生死卍巴
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著者名:国枝史郎 

 ――が、俺はもう二人の男女を、ほんの最近に夫婦にしてやったと、慶正卿の云った男女が、この茅野雄と浪江なのであった。
 そうして小枝と茅野雄夫婦とは、いずれも仲のよい友達であり、三人ながら慶正卿の館へ、伺候することを許されている、そういう身の上になっていた。
「何か珍らしい話はないか?」
 慶正卿が三人へ訊いた。
 と、小枝があどけなく云った。
「刑部老人の蒐集室へ参り、このような物を買うて参りました」
 取り出して見せたのは宝玉をちりばめた、美しい異国風の簪(かんざし)であった。
 慶正卿はとりあげたが、
「碩寿翁、これを値踏みしてごらん」
 こう云って笑って簪を渡した。
 と、碩寿翁は苦笑をしたが、
「どうやら依然としてあの老人は、贋物を売っておりますようで。……この宝玉は硝子(ガラス)のかけらで」
「さようさよう硝子のかけらだ」
 で、二人は哄笑した。
 これで刑部という老人が、例の屋敷で勿体らしく、贋物の古物や異国産の品を、売っているということが読者諸君にも、諒解されたことと思う。
 これで書くことはないはずである。
 では大団円とすることにしよう。
 が、しかし一言云いたいことがある。
 それは茅野雄の心持のことで、彼はこのように思っていた。
「千賀子という巫女(みこ)が俺を占い、『山岳へおいでなさいまし、何か得られるでございましょう』と、こんなようにあの晩云ってくれたが、その何かは浪江のことだった。……あの晩以来生死の境いを、卍巴と駈け巡ったが、しかし浪江を手に入れたのだから、無駄であったとは云われない」




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