出家とその弟子
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著者名:倉田百三 

ほとんど絶え間のないこの心配、そしてたましいは荷を負わされたように重たい気がする。(間)けれどその奥からわいて来る深いよろこび! おののくような、泣きたいような――死にたいようなうれしさ! (狂熱的に)かえでさん、かえでさん、かえでさん。(自分の声に驚いたようにあたりを見回す。考えがちになる)けれど私は間違ってるのだろうか。見えない力に捕えられているのではあるまいか。(仏壇のほうを見る)あのとぼとぼする蝋燭(ろうそく)の火が私の心に何かささやくような。あの慈悲深そうなおん顔。さぞ私があわれにみじめに見えることだろう。私は何もわかりません。今していることがいいのやら、悪いのやら、行く先々どうなることやら、思えば私はこれまで人を裁くことがどんなにきびしかったろう。こんなに弱いみじめな自分とも知らないで。さっきはあんなに強くいったけれど。私はなんだか、何もかも許されない人間のような気がする。お慈悲深いほとけ様、(手を合わせる)どうぞ私をゆるしてくださいませ。――黒幕――
      第二場

親鸞聖人居間
舞台 第三幕、第二場に同じ
人物 親鸞(しんらん) 唯円(ゆいえん) 僧三人
時  同じ日の夜

僧三人、親鸞と語りいる。
親鸞 私もうすうす気はついていたのだ。けれど黙って見ていたのだよ。このようなことはあまりはたでかれこれ騒ぐのはよくないからな。僧一 私たちもそう思ってきょうまで見のがして来ました。そして若いお弟子衆(でししゅう)の騒ぐのをおさえていました。そのうちには、唯円殿も自分の所業を反省するのであろうと考えましたので、けれど唯円殿の身持ちはだんだん悪くなるばかりのようでございます。僧二 日に日にわがままがつのります。なんとか言っては外出(そとで)いたします。そしておそくまで帰りませんのでお勤めなども怠りがちでございます。僧三 いつもため息をついたり、泣きはらしたような目をして控えの間などに出たり、庫裏(くり)で考え込んだりしているものですから、ほかの弟子衆の目にもあまるらしいかして、ずいぶんやかましく申しています。僧一 唯円殿が木屋町あたりのお茶屋の裏手をうろうろしていたのを見たものがありまして、私のところに告げて来ました。取りみだして、うろたえた、浅ましい姿をしていましたそうです。お銭(あし)無しのかくれ遊びなのでお茶屋でもおこっているそうです。私はもう若いお弟子たちをしずめることができなくなりました。僧二 相手は松(まつ)の家(や)というお茶屋のかえでとかいうまだ十七の小さい遊女だそうですがね。昨年の秋かららしいのです。善鸞様御上洛(ごじょうらく)の際唯円殿がたびたびひそかに会いに行ったらしいのです。その時知り合ったものと見えます。なにしろ困ったことでございます。僧三 きょうもお勤めが済んでから晩(おそ)く帰りました。私たちが本堂に行ったら、仏壇の前にうつぶして泣いていました。顔は青ざめ、目は釣(つ)り上がって、ただならぬさまに見えました。私たちはいつまでも、ほっておいては、唯円殿の身のためでないと存じましたので、ねんごろに意見いたしました。僧一 寺のため、法のためを説いて、くれぐれも諭(さと)し聞かせました。けれど耳にはいらぬようでございます。僧二 自分のしている事をあまり悪いとは思っていないように見えます。自分でそう申しました。僧三 なんという事でしょう。その遊女と夫婦約束をしたというのです。そして私たちの目の前でその女をほめたてました。僧一 私はねんごろにものの理と非を説き、法のために、その遊女を思いきるように頼みました。けれどあくまで思い切る気は無いと言い切りました。僧二 おしまいには法と恋とどちらもできなくてはうそだと言い出しました。もう我れを忘れて狂気のようになっていました。僧三 私たちの意見を聞きいれぬのみか、反対に私たちに向かって、説教しょうとする勢いでした。僧二 なにしろ驚きました。あきれて、浅ましくさえなりました。さすが忍耐深い永蓮(ようれん)殿もついにお立腹あそばして、唯円殿と一つお寺にいることはできぬとおっしゃいました。僧一 私は唯円殿と同じお寺にいる恥辱に堪える事はできません。私が出るか、唯円殿が出るか、どちらかです。私はお師匠様に裁いていただこうと存じてここに参りました。親鸞 (黙って考えている)僧二 御老体の永蓮(ようれん)殿が長らく住みなれたこのお寺をお出あそばすことはできません。僧三 今あなたに去られては若いお弟子(でし)たちをだれが取り締まるのでしょう。かつは功績厚きあなたさま――僧一 いいえ。私はこのままではもう寺にいても若いお弟子たちを取り締まる力はありません。僧二 いいえ。あなたに出てもらっては困ります。(親鸞に)お師匠様永蓮殿はあのように申されます。この上はあなたの御裁決を仰ぐほかはございません。三人の僧親鸞を注視す。
親鸞 私が悪いのだよ。(間)私にはっきりわかって、そして恐れずに言うことができるのはただこれだけだ。ほかの事は私には是非の判断がはっきりとつかないのだ。ちょっとわかっているようでも、深く考えるとわからなくなってしまう。唯円の罪を裁く自信が私にはない。悪いようにも思うけれど無理は無いようにも思われてな。(考え考え語る)このようなことになったにも、私に深い、かくれた責任がある。私はさっきから、お前たちが唯円を非難するのを聞きながら、私の罪を責められるような気がした。だいち男と女の関係についての考えからが、私に断乎(だんこ)たる定見がないのだ。昨年の秋だったがね。唯円が私に恋の事をしきりにきいていた。恋をしてもいいかなどと言ってね。私はいいとも悪いとも言わない、しかしもし恋するならまじめに一すじにやれと言っておいた。私は唯円のさびしそうにしているのを見て、私の青年時代の心持ちから推察して、たいていその心持ちがわかるような気がした。これはとても恋いをせずにはおさまるまいと思われたのでな。そのとき私は恋は罪にからまったものだとは言った。しかしさびしく飢えている唯円の心になんのそれが強く響こう。唯円は自分のあくがれに油をそそがれたような気がしたに相違ない。さびしさはますます強くなって行く、そこへ善鸞が花やかな光景を見せつける。向こうから誘い寄せる美しい女の情熱があらわれる。それにふらふらと身を任せたのだ。一度身を任せればもう行くところまで行かねば止まれるものではない。「一すじにやれ」私の言葉を思い出したにちがいない。おゝ、私はおだてたようなものだ。それに(苦しそうに)善鸞の稚(おさ)ないものの運命をおそれない軽率な招き、私はよそ事には思われない。私はどうしても唯円の罪を分け負わなくてはならない。その私がどうして裁くことができよう。僧一 ごもっとものようではありますが、あなたはあまり神経質にお考えあそばします。あなたは恋をすなと禁じられなかったまでのことです。恋をせよ。ことに遊女と隠れ遊びをせよとすすめられたのではありません。唯円殿が自分の都合のいいように勝手に解釈したのです。善鸞様の事について私は何も申し上げることはありません。あなたの関係あそばしたことではなし。唯円殿があなたに内緒で行ったのですもの。親鸞 そうばかりも考えられなくてな。僧二 あなたのようにおっしゃれば何もかも皆自分の責めになってしまいます。親鸞 たいていのことは、よくしらべてみると自分に責めのあるものだよ。「三界に一人の罪人でもあればことごとく自分の責めである」とおっしゃった聖者もある。聖者とは罪の感じの人並みすぐれて深い人のことを言うのだよ。(間)私が悪い、善鸞はことによくない。ほんとに人を傷つけるようにできているふしあわせな生まれつきだ。僧三 では唯円殿には罪がないように聞こえます。親鸞 唯円も悪いのだよ。悪いという側から言えば皆わるいのだよ。無理はないという側から言えばだれも無理はないのだよ。みな悪魔のしわざだよ。どのような罪にでも言い分けはあるものだ。どのような罪も皆業(ごう)といふ悪魔がさせるのだからな。そちらから言えば私たちの責任では無いのだ。けれど言い分けをしてはいけない。自分と他人とをなやますのは皆悪いことだ。唯円もたしかに悪い。周囲の平和を乱している。自分の魂の安息をこわしている。僧一 それはたしかに悪うございますとも。あれほど恩遇を受けているお師匠様のお心を傷(いた)めまつることだけでも容易ならぬ事である。私たちの心配、若い弟子衆(でししゅう)の激昂(げっこう)、お寺の平和と威厳をそこのうています。私の考えでは事は唯円殿の一身から生じていると思います。従って唯円殿の心がけ一つでお寺の平和と秩序とは回復できる。またあの人はそうする義務があると思います。しかるに唯円殿は私たちの理を尽くしての意見も用いず、今の身持ちをあらためる気はないと宣言しました。理不尽ではありませんか。あまつさえ私たち長者に向かって非難の口気を示しました。善鸞様御上洛(ごじょうらく)のみぎりにも、私は間違いがあってはならないと思って幾度あの人を戒めたか知れません。私を軽(かろ)く見ています。私はこれまで多くの弟子衆をあずかりましたが、あの人のようなのは初めてです。親鸞 (黙然として考えている)僧二 いや。たしかに上を侮る傲慢(ごうまん)な態度でしたよ。あれでは永蓮(ようれん)殿の御立腹は決して無理はないと思います。僧三 お師匠様の袖(そで)にかくれて自分の罪を掩(おお)おうとするのは最もいけないと思いました。親鸞 日ごろおとなしいたちだがな。僧二 そのおとなしいのがくせものですよ。小さな悪魔はしばしばみめよき容(かたち)をしていますからな。おそれながら、お師匠様は唯円殿を信じ過ぎていらっしゃいませんでしょうか。(躊躇(ちゅうちょ)しつつ)寵愛(ちょうあい)があまると申しているお弟子(でし)たちもございます。親鸞 しかしだれでもあやまちというものはあるものだからな。僧一 (不服そうに)しかしそのあやまちは悔い改められなくてはなりません。唯円殿はそのあやまちを悔いないのみか、それを重ねて行く、それも意識的にそうする、それを宣言する――まったく私は堪えられません。私は今日まで長い間お寺のために働いて来ました。幸いに当流は今日の繁盛をきたしました。だがもう法の威力は衰えかけて来ました。嘆かわしいことでございます。私はもうお弟子衆をしずめる威厳を失いました。唯円殿と一つお寺に住むことを私は恥と思います。唯円殿がお寺にいるなら、私はお暇(いとま)をねがいます。(涙ぐむ)親鸞 (あわれむように僧一を見る)お前はお寺を出てはいけません。お前がどれほど寺のために働いたか私はよく知っています。お前は私と今日まで辛苦をともにして来てくれた。この後もいつまでも私を助けておくれ。僧一 私はいつまでも寺にいたいのです。僧二 では唯円殿はお寺を出るのですね。僧三 それは無論の事ではありませんか。親鸞 唯円も寺を出すことはできません。三人の僧親鸞を見る。
親鸞 お前たちのいうのはつまり唯円は悪人だから寺から出せというのだろう。私は悪人ならなおさら寺から出せないと思うのだ。私やお前たちの愛の守りのなかにいてさえ悪い唯円を、世の中の冷たい人の間に放ったらどうだろう。だんだん悪くなるばかりではないか。世の人を傷つけないだろうか。悪いということは初めから知れているのだよ。どこに悪くない人間がいる。皆悪いのだよ。ほかの事ならともかくも悪いからというのは理由にならない。少なくともこのお寺では。このお寺には悪人ばかりいるはずだ。この寺がほかの寺と違うのはそこではなかったか。仏様のお慈悲は罪人としての私たちの上に雨とふるのだ。みなよく知っているはずじゃ。あまり知りすぎて忘れるのじゃ。な。永蓮(ようれん)。お前とこの寺を初めて興したときの事を覚えているか。僧一 よく覚えています。親鸞 私はあのころの事が忘れられない。創立者の喜びで私たちの胸はふるえていたっけね。お前のおかげで道俗の喜捨は集まった。この地を卜(ぼく)したのもお前だった。僧一 棟上(むねあ)げの日のうれしかったこと。親鸞 あの時私とお前と仏様の前にひざまずいて五つの綱領を定めたね。その第一は何だった。僧一 「私たちはあしき人間である」でございました。親鸞 そのとおりだ。そして第二は?僧一 「他人を裁かぬ」でございました。親鸞 その綱領で今度のことも決めてくれ。善(よ)いとか悪いとかいうことはなかなか定められるものではない。それは仏様の知恵で初めてわかることだよ。親鸞は善悪の二字総じてもて存知せぬのじゃ。若い唯円が悪ければ仏様がお裁きなさるだろう。僧一 (沈黙して首をたれる)僧二 でもあまりの事でございます。親鸞 裁かずに赦(ゆる)さねばいけないのだ。ちょうどお前が仏様にゆるしていただいているようにな。どのような悪を働きかけられても、それをゆるさねばならない。もし鬼が来てお前の子をお前の目の前でなぶり殺しにしたとしても、その鬼をゆるさねばならぬのじゃ。その鬼を呪(のろ)えばお前の罪になる。罪の価は死じゃ。いかなる小さな罪を犯しても魂は地獄に堕(お)ちねばならぬ。人に悪を働きかけることの悪いのは、その相手をも多くの場合ともに裁きにあずからせるからじゃ。お前は唯円を呪わなかったろうか。お前の魂は罪から自由であったろうか。ゆるしておやり、ゆるしておやり。僧三 あの場合私たちが少しも怒らずにいられたろうか。あの傲慢(ごうまん)とあのわがままと、そしてあの侮辱を――親鸞 無理はないのだよ。だがそれはよくはなかった。どのような場合でも怒るのはいけない。お前たちは確かに少しも怒りを発せずにゆるすべきであったのだ。だがだれにそれができよう。ねがわくばその怒りに身を任すな。火をゆるがせにすればじきに広がる。目をつぶれ。目をつぶれ。向こうの善悪を裁くな。そしてただ「なむあみだぶつ」とのみ言え。僧二 それはずいぶんつらいことでございます。親鸞 つらいけれどいちばん尊いことなのだ。またいちばん慧(かしこ)いことなのだ。何事もなむあみだぶつだよ。(手を合わせて見せる)僧一 やはり私が間違っていました。唯円殿はどのようにあろうとも、私としてはゆるすのがほんとうでした。いくら苦しくても。知らぬ間に我慢の角(つの)が出ていました。親鸞 ゆるしてやっておくれ。僧一 はい。(涙ぐむ)僧二 私はもう何も申しません。僧三 私もゆるします。親鸞 それを聞いて私は安心した。皆ゆるし合って仲よく暮らすことだよ。人間は皆不幸なのだからな。皆墓場に行くのだからな。あの時ゆるしておけばよかったと後悔するようなことのないようにしておくことだよ。悪魔が悪いのだよ。人間は皆仏の子だ。悪魔は仏の子に隙(すき)を見ては呪(のろ)いの霊を吹きこむからな。それに打ちかつにはゆるしがあるばかりだ。裁きだすと限りがなくなる。祈ることだよ。心の平和が第一じゃ。僧一 ほんにさようでございます。ののしったあとの心はさびしいものでございますね。私は腹を立てている時より、ゆるした今の心持ちが勝利のような気がいたします。親鸞 そうとも。そうとも。人間の心にもし浄土のおもかげがあるならば、それはまさしくゆるした時の心の相(すがた)であろう。僧二 して唯円殿をばどのように御処置あそばすつもりですか。親鸞 唯円には私がよく申しきかせます。だがね、お前たちの心が解けた今だから言うのだが、お前たちの考えにも狭いところがあるようだよ。たとえば、かえでとやら申す遊女の運命のことをお前たちは考えてやったかね。ただ卑しい女と言って振り捨ててしまえばいいというわけのものではない。今度の出来事のうちでいちばん不幸な人間はその女だろう。法然(ほうねん)様がある時室(むろ)の宿(しゅく)にお泊まりあそばしたとき、一人の遊女が道をたずねて来たことがある。そのとき法然様はどんなにねんごろに法を説き聞かせなすったろう。その遊女は涙をこぼして喜んで帰った。またお釈迦(しゃか)様の一人のお弟子(でし)が遊女に恋慕されたことがあった。その時お釈迦様はその遊女を尼にしてしまわれたという話もある。仏縁というものは不思議なものだ。その遊女のためにも考えてやらねばならない。唯円と遊女との運命のために祈ってやらねばならない。皆してよく祈って考えてみましょう。よいかね。私はここではお前たちの側ばかり言うのだよ。唯円には唯円でよく諭(さと)しきかせます。これから、お前たちはここをさがって、唯円を呼んで来てくれないか。僧一 かしこまりました。すぐに呼んで参りましょう。僧二 私たちはよく祈って考えてみなくてはなりません。僧三 では失礼いたします。お心を傷(いた)めて相すみませんでした。親鸞 いいえ。よく聞き分けてくれてうれしく思います。僧三人退場。
親鸞 (ため息をつく)いとしい弟子たち! みんなそれぞれの悩みを持っているのだ。だれを見てもあわれな気がする。(間)私のかつて通って来た道を、今は唯円が歩んでいる。おぼつかない足どりで。ため息をつきながら。(間)長く夢を見させてやりたい。だがどうせ醒(さ)めずにはおかないのだ。(縁さきに出る。重たそうに咲き満ちた桜の花を見る)よう咲いたなあ。(間。遠くのほうで静かに蛙(かえる)が鳴いている。考える)ほんに昔のむかしのことだ。(追想に沈む)唯円 (登場。親鸞を見ると、ひざまずいて泣く)親鸞 (そばに寄り背をたたく)唯円、泣くな。私はたいてい察している。きつくしかりはしない。お前が自分を責めているのを知っているから…………唯円 私はかくしていました。たびたびお師匠様にうそを申しました。私はどうしましょう。どうでもしてください。どのような罰でも覚悟しています。それに相当しています。親鸞 私はお前を裁く気はない。お前のために、お前の罪のために、とりなしの祈りを仏様にささげている。唯円 私を責めてください。鞭打(むちう)ってください。親鸞 仏さまはゆるしてくださるだろう。唯円 すみません、すみません。親鸞 そのすまぬというこころを、ありがたいという心に、ふかめてくれ。唯円 永蓮(ようれん)様が、さっき本堂で永蓮様が(新しく涙をこぼす)私の手をお握りあそばして、ゆるしてくれとおっしゃいました。私はたまらなくなりました。私はあのかたをお恨み申していたのですもの。親鸞 あれは律義(りちぎ)な、いい老人じゃ。唯円 私は空おそろしいような気がいたします。私のために皆様の平和がみだれるのですもの。けれどなんということでしょう。私は永蓮様のお心をやすめることができないのです。永蓮様は涙ぐんで私をじっと見ていらっしゃいました。ひとつの大切なことを私が保証するのを待つために。けれど私は、和解とゆるしを求めるこころで、きつくその手を握り返しただけで、大切なことを言わずにしまいました。……私にはできないのです。親鸞 それもみなで祈ってきめなくてはならないことだ。まあ心を静かにするがよい。(間。唯円をしみじみ見る)お前はやつれたな。唯円 眠られぬ夜がつづきました。こころはいつも重荷を負うているようでございます。親鸞 恋の重荷をな。だが、その重荷も仏さまにおまかせ申さねばならぬのじゃ。その恋の成るとならぬとは、私事ではきまらぬものじゃ。唯円 この恋のかなわぬことがありましょうか。この私のまごころが。いえいえ、私はそのようなことは考えられませぬ。あめつちがくずれても二人の恋はかわるまいと、私たちは、いくたび、かたく誓ったことでしょう。親鸞 幾千代かけてかわるまいとな。あすをも知らぬ身をもって!(熱誠こめて)人間は誓うことはできないのだよ。(庭をさして)この満開の桜の花が、夜わのあらしに散らない事をだれが保証することができよう? また仏さまのみゆるしなくば、一ひらの花びらも地に落ちることはないのだ。三界の中に、かつ起こり、かつ滅びる一切の出来事はみな仏様の知ろしめしたもうのだ。恋でもそのとおりじゃ。多くの男女(なんにょ)の恋のうちで、ただゆるされた恋のみが成就するのじゃ。そのほかの人々はみな失恋の苦(にが)いさかずきをのむのじゃ。唯円 (おののく)それはあまりにおそろしい。では私の恋はどうなるのでしょう?親鸞 なるかもしらぬ、ならぬかもしれぬ。先のことは人間にはわからぬのじゃ。唯円 ならさずにおくものか。いのちにかけても。親鸞 数知れぬ、恋する人々が昔から、そう誓った。そして運命に向かってか弱いかいなをふるった。そして地に倒された。多くのふしあわせな人々がそのようにして墓場に眠っている。唯円 たすけてください。親鸞 私はお前のために祈る。お前の恋のまどかなれかしと。これ以上のことは人間の領分を越えるのだ。お前もただ祈れ。縁あらば二人を結びたまえとな。決して誓ってはならない。それは仏の領土を侵すおそろしい間違いだ。けれど間違いもまた、報いから免れることはできないのだ。唯円 もし縁が無かったら?親鸞 結ばれることはできない。唯円 そのようなことは考えられません。私は堪えられません。不合理な気がいたします。親鸞 仏様の知恵でそれをよしと見られたら合理的なのだよ。つくられたものは、つくり主(ぬし)の計画のなかに自分の運命を見いださねばならぬのだ。その心をまかすというのだ。帰依(きえ)というのだ。陶器師(すえものし)は土くれをもって、一の土偶を美しく、一の土偶を醜くつくらないであろうか?唯円 人間のねがいと運命とは互いに見知らぬ人のように無関係なのでしょうか。いや、それは多くの場合むしろ暴君と犠牲者とのような残酷な関係なのでしょうか。「かくありたし」との希望を、「かく定められている」との運命が蹂躙(じゅうりん)してしまうのでしょうか。どのような純な、人間らしい、願いでも。親鸞 そこに祈りがある。願いとさだめとを内面的につなぐものは祈りだよ。祈りは運命を呼びさますのだ。運命を創(つく)り出すと言ってもいい。法蔵比丘(ほうぞうびく)の超世の祈りは地獄に審判されていた人間の運命を、極楽に決定せられた運命にかえたではないか。「仏様み心ならば二人を結びたまえ」との祈りが、仏の耳に入り、心を動かせばお前たちの運命になるのだ。それを祈りがきかれたというのだ。そこに微妙な祈りの応験があるのだ。唯円 (飛び上がる)私は祈ります。私は一心こめて祈ります。祈りで運命を呼びさまします。親鸞 祈りの内には深い実践的の心持ちがある。いや、実行のいちばん深いものが祈祷(きとう)だよ。恋のために祈るとは、真実に恋をすることにほかならない。お前は今何よりもお前の祈祷を聖(きよ)いものにしなくてはならない。言いかえればお前の恋を仏のみ心にかなうように浄(きよ)めなくてはならない。唯円 あゝ、私は仏のみ心にかなう、聖い恋をしたい。お師匠様どのような恋が聖い恋でございますか。親鸞 聖い恋とは仏の子にゆるされた恋のことだ。いっさいのものに呪(のろ)いをおくらない恋のことだ。仏様を初めとし恋人へも、恋人以外の人にも、また自分自身へも。唯円 (一生懸命に傾聴している。時々不安な表情をする)親鸞 (厳粛に)仏様に呪いを送らぬのに二つある。一つは誓わぬ事。他の一つは、たとい恋が成らずとも仏様を恨みぬ事。唯円 つまり仏様にまかせることでございますな。親鸞 そのとおりだ。恋人以外の人に呪いをおくらぬとは、恋人を愛するがゆえに他人をそこなうようにならないことだ。恋の中にはこのわがままがある。これが最も恋を汚すのだ。今度の騒ぎを起こしたのはこのわがままが種になったのだ。お前は恋のために私をだまし、先輩や朋輩衆(ほうばいしゅう)に勤めを欠いた。恋ぐらい排外的になりがちなものはないからな。また多くの恋する人は他人を排することによって、二人の間を密接にしょうとするものだ。「あのような人はいやです」と言うと、「あなたは好きです」ということを、ひそかに、けれどいっそうつよく表現することになるのでな。そこに甘味があるからな。だが、罪なことだよ。考えてごらん、他人を呪(のろ)うことで、自分をたのしくしょうとするのではないか。唯円 私はあの人の事で胸がいっぱいになって、ほかの人の事を考える余裕がないのです。またそれでなくては、愛しているような気がしません。親鸞 そこに恋の間違いがあるのだ。愛の働きには無限性がある。愛は百人を愛すれば百分されるような量的なものではない。甲を愛しているから、乙を愛されないというのは真の愛ではない。法蔵比丘(ほうぞうびく)の水の中、火の中での幾万劫(いくまんごう)の御苦労はあまねく、衆生(しゅじょう)の一人、一人への愛のためだったのだ。聖なる恋は他人を愛することによって深くなるようなものでなくてはならない。会ってくださいと恋人が言って来る。自分も飛んで行きたいほどに会いたい。けれどきょうは朋輩(ほうばい)が病気で臥(ね)ていて自分が看護してやらねばならない時にはどうするか? 朋輩をほっておいて夢中になって会いに行くのが普通の恋だ。その時その朋輩を看護するために会いたさを忍び、また会おうと言って来た恋人も、ではきょう来ないで看護してあげてくださいと言って、その忍耐と犠牲とによって、自分らの恋はより尊いものになったと思い、あとではさびしさに堪えかねて、泣いて恋人のために祈るようならば聖なる恋と言ってもいい。そのとき会わなかったことは、恋を薄いものにしないで、かえって強い、たしかなものにするだろう。それが祝福というものだ。唯円 私のして来たことは聖(きよ)い恋の反対でした。自分の楽しさのために他人を傷つけていました。親鸞 自分自身に呪(のろ)いをおくらないとは、自分の魂の安息を乱さないことだ。これが最も悪いことで、そして最も気のつかないことなのだ。お前は眠れないね。お前の心はうろうろして落ち付かないね。お前はやせて、色目も青ざめている。散乱した相(すがた)じゃ。お前は自分をみじめとは思わないか。(あわれむように唯円を見る)唯円 (涙を落とす)浅ましいとさえ思います。私は宿無し犬のようにうろうろしています。(自分をあざけるように)きょう、松(まつ)の家(や)のお内儀(かみ)に、泥棒猫(どろぼうねこ)だとののしられました。私の小指ほどの価もないあの鬼ばばに!親鸞 そのような言葉使いをお恥じなさい。お前はまったく乱れている。自分を尊敬し、自分の魂の品位を保たなくては聖なる恋ではない。我れとわが身をかきむしるのはこの世ながらの畜生道(ちくしょうどう)だ。柔和忍辱(にゅうわにんにく)の相が自然に備わるべき仏の子が、まるで狂乱の形じゃ。唯円 おゝ。私はどうしましょう。私は自分の影を見失いそうです。(動乱する)親鸞 待て、唯円。も一ついちばん本質的なのが残っている。お前はお前の恋人に呪いをおくってはならない。唯円 私があの女を呪うのですって。いのちにかけても慕うている恋人を?親鸞 そうだ。よくお聞き。唯円。そこに恋と愛との区別がある。その区別が見えるようになったのは私の苦しい経験からだ。恋の渦巻(うずまき)の中心に立っている今のお前には、恋それ自身の実相が見えないのだ。恋の中には呪いが含まれているのだ。それは恋人の運命を幸福にすることを目的としない、否むしろ、時として恋人を犠牲にする私(わたくし)の感情が含まれているものだ。その感情は憎みと背を合わせているきわどいものだ。恋人どうしは互いに呪いの息をかけ合いながら、互いに祝していると思っていることがあるのだ。恋人を殺すものもあるのだ。無理に死を強(し)うるものさえある。それを皆愛の名によってするのだ。愛は相手の運命を興味とする。恋は相手の運命をしあわせにするとは限らない。かえではお前をしあわせにしたか。お前は乱れて苦しんでいるな。そしてお前はかえでをしあわせにしたか?唯円 (ある光景を思い浮かべる)おゝ。あわれなかえでさん!親鸞 恋が互いの運命を傷つけないことはまれなのだ。恋が罪になるのはそのためだ。聖なる恋は恋人を隣人として愛せねばならない。慈悲で哀れまねばならない。仏様が衆生(しゅじょう)を見たもうような目で恋人に対せねばならない。自分のものと思わずに、一人の仏の子として、赤の他人として――唯円 (叫ぶ)できません。とても私にはできません。親鸞 そうだ。できないのだ。けれどしなくてはならないのだ!唯円 (眩暈(めまい)を感ずる)あゝ、(額に手をあてる)互いに傷つけ合いながらも、慕わずにはいられないとは!親鸞 それが人間の恋なのだ。唯円 (独白のごとく)あゝ、いったいどうすればいいのだ。親鸞 (しずかに)南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)だよ。(目をつむる)やはり祈るほかはないのだよ、おゝ仏さま、私があの女を傷つけませんように。あの女を愛するがゆえにとて、ほかの人々をそこないませんように。わたし自らを乱しませんように――唯円 (手を合わせる)縁あらば二人を結びたまえ。親鸞 おゝ。そのように祈ってくれ。そして心をつくしてその祈りを践(ふ)み行なおうと心がけよ。できるだけ――あとは仏さまが助けてくださるだろう。唯円 (沈黙、だんだん感動高まり、ついにすすり泣く)親鸞 お慈悲深い仏様に何事もまかせたてまつれ。何もかも知っていらっしゃるのだよ。お前のこころのせつなさも。悲しさもな。(祈る)おゝ、仏さま、まどかなおわりを、あわれなものの恋のために!――幕――[#改ページ]

    第六幕

場所 善法院御坊
時  第五幕より十五年後     秋
人物 親鸞(しんらん)            九十歳
   善鸞(ぜんらん)(慈信房)       四十七歳
   唯円(ゆいえん)            四十歳
   勝信(しょうしん)(かえで)       三十一歳
   利根(とね)(唯円の娘)      九歳
   須磨(すま)(同)         七歳
   専信(せんしん)(弟子(でし))
   顕智(けんち)(弟子)
   橘基員(たちばなのもとかず)(武家)
   家来            二人
   侍医
   輿丁(かごかき)            数人
   僧             数人

      第一場

善法院境内の庭。
正面および右側に塀(へい)。右側の塀の端に通用門。塀の向こうに寺の建物見ゆ。庭には泉水あり。そのほとりに静かな木立ち、その陰に園亭(えんてい)あり。道は第一の門(見えず)を越えて、境内に入り庭を経て、通用門に入るこころ。朝。

お利根とお須磨と園亭で手まりをついている。
お利根 (手まりを拾う)今度はあたしよ。須磨さま。(まりをつく)二人 (歌う)
手まりと手まりとゆき合うて、
一つの手まりがいうことにゃ、
姉(あね)さん、姉さん、奉公しょう。
…………………………
ちゅんちゅん雀(すずめ)が鳴いている。
奥様奥様おひなれや。
…………………………
お寺の門で日が暮れて、
西へ向いても宿がなし、
東へ向いても宿がなし…………

お利根 (まりを落とす)あら。お須磨 そらまりがそれた。(まりを拾おうとする)お利根 (すばやくまりを拾いあげてすぐつきかける)お須磨 あたしよ。ねえさま。お利根 お待ちよ。も一度あたしよ。今のはかんにんよ。お須磨 いやよ。私がつくのよ。お利根 お待ちと言ったら。お須磨 いや。いやですよう。(涙ぐむ)お利根 (かまわずつきかける)茶の木の下に宿があって……お須磨 (まりをとろうとする)あたしだわ。あたしだわ。お利根 (くるりと横を向く)一ぱいあがれや長六さん。二はいあがれや長六さん。三杯目にゃ……お須磨 (泣きだす)ねえさま。ひどいよ。お利根 (おどろく)さあ。あげましょう。これ。(まりを持たせようとする)お須磨 (振り放す)いやだよ。いやだよ。(声を高くして泣く)勝信 (登場。髪を上品な切り髪にしている。門を出ると二人の争うているのを見て馳(は)せ寄る)どうしたのだえ。須磨ちゃん。お須磨 (泣き声にて)ねえさん。ひどいよ。ひどいよ。お利根 だからあげようと言ってるのだわ。お須磨 あたしの番だのに、自分ばかりつくのよ。お利根 かんにんだったのよ。お須磨 うそだよ。うそだよ。勝信 後生だから。きょうばかりはけんかなどしておくれでない。お利根 かあ様。泣いてるの。お須磨 かあさま。かあさま。(すがりつく)勝信 お師匠様がたいへんお悪いのだよ。それでみんな心配しているのだよ……ほんとに何もしらないで。(涙ぐむ)空飛ぶ鳥でさえ羽音をひそめて憂鬱(ふさ)いでいるような気がするのに。お利根 かあさま。もう泣かないで。あたしどうしましょう。(お須磨に)須磨さま。ごめんなさい。お須磨 もうけんかしないわ。かあさま。勝信 (二人の子を抱く)仲よくするのですよ。さ、きょうはもう内へはいって、静かにしてお部屋(へや)でお遊び。お須磨 かあさまは?勝信 私は少し用があります。あとで行くからね。お利根 そうお。二人の少女門より退場。
勝信 空ゆく雲もかなしそうな気がする。大きな不幸がやがて地上におとずれる前ぶれのように。(門の内を見る)お輿(かご)が来るようだ。お医者さまのお帰りなのだろう。(門のほうに行く)輿一丁門より出る。
唯円 (輿の後ろに従うて登場。門の出口に立つ)気をつけてお越しあそばしませ。勝信、門口に立ち腰をかがめて見送る、輿の中より何か挨拶(あいさつ)の声聞こゆ。輿去る。
唯円 (しおれて沈黙したまま立っている)勝信 お医者はなんとおっしゃいますか。唯円 (絶望したように)あゝ。人類はその最大なものを失うのか。勝信 では、やはりもつまいと……唯円 (じっとしていられぬように庭をあるく)橘(たちばな)様の御殿医(ごてんい)のお診察(みたて)も侍医のお診察(みたて)も同じことなのだ。寿命のお尽きとあきらめられよとのお言葉なのだ。勝信 なんとかしてとりかえすてだてはないのでしょうか。唯円 それどころではない。きょうかあすかも知れないのだそうだ。勝信 え。そんなことはありますまい。(自分の考えを信じようとするように努力しつつ)お話などおきげんよくあそばすのですもの。唯円 それが前ぶれなのだそうだ。消えかかる灯火がちょっと明るくなるようにな。もうお脈搏(みゃくはく)がおりおりとぎれるのだそうだ。いつ落ち入りあそばすかも知れない。無病で高齢のかたの御最後は皆そのようなふうのものだから、たのみにはならないとおっしゃった。もうあきらめて、ひたすら、思い残しのない御臨終を……勝信 おゝ、私に代わられるものなら!唯円 私もいく度そう思ったろう。だがそれもかいないことだ。お師匠様はもうとくに御覚悟あそばしていらっしゃる。もう仏さまに召されるのだとおっしゃってな。勝信 ほんにこのごろはお話もことに細々として来たようでございます。そして御臨終の事が気になっていらっしゃるようでございますよ。きのうも私にあの上品往生(じょうぼんおうじょう)の発願文(ほつがんもん)を読んでくれとおっしゃいましてね。唯円 この上はせめてやすらかな御臨終をいのりたてまつるほかはあるまい。(考える)勝信 唯円様。私はいつも気になっているのでございますがね。唯円 善鸞様のことだろう。勝信 えゝ。(涙ぐむ)御臨終には必ずお目におかかりあそばさなくては。呪(のろ)いを解かずにこの世を去られては。唯円 その事を私も心配しているのだよ。御不例の初めのころ、今度はどうも御回復のほどもおぼつかなく思われたので、弟子衆(でししゅう)が相談してね。知応(ちおう)殿が善鸞殿をお召しあそばすようにお勧め申したのだがね。あの子憎しとて隔てているのでもないものを。由ない事を言い出して、私を苦しめてくれなとおっしゃって、御不興げに見受けたので、それからはだれもそのことを言い出すものがないのだよ。勝信 でも今度ばかりはぜひ御面会あそばさなくては。もう二度と……私はたまりません。あとで善鸞様がどのようにお嘆きあそばすでしょう。唯円 急ぎ御上洛(ごじょうらく)あそばすよう稲田(いなだ)へ使いを立てておいた。もう御到着あそばすはずになっている。もう重(おも)なお弟子(でし)たちには皆通知してあるのだ。勝信 早く申し上げなくては。もしかのことがあったらとり返しがつきません。あなたのほかに申しあげるかたはありますまい。唯円 けさのうちに私が誠心こめて願ってみよう。お師匠様もお心ではお気にかかりあそばしていらっしゃるのにちがいないのだから。勝信 さようでございますとも。私もいっしょにお願い申しましょう。(向こうを見る)おやお輿(かご)が参りました。唯円 お見舞いのかただろう。お出迎え申さなくては。唯円、勝信門口に立ち迎える。
家来二人 (輿に従うて登場。輿止まる)主人橘基員(たちばなのもとかず)。お見舞いのため参上つかまつりました。唯円 よくこそお越しくだされました。昨日は御殿医様をわざわざおつかわしくだされまして、まことにありがとうございました。どうぞお通りくださいませ。御案内申し上げます。唯円、勝信先に立ちて退場。侍二人輿(かご)に付き添いて門に入る。
――黒幕――
      第二場

親鸞聖人病室。
正面に仏壇。寝床の後ろには、古雅な山水の絵の描かれた屏風(びょうぶ)が立て回してある。枕(まくら)もとに脇息(きょうそく)と小さな机。机の上に経書、絵本など二、三冊置いてある。薬壺(くすりつぼ)、湯飲み等を載せた盆。その上に白絹の布が掩(おお)うてある。すべて品よき装飾。襖(ふすま)の模様もしっとりとした花や鳥など。回り縁にて隣の宿直(とのい)の部屋(へや)に通ず。庭には秋草。短冊(たんざく)、色紙(しきし)等のはりまぜの二枚屏風の陰に、薬を煎(せん)じる土瓶(どびん)をかけた火鉢(ひばち)。金だらい、水びん等あり。

親鸞 (鶴(つる)のごとくやせている。白い、厚い寝巻を着ている。やや身を起こして脇息にもたれる)そのさきをもっと読んでおくれ。勝信 (手紙を持ちて)これを読むと法然聖人(ほうねんしょうにん)様がどのように、母様思いであったかがわかりますのね。(手紙を読みつづける)けさまでははなやかに、いろかもふかくみだれ髪の、まゆずみにおい、たぐいなきその人も、ゆうべには野べのけむりとたちまちに、よりそう人も遠ざかり、ひとりかばねをさらす。ただただ世のなかは、あさがおのはかなきわざにたわぶれて、きょうやあすやとうちくれて、何か菩提(ぼだい)のたねならむ。ただ一すじに後の世のいとなみあるべし。この世はゆめのうち、とてもかくてもすぎゆけば、うきもつらきもむなしく、ただまぼろしの身のうえに、こぞやことし、きのうやきょうも、うつりかわれる世のなかはただ一(いっ)すいのゆめのうちには、よろこびさかえもあり、かなしび、あめ山なすこともあれども、さめぬればあとかたちもなきもの。あら。なにともなのうきよや。あら、いたずらごとどもや。あさましや……親鸞 わしのように年が寄るとね、そのような気持ちがしみじみしてくるものだよ。九十年のながい間にわしのして来たさまざまのことがほんに夢のような気がする。花鳥風月の遊びも、雪の野路の巡礼も、恋のなやみやうれしさも、みんな遠くにうたかたのように消えてしまった。ほんとに「うきもつらきもむなしく」という気がするね。何もかもすぎてゆく。(独白のごとく)そうだ、すぎてしまったのだ。わしの人生は。さびしい墓場がわしを待っている。(勝信何か言いかけてやめる)さきを読んでおくれ。勝信 (読みつづける)よもかりのよ。身もかりの身、すこしのあいだにむやくの事を思い、つみをつくり、りんね、もうしゅうの世に、二(ふた)たびかえりたもうまじく候(そうろう)。さきに申し候ごとく、さまざまに品こそかはれ、おしい、ほしい、いとおしい、かなしいと思うが、みなわがこころに候。こころというものはさらさらたいなきものにて候、それを思いつづくるほどに、しゅうしんとなりて、りんねする事にて候ほどに、ふっと心はなきものよ。心が鬼ともなりて身をせむるなれば心こそあだのかたきよ。凡夫(ぼんぶ)なればはらもたち、いつくしきものが、おしい、ほしいとおもう一念がおこるとも、二念をつがず、水にえをかくごとく、あらあさましやと、はらりと思い切り、なに心なくむねん、むそうにしておわし候わば、それこそまことの御心にて候(そうら)え…………親鸞 そのあたりは清い、涼しい法然(ほうねん)様のおこころがよくあらわれている。(昔をおもうように)それは清らかなうつくしいお気質だったからね。わたしなどとちがって。その手紙は老体のお母上が御病気をなすって、いろいろと悲しいおたよりをなすった御返事なのだよ。勝信 それでなぐさめたり、はげましたりあそばすのですね。ほんとに女のように、こまごまとしたお優しいお手紙ですのね。(よみつづける)まことのこころざしある人は、人のあしきことあらば、わが身のうえに受けてかなしみ、人のよきことあらば、わが身に受けてよろこび、なに事もわれ人へだてなく、あしかれとおもわず、人をそしらず、ねたまず、にくげ言わず、たよりなき人を、言葉のひとつもやわらかに、おとなしやかにひきたてて、少しのものもあいあいにほどこして、人をたすくるこころこそ、大慈大悲のきょうようにて候(そうら)え。(涙ぐむ)ほんとに涙がこぼれるような気がします。なんてお優しいおこころでございましょう。(つづけてよむ)いかなるちしき上人(しょうにん)、そのかみ、しゃか仏ほどのにょらいも、五体に身を受けたまえば、やまいのくるしみ、しょうろうびょうしとて、なくてかなわぬ物にて候(そうろう)。りんじゅうなどのことなどもことごとくしゃべつはなきものにて候。つねづね御こころがけさえふかく候わば、しなばしぬるまで、いきは生きるまでと打ちまかせてあるがよろしく候。せんねんまんねんいきても、一たびは老いたるも、若きも、しなでかなわぬものにて候。会者定離(えしゃじょうり)は人間の習いなれば、たれになごりか惜しき……(親鸞を見る)わたしもうよしましょうかしら。なんだかせつなくなって……親鸞 (緊張している)さきをよんでくれ。終わりのところに臨終の心得がかいてあったはずじゃ。勝信 (よみつづける)またこの世にいますこしすみたき、あらかなしや、いま死ぬかよなどとは、かまいてかまいておぼしめすな。(声をふるわす)死ぬることちかづくならば、かならず錯乱(しゃくらん)しては、だんまつの苦しみとて、五体はなればなれになり候えば、いかほど苦がのうてはかなわぬものなり。なんとくるしく候とも、そのくるしびに打ちまかせて、しなばしぬるまでと、なに心もなくゆうゆうとおぼしめしたもうべし。くれぐれこの御心もち、忘れたもうまじく候なり。源空。母上様。(手紙を巻き返しつつ)終わりのほうを読むのはあまりに恐ろしゅうございます。親鸞 その母上へのお手紙は、そのまま私へおおせきけられるお師匠様のはげましのおことばのような気がする。もう時はせまって来た。わしが長いあいだ待っていた、けれどまたおそれていた時が。わしははげましの必要を感じる。わしはおそろしい不安と、それに打ちかとうとする心とのたたかいを感じている。勝信 (不安をかくす)そのようなことがあっていいものですか。このようにお元気なのですもの。皆が御回復をお祈り申しているのですもの……もうお薬ができたでしょう。お召しあがりなされませ。(宿直(とのい)の部屋(へや)に立とうとする)親鸞 お薬はもうよろしい。ここにいてくれ。わしはもうかくごしているのじゃ。わしはお前がそのようなことを言って、なぐさめてくれねばならぬほど弱そうに見えるかな。勝信 …………親鸞 もうそのようなことは言うてくれるな。私がこの不安に――さけがたい恐怖に打ちかつことができるように励ましてくれ。私は勇気をあつめなくてはならない。そして美しい、取りみださぬ臨終をするために心をととのえなくてはならない。勝信 (泣く)親鸞 (しずかに)唯円を呼んで来てくれ。勝信 はい。(退場する)親鸞 (しばらく黙然として目を閉じている。やがて目をひらき、何ものかの影に脅かさるるごとくあたりを見まわす)どこからともなく、わしの魂を掩(おお)うてくる、この寒い陰影(かげ)は何ものであろう。薄くなりゆく日輪の光、さびしく誘うような風のこえ、そしてゆうべのあのゆめ見……近づいて来たようだ。(目をつぶる)だれも避けることのできない運命なのだ。何十年のながい間私はその日を待っていなかったろうか。長い、絶え間の無い罪となやみの生涯(しょうがい)の終わりに来るあの永遠の静かな安息を。むなしく待つことの多いこの世の希望のあざむきのなかで、これのみはたしかな、必ず来るものとして、わたしは待っていた。それを考えるになれて親しさができていた。わしはしばしば思わなかったろうか。「わしのこの苦しみと忍耐とは限りなきものではない。必ず終わる日が来る」と。そしてそう思うことは、私の唯一のなぐさめではなかったろうか? ついにその日が来た。それだのにこの不安はどうしたものだろう。この打ちかちがたき不安は! 死は私にとって損失ではない。私は長い間墓場の向こうの完全と調和とをいのちとして生きて来たのだ。私はそれを信じているのだ。それだのに私の生命のなかにはまだ死を欲せぬ何ものかが残っている。運命に反抗するこころが。おゝ私はまだ生きていたいのか? この病みほうけたわしが。九十歳になる老人が――この世になんの希望が残っている。なんの享楽が? 煩悩(ぼんのう)の力の執拗(しつよう)なことはどうだろう。今さらながら恐ろしい。私は一生の間運命を素直に受け取って、それを愛して来た。それに事(つか)えて来た。運命にそむく心と戦って来た。そうだ。わしは墓場に行くまでこのたたかいをつづけねばならない。もう、ながいことではない。もうじきだ。休戦のラッパが鳴るのは。その時私は審判の前に立つのだ。一生を悪と戦った、勇ましい戦士として。霊の軍勢の虚空(こくう)を遍満するそのなかに。そして冠が私の頭に載せられる。仏様の前にひざまずいて私がそれをうける。(だんだん顔が輝いて来る)その日から私はあの尊い聖衆(しょうじゅ)のなかの一人に加えられるのだ。なんという平和であろう。なんという光栄であろう。朝夕、仏様をほめる歌をうたって暮らすのだ。その時はもう私の心に罪の影さえおとずれない。そして、(涙をこぼす)この世に苦しんでいる無類のふしあわせな人たちを摂取することができるのだ!(間)おゝ、不安よ、去れ。(黙祷(もくとう)する)唯円と勝信と登場。
唯円 (手をつく、重々しく)御気分はいかがでございますか。親鸞 もう近づいたようだ。わしは兆(きざし)を感じる。唯円 (何かいおうとする)親鸞 (さえぎる)いや。もう避くべからざるものを避けようとすまい。運命を受け取ろう。お互いに大切なことのみ言おう。唯円 …………親鸞 わしはもう覚悟している。唯円 (苦しく緊張する)この上は安らかな御臨終を…………勝信 (泣く)親鸞、唯円沈黙。勝信の泣き声のみ聞こえる。やがてその声もやみ、一座森(しん)とする。
親鸞 仏様がお召しになるのだよ。この世の御用がつきたのだよ。この年寄って病み耄(ぼ)けているわしを、この上この苦しい世のなかにながらえさせるのをふびんとおぼしめしてくださるのであろう。わしももうずいぶん長く生きたからな。九十年――といえば人間に許されるまれな高齢だ。もうこの世に暇(いとま)をつげてもいい時だ。(考える)唯円 お師匠様の百年(ももとせ)の御寿命をいのりたてまつるのでございますけれど…………親鸞 それが正直な人間の情(こころ)だよ。恥ずかしながらこのわしも、この期(ご)に及んでもまだ死にともないこころが残っている、それが迷いとはよく知っているのだがな。浅ましいことじゃ。わしは一生の間煩悩(ぼんのう)の林に迷惑し、愛欲の海に浮沈しながらきょうまで来た。絶えず仏様の御名を呼びながら、業(ごう)の催しと戦って来た。そして墓場にゆくまでそのたたかいをつづけねばならないのだ。唯円、この大切な時に私のために祈ってくれ。わしはそれを必要とする。わしは心をたしかに保たなくてはならない。一生に一度の一大事をできるだけ、恥を少なくして過ごすためにな。わしはそのために祈っている。空澄み渡る月のように清らかな心で死にたい。唯円 仏様にお任せあそばしませ。私はあなたのために心をこめて祈っています。(力を入れて)めでたく往生(おうじょう)の本懐をお遂げあそばすよう。親鸞 死はわしの長い間のねがいだったのだ。ただ一つの希望だったのだ。墓場の向こうに私を待つ祝福をわしはどんなに夢みたことだろう。いまその夢が実となるべき時が来た。めでたい時が。(間)昨夜、私は祈りながら眠りに落ちた。眠りはひとつのありがたい夢で祝された。この世ならぬ、荘厳(しょうごん)と美とに輝く浄土のおもかげがわしの前にひらかれた。わしの魂は不思議な幸福で満たされた。地上の限りを越えたその幸福をわしはなんと言って表わしていいかわからない。あの阿弥陀経(あみだきょう)のなかに「諸上善人倶会一処(しょじょうぜんにんくえいっしょ)」というところがあるね。わしは多くの聖衆(しょうじゅ)の群れにかこまれた。みな美しい冠をかぶっていらしたよ。わしはもったいなくて頭が下がった。わしもきょうからその列の中に加えられるのだと聞いたとき、わしはうれしさに涙がこぼれた。と見るとわしの頭にも同じような美しい冠が載せてあるのだ。その時虚空(こくう)はるかに微妙(みみょう)なる音楽がきこえ始めた。聖衆の群れはそれに合わせて仏様を讃(ほ)める歌をうたわれた。すると天から花が降って来て、あたりは浄(きよ)い香(かお)りに満ちた。わしは金砂をまいた地の上に散りしく花を見入りつつこれこそあの「曼陀羅華(まんだらげ)」というのであろうと思った。その時私は目がさめたのだ。唯円 なんという尊い夢でございましょう。勝信 美しく輝く冠ほど聖人(しょうにん)様にふさわしいものはございますまい。親鸞 さめてから後も私の心はその幸福のなごりでおどっていた。けれどそのときからわしに一つの兆(きざし)があきらかに感じられはじめた。わしが死ぬということが……虫の知らせだよ……(顔色が悪くなる)勝信 お臥(よ)っていらっしゃいませ。(親鸞を助けて寝床に臥(ふ)させる)お苦しゅうございますか。親鸞 うむ水を飲ませておくれ。勝信 (湯飲みに水をついで親鸞に飲ませる)親鸞 肉体的苦痛というものはだいぶ人間を不安にするものだ。地上のいちばん大きな直接な害悪だ。多くの人間はこの害悪を避けるためには、魂の安否を忘れてしまうほどだ。人間に与えられた刑罰だ。わしも断末魔の苦しみが気にかかる。わしはその苦しみに打ちかたねばならない。この最後の重荷を耐え忍ばねばならない。(額に玉のような汗をかく)何もかもじきにすむのだ。そのあとには湖水のような安息が、わしの魂を待っているのだ。唯円 そしてひかり輝く光栄が?親鸞 死はすべてのものを浄(きよ)めてくれる。わしがこの世にいる間に結んだ恨みも、つくったあやまちもみんな、ひとつのかなしい、とむらいのここちで和らげられてゆるされるであろう。墓場に生(は)えしげる草はきたない記憶を埋めてしまうであろう。わしのおかした悪は忘れられて、人は皆わしを善人であったと言うであろう。わしもすべての呪(のろ)いを解いてこの世を去りたい。みなわしに親切なよい人であったとおもい、そのしあわせを祈りつつ、さようならを告げたい。唯円 (勝信と顔を見合わす)お師匠様、あなたは善鸞様をおゆるしあそばしますか。親鸞 わしはゆるしています。唯円 何とぞ善鸞様をお召しくださいませ。親鸞 …………勝信 (泣く)あなたの口ずからゆるすと言ってあげてください。唯円 私の一生の願いでございます。お弟子衆(でししゅう)も皆それを願っていないものはありません。御臨終にはぜひとも御面会あそばさなくては、あとで善鸞様がどのようにお嘆きあそばすでしょう。私は十五年前にこの事を一度申し上げてから、きょうまで黙って来ました。その間一日もこの事を思わぬ日とてはございませんでした。絶えず祈っていました。今度ばかりは私の願いをかなえてください。あとに悔いの残らぬよう、すべてと和らいでくださいませ。それはあなたのただ今おっしゃったお言葉でございます。仏様のお心にかなうことでございます。末期(まつご)の水は必ず善鸞様がおくみあそばさなくてはなりません。この期(ご)に及んで私はもう何も申し上げることはございません。(涙をこぼす)ただ安らかな御最後を。すべてと和らいだ平和な御臨終を…………親鸞 (涙ぐむ)みなの勧めに従いましょう。唯円 おうれしゅう存じます。(手をつきうつむく、畳の上に涙が落ちる)先日おたより申し上げておきました。きょうあたり御到着あそばすはずでございます。親鸞 善鸞はこのごろはどうして暮らしていますか。唯円 稲田で息災でお暮らしあそばされます。親鸞 仏様を信じていますか?唯円 はい。(不安をかくす)たいそうお静かにお暮らしあそばしていらっしゃるようでございます。勝信 善鸞様がどんなに、お喜びあそばすでしょう………けれどあゝ、それがすぐ長いお別れになるとは! (泣く)親鸞 もう泣いてくれるな。(間)ただ祈ってくれ。わしはだいぶ心が落ちついて来た。魂を平らかにもちたい。静かにしておくれ。平和のなかに長い眠りにつきたいから。(勝信涙をおさえる。しずかになる)一生を仏様にささげてはたらいたものの良心の安けさがわしを訪れて来るようだ。あの世へのそこはかとなき思慕のここちにたましいは涙ぐみつつ、挙(あ)げられてゆくような気がする。しめやかな輝き、濡(ぬ)れたこころもちが恵みのようにわしをつつむ……唯円。もっとそば近く寄っておくれ。お前の親しい忠実な顔がもっとよく見えるように。唯円 (ひざをすすめる)あなたのたましいに祝福を。親鸞 おゝ、お前のたましいに祝福を。お前は一生の間よく私に仕えてくれた……私の枕(まくら)もとの数珠(じゅず)を取ってくれ。(数珠を受け取り手に持ちて)この桐(きり)の念珠はわしの形見にお前にあげる。これはわしが法然(ほうねん)様からいただいたのだよ。(唯円数珠を受け取る)わしが常々放さず持っていたのだ。貫ぬきとめたこの数珠には三世の諸仏の御守りがこもっている。わしがなくなった後この数珠を見てはわしを思い出しておくれ。わしは浄土でお前のために祈っているのだから。(だんだん声の調子がちがってくる)寺の後事はお前に託したぞ。仏様に祈りつつ、すべての事を皆と和らぎ、はかって定めてくれ。この世には無数の不幸な衆生(しゅじょう)がいる。その人たちを愛してくれ。仏様のみ栄えがあらわれるように。(息をつく)唯円 あとの事はお案じなさいませんように。及ばずながら私が皆様と力をあわせて、法の隆盛をはかります。仏さまが助けてくださいましょう。あなたの丹精しておまきなされた法の種子(たね)は、すでに至るところによき芽ばえを見せています。仏様のみ名はあなたの死によってますます讃(ほ)められるのでございましょう。親鸞 仏さまのみ名をほめたてまつれ……(次第に夢幻的になる)わしの心は次第に静かになってゆく。遠い、なつかしい気がする……仏さまが悲引(ひいん)なさるのだ……外は涼しい風が吹いているのだね。唯円 (ぞっとする)はい。いいえ、あかあかと入陽(いりひ)がさしています。親鸞 近づいて来るようだ。兆(きざし)が……座敷はきれいに掃除(そうじ)してあるね。唯円 塵(ちり)一つ落ちてはおりませぬ。親鸞 わしのからだは清潔(きれい)だね。勝信 昨日、御沐浴(ごもくよく)あそばされました。親鸞 弟子(でし)たちを呼んでおくれ。皆呼んでおくれ。わしが暇乞(いとまご)いするために。最後の祝福をあたえてやるために。勝信 かしこまりました。(立ち上がる)唯円 (深き動揺を制する。小声で勝信に)お医者様を。勝信いそぎ退場。
唯円 (親鸞の手を握る)お師匠様。お気をたしかにお持ちあそばしませ。親鸞 (うなずく)お灯明を。仏壇にお灯明を。南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)。
      第三場

舞台、第一場に同じ。夜。淡白(うすじろ)い空に黒い輪郭を画している寺の屋根。その上方に虹(にじ)のような輪をかぶった黄色な月がかかっている。通用門の両側には提灯(ちょうちん)を持った僧二人立ちいる。舞台月光にてほの暗し。

僧一 あの輪のかかったお月様を御覧なされませ。僧二 不思議な、色をしていますね。僧一 黄色くて、そして光芒(こうぼう)が少しもありませんね。僧二 あゝ、お師匠様もいよいよおかくれあそばすのですね。聖人(しょうにん)がなくなられる時には天に凶徴(ふしぎ)があらわれると録してあります。僧一 きのうあたり烏(からす)が本堂の屋根の上で世にも悲しそうな声をして鳴いていましたよ。僧二 禽獣(きんじゅう)草木に至るまで聖者のおかくれあそばすのを嘆き惜しむのでございますね。僧一 もう重(おも)なお弟子衆(でししゅう)はみなおいでなされましたね。僧二 まだお見えにならないのは二、三人だけでございます。僧一 重(おも)なお弟子衆(でししゅう)は皆聖人(しょうにん)様のお枕(まくら)べに集まっていられます。僧二 夕方から急にお模様がお変わりあそばしましたようでございます。御臨終もほど近くと思われます……あゝお輿(かご)が来ました。輿一丁登場。急ぎ門のほうに来る。
輿丁 遠江(とおとうみ)の専信房様の御到着でございます。僧一 皆様のお待ちかねでございます。すぐに奥院へお越しなされませ。輿、門に入り退場。
勝信 (不安のおももちにて急ぎ門より登場)慈信房様はまだ御到着あそばしませぬか。僧一 いまだお見えなさいませぬ。お奥の御模様は?勝信 (第一の門のほうを注意しつつ)もう御臨終でございます。(空を仰ぐ)おゝ、変な月の色。僧二 もう引き潮時になります……あ、輿が来ました。輿一丁登場。急ぎ門のほうに来る。勝信注意を集める。
輿丁 高田の顕智房様の御到着でございます。僧一 急ぎ奥院へ。もはや御臨終でございます。輿、門に入り、退場。
勝信 善鸞様のおそいこと。(庭をうろうろする)僧一 もはやお越しあそばさなくてはお間に合いませぬが。僧二 (不安なる沈黙)灯(ひ)が。提灯(ちょうちん)でございます……輿が来ました。勝信注意を緊張する。輿一丁登場。急ぎ門のほうに来る。
勝信 (輿(かご)のほうに馳(は)せ寄る)善鸞様ではございませぬか。輿丁 はい。稲田(いなだ)の慈信房様で。善鸞 (輿より飛びおりる)勝信 善鸞様。善鸞 おゝ、勝信殿。父は、父は?勝信 もはや御臨終でございますぞ。善鸞 おゝ。(よろめく)勝信 御勘気はとけました。あなたをお待ちかねでございます。善鸞 父は会ってやると申しますか。勝信 ゆるすと言って死にたいとおっしゃいます。善鸞 (奥へ駆け込もうとする)勝信 お待ちなされませ。ただ一つ。あなたは仏様をお信じなされますか。善鸞 わたしは何もわかりません。勝信 お父上はたいそうそれを気にしていられます。
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