがねこのおくらを口説(くど)いていた奴があったが、おくらがうんと言わないものだから、それを遺恨に思っていたところへ、この話だったものだから、こいつが真先に呑込んで、それからおくらにいやおうなしに「娘一人に聟八人」をやらせたものだ。
 つまり、男座頭を八人集めて土俵へのぼせ、それをおくら一人に取組ませるのだ、一方はめくらだからめくらさがしだが、狭い土俵の上で八人の男、十六本の手、足ともでは三十二本でやられるのだから、いくらめくらさがしだってたまらない、ついにおくらがつかまって手取り、足取り……それは見ていられたものじゃない。
 神尾がそこまで話すと、大女のおせいも、さすがに眉をくもらせて、
「かわいそうですね」
「そうなると、お前も同情してくるだろう。ところで、そういう時、お前ならどうだい、座頭の八人ぐらい何の苦もなく手玉に取るだろうな」
「そうはゆきますまい、一人と八人ではいくらなんでもね」
「は、は、は……お前でも、やっぱりやられるかい」
「わたしだって、苦しいわ」
 苦しいわ、と言って、自分ながら大きな肉体に圧(お)されるような苦しさから、息をせいせいはずませている。
 神尾主膳は、苦しそうなおせいの肉体を痛快らしくながめて、飲みほした盃を黙ってその前に置くと、おせいは脆(もろ)くもこれにまた、なみなみと注いでやりました。
 それを飲みながら神尾主膳が、ニヤリニヤリと大女の形を見ていると、その大女が、
「そんなにわたしの身体ばかりを見ておいでになっては、溶けてしまいますよ」
「あ、本当だ、そら溶け出した、溶け出した」
         九十

「は、は、は、は」
 神尾主膳が、またも突然高笑いをした時に、力持のおせいが飛び上って慄(ふる)え出しました。
 これは実に、怖るべき酒乱が突発して来る前兆でありましたけれど、はじめてこの人を見るおせいとしては、その主膳の怖るべき酒乱の予感から、怖れて飛び上ったのではありません。「は、は、は、は」と笑い出した途端に、主膳の三つの眼が、ギラギラと光り出して、脇息に肱(ひじ)を持たせている主膳の姿が、急に大女の自分をさえ圧迫するほどの大きさになったから、慄え上って飛び出したものです。
「あ、三ツ目入道……」
 その瞬間に、そう思ったのです。よくお化け話で聞いておどかされている三ツ目入道というのがある、絵草紙でも見たが、あれだ、この人はその三ツ目入道だ、これは人間ではない、怖ろしいお化けだと感じました。
 そこで、監視役も、取押え方心得も、盃も、盤もおっぽり出して、下の座敷へ逃げ下りてしまいました。
「は、は、は、は」
 神尾主膳が三度目に笑ったのは、それは少し凄味が欠けて、和気が加わったようです。
 つまり、前の笑い方は、怖るべき酒乱の前兆としての高笑いでしたけれど、今度のは、滑稽噴飯(こっけいふんぱん)が加わってのおかしさから来ている笑いが多分のようです。それは大女の恐怖と、狼狽ぶりが、あまりに仰山であったからでしょう。
 これより先、下の座敷では、いったん出かけて行った金公が、またコソコソと立戻って来て、お倉婆あと内密話(ないしょばなし)を試みている。
 その内容というのは、今日、人に誘われて、築地の異人館へ見物に行ったが、万事なかなか大がかりなものであること。ところで、その異人館の大番頭が、らしゃめんの口を一つ欲しがっている。そいつをひとつ、桂庵(けいあん)をつとめて儲(もう)けようと思うんだが、なんとおっかさん、お前に一肌脱いでもらいてえというのはそこなんだよ、ということにあるらしい。
「そいつは耳よりだね」
 慾に目のないお倉婆あが、耳をふくらませると、金公が続いて、一口にらしゃめんというけれど、いかに西洋人の相手になることが、へたな日本人の相手になることよりも、有利な事業であるかを説いて、お倉婆あの耳をいよいよふくらませる。
 だがねえ、話の口は、そのらしゃめんにもなかなか先方に好みがあって、第一、芸妓や、女郎衆の、金で自由が利(き)く奴ではいけず、そうかといって、伊豆の下田の唐人お吉なんていう潮風の染(し)み過ぎたのでもいけず、お膝元の固いところでは、いくら困っても、娘をらしゃめんにでも仕立ててみようというほどに開けた奴はいねえ。素人(しろうと)ともつかず、玄人(くろうと)ともつかず、娘でなく、年増でなく、下司(げす)ではいけないが、そうかといって上品ぶるのはなおいけない。こいつをうまくしおおせた日には、身に余る福の神を背負いこむのだが……なかなかその人選が容易でないと、一旦は頭を痛めたが、案ずるより生むは易(やす)いとでも言ったものか、実は、ぴったりとその注文にはまりそうな代物(しろもの)が、眼の前にあるから不思議じゃないか、下地(したじ)は好きなり御意(ぎょい)はよし、という心当りがあるから妙なもの。
 ところで、今晩、ひとつこの場で、おっかあに肌ぬぎが願いたい、といって時節柄、うっかり唐人をこんなところへ連れ込むところを、当時流行の浪士マネにでも見られようものなら、尊王攘夷覚えたか! 真向上段と来るから、今晩、その毛唐さんを御数寄屋(おすきや)さんかなにかの隠れ遊びに仕立てて、このところへ連れて参りますから、万事その辺ぬかりなく――その代り話がまとまったと来た日には、相手が異人館の大番頭だ、つけ届けは、毎年毎年船で来ようというものだ……ということを、金助がお倉婆あに相談して、お倉婆あをして、
「ああいいとも、いいとも、いくらでも頼まれてあげるから、持っといで」
と大呑みに呑込ませているところへ、ドタンバタンと凄まじい音がして、天上から大女が降って来たものです。

         九十一

 力持のおせいを退却させてしまってから神尾主膳は、この時、そんなことはどうでもいいという気になりました。それは、むやみに眠くなったからです。
 主膳は酒乱の萌(きざ)す前に、必ず一度眠くなることがある。その眠りをうまく眠らせさえすれば、酒乱が、すんなりと通過してしまうことがある。それが眠りそびれた時に、何かの引火薬でもあろうものなら、それこそ大変である。
 主膳としては、近頃の酒量であった。最初からではかなりに飲んでいる。そうして今眠くなると、本来、蔭間(かげま)を呼んでみるなんぞといったことは、一時の気紛(きまぐ)れに過ぎないので、それに執心を持って来たわけでもなんでもないから、そんなことは、どうでもいいように眠くなったのです。そうして、最初の通り、脇息を横倒しにして、ゴロリと横倒しになり、心地よかりそうな眠りを眠りはじめました。
 昏々(こんこん)として、どのくらいのあいだ、眠りこけたか、それはわからない。或いは、ほんのうたた寝の束(つか)の間(ま)を破られてしまったのかどうか、それも分らないが、
「御前――お眼ざめあそばせ」
 枕にした脇息を揺り動かされたことによって、酔眼をパッと開いて、朦朧(もうろう)として四辺(あたり)を見廻すと、夢からさめて、また一層の夢心地に誘い入れられたことは幸いでした。そうでなければ、甘睡半ばで揺り動かされた癇癪(かんしゃく)が、酒乱の持病を引きつれて、ガバと爆発したかも知れない。
「何だ、これはどうしたものだ」
 あたりは、ぼうっと紅(べに)のように明るい。それに、この座敷の襖が、すっかり通して取払われ、大きな踊りの間になっている。踊りの間は勾欄(こうらん)つきで、提灯や雪洞(ぼんぼり)が華やかに点(つ)いている――
 ははあ、いつのまに、伊勢古市の大楼あたりへ、持ち込まれたか知らん――という気になりました。
 なお、よく眼をさまして見ると、舞台がある、花道がある。舞台の上には一人の俳優が、槍を持って立っている。
 ははあ、踊るんだな、まだ充分さめきらぬ眼で、その俳優の風俗を見ると、それは絵で見た水木辰之助の槍踊りというようなものに、そっくりです。
 主膳が、眼を、拭って起き直った時に、踊りがはじまる。
 槍を上手に扱って、その少年俳優が鮮かに踊る。
 主膳は、うっとりして、眼をすましたその途端に、三味線と、太鼓と、拍子木が入る。踊りも古風でよくわからないが、耳をすましてみると、
槍師槍師(やりしやりし)は多けれど
名古屋山三(なごやさんざ)は一の槍
というような、古謡がはさまれている。
「殿様、お気に召しましたか」
 これはしたり、自分の席の後ろには、お倉婆あが、かいどり姿ですまし返って坐っている。
「うむ」
「お気に召しましたら、お手拍子をあそばしませ」
 お倉婆あも、手拍子を打つから、主膳もそれにつれて、
槍師槍師は多けれど
名古屋山三は一の槍
とうたいながら、主膳も思わず手拍子を打つと、美少年は喜んで踊りながら、
トコトンヤレ
トコヤレナ
という。お倉婆あが、
女かと見れば男の万之助
とうたうと、俳優が、
ウントコトッチャア
ヤットコナア
と合わせて槍を振る。
槍の権三(ごんざ)は美(よ)い男
どうでも権三は美い男
 お倉婆あが年に似合わない美声をあげる。
しんしんとろりと美い男
 踊り子は踊りながら手招きをする。

         九十二

 それから主膳は、夢だか、うつつだか見当のわからない境へ誘い込まれて、そこらで再度の眠り慾が勃発して、いい心持で、むやみに眠ってしまいました。今度こそは、束(つか)の間(ま)のうたた寝を揺り動かされる心配はなく、思うように眠りを貪(むさぼ)ることができるのを喜んで、眠りこくっている。
 ほとんど、どのくらいのあいだ眠ったものか、自分にも分らないが、醒(さ)めた時は、寝不足と、酔いとは、二つながら、すっかりさめ切ってしまっていました。
 だが、時間の方は醒めてはいない。眠りと、酔いとが醒めた時は、たしかに夜中であることに気のついたのは、長い思案の後ではなく、寝間の状態もはっきり眼にうつると共に、近くに誰もいないのも、いない奴が悪いのではなく、程よい時間で、お暇乞いをして行ってしまったものであることはハッキリとする。酔っていない主膳は、それも無理ではないと思う。
 枕許の酔ざめの水を飲んで、うまいと思い、それから手水(ちょうず)に行こうとして、ひとり立ち上った足どりも、あんまり危なげはない。
 勝手知った廊下を歩んで行く。
 なるほど、夜は更けている、何時(なんどき)か――おやおや鶏が啼(な)いているわい。
 夜明けの近いことを知った主膳は、なんだか一種異様の里心といったようなものに動かされて、本当にはっきりした気持で、また廊下を歩いて帰りました。
 たまに、こんな気紛れ遊びをすることも、頭が冴(さ)えていいものだ、幸いにして乱に落ちなかったのは、我ながら上出来というものだ。いや、我ながらではない、ここのお倉婆あの趣向が上出来というものだろう。あの婆あ、煮ても焼いても食えない奴だが、それでも、人のふところを見て取扱う呼吸は、手に入ったものだ。
 酒に酔わせるよりは、踊りに酔わせて、夢心地のうちに人を抱き込むところなんぞは、伊勢古市でやっているような仕組みだが、あんなにされると、アラが知れない。
 主膳は、こんなことを考えて、ニタリニタリと合点(がてん)しながら、廊下を帰って、自分の座敷へ戻ったのだが――戻ったつもりなのだが、それは三つばかり行き過ぎた隅の、間取りがよく似たほかの座敷であったことは、障子を開いて、足を踏み入れた途端に、それとさとったので狼狽(ろうばい)しました。
 何が頭が冴(さ)えたのだ、何が上出来なのだ、危ない! 危ない!
 と気がついたのは、たしかに遅かったのです。
「だあれ?」
 中から、なまめかしい女の声がしました。
「しまった!」
 主膳は、我ながら、しくじったことの念入りなのに、呆(あき)れたのが、いよいよ一方の主(ぬし)をおさまらないものにしてしまいました。
「お倉婆さん?」
 なまめかしい女の声が、追いかけるように続いたものだから、
「いや、なに!」
 主膳は、逃げるようにこの場を立去るよりほかに、手段のないことを知りました。
「まあ、お倉婆さんじゃないの?」
 中の主は、さすがに、そのままでは済まされない気になったらしく、そわそわと着物を引寄せて起き出ようとする。
「失礼、失礼、座敷を間違えました」
 主膳は、これだけの詫(わ)び言(ごと)を捨ぜりふにして、まっしぐらに自分の座敷に来て、夜具をあたまからかぶってしまったが、先方も、ここまで追っかけて来る気遣(きづか)いはない。さりとてまた、けたたましく人を呼び起して、たった今、この座敷へ怪しい者が入りましたよと、騒ぎ立てる気配(けはい)もないらしい。多分、先方は、戸惑いをしたそそっかしい客人の仕事だろうと、苦笑いをしていることだろう。こっちもホッと息をついて、我ながらの失敗に、苦笑いが出きらないでいたが、その苦笑いの底から、不意に、
「今のあの声は、あれはお絹ではないか」
 勃然としてこういう偶想が起ると、けったいな雲が、むらむらと目口を覆うのを感じました。

         九十三

 ああ、思い返してみると、今のあの、なまめかしい声の主は、お絹ではなかったか。
 どうも、お絹の声らしい。娘の声でもなく、芸妓あたりの調子でもない。甘ったるくて、妙にかさにかかるような言いぶり、こちらがあわてていたから、その場で声の吟味までは届かなかったが、今、耳の底から取り出してみると、お絹でなければ、あの声は出ないように思われて仕方がない。
 だが、いくらなんだって、そんな事は有り得ることではない。あの女はあの女だけのものだが、いくらあの女だって、自分が今晩、ここに遊んでいるということを知りながら、ここに泊りに来るはずもあるまいではないか。
 もしや、自分の行動をよそながら監視に来て、泊り込んだものでもあるか。それも馬鹿正直な見方だ。第一、あの女が、こちらから監視をつける必要こそあれ、おれの遊びにいちいち、眼をはなさないほど、こっちを重んじているか、いないか。
 偶然――おれがここへ泊ったのが偶然なら、あの女がここへ泊り込んだのも偶然だ、偶然の鉢合せとしたら、議論にはならないが、事柄はいよいよ妙じゃないか。第一、おれの偶然の方には、偶然たるべき理由があるが、あいつには何の理由がある。
 あいつは、今日、異人館を見に行ったのだ。朝から出かけたから、晩までには当然、根岸へ帰っていなければならないのだ。おれの方は、なるほど、あとから行くといっておいたことに相違ないが、そういう約束が、今まで完全に守られているか、いないかは、あいつがよく知っているはずだ。約束はしたけれど、途中から気が変って、ここへしけこんだのに、何の不足がある。それだのに、晩までには根岸の屋敷へ帰っていなければならないはずのあいつが、ここへ泊り込んでいるとしたら、全然、理由がなりたたないじゃないか。
 主膳は、ここで、むらむらと自分勝手の邪推の雲が渦になって、胸から湧き上りました。
「よし、見届けてやる、今のあの声の主が、お絹であろうはずはないけれども、もし、あいつであったらどうする。いずれにしても、こうなった上は、この眼で、篤(とく)と見定めてやる、この眼が承知しない」
 というのは、今のはただ耳だけの判断に過ぎない。一方口を信ずるは、男子の為さざるところだから、この上は眼に訴えて、のっぴきさせず――という気になった時に、その二つの眼の上に、意地悪く控えている牡丹餅大(ぼたもちだい)の一つの眼が、爛々(らんらん)とかがやきました。
 もう眠れない、また眠る必要もないのだが、この上は、眠らない以上に働かせねば、この眼が承知しない。
 こう思うと、三つの眼が、ハジけるほどに冴(さ)え返って、胸の炎が、むらむらと燃え返って来たようです。
 といって、主膳には主膳だけの自重もなければならない。このまま取って返して、あの寝間へ踏みこんで、得心のゆくまで面(かお)をあらためてやる――にしても、万一、あいつでなかったらどうだ。
 あいつであったとしても、あいつが果して、どういう寝相(ねぞう)をしている。そんなことを思うと、胸がむかむかする。酔うている時の主膳なら知らぬこと、とにかく、こう頭がはっきりした時であっては、自分というものを、自分で考えてみれば、みすみすそれと分っても、このまま他の室へ乱入するということは、紳士(?)として許されないことだ、できないことだ。
「ちぇッ」
 夜の明けるまで待つよりほかはない。夜が明けたら、あいつもそう朝寝もしておられまいから、なるべく早く身じまいをして、出かけるだろう。その時に透見(すきみ)をして、有無(うむ)を言わさぬことだ。
「うむ、ここでは朝風呂をたてる、おれは寝過したふりをして、あいつが風呂場へ行く頃を見計らって、篤(とく)と実否をたしかめるに、何の仔細はない」
 なんにしても早く夜が明けろ――主膳は蒲団(ふとん)の中で、途方もなく悶(もだ)えている。

         九十四

 夜が明けて、その正体を見届けることは、極めて簡単な仕事でありました。
 風呂場に近い洗面所の鏡の前で、その女をつかまえることの無雑作(むぞうさ)であったように、その正体を見現わすのも、極めて無雑作なもので、
「お絹じゃないか」
「まあ、あなた」
 どちらも、その意外であったという心持は同じことで、ただ一方が怒気をふくんで難詰(なんきつ)の体(てい)なのと、一方が体裁をとりつくろうことに、あわてまいとしている心組みだけが違うらしい。
「どうしてこんなところへ来た」
「それは、あなたこそじゃありませんか」
 お絹は、やり返したつもりであるが、主膳は肯(き)かない。
「おれの来るのは勝手だが、こんなところは、お前の来るところじゃない」
「ずいぶん手前勝手ねえ、わたしが来て悪いところなら、あなただって、立寄れないはずじゃありませんか」
「理窟を言うな、いったい、何しに来たのだ」
「何しに来たっていいじゃありませんか、あなたこそ、何しにおいでになりました」
「おれは、気が向いたから来たのだ、お前はこんなところへ来るはずではなかった」
「わたしだって、気が向かない限りはございません……第一、あなたこそ、あれほど約束をなさっておきながら、どうして、異人館へおいでにならなかったのですか」
「うむ、それはな、都合によって途中、気が変ったまでだ」
「途中、気が変った方は、それでよろしうございましょうが、変られた方は、みじめじゃありませんか」
「それは男のことだ、門を出れば、時と場合で、思ったようにばかりはいかぬ」
「時と場合もよりけりですね、わたしは異人館で、どのくらい、あなたをお待ちしたか知れません」
「おれは都合あって、築地へ行くのは取止めたが、お前に、こんなところへ立寄れとは言わない」
「わたしは、お義理でまいりました」
「誰への義理だ」
「異人館の異人さんが、ぜひ、日本の踊りを見たいとおっしゃるから、わたしが、内密(ないしょ)で御案内して来ました」
「異人を連れて来たのか」
「はい」
「お前と、異人と、二人でここへ来たのか」
「金公も一緒にまいりました」
「金助が……そうして、その異人と一緒に、ここへ泊りこんだのか」
「御冗談でしょう――異人さんは踊りを見ると、そのまま帰ってしまいました」
「お前は、なぜその足で根岸へ帰ろうとはしなかった」
「もう、遅くなりましたからね」
「うむ、金助はどうした」
「金公も、異人さんを取持って、昨夜(ゆうべ)のうちに帰ってしまいましたよ」
「うーん」
 主膳は、ここで行詰まったようなうめきを立てました。その頭は、やっぱりつむじ風のように捲いている。
 一通りの詰問には、一通りに答えてのけたこの女の言い分を、そっくりそのままに承認できるか。このうえ是非を言わさぬことは、泊った座敷というのへ踏み込んで見るばかりだ。
 主膳はこう考えてしまうと、あちらを向いて楊子(ようじ)を使っているお絹を、肩越しに睨まえながら、
「では、お前の座敷へ行って、おれは一服しているよ」
「いけません」
「どうして」
「わたしが面(かお)を洗うまでお待ち下さい、一緒に参りますから」

         九十五

 神尾主膳は、その日、根岸へ帰るとて、山下まで来ると、上野の山内を歩いてみる気になって、そこで乗物を捨てました。
 乗物を捨て、頭巾(ずきん)をかぶって、山内へさまよい込んだのは、何か鬱屈(うっくつ)して堪え難いものがあるからです。その息づまるような胸苦しさを晴らそうとして、そうしてワザと、上野の山のひとり歩きでも試みるという気になったものかも知れません。
 かくて、知らず識(し)らず東照宮の鳥居をくぐってしまった時に気がつくと、かぶっていた頭巾に、知らず識らず手がかかりました。
 それは、殊勝な信仰心がそうさせたのではない、習慣が、本能に近くなったようなわけでしょう。苟(いやしく)も祖先以来、徳川家の禄を食(は)んで、その旗下の一人として加えられて来た身であってみれば、忠義だの、崇拝だのという心が有っても無くても、ははあ、ここは「東照宮」であったな、と感じないわけにはゆかなかったのでしょう。
 家康という不世出の英雄があって、三百年の泰平があり、そのおかげで日本国の――少なくともこの江戸の繁昌があり、我々旗本の安泰と、驕慢(きょうまん)とが許されたのだ、その本尊様の霊を祀るところがここだ――
 主膳の頭巾に、知らず識(し)らず手がかかったのは、うつらうつらでもここまで来てみれば、さすがに素通りはできない――という習慣性に駆(か)られたようなものでしょう。それとも、敵に後ろを見せるのが癪だ、という反抗気分かも知れません。
「よしよし、鬼の念仏だ、久しぶりで東照権現に参詣して行っても、罰(ばち)は当るまい」
 こう思って、頭巾を外(はず)しながら東照宮の神前まで、神尾主膳が進んで行きました。
 この鋪石(しきいし)の上で、主膳はふと、さんざんに引裂かれた一つの御幣(ごへい)の落ちているのを認めました。
 その御幣も容易なものではない、重い由緒ある神前でなければ見られない御幣である。それが無残に引裂かれ、打砕かれて、あまつさえ、土足で蹂躙(じゅうりん)してある痕跡が充分です。
 合点(がてん)ゆかずと、なおも歩んで行くうちに、今度は、さんざんに砕かれた、光るものの破片を認め、それが鏡であることを知り、その鏡も尋常の品ではなく、やはり由緒深い神社の神前でなければ見られない性質のものであることを、直ちに認めました。
 なお、行くことしばらくにして、あろうことか、コテコテと人間の尾籠(びろう)な排泄物が、煙を立てている。
 主膳はムッとして、面をそむけて通り過ぎましたが、宮の前に来ると、そこにまた異様なものを認めないわけにはゆきません。
 人間の生首(なまくび)――といっても、幸いに肉身の生首ではなく、どこから何者が取り来(きた)ったのか、相当の木像の首が、三尺ばかり高い台の上に、厳然と置き据えられて、その傍らに捨札がある。
逆賊  足利尊氏の首
同   弟 直義の首
 主膳はムカムカとしました。
 その途端、後ろの方、社司の住居あたりで、甲高(かんだか)い人声がする、
「申し分があらば、三田の四国町の薩摩邸まで参れ、それが面倒ならば、手近いところの酒井の巡邏隊(じゅんらたい)に訴えて出ろ、逃げも隠れも致さぬ。我々は当時、芝三田の四国町の薩摩邸に罷在(まかりあ)る、但し、薩州の藩士ではないぞ、当分、あれに居候をしている身分の、天下の浪士じゃ。薩州では西郷吉之助と、益満休之助と、それから土佐の乾退助(いぬいたいすけ)にかけ合え」
 こういうふうなことを、声高で罵(ののし)っているのを聞いた神尾主膳が、ブルブルと身体(からだ)を慄(ふる)わして、東照宮の神前に立ち、そうして我知らず刀の柄を握りしめていることをさとりました。神尾主膳は、この時勃然として怒ったのです――何を怒ったのか、何か義憤を感じでもしたのか。
 刀の柄を握り締めて立った神尾主膳の心身が、酒乱以外のことで、こうも激動したのは、従来あまり見ないことでした。

         九十六

 久しく打絶えていた、信濃の国の白骨の温泉へ行って見ると、そこの大浴槽の一つに、たった一人で、湯あみをしている一個の小坊主を見ることができました。
「皆さん、どうして、わたしが白骨の温泉に来て、温かなお湯の中に、のんびりとこうまで安らかに、湯あみをしているようになりましたか、それを御不審のお方にお話し申せば、長いことでございますが……」
 果然! これはお喋(しゃべ)り坊主の弁信でありました。
 弁信は今し、人無き浴槽の中――この浴槽は、お雪ちゃんをはじめ、北原君も、池田良斎も、その以前には、イヤなおばさんも、浅公も、その他、すべての冬籠(ふゆごも)りの客を温めたことの経歴を持つ。無論、宇津木兵馬も、仏頂寺、丸山もこれで身を温めました。
 ある時は、この浴槽の中から、天下の風雲が捲き起るような談論も飛び出したり、鬱屈たる気分で詩吟が出たり、いい心持で鼻唄が出たりしたものですが、ひとりで、特別の時間に、この浴槽をひとり占めにして、しんみりと浸っていた者は、お腹に異状があると指摘されてから後のお雪ちゃん――それと、深夜全く人定(ひとさだ)まった時分に、ひとり身を浸している盲目の剣人――それらの人に限ったものでしたが、今日は全くの新顔で、そうして、従来とは全く異例な弁信法師が、一人でこの大浴槽を占領し、抜からぬ顔で、温泉浴と洒落(しゃれ)こんでいる。
 そうでなくてさえたまらない、このお喋り坊主の長広舌が、湯の温かさにつれて、とめどもなく溶けて流れ出すのは、ぜひないことです。
「皆さま、わたくしがああして、大野ヶ原の雪に迷うて、立ち尽していたことまでは、皆様も御存じのことと思いますが、あれからのわたくしは、自分のことながら、よく自分のことがわかりませんでございました。わたくしの頭の上で、鳩の啼(な)く音が致しますから、はて、不思議な啼き声だと、それを聴いておりまするうちに、気が遠くなってしまいました。つまり、わたくしは、雪の大野ヶ原に行倒れになってしまいましたのです。それが、幾時かの後に、またこの世に呼び戻されてしまいました。と申しますのは、無論、わたくしは、わたくし自身の力で蘇(よみがえ)ったわけではございません、雪に埋れたわたくしというものを、凍え死なない以前に助け起して下された方があればこそ、わたくしの命が助かりました。命が助かりましたればこそ、わたくしはこうして安全に、温泉で湯あみを致しておるのでございます……それなれば、誰が、雪にうずもれて――当然あそこで凍え死なねばならぬ、わたくしというものを助けて下さいましたか。それをまず申し上げなければ、皆様は、わたくしがここへ来ているということをすら、お信じにならないかと存じます。大野ヶ原の雪にうずもれた、わたくしというものを、偶然の縁で、再びこの世の中につれ戻しなされたのは、皆様も御存じか知れませんが、それは黒部平(くろべだいら)の品右衛門爺さんでございました」
 弁信は、ここまでは一気に喋(しゃべ)って、それから手拭でツルリと一つ面(かお)を撫でおろして、そうしてお喋りを続けました、
「黒部平の品右衛門爺さんというのは、黒部平の駕籠(かご)の渡しの下に小屋を作って、その中で三十七年の間、岩魚(いわな)を釣って暮らしていたお爺さんでございます。その品右衛門爺さんが、鉄砲を担いで、大野ヶ原を通りかかった時分に、雪の中に埋もれておりましたわたくしのからだの一部分を発見して、そうして掘り出して、用意の火打で岩蔭に火を焚いて、わたくしを煖めて呼び生かして下さいました。わたくしは気がついて、目をあいて、猟師さんに助けられたと見たものですから、その時に申しました、どちらのお方かは存じませぬが、殺生(せっしょう)をなさる猟師の御身分で、人助けをなさる果報を、あなたのために嬉しく存じますと、わたくしが申しました――」
 してみると、このお喋り坊主は、我にかえると、まず自分の助けられたことの感謝よりも、助けた人の果報を祝福することが、先に出たもののようです。

         九十七

「黒部平の品右衛門爺さんは、そうして、わたくしを背中にしょって、雪をかきわけて、こちらへ連れて来て下さいました。品右衛門爺さんの背中で、わたくしは、眼に見えない母の背に負われて、故郷へ帰るような気持が致しました。よくお助け下さいましたとも、ナゼ助けて下さいましたとも、わたくしは、一言も、品右衛門爺さんに挨拶をしなかった儀でございますから、ドコへこの爺さんがわたくしを連れて行って下さるつもりか、そんなことは一向にお尋ねをいたしませんで、母の背中にスヤスヤと眠るような安らかさで、品右衛門爺さんの行くところへ行くことを甘んじておりました。もとより、その時は、この人が黒部平の品右衛門爺さんであることだの、駕籠の渡しで三十七年間、岩魚を釣っていたことだの、そんなことを知っておりますはずもなし、どちらのどなたでございますか、とお尋ねいたしたこともございません。ただ、わたくしを雪の中から掘り出して、背に負っておいでになる、そのお方が猟師でおいでなさること、猟師と申しますと、失礼ながら殺生を業となさる、仏果の上から申しますと、あわれ果敢(はか)ない御稼業(ごかぎょう)と申すよりほかはござりませぬ。しかし、この場合に、この爺さんが、わたくしに対してなさることは、殺生ではないと信じておりまする故に、わたくしは安んじて、お爺さんの背中に一切を任せてまいりました。そう致しますると、かなりの時間の後に、この品右衛門爺さんが、ある所までわたくしを連れてまいりまして、そのあるところで、お手やわらかに、わたくしを背中から卸して下さいまして、そうして温かい炉辺の熊の皮の上に坐らせて下さいました。わたくしはそのして下さる通りになっておりましたが、そこはこの白骨ではございません、最初は猟師さんの住居(すまい)かと思いましたら、そうでもございませんでした。猟師さんのほかに、わたくしを労(いたわ)って下さる方があることを知って、これはその方のお住居だなとさとりました。そのお方は、やはり温かい心と、物とを以て、わたくしをいたわり下さる上に、温かいお粥(かゆ)を煮て、疲労した身に、過分にならないほどに心づかいをして、その温かいお粥を、わたくしに食べさせて下さいました。あとで承ると、ここは乗鞍岳の麓で、鐙小屋(あぶみごや)という小屋の中でございました。わたくしに温かい心と、温かいお粥を下されたのは、この鐙小屋の中で行をしておいでになる神主さんだと承りました。猟師さんと言い、神主さんと言い、まことに親切極まるお方でございましたけれど、わたくしは、このお二方に向っても、強(し)いて再生の恩を謝するというようなことを申しませんでした。申しませんでも、おわかりになることでございますが、わたくしといたしましては、今更それを繰返す心にはなれないのが不思議でございます。口幅ったい申し分ではございますけれども、生死(いきしに)ということは、旅路の一夜泊りのようなものでございますから、生きていることが必ずしも歓喜ではなく、死にゆくことが必ずしも絶望なのではございません。いつも申し上げることですが、いかに生きようとしてもがいても、生き得られない時には生きられません、いかに死のうとして焦(あせ)っても、死を与えられる時までは、人間というものは決して死ねるものではございません。わたくしは、このごろになって、ようやくこの悟りがわかりました。その事の最初は、皆様のうちには、御存じのお方もございましょうが、江戸の外(はず)れの染井の伝中というところの、ある屋敷の中で、神尾主膳殿というお方のために、わたくしは生きながら深い井戸の底へ投げ込まれてしまいました。その時に、わたくしは懸命になって、まだ死ぬまい、ここでは死ねない、死にたくないともがきましたが、その甲斐もなく、井戸の底へ投げ込まれてしまいました。その時に、死なねばならぬことは当然すぎるほど当然でしたけれど、不思議にわたくしは死にませんでした。井戸へ落されるまでは、死ぬことをいやがって、車井戸にしがみついて、力限りに泣き叫びましたが、いよいよ井戸の中へ落された時に、私は泣かないで、かえって歓びました」

         九十八

「その後とても、現在、わたくしほどの者がこうして、ここまで生きてこられたということが、物の不思議でございます。わたくしのようなものでも、この世に生かして置いてやろうとの、お力があればこそ、こうして生きておられるのでございます。よし、わたくし自身といたしましては、こんな無智薄信の不自由な身が、この娑婆(しゃば)の中に、足あとほどの地をでも占めさせて置いていただくことが、この世にとっては、いかに御迷惑な儀であり、わたくしにとりましては、軽からぬ苦痛の生涯でありましょうとも、生かし置き下さる間は死ねませぬ。死ねない間は、わたくしは、わたくしとして、与えられたこの世の中の一部分の仕事が、まだ尽きない証拠ではございますまいか。言葉を換えて申しますと、わたくしの身が、前世に於て犯した罪悪の未(いま)だ消えざるが故にこそ、わたくしはこの世に置かれて、その罪業をつぐなうのつとめを致さねばなりませぬ。ああ、昨日は雪の中で凍えて死なんとし、今日はこうして、のんびりと温泉につかって骨身をあたためる、あれも不幸ではなし、これも幸福として狎(な)るる由なきことでございます。きのうの不幸は、わが過去の業報であり、きょうの幸福は、衆生(しゅじょう)の作り置かるる善根の果報であることを思いますると、一切がみんなひとごとではございません。さあ、もうこのくらいにして上りましょう。お湯から出たら、この炉辺へ来てお茶をあがれ、と北原さんというお方がおっしゃって下さいましたから、これから、わたくしはあの炉辺へ行って、お茶を招ばれるつもりでございます。この温泉場には、今年は珍しく、多数の冬籠(ふゆごも)りのお客があるそうでございまして、あの炉辺がことのほか賑(にぎ)わう、弁信、お前も珍しい新顔だから、ここへ来て旅路の面白い話をしろと、皆様からもすすめられましたから、わたくしもこれからお茶に招ばれながら、皆様のお話も承ったり、それからわたくしの話も申し上げたいと思いますが、わたくしは、どうも御存じの通りの癖でございまして、話をはじめると長うございますから、時と場合をおもんぱかりまして、皆様の御迷惑になるような場合には、慎んで控えていようとは心がけているのでございますが、本来、わたくしのこちらへ志して参りましたのは、どうも、あのお雪ちゃんの声で、しきりにわたくしに向って呼びかける声が、わたくしの耳に響いてなりませぬから、その声に引かされて、こちらへ参ったような次第でございますが、参って見ますると、ここにお雪ちゃんがいないということは――それは、大野ヶ原へ来る前から、ふっと勘でわかりました、お雪ちゃんがいない以上は、わたくしのこの地に来るべき理由も、とどまるべき因縁も、ないようなものでございますが、ここへ導かれたということ、そのことにまた因縁が無ければならないと存じました。これはわたくしの力ではござりませぬ、そうかといって、わたくしを助けてお連れ下さった猟師さんや、鐙小屋(あぶみごや)の神主様のお力というわけでもござりませぬ、全く目に見えぬ広大な御力の引合せでございまして、この広大な御力が何故に、わたくしをたずねる人の、すでに行き去ったあとのここまで導いて下さったか、その思召(おぼしめ)しは今のわたくしではわかりませぬ。わからないのが道理でございます、分ろうといたしますのも僭越でございますから、導かれた時は導かれたままに、そこに己(おの)れの全力を尽して善縁を結ぼうという心が、すなわちわたくしどもの為し得るすべてでなければなりませぬ。古人は随所に主(あるじ)となれと教えて下さいましたが、どうして、どうして――わたくしなんぞは随所に奴(やっこ)となれでございます。どうぞ皆様、この不具者(かたわもの)のわたくしでよろしかったならば、何なとお命じ下さいませ、琵琶は少々心得ておりまする、何卒、この不具者にできるだけの仕事をさせて、可愛がってやっていただきとうございます。ああ、いい心持になりました、白骨のお湯は、わたくしの骨まで温めてくれました。わたくしはこれから、皆様の炉辺閑話の席へお邪魔をいたして、また温かいお心に接し、あたたかい焚火にあたらせていただき、皆様のお話をおききしつつ――わたくしも心静かに、お雪ちゃんの行方(ゆくえ)を尋ねたいと存じます」

         九十九

 弁信法師が浴槽から上って、例の炉辺閑話の席を訪れた時に、炉辺には、また例によっての御定連が詰めかけておりました。
 御定連といううちにも、お雪ちゃんもいないし、久助さんもいないことは勿論(もちろん)だが、池田良斎を中心にして、北原賢次もいれば、いつもの甲乙丙丁おおよそ面(かお)を揃えている。ただ見慣れない猟師体(てい)の人が一人、推察すれば多分、いま、浴槽の中で、しばしば弁信法師の口に上った黒部平の品右衛門爺さんであろうと思われる顔が、新しい。
 炉の中心には、例の大鍋がぶらさがっていて、それには大粒の栗がゆだりつつある。炉中の火は、木の根が赤々と燃えて、煙は極めて少なく、火力が強いから、煙の立たない石炭を焚いているようで、一方には大鉄瓶がチンチンと湯気を吐いている。なおまた炉中には、蕎麦餅(そばもち)らしいのが幾つも、地焼きにころがしてある。外気が寒くなるにつれて、炉辺の人間味が、いよいよ増して来るのを常とする。
「皆様、おかげさまで、ゆっくりとお湯につからせていただきまして、ほんとうに骨までがあたたまってまいりました。火で焚きましたお湯と違いまして、天然に涌(わ)き出でまするお湯は、肌ざわりがまた天然に軟らかでございますものですから、ほんとうに久しぶりでわたくしは、我を忘れてお湯の中へ魂までつけこんでしまいました。これも、身心悦可柔軟という気持の一つでございましょう」
 普通、今晩は……だけの挨拶で済むべきところを、一口にこれだけのお喋(しゃべ)りをしながら、一座に向って、ていねいにお礼を申しましたから、まだ弁信をよく知らない一座は、なんとなく異様に感ぜしめられました。
「弁信さん、まあ、こっちへおいでなさい、さあ、ここでおあたりなさい」
と弁信を導いたものは、北原賢次です。
「はい、有難う存じます、いえ、もう、こちらで結構でございます」
「遠慮なさらずに、こっちへいらっしゃい、さあ、手をとってあげましょう」
「いいえ、それには及びませぬでございます。では、せっかくのおすすめでございますから、それに従いまして、遠慮なく罷(まか)り出ますでございます」
「あぶないですよ」
「いいえ、大丈夫でございます、眼はごらんの通り不自由でございますが、御方便に、勘の方が働きますものでございますから」
「いや、何しても、無事でお前さんがここへ来られたことは、奇蹟というてもいい」
「はい、わたくしと致しましても、不思議の感がいたすのでございます」
 こう言って、弁信法師は炉辺に近いところへ、にじり出でて、ちょこなんとかしこまりこんでしまいました。
「だが、弁信さん、お前さんも了見違いなところがありますよ」
「ありますとも、ありますとも」
 北原に言われて、弁信が、ちょこなんとかしこまりながら、身体(からだ)を軽くゆすぶって、
「あります段ではございません、もともと一切が、わたくしの了見違いから起ったことなんでございます」
「そう言われてしまっては、恐縮で二の句がつげないというものだが、いったい、お前さんという人が、その身体で、見れば眼も不自由でありながら、今時、この白骨の谷へ、たった一人で、出向いて来ようなんというのが、そもそも了見違いの骨頂なんですよ」
「その通りでございましたが、どうも、わたくしの身を、こちらへ、こちらへと、引きつけてまいる力があるものでございますから……と申しますのは、かねて、わたくしの知合いの一人のお友達がございまして、その方が、わたくしに向って、絶えず呼びかけておいでになります、弁信さん、一刻も早くこの白骨谷へ来て下さい――と言って、絶えず呼びかけて下さるその力が、わたくしをとうとうここまで引き寄せてしまいました」

         百

「その力に引き寄せられて、わたくしは、知らず識(し)らずこの山の中に分け入りまして、ついに大野ヶ原の雪に立迷うてしまったという次第でございます。それは、向う見ずとお叱りを受けるかも知れませんが、いずれ、旅という旅で、向う見ずの旅でないものが一つとしてございましょうか。人間の一生そのものを旅といたしますると、出ずる息は入る息を待たぬ、とか申します、今日のことがあって、明日のことを誰が知りましょう。
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