読書法
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著者名:戸坂潤 

ヒューマニズム(之は勿論ルネサンス以来のものを指す)は第一の方の分裂を承認するに拘らず第二の方の分裂を承認しようとしない。ヒューマニズムによると人間と神とは同じ系列におかれる。ヒューマニズムは神の人間化であり、又同時に人間の神化である。そうした人間主義乃至擬人化がヒューマニズムだ。文学に於ける浪漫主義・倫理に於ける相対主義・哲学に於けるアイデアリズム(観念論・唯心論・理想主義)・及び宗教に於けるモダーニズムが、このヒューマニズムだという。
 人間と神との間の隔絶、絶対的分離は、原罪の観念による。ヒューマニズムはこの堕罪の論理を知らない。かくして倫理的宗教的な世界への思想の道を失って了っている。之が今日までの文化の特徴であると共に根本弱点で、今日この弱点が文化の進行と一緒に、漸く暴露されて来つつあるという。なぜかというに、ヒューマニズムに対立する文化意識は幾何学的精神であり、完成と厳粛と明確との硬質を有つものである。之によらなければビザンチン芸術も理解出来ないばかりではなく、現代のキュビズムさえが次第に理解出来なくなる。又更に近代的な機械の有つ美にしても、硬質性を欠いたヒューマニズムでは到底処理出来ないものだという。
 ヒューマニズムがこの眼前の崩壊にも拘らず、なお世人の心をつなぎ止めている所以は、ヒューマニズムによると、哲学の基準が満足(又は幸福と云い直してもいいと私は思うが)ということにあるからである。処がこの満足という素朴な基準は容易に打ち破られることが出来る。満足は自覚され心の表面に持ち出され客観化されたものではない。単に人々がそれを通して物を見ている処のものに過ぎない。それ故にこそこれは不可避なカテゴリーのように見えるのだ。併しこのカテゴリーを一旦客観化して見る時、心の表面に持ち出して見せる時、之はその不可避性を失って了って、単なる擬似カテゴリーであったことが暴露される。歴史はそういう暴露を仕事とする。ルネサンス以来の文化の歴史は、ヒューマニズムが立つ満足というカテゴリーが擬似範疇でしかないことを示している、という。
 ヒュームはこの反ヒューマニズムの哲学の基礎を近代カトリック系のドイツ哲学に迄も求めている。マイノンクの対象論やフッセルルの『学としての哲学』にその裏づけを見出す。特に後者を援用して云うには、哲学は学であって決して世界観の如きものであってはならない、と云うのである。なる程世界観なる概念はディルタイによって代表されるようにプロテスタントのものである。従って又哲学は「生の哲学」であってもならないわけだ。生命的なものに於てしか文化や芸術を求めることを知らないのが、ヒューマニズムの大きな制限だというのである。ヒューマニズム的な意味に於ける生命を有たぬものこそ、実在だというのである。生命感や世界観のカテゴリーの拒否と共に、ヒュームは進歩の観念をも拒否する。進歩とは人間と神との間の絶対的間隔をズルズルに埋めて了うためにヒューマニズムが用いる処の擬似範疇だというのである。
 さて以上のように紹介して見ると、この論文がヒューマニズムの特性を可なり鋭く指摘していることが判る。私はルネサンス以来のヒューマニズムとルネサンス以来の唯物論との不可避的な癒着については多大な疑問を持っているので、ヒューマニズムの弱点についてはここから教えられる処が多かった。ヒュームは或る個所で自分のカトリック主義が一見唯物論に近く見えるが、それは固よりそうではないのだ、というような弁解をさえ必要としているが、それ程に、この論文は、ヒューマニズムと唯物論との差異の考察にとって、参考に値いするものを含んでいる。尤もヒューマニズムとみずから名乗るものが必ずしもヒューマニズムとは限らず、又ヒューマニズム反対者が必ずヒューマニストでないとも云えない。ヒューマニズムというカテゴリーを言葉として承認するかしないかで、ヒューマニズム肯定か否定かは判らない。吾々は言葉とレッテルとに迷わされてはならぬ。現にヒュームさえも、今後の文化は矢張り今日までのヒューマニズムを包括してその dry hardness なる文化形態を進めることが出来よう、この点ルネサンス以前のカトリシズムとは異るのだとも云っている。
 だが、それにも拘らず、之は云わば、部分的な進歩性の芽と、之と札つきの反動性との、不思議な結合なのである。現在までのヒューマニズム的常識(唯物論は今はこの常識を批判的に処理しなければならぬと私は考えるのだが)の批判としては極めて鋭い示唆に富んではいるが、ヒューム自身のカトリック的立場は札つきの典型的な反動の公式以外のものではないだろう。人間と神との絶対的隔絶(そういう反ディアレクティックとしての形而上学)やそこに必要なる原罪説(之は宇宙創造論に帰する)、客観性と科学性との名の下に却って人間性と文化的進歩と政治的満足感との無視、こうしたものはもはやカトリック主義には限らない処の今日の反動文化理論一般の様式の一つに他ならない。
 にも拘らずヒューマニズム批判としてこの本が重大な用途を有っているという点を、吾々は注目すべきだ。訳文はまだ少し固い処もあるが信頼すべき筋のものである。
(一九三六年十月・芝書店版・四六判函入三三〇頁・定価一円六〇銭)(Thomas Ernest Hulme; Essays on Humanism and the Philosophy of Art, 1924 Ed. by H. Read の全訳)
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 8 勝本清一郎著『日本文学の世界的位置』


 四篇二十四個の論文からなる評論集である。全篇を貫くモティーフは題名が最もよく示している。「僕は欧州へ行って見て、始めて日本の醤油が非常にくさいものであること、日本婦人が揃いも揃って非常に出っ歯であることを発見した。これと同じ位いに現代の日本文学を客観的に展望して見たい」、という言葉を以て最初の論文を始めている。
「海外から見た現代の日本文学」では、日本の短篇が固苦しかったりケレンに堕したりして貧弱であること、短篇の形態にふさわしい素材をうまくものしていないこと、そして日本の長篇がまた単にノヴェルの形態であって決してロマンの態をなしていないこと、かくてどこにも見出されるものが随筆的性質を有ったものであること、を指摘している。著者は一方に於て之を日本のジャーナリズム機構の特性(新聞小説・雑誌文壇・単行本委託販売制度・其の他)に帰しており、之がこの著書の最も光った見解の一つになるのであるが、他方に於てこの随筆的性質の精神的由来をこう説明している、「現代の日本作家の多くは、鎌倉足利時代の禅坊主や徳川時代のサムライと原則的にあまり違わない日常生活を営んで居り、又頭の中にも彼等の如き自然観や道徳観の残りをこびりつかせているので、それが彼等に芸術に対する本格的要求の豊熟をさまたげているのだとなる。禅坊主やサムライの諸観念、心理、趣味は、元来、芸術を瘠せさせる性質のものなのである。」
 さてこの二つの観点が、各篇の文章の殆んど凡てに於て、色々の側面から展開される。上高地に於て山の美を論じるにしても(田部重治氏式な無限・崇高・超俗・等々の礼賛に不満な著者は、物質の力の大きさに山の美を見出す)、日本精神的マンネリズムの打破に力める。日本特有な文学形式として絵巻物形式を取り出して、之を例の随筆的特性や、新聞小説の形式と関係づける。著者によれば日本の新聞小説は必然的に絵巻物形式を選ばねばならぬが、之が決して文学の大きな発達に幸するものではないという(大熊信行氏の絵巻物形式肯定論と対立)。「純粋小説とは?」に於ては横光利一式論理の日本的弱点を指摘する。「日本文学に於けるエロチシズム」に於ては、日本文学の特性がその感覚的な卓越にあることを認めながら、次のような批評を加える、「が、さて感覚が肉体の質量から離れて宙に浮いたものになれば、もう感覚の行き止りである。私としては感覚やエロチシズムを突き抜けるにしても、それによって肉体そのものの世界へ、物質の世界へ、大きな世界認識へ、社会の把握へと出て行く道を選ばねばならぬと考える。この点では我々は鈍感なる西洋作家たちから学ばねばならぬ。」
 以上は第一篇であるが、第二篇は民族文化を世界文化の観点から見る。「芸術の国民的評価と世界的評価」に於ては、三つの評価の拮抗によって両者の高まった一致の可能性を説く。之はヨーロッパで日本文学を見た著者の実感を最もよく云い表わしているだろう。「日本文学翻訳問題」では、日本文化の国粋主義的宣揚としては撞着を免れないが、日本文化の国際主義的強調として重大な意義を見出されている。――第三篇は日本文壇に於ける矛盾を摘発しその対策を考察したものとして、単なる文壇人の企て得ない処だろう。総合雑誌や文学雑誌に対する批判も相当的確である。特に日本に於ける単行本文化の極度の不振を終局に於て取次店経由の委託販売制度の結果であるとし、雑誌発行資本の回収が年四回であるに反して、単行本の夫は実質に於て一年乃至二年を一期とする回転である処に基いて、単行本は雑誌に完全に圧倒される所以を説く。当然なことではあるが、有用な分析だ。評論雑誌の特大号が年四回なのも雑誌資本の年四回の回転率に基くという観察も、仲々警抜である。
 第四篇は言葉の問題を文学者の立場から実際的に分析したもので、第三篇と共に、文壇人に必要な参考材料であるだけではなく、文芸評論の新しい領域に先鞭をつけたものと見做してよい。「ローマ字問題雑感」はヘボン式に対する日本式ローマ字論の優越を証言したもので、一寸才気に充ちたものだ。平生文相の漢字廃止論の批評や、メートル法論議も、文化問題として正常に捉えられている。小学読本の文章法の検討も亦一読に値いする。現代文章に対する考察から始めて「将来の文章について」でこの本を終っている。
 著者はこの評論集によって、独特な地歩を占める文芸評論家であることを示したと云っていいようだ。その第一の特色は日本文学に対する国際的な考察だ。その第二は日本文壇に対するジャーナリズム機構・国際問題・からする理論的な分析だ。そして第三にこの底に見えかくれて流れている唯物論文化の文化意識である。日本ペン・クラブの書記としての著者は、世間からの多少の誤解もあるように私は思っていたのだが、この評論集は勝本清一郎氏の健在を証明するものであり、それだけではなく、氏が今後の評論界に於ける位置の独特さを約束するもののように見える。日本的論理ともいうべきものの強調の雑音が吾々の耳に這入って来る時、本書は啓蒙的な役割を果すことが出来る。
 (一九三六年十月・協和書院版・四六判三五七頁・定価一円五〇銭)
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 9 秋沢修二著『世界哲学史』〔西洋篇〕


 本書は「東洋篇」と並ぶべきものであるという。現代日本の哲学界にとって、今の処他に代わるべきもののないような特性を備えた尊重すべき著述である。現在の日本では日本語で書かれた西洋哲学史で纏ったものは非常に少ないのに(波多野博士のもの、桑木博士のもの、以外には著しいものがない)、之は一応纏った体系に基いて概観したものであり、而もあまり小さすぎず又大きすぎもしないもので、ハンドブックとして役立つ性質を充分に備えているのである。だが勿論、重点は之が全巻、唯物論的観点によって貫かれているということにあり、又そこから当然出て来ることであるが、史的唯物論の科学的な歴史叙述方法を具体的に適用して書かれている、という点にある。この二つの点でかけがえのない力作だ。
 即ちギリシアから今日に至るまでの世界哲学(西洋篇という名称を仮に用いるとして)をば、観念論に対する唯物論の闘争として可なり克明に跡づけただけではなく、この闘争の消長を時代の社会構成によって首尾一貫して説明することを試みている。本書の最も価値のある部分は、判然と史的唯物論によっている哲学通史だというこの点に横たわる。そして固よりこの史的唯物論的叙述は、哲学が社会に於ける歴史的所産であると共に、そのためにも亦、元来夫が実在の模写であり、従って論理的所産であるという所以を、誤たずに典拠を示しながら実現して見せている。メーリングの哲学史の方法に対する著者の批判は、この本の内容自身によって、生かされている。だから人々は之によって、この本がもつ哲学史叙述としての水準をほぼ知ることが出来よう。
 第一篇は「哲学史の方法論」であり、ヘーゲルの哲学史方法とメーリングの夫とを批判することによって、「科学としての哲学史」の課題を決定する。第二篇は古代・中世・近代・の三部に分れる(第三篇は多分「東洋篇」になるのだろう)。第一部古代の第一期(ミレトス学派からデモクリトスまで)は古代唯物論の確立を、第二期はソフィストから(プラトン・アリストテレス・を経て)エピクロスまでの観念論と唯物論との闘争を、第三期はギリシア・ローマ・哲学の観念論的堕落を取扱う。この時代区分は一見従来の哲学史の夫とは別ではないが、この区分が見事に唯物論と観念論との間の消長を意味していることを、読者は初めてハッキリと知るだろう。この点今の個処には限らないのである。古代哲学は本書の内でも最も力が這入ったものではないかと思う。特にその社会的背景があまり之まで注目されていない古代の哲学者達と、その哲学との社会的階級的分析は、教える処が多い。例えばデモクリトスの評価やソフィストの再評価や夫とソクラテスとの対比などは、当然なことではあるが事柄を非常に明確にしている。プラトンとアリストテレスとの思想上及び階級上の対比も示唆に富んでいる。奴隷制と古代哲学との一貫した関係は云うまでもないとして。
 第二部中世ではスコラ哲学・アラビア哲学・の思想的・社会的・要約があり、それを通じて封建制の崩壊と共に自然科学の勃興と唯物論の復活とが必然であることを示す。第三部の近代哲学はイギリス唯物論(経験論)・大陸唯物論(合理主義)・主観的観念論及び不可知論・フランス唯物論・ドイツ古典哲学・弁証法的唯物論・ヘーゲル以後の俗流唯物論や観念論諸流派・を取り扱う。本書の近代はその歴史が複雑である割合に叙述の簡単な処が少なくないが、之は或いはそれでいいかも知れない。と云うのは多くの読者は近代哲学に就いては相当の哲学史的常識と社会機構上の分析の多少を持ち合わせているからだ。
 全篇を通じて目立つことは、繰り返して云うが、社会機構の必然的な推移に於ける夫々の位置によって、一切の哲学者と哲学思潮とを特色づけ、それと思想の哲学的推移の必然性とを、注意深く組み合わせたという可なりオリジナルな努力だ。夫々の哲学思想の細かいニュアンスに就いての分析は、この種の概括的な本に求めるべきではない。社会に於ける哲学思想の流れの要所々々をおさえるのに、必要欠くべからざるものが本書だ。
 之はこの本にとっては大きな問題ではないかも知れぬが、著者はフィロロギーが哲学の歴史上演じた役割をどう評価するだろうか。特に近代観念論とフィロロギーとの関係は実に深いだろう(フンボルト・ニーチェ・シュライエルマッハー・ディルタイ・ハイデッガーなどは云うまでもないとしてヘーゲルさえ)。否、プラトン・アリストテレス・でさえ、関係は浅くないようだ。とにかく近代に於いては哲学的フィロロギーは唯物論の最大の敵手の一つのようだ。
 この書物は現代日本に於ける唯物論の発達にとって、一つの有用な踏台を提供するものである。そのオリジナルな功績は注目と尊敬とに値いする。
 (一九三六年・白揚社版・菊判四〇三頁・定価一円五〇銭)
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 10 岡邦雄・吉田斂・石原辰郎著『自然弁証法』


 本書はまず二つの著しい特色を有つ。第一は自然弁証法に関する日本に於ける最初の纏った叙述であるという特色だ。本書の内でも触れているように、日本にも自然弁証法に関係した著述は決して少なくないが、基本的な問題から検討してかかった単行本はない(訳は別として)。小冊子ではあるがこの点、記憶されるべき云わば画期的な作品である。第二の特色は、之が三名の著者の真の共同研究になるものであるばかりでなく、同じ問題に就いての三名夫々の意見が読者の前に並べられつつ或る程度まで整理されて行くという、対話或いは寧ろシュンポジションの形を持っている事だ。実際やったディスカッションをそのまま本にしたもので、日本の本としては極めて珍しいものだ。単に珍しいだけが勿論能ではない。この形式が齎す長所は、読者に対して著者の往々不用意な見解を押しつけずにすむという事、そしてどの点に多くの疑問があり、どの点にはもはや大した疑問がないかということが、読者におのずから判るということ、従って読者は一方に於て安心して信頼しつつ読めるとともに、著者達の異論を比較検討しつつ読むので、みずから考え方を練りつつ独自の見解をそこから導き出し得るということ、そうした処にあろう。特に自然弁証法のような多くの問題を蔵しているテーマについては、今の処、こういう書き方の方が、科学的に慎重だとさえ云えるかも知れない。
 前篇「自然弁証法史」と後篇「自然弁証法概論」とからなり、前篇は主としてAと名乗る吉田氏、後者は主としてCと名乗る岡氏が、原案提出者として筆を執り、AとCはBと名乗る石原氏と共に、之を審議するという形になっている。前篇はドイツに於ける自然弁証法の確立(ヘーゲル・フォイエルバハ・マルクス・エンゲルス)(エンゲルスは特に詳細でデューリングの解説にも触れる)、ソヴェートに於けるその発展、日本に於けるその展開、の三章からなり、今までなかった可なり役立つ史的叙述だ。日本に於ける自然弁証法の文献も亦便利なものである。この篇は比較的ディスカッションは少なく、寧ろ普通の叙述体に近い。――最も特色のあるのは後篇で、特にC氏に対するB氏の批判が目立つ。ここでは所謂自然弁証法なるものに含まれる根本問題とトピックとが一通り尽されているが、皆が皆まで終局的な解決の形を取っているとは限らない。最もディスカッションに興味のあるのは例証の問題と「自然弁証法の具体化」の問題とだ。これ等の問題に通ずる大体の傾向から云って、Cは自然弁証法なるものの力点を科学的認識の総合という点におこうとするに反して、Bは之を自然観という点におこうとする。そしてAは之を自然科学概論に近いものと考える傾きがあるようだ。勿論三者とも自然の運動発展の一般法則が自然弁証法だということを認めた上でのことだが。私の意見を□んでよいなら、自然弁証法は、自然が自然認識の方法を含むことによって、より具体的な認識対象となった処の、「世界」というようなものと考える(拙著『科学論』〔本全集第一巻所収〕)。之は多分Bの意見に一等近いだろう。それはさておき、後篇の主役たるC氏の根本傾向には、エンゲルスの弁証法に対する一種のスコラ的批判が存するようだ(一般的なスコラ主義はAになると更に表面化している)。その結果、読者はC氏が自然弁証法を少し儀礼的に、義務的に、取り上げているというような感触を受け取らなくもない。勿論之はC氏の本意ではないのだ。だが自然弁証法の具体化を技術という観点から力説しているのは、C氏の極めて積極的な点である(尤も之だけが具体化の唯一の内容ではないにしても)。
 本書特に後篇はまだ多分に引用に終止する自然弁証法の概説か序論かであって、その限り研究というよりも、可なり権威ある啓蒙と云うべきだろう。すでに『唯物論研究』誌上で批判された一二の個処もあるが、唯物論研究会に於ける自然弁証法検討の成果をよく組織したものとして、尊重すべき文献である。
(一九三五年十月・三笠書房版・第一次『唯物論全書』の内、新四六判二八六頁・定価八〇銭)
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 11 安部三郎著『時間意識の心理』


 この著書をブック・レヴューの材料として選んだ理由の一つは、日本に於て時間に関する独立な研究が極度に乏しいという事情である。物理学関係からする研究も乏しいし、心理学関係からするのも乏しい。比較的眼につくのは田辺元博士や高橋里美教授による哲学的研究であるが、之もまだ包括的なものでない。処が時間の問題は哲学的に最も重大な意義を有っている。実在の史的転化の形式が時間であり、又意識そのものの形式が時間である。時間問題は空間問題と並んで、唯物論的に最も重要なテーマなのだ。唯物論的研究を一応ここに集中することさえ必要だと思われる位いだ。
 東北帝大心理学教室で編集しているこの叢書は恐らくどれも尊重されてよい著述的アルバイトだろう。本書も亦そうだ。著者は千葉胤成教授の実験的で且つ内省的な心理学的方法をうけついでいるようである。「対象意識としての時間意識」と「固有意識としての時間体験」との区別に夫はよく現われている。それから時間の哲学的分析に於て功績のある高橋教授の影響も大変よく取入れている。知覚的時間と情意的時間との区別などがそれだ。著者が最も得意とする業績の部分は、「二時程比較判断」を中心とする時間評価の実験的研究であるらしいが、之を包括している哲学的省察力は相当力量があると思われる。
 本書は大体に於いて「時間意識」に関する科学的入門書として必要な観念と知識との整理を与えたものと見てよい。時間概念の分類、固有意識としての時間体験、知覚的時間・時間感覚・時間直観・の問題、時間領域・時間閾・時間評価・過現未(時間のモーディー)、等の問題、睡眠時や変態条件下に於ける時間意識等、が検討されて一応の整頓を与えられている(病態心理学的な時間研究を示唆しているのも教えられる点だ)。この包括的な取り扱い方では、殆んど日本に於ける唯一の著書かも知れない。
 併し著者の眼界は心理学的関心によって可なり制限されているようだ。つまり時間意識を一般的な時間問題解決の尺度にし過ぎてはいないだろうか。著者は哲学的想定として、大体現象学(フッセルルの)の立場に立つと思われるが、そこらから時間というカテゴリーを観念論化して所有するかのような観を呈している。「客観的時間従って物理学的時間は如何なる意味に於ても体験時間でないであろうか。著書は客観的時間も亦一種の体験時間であると思うものである」云々。「人はいつしか吾々の心中の構成物であることを忘れて、それを意識とは独立に存在するものとするに至った。」併しこういう見方によっては実在の歴史転化の形式としての時間は遂に理解出来ないだろう。時間は時間意識だけでは片づかないのである。――巻末に文献がつけてある。文筆的には地味であるが、理論上の必要から正当に注目されるべき書物だ。
(一九三六年九月・『生活と精神の科学』叢書・二十八巻・東宛書房版・菊判二六〇頁・定価二円六〇銭)
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 12 ジード著 小松清訳『ソヴェート旅行記』


 あまりに多く論じられた書物であるから、今更特別な紹介を必要としないだろう。この本に於けるジード自身に対する私の感想はすでに「文化的自由主義者としてのジード」という拙文(「読書法日記」中)で述べた。ここではその要点をジードみずからに語らしめよう。括弧内の数字は頁数である。――跋には「訳者の言葉」がある。
「私にとっては私自身よりもソヴェートよりもずっと重大なものがある。それは人類でありその運命でありその文化である」(一三)。「云わばわれわれのユートピアが現実のものとなりつつある国がソヴェートであったのだ」(一七・一八)。処が「これらの住宅の『内部』で私がしみじみと感じたあの異様な物悲しい印象を、どう云い現わしたらいいだろう。それは謂わば完全な非個性化といった感じのものである」(七二)。
「規律の範囲内での批評はどんなにやっても構わない。だが規律の範囲を一歩でものりだした批評は許されないのである」(八〇・八一)。
「いま尚革命的精神によって動かされている人々や、またこれらの連続的な譲歩を妥協とみなす人々が、邪魔物扱いをうけ辱しめられ芟除される」、「革命的精神(より簡単に云うと批判精神)はソヴェートではもはや必要でない、とあからさまに云ってのけた方がいいのではなかろうか」、ああ「順応主義」なる哉(一一二・一一三)。
「したがって現在の情勢に満足の意を表しないものはみなトロツキストと見なされるのである」(一三〇)。「レーニン主義からの逸脱はこれ以上なお必要であるだろうか」(一二五)。
「家族制度――『社会的細胞』としての――や遺産相続制の復活とともに、享楽的な嗜好、私有財産にたいする慾望が、ついに僚友的精神や共有や共同生活の要求を追いこしつつあるように思われる」。「一種の貴族層」(一〇五・一〇六)が出来つつあり、「このプチ・ブルジョア的精神はソヴェートに於て追々拡がってゆきつつあるように思われる」(一一〇)。
「今日のような社会形態に於ては、すべて偉大な作家や芸術家は本質的に反順応主義者である筈だ」(一三六)。だが「最早反対すべき何らかの対象を失ってしまって、ただ流れの儘に流されるだけのことになれば、どうなるだろうか」(一三八)。併ししばらく前にジードは演説している、「ところで今日ソ連邦においてはこの問題ははじめて、すっかり異ったかたちで提出されているのです。即ち、作家は革命家でありながらもはや反対者(オッポーザン)ではない。まったくその反対に、作家は多数者の希望、全国民の希望に応えている」(一七四・一七五)。だが後ではこう思いかえす、「一国の市民が一人残らず同じような思想をもつようになれば、……こうした精神の貧困を前にして何人が『文化』を語る信念をもち得るだろうか」(一三二)。「こうした事も政治的には有用なのかも知れない。がその場合は文化などといったことは口にしないで欲しい」(一四七)。「この『理想的なもの』から『政治的なもの』への移行は、不可抗的に一種の『転落』を伴うものであろうか」(一二八)。
 かくて最初にヒューマニティーや文化からジードによって区別された「ソヴェート」は、ジードの「ユートピア」であった処の「自由」を満足させなかった。「ソヴェート」の「政治」はジードの「文化」を満足させなかった。ジードのアイディアリズムはソヴェートのリアリズムと撞着した。何等かの観念論(理想主義)者が現実の前に戸迷ったという現象は、驚くには値いしない事だし、又喜んだり怒ったりするにも値いしないことだ。初めからそうあるべきものだったのだ。読者は文化的自由主義者としてのジードの誠実を疑うことは出来ない。そしてジードの言葉の意義の重さを知らねばならぬ。併し文化的自由主義者の誠実よりも一層リアルであるとしたならば、どうだろうか。
 (一九三六年・第一書房版・四六判二四六頁・一円二〇銭)
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 13 中条百合子著『昼夜随筆』


 随筆という名であるが評論集である。二十七の文章が社会評論・文芸時評・作家論・の三篇に分類されている。巻頭のやや長い論文「若き世代への恋愛論」は書き下しで、あとは大体再録されたものと思う。旧著『冬を越す蕾』から二三採用されたものがある。
 序の言葉、「私は、小説を書いて行く地力の骨組みを強くする意味からも、適当な機会に評論風な仕事に於て自分をもっと鍛錬してゆきたいと希望している」という言葉は、私が以前から作家に対して持っていた或る疑問に答えるものとして、感銘が深い。評論の文筆的な意義をこういう形で理解している作家は少ないのではないかと思っていたからである。
「若き世代への恋愛論」は、近代日本の恋愛観の発達を叙したものだが、最後に云っている。「若き世代は、生活の達人でなければならない。……恋愛や結婚が人間の人格完成のためにある、と云えばそれは一面の誇大であるが、真の愛の情熱は驚くばかりに具体的なものである。必要を鋭くかぎわける。」之はみずから、この社会に於ける愛の矛盾を或る程度解き得た人の言葉である。この幸福な(?)著者は、或る(呵然? とでも云うべき)濃まやかな思いやりでこの階級社会の塵にまみれた愛慾の葛藤を打診している。「新しい一夫一婦」、「夫婦が作家である場合」、「インガ」(「ソヴェート文学に現われた婦人の生活」)、などがそれである。
「暮の街」や「村からの娘」は、大抵の婦人評論家が取り上げる婦人問題の評論であるが、中条氏の場合は、ただの所謂婦人問題をつき抜けている点を買わねばならぬ。――「文学に於ける今日の日本的なもの」は、文学に於ける日本的な動きに対する世間の諸批判の内で、最も根柢もあり切実でもあるのだ。特に明治以来の文学運動の歴史に沿うて述べてある処は威力がある。「『大人の文学』論の現実性」と「『迷いの末』――横光氏の『厨房日記』について」とは、日本的なものをかつぎ回る数名の文士の心情を、辛辣に且つ鮮かに暴露する。――「芸術が必要とする科学」は色彩論から始めて文章道にまで至る異色のある省察で、示唆に富んでいる。
 氏の作家論は、専門の評論家も容易に追随出来ぬ底のものを含んでいる。「トゥルゲーネフの生きかた」は彼の階級的制限を説く点で教える処が多く、ゴーリキーに関する三つの評伝(尤も多少重複しているが)は、伝記として面白い。「ジードとそのソヴェート旅行記」は、ジード批判の一つとして記録される価値がある。「『或る女』についてのノート」は多少資料的検討に基いた好論文である。
 私は作家としての中条百合子に就いては、新しいモラルの実際的な探求者として、作家一般(独り婦人作家に限らず)の内の白眉の一つと考える。世間で必ずしもそうは思わぬらしいことは、私にすれば一つの不思議だ。処がこの評論集は、評論家としての中条百合子氏の位置をハッキリと決定するものだと思う。物ごとを分析的に考えながら感情を整理出来る人は、作家一般の内で珍しいと思う。氏の合理的精神とでもいうものが、或いは文壇の地膚に合わぬかも知れない。だが夫は広い世間からすれば何等の問題でもないことだ。
 ただ評論家としての中条百合子氏は、テーマをもっと婦人問題、女の問題、からつき離す必要があるだろう。評論が身辺随筆の名残りを止める限り、そして彼女が女である以上、この女らしい制限を脱し得ぬわけだ。多分氏は女であることで、自分で少し損をしているかも知れぬと思う。
 (一九三七年四月・白揚社版・四六判三九一頁・一円五〇銭)
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 14 清水幾太郎著『人間の世界』


「人間に就いて」、「悪に就いて」、「歴史に就いて」、「慣習に就いて」、「文化に就いて」、「言語に就いて」の七篇からなるエッセイであり(その内雑誌ですでに見たものもある)、この七篇を通じて著者は全く首尾一貫した見地を取っている。それは個人主義並びに合理主義という見地だ。本には著者の見地を包む著者の願いというようなモラルがあるものだが、この著者の願いは強い人間となることであり幸福になることである。それが個人主義と合理主義とを要求する。
 人間については、人間をば人間を超えた人間以上のものに対立させる。処で人間はこの超人間的なものをば却って人間以下のものとして踏み超えなくてはいけない、とするのがヒューマニズムだという。だが、所謂ヒューマニズムの考えるヒューマニティー(人間の本性)は、なお文化的なもので、過去の歴史や慣習や制限にアダプトしたノモス(法則)の世界にぞくする限り、真のフューシス(自然)にはぞくさぬ。フューシスにぞくする人間こそは個人であり、之にして、初めて人間的なものを抑えつける超人間的な社会に真に、反逆し得るというのだ。そして之が現代の生きたヒューマニズムであろうと云う。
「自己を滅却した謙虚な人間が出来上った人間或は完成した人間の姿として、個人主義者という言葉は非難の言葉として通用する。」だが「自己に対する厚き信頼、傲慢、自尊の如きを欠いて生ずる思想があるであろうか。」『社会と個人』の著者である清水氏のモラリストらしい既成常識批判の一端を之で知ることが出来るが、この個人主義的主張は、一方現代の封建主義的な全体主義に向けられていると共に、他方かつての擬似マルクス主義的な個人否定主義の如きものにも向けられている。之が現代のインテリゲンチャの常識とよく一致していることを注意しなくてはならぬ。
 社会と個人との対立は、この本ではノモス(法則)とフューシス(自然)との対立として、一つの一般的な原則にまで高められている。そして之がこの著書を一貫する分析のメカニズムとなっている。超人間的なもの・対・人間個人が夫であったが、悪も亦ノモスの否定を指すものとして、或る種の評価を受ける。歴史も亦二つの意味を有つ。ルネサンス以来十八世紀に至る啓蒙や進歩の観念は、十九世紀の、特に反動に立つコントの、歴史観念とは反対であるという意味に於て非歴史的であるが、併し実は之こそ本当の歴史であり創る処の歴史であるという。之がフューシスにぞくする歴史である。之に反してコント風のノモスにぞくする造られた歴史は、過去に向く歴史であり、そこで考えられる進歩は秩序と共にあるものでしかない。然るに「ドルバックに於ける進歩は秩序の否定にあった。」ではマルクスでは如何?
 制度と慣習がノモスにぞくするのは当然である(慣習は習慣から区別される)。文化も亦ノモスのものにしか過ぎない。その根柢にあるフューシスは文明でなくてはならぬ、とする。最後に言語の章で、レヴィ・ブリュールの所謂パルティシパション(未開人の論理)が、現代に於ても白昼堂々と通用している天下の情勢に、眼を向けることを知らない社会学者達の愚劣に、釘をさしている。――本書に見られるものは文化主義からの脱却の努力である。だがその脱却が個人主義を結果するというのが、独特な特徴なのである。それからこの個人主義と「合理主義」とがどう結びついているかは、現代の常識としては理解出来ても、理論的な解明に乏しいようである。にも拘らずこの本は現代のインテリゲンチャの若いジェネレーションに訴える魅力に充ちている。斬然として特色の書だ。
 (一九三七年三月・刀江書院版・四六判二一一頁・一円二〇銭)
[#改段]


 15 新明正道著『ファシズムの社会観』


 大体に於てすでに発表された論文を編集したものであるが、完全に体系立った著書である。第一部「イタリアのファシズム運動」、第二部「イタリアのファシズムの社会的国家的観念」、第三部「イタリアのファシスモと関連する社会的体系」と注釈(引用文献)とからなり、第一章は主としてイタリア・ファッショの政治的社会的活動の解説・特色づけ・批判・を与えたもので、本書の予備的知識を整理するという意味での緒論をなす。この部分だけを取って見ても、日本文で書かれたイタリア・ファッショ研究として高水準なもので、執筆の時期が比較的新しいということと、学究的な異論批判を通じて処理されていること、そして著者が日本に於ける最良の社会学者であることを示す冷静で緻密で且つ進歩的理解力の行きとどいた頭脳とを以て、読者に感銘を与える処が大きい。
 だが本書の目標は書名が多少示しているように、ファシスモのイデオロギーであり、特にその系譜学(ゲネオロギー)である。かつて新明教授が東北帝大社会学研究室を動員して出版した『イデオロギーの系譜学』(上巻)(下巻は別名で出ている)は、世間であまり沢山は読まれなかったようだが、尊重すべき業績であった。本書の目標も亦、ファシズムに関する思想的系譜学の叙述にあるのである。この点については日本では他にわずかに今中次麿教授の『ファシズム論』(唯物論全書)中の論文があるだけであり、夫もジローネからの抜粋にすぎぬから、本書が殆んど最初の纏ったもののように考えられる。勿論外国文ではこの種のもの、又この種のものを含む本はおびただしく多いが、併し恐らく新明氏の仕事は之に勝るとも劣らぬものだろうと推察する理由がある。
 ファシスモ・イデオロギーは勿論その特有な社会観念と国家観念とを中心とするものであり、その観念の推移(社会は即ち国家だという観念に到達するまでの)に懸る処が多い。ファシスモの社会・国家・及び協同体乃至協同体国家・の観念を評論したものが第二部であって、之も亦組織立った卓越した仕事であると考えられる。第三部は本書の半ば以上を占める本論であるが、その直接の準備となるものが第二部である。
 第三部に於てはソレル・パレート・ニーチェの三人の思想と、ファシズム・イデオロギーとの理論的歴史的関連が、詳細に又具体的に説かれている。ソレルの暴力理論・プロレタリア革命理論とムッソリーニ其の他の政治的実践・理論・との連続と背反、パレートの社会主義・経済学・理論とエリート(選良)循環説のファッショ・イデオロギー的効果、ニーチェの超人と永劫回帰理論のファッショ・イデオロギーへの貢献とその批判、などが之で、ファシズムのイデオロギー論的思想史的分析が可なりよく成功していると共に、こうした諸思想家の社会学的評論としても異彩を放つものだ。保存すべき近来の良書である。
 疑問は二つある。一つは一体ファシズムのイデオロギーなどあまり問題にならぬではないか、という一種の常識だ。併しそれは単に思想史上の関心が浅いという事を暴露する疑問でしかあるまい。も一つは本書の目標がファシズムのイデオロギーに集中している事には異論ないとしても、ファシズムに対する充分な政治的批判(社会機構の分析の上に立脚する)がその条件とならねばならぬではないか、という疑問だ。著者が実践的な社会理論家ではなくて、学究的な社会理論家であるということが、ファシズム・イデオロギーに対する政治的水準と政治的角度とを許さぬらしい。だが本書のような仕事は、却って又、例えばパーム・ダットなどでは見得ないものでもあるのだ。
 (一九三六年十二月・岩波書店版・菊判・四八〇頁・定価三円)
[#改段]


 16 早川二郎著『日本歴史読本』


 以前発表された『日本歴史読本』を殆んど全部に渡って書き改め、全く別稿としたものである。旧版以来の新興歴史学派の諸業績を摂取し、多少の意見を変更し(奴隷所有者的構成や近世土地制度の沿革についての如き)、「経済史的偏向を可成り克服し」、「個々の政治的事件・制度・人物等に渡っても大いに述べた」と著者は云っている。
 第一章は「原始時代及び『部』民制度の時代」(この部分は考古学的考証の新しい成果から出発している)、第二章は「『アジア的封建主義』の時代」(ここでは当然奴婢乃至奴隷と荘園発生発展という最も問題を含む部分が取り扱われている)、第三章は「典型的封建主義の完成時代」(鎌倉・建武中興・南北朝・に渡りその歴史的意義は時節柄最も興味のあるものだ)、第四章は「商業資本の発生及び発展の時代」(室町時代でありイデオロギーの問題としては鎌倉室町を一続きに論じている)、第五章は「封建制度再編成の時代」(戦国・安土桃山)、第六章は「資本主義の諸前提の生誕及び成熟時代」(江戸時代)、第七章は「明治維新」、第八章は「ブルジョア的変革の完成化の時代」であり、明治二十二・三年を以て筆を止めている。付録として「社会経済構成より見た世界対照年表」と「重要事件の年表」と更に「参考書の解題」とがあり、各章の終りには各節毎の参考文献と若干の注解とを含む「補注篇」がついている。図版(別刷を入れて)七十二図に及ぶ。
 之によって明らかなように、本書が日本歴史に関する極めて統一ある且つ親切な教科書であり、更に又注目すべきは、その歴史認識と歴史叙述とが科学的な本格を踏んでいる(と云うのは即ち史的唯物論の方法によって貫かれているということだ)、ということが判るのである。今の処本書が占めているユニックな位置は動かすことが出来ない。日本文によって書かれた日本歴史に関する特に文法的に科学的な唯一の現代的教科書であると云うべきだろう。それ故唯物論研究会に於ける国史特別研究会(レクチュア)のテキストとしても、又其の他の学生の諸研究会用のテキストとしても、用いられているわけだ。
 国史に関する専門的研究をやっていない私としては、個々の具体的な問題、著者の文献批判・史的解釈・社会構成的カテゴリーの発見及び適用・其の他に関する詳しい意見をここに示すことの出来ないのは遺憾である。ただ本書を一つの歴史叙述として又教科書として見る時、多少の意見を加えることが出来るだけだ。著者が「経済史的偏向」を克服しようとした試みは或る意味で高く評価されねばならぬ。歴史的認識は歴史叙述に於て初めて具体的になるものであるが、この歴史叙述は普通の社会構成論では片づかない要因を含んでおり、それが従来のブルジョア歴史学の伝統的な課題なのだが、この伝統は史的唯物論に於ても別な重要性に於て摂取されねばならぬからだ。
 著者が歴史的諸個性(事件・制度・人物・其の他)を叙述するに力めたことは正当なことだ。併しその点なおまだ充分とは云うことが出来ない。戦争と帝王との歴史が無意味であるのは云うまでもないが、社会構成に従うエポックから出発することによって、結果に於て依然として政治的エポック(新しい時代分けでもよい)を結論するというのが、歴史叙述の本道ではないだろうか。之によって初めて社会史の認識は具象的になるのである。その意味で経済史的文献の引用の類は本書では多少比重を失して多すぎるようで、之は補注でリファーする方がいいと思う。ブルジョア的教科書のひそみに倣うのでは決してないが、ブルジョア的教科書の大衆に対する説得力も、唯物論的教科書の大衆性と市民的通用性とから云って、現代、意味のあることだ。それからもう一つ、著者の調子のよい文調は考証的又理論的な推理の厳密さを忘れさせるような個所も時にはあるようだ。――だが要するに本書の教科書的な価値は絶大であり、その現代に於ける社会的意義は重いと断せざるを得ない。
 (一九三七年四月改版・白揚社版・菊判四八〇頁・定価二円)
[#改段]


 17 小倉金之助著『科学的精神と数学教育』


 小倉金之助博士が二十余年間に渡って選集した評論集であり、序篇の五篇は比較的旧いもの、本篇の十二篇は比較的新しいものである。序篇と本篇とを一貫するものは云うまでもなく科学的精神の提唱と検討とであり、又数学及び数学教育を中心とした自然科学乃至社会科学に於ける科学的精神の役割についての研究である。この一貫した根本主張は、すでに著者の著書『数学教育の根本問題』や『数学教育史』、『数学史研究』の内にも反覆主張され、また云わば実証されているものであり、博士の首尾一貫して変らぬ不羈独立の精神を告げて余りあるものだ。氏はみずからこの人間的態度を名づけてヒューマニズムとも呼んでいる。氏にとってはヒューマニズムという人間的態度と科学的精神との間に、絶対に切り離すことの出来ない直接連関があるのだ。ヒューマニズムと科学的精神とを対立させようなどとする現代の無知な文士や準文士達のヒューマニズムとは根本的に選を異にしている。尤も博士のヒューマニズムと考えるものは恐らくはレアリスティッシェ・シューレ(理科)に対するフマニスティッシェ・シューレ(文科)を連想させるものであり、特別に考え抜かれたものとは思われないが、それにしても、それが科学的精神の裏となり表となることによって、ハッキリとした内容を示している。
 博士の根本主張は、数学教育は、科学的精神をば数学を通じて教育するにある、ということだ。数学は人間の日常生活の経験から抽象されて発達したものである。従ってそこにまた数学なるものの真に科学的なそしてヒューマニスティックな本質が横たわる。数学専門家は之に基いて色々の抽象的又構想的な数学体系を組み立てることが出来るにも拘らず、日常生活と直接するという本来の数学の面目を忘れない実用数学(直接に日常生活から出発する数学の謂)は、数学教育にとって本道でなくてはならぬ。数学の実用数学に於て現われるような経験的・生活的・な本質があればこそ、数学と物理学其の他の自然科学との交流も理解出来る。
 私はさっき、数学の科学的な本質と云って解説した。科学的とはこの場合、博士によると歴史的・実証的・であることを意味する。事物の因果関係に立脚する発展法則を探求することだ。そして之がおのずから科学的精神なのである。だからこそ、生活に直接基いた数学を教育することによって、初めて、数学を通じての科学的精神の教育が行なわれ得るわけである。――かくて氏にとって実用数学――科学的精神の問題は、一面に於て中等・高等・諸学校に於ける数学教育(乃至科学教育)の現状に対する飽くなき不満を云い現わすと共に、他面に於て、科学的精神の訓練を経たことのない処から来る現下の日本の哀れむべき文化意識に対する呵責する処のない弾劾なのだ。私は多くの自然科学者達が、本書の態度に学ぶ処あらんことを切望する。
 序篇と本篇とを比較すると、前者に於て科学と云えば往々単に自然科学だけを指しているのが、後者では是正されている。その個処々々に於ける著者の注がみずから之を訂正しているのでも判る。そして著者は、序篇の時代に於けるマッハ主義的な見解を、現在の立場に立って、注に於てみずから指摘している。つまり博士は序篇時代から本篇時代に移ることによって、社会科学というものの観念と唯物論に立つカテゴリーとを獲得したことを、特に明示している。博士が専門家としてと共に言論家として、威力を頓に加えるに至ったのは全くここに由来するだろう。
 私個人の関心からすれば、本書のいくつかの論文には思い出の深いものがある。学生の頃に読んで頭に残っているものもある。又世間の多くの人は、最近の博士の有名な論策のいくつかをここで読み合わせることが出来るだろう。――最後にただ一つ私の気にかかる点がある。それは数学教育の問題を一旦別として、博士は日本に於ける教育家或いは師範教育乃至師範的教育に対して、どういう社会的批判の態度を取っているのであろうか。アレキサンドリア的学者と共に、先生的イデオローグも亦、科学的精神の敵であることを私は痛感しているので、この点博士の意見に期待する処が大きい。
(一九三七年七月・岩波書店版・四六判・三四八頁・定価一円八〇銭)
[#改段]


 18 ミショオ著 春山行夫訳『フランス現代文学の思想対立』


 Regis Michaud, Modern Thought and Literature in France, 1934 の翻訳に、訳者の「付録、人民戦線以後の文学」という政治的・文学的・クロニクルをつけたもの。訳者は「あとがき」で云っている、「ミショオがアメリカにいて、現代のフランス文学を三十年代の文学の見方から展望したことは、ある意味で、私のようにフランス文学だけを特に『フランスの国文学』として見ないで、これを同時代(コンテンポラリー)の文学として、世界文学の立場から見ようとしているものと、どこか一味通じている。」この言葉は多分当っているだろう。本書を繙いてまず感じることは、フランス文学の報告書であるこの本が、普通の現代フランス文学の紹介書のようにフランス文学だけに興味を持っているのではなくて、正しい世界文学的角度から之を問題にしているのだ、という点である。次に又気のつくことは、フランス文学を単に文学だけの興味から取扱っているのではなくて、正に文化と思想との観点から取り上げているのだという点である。著者がフランス文学に於て見ているものは現代世界文学の一環であり、且つ文化上の思想対立なのである。私は本書を、「文化問題」にかかわる最近の若干の単行本の一つとして、尊重すべきだと考える。今後新しい意味に於て、「文化問題」が社会の只中に押し出されるだろうと観測されるからだ。
 直接思想対立の現象を取り扱ったものは、最後の二章(第十三・第十四)の「左右両翼の主張」である。ミショオはここで左右両翼に対する可なり誠実な理解者であることを示している。そうでなければ、錯雑と交錯との綾を織りなしているフランスの思想対立をさばくことは出来ない。その手腕は鮮かだと云うことは出来ないが、その代り簡単に片づけたいという感は少しもない。そしてこのいい理解を通して、ミショオが略々左翼的な最も常識に富んだ進歩主義者であることを知ることが出来よう。「新古典主義、新スコラ主義、新ヒューマニズムの三者は、近代フランスに於て伝統主義者達と保守主義者達とが採用した三つの基本的な見地であるように見える。これらはいずれも興味ある見地ではあるが、しかし世界の進展を止め得るほど強力な見地でも、最も広い意味に於て社会的、道徳的、並びに科学的に世界の要求に答え得るほど普遍的な見地でもあり得ない。」そしてフランス文化の将来について云っている、「フランスに於ける政治的、社会的情熱の坩堝のなかに新しい活力が数多く醗酵しつつあるとともに、新しい徴候が続々と芽えつつある現在、我々は確信をもって未来を期待する」と。
 クロデル(第二章)、プルスト(第三章)、ジード(第四章)、デュアメル其の他(第五章)、ダダとシュールレアリスト(第九章)、ヴァレリ(第十章)、新旧の小説(第十一章)、などに関する章は、夫々独立した評論としても読み甲斐のあるものと思う。
(一九三七年八月・第一書房版・四六判・四一六頁・定価一円五〇銭)
[#改段]


 19 大河内正敏著『農村の工業と副業』


 理化学研究所及び所謂理研コンツェルンの指導者ともいうべき著者が、日本の工業政策について技術家的専門家の立場から、最近の見解の結論を叙述したものであり、書き流した風の、而も小冊子ではあるが、重大な意義を含むものと思われる。節は十二に分れているが、凡てを貫くものは「科学主義工業」の観念である。ここに出て来る一切の主要問題を、この科学主義工業の観念に結びつけて惹き出すことが出来ると私は考える。
 科学主義工業とは資本主義工業に対立させられる。第一に之は、資本主義工業の事実上の状態である低賃金高コストに反して、高賃金低コストを目標とし、現にそれを実現しているという。世間では之をなお資本主義工業と同一視して、労働力の搾取の形式であるように非難する向きもあるが、処が他方では農村などで科学主義工業による賃金が高すぎて困ると云って非難さえされているのが事実であるという。著者大河内博士自身も、しばらく前までは農村工業が低賃金である故に有利だと考えていたが、今それは「慚愧にたえぬ」という。併し科学主義工業がなぜ高賃金であるかは後にして、なぜそれが低コストであるかから見て行こう。
 科学主義工業はまず工業立地の方針を科学的ならしめる。地方の情実や資本主義工業による様々の陋習に捉われず、原価を決定すべき一切のファクターを総体に於て最低たらしめるべく、科学的な工業立地を採用せねばならぬ。次に科学主義工業は熟練を科学によって置きかえ、熟練のために要する時間を出来るだけ短縮するような、専門的に分化した精密な機械(工作機や測定機)を採用する必要がある。この点科学主義工業が就中科学的である所以で、農村の素人の婦女子でも直ちに熟練出来るように、熟練の時間が節約出来る機械を工夫すべきである。そして之は農村に於ける工事場に於て、現に実現されているという。著者は之を「熟練の大衆化」と呼んでいる。工業の地方分散(五年前の著者の見解)は科学主義工業的ではない、日本の農村の物質的(そして恐らく精神的)条件に立脚した副業として農村工業こそ、日本に於ける科学主義工業の温床で、生産費に較べて著しく運賃の安い精密機械の部分品製造などが、最も適当であり、日本の工業をして世界と角逐させる道は之をおいてはないし、戦時に於てもこの形なら少しの動揺も蒙らずに済むという。以上は主に科学主義工業による低コストを証明する材料である。
 ではなぜ科学主義工業によると高賃金となるか。この証明は直接にはどこにも見出されない。唯一の理解の仕方は之を農村労働力の能率に結びつけることだろう。つまり労働力の能率がよければ低コストになると共に、同じ他の条件の下では、名目上高賃金の意味を有つだろうからだ。そこで曰く「そうして其(工作機械や測定機)の使い方が単調、無味であるように製作されてある程度精密に加工されるから、農村の子女が最も適当している。」「毎日毎日同じ作業をすると云うこと、而して此の簡単な作業に、飽きることを知らない農村の子女が、農業精神で精密加工するから。」「都会の人には堪え得られないような単調な作業でも、農業上の労苦忍耐の前には、日常の茶飯事である。」「日本の農業精神は土に親しみ郷土を愛し奉公の念に満ちている。外国から移し植えられて数十年にもならない日本の現代工業には残念ながらまだ此の種の精神的基礎が出来ていない。」「欧米の工業は資本主義、個人主義下の工業であって、日本の農業精神とは相距ること頗る遠い。」「農業精神が失われずして工業が副業として行なわれる」ことが望ましい。「農魂工才で行かなければいけないのである。」
 之が科学主義工業による、労働力側の能率の良さの根拠である。つまり農民の忍耐力が唯一の根拠だ。そして恐らく、この忍耐力のみが、名目上の高賃金の外見を招き得る唯一のものだろう。処が之は何等「科学」や「科学主義工業」の科学性やと関係のないことだ。科学主義工業は熟練を「科学」によっておきかえた。それでコストは安くなる。だがその代り、更に賃金までも高く見せるためには、この「科学」に農業精神という日本農民のあわれな道徳を補充しなければならぬ、ということになる。
 すると、「大資本の株式会社であると、すぐ資本主義に堕するように思えるが、科学主義工業下の資本は、資本主義下の資本と異り、情実と私利とから離れて、唯科学の指示する処に従って合理的に運用せられるに過ぎない」という著者の結論は、裏切られる。科学の他に日本的農業精神が大いに必要であったのだ。すると又、農村工業の低賃金による搾取ということを計画に入れたという著者の過去の誤りは、今日でも大して改悛されてはいないことになる。「大資本の株式会社」たる理研コンツェルンの諸会社が、資本主義ではなくて、ただ科学だけによる合理的経営であるというような科学主義工業説(農村副業論)は、極めて日本的な条件を援用したテクノクラシーだと批評されても、やむを得まい。資本主義に対立するものとして、社会主義の代りに科学主義を持って来たことの、社会認識としての苦しさはさることながら、ここでも、文芸其の他の世界と同じに、科学自身や科学的精神は重大だが、「科学主義」などというものはあり得ないのである。博士の産業国策の実際案としては、之を決してナンセンスなどとは云わぬ。だが科学主義工業というそれの説明や意義のつけ方が、ナンセンスなのだ。
 以上の批評だけでは、この本の背景をなす著者の見解の、本当の社会的意義を明らかにするには足りない。それは他日。
(一九三七年十月・科学主義工業社版・四六判一四三頁・定価九〇銭)
[#改段]


 〔付一〕 ジードの修正について


 小松清氏訳のジード『ソヴェート紀行』を、かつて私は津々たる興味と切実な同情とを以て読んだ。ジードが着眼したソヴェートの優れた点も、ソヴェートの慨嘆すべき傾向も、さもあろうと思われるものであって、若し現実の事情にそういうものが全く欠けているというなら、恐らく私はそういう現実を、にせものと思ったに相違ない位いだ。
 ただあそこで吾々とジードとの物の感じ方を別つものは、ジードが専ら文化主義者として一切の現象をながめようとしている点である。彼は勿論あそこでは、生産機構や社会機構の物的本質に触れていない。だが仮に触れていたとしても恐らく、文化主義者らしい触れ方であったに相違ないのである。事実彼は、そういう方面の事柄については、発表しなかったが、観察を怠っていたのではない。それは『ソヴェート紀行修正』が示している。この『修正』に統計の引用が沢山あるというようなことを云っているのではない。そういうものがなくても修正は『紀行』よりもジードの生産機構や社会機構に対する注目を示している。処がその注目が、依然として文化主義者らしく、又文学者らしいのだ。
『修正』の方は後にして『紀行』はその体裁から云っても極めてジードらしい。つまり文化主義が純粋な形で、従って又それ相当の尊敬を要求しているような形で、首尾一貫して現われている。誠実な文化人、特に純粋で鋭敏な文化主義者ならば、ああ感じるのが当然だという気がする。之がジードに対する同情を惹き起こす。之が正しい興味を呼びおこす。
 好意のある興味と同情とは、勿論ジードの見解の狭さを指摘することとは矛盾しない。文化主義者ならああ感じるのが尤もだという理解は、だから文化主義者が正しいということと一つではない。吾々はジードの感じ方に同情を示しながらも、決してそのままジードに追随することは出来ない。吾々は世界の出来ごとを見るのに、ああした文化主義の角度からするのを、世界の文化人に最も普及した原則上の誤りだと考えるものであり、物ごとをもっと唯物論的に見ねばならぬと考えるからだ。マテリアリスティックなセンスを全く欠いている文化主義的リアリズムでは、そういう君の哲学では、判らぬものが世界には沢山ある筈だ、ホレーシオ君よ。
 もし仮にもっとマテリアリストとしての思考の訓練を経た他の人がソヴェート紀行を書くなら、ジードの『紀行』に載った材料の凡てと、その他のジードが見なかった又は書き留めなかった材料とによって、ジードとはやや反対の結論を導くのではないかと考える。私はフォイヒトヴァンガーのものも全部は読んでいないし、ウェッブ夫妻のものも見ていないが、私の想像は決して空想ではあるまい。
 だがそれにも拘らず『紀行』はフランスの自由な一思想家文学者の、最も誠実な印象記として、敬意を表するに値いすると信ずる。この本が出版された際に提出された反対、抗議、誹謗の内には、この誠実ささえ疑おうとするものも少なくなかったが、私は少なくともこの誠実だけは信じることが出来ると考える。吾々がサンセリテの思想家として紹介されているジード氏を、この『紀行』は決して裏切りはしなかった。ジード氏が誠実であり、又誠実であったということを、私は少しも疑うことは出来ない。のみならず誠実から来る一種の文化的勇気――之は下手をするとドン・キホーテのものであるが勿論彼はキホーテではない――に敬服さえするのである。
 ただもし疑う余地があるとすれば、ジード氏やその他の文化人が、事実上持っていることに間違のないその誠実そのものが、どれだけの信頼に値いするかである。誠実は信用されていい、だが信頼されてはならぬ場合が多い。人間性や良心というものと同じに、誠実は如何なる誠実であるかを問わねば、単に誠実であるというだけでは、個人的に信用出来ても、客観的には信頼出来ないことがあるのだ。

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