大菩薩峠
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著者名:中里介山 

 時にとっての好(よ)き道しるべと、兵馬は余の方面はさておき、自分の目的地方面をたどると、はしなくもそこに一つの迷いが起りました。
 わが行手にあたって、同じく西の方の大山脈のふところに、少なくとも二つの主なる温泉がある。
 右なるは、現在目的とする中房の温泉。
 左なるは「白骨」と書いてある。
 兵馬はそれを、ひとたびはシラホネと読み、再びはハッコツと読みました。

         二十一

 案の如く仏頂寺、丸山の二人は、宇津木兵馬が立去ってしまったあとの、同じ座敷へ帰って来ました。
 そこで、机の上にあった兵馬の置手紙を見て、はアとうなずいたきりで、深くは念頭にとめず、やがて、御持参の雉子(きじ)で酒を飲みはじめたようです。
 この連中は、人生の離合集散も、哀別離苦も、さのみ問題にはしていない。きょうあって、あすはなき命と、覚悟はきまっている、そうして、あすは鴉(からす)がかッかじるべえ、ともいわない。感傷がましい言葉が、あえて彼等の口の端(は)に上るということを知らないほど、無感覚に出来ているらしい。
 ところが、ここに一つの悪いことは、兵馬の取越し苦労が、この時分になって漸(ようや)く利(き)き目を見せたことで、利き目の見えた時分は、相手が悪くなっていました。
 仏頂寺と、丸山とが、こうして仲むつまじく、一つ鍋を突ッつき合っているところへ、喧嘩を売りに来た奴があるのだからたまらない。
「まっぴら、御免なせえまし」
というすご味を利かせたつもりなのが、目白押しになって、不意に押しかけて来ました。
「ナ、ナンダ?」
と鍋の中へ箸(はし)を半分入れながら、仏頂寺弥助が睨(にら)み返すと、
「旦那方、御冗談(ごじょうだん)もいいかげんになすっていただきてえもんでございます」
 そいつらがズカズカとはいって来て、膝ッ小僧をズラリと、仏頂寺、丸山の前へ並べたものですから、なんじょうたまるべき、
「何が、どうした!」
「御冗談もいいかげんになすっていただきてえもんでございます」
「何が、何だと!」
「へへへへ、ごじょうだんもいいかげんになすっていただきてえもんで。そんなこわい目をしたって、驚く兄さんとは兄さんが違いますよ、旦那方!」
「何が、何だ!」
 仏頂寺が、こぶしを膝において向き直る。丸山勇仙も肉をパクつきながら、途方もない奴等が舞い込んだものだと思いました。だが、いっこう両人ともに、事の仔細がわからない。
 こいつ、あの芝居の場の狼狽(ろうばい)を根に持つ奴が、ならず者を廻したのだろう……と一時はそうも思いましたが、それとは、少しどうも呼吸(いき)が違うようだ。
 そこで、仏頂寺ほどの豪傑も、まず手が出ないで、何が何だと、煙(けむ)にまかれたような有様でいると、
「おトボけなすっちゃいけねえ、人の大切(だいじ)の玉を、さんざんおもちゃにしておいてからに……」
と並べた膝ッ小僧を、一斉に前へ進めるものですから、仏頂寺弥助が、
「誰が、玉をおもちゃにしたというのだ。いったい、貴様たち、断わりもなく他人の室へ闖入(ちんにゅう)して、その物のいいザマは何だ」
と言いながら、箸をおいて火箸を取ると、鍋の下にカンカンおこっている堅炭の火を一つハサんで、いきなり、それを一番前へ乗り出していた膝ッ小僧へ、ジリリと押ッつけたものだから、
「あつ、つ、つつ……!」
 その奴(やっこ)さんが、ハネ上って熱がりました。で、その騒ぎの納まらないうちに、仏頂寺は、
「こいつも、少し出過ぎてる!」
といって、もう一人並んでいた奴さんの、今度は膝ッ小僧ではなく、額のお凸(でこ)へその火を押ッつけたものだから、同じく、
「あ、つ、つ、つ、つ……」
といって、飛び上りました。
「この野郎、もう我慢ができねえ」
 余の奴さん連が、仏頂寺をなぐりにかかるのを、仏頂寺は左の手で膝元へ取って押え、その腕をしっかり膝の下へ敷き、片手では例の堅炭の火を取って、その奴さんの小びんの上へおくと、毛と、皮とが、ジリジリと焦(こ)げてくる。
「あ、つ、つ、つ、つ……!」
 これは動きが取れないから、焼穴が出来るでしょう。
 そこで、宿の亭主が飛んで出るの幕となりました。
 何はトモあれ、取押えられている者のためにおわびをして、執りなしをして、助けておいてからのこと。
 亭主が口を尽してわびるので、仏頂寺は、焼穴をつくるだけは見合せて、火箸を灰の中に突込み、
「亭主、よく聞きなさい、われわれ二人は昨晩、城下のあるところへよばれて御馳走になり、今朝戻って、この座敷で二人水入らずに酒を飲んでいるところへ、こいつらが、いきなり闖入(ちんにゅう)して来て、われわれの前へ、その薄ぎたない膝ッ小僧を並べるのだ……いったい、こいつらは何者で、何しに来たのだか一向わからん。また、こいつらの言うことが、ガヤガヤ騒々しいばかりで、何を言っているのか一向わからん……ただ、無暗にこの薄汚ない膝ッ小僧を、せっかくわれわれがうまく酒を飲んでいる眼の前へ突き出すから、いささか折檻(せっかん)してやったのだ。お前の顔に免じて、このくらいで許してやるまいでもないが、いったい、何の恨みで、われわれに喧嘩を売りに来たのだか、亭主、そこでお前からよく問いただしてみてくれ。そうして、本人がなるほど悪いと気がついたら、あやまるがよかろう」
 仏頂寺からこう言われるまでもなく、仲裁に出る時に、もう亭主はそれを気がついていたので、この奴等が、たのまれておどしに来た当人は、もうすでに立ってしまったのだ。
 ここへ、あの芸者がころがり込んで、一夜を明かして、泣き出しそうな顔で立去ったことを、亭主は、知って知らない顔をしていたのだ。
 昨夜、あれほど探したのに出て来ないで、今朝になって早く飛び出したのは、どういうわけだか、これは亭主は知らないが、とにかく、この座敷へ昨晩泊ったことは確かである。
 さあ、この後日に間違いがなければいいがと、ヒヤヒヤしているうちに、この座敷の主人、すなわち兵馬は無事に出立してしまったから、まあよかった、どう間違っても、当人さえ出て行けば、相手のない喧嘩はできないのだから、まあ何とか納まるだろうと、ホッと息をついているところへ、仏頂寺らが帰ったものだから、また新たな心配が起らないでもありません。
 それに心を残して髪結(かみゆい)に行っている間に、この騒ぎが持上って、人が迎えに来たものだから急いで駈けつけて見ると、果して、こんなことになってしまっている。
 まあ、まあ、といって、その膝ッ小僧連をつれ出して、委細を言って聞かせ、お前たちが喧嘩を売りに来た当の相手は、モット若い人で、それはもう立去ってしまい、今いるのは、昨日はよそへ泊り、今朝あの座敷へ戻ったばかりの別の人である。お前たち、何というそそっかしいことだ。喧嘩を売る前に一度、わたしに相談をかけたらいいじゃないか。飛んでもない相手に喧嘩を売りかけたものだ――といってたしなめると、膝ッ小僧連も一同ハニかんでしまい、では出直して来るといって、そこそこに立去る。
 そのあとで、亭主は改めて仏頂寺らの前へ出て、その勘違いの失礼の段々を、ことをわけて話しておわびをすると、仏頂寺、丸山は、興多くその物語を聞いていたが、
「おやおや、それは意外に色気のある話だ、まさか兵馬が、芸者をこれへ引張り込んで、一晩泊めたとも思われないが、芸者がまた、何と思って兵馬のところへ戸惑いをして来たのか、それもわからない……そうだ、亭主、その芸者をひとつ、これへよんでくれ」
と仏頂寺が言い出したので、亭主がハッとしました。
 これはよけいなことをしゃべり過ぎた。呼びに行ったって来るはずはない。来ない、といったところでこの連中、そうかと引込む人柄ではない。
 言わでものことを口走ってしまったと、亭主が後難の種を、自分でまいたように怖れ出したのも無理はありません。
 しかし、この亭主の心配も取越し苦労で、仏頂寺、丸山の両人は、酒を飲んでいるうちに、いつしか芸者のことは忘れて、酒興に乗じて、何と相談がまとまったか、やがて、あわただしくここを出立ということになりました。
 二人の相談によると、急に長野方面に立つことになったらしい。
 この連中、思い立つことも早いが、出立も早い。早くも、旅装をととのえ、勘定(かんじょう)を払って宿を出てしまいました。
 だから、宿の主人はホッとして、第二の後難を免れたように思います。
 これら二人の行方(ゆくえ)は、問題とするに足りない。問題としたって、方寸の通りに行動するものではない。
 長野へ行くといって木曾へ行くか、上田へ廻るか、知れたものではない。
 だが、こうして、宇津木兵馬も去り、仏頂寺、丸山も去った後の宿に、椿事(ちんじ)が一つ持ちあがりました。さては、まだ滞在中の道庵先生が、何か時勢に感じて風雲をまき起すようなことをやり出したか。
 そうでもない。
 昨晩のあの芸者が、井戸へ身を投げてしまったということ。
 聞いてみると、事情はこういうわけ。あの女の旦那なるものが嫉妬の結果、あの女を縛って戸棚の中へ入れて置いて、その前でさんざんいびったとのこと。
 そうしておいて、寝込んでしまったすきをねらって、多分、手首を縛った縄を、口で食い解いたものと見えるが、首尾よく戸棚から逃げ出してしまった。
 眼がさめて後、旦那殿は、戸棚をあけて見るといない!
 そこで、また血眼(ちまなこ)になる。
 本来、憎くてせっかんしたわけでもなんでもない。むしろ、可愛さ余ってせっかんしたのだから、こうなってみると、自分があやまりたいくらいなものだ。そこで、昨晩の騒ぎが再びブリ返されると間もなく、飛報があって、女の死体が井戸に浮いている……
 忽(たちま)ち井戸の周囲が人だかり、押すな押すなで、井戸側からのぞいて見ると、さまで深くない水面にありと見えるのは、まごうべくもない昨晩の手古舞(てこまい)の姿。
 ああ、嫉妬がついに人を殺した、焼餅もうっかりは焼けないと騒ぐ。旦那殿は、意地も、我慢も忘れて、自分が溺れでもしたように、大声をあげて救いを求める。
 水に心得たものがあって、忽ち井戸へ下りて行ったが、つかまえて見ると意外にも、それは着物ばかりで、中身がなかった。
 ただし、その着物ばかりは、まごうかたなき昨晩のあの芸者の着ていた手古舞の衣。
 では、中身が更に水底深く沈んでいるに違いない。
 水練の達者は、水面は浅いが、水深はかなり深い水底へくぐって行ったが、やや暫くあって、浮び出た時には藁(わら)をも掴(つか)んではいなかった。
 つづいて、もう一人の水練が、飛び込んでみたがこれも同様。
 水深一丈もあるところを、沈みきって隈(くま)なく探しはしたけれど、なんらの獲物(えもの)がない。
 そこで、また問題が迷宮に入る。
 いしょうだけがあって、中身がないとすれば、その中身はどこへ行った。
 ああ、また一ぱい食った!
 太閤秀吉が、蜂須賀塾にいた時分とやらの故智を学んで、着物だけを投げ込んで、人目をくらましておいて、中身は逃げたのだ。
 どうしても、しめし合わせて知恵をつけた奴がある。
 そうして、この場合、いったん、帳消しになって宿の主人を安心させた宇津木兵馬と、仏頂寺、丸山の両名が、またしても疑惑の中心に置かれる。
 立って無事だと思ったのが、立ったことがかえって疑惑になる。さては、あの連中、しめし合わせて女をつれて逃げたな。
 そこでこの疑惑が、三人を追いかけるのも、是非のない次第です。

         二十二

 兵馬は、札の辻の温泉案内の前に立ちつくして、安からぬ胸を躍(おど)らせておりました。
 そうしているところへ、松本の町の方から、悠々閑々(ゆうゆうかんかん)として、白木の長持をかついだ二人の仕丁(しちょう)がやって来ました。
 兵馬が見ると、その長持には注連(しめ)が張って、上には札が立ててある。その札に記された文字は、
「八面大王」
 妙な文字だと思ったが、ははあ、これはこの附近の神社から、昨今の松本の塩祭りへ出張をされた神様の一体か知らん、とも考えられる。
 兵馬は、その長持のあとについて歩き出したが、この長持の悠々閑々ぶりは徹底したもので、到底行を共にするに堪えないから、ある程度でお先へ御免を蒙(こうむ)ることにする。
 そうして兵馬が、長持を追いぬけて、有明道(ありあけみち)を急ぐことしばし。
 ほとんど一町ともゆかぬ時に、戞々(かつかつ)と大地を鳴らす馬蹄(ばてい)の響きが、後ろから起りました。
 そこで、兵馬もこれがために道を譲らねばなりません。道を譲って何気なくその馬を仰ぐと、これもまた驚異の一つでないことはない。
 上古の、四道将軍時代の絵に見るような鎧(よろい)をつけた髯男(ひげおとこ)が一人、巴(ともえ)の紋のついたつづらを横背負いにして、馬をあおってまっしぐらにこちらをめがけて走らせて来るのです。
 おかしい! 夷(えびす)が今時、何の用あって、この街道を騒がすのだ。しかし、それは、やっぱり以前の長持と同じように、ある神社の祭礼の儀式のくずれだろう――と見ているうちに、馬も、人も、隠れてしまいました。
 だが、あの古風な、四道将軍時代を思わせるような鎧はいいが、調和しないのは、あのつづらだ。あれがあまりに現代的で、調和を破ることおびただしい。祭礼の帰りに、質を受け出して来たのではあるまい。同じことなら、もう少し工夫がありそうなものだ。もう少し故実らしいものを背負わせたらよかろう……と、よけいなことながら、そんなことまで、兵馬の頭の中をしばらく往来している時に、
「はい、御免なさいよ」
 気がつかないでいた、今の先、その緩慢ぶりにひとり腹を立って追いぬいて来た、あの悠々閑々たる長持が、はや兵馬の眼の前へ来て、道を譲らんことを求めているではないか。
 このまま立っていると、やはりこの長持にさえ道を譲らねばならぬ。馬も千里、牛も千里だと思いました。
 そこで、兵馬は思案して、今度はしばらくその悠々閑々たる長持氏と行を共にし、少しく物を尋ねてみたいという気になる。
「この長持の中は、何ですか」
「これはね、八面大王の剣(つるぎ)でございますよ」
「刀ですか」
「剣ですよ」
「ははあ……そうして、いま、馬で盛んに飛ばして行った、あれは何ですか」
「あれは八面大王ですよ」
「ははあ……」
 兵馬は、それがわかったような、わからないような心持で、
「八面大王というのは、いったい、何の神様ですか」
「左様……」
 悠々閑々たる仕丁(しちょう)は、そこで兵馬のために、八面大王の性質を物語りはじめました。こういう場合には、その悠々閑々の方が、話すにも、聞くにも、都合がよい。
 八面大王のいわれはこうです――
 桓武天皇(かんむてんのう)の御代(みよ)、巍石鬼(ぎせっき)という鬼が有明山に登って、その山腹なる中房山(なかぶさやま)に温泉の湧くのを発見し、ここぞ究竟(くっきょう)のすみかと、多くの手下を集めて、自ら八面大王と称し、飛行自在(ひぎょうじざい)の魔力を以て遠近を横行し、財を奪い、女を掠(かす)め、人を悩ました。
 坂上田村麿(さかのうえのたむらまろ)が勅命を蒙って、百方苦戦の末、観音の夢のお告げで、山雉(やまきじ)の羽の征矢(そや)を得て、遂に八面大王を亡ぼした。
 その時のなごりで、有明神社の祭礼のうちに、八面大王の仮装がある。
 大王にふんする鬼が、附近の女を奪って帰ると、それを、田村麿にいでたつものが、奪い返して大王の首を斬る、という幼稚古朴(こぼく)な仮装劇が、ある時代に、若いものの手で行われたことがあるという。
 つまりはその古式を復興して、いま、馬上で走(は)せて行った鎧武者(よろいむしゃ)が、つまり八面大王なのだ、あれが中房へ行くと、田村麿の手でつかまります――という。
 最初の時代には、なんでもあの八面大王が、そこらにいあわす女ならば、女房でも、娘でも、かまわず引っさらって、生(しょう)のままで、荒縄で引っかついで行ったものだが、今は相当遠慮して、女はあのつづらの中へ入れて参ります――という。
 では、あのつづらの中には、かりに掠奪された女がいるのか――その女こそいい迷惑だ、と兵馬が笑止(しょうし)がりました。

         二十三

 こうして仏頂寺、丸山らは、煙の如く長野へ向けて立ってしまい、宇津木兵馬は、アルプス方面の懐ろへ向って参入せんとする場合に、ひとり道庵先生と米友のみが、同じところにとどまっているべき理由も必要も、あるはずはありません。
 果(はた)して道庵先生は、起きて朝飯が済むと共に、床屋を呼びにやりました。
 床屋が来ると、先生は従容(しょうよう)として鏡の座に向い、何か心深く決するところがありと見え、
「エヘン」
とよそゆきの咳払(せきばら)いをしました。
 床屋は先生の心のうちに、それほど深く決心したところがあると悟る由もありませんから、やはり、従前通りの惣髪(そうはつ)を整理して、念入りに撫でつけて、別製の油でもつけさえすれば仕事が済むのだと、無雑作(むぞうさ)に考えて、先生の頭へ櫛(くし)を当てようとすると、
「待ってくれ――少し註文があるですからね」
と右の手を上げて、合図をしました。
 ぜひなく床屋が、櫛をひかえて、先生の註文を待っていると、
「ところで、床屋様、わしは今日から百姓になりてえんだよ……武者修行はやめだ、やめだ」
と言いましたから、床屋はよくのみ込めないでいると、道庵が、
「うまく百姓にこしらえてくんな! 茨木屋(いばらぎや)のやった佐倉宗五郎というあんべえ式に、ひとつやってくんな!」
「お百姓さんのように、髪を結い直せとおっしゃるんでございますか、旦那様」
「そうだよ、すっかり百姓面(づら)に、造作をこしらえ直してもらいてえんだよ」
 そこで床屋は変な顔をしてしまいました。
 見たところ、相当に品格もある老人で、少々時代はあるが、塚原卜伝の生れがわりといったような人品に出来ているから、相当の敬意を以て接してみると、口の利き方がゾンザイであったり、いやに御丁寧であったりして、結局、この惣髪を、普通の百姓に見るような髷(まげ)に直してしまえ、と註文であります。
 床屋が当惑しているに頓着なく、道庵は、鏡に向って気焔を吐き、
「百姓に限るよ、百姓ほど強い者はねえ……いざといえば、誰が食物を作る。食物を作らなけりゃ、人間が活(い)きていられねえ。その生命の元を作るのは誰だ――と来る。この理窟にゃ誰だってかなわねえ、武者修行なんざあ甘(あめ)えもんだ、おれは今日から百姓になる!」
 さては先生、先日の芝居で、信州川中島の百姓たちが、大いに農民のために気を吐いたのを見て、忽(たちま)ち心酔し、早くも武者修行を廃業する気になったものと見えます。
 つまり先生の考えでは、武芸で人をおどすなどはもう古い、食糧問題の鍵をすっかり自分の手に握って置いてかからなければ、本当の強味は出て来ない――というようなところに頭が向いて、自然、一切の造作をこしらえ直す気になったものと見えます。
 床屋は、やむなく、註文を受けた通りに造作にとりかかる。惣髪は惜気もなくそり落して丸額(まるびたい)にし、びんのところはグッとつめて野暮(やぼ)なものにし、まげのところも、なるべく細身にこしらえ上げて、やがてのことに、百姓道庵が出来上ってしまいます。
 道庵つくづくと、その百姓面(づら)を鏡に照らし合わせながら、
「尚書(しやうしよ)に曰(いは)く、農は国の本、本固ければ国安しとありて、和漢とも、農を重んずる所以(ゆゑん)なり。農事の軽からざる例は礼記(らいき)に、正月、天子自ら耒耜(らいし)を載せ給ひて諸侯を従へ、籍田(せきでん)に至つて、帝耕(たがや)し給ふこと三たび、三公は五たび、諸侯は九たびす、終つて宮中に帰り酒を賜ふ、とあり、天子諸侯も農夫の耕作を勤むる故に飢を知り給ひ、さりとて、官ある人、農を業とすべきにあらざれば、年の首(はじめ)、農に先だつて、聊(いささ)かその辛苦の業を手にふれ給ふ、実に勿体(もつたい)なくも有がたき事ならずや……」
 滔々(とうとう)としてやり出したものですから、これは気狂(きちが)いではないかと、床屋が顔の色を変えました。
 かくてその日、この宿を立ち出でた道庵先生の姿を見てあれば、わざと笠をぬいで素顔を見せたところ、竪縞(たてじま)の通し合羽(かっぱ)の着こなし、どう見ても、印旛沼(いんばぬま)の渡し場にかかる佐倉宗吾といった気取り方が、知っている者から見れば、ふざけきったもので、知らない者は、あたりまえのお百姓と見て怪しまぬほどに、変化の妙を極めておりました。
 さて、そのあとから、少し間をおいて続いた宇治山田の米友。これは、前来通りと別に異状はありません。
 行き行きて、この二人が、例の芝居小屋の前まで来ると、数日まえの景気はなく、立看板に筆太く、
「大衆演劇、近日開場」
と書いてありました。
 それを見ると、道庵先生が足をとどめて、しばらく打ちながめ、
「ははあ、大衆演劇」
と首を傾(かし)げました。
 大衆とはいったい何だろう――道庵は、しきりにそれを考えながら、足を運び出しました。そこでひとりごと――
 大衆というのは「坊さん仲間」ということで、よくそれ、太平記などに一山の大衆とあるが、大衆が芝居をやるというのは解(げ)せねえ、坊さんが出て芝居をやるというのはわからねえ、いかに物好きな坊さんだって、芝居小屋を借りて、坊主頭を振り立てて踊ろうというほどの豪傑はなかろう。第一、それでは寺法が許すまい。狂言綺語(きょうげんきぎょ)といって、文字のあやでさえもよしとはしない仏弟子が、進んで芝居をやり出そうとは思われぬ。してみると、これはつまり、坊さん役のたんと出る芝居だろう。たとえてみれば道成寺といったように、坊主が頭を揃(そろ)えて飛び出す芝居かも知れない。そこで大衆演劇と名をつけたんだろう。そうに違いない。そうでなければ「かっぽれ」かな……喜撰(きせん)でも踊るのか知ら。
 この大衆の文字が、少なからず道庵先生をなやませました。
 そうだ――おれは大衆という文字を、一途(いちず)に坊さんの方へばかり引きつけていたのがよくない。外典(げてん)のうちに、つまり漢籍のうちにも、この大衆という文字はないことはなかろう。まてよ、いま、天性備えつけの百味箪笥(ひゃくみだんす)を調べてお目にかけるから――
 道庵先生は、自分の頭の中の百味箪笥をひっくり返して、しきりに調べにかかったが、結局、ドコかでその大衆という文字を見たことがあるように思いました。
 尚書ではなし、礼記ではなし、四書五経のうちには、大衆という文字はねえ……してみると、諸子百家、老荘、楊墨、孟子、その辺にも大衆という文字は覚えがねえが……でも、どこかで見たようだ。左伝か、荀子(じゅんし)か……
 実によけいな心配をしたもので、お手前物の百味箪笥の引出しをいちいちあけて、薬を調べるような心持で、僅か大衆の一句のために、道庵先生が苦心惨憺(くしんさんたん)をはじめました。
 宇治山田の米友においては、一向、そんなことは苦にしていない。
 彼は精悍な面魂(つらだましい)をして、多田嘉助が睨み曲げたという松本城の天守閣を横に睨み、
「何が何でえ、ばかにしてやがら」
という表情で、松本平の山河をあとにして歩みました。
 したが、しばらくあって、何に興を催したか、宇治山田の米友が、松本の町はずれで、ふと大きな声を出して、
十七姫御が旅に立つ
それを殿御が聞きつけて
とまれとまれと袖をひく
それでとまらぬものならば
馬を追い出せ弥太郎殿
明日は吉日、日もよいで
産土参(うぶすなまい)りをしましょうか
 宇治山田の米友が唄をうたい出したので、驚かされたのは道庵先生です。
「友様、お前も、唄をうたうのかい」
 大衆の空想も、なにもすっかり忘れて、道庵が驚嘆しました。

         二十四

 中房の温泉についた宇津木兵馬は、とりあえず宿について、様子を見たけれど、これぞと心当りの者もない。
 一軒の温泉宿が中房の総(すべ)てであります。
 どれを見ても、みんな素姓(すじょう)の知れたもの、ただ一組、駈落者らしいのがあるという話だから、それとなく探ってみると何のこと、田舎(いなか)の新婚の夫婦が他愛もなく、じゃれているだけのもの。
 とにかく、その夜を明かして翌日。兵馬は炉辺にいて、焚火にあたりながら、入れかわり立ちかわる人、といっても、そう多くの数ではないが、それをとらえて自分が主人顔に話をしてみる。この夏中からかけて入浴に来た客のそれぞれについて、探りを入れてみる。ついでにこの温泉や、附近の人情風俗を聞いてみる。
 内湯もある、外湯もある、蒸湯もある。リョウマチや、胃腸の病気や、労症(ろうしょう)や、脳病に利(き)き、婦人の病や、花柳病の類(たぐい)にも効があるということで、婦人客が意外の遠くから来て、長く逗留(とうりゅう)することもあるという。
 次にこの宿の設備を見ると、棟がいくつもにわかれて、室の数は五十以上もありそう。
 そのなかには、人のありそうでないのもあろう。なかりそうで隠れ療治を試みている者があるかも知れない。ことにこれから奥の野天にある蒸湯の設備は、熱泉のわき出すその上に、簾床(すどこ)をこしらえてよもぎを敷きつめ、その間を通してのぼる湯気で温まるところがあるという。そこへも一応行って見なければならぬ。
 程経て、兵馬はその炉辺を立ち、数多い棟々のいくつもの部屋を調べに出かけました。
 ほとんど全部が空いている時分でしたから、何の挨拶もなしに兵馬は障子をあけては、部屋部屋を見、また何の挨拶もなしに出て、五十余りと覚しき部屋の大部を検分してみましたけれど、どれも、これはと怪しむべきものは一つもない。
 ただふさがっているのが三つあって、その一つは長野あたりの夫婦者と、もう一つは松本辺の御隠居らしいのとで、なんら怪しむべきものはない。ただ、そのうちの一つに、人がいるのだか、いないのだかわからない暗澹(あんたん)たるものがありました。
 兵馬が、のぞいて見ると、蒲団部屋(ふとんべや)になっている。
 蒲団が山の如く積まれた中に、どうも気のせいか、人がいるように思われてならぬ。女中でもいるのかしらと最初は思いましたが、女中部屋は帳場から遠からぬところにあるし、第一、こんなかけ離れたところへ女を置くはずはない。では、夜番の者でもいるのか知ら。それもうけ取れない。
 兵馬は、ただその部屋だけに多少の心を残しましたけれど、一面に蒲団が積み込んであるのだから、それを押しくずしてまで侵入する気にはなれませんでした。
 いずれまた篤(とく)と……そこでまた炉辺へ帰って無駄話をしていると、ふと気がついたのは――もっと以前に気がつきそうなものであったのに――今になって気がついたのは、あがりはなに、隅の方へ押しつけられて、つづらが一つ置きばなしにされてあることです。あまり無造作に置き捨てられてあるから、それでかえって兵馬の気がつかなかったとも思われます。
 つづらといえば、どんな山の中にでも備えてある日用器具の一つだが、兵馬が特に見覚えのあるように感じたのは、そのつづらに巴(ともえ)の紋がついていることで、そうして、きのうの途中、四道将軍のような鎧武者(よろいむしゃ)がしょって、馬に乗ってまっしぐらに走らせたそれが、このつづらに似ている、いや、それに相違ないのだと兵馬は信じました。
 ところで、あれは例の八面大王に扮(ふん)したのが、古例によって、女を奪ってあれに入れて、この山へ来たのだ、そうして田村麿将軍の手でその女を取返されたのだ、ということになっている――ではひとつ、その納まりを聞いてみようではないか。
 それを聞いてみると、誰もとんと返事のできる人はない。
 第一、そんなお祭の古例をさえ知った者はない。このつづらにしてからが、誰が持って来て、誰が置きっぱなしにしておいたのだか、それすら満足な返事を与えるものがない。
 この上、尋ねるすべもなし、また必ずしも探求する必要もないので、兵馬は引返すうちに夜になりました。
 どてらを重ねて夜の寒さを防ぎ、人定まった後というけれど、昼のうちからほとんど人の定まったようなところを、兵馬は小提灯(こぢょうちん)をともして、ひとり廊下を歩いて、例の広い部屋部屋の外を通ってみました。
 しかし、かりそめの目的は、例の蒲団部屋にあるので、あの蒲団の砦(とりで)のうしろには、優に二人三人の人をかくし住まわすには余りがある、とこう睨(にら)んだのを見過ごすわけにはゆきません。
 ほどなく、その部屋の前に立って様子をうかがうと、これは意外千万――たしかにこの蒲団の砦のうしろあたりで火影がする。薄明りながら火をともして、その中に隠れている人があるらしい。
 さしったりと、兵馬は胸をおどらせました。そのまま、蒲団を押しくずして乱入しようかとさえ思いましたが、それでも前後を思案するの区別だけは残して、さて、中をつきとめるには、どういう手段を取ったらよいか。無茶に乱入すれば敵の備えがないともいえぬ。尋常に訪(おとの)うては、いよいよ敵に警戒を与えるばかり。雨戸越しにでもはいる手段はないかと、調べてみたが、これもおぼつかない。
 ぜひなく、兵馬は、この蒲団の砦(とりで)に向って正面攻撃を行うほかはないと思い、小提灯をたのみに、充分の用意をもって、一方から、その蒲団を崩しにかかりました。
 兵馬が、二三枚の蒲団を崩した時分に、中ではフッとその火影が消えてしまいました。ふき消したものに違いない。
 こちらの侵入を気取(けど)って、非常に狼狽(ろうばい)しているように思われる。狼狽したからとて、逃げ場はあるまい、はいるに不便なところは、出づるにも不便なはず。兵馬は、前以てこれを見届けておきました。
 そうして、一方の手で、ふとんのとりでを崩し崩して行く間に、洞然(どうぜん)として、遮(さえぎ)るもののなきところに達しました。
「だあれ!」
 暗い中で、狼狽しきった声は女でありました。兵馬はそれに答えないで、自分の手にある小提灯をつきつけて見ると、女が一人、枕屏風(まくらびょうぶ)の蔭にふとんから起きかかっている。そのほかには誰もいないようです。
「だあれ!」
と女はおどおどしながらとがめたけれど、存外、度胸があるのか、この不意の侵入者に対しても、世の常の女が騒ぐほど、騒いではいないらしいのが不思議です。
「あなた一人ですか」
と兵馬が言いますと、
「ええ、一人よ。なんだって、断わりなしにはいって来たの?」
 やはり女は悪びれずに、かえってこちらをとがめるだけの余裕さえあるのを、兵馬は案外の思いをしていると、
「あら、あなたは、あの浅間のあのお客様じゃなくって、まあ、この間は失礼致しました」
「おお、お前は、あの人か」
 その時の闖入者(ちんにゅうしゃ)は、ここでは地をかえてしまいました。
 闖入して来たのは宇津木兵馬であるが、その闖入に驚かされた人は、身なりこそ変っているが、あの手古舞の酔っぱらい芸妓に違いない。
 めぐりあうべき人にめぐりあわないで、めぐりあう必要がない人がついて廻る結果となる。
 兵馬は唖然(あぜん)として言うべき言葉を失いました。




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