電気鳩
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著者名:海野十三 

父親が敵にとりこにされているのをみて、どうして、じっとしていられましょうか。また、日本の国をまもる「地底戦車」を発明したお父さまを、いつまでも敵にうばわれていて、それでいいものでしょうか。といって、日本の兵隊さんがせめれば、お父さまのお命があぶない――子供なればこそできるかもしれないという、今日の大冒険なのです。
「お父さまをぶじにすくいだすことができれば、ぼくは、死んでもいいんだ」
 島についた高一は、まず船のなかから、りんごのいっぱいはいったかごを上にあげました。そして、軍用犬をつれて島にとびあがりました。
 高一は、りんごのかごをかたにかけて、トーチカの方へ歩いてゆきました。
「こら、少年まて。どこへゆくんだ」
 思いがけない立木のかげから、銃剣をかまえた敵兵がとびだしました。
「……」
 高一は口をきかないで、かごのりんごをゆびさしました。そしてむしゃむしゃたべるまねをして、ほっぺたがおちるくらい、おいしいぞという顔をしてみせました。敵兵は、
「なんだ、お前は口がきけないのか。りんごを買えというのだな。なるほどうまそうなりんごだ――しかしこの小僧め、どこから来たか、ゆだんがならないぞ」
 と、つばをのみこんだり、目をむいたり。
 高一は、敵兵と仲よしにならなければいけないと思い、一番おおきいりんごをひとつとって、敵兵の手にのせてやりました。
 敵兵は、おどろいた顔をしましたが、やがて、ポケットからお金を出そうとしますので、高一は、いらないいらないとおしかえし、そして、早くたべろと手まねですすめました。
 敵兵はりんごをたべると、きげんよくなりました。そこで、高一はトーチカの方へりんごを売りにゆきたいから、つれていってくれと手まねをし、またひとつりんごをやりました。
 このよくばり敵兵はすっかりよろこんで、高一を、トーチカの方へつれてゆきました。
「おいみんな、うまいりんごを売りにきたぞ」
 そういうと、中からどやどやと敵兵があらわれました。
 りんごはうまいうえに、ねだんもたいへんやすいので大人気です。
 ところがとつぜん、高一はうしろから大きい手で、かたをつかまれました。
「こら、小僧。口がきけないふりなどをしているが、あやしいやつ、お前は日本のスパイだろう」
 高一が、ふりかえってみると、りっぱな敵の将校でした。それは、トーチカの隊長だったのです。
 高一は、わざとかなしい顔をしてあやまりましたが、隊長は、しょうちしません。そして、高一をひきずるようにして、トーチカの中の自分のへやにひっぱってゆきました。りんごはかごからおちて、そこらじゅうにごろごろところげました。
「さあ、こっちへはいれ。しらべてやる」
 高一はもうこれまでと思い、腰の袋をあけて電気鳩をだしました。そして、りんごのかごのなかにかくしてある、電気鳩をうごかすきかいをひねりました。
 電気鳩は、ものすごい羽ばたきをして、隊長の頭の上をぐるぐるまわりだしました。
「おや、へんな鳥がとびだしたぞ」
 隊長は、はらをたてて剣をぬくと、電気鳩にきりつけました。
「あっ――」
 ぴかり、といなびかりがみえたかと思うと、隊長は、その場にたおれました。電気鳩のだした電気にあたって死んでしまったのです。
 その物音に、トーチカのおくから大ぜいの敵兵があらわれ、ピストルや、剣をもって高一にむかってきました。
「さあ、こうなればだれでもむかってこい」
 高一は、せめてくる敵兵めがけて電気鳩をとびかからせ、かたっぱしからたおします。じつにものすごいいきおいです。さすがの敵兵も、手のくだしようがありません。
 高一は、ころあいをみはからって、軍用犬にひとつの大切な命令をつたえました。軍用犬は、まっていましたとばかり、トーチカのおくめがけてかけだしました。そのいいつけはなんであったでしょうか。
 高一と、敵兵とのたたかいは、つづけられましたが、電気鳩には、とてもかないません。そのうちに、犬がわんわんほえながらもどってきました。
「おお、わかったか。よしいこう。さあ、つれていっておくれ」
 高一は電気鳩をつれて、軍用犬のうしろからかけだしました。
「わん、わん、わん」
 軍用犬は、ひとつのとびらの前で、しきりにほえています。しかし、そのとびらには大きな錠(じょう)がおりていて、あけることができません。
「そうだ、これは電気鳩にたのもう」
 高一は、電気鳩を錠にぶつからせました。すると錠から、ぱちぱち火花がでたかと思うと、たちまちやけきれてしまいました。
 高一は、とびらに手をかけてひきました。とびらはすぐあきました。
「ああ、あいた」
 と、さけんで、高一は中にとびこみました。うすぐらいへやのすみに、ひげぼうぼうの日本人が手をしばられていました。
「あっ、お父さまだ」
 高一はなみだとともにかけよりました。
「おお、お前は――お前は高一か!」
 秋山技師は、よろよろとたちあがって、高一にからだをすりつけました。あまりの思いがけなさに、またあまりのうれしさに、あとはなみだばかりで言葉もでません。
「さあお父さま。すぐここをにげましょう」
「ああ高一、それはだめだよ。敵兵にみつかってころされるばかりだ」
「お父さま、大丈夫ですよ。ぼくは電気鳩をもっているんですから」
「えっ、電気鳩……」
「そうです。電気鳩さえあれば、どんな大敵がきてもだいじょうぶです。さあはやくにげましょう」
 高一が、父秋山技師をつれてトーチカを出たとき、ちょうどそこへ、大石大尉が陸戦隊をひきつれてかけつけました。大尉も決死のかくごで、中の島へせめこんできたのです。しかし、敵は電気鳩にやられてよわりきっていましたので、わけなく上陸できたそうです。
「高一君、じつにりっぱなはたらきをしたね、おめでとう。みんなでばんざいをとなえよう」
 トーチカの上に日章旗をたてると、大尉のおんどで、陸戦隊や、高一やお父さままで力いっぱい、ばんざいをさけびました。
 むこう岸にまっていたミドリが、どんなによろこんだか、申すまでもありません。
 電気鳩をうごかすふしぎなしかけは、秋山技師がしらべて、すっかりわかり、大へんめずらしいというので、いまも大切にしてあるそうです。




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