ある僧の奇蹟
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著者名:田山花袋 

     一

 久しく無住(むぢゆう)であつたH村の長昌院には、今度新しい住職が出来た。それは何でも二代前の老僧の一番末の弟子で、幼い時は此の寺で育つた人だといふことであつた。「ほ、あのお小僧さんが? それはめづらしいな。」などと村の人達は噂(うはさ)した。
 先代の住職が女狂ひをして、成規(せいき)を踏まずに寺の杉林を伐(き)つて売つたりして、そのため寺にもゐられなくなつてから、もう少くとも十二三年の歳月は経過した。始めは一里ほど隔つた法類のT寺がそれを監督したが、そこの和尚(をしやう)も二三年して死んで了(しま)つたので、あとは村の世話人が留守居などを置いて間に合せて来た。寺は唯荒るゝに任せた。
 長昌院と言へば、この界隈(かいわい)でもきこえた古い寺である。徳川時代にもいくらか御朱印のついてゐる格式の好い方であつたし、田地も十分についてゐたし、境内も広い広いものであつたし、先々代の老僧などは、駕籠(かご)に乗つて伴廻りを三人も四人も伴(つ)れなければ決して戸外(おもて)には出ないほどであつた。それに古い由緒(ゆゐしよ)が更にこの寺を価値(ねうち)づけた。寺の奥にある大きな五輪塔形の墓、苔(こけ)の深く蒸(む)した墓、それは歴史上にも聞えたこの土地の昔の城主なにがしの遺骸を埋めたところで、戦国時代にあつては、この城主は、この近隣数郡の地を攻略して、後にはその勢威がをさ/\一国を震慴(しんせふ)させたといふことであつた。今でもその住んでゐた城の址(あと)はその村の西の一隅に草藪(くさやぶ)になつて残つてゐるが、半ば開墾されて麦畠、豆畑、桑畑(くはばたけ)になつてゐるが、それでも館(やかた)の址(あと)だけは開墾すると崇(たゝり)があると言つて、誰も鋤(すき)も入れずにそのまゝにして置いた。取巻いた壕(ほり)の跡には、深く篠笹(しのざさ)が繁つて、時には雨後の水が黒く光つて湛(たゝ)へられてゐるのが覗(のぞ)かれた。春はそこから出て野に行く道に、蓮華草(れんげさう)や菫(すみれ)の一面に咲いたところがあつて、村の小娘達はそれを採つては束にして終日長く遊んでゐるのを誰も見懸けた。
 梅雨(つゆ)の降頻(ふりしき)る頃には、打渡した水の満ちた田に、菅笠(すげがさ)がいくつとなく並んで、せつせと苗(なへ)を植ゑて行つてゐる百姓達の姿も見えた。かれ等は用水の漲(みなぎ)つて流れる縁を通つて、この昔の館(やかた)の址(あと)の草藪に埋められてある傍を掠(かす)めて、そしていつも揃つて野良の方へと出掛けて行つた。
 少くとも、このH村では、半ば野に、半ば丘に凭(よ)つてゐるこのH村では、その城主の館の址と、五百年も前からあつたといふ寺と、その寺に残つてゐる苔蒸(こけむ)した墓と、この三つが、長い「時」の力の中に僅(わづ)かに滅びずに残つているもので、それ以外には何物も昔の跡を語るものはなかつた。寺の大檀越(だいだんをち)で、旧家で、昔は寺の為めに非常に喜捨をしたといふSTといふ家でも、その分家の分家が僅かに小さく残つてゐるばかりで、古い苔蒸した無数の墓の外(ほか)にはその昔の何事をも語らなかつた。唯、雲雀(ひばり)が高く囀(さへづ)つて空に上つた。
 今から数年前であつた。ある夏の日の晴れた午後の日影を受けて、此処等にはつひぞ見たことのない新しいパナマ帽を冠つた、絽(ろ)の紋付の羽織にちやんと袴(はかま)を着けたハイカラの若い綺麗な紳士が、銀の環(わ)の光つたステッキをつきながら、村長につれられて夥(おびたゞ)しく荒廃したその無住の寺の山門へと入つて来た。
 こんな会話を二人はした。
「えらく荒れてますな!」
「どうも……好い住職がないもんですから……それに、もとの住職が寺の借金を沢山(たくさん)残して行つたもんですから……」
「もう、長くゐないのですか、住職は?」
「八九年になります。」
 村長は丁寧な言葉で深く尊敬するやうにして話した。
 紳士は庇(ひさし)の落ち、軒の傾き、壁の崩れてゐる本堂の中に下駄のまゝ上つて行つたり、留守居の男の淋しさうに住んでゐる古い庫裡(くり)の方へ行つて見たりした。奥の苔の蒸した五輪形の墓の前に行つた時には、紳士は長い間跪(ひざまづ)いて手を合せた。
 この紳士は今朝突然この村にやつて来た。そして村長の宅(うち)を訪(たづ)ねた。かれは其処から一里に近い田舎町の旅舎(やどや)に昨夜(ゆうべ)わざ/\やつて来て宿を取つてゐたのであるが、その出した名刺を見た村長は、俄(には)かに言葉を丁寧にして、紳士の綺麗な顔を恐る/\見た。名刺には田舎の村長を驚かすに足る官名が書いてあつた。
 紳士は寺のことを聞き、墓を聞き、またその昔の館(やかた)の址(あと)を聞いた。今だに壕(ほり)の跡が依然として残つてゐるといふことを村長から聞いた時には、紳士の顔にはある深い感動の表情が上(のぼ)つた。やがて紳士はその墓と館の址とを残して永久に立去つた昔の城主の遠孫であることを村長に話した。村長は愈々(いよ/\)辞を低うした。
「何も他(ほか)には残つてはゐませんかな。」
「何も……旧家といふのも大抵潰れて了(しま)つたものですから……」
「ふむ……」
 かう言つたが、「さうすると、その先祖は小田原に亡(ほろぼ)されて、それから、野州に行つて、そこで今の主人を持つたんですな。何でも、野州で今の藩侯の家来になつたのは、こゝに墓のある人の孫に当つてゐるさうですから……」
「さやうで御座いますか。こゝから、お跡が野州に?」
 かう村長は別に感動するやうな風もなしに言つた。
 紳士は最初に村の西の隅にある館の址に行つた。濠(ほり)、草や笹に埋められた壕、それもかれには非常になつかしさうに見えた。かれはわざ/\草藪をわけて、その小高いところまで入つて行つた。しかし其処には何もなかつた。
「城ツて言つても、その時分は、館(やかた)なのだから――」
 こんなことを独言(ひとりごと)のやうに言つた。で、そこを出て、かれは用水縁(ようすゐべり)の路にその都人士らしい姿を見せつゝ寺の方へとやつて来た。途中では、丁度(ちやうど)ひろい庭で麦を打つてゐる百姓達が連枷(からざを)を留めてじろ/\かれの方を見た。
 寺にも一時間ほどゐた。留守居の男が赤く濁つた茶などを勧めた。
 かれは又訊(き)いた。
「寺に、先代の弟子と言ふものもなかつたのですか?」
「大勢あつたのですけれども……。それも先々代のですが……。先住(せんぢゆう)にはありませんけれども……。何うも皆な還俗(げんぞく)したり何かして了ひましてな……。しかし、いづれは住職を置かないでは困るんですから、そのうち好いのがあつたらと思つてはをりますのです。無住でおきましたから、もう先住の拵(こしら)へた借金もあら方ぬけました……」
「兎(と)に角(かく)、由緒(ゆゐしよ)のある寺をかうして置くのは惜しい。」
「さやうですとも……」
 で、その紳士は多くの布施(ふせ)を置いてそして帰つて行つた。
あとはまた長い月日が経つた。

     二

 新しく出来た住職は、四十二三位で、延びた五分刈頭、鉄縁(てつぶち)の強度の眼鏡、単衣(ひとへ)にぐる/\巻いたへこ帯、ちよつと見ては何(ど)うしても僧侶とは思へないやうな風采(ふうさい)であつた。
「あれが慈海さんけえ? 何(ど)うしてもさうは思へねえだ。丸で変つちやつたな。何処かの別な人としか思へねえな。あの可愛い小僧さんとは何うしても思へねえ。」昔を知つてゐる年を取つた村の婆さん達はかう言つて噂(うはさ)した。
 若い住職に取つても、あたりは余りにひどく変つてゐた。変りすぎてゐた。これが昔のあの寺かと思つた。あの盛(さかん)な立派な堂々とした寺かと思つた。最初来た時には、これが先々代の老僧が威権を振つたあの寺とは何うしてもかれには思へなかつた。数年前に紳士がやつて来た時とは、更に更に寺は荒れた。裏の大きな垂木(たるき)は落ち、壁は崩れて本堂の中は透(す)いて見え、雨は用捨なく天井から板敷の上へと落ちた。仏具なども、金目のものはもう何もなかつた。金の燭台(しよくだい)、鍍(めつき)のキラ/\と日に輝く天蓋、雲竜の見事な彫刻のしてあつた須弥壇(しゆみだん)、さういふものはもう跡も形もなかつた。本尊の如来仏(によらいぶつ)が唯さびしさうに深い塵埃(ほこり)の中に埋められたやうにして端坐してゐるばかりなのをかれは見た。
 庫裡(くり)から本堂に通ずる長い廊下は、風雨に晒(さら)されて、昔かれが老僧に叱られながら雑巾(ざふきん)がけをしたところとも思へなかつた。中庭の樹木も唯繁りに繁つた。蜘蛛(くも)の網(す)や塵埃(ほこり)や乞食(こじき)の頭のやうにボサ/\と延びた枝や――その中でも、金目な大きな伽羅(きやら)の丸い樹はいつか持つて行つたと見えて、掘つたあとが大きくそこに残つてゐた。唯、霧島の躑躅(つゝじ)が赤くあたりを絵のやうにした。
 年老いた世話人が来てかれにかれの先代――かれの兄弟子の話をした。
 あのおとなしい静かな兄弟子が、世話人の話すやうな残忍無恥な、又は貪欲(どんよく)な、又は無残な行為をして、あの老僧の経営した寺をかうした廃寺にして了(しま)はうとはかれは夢にも思はなかつた。世話人の言ふ所に由(よ)ると、この先住の女戒(によかい)を破つた形は殊(こと)に烈(はげ)しかつた。最初の中は此方(こつち)から身を躱(かく)して、こつそりさういふ土地に出かけて行つたが、後には平気で、幅(はゞ)で、女を庫裡(くり)へ伴(つ)れて来ては泊らせてやつた。かれは放蕩(はうたう)のための金がなくなると、仏具を売り、植木を売り、経文を売り、後には僧衣(ころも)や袈裟(けさ)までをも売つた。たうとうそのために問題が大きくなつて、寺にゐられなくなつた。伐採した杉森の跡は、今でもちやんと指点された。
「今は何うしてゐるだらう?」
 かう新しい住職はをり/\兄弟子のことを考へた。「何でも、東京に行つてゐるさうです。最後の女と浅草あたりで道具屋か何かしてゐるさうです。」かう世話人は言つた。しかし、それももう八九年も前のことであつた。今は死んだか生きてるかわからなかつた。
 兎(と)に角(かく)、庫裡(くり)――二三年前まで留守居の男のゐた庫裡を掃除して、そこに住居(すまひ)することの出来る準備を世話人達がして呉れた。黒く煤(すゝ)けた天井を洗つたり、破れた壁をざつと紙で貼(は)つて膳(つくろ)つたり、囲炉裏(ゐろり)の縁を削つたり、畳を取り替へたりして、世話人達は新しい住職のやつて来るのを待つた。庫裡の前の庭も皆なしてかゝつて綺麗に掃除した。
「長い間、無住にして置いたので、金はいくらかは出来てるだで、二三年したら、本堂の修繕も出来ると思ふが、まア、それまでは我慢してゐて下せい。これも先々代の寺だと思つてな。」かう世話人達は新しい住職に話した。

     三

「老僧だツて、決して女戒(によかい)を守つた人ではなかつた。」
 かれはかう思はずには居られなかつた。……ふとある光景が浮んで来た。それは新しい住職がまだ此寺に貰はれて来たばかりの時であつた。老僧も六十位であつた。ふと二階へあがつて行く。さつきの女がまだゐる。綺麗な女が……。時々やつて来て三味線なんかを弾(ひ)く女が……。扉(と)を明けると、老僧の赤い顔、太い腕、女の変に笑つた顔!
 と、今度はそれとは違つたあるシインが浮び出して来た。かれはもう十五六であつた。
 かれは庫裡の玄関のぢき傍の三畳――さつきそこをかれは明けて見た。一杯蜘蛛(くも)の網(す)、山のやうに積つた塵埃(ごみ)、ぷんと鼻を撲(う)つて来る「時」の臭ひ、なつかしく思つて明けては見たが、かれはすぐその扉を閉めて了つた。その三畳の格子(かうし)の前のところで、軽い艶(なまめ)かしい駒下駄の音が来て留つた。かれは幼心(をさなごころ)にもそれが誰だかちやんと知つてゐた。そこから真直に向うに行くと、鐘楼(しようろう)――それは今でもある、その鐘楼の隣の不動堂、蝋燭(らふそく)の灯、読経(どきやう)の声、消えたことのない不断の火、その賑かな光景の向うには、更に一層賑かな明るい灯、料理店、湯屋、三味線の湧(わ)くやうにきこえる音(ね)、月の光の下に巧い祭文語(さいもんがたり)が来て、その周囲(まはり)に多勢の男女を黒く集めてゐる――そこからその軽い艶(なまめ)かしい足音がやつて来たのであつた。
 かれは黙つて経を前にして坐つてゐる……。と、ことことと音がする。唾(つば)で窓の紙をぬらす気勢(けはひ)がする。黒い瞳(ひとみ)をした二つの笑つた眼が其処に現はれた。
「慈海さん!」
 かうその静かな声で言つた。
 黙つてゐる。
「慈海さん!」
 まだ黙つてゐる。
 しかしかれは自分の小さな心臓の烈(はげ)しく動くのを感ぜずには居られなかつた。二つにわかれた心、その幼い時ですら、かれはその「二つのわかれた心」を既に深く経験してゐた。その涼しい二つの眼ではない方の眼、可愛い涙をふくんだやうな眼、それでゐて怒るとこはい眼、さういふ眼をかれは恐れた。その眼がすべてかれの後にゐるやうな気がした。
「慈海さん!」
 また女は呼んだ。
「あとで、あとで……」
「そんなことを言つちや、いや――」
 かう言つて頭を振つてゐるのが窓に映つて見える。
「ぢや、待つて……」
 かう言つてかれは立上つた。
 かれは其処を出て、この庫裡(くり)――囲炉裏(ゐろり)のあるこの庫裡に来た。今と少しも変らないこの庫裡に……。現に、その板戸がある。竹と松の絵が黒く烟(けむり)に煤(すゝ)けた板戸が依然としてある。その庫裡に何のために? その一つの心をわけた方の怒るとこはい眼が何処にゐるかを見るために――。
 幸ひにその眼は其処にゐなかつた。かれはこつそりと玄関の戸を明けて、そして戸外(おもて)へ出た。月の美しい夜であつた。樹と樹と重り合つた黒い影がところ/″\に絣(かすり)のやうなさまを展(ひろ)げた。本堂の灯がぽつつりとさびしく見えた。
 かれはあたりを見廻した。
 其処にゐる筈の女の影が何処に行つたか見えない。屹度(きつと)調戯(からか)ふつもりに相違ない。かう思つて静かに樹の影の中に入ると、影と影の重(かさな)り合つた中に、更に濃い影があつてそれが動いてゐる。急に、微かに笑ふ声がした。つゞいてかれは柔かい女の腕(かひな)の自分に絡(から)みついて来るのを感じた。女の髪の匂ひがした……。
「慈海さん。」かう微かに女は言つた。
 こんなことをかれはもう何年にも思ひ出したことはなかつた。それも、かれが深く恋したやさしい涙を含んだ眼の方を思ひ出さずに、却(かへ)つてそれを思ひ出したといふことが不思議であつた。
 その心が、そのやさしい心が、又は男を思ふ心が、今だに、二十五六年を経過した今だに、そこに残つてゐて、その窓の下の空気の中にちやんと残つてゐて、そしてそれが自分の心に迫つて来たのではないか。かう思ふと、かれは不思議な一種の恐怖を感じた。
 もう死んでゐるのかも知れない。弱い身体(からだ)の女だつたから、おとなしい女だつたから、不仕合せな女だつたから……。と、その肉体が亡(ほろ)びて、その思ひだけがその空気の中に生きて動いてゐるのかも知れなかつた。そんなことはない筈だ。かう打消しても打消しても、矢張それがついて廻つた。
 ふと気がつくと、自分は蚊帳(かや)の中に寝てゐるのだつた。それは囲炉裏(ゐろり)のある隣の一間であつた。世話をする婆さんの寝てゐるいびきの音は向うの間(ま)からきこえて来てゐる。蚊のぶん/\唸(うな)る声が聞える。かれは容易に眠られなかつた。
「遠い昔だなア――」
 かう思ひあつめたやうにしてかれは考へた。
 此間も一度さういふことを考へたが、その夜もかれはかれ自身と放蕩(はうたう)無残な行為をした兄弟子との二つの生活をつづいて考へずには居られなかつた。兄弟子は慈雲と言つた。かれより四つ五つ上であつた。学問も出来て老僧の気に入つてゐた。老僧の了簡(れうけん)では、それを柔(やさ)しい涙を含んだ眼の持主の配偶者にしようと思つたらしかつた。現に、かれが寺から東京へ、僧から俗へと移つて行つたのも半ばそのためであつたのであつた。十九でかれはそれまで学んだ仏の道を捨てた。それからそれへと種々(いろ/\)なことをして歩いた。台湾にも行けば満洲にも行つた。仏の戒めた戒律をわざと破つて行くやうに見えるほどそれほど荒(すさ)んだ生活をやつて来た。或は寺にゐられなくなつた兄弟子よりも、もつともつと烈しいデカダンの生活を送つて来たかも知れなかつた。
 寺の世話人――今度此処にかれを伴(つ)れて来た寺の世話人に東京でゆくりなく逢(あ)つた時、かれは寺のことを聞き、老僧のことを聞き、兄弟子のことを聞き、最後に柔しい涙を含んだ眼の持主のことを聞いた。
「さうですか、K町に行つてゐますか。K町の商人の妻になつてゐますか。それは何より結構ですな……。子供は? へゝえ、御座いませんか。一体、何方(どちら)かと言へば体の弱い女でしたからな。」
 かう何気ない風をしてかれは言つた。
 世話人の話で、かれは始めてその寺の娘が兄弟子の妻にならなかつたことを知つたのであつた。世話人はつゞいて話した。「いゝえ、別にさういふわけではないんですけれども、……老僧のある中は、隠居してからも、先代は固かつたのですけれども。ふとしたことから……、さア、そのふとしたことは何ういふことかわかりませんけれど、兎に角、急にあゝいふ風に、悪魔でも魅入(みい)つたやうになつて了つたものだから。」
「娘の片附いたのは、老僧が死んでからですか?」
「いえ/\、貴方(あなた)が寺をおいでになつてから二年ほど経(た)つか経たないほどです。」
「さうですか……」
 意想外な気がかれにはした。
 それからそれへと種々なことを思つてゐる中に、かれはいつとなく睡眠(ねむり)の襲つて来るのを感じた。そのまゝぐつすりと寝込んで了つた。
 朝起きると、日がもう高くあがつてゐた。婆さんはもうとうに起きて、広い勝手元で、昔のまゝの土竈(どべつつひ)で、釜(かま)と火箸(ひばし)で朝飯を炊(た)いてゐるのを見た。何を見ても、昔のことが思ひ出されないものはなかつた。かれは夏草に半ば埋められた井戸を見た。本堂から山門につゞいてゐる長い敷石を見た。それも依然として元のまゝである。唯、その時分には掃除が綺麗に行届いて、その石に添つて松葉牡丹(まつばぼたん)の赤く白いのが長く見事に咲き続いてゐた。
 かれは横楊枝(よこやうじ)で歯をみがきながら、鐘楼から、昔賑かであつた不動堂の方へと足を運んだ。そこでは不動堂の他(ほか)にかれは残る何物をも発見することが出来なかつた。門前町と言ふほどではないが、一時は両側に人家が並んで、参詣者(さんけいしや)がかなり遠い処からやつて来た。やれ護摩(ごま)をたけの、やれ蝋燭(らふそく)を呉れのと言つて、かれも慈雲も忙しい思ひをした。しかもその人家は「時」の大きな手にすつかり掃(はら)つて取去られて了つたかのやうに一軒もそこに見出されなかつた。すつかり桑畠(くはばたけ)と野菜畑とになつてゐた。何う考へて見ても、其処にあの遊蕩(いうたう)の気分が渦巻(うづま)き、三味線の音が聞え、赤い裾(すそ)をチラホラさせた色の白い女達が往来し、老僧は老僧で、同じ年恰好(としかつかう)の世話人と一緒にあの湯屋の二階の女を傍(かたはら)に終日碁を打つてゐたとは思へなかつた。かれは不思議な気がした。瞬間も「址(あと)」をつくらずに置かない「時」が恐ろしいやうな気がした。そしてその「址」が唯だ「址」として埋められては了はずに、いつかそれの再び蘇(とみがへ)つて来ずには置かないやうな気がした。
 かれはもう不動堂の中の荒廃した形をのぞいて見る元気も何もなかつた。昨年のあの時から習癖になつた恐怖――いつ襲つて来るか知れない災厄の恐怖がかれを少からず不安にした。かれは急いで庫裡(くり)の方へと引返した。

     四

 自分ももう少しであの「恐ろしい群」の一人になるところではなかつたか。あの時もし東京にゐたならば――。
 外国でなければ見ることの出来ないやうな事件、乃至(ないし)は空想したロオマンスででもなければ出逢ふことの出来ないやうな事件、かれ等は皆な獣のやうに一人々々引き出されて、断罪の場にひかれて行つたのであつた。
 意志の実行――意志の実行のために虐(しへた)げられた人間の魂ではなかつたか。あらゆることを実行しても差支ない。世に罪悪と言ふものはない。悪と言ふものはない。唯自由があるばかりである。責任を負ひさへすれば――。かう言つたが、その責任が即(すなは)ちかれ等の死ではなかつたか。
 その意志の実行は、果して死を価値してゐたか否か。飜(ひるがへ)つて考へて見なければならない余地はないか否か。かれ等は少くとも犬死ではなかつた。すぐれた芽(め)を蒔(ま)いたには相違なかつた。しかしその芽を蒔かなければならないほどの必要をかれ等の魂は感じつゝあつたのであらうか。
 かれは失敗して本国に帰る舟の中でそれを聞いた。かれはその時の烈しいショックを忘れることが出来なかつた。急にかれの世界は狭くなつたやうな気がした。其処にも此処にも自分を監視する眼がついて廻つてゐるやうな気がした。かれは自分の舟の本国に向つて航しつゝあるのを恐れた。かれは船室の中にのみ閉籠(とぢこも)つた。
 エイア・ブウルからは美しい碧(あを)い海が見えた。行つても行つても海である。掀翻(きんぽん)し、飛躍し、奔跳(ほんてう)する海である。その上には時には明るい朝日が照り、わびしい黄(きいろ)い夕日が落ち、赤い湧(わ)くやうな雲が浮んだ。「群」の人達の記憶は払つても払つても絶えずかれの魂を襲つた。かれは時にはいつそ身を海中に躍(をど)らせようと思つて甲板(かんぱん)の上を往来した。
 ――「何(ど)うです、一度故郷の寺に帰る気はありませんか。あなたが跡をついで下さるなら、それに越したことはないのですが、世話人達も、村の者共も、貴方(あなた)ならば喜んでお迎へするにきまつてをりますが。」かうその世話人から言はれた時には、そこより他(ほか)に、その古い人知らない田舎(ゐなか)の廃寺より他に、自分の身を、体を置くところはないやうにかれは思つた。老師の魂が荒(すさ)んだ自分の魂を救つて呉れるやうにすらかれは思つた。
 かれは尠(すくな)くとも落附いて考へて見なければならないと思つた。これまでに自分のやつて来たことは、すべて皆な失敗に終つた。あらゆる悲喜、あらゆる事業、あらゆる思想、すべて皆な不自然であつた。自由を欲する――唯この一語にすら、かれはあらゆる矛盾と撞着(どうちやく)とを感じた。意志と魂との区別も、もつと深く静かに考へて見なければならなかつた。それには、田舎(ゐなか)の山の中の寺、廃寺、何の束縛もないのが好いと思つた。余りに多く世に染まりすぎた。世間と人間とに捉(とら)はれすぎた。静かに休息させて下さるなら……一二年行つて見たいからといふ手紙をかれは世話人に書いた。
 かれは郊外の或る家に置いた自分の書籍――かれやかれの「群」が一生懸命に読んだ書籍、パンの問題、精神の問題、自由意志の問題、さういふことを書いた沢山の書籍をある日古本屋を呼んで売つた。古本屋は何も知らない半ば老いた男であつた。この書籍の中に、人間の意志が、魂が、恐怖が、事件が一々こもつてかくされてあるのは夢にも知らずに、平気でそれに評価をつけて、銭をちやら/\そこに勘定して置いて、そしてそれを背負つて行つた。
 かれはあらゆるものを捨てて、着物を入れた行李(かうり)一つを携へて、そしてこの故郷の寺へと来た。

     五

 寺に来てから、かれは種々(いろ/\)な人達に逢つた。世話人の重立つた人達、それは昔見た時よりも年を取り白髪(しらが)が多くなつてゐるばかりで、矢張或者は青縞(めくらじま)の製織に、ある者は小作の取り上げに、或者は養蚕(やうさん)の事業に一生懸命に携はつてゐるのを見た。世の中にあつた種々な大事件、恐ろしい戦争の殺戮(さつりく)、無辜(むこ)のものの流るゝ血、乃至(ないし)は新しい恐ろしい思潮、共同生活を破壊する個人思想、意志と魂との扞格(かんかく)、さういふものがこの世界にあらうなどとは夢にも知らずに、朝は早く起き、夜は遅く寝て、唯その家業にのみいそしんでゐるのであつた。かれ等は広い世の中を知らなかつた。都会の生活をも知らなかつた。文明といふことも、新聞の上で見るばかりで、それが果して何(ど)んなものであるか、何ういふことであるかを知らなかつた。いろ/\な恐ろしいこと、醜いこと、聞くさへ眉の蹙(ひそ)められるやうなこと、さういふことも、ほんの一時の黒雲の影のやうなもので、その耳目から早く/\通過して行つた。そしてあとには田舎(ゐなか)の平和がいつも残つた。
 かれ等の若い者は、婚し、生殖し、生活して、唯年月を経て行くのであつた。かれ等は循環小数のやうに子供から大人になり大人から老人になり老人から墓になつて行くのであつた。春が来て花が咲き、秋が来て紅葉(もみぢ)が色附き、冬は平野をめぐる遠い山の雪が美しく日に光つた。
「何うも今年は雨が少くつて、田植にも困つた。一雨来れば好い。」
 かれ等は何百年前から繰返した黴(かび)の生えたやうな言葉をくり返してのんきに生活した。
 勿論(もちろん)、その間にも、家々の浮沈がないでもない。それはかなりにある。ある家では息子が放蕩(はうたう)で田地の半(なかば)を失つた。ある家では養蚕に成功して身代がその三倍になつた。ある家では次男息子が学問好きで大学まで行つてこの夏学士になつた。かれの知つてゐる、かれと同じに遊んだ貧乏人の息子は、田舎ではどうすることも出来ないので、東京へ出かけて行つて、種々(いろ/\)の艱難辛苦を嘗(な)めた挙句、貧民窟(ひんみんくつ)近くに金貸の看板をかゝげて、十年間に巨万の財産を造つた。今では東京に大きな邸宅を構へて、大名のやうな生活をしてゐるといふことであつた。
 これが世の中の変遷である。しかし、さういふことが、さういふ表面の漣(さゞなみ)が、どれだけの意味を持つてゐるのであらうか。かうは思ふものの、かれは時々、「それが人生ではないか。それが本当の人生ではないか。自分のやつて来た生と死、恋愛、個人と自由、さういふことは、余り深く自己に執着しすぎたためではないか。」といふやうにも飜つて考へて見た。
「そんなことはない。」
 かれはすぐかう打消した。
 かれはあらゆる艱難(かんなん)の中をも、巴渦(づまき)の中をも、恐怖の中をも通つて来た。そしてその中からすぐれた真珠の玉のやうな宝をつかんだと思つた。しかし、つかんだと思つたその珠(たま)は、いつの間にかかれの掌中(しやうちゆう)から落ちて行つてゐた。
 かれは時には一里ほどある町の方へと出かけて行つた。麦稈帽(むぎわらばう)をかぶつた単衣(ひとへ)に絽(ろ)の古びた羽織を着たかれの姿は、午後の日の暑く照る田圃道(たんぼみち)を静かに動いて行つた。町は市日(いちび)で、近在から出た百姓がぞろ/\と通つた。種物屋の暖簾(のれん)は、昔と少しも異(かは)らずに、黒い地に白く屋号をぬいて日に照されてゐるのを見た。氷屋の店では、赤い腰巻をした田舎娘(ゐなかむすめ)が二三人腰をかけて、氷水を匙(さじ)ですくつて飲んでゐた。
 ある店の前を通ると、
「慈海さんぢやないか?」
 かうある婆さんがいきなり呼んだ。ちよつとはその誰であるかがわからなかつたが、暫くしてそれは不動堂の前の湯屋をした上(かみ)さん――その時分は三十位でいきな如才のない上(かみ)さんであつたといふことがわかつた。「まアお上り……帰つてゐるツて聞いたから、一度逢(あ)ひたいとは思つてゐたんだよ。」かう言つてかれは無理に引上げられた。上さんは亭主に四五年前に死なれて、今は息子が家のことを万事やつてゐた。湯屋から町へ出て、今の小間物商を始めたといふことであつた。
 話の中には再び昔の不動前の賑かな光景が蜃気楼(しんきろう)のやうに浮んで来た。老僧、世話人、三味線、賑かな参詣者(さんけいしや)、上さんに取つてもその一時代は追憶の最も派手なものであるらしく、それからそれへといろ/\なことが浮び出して来た。こつちから訊(たづ)ねもせぬのに、寺の玄関の三畳の窓へ来た女のことをも上さんは話した。
「あれもな、不仕合せでな。足利(あしかゞ)に行つてついこの間まで一人でゐたが、今ぢや亭主でも持つたか何うか。」
 かう上さんは話した。
 其処を出てかれは猶(なほ)あちこちと町を歩いた。上さんの話で、自分が長い年月種々(いろ/\)な経験を体感した間に、この昔馴染(むかしなじみ)の人達がいかに生活してゐたかといふことが漸(やうや)くわかつて来たやうな気がした。かれは自分の辛い恐ろしいデカダンの生活を思ひながら、町の外れに出来た小さい停車場の方まで行つて見てそこから引返した。

     六

 かれが来て、最初にやつて来た葬式は、生れて一月しか経(た)たないといふ子供の棺であつた。
「其処へ持つて来て置いたで、ちよつくらお経を読んで呉れなせい。」父親らしい男は庫裡(くり)の入口に顔を入れてのんきさうに言つた。
 夕暮の色は既に迫つてゐた。
 かれは外に出て見た。果して小さい棺が山門と本堂との間の敷石の上に置いてあるのが白くさびしく見えた。
 かれは傍に行つた。
「穴は掘つてあるのか?」
「今、掘つてらあ!」
 見ると、もう一人の男が墓地の方で頻(しき)りに鋤(すき)を動かしてゐるのが見えた。
「本堂へ持つて行つたら?」
「さうすべいか。」かう言つたが、「新しい和尚(をしやう)さんだで、餓鬼(がき)も浮ばれべい。」
 こんなことを言つて、軽々とその棺を持つて、さながら小さな荷物でも運ぶやうにして、本堂の前の木階(もくかい)――それはひどく壊れた木階を上つて、賽銭箱(さいせんばこ)の向うに置いてある棺台の上に置いた。
 かれは古い僧衣(ころも)に袈裟(けさ)をかけて、草履を穿(は)いて、廊下から本堂の方へと行つた。もう蚊がわん/\と音(ね)を立ててゐた。歩くとそれがバラ/\と顔に当つた。
 かれは一本持つて来た蝋燭(らふそく)を取出して、それにマッチをすつて火を点(とも)した。本堂の中はもう真暗であつた。蝋燭の火は青くかれの鬚(ひげ)の濃い顔を照した。つゞいて奥に寂然(じやくねん)として端座してゐる本尊の如来(によらい)の像を微かに照した。
 流石(さすが)にかれは経を忘れなかつたが、しかし不思議な気がせずには居られなかつた。かれは読んで行く物の中に自分の遠い過去が再び蘇(よみがへ)つて来たのを感じた。始めは静かであつた声は次第に高くなつて行つた。その声の中にはまだけがれない無邪気な心が籠(こ)められてあつた。
 暫くの間、その読経(どきやう)の声は、荒れたさびしい本堂の中にきこえた。
 で、それがすむと、その父親は、そのまゝ小さな棺をかついで、サツサと墓地の方へと行つた。かれは不思議な気がせずには居られなかつた。かれはその姿の夕暮の闇の中に見えなくなるまで見送つた。
「仏は人間のことのすべてを知つてゐる。人間の犯した過去の罪を総(すべ)て知つてゐる。」かう思ふと、かれは其処に落着いてぢつとして立つてゐられないやうな心の恐怖を感じた。
 急いで庫裡(くり)へと戻つて来た。
「何故(なぜ)、あの時、あの女はあの子を抱いて井戸に身を投じたであらうか。何故? 何故?」かうかれは心の中に絶叫して、長い間その答を待つたが、竟(つひ)にその答はやつて来なかつた。自己は自己である。愛した女だとて、自己の総(すべ)てを占領することは出来ない。それが出来ない為めに死んだとて、恨(うらみ)を他(ひと)に投げかけて死んだとて、それが誰の責任になるであらう。占領させなかつたこの自己がわるいのか。それとも又それを嘆いて子を抱いて死んだ女がわるいのであらうか。かれは其時は唯、「自己」に取縋(とりすが)つて強(し)ひてその苦痛を処分した。しかしそれで完全にそれが処分され解釈されたであらうか。かれは今でもその溺(おぼ)れた女と子供とが自分に向つてその解釈を求めてゐるのを覚えた。かれはぞつとした。

     七

 渡船小屋(わたしごや)の雁木(がんぎ)がずつと川に延びて行つてゐた。そこには船が一隻繋(つな)いであつた。人が五人も六人も乗つて、船頭の下りて来るのを待つてゐる。大きな河は伝馬(てんま)やら帆やら小蒸気やらをその水面に載(の)せてたぷ/\として流れてゐる。櫓(ろ)の声が静かに日中の晴れた水に響いた。
 帆が鳥の翼のやうに大きく動いた。
 土手の上には、人や車が陸続として通つてゐた。氷店、心太(ところてん)を桶(をけ)に冷めたさうに冷して売つてゐる店、赤い旗の立つてゐる店、そこにゐる爺(おやぢ)の半ば裸体(はだか)になつた姿、をりをりけたゝましい音を立てて通つて行く自動車、川の向うに見えてゐる大きな煙突から渦(うづ)まきあがる煤烟(ばいえん)、――ふと、「あれ、あれ!」とけたゝましい声が起つた。
 其方(そつち)を振向くと、丁度(ちやうど)、今二十(はたち)位になる女が、派手な着物を着た女が、その渡船小屋(わたしごや)の雁木(がんぎ)の少し手前のところから水へと飛込んだ処であつた。
 水煙がサツと立つた。
「身投げ! 身投!」
 かう言ふ声が其処此処から起つた。誰の心も皆なそれに向つて躍(をど)つた。
 丁度その傍(わき)を大きな帆をあげた舟が通つてゐた。舵(かぢ)のところにゐた船頭もそれを見たらしく、急いで此方(こつち)へとやつて来た。と、手が浮いた。浅黄がかつた着物と帯とが見えた。しかし、船頭の持つた棹(さを)はそこに達しなかつた。
 その手は、着物は又沈んだ。あとには大きな川のたぷたぷとした滑(なめ)らかな水面。
「あゝもう沈んだ!」
「救(たす)けてやれ、おい船頭!」
 暫くすると、
「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)――」
「可哀さうだわねえ。」
「まだ若いのに……」
 かういふ声がした。誰も見てゐるに忍びないやうな気がした。
 土手の上には、白樺色(しらかばいろ)の蝙蝠傘(かうもりがさ)と派手な鼻緒のすがつた下駄と……
 かうした光景は其処にも此処にも起つた。広い世間には、かうして自(みづか)ら殺すものが何人あるかわからない。現に今でも、かうして寂然(じやくねん)としてかれが坐つてゐる間にも、さういふ悲劇が何処かで繰返されてゐるかも知れない。何のために、満たされざる心のために、辛い辛い捨てられた心のために、痛い痛い刺戟(しげき)のために……。
 自ら殺さうとしたことの一度ならず二度まであるかれに取つては、さうしたシインが殊に堪へ難い刺戟を与へた。
 それは近いことではなかつた。かれに取つてはもう遠い昔だ。しかしをり/\その心の光景が描き出された。二つにわけられた心と二つに突詰めた心と、この心は実は一つである。わけられる心も突詰める心も同じ心である。その区別は唯境遇に由(よ)るのである。その時の存在の形によるのである。一と一とぴたりと合つたものは幸福である。一と二と合つたものは不幸である。しかし幸福と言ひ、不幸と言つても、それは共に外形であつて、もう少し深く考へると、幸福なもの必ずしも幸福でなく、不幸なもの必ずしも不幸でない。何の故(ゆゑ)に? 一つと一つと合つたものも矢張もとは二つのもので、永久に一つであることは出来ないが故に――。一つと二つと合つたものも、遂(つひ)には一に帰さなければならないが故に――。
 自己の持つたものを失ふの辛さ、自己の持ち得たと思つたものを失ふの辛さ、これほど辛いものはない。それがよく女や男を川へと伴(つ)れて行く……。
 かれは其処まで考へて、大きな溜息を吐(つ)いた。そこに大きな欠陥があるやうな気がした。染まるべからざるものに染つて行く可能性を賦与(ふよ)した自然は? 絶対に自己のものにする事の出来ないものを自己のものとなし得る可能性を賦与した自然は? 満されたる心の飽満から生ずる倦怠(けんたい)、餓(う)やされたる心の寂寥(せきれう)から起つて来る憧憬(しようけい)、これは実は一つであるのではないか。同じことではないか。
 しかし満されざる心と餓やされたる心とは同じでない。飽満(はうまん)と寂蓼とは同じでない。倦怠と憧憬とは同じでない。それでゐてこれが同じであると言はなければならなくなるのは何の故であらう。死にまで深く染着(せんちやく)した心は美しくはないか、勇ましくはないか、雄々しくはないか、また優しく悲しくはないか。これが人間の最後の「詩」であり且(か)つ「宗教」ではないか。
 文明は虚偽を生んだ。デカダンを生んだ。勝者の権利を生んだ。「自己」を生んだ。現にかれなどはそれを真向(まつかう)に振翳(ふりかざ)してこれまでの人生を渡つて来た。智慧(ちゑ)を戦はして勝たんことを欲した。自己の欲するまゝにあらゆるものを得んことを欲した。そのために、かれには富んだもの栄えたもの主権を把持(はぢ)したものがその対象となつた。山も丘も平野も一緒に平らにならなければならないと思つた。
 しかし平等は物質にあるのではない。人生と人性との表面にあるのではない。勝利者にあるのではない。智慧(ちゑ)と手段とを戦はして勝つたところにあるのではない。かう考へると、「恐ろしい群」の人達のことが、再びかれの胸に迫つて来た。折角(せつかく)さぐり出した秘密の糸がそこでぽツつり絶えてゐるのを感じた。
「あゝ、もうよさう、考へるのは止さう。もつと静かに休まなければならない体だ。何事をも捨てたやうに、この簇(むらが)つて来る千万の考慮をも捨てよう……」かう思つて、かれは庫裡(くり)の一間から出て来た。
 いつもゐるところに婆さんがゐない。道具と言つては唯これ一つしかないと言つても好い長火鉢、その上には鉄瓶(てつびん)がかゝつて、しかも沸(に)え立つてプウ/\白い湯気を立ててゐた。
 かれはそれに水を足した。
 そしてそこにあつた下駄をつツかけて戸外(おもて)に出た。
 広々として美しく日にかゞやいた野がその前に展(ひら)けた。夏のさかりの大地から湧(わ)き上る暑気は、草にも木にも一面に漲(みなぎ)りわたつて、キラ/\とかれの眼と体とに反射して来た。
 畠には笠(かさ)をかぶつて百姓が頻(しき)りに草を取つてゐた。
 ふと昨夜(ゆうべ)世話人がやつて来ていろ/\に言つた寺の経営の話がかれの頭にのぼつて来た。「兎(と)に角(かく)、昔から由緒(ゆゐしよ)のある寺だから、この儘(まゝ)かうして置くのは残念だ。何うか、貴方(あなた)が来たのを機会に、昔のやうには行かなくとも、本堂も修繕し、庫裡(くり)ももう少し住み好いやうにし、寺としても余り人に馬鹿にされない寺にしたい。……中興の祖には、貴方より他(ほか)になつて下さるものはないんだから。」かう言つて、重立つた世話人は、寺の財産や、無住にして置いた間に出来た金や、乃至(ないし)はその中から先住(せんぢゆう)の借金を埋めた話などをした。かれはそれに対して深く心を留めてはゐなかつた。「段々さういふことにして……まア、さう急がなくつても好う御座んすから。」かうかれは静かに言つた。
 かれの足は行くともなく墓地の方へと行つた。それもそこに行かうと言ふ意志がかれを其処に伴(つ)れて行つたのではなかつた。かれは唯ぶら/\と歩いて其方(そつち)へと行つた。
 墓地は昔と比べては頗(すこぶ)る明るくなつてゐるのをかれは見た。それも先住がその後(うしろ)の杉森を伐(き)つた為めであつた。女に対する愛欲の結果がかうした形に影響するといふことも、彼には不思議なやうな気がした。つゞいて先住と自分との生活がちよつと比べて考へられ、二人が嘗(かつ)ては此処で同じ飯を食ひ、同じことを考へ、或は同じ寺の娘を恋したかも知れなかつたことがつゞいて頭に上つて来た。偶然――偶然。「本当に、偶然の二字でこれを解釈して了つて好いのであらうか。」
 かれの今までの経験は、何も彼(か)もその「偶然」で解釈された。考へて不思議の境(さかひ)に至ると、「これも偶然の事実だ。」と考へて、そして片を附けた。時には内心に不満足を感じ、余りに疑惑の伴はない薄い心を感じたこともないではなかつたけれど、それ以外に、その「偶然」以外に何う解釈して好いかわからないので、有耶無耶(うやむや)の中にその不思議な心理を抑塞(よくそく)した。
 それに、その「偶然」と考へる処に、あらゆるものを「無意味」にして了(しま)ふところに、一種微妙な科学の権威があつた。また肯定された科学の不思議があつた。敢(あへ)て深く入つて行かないところに、勇ましい男らしさと誤りのない精確さとがあつた。知らないものは知らないものとしてこれから研究しよう、報告しよう、知らないものを知り得ると考へるやうな危険な直覚は成るたけ避けよう。かう考へたところに、「偶然」の価値があるのであつた。しかしかれがこれに不満足を感じ出したのはもう余程前のことである。女と子供の溺死体を見た以来のことである。……突然かれの心は内から外に向つた。墓があらはれて来たのであつた。
 要垣(かなめがき)の緑葉(みどりば)に囲(かこま)れた墓があるかと思ふと、深い苔蘚(こけ)に封じられた墓が現はれて来た。新しい墓もあれば、古い墓もある。或は五輪塔型、或は多宝塔型、其他いろ/\な型がある。或は倒れてゐるのもあれば、長い間の風雨を平気で凌(しの)いで来たらしいのもある。中にはその墓石の表面に仏像が刻まれてあるものなどもあつた。かれは立留つて一つ一つその墓を撫(な)でて行きたいやうな気がした。
 かれは茫然(ぼうぜん)として立尽した。
 このかれの立つてゐる向うに、深い深い草藪があつて、その中に黒い暗い何年にも人の入つて来たことのない古池が湛(たゝ)へられてあつた。そこには雲の影も映らなければ、日影も滅多(めつた)にはさして来ない。しかも人知れず埋(うづも)れたその池の中にも、生物は絶えずその生と滅とを続けてゐるのであつた。夜は蛙(かはづ)の鳴く声が喧(やかま)しくそこからきこえた。

     八

 新しい住職の世話をするために来た婆さんは、始めの一人は十日ほども経(た)たない中に、世話人の許(もと)に行つた。
「国から急病人があると言つて来たもんですから。」
 かう言つて、二三日の暇(ひま)を貰つて行つたが、日限が来ても、その婆(ばゝあ)は竟(つひ)に帰つて来なかつた。二人目も五六日で暇(いとま)を乞ひに世話人の許(もと)にやつて来た。
 三人目、四人目……。
 世話人は訊(き)いた。
「何うして、さうだらう。何か和尚(をしやう)がいやなことでもするのかな?」
「いゝえ。」
 別にさうしたことがあるのでもないらしかつた。ある婆さんは言つた。「でもな、ひとりぢや淋しいだ。和尚さん、何も言はないで、一日自分の室に引籠(ひつこ)んでゐて、話もしねえから……」
「出て来ねえか。」
「出て来ねえどころか、飯に呼んでも、それがすむと、すぐ居間に入つて行つて了ふだでな。」
「本でも読んでるのか?」
「いや、本なんか一冊もねえ。」
「ぢや、物でも書くのか?」
「書きもしねえ。」
「それぢや唯ごろ/\してゐるのか?」
「唯、一日中ちやんと、机に向つて坐つてゐるだ。」
 かう言つて、その婆さんは、比較的詳(くは)しくかれの平生(へいぜい)の状態を世話人達に話した。葬式が来ると、古びた僧衣(ころも)を引かけて、黙つて本堂に行つて、いつものやうにお経を読んで、それがすむと、そのまゝ元のやうにその居間へ行つて坐つた。
「朝のおつとめは?」
「朝のおつとめなんかしねえ。」
「ぢや、葬式の時きり、お経はよまねえんだな?」
「さうだな、まア、よまねえつて言ふ方が好いだんべいな。それでも、此間、雨のふるさびしい日に、何(ど)うした拍子か、大方(おほかた)和尚(をしやう)さんも淋しかつたんだんべい。本堂でお経を上げてゐる音がするから、不思議に思つてそツと行つて見ると、本尊様の前で、一生懸命にお経を読んでゐるだ。それもいつもの葬式の時などに読むやうな小さな声ぢやねえだ。大きな声で、後(うしろ)に私が行つて見てゐるなどは夢にも知らねえで、一生懸命に読んで御座らつしやる。……不思議な気がしたにも何にも……」
「淋しいんだな、矢張(やつぱり)……」
「淋しかんべいよ。」
 世話人達は、これでは駄目だと思つた。折角(せつかく)、寺の復活を考へて伴(つ)れて来たが、これでは駄目だ……。しかし、一人あゝして放(はふ)つて置くといふことが間違つてゐるのである。何処の寺でも、今では女房子を持たないものはない。和尚にも一人相応なのがあつたら、持たせるに限る……。かう世話人達は寄り合つて相談した。
 しかし、あの寺に、あの廃寺に、本堂に雨が洩り、庇(ひさし)が落ちてゐるやうな寺に、誰が女房になりに来るものがあるであらうか。「とても来手(きて)はねえな。すたり者のねえツていふ女(あま)つ子(こ)だ。誰が物好きにあんな寺に行つてさびしい思ひをするものがあるもんか。」かうそこから出て来た婆さんは笑ひながら言つた。
 世話人は猶(なほ)いろ/\なことを婆さんから聞いた。誰もたづねてくるものはないか。郵便は来ないか。又誰か訪(たづ)ねて和尚は行きはしないか。――その答はすべて No ! であつた。
 ある日、世話人は二人して出かけた。一人はかれを都から此処に伴(つ)れて来たものであつた。かれ等は庫裡(くり)から入つて行つた。婆さんに出て行かれたかれは、ひとりぽつねんとして庫裡(くり)にゐた。かれはひとりで土鍋(どなべ)に飯を炊(た)いて食つてゐた。
「何うも世話をするものがなくつてお困りでせう?」
 かう一人が言ふと、
「いや――」
「何うも矢張、お寺はさびしいと見えて、落附いてゐるものがなくつて困りましたな。」
「いや――」
「さぞ御不自由でせうな。」
「いや、別に……」
 鬚(ひげ)の深く生えたのを剃(そ)らうともせずに、青白い肌膚(はだ)の色をその中から見せて、さびしげにかれは笑つた。
 世話人達が齎(もたら)して来た話を聞いた時には、かれは何等の答をも与へなかつた。
 かれは唯笑つた。それも快活に笑つたのではなく、にやにやと笑つたのでもなく、反抗的に冷かに笑つたのでもなく――唯、笑つた。
 暫くしてかれは言つた。
「まア、暫く、かうやつて、落附かせて置いて下さい。……イヤ、世話するものなぞはなくつても好(よ)う御座んすから。」
「でも、相応なのがあつたら、一人お貰ひになる方が好う御座いませう。貴方だつてまだお若いんだから。」
「まア、その話は、もう少し先に寄つてからにして戴きませう。」
 それより他に何も言はないので、世話人達は止むを得ずに引返した。

 世話をする婆さんももうやつて来なかつた。かれは一人でその廃寺の中に埋れたやうにして住んだ。
 小さな土鍋、一つの茶碗に一つの味噌椀、皿はところどころ欠けたのが二三枚あつた。腹が減ると、かれは立つて行つて、七輪に火を起した。
 時には以前の生活がかれの心に蘇(よみがへ)つて来た。新しい思想のチャンピオンであり、「恐ろしい群」の第一人者であり、デカダンの徒の一人であつたかれが、かうして田舎(ゐなか)の廃寺の中にひとり生活してゐるといふことが不思議に思はれた。広い世間にも、かれ程有為転変(うゐてんぺん)の生活を送つたものはないであらう。また明るい影と暗い影と互に縺(もつ)れ合つた生活をしたものはないであらう。罪悪と慈善との一緒になつた生活をしたものはないであらう。彼の心は時には一人の孤児の為め、一人の飢ゑた者のために振ひ立つた。また或時は欲求した染着(せんちやく)した心の虜(とりこ)となつて、美しいものすぐれたものに向つてその魂を浪費した。かれは本当なもの真剣なものの探検者であつた。本当のものを求めるためにかれは水火の中に入ることをも辞さなかつた。虎穴に向つて突進して行くことをも辞さなかつた。ふとかれは考へた。「かうした今の生活も矢張その探検者の心ではないか。虎穴に向つて突進して行くものの心ではないか。」
 さうだ、それに相違ない。昔は、聖者はあらゆる苦行を行(ぎやう)した。一生を苦行の中(うち)に終つた人達もあつた。婆羅門(ばらもん)の徒の苦行――そこまで考へて行つてかれは思つた。自分のこれまでの生活は、あらゆる苦行ではなかつたか。あらゆる忍苦ではなかつたか。放蕩(はうたう)もまた苦行、残忍無残もまた苦行、デカダンもまた苦行、「恐ろしい群」もまた苦行、歓楽もまた苦行ではなかつたか。美しい女の肌に触れ、美酒にあくがれ、音楽に心を蕩(とろ)かしたのも亦(また)苦行ではなかつたか。
 山海の珍味を尽し、美を尽し、善を尽し、出(いづ)るに自動車あり、居(を)るに明眸皓歯(めいぼうかうし)あり、面白い書籍あり、心を蕩(とろ)かす賭博(とばく)あり、飽食し、暖衣し、富貴あり、名誉あり、一の他の不満不平あるなくして、それでも猶(な)ほ魂に満されざる声を聞くのは何の故か。かうしたことも亦苦行の一つであるからではないか。
 ふとある光景がかれの眼の前に起つた。それは恐ろしい光景であつた。弱きものの虐(しへた)げられ、滅(ほろぼ)さるゝ光景であつた。数本の足――或は毛深い、或は青白い、或は滑(なめ)らかな数本の足がだらりと空間に下つて見られた。かれは思はず手を合せて、口に経文を唱(とな)へた。
 次第に幼い頃の空気がかれの心の周囲に集り且(か)つ醸(かも)されて来るのを覚えた。最早始めに来た時に感じたやうな「孤独」と「寂寥(せきれう)」とをかれは感じなかつた。また華(はな)やかな面白い「世間」に向つて引戻さるゝやうな心をも感じなかつた。
 飢(う)ゑを覚えた時に、かれは始めて立つて、七輪の下を煽(あふ)いだ。また、世話人の持つて来て置いて行つて呉れた四角の小櫃(こびつ)の中の米をさがした。
 夕暮になると、夥(おびたゞ)しい蚊が軒に蚊柱を立てた。室(へや)の中を歩いても、それがバラ/\と顔に当るほどである。かれは思つた。「これも自分と同じ生物だ。飢ゑたがために食を求めてゐるものの声である。でなければ、生殖のために、不可解の生命の連続のために盲目の恋をしてゐるものの声である。生命のために冒険をしてゐるものの声である。『恐ろしい群』の人達のあげた悲鳴と同じ悲鳴を挙げるものの声である。」
 かれは思ひつゞけた。
「しかし、この冒険のためには、盲目の恋のためには、食を求めるためには、生死を問題にしては居られない。従つて、かれ等に取つて、生死はその運不運であり幸不幸であるのは勿論(もちろん)である。しかし、更に一歩を進めて考へて見る。運不運ではあり、幸不幸ではあるけれども、それ以上に生の力が、盲目の生の力が肯定されてゐるではないか。生死を問題にしてはゐられない境(さかひ)があるではないか。扞格(かんかく)した力の上に起つて来る悲劇は、これは何うも致し方がない。」
 かれは苦行といふことについて、三日も四日も考へた。「苦行は僧や婆羅門(ばらもん)の徒の行(ぎやう)するものばかりではない。人間はすべてこれを行してゐるではないか。意識せると、意識せざるとの区別はある。蚊の食を求めるのもまた是(こ)れ行、盲目の恋をするのも亦(また)これ行、生死も亦是れ行ではないか。」
 かうしてゐる中にも、時は経(た)つて行つた。ある夜は凄(すさま)じい風雨がやつて来た。本堂ばかりではない、自分の居間にも雨が盛(さかん)に洩(も)つた。
 かれは裸蝋燭(はだからふそく)に火をつけて、それを持つて立上つた。あまりに凄(すさま)じい音に起されて、その光景を見ようとかれは思つたのである。
 破れた雨戸から雨が礫(つぶて)のやうに降込んで来た。従つて何処も濡(ぬ)れてゐないところはなかつた。廊下に出ようとすると、風が凄じく吹いて来て、手に持つた蝋燭は危(あやふ)くそのために消されようとした。
 かれは袖(そで)でそれを蔽(おほ)つた。
 廊下には裏の林の木(こ)の葉(は)が雨に濡(ぬ)れて散り込んで来てゐる。銀箭(ぎんせん)のやうな雨脚が烈しく庭に落ちて来てゐるのが、それと蝋燭(らふそく)の光に見える。裏の林は鳴つて、枝と枝との触れる音、葉と葉とのすれる音が一つにかたまつて轟(ぐわう)と言ふ音を立てた。空は墨を流したやうに暗かつた。
 ともすると風に吹き消されさうになる裸蝋燭を袖で護(まも)りながら、一歩々々長い廊下を歩いて行くかれの蒼白(あをじろ)い鬚(ひげ)の深い顔が見えた。それは丁度(ちやうど)罪悪の暗い闇夜(あんや)に辛うじて仏の慈悲の光を保つてゐるやうに、又は恐ろしい心の所有者が闇の中に怖(おそ)れ戦(をのゝ)いてゐるかのやうに……。
 廊下の途中で、かれはまた凄(すさま)じい風雨の吹き込んで来るのに逢(あ)つて、立留つて、その蝋燭の火を保護した。
 轟(ぐわう)といふ音、ザアと降る音、それがあとからあとへと続いてやつて来た。樹の鳴る音、枝の撓(たわ)む音、葉の触れ合ふ音、あらゆる世の中の雑音(ざふおん)、悲しいとか佗(わび)しいとか辛(つら)いとか恨(うら)めしいとかいふ音が一斉に其処に集つてやつて来たやうにかれは感じた。
 かれは漸(やうや)く長い廊下を通り越して、本堂へ入つて行く扉の前に行つて、静かにそれを明けた。
 闇にもそれと見える屋根や庇(ひきし)の壊れたところから、車軸のやうに雨は落ちて来てゐた。堂の板敷はすべて水で満たされてあつて、それに、かれの手にした蝋燭が微かに照つた。
 この風雨の凄(すさま)じい音の中に、この洪水(こうずゐ)のやうになつた大破した堂宇(だうう)の中に、本尊の如来仏(によらいぶつ)は寂然(じやくねん)として手を合せて立つてゐられるのである。かれは自分の体が、魂が、又は罪悪が、欲望がすつかり仏に向つて靡(なび)いて行くのを感じた。かれはこの世では見ることも味(あぢは)ふことも出来ない光景に出逢つたやうな気がした。かれの口からは思はず仏を念ずるの声が出た。
 贖罪(しよくざい)――神の贖罪、仏の贖罪と言ふことが、漲(みなぎ)るやうに、今迄つひぞ感じたことのないほどの強さを以てかれの総身に迫つて来た。かれはそのまゝ手にした蝋燭を燭台の上に立てて、そのまゝ仏の前に来て坐つた。
 一しきり読経(どきやう)の声が風雨の吹き荒るゝ中に聞えた。

     九

 新しい覚醒が来た。
 恐怖を感じ、寂寞(せきばく)を感じ、孤独を感じ、倦怠(けんたい)を感じた時にのみ仏の前に行つて手を合せたかれは、今では自ら進んでその本堂の本尊の前に行くやうになつた。最早かれの読経(どきやう)はかれのための読経ではなかつた。また仏に向つて合掌するかれの手は、かれのための合掌礼拝(らいはい)ではなかつた。新しい力はかれの魂を蘇(よみがへ)らせた。かれはかれの後半生を仏の功徳(くどく)を讃するために用ゐることを悔いなかつた。
 不思議の心理ではないか。また不思議な顛倒(てんたう)ではないか。かれは今まで消極的であつた自己を最早何処にも見出すことが出来なかつた。かれを苦しめたあらゆる幻影、恐ろしい溺死の光景、恨(うらみ)を含んだ心の形のあらはれた光景、絞首(かうしゆ)の刑に逢つた「恐ろしい群」の人達の光景、さういふ無限のシインは最早かれを脅(おびや)かすことはなかつた。新しい力は満ちた。
 貧、苦、乏、病に満ちた世界である。それは皆な我(われ)に着いたために起つて来たあらゆる光景である。ある国はある国と争つて、無辜(むこ)の血を流してゐる。ある人間はある人間と争つて、互に虚偽の勝敗を争つてゐる。デカダンはデカダンと相食(あひは)んでゐる。悪と悪とは互にその牙(きば)を磨いてゐる。それは皆な我に着(ちやく)した処から起つて来る。現に自分すらその染着(せんちやく)を捨てることが出来なかつた。捨てることの出来ないがために、かれは「幻影」に脅(おびや)かされた。この「幻影」――あらゆる世間の人達を絶えず苦しめるこの「幻影」のために、仏の前に手を合せなければならないと思つた。
 ある日は殆(ほとん)ど一日本尊の前に行つて読経(どきやう)した。世話人がやつて来て、用事を話さうとしても、かれは竟(つひ)に其処から立上らうともしなかつた。世話人は仕方がないので、一度帰つてそして又やつて来た。矢張かれは読経を続けてゐた。
 寂然(じやくねん)として端坐してゐる如来像(によらいざう)、それはもう昔の単なる如来像ではなかつた。ある時ある人の手で鋳(い)られたブロンズの仏像では猶更(なほさら)なかつた。かれは其の端麗な顔に、人間の慈愛を発見し、その威厳を保つた表情に人性の根本に横(よこたは)つた金剛の相を発見した。そしてまたその寂滅(じやくめつ)の姿には、着したものを拭ひ去つたあとの不動不壊(ふどうふゑ)の相の名残(なごり)なくあらはれてゐるのを発見した。今まで広い空間に孤独を歎き、一人を歎き、自然の無関心を慨(なげ)いた自己は、杳(はる)かに遠い過去に没し去つた。今はその如来の像はかれに向つて話し懸けた。又かれに向つて微妙(みめう)不可思議の心理を示した。
 仏の前に端坐読経してゐる時ばかりではなかつた。日常の坐臥進退にも、その本尊は常にかれと倶(とも)にあつた。かれと倶に笑つた。かれと供に語つた。古い長火鉢の前に坐つた時にも、七輪の下を煽(あふ)いでゐる時にも、暗い夜の闇の中に坐つてゐる時にも、をり/\飆風(はやて)のやうに襲つて来る過去の幻影の混乱した中にも……。
 かれの姿はをり/\寺の境内(けいだい)の中に見えた。幾日も頬に剃刀(かみそり)を当てたことがないので、鬚(ひげ)は深く顔を蔽(おほ)つた。
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