人造人間エフ氏
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著者名:海野十三 

 少年は、なにをおいても、郊外にある家へかえって、病床(びょうしょう)にある母にあいたかった。しかし本当のことをいったら、母はどんなに心配するかもしれない。母にはすまないが、マリ子は船の中で病気になり、敦賀の病院に入っていることにしておこうと決心をした。その正太が、東京郊外の武蔵野に省線電車をおり、それから砂ほこりの立つ道を、ひとりぽくぽく家の方へ歩いているときだった。彼は母にあってよどみなくいうべき言葉を、あれやこれやと考えながら歩いていたので、ついぼんやりしていたらしい。それが、ふと目をあげて、向こうにつづくひろびろとした畑道をながめたとき、彼は意外なものを見つけて、おもわず「あっ」とおどろきの声をあげた。
「あっ、あれはマリ子じゃないか」
 二百メートル先の向こうの畑道を、二人の少年少女が、手をひいて歩いていく。その少女のうしろ姿を見たとき、正太はそれが妹のマリ子だといいあてたのだった。なぜといって、その少女は、船の中にいたときのマリ子の服と同じ服を着ていた。赤い帽子も同じであった。おかっぱの頭の恰好や歩きぶりまで、たしかにマリ子にちがいなかった。
「おーいマリ子」
 正太は、マリ子が誰と歩いているのかを考えるひまもなく、うしろからよびかけた。すると二人は、一しょにくるっと正太の方をふりかえった。そのとき正太は、おそろしいものを見た。
 妹マリ子のそばに立っている連れの少年の顔は、なんとふしぎにも、自分そっくりの顔をしているではないか。こうもよく似た顔の少年があったものだ。
「おーい、君は誰だ」
 正太が声をかけると、かの正太そっくりの少年は、いきなりマリ子を背に負い、後をふりかえりながら、どんどん逃げだした。その足の早いことといったら、韋駄天(いだてん)のようだ。
「おーい、待て。マリ子、お待ちよ」
 正太は、二人のあとをおいかけた。畑道をかけくだってゆくと、郊外電車の踏切があった。マリ子を背負った怪少年は、踏切をとぶように越していった。正太はあと五十メートルだ。
 そのとき意地わるく、踏切の腕木(うでぎ)が下がった。そしてじゃんじゃんベルが鳴りだした。急行電車がやってきたのだ。正太が踏切のところまでかけつけたときは、もうどうにもならなかった。番人は、それとさとって、腕木の下をいまにもくぐりそうな正太をぐっとにらみつけた。
「あぶないあぶない。入っちゃ生命がない!」


   怪少年出没


 おしいところで、正太は妹と怪少年においつけないで終った。踏切の腕木(うでぎ)があがったあとは妹を背負った怪少年の姿はもう小さくなっていた。
 それでも正太は、ここで妹をとりかえさねばいつとりかえせるやらわからないと一生懸命においかけたがもうすでにおそかった。やがて二人の姿は、村の家ごみの中に消えてしまった。
「ああざんねんだ。とうとうのがしてしまった」
 正太は、道のうえに坐って、おちる涙を拳(こぶし)でふいていた。
 怪少年が、マリ子をさらっていったのだった。あの怪少年は、一体何者だろうか。それにしてもマリ子の様子が、ふにおちない。兄が声をかけたのだから、「ああ兄ちゃん」とかなんとかいって、こっちへかけだして来そうなものだ。しかしじっさいは、妹はこっちをみても知らん顔をしていた。じつにふしぎだ。ただ一つ、正太の心をなぐさめたものは、敦賀で見うしなった妹マリ子が、いつの間にか東京へ来ていたことである。マリ子が東京にいるならそのうちにまたどこかで会えるかもしれないと、正太ははかないのぞみをつないだ。正太は、その足で、久方(ひさかた)ぶりにわが家の門をくぐった。
 病床の母は、おもいのほか元気だった。この分なら近いうちに起きあがれるかもしれないということであった。しかし母はマリ子の病気のことをきくとたいへん心配して、正太にいろいろとききただした。正太はつくりごとをはなしているので、母親からあまりいろいろきかれると、返事につまった。
「お母さん、マリ子は、はしかのような病気です、大したことはありません。ただ他の人にうつるとわるいから、あと一ヶ月ぐらい入院していなければならないのです」
 そういって正太は、母親をなぐさめた。それをきいて母親はやっと顔いろを和(やわらげ)たのだった。
 帆村探偵の事務所は、丸の内にあった。ウラル丸の船長からもらった紹介状を出すと、帆村はすぐ会ってくれた。
 この探偵は、背が高くて、やせぎすの青年だった。茶色の眼鏡をかけ、スポーツ服を着ていた。しきりに煙草をぷかぷかふかしながら、正太の話をきいていたが、たいへん熱心にみえた。
「よくわかりました、正太さん」
 と帆村探偵は、たのもしげにうなずいて、
「とにかく全力をあげて、マリ子さんの行方(ゆくえ)をさがしてみましょう。しかしですね、正太君、いまお話をきいて僕がたいへん面白く感じたことは、あなたの見た怪しい二人づれの少年少女と、昨日九段に陳列してあったソ連戦車をどろどろに熔(と)かした怪事件がありましたが、そのときあのへんをうろついていたやはり二人づれの怪少年少女があるのですが、どっちも同じ人物らしいことです。これはなかなか、手のこんだ事件のように思われますよ」
「戦車事件は、新聞でちょっと読みましたが、たいへんな事件ですね。しかし、妹のマリ子が、あのようなおそろしい事件にかかわりあっているとは、僕にはおもわれないのですが――」
「もちろん、マリ子さんにはなんの罪もないのでしょう。マリ子さんと一しょにとびまわっている少年、つまり正太君のにせ者が、いつも先にたってわるいことをしているのにちがいありません。その少年をひっとらえて、あなたと一しょに並べると、これはまたおもしろいだろうとおもいます。じつは、そのことについては、私にもいささか心あたりがあるのです」
「心あたりというと、どんなことでしょう」
「それがねえ――」と帆村探偵は、ちょっと言葉をとめて「いって、いいかわるいか、わからないが、どうもちかごろ怪しい外国人が入ってきて、すきがあれば日本の工場をぶっつぶしたり、軍隊の行動を邪魔したりしようと思っている。ゆだんはならないのです。ことに……」
 といっているとき、扉があいて、帆村の助手の大辻がつかつかとはいってきた。
「先生、いまラジオが臨時ニュースを放送しています。横須賀(よこすか)のちかくにある火薬庫が大爆発したそうです」


   爆発現場(ばくはつげんじょう)


 火薬庫が大爆発をしたというしらせだ。帆村探偵は、椅子からたちあがった。
「正太君。いまおききになったように、火薬庫が爆発したそうですが、私はすこし心あたりがあるから、これからすぐそっちへいってみます。君も一しょについてきませんか」
 帆村探偵にいわれ、正太ももちろん尻ごみをするような弱虫ではなかった。
「ええ、僕はどこへでもついてゆきますよ。ですけれどねえ、探偵さん、マリ子を何時とりかえしてくれますか」
「さあ、それはまだはっきりうけあいかねるが、私の考えでは、この火薬庫の爆発事件も、なにか君の妹さんと関係があるような気がしますよ。とにかく爆発現場へいってみれば、わかることです」
「じゃあ、これからすぐいきましょう」
「よろしい。おい大辻、三人ですぐでかけるが、用意はいいか」
「はい、用意はできています。そんなことだろうと思って、私は車を玄関につけておくように命じておきました」
 帆村と正太と大辻の三人は、玄関に出た。自動車はちゃんとそこに待っていた。大辻が運転をした。三人はとぶように京浜国道をとばして現場へ急行した。一時間も走ったころ、山かげを廻った。すると運転台の大辻が、
「ああ先生、あそこですよ。たいへんな煙がでています」
 と、前をゆびさした。なるほど、まっ黒な煙が、もうもうとふきだしている。
「そうだ。あそこにちがいない。おい大辻、全速力ですっとばせ!」
 帆村探偵の命令で、なお全速力で、現場に近づくにしたがって、爆発のため破壊された家や塀(へい)の惨状(さんじょう)が、三人の目をおどろかせた。現場ちかくで頤紐(あごひも)かけた警官隊に停車を命ぜられた。
「おいおい、ここから中へはいってはいけない」
 三人は車をおりた。帆村が口をきくと、非常線を通してくれた。三人は、地上に大蛇(だいじゃ)のようにはっている水道のホースのうえをとびこえながら、なおも奥の方へすすんだ。
「おい、そっちいっちゃ、あぶない。そっちには、まだ爆発していない火薬庫があるんだ」
 そういって一人の警部が、帆村たちにこえをかけたが、急に気がついたという風に、
「おう、帆村君か。君もやってきたのか」
 と、帆村に話しかけた。帆村がその方を見ると、それは彼と親しい警部だった。
「やあ、河原警部さんじゃありませんか。どうもご苦労さまです。一体どうして爆発がおこったんですか」
「そのことだよ」と河原警部は首をかしげて「どうも原因がわからなくて困っているのだ。君もなにか気がついたら、参考にきかせてくれたまえ」
 帆村探偵はたのもしげにうなずくと、すぐさま一つたずねた。
「爆発の前に、少年と少女が現場附近をうろついていたというようなしらせはありませんか」
「少年と少女とがうろついていなかったかというのかね。はてな、そういえば誰かがそんなことをいっていたよ。その少年と少女とが、どうかしたのかね」
「その少年が、どうも怪しいんですよ。あれはただの人間じゃありませんよ」
「えっ、人間じゃない」河原警部はふしぎそうな顔をして、
「人間じゃなければ、何だというのかね。まさか化物(ばけもの)だというのではないだろうね」
 帆村探偵は、なんとこたえたろうか。


   人造人間(じんぞうにんげん)か、人間か


「警部さん、あの怪少年は、一種の化物ですよ」
 帆村探偵は、大まじめでいった。
「化物の一種だとすると、狸かね狐かね。はははは、そんなばかばかしいことが……」
「警部さん。その怪少年というのは、ここにいる私の連(つ)れの正太君そっくりの身体、そしてそっくりの顔をしているのですよ」
「なんだ、この少年と似ているのか。ふーん、じゃ、あの化け物もかわいい少年なんだね」
「そうです。似ているというよりも、双生児(ふたご)のように、いやそれよりも写真のようにといった方がいいでしょうが、この正太君そっくりなんです」
「なんだ双生児(ふたご)なのか」
「いや、双生児のようによく似ているというはなしです。それがたいへんおかしい。だから私は、こう考えているのです。あの怪少年は、人造人間にちがいない」
「えっ、人造人間? はははは、君はますますへんなことをいうね」
「いやじつは、さっき正太君から聞いた話で思いあたったのですが、あの怪少年こそ、ウラジオの人造人間研究家のイワノフ博士がこしらえた人造人間エフ氏じゃないかと思うのです。これはこれからのち、よくしらべてみないとわかりませんけれど」
「人造人間エフ氏!」
「いよいよこれはなんだかわからなくなった」
 そういっているとき、さっきから二人の傍(そば)に立って爆発現場(ばくはつげんじょう)を見まわしていた正太少年は、いきなり大きなこえをはりあげ、
「あっ、あそこに大木老人がいる。僕ちょっといって、大木老人にあってきます」
 それをきいた帆村は、正太の指さしている方を見た。なるほど髭(ひげ)だらけの眼鏡をかけた老人が、なんの用事があってか、壊(こわ)れた火薬庫のあとをうろついている。
「ちょっとお待ち、正太君。あの老人にあうのは、ちょっと待って下さい」
「なぜ大木老人にあってはいけないのですか。あの老人は、僕にもマリ子にもたいへん親切だったんですよ、さっき、僕が帆村さんにくわしくお話したでしょう」
「それはわかっています。それだから、ちょっと待ってくださいと、とめたんです」といって帆村は正太の顔をじっと見て、
「ねえ正太君。私はあの老人を一番あやしいと睨(にら)んでいたのですよ。なんだってあの老人は、怪少年があらわれると、いつでもかならずそのあとに姿をあらわすのでしょうか」
「僕、大木老人はいい人だと思うがなあ。船の中でも、僕のことをたいへんかばってくれましたよ。あのとき僕は、もうすこしで船の中の牢屋(ろうや)にいれられるところだったんです。そのとき大木老人がきてくれて、僕が無罪だということをさかんにいってくれたんです。だから僕は、牢にも入らないで、船の中をずっと自由に歩きまわることができたくらいなんですよ」
「それがどうもあやしい」
「あれ、どうしてです。僕を助けてくれた人があやしいとは、わけがわかりませんよ」
「いや、いまによく分るでしょう。私には、大木老人となのるあの怪人物が、なにをもくろんでいたか、分るような気がするのです。正太君、いま僕のいった言葉を忘れないように」
「どうもへんだあ」
 正太は、帆村探偵のいったことが、なかなかのみこめなかった。探偵は、大木老人を何者だと考えているのだろうか。


   裏山の怪


 帆村探偵は、大木老人のあとを、どこまでもついていってみるといいだした。正太はそれをきいて、むだなことだと思った。それよりも、人造人間エフ氏かもしれないというその怪少年をおいかけた方がいいと思い、帆村にはなすと、探偵は、
「とにかく私は、大木老人をおいかけます。君は私についてきますか、ついてくるのがいやなら、私ひとりでいきます」
「僕は、マリ子の方をさがしたいのです」
「そうですか。よくわかりました。では、正太君には、私の助手の大辻をつけてあげましょう。大辻はなかなか力があるから、きっと君の役に立つでしょう」
 そういって帆村は、大辻を正太の方につけ、そそくさと出かけてしまった。探偵は、なにか心の中に、はっきり考えていることがあるらしかった。
「さあ、坊っちゃん。先生のいいつけで、わしは坊っちゃんのお伴をすることになりましたが、これから何をしますかね」
 大辻は、仁王さまのように大きな男、太い腕を胸にくんで、正太を見おろす。
「じゃあ大辻さん。僕が探偵長になるから、大辻さんは僕の助手というようにしてこれから妹と怪少年のあとをおいかけようや」
「なに、わしは助手か。ああなさけない。わしはいつまでたっても万年助手(まんねんじょしゅ)だ」
「じゃあ、いやだというの」
「いやじゃない。いやだなどといったら、あとで先生から、叱(しか)られるよ」
「ついてくるのなら、それでもいいが、大辻さんは、あまり役に立たない探偵なんだろう」
「じょ、じょうだんいっちゃこまるよ。先生もさっきいったじゃないか。力にかけては、双葉山でも大辻にはかなわないとね」
「あんなことをいってらあ。やっぱり双葉山の方がつよいにきまっているよ」
「子供のくせに、なまいきなことをいうな。出かけるものなら、さっさと出かけようぜ」
 正太は、探偵長になったつもりで、さっそく河原警部にはなしをし、さっき少年と少女を見たという警官にひきあわせてもらった。
「ええ、私がたしかに見つけました。二人は裏山の方へはいっていったようですがね」
 警官がそういったので、二人は、すぐさま裏山へわけいった。道はだいたい一本筋だった。二人は一生けんめいに、山道を走った。
 あっ、あそこにいる。正太が目ざとく、怪少年と妹の姿を見つけた。下り坂のところを、怪少年がマリ子をひきずるようにして下ってゆく。
「ああ、なるほど、あれか」と大辻は汗をふきながら、
「けしからん怪少年だ。お前さんの妹さんは、へたばりそうじゃないか」
「大辻さん。一二三で、おいかけようや」
「うむ。お前さんはそうしなさい。わしは、この草むらの中を通って、先まわりをしよう。ちょうど、あの曲り道の向こうあたりで、両方からはさみうちだ」
「よし、じゃあ元気でやろうね」
「いよいよわしの大力(たいりき)をお前さんに見てもらうときがきた」
 大辻は、そういうよりはやく、大きなからだを躍らせて、草むらの中にとびこんだが、草むらにはとげのある野ばらが匐(は)いまわっていて、大辻は思うように前へすすめない。
「あいた。ああっ、あいた。どうもこのとげが邪魔をしやがる。野ばらめ、消えてなくなれ!」
 と、ひとりで文句をいっている。そのうちに時間はたつ、大辻は死にものぐるいで、洋服のズボンをとげでさきながら、突進した。やっと道に出たときには、大辻の手も足も、野ばらのとげでひきさき、血だらけになっていた。見ると、目の前に、少女の手をとった少年がいた。
「こいつだな。おい待て、人造人間の化けた怪少年め!」
 とおどりかかろうとすれば、相手は、
「はやまっちゃいけない、大辻さん。僕だよ、正太だよ」
「えっ、正太君か」
「そうだ、いま僕が人造人間をたおして、妹をとりかえしたんだ」
「そうか。そいつはでかした。わしはまた、人造人間め、うまく化けたなと思ったよ。ははは、もすこしで君をなぐり殺すところだった」
 と、大辻が笑いだしたとたんに、少年は、拳(こぶし)で大辻の横腹をどんとついた。
「あっ、うむ。き、貴様は……」大辻は、無念そうに歯をばりばりかみあわせたが、少年の拳につかれた横腹のいたみにたえられなくなって、ばったりその場にたおれ、そのまま気を失ってしまった。けけけけ――というようなこえで、正太とばかり思っていた少年は、笑った。マリ子は笑いもせず泣きもせず、人形のようにつったっている。
 これでみると、大辻が正太だと思ったこの少年は正太ではなく、やはり例の人造人間が化けた怪少年だったのだ。正太はどこへいったのだろうか。


   追跡急!


 助手探偵の大辻は、しばらく気をうしなって、山道にころがっていた。そのうちに、なんだか自分の名前をよばれるような気がして、はっとわれにかえった。
「おやおや、わしはこんなところにねころがって、一体なにをやっていたのかしらん」
 と、起きあがりかけたが、急に顔をしかめ、横腹をおさえてその場に尻もちをついた。
「おい、大辻さん。どうしたのさ」
 そういうこえに、大辻は顔をあげると、そこには正太少年が立っていた。
 それを見ると、大辻はびっくり仰天(ぎょうてん)して、あっと叫ぶなり、その場に一メートルほどもとびあがったと思うと、妙な腰つきをして山道を匐(は)うように逃げだした。
「おーい大辻さん。お待ちったら」
 正太が追いかけると、大辻はますますおそろしげに顔色をかえ、
「うわーっ、人殺しだあ。誰か助けてくれ! うわーっ、人殺しだーい」
 と、まことにみっともない騒ぎ方であった。正太には、なぜ急に大辻が自分を見て騒ぎたてるのかよくわからなかった。もしや気が変になったのではないかとうたがったくらいであった。正太は足が早いから、妙な腰つきで山道を匐うように逃げる大辻には、すぐに追いついた。そこで正太は、やっと懸けごえをして、大辻の背中にとびついた。
「大辻さん、なぜ僕を見て逃げるんだい」
「あっ、人殺しだあ。人造人間がわしの背中に噛みついた! わしはエフ氏にくい殺される!」
 大辻は、もう夢中になってわめきちらし、背中のうえの正太をふり落そうと、そこら中に土ほこりを立ててうしのようにあばれるのであった。“人造人間がわしの背中に噛みついた?”――という言葉が正太の耳に入ると、少年はようやく大辻のひとりで騒ぎたてているわけがわかったような気がした。大辻は正太のことを人造人間エフ氏とまちがえているのであった。無理もないことだ。さっき大辻は、目の前にあらわれた少年を正太だと思いこんで安心していたばかりに、人造人間エフ氏の拳骨(げんこつ)をくらって目をまわしたのであるから正太の顔をみて、またもや人造人間エフ氏があらわれたと思ったのであろう。
「大辻さん、しっかりしておくれよ。僕は、ほんとの正太だよ」
「いや、もうその手には、誰がのるものか。人殺し!」
「ほんとに正太だというのに、それがわからないのかなあ。大辻さんは、人造人間エフ氏にどうかされたらしいね」
「どうかされたところじゃない。もう一つやられると、この世のわかれになって死んでしまうところだったよ。ほんとにお前さんは、正太君かね」
「いやだなあ。よく見ておくれよ。人造人間じゃない、ほんとの正太だよ」
「いやいや、さっきのエフ氏も、そのようになれなれしい言葉をつかいやがった。そしてこっちの油断をみすまして、ぽかりときやがるんだ。わしはなかなかほんとの正太君だとは信じないよ。それとも、ほんとの正太君だという証拠があるなら、ここへ出してみるがいい」
「なに、人造人間ではなく、ほんとの正太だという証拠を出すんだって?」これには正太も弱った形だった。
「なにかないかなあ」正太は腕組をして考えていたが、やがてはたと手をうった。
「あっ、そうだ。大辻さん、これを見ておくれ!」
「なにっ? おお、なるほどお前さんは人造人間じゃない」
 と大辻は、大安心の顔で叫んだ。どうもふしぎだ。一体、正太は何を大辻に見せたのであろうか?


   かわいそうなマリ子


「あはははは」「わっはっはっはっ」
 正太と大辻とは、しばらくはおかしさに腹をかかえて、笑いがとまらなかった。
「どうだい。大辻さん。よくわかる証拠を見せてやったろう」
「うむ、よく分った。むし歯のある人造人間なんて聞いたことがないからね。お前さんのむし歯も、ふだんは困ったものだが、こういうときにはたいへん役に立つよ。わっはっはっ」
 大辻は、また大きなこえをたてて笑いだした。
 これで分った。正太は、自分の口をあけて、大辻にむし歯を見せたのであった。人造人間にむし歯があるはずはないから、それで正太がエフ氏でないことが分ったのである。
「それはいいが、大辻さんはエフ氏を逃がしてしまったらしいね」
「そうなんだ、ちときまりが悪いがね」
「どっちへ逃げたんだろう。エフ氏はマリ子をつれていたかい」
「いいや、マリ子さんは見えなかった」
「じゃマリ子をどうしたんだろう」
「なにしろ、エフ氏というやつは、足も早いし、力もたいへんつよい。じつに強敵だ」
「ははあ大辻さんは、エフ氏がおそろしくなったんだね」
「いや、おそれてはいない。ただ、あの怪物は、よくよく手におえない奴だということさ」
 そういっている間にも、正太は山道のうえをしきりにきょろきょろ見まわしていたが、このとき大きなこえで叫んだ。
「うむ、マリ子もやっぱり人造人間エフ氏につれられていったのだ。そして二人はこっちの方向へ逃げていった」
「えっ、正太君。どうしてそんなことがわかる」
「だって、ここをごらんよ。マリ子の足あとと、人造人間の足あとがついているじゃないか」
 と、地面を指した。なるほど、二つの足あとがある。マリ子の足あとは、まるで宙をとんでいるように乱れていた。それにくらべて、エフ氏の足あとは地面にしっかりあとをつけていた。
「ほほう、お前さんはなかなか名探偵だわい」
 大辻は目をまるくして、正太の顔を見なおした。だが、正太はしずんでいた。
「マリ子は、エフ氏のためずいぶんむりむたいに引張られているらしい。このままではマリ子は病気になって死んでしまうにちがいない。今のうちにマリ子をたすけないと、手おくれになるかもしれない」
 正太は、誰にいうともなく、しずんだこえでそういった。そうだ、正太のいうとおりである。人間ではない機械に、ぐんぐん引張られてゆくかよわいマリ子は、たしかに病気になって死ぬよりほかに道がなかろう。帆村探偵も、それを知らぬではあるまいのに、マリ子の方を追いかけないで、大木老人の方を追っていくとはなんという見当ちがいなことであろう。正太の胸の中には、しばらくわすれていた心配がまたどっと泉のようにわいてきた。
「大辻さん。ぐずぐずしていると、間にあわないかもしれない。さあ、すぐ行こうぜ」
「行こうって、どこへ」
「わかっているじゃないか、人造人間エフ氏の手からマリ子を奪いかえすんだよ。今日中にそれをやらないと、かわいそうにマリ子は死んじまうんだ」
「ええっ、今から人造人間のあとを追うのかね。やがて山の中で日が暮れてしまうがなあ」
「ずいぶん弱虫だなあ、大辻さんは。僕の何倍も大きなからだをしているくせに、そんな弱音(よわね)をはいて、それでよくも、はずかしくないねえ」
「じょ、冗談いっちゃいけない。わしは山の中でやがて日が暮れるだろうと、あたり前のことをいったまでなんだ。からだが大きければ力も強い。人造人間をおそれたりするような弱虫とは、だいたいからだの出来具合からしてちがうんだ」
 大辻は、へんなことをいって、しきりに強がってみせた。
「よし、それならいい。さあ、この足あとについて、どんどん追いかけていこうよ」
「ああ、それもわるくないだろう。が、どうも今日はだいぶん疲れたね。第一腹が減って、目がまわりそうだ」
「あれっ、強いといばった人が、もはやそんなに弱音をふくんじゃ、やっぱり弱虫の方だね。いいよ、大辻さんはここにおいでよ。僕一人でたくさんだ。一人で行くからいいよ」
 正太は、ひとりでどんどん走りだした。
 これを見た大辻は、大あわてで、そのあとから不恰好(ぶかっこう)な巨体をゆるがせて、正太についてくる。正太は一生けんめいだ。ものもいわないで、ひたすら人造人間エフ氏とマリ子の足跡とをつたって、いよいよ山ふかく入ってゆく。
 いつしか太陽の光は木々の梢(こずえ)によってさえぎられ、夕方のようにうすぐらくなってきた。山の冷気がひんやりとはだえに迫る。名もしれない怪鳥(かいちょう)のこえ!


   巌(いわお)にちる血痕(けっこん)


「そんなにのぼっていって、それでいいのかね。横合(よこあい)から人造人間がわーっと飛びだしたらどうするのかね」
 大辻は、あいかわらず、びくびくもので正太の後からのぼってゆく。正太は一生けんめいだ。
「あっ、釦(ボタン)がおちている。うむ、これはマリ子の服についていたのが、ちぎれて落ちたんだ。ちくちょう、エフ氏はマリ子をいじめているんだな」
 そう叫んで、正太はまた足をはやめて山道をのぼりだす。
「おい、待ってくれ。わしをひとりおいていっちゃいけないじゃないか。おいおい、わしゃ、こんなさびしい山の中はきらいじゃよ」
 正太は、それに耳をかさず、どんどんと山をのぼっていく。妹をすくいだしたい一心だ。
 大辻もたのみにならなければ、大木老人などを追いかけている帆村探偵も、さらに役に立たない。そのうちに、見上げるような大きな巌(いわお)が正太の行手をふさいだ。
「あっ、大きな巌だなあ」人造人間エフ氏の足あとは、その巌の前で消えてしまっている。側の道は右へ曲っているが、ここには人造人間の足あとはなかった。
「へんだなあ」見上げると、人間の背丈の四五倍もあるような大岩石(だいがんせき)だった。人造人間はこの巌のなかに入ったらしく思えるが、こんなかたい岩のなかにどうして入れようぞ。
「どうもふしぎだ」正太は、巌のまわりを見まわした。そこには雑草がしげっている。まさかと思ったが、もしや人造人間がこの雑草づたいに巌のうしろへまわったのではないかと思い、草を踏んで巌の横手へまわった。すると、彼は、たいへんなものを発見した。
「あっ、誰か倒れている」
 背広服を着た男が、うつむけになって倒れていた。誰かしらと思って、正太は傍(そば)へかけより、倒れている男の肩に手をかけようとして、はっと胸をつかれた。
「血だ、血だ! 死んでいる?」
 洋服のズボンが血にそまっている。よく見ると、草までも、血によごれているではないか。
 正太は、うしろをふりかえったが、そこにはまだ大辻の姿も見えない。やむをえず正太は、すこしおそろしかったけれど、倒れている男のうしろに手をまわして抱きおこした。男のからだには、まだ温味(あたたかみ)があった。正太が彼のからだをうごかすと、その男はかすかに呻(うな)った。
 正太は思わずその男の顔をのぞきこんだ。そしてのけぞるくらいにおどろいた。
「あっ、これはたいへん。帆村探偵、どうしたんです!」
 意外とも意外、人造人間の足あとが消えた巌の横にまるで死んだようになって横たわっていたのは、帆村探偵だったのである。彼は、大木老人のあとをつけて行ったはずであるのに、こんなところに倒れているとは、一体どうしたことであろうか。
「帆村さん、しっかりしてください」
 正太は、あたりを警戒して、こえを忍(しの)ばせながら耳もとに口をつけて、帆村の名をよんだ。
「ううーっ、あっくるしい」帆村はやがて気がついた。
「おや、正太君か」
「ええ、そうです」
「うむ、本物の正太君じゃないか。こんな危いところへどうしてきたのか」
 帆村は名探偵といわれるだけあって、正太が本物の正太であることをすぐ見破った。
「僕たちは人造人間の足あとを追いかけて、ここまでやってきたんです。帆村さん、ここは危いところなのですか」
「そうだ。あまり大きいこえを出してはいけない」と油断なくあたりを見まわして「僕は、この巌(いわお)のうえで、もうすこしで大木老人にピストルで射殺されるところだったよ。あの巌のうえから落ちて、ふしぎに一命を助かったのだ」
「えっ、大木老人もここへやってきたんですか」
「そうだとも。どうやらここは、人造人間エフ氏やイワノフ博士の秘密の隠(かく)れ家(が)らしい」
「えっ、イワノフ博士ですって」
「正太君、僕はあの大木老人が実はイワノフ博士の変装だということをつきとめたよ」
「ええっ、大木老人がイワノフ博士だったのですか。あの、大木老人が……」


   イワノフが現れた


 正太少年と帆村探偵とが、イワノフ博士の秘密のかくれ家といわれる巌のまえで、話をしている最中、かたわらの草をがさがさいわせて出てきたのは大木老人だった。
「うぬ、探偵め、まだ死にそこなって、そこにいたか」
「ああ、大木老人!」
「おや、正太もそこにいたか。これはちょうどいいあんばいだ。二人とも一しょに片づけてしまおう。ここは山の中だ。助けをよんでも、誰も来ないところだぞ」
 大木老人は、手にした大型のピストルを二人の方にむけ、にくにくしげにあざ笑った。
「大木さん。なぜ僕をうつのですか。あなたは、船の中で、僕をかばってくれたのに」
「ふふ、ふふ、なにをいっているか、この小僧め。あのときは、お前に味方したとみせたが、じつはこっちの都合でそうしたのじゃ、あのときお前を縛っておくと、船がついたとき人造人間エフ氏をお前に仕立ててわしがつれてでようと思っても、できないじゃないか。まだわからんか。あたまのわるい子供じゃ。人造人間エフ氏をお前に仕立てて、船を出ようとしても、そのまえにお前を縛ってあれば、わしのつれているのが本物の正太ではないということがすぐわかってしまうじゃないか」
「ああ、なるほど、そうか。僕のかえ玉をつかうために、僕をわざと助けておいたんだな。そうとはしらず、今の今まで、大木さんをありがたい人だと思っていた僕は、ばかだった」
「ふふふふ、今ごろ気がついたか。もうおそいわい。わしがイワノフ博士としられたからには、もう帆村も正太も、ゆるしておけない。二人とも、いよいよ殺されるかくごを、きめたがいいぞ!」
 大木老人に変装しているイワノフ博士は、いよいよ悪人の本性をあらわして、すごいおどし文句を二人のまえにならべた。帆村は、崖(がけ)からおちたときの傷がいたむらしく、歯をくいしばって、じっとこらえていた。
 一体イワノフ博士は、なぜ人造人間エフ氏をつれて、日本へわたったのであろうか。たしかに彼は悪人にちがいないが、一体日本へきてなにをするつもりなのであろうか。そのへんのことは、まだ一向はっきりわかっていない。もちろんこれまでに、展覧会場にならべてあったソ連から分捕った戦車をどろどろにとかして形が分らないようにしたり、それからまた今日は、火薬庫を爆破させたのもこの二人のやったことだとおもわれるが、二人がやりとげようということは、よもやそれだけでおわるものとは考えられない。おもえばおそろしいイワノフ博士と人造人間エフ氏ではある。
 しかもこのおそるべき二人が、日本へもぐりこんでいることを知っている者は、あまりたくさんないのである。それを知っているのは、まず帆村と正太ぐらいのところではないか。その帆村と正太とが、今イワノフ博士につかまって殺されようとしているのだ。二人の一大事であるとともに、大きくいえば、わが日本の一大事である。


   おそろしき棲家(すみか)


 イワノフ博士は、大型のピストルをかまえ、帆村と正太とを今にも撃ち殺しそうないきおいであった。
「さあ、二人とも、こっちへはいれ。ずんずん、その穴をおりてゆくんだ。ぐずぐずすると、うしろからピストルの弾丸(たま)をごちそうするぞ」
 イワノフ博士は、ゆだんなく二人の様子をみまもりながら、大岩のうしろにあいている洞穴(ほらあな)のなかにおいこんだ。かぼそい少年正太と、傷ついている帆村とを洞穴においこむことぐらいなにほどのことでもなかった。
 そこがイワノフ博士の隠(かく)れ家(が)なのである。大岩をたくみにくりぬいてつくってある洞穴は、見るからに身の毛のよだつほど、すさまじい光景を呈している。洞穴内には、バクテリア灯らしいふしぎな青色の光をはなつ灯火(ともしび)がついている。奥へいくと、なかなかひろく、三畳ぐらいの大きさの部屋が二つも三つもつづいている。よくまあこんな部屋があったものだ、――と思うが、じつはそんな部屋がはじめからあったわけではなく、イワノフ博士が人造人間エフ氏をつかってこれだけの洞穴をつくらせたのであるから、さらにおどろかされる。人造人間エフ氏は機械人間であるから、たいへんな力が出るのであった。どんな風にして、洞穴をつくるか、読者諸君はすでに、人造人間エフ氏が戦車をどろどろにとかしたことをおぼえているだろう。あの調子なのである。いや、いかに人造人間が、ばか力をもっているかということは、やがて親しく読者諸君の目の前にあらわれる日が来るであろう。その大事件のことは、いずれ先へいって、くわしく申しのべるつもりだ。
「さあ、こっちへはいっておれ。どんなことをしてもにげられないぞ。もしもにげだす様子がみえると、そのときはすぐに人造人間エフ氏をさしむけて、二人の息(いき)の根(ね)をとめてやるぞ。前もって、いっておくぞ」
 イワノフ博士は、いいたいことをいっていばっている、そのにくらしさ。でも、ざんねんながら、どうすることもできない帆村と正太とは、命じられるままに、奥まったところにある深い井戸のような石牢(いしろう)の中につきおとされてしまった。正太も帆村も、とびこんだとたんに腰骨(こしぼね)をいやというほどうち、石牢の底で、死んだようになってぐったりところがっているばかり、ものをいう元気さえなかった。
 イワノフ博士は、すっかり安心してしまった。もうこれで、邪魔者(じゃまもの)はおっぱらったから、いよいよ日本へやってきた大仕事にかかろうとおもい、人造人間エフ氏を前にしてはかりごとを考えはじめた。
「さあ、いよいよとりかかるとしようか。どこからどういう風にやったものだろう」
 イワノフ博士は、大きな日本の地図をひろげて、しきりに考えこんでいる様子だ。そのうちに博士は、大きく首を左右にふって、ふーっとため息をついた。
「どうもわし一人きりでは、はかりごとをつくるにしても、相談相手がなくて、どうも勝手がわるい。どうしたものかしらん」といって、博士は、こまった顔でたばこに火をつけ、しずかにけむりをくゆらせていたが、やがて膝をうって、「そうだ、いいことがある。人造人間エフ氏をよんで、話相手をさせよう。まねごとだけなんだから、エフ氏でもまにあうだろう」
 博士は、たちあがった。そして壁のところへいった。博士はそこにかかっている剣道の胴当(どうあて)のようなものをおろし、元の椅子へかえってきた。これは一体なんであろうか。やはり剣道の胴当のように、たてに細い竹のきれのようなものが、胴の形に、やや円味(まるみ)をもってならんでいたが、これは竹ではなくて、或るめずらしい材料でつくったものだ。そのうえに、数えられないくらいたくさんのボタンが並んでいた。博士は、それを膝のうえにのせ、そのボタンの一つを指さきでおした。すると、そのしずかな洞穴のなかのどこかで、急にごとんごとんと重いものがうごく音がした。なんであろうか、その物音は?


   エフ氏の怪


 博士の目は部屋の隅にうつった。
 そのとき、ぱたんと音がして、部屋の隅っこに、一つのまるい穴があいた。ごとんごとんの音は、その下からきこえてくる。――と、おもう間もなく、ぽーんといきおいよく穴から跳(は)ねあがってきたのは、正太少年であった。彼は一ぺん下にあたって、ゴム毬(まり)のようにはねあがったが、やがて足がふたたび下につくと、のそりのそりと博士の前にやってきた。正太少年が、なぜこんなところへとびだしてきたのであろうか、いや、正太少年でないことはたしかである。
「おお、人造人間エフ氏。話があるんだ。ちょっとこっちへおいで」
 人造人間エフ氏をむかえて、イワノフ博士は、人間とおなじにあつかった。
「なにかご用ですか」と、エフ氏はいった。
「うむ、わしが作った人造人間じゃが、われながらうまくできたものじゃ。こっちのいった言葉に応じて、ちゃんと返事をするんだから、大したもんだよ」
 博士は、うれしそうに、しげしげと人造人間をみて、
「まあ、そこへおかけ。そうだそうだ、そのとおりだ。――ところでエフ氏よ、いよいよかねての計画をここではじめようとおもうが、君の考えはどうかな」
「いいでしょう。ぜひはやくおはじめなさい」
「うまいうまい、その調子で、もっとたのむぞ。――ところで、それをやる前に、日本中の人間をふるえあがらしておきたいとおもうのだ。それには、ラジオでおどかすのが一番いいとおもう。どうだ、お前一つ臨時放送局となって、日本国民をびっくりさせるような放送をやってみる気はないか」
「いや、僕はバナナよりも林檎(りんご)の方がすきです」
「おかしいぞ、へんなことをいいだしたな。どうもこっちへきてから人造人間をつかいすぎたせいか、ときどき故障がおこるのには閉口(へいこう)じゃ。どれ、ちょっとしらべてやろう」
 イワノフ博士は、人造人間エフ氏のそばへより、いきなりエフ氏の右の耳に手をかけると、ぐっと下にひいた。すると、なぜかエフ氏は、ラジオ体操をやるときのように、両足を左右へひらき、両手を水平にぱっとのばした。そして両眼(りょうがん)を閉じた。それは人造人間エフ氏をうごかす電気のスイッチを切ったのである。エフ氏の耳がスイッチだったのである。
 博士は、エフ氏のそばによって、エフ氏が着ている正太君とおなじ洋服のボタンをはずして、腹をあけた。それから一つの鍵を出して、エフ氏の臍(へそ)の穴につきこみ、これをぐっとまわしてひっぱると、腹の皮がまるで扉のように手前へひらいて、腹の中がまる見えとなった。
 ――といっても、腹からは血がながれてくるわけでもなく、腸(ちょう)がとびだしてくるわけでもなく、腹の中には、ぎっしりとこまかい器械が、すきまなく、つまっていた。
 イワノフ博士は、そのとき妙な眼鏡をかけると、ペンチとネジまわしをもって、人造人間の腹の中をしきりにいじりはじめた。
「ふん、どうもよくわからない。はやく直しておかないと、あとでこまるんだが……」
 といっているうちに、「あっ、この歯車がこんなに折れている。歯車の歯がぼろぼろにかけている。なぜこんなことになったんだろうか」
 博士は、ふーんと呻(うな)った。


   大辻の冒険


 ここにしばらく忘れられた一人の人物がある。それは誰だったろうか? それは外でもない。足が痛いとか、腰がだるいとかいって、ふうふう息をつきながら、だんだん遅れてしまう大辻助手だった。
 彼は一体どうしたのであろうか。
 大辻助手は、胆(きも)がつぶれるほどのたいへんな場面をみた。それは、自分の主人の帆村探偵と正太少年とが、イワノフ博士のために岩かげにおいこまれるところだった。(これは一大事。うぬ、先生たちを捕虜(ほりょ)にされてたまるものかい)と、すぐにその場にとびだそうとしたが、待てしばし、このまま出ていっては、あの怪老人にあべこべにやっつけられるので、とびだしたい心をしいておさえつけ、しばらく様子をうかがっていた。そのうちに、大岩のまわりはしんかんとして、なに一つ物音がしなくなったので、
「しめた。これでみると、あのイワノフめは、まだおれさまという強い人間がいるということを知らないな。よし、そんなら、こっちもそのつもりで、うまくやってやるぞ」
 大辻は、この一大危難(いちだいきなん)におちいって、かえってにわかに勇気りんりんとふるいたった。
 彼はそれから、注意ぶかく巌のまわりをみてまわった。その彼は、やがて草むらのなかに、一つのまるい金網(かなあみ)をみつけた。金網の下はまっくらでよくわからないけれども、穴があいていて、かなり下の方まで通じている様子であった。
「これは一体なんだろう?」大辻は金網のうえに手をつけて、じっと身体をうごかさないでいた。すると、どこからともなく、しくしくという泣き声がきこえるのであった。
「あれっ、誰か泣いているぞ!」
 大辻はびっくりして顔をあげた。たしかにその泣き声は、地面の下から聞えてくる。
「はて、あれは正太君の泣き声かな、それとも先生が泣いているのかな。まさか先生ともあろうものが泣くとは考えられないけれど、いやそうではないかもしれない。先生でも、いよいよもうだめだというときには子供のようにわんわん泣くのかもしれない。よし、おれが助けてやろう」
 大辻は、金網に手をかけて、ひっぱった。金網はすぽんとひらいた。中をのぞくと、そこははたして、深い穴で、彼の身体がやっとはいれるぐらいの太さはある。
「よし、こうなったら、はいっていくぞ」
 大辻は大決心をかためて、足の方から穴の中へいれた。が、足は下までとどかない。そのうちに、つかまっていた草の根が、ごそりとぬけたので、あっという間に、彼の身体はすーっと下へおちだした。そしてやがてどしんという音とともに、穴の底に尻餅(しりもち)をついたが、そのとき何者か、きゃっといってとびのいたものがある。


   大手柄(おおてがら)


 大辻助手は、どんなにおどろいたか、しれなかった。なにしろ、高いところから、どすんとおちて、いやというほど腰をうった。さあ、すぐ起きあがろうとおもっても、腰ははげしくいたむばかりで力というものが、まるっきりはいらない。そばでは何者かが、きゃーっと、へんなこえを出してとびのいた。気味がわるいったらない。が、こっちはうごくことができない。
 大辻助手は、唸(うな)りたいのを、こえをだしてはたいへんと、口の中にのみこんで、一生けんめい観音(かんのん)さまを心の中で拝(おが)んだ。すると、しばらくたって、
「ひーい」と、一こえ、泣きごえがきこえる。それはたいへん細いこえだった。
「うむ、ゆ、幽霊だ!」
 とうとう大辻助手は、たまらなくなって、おどろきのこえをたてた。からだは大きいが胆玉(きもったま)の方は、それほど大きくないのがこの大辻助手だ。
「ええっ、幽霊。あれーえ」
 つづいて、かん高いこえで叫んだ者がある。それは大辻ではなかった。女の子のこえだった。大辻は二度びっくり!
 だが、はっきり女の子のこえとわかって、彼はややおちついた。さっきから、まっくらな、このしめっぽい空井戸(からいど)の底みたいな中で、きゃあきゃあいっていたのは、この女の子だったんだ。とたんに、大辻の頭の中に、一つの考えがぴーんとひらめいた。
 そこで彼は低い声で叫んだ。
「もしもし、あなたはマリ子さんじゃありませんか」
「えっ」相手は、おどろきのこえをだした。
「マリ子さんでしょう。わしは探偵じゃ、名探偵長の大辻という者です。えへん。正太君からたのまれて、ここまでマリ子さんをさがしにきたのです」
「それは本当ですか、あたし、マリ子よ」
「やっぱりそうだった。名探偵長がここへ来たからには、マリ子さん、安心をなさい」
「まあ、あたし、本当に助かるのかしら。あたしまた夢をみているのじゃないかしら」
 そうであろう。これが本当にマリ子であれば、そう思うのもむりではない。ウラル丸の中でイワノフ博士にかどわかされ、それから兄の正太とおなじ顔かたちをした人造人間エフ氏にひきずられるようにしてずいぶん苦しい目、かなしい目にあって苦しんできたのだ。死んだ方がましだと、なんべん思ったかしれない。しかしなんとかして生きていて、病気で寝ていると同じお母さまに、一度でもいいから会いたい。それまでは、どんなことがあっても倒れまいと、よわい少女の身をまもって、こらえてきたのであった。
「もう大丈夫。わしが――この名探偵長大辻がついている以上、何が来たってもう大丈夫だ。マリ子さん、どうぞ大船(おおぶね)にのった気で安心なさい」
 大辻は、マリ子に元気をつけようとおもい、名探偵長になりすまして、さかんにいばってみせるのだった。大辻は、たいへんお手柄をたてたわけである。が、そのお手柄のはじまりというのは、(あっ、幽霊だ!)と、本気でがたがたふるえたことにあるのだ。臆病のお手柄なんだから、あまりいばれたものではない。帆村探偵がきいたら、笑うだろう。
 マリ子は、大辻のことばをきいて、たいへん元気づいた。でも、どうしてこんな空井戸みたいなところから、にげだすことができるだろうか。マリ子はそれを心配して、大辻にうったえた。すると大辻は、からからと笑って、
「なあに、そんな心配は無用だ」
「どうして?」
「だって、わしは、この穴の上から、ここへおっこったんだもの。だからこの穴を逆に上にのぼっていけば、必ず外に出られるわけだ。ねえ、そうでしょう」
「そうね。でも、こんな深い縦穴(たてあな)をのぼるなんて、あたしにはそんな力はないのよ」
 と、かなしげにいった。
「なあに、それも心配無用だ。わしは、穴の中へおっこちるのも上手だけれど、上へのぼるのも大得意(おおとくい)なんだよ。なぜって、わしは山国(やまぐに)の生れでね、小さいときから、山のぼりや木のぼりをやっていて、それにかけてはお猿さんより上手なんだからね」
 お猿さんというよりは、ゴリラといった方が似あう大辻助手だった。


   負けない二人


 大辻助手は、物事がうまくいくと、たいへん元気の出る男だった。そのかわり、物事がちょっとけつまずいて、うまくいかないと、とたんにくさるという悪いくせがあった。
「さあ、マリ子さん。わしの背中におんぶするんだ。ぐずぐずしていると、また悪い奴にみつかるからね」
 マリ子は大辻の背中にとびついた。大辻はそこで、バンドを外(はず)して、マリ子を背にくくりつけた。マリ子は、お尻の下のところがバンドにしめつけられてくるしいが、そんなぜいたくなことをいっていられない。マリ子の両手は、大辻の肩をしっかりとおさえる。大辻は、その穴をのぼりはじめた。
 彼は、ポケットから大きな水兵ナイフを出して口にくわえている。両足と両手と、この四つの手足が、穴の壁を押しているが、まるで煙突の中に蟹(かに)が入っているような恰好である。彼は、たくみに手足をかわるがわるうごかし穴の壁を上へのぼっていくのであった。水兵ナイフは、穴の壁に、手足をかける凹(くぼ)みをつくるためたいへん便利であった。
 穴をのぼりきるまでに、丁度三十分かかった。大力を自慢にしている大辻助手も、さすがにこの三十分間のむりな働きに力のありったけを出してしまったものとみえ、穴の外に出ると同時にものもいわずに、草の上にどしんと倒れて了(しま)った。
「大辻さん。しっかりしてよ」
「ふーん」
「はやくにげましょうよ。だれか追いかけてくるとたいへんだから」
「ふーん」
 なにをいっても、しばらくは、ふーん、ふーんと唸(うな)っていた大辻だったが、やがて牛がやるように、むっくり起きあがると、
「ばんざーい。もう、こわい者はいないぞ。さあ、ひきあげよう!」
 マリ子を背中におうと、大辻は、うすぐらい山道を下へ、どんどんと駈(か)けおりていった。
 大辻は、たいへんうれしかったのだ。そして大得意だった。彼は、帆村のことや正太のことを思い出さなければならないのだが、彼はそんなことなしに、どんどん山を下りていった。あまりにうれしすぎたのであった。大得意だったのである。
 麓村(ふもとむら)へ、麓村へ! その間、人造人間エフ氏にも追いかけられないように祈りつつ、大辻助手はどんどんと山を下りていく。
 さてこっちは、イワノフ博士である。人造人間エフ氏の身体をあけて、そこにぎっしりつまっている器械をなおしているうちに、彼はなにか気になる物音をきいた。
「はてな、あれはなんの音だろうか?」
 博士は、どこかでざざあ、どどーんと、岩石がこわれておちる音をきいてたち上った。
「ふむ、あの探偵と小僧とが、脱走をしようとおもって岩穴(いわあな)をくずしているのかもしれない。きっとそれにちがいない。うむ、ひどい目にあわせてくれるぞ」
 博士は、ピストルをもって、室を出ていった。地下道にひびく博士の足音。
 博士は、帆村探偵と正太少年とを放りこんである土牢(つちろう)の前に、そっと近づいた。そして小さい格子窓(こうしまど)のところへよった。かすかな豆電球がともっている土牢であった。博士の目は、そのうすぐらい明りをたよりにして石牢の中をのぞいた。
「あっ、いた――二人とも、あそこに長くなって倒れている。さっきのやつが、よほどきいたとみえるな。これで安心、大安心だ。すると、あのもの音はマリ子を入れてある奥の牢の方かもしれない。そっちを見てこよう」
 そういって博士は、地下道を奥の方へとはいっていった。
 ところが博士が向うへいったとわかると、帆村と正太は、がばとはねおきた。じつは二人とも、わざと倒れている様子をしていたのである。
「さあ、今のうちだ。いよいよ穴があくぞ」
 二人は、蝗(いなご)のように壁にとびついた。そして棒切(ぼうきれ)みたいなもので、暗い壁をつついていたが、どうしたものか、にわかに壁をとおしてさっと一条(すじ)の光がとびだした。


   意外な出来事


 光だ! 暗い壁から、ぱっとさしこんだ光だ!
 その光は、みるみる大きくなっていった。帆村と正太は、あらそうようにして、この光のそばにくっついて、はなれない。
「ふん、よく見える!」低いこえで帆村がいった。
「見えるの、室内が……」と、これは正太少年だった。壁に穴があいたのだ。壁穴をとおして、となりの室内が見える。
「あっ、あそこに人造人間がいる。正太君、ちょっとここへ来て、中を見たまえ。僕が抱いてあげよう」帆村は正太を、うしろから抱きあげて、穴をとおし室内の様子をみせてやった。
「あっ、あいつだ。僕そっくりの顔をしている。人造人間エフ氏だ」
「正太君、しずかに――」と、帆村は注意をした。
「ねえ正太君。いま見ると、壁の穴から、大してとおくないところに、イワノフ博士が大事にしている人造人間エフ氏を操縦する器械が見える。机のうえに乗っているんだ。あいつを、なんとかして壊(こわ)してしまおうではないか。すると人造人間はきっとうごかなくなってしまうとおもうよ」
「ああ、それはうまい考えですね」
「博士がかえってこないうちに、あれを壊してしまおう。ちょっと横にどいていたまえ」
 探偵帆村は、短い棒を手ににぎると、穴の中に手をさし入れた。穴が小さいので、手を一本入れると、向うを見るのがなかなか厄介(やっかい)である。
 帆村は、あらかじめ見当をつけておいてから、右手をにゅっと出して、ひゅうひゅうと棒をふった。だが棒が短いのか、帆村の腕が短いのか、うまく器械にあたらない。
「もっと長いものはないかしら。よわったな、じゃこうしてみよう」
 と、帆村は、棒をひっこめると、ハンカチーフをべりべりとさいて大急ぎで紐(ひも)をつくり、それを棒のさきにくくりつけた。それから紐の他の端には、ナイフをくくりつけた。
「これで、もう一度やってみよう」
「なるほど、帆村さんは、うまいことを考えだすなあ。僕すっかり感心しちゃった」
「なあに、くるしまぎれのちえだ」帆村は、ふたたび穴の中に右手をいれた。そして、手にもった棒をふりまわした。棒の先に紐で結ばれたナイフは、きりきりまわっていたが、やがてがたんと手応(てごた)えがあった。が、それっきり、棒がうごかなくなった。
「あれえ、どうしたのかな」といったが、帆村の腕は、腋(わき)の下まで穴の中にすっぽり入っているので、穴の隙間(すきま)がない。したがって向うも見えない。すると、とつぜん、大きな声だ。
「だ、誰だ!」イワノフ博士のこえだ。
「しまった。もう、いけない」帆村は、もうこれまでと思い、棒を握ったまま、満身(まんしん)の力をいれて、ぐっと手もとへひっぱった。
 ずいぶんくるしかったが、棒はやっとうごいた。重いものが床の上におちる音がした。それはエフ氏を操縦する器械が下におちたのである。そのとたんに、
「あ、いたい」と、帆村が叫ぶ。このとき棒は彼の手から放れてしまった。彼は大急ぎで穴から腕をひっこめた。
「うおーっ」と、獣(けだもの)のようなものが呻(うな)るこえ。
「さあ、たいへん。ううん、よわった」これはイワノフ博士のこえ。
 博士の室内からは、なにかどすんどすんと重いものがぶつかっている気配(けはい)だ。そうかと思うと帆村と正太の押しこめられている壁までが、ずしんずしんとひびいて、壁土がばらばらとおちはじめた。
「これ、人造人間エフ氏。しずまらんか。しずまれというのに」
 博士の室内のもの音は、ますます大きい。いろいろなものが、こわれていくらしい。
「あっ、どうするのだ」
 と、博士が叫んだとき、帆村と正太のはいっていた室の土壁が、がらがらと崩れた。あっとおもう間もなく、その穴からとびこんで来たものは、人造人間エフ氏であった。たいへんな力であった。
 さあ二人は、どうなるであろうか。


   暴れる人造人間(じんぞうにんげん)


「うおーっ」
 と、ものすごい唸(うな)りごえをあげて、人造人間エフ氏は、部屋の中をあばれまわる。姿だけ見ると、それはまるで正太少年があばれているとしか見えなかった。エフ氏のそのときの顔といえば、そのものすごい唸りごえに似合わず、にこにこ笑っていた。にこにこ笑いながら、ものすごい唸りごえをあげて、手あたり次第、壁をつきこわしていくのである。これは、ものすごい顔をして、あばれられるのとちがい、かえってよけいに気味(きみ)がわるかったと、後に帆村探偵が、そのときのことを思いだして、語ったことであった。帆村と正太少年とは、壁の隅っこに小さくなって、人造人間が、こっちへやってこないことを祈っていた。でも、あまりに、そのあばれ方が、はげしくなるので正太はついに、帆村のそばへすりよった。
「帆村さん、大丈夫?」
「うん、たいてい大丈夫だろう」
 帆村探偵のこえは、おちついていた。そのこえをきくと、正太は、急に気がつよくなった。
「帆村さん。エフ氏は、なぜあばれているんですか」
「さあ、よくは分らないが、さっきエフ氏を動かす器械を下におとしたろう。あのとき、その器械のどこかがこわれてしまったので、それでエフ氏が急にあばれだしたんだと思うよ」
 帆村探偵は、このさわぎの中にも、なかなか頭をはたらかせた。正太は、それをきいて、また恐しくなった。
「じゃあ、エフ氏は、気が変になったわけですね。もし僕が気が変になったら、あんな姿であばれるんだと思うと、いやだなあ」と、正太は、心がくらくなった。
「ああもっともだ」と、帆村は相槌(あいづち)を打って、「あんなものは、見ない方がいいよ。君は、頭をさげて、じっと見ないでいたまえ」と、帆村は正太の頭を抱(かか)えてやった。
 人造人間エフ氏は、ますますものすごくあばれる。土をとばし、石塊(いしころ)をとばし、まるで闘牛(とうぎゅう)が穀物倉(こくもつぐら)のなかであばれているようであった。イワノフ博士は、どうしたであろうか。
 博士は、向うの部屋で、これも背中を丸めて、じっとこっちの様子を見守っている。
「あっ、たいへんだ。こうでもなければ、これをこう動かしてみるか」
 よく見ると、博士は、人造人間の操縦機を前において、しきりに、たくさんのスイッチを切ったり入れたりしているのであった。たしかに、どこかが故障らしく、博士の思うようにはうまくいかないので、よわっているのだった。
「ちぇっ、これでもだめだ。仕方がない。この操縦器を一度分解して、なおすより外ないらしい」
 博士は、もう夢中で、額(ひたい)の汗をはらいながら、ネジ廻しをもち出して、操縦器の分解にかかった。そのとき、博士の持つネジ廻しが、どこにふれたものか、ぱっと火花が出た。
「あっ」と、イワノフ博士がおどろきのこえをあげたとき、今まで監禁室(かんきんしつ)であばれていた人造人間は、くるっとむきをかえて、博士の部屋にとびこんできた。
「あっ、あぶない!」

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