大菩薩峠
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著者名:中里介山 

それに京都は天地こそ、やはり平安の気分はあるが、時に凄(すさ)まじい渦に巻かれていることを兵馬は見ているが、ここは、本場のような血なまぐさいことはないから、こうして歩いていても、途上に人間の首がころがっていたり、壮士が抜身を持って横行して来たりするような心配はない。
 ただ、気の毒なことは、過日の火事である。不幸中にも、代官邸以西まで火は届かなかったが、宮川通りから一の町、二の町、三の町、川西の方までも目抜きのところが焼かれてしまっている――兵馬としては、この城山の方、奥深く上って、高いところから、更に深夜、むしろ夜明け間近の高山を、もう一ぺん見直そうとしたのですが、火事場見舞を先にしてやろうと、中橋を渡りきって見ると、もうやがて焼跡の区域で、そこへ至る前に、再び足をとどめたのは、例の今の高札場の、柳の木のあるところです。
 そこまで兵馬がやって来た時に――無論、この高札場が、もう、一度前に一場出ていて、それが返し幕か、廻り舞台になっていて、今度はそこへ自分が一人だけ登場せしめられているということを、兵馬は知らないのです。ですから何気なく、その場面へ登場して来て見ると、その前路のまんなかに、自分よりは先に、もう一人の役者が登場していることに驚かされました。
 高札場を中にして、自分とは半町ほどの距離を置いて、大道のまんなかに、人が一人倒れて苦しがっていることが、兵馬には直ちに気取られてしまいました。
 そこで、心得て、踏みとどまり、その道のまんなかで苦しみうめいている者の何者であるか――無論、それは人間には違いないが、人間のいかなる種類に属しているもので、いかなる理由で、今頃あんな所にああしているのか、倒れているのは、事実あの人影一つだけで、他に連類は無いのか、なんぞということの視察には、かなり兵馬は抜け目がないのです。
 幸いにこの柳の木――これは、この前の場面に、がんりきの百という役者が、充分カセに使った道具立てなのですが、ここにも兵馬のために有力な合方となってくれます。
 兵馬は、柳の蔭から透(すか)して、大道で倒れて苦しがっている者の、仔細な観察を続けようとします。だが、まず以て安心なことには、この怪しい行倒れが、斬られて横たわっているのではなく、酔倒れて、身動きもならないほどになっていることに気がついたのです。
「酔っぱらいだな」
 酔っぱらいならば、酔いのさめるまで地面に寝かして置いた方がよい。
 この地では、あんなのを、通りがかりにためし物にして、さいなんで行く奴もあるまいし、まだ当分車馬の蹄(ひづめ)にかかる心配もあるまいから、まもなく夜が明けたら、誰か処分するだろう、そのうちには酔いがさめて、自分の酔体は、自分で始末するに相違ない。
 まず安心――という気持で柳の木から出て、そうして兵馬は、ずかずかとこの酔っぱらいの前を通り過ぎようとしました。
「もし、そこへ誰か来たの、何とかして下さいよ、もう動けない、助けて下さい」
 兵馬の足音を聞いて、酔っぱらいが呼びかけたのは不思議ではないが、それは女の声でした。
 助けて下さいと言うけれども、酔っぱらいであることは間違いないから、兵馬はそう深刻には聞きません。
 本性(ほんしょう)のたがわぬ生酔い、人の来る足音を聞いて、それを見かけに、何かねだり事をでも言おうとする横着な奴! しかもそれが女ときては言語道断だ、と思いました。

         六十二

 おそらく、醜いものの骨頂は、女の酔っぱらいです。
 微醺(びくん)を帯びた女のかんばせは、美しさを加えることがあるかも知れないが、こうグデングデンに酔っぱらってしまって、大道中へふんぞり返ってしまったのでは、醜態も醜態の極、問題にならないと、兵馬が苦々しく思いました。
 兵馬でなくても、それは苦々しく思いましょう。同時に、こんな苦々しい醜態を、たとえ深夜といえども、この大道中にさらさねばならぬ女、またさらしていられる女は、普通の女ではないということはわかりきっている。つまり、煮ても焼いても食えない莫連者(ばくれんもの)であるか、そうでなければ、その道のいわゆる玄人(くろうと)というやつが盛りつぶされて、茶屋小屋の帰りに、こんな醜態を演じ出したと見るよりほかはないのです。
 兵馬が近寄って見ると、それは醜態には醜態に相違ないけれど、醜態の主(ぬし)たるものは、醜人ではありませんでした。むしろ美し過ぎるほど美しい女で、その美しいのをこってりとあでやかにつくっている、それは芸妓(げいしゃ)だ。年も若いし、相当の売れっ妓(こ)になっている芸妓――兵馬は一時(いっとき)、それの姿に眼を奪われて、
「どうかなされたかな」
「やっと、ここまで逃げて来たんです、もう大丈夫」
「どこから?」
「清月楼から」
「清月楼というのは?」
「お前さん、飛騨の高山にいて、清月楼を知らないの?」
「知らない」
「ずいぶんボンクラね」
「うむ」
「ほら、中橋の向うに大きなお料理屋があるでしょう、あれが、清月楼といって、高山では第一等のお料理屋さんなんです」
「そうか」
「そうかじゃありません、高山にいて、清月さんを知らないようなボンクラでは、決して出世はできませんよ」
「うむ――そんなことは、どうでもいいが、お前は清月楼の芸妓なのだな」
「いいえ、清月さんの抱えではありません、これでも新前(しんまえ)の自前(じまえ)なのよ」
「なら、お前の家はどこだ、こんなところに女の身で、醜態を曝(さら)していては、自分も危ないし、家のものも心配するだろう」
「シュウタイって何でしょう、わたし、シュウタイなんていうものを曝しているか知ら、そんなものを持って来た覚えはないのよ」
「何でもよろしいから、早く家へ帰るようにしなさい」
「大きにお世話様……帰ろうと帰るまいと、こっちの勝手と言いたいがね、わたしだって酔興でこんなところに転がっているんじゃないのよ」
「これが酔興でなくて、何だ」
「いくら芸妓(げいしゃ)だって、お前さん、酔興で夜夜中(よるよなか)、こんなところに転がってる芸妓があるもんですか、これは言うに言われない切ないいりわけがあってのことよ、察して頂戴な」
「困ったな」
「全く困っちまったわ、どうすればいいんでしょう」
「いいから、早くお帰りなさい」
「どこへ帰るのです」
「家へお帰りなさい」
「家へ帰れるくらいなら、こんなところに転がっているものですか」
「では、その清月とやらへ帰ったらいいだろう」
「清月から逃げて帰ったんじゃありませんか」
「何か悪いことをしたのか」
「憚(はばか)りさま、悪いことなんぞして追い出されるようなわたしとは、わたしが違います、あのお代官の親爺(おやじ)に口説(くど)かれて、どうにもこうにもならないから、それで逃げ出して来たのを知らない?」

         六十三

「なに、お代官がどうした」
「知ってるくせに、そんなことをいまさら尋ねるなんて野暮(やぼ)らしい。今晩もわたし、清月ですっかりあの助平(すけべい)のお代官に口説かれちゃった」
「…………」
「わたしを呼んで、こんなに盛りつぶしておいて、今晩こそジタバタさせないんですとさ」
「ふーむ」
「感心して聴いているわね。あなたはどなたか知らないが、おとなしい方ね。あなたのようにおとなしければなんにもないんですけれど、あのお代官ときた日には……助平で、あんぽんたんで、しつっこくて、吝嗇(けち)で、傲慢(ごうまん)で、キザで、馬鹿で、阿呆で、小汚なくて、ああ、思い出しても胸が悪くなる、ベッ、ベッ」
と唾を吐きました。
 兵馬は重ね重ね、苦々しい思いに堪えられないのです。
 もう、これだけで、委細は分っているようなものだ。問題の今の新お代官、つまり、仮りに自分が逗留(とうりゅう)しているところの主人が、この芸妓に目をつけて、ものにしようとしている。昨晩も、宵のうちから手込めにかかったが、それが思うようにゆかないからこの仕儀。
 兵馬は、新お代官に就ては、絶えずこんなような聞き苦しい噂(うわさ)や事実を、見たり、聞かせられたりする。単にそれだけによって判断すると、新お代官なるものは、箸にも棒にもかからない、悪代官の標本のように見えるけれども、兵馬自身は決して、それは敬服も、心服もしていないけれども、接して見ているうちには、そう悪いところばかりではない。野卑ではあるが、どこか大量なところがあって、相当に人を籠絡(ろうらく)する魅力愛嬌もないではない。人の蔭口は、一方をのみ聞捨てにすべきものではないということを、この辺にも経験していたのでした。
 が、只今、この場のことはありそうなことで、芸妓風情(げいしゃふぜい)に口説(くど)いてハネられて、逃げられて、その上に、助平の、あんぽんたんのとコキ下ろされれば世話はないと思いました。これでは、たとえ人物に、面白いところが有ろうとも無かろうとも、仮にも、飛騨一国の代官としては権威が立つまい、と心配させられるばかりです。
 だが、この芸妓という奴も生意気だ、代官の権威にも屈しないなら屈しないでいいが、仮りにも土地の権威の役人を、こんなふうに悪口雑言(あっこうぞうごん)するのは怪しからぬ。しかしこれも酒がさせる業(わざ)、なだめて、酔いをさましてやるほかには仕方はなかろうと思い、
「代官も悪かろうが、お前も品行がよくない」
「まあ、御親切さま、芸妓の品行を心配して下さるあなたという人は、日本一の親切者、わたし、あなたのような人が大好き、あなたとならば、一苦労も、二苦労もしてみたいわ」
といって芸妓が、いきなり兵馬の首にかじりつきました。
 その道の達者な抑え込みならば、外(はず)して外せないことはないが、このかじりつきには、むざむざと兵馬がひっかかってしまいました。
「何をするのだ」
 それでも、火の子がついたように、やっとその細い腕を振払っている。
「それでは帰るから、送って頂戴な」
「うむ」
「送って頂戴、ね、またあのお代官の助平が出て来ると、今度はわたし逃げられないから」
「よし」
「送って下さる?」
「家はいったいどこなのだ」
「少し遠いのよ」
「遠い?」
「ええ、少し遠いけれども、あなた、ほんとうに送って下さい」
「やむを得ない、行きがかり上」
「行きがかり上なんて言わないで、親身(しんみ)に送って頂戴な。でも、行先が少し遠いのよ」
「どこだか、それを言いなさい」
「信州の松本なのよ」

         六十四

 信州の松本と聞いて、兵馬が再びこの芸妓(げいしゃ)の面(かお)を見直さないわけにゆきません。
 送れと言うから、行きがかり上、送ってやらねばなるまい、広くもあらぬ高山の土地、たとえ今は焼け出されて、立退先になっているにしてからが、知れたもの――帰りがけの駄賃――にもならないが、まあこうなっては退引(のっぴき)ならないと観念したものの信州松本と聞いて呆(あき)れました。
「ね、信州の松本まで送って下さらない」
 呆れながら兵馬が、
「松本の何というところだ」
「松本の浅間のお湯ってのがあるでしょう、あそこよ。だが待って下さい、うっかり行こうものなら、その松本もあぶないことよ、網を張ってあるところへ、わざわざひっかかりに行くようなものだから、もう少し考えさせて下さいな、そうそう、では、同じ信濃ですけれども、もっと山奥の、中房の湯、あそこへ行きましょう、中房ならば、誰にもわかりっこなし」
「うむ」
「もし、その中房で見つかった時には、お江戸へ連れて行って頂戴な」
「ああ」
「どうしました」
「ああ、お前はここにいたのか」
「ここにいたとおっしゃるのは?」
「お前は松本から中房へ行って、また中房を出たはずだが……」
「その通り、違いありません」
「それが、どうしてこんなところへやって来たのだ」
「どうしてって、あなた」
「お前は、江戸へ帰りたいと言っていたはずだ」
「それが間違って、飛騨の高山へ来てしまいましたのよ、悪いおさむらいに騙(だま)されて、さんざんからかわれた揚句に、この高山へ納められてしまいました」
「その悪いおさむらいというのは、仏頂寺と、丸山だろう」
「何とおっしゃるか存じませんが、あの二人のお方が、江戸へ連れて行ってやるとおっしゃったのに騙されて、この高山へ来てしまいました」
「そんなことだろうと思ったから、急にあとを追いかけてみたのだが」
「そんなこととは、どんなこと?」
「お前は、わしがわからないな」
「まあ、どなたでいらっしゃいましたか、お見それ申しました、お面(かお)を見せて頂戴な」
 この時分には、ズブ酔いが多少醒(さ)め加減になっていたと見え、
「ねえ、あなた、あなたの御親切は死んでも忘れませんよ、お面を見せて頂戴な」
 女の方から、もたれかかるように来たのは、相手が怖るべき助平野郎でなく、多少ともに、自分を親切に介抱してくれる人だとの意識が明瞭になったからでしょう。兵馬の首に抱きついて、自分の面をそこへ持って行って、充分に甘ったれるようにシナをしながら、トロリとした酔眼をみはって、そうして兵馬の面を見定めようとする努力を試みている。
「しっかりしろ」
「しっかりしていますとも。まあ、あなたまだお若い方なのね」
「しっかりしろ」
「頼もしいわね、おや、まだ前髪立ちなのね、お若いのもいいけれど、子供じゃつまりませんわ、早く元服して頂戴な」
「いいかげんにしろ」
 兵馬は、女の背中を一つ打ちのめすと――そんなに強くではなく――女は、
「まあ、痛いこと」
 仰々しく言ったが、この時、酔いは著しく引いたと見え、腰をまとめながら起き上り、
「まあ――失礼いたしました、ここはどこでございましょう、あなた様は見たようなお方……いつ、わたしはこんなところへ……まあ」

         六十五

 正気がついてくると、グングン回復するらしい。
 回復してくると、左様な商売人とはいえ、やっぱり、女の羞恥心(しゅうちしん)というものが一番先に目覚めてくるらしい。自分の膝や、裾(すそ)の乱れたのが急にとりつくろわれて、そうして次には、こんな醜態を演じていた自分というものに愛想をつかす。同情をもって介抱してくれた人の親切というものに、何事を措(お)いても感謝しなければならぬ、という念慮が動いてくるのも自然です。
 その自然と雁行(がんこう)して、この芸妓が、この暗いなかで気がついたのは、現に介抱してくれているこの人が、どうも以前に、面馴染(かおなじみ)のあった人、と思い出してきた瞬間、まだ前髪姿の武家出の少年であるということを知って、中房よりの道中の道連れの、親切か、無情かわからない少年のことでありました。
「もしや、あなた様は」
と言った時、兵馬がすかさず、
「どうだ、わかったか」
「わかりました」
「まあ、お前も無事でよかった」
「無事とおっしゃれば、無事には違いないかも知れませんが、こんな無事ではなんにもなりません」
「仏頂寺、丸山はあれからどうした」
「どうしたかって、それはお話になりません、あなたもお聞きにならない方がようござんしょう」
「うむ、あの両人(ふたり)のことだから」
「いいえ、あの御両人(おふたり)ばかり悪いのじゃありません、もっと悪い人があります」
「それは誰だ」
「あの時に、どなたか知りませんが、物臭太郎のお茶屋に、狸寝入りなんぞきめ込んでいらっしゃったお方がございましたね」
「うむ」
「そのお方が、もう少し親切にして下されば、わたしも、こんなところへ来て、こんな生恥(いきはじ)をさらさなくても済みましたのに」
「うむ――」
「ずいぶん、あの方はお若いくせに、薄情なお方でした」
と言いながら、女は兵馬の胸に面(かお)を伏せました。これは、最初にしたような、ふざけた心持ではなく、なんとなく痛々しいものがあるようで、兵馬も無下(むげ)に振り払う気持にはなれませんでした。
「中房を逃げて出る時、いい月夜の晩でございました、旅に慣れたそのお若い方は、ずんずん進んで行っておしまいになる、草鞋(わらじ)なんていうものを、生れてはじめて、あの時につけたばっかりのわたしというものは、取残されてしまいましたね」
「その時の事情、やむを得ないからだ」
「それは、やむを得ないには得ない場合なんでしょうけれど、あの懸命な道中で、足の弱い女だけひとり残されたら、落ちるところは大抵きまったものです――わたしは薄情な若いお方より、悪人でも、助けてくれる人に縋(すが)った方がよいと思いました、そうしなければ、わたしは生きられなかったという次第なんでしてね」
と言いながら、兵馬の胸に伏せた面を上げて、まださめきらないほろ酔いの足どり危なく、二足三足歩き出しました。
「歩けるか。では、家まで送って上げよう」
「いいえ、それには及びません、ほかの方ならばとにかく、あなたには中房の道中で、立派に捨てられたんです、これでも、まだ捨てられた人のお情けに縋って、生きようとは思いません」
 女はまた二足三足、ふらふらと歩き出す。兵馬は、それを見ていると、女は急にふり返って言う、
「ねえ、あなた」
「何だ」
「一度、わたしを招(よ)んで頂戴な、あなたのような薄情な方にも、商売だから、わたし、いくらでも招ばれて上げるわ……」
という途端に、一方に於て意外な物音が起りました。

         六十六

 それは何者とも知れないが、二人がこうして話している間、つい、後ろの高札場の石垣の蔭に、隠れていた者が一人あったのです。
 この隠れていた奴は、どうも、二人か、或いは二人のうちの一人を狙(ねら)って、危害を加えようとしていたものではなく、むしろ二人のいることを怖れて、早く事件の解決がつけばいい、その解決がついて、二人がここを立退いた後に、自分の身を処決しようがために、息をこらして、ここに潜んでいたものと見えました。
 ところが、この女の酔いの醒(さ)めることが容易ではなく、この酔いのうちの管(くだ)があんまり長いのに、介抱する若いさむらいもかなり親切に、酔いのさめるのを待ってやっている。酔いがようやく少しばかりさめかかってから、また後の痴話が相当に長い。そうして、女は、何か男に恨みのようなことを言って、そのしどろもどろの足どりで、あなたのお世話にはならない、自分ひとりで行く、なんぞと思わせぶりをしている。そんな手管(てくだ)や、思わせぶりも、御当人同士のお安くない間だけのことなら、御勝手だが、後ろに隠れて、早く自分の身の振り方をつけようと焦(あせ)っている者の身になっては、こらえられない。
 そこで、今、堪(こら)え兼ねて、石垣の後ろからけたたましい音を立てて飛び出したのは、無論、二人を威嚇するためではなく、そのまま一目散(いちもくさん)に、はばたきのけたたましい音を続けながら、二人の間を割って、あらぬ方へと逃げ出して行くのです。
 それが二人を驚かしたことは無論です。女の方の思わせぶりの所作(しょさ)も、それで立ちすくみになったが、兵馬としては、驚いて狼狽(ろうばい)するのみではいられません、直ちにこの怪しい奴を引捕えてみなければならぬ必要に迫られました。そこで、
「待て!」
と、自分も宙を飛んで、それに追い縋(すが)ったものです。
「お赦(ゆる)し下さい、怪しいものではござりませんで」
「怪しいものでなければ、なぜ逃げる」
「意気地の無い人間でございますから逃げやんした、おゆるし」
「赦すも赦さんもない、お前が怪しいものでさえなければ、逃げる必要もないのだ、こちらも、お前が逃げさえせねば捕えはせぬのだ」
 兵馬は瞬く間に追いついて、この怪しいものを膝の下にねじ伏せて動かすまいとしたが、同時に気のついたのは、こいつがグショ濡れであることです。
「おゆるし下さい」
「いったい、お前は何者だ」
「私は屑屋でございます」
「屑屋?」
「はい、紙屑買いでございます」
「紙屑買い――商売とはいえ、時刻が早過ぎる、それにお前の身体(からだ)はぐしょ濡れだな」
「ちょっと、早出する用事がございまして、これへ通りかかりますると、あなた様方が、ここにお見えでございましたから、避(よ)けようとして溝(どぶ)へ落ちましたので、遠慮を致して隠れておりました」
「そんなに遠慮することはあるまいに」
と言いながら、兵馬は篤(とく)と見ると、頭から着物そっくりぐしょ濡れになってはいるが、御膳籠(ごぜんかご)は放さない。どう見ても、紙屑買い以外の何者であるとも思われません。なるほど、早立ちをしてここへ来ると、吾々の物言いを見て、物蔭に避けていたのが、痴話が長いので、堪え兼ねて飛び出したのかも知らん。そうだと思えば、そうも受取れる。それにしても、怪しいといえば怪しいとも思われる。
 そこで、兵馬は抑えながら、懐中へ手を当ててみて、
「何も持っておらんな」
「この通り、仕入れの財布だけでございます」
「そうか」
 憮然(ぶぜん)として、兵馬も、この者を放ちやるほかはないと決めた時、一方の柳の木の方で女が、
「おや、あなたはどなた?」
と言ったのが、兵馬の耳には聞えませんでした。

         六十七

 兵馬が、紙屑買いを糺問(きゅうもん)していることの瞬間、後ろの女のことは暫く忘れておりました。
 忘れて置いても安心というところまで、介抱が届いていたからではあるが、この怪しの者を、最初から屑屋なら屑屋と見定めてかかれば何のことはなかったのですが、事の体(てい)が、充分に嫌疑を置くべき挙動でしたから、多少の手数を以てしても、突きとめるだけは突きとめねばならぬなりゆきに迫られたのです。
 そうしている間、例の後ろの高札場と、その傍(かた)えなる歯の抜けた老女のような枯柳が、立派に三枚目の役をつとめました。
 柳の後ろに人がいたのです。それはいつごろから来ていたか、よくわからないが、兵馬に介抱された芸妓が、「いくら芸妓だって、あなた、酔興で夜夜中(よるよなか)、こんなところに転がっている者があるものですか……云々(うんぬん)」と言っていた時分から、柳の蔭がざわざわとしていました。
 それからは、全く動かなかったのですが、バサバサと御膳籠の音がして、足許(あしもと)から飛行機が飛び出したように、屑屋が、この情にからんだ気流を攪乱(かくらん)して行って、兵馬が射空砲のように、そのあとを追いかけた時分になって、そろそろと柳の木蔭から歩み出して来たのは、覆面をして、竹の杖をついたものです。
 音を成さない足どりで、鮮やかに歩み寄って、思わせぶりの芝居半ばで、相手をさらわれ、テレ切っている芸妓の後ろへ廻り、肩へぬっと手がかかったと見たものですから、女が気がついて、
「おや、あなた、どなた……あのお若いおさむらい様のお連れなの」
と言ったけれども返事がありません。
 酔ってさえいなければ、もっと強調に、怪しみと驚きの表情をしたのでしょうが、たった今、ようやく酔線を越えたばかり、まだ酔(すい)と醒(せい)の境をうろついていた女には、それほど世界が廻っているとは見えなかったらしく、
「お連れさんでしょう――そんならそうとおっしゃればいいに」
 甘ったれる調子で、暫くあしらい、後ろへ置かれた手をも、ちっとも辞退しないで、むしろわざと後ろへしなだれかかって、芝居半ばにテレきった自分の身体(からだ)を、持扱ってもらいたい素振りをしたが、それをそのまま底へ引込むように受入れ、肩へかかった手が、胸へ廻り、首を抱きました。
「くすぐったい」
 後ろの人は一切無言でしたが、女は、わざと身悶(みもだ)えをして、
「くすぐったいわよう」
 だが、女はその擽(くすぐ)ったさ加減を遁(のが)れようともしないのに、後ろの人は緩和しようともしない。
「まあ、痛いわね」
 女は、またわざとらしい悶えぶりをする。
「だんだんに強くなったのね、物凄いわ」
 これもいい心持で、するようにさせての女の言い分です。
「まあ、擽るんじゃなくて、締めるの」
 その時に、後ろの者の面(かお)が、グッと女の頬先まで来ましたから、女はしなをして、首を横へねじ向けた途端――
「おや……」
 女は後ろの人の面を見ようとして、覆面に隠されたそれを見得なかったのでしょう、怪しみの声が、急にうめきの声に変りました。
「あ、本当に、わたしを締めるのですか、く、く、苦し……」
 大きな蛇が、すっかり、この女の首を捲ききってしまいました。もう、何の冗談(じょうだん)も、持たせかけもありません、大蛇(おろち)の火を吐くような息が、女の頬にかかるだけです。

 宇津木兵馬が、屑屋を放免して、そうして、柳の木の下に立戻った時に、その女はそこにいませんでした。
 柳の木の蔭にも、無論誰もおりません。

         六十八

 屑屋を突っ放した宇津木兵馬は、以前のところへ戻って見ると、そこに以前の女がおりません。
 柳の木の蔭にも、高札場の石垣の後ろにも、見渡す限りの焼野原にも、いずれにも、人の影を見ることができませんから、一時は夢の中の夢ではないかと、自ら怪しみました。
 ふむ、あの気紛(きまぐ)れ者が、僅かの隙にずらかったのだな、千鳥足でフラフラとさまよい歩き、結局は自分の家か、例の清月とかなんとかへでも納まったのだろう――とりとめのない奴だ、と呆(あき)れながら兵馬は、柳の木の蔭を見ると、そこに何か落ちている。
 よく見ると、それは、女の赤いゆもじとか蹴出(けだ)しとかいうものが、ずるりと落ちている。
 それを見ると兵馬は、実に度し難いやつは女だと思いました。
 女であり、酔っぱらいであることによって、こちらが譲歩して、あれほど世話を焼かせているのに、ようやく醒(さ)めて、独(ひと)り歩きができるようになれば、お礼はおろか、挨拶の一言もなくして、行きたいところへ行ってしまう。こういった奴は、あの女には限るまいが、あんなのは殊にああしたもので、その図々しさと不人情が、商売柄だ――とはいうものの、あの女もああいう商売をして、所々を転々させられている。本当に図々しい、不人情ならばとにかく、あの若さで、あの縹緻(きりょう)だから、相当に納まっているはずなのに、それができない。
 こうしているところを見ると、つまり、自分が世間を翻弄(ほんろう)しているつもりでいても、結局、世間から翻弄されて、浮草と同じことに、落着くところが無い。事実は、あんなのが、正直者かも知れない。
 そこで、兵馬はゆくりなく、吉原に於ての過去の夢を思い出し、悔恨の念と共に、あの時の相手がここに現われた女と、境遇はほぼ同じでも、行き方の全く違ったことを考えずにはおられません。この女の、こうして落着きも、だらしもないのに引換えて、いま考えてみると、あの吉原の女は賢明というものかも知れない。朝夕坐っていて客をあやなし、客のうちの為めになりそうなのをつかまえて、なんのかんのと言いながら、そこへ納まって、かなり完全に、一生涯の生活の保証をつけてしまう。その間に親へ仕送りをもすれば、役者買いの費用をも産み出す。今晩現われたあの芸妓だって、それだけの打算と手管(てくだ)がありさえすれば、こんなだらしのないことにはなるまい。
 なまじい意地があるとか、涙もろいとか、なんとかいうことで、抜けられず、深みにはまって行って、自暴(やけ)が自暴を産み、いよいよ抜きさしのならぬところへ進んで行くのではないか。そうだとすれば、実に気の毒千万のものだ、と兵馬らしい同情の念が起りました。
 この同情が兵馬の弱味でしょう。一旦解決をしてしまいながら、後から同情の追加をしなければならないところに、いつも兵馬の弱味がある。この若者はいつになっても、徹底的に人を憎みきれない純良性から、脱することはできないらしい。
 そう思って、同情はしてみても、眼前、このだらしない、ずるこけ落ちた緋縮緬(ひぢりめん)の品物を見せられると、うんざりする。ひとのことではない、自分が嘲笑されているような気がする。昔、ある城将が、容易に城を出ないのを、攻囲軍が、女の褌(ふんどし)を送ってはずかしめたという話がある。こんなものが落ちていました、これはお前の物じゃないか、と言って、あとから追いかけて還附してやる気にもなれない。とにかく、生酔い本性たがわずに、戻るべきところへ戻って、ぐっすり寝込み、明日はまた宿酔(ふつかよい)で頭があがらないのだろう。厄介千万な代物(しろもの)!
 ぜひなく兵馬は、足もとで、そのゆもじを蹴飛ばし、蹴飛ばして、高札場の後ろまで蹴飛ばしてしまいました。
 これは蹴出しというものか、ゆもじとでもいうのか、それとも腰巻か、ふんどしか、何というのが本名か知らないが、兵馬は、その緋縮緬のずるこけ落ちた代物を、さんざんに蹴飛ばしておいて、その場を立去りました。

         六十九

 その翌朝になると、まず兵馬は、昨晩、高山の市中に変ったことはなかったか、その風聞を聞きたい気持に迫られました。
 黒崎君に聞いてみると、黒崎君もあれから、邸(やしき)の内は無事過ぎるほど無事で、あんまり無事だから寝込んでしまって、いま、眼がさめたばっかりというような始末。そのほか、家の子郎党、内外の出入りの者からも、何も変った事件が、出来(しゅったい)していたというような報告に接することができませんでした。でも、昨晩のことが、なんとなく気にかかりもする。遠くもあらぬところだから、朝の稽古前に兵馬は邸を飛び出して、昨晩のあの高札場のところまで行ってみました。
 昨晩の夜の色を、今朝の朝の色に塗り換えただけで、何の異状はありません。問題の代物はと見れば、これも昨晩、自分が蹴飛ばし、蹴飛ばして置いた通り、まだ、誰人の目にも触れないで、素直に高札場のうしろに、かがまっている。
 兵馬はそれを見て、再びうんざりした思いをしながら、焼跡を通って、宮川べりを一巡して陣屋へ戻って来ましたが、その途中も、それとなく、街頭を注意して見たけれども、なんら心にさしはさむべきものを認めることができませんでした。

 同じ朝、相応院にいたお雪ちゃん――これも昨晩よく寝られたから、今朝は早く起きました。
 そうして、何かと朝の食膳の仕度にとりかかりましたが、水を汲もうとして手桶をさげて外へ出ると、例によって、眼下には高山の町、宮川の流れ、右手が遠く開けて、そうして雪をかぶる山々。
 ああ、加賀の白山(はくさん)!
 お雪ちゃんは手桶を置いて、その連々たる雪の白山山脈の姿に見とれてしまいました。
 どうしたのか、お雪ちゃんはこのごろ、加賀の白山というものに引きつけられている。
「白山の名は雪にぞありける」という古歌が好きになって、もう口癖のように念頭に上って来る。「白山の名は雪にぞありける」というのが、ちょうど自分の呼び名とぴったりするから、この古歌が好きになり、同時に白山そのものが、あこがれの的になったのかも知れません。
 それのみではありますまい、夢に入る白山の山の形というものが、神秘を開いて、お雪ちゃんに、おいでおいでをしているから、お雪ちゃんとしては、自分の故郷へ帰るような気持になって、あの白山の山のふところにこそ、自分の生涯を托する安楽な棲処(すみか)があるものだと思われてならないのらしい。
 白川の流れも、白水の瀑(たき)も、白川温泉も、それから太古さながらの桃源の理想郷、平家の御所をそのまま移した平安朝の鷹揚(おうよう)な生活が、あの白山の麓(ふもと)のいずれかに現存しているような気がしてならないのです。
 ああ白山――とお雪ちゃんは、子供のように、手桶を置いたまま、その白山山脈の姿に見惚(みと)れて、動けないのです。
 白山の白水谷を渡る時には、籠(かご)の渡しというものがある。藤蔓(ふじづる)を長くあちらとこちらとにかけ渡し、それに同じく藤蔓を編んだ籠を下げ、人一人ずつを乗せて、この岸よりかの岸に引渡す。岸と岸の間は、鳥も通わぬ断崖絶壁で、その下は、めくるめくばかりの深谷を、白水が泡を噛(か)んでいる。
 白山へ行くには、白水を渡らなければならない。白水を渡るには、籠の渡しよりほかは術(すべ)がない。
 昔、悪源太義平に愛せられていた八重菊、八重里の二人の姉妹が、悪源太が捕われてのち、越中へ逃げようとして、その籠の渡しにかかったが、追手が前後から迫ったので、ついに、その籠を我と我が手で切り落して千仞(せんじん)の谷、底知れずの白水の谷に落ちて死んだ――というような伝説。
 怖いもの見たさの憧れから、お雪ちゃんは、もう今から、籠の渡しに乗ることに胸をとどろかせている。
白山よ
白水谷よ
白水谷を渡る籠の渡しよ
安らかに、われらを渡せ

         七十

 それから一通り流しもとを済ましてから、お雪ちゃんは、座敷へ戻って見ると、まず目についたのは、衣桁(いこう)にかけっぱなしになっていた、一重ねの小紋縮緬です。
 それを見ると、お雪ちゃんは、またも、どうしても、逃れられないものがあるような気分に捉われてしまいました。
 あの一重ねは、見るも浅ましいので、焼いてしまおうとして焼き損ねた品、舟からここへ越す時に捨てねばならないはずであったのが、捨てかねたのか、捨てそこねたのか、自分には分らないが、とにかく、ここへ持って来た僅かの荷物の中に、あの一重ねがあったのです。
 それを、縁側へ出して置くと目にとまり、座敷へ投げて置くと目にちらつくものですから、戸棚へ入れましたが、それでも鼠が心配になったのか、とうとうまた衣桁へかけて置くほかに、せん術(すべ)がないようになって、もうこの座敷へ入る早々、眼につくという始末です。
 お雪ちゃんは諦(あきら)めました。こうまでついて廻るのは、これも因縁というものに違いない、あのおばさんが、わたしの傍にいたいとの心持があって、この着物にその心持が乗り移っているとすれば、粗末にもならないじゃありませんか。
 イヤなおばさん――と通り名にはなっているが、よくよく考えてみると、イヤなおばさんのイヤな所以(ゆえん)が、お雪ちゃんにはわからなくなってしまうので、ややもすれば、いいおばさん、気の毒なおばさん、かわいそうなおばさんにまでなってくるのです。よく世間では、坊主がにくければ袈裟(けさ)まで憎い、と言うが、よしイヤなおばさんが、イヤなおばさんであるとしても、その記念(かたみ)の着物までを、イヤがるわけはないじゃないの。
 着物に罪は有りはしないわ――というようにお雪ちゃんの心が知らず識(し)らず変化していましたから、その心が、この着物を焼くこともせず、捨てることもせず、着物の方でもまた、お雪ちゃんの傍にいたいと、声を出しているようにも思われるのです。
 最初、目をつぶって見まいとした、このイヤなおばさんの記念(かたみ)が、今ではお雪ちゃんにとって、なんともいわれない懐かしみを、にじみ出させてくるようになりつつあるらしい。
 衣桁にかけた小紋縮緬の一重ねを、こんな心持で、お雪ちゃんはしみじみと眺めていましたが、同時に自分の着物を見て、悲しいという感じも手伝いました。昨日まで寝巻のまんまでいたけれども、ここへ来て、お寺の心尽しで、娘らしい一通りの借着を着せてもらっているけれども、焼かれたのがほんの一重ねだけでもあれば……と思いやられるところへ、このイヤなおばさんの記念ばっかりは、仕立卸し同様に、こんなにしてわたしの眼の前にある。あのおばさんも言った、これは私には派手過ぎる、あとから代りが届いたら、お雪ちゃんにあげましょう――それは冗談ではなく、本心の約束のようなものでした。事実、お雪ちゃんは、このまま自分が着ても、そんなに不釣合いのものじゃないと思いました。
 わたし、これを着るわ、着てみるわ、というところへ進んで、お雪ちゃんの心が怪しくなって、衣桁に手をかけてみましたが、その手を自分の帯の方へ取替えて、帯を解き、着物を脱いで、とうとうイヤなおばさんの記念(かたみ)の縮緬の着物を、すっかり着こなしてしまいました。
 イヤなおばさんでも、怖いおばさんでもなくなってしまいました。
 こうして着こなしてみると、お雪ちゃんはなんとなくそわそわした気持になって、誰かに見せたい――というようなそぞろ心から、竜之助の居間へ行ってみる気になってしまいます。
 竜之助の居間へ行って見ると、竜之助は刀の手入れをしていました。
 落着きのある書院の、よい日当りを細骨の障子に受けて、あちら向きに刀の手入れしている竜之助。
 刀の手入れをなさることは、ちかごろに珍しいことだと思いましたが、それだけ気分が穏かに、環境が落着いているせいでしょう――と、お雪ちゃんはそれを喜び、そうしている竜之助の形を、よい形だと思いました。

         七十一

 武州沢井の机の家が、このごろ、急に物騒がしい空気に駆(か)られたように見えます。
 別に凶事があって、騒がしいというわけではないが、いつも、しんみりと落着いた一家の空気に、なんとなく一道の陽気が吹き入ったかのように見えるのです。
 第一、ここの女主人ともいうべきお松が、急にはしゃいだというわけではないが、なんとなく動揺を感じて、心が浮き立ち、何かここにもある時期に達したもののように見えます。
 それというのが、たしかに原因はあることなので、その原因というのは、さきごろ、房州方面へ行った七兵衛親爺が、立戻って来てから以来のことです。
 その晩、炉の前で、数え年四歳(よっつ)になる郁太郎(いくたろう)を、その巨大な膝に抱きあげている与八に向って、お松が、こんなことを言いました、
「そういうわけですから、与八さん、この土地も惜しいけれども、この子供さんたちのために、どうしても、駒井の殿様のお船の方へみんなして移るのが、おたがいの幸福じゃないかと思います。この土地のことは、この土地のことで、みんな居ついている人で、わたしたちは尽すべきだけのことは尽し、おたがいに人情ずくで、多少の名残(なご)りはあるけれども、立退いたところで、人様に御迷惑をかけるようなことにはなっていないから、ここは、いっそ、わたしたちは駒井の殿様の方へうつり、殿様をたよったり、また殿様のお力になって上げたり、それがまたこの子供さんたちの将来の教育のためなんぞにも、どのくらいいいか知れないと思います。七兵衛おじさんなぞは、大へん喜んでいて、もう自分も船住まいの身分になれるなんて言ってます。わたしも、話を聞いてみると、全くわたしたちの救いの神様のお船じゃないかとしか思われません。渡しに船と言います通り、わたしたちが、ともかく、今迄あんまり悪いことばかりはしていなかったおかげで、こんなしあわせが迎えに来てくれたんじゃないかと思います。なんにしても、駒井の殿様を真中にして、なんにも今までの約束や、窮屈のない船の世界が出来て、世界のどこへでも落着いて暮せようというのですから、こんな結構なことはありません。海の外によい土地があれば、そこへ落着いてもいいし、また帰りたければ、手前物の船でいつでも日本の国へ戻れるのですから、まるで、世界中を自分の家とするような生活じゃありませんか……」
 お松が、お松としてはかなりハズンだ心持で言うのを、郁太郎を抱いた与八は、黙って物静かに聴いていたが、
「うむ、そうかな」
「でも、治めて行く人が悪い人では仕方がありません、悪い人でなくとも、気心の知れない人では、いくらすすめられたからといって、大海へ出る船なんぞへ乗れたものじゃありませんが、駒井の殿様のお船でしょう、それも、駒井の殿様が御自身で御工夫なすって出来上ったお船を、あの殿様が好きな人だけを乗せて、御自分が宰領(さいりょう)して御出帆になろうというのですから、こんな大丈夫のことはありませんね」
「うむ、それもそうだな」
「それにまた、この小さいお子たちだって、駒井の殿様のようなお方のお傍で、教育されて行けば、出世のためにも、どのくらい幸福だかわかりません」
「それも、そうだろうなあ」
「善は急げと言いますから、そう決心したら早くしましょうよ、なるべく早く仕度をして、お暇乞(いとまご)いをすべきところは早く済ませ、一日も早く房州へ行こうではありませんか。明日から、その仕度にとりかかりましょうね、与八さん」
「うむ――」
 与八は、じっと黙って、暫くの間、考え込んでいたようでしたが、
「うむ、それは結構な運が向いて来たのかも知れねえが、おいらは……わしには、少し考げえたことがあるからね」
 与八にこう言われて、お松が狼狽(ろうばい)しました。

         七十二

 いつも、お松の提言に不同意を唱えたことのない与八、お松が案を立て、与八が実行する。
 お松が、与八に相談なしにする仕事はあっても、与八から一応、お松の諒解(りょうかい)を求めないということはないことになっている。
 それに今晩のお松の提案は、今までの提案中の提案で、ここの生活に革命を生ずるとはいうものの、その革命は、生木を裂くようなものではなく、極めて多望満々たる好転である。すべてにとって、天来の福音であって、且つ、実行をして些(いささ)かの危なげのないことをお松が信じているから、それで、いつもよりは、一層の晴々しさをもって、与八に提言してみたのは、むろん与八も二つ返事と信じきっていたのに、今晩に限って、この最良最善の提言を、与八の口から、仮りにも不同意に類する言を聞いたのは、意外中の意外でありました。
 そこで、お松はしばらく文句がつげなかったのですが、やがて、
「どうして……どうして与八さん、どう考えたのです」
「どうしてって、お松さん、ほんとうに済まねえが、今の話に、おいらだけは別物にしてもらいてえのだが」
「別物にして、お前さん、それでは、わたしたちと一緒に、房州の駒井様のところへ行くのはいやなの?」
「いやというわけではねえが、少しわしにはわしだけの考げえがあるから、別にしてもらいてえ。といって、わしらのほかの者は、お松さんのいう通り、ほんとうにそれが渡しに船で、願ってもねえことだから、そのようになさるがいいだ、そのようにしなけりゃなりましねえ。わしらだけ別にしてもらいてえというのは、わしらには、その前から一つ願をかけたことがあるだあ」
「願をかけたって、それはどうしたことですか、何様へ、どんな願がけをしたのですか」
「いや、何様へ何をという、目に見えた話ではねえんだ、わしらは、いつかある時期を見て、日本中を歩いて一巡(ひとめぐ)りして来てえと思ってたでね」
「日本中を一巡りって、与八さん、一人でそんなことを……」
「一人じゃねえんだ、わしぁ、この郁太郎さんをおぶって、そうして、日本中の霊場巡りをして来てえものだと思って、ひとりで願をかけているのだから、その願を果さねえうちは、船で外国へ行く気にはなれねえのだから、ちょうどいい折だから、お松さんはみんなを連れて、その殿様のお船とやらへ行って下せえ、わしぁこれから廻国(かいこく)に出かける」
「まあ」
 お松は与八の言うことに眼を円くしてしまいました。それは、一にも、二にも、十にも、百にも、今まで自分というものの提言に反(そむ)いたことのない与八が、今、自分の口からこういうことを言い出した以上は、到底、翻すことができるものでないということを、直覚してしまったからです。
 それは、頑固(がんこ)で、片意地で言い出したのと違い、この人が、この際、こんなことを言いだしたのは、もうよくよくの深い信心か、決心から、多年に□醸(うんじょう)されていたのだから、容易なものではないと、お松がそれに圧倒されたから、ほとんどあとを言い出すことすらできなくなってしまったのです。
 けれども、お松としては、この際、どうしても、与八のこの決心を翻えさせねばならない、と思いました。
 与八ひとりだけを残して、自分たちがすべてこの生活を移すということは、情に於ても、理に於ても、忍べないことだと思いました。そこで、暫く途方に暮れていたお松が、別の方面から与八を説きつけにかかりました。
「そんなことを言ったって、与八さん、そりゃ無理なことですよ、どうして、ひとりで日本中が廻れますか、第一食べても行かなけりゃならず、路用も少ないことじゃないでしょうし……」
 実際の生活と、経費の問題からさとらせてゆこうとしたが、与八は更に動ずるの色なく、
「ええ、そのことは心配ねえんです、わしらは、この一本の鉈(なた)を持って行きますよ」

         七十三

 与八は郁太郎にかけていた片手を離して、帯に吊(つる)してあった一梃(いっちょう)の鉈にさわってお松に見せ、
「わしは、東妙和尚さんから、この鉈を使うことを教えられている、これが一梃あれば、どうやら、物の形が人様に見せられるようになったから、これを持って、彫物(ほりもの)をしながら、日本中を歩いてみてえつもりだ」
「まあ……では、永い間の心がけね」
「ああ、東妙和尚さんもそう言わっしゃった、与八、それだけ腕が出来たら、もう田舎廻(いなかまわ)りの彫物師の西行をしても食っていけるぞい、と言われました時から思い立ちました、行くさきざき、何か彫らしてもらっては、草鞋銭(わらじせん)を下さるところからはいただき、下さらねえ時は、水を飲んで旅をしてみようと、心がけていたですよ、お松さん。そうして、まずこれから上へ登って、大菩薩を越えて、塩山へ行くと恵林寺というので慢心和尚さんが、わしを待ってて下さる、あそこで何か彫らしておくんなさるに違えねえ……それから甲州路を西行をして、信濃から美濃、飛騨、加賀の国なんというところには、山々や谷々に霊場がうんとござるという話だから、そこへいちいち御参詣をしてみるつもりで、絵図面も、もう東妙和尚さんから描いてもらっている」
「与八さん――お前さんにそんなことを言われると、わたしは胸がいっぱいになって、何と言っていいかわからない」
 お松が咽泣(むせびな)きをしてしまいました。
「なあ、会うは別れのはじめ、別れは会うことのはじめなんだから、歎くことはねえだあね。お松さんが、東の方へ行って船に乗り、わしが西の方へ行って霊場巡りをしたからといって、会える時節になれば、またいつでも会えまさあね」
「だって、与八さん……そんなに物事は、容易(たやす)く諦(あきら)められるものではありません」
「わしは不人情のようかも知れねえが、この間中から、それを考えていたね、どうもお松さんに相談したって、承知しちゃくれめえと思うから、黙って、ひとりでブラリと出かけてしまおうかと思ったこともあるだがね、そうすると、登様は、お松さんや乳母(ばあや)がついているから少しも心配はねえが、この郁坊、郁太郎さんがかわいそうだと思ってね……それだって、なにもわしがいなくても、やっぱりお松さんや乳母(ばあや)が、登様同様に可愛がって下さるから、少しも心配はねえと思っていたが、でも、今日まで、そこまでの踏(ふ)んぎりはつかなくっていたのを、今晩、お松さんから、こんな相談を受けてみると、わしがこのごろの心願も、言わずにゃいられなくなったのさ」
「だけども、与八さん、まあよく考えて下さい、今日までのことを考えて下さいよ、そうして、これからのことと思い合わせてみて下さいな。与八さんとわたしとは、こうしてずいぶん苦労もし合って、これまでになっているでしょう、それを私たちだけが東へ行って、与八さんだけを西へやっていられるものか、いられないものか。第一与八さん、お前さんだってあてどのない一人旅が、どんなに辛(つら)いものだか、今、この場のこととしないで、考えてみてごらん」
「そりゃあね、そりゃあ、わしだって人情というものがあらあね、今まで世話になったお松さんに離れたり、こんな頑是(がんせ)のねえ子供や、なじみになった皆さんに別れたり、それがどんなに辛いかを思い出すと、あれを思い立ってから、毎晩、涙が流れて枕が濡れちまったが――なんでも罪ほろぼしのためには、辛い思いをしなけりゃならねえ、お釈迦様は王宮をひとりで逃げ出してしまった、西行法師は妻子を蹴飛ばして出かけた、人情を一ぺん通りたち切ってみなけりゃ、仏の恩がわからねえ……こんなことをお説教で聞かされたもんだから、わしゃどうしても一度、罪ほろぼしのために、廻国の難儀をしてみなけりゃ済まされねえ……こう覚悟をきめてしまっていただね」
 お松はたまり兼ねて、その時言いました、
「与八さん、お前は、何をそれほどまでにして、罪ほろぼしをしなけりゃならないほどの罪をつくったの?」

         七十四

 お松が力を尽し、言葉を極めての説得も、ついに与八の志を翻すことができませんでした。
 それでも、お松の方もまた、与八ひとりのために、この幸福と、必然とを取逃がすわけにはゆかない人間以上の引力を、如何(いかん)ともすることができません。
 そこで、おたがいに泣きの涙で、おたがいの導かるる方、志す方に向わねばならない羽目となったのは、予想外中の予想外で、そうして、なにもそれをしなければ、直接の生命に関するというわけではないにかかわらず、そうさせられて行く力の前に、二人が如何とも争うことができなかったのです。
 翌日から、泣き泣きすべての出発の用意と、あとを整理することとに、働きづめであります。
 あとを濁さないように――というお松の日頃の心がけは、この際に最もよく現われ、いつも蔭日向(かげひなた)のない与八の心情もまた、こういう際によくうつります。
 持ち行くべきものは持ち行くように、あとに残して、蔵(しま)うべきものは蔵うようにしているうち、お松が一つの葛籠(つづら)の中から、一包みの品を見出して、与八に渡しました。
「与八かたみのこと」
と紙包のおもてに記してある。しかもそれは、先代弾正の筆に紛れもない。与八も奇異なる思いをしながら、それをほどいて見ると、守り袋が一つと、涎掛(よだれかけ)が一枚ありました。その守り袋を開いて見ると臍(へそ)の緒(お)です。紙包の表に書いてある文字を、お松が早くも読んでみると、
「与八さん――これは、お前さんの臍の緒ですよ。まあ、ここに生年月が書いてある、生年月ではない、何月何日、武蔵野新町街道捨児の事……与八さん、この涎掛がその時、お前さんがしていたものなのよ。御先代様が、こうして丹念に取ってお置きになったのを、お前さんに見せる折の無いうちに、お亡くなりになったものと見えます。今日になって、これが出て来たのも、本当に因縁(いんねん)じゃありませんか」
「ああ、そうだったか――」
 与八は、染色のあせた涎掛を、お松の手から受取って、両手で持ったまま、オロオロと泣き出しました。

 それから三日目、村人や教え子が寄り集まって、留別と送別とを兼ねたお日待でしたが、いずれも事の急に驚いて、泣いていいか、笑っていいか分らない有様です。
「末代までも、この地にいておもらい申すべえと思ったに、こうして急にお立ちなさるのは、夢え見ているようでなんねえ」
と言って泣く者が多いのです。こんな時に、お松はかえって涙を隠す女でした。そうして、一層の雄々しさを見せて、人を励ますことのできる女でした。
「皆さん、会うは別れのはじめ、別れは会うことのはじめですから、どこの土地へ行きましょうとも、また御縁があれば、いつでも会われます、一旦はこうして立っても、またおたがいに、いつでも手を取り合って楽しめる時が来るに違いありません」
 与八から言われたことをうけうりのようにして、お松が一生懸命に人々の心を励ましました。
 その翌日は、もう、運ぶだけのものを馬に積んで、乳母(ばあや)と子供は駕籠(かご)に乗せ、お松はあるところまで馬で――七兵衛は途中のいずれかで待合わせるということにして、幾多の村人や、教え子に送られて、この地の土になるのかと思われていたお松は、綺麗(きれい)にこの地を立ってしまいました。
 与八も、送ると言って、江戸街道まで姿を見せたには見せたけれども、自分が昔捨てられたという新町街道のあたりへ来た時分には、もう与八の姿は見えませんでしたが、お松は声をあげて、与八の名を呼ぶ勇気がありません。あの捨子地蔵のあたりへ来ると、面(かお)を伏せて声をのみました。

 こうして、お松とすべてを立たせてしまったその夜――沢井の机の家の道場の真中に坐って、涎掛(よだれかけ)を自分の首にかけて、ひとりで泣いている与八の姿を見ました。

         七十五

 二里三里と、飽かずに送って来てくれる見送りの者を、しいて断わって帰してしまった時分に、どこからともなく旅姿の七兵衛が現われて来ました。
 ここにまた不思議なことの一つは、いつも七兵衛の苦手であったムク犬が、最初から神妙に一行について来たが、今ここで不意に七兵衛が姿を現わしても、吠(ほ)えかかることをしませんでした。
 温容に七兵衛の面(おもて)を笠の下から見ただけで、その後は眠るが如くおとなしくなっていることです。このことは、ほかの人にとっては、気のつかないことでしたが、七兵衛にとっては一時(いっとき)、力抜けのするほど案外のことでありました。
 ムク犬が吠えない代りに、ちょうどこの前後に、駕籠の中の郁太郎が不安の叫びを立てたものです。
「与八さん、与八さん、与八さんはいないのかい、与八さん」
 いまさら思い出したように、与八の名を呼びかけ、数え年四つになった郁太郎が、突き出されたように駕籠の外へ出てしまいました。そうして前後の人を見渡したけれども、ついに自分の叫びかけている人の姿が、どこにも見えないことを知ると、
「与八さん、与八さん」
 覚束(おぼつか)ない足どりで、西に向って――つまり、自分たちが立ち出て来た方へ向って走りはじめます。
「郁太郎様、どこへいらっしゃる」
 登を抱いていた乳母(ばあや)がかけつけました。それを振りもぎって走る郁太郎。馬上にいたお松も、馬から下りないわけにはゆきませんでした。
「郁太郎様――与八さんはあとから来ますよ」
「あとからではいけない」
 お松のなだめてとめるのさえも、肯(き)かないこの時の郁太郎の挙動は、たしかに、平常と違っていることを認めます。
「与八さんは、あとから草鞋(わらじ)をどっさり、拵(こしら)えて持って来ますよ、だから、わたしたちは一足先へ出かけているのです」
「いや、いや、与八さんと一緒でなくては行かない」
「そんな、やんちゃを言うものではありません」
「いや、いや、与八さんと一緒でなくては……」
 この時の郁太郎は、激流を抜手を切って溯(さかのぼ)るような勢いで、誰がなんと言ってもかまわず、その遮(さえぎ)る手を振り払って、西へ向って、もと来た方へ一人で馳(は)せ戻ろうと、あがいているのです。
 お松でさえも、手に負えないでいるところを見兼ねた七兵衛が、
「与八さんは、あとから来るから、みんなで一足先へ行っているのだよ」
と言って、あがく郁太郎を、上からグッと抱きあげてしまいました。
「いや、いや、与八さんと一緒でなければ、どこへも行かない」
 抱かれた七兵衛に武者ぶりついて、ついに、七兵衛の面(かお)を平手でピシャピシャと打ちながら、泣き叫ぶ体(てい)は、全く今までに見ないことでした。
「では、与八さんのところへ連れて行ってやろう、さあ、こっちへこう戻るのだね」
 七兵衛が、如才なく後戻りをしてみせる、とその瞬間だけは郁太郎が納得しました。
 そうして、物の二三間も歩いて、もうこの辺と、引返そうとすれば、郁太郎は、火のつくようにあがいて、
「いやだ、いやだ――与八さんの方へ……」
 なだめても、すかしても、手段の利(き)かないことを七兵衛もさとり、一行の者が全くもてあましてしまいました。
「与八さんに送って来てもらえばよかったのにねえ」
 お松でさえも愚痴をこぼすよりほかはないと見た七兵衛は、
「この子は、与八さんという若い衆が本当に好きなのだから、この子の心持通りにしてやるのがようござんしょう」
 むずかる郁太郎を抱きながら、七兵衛は何かひとり思案を定めたようです。

         七十六

 沢井の道場に、ひとり踏みとどまった与八は、道場のまんなかで、涎掛(よだれかけ)をかけつつ、坐りこんで無性に泣いていました。
 今晩は、全く静かです。
 静かなはずです、先代の主人、自分の生命(いのち)の親たる弾正先生は疾(と)うに世を去り、まさに当代の主人であるべき竜之助殿は、天涯地角、いずれのところにいるか、但しは九泉幽冥の巷(ちまた)にさまようているか、それはわからない――最近になって復興して、竹刀(しない)の声に換ゆるに読書の声を以てした道場の賑わいも、明日からは聞えないのです。そうして、お松さんも、郁坊も、登様も、乳母も、あの人間以上と言ってもよい豪犬も、みんな行ってしまったから、今晩というものが、いつもの晩よりも、全く静かなのはあたりまえです。
 こんな静かなところで、誰もいないのに、あの図抜けて大きな男が、ちっぽけな涎掛の紐のつぎ足しをして、それを首筋にかけ、大きく坐り込んで、ホロホロ泣き続けているのだから、人が見たら笑いものですけれども、今晩は笑う人さえいない。
 幾時かの後、与八は急に飛び上りました。
「郁坊やあーい」
 立って、道場の武者窓から外をのぞいて見たが、外は暗い。
「郁坊やあーい」
 今度は、潜(くぐ)り戸(ど)をガラリとあけて外を見たけれども、外はやっぱり暗い。
 いつもならば、この暗い中から、のそりとムク犬が尾を振って出るのだが、今晩はそれも無い。

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