為文学者経
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著者名:内田魯庵 URL:../../index_pages/person585

棚(たな)から落(お)ちる牡丹(ぼた)餅(もち)を待(ま)つ者(もの)よ、唐様(からやう)に巧(たく)みなる三代目(さんだいめ)よ、浮木(ふぼく)をさがす盲目(めくら)の亀(かめ)よ、人参(にんじん)呑(の)んで首(くび)縊(く□)らんとする白痴(たはけ)漢(もの)よ、鰯(いわし)の頭(あたま)を信心(しん/″\)するお怜悧(りこう)連(れん)よ、雲(くも)に登(のぼ)るを願(ねが)ふ蚯蚓(み□ず)の輩(ともがら)よ、水(みづ)に影(うつ)る月(つき)を奪(うば)はんとする山猿(やまざる)よ、無芸(むげい)無能(むのう)食(しよく)もたれ総身(そうみ)に智恵(ちゑ)の廻(まは)りかぬる男(をとこ)よ、木(き)に縁(よつ)て魚(うを)を求(もと)め草(くさ)を打(うつ)て蛇(へび)に驚(をどろ)く狼狽(うろたへ)者(もの)よ、白粉(おしろい)に咽(む)せて成仏(じやうぶつ)せん事(こと)を願(ねが)ふ艶治郎(ゑんぢらう)よ、鏡(かゞみ)と睨(にら)め競(くら)をして頤(あご)をなでる唐琴屋(からことや)よ、惣て世間一切の善男子、若し遊んで暮すが御執心ならば、直ちにお宗旨を変へて文学者となれ。
我(わ)が所謂(いはゆる)文学者(ぶんがくしや)とはフィヒテが“Ueber(ユーバル) das(ダス) Wesen(ウエーゼン) des(デス) Gelehrten(ゲレールテン)”に述(の)べたてし、七むづかしきものにあらず。内新好(ないしんかう)が『一目(ひとめ)土堤(づゝみ)』に穿(ゑぐ)りし通(つう)仕込(じこみ)の御(おん)作者(さくしや)様方(さまがた)一連(いちれん)を云ふなれば、其職分(しよくぶん)の更(さら)に重(おも)くして且(か)つ尊(たふと)きは豈(あ)に夫(か)の扇子(せんす)で前額(ひたひ)を鍛(きた)へる野(の)幇間(だいこ)の比(ひ)ならんや。
夫(そ)れ文学者(ぶんがくしや)を目(もく)して預言者(よげんしや)なりといふは生(き)野暮(やぼ)一点張(いつてんばり)の釈義(しやくぎ)にして到底(たうてい)咄(はなし)の出来(でき)るやつにあらず。我(わ)が通(つう)仕込(じこみ)の御(おん)作者(さくしや)様方(さまがた)を尊崇(そんすう)し其利益(りやく)のいやちこなるを欽仰(きんぎやう)し、其職分(しよくぶん)をもて重(おも)く且(か)つ大(だい)なりとなすは能(よ)く俗物(ぞくぶつ)を教(をし)え能(よ)く俗物(ぞくぶつ)に渇仰(かつがう)せらるゝが故(ゆゑ)なり、(渠等(かれら)が通(つう)の原則(げんそく)を守(まも)りて俗物(ぞくぶつ)を斥罵(せきば)するにも関(かかは)らず。)然しながら縦令(たとひ)俗物(ぞくぶつ)に渇仰(かつがう)せらる□といへども路傍(みちばた)の道祖神(だうろくじん)の如く渇仰(かつがう)せらる□にあらす、又賞(め)で喜(よろこ)ばるゝと雖(いへ)[#ルビの「いへ」は底本では「いへど」]ども親(おや)の因果(いんぐわ)が子(こ)に報(むく)ふ片輪(かたわ)娘(むすめ)の見世物(みせもの)の如く賞(め)で喜(よろこ)ばるゝの謂(いひ)にあらねば、決して/\心配(しんぱい)すべきにあらす。否(い)な、俗物(ぞくぶつ)の信心(しん/″\)は文学者(ぶんがくしや)即ち御(おん)作者(さくしや)様方(さまがた)の生命(せいめい)なれば、否(い)な、俗物(ぞくぶつ)の鑑賞(かんしやう)を辱(かたじけな)ふするは御(おん)作者(さくしや)様方(さまがた)即ち文学者(ぶんがくしや)が一期(いちご)の栄誉(えいよ)なれば、之を非難(ひなん)するは畢竟(ひつきやう)当世(たうせい)の文学(ぶんがく)を知(し)らざる者といふべし。
此故(このゆゑ)に当世(たうせい)の文学者(ぶんがくしや)は口(くち)に俗物(ぞくぶつ)を斥罵(せきば)する事頗(すこぶ)る甚(はなは)だしけれど、人気(じんき)の前(まへ)に枉屈(わうくつ)して其奴隷(どれい)となるは少(すこ)しも珍(めづ)らしからず。大入(おほいり)だ評判(ひやうばん)だ四版(はん)だ五版(ばん)だ傑作(けつさく)ぢや大作(たいさく)ぢや豊年(ほうねん)ぢや万作(まんさく)ぢやと口上(こうじやう)に咽喉(のど)を枯(か)らし木戸銭(きどせん)を半減(はんまけ)にして見(み)せる縁日(えんにち)の見世物(みせもの)同様(どうやう)、薩摩(さつま)蝋□(らふそく)てら/\と光(ひか)る色摺(いろずり)表紙(べうし)に誤魔化(ごまくわ)して手拭紙(てふきがみ)にもならぬ厄介者(やくかいもの)を売附(うりつ)けるが斯道(しだう)の極意(ごくい)、当世(たうせい)文学者(ぶんがくしや)の心意気(こゝろいき)ぞかし。さりながら人気(じんき)の奴隷(どれい)となるも畢竟(ひつきやう)は俗物(ぞくぶつ)済度(さいど)といふ殊勝(しゆしよう)らしき奥(おく)の手(て)があれば強(あなが)ち無用(むよう)と呼(よ)ばゝるにあらず、却(かへつ)て之(こ)れ中々(なか/\)の大事(だいじ)決(けつ)して等閑(なほざり)にしがたし。俗人(ぞくじん)を教(をし)ふる功徳(くどく)の甚深(じんしん)広大(くわうだい)にしてしかも其勢力(せいりよく)の強盛(きやうせい)宏偉(くわうゐ)なるは熊肝(くまのゐ)宝丹(はうたん)の販路(はんろ)広(ひろ)きをもて知(し)らる。洞簫(どうせう)の声(こゑ)は嚠喨(りうりやう)として蘇子(そし)の膓(はらわた)を断(ちぎ)りたれど終(つひ)にトテンチンツトンの上調子(うはでうし)仇(あだ)つぽきに如(し)かず。カントの超絶(てうぜつ)哲学(てつがく)や余姚(よよう)の良知説(りやうちせつ)や大(だい)は即(すなは)ち大(だい)なりと雖(いへ)ども臍栗(へそくり)銭(ぜに)を牽摺(ひきず)り出(だ)すの術(じゆつ)は遥(はる)かに生臭(なまぐさ)坊主(ばうず)が南無(なむ)阿弥陀仏(あみだぶつ)に及(およ)ばず。されば大恩(だいおん)教主(けうしゆ)は先(ま)づ阿含(あごん)を説法(せつぱう)し志道軒(しだうけん)は隆々(りゆう/\)と木陰(ぼくいん)を揮回(ふりまは)す、皆之(みなこ)れこ□の呼吸(こきふ)を呑込(のみこ)んでの上(うへ)の咄(はなし)なり。流石(さすが)に明治(めいぢ)の御(おん)作者(さくしや)様方(さまがた)は通(つう)の通(つう)だけありて俗物(ぞくぶつ)済度(さいど)を早(はや)くも無二(むに)の本願(ほんぐわん)となし俗物(ぞくぶつ)の調子(てうし)を合点(がてん)して能(よ)く幇間(たいこ)を叩(たゝ)きてお髯(ひげ)の塵(ちり)を払(はら)ふの工風(くふう)を大悟(たいご)し、向(むか)ふ三軒(さんげん)両隣(りやうどな)りのお蝶(てふ)丹次郎(たんじらう)お染(そめ)久松(ひさまつ)よりやけにひねつた「ダンス」の Miss(ミツス) B.(ビー) A.(エー) Bae.(べー) [#「Miss B. A. Bae.」は斜体字]瓦斯(ぐわす)糸織(いとおり)に綺羅(きら)を張(は)る印刷局(いんさつきよく)の貴婦人(レデイ)に到るまで随喜(ずゐき)渇仰(かつがう)せしむる手際(てぎは)開闢以来(かいびやくいらい)の大出来(おほでき)なり。聞(き)けば聖書(バイブル)を糧(かて)にする道徳家(だうとくか)が二十五銭の指環(ゆびわ)を奮発(ふんぱつ)しての「ヱンゲージメント」、綾羅(りようら)錦繍(きんしゆう)の姫様(ひいさま)が玄関番(げんくわんばん)の筆助君(ふですけくん)にやいの/\を極(き)め込(こ)んだ果(はて)の「ヱロープメント」、皆之(みなこ)れ小説(せうせつ)の功徳(くどく)なりといふ。よしや一斗(と)の「モルヒ子」に死(し)なぬ例(ためし)ありとも月夜(つきよ)に釜(かま)を抜(ぬ)かれぬ工風(くふう)を廻(めぐ)らし得(う)べしとも、当世(たうせい)小説(せうせつ)の功徳(くどく)を授(さづ)かり少(すこ)しも其利益(りやく)を蒙(かうむ)らぬ事曾(かつ)て有(あ)るべしや。
冒険譚(ばうけんだん)の行(おこな)はれし十八世紀(せいき)には航海(かうかい)の好奇心(かうきしん)を焔(もや)し、京伝(きやうでん)の洒落本(しやれぼん)流行(りうかう)せし時(とき)は勘当帳(かんだうちやう)の紙数(しすう)増加(ぞうか)せしとかや。抑も辻行灯(つじあんどう)廃(すた)れて電気灯(でんきとう)の光明(くわうみやう)赫灼(かくしやく)として闇夜(やみよ)なき明治(めいぢ)の小説(せうせつ)が社会(しやくわい)に於ける影響(えいきやう)は如何(いかん)。『戯作(げさく)』と云へる襤褸(ぼろ)を脱(ぬ)ぎ『文学(ぶんがく)』といふ冠(かむり)着(つ)けしだけにても其効果(かうくわ)の著(いちゞ)るしく大(だい)なるは知(し)らる。
英吉利(いぎりす)は野暮堅(やぼがた)き真面目(まじめ)一方(いつぱう)の国(くに)なれば、人間(にんげん)の元来(ぐわんらい)醜悪(しうあく)なるにお気(き)が附(つ)かれずして、ゾオラが偶々(たま/\)醜悪(しうあく)のまゝを写(うつ)せば青筋(あをすじ)出して不道徳(ふだうとく)文書(ぶんしよ)なりと罵(のゝし)り叫(わめ)く事さりとは野暮(やぼ)の行(い)き過(す)ぎ余(あま)りに業々(げふ/\)しき振舞(ふるまひ)なり。さりながら論語(ろんご)に唾(つ)を吐(は)きて梅暦(むめごよみ)を六韜三略(りくとうさんりやく)とする当世(たうせい)の若檀那(わかだんな)気質(かたぎ)は其(そ)れとは反対(うらはら)にて愈々(いよ/\)頼(たの)もしからず。東京(とうきやう)の或る固執派(オルソドキシカー)教会(けうくわい)に属(ぞく)する女学校(ぢよがつかう)の教師(けうし)が曾我物語(そがものがたり)の挿画(さしゑ)に男女(なんによ)の図(づ)あるを見(み)て猥褻(わいせつ)文書(ぶんしよ)なりと飛(と)んだ感違(かんちが)ひして炉中(ろちう)に投込(なげこ)みしといふ一ツ咄(ばなし)も近頃(ちかごろ)笑止(せうし)の限(かぎ)りなれど、如何(どう)考(かんが)へても聖書(バイブル)よりは小説(せうせつ)の方(はう)が面白(おもしろ)いには違(ちが)ひなく、教師(けうし)の眼(め)を窃(ぬす)んでは「よくッてよ」派(は)小説(せうせつ)に現(うつゝ)を抜(ぬ)かすは此頃(このごろ)の女生徒(ぢよせいと)気質(かたぎ)なり。例(たと)へば地(ち)を打(う)つ槌(つち)は外(はづ)る□とも青年(せいねん)男女(なんによ)にして小説(せうせつ)読(よ)まぬ者なしといふ鑑定(かんてい)は恐(おそ)らく外(はづ)れツこななるべし。
俗界(ぞくかい)に於(お)ける小説(せうせつ)の勢力(せいりよく)斯(か)くの如(ごと)く大(だい)なれば随(したがつ)て小説家(せうせつか)即(すなは)ち今(いま)の所謂(いはゆる)文学者(ぶんがくしや)のチヤホヤせらるゝは人気(じんき)役者(やくしや)も物(もの)の数(かづ)ならず。此故(このゆゑ)に腥(なまぐさ)き血(ち)の臭(にほひ)失(う)せて白粉(おしろい)の香(かをり)鼻(はな)を突(つ)く太平(たいへい)の御代(みよ)にては小説家(せうせつか)即ち文学者(ぶんがくしや)の数(かず)次第々々(しだい/\)に増加(ぞうか)し、鯛(たひ)は[#「鯛(たひ)は」はママ]花(はな)は見(み)ぬ里(さと)もあれど、鯡(にしん)寄(よ)る北海(ほつかい)の浜辺(はまべ)、薯蕷(じねんじやう)掘(ほ)る九州(きうしゆう)の山奥(やまおく)に到(いた)るまで石版画(せきばんゑ)と赤本(あかほん)は見(み)ざるの地(ち)なしと鼻(はな)うごめかして文学(ぶんがく)の功徳(くどく)無量広大(むりやうくわうだい)なるを説(と)く当世男(たうせいをとこ)殆(ほと)んど門並(かどなみ)なり。寄(よ)れば触(さは)れば高慢(かうまん)の舌(した)爛(たゞら)してヤレ沙翁(シヱークスピーヤ)は造化(ざうくわ)の一人子(ひとりご)であると胴羅魔声(どらまごゑ)を振染(ふりしぼ)り西鶴(さいくわく)は九皐(きうかう)に鳶(とんび)トロヽを舞(ま)ふと飛(と)ンだ通(つう)を抜(ぬ)かし、何(なに)かにつけては美学(びがく)の受売(うけうり)をして田舎者(いなかもの)の緋(ひ)メレンスは鮮(あざや)かだから美(び)で江戸ツ子の盲縞(めくらじま)はジミだから美(び)でないといふ滅法(めつぱふ)の大議論(だいぎろん)に近所(きんじよ)合壁(がつぺき)を騒(さわ)がす事少しも珍(めづ)らしからず。好奇(ものずき)な統計家(とうけいか)が概算(がいさん)に依れば小遣帳(こづかいちやう)に元禄(げんろく)を拈(ひね)る通人迄(つうじんまで)算入(さんにう)して凡(およ)そ一町内(いつちやうない)に百「ダース」を下(くだ)る事あるまじといふ。
夫れ台所(だいどころ)に於ける鼠(ねづみ)の勢力(せいりよく)の法外(はふぐわい)なる飯焚男(めしたきをとこ)が升落(ますおと)しの計略(けいりやく)も更に討滅(たうめつ)しがたきを思へば、社会問題(しやくわいもんだい)に耳(みゝ)傾(かたむ)くる人いかで此一町内(いつちやうない)百「ダース」の文学者(ぶんがくしや)を等閑(なほざり)にするを得(う)べき。若し惣(すべ)ての文学者(ぶんがくしや)を駆(かつ)て兵役(へいえき)に従事(じゆうじ)せしめば常備軍(じやうびぐん)は頓(にはか)に三倍(さんばい)して強兵(きやうへい)の実(じつ)忽(たちま)ち挙(あ)がるべく、惣(すべ)ての文学者(ぶんがくしや)に支払(しはら)ふ原稿料(げんかうれう)を算(つも)れば一万噸(とん)の甲鉄艦(かふてつかん)何艘(なんざう)かを造(つく)るに当(あた)るべく、惣(すべ)ての文学者(ぶんがくしや)が消費(せうひ)する筆墨料(ひつぼくれう)を徴収(ちようしう)すれば慈善(じぜん)病院(びやうゐん)三ツ四ツを設(つく)る事決(けつ)して難(かた)きにあらず、惣(すべ)ての文学者(ぶんがくしや)が喰潰(くひつぶ)す米(こめ)と肉(にく)を蓄積(ちくせき)すれば百度(ひやくたび)饑饉(ききん)来(きた)るとも更(さら)に恐(おそ)るゝに足(た)らざるべく、若(も)し又惣(すべ)ての文学者(ぶんがくしや)を一時(いちじ)に殺戮(さつりく)すれば其死屍(しゝ)は以て日本海(につぽんかい)を埋(うづ)むべく其血(ち)は以て太平洋(たいへいよう)を変色(へんしよく)せしむべし。
文学者(ぶんがくしや)は一の社会問題(しやくわいもんだい)なり、貧民(ひんみん)が、僧侶(ばうず)が、娼妓(しやうぎ)が社会問題(しやくわいもんだい)となれる如く。
熟々(つら/\)考(かんが)ふるに天(てん)に鳶(とんび)ありて油揚(あぶらげ)をさらひ地(ち)に土鼠(もぐらもち)ありて蚯蚓(みゝず)を喰(くら)ふ目出度(めでた)き中(なか)に人間(にんげん)は一日(いちにち)あくせくと働(はたら)きて喰(く)ひかぬるが今日(けふ)此頃(このごろ)の世智辛(せちがら)き生涯(しやうがい)なり。学校(がつこう)の卒業(そつげふ)証書(しようしよ)が二枚(まい)や三枚(まい)有(あ)つたとて鼻(はな)を拭(ふ)く足(たし)にもならねば高(たか)が壁(かべ)の腰張(こしばり)か屏風(びやうぶ)の下張(したばり)が関(せき)の山(やま)にて、偶々(たま/\)荷厄介(にやつかい)にして箪笥(たんす)に蔵(しま)へば縦令(たと)へば虫(むし)に喰(く)はるゝとも喰(く)ふ種(たね)には少(すこ)しもならず。学士(がくし)ですの何(なん)のと云ツた処(ところ)で味噌摺(みそすり)の法(はふ)を知(し)らずお辞義(じぎ)の礼式(れいしき)に熟(じゆく)せざれば何処(どこ)へ行(いつ)ても敬(けい)して遠(とほ)ざけらる□が結局(おち)にて未(ま)だしも敬(けい)さるゝだけを得(とく)にして責(せ)めてもの大出来(おほでき)といふべし。ミルトンの詩(し)を高(たか)らかに吟(ぎん)じた処(ところ)で饑渇(きかつ)は中(なか)々に医(い)しがたくカントの哲学(てつがく)に思(おもひ)を潜(ひそ)めたとて厳冬(げんとう)単衣(たんい)終(つひ)に凌(しの)ぎがたし。学問(がくもん)智識(ちしき)は富士(ふじ)の山(やま)ほど有(あ)ツても麺包屋(ぱんや)が眼(め)には唖銭(びた)一文(いちもん)の価値(ねうち)もなければ取ツけヱべヱは中々(なか/\)以(もつ)ての外(ほか)なり。トヾの結局(つまり)が博物館(はくぶつくわん)に乾物(ひもの)の標本(へうほん)を残(のこ)すか左(さ)なくば路頭(ろとう)の犬(いぬ)の腹(はら)を肥(こや)すが世(よ)に学者(がくしや)としての功名(こうみやう)手柄(てがら)なりと愚痴(ぐち)を覆(こぼ)す似而非(えせ)ナツシユは勿論(もちろん)白痴(こけ)のドン詰(づま)りなれど、さるにても笑止(せうし)なるは世(よ)の是(これ)沙汰(さた)、飯粒(めしつぶ)に釣(つ)らるゝ鮒男(ふなをとこ)がヤレ才子(さいし)ぢや怜悧者(りこうもの)ぢやと褒(ほ)めそやされ、偶(たま)さか活(い)きた精神(せいしん)を有(も)つ者(もの)あれば却(かへつ)て木偶(でく)のあしらひせらるゝ事沙汰(さた)の限(かぎ)りなり。騙詐(かたり)が世渡(よわた)り上手(じやうず)で正直(しやうぢき)が無気力漢(いくぢなし)、無法(むはう)が活溌(くわつぱつ)で謹直(きんちよく)が愚図(ぐづ)、泥亀(すつぽん)は天(てん)に舞(ま)ひ鳶(とんび)は淵(ふち)に躍(をど)る、さりとは不思議(ふしぎ)づくめの世(よ)の中(なか)ぞかし。
斯(かゝ)る中(なか)にも社会(しやくわい)に大勢力(だいせいりよく)を有(いう)する文学者(ぶんがくしや)どのは平気(へいき)の平三(へいざ)で行詰(ゆきづま)りし世(よ)を屁(へ)とも思(おも)はず。春(はる)うら/\蝶(てふ)と共(とも)に遊(あそ)ぶや花(はな)の芳野山(よしのやま)に玉(たま)の巵(さかづき)を飛(と)ばし、秋(あき)は月(つき)てら/\と漂(たゞよ)へる潮(うしほ)を観(み)て絵島(ゑのしま)の松(まつ)に猿(さる)なきを怨(うら)み、厳冬(げんとう)には炬燵(こたつ)を奢(おごり)の高櫓(たかやぐら)と閉籠(とぢこも)り、盛夏(せいか)には蚊帳(かや)を栄耀(えいえう)の陣小屋(ぢんごや)として、米(こめ)は俵(たはら)より涌(わ)き銭(ぜに)は蟇口(がまぐち)より出(いづ)る結構(けつこう)な世(よ)の中(なか)に何(なに)が不足(ふそく)で行倒(ゆきだふ)れの茶番(ちやばん)狂言(きやうげん)する事かとノンキに太平楽(たいへいらく)云ふて、自作(じさく)の小説(せうせつ)が何十遍(なんじつぺん)摺(ずり)とかの色表紙(いろべうし)を付(つ)けて売出(うりだ)され、二号(にがう)活字(くわつじ)の広告(くわうこく)で披露(ひろう)さるゝ外(ほか)は何(なん)の慾(よく)もなき気楽(きらく)三昧(まい)、あツたら老先(おひさき)の長(なが)い青年(せいねん)男女(なんによ)を堕落(だらく)せしむる事は露(つゆ)思(おも)はずして筆費(ふでづひ)え紙費(かみづひ)え、高(たか)が大家(たいか)と云はれて見(み)たさに無暗(むやみ)に原稿紙(げんかうし)を書(か)きちらしては屑屋(くづや)に忠義(ちうぎ)を尽(つく)すを手柄(てがら)とは心得(こころえ)るお目出(めで)たき商売(しやうばい)なり。月(つき)雪(ゆき)花(はな)は魯(おろ)か犬(いぬ)が子(こ)を産(う)んだとては一句(いつく)を作(つく)り猫(ねこ)が肴(さかな)を窃(ぬす)んだとては一杯(いつぱい)を飲(の)み何(なに)かにつけて途方(とはう)もなく嬉(うれ)しがる事おかめが甘酒(あまざけ)に酔(ゑ)ふと仝(おな)じ。
斯(か)くの如(ごと)く文学者(ぶんがくしや)は身分(みぶん)不相応(ふさうおう)に勢力(せいりよく)を有(いう)し且つ身分(みぶん)不相応(ふさうおう)にのンきなり。世(よ)に気楽(きらく)なるものは文学者(ぶんがくしや)なり、世(よ)に羨(うらや)ましき者(もの)は文学者(ぶんがくしや)なり、接待(せつたい)の酒(さけ)を飲(の)まぬ者も文学者(ぶんがくしや)たらん事を欲(ほつ)し、落(お)ちたるを拾(ひろ)はぬ者も文学者(ぶんがくしや)たるを願(ねが)ふべし。
然(しか)るに世(よ)にすねたる阿呆(あはう)は痛(いた)く文学者(ぶんがくしや)を斥罵(せきば)すれども是れ中々(なか/\)に識見(しきけん)の狭陋(けふろう)を現示(げんじ)せし世迷言(よまいごと)たるに過(す)ぎず。冷静(れいせい)なる社会的(しやくわいてき)の眼(め)を以(もつ)て見(み)れば、等(ひと)しく之れ土居(どきよ)して土食(どしよく)する一ツ穴(あな)の蚯蚓(みゝず)□□(おけら)の徒(ともがら)なれば何(いづ)れを高(たか)しとし何(いづ)れを低(ひく)しとなさん。濁醪(どぶろく)を引掛(ひつか)ける者が大福(だいふく)を頬張(ほゝば)る者を笑(わら)ひ売色(ばいしよく)に現(うつゝ)を抜(ぬ)かす者が女房(にようばう)にデレる鼻垂(はなたらし)を嘲(あざけ)る、之れ皆他(ひと)の鼻(はな)の穴(あな)の広(ひろ)きを知(しつ)て我(わ)が尻(しり)の穴(あな)の窄(せま)きを悟(さと)らざる烏滸(をこ)の白者(しれもの)といふべし。窮理(きゆうり)決(けつ)して迂(う)なるにあらず実践(じつせん)何(なん)ぞ浅(あさ)しと云はんや。魚肴(さかな)は生臭(なまぐさ)きが故(ゆゑ)に廉(やす)からず蔬菜(やさい)は土臭(つちくさ)しといへども尊(たふ)とし。馬(むま)に角(つの)なく鹿(しか)に※(たてがみ)[#「馬+□のつくり」、219-16]なく犬(いぬ)は※(にやん)[#「口+若」、219-16]と啼(な)いてじやれず猫(ねこ)はワンと吠(ほ)えて夜(よ)を守(まも)らず、然(しか)れども自(おのづか)ら馬(むま)なり鹿(しか)なり犬(いぬ)なり猫(ねこ)なるを妨(さまた)けず。稼(かせ)ぐものあれば遊(あそ)ぶ者あり覚(さ)める者あれば酔(ゑ)ふ者あるが即ち世(よ)の実相(じつさう)なれば己(おの)れ一人(ひとり)が勝手(かつて)な出放題(ではうだい)をこねつけて好(い)い子(こ)の顔(かほ)をするは云はふ様(やう)なき歿分暁漢(わからずや)言語同断(ごんごどうだん)といふべし。縦令(たとひ)石橋(いしばし)を叩(たゝ)いて理窟(りくつ)を拈(ひね)る頑固(ぐわんこ)党(とう)が言(こと)の如く、文学者(ぶんがくしや)を以(もつ)て放埓(はうらつ)遊惰(いうだ)怠慢(たいまん)痴呆(ちはう)社会(しやくわい)の穀潰(ごくつぶ)し太平(たいへい)の寄生虫(きせいちう)となすも、兎(と)に角(かく)文学者(ぶんがくしや)が天下(てんか)の最幸(さいかう)最福(さいふく)なる者たるに少(すこ)しも差閊(さしつかへ)なし。然(しか)るを愚図々々(ぐづ/\)と賢(さか)しらだちて罵(のゝし)るは隣家(となり)のお菜(かず)を考(かんが)へる独身者(ひとりもの)の繰言(くりごと)と何(なん)ぞ択(えら)まん。
加之(しかのみならず)、文学者(ぶんがくしや)を以(もつ)て怠慢(たいまん)遊惰(いうだ)の張本(ちやうほん)となすおせツかいは偶(たま)/\怠慢(たいまん)遊惰(いうだ)の却(かへつ)て神(かみ)の天啓(てんけい)に協(かな)ふを知(し)らざる白痴(たはけ)なり。謹(つゝし)んで慮(おもんぱ)かるに神(かみ)の御恵(みめぐみ)洽(あまね)かりし太古(たいこ)創造(さう/″\)の時代(じだい)には人間(にんげん)無為(むゐ)にして家業(かげふ)といふ七むづかしきものもなければ稼(かせ)ぐといふ世話(せわ)もなく面白(おもしろ)おかしく喰(くつ)て寝(ね)て日向(ひなた)ぼこりしてゐられたものゝ如し。アダムの二本棒(にほんぼう)が意地(いぢ)汚(きたな)さの摂(つま)み喰(ぐひ)さへ為(せ)ずば開闢(かいびやく)以来(いらい)五千年(ねん)[#ルビの「ねん」は底本では「わん」]の今日(こんにち)まで人間(にんげん)は楽園(パラダイス)の居候(ゐさふらふ)をしてゐられべきにとンだ飛(とば)ツ塵(ちり)が働(はたら)いて喰(く)ふといふ面倒(めんだう)を生(しやう)じ□は扨(さて)も迷惑(めいわく)千万(せんばん)の事ならずや。神(かみ)が創造(さう/″\)の御心(みこゝろ)は人間(にんげん)を楽(たのし)ましめんとするにありて苦(くるし)ましめんとするにあらず。無為(むゐ)は天則(てんそく)なり、無精(ぶしやう)は神慮(しんりよ)に協(かな)へり。正直(しやうぢき)の頭(かうべ)に神(かみ)宿(やど)る――嫌(いや)な思をして稼(かせ)ぐよりは真(ま)ツ正直(しやうぢき)に遊(あそ)んで暮(くら)すが人間(にんげん)の自然(しぜん)にして祈(いの)らずとても神(かみ)や守(まも)らん。文学者(ぶんがくしや)を以て大(だい)のンきなり大(だい)気楽(きらく)なり大(だい)阿呆(あはう)なりといふ事の当否(たうひ)は兎(と)も角(かく)も眼(め)ばかりパチクリさして心(こゝろ)は藻脱(もぬけ)の売(から)となれる木乃伊(ミイラ)文学者(ぶんがくしや)は豈(あ)に是れ人間(にんげん)の精粋(きつすゐ)にあらずや。
且つ又聖経(バイブル)の教ふる処(ところ)に依(よ)れば天国(てんこく)に行(ゆ)かんとすれば是非(ぜひ)とも小児(せうに)の心(こゝろ)を有(も)たざるべからず。小児(せうに)の如くタワイなく、意気地(いくぢ)なく、湾白(わんぱく)で、ダヾをこねて、遊(あそ)び好(ずき)で、無法(むはふ)で、歿分暁(わからずや)で、或時(あるとき)はお山(やま)の大将(たいしやう)となりて空威張(からゐばり)をし、或時(あるとき)はデレリ茫然(ばうぜん)としてお芋(いも)の煮(に)えたも御存(ごぞん)じなきお目出(めで)たき者は当世(たうせう)[#「たうせう」はママ]の文学者(ぶんがくしや)を置(お)いて誰(た)ぞや。
文学者なる哉、文学者なる哉。天変地異(てんぺんちい)を笑(わら)つて済(す)ますものは文学者(ぶんがくしや)なり。社会(しやくわい)人事(じんじ)を茶(ちや)にして仕舞(しま)ふ者は文学者(ぶんがくしや)なり。否(い)な、神の特別(とくべつ)なる贔屓(ひいき)を受(う)けて自然(しぜん)に hypnotize(ヒプノタイズ) さる□ものは文学者(ぶんがくしや)なり。文学者なる哉、文学者なる哉。
我れ三文字屋(さんもんじや)金平(きんぴら)夙(つと)に救世(ぐせい)の大本願(だいほんぐわん)を起(おこ)し、終(つひ)に一切(いつさい)の善男(ぜんなん)善女(ぜんによ)をして悉(ことごと)く文学者(ぶんがくしや)たらしめんと欲(ほつ)し、百で買(か)ツた馬(むま)の如くのたり/\として工風(くふう)を凝(こら)し、虱(しらみ)を捫(ひね)る事一万疋に及びし時酒屋(さかや)の厮童(こぞう)が「キンライ」節(ふし)を聞いて豁然(くわつぜん)大悟(たいご)し、茲に椽大(えんだい)の椎実筆(しひのみふで)を揮(ふるつ)て洽(あまね)く衆生(しゆじやう)の為(ため)に為(ゐ)文学者(ぶんがくしや)経(きやう)を説解(せつかい)せんとす。
右から見ても左から見ても文学者は最幸最福なる動物なり。我が抜苦(ばつく)与楽(よらく)の説法(せつぱう)を疑(うたが)ふ事なく一図(いちづ)に有(あり)がたがツて盲信(まうしん)すれば此世(このよ)からの極楽(ごくらく)往生(おうじやう)決(けつ)して難(かた)きにあらず。銀価(ぎんか)の下落(げらく)を心配(しんぱい)する苦労性(くらうしやう)、月給(げつきふ)の減額(げんがく)に気(き)を揉(も)む神経(しんけい)先生(せんせい)、若(もし)くは身躰(からだ)にもてあます食(しよく)もたれの豚(ぶた)の子(こ)、無暗(むやみ)に首(くび)を掉(ふ)りたがる張子(はりこ)の虎(とら)、来(きた)つて此説法(せつぱう)を聴聞(ちやうもん)し而してのち文学者(ぶんがくしや)となれ。朝飯前(あさめしまへ)の仕事(しごと)にして天下(てんか)を驚(をどろ)かす事虎列刺(コレラ)よりも甚(はなは)だしく天下(てんか)に評判(ひやうばん)さる□事蜘蛛(くも)男(をとこ)よりも隆(さか)んなるは唯其れ文学者あるのみ、文学者あるのみ。




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