剣侠
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著者名:国枝史郎 


「十年若けりゃア物になるが」
 お妻はむしろ朗かに笑った。
 お妻は秩父の産れであり、秩父香具師の一人であった。が、ずっと若い頃に、草深い故郷に見切りをつけ、広い世界へ出て行って、香具師などというケチなものよりもっと烈しい、もっと罪の深い、そうしてもっと度胸の入る、凄い商売へ入り込んでしまった。
 女邯鄲師(おんなかんたんし)[#ルビの「おんなかんたんし」は底本では「おんんなかんたんし」]――それになってしまった。
 道中や温泉場などで親しくなり、同じ旅籠(はたご)へ一緒に泊り、情を通じてたらすもあり、好きな男で無い場合には、すかし、あやなし、たぶらかして、油断を窺って有金から持物、それらを持って逃げてしまう、平ったく云えば枕探し、女賊になってしまったのである。
 陣十郎の情婦になったのも、平塚の宿で泊まり合わせ、枕探しをしようとしたところ、陣十郎のために取って抑えられた、それが因縁になったのであった。
 その女邯鄲師のお妻であるが、今度陣十郎と連立って、産れ故郷へ帰って来た。と、今朝高萩の村道を、懐かしい昔の仲間達が――すなわち秩父香具師達が、旅装束(よそおい)で通って行った。知った顔も幾個かあった。で、あまりの懐かしさに、冗談云い云いこんな森まで、連立って一緒に来たのであった。
「おや」と不意にお妻は云って、急に足を一所で止めた。
「こんなところに人間が死んでいるよ」
 行手の杉の木の根下の草に、抜身を持った武士が倒れている。
「ほんに、可哀そうに、死んでらあ。……しかも若いお侍さんだ」
 香具師達は云って近寄って行った。
 お妻はその前にしゃがみ込み、その武士の額へ手をやったが、
「冷えちゃアいない、暖(あった)かいよ」
 いそいで脉所(みゃくどころ)を握ったが、
「大丈夫、生きてるよ」
「じゃア気絶というやつだな」
 一人の香具師が心得顔に云った。
「そうさ、気絶をしているのさ。抜身を持っているところを見ると、きっと誰かと切り合ったんだねえ。……どこも切られちゃアいない。……気負け気疲労(きつかれ)[#「気疲労(きつかれ)」は底本では「気疲労(きつかれ)れ」]で倒れたんだよ」
 云い云いお妻は覗き込んだが、
「ご覧よ随分好男子(いいおとこ)じゃアないか」
「チェーッ」と誰かが舌打ちをした。
「姐御いい加減にしてくんな。どこの馬の骨か知れねえ奴に、それも死に損ない殺され損ないに。気をくばるなんて嬉しくなさ過ぎらあ」
「まあそういったものでもないよ。……第一随分可愛そうじゃアないか。……それにさ、ご覧よ、この蒼白い顔を……唇の色だけが赤くてねえ。……ゾッとするほど綺麗だよ。……」
「色狂人! ……行こう行こう!」
「行きゃアがれ、碌で無し! ……妾アこの人を介抱するよ」
 お妻は主水の枕元へ、ペタペタと坐ってなお覗き込んだ。


 その同じ日のことであった。
 絹川という里川の岸で、一人の武士が魚を釣っていた。
 四十五六の年齢で、広い額、秀でた鼻、鋭いけれど暖かい眼、そういう顔の武士であった。立派な身分であると見え、衣裳などは寧ろ質素であったが、體に威があり品があった。
 傍らに籃(びく)が置いてあったが、魚は一匹もいなかった。
 川の水は濁りよごれてい、藻草や水錆が水面に浮かび、夕日がそれへ色彩をつけ、その中で浮子(うき)が動揺してい、それを武士は眺めていた。
「東馬(とうま)もう何刻(なんどき)であろう?」
 少し離れた草の中に、お供と見えて若侍が退屈らしい顔付をして、四辺(あたり)の風景を見廻していたがそれへ向かって話しかけた。
「巳刻(よつどき)でもありましょうか」
 若侍はそう答え、
「今日は不漁(しけ)でございますな」
 笑止らしく云い足した。
「わしの魚釣、いつも不漁じゃ」
「御意で、全くいつも不漁で。……それにもかかわらず先生には、毎日ご熱心でございますな」
「それでいいのだ、それが本意なのだ。……と云うのはわしの魚釣は、太公望と同じなのだからな」
「太公望? はは左様で」
「魚釣り以外に目的がある。……ということを云っているつもりだが」
「どのような目的でございますか?」
「そう安くは明かされないよ」
「これはどうも恐れ入りました……が、そのように仰せられますと、魚の釣れない口惜(くちお)しまぎれの、負けおしみなどと思われましても……」
「どうも其方(そち)、小人で不可(いけ)ない」
「お手厳しいことで、恐縮いたします」
「こう糸を垂れて水面を見ている」
「はい、魚釣りでございますからな」
「水が流れて来て浮子にあたる」
「で、浮き沈みいたします」
「いかにも自然で無理がない……芥(あくた)などが引っかかると……」
「浮子めひどくブン廻ります」
「魚がかかると深く沈む」
「合憎[#「合憎」はママ]、今日はかかりませんでした」
「相手によって順応する……浮子の動作、洵(まこと)にいい」
「浮子を釣るのでもござりますまいに」
「で、わしはその中に、何かを得ると思うのだよ」
「鮒一匹、そのくらいのもので」
「魚のことを云っているのではない」
「ははあ左様で。……では何を?」
「つまりあの業(わざ)を破る術じゃ」
「は? あの業と仰せられまするは?」
「水品陣十郎の『逆ノ車』……」
「ははあ」
「お、あれは何だ」
 その時上流から女を乗せた、死んだように動かない若い女を乗せた、古船が一隻流れて来た。
「東馬、寄せろ、船を岸へ」
「飛んでもないものが釣れましたようで」
 若侍は云い云い袴を脱ぎかけた[#「脱ぎかけた」は底本では「股ぎかけた」]。
 が、古船は自分の方から、ゆるゆると岸の方へ流れ寄って来た。
 武士は釣棹の柄の方を差し出し、船縁へかけて引き寄せるようにしたが、
「女を上げて介抱せい」
 そう若侍へ厳しく云った。

鳳凰と麒麟


 それから幾日か経った。
 秋山要介は杉浪之助を連れて、秩父郡小川村(ちちぶのこおりおがわむら)の外れに、あたかも嵎(ぐう)を負う虎の如くに蟠居し、四方の剣客に畏敬されている、甲源一刀流の宗家逸見(へんみ)多四郎義利の、道場構えの広大な屋敷へ、威儀を作って訪れた。
「頼む」
「応」と返事があって、正面の襖が一方へひらくと、小袴をつけた若侍が、恭しく現われた。
「これはこれは秋山先生、ようこそご光来下されました」
「逸見先生に御意得たい。この段お取次下されい」
「は、先生には江戸表へ参り、未だご帰宅ござりませねば……」
「ははあ、いまだにお帰りない」
「帰りませんでござります」
「先生と一手お手合わせ致し、一本ご教授にあずかりたく、拙者当地へ参ってより三日、毎日お訪ねいたしても、そのつどお留守お留守とのご挨拶、かりにも小川の鳳凰(ほうおう)と呼ばれ、上州間庭の樋口十郎左衛門殿と、並び称されている逸見殿でござれば、よもや秋山要介の名に、聞き臆じして居留守を使われるような、そのようなこともござるまいが、ちと受取れぬ仕儀でござるな」
 洒脱であり豪放ではあるが、他人に対してはいつも丁寧な、要介としてはこの言葉は、かなり角立ったものであった。
 傍に引き添っていた浪之助も、これはおかしいと思った程である。
 面喰ったらしい取次の武士は、
「は、ご尤(もっと)もには存じますが、主人こと事実江戸へ参り、今に帰宅いたしませねば……」
「さようか、よろしい、事実不在、――ということでござるなら、又参るより仕方ござらぬ。……なれどこのまま帰っては、三度も参った拙者の腹の虫、ちと納まりかねるにより、少し無礼とは存じ申すが、表にかけられた門札を[#「門札を」は底本では「門礼を」]、お預かりして持ちかえる。逸見殿江戸よりご帰宅なさらば、この旨しかとお伝え下され。宿の小紅屋に滞在まかりある。ご免」というと踵(きびす)を返し、門を出ると門の柱に「甲源一刀流指南」と書いた、二寸厚さの桧板、六尺長い門札を[#「門札を」は底本では「門礼を」]外し、小脇に抱えて歩き出した。
 呆れ返ったのは浪之助で、黙々として物も云わず、要介の後から従(つ)いて行った。
 村とはいっても小川村は、宿場以上の賑いを持った、珍らしく豊かな土地であって、道の両側には商店多く、人の往来も繁かった。そういう所を立派な武士が、大門札を[#「大門札を」は底本では「大門礼を」]引っ抱え、若い武士を供のように連れて、ノッシノッシと歩いて行くのであった。店の人達は審かしそうに覗き、往来の人達も不思議そうに眺めた。
 が、要介は意にも介さず、逸見家とは反対の方角の、これは小川村の入口にある、この村一番の旅籠屋の、小紅屋まで歩いて来た。
「お帰り」と番頭や婢達(おんなたち)が、これも怪訝そうな顔をして、大門札を[#「大門札を」は底本では「大門礼を」]抱えた要介達を迎え、玄関へ頭を並べたのを、鷹揚に見て奥へ通った。


 中庭を前にした離座敷――この宿一番の座敷らしい――そこの床の間へ大門札を[#「大門札を」は底本では「大門礼を」]立てかけ、それを背にして寛(ゆるや)かに坐わり、婢の持って来た茶を喫しながら、要介は愉快そうに笑っていた。
 その前に浪之助はかしこまっていたが、これは随分不安そうであった。
「先生」ととうとう浪之助は云った。
「これは一体どうしたことで?」
「…………」
 愉快そうに笑っている。
「武芸指南所の門札は[#「門札は」は底本では「門礼は」]、商家の看板と等しなみに、その家にとりましては大切なもの、これを外されては大恥辱……」
「ということは存じて居るよ」
「はい」と浪之助はキョトンとし、
「それをご承知でその門札を[#「門札を」は底本では「門礼を」]……」
「さよう、わしは外して来た」
「はい」と又もキョトンとし、
「それも高名の逸見先生の……」
「鳳凰と云われる逸見氏のな」
「はい」ともう一度キョトンとし、
「それほど逸見様は高名なお方……」
「わしも麒麟(きりん)と呼ばれて居るよ」
「御意で」と今度は頭を下げ、
「関東の麒麟と称されて居ります」
「鳳凰と麒麟……似合うではないか」
「まさにお似合いではございますが、似合うと申して門札を[#「門札を」は底本では「門礼を」]……」
「ナニわしだから外して来てもよろしい」
「麒麟だから鳳凰の門札を[#「門札を」は底本では「門礼を」]……」
「さようさよう外して来てもよろしい」
「ははあ左様でございますかな」
「他の奴ならよろしくない」
「…………」
「ということは存じて居る。さよう逸見氏も存じて居る」
「…………」
「人物は人物を見抜くからの」
「はい、もう私などは小人で」
「そのうちだんだん人物になる」
「はい、ありがたく存じます」
 とは云ったものの浪之助は、
(うっかり物を云うとこんな目に逢う。訓された上に嚇されてしまう)
 こう思わざるを得なかった。
「それに致しましても先生には、何と思われて小川村などへ参り、何と思われて逸見先生のお宅などへ……」
「武術試合をするためにさ……」
「それだけの目的でございますかな?」
「真の目的は他にある」
「どのような目的でございますかな?」
「赤尾の林蔵を関東一の貸元、そいつに押し立ててやりたいのだ」
「そのため逸見先生と試合をなさる?」
「その通り。変に思うかな?」
「どういう関係がございますやら」
「今に解る。じきに解る」
「ははあ左様でございますか」
「わしは金蔓をなくしてしまった――源女殿を見失ってしまったので、秩父にいる必要がなくなってしまった。そこで江戸へ帰ろうと思う。……江戸へ帰って行く置土産に、林蔵を立派な男にしてやりたい。それで逸見氏と試合をするのだ。……高萩の猪之松の剣道の師匠、逸見多四郎殿と試合をするのだ」


(なるほどな)と浪之助は思った。
(林蔵の師匠たる秋山先生と、猪之松の師匠たる逸見先生とが、武術の試合をした上で、林蔵を関東一の貸元にする。なるほどな、意味がありそうだ)
 確実のことは解らなかったが、意味はありそうに思われた。
 やがて解るということであった。押して訊こうとはしなかったが、
「それに致しましてもお組の源女と、その源女のうたう歌と、先生とのご関係を承(うけたま)わりたいもので」
 以前から疑問に思っていたことを、浪之助は熱心に訊いた。
 その浪之助は以前においては、まさしく源女の愛人であった。がその源女が今度逢ってみれば、変わった性格となって居り、不思議な病気を持って居り、妙な歌を口吟(くちずさ)むばかりか、要介などという人物が、保護する人間となっていたので、浮いた恋、稀薄の愛、そのようなものは注がないこととし、ほんの友人のように交際(つきあ)って来たところ、その源女は上尾街道で、過ぐる日行なわれた林蔵と猪之松との果し合いの際行方(ゆくえ)不明となり、爾来姿を見せなくなっていた。
 浪之助も勿論心にかけたが、要介のかけ方は一層で、
「あの日たしかに大薮の陰で、源女殿の歌声を耳にした。が、果し合いを引き分けおいて、急いで行って探した時には、もう源女殿はいなかった。どこにどうしていることやら」と、今日までも云いつづけて来たことであった。
「源女殿とわしとの関係か。さようさな、もう話してもよかろう」
 要介はいつになくこだわらなかった。しかししばらく沈思していた。久しく聞きたいと希望していた、秘密の話が聞かれるのである。浪之助は思わず居住いを正し、緊張せざるを得なかった。
 中庭に小広い泉水があり、鯉が幾尾か泳いでいたが、時々水面へ飛び上った。それが田舎の古い旅籠屋の、昼の静かさを破壊するところの、たった一つの音であった。
 と、要介は話し出した。
「武蔵という国は承知でもあろうが、源氏にとっては由縁(ゆかり)の深い土地だ。源氏の発祥地ともいうべき土地だ。ここから源氏の諸豪族が起こった。秩父庄司(ちちぶしょうじ)、畠山重忠(はたけやましげただ)、熊谷次郎直実(くまがいじろうなおざね)等、いずれも武蔵から蹶起した武将だ。……がわしにかかわる事件は、もっと昔に遡らなければならない。……これは誰もが承知していることだが、後冷泉天皇の御宇(ぎょう)にあって、奥州の酋長阿部(あべ)の頼時(よりとき)が、貞任(さだとう)、宗任(むねとう)の二子と共に、朝廷に背いて不逞を逞ましゅうした、それを征したのが源頼義(よりよし)、そうしてその子の八幡太郎義家――さてこの二人だが奥州征めの往来に、武蔵の国にとどまった。今日の国分寺村の国分寺、さよう、その頃には立派な寺院で、堂塔伽藍聳えていたそうじゃが、その国分寺へとどまった……ところが止まったばかりでなく、前九年の役が終了した際、奥州産の莫大な黄金、それを携えて帰って来、それを国分寺の境内に、ひそかに埋めたということじゃ。それには深い訳がある」
 こう話して来て要介は、またしばらく沈思した。


 要介はポツポツ話し出した。
「源氏は東国を根拠とすべし。根拠とするには金が必要だ。これをもってここへ金を埋めて置く。この金を利用して根を張るべし。――といったような考えから、金を埋めたということだ。……その後この地武蔵において、いろいろさまざまの合戦が起こったが、埋めてあるその金を利用したものが、いつも勝ったということじゃ。ところがそのつど利用したものは、他の者に利用されまいとして、残った金を別の所へ、いつも埋め代えたということじゃ。……治承(じしょう)四年十月の候、源頼朝が府中の南、分倍河原(ぶばいがわら)に関八州の兵を、雲霞の如くに集めたが、その時の費用もその金であり、ずっと下って南北朝時代となり、元弘(げんこう)三年新田義貞卿が、北條高時を滅ぼすべく、鎌倉に兵を進めようとし、分倍河原に屯して、北條泰家と合戦したが、その時も義貞は源氏というところから、その金を利用したという事じゃ。正平(しょうへい)七年十二月十九日、新田義宗(よしむね)南軍を率い、足利尊氏を狩野河(こうのかわ)に討つべく、武蔵の国に入ったところ、尊氏すでに狩野河を発し、谷口から府中に入り、人見原(ひとみはら)にて激戦したが、義宗破れて入間川(いるまがわ)に退き、二十八日小手差原(こてさしはら)にて戦い、ふたたび破れて退いたが、この時は足利尊氏が、これも源氏というところから、その金を利用したということじゃ。更に下って足利時代に入り、鎌倉の公方足利成氏、管領上杉憲忠(のりただ)を殺した。憲忠の家臣長尾景晴(かげはる)、これを怒って手兵を率い、立川原で成氏と戦い、大いに成氏を破ったが、この時はその金を景晴が利用し、その後その金を用いた者で、史上有名の人物といえば、布衣(ふい)から起こって関八州を領した、彼の小田原(おだわら)の北條早雲(そううん)、武蔵七党の随一と云われた、立川宗恒(たてかわむねつね)、同恒成、足利学校の創立者、武人(ぶじん)で学者の上杉憲実(のりざね)。……ところがそれが時代が移って、豊臣氏となり当代となり――即ち徳川氏となってからは、その金を利用した誰もなく、金の埋没地も不明となり、わずかにこの地方秩父地方において『秩父の郡小川村、逸見様庭の桧の根、昔はあったということじゃ……』という、手毬唄に名残をとどめているばかりじゃ。……」
 ここまで云って来て要介は、不意に沈黙をしてしまった。
 じっと聞いていた浪之助の、緊張の度が加わった。
 源女のうたう不可解の歌が、金に関係あるということは、朧気ながらも感じていたが、そんな歴史上の合戦や人物に、深い関係があろうなどとは、夢にも想像しなかったからである。
(これは問題が大きいぞ)
 それだけに興味も加わって、固唾を呑むという心持! それでじっと待っていた。
 要介は語りついだ。
「あの歌の意味は簡単じゃ。今話した例の金が、武蔵秩父郡小川村の逸見(へんみ)家の庭にある桧の木の根元に、昔は埋めてあったそうさな。――という意味に他ならない。逸見家というのは云う迄もなく、逸見多四郎殿の家の事じゃ。……その逸見家は何者かというに、甲斐源氏(かいげんじ)の流を汲んだ、武州無双の名家で旧家、甲源一刀流の宗家だが、甲源の文字もそこから来ている。即ち甲斐源氏という意味なのじゃ」


 要介は語りつづけた。
「歌もそこ迄なら何でもないのじゃ。というのは普通の手毬歌として、秩父地方の人々は、昔から知っているのだからな。ところがどうだろう源女殿だけが、その後の文句を知っている『今は変わって千の馬、五百の馬の馬飼の……それから少し間が切れて――秣の山や底無しの、川の中地の岩窟の……という文句を知っている。そこへわしは眼をつけたのじゃ。頼義(よりよし)、義家が埋めたという金は、その後の歌にうたわれている境地に、今は埋めてあるのだろう。それにしても源女殿はどこでどうしてその後の歌を覚えたかとな。で源女殿へ訊いて見た。その返辞が洵(まこと)に妙じゃ。大森林や大渓谷や、大きな屋敷や大斜面や、そういう物のある山の奥の、たくさんの馬や馬飼のいる所へ、いつぞや妾(わたし)は行ったような気がする。そこでその歌を覚えたような気がする。でもハッキリとは覚えていない。勿論そこがどこであるかも知らない。――という曖昧の返辞なのだ。その上其方(そち)も知っている通り、源女殿は時々発作を起こす。……で、わしはいろいろの医者へ、源女殿の様態を診て貰ったところ、一人柳営お抱えの洋医、平賀杏里(きょうり)殿がこういうことを云われた。――非常に恐ろしい境地へ行き、非常に烈しい刺激を受け、精神的に大打撃を受け、その結果大熱を体に発し、一月とか二月とかの長い間、人事不省になっていた者は、その間のことはいうまでもなく、それ以前の事もある程度まで、全然忘却してしまうということが往々にあるが、源女殿の場合がそうらしい。が、源女殿をその境地へ、もう一度連れて行けば思い出すし、事実その境地へ行かずとも、その境地と酷似している境地へ、源女殿を置くことが出来たなら、忘却していた過去のことを、卒然と記憶に返すであろうと。……しかし源女殿をその境地へ、連れて行くということは出来難い。その境地が不明なのだから。同じような境地へ源女殿を置く。ということもむずかしい。どんな境地かということを、わしは確実に知らないのだから。……しかしわしはこう思った。あの歌の前半の歌われている、秩父地方へ出かけて行って、気長く源女殿をそこに住ませて、源女殿の様子を見守っていたら、何か暗示を得ようもしれないとな。そこでお連れして来たのだが。……しかるに源女殿のそういう秘密を、わしの外にもう一人、同じように知っている者がある。他でもない水品陣十郎じゃ」
 こう云って来て要介は、眉をひそめて沈黙した。
 剣鬼のような吸血鬼のような、陣十郎という男のことを、思い出すことの不愉快さ、それを露骨に現わさしたところの、それは気不味(まず)い[#「不味(まず)い」は底本では「不味(まずい)い」]沈黙であった。
 浪之助も陣十郎は嫌いであり、嫌い以上に恐ろしくもあり、口に出すことさえ厭であったが、しかし源女や要介が、どういう関係からあの吸血鬼と、知り合いになったかということについては、窺い知りたく思っていた。
 それがどうやら知れそうであった。
 そこで更に固唾を呑む気持で、要介の語るのを待ち構えた。


「今から十月ほど前であったよ」と、要介は話をつづけ出した。
「信濃方面へ旅をした。武術の修行というのではなく、例によっての風来坊、漫然と旅をしたまでだが沓掛(くつかけ)の宿で一夜泊まった。明月の夜であったので、わしは宿(やど)を出て宿(しゅく)を歩き、つい宿外れまでさまよって行った。と、歌声が聞こえてきた。云うまでも[#「云うまでも」は底本では「云までも」]なく例の歌さ。はてなと思って足を止めると、狂乱じみた若い女が、その歌をうたって歩いて来る。と、その後から一人の武士が、急ぎ足で追いついたが、やにわに女を蹴倒すと、踏む撲るの乱暴狼藉『汝(おのれ)逃げようとて逃がそうや』こう言っての乱暴狼藉! その瞬間女は正気づいたらしく、刎ね起きると拙者を認め、走り寄って縋りつき、お助け下されと申すのじゃ。心得たりと進み出て、月明で武士を見れば、以前樋口十郎左衛門殿方で、立合ったことのある水品陣十郎! 先方も拙者を認めたと見え、しかも形勢非なりと知ったか、『秋山殿でござったか、その女は源女と申し、発狂の女芸人、拙者故あって今日まで、保護を加えて参りましたが、お望みならば貴殿に譲る』と、このようなヘラズ口をきいたあげく、匆慌(そうこう)として立ち去ったので、源女殿を宿へ連れて参り、事情を詳しく訊いたところ、江戸両国の曲独楽の太夫、養母というものに悪婆あって長崎の異人に妾(めかけ)に出そうという。それを避けて旅へ出で、ある山国へ巡業したところ、大森林、大傾斜、百千頭も馬のいるところ、そういう所の大きな屋敷へ、どういう訳でか連れて行かれた。そうしてそこで恐ろしい目に逢い、妾(わたし)は正気を失ったらしい。正気づいて見れば陣十郎という男が、妾の側に附いていて、それ以来ずっとその男が、あらゆる圧迫と虐待とを加え、妾にその土地へ連れて行け、お前の謡う歌にある土地へ、連れて行けと云って強いに強い、爾来その男に諸々方々を、連れ歩かれたとこう云うのじゃ。……それからわしは源女殿を連れて、江戸へ帰って屋敷へ置いたが、そこは女芸人のことで、もう一度舞台に出たいという。そこで元の座へ出したところ、陣十郎に見付けられ、貴殿などとも知り合うようになった。……」
「よく解(わか)りましてござります」
 要介の長い話を聞き、浪之助はこれまでの疑問を融かした。
「と致しますと陣十郎も、例の黄金の伝説的秘密を、承知いたして居りまして、それを探り出そうと心掛け、源女を抑えて居りましたので……」
「さよう」と要介は頷いて云った「逸見多四郎殿の門弟として、秩父地方に永らく居た彼、黄金の秘密は知悉しているはずじゃ」
 この時部屋の外の廊下に、つつましい人の足音がし、
「ご免下され」という男の声がし、襖が開いて小紅屋の主人が、恭しくかしこまった顔を出し、
「逸見の殿様お越しにござります。へい」と云って頭を下げた。
 見れば主人の背後にあたって、威厳のある初老の立派な武士が、気軽にニコヤカに微笑しながら、部屋を覗くようにして立っていた。
「逸見多四郎参上いたしました」


「や、これは!」とさすがの要介も、郷士ながらも所の領主、松平大和守(やまとのかみ)には客分にあつかわれ、新羅(しんら)三郎義光(よしみつ)の後胤甲斐源氏の名門であり、剣を取らせては海内の名人、しかも家計は豊かであって、倉入り千俵と云われて居り、門弟の数大略(おおよそ)二千、そういう人物の逸見多四郎が、気軽にこのような旅籠屋などへ、それも留守の間に道場の看板、門の大札[#「大札」は底本では「大礼」]を外して行ったところの、要介を訪ねて来ようなどとは、要介本人思いもしなかったところへ、そのように気軽に訪ねて来られたので、さすがに驚いて立ち上った。
「これはこれは逸見先生、わざわざご来訪下されましたか。いざまずこれへ! これへ!」
「しからばご免」と仙台平の袴に、黒羽二重の衣裳羽織、威厳を保った多四郎は、静かに部屋の中へ入って来た。
 座が定(き)まってさて挨拶! という時に要介の機転、床の間に立ててあった例の門札を[#「門札を」は底本では「門礼を」]、恭しく抱えて持って来るや、前へ差し出しその前に坐り、
「実は其(それがし)先生お屋敷へ、本日参上いたしましたところ、江戸へ参ってご不在との御事。と、いつもの悪い癖が――酔興とでも申しましょうか、悪い癖がムラムラと起こりまして、少しく無礼とは存じましたが、門弟の方へ一応断わり、この大門札[#「門札」は底本では「門礼」]ひき外し、旅舎まで持参いたしました、がしかし決して粗末にはいたさず、床の間へ立てかけ見事の筆蹟を、打ち眺め居りましてござります。が、それにしてもこの門札を[#「門札を」は底本では「門礼を」]、ひき外し持参いたしましたればこそ、かかる旅舎などへ先生ほどのお方を、お招きすること出来ました次第、その術策的中(あた)りましてござるよ。ハッハッハッ」と笑ったが、それは爽かな笑いでもあった。
 と、多四郎もそれに合わせ、こだわらぬ爽かな笑い声を立てたが、
「その儀でござる、実は其(それがし)所用あって江戸へ参り、三日不在いたしまして、先刻帰宅いたしましたところ、ご高名の秋山先生が、不在中三回もお訪ね下され、三回目の本日門の札を[#「札を」は底本では「礼を」]、ひき外しお持ちかえりなされたとのこと、門弟の一人より承(うけたま)わり、三回のご来訪に恐縮いたし、留守を申し訳なく存じますと共に、その門弟へ申したような次第――、門札を[#「門札を」は底本では「門礼を」]外して持ち去った仁、秋山要介先生でよかった。他の仁ならこの多四郎、決して生かして置きませぬ。秋山要介先生でよかった。その秋山先生は、奇嬌洒脱の面白い方じゃ、いまだ一度もお目にかからぬが、勇ましいお噂は承って居る。五百石といえば堂々たる知行、その知行取りの剣道指南役の、嫡男の身に産れながら、家督を取らず浪人し、遊侠の徒と交際(まじわ)られ、権威に屈せず武威に恐れず、富に阿(おも)ねらず貧に恥じず、天空海濶に振舞われる当代での英傑であろう。門札を[#「門札を」は底本では「門礼を」]持って行かれたも、単なる風狂に相違ない。宿の小紅屋に居られるなら、早速参ってお目にかかろうとな。――そこで参上いたしたような次第、お目にかかれて幸甚でござった」
「杉氏どうじゃな」と要介は、浪之助の方へ声をかけた。


「人物は人物を見抜くと云ったが、どうじゃ杉氏、その通りであろう」
 こう云ったがさらに要介は、多四郎の方へ顔を向け、
「ここに居られるは杉浪之助殿某(それがし)の知己友人でござる。門札[#「門札」は底本では「門礼」]外して持ち参ったことを、ひどく心配いたしましたについて、いや拙者だからそれはよい、余人ならばよろしくないと云うことは逸見先生もご存知、人物は人物を見抜くものじゃと、今し方申して居りました所で、……杉氏何と思われるな?」
「ぼんやり致しましてござります」
 浪之助はこう云うと、恰も夢から醒めたように、眼を大きくして溜息を吐いた。
「鳳凰(ほうおう)と麒麟(きりん)! 鳳凰と麒麟! 名優同志の芝居のようで。見事のご対談でございますなあ」
 逸見多四郎がやって来た! さあ大変! 凄いことが起こるぞ! 激論! 無礼咎め! 切合い! 切合い! と、その瞬間思ったところ、事は全く反対となり、秋山先生で先ずよかった! ……ということになってしまい、十年の知己ででもあるかのように、笑い合い和み合い尊敬し合っている。で浪之助は恍惚(うっとり)として、両雄の対談を聞いていたのであった。
「酒だ」と要介は朗かに云った。
「頼みある兵(つわもの)の交際に、酒がなくては物足りぬ。酒だ! 飲もう! 浪之助殿、手を拍って女中をお呼び下され!」
「いや」と多四郎は手を振って止めた。
「酒も飲みましょう。がしかし、酒は場所を変えて飲みましょう」
「場所を変えて? はてどこへ?」
「拙者の屋敷で。……云うまでもござらぬ」
「要介のまかり在るこの屋敷、さてはお気に入らぬそうな」
「いやいや決して、そういう訳ではござらぬ。……が、最初にご貴殿において、お訪ね下されたのが拙者の屋敷、言って見れば先口で。……ではその方で飲むのが至当。……」
「ははあなるほど、それもそうじゃ」
「ということと存じましたれば、駕籠を釣らせてお宿の前まで、既に参って居りますので」
「それはそれはお手廻しのよいこと。……がしかし拙者といたしましては、ご貴殿のお屋敷におきましては、酒いただくより木刀をもって、剣道のご指南こそ望ましいのでござる」
「云うまでもござらぬ剣道の試合も、いたしますでござりましょう」
「その試合じゃが逸見先生、尋常の試合ではござらぬぞ」
「と申してまさかに真剣の……」
「なんのなんの真剣など。……実は賭試合がいたしたいので」
「ナニ賭試合? これは面妖! 市井の無頼の剣術使いどもが、生活(くらし)のために致すような、そのような下等の賭試合など……」
「賭る物が異(ちが)ってござる」
「なるほど。で、賭物は?」
「拙者においては赤尾の林蔵!」
「赤尾の林蔵を? 赤尾の林蔵を? ふうん!」と云ったが多四郎は、じっと要介の顔を見詰めた。


「博徒ながらも林蔵は、拙者の剣道の弟子でござる」
 要介はそう云って意味ありそうに、多四郎の顔を熟視した。
「その林蔵をお賭になる。……では拙者は何者を?」
 いささか不安そうに多四郎は云って、これも要介を意味ありそうに見詰めた。
「高萩村の猪之松を、お賭下さらば本望でござる」
「彼は拙者の剣道の弟子……」
「で、彼をお賭け下され」
「賭けて勝負をして?」
「拙者が勝てば赤尾の林蔵を、関東一の貸元になすべく、高萩村の猪之松を、林蔵に臣事いたさせ下され」
「拙者が勝たば赤尾の林蔵を、高萩の猪之松に従わせ、猪之松をして関東一の……」
「大貸元にさせましょう」
「ははあそのための賭試合?」
「弟子は可愛いものでござる」
「なるほどな」と多四郎は云ったが、そのまま沈黙して考え込んでしまった。
 林蔵と猪之松とが常日頃から、勢力争いをしていることは、多四郎といえども知っていた。その争いが激甚となり、早晩力と力とをもって、正面衝突しなければなるまい――という所まで競り詰めて来ている。ということも伝聞していた。とはいえそのため秋山要介という、一大剣豪が現われて、師弟のつながりを縁にして、自分に試合を申し込み、その勝敗で二人の博徒の、勢力争いを解決しようなどと、そのような事件が起ころうなどとは、夢にも思いはしなかった。
(何ということだ!)と先ず思った。
(さてどうしたものだろう?)
 とは云え自分も弟子は可愛い、成ろうことなら林蔵を挫いて、猪之松を大貸元にしてやりたい。
(では)と思わざるを得なかった。
(では要介の申し込みに応じ、賭試合を行ない打ち勝ってやろう)
 腹が決まると堂々たるもので、逸見多四郎は毅然として云った。
「賭試合承知いたしてござる。しからば直ちに拙者屋敷に参り、道場においてお手合わせ、試合いたすでござりましょう」
「欣快」
 要介は立ち上った。
「杉氏、貴殿もおいでなされ」
 三人揃って部屋を出た。

 逸見多四郎家のここは道場。――
 竹刀(しない)ではない木刀であった。
 要介と多四郎とは構えていた。
 一本勝負!
 そう定められていた。
 二人ながら中段の構え!
 今、シ――ンと静かである。
 かかる試合に見物は無用と、通いの門弟も内門弟も、一切退けてのただ二人だけ! いや他に杉浪之助と、要介の訪問に応待に出た、先刻の若侍とが道場の隅に、つつましく控えて見守っていた。

10
 見霞むばかりの大道場、高く造られある正面は、師範の控える席であり、それに向かって左の板壁には、竹刀(しない)、木刀、槍、薙刀(なぎなた)、面、胴、籠手の道具類が、棚に整然と置かれてあり、左の板壁には段位を分けた、漆塗りの名札がかけてあった。
 塵もとどめぬ板敷は、から拭きされて鏡のように光り、おりから羽目板の隙間から、横射しに射して来た日の光りが、そこへ琥珀色の棒縞を織り、その空間の光の圏内に、ポッと立っている幽かな塵埃(ほこり)は、薄い煙か紗のようであった。
 互いに中段に位取って動かぬ、要介と多四郎は広い道場の、中央に居るところから、道場の端に腰板を背にして、端座している浪之助から見ると、人形のように小さく見えた。
 おおよそ六尺の間隔を保ち、互いに切先を相手の眉間へ、ピタリと差し付けて構えたまま、容易に動こうとはしなかった。
 道具を着けず木刀にての試合に、まさに真剣の立合いと、何の異なるところもなく、赤樫蛤刃(あかがしはまぐりは)の木刀は、そのまま真(まこと)の剣であり、名人の打った一打ちが、急所へ入らば致命傷、命を落とすか不具(ふぐ)になるか、二者一つに定(き)まっていた。
 とはいえ互いに怨みあっての、遺恨の試合というのではなく、互いの門弟を引っ立てようための義理と人情とにからまった、名人と名人との試合であった。自然態度に品位があり、無理に勝とうの邪心がなく、闘志の中に礼譲を持った、すがすがしい理想的の試合であった。
 今の時間にして二十分、構えたままで動かなかった。
 掛声一つかけようとしない。
 掛声にも三通りある。
 追い込んだ場合に掛ける声。相手が撃って出ようとする、その機を挫(くじ)いて掛ける声、一打ち打って勝利を得、しかも相手がその後に出でて、撃って来ようとする機を制し、打たせぬために掛ける声。
 この三通りの掛声がある。
 しかるに二人のこの試合、追い込み得べき機会などなく、撃って出ようとするような、隙を互いに見せ合わず、まして一打ち打ち勝つという、そういうことなどは絶対になかった。
 で、二人ながら掛声もかけず、同じ位置で同じ構えで、とはいえ決して居附きはせず、腹と腹との業比べ、眼と眼との睨み合い、呼吸と呼吸との抑え合い、一方が切先を泳がせれば、他の一方がグッと挫き、一方が業をかけようとすれば、他の一方が先々ノ先で、しかも気をもって刎ね返す、……それが自ずと木刀に伝わり、二本の木刀は命ある如く、絶えず幽かにしかし鋭く、上下に動き左右に揺れていた。
 更に長い時が経った。
 と、要介の右の足が、さながら磐石をも蹴破るていの、烈しさと強さと力とをもって、しかもゆっくりと充分に粘り、ソロリとばかり前へ出て、左足がそれに続いた。
 瞬間多四郎の左足が、ソロリとばかり後へ下り、右足がそれに続いた。
 で 間だ! 静止した。
 長い間! ……しかし……次の瞬間……ドドドドッという足音が響いた。

11
 奔流のように突き進む要介!
 追われて後へ退く多四郎!
 ドドドドッという二人の足音!
 見よ、その速さ、その鋭さ!
 あッ、多四郎は道場の端、板壁へまで追い詰められ、背中を板壁へあてたまま、もう退けない立ち縮んだ。
 その正面へ宛然(さながら)巨岩、立ちふさがったは要介であった。
 勝負あった!
 勝ちは要介!
 非ず、見よ、次の瞬間、多四郎の胸大きく波打ち、双肩渦高く盛り上ると見るや、ヌッと一足前へ出た。
 と、一足要介は下った。
 多四郎は二足ヌッと出た。
 要介は退いた。
 全く同じだ!
 ドドドドッという足音!
 突き進むは多四郎、退くは要介、たちまちにして形勢は一変し、今は要介押し返され、道場の破目板を背に負った。
 で、静止!
 しばらくの間!
 二本の剣が――木刀が、空を細かく細かく細かく、細かく細かく刻んでいる。
 多四郎勝ちか?
 追い詰め了(りょう)したか?
 否!
 ソロリと一足下った。
 追って要介が一足出た。
 粘りつ、ゆっくりと、鷺足さながら、ソロリ、ソロリ、ソロリ、ソロリと、二人は道場の中央まで出て来た。
 何ぞ変らざる姿勢と形勢と!
 全く以前と同じように、二人中段に構えたまま、見霞むばかりの大道場の、真中の辺りに人形のように小さく、寂然と立ち向かっているではないか。
 さすがに二人の面上には、流るる汗顎までしたたり、血上って顔色朱の如く、呼吸は荒くはずんでいた。
 窒息的なこの光景!
 なおつづく勝負であった。
 試合はつづけられて行かなければならない。
 が、忽然そのおりから、
□秩父の郡(こおり)
小川村
逸見様庭の
桧の根
昔はあったということじゃ
 と、女の歌声が道場の外、庭の方から聞こえてきた。
「しばらく!」と途端に叫んだ要介、二間あまりスルスルと下ると、木刀を下げ耳を澄ました。
「…………」
 審かしそうに体を斜めに、しかし獲物は残心に、油断なく構えた逸見多四郎、
「いかがなされた、秋山氏?」
「あの歌声は? ……歌声の主は?」
「ここに控え居る東馬共々、数日前に、絹川において、某(それがし)釣魚(ちょうぎょ)いたせし際、古船に乗って正体失い、流れ来たった女がござった[#「ござった」は底本では「ごさった」]。……助けて屋敷へ連れ参ったが、ただ今の歌の主でござる」

12
「名は? 源女! お組の源女! ……と申しはいたしませぬか?」
「よくご存知、その通りじゃ」
「やっぱりそうか! そうでござったか! ……有難し、まさしく天の賜物! ……その女こそこの要介仔細ござって久しい前より、保護を加え養い居る者、過日上尾の街道附近で、見失い失望いたし居りましたが、貴殿お助け下されたか。……源女拙者にお渡し下され」
「ならぬ!」と多四郎ニベもなく云った。
「源女決して渡すことならぬ!」
「理由は? 理由は? 逸見氏?」
「理由は歌じゃ、源女の歌う歌じゃ!」
「…………」
「今は変わって千の馬、五百の馬の馬飼の……後にも数句ござったが、この歌を歌う源女という女子、拙者必要、必要でござる!」
「なるほど」と要介は頷いて云った。
「貴殿のお家に、逸見家に、因縁最も深き歌、その歌をうたう源女という女、なるほど必要ござろうのう……伝説にある埋もれたる黄金、それを掘り出すには屈竟の手蔓……」
「では貴殿におかれても?」
「御意、さればこそ源女をこれ迄……」
「と知ってはいよいよ源女という女子(おなご)、お渡しいたすことなりませぬ」
「さりながら本来拙者が保護して……」
「過ぐる日まではな。がその後、見失いましたは縁無き證拠。……助けて拙者手に入れたからは、今は拙者のものでござる」
「源女を手蔓に埋もれし黄金を、では貴殿にはお探しなさるお気か?」
「その通り、云うまでもござらぬ」
「では拙者の競争相手!」
「止むを得ませぬ、因縁でござろう」
「二重に怨みを結びましたな!」
「ナニ怨みを? 二重に怨みを?」
「今は怨みと申してよかろう! ……一つは門弟に関する怨み、その二は源女に関する怨み!」
「それとても止むを得ぬ儀」
「用心なされ逸見氏、拙者必ず源女を手に入れ、埋もれし黄金も手に入れましょう」
「出来ましたなら、おやりなされい!」
「用心なされ逸見氏、源女を手に入れ埋もれし黄金を、探し出だそうと企て居る者、二人以外にもござる程に!」
「二人以外に? 誰じゃそ奴?」
「貴殿の門弟、水品陣十郎!」
「おお陣十郎! おお彼奴(きゃつ)か! ……弟子ながらも稀代の使い手、しかも悪剣『逆ノ車』の、創始者にして恐ろしい奴。……彼奴の悪剣を破る業、見出だそうとこの日頃苦心していたが、彼奴が彼奴が源女と黄金を……」
「逸見氏、お暇申す」
「勝負は? 秋山氏、今日の勝負は?」
「アッハハ、後日真剣で!」

因果な恋


 高萩村の村外れに、秩父香具師(やし)の部落があり、「刃ノ郷(やいばのごう)」と称していた。三十軒ほどの人家があり、女や子供や老人などを入れ、百五十人ほどの半農半香具師が、一致団結して住んでいた。
 郷に一朝事が起こり、合図(しらせ)の竹法螺がボーッと鳴ると、一切の仕事を差し置いて、集まるということになっていた。
 弁三爺さんという香具師の家は、この郷の片隅にあった。
 茅葺の屋根、槇の生垣、小広い前庭と裏の庭、主屋、物置、納屋等々、一般の農家と変わりのない家作、――ただし床ノ間に鳥銃一挺、そうして壁に半弓一張、そういう武器が懸けてあるのは、本来が野士といって武士の名残――わけても秩父香具師は源氏の正統、悪源太義平から来ていると、自他共に信じているそれだけあって、普通の農家と異(ちが)っていた。
 秋山要介と逸見多四郎とが、多四郎の道場で、木刀を交した、その日から数日経過したある日の、こころよく晴れた綺麗な午後、ここの庭に柿の葉が散っていた。
 その葉の散るのをうるさそうに払って、お妻が庭へ入って来た。
「いい天気ね、弁三爺さん」
 母屋の縁側に円座を敷き、その上に坐って憂鬱の顔をし、膏薬を練っていた弁三爺さんは、そう云われてお妻の顔を見た。
「よいお天気でございますとも……へい、さようで、よいお天気で」
 ――そこで又ムッツリと家伝の膏薬を、節立った手で練り出した。
 お妻は眉をひそめて見せたが、
「日和が続いていい気持だのに、爺つぁんはいつも不機嫌そうね」
「へい、不機嫌でございますとも、倅が江戸へ出て行ったまま、帰って来ないのでございますからな」
「またそれをお云いなのかえ。ナーニそのうち帰って来るよ」とは云ったものの殺された倅、弁太郎が何で帰るものかと、心の中で思っているのであった。
(あの人を殺したのは陣十郎だし、殺すように進めたのは妾だったっけ)
 こう思えばさすがに厭な気がした。
 まだお妻がそんな邯鄲師(かんたんし)などにならず、この郷に平凡にくらしていた頃から、弁太郎はひどくお妻を恋し、つけつ廻しつして口説いたものであった。その後お妻は故郷を出て、今のような身の上になってしまった。と、ヒョッコリ[#「ヒョッコリ」は底本では「ヒョッコり」]弁太郎が、膏薬売となって江戸へ出て来、バッタリお妻と顔を合わせた。爾来弁太郎は附き纏い、長い間の恋を遂げようとし、お妻の現在の身分も探ぐり、恋遂げさせねば官に訴え、女邯鄲師として縄目の恥を、与えようなどと脅迫さえした。お妻は内心セセラ笑ったが、うるさいから眠らせてしまおうよ、こう思って情夫の陣十郎へケシカケ、一夜お茶ノ水へ引っ張り出し、一刀に切らせてしまったのであった。
 杉浪之助が源女の小屋から、自宅へ帰る途中(みちすが)らに見た、香具師の死骸は弁太郎なのであった。
「爺つぁん、主水さんのご機嫌はどう?」お妻は話を横へそらせた。


「あのお方もご機嫌が悪そうで」
 弁三はそう云って俯向いて、物憂そうに膏薬を練った。
「出て行きたそうなご様子はないかえ?」
「出て行きたそうでございますなあ」
「出て行かしちゃアいけないよ」
「というお前さんの云いつけだから、せいぜい用心しては居りますがね」
「行かせたらあたしゃア承知しないよ」
 剃刀(かみそり)のような眼でジロリと見た。
「手に合わなけりゃア仕方がねえ、ボーッと竹法螺吹くばかりだ」
「と、村中の出口々々が、固められるから大丈夫だねえ。でもそういった大袈裟なこと、あたしゃアしたくはないのだよ」
「ご尤(もっと)もさまでございます」
「どれご機嫌を見て来よう」
 腰かけていた縁から立って、お妻は裏の方へ廻って行った。
(凄い女になったものさな)
 お妻の後を見送りながら、そう弁三爺さんは思った。
 以前この郷に居た時分は、度胸こそあったが可愛いい無邪気な綺麗な娘っ子に過ぎなくて、この家などへもノベツに来て、お爺さんお爺さんと懐かしがってくれたお妻、それがどうだろう陣十郎とかいう浪人者と手をたずさえて、今度やって来た彼女を見れば、縹緻も上ったがそれより何より、人間がすっかり異(ちが)ってしまっていて、腕には刺青眼には殺気、心には毒を貯えていて、人殺しぐらいしかねまじい姐御、だいそれた女になっているではないか。
(陣十郎とかいうお侍さん、随分怖そうなお侍さんだが、あんな人の眼をこっそり盗んで、鴫澤主水(しぎさわもんど)とかいうお侍さんを、こんな所へ隠匿(かくま)うなんて……血腥さい[#「血腥さい」は底本では「血醒さい」]事件でも起こらなけりゃアいいが)
 これを思うと弁三爺さんは、不安で恐ろしくてならなかった。
 数日前のことであった、そのお侍さんを駕籠に乗せて、宵にこっそりやって来て、
「このお侍さんを隠匿っておくれ、村の者へも陣十郎さんへも、誰にも秘密(ないしょ)で隠匿っておくれ、昔馴染みのお前さんのとこより、他には隠し場所がないんだからねえ」
 こうお妻が余儀なげに云った。
 見ればどうやらお侍さんは、半分死んででもいるように、気息奄々憔衰していた。
「へい、それではともかくも……」
 こう云って弁三は引き受けた。
 と、翌日から毎日のように、お妻はやって来て介抱した。
(どういう素性のお侍さんなのかな?)
(お妻さんとの関係はどうなんだろう?)
 解(わか)らなかったが不安であった。
 婆さんには死に別れ、たった一人の倅の弁太郎は江戸に出たまま帰って来ない。ただでさえ不安で小寂しいところへ、そんなお侍さんをあずかったのである。
 弁三爺さんは憂鬱であった。
 黙々と膏薬を練って行く。
 ヒョイと生垣の向こうを見た。
「あッ」と思わず声をあげた。
 陣十郎が蒼白い顔を、気味悪く歪めて生垣越しに、じっとこっちを見ているではないか。
(さあ大変! さあ事だ!)


「おい」と陣十郎は小声で呼んだ。
「おい爺(とっ)つぁん、ちょっと来てくんな」
 生垣越しに小手招きした。
 裏の座敷にはお妻がいるはずだ。
「へい」とも返辞が出来なかった。
 顫えの起こった痩せた体を、で弁三はヒョロヒョロと立たせ、庭下駄を穿くのもやっとこさで、陣十郎の方へ小走って行った。
 生垣を出ると村道である。
 と、陣十郎がしゃがみ込んだので、向かい合って弁三もしゃがみ込み、
「へ、へい、これは水品様……」
「爺つぁん、お妻が来たようだね」
「オ、お妻さんが……へい……いいえ」
「へい、いいえとはおかしいな。へいなのか、いいえなのか?」
「へい……いいえ……いいえなので」
「とすると俺の眼違いかな」
「………」
「恰好がお妻に似ていたが……」
「…………」
「ナーニの、俺ら家を出てよ、親分の家へ行こうとすると、鼻っ先を女が行くじゃアないか。滅法粋な後ろ姿さ。悪くねえなア誰だろうと、よくよく見ると俺の女房さ。アッ、ハッハッそうだったか、女房とあっては珍しくねえ、と思ったがうちの女房ども、どちらへお出かけかとつけて来ると、お前の家へ入ったというものさ」
「へ、へい、さようで、それはそれは……」
「それはそれはでなくて、これはこれはさ。これはこれはとばかり驚いて、しばらく立って見ていたが、裏の方へ廻って行ったので、爺つぁんお前をよんだわけさ」
「へ、へい、さようでございますかな」
「裏にゃア何があるんだい?」
「へい、庭と生垣と……」
「それから雪隠と座敷とだろう」
「へい、裏座敷はございます」
「その座敷にだが居る奴はだれだ!」
「ワーッ! ……いいえ、どなた様も……」
「居ねえ所へ行ったのかよ」
「ナ、何でございますかな?」
「誰もいねえ裏座敷へ、俺の女房は入って行ったのか?」
「…………」
「犬か!」
「へ?」
「雄の犬か!」
「滅相もない」
「じゃア何だ!」
「…………」
「云わねえな、利いていると見える、お妻のくらわせた鼻薬が……」
「水品様、まあそんな……そんな卑しい弁三では……」
「ないというのか、こりゃア面白い、媾曳宿(あいびきやど)に座敷を貸して、鼻薬を貰わねえ上品な爺(おやじ)――あるというならこりゃア面白い! 貰った貰った鼻薬は貰った。そこでひし隠しに隠しているのだ! ……ヨーシそれならこっちの鼻薬、うんと利くやつを飲ませてやる」
 トンと刀の柄を叩いた。
「鍛えは関、銘は孫六、随分人を切ったから、二所ばかり刃こぼれがある、抜いて口からズーッと腹まで! ……」
 ヌッと陣十郎は立ち上り、グッと鯉口を指で切った。


 古びた畳、煤けた天井、雨もりの跡のある茶色の襖。裏座敷は薄暗く貧しそうであった。
 江戸土産の錦絵を張った、枕屏風を横に立てて、褥(しとね)の上に坐っているのは、蒼い頬、削けた顎、こればかりは熱を持って光っている眼、そういう姿の主水であった。
「心身とも恢復いたしました。もう大丈夫でございます」
 そんな姿でありながら、そうして声など力がないくせに、そう主水は元気ありそうに云った。
「そろそろ発足いたしませねば……」
「さあご恢復なさいましたかしら」
 高過ぎる程高い鼻、これだけが欠点といえば欠点と云え、その他は仇っぽくて美しい顔へ、意味ありそうな微笑を浮かべ、流眄(ながしめ)に主水を眺めながら、前に坐っているお妻は云った。
「ご恢復とあってはお父様の敵(かたき)、お討ちにならねばなりませんのねえ」
「はいそれに誘拐(かどわか)されました妹の、行方を尋ね取り戻さねば……」
「そうそう、そうでございましたわねえ」
 お妻はまたも微笑したが、
「そのお妹御の澄江(すみえ)様、まことは実のお妹御ではなく、お許婚(いいなずけ)の方でございましたのね」
 そう云った時お妻の眼へ、嫉妬(ねた)ましさを雑えた冷笑のようなものが、影のようにチラリと射した。
「はい」と主水は素直に云った。
「とはいえ永らく兄妹として、同じ家に育って参りましたから、やはり実の妹のように……」
「さあどんなものでございましょうか」
 云い云い髪へ手をやって、簪(かんざし)で鬢の横を掻いた。
「お許婚の方をお連れになり、敵討の旅枕、ホ、ホ、ホ、お芝居のようで、いっそお羨(うらやま)しゅうございますこと……」
 主水は不快な顔をしたが、グッと抑えてさりげなく、
「その妹儀あれ以来、どこへ連れられ行かれましたか……思えば不愍……どうでも探して……」
「不愍は妾もでございますよ」
 お妻の口調が邪見になり、疳を亢ぶらせた調子となった。
「人の心もご存知なく……妾の前でお許婚の、お噂ばかり不愍とやら、探そうとやら何とやら、お気の強いことでございます」
 グッと手を延ばすと膝の前にあった、冷えた渋茶の茶碗を取り、一口に飲んでカチリと置いた。
「妾の心もご存知なく!」
 西陽が障子に射していて、時々そこへ鳥影がさした。
 生垣の向こう、手近の野良で、耕しながらの娘であろう、野良歌うたうのが聞こえてきた。
□背戸(せと)を出たればナー
よいお月夜で
様(さま)の頬冠(ほおかむ)ナー
白々と
 二人はしばらく黙っていた。
 と、不意に怨ずるように、お妻が熱のある声で云った。
「ただに酔興で貴郎様を、何であの時お助けしましょうぞ。……その後もここにお隠匿(かくま)いし、何の酔興でご介抱しましょう。……心に想いがあるからでござんす」


 主水は当惑と多少の不快、そういう感情をチラリと見せた。
 が、お妻はそんなようにされても、手を引くような女ではなく、
「あの際お助けしなかろうものなら、陣十郎が立ち戻り、正気を失っている貴郎様を、討ち取ったことでござりましょうよ。……恩にかけるではござりませぬが、かけてもよいはずの妾(わたし)の手柄、没義道(もぎどう)になされずにねえ主水様……」
「あなた様のお心持、よう解っては居りまするが、……そうしてお助け下されました、ご恩の程も身にしみじみと有難く存じては居りまするが……」
 そう、主水はお妻の云う通り、あの日陣十郎を追って行き、疲労困憊極まって、鎮守の森で気絶した時、お妻の助けを得なかったなら、後にて聞けば陣十郎が、森へ立ち戻って来たとはいうし、その陣十郎のために刃の錆とされ、今に命は無かったろう。だからお妻は命の恩人と、心から感謝はしているのであり、そのお妻が来る度毎に、それとなく、いやいや、時には露骨に、自分に対して恋慕の情を、暗示したり告げたり訴えたりした。でお妻が自分を助けた意味も、とうに解ってはいるのであった。
 さりとてそのため何でお妻と、不義であり不倫であり背徳である関係、それに入ることが出来ようぞ!
「主水様」とお妻は云った。
「あなた様にはまだこの妾(わたし)が陣十郎の寵女(おもいもの)、陣十郎の情婦(いろおんな)、それゆえ心許されぬと、お思い遊ばして居られますのね」
 下から顔を覗かせて、主水の顔色を窺った。
「いかにも」と主水は苦しそうに云った。
「それを思わずに居られましょうか。……討ち取らねばならぬ父の敵(かたき)! 陣十郎の寵女、お妻殿がそれだと知りましては、心許されぬはともかくも、何で貴女(あなた)様のお志に……」
「従うことなりませぬか」
「不倶戴天の[#「不倶戴天の」は底本では「不具戴天の」]敵の情婦に……」
「では何でおめおめ助けられました」
「助けられたは知らぬ間のこと……」
「では何で介抱されました……」
 答えることが出来なかった。思われるはただ機を失した! 機を失したということであった。
 助けられたその翌日、訊ねられるままにお妻に対し、主水は姓名から素性から、その日の出来事から敵討のことから、敵の名さえ打ち明けた。
 と、お妻は驚いたように、主水の顔を見詰めたが、やがて自分が陣十郎の情婦、お妻であることを打ち明けた。
 これを聞いた時の主水の驚き!
 同時に思ったことといえば、
(助けられなければよかったものを!)
 ――というそういうことであり、直ぐにも立ち退こうということであった。


(直ぐに立ち退いたらよかったものを)
 今も主水(もんど)はこう思っている。
 立ち退こうとその時云いはした。
 と、お妻が止めて云った。
「ここは高麗郡(こまごおり)の高萩村、博徒の縄張は猪之松という男、陣十郎の親分でござんす。十町とは歩けなさるまい、そのように弱っているお体で、うかうか外へ出ようものなら、手近に陣十郎は居りまするし、猪之松親分の乾兒(こぶん)も居り、貴郎(あなた)様にはすぐに露見、捕らえられて嬲り殺し! ……ご発足など出来ますものか」
 しかし主水としては敵の情婦に、介抱なんどされること、一分立たずと思われたので、無理にも立とうと云い張った。
 と、お妻は嘲笑うように云った。
「ここは『刃ノ郷(やいばのごう)』と申し、高萩村でも別趣の土地、秩父香具師の里でござんす。住民一致して居りまして、事ある時には竹法螺を吹く。と、人々出で合って、村の入口出口を固め、入る者を拒み出る人を遮る。妾(わたし)もこの郷の女香具師の一人、いいえ貴郎様は発足(た)たせませぬ! 無理にお発足ちと有仰(おっしゃ)るなら、竹法螺吹いて止めるでござんしょう」
 もう発足つことは出来なかった。
 こうして今日まで心ならずも、介抱を受けて来たのであって、無理に受けさせられた介抱ではあるが、敵の情婦と知りながら、介抱を受けたには相違なく、で、それを口にされては、返す言葉がないのであった。
(直ぐに立ち退けばよかったのだ! 機を失した! 機を失した!)
 このことばかりが口惜まれるのであった。
 二人はしばらく黙ったままで――主水は俯向いて膝を見詰め、お妻はそういう主水の横顔を、むさぼるように見守っていた。
「それにいたしましても何と云ってよいか、あなたにとりましてはこの主水。敵の片割ともいうべきを、そのようにお慕い下さるとは……」
 途切れ途切れの言葉つきで、やがて主水はそんなように云った。
「さよう、敵の片割でござる。あなたの愛人水品陣十郎を、敵と狙う拙者故……」
「悪縁なのでござりましょうよ」

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