日記
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著者名:知里幸恵 

今日も奥様は歯医者さんへ。
一日お天気。


七月二十一日


賜はことなれども、霊は同じ。


七月二十二日


六月の二十七日に出した手紙の返事がやっと七月の二十二日に手に入った。
鉛筆の走書で書いてあることも、私の聞きたいと思ふことは何も書いてゐない。そして浮ッ調子なやうにもとれる。然し、やはり何処かに愛のひらめきが見えるのは嬉しい事である。


七月二十三日 晴、九十度の暑さ


中央会堂へ。
先生に五円、お小費にと戴いた。嬉しくて堪らない。けれど何もしないで……といふ気持がまだ浮ぶ。たゞ感謝すればいゝのに……。
会堂では副牧師の説教。
我生るに非ず、
キリスト我にありて生るなり。
波多野牧師に御挨拶申した。随分いい方だ。
夜、町田さんなる人が見えた。成程、感謝に満ちた顔して居られる。先生や奥様にほめそやされたには驚いた。悪く言はれるのはいやだけども、よくもないことをほめられる事程困ることはない。
赤ちゃんに少しお熱があった。


七月二十四日 晴


朝から随分暑い。
赤ちゃんの機嫌が悪い。からだのかげんがお悪いのだと思ふ。元気がない。
御機嫌がなほった。
樺太のニマポを見せていたゞいた。何れ程古いかわからぬニマポ、ピカ/\光ってる。私は涙が出た。
ワカルパアチャポの事をうかゞって思はず涙にくれる。ワカルパアチャポ、ワカルパアチャポ……あいぬは滅びるか。神様、何卒……。いゝえ、聖旨のまゝに為させ給へ。
奥様のところへマッサージの人が来た。
孤児院の女の子が『買って下さい。要らないのを買ふのが慈善でせう。奥さん、買って下さい』といふ。まだ十二か一のをさない娘。何といふ、惨めな此のありさまであらう。涙ぐましい気持がする。人生の悲惨はこの孤の少女の額にあらはに見ることが出来る。


七月二十五日


午後から、先生と坊ちゃまのお供をして博覧会見物と出かけた。
目がまはりさうなところ。何れも/\驚嘆の種でないのはなかった。
彼方此方で種々と御馳走になった事。お腹が一ぱいだ。
帰って来て心に残り刻まれてあるのは、南洋土人の歌劇、南洋土人の子供のかはゆかった事。いもやかぼちゃのやすかった事、氷水のおいしかった事、噴水のきれいだった事、池の夜景のよかった事。
絵葉書を一組いたゞいた。くたびれて/\、物言ふ事さへ億劫になってしまった。


七月二十六日


くたびれた割に今朝は早く目をさました。金田一さん、金田一さん、とあはたゞしく門をたゝいた山本の奥さん。
一ぱいの水にやっと息をついて、一言二言語った事。
みいちゃんが死んだ、汽車で自殺した、と。
つひ先達見えたあのみいちゃん。美しくらふたけたあのみいちゃん。人の奥さんと呼ぶにはあまりにいたいけな、二十歳だといふても精々十七ぐらゐにしか見えなかったあのみいちゃん。こんな人が奥さんとはあまりに痛ましい事だ、と私が言ったっけが。
神経衰弱とは何とおそろしい病気であらうぞ。
三時頃おかへりの先生は、それに就いて種々なお話をなすった。奥様の事についても。
夜、先生はお通夜にお出かけ。私は先生の代りみたいに奥様がたと一つ蚊帳に寝た。
子を持つ人の如何に苦労の多いかをつく/″\思ふ。
坊っちゃんと赤ちゃんが、あっちへころ/\、此方へころ/\。のみか蚊か、そらお乳、そらおしめ。それに奥様がちっともおねむりなさらない。びく/\/\/\とちっとも落つかない御様子。何だか私の方が神経衰弱かも知れぬ。
二時半のお乳からはグッスリ寝入った。


七月二十七日


先生も奥様もがっかりしていらっしゃる。みいちゃん/\、一日みいちゃんが頭をはなれない。


七月二十八日


(以下余白)




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