浮かぶ飛行島
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著者名:海野十三 

身をもって爆弾庫にとびこんだあの水兵を、皆して褒めてやってくれ。俺は――俺は……」
 川上機関大尉の眼から、熱い涙が、せきを切ったようにあふれてきた。そして潮やけした頬をつたって、幾条かの涙の道をつけた。
 ああ、なんという謙遜な言葉であろう。ああ、なんという部下思いの言葉であろう。
 彼は、自分のたてた大功を誇らず、まず何よりも忠勇な部下であり、そしてまた一度は脱走兵の汚名を着た杉田のために、その功を称(たた)えたのであった。
「いや、よく分かっとる」と、長谷部少佐は戦友の手をやさしく撫でつつ、
「杉田も、えらい奴だ。貴様が優しくて強いから、そんないい部下ができたのだ。結局やっぱり貴様がえらいということになるのだ。さあ、飛行島は、ついに爆破された。これで英国の間違った永い間の悪夢も、きっと覚め、東洋における大日本帝国の正しい地位を考えなおすことになろう」
 その飛行島は、いま戦友に抱えられた川上機関大尉の肩越しに、ぐるっと一転して、前世紀の巨獣の頤のような組立鉄骨やおびただしい浮標をぬっとつきだし、最後の醜体をさらしたかと思うと、こんどは急に海底に吸いこまれるように、ずぶずぶと沈んでしまった。そしてそのあとには、凄じい水泡(みなわ)と大きな渦が、いつまでもぐるぐるまいていた。
 それにしても飛行島の主、リット提督はどうなったであろうか。彼の行方を知っているものは、ただの一人もない、しいて知りたければ、かのブルー・チャイナ号のつきない怨をのせて、いつまでもぐるぐる廻っている、あの飛行島の沈んだあとの大きな渦巻に聞いてみるがいい。




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