死までを語る
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著者名:直木三十五 

 女房の帰りを迎える為に、菜を煮、米をかしぎ、座敷を掃除し、時々は、洗濯までしながら、生活について考えた。書く、という事を第一に考えたが、人の書くような小説を今更書いて、細田のあとから、よろよろと行きたくはないし、談話筆記は落第するし、記者も駄目だし――それに、父の年齢の事が気にかかるし、弟が中学へ入っているし(友人と同じように、文筆関係で生活しようと考えている事は大まちがいだ。そんな事で、こんな事をして、愚図愚図していると、大変な事になるぞ)
 私は、金を儲ける事を考えかけたが、何れも資本のいる事であった。その内に、女房が
「もう勤められない」
 と、云って、初めて、悲しい顔を見せた。
「何うして」
「明日から十月でしょう」
「うん」
「この着物で――歩けないわ」
 冬物が、値がいいので、ことごとく入質して、夏物のみである。この夏物と、冬物は交換できないし、金は無いし、女房は、袷を世間の人が来て[#「来て」はママ]いるのに、単衣で働いていたのである。
「よし、止めろ」
 と、私は言下に答えた。社の内情も、少し知っていたし、これ以上、女房に出来ない事をさしてはおけなかった。明日から何うするか、何の見当もつかなかったが、女房が、うつむいて
「勘弁して下さい」
 と、いうと同時に
「止めた方がいい、何うにかなる、心配するな」
 と、云って、何かしらやろうという力の、湧いてくるのを感じた。
(以下中断)



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