大菩薩峠
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著者名:中里介山 

「だけども、与八さん、まあよく考えて下さい、今日までのことを考えて下さいよ、そうして、これからのことと思い合わせてみて下さいな。与八さんとわたしとは、こうしてずいぶん苦労もし合って、これまでになっているでしょう、それを私たちだけが東へ行って、与八さんだけを西へやっていられるものか、いられないものか。第一与八さん、お前さんだってあてどのない一人旅が、どんなに辛(つら)いものだか、今、この場のこととしないで、考えてみてごらん」
「そりゃあね、そりゃあ、わしだって人情というものがあらあね、今まで世話になったお松さんに離れたり、こんな頑是(がんせ)のねえ子供や、なじみになった皆さんに別れたり、それがどんなに辛いかを思い出すと、あれを思い立ってから、毎晩、涙が流れて枕が濡れちまったが――なんでも罪ほろぼしのためには、辛い思いをしなけりゃならねえ、お釈迦様は王宮をひとりで逃げ出してしまった、西行法師は妻子を蹴飛ばして出かけた、人情を一ぺん通りたち切ってみなけりゃ、仏の恩がわからねえ……こんなことをお説教で聞かされたもんだから、わしゃどうしても一度、罪ほろぼしのために、廻国の難儀をしてみなけりゃ済まされねえ……こう覚悟をきめてしまっていただね」
 お松はたまり兼ねて、その時言いました、
「与八さん、お前は、何をそれほどまでにして、罪ほろぼしをしなけりゃならないほどの罪をつくったの?」

         七十四

 お松が力を尽し、言葉を極めての説得も、ついに与八の志を翻すことができませんでした。
 それでも、お松の方もまた、与八ひとりのために、この幸福と、必然とを取逃がすわけにはゆかない人間以上の引力を、如何(いかん)ともすることができません。
 そこで、おたがいに泣きの涙で、おたがいの導かるる方、志す方に向わねばならない羽目となったのは、予想外中の予想外で、そうして、なにもそれをしなければ、直接の生命に関するというわけではないにかかわらず、そうさせられて行く力の前に、二人が如何とも争うことができなかったのです。
 翌日から、泣き泣きすべての出発の用意と、あとを整理することとに、働きづめであります。
 あとを濁さないように――というお松の日頃の心がけは、この際に最もよく現われ、いつも蔭日向(かげひなた)のない与八の心情もまた、こういう際によくうつります。
 持ち行くべきものは持ち行くように、あとに残して、蔵(しま)うべきものは蔵うようにしているうち、お松が一つの葛籠(つづら)の中から、一包みの品を見出して、与八に渡しました。
「与八かたみのこと」
と紙包のおもてに記してある。しかもそれは、先代弾正の筆に紛れもない。与八も奇異なる思いをしながら、それをほどいて見ると、守り袋が一つと、涎掛(よだれかけ)が一枚ありました。その守り袋を開いて見ると臍(へそ)の緒(お)です。紙包の表に書いてある文字を、お松が早くも読んでみると、
「与八さん――これは、お前さんの臍の緒ですよ。まあ、ここに生年月が書いてある、生年月ではない、何月何日、武蔵野新町街道捨児の事……与八さん、この涎掛がその時、お前さんがしていたものなのよ。御先代様が、こうして丹念に取ってお置きになったのを、お前さんに見せる折の無いうちに、お亡くなりになったものと見えます。今日になって、これが出て来たのも、本当に因縁(いんねん)じゃありませんか」
「ああ、そうだったか――」
 与八は、染色のあせた涎掛を、お松の手から受取って、両手で持ったまま、オロオロと泣き出しました。

 それから三日目、村人や教え子が寄り集まって、留別と送別とを兼ねたお日待でしたが、いずれも事の急に驚いて、泣いていいか、笑っていいか分らない有様です。
「末代までも、この地にいておもらい申すべえと思ったに、こうして急にお立ちなさるのは、夢え見ているようでなんねえ」
と言って泣く者が多いのです。こんな時に、お松はかえって涙を隠す女でした。そうして、一層の雄々しさを見せて、人を励ますことのできる女でした。
「皆さん、会うは別れのはじめ、別れは会うことのはじめですから、どこの土地へ行きましょうとも、また御縁があれば、いつでも会われます、一旦はこうして立っても、またおたがいに、いつでも手を取り合って楽しめる時が来るに違いありません」
 与八から言われたことをうけうりのようにして、お松が一生懸命に人々の心を励ましました。
 その翌日は、もう、運ぶだけのものを馬に積んで、乳母(ばあや)と子供は駕籠(かご)に乗せ、お松はあるところまで馬で――七兵衛は途中のいずれかで待合わせるということにして、幾多の村人や、教え子に送られて、この地の土になるのかと思われていたお松は、綺麗(きれい)にこの地を立ってしまいました。
 与八も、送ると言って、江戸街道まで姿を見せたには見せたけれども、自分が昔捨てられたという新町街道のあたりへ来た時分には、もう与八の姿は見えませんでしたが、お松は声をあげて、与八の名を呼ぶ勇気がありません。あの捨子地蔵のあたりへ来ると、面(かお)を伏せて声をのみました。

 こうして、お松とすべてを立たせてしまったその夜――沢井の机の家の道場の真中に坐って、涎掛(よだれかけ)を自分の首にかけて、ひとりで泣いている与八の姿を見ました。

         七十五

 二里三里と、飽かずに送って来てくれる見送りの者を、しいて断わって帰してしまった時分に、どこからともなく旅姿の七兵衛が現われて来ました。
 ここにまた不思議なことの一つは、いつも七兵衛の苦手であったムク犬が、最初から神妙に一行について来たが、今ここで不意に七兵衛が姿を現わしても、吠(ほ)えかかることをしませんでした。
 温容に七兵衛の面(おもて)を笠の下から見ただけで、その後は眠るが如くおとなしくなっていることです。このことは、ほかの人にとっては、気のつかないことでしたが、七兵衛にとっては一時(いっとき)、力抜けのするほど案外のことでありました。
 ムク犬が吠えない代りに、ちょうどこの前後に、駕籠の中の郁太郎が不安の叫びを立てたものです。
「与八さん、与八さん、与八さんはいないのかい、与八さん」
 いまさら思い出したように、与八の名を呼びかけ、数え年四つになった郁太郎が、突き出されたように駕籠の外へ出てしまいました。そうして前後の人を見渡したけれども、ついに自分の叫びかけている人の姿が、どこにも見えないことを知ると、
「与八さん、与八さん」
 覚束(おぼつか)ない足どりで、西に向って――つまり、自分たちが立ち出て来た方へ向って走りはじめます。
「郁太郎様、どこへいらっしゃる」
 登を抱いていた乳母(ばあや)がかけつけました。それを振りもぎって走る郁太郎。馬上にいたお松も、馬から下りないわけにはゆきませんでした。
「郁太郎様――与八さんはあとから来ますよ」
「あとからではいけない」
 お松のなだめてとめるのさえも、肯(き)かないこの時の郁太郎の挙動は、たしかに、平常と違っていることを認めます。
「与八さんは、あとから草鞋(わらじ)をどっさり、拵(こしら)えて持って来ますよ、だから、わたしたちは一足先へ出かけているのです」
「いや、いや、与八さんと一緒でなくては行かない」
「そんな、やんちゃを言うものではありません」
「いや、いや、与八さんと一緒でなくては……」
 この時の郁太郎は、激流を抜手を切って溯(さかのぼ)るような勢いで、誰がなんと言ってもかまわず、その遮(さえぎ)る手を振り払って、西へ向って、もと来た方へ一人で馳(は)せ戻ろうと、あがいているのです。
 お松でさえも、手に負えないでいるところを見兼ねた七兵衛が、
「与八さんは、あとから来るから、みんなで一足先へ行っているのだよ」
と言って、あがく郁太郎を、上からグッと抱きあげてしまいました。
「いや、いや、与八さんと一緒でなければ、どこへも行かない」
 抱かれた七兵衛に武者ぶりついて、ついに、七兵衛の面(かお)を平手でピシャピシャと打ちながら、泣き叫ぶ体(てい)は、全く今までに見ないことでした。
「では、与八さんのところへ連れて行ってやろう、さあ、こっちへこう戻るのだね」
 七兵衛が、如才なく後戻りをしてみせる、とその瞬間だけは郁太郎が納得しました。
 そうして、物の二三間も歩いて、もうこの辺と、引返そうとすれば、郁太郎は、火のつくようにあがいて、
「いやだ、いやだ――与八さんの方へ……」
 なだめても、すかしても、手段の利(き)かないことを七兵衛もさとり、一行の者が全くもてあましてしまいました。
「与八さんに送って来てもらえばよかったのにねえ」
 お松でさえも愚痴をこぼすよりほかはないと見た七兵衛は、
「この子は、与八さんという若い衆が本当に好きなのだから、この子の心持通りにしてやるのがようござんしょう」
 むずかる郁太郎を抱きながら、七兵衛は何かひとり思案を定めたようです。

         七十六

 沢井の道場に、ひとり踏みとどまった与八は、道場のまんなかで、涎掛(よだれかけ)をかけつつ、坐りこんで無性に泣いていました。
 今晩は、全く静かです。
 静かなはずです、先代の主人、自分の生命(いのち)の親たる弾正先生は疾(と)うに世を去り、まさに当代の主人であるべき竜之助殿は、天涯地角、いずれのところにいるか、但しは九泉幽冥の巷(ちまた)にさまようているか、それはわからない――最近になって復興して、竹刀(しない)の声に換ゆるに読書の声を以てした道場の賑わいも、明日からは聞えないのです。そうして、お松さんも、郁坊も、登様も、乳母も、あの人間以上と言ってもよい豪犬も、みんな行ってしまったから、今晩というものが、いつもの晩よりも、全く静かなのはあたりまえです。
 こんな静かなところで、誰もいないのに、あの図抜けて大きな男が、ちっぽけな涎掛の紐のつぎ足しをして、それを首筋にかけ、大きく坐り込んで、ホロホロ泣き続けているのだから、人が見たら笑いものですけれども、今晩は笑う人さえいない。
 幾時かの後、与八は急に飛び上りました。
「郁坊やあーい」
 立って、道場の武者窓から外をのぞいて見たが、外は暗い。
「郁坊やあーい」
 今度は、潜(くぐ)り戸(ど)をガラリとあけて外を見たけれども、外はやっぱり暗い。
 いつもならば、この暗い中から、のそりとムク犬が尾を振って出るのだが、今晩はそれも無い。
「郁……」
と与八が咽(むせ)び上って、悄々(しおしお)と道場の真中へ戻って来たが、また飛び上って廊下伝いに、今度は母屋(おもや)へ向けて一目散に走りました。
「郁坊やあーい」
 道場よりは幾倍も広い母屋は、幾倍も淋(さび)しい。
 母屋のうちを一通り廻って見た与八は、また道場のところへ戻って来て、
「郁……」
 でも、何か、外に未練が残るようで、耳を傾けました。
 与八は物に動じない男、或いは動ずるほどの感覚を持っていない男ですが、今晩は特別に、何かの幻覚を感じているらしい。
 咽(むせ)びながら静かにしていると、どうやら遠音(とおね)におさな児の泣く音がする。遠音とはいえ、思いきって近くも聞える。遠くなり近くなって、おさな児の泣く声。
 それが気になって、与八は、居ても立ってもいられない様子です。
 たまりかねた与八は、ついに草履(ぞうり)をひっかけて、表の方へ走り出しました。
 よし、何のゆかりもない近所隣りの悪太郎の泣く声であっても、この物すさまじい静けさには堪えられないから、それで、当てはなくとも、泣く子の声でも聞いてみたくなったのでしょう。
 ずっと、石段を下りて、街道筋まで走(は)せ出してみたが、また空(むな)しく道場へ立戻ってみると、道場の中で子供の泣く声がします。与八は自分の耳を疑いました。
 道場の戸を外から押開いて見ると、提灯(ちょうちん)をつけ放しにして置いた道場の中のぼんやりした光線の間に、一人の子供がいる。
「郁……郁坊」
「与八さん」
「郁坊か」
「与八さん」
「郁……」
「与八さん」
「郁……」
「与八さん」
「お前、戻って来たのカイ」
「おじさんが……おじさんが連れて来てくれた」
「そのおじさんというのは?」
「知らないおじさんがここまで連れて来てくれて、すぐ帰ってしまったよ」
「そうか」
 与八は確実に、郁太郎を抱き上げてしまいました。

         七十七

 その翌日は、門を閉し、広い屋敷のうちに人のいる気配(けはい)もなく、訪い来る人もありません。
 万事は昨日で終り、あとへ残った与八だけが、この大門を締めて、そうして与八自身も出立してしまったものと、村人は心得ているのでしょう。
 けれども、与八は残っているのです。郁太郎もまた、この家に留まっているのです。
 ただ、表の門を締めきって、二人ともほとんど、物の音も揚げないから、それで人が本当の留守と思っているのでしょう。
 与八は、今、室内の掃除をしています――掃除と共に物の整理です。整理というけれど、それはもう、ほとんど全部、お松の手で整理され尽していたから、いま、与八が整理にかかっているのは、与八の分として残されたものの整理です。それでも与八のために残された、当然、与八の所有物として残されたもののうち、大部分は人に分けてやってしまいましたから、今は、そう多分のものではなかったが、それを与八は、すべて一括してしまいました。
 一括して、どうするかと見れば、裏山へ持って行って、穴を掘って、その中へ投げ込んで暫く見ていました。その間というもの、郁太郎は絶えず与八に付ききりです。与八が母屋へ帰れば母屋、裏庭に出れば裏庭、道場へ戻れば道場――郁太郎は、絶えず与八につきつ纏(まと)いつしていたけれど、静かなもので、ほとんど一言も口をきくようなことはないのです。
 そこで、屋敷のうちは、いよいよ静かなものでしたが、裏庭へ穴を掘って与八は、一括したものを投げ込んだが、その上へ萱(かや)と柴を載せて、火をつけてしまいました。
 その火が、軽く燃え上ったところを、与八と、郁太郎が、静かに眺めていたのは夕方のことです。
 今、おもむろに焼けつつある一括(ひとくく)りの中には、数日前、お松が発見してくれた涎掛もあれば、臍(へそ)の緒(お)もあるはずです――そのほか、与八としては片時も離せない、意義のある人たちからの記念品も、みんなそれに入っていたようです。それを与八はみんな焼いてしまいました。お浜の遺骨を持って、郁太郎を背に負って帰って来た時以来の記念の品も、みんなここで焼いてしまったようです。
 それだけは取って置きなさいと、お松がいたら当然、忠告して差留めるであろうところのものまでも、与八は一切を穴に入れて、焼いてしまっているようです。記念というものは一つも残さないのがよい、と思っているからでしょう――
 それが燃えつくすのを、ゆっくりと二人は坐ってながめていましたが、いよいよ燃え尽したと見た時に、与八は鋤簾(じょれん)を取って静かに土を盛りました。

 その翌朝、まだ暗いうち、村人の一人も起き出ていない時分に、与八が郁太郎を背に負うて、今日こそは、この屋敷を発足するところの姿を見ました。
 それは、お松の一行は東へ――そうして与八は、西へ向って多摩川を溯(さかのぼ)るのです。
 背に子を負うているから、かぶることができないためでしょう、笠を胸に垂れて、そうしてささやかな一包みの荷物――草鞋(わらじ)脚絆(きゃはん)に、いつもするような無雑作(むぞうさ)な旅装いではあるが、ただ、いつもと変っているのは、与八の腰に帯びた一梃の鉈(なた)です――鉈という字、この場合彫と書いた方がふさわしいかも知れないが、それは、筏師(いかだし)がさすように筒に入れて籐(とう)を巻いたのを、与八は腰にさしています。
 与八として、こんなものを護身用として持たねばならぬ人柄ではないはずです。これは東妙和尚から授けられて、これによって、行くさきざきで、与八独特の彫刻を試みて、それで世渡り、旅稼ぎをしようとの用心にほかありません――
 行き行きて、その翌日、大菩薩峠の麓まで来ました。
 与八としては珍しくない道。自分の立てたお地蔵様はどうなっているか――それにもお目にかかりたいが、今日はそこでとどまる旅路ではない、峠の彼方(かなた)にはお浜の故郷もあれば、慢心和尚も待っている――今度はそれより先の道中、どうかするといずこの果てかで、弁信法師あたりにもぶつからない限りもないでしょう。

         七十八

 根岸に閑居の神尾主膳とお絹は、閑居は相変らず閑居に違いないけれど、このごろは、幾分か荒(すさ)みきった生活に経済的に潤いが出来たらしく、お絹は、しげしげと買物に出かけたり、家へ寄りつかないではしゃいでいることもあるのを以て見れば、どこからか水の手が廻っているものと見なければならぬ。だが、どこからといって、ほかから来るところがあるはずはない、多分七兵衛あたりが、さんざんに人を焦(じ)らした上で、その稼(かせ)ぎ貯めを、ぱっとばらまいたものと見るよりほかはないでしょう。
 七兵衛の奴は、稼ぎさえすればいいので、稼ぎためなんぞは存外、頭に置いていない男だから、自分が稼ぐことの興味と、労力とのほぼどの程度であるかということを、相手に納得させてやりさえすれば、その粕(かす)に過ぎないところの稼ぎためなんぞは、思ったより淡泊に投げだしてしまうに違いない。ところが、二人のうち、特にお絹という女にとっては、その粕こそが珍重物である。
 お絹は、その七兵衛の稼ぎための粕によって、当座の自分たちの生活に潤いがついたことによって、はしゃぎ出し、今日も主膳に向って、こんなことを言いました、
「あなた、築地(つきじ)へ異人館が出来たそうですから、見に行きましょうよ」
「うむ……」
「たいしたものですってね、あの異人館の上へ登ると、江戸中はみんな眼の下に見えて、諸大名のお邸なんぞは、みんな平べったくなって、地面へ這(は)っているようにしか見えないんですって」
「うむ……毛唐(けとう)めは、なかなか大仕事をやりやがる」
「異人は、何でもすることが大きいのね」
「うむ……あいつらの船を見ただけでもわかる、いまいましい奴等だ」
「そうしてまた、いちばん高いところへ登ると、上総、房州から、富士でも、足柄でも、目通りに見えるんですとさ」
「話ほどでもあるまいがな」
「話より大したものですとさ、本館が鉄砲洲河岸(てっぽうずがし)へいっぱいにひろがって、五階とか六階とかになっているその上に、素敵な見晴し台があるんだそうですから」
「うむ」
「それに、その見晴し台には、舶来の正銘に千里見透しという遠眼鏡が備えてあるから、それで見ると、支那も、亜米利加(アメリカ)も一目ですとさ」
「話百分にも、千分にも聞いているがいい」
「聞いてばかりいても、つまりませんから、見てやりましょうよ、ちょうど、天神下の中村様から伝手(つて)があって、紹介してやるから、見物に行ってこいと言われました」
「うむ、中村が……見てこいと言ったか」
「ええ、あの方、異人の大将にごく心易(こころやす)い方があるんですって。ですから、あの方に紹介していただけば、間取間取(まどりまどり)もみんな見せてもらえるし、見晴し台へも上れるし、その遠眼鏡も、飽きるまで見せてもらえるんですとさ」
「うむ」
「あなた、いらっしゃらない?」
「うむ」
「わたしは、あなたもお連れ申して行くように言いました、あなたとは言いませんけれども、一人二人お友達をつれて行くかも知れないがよろしうござんすか、と念を押しますと、さしつかえないと言いましたから、ぜひ、一緒にいらっしゃいまし」
「お前のおともをして行くのも、気が利(き)かないなあ」
「そんな気取ったことをおっしゃるな、かえってお微行(しのび)のようで、いいじゃありませんか」
「うむ、後学のためにひとつ、見て置いてもよかりそうだ」
「ぜひ、そうなさい……では、そのつもりで乗物を言いつけましょう」
「まあ――待ってくんねえ、お腹がすいたから、兵糧をつかってからのこと」
「やりやがる」とか、「待ってくんねえ」とかいうような言葉が、主膳の口から時々ころがり出すのは、氏(うじ)より育ちのせいでしょう。

         七十九

 主膳とお絹とは、御飯を食べながら、しきりに異人館の話をしています。
 話といっても、主膳は受身で、お絹だけが乗り気になって、珍しいものの数々を、ひとり合点(がてん)の受売り話みたようなものです。
「それからねえ、異人にもずいぶん、別嬪(べっぴん)がいますとさ」
「そうか」
「あなた、異人の別嬪さんを、ごらんになったことがありますか」
「毛唐の女なんて、まだ見たことはない」
「ところがね、その異人館にはね、そこの大将の奥様で、素敵な異人の別嬪さんが来ているんですとさ」
「うむ」
「それに、女中たちも、異人国からなかなかすぐったのを連れて来ているそうですよ」
「毛唐の女にも、別嬪と不別嬪の区別があるのかなあ、髪の毛が赤くって、眼の玉の碧(あお)い奴にも、美と不美とがあるのか知らん」
「そりゃ、ありますともね、そうして、その異人館の奥さんが別嬪の上に、異人館の主人がまたいい男なんですって」
「毛唐の女に、美人と不美人がある以上は、男にも、やっぱり好い男と、悪い男との区別があるだろう」
「ありますともね。そうして二人とも、大へん仲がよくってお世辞がよく、日本の言葉が少しはわかるんですって。そうして御亭主の方が、ワタクシ奥サン美人アリマス――なんて言うと、奥さんの方が負けずに、ワタクシ旦那異国一番イイ男、なんて、手ばなしでやるもんですから、それが異人だけに愛嬌になって、大へんな人気だそうです」
「毛唐にも、相当に洒落者(しゃれもの)があるのだなあ」
「あなたはそう毛唐毛唐とおっしゃるけれど……あなたばかりではない、日本の人はみんな毛唐毛唐って、人間じゃないように言うけれど、つきあってみると、どうして異人の方が、よっぽど日本人より捌(さば)けていて、物のわかったところもあれば、人情も深いところがあるのですとさ」
「毛唐にも、そんな人間らしい心があるのかなあ」
「大有りですとさ。その証拠には、日本の女でね、初めは、見るのもけがれのようにいやがっていたものが、贔屓(ひいき)にされてるうちに、だんだんよくなって、よくなって、こっちが熱くなり……」
「もう、よせ、それはらしゃめんという奴だろう、日本に生れても、日本人の部じゃないのだ」
「らしゃめんなんて、悪口を言うけれど、世話になった女の人に言わせると、異人は情が深くって、実があって、それにお金は糸目なしに本国から来る、宝石や、羅紗(らしゃ)は好きなのが選取(よりど)りに貰える、ほんとうに異人はいい、異人さんに限る……」
「してみると、お前なんぞも、そのらしゃめん向きに出来ている一人だろう」
と言われて、はしゃぎきっていたお絹が、ふくれ出し、
「何をおっしゃる」
「お前もひとつ、その情け深くって、実があって、お金は糸目なしに本国から来て、宝石でも、羅紗でも買ってもらえる奴を一人二人、相手にしてみたらどうだ」
「いやなことをおっしゃいますねえ」
「お前というイカもの食いも、まだ毛唐を食ったことはあるまい」
「お気の毒さま……それよりは、そちら様こそ、異人館へ行って、まさか奥さんはお話合いになりますまいが、女中さんのうちの乙なのを一つ、かけ合ってみてごらんになっては……あなたほどの悪食(あくじき)ですから、異人の女を食べたって、あたるようなことはございますまい」
「うむ」
 ここで主膳が、うむと言ったのは、どういう意味かわからないが、挨拶に困っての詞(ことば)だけのものでしょう。
「なんなら、お取持ちを致しましょうか」
とお絹がつぎ足したのも、隙間だらけでしっくりとはうつらない。
 乗物が来たからお絹を一足さきに、主膳は後(おく)れて行くことにきめました。

         八十

 お絹は、いそいそと出て行ったけれども、主膳はそれほど気が進んではいない。
 勧められた事柄が風変りだから、後学のためにひとつ見て置いてやろうかな、という気になったまでのことで、別段、興をそそられているわけでも、なんでもないのです。
 それでも、あつらえた乗物が来てみると、やめるという気にもなれず、それに打乗って、根岸から築地へ向けて急がせてはみたが、乗物の中で、なんとなしにばかばかしいという気で、さっぱり目的のことに興味は持てないのです。
 このことばかりではなく、主膳はこのごろは何事にも、さっぱり、興味というものが持てないでいる。それは単に金が無いから、軍費が続かないから、それで面白くないというだけではなく、今は金があっても、興味が持てないものがあるのです。
 乾ききっていたついこのごろ――逆さに振っても、水も出なかったこのほど――銭さえあれば昔のように我儘(わがまま)にも遊べるし、綺麗に使いこなすことも知っている。銭が物言うことを最もよく知り抜いているだけに、お絹という女から、金が欲しい、金が欲しい、と当てつけられた時は、むらむらとして、押借り強盗でもなんでもいいから、銭の入る方法があれば何でもやる。お絹という女も、銭にさえありつく仕事なら、万引でも、美人局(つつもたせ)でもやりかねない女ではあるが、環境というものが、そうまでは進ましめないでいる鼻先へ、七兵衛という奴が、猫に鰹節を見せびらかすような、キザな真似(まね)をして見せたけれども、結局、かなりまとまった金をとって来て、自分たちに思うように使わせることになった。
 使わせるものなら使ってやれ――という気になったが、そこはお絹と違って、事実、銭を目の前へ突き出されてみると、使い捨てるのがおっくうだ。なんだか白々しくって、ちょっと手を出してみる気にならない。
 この銭を使って、昔やったような馬鹿遊びを繰返してみたところで何だ、さっぱり面白くないなあ、本来、遊びというやつに面白いものは一つとして無いじゃないか。
 そこへ行くと、あの女は、金があると、まるで、色気づいてしまって落着いてはいない。無い時は悄気(しょげ)返って小さくなっているが、いざ、いくらか身についたとなると、あのはしゃぎようは――そうして、勝負事に注ぎ込むんだ。買物なんぞはたかの知れたものだが、あの女は、相手かまわず勝負事に目がない。
 だが、やりたければ、やれ、やれ、ばくちでも、ちょぼ一でも、うんすんでも、麻雀でも、なんでもいいから勝手にやれ、こちとらは、もうそんなことで慰められるには、甲羅(こうら)を経過ぎている。
 ばくちでも、ちょぼ一でも、焼けついていられるうちが花なのだ。七兵衛から捲きあげたあぶく銭、いくらあるか知らないが、あの女の勝負事に使った日には、いくらあったって底無し穴へ投げ込むようなもので、遠からず、また壁へ馬を乗りかけるのは知れている。そうなった時分に、また同じような荒(すさ)みきった生活が繰返される。
 いやになっちまうな……神尾主膳は乗物の中で、こんなことを考えると、いよいよいやになり、引返そう、屋敷へ引返して、字を書いてでもいた方がましだ、字に飽きたら、子供をおもちゃにして遊ぶことだ、毛唐屋敷が何だ――こんなことを考えながら、額に滲(にじ)む汗のところへ手を当ててみると、ザクリとその指先に触れるものがある。それは、古屋敷の中で、草に隠れた古井戸へ片足を突込んだように、主膳をして一種の不安と、今までとは違った不快な思いで、胸をカッとさせたものは、例の額のあの古傷です。
 こいつが――そもそもこの古傷が、こうも自分を不愉快なものにしてしまったのだ。銭がいやなのではない、遊びが面白くないのではない、みんなこの額の刻印が、自分というものを刑余の入墨者(いれずみもの)同様な、卑屈な日蔭者にしてしまったのだ。
 ちぇっ!
 こいつが――この傷が、これがあるおかげで、この生れもつかない眼が一つ殖えたおかげで、おれの半生涯が、すっかり暗くなってしまった。

         八十一

 主膳は、むらむらとして、その時に、かの弁信法師なる者に対しての渾身(こんしん)の憎悪(ぞうお)を、如何ともすることができません。
 あいつさえ無ければ、あのこましゃくれた、お喋(しゃべ)りの坊主の、ロクでなしさえ無ければ、こんなことにはならなかったのだ、自分の面体(めんてい)に生れもつかぬ刻印を打ち込んで、入墨者同様の身にしてしまったのは、あのこましゃくれた、お喋りの小坊主の為せる業ではないか――主膳がその時のことを思い出して怒ると、額の真中の牡丹餅大の古傷が、パックリ口をあいて、火炎を吐くもののようです。
 全く、小坊主のために、自分はこんなにされてしまった。耳切りと入墨と、二つを兼ねたような処刑を、あのお喋り坊主から受けて、自分は今日人前へ出されぬ面(かお)にされてしまった。
 憎い小坊主、天地間に憎いとも憎い小坊主め――主膳は、キリキリと歯がみをしてその瞬間には、自分というものの過去は、すっかり抛却され、一にも、二にも、憎いものに向って、その骨髄に食い入る憎悪心が燃え立ちます。
 一にも弁信、二にも弁信、あいつがこのおれの面を、世間へ面向けのできないようにしてしまったのだ。思い一度(ひとたび)ここに至ると、酔わない時でも、酒乱の時と同様に、食い入る無念さに、心身が悩乱し狂います。
 事実は、弁信から暴力をもって、そうされたわけでもなんでもない。弁信もまた、彼に見せしめの入墨を与えてやろうとて、そうしたわけではなし、かえって神尾の暴虐の手から遁(のが)れようとする途端に、無心のハネ釣瓶(つるべ)があって、主膳の額から、あれだけの肉を剥ぎ取って行ったもので、無論、主膳自身の暴虐が、そういうハズミを食わせるように出来ていた。
 それこそ、当然の刑罰が、ハネ釣瓶の手を借りて、痛快に行われたものに過ぎないから、怨(うら)むべくば、井戸の釣瓶を怨まねばならないはずなのに、主膳は、その事なく、弁信を極度まで憎み、あの時完全にあのお喋り坊主の息の根をとめてしまうまで見届けなかったことを、親の仇を取り残したほどに、残念に思う。
 今も、乗物の中で、それを思い出した主膳は、もう矢も楯もたまりません。
「駕籠屋(かごや)、もういいから、根岸へ戻せ、築地へ行くのは止めだ、根岸へ戻せ、戻せ」
 主膳のこう言った言葉と出逢頭(であいがしら)に、外では駕籠屋が、
「旦那様、曝(さら)しがございますが、ごらんになっちゃいかがですか」
「え、何?」
「曝しでございます」
 主膳の癇癪(かんしゃく)と、駕籠屋の注告とが、ぶっつかって、ちょっと火花を散らしたが、駕籠屋の注告に制せられて、
「曝しとは何だ」
「ごらんなさいまし」
 駕籠屋が外から垂(たれ)を上げたものです。今まで自分だけで心頭をいきり立たせていたものだから、外面を乗物がどううろついて来たか、その辺はいっこう、耳にも入らなかったのだが、そう言われた瞬間に、人通りの劇(はげ)しい音が主膳の耳に入り、つづいて、外からはねられた垂の外を見ると、そこに、「曝し物」
 うむ、ははあ、いつのまに、日本橋まで来ていたのか。
 ここは日本橋だ、しかも日本橋の東の空地だ、なるほど、曝し場に違いない。小屋があって、筵(むしろ)がしいてあって、後ろに杭(くい)があって、その前にズラリと一連の曝し物がある。
 曝し物は、官がわざわざ曝して、衆人の見るものに供するのだから、ただでさえ、物見高い江戸の、しかも、日本橋の辻に官設してあるのだから、見まいとしても、それを見ないで通ることを許されないようになっている。駕籠屋は、乗主(のりぬし)に対する義務として、わざわざ注意して、頼みもしないのに進行を止めて、垂(たれ)まで上げて見せようとする。それにぜひなく人垣の隙間から主膳が見ると、苦りきってしまいました。
 生曝(いきざら)しの坊主が数珠(じゅず)つなぎになって曝されている。

         八十二

 それを見ると、苦りきった主膳は、いったん、舌打ちをしてみたが、何と思ったか、急に兎頭巾(うさぎずきん)を取り出すと、それを自分の頭にすっぽりかぶって、
「坊主の生曝しは近ごろ珍(ちん)だ」
と言って、乗物から、のそのそと出て来ました。
「御覧になりますかねえ」
 駕籠屋どもは、公設の曝し物の前を乗打ちをさせては、乗主に申しわけがないというお義理から、ちょっと進行を止めてみたのが、乗主は意外にも、それに乗り気になって、のこのこと駕籠を出たものだから、少し案外に思っていると、主膳はズカズカと人混みの中へ行って、その坊主の生曝しを、兎頭巾の中からじっと見据えてしまいました。
「旦那様――」
「よろしい、貴様たちは、もう勝手に帰れ」
「築地の方は、どういたしましょう」
「少し寄り道をして行くから、貴様たちはこれで帰れ」
 主膳は、相当の賃金を与えて、乗物をかえしてしまいました。
 そうして、人立ちの中へ分け入り、自棄(やけ)になって、思い入りこの曝(さら)し物(もの)を見ている。
 都合、五人の坊主が、杭(くい)に縛りつけられて、筵(むしろ)の上に引据えられて、縦横無尽の曝し物になっている。
 その背後には高札があって、何故にこの坊主共が、こうして生曝しにされていなければならないかの理由が記してある。それを読むまでもなく、神尾主膳は、
「千隆寺の坊主共だな」
 千隆寺の坊主というのは、根岸の自分たちのつい近所にいて、立川流とかなんとかいって、子を産ませるお呪(まじな)いをする山師坊主の群れだ。しかもその親玉の敏外(びんがい)という奴は、自分の昔馴染(むかしなじみ)の友達であった。だが、ここには、その親玉の坊主はいない。その取巻や下(した)っ端(ぱ)、現に自分のところへ、親玉を置いてた時分に、よく秘密の使者にやって来た若いのも、現在ここにいる。
「見られた醜態(ざま)じゃねえな」
と主膳が、自分の古傷を、自分で発(あば)いて興がるような心持で、その坊主共の面(かお)を、いちいち頭巾の中から見据えていました。
 曝し物というものは、見せるために据えつけて置くのだから、いくら見据えたところで、文句の起るはずはないが、主膳がこうして痛快な気分で、「見られたざまじゃねえや」――巻舌をしながら見据えているのは、その気が知れないことです。
 主膳としては、こいつらが、覿面(てきめん)の仕置を蒙(こうむ)って、見せしめになっていることに向って、官辺と市民の制裁が至当であることを、世道人心のために我が意を得たりとして、見ているわけではありますまい。といって、気の毒なものだ、さして腹のある奴等でもないのに、山師に操られて、心ならずも深入りしたために、仮りにも出家僧形の身を、こうして万人の前に曝し物にされている、ともかくも、何とかしてとりなしてみてやりたい……というような臆測の気分で見ているはずもない。
 だが、見られたザマじゃあねえや……という呟(つぶや)きの下には、たしかにイイ気味だ、どうだい、そうして曝し場の道に坐っている坐り心地は、どんなものだい……といったような意地悪い色が、眼の中にかがやいている。つまり、神尾主膳は、痛快な残忍性をそそりながら、その曝され物が、ことに多少は自分の身に近いところから出たということに、一層の快味をもって、飽かず見据えている、と見るよりほかはありません。
 そのうちに、人だかりの中から、
「なあんだ、なまぐさ坊主のくせに、いやに好い男でいやがらあ、向うにいるあの坊主なんざあ、羽左衛門そっくりだぜ、大方坊主と見せて、蔭間(かげま)でもかせいでいたんだろう」
という職人の悪口が、主膳の耳にとまりました。
「蔭間だ、蔭間だ、坊主抱いて寝りゃめっちゃくちゃに可愛い、どこが尻やら、ドタマやら」
 この声で、人だかりがドッと笑いました。

         八十三

 幾時の後、吉町(よしちょう)の金筒(きんづつ)という茶屋の一間で、酔眼を朦朧(もうろう)とさせている神尾主膳を見る。
 次の間には、抜からぬ面で御機嫌をうかがっている野だいこの金公を見る。
「金助、おれは何を見ても聞いても、このごろはさっぱり面白くないんだ」
と主膳が言う。金助ベタリと額(ひたい)を一つ叩いて、
「頼もしうござんせんな、御前(ごぜん)なんぞはまだ、勘平さんの頭を二つか三つというところでげしょう、三十九じゃもの花じゃもの、まだまだ花なら蕾(つぼみ)というところでいらっしゃいます、それに何ぞや、この世が面白くないなんて、心細いことを御意あそばすようでは、金助如きは、世間が狭くなって、もう一寸たりとも、お膝元が歩けません、いざ改めてお発(はっ)し下さいませ、行道先達(ぎょうどうせんだつ)、ヨイショ」
 金助は相変らず、アクの抜けないお追従(ついしょう)を並べて、得意がっている。
「見るもの、聞くものが面白くないばかりか、何を見ても、聞いても、癪(しゃく)にさわることばっかりだから、今日は、ここへしけ込んだを幸い、貴様を呼び寄せて、横っつらをひっぱたいてやろうと思っているのだ」
「これは驚きやした!」
 金助は頬をおさえて、やにわに飛び上るような恰好(かっこう)をし、
「気がくさくさするから、金助を呼び出して、うんとひっぱたいてやろうなんぞは、全く恐れ入ります、ひっぱたく方の御当人は、それでお気が晴れましても、ひっぱたかれる方の金助の身になってごろうじませ」
 金助は、仰山な表情をして、痛そうに頬を押え、
「しかしまあ、殿様、金助如きが面(つら)でも、打ってお心が晴れるなら、たんとお打ちなさいまし、金助、殿のお為めとあらば、横っ面はおろか、命まで厭(いと)いは致しませぬ」
「じゃ、なぐるぞ」
「さあ、お打ち下さいまし」
「いいか」
「はい、殿のお為めとあらば、骨身を砕かれても厭うところではございませんが、それに致しましても、なるべく痛くないようにお打ちを願います、ヘボン先生に足を切らせると、痛くないように切って下さるそうでげすが、あの伝でひとつ……」
「それ、面を出せ、横ッ面を……」
「はい、なるべく、どうか、そのヘボン式というやつで」
「いいか」
「是非に及びませぬ、こんなことだろうと思って、家を出る時に、女房子と水盃をして出て参りました」
「泣くな」
「泣きゃいたしませぬ」
 金助は覚悟をして、なめくじのような恰好をし、頬のところを主膳の方に差向けて、すっぱい面をしながら、
「いつぞやは、御新造様に打たれました、あれはあまり痛みませんでございました。その前は女軽業の親方に打たれましたが、女とはいえあの方は、ちっと薬が強うございました。女とは申せ、あの女軽業の親方なんぞは気が荒うげすからな、自然、痛みの方も激しうげしたが、そこはそれ、痛みが強いだけ、利(き)き目の方もたしかなものでげしてな、この風通(ふうつう)と、このお召と、それから別にお小遣(こづかい)が若干……」
「たわごとを言うな、それ、行くぞ」
 神尾主膳は、思い切って金助の横っ面を、ピシャリと食(くら)わしたが、
「あっ!」
 その途端、金助は仰山に後ろへひっくり返る。平手で横っ面をひっぱたかれたにしては、手当りが少し変だと思うも道理、金助が横ッ倒れに倒れた周囲には、山吹色の木の葉のようなものが、あたりまばゆく散乱していたから、眼の色を変えて起き直り、
「こうおいでなさるだろうと思いました、骨身を砕くだけのものは、たしかにあると、こう信じたものでげすから……へ、へ、へ、金助の眼力(がんりき)あやまたず」
 金公は驚悦して、その山吹色の、木の葉のようなものをかき集めにかかる。

         八十四

 山吹色の、木の葉のようなものを懐ろへ入れて、すましこんだ金助に向い、
「金公、おれは今日、日本橋で変な曝(さら)し物(もの)を見て、胸が悪くってたまらないのだ」
と言って、神尾主膳は坊主の生曝しのことを話し、
「全く、イヤな物を見せられたが、坊主の生曝しというやつはまた痛快なものだ。いい気味だと思って、わざわざ駕籠(かご)から下りて穴のあくほど見てやったが、全くいいザマではあったが、小癪にさわることには、その坊主共が、曝し物のくせに、イヤに男っぷりがのっぺりしてな、あいつは蔭間(かげま)だろうと見物が言っていた」
 それから急に胸が悪くなったが、いっそ胸の悪くなったついでに、一番、その蔭間というやつを、おもちゃにしてみてえ。
 今でこそ、蔭間は法度(はっと)になっているが、そこは裏があって、吉町へ行けば、古川に水絶えずで、いくらでも呼んで遊べる、ことに、この金筒のお倉婆あ、その方に最もつてがあるとのことだから、やって来たのだ、金公、貴様お倉婆あと相談して、よきに取計らえ――と主膳が言う。
 それを聞いて、金公が心得たりと小膝を丁と打ち、呼べる段ではない、この金筒のお倉婆あこそは、今は蔭間専門を内職とし、ここへ申しつけさえすれば、到るところに渡りがついていて、舞台子、かげ子、野郎の上品下種(じょうぼんげしゅ)、お望み次第だということ、その来歴、遊び方、散財の方法なんぞを、心得顔に並べるのがうるさく、神尾は、ちょうど傍へ来合わせた三毛の若猫を取って、それを上手に投げると、得意になって振りたてていた金公自慢の髷(まげ)つぶしに、その猫が取りつく。
「あいつ、あいつ……これはまた恐れ入りやした、悪い洒落(しゃれ)でございます。猫を背負うとてお背中をかっかじられやせぬものを……これこれ、わりゃ、身共がつむりを噛(か)んで何と致す」
 金公は、頭へのせられた猫を取下ろそうとしたが、猫が髷に爪をからんで離れない。金助がいよいよ騒げば、猫がいよいようろたえる。その結果はさんざんに、髷と額をかっかじる。
「こりゃこれ、男の面体(めんてい)へ」
とかなんとか言ったが追附かない。
 それを見て神尾は、面白がって笑う。
 結局、金公は、自力ではこの猫を自分の頭から取外(とりはず)すことができないことになる。取外して外せないことはないが、強(し)いてそうすれば、自分の髷を全部犠牲にしなければならぬ、その上、この頭の部分に負傷する虞(おそ)れもあるから、今のところでなし得ることは、じっと動かないよう、猫を頭の上に載せたままで、両手をあげて抑えているだけのものです。
 抑えられた猫は、その窮屈に堪えないで動こうとする。そのために、痛い思いを我慢する金公の面を見て、主膳が大声をあげて喜ぶ。
 結局、金助は、この場にいたたまらず、猫を頭に載せたままで、下の座敷へ向って逃げ出し、誰ぞもう少し好意を持った相手の力を借りることよりほかに、最上の道はないことを知った。
 そうして、金助を追払ってしまった後の神尾主膳は、脇息を横倒しにして、それを枕に天井に向って、太い息を吹きかけながら横になりました。
 男色を弄(もてあそ)びに来たということが、愉快を買いに来たのではなく、男性というものの侮辱ついでに、もう一歩進んで侮辱を徹底させてやれ、というような残忍性が、主膳をこんなところに導いたものである。侮辱というけれども、この場合、主膳自身が侮辱されたわけではないが、侮辱されている男性の端くれを、日本橋で見たのが、男色を商(あきな)うやからに似ていると言われたついでに、男性が男性を侮辱するも一興だろう、とこんな謀叛心(むほんしん)で――ここへやって来たものだから、なにも特別に執着を感じてはいない。
 横になって、そうしてやっぱりこの倦怠した、この不安、不快な気分をどうしようという気にもなれない。
 結局、酒に限る――酒に落ちゆくよりほかののがれ場はないというに帰する。

         八十五

 主膳が再び、うたた寝からさめ、
「金助――金助」
「はーい、殿様、お目覚めでござりますか」
「何だ、お前は」
「はい」
 神尾主膳は、二度目のうたた寝から覚めた朦朧(もうろう)たる眼を据えて、いま、眼前にわだかまっている代物(しろもの)を見ると、圧倒的に驚かされないわけにはゆきません。
 それは金助ではない、金公とは似ても似つかぬ一人の女、しかも、小山の揺ぎ出でたようなかっぷくの大女、銀杏返(いちょうがえ)しに髪を結って、縞縮緬(しまぢりめん)かなにかを着て、前掛をかけている。呆(あき)れ果てた主膳は、
「お前はここの女中か」
「はい」
「でかい女だなあ」
「はい」
「あのな、こちがさいぜん呼んだ金助というがいるだろう」
「金助さんは、ちょっと急の用事が出来ましたから、殿様のおよっている間ゆえ、御挨拶も申し上げず、ちょっと失礼いたしますから、殿様の御機嫌に障(さわ)らないように、よろしく申し上げてくれといってお出かけになりましたよ」
「うむ、金公が出て行ったのか、では、お前でもいい、酒を持て」
「お酒は、おやめあそばしませ」
「ナニ、酒を飲むな?」
と主膳は、大女の面(かお)をまじまじと見て、
「料理屋へ来て、酒を飲むなと言われたのは初めてだ」
「はい、殿様は酒乱の癖がおありになるから、お酒のお言いつけがあっても、なるべく差上げないようにと、おっかさんから言いつかっておりますえ」
「ふん、なるほど、貴様は正直者だ、言いつかった通りを、客の前で言ってしまうのは、正直者でもあり、新前(しんまい)でもあるな。いったい、いつ、どっちの方から、この店へ来た」
「はい――もとは両国にもおりましたが、近頃は田舎廻(いなかまわ)りをしておりました」
 こう言われてみると、その昔、女軽業(おんなかるわざ)の一行のうちの人気者で、甲州一蓮寺の興行から行方不明になった、力持のおせいさんという者があったことを、知る人は知っている。
 その時分には、神尾主膳も甲府にいた。主膳としても、あの女軽業を見物に行った覚えのあることは確かだが、その一座の中の看板に、現在眼の前にいる怪物が、客を呼んでいたかいなかったか、そんなことの記憶までは残ろうはずもない。この怪物の方でも、当時の見物の中に、あの時お微行(しのび)で通った彼地(かのち)のお歴々としてのこのお客様の姿形を、頭に残していようはずはないにきまっている。
 主膳は、この思いがけない大女の出現と、その大女が、酒をすすめるためでなく、禁酒の監視役として出張して来たような態度に、相当興をさまさないわけにはゆきません。
「一杯ぐらいはよかろう、ほんの一杯飲ませてくれ――相手の来るまでの退屈しのぎにな」
「少しぐらいならかまいません」
「許してもらえるかな」
「飲み過ぎて、酒乱を起しさえしなければ、差支えはございません」
「差支えないか」
 主膳は、お茶屋へ、酒飲みの請願に来たような心持で、いっそ、多少の愛嬌をさえ感じたらしく、
「さしつかえなくば、ほんの少々のところ、お下げ渡しが願いたい」
「お待ちなさい、わたしが、おっかさんに相談して、差上げていいと言われたら、差上げることにいたします」
「そうか、では、おっかさんに相談して、ほどよいところを少々、お恵み下し置かれたいものだ」
「待っておいでなさい」
 大女は、のっしのっしと出て行ったが、その後で、神尾主膳は呆(あき)れがとどまらない。
 それでも、しばらくして、酒盃をととのえて来て、主膳をもてなすだけのことはしました。
 お酌(しゃく)もすることはするが、どこまでも、自分が監視して飲ませるのだ、特にこのお客に限っては、本部からの監視命令があって、飲ませるには飲ませても、程度がある――といった申附けを、露骨に遵奉(じゅんぽう)している手つきが腹も立たないで、いよいよお愛嬌だ。

         八十六

 でも、この監視つきのお酌で、一杯、二杯と傾けているうちに、相当にいい心持になって行くのは奇妙だと思います。
 これは、へたな御機嫌取りの取持ちや、見え透いたお世辞者よりも、この大女にしてお酌と監視役とを兼ねた山出しが、時にとっての愛嬌となったためでしょう。大女のぎこちないお酌のしっぷりが、かえって興を催したものだから、神尾主膳は、いい気になって立て続けに二杯三杯と呷(あお)り、女が狼狽(ろうばい)ぶりを、いよいよおかしく、まじまじとながめて、ようやく悦に入り、
「大きいなあお前は。いったい、目方は何貫あるんだ、カンカンは」
「生れつきだから、どうも仕方がありません、痩(や)せたいと思っても、痩せられやしません、削るわけにもゆきませんからね」
「強(し)いて、痩せたり削ったりするには及ぶまいではないか、世間には肥りたがって苦心している者もある」
「商売をしている時は、肥っていてもいいが、こうして御奉公をしている時は、痩せていた方が、どのくらい楽か知れないと思いますね」
「商売――肥っていてもいい商売というのは何だ」
「楽をしていると、かえって肥りますねえ」
「うむ、苦労をすると人間は痩せる、お前なんぞは苦労が足りないのだ」
「ずいぶん、苦労もしましたけれど、なかなか痩せませんね」
「ちっと、親肉(しんにく)を切って売り出したらどうだ。いい肉だなあ、豚一の殿様へ持って行けば、物言わず一斤二十匁でお買上げになるぜ」
 神尾は、力持のおせいの肉体を、着物の外れからつくづくとながめているうちに、その眼の中に、皮肉と険悪の色が、そろそろと溢(あふ)れ出して来ました。
 通常の人は、物を見るのに二つの眼を以てするけれども、神尾主膳は三つの眼を以てするのです。ことに、弁信法師から、真中の特別な一つの眼を授けられて以来というものは、父と母とから与えられている二つの眼が、むしろそれを見まいとして避ける場合にも、その一つだけが、パッカリとあいて、最後まで、それを凝視していなければやまないようです。
 日本橋で、僧侶の生曝(いきざら)しを徹底的に見まもっていたのがこの眼でした。そして、僧侶という人間界の特別階級の為せる汚辱と、冒涜(ぼうとく)が、白昼、俗人環視の真中で曝されていることを見て、その眼が、痛快な表情を以てクルクルと躍り出したかのように、かわるがわるその曝し物を貪(むさぼ)り見て、飽くことを知りませんでした。
 これは、単にこの事にのみ限った例ではありません。すべて、その視力の及ぶ限りでは、人間というものの間に行われる、すべての汚辱と冒涜、破倫と没徳、醜悪と低劣、そういうものに向っては燃えつくような熱と、射るような力を以て、それを見のがすまいとはしています。見出したが最後、それが燃え尽すまでは、見捨てるということは不可能らしい。
 坊主の冒涜ぶりを貪看(どんかん)して、飽くことを忘れたこの眼が、その坊主が、蔭間(かげま)という人間界の変則なサード種族に似ているという偶語を聞いてから、その凝視から一時解放されると共に、今度は、その蔭間というやつを見てやらねばならぬ――という熱と力とに変化してきたのは、当然のような経路でありました。
 この眼こそは、人間というものが、極度まで汚さるるところを見たいのです。それが、底知れずに犯されて行く現場を見たいのです。
 偶然にそれを見ることができれば幸い、そうでない限りは、自分から――自分といっても、眼という器官だけのそれ自身では、自由行動の能力が無いから、とりあえず自分だけの持てる能力を極度に誘導発揚して、その心をそそのかし、そうしてこの四肢五体の主人公を動かして、退引ならぬ現状を作らせ――そうしておいて自分は一段高いところにいて、飽くまでその現状を凝視することを、むしろ必須の食物ででもあるかのように心得ているらしい。

         八十七

 その目的物を見ようとする途中の道草としての、この女化け物に、神尾が、かりそめの興味を呼び起してみると、梯子酒のように、その残忍性が募って来るのは、この男の持前です。
 パックリと口をあいた真中の眼が、力持のおせいというものが有するアブノーマルな肉体に向って、貪看(どんかん)を起しはじめたのが運の尽きでした。
「おい、お前、女角力(おんなずもう)というものを見たか」
「え、女角力でございますって」
「見たかじゃない、お前も、前生はその女角力で鳴らした仲間じゃないか」
「いいえ、角力はやりませんでしたが」
「角力はやらなかったが……その身体(からだ)で何をやっていたえ」
「何でもいいじゃございませんか、そんなことをおっしゃらずに、もう一つ召しあがれ」
「おやおや、御意見役が今度は、お取持ちになったのだな」
 主膳は、おせいがテレ隠しにすすめる酒を受けて飲み、
「女角力をやっていたのだろう。どこでやったい、神明かい、両国かい」
「女角力なんて、やりゃしませんよ」
「なあに、やらないことがあるものか、たしかにお前が、女角力の関(せき)で鳴らしているのを、両国で見たよ」
「え!」
「そうら見ろ、隠したって駄目だ、お前は両国で、後白浪(あとしらなみ)といって、関相撲を取っていたあれだろう、しらぱっくれても、こっちには種があがってるぞよ」
「それはお人違いでしょう、両国にもいるにはいましたけれど、角力なんぞ取りゃ致しません」
「隠すなよ、隠すと裸体(はだか)にして、証拠をあげて見せるぞ」
「隠しゃしませんよ」
「それじゃ、両国にいたろう、そうして女角力をとったろう、どうだ、その時のことを話して聞かせないか」
「そんなこと、お聞きになるものじゃありません」
「聞かせたって、いいじゃないか」
「そんなこと、どうだって、いいじゃありませんか、それよりは、もう一つ召上れ」
「おやおや、御意見番から再度の杯、そろそろ味が出て来た」
「殿様は、ちょいちょいこの家へいらっしゃいますか」
「昔はよく来たものだが、今日は、思いがけない出来心でな」
「子供衆をお呼びになるんだそうでございますね、近ごろ珍しいお好みだと、おっかさんが言ってましたよ」
「うむうむ」
「もう見えそうなものですねえ」
「いいよいいよ、そう急がんでもいい。ところで、お前、その女角力としてのお前の経歴を、ひとつ話してくれないか」
「いけません、わたしは女角力の仲間には入ったことはございませんよ」
「ないことがあるものか。あの女角力というやつ、あれでなかなか愛嬌ものでな、今は差止められてしまったが、以前はなかなか流行(はや)ったものだ」
「そうでございますってね」
「そうでございますってじゃない、お前なんぞは、それで鳴らしたに相違ないが、商売はやめても力はあるだろうな、力は――」
 主膳は、しつこく、おせいを追及して、その肥大なる肉体にさわると、
「殿様は、わたしを女角力とばかりきめておしまいになるが、わたしは一向、女角力のことなんか存じませんよ」
と言っておせいが、主膳の膝をしたたかつねりました。

         八十八

「あいたッ」
 主膳が、つねられて驚くと、おせいは平気なもので、
「御冗談をなさいますな、角力こそ取りませんでしたが、わたしゃこれで、今でも男の二人や三人、何でもありませんよ」
 おせいさんにしては少し舌の足りない、たんかを切ったので、いよいよ興に乗った神尾主膳は、
「そうだろうとも、男の二人や三人、振り飛ばすは何でもあるまい。どうだ、おれと角力をとっても負けまいな」
「殿様だって誰だって、やわらさえお使いにならなけりゃ、頭から押えてしまいますね。ですから、おっかさんが、もしや殿様が酒で乱暴をなさったら、かまわないから、頭からおさえてしまいなさいと言いました」
「なるほど……」
 神尾主膳が舌をまいて、なるほどそうありそうなことだと思いました。同時に、こいつ、金公と、お倉婆あに頼まれて、自分の酒の監視役に来たのみならず、まかり間違えば、このおれを取押え役まで言いつけられて来たのだなと思いました。
 よしよし、その儀ならば、こっちもひとつその裏を行って、この化け物を虜(とりこ)にしてやろう、人間が少し馬鹿だから、虜にするには誂(あつらえ)むきだ、いよいよ当座のよいおもちゃが出来たものだと、主膳の興が湧き上りました。
 だが、主膳がこの女を、女角力の後身だと見誤っていることは前と変らない。女角力でも、女力持でも、たいした変りはないのだが、女角力と圧倒的に断定されてしまっては、女力持はやったけれども、女角力の経歴のないおせいが、躍起となって弁明せずにはいられないらしい。それにもかかわらず、主膳は、一途(いちず)に昔見た女角力のことが、その頭の中に現われて来たものだから、
「十年ばかり前だったが、女角力が流行(はや)ったものでなあ、その中でも、女と座頭(ざとう)の取組みというのはヒドかったよ」
「座頭とおっしゃるのは何ですか」
「お前が知らないなら、話して聞かせてやろう、座頭というのは、あんまのことだ、あんま上りの目の見えない男を引張り出して来て、女角力と取組ませるのだ」
といって、主膳は、今は禁止になっているが、その頃、目(ま)のあたり見た、見世物の一つとしての女角力と、座頭との取組みの光景を、話して聞かせようとする。
 日本の女としては、恥かしがる裸体を見世物として提供し、それに男性の不具者としての座頭を、なぐさみものとして取組ませ、つまり、この社会の弱者二つを土俵の上にのぼせて、大格闘をさせ、それを見せて金を儲(もう)けようとするものと、それを見て、やんやと喝采(かっさい)する社会的残忍性を思い浮べて、主膳のパックリとあいた額の真中の眼が爛々(らんらん)と輝きはじめました。

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