読書法
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著者名:戸坂潤 

 ドイツ語の新刊書を有難がってはいない不用意な私は、一時なる程そうかなあと思ったが、この手紙に紹介してあるドイツ語の本のタイトル(ブロークンなドイツ語だったが)に見覚えがあるような気がして考えていると、思い当ったものがある。兼子という篤志の人自身からそれらしい本を送ってもらったことがあったのを思いだしたのだ。家へ帰って戸棚を引っくり返して取りだして見ると果せるかなその本なのである。
 一体何んなことが書いてあるかと思って所々読んで見ると、人間の身体は左側が男性の原理で右側が女性の原理で出来ているから、重心の所在が移行することによって女が男性化したり男が女性化したりするので、そこから起きる色々の病気もあるわけで、これは身体の左右の均衡を回復することによって治療出来る云々、といったようなことが書いてあるのである。
 人間学と治療とが結びついたよく在る種類のもので、偶々それが哲学の名の下に現われたのがこの本なのだ。こういう有難い哲学には必ず信者や道友がいるものだが、阿部次郎氏がこの本を剽竊したと知らせて呉れた未知の人も多分その信者や道友の一人なのだろう。――だが私は遂々フキだしてしまったのである。次郎氏、哲学行者の本を剽竊して『改造』に論文を書く! 何と愉快ではないか。
 ところが問題は笑って済まなくなってくるのである。兼子氏の「道友」は更に今度は日本語で書かれた氏の『哲学概論』めいた本を恵贈して呉れたが、それを見ると、前のドイツ語の方の本に対する「独仏」における大家(?)の賛辞が付録になっている。ブランシュヴィク氏やリッケルト氏は月並の無意味なお世辞を述べているに過ぎないが、O・フィッシャー氏の如きになるとクラーゲスなどを紹介してマンザラでもない賛同の意を表わしている。即ち、東洋思想とか東亜文明とかもっともらしい片言を述べ立てた「サムライ」や「ハラキーリ」式の東洋哲学観なのである。「西洋思想」を軽蔑するらしいこの友達が、欧州人に褒められたからといって喜んでいるのは少し変だが、それはとに角として、もう一つ気にかかるのは、兼子氏がこの本でもっとも興味をもっているらしい哲学的な思想対策と言ったものを見ると、何のことはないもっとも俗物的な国粋ファッショ式な善導案にすぎないという点である。私は折角深遠な「哲学」もこれでスッカリお座がさめはしないかを恐れるのである。
 で、兼子氏のような哲学に何か意味があるとすれば、それは一種の人間学と国粋哲学との結びつきを、相当ハッキリと体現して、現代のファッショ化したブルジョア哲学の漫画的一風景を点出した点にあるのである。
「独仏」ではこの頃色々の意味でのアントロポロギーが流行している。性格学とか人相学とかが、医者や心理学者や哲学者によって担ぎだされている。夜店で手相を見る易者が、哲学博士と名乗っているのは、今日では大いに冗談ではなくなって来たのである。
 この人間学は治療とか開運とかいう手取り早い御利益に結び付いているのだが、これがもっと陰険なのになると、「体験」という範疇に訴える場合が多い。もっとも体験といっても色々あるが、この頃使われるものは、歴史や社会の内部を遍歴する様な科学的な意義を持った体験(ディルタイなどに見られる)のことではなくて、矢張り、手取り早く、身体と結び付いた言葉通りの「体験」でなくてはいけないらしい。「悟り」とか「肚」とか、男がすたるとか男にするとかいう「男」とか、およそ安価なイージーゴーイングな体験がもっとも良いらしい。こうした「体験」の御利益は、世界の問題を、自分の一身上の肉体に集中することによって片づけることが出来る、という点にあるのである。
 こういう「精神的」な肉体主義式体験の専門家又は愛好者を以て自ら任じる人々が、今日では大抵、国粋ファッショ哲学者だという事実は、注目すべき根本公式である。読者はすでに、「精神的な」肉体家倉田百三氏の場合を知っているだろう。それから又、西田哲学を禅的な・スティグマ的な・少女ホルモン文学的な・「体験」の哲学だと考えている男や女は至るところに満ち充ちているが、そういう所から西田哲学で思想善導をやろうと考えている人も決して少なくない。そして、今日では肉体主義式「体験」が、東洋文化や国民思想や日本精神への鍵だというこの点を、最も露骨に組織的に示しているのが兼子氏のような「哲学」なのである。
 私は別に兼子氏の件を問題にしているのではない。之は単に引合いに出しただけなのだから、「道友」達に何とかかんとか云われることは迷惑である。問題はわが国の現在に於ける哲学的イニシャティブの惨めな退行現象にあるのだ。例えばドイツ哲学などはその精神的なペダントリーにも拘らず、今では極めて低級な文化的水準のものだとしか考えられないが、わが国になるとそれがもっと徹底的に露骨に、特有な形で低級なのである。
 もっともわが国のブルジョア哲学の或るものは、ブルジョア哲学としては、国粋家を喜ばせるべく世界最高の水準に達しているようにも見えるだろう。然しそうした哲学は決して、自分の変り種である例の肉体主義式「体験」哲学を粉砕することを欲しないし、又事実それは出来ない相談なのである。けだしファッショ式な悟りや「肚」の哲学は、外でもない、わが国現代ブルジョア哲学そのものの優秀なカリカチュアに外ならないからである。
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 7 岩波文庫その他


 現在発行されている文庫版の主なものは岩波文庫(レクラム版の装幀に近い)・改造文庫(ゲッシェン版の装幀にまねて及ばず)・春陽堂文庫などである。春陽堂文庫は本年(一九三〇年)七月現在ではほぼ千種に近いようであり、改造文庫は約三百五十種、岩波文庫は約六百種程あるようだ。他に数の少ないものでは山本文庫(三十種程)などもあるが、今の処まだ問題とするには足りないだろう。読者から見ると文庫版の一般的な特色がその廉価なことと、ありとあらゆる代表的な著作に権威ある選定を与えたものであるということとにあるのは、云うまでもない。なるべく安く、そして出来るだけ代表的な著述の全般的なセットを、なるべく信頼するに足る校訂によって手にしたいということが、読者の希望だ。
 終局に於ける価格の問題から見ると、どの文庫版も大差ないと見ることが出来よう。星一つの値段は違っても、字数からいうとあまり価格の差はないようだ。問題はその内容の区別にある。まずありと凡ゆる著述の中からその代表的なものを選ぶという点になると、つまり、一切の学術文芸について多少とも古典的な意味を有つか、又は著しく大衆的な一般性を認められたものの内の良質なものか、を選ぶことになるわけだが、その範囲が広いという点では、岩波文庫が第一で、改造文庫・春陽堂文庫・の順でこれに次ぐのである。春陽堂文庫は主として文学のものが多く、改造文庫は文学と社会科学に限定されているといってもよいが、岩波文庫は殆んど凡ての文化領域にその関心を拡げている。これは代表的著作のセットとして、一般的な教養のために用意するには、必要な性質なのである。一般に文庫版は研究書や学術書というよりも一般的な教養の書物を提供する任務を持っているからだ。
 校訂の権威については、矢張り岩波文庫を推さねばならぬようだ。他の文庫に権威がないというのではないが、元来校訂に最も細心な注意を払うのが、岩波出版物の特色で、文庫もまたその例にもれない。少なくとも学究的な安心を以て読むことが出来るという点が、この文庫を買い又は所有させる魅力の一つだと思われる。
 だが岩波文庫のもう一種の特色は、現代日本に於て著われた著述を含むこと極めて乏しいということだ。大部分が外国に於ける古典的価値ある歴史的に残る文献の翻訳であり、その次が多少の日本の古典である。例外として、現代作家のものがいくつかあるが、この点到底春陽堂や改造の諸文庫の比ではない。勿論これは営業関係から見ると却って、岩波出版物全般の商業上の堅実さを意味するわけで、つまり自分の処の普通の現代著述の単行本は、文庫版としては安売しないということだが。
 それに事実上今日最も読まれるものは、何れによらず翻訳物であるらしい、これは日本の読書界の或る種の健康さをこそ現わせ、決してその無気力を意味するものではない。実際吾々の摂取する最も良質な知識や見識は、その大半が古典的意義のある外国の書物の翻訳から来るのである。というのは、真に古典的なものは実は世界的なものなので、之を外国の書物であるとか日本の本でないとか云うことが殆ど無意味であるからなのだ。――従って岩波文庫が翻訳物に主力をそそいでいるということは、その営業上の理由を別にして考えて見ても、極めて意味の深いことなので、もし文庫版なるものが一般に、さき程云ったように一般的な教養の糧を提供するという文化的目的を持ち前とするなら、いやより正確に云って、そういう文化的目的を標榜し得るような結果を企業上持ち得るものなら、日本の今日の文庫版は、翻訳物を中心としなければならぬということが、必然であろうと私は考える。私は本多顕彰氏と共に「翻訳家の社会的地位」を尊重するばかりでなく、翻訳そのものの日本文化に於ける地位が、極めて高からざるを得ない、と考えている者なのである。
 岩波文庫が大体に於いて信頼すべき権威ある翻訳を中核としているという事情は、もう一つこの文庫に長所を与えている。それはこの文庫が云わば「岩波的観念」に大して支配されていないということだ。他の岩波出版物は、少なくともその選定に於て、今日では決して高級出版物を全面的に代表しているとは、考えられない。そこには著しく岩波臭い好みがある。文化が好みに堕す時、もはや対社会的な指導力を失う時だ。有態に云って、最近幾年かの岩波出版物は文化指導的なものだと云い切ってしまうことは出来ないのではないかと思う。「講座」や「全書」はなる程、日本文化の最高水準を示し指導力の絶大なものだが、併しアカデミックな技術水準だけで、文化水準を測ることは、アカデミシャンの迷信である。私は岩波出版物に於て、その内容の高さに拘らず、一種低い階級性の感触を有つものだが、古典的な外国文献の翻訳は云わば文化の材料のようなものだから、そういう欠陥が目だたない。岩波文庫が日本の文化に貢献すること大である所以だ。
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 8 現代哲学思潮と文学


 古来哲学は思想の科学である。そういうと殊更哲学の領域を制限するように聞えるかも知れないが、恐らく夫は、思想とか哲学とかいう観念をごく便宜的に呑み込んでいる一種の常識のせいだろう。私は今夜(一九三七年三月)偶然横光利一氏の「科学と哲学」というラジオ講演を耳にしたが、その論旨はとに角として、思想とか科学とかいう言葉が甚だ軽薄な使われ方をしているので、寧ろ心外であった。言葉はどうでもいいように見えるが、言葉のルーズなのや軽薄なのは直ちに物の考え方を誤る恐れがあるし、又それ自身物の考え方のルーズさや軽薄さを意味しさえするだろう。――だがこう云って来ると、直ちに、哲学と文学との連関に這入って来るが、それは後にするとして、とに角哲学は古来思想の科学であったし、現在でもそうなのだ。
 自然哲学はでは思想の科学か、と云うかも知れない。だが自然哲学の歴史は、自然を如何に考えるかという問題の解決と共に動いて来たことを忘れてはならぬ(例えばタレスの水から無限定者に来るまで)。形而上学は思想の科学かと云うだろう。所謂形而上学(純正哲学という意味での)は明らかに思想の科学である。例えばベルグソンを見るがよい。世界に就いて物を最も広く深く考える考え方が、ベルグソンなどの形而上学と呼びたいものに他ならぬ。
 思想の科学は常に認識理論乃至論理学であった。勿論新カント派の意味する認識論や論理学、又学校論理学の類に局限されたものの謂ではない。一切の文化領域を貫く認識とそれに必要なカテゴリーの秩序や観念の秩序の検討のことだ。だから思想の科学としての哲学は一切の文化領域を思想内容という媒質により連関関係させる処の観念的技術だと云ってもよい。この思想上の又思潮上の観念的技術に触れない時、どの文化領域も方言を脱することは出来ぬ。方言から批評へ行くことは堂々とした形では不可能だ。この点文学と哲学的思考との関係についてもそのままあて嵌まる。私は先日上田敏の『現代の芸術』という本を読んだが、今から二十年も前に、すでにこの点が詳細に解説されているのを見て敬服したものだ。だが云って見ればこんなことは常識に過ぎない。処がその常識さえが方言の世界では通用しないのだ。
 さて現代の問題にあて嵌めて見ると、例えばアランの『精神と情熱に関する八十一章』(小林秀雄訳)(情熱は情念と訳した方が語弊がないようだ)などは、フランスの現代哲学思想と文学との連関を示す一種類の典型だろう。彼はこの一種の哲学概論で、要素的なテーマから段々高度のテーマに移りながら、極めて手の届いた説明を試みているが、高度の問題はいつか文学の問題に接着して行っている。その思想傾向の特色は今は問題ではないが、とに角、哲学の問題がやがて文学の問題に接着して行くということは、決してアランの場合に限るのではなくて、フランスの文芸評論家や思想家、哲学者には珍しくない。而も之は哲学と文学の間とか、文学的哲学とか、哲学的文学とかいう種類の半パ物ではないのだ。要点は大体モラルの問題にあるようだ。モラリストの云う意味でのモラルに於て、哲学と文学とが接着しているのである。
 勿論現代の哲学思潮の凡ゆる傾向は文学の内に多少とも現われているし、又その逆も真だ。主観的観念論と心理主義又身辺小説とか、客観的観念論と各種ユートピア文学(科学小説も含む)とか色々の一対があるわけだ。特に現代に於ける哲学思潮と文学との特色ある一対は唯物論とプロレタリア文学との一対だ。だがここでもやはり、哲学思想と文学との連関点が今日でもモラルの問題に集中している。唯物論的なカテゴリーとしてモラルが何であるかは別として、とに角、モラルは文学と哲学とにとって、クロスした要点なのだ。というのはつまり、文学的認識に就いての認識論上の最も大切なカテゴリーがモラルにあるというわけなのだ。モラルは認識論上のカテゴリーなのだから、思想の科学としての哲学にとっては、元来、極めて大きな役割を持った概念でなければならなかったわけである。そして、之こそが又文芸界の最大課題なのだ。
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 9 デカルトと引用精神


 古くダンテがイタリア語の父であるとされ、又降ってルターがドイツ語の完成者と云われるように、ルネ・デカルトはフランス語の恩人とされている。ダンテの『神曲』、ルターの『新約聖書』の翻訳に、その意味で比較すべきものは、『方法叙説』と呼ばれているあの Discours de la M□thode である(之は屈折光学と気象学と幾何学との後から書かれたものでこれ等の序説の意味をも有っている)。これはデカルトの母国語であるフランス語で書かれた殆んど最初の哲学書である。而も人の知る通り、最も貴重な思想的意義をもった哲学書である。
 それ以前の学術書で、ラテン語で書かれずにフランス語で書かれたものは、一つか二つしかなかったと云われている。学術用語として無条件の権威のあったラテン語を用いずに、日常の俗語であるフランス語を使って哲学の根本問題を論じようとしたことには、吾々が今日想像する以上の重大意義がなければならなかったと共に、又想像以上の決意をも必要としたものであったろうことを、思って見ねばならぬ。古典的な著書を、著述された実際の雰囲気の中にありありと眼に浮べて見ようと試みたことのある人ならば、誰でもこの推定をしないわけには行かないだろう。
 デカルトは『方法叙説』の終りの辺で、みずからこの問題に解答を与えている。「私が私の先生の言葉であるラテン語で書かずに、母国の言葉であるフランス語で書いたのは、自分自身の本来の極めて純粋な理性しか用いない人の方が、古人の書物しか信じない人よりも、私の意見をよく判ってくれるだろうと思うからだ。良識と探求とを結びつける人こそ私の審判官として望ましいのだが、そういう人達は、私が自説を俗語で説いたからと云って、その理解を拒むほどに、ラテン語のひいきではなかろうと信じる」、と云うのである。
 フランス語のよくは読めない私自身は、この『ディスクール』の文章全体が果して純粋な美しいフランス語であるかどうか判定の限りではない。多分良いフランス文であろうとは想像している。だが、デカルトのフランス語に対する功績は、そういう作文問題にあるよりも、勿論もっと根本的な処に横たわる。と云うのは、この俗語を以て最も厳密な思案の道具としたという、フランス語に対するその信任の厚さに、功績があるわけだ。之は一応は言葉や国語の問題ではあるが、だが決してそれだけの問題には止まらない。実を云うと、そういう俗語によって表わされる観念の問題であり、使われる概念の問題であり、運用されるカテゴリーの問題なのである。
 するとこの俗語への信任は、全く伝承的な惰性を脱却した思考法への信頼、ということに他ならないことがわかる。逆に、そういう自分自身の苦心から始まる思案の方法、伝承的な惰性や又学者社会の習慣的な約束から全く独立した思惟、をやる決心、そういう思考態度をみずから例示しなければならぬ筈のこの『叙説』の如きはワザワザ俗語を使うことによって、或いは使いこなして見せることによって、その意義の疑うべからざる所以を実証し得なければならぬという理屈になる。つまり最も日常的な平俗な俗語によればよるほど、わが『ディスクール』の所説自身が、より実地に証拠立てられるわけだ。
 尤も、この点になると、デカルトの恐らく極めて意識的に注意を払った方針にも拘らず、必ずしも極端に徹底しているとは云えない。と云うのは、時々、恐らくやむを得ないというような仕方で、この場合では学術上の寧ろ安易なコンヴェンションであるラテン語をば、説明のために括弧に入れているからだ。俗語ではなお不安だと考えられる個所もあるわけである。だが勿論そんなことは、揚げ足取り以外に、今大した苦情にはならないだろう。
 フランス語で書いたのは、この『ディスクール』と、エリザベト女皇のために書かれた『パッション』論だけだ。尤も『メディタチオネス』や『プリンキピア』(いずれもラテン原文)の仏訳語については、デカルト自身責任を取っているが。処が併し『ディスクール』をフランス語で書いたという根本精神は、即ち「古人の書物」によらずに「生来の最も純粋な理性」によって物を考えるという根本態度は、実はもっと広く、デカルトの著述の全体を一貫する或る一つの特色としても現われているのである。
 彼の著述態度或いは身振り(ポーズ)の著しい特色の一つは、広義に於ても狭義に於ても、引用というものを利用することが極めて少ないという事である。リフェレンス又はアリュージョンという形の引用さえ少ない、ということである。デカルトはこうした引用を極度に避けただけでなく、自分の思想の様々な源泉に通じる要素が、先人に負う所のありそうな個所をば、極力抹殺し、マスクをかぶることに努めている、とさえ批評されている。所がA・コワレ(『デカルトとスコラ哲学』)などのいう所によっても、デカルトは決して古人や先輩の書物を読んでいないのではないのだ。ひそかに大いに読んでいる。必要な本が手に這入るまでは脱稿をのばしたとか、聖トマスの『スンマ・テオロギカ』やスアレスの本を携えて旅行に出たとか、という事実も挙がっている。
 ガリレイの裁判事件を聴いて極度に衝撃を受け、自分の著述活動に恐らく必要以上の政治的要心をしたらしいデカルトの性格と、今述べたこの著述態度との間には、恐らく関係があるのだろう。コワレも云っている。「彼は決して引用をやらない、やってもアルキメデスやアリストテレスの名を挙げるだけである。のみならず例えば明らかにアウグスティヌスやアンセルムスの真似だと思われると、自分がまだ読んだことのない先人と偶然な思いもよらぬ一致を見出したと云って、驚き且つ喜んで見せるという子供らしい又少し滑稽じみた芝居を始めるのだ。そして全くの詭弁や甚だ芳しからぬ説明を用いて、自分の説とその先人の説とが相違しているという苦しい区別を探し出すのである」と。
 だが彼のこういう一面の性格に関するらしいことは今問題でない。実は彼こそ最もすぐれたスコラ哲学の悉知者であった。彼の思想の源泉は、ありと凡ゆる処から来ている。恐らくデカルトは、一般にそういう文献学的な(スコラ的・学校的)知識において甚だ豊富な学者であったと推定される。そして特にスコラ哲学的教養に至っては、彼の「近世的」なそして独創的な哲学そのものの、根本的な素養をなすものだと云われている。彼はただそれをあからさまに、それとは示さないように心掛けたわけだが。
 デカルトの本当のオリジナリティーは、この伝承的な教養をそのまま使う代りに、これを分解しすりつぶして、自分自身の観念と言葉とによって、自分自身気のすむように築き上げ直そう、というその極めて懐疑的であると同時に極めて建設的な決心の内にあったと見ねばならぬ。そう見れば云うまでもなく、さっきから述べて来たような引用抹殺のポーズは、決して虚勢や何かではなかったことがわかる。そしてそれが云わば露骨に、見本のように現われたのが、他ならぬ『ディスクール』であったのだ。
 かくて私はデカルトの俗語によるこの哲学著述において、アレキサンドリア的・スコラ的・(それからもっと一般に種々の)文献学主義に対する最も近代的な批判の精神を見るのである。彼は「引用」というもののもち得る科学上の弱点に対する最も鋭い批判者である。学術的僧侶用語に対する最も大胆な挑戦者である(事実僧侶生活と無関係ではなかったに拘らず)。この文献学主義に対する反対態度は、すでにF・ベーコンの「劇場の偶像」の打倒のモットーとしても現われているし、更に溯れば、ルネサンスにおける「書かれた知恵」に対する「自然の知恵」の高唱としても現われている。だからデカルトはこの意味において最も近代的な哲学者であり従って又近世哲学の祖でもある、と云っていいわけだ。
 普通、デカルトの自我問題を以て、近世哲学は始まると考えられている。私は必ずしもこれに同意することが出来ない。近世哲学はF・ベーコンの「唯物論」を以て始まると見るべき世界史的理由があると思うからだ。しかし唯物論の最も重大な批判的要点である「フィロロギー主義反対」(これはすでに唯名論の形から始まる)をば最も自覚的に意識的に企てた人としては、そしてこれを『ディスクール』という実例を以て実演さえして見せた人としては、デカルトを第一位に推さねばならぬ。デカルトのこの歴史的意義は、単に近世的や近代的であるというだけではない、これこそ正に現代的な意義だというべきだろう。
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 □ 「ブック・レヴュー」




 1 森宏一著『近代唯物論』


 唯物論の発展の時代区分は一般の思想史の夫と同じく、ルネサンスを以てすることが出来る。ルネサンス以前の唯物論は主にギリシアのものであり、更には、アラビア哲学に於て見られる。ルネサンス以後は、時期を二つに分けることが出来る。初めの方はルネサンスからフランス唯物論を経て十九世紀の唯物論に至るまで。後の方はマルクス・エンゲルス・以降の弁証法的唯物論。後者は同じく『唯物論全書』の内に這入っている『現代唯物論』に於て永田広志氏が書いている。森氏の本書は之に対して、前者の時期、即ちルネサンス時代(コペルニクス・ティコ=ブラーエ・ケプラー・ガリレイ・ブルーノ)と十七世紀(ベーコン・ホッブズ・ロック)(デカルト・ガッサンディ・ベール・スピノザ)及び十八世紀(コンディヤック・ラ=メトリ・ディドロ・ドルバック・エルヴェシウス)と十九世紀(フォークト・ビュヒナー・モレスコット)を概論したものであり、すでにその主題から云って、日本ではあまり之まで見られなかった処のものである。
 唯物論の歴史的発展の検討は、今日の思想の科学の欠くべからざる一つの課題であるが、唯物論全般に関する歴史的研究は極めて乏しい。日本に於ては『唯物論全書』の内の三冊(本書と前掲『現代唯物論』と松原宏氏『唯物論通史』)が主なものだ。特に唯物弁証法の研究のためにも欠くべからざるものはフランスの唯物論の研究であるが、之が又極端に乏しいのである。この頃大アンシクロペディスト達に就いての多少の研究が発表されているし、又一二の人物やテーマに就いての研究ならば絶無ではないが、まだ唯物論史の体裁をなさぬ。フランス唯物論者のテキストとしては中央公論版・杉捷夫訳『フランス唯物論』が重宝なものだ。森氏の『近代唯物論』の有用な点の一つは、確かに、このフランス唯物論の歴史を極めて手短かに要領よくまとめたことであり、而も之を中心として前後の近代唯物論の諸時期段階を歴史的に又体系的に叙述したことだ。この点まで吾々の切望にも拘らず得られなかった内容を盛ったものが本書である。本書はその存在の意義から見て目立って然るべきものだと思う。
 叙述の方法は唯物論的である。と云うのは唯物論的な思想学説理論の発展を、単にそれ自身の動因に基く発展として見るだけでなく、之を出来る限り時代の根本的諸条件(経済的・政治的・社会的・其の他一般文化上及び思想家生活上の)に照して説明しようと企てられている。云うまでもなくこうすることによって、思想の展開の必要性が合理的に呑みこめるのであり、近代唯物論への移行の必然性を納得出来るのである。大冊子とは云えないから詳しい思想分析も社会事情の分析も不可能なわけだが、要点を指摘しているから今後の研究の要領を指導出来ると信じる。再版の時は誤植を訂正のこと。
 (一九三五年十月・三笠書房版・新四六判・二六一頁・定価八〇銭)
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 2 熊沢復六訳『小説の本質――(ロマンの理論)』


 ソヴェートの『文芸百科辞典』の「ロマン」の項を起草するために行なわれた研究報告と討論(一九三四―五年)を編纂したもので、報告者はルカーチ(最初の二八頁)、討論者の主なるものはシルレル・ヌシノフ・リフシッツ・ペリベルゼフ・等(総数十数名)。報告者ルカーチによると、小説即ちロマンの特色は夫がブルジョア社会の文学ジャンルであるという処に存する。ロマンはエポス(叙事詩――古代英雄詩)に対比させられる。古代ギリシアのエポスは個人と社会とが分裂していない時代の意識を反映するに適した文学ジャンルであって、そこでは、個人が社会から圧迫されて自己の身辺を中心とし散文生活を送らねばならぬというような社会条件はまだ存在しないから、英雄というものが文学的に可能であり、英雄の物語りが詩的表現を取ることが出来る。之がエポスである。然るに、ブルジョアジーの社会に於ては、個人は社会から分裂し、個人はもはや社会を代表する英雄ではあり得なくなる。英雄譚は不可能となる。個人は社会によって圧迫されるからだ。ここにロマンがこの時代の特有な文学ジャンルとなる所以がある。第一はブルジョア社会勃興期のロマン(ラブレエやセルバンテス)、その様式的特徴はリアリスティックな空想性にある。第二はブルジョア社会の初期の蓄積的発展期のロマン。よりリアリスティックとなり、ブルジョアジーの積極性を表現した積極的主人公が現われる。デフォー・フィールディング・スモレットなど。第三はブルジョア社会の矛盾が完全に展開され、併しまだプロレタリアートの自立的進歩の始まらぬ時期のロマン。ブルジョアジー生活の散文性が明白となる。ロマンティシズムが国際的に発生する。この時期の大ロマン作品はこのロマンティシズムへの傾向を克服することに努力する(バルザック)。資本主義の矛盾に就いての認識の増大、その矛盾の雄大な描写は、作品の意志を裏切って、作品のあらゆる積極性を破壊する。第四はロマン形式の崩壊期。プロレタリアートの自立的進出の始まる時期。ブルジョアジーとプロレタリアートとの争闘がテーマとなる。リアリズムの偉大な遺産と伝統とは腐敗に委ねられ、荒廃した主観主義でなければ空疎な客観主義が、ロマンの内容となる。社会は硬化したものとして描かれる。之に対するプロレタリア側からの新しいリアリズムの動きが発生する。かくてロマンの形式の決定的崩壊さえ始まる(プルスト・ジョイス)。
 かくてロマンはブルジョア社会に固有な文学的ジャンルであり、ブルジョアジーの台頭と共に支配的となり、ブルジョアジーの没落と共に崩壊に瀕する。社会主義的リアリズムはこのロマン形式の崩壊を条件として発展せねばならぬ。その時このプロレタリア的文学的世界観と手法とは、ロマンとは異った或るジャンルを必要とするだろう。社会主義社会の特色は、個人と社会との間にギャップの代りに組織があるということだ。そこでは再び英雄的行為が可能だ。して見るとこれは再び(併し全く新しい条件での)エポス的形式に達した時期だろう。ロマンはエポスによって取って代られねばならぬだろう、とルカーチは結論している。
 だがここで新しいエポスと考えられるものが何であるかは必ずしも明らかではない。社会主義的リアリズムに基くロマンがエポス的な契機に富んでいることは著名な事実だが、併し今問題になっているのはエポスというジャンルのことであって単に内容上のモメントのことではないからだ。ここに一点疑問はあるのだが、ルカーチの特色づけは美学的に且つ文芸史的に、極めて的確だろう。無論古代以来ロマンはあったとか、ロマンにも色々の分類が必要だとかいう、歴史上や形式上のトリビアリズムを以てルカーチのテーゼを一応批判することは出来ようが(ペリヴェルゼフの如き)、本質的なことは、事実の羅列ではなくて事物の根本的な特徴づけなのである。ロマンの本質がブルジョア社会の文学ジャンルであるというテーゼが、卓絶した真実であることは、リフシッツやグリーブやシルレルの討論によって解明されている。そしてロマンの要素は今後と雖も止揚されて大いに用いられて行くものと思われている。
 本書が日本に於ける文芸活動(創作・文芸批評・文芸学)にとって根本的な指針となるものとして、多大のセンセーションをまき起こしたことは極めて当然だ。近来の文芸論上の収穫の白眉と云わねばならぬ。と共に参考になることは、ソヴェート・ロシアに於けるこの種の理論的検討が、極めて大衆的内容であるにも拘らず甚だ水準が高いということだ(コム・アカデミー文学部編)。
 (一九三五年・清和書店版・八十銭)
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 3 シュッキング著 金子和訳『文学と趣味』
(L. L. Schucking の『文学的趣味形成の社会学』・一九三一年・の訳――初版は一九一三年の『文学史と趣味史』)


 一言にして云えば文学の社会学である。シュッキングに於ては文学そのものが初めから云わば社会学的な観念の下に理解されている。彼は之を趣味として理解するのである。彼は普通の文化理論で用いられている時代精神なるものをもこの趣味に還元し、そこに文学(及び一般芸術)の内容を見ようともする。この点、このドイツの社会学者はフランス文化の影響の下に立っているようだ(特にブリュンティエールの影響が大きいらしい)。考えて見れば、一体趣味というのは一般に思想が日常生活に端的に現われた断面のようなもので、趣味や風俗を離れて思想の現実の姿は捉え難いとも云うべきであり、今日まで思想や文学に就いて、趣味の問題を真面目に取り上げなかったことは確かに至らない所以だったろう。併しそれはそうでも文学や思想を趣味に帰着させることは、実は文学の社会学化であって、文学の美学乃至芸術学的な観念としては不充分だと云わねばなるまい。
 だが文学の観念それ自体が社会学的に造られているから、文学の諸現象に就いてのシュッキングの着眼点には、到底普通の文学者や評論家や美学者の及ばないものがあるとも云える。例えば今日わが国のブルジョア文壇でも多少話題になっている芸術家の社会的地位とか、芸術と大衆との関係――大衆芸術の問題や批評家としての大衆の意義――とか、文芸家の活動形態や活動施設(協会や図書館其の他)とか、芸術とジャーナリズムとの関係や、ジャーナリズムの文芸上の意義とか、そう云ったものが最もアデケートの形で、と云うことは即ち社会学的にという事だが、取り上げられ、その相当実証的な材料と歴史的な考察とが提供されている。文学の社会性というような問題を考えるについて、一応の出発点として参照を必要とするものだと考える。無論吾々は文芸に限らず一般にイデオロギーの理論に於て、之を単に社会的に分析する段階に止まることは出来ない。之を美学的価値に於て理解すべく社会的分析を行なうことこそ史的唯物論によるイデオロギー論でなければならぬ。その限りシュッキング流の方法は社会学主義でありまだ少しも社会科学的ではない(この点F・シルレル『文芸学の発展と批判』――熊沢復六訳――のシュッキング批判を見よ)。だがシュッキングの特色は、彼が文芸そのものを初めから趣味という社会学的な形態の下に理解していることだ。それだけに彼が夫に就いて行なう社会学的分析は普通の社会学的分析に較べてズット活き活きした内容をもつことが出来る。ここに価値があるのだと思う。なお趣味という観念を文芸学上の一カテゴリーとしていることは、趣味という言葉を出鱈目に使っている日本人にとっては甚だ教訓的だと考える。
 (一九三六年・清和書店版・四六判一七一頁)
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 4 エス・ヴォリフソン著 広尾猛訳『唯物恋愛観』
     (『唯物弁証法的現象学入門』)


 この書物の価値はソヴェートに於ける性関係の諸事情を知ることが出来るということが第一であり、第二は唯物論による恋愛・結婚・婦人・其の他の問題の現代に即した解明を見ることが出来るということである。コロンタイの『新婦人論』(ナウカ社版)と並べることが出来るだろう。尤もコロンタイのに較べて内容はやや見劣りするのであるが。
 併し方法上の問題があると思う。ヴォリフソン教授はミュラー・リアーのゲネオノミー(Geneonomie)(生殖学)なる学術名を採用している。併しこの生殖学なるものはミュラー・リアーの代表的なブルジョア社会学的な比較法と切っても切れない立場を云い表わしてはいないかと思う。そうするとマルクス主義的ゲネオノミーとか唯物論的ゲネオノミーとかいうのも変なものではないかと思う。この方面の唯物論的研究があまり進んでいないから、こういう一時的な代用物も無意味ではないが、とに角本物でないことは忘れてはならぬ。
 それから訳であるが、現象学というのは何かと色々考えて見たが、ヘネオノミーの訳であるらしい。処でヘネオノミーは、ゲネオノミーの発音の仕違いだろうと思う(ロシア語ではHとGとが一つだから)。それにしてもなぜ之を現象学と訳したかは私には判らぬ。一寸気になるので読者への注意までに。
 (一九三四年・ナウカ社版・四六判三二〇頁・部分訳)
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 5 M・N・スミット著 堀江邑一訳『統計学と弁証法』


 スミット女史はソヴェート連邦に於ける統計界の実際家であるという。それだけのことから見ても、この本がソヴェートの建設プランの下に生じた必要に応じて生まれたものであろうことが推定される。事実ソヴェートに於ける実際問題が至る処引き合いに出されているのである。だがそれと共に、マルクス、エンゲルス、レーニン・等の分析的方法及び統計的方法の理論及び運用に就いての論証的・理論的・関心も非常に高い。女史は統計に関係する諸根本概念を理論的・哲学的・に根本から検討してかかる。かくてヘーゲルの「量の弁証法」から統計乃至統計方法及び統計学の規定を導いている。
 第一章「量の弁証法」に於ては、統計の本質をば量の質への転化とその逆という、弁証法の根本的一規定から鮮かに展開している。統計とは一定の質を特色づける一定標式によって、この質をもつ一群の物質の量的規定を発見することであるが、併し同時に、量の一定以上の変化は新しい質をなすと見ることによって初めて、大量集団相互の間の本質的分類が可能になるのである。――量質の関係に就いての弁証法的理解を欠く時は、大量集団は徒らに「全体的」な総体と見なされて、それを「部分的」な総体に分析することを見失う。と同時にこの総体を発展過程の下に捉えて行くことが出来なくなる。かくて農民なら農民の層の内部に於ける本質的な層的差別を無視した「平均的」農民の如き無意味な観念が生じる。農民層の内部に於ける推移変化も之では理解できない。
 このことは処で、統計が何か先天的で数学的なものだという観念論的迷信と関係がある。統計に於てまず第一に大切なのは、統計の対象たる大量集団が仮に社会現象にぞくするならば、それの政治的特質の認識であって、それに就いての単なる数学的遊戯ではない。統計を先天的で数学的と思い込むことは統計の実際的適用を全くの無意味へ導くに過ぎぬ。――この観点は第二章「謂ゆる大数法則について」と第三章「統計学及び弁証法に於ける偶然性の概念」の二章に於て具体化される。
 第二章は、大数法則が含む処の定理や命題が、決して形式的な数学的理論の枠内に尽きるものではなくて、その哲学的意義から検討されねばならぬ所以を説き、先に論理学的に述べた点を統計の基本観念たるこの大数法則に集中して叙述する。第三章は統計の基礎となる処の偶然性・チャンス・及びプロバビリティーに関する諸家の哲学的・数学的・統計学的・諸理論の批判であり、ボレル(「ボーレリ」とあるはボレルであろう)・ミーゼス・ボーレー・ケーンズ・同志ゲッセン・等の最近の所説を、ラプラス・ケトレ・クルノー・等の古典的理論から跡づけて検討している。プロバビリティーに就いての先験(先天)説、チャンス乃至偶然性の背後に横たわる或る神秘的な量の想定、及び夫に常に伴う偶然性に関する主観主義説、等に対する唯物論的な克服が盛られている。
 最初述べた量の弁証法としての統計の観点は、統計なるものの弁証法的理解を提供したが、それは非弁証法的な統計的方法の根本的誤謬を明らかにすると共に、弁証法的な統計的方法と分析方法(之が弁証法の普通の場合だ)との相互的で相対的な役割をも理解せしめる。之が第四章「科学研究における統計的方法と分析方法との相対的役割」である。之は科学の方法論から見ても重大な内容で、分析方法(所謂弁証法と呼ばれている方法)が統計的方法にとって如何に基本的であるか(マルクス『資本論』に於ける模範的な分析方法とレーニン『ロシアに於ける資本主義の発展』に於ける模範的な統計的方法とを見よ)、そして二つの結びつきが何であるか、という根本問題に触れる。
 第五章「経済学と統計学」とは前章の問題を特に社会科学・経済学・に就いて詳論したもので、次の要点を以て結ばれている。曰く、経済生活は何等の「論理的」恒数なるものを知らぬ。経済学者=統計学者の取扱うべきものは正に「経済的」恒数であることを忘れてはならぬ(ガウスの曲線やピアソンの曲線も純然たる数学的要求に従ったもので経済学にとって不充分を極めたものだ)。そして最後に、ソヴェートに見るような組織的経済の建設への推移は、経済統計学に対して全く新しい道を拓くものである、というのである。
 さて以上のように統計・統計的方法・統計学・経済統計学・に就いての、哲学的・論理学的・科学論的・な研究が本書であり、唯物弁証法的観点からした切実な批判が本書である。抽象的なフラーゼがなく実質的で冷静周到な内容のもので、必読の書物ではないかと考える。日本に於ける唯物弁証法は具体的であるなしよりも、寧ろ具体的な実際的なテーマを取り上げていないと思う。量質の弁証法などもそうだ。この点この書物の課題だけでも大いに教える処はないだろうか。それから吾々は確率に就いての数学的著述や統計学に就いてのハンドブック的なものには事欠かないが、統計的方法に就いて検討したものになるとよい本を沢山知ってはいない。統計なるもの自身の理論について書いたものは一層身辺に乏しい。まして之を論理学の広範な観点から根本的に取り扱おうとしたものはなお更である。――とに角本書が提供するものは吾々の理論的野心をかき立てるに足るテーマだと思う。内容の如何に拘らず注目しなければならぬテーマではないだろうか。
(一九三六年・ナウカ社版・四六判二一二頁・定価八〇銭・スミット女史論文集『ソヴェート統計学の理論と実践』の中の第一編)
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 6 庄司登 松原宏 訳編『ファシズムの諸問題』


 一九三五―六年の『モスコー・ニュース』、『レーバー・マンスリー』、『アグラール・プロブレーメ』の各号から取捨選択して訳出したもの。パーム・ダット「ファシズム汎論」、エル・マジャール「ファッショ化の型について」、パウル・ライマン「都市中間層論」、カール・ラデック「ドイツ・ファシズムの経済政策」、エー・ヘルンレ「ドイツ・ファシズムの農業政策」(之は一九三四年のもの)からなり、「ナチスの対中産階級政策」を付録としている。
 ファシズムに関する重要な代表的著作の邦訳は之まで大体三つを数えることが出来るようである。第一はシュナイダー『ファシズム国家論』(中央公論社版・戸野原・佐々・訳)、第二はダット『ファシズム論』(叢文閣版・松原訳)、第三はピアトニツキー『ドイツ・ファシズム論』(叢文閣版・吉田訳)である。他に参考に値いするものとして、今中次麿著『独裁政治学叢書』全四冊をも数えることが公平だと思う。唯物論全書の『ファシズム論』(今中・具島・著)は、『図書評論』七月号(一九三六年)の筆者によると、あまり尊重されていないようであるが、決してそういうものではないと私は思う。なぜならファシズムのイデオロギーの解説とファシズムの法制政治機構の纏った解説としては、あれ程便利な本は手近かにはないだろうからだ。書物の価値は書き方の趣味や慣習だけに立って判断すべきものではなくて、役立つかどうかということからも、リアリスティックに評価されるべきだ。――さてシュナイダーの本はイタリアのファシズムを取扱っているがもう時代が古い。ダットのものはイギリスの事情を詳説しながら国際的に問題を提起した名著である。ピアトニツキーのは眼界がドイツの情勢に限定しているが、実に卓越した教訓に充ちている。だが極めて特殊な形式を持っている日本ファシズムに連関して、吾々が日頃懐いている多数の未解決な問題に対する解決の観点を、この種の叙述の内から導き出すことは、事実あまり容易なことではないだろう。日本ファシズムに関して特に要点をなすものは、ファッショ化の現象であり、「半ファシズム」や「前ファシズム」の現象なのである(そして之に連関して文武官僚や中間層の問題だ)。吾々はかねがねこれ等の基本問題をば、要点を強調するという形に於いて抽象的な定式の下に、理論的に用意して呉れないかと考えている。――処でこういう要求を充たすものが、恰も本書なのである。
 ダットはまず初めに「ファッショ化」と「社会ファシズムの諸問題」とに筆を集中している。ファシズムの所謂「定義」にとってはこの観点は必要欠くことの出来ぬものなのである。之は最近のファシズム現象の分析には大切な要点だ。それと共に、最近のファシズムの分析が要求する課題として、ダットは、第一、ファシズムの経済的基礎の取扱いの深化、第二、ファシズムの大衆的基礎とその階級的デマゴギーとの関係を明晰にすること、第三、ファッショ化過程の多様性のより立ち入った分析、第四、ファシズムと植民地諸国の問題、第五、社会民主主義とファシズムとの関係に関する新しい諸問題、第六、中間層の問題の重大性をより以上認識すること、を挙げている。次に彼は「半ファシズム」、「前ファシズム」、「隠蔽されたファシズム」、等々の過渡的諸段階のカテゴリーを厳正に使用する試みを与えている。それと共に、「各国にとって単一なファッショ化方針などがあるものではない」ことを強調することによって、ファシズムに就いての生きた実際的な観念が読者に与えられるだろう。之は「日本ファシズム」の理解にとって極めて重大な点だ。
 マジャールの論文は世界各国のファッショ化過程についての有益な概括から出発している。云わば世界ファシズム小論と云っていい。次のライマンの論文と共に、ダットの「汎論」に帰するものである。ライマン「都市中間層論」ではファシズムの大衆的基礎とその階級的本質との食い違いから問題が提起される。そして社民とマルクス主義とによる中間層論の比較があり、やがてインテリゲンチャ論に及んでいる。勿論ここではインテリゲンチャなるカテゴリーを中間層の一種などに数えているのではない。中間層外のブルジョア的又はプロレタリア的なインテリゲンチャを想定した上で分析が施されるのだ。「知識階級に関してはそのうちのブルジョア分子は問題外として、注意すべきことは賃金労働に従事している層と、未だに独立の小ブルジョア的生活を営む者(自由労働者)とを区別することである。」(一二七頁)。ラデックの論文はドイツ・ファシズムの経済政策が如何に戦争にその最後のはけ口を求めねばならぬかを明らかにしている。ヘルンレの論文は訳編者の言葉によると、「ドイツ・ファシズムの農業政策を取り扱った論文の少い折柄相当参考になる。」要するにこの書物は、可なりかゆい処へ手の届いたという感じを与えるもので、日本のファシズムを原則的に分析するためには必読の書物だと云わねばならぬ。そう云っただけで「批判」はしないのか? と問われるかも知らぬが、之は実際的に充用する前に「批判」してかからねばならぬ程の不満を呼び起こすものを、含んでいないだろうと思う。出来るだけ有効な示唆を惹き出す方が、この際実際的な読書法だ。
 (一九三六・叢文閣版・四六判一九二頁・定価九〇銭)
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 7 T・E・ヒューム 長谷川鉱平訳『芸術とヒューマニズム』


 ヒューマニズムの声の高い時にこの本を選んで訳したことは、意味のあることだ。なぜなら之は要するにヒューマニズムに対する反対をとなえた本だからである。著者はベルグソンの理解者として知られているものであるが、本書はその遺稿集である。カトリック主義に立ちつつモダーニズムを包括しようという処に、現代に於けるヒューマニズムとの対抗を必然的に結果しなければならぬものがある。恐らくこの本はその代表的なものだろう。主論文は「ヒューマニズムと宗教的態度」であり、之に「現代芸術と、その哲学」、「浪漫主義、と古典主義」、「ベルグソンの芸術論」、「ベルグソンの哲学」、其の他が続く。意義の最も深いのは勿論最初の主論文である。
 ヒュームの方法は隔絶主義又は非連続主義とも云うべきもので、無機的なものと有機的なものとの分離分裂が認められるように、生物界と倫理的宗教的価値界との間にも絶対的な分裂を認めねばならぬ。ヒューマニズム(之は勿論ルネサンス以来のものを指す)は第一の方の分裂を承認するに拘らず第二の方の分裂を承認しようとしない。ヒューマニズムによると人間と神とは同じ系列におかれる。ヒューマニズムは神の人間化であり、又同時に人間の神化である。そうした人間主義乃至擬人化がヒューマニズムだ。文学に於ける浪漫主義・倫理に於ける相対主義・哲学に於けるアイデアリズム(観念論・唯心論・理想主義)・及び宗教に於けるモダーニズムが、このヒューマニズムだという。
 人間と神との間の隔絶、絶対的分離は、原罪の観念による。ヒューマニズムはこの堕罪の論理を知らない。かくして倫理的宗教的な世界への思想の道を失って了っている。之が今日までの文化の特徴であると共に根本弱点で、今日この弱点が文化の進行と一緒に、漸く暴露されて来つつあるという。なぜかというに、ヒューマニズムに対立する文化意識は幾何学的精神であり、完成と厳粛と明確との硬質を有つものである。之によらなければビザンチン芸術も理解出来ないばかりではなく、現代のキュビズムさえが次第に理解出来なくなる。又更に近代的な機械の有つ美にしても、硬質性を欠いたヒューマニズムでは到底処理出来ないものだという。
 ヒューマニズムがこの眼前の崩壊にも拘らず、なお世人の心をつなぎ止めている所以は、ヒューマニズムによると、哲学の基準が満足(又は幸福と云い直してもいいと私は思うが)ということにあるからである。処がこの満足という素朴な基準は容易に打ち破られることが出来る。満足は自覚され心の表面に持ち出され客観化されたものではない。単に人々がそれを通して物を見ている処のものに過ぎない。それ故にこそこれは不可避なカテゴリーのように見えるのだ。併しこのカテゴリーを一旦客観化して見る時、心の表面に持ち出して見せる時、之はその不可避性を失って了って、単なる擬似カテゴリーであったことが暴露される。歴史はそういう暴露を仕事とする。ルネサンス以来の文化の歴史は、ヒューマニズムが立つ満足というカテゴリーが擬似範疇でしかないことを示している、という。
 ヒュームはこの反ヒューマニズムの哲学の基礎を近代カトリック系のドイツ哲学に迄も求めている。マイノンクの対象論やフッセルルの『学としての哲学』にその裏づけを見出す。特に後者を援用して云うには、哲学は学であって決して世界観の如きものであってはならない、と云うのである。なる程世界観なる概念はディルタイによって代表されるようにプロテスタントのものである。従って又哲学は「生の哲学」であってもならないわけだ。生命的なものに於てしか文化や芸術を求めることを知らないのが、ヒューマニズムの大きな制限だというのである。ヒューマニズム的な意味に於ける生命を有たぬものこそ、実在だというのである。生命感や世界観のカテゴリーの拒否と共に、ヒュームは進歩の観念をも拒否する。進歩とは人間と神との間の絶対的間隔をズルズルに埋めて了うためにヒューマニズムが用いる処の擬似範疇だというのである。
 さて以上のように紹介して見ると、この論文がヒューマニズムの特性を可なり鋭く指摘していることが判る。私はルネサンス以来のヒューマニズムとルネサンス以来の唯物論との不可避的な癒着については多大な疑問を持っているので、ヒューマニズムの弱点についてはここから教えられる処が多かった。ヒュームは或る個所で自分のカトリック主義が一見唯物論に近く見えるが、それは固よりそうではないのだ、というような弁解をさえ必要としているが、それ程に、この論文は、ヒューマニズムと唯物論との差異の考察にとって、参考に値いするものを含んでいる。尤もヒューマニズムとみずから名乗るものが必ずしもヒューマニズムとは限らず、又ヒューマニズム反対者が必ずヒューマニストでないとも云えない。ヒューマニズムというカテゴリーを言葉として承認するかしないかで、ヒューマニズム肯定か否定かは判らない。吾々は言葉とレッテルとに迷わされてはならぬ。現にヒュームさえも、今後の文化は矢張り今日までのヒューマニズムを包括してその dry hardness なる文化形態を進めることが出来よう、この点ルネサンス以前のカトリシズムとは異るのだとも云っている。
 だが、それにも拘らず、之は云わば、部分的な進歩性の芽と、之と札つきの反動性との、不思議な結合なのである。現在までのヒューマニズム的常識(唯物論は今はこの常識を批判的に処理しなければならぬと私は考えるのだが)の批判としては極めて鋭い示唆に富んではいるが、ヒューム自身のカトリック的立場は札つきの典型的な反動の公式以外のものではないだろう。人間と神との絶対的隔絶(そういう反ディアレクティックとしての形而上学)やそこに必要なる原罪説(之は宇宙創造論に帰する)、客観性と科学性との名の下に却って人間性と文化的進歩と政治的満足感との無視、こうしたものはもはやカトリック主義には限らない処の今日の反動文化理論一般の様式の一つに他ならない。
 にも拘らずヒューマニズム批判としてこの本が重大な用途を有っているという点を、吾々は注目すべきだ。訳文はまだ少し固い処もあるが信頼すべき筋のものである。
(一九三六年十月・芝書店版・四六判函入三三〇頁・定価一円六〇銭)(Thomas Ernest Hulme; Essays on Humanism and the Philosophy of Art, 1924 Ed. by H. Read の全訳)
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 8 勝本清一郎著『日本文学の世界的位置』


 四篇二十四個の論文からなる評論集である。全篇を貫くモティーフは題名が最もよく示している。「僕は欧州へ行って見て、始めて日本の醤油が非常にくさいものであること、日本婦人が揃いも揃って非常に出っ歯であることを発見した。これと同じ位いに現代の日本文学を客観的に展望して見たい」、という言葉を以て最初の論文を始めている。
「海外から見た現代の日本文学」では、日本の短篇が固苦しかったりケレンに堕したりして貧弱であること、短篇の形態にふさわしい素材をうまくものしていないこと、そして日本の長篇がまた単にノヴェルの形態であって決してロマンの態をなしていないこと、かくてどこにも見出されるものが随筆的性質を有ったものであること、を指摘している。著者は一方に於て之を日本のジャーナリズム機構の特性(新聞小説・雑誌文壇・単行本委託販売制度・其の他)に帰しており、之がこの著書の最も光った見解の一つになるのであるが、他方に於てこの随筆的性質の精神的由来をこう説明している、「現代の日本作家の多くは、鎌倉足利時代の禅坊主や徳川時代のサムライと原則的にあまり違わない日常生活を営んで居り、又頭の中にも彼等の如き自然観や道徳観の残りをこびりつかせているので、それが彼等に芸術に対する本格的要求の豊熟をさまたげているのだとなる。禅坊主やサムライの諸観念、心理、趣味は、元来、芸術を瘠せさせる性質のものなのである。」
 さてこの二つの観点が、各篇の文章の殆んど凡てに於て、色々の側面から展開される。上高地に於て山の美を論じるにしても(田部重治氏式な無限・崇高・超俗・等々の礼賛に不満な著者は、物質の力の大きさに山の美を見出す)、日本精神的マンネリズムの打破に力める。日本特有な文学形式として絵巻物形式を取り出して、之を例の随筆的特性や、新聞小説の形式と関係づける。著者によれば日本の新聞小説は必然的に絵巻物形式を選ばねばならぬが、之が決して文学の大きな発達に幸するものではないという(大熊信行氏の絵巻物形式肯定論と対立)。「純粋小説とは?」に於ては横光利一式論理の日本的弱点を指摘する。「日本文学に於けるエロチシズム」に於ては、日本文学の特性がその感覚的な卓越にあることを認めながら、次のような批評を加える、「が、さて感覚が肉体の質量から離れて宙に浮いたものになれば、もう感覚の行き止りである。私としては感覚やエロチシズムを突き抜けるにしても、それによって肉体そのものの世界へ、物質の世界へ、大きな世界認識へ、社会の把握へと出て行く道を選ばねばならぬと考える。この点では我々は鈍感なる西洋作家たちから学ばねばならぬ。」
 以上は第一篇であるが、第二篇は民族文化を世界文化の観点から見る。「芸術の国民的評価と世界的評価」に於ては、三つの評価の拮抗によって両者の高まった一致の可能性を説く。之はヨーロッパで日本文学を見た著者の実感を最もよく云い表わしているだろう。「日本文学翻訳問題」では、日本文化の国粋主義的宣揚としては撞着を免れないが、日本文化の国際主義的強調として重大な意義を見出されている。――第三篇は日本文壇に於ける矛盾を摘発しその対策を考察したものとして、単なる文壇人の企て得ない処だろう。総合雑誌や文学雑誌に対する批判も相当的確である。特に日本に於ける単行本文化の極度の不振を終局に於て取次店経由の委託販売制度の結果であるとし、雑誌発行資本の回収が年四回であるに反して、単行本の夫は実質に於て一年乃至二年を一期とする回転である処に基いて、単行本は雑誌に完全に圧倒される所以を説く。当然なことではあるが、有用な分析だ。評論雑誌の特大号が年四回なのも雑誌資本の年四回の回転率に基くという観察も、仲々警抜である。
 第四篇は言葉の問題を文学者の立場から実際的に分析したもので、第三篇と共に、文壇人に必要な参考材料であるだけではなく、文芸評論の新しい領域に先鞭をつけたものと見做してよい。「ローマ字問題雑感」はヘボン式に対する日本式ローマ字論の優越を証言したもので、一寸才気に充ちたものだ。平生文相の漢字廃止論の批評や、メートル法論議も、文化問題として正常に捉えられている。小学読本の文章法の検討も亦一読に値いする。現代文章に対する考察から始めて「将来の文章について」でこの本を終っている。
 著者はこの評論集によって、独特な地歩を占める文芸評論家であることを示したと云っていいようだ。その第一の特色は日本文学に対する国際的な考察だ。その第二は日本文壇に対するジャーナリズム機構・国際問題・からする理論的な分析だ。そして第三にこの底に見えかくれて流れている唯物論文化の文化意識である。日本ペン・クラブの書記としての著者は、世間からの多少の誤解もあるように私は思っていたのだが、この評論集は勝本清一郎氏の健在を証明するものであり、それだけではなく、氏が今後の評論界に於ける位置の独特さを約束するもののように見える。日本的論理ともいうべきものの強調の雑音が吾々の耳に這入って来る時、本書は啓蒙的な役割を果すことが出来る。
 (一九三六年十月・協和書院版・四六判三五七頁・定価一円五〇銭)
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 9 秋沢修二著『世界哲学史』〔西洋篇〕


 本書は「東洋篇」と並ぶべきものであるという。現代日本の哲学界にとって、今の処他に代わるべきもののないような特性を備えた尊重すべき著述である。現在の日本では日本語で書かれた西洋哲学史で纏ったものは非常に少ないのに(波多野博士のもの、桑木博士のもの、以外には著しいものがない)、之は一応纏った体系に基いて概観したものであり、而もあまり小さすぎず又大きすぎもしないもので、ハンドブックとして役立つ性質を充分に備えているのである。だが勿論、重点は之が全巻、唯物論的観点によって貫かれているということにあり、又そこから当然出て来ることであるが、史的唯物論の科学的な歴史叙述方法を具体的に適用して書かれている、という点にある。この二つの点でかけがえのない力作だ。

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