月世界探険記
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著者名:海野十三 

 二人が手を取り合って、最後の覚悟を語りあっているところへ、横合から漂然(ひょうぜん)と流れて来た一個の巨船(きょせん)――それこそ意外中の意外、というべき猿田飛行士が乗り逃げをした筈(はず)の新宇宙号だった。
 二人は夢かとばかり愕(おどろ)いた。なぜこんなところに新宇宙号がプカプカ浮んでいるのだろう。辿(たど)りついてよく見れば、噴射瓦斯(ふんしゃガス)へ通ずる電線の入ったパイプが何物かに当ったと見え断線(だんせん)していた。これでは瓦斯が止ってしまうのも無理はない。それにしても、空中でよほど硬い大きな物体に衝突しなければならない筈……。
 進少年はハタと膝をうった。
「こう考えればいいのだ。――最初犬吠が乗り逃げした宇宙艇は、誤(あやま)ってこの無引力空間に陥(おちい)って、ここを漂(ただよ)っていたのだ。そこへまた今度、猿田の操縦した新宇宙艇が通りかかって、図(はか)らずもドーンと衝突した。そのときパイプが裂(さ)けて、動かなくなり、そのままこの無引力空間に漂い始めたんだ。一方、旧型(きゅうがた)の宇宙艇はこの衝突で跳ねとばされて、その勢いで月世界へ墜落(ついらく)していったものだろう」
「実にうまく出来ている。悪人の末路(まつろ)は皆こんなものだ」
 と佐々(さっさ)も合槌(あいづち)をうった。
 そこで二人は艇内をこじあけて工具をとり出し、パイプと電線とを外から修理して接ぎあわせ、そして新宇宙艇を再び操縦して地球へ急いだが、快速のため、蜂谷艇長の一行よりも早く帰りついたのだった。
 猿田は艇内でピストル自殺をしていた。器械が動かなくなったので、観念したのだろうと思う。
 全国の新聞やラジオは、進少年や密航記者佐々砲弾(さっさほうだん)の愕くべき奇蹟を大々的(だいだいてき)に報道した。すると祝電と見舞の電報とが、山のように二人の机上(きじょう)に集った。それは日本ばかりではなく、遠くベルリンやローマから、またロンドンやニューヨークからのものがあった。その大きな同情は、いま月世界に病(や)む進君の父六角博士をぜひ救い出さねばならぬという声にかわっていった。この分では老博士救助の新ロケットが飛びだす日もそう遠くはあるまい。




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