銀三十枚
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著者名:国枝史郎 

 ここに一つ残念なことには――だが良人たる私にとっては、かえってひどく安心な事には、――彼女の容色がにわかに落ちた。
 それは苦労をしたからであった。
 いつも重荷を担いでいる、田舎の百姓の女達が、早くその美を失うように、彼女も重荷[#「重荷」は底本では「荷重」]を担いだため、俄然縹緻(きりょう)を落としてしまった。
 精神的にしろ肉体的にしろ、あんまり重荷を担ぐことは、不為(ふため)のように思われる。
 私も随分苦労をした。
 年より白髪の多いのは、重荷を担いだ為であった。
 彼女のおデコが目立って来た。下手な義歯が目立って来た。身長(せい)も高くはなくなった。
 だがそれも結構ではないか。
 美しい妻を持っていることは、胆汁質でない良人にとっては、決して幸福ではないのだから。
 だが勿論将来といえども、いろいろ彼女は失敗を演じて、私を苦しめるに相違ない。
 だが恐らく「伯爵ゴッコ」をして、苦しめるようなことはないだろう。
 真夏が来、真夏が去った。[#底本ではここで改段]
 二人の生活には変わりがなかった。

 何でもないことだが云い落とした。
 佐伯準一郎氏の旧宅へ、何のために彼女は越したのだろう?
 やはりそれも佐伯氏を、威嚇するための策だったそうな。




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