怪塔王
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著者名:海野十三 

     3

「なに、猿の鍵?」
 司令官は、その大きな鍵を手にとって、ふしぎそうにながめ、
「第二に、この鍵が怪しいとは」
「そうです、博士邸の一番おくにある秘密室は、その鍵であいたのです。ところが、その猿の鍵は、怪塔王が大事にしてもっている鍵なのです。あの怪塔の入口をあけるのは、やはりこの鍵でないとだめなのです」
 と、一彦は自分の信じているところをすらすらとのべました。
「で、それがどうしたというのかね」
「はい、司令官閣下。僕が今あげたように、怪塔と博士邸とは、たいへん似たところがあるのです。ですから、怪塔王と大利根博士とは――」と、ちょっと言葉をとどめ、「同じ仲間ではないかとおもうのです」
「えっ、怪塔王と大利根博士とが、同じ仲間だというのか。それはどうもとっぴな答だ。あっはっはっ」
 司令官は、思わず笑いました。
「でも、そうとしか考えられませんもの」
「しかしだ、一彦君。博士は、われわれの尊敬している国宝的学者だし、それにひきかえ怪塔王は、わが海軍に仇(あだ)をなす憎むべき敵である。その二人が同じ仲間とは、ちと考えすぎではあるまいか」
「でも、そうとしか考えられませんもの」
 一彦少年は、いつに似ず、たいへんがんばっています。
「だがねえ、一彦君」
 と、こんどは塩田大尉が、口をひらき、
「君のいうように、もし怪塔王と博士とが、同じ仲間だとすると、博士のズボンが血ぞめになっているのが変ではないかねえ。なぜといえば、仲間同志で殺しあうなんてことは変だからね」
「あれは、怪塔王が僕たちをだますためにやったのだと思います。怪塔王が博士を殺したとみせかけ、実は――実は。――」
 と、一彦少年は、その先をいおうか、いうまいかと、息をはずませました。


   兵曹長の蘇生(そせい)



     1

 小浜兵曹長は、どうしたでしょうか。
 大暴風の中を突破して、やっと陸地をみつけて海岸に不時着した兵曹長は、そのまま、機上に人事不省(じんじふせい)になってしまったことは、皆さんおぼえておいででしょう。
 それからどのくらい時間がたったかしれませんがふと気がついてみると、夜はすっかり明けはなれ、あれほどはげしかった嵐はどこかへ行ってしまい、まるで嘘のような上天気になっていました。
「ああっ、暑い!」
 やけに暑い太陽の光線が、兵曹長の体にじかにあたっていました。その暑さのあまり、気がついたらしいのです。
「ああ、どうも暑くてたまらん。なんて暑いのだろう。のどが乾いて、からからだ」
 兵曹長は、座席の下から水筒をとりだし、目をつぶって、がぶがぶとうまそうにのみました。
 ふと気がついてみると、これは青江三空曹の名のはいった水筒でありました。怪塔王と闘って、ついに壮烈な死をとげた青江三空曹のことが、いまさらに思い出されて、兵曹長ははらはらと涙をこぼしました。
「おい、青江。空のどこからか俺の声を聞いているか。俺はきっと貴様の仇を討ってやるぞ。俺のすることを見ていろ!」
 と、ひとりごとをいいながら、また水筒の水をがぶがぶとのみましたが、
「やあ青江、いま貴様の水筒から水をのんでいるぞ。どうもごちそうさま、貴様は暑かないのか。なに、もう神様になったら、ちっとも暑くないって。よしよしわかった。それじゃ、もう一口水筒の水をごちそうになる。いやどうもすまん」
 兵曹長は、ひとり芝居(しばい)をやりながら、また水筒の水をがぶがぶとのみ、とうとう水筒をからにしてしまいました。よほどのどが乾いていたようです。むりもありません。昨日からの兵曹長の奮闘ぶりといい、そして今またこの暑さです。

     2

「なんしろ暑い。ここはどこなんだろう」
 と小浜兵曹長は、座席から下りて、飛行機の陰にはいりました。
「ああ、壊れていらあ。翼がめちゃめちゃだ。よく働いてくれた愛機だったが、もうどうにもならん」
 愛機は、怪塔王の磁力砲にうたれたり、暴風雨に叩かれたり、無理な着陸で翼を折ったり、さんざんな目にあいました。
 水をうんとのんだので、兵曹長はたいへん元気づきました。さらに座席の下から、航空用食料をとりだして食べましたので、いよいよ兵曹長は大元気になりました。
「さあ、元気になった。ところで、電話のある家をさがそう」
 兵曹長は腰をあげ、壊れた飛行機の下から出ました。
 小手をかざして、附近をじっと眺めていた兵曹長は、
「ここは一体どこだろうか。たいへんさびしい海岸だな」
 うしろに砂丘がありましたので、兵曹長はその上にのぼりました。高いところへのぼれば、見晴らしがきくからと思ったのです。
「あれえ、な、なんにも家らしいものが見えないぞ」
 海岸に家が一軒もないばかりか、その奥は一面の砂原つづきでありまして、家も見えなければ、電柱も立っていません。
「これはおどろいた。まるで無人島のようだ」
 無人島?
 この荒涼たる風景を見ていると、ほんとうに無人島であるように思われてきました。
「無人島へ不時着したとなると、こいつはなかなかやっかいなことになったぞ」
 でも兵曹長は、口ほど困っている様子もなく、あたりをしきりにじろじろ見ていましたが、砂原の向こうは、そう高くない山ですが、まるで、鋸(のこぎり)の歯のように角ばった妙なかっこうの山があるのに目をつけました。

     3

 無人島で見つけたのこぎり山!
 小浜兵曹長は、そののこぎり山のところまでいって山をのぼって見ようとおもいました。
 ひょっとすると、山の向こうに、なにか漁夫の家でもありはしないかと、そんなことを考えついたからです。
 小浜兵曹長は、草原を山の方にむかって、歩きだしました。
 太陽の光は、じつに強く、頭がぼうっと煙になって燃えてしまいそうです。でも、その砂まじりの草原を、どんどんすすんでいきました。
 草原がつきると、いよいよ岩石でつみあげられたのこぎり山です。小浜兵曹長は、はやく山をのぼりきって、その向こうにどんな風景があるか見たいものだと、たいへん好奇心をそそられました。
「これでは、まるでロビンソン=クルーソーだ。どうか山の向こうに、一軒でもいいから人間の住んでいる家がありますように」
 ロビンソン=クルーソーは、有名な漂流物語の主人公ですね。
 小浜兵曹長は、いよいよのこぎり山の頂上を、すぐ目の前に見るようになりました。
「さあ、いよいよ向こうが見えるぞ。はやくのぼってしまおう」
 兵曹長の足どりは、急にかるくなりました。やっとかけごえをかけ、のこぎり山の頂上の岩の間から、向こうをひょいとながめました。
 そのときの兵曹長のおどろいた顔ったら、ありませんでした。
「やややややっ、これはたいへんだ。まさか夢を見ているのじゃあるまいな」
 兵曹長は、岩の上に、へなへなと腰をおろしました。あまり思いもかけない風景に、さすがの猛兵曹長も胆(きも)をつぶしたようです。
 山の向こうには、一体どんな風景があったでありましょうか。
 おどろいてはいけません。山の向こうは、まっ平になっていまして、怪塔ロケットが七つ八つも、まるで筍(たけのこ)のように地上に生え並んでいるのです。

     4

 山の向こうは、たぶんひろびろとした海岸であって、白い砂浜を、まっ青な浪が噛んでいるのであろうとおもっていた小浜兵曹長の想像は、すっかり外れてしまいました。
 のこぎり山の向こうは、ちゃんと地ならしをしてありまして、りっぱな飛行基地のようです。おどろきはそればかりではなく、天下にただ一つとおもっていた怪塔ロケットが一つや二つどころか、みなで八台も並んでいたのです。
「これはたまげた。一体あそこはどういう人が持っている飛行基地なんだろう」
 飛行基地ではない、怪塔ロケット基地といった方が正しいようです。
 あのおびただしい怪塔ロケットは、一体誰のものなのでしょう。そしてまた、こんなところに集めておいて、なにをしようというのでしょうか。
 考えれば考えるほど、たいへんな秘密基地です。小浜兵曹長は、この地球のうえに、まさかこのようにたくさんの怪塔があろうとは、一度も考えたことがありませんでした。
「下りていってしらべてもいいが、もし俺がみつかればふたたび生かして帰してくれまいなあ。命はおしくないが、このような秘密基地のあることを、わが海軍に知らせるまでは、死んだり俘虜(ふりょ)になってはいけない」
 このとき小浜兵曹長は、海岸に翼をぶっつけて壊れてしまった愛機の中に、まだ無電装置だけは壊れずにあったことをおもいだしましたので、それを使って至急艦隊へ知らせようと、踵(くびす)をかえして、のこぎり山をかけおりました。
 どんどん走って、壊れ飛行機の上にとびのり、無電装置をいじってみますと、天のたすけか、うまく働くではありませんか。
 兵曹長は、しきりに艦隊の無電班によびかけました。すると、ひょっくり応答がはいってきました。
「おお、小浜兵曹長からの無電だ。小浜はもう海中に墜(お)ちて死んだかとおもっていたのに、ちゃんとこっちを呼んできたぞ」
 無電班は、おどろいたり、よろこんだり。

     5

 孤島から、小浜兵曹長がうった無電は、艦隊無電班をたいへん驚かせました。
 それから双方はしばらく、無電をさかんに打ちあいました。
「貴官は今、どこにいて、なにをしているのか」
 と、小浜兵曹長にたずねますと、
「自分は怪塔を見失い、嵐の中をむちゃくちゃにとびまわり、ついに無人島らしきところに不時着し、翼を折った。もう飛行機は飛べない。しかし身体には異状がないから、安心を乞う――応援に出動したという知らせのあったわが飛行隊はどうしたか」
 と、小浜兵曹長は答え、また問いかけました。
「わが出動飛行隊は、暴風雨にさえぎられ、ついに怪塔ロケットにもあわず、貴官の飛行機にもあわなかった――その孤島は何処(どこ)かわかるか」
「わからない。しかし自分は大変なものを発見した。この島に、のこぎりの歯のような形をした山がある。この山の西側に、大飛行場があって、そこに怪塔ロケットが七八機集っている。だからこの島は怪塔ロケットの根拠地だと思う。はやくこのことを塩田大尉に知らせてもらいたい」
 すると、無電班ではたいへん驚いたようでありました。しばらく答はなく、小浜兵曹長は、無電が故障になったかとおもったくらいでありました。
 そのうちに、艦隊からの無電が、また聞えてきました。
「貴官の報告は、じつに重大なものであった。貴官のいる孤島の位置を知りたいから、これから五分間つづけて電波を出してもらいたい。こっちでは、その電波を方向探知器ではかって、位置をきめるから。とにかく貴官は貴重なる偵察者であるから、大いにそこにがんばっていてもらいたい。では、早速(さっそく)五分間つづけて電波発射をたのむ」

     6

 小浜兵曹長は、愛機の無電装置をはたらかせて、五分間つづけざまに電波を発射いたしました。
 本隊の方では、この電波を方向探知器ではかり、小浜兵曹長のいまいる位置をはっきりきめようというのです。
 そのうちにも、小浜兵曹長は生存していたというよろこばしくも、またおどろくべきニュースは、それからそれへと伝わっていきました。
 本隊の無電班は、しきりに潜水艦ホ十九号をよんでいます。
 その潜水艦は、そのころちょうど南洋群島附近を巡航中でありましたが、よびだしの無電をうけとったので、すぐさま無電で応答してまいりました。
「貴艦は直ちに、遭難機の方角を測定せられよ」
「承知!」
 本隊と潜水艦ホ十九号との両方の方向探知器が、ともに小浜機の発射する電波の飛んでくる方角をさだめました。
 両方の結果をあわせて、地図のうえに、小浜機の位置をもとめてみますと、ついにわかりました。
 北緯三十六度、東経百四十四度!
 それが遭難機の位置になります。
 そこは、犬吠埼(いぬぼうざき)からほとんど真東に、三百キロメートルばかりいった海中です。
 いや、海中ではありません。普通の地図には出ていませんが、実はそこに一つの小さな島があるのです。
 島の名は、世にもおそろしき白骨島(はっこつとう)!
 この島は無人島ということになっていました。しかし、昔からこの島には、何べんか原地人が住んだことがあるのです。しかし、いつの場合でも、原地人たちは誰もこの島から元の集落へ帰ってきません。後から別の原地人たちがいってみますと、前の原地人たちは白骨になっているのです。それが毎度のことでした。


   白骨島



     1

 そういう不思議ないいつたえのある白骨島です。だれも恐しがって住む者がありません。いまではもう無人島になっていることと、だれもが信じていた白骨島です。
 その白骨島に、小浜機が不時着したというのです。翼は折れて飛べなくなったといい、また操縦士の青江三空曹が壮烈なる死をとげたといいます。それさえたいへんなニュースであるのに、その白骨島の山かげには、怪塔ロケットが八台も肩をならべて聳(そび)え立っているというのです。これが一大事でなくてなんでありましょう。
 しかし、その位置がわかったことは、なによりよいことでありました。
「貴官の位置は判明した。北緯三十六度、東経百四十四度、白骨島と思われる」
 本隊からは、すぐさま小浜兵曹長に結果を知らせてやりました。
 そして、もっと島の模様を知らせてよこすように命令を出しました。
「よろしい。まず地形をのべます。島の中央に、鋸(のこぎり)の歯のような岡があり、その東……」
 と、そこまで無電は文字をつづってきましたが、とたんにぷつりと切れました。あとはどう催促してもだめでした。
 小浜兵曹長は、どうしたのでしょうか。
 いや、どうしたのどころではありません。白骨島のうえでは、いま大格闘がはじまっているところです。
 小浜兵曹長は、本隊との無電連絡で、一生けんめいになっていましたところ、とつぜん背後から首をぎゅっとしめつけられました。全くの不意うちでありました。
 兵曹長は、救難信号をうつ間もなく、電鍵から手をはなさなければなりませんでした。
「な、何者!」
 というのものどの奥だけです。兵曹長は、自分の首をしめつけた曲者の腕をとらえて、やっと背負投(せおいなげ)をしました。それから大乱闘となったのです。とつぜん現れた相手は一体何者でしょう?

     2

 勇士小浜兵曹長は、息つぐまもなく前後左右からくみついてくる怪人たちを、あるいは背負投でもって、機上にあおむけに叩きつけ、あるいはまた得意の腰投で投げとばし、荒れ獅子(じし)のようにあばれまわりました。
 兵曹長をおそった怪人たちも、このものすごい兵曹長の力闘に、すこしひるんでみえました。そして砂上に、遠まきにして、兵曹長をにらんで立っています。
 小浜兵曹長は、はじめてこの不意うちの敵をずらりとみまわしました。
 敵の人数は十四五人もありました。兵曹長一人の相手としてはずいぶんたくさんの人数です。
「な、何者だ。俺をどうしようというのか」
 小浜兵曹長は、ひるむ気色もなく、敵に対してどなりつけました。
「う、ううっ」
 と、呻(うな)っている敵方の面々は、黒人があるかと思うと、ロシヤ人がよく着ているルパシカという妙な上衣(うわぎ)をきている者もあります。このルパシカをきているのは、白人のようでありました。
 そのうちの一人の白人が、たっしゃな日本語でもってしゃべりだしました。
「アナタは、向こうの山へのぼって、下になにがあるか、ことごとく見たでしょう。白状なさい」
 言葉はたいへんていねいですが、敵の身構(みがまえ)はたいへんものすごいです。多分彼は、こういうていねいな日本語はしゃべれますが、乱暴な日本語をしゃべることができないのでしょう。
「なんだ、白状しろって。あっはっはっはっ、あまり俺を笑わせるない。ここは日本の領土ではないか。貴様たちこそ、こんなところで一体なにをしているのだ。さあ、それをまず俺に話すがいい」
 小浜兵曹長は仁王(におう)のように突立ち、敵方の大将株らしい白人をぐっとにらみつけました。
 敵方は、すこしうろたえはじめました。

     3

「さあ、話せ。貴様たちこそ、日本の領土内で、なにをしているのか」
 小浜兵曹長のおごそかな言葉に、兵曹長をおそった敵方は、いよいよもじもじしはじめました。
「どうだ、悪いと思ったら降参せよ。おとなしくすれば、なんとか助けてやろう」
 と小浜兵曹長は、あべこべに敵方をのみこんでいます。
 すると敵方の大将株らしい白人が、なにごとか、変な言葉でかけ声をかけました。
「うん、来るか」
 敵方は、目を猿のようにひからせ、ふたたびじりじりと兵曹長の身ぢかくにせまってきました。
「アナタ、動くとあぶない。これが見えませんか」
 敵の大将株の白人が、いきなりピストルを兵曹長の方につきつけました。
 ピストルは、他の敵の手にも握られています。
「撃つのか。うまく中(あた)ったらおなぐさみだ」
 兵曹長は、ピストルのおそろしいことなどを全くしらないようです。
 相手は、自分を俘虜(ふりょ)にしたいのであって、殺すつもりではないことを、はやくも見ぬいていたからです。
 果して、ピストルをもっていない十人ばかりの敵が、合図とともにどっと押しよせてきました。
「おお来たな。そんなに俺に投げとばされたいか」
 兵曹長は、敵の来るのを待たず、自分からすすんで敵の一人にとびつき、
「やっ!」
 と、あざやかな巴投(ともえなげ)で、相手の体を水車のように投げとばしました。
 あとの敵は、不意をくらい、その場に重なりあって両手をつきました。それをみるや、兵曹長は栄螺(さざえ)のような拳固をかためて、手もとに近い敵から、その頬ぺたを、ぱしんぱしんとなぐりつけました。いや、いい音のすることといったら。――

     4

 小浜兵曹長は、海ばたで、十数人の敵を相手に、格闘をつづけています。
「どうだ、降参か!」
 と、叫んでは投げ、どなっては投げ、敵の荒くれ男をころがしました。
 ルパシカ男も黒人も、地上に匐(は)って、うんうんうなっています。
 どーん。
 どどどーん。
 その時です。銃声が大きくひびいたのは。――
「ううむ」
 小浜兵曹長は、ばったり砂上にたおれました。
 敵はピストルを発射したのです。
 兵曹長がたおれたのを見ると、敵はたいへん元気になって、そのまわりにあつまってまいりました。
 兵曹長は、起きあがろうとしきりに砂上に腕をつっぱっていますが、なかなか起きあがることが出来ません。それもそのはず、彼は腿(もも)のところをピストルのたまにうちぬかれたのです。鮮血はズボンを赤く染めて、なおもひろがっていきます。
 敵はそれを見ると、どっと兵曹長の上におし重なりました。なんでもかんでも、彼を俘虜にしてしまおうというのです。
「き、貴様らにつかまってたまるものか。この野郎、えいっ」
 小浜兵曹長は腕だけつかって、また敵を投げとばしました。なかなか勇猛な兵曹長です。
 そのとき、敵の大将株の男は、卑怯にも兵曹長のうしろからそっと忍びよりました。そして兵曹長の油断をみすますと、足をあげて、かたい靴のさきで、兵曹長の後頭部を力まかせにがぁんと蹴とばしました。
「あっ!」
 いくら勇猛でも、頭を蹴られてはたまりません。兵曹長は苦しそうにうめき、そのまま砂上に手足をだらんとのばして、静かになってしまいました。
 敵どもの、大きな吐息(といき)がきこえました。


   秘密艦隊会議



     1

 ○○軍港に碇泊(ていはく)している軍艦六甲では、秘密艦隊司令官池上少将をはじめ幕僚一同と、塩田大尉や一彦少年の顔も見え、会議がつづけられています。
 司令官池上少将は、一彦少年の顔をじっとみつめ、
「さあ、遠慮なく一彦君の考(かんがえ)をいってごらんなさい。怪塔王が博士を殺したと見せかけて、それでどうしたというのかね」
 一彦は、いおうか、いうまいかと、まだ口をもごもごしています。
「おい一彦君、司令官のおっしゃるとおり、君の考を大胆にいってごらん」
 塩田大尉も、そばから口をそえて、一彦をはげましました。
「はい。では、思いきっていいます」
 と、一彦は、すっくと席から立ちました。
「これまで僕が見たところでは、大利根博士邸内のエレベーター仕掛の実験室といい、猿の鍵であく秘密室といい、怪塔王が怪塔の中に仕掛けているのと同じなんです。だから博士と怪塔王は、なんだか同じ仲間のようにおもわれます。ところが、あの邸内の秘密室に、博士の血ぞめのズボンが発見されました。博士の身の上にまちがいがあったように思われます。ちょっと見ると、怪塔王が邸(やしき)へしのび入って博士を殺したように考られます。しかしこれから怪塔王が大活動をしようというとき、大事な自分の仲間を殺すなんてことは変だとおもいます。僕は――僕は、こうおもいます。怪塔王と大利根博士とは、別々の人ではなく、同じ人だとおもいます」
「なに、怪塔王と大利根博士とは、同じ人だというのか。ふうむ、それはおもいきった考じゃ」
 と、司令官はおどろかれました。
「もっとくわしくいいますと、怪塔王というのは、実は大利根博士の変装であるとおもいます」
「えっ、大利根博士が怪塔王だと――」

     2

「大利根博士が怪塔王だというのか」
 なんという大胆な考でしょう。
 一彦少年のこの大胆な言葉に、司令官をはじめ幕僚たちは、しばらくはたがいに顔を見あわせるだけで、言葉をつぐ者もありませんでした。
 そのうちに、やっと口を開いたのは塩田大尉でありました。
「一彦君。なにがなんでも、それはあまりに大胆すぎる結論だぞ。あの尊敬すべき国宝的学者が、まさか大国賊になろうとは思われない」
「でも、大利根博士邸で発見されたいろいろな怪しいことがありますねえ。あの怪しいことは、どう解いたらいいでしょうか。今もし大利根博士が怪塔王に変装しているのだと、かりに考えてみると、この怪しい節々は、うまく解けるではありませんか。博士邸と怪塔が、まったく同じような仕掛になっていること、同じ鍵であくことなど、みな合点(がてん)がいくではありませんか。どう考えても、怪塔王というのは大利根博士が化けているのだとおもいます」
「一彦君のいうところは、もっともなところがある。しかし私には、あの大利根博士が、そんな見下げた国賊になったとは、どうしても考えられないのだ」
 塩田大尉は、まだどうしても、一彦のいうことを全部信ずる気にはなれませんでした。
 ちょうどそのとき、本隊から池上司令官のところへ、怪塔ロケットを追跡中行方不明になった小浜兵曹長からの無電がはいって来たという喜ばしい報告がありました。
「おお、小浜兵曹長からの無電がはいったそうだ」
「えっ、小浜は生きていましたか」
 と、おどりあがったのは、塩田大尉です。
「うむ、生きているらしい。彼は無人島上につくられている怪塔ロケットの根拠地に不時着(ふじちゃく)しているそうだ」

     3

「えっ、無人島上に、怪塔ロケットの根拠地があるというのですか」
「根拠地とは、一体どういう意味の――」
 幕僚や塩田大尉は、このだしぬけの根拠地報告に、びっくりしました。
 司令官は、電文のおもてを見ながら、
「場所は北緯三十六度、東経百四十四度にある白骨島だとある。そこには怪塔ロケットが七八台も勢ぞろいしているそうだ」
「ふむ、怪塔ロケットは一台かぎりかと思っていましたが、七台も八台もあるのですか。これはわが海軍にとって、じつに油断のならぬ敵です」
「そうだ、怪塔ロケット一台ですら、あのとおり新鋭戦艦淡路をめちゃめちゃにしてしまったんだから、その怪塔ロケットに七八台も一しょにやって来られたのでは、わが連合艦隊をもってしても、まずとても太刀打(たちうち)ができまいな」
「残念ですが、司令官がおっしゃるとおりであります。これが砲撃や爆撃や雷撃でもって攻めて来られるのでありましたら、わが艦隊においてこっぴどく反撃する自信があるのですが、世界にめずらしい磁力砲などをもって来られたのでは、鋼鉄でできているわが軍艦は、まるで弾丸の前のボール紙の軍艦とかわることがありません」
「ううむ、残念だが、これは困ったことになった」
 さすがに武勇にひいでた士官達も、怪塔ロケットの持つ磁力砲の威力のことを考えると、たいへんにおもしろくなくなりました。
 塩田大尉は、この時、席に立上り、
「こうなれば、われわれの選ぶ道はただ一つであると思います。すなわち、大利根博士の秘密室で発見されたあべこべ砲を製造して、あれを軍艦や飛行機にとりつけるのです」
「うむ、そうするより仕方がないが、あのあべこべ砲は壊れているそうではないか」

     4

 怪塔ロケット一台さえ、もてあまし気味でありますのに、小浜兵曹長からの無電によれば、白骨島には、このような怪塔ロケットが七八台もいるという報告なのでありますから、全く驚いてしまいます。
 たのみに思う大利根博士発明のあべこべ砲は、博士の秘密室のなかにありましたが、これは壊れていて役に立たないということであります。
 塩田大尉は、司令官の前でじっと考え込んでいましたが、やがて決心の色をうかべ、
「司令官、あべこべ砲のことは、塩田におまかせくださいませんか」
「なに、まかせろというのか。塩田大尉は、どうするつもりか」
「はあ。私は、あべこべ砲をもう一度よくしらべてみます。そしてなんとか役に立つようになおしてみたいとおもいます」
「塩田大尉、お前には、あべこべ砲をなおせる見込があるのか」
「はい、私はかねて大利根博士と、新兵器のことにつきまして、いろいろと議論をいたしたことがございますので、それを思い出しながら、あのあべこべ砲を実際にいじってみたいとおもいます。机の上で考えているより、一日でもはやく手を下した方が勝だと考えます。あべこべ砲は、とてもなおせないものか、それともなおせるものか、いずれにしても、すぐにとりかかった方が、答は早く出ると思います。白骨島をすぐにも攻略したいのは山々でございますし、あの島に上陸後、音信不通となった小浜兵曹長のことも気にかかりますが、しかし御国(みくに)に仇をする怪塔王を本当にやっつけるには、今のところ、このあべこべ砲の研究より外に途(みち)がありません。ですから、私は我慢して、目を閉じ耳をふさぎ、壊れたあべこべ砲と智慧くらべをはじめたく思います。ぜひお許しを願います」
「よろしい、では許してやろう。当分、秘密艦隊の方へ出勤しなくてもよろしい」


   青い牢獄(ろうごく)



     1

 こちらは、白骨島です。
 勇士小浜兵曹長は、残念にも怪人団のために頭をけられ、人事不省におちいりました。
 それから後、兵曹長の身のまわりにはどんなことがあったか、それは彼には何もわかりませんでした。それからどのくらいの時間がたったか、はっきりいたしませんが、とにかく兵曹長はひとりで我にかえりました。気がついてみると、脳天がまるで今にも破れそうに、ずきんずきんと痛んでいるのです。
「ああ、痛い」
 さすがの兵曹長も、思わず悲鳴をあげました。そっと手をもっていってみると、そこの所は、餡(あん)パンをのせたように、ひどく腫(は)れあがっていました。
「ち、畜生。よくもこんなに、ひどいめにあわせやがったな」
 兵曹長は、目をぱっちりあけると、あたりをきょろきょろと眺めました。
「はて、ここはどこかしら」
 あたりは、電灯一つついていない真暗な場所でありました。そしてたいへん寒くて、体ががたがたふるえるのです。
 手さぐりで、そこらあたりをなでまわしてみますと、床は固く、そしてじめじめしていました。
「ははあ、これでみると、俺はとうとう怪塔王の一味のため、俘虜(ふりょ)になって、穴倉かどこかへほうりこまれたのにちがいない。ちぇっ、ざ、残念だ。無念だ。帝国軍人が俘虜になるとは、この上もない不名誉だ。それに、憤死した青江三空曹の仇も討たないうちに、こんな目にあうとは、かえすがえすも残念だ――なんとかして、俺はここを破って、自由な体になってやるぞ」
 小浜兵曹長は、ばりばり歯がみをして、奮闘をちかいました。
 その時、どうしたわけか、小浜兵曹長の頭の上の方から、青い光がさっと照らしつけました。

     2

 頭の上から、さっと照らしつけた青い光!
「おやっ――」
 と、小浜兵曹長は、上を見あげました。
 すると、下から二十メートルもあろうと思われる高い天井に、一つの青電灯がついたことがわかりました。
 それと共に、今小浜兵曹長のいる室内の様子が、青い光に照らし出されて、大分はっきりわかってまいりました。
 それは、実に細長い室でありました。まるで、煙突の中にいるような気がします。兵曹長の横たわっている所は、円くて、そして人間がやっと手足をのばして寝られるくらいの広さの床をもっていました。そこから上は、まっすぐに円筒形の黒い壁になっていました。
「ふん、怪塔王が好きらしい造りの牢獄だ」
 その黒い壁に、もしや上にのぼれる梯子(はしご)のようなものでもあるかと思いましたから、よく気をつけて眺めました。しかしそのような足掛(あしがか)りになるものは何一つとてなく、全くつるつるした壁でありました。
 その時、小浜兵曹長の頭に、ちらりとひらめいた疑問がありました。
「なぜ、今頃になって、天井の青い電灯がついたのだろうか」
 これはなにか、小浜兵曹長に対し、上からピストルでもうちかけるのではないかと思われました。そこで彼は身動きもせず、じっと天井の方に油断なく気をくばっていました。
 その時でありました。
「はっはっはっはっ」
 と、とつぜん破鐘(われがね)のような笑い声が、頭の上から響いて来ました。
 兵曹長は、はっと息をのみました。
「はっはっはっはっ。ふふん、やっぱり貴様だったのか。わしのロケットを執念ぶかくどこまでも追いかけて来た飛行機のりだな。なんだ、変な顔をするな。ははあ、わしがどこから見ているかわからんので、びっくりしているのだろう。あははは、こっちからは、貴様のそのぐるぐる目玉が大見えじゃ」
 という声は、正(まさ)しく怪塔王です!

     3

 怪塔王のしわがれ声は、天井裏からうすきみわるくひびいて来ます。声はきこえますが、怪塔王の姿はふしぎにも見えません。
 小浜兵曹長は、傷のいたみもわすれて、怪塔王の声のする方をじっと睨みつけていました。怪塔王は、これから何をしようというのでありましょうか。
「あははは、そんな恐しい顔をしても、もう駄目だよ。この牢獄へはいったが最後、二度と外へは出られないのだ。このへんで、すこし早目にお念仏でもとなえておくがいい」
 怪塔王のいうことは、あいかわらず憎々しいことばかりです。このとき、小浜兵曹長はきりりと眉(まゆ)をあげ、
「やい、怪塔王、貴様は俺をなぜこんなところに入れたんだ。俺がどうしたというのか」
「わかっているじゃないか。貴様は、わしの乗っていた怪塔ロケットを空中で攻撃した。そのとき一人だけやっつけたが、貴様を殺しそこなった。わしはそれを残念に思っていたところ、貴様の方から、この白骨島へ踏みこんで来たではないか。そして貴様の方では気がつかないだろうが、あの岡の上から、貴様は怪塔ロケットの根拠地をすっかり見てしまったろう。こんなとこに怪塔ロケットの根拠地があるなんてことは、絶対秘密なんだ。それを知った上からには、いよいよ貴様を殺してしまうほかない」
「ふふん、そんなことか。なんだ、ばかみたいな話ではないか」
「なにがばかだ。こいつ無礼なことをいう」
「だって、そうじゃないか。ここに怪塔ロケットの根拠地があったということは、俺は無電でもって、すっかり本隊へ知らせておいたよ。だから今では、秘密なんてえものじゃないよ。お気の毒さまだね」
「えっ、無電で知らせたのか」
 怪塔王の声は、おどろきのために、急にかわりました。ここぞとばかりに、小浜兵曹長は、
「本隊では、いまに大挙して、ここへ攻めて来るといっていたぞ」

     4

「なに? ここへ大挙して攻めてくるって?」
 怪塔王は、思わず聞きかえしました。
 小浜兵曹長が、声を大きくして、わが海空軍がこの白骨島へ攻めてくるぞと、おどろかしましたので、怪塔王もさすがにぎょっとしたようでありました。
「どうだ、おどろいたか」
 怪塔王は、それには言葉をかえさず、しばらく天井裏からの声はきこえませんでした。
「おい怪塔王、このへんで降参してはどうだ。わるいようには、はからわないぞ」
 兵曹長は、牢獄のなかから、大きな声で怪塔王をどなりつけました。
「なにをいうんだ。捕虜のくせに、口のへらない生意気なやつだ」
 と怪塔王は、ついに腹をたてたようでありました。
「まあ、そこにそうしてひとりでいばって居るがいい。いまに貴様は、自分でもって、どうしても黙らなきゃならないようにしてやる。そうだ、その前に、貴様にいいものを見せてやる」
「なんだと!」
「ふん、貴様がいま居るところを、どんなところと思っているのかね。まあいい、いま扉をあけて、外を見せてやろう。これを見たら、貴様はもうすこしおとなしくなることだろう。――さあそろそろあけるぞ」
 怪塔王の声が、まだおわらないうちに、ふしぎや、彼の頭の上で、ぎいぎいと音がして、壁に四角な穴があきました。そして青い光がすうっとはいってきました。
 おや何だろうか。
 兵曹長は、痛む体を腕でおこして、頭の上にあいた四角な壁穴をのぞきました。
「ああっ、これは!」
 兵曹長は、思わず大きな声を出しました。
 四角な壁穴の外にはあついガラスがはってありましたが、その向こうに見えたのは、おそろしい海底の風景でした。

     5

「どうだ、窓の外が見えるか。ゆっくり見物しているがいい」
 そういいすてて、怪塔王の声は、天井裏から消えてしまいました。
 窓外は、たしかに深い海底でありました。青い光に照らしだされて、大きな魚がおよいでいるのがみえました。海藻群が、ゆらゆらとまるで風をうけた林のようにゆらいでみえます。見るからに気味のわるい風景です。
 そのうちに、小浜兵曹長がとじこめられている部屋の明かりが、海底にさしたものと見えて、魚がゆらゆらとガラス戸のところへ、よって来ました。
 それをじっと見ていた小浜兵曹長は、はっとおどろきました。
 窓を外からごつんごつんと鳴らしに来る魚が見えましたので、これをとくと見なおしますと、魚も魚、たいへんな魚でありました。それは、長さ四五メートルもあるような鮫(さめ)だの、海蛇だのでありました。それ等のおそろしい魚は、みな腹をへらしているものと見え、歯をむいて小浜兵曹長の顔がみえる窓のところへ、一つ、また一つとよって来ます。おそろしい海底の有様でありました。
(怪塔王は、おれをこんな魚に食べさせようと考えているのか)
 と、小浜兵曹長は、背中がぞっとさむくなるのをおぼえました。
 だが、こんな魚に食べられてしまうのは、ざんねんです。なんとかここを逃げだす工夫はあるまいかと、兵曹長は壁をのぼるつもりで、ちょっと手をふれてみましたが、壁はぬらぬらしていて、とてものぼることはできません。さすがの勇士も、しょげていますと、その時、
「小浜さん、今たすけてあげますよ」
 と、とつぜん頭のうえで、おもいがけぬ声がしました。兵曹長はおどろいて立ちあがり、上を見上げました。そのとき、上から一本の綱がするすると下って来ました。


   生きていた帆村



     1

 おそろしい海底牢獄へ、とつぜん下された綱一本!
 兵曹長は、夢かとばかりにおどろきました。とにかく先のことはわかりませんが、これ幸(さいわい)にまずこの海底牢獄からぬけだしたがよいと思いましたので、綱につかまってどんどんあがりました。
 煙突のようにほそ長い海底牢獄を、綱をたよりにぐんぐん上へのぼっていきますと、もうあとすぐ天井にぶつかりそうなところに、一つの横穴があいていました。
 綱は、そこから下へおろされているのでありました。
「おお、ここにぬけ穴があったか」
 小浜兵曹長が、その横穴をひょいと見ると、そこに命の綱を一生懸命に引張っている帆村荘六の姿が、電灯の光に照らされて見えました。
「おお帆村君か。君は無事だったのか」
 と、うれしさ一杯で、思わず兵曹長がさけびましたところ、帆村は、
(しーっ。黙っていてください)
 と、眼と身ぶりでしらせました。
 どうやら帆村は、小浜兵曹長すくいだしの途中で、怪塔王に気どられることを、たいへんおそれているようでありました。
 小浜兵曹長にも、すぐそれがわかりましたので、あとは黙々として綱をたぐり、帆村のいる横穴へ匐(は)いこみました。
「帆村君、助けてくれてありがとう」
 と、兵曹長が思わず帆村の方へ手をさしだせば、帆村もそれをぐっと握りかえし、
「いいえ、たいしたことではありません。それより僕は、思いがけなく、小浜さんを迎えることができて、どんなにかうれしいんです」
「君こそ、よくこの島にがんばっていてくれたねえ。この島は怪塔王の根拠地らしいが、一体、怪塔王は何を計画しているのかね」
「それはいずれ後からお話しします。しかし、今は、それをお話ししているひまがないのです。それよりも、すぐここを逃げてください」

     2

「すぐ逃げろというのかね」
 と、小浜兵曹長は帆村の顔を見つめ、
「いや、僕は逃げないぞ。怪塔王と一騎うちをやって、生捕(いけどり)にしてやるんだ。あいつは悪い奴だ。わが海軍に仇をするばかりか、俺の大事な部下の青江を殺しやがった。ここまで来れば、俺は命をかけて、怪塔王をとっちめてやるんだ」
 小浜兵曹長には、青江三空曹の死が、どんなにか無念であったのでしょう。
「いや、待って下さい。怪塔王をやっつけるには時期があります。とにかく今夜、あらためて僕たちは会いましょう。こうしているうちにも、もし怪塔王がテレビ鏡をのぞけば、あなたの姿も僕の姿も、すっかり見られてしまうんです。見られたら最後、僕たちは殺されてしまいます。さあ、ぐずぐずしないで一刻も早く、ここを逃げて下さい」
 帆村は一生懸命に、小浜兵曹長に脱走することをすすめました。
「そうか。そういうことなら、残念ながら、ひとまずここを逃げよう。どっちへ逃げるのかね」
 小浜兵曹長は、おさまらぬ胸をやっとおさえました。
「わかってくれましたね。さあ、こっちへついて来て下さい」
 帆村は、持って来た綱を、くるくるとまき、束にすると、それを肩にかついで、先に立ちました。横穴はかなり長く向こうへつづいています。
 帆村と小浜の両人は、膝(ひざ)がしらが痛んで腫れあがるほど、一生けんめいに匐いました。
 横穴はいくたびも曲りましたが、やがてついに尽きて、その代りにぽっかり洞穴に出ました。小浜兵曹長は、やっと腰をのばして、やれやれと背のびをしました。かなり広い洞穴です。じめじめしているのは、やはり海近いことをものがたっているのだと思われました。帆村は先に立って、岩をしきりに押しています。

     3

 帆村は、しきりに岩を押していましたが、そのうちに、ぽっかり穴があきました。とたんに、黄いろい光がすうっとはいってきました。
「小浜さん。ここが海底牢獄の秘密の出入口なのです。さあここから出ていきましょう」
「やあ、まるで冒険小説をよんでいるような気がするなあ。さあ、君のいくところへなら、どこへでもついていくよ」
「ええ、あまり大きな声をしないで、ついてきてください」
 二人は秘密の出入口を出ました。外は明かるいお月夜でありました。くもりない濃い紺色の夜空には、銀のお盆のように光ったまんまるい月があがっていました。
「ああ、いい月だ。白骨島にも、こんなにうつくしい月が、光をなげかけるのかなあ」
 今までは、どこまでも強いばかりの小浜兵曹長だとばかり思っていましたのに、彼は月をみてこんなやさしいことをいいました。本当の勇士は、強いばかりではなく、また一面には、このようにやさしい気持をもっているものです。
 帆村の方は、そんなゆっくりした気持になれません。もしこんなことをしていることを怪塔王や見張番にみつかっては、それっきりです。ですから、兵曹長をはやくはやくとせきたてて、すぐ前を走っている塹壕(ざんごう)のような凹(へこ)んだ道を、先にたってかけだしました。
「どこへいくのかね」
 小浜兵曹長も、おくれてはならぬと帆村のあとを追って、どんどんついていきました。
 凹んだ道は、かなり曲り曲って、小高い丘の方へつづいていましたが、そこをのぼりきったところに、小さい煉瓦建(れんがだて)の番小屋のようなものがありました。
「さあ、ここへはいってください」
 帆村にせきたてられて、兵曹長が中にはいってみますと、室内は四畳半ぐらいのひろさで、中には藁(わら)が山のように積んでありました。


   見張小屋の朝



     1

 小さい煉瓦建の番小屋――その中に山のように積んである藁!
「ああ、これはなかなかいい寝床がある」
 小浜兵曹長は、子供のように無邪気に藁の山へかけあがりました。
 このとき帆村は、
「では、小浜さん。だいぶん時間がたちましたから、私は怪塔ロケットへ一たん戻ります。今夜ふけてから、あらためてもう一度まいります。それまで、ここにかくれていてください」
「すぐ訊きたいこともあるんだが、あとからにするか。ではきっと、後から来てくれたまえよ、いいかね」
 小浜兵曹長は、帆村をかえしたくはなかったけれど、やむをえず、かえしました。そのあとで、彼は藁の上に大の字になって、のびのびと寝ました。よほど疲れていたのでありましょう。まもなく彼はぐっすりと寝こんでしまいました。
 やがて兵曹長が目をさましたときには、あたりはすっかり明けはなれ、明かるい日光が窓からすうっとさしこんでいました。
「あっ、とうとう夜が明けちまった。はてな、昨夜来るといった帆村探偵は、ついに顔を見せなかった。彼は一体どうしたのだろう」
 あんなに約束していった帆村が、ついに昨夜やってこなかったということは、兵曹長を不安にしました。ひょっとすると、帆村は昨夜海底牢獄から自分をすくいだしたことを怪塔王にかぎつけられ、そのためにひどい目にあっているのではないかしらんなどと心配しました。
 小浜兵曹長は、藁の上からおりて、いつもやりなれている徒手体操をはじめました。連日の奮闘で、体のふしぶしがいたくてたまりません。しかし体操をなんべんかくりかえしているうちに、だんだんなおってきたようです。それがおわると、兵曹長はふかく注意をしながら、そっと窓のところへ寄りました。
 そのとき彼の眼は「おやっ」と異様な光をおびました。

     2

 この見張小屋は、小高い丘のうえの岩かげに立っていました。そこからは、この島の怪塔ロケットの根拠地が、一目に見おろせました。
 おそろしい白骨島ではありましたが、朝の風景は、たいへんきれいでありました。目の下の広場に林のように立ちならぶ怪塔ロケットは、全身に朝日を浴(あ)びて銀色にかがやき、いまにもさっと飛びだしそうに、天空を睨(にら)んでいました。
 その広場に、ただ一人ぶらぶら歩いている人影がありました。なにか落しものでもしたと見え、背をまるくまげ、しきりに地上をさがしている様子です。なお見ていますと、その人は、深しものをしながら、だんだんこちらへ近づいてくるのでした。
「あの男は、なにを探して[#「探して」は底本では「深して」]いるのだろうか」
 小浜兵曹長は、たいへん興味をおぼえ、なおも窓のかげから、その男の行動をじっと見守っていました。
 その男はだんだん丘の方へ近づいてきます。
 そのうちに、男はふと顔をあげました。小浜兵曹長は、そのときはじめて男の顔を正面から見ることができました。
 その瞬間、兵曹長はおもわず、
「あっ、あれは怪塔王だ!」
 と叫んで、拳をにぎりました。
「たしかに怪塔王だ。あんな妙な顔をしている人間は、二人とないからな」
 それからというものは、兵曹長は、前よりも熱心にこっちへ近づいてくる男の行動をじっと見つめていました。そのうちに兵曹長は唇(くちびる)を一の字に曲げ、
「そうだ。よし、これから出かけていって、怪塔王をつかまえてやろう、あいつはまだ俺がここにいることに気がついていないようだから。うむ、こいつは面白くなった」
 と、兵曹長は自分の腕を叩いて、にっこり笑いました。

     3

 小浜兵曹長がかくれていた丘の上の見張小屋の方へ近づいてくる人影が、意外にも怪塔王らしいとわかって、兵曹長は、小屋をとびだしました。
(うまく怪塔王のうしろへ出ることができれば、ちょっとした格闘のすえ、怪塔王を捕えることができるはずだ。怪塔王さえ捕えてしまえば、いくら怪塔ロケットがあったとしても、またこの白骨島に根拠地があったとしても、怪塔王たちは俺に降参するよりほかあるまい。うん、これはじつにすばらしい考えだ。よし、怪塔王を捕えてしまえ)
 小浜兵曹長の胸は怪塔王を生けどりにした後のうれしさで、わくわくいたしました。
 彼は見張小屋を後にし、岩の間をつたわって、だんだん山をおりていきました。
 ときどき岩かどから、怪塔王の様子をうかがいましたが、どうやら怪塔王はまだこっちに気がついていないらしく、しきりに地面をさがしていました。
(よしよし、この調子なら、いましばらくは、きっと気がつかないことだろう。さあ早く怪塔王のうしろに廻ろう)
 小浜兵曹長の追跡は、いよいよ熱をくわえて来ました。こんなことは軍艦の帆桁(ほげた)から下りるより、ずっとやさしいことでした。
 だが、兵曹長はすこしやりすぎてはいないでしょうか。帆村探偵は、兵曹長が怪塔王の仲間に見られることをたいへんおそれていたのに、兵曹長は大胆にも小屋を出て、怪塔王を追いかけているのですから、ちとらんぼうのようにも思われます。
 そのうちに、小浜兵曹長はついにうまく怪塔王のうしろに出ました。怪塔王は、なにも知らないで、まだ地面をさがしています。こうなれば、怪塔王は小浜兵曹長の手の中にあるようなものです。
「やっ!」
 小浜兵曹長は、掛声もろとも、怪塔王のうしろからとびつきました。


   大格闘



     1

「この野郎!」
 小浜兵曹長は、怪塔王の背後からとびついて、砂原の上におさえつけました。
「ううーっ」
 怪塔王は、大力をふるって下からはねのけようとします。
 そうはさせないぞと、兵曹長は怪塔王の首を締(し)めるつもりで、右腕をすばやく相手ののどにまわしましたが、その時怪塔王にがぶりと咬(か)みつかれました。
「あいててて」
 犬のように咬みつかれたので、小浜兵曹長は、おもわず力をぬきました。
 すると怪塔王の腰が、鋼(はがね)の板のようにつよくはねかえり、あっという間もなく、兵曹長はどーんと砂原の上に、もんどりうって投げだされました。
「しまった」
 兵曹長も、さる者です。砂原の上にたたきつけられるが早いか、すっくと立ちあがりました。そして踵(くびす)をかえすと、弾丸のように、怪塔王の胸もと目がけてとびつきました。
「なにを!」
「うーむ」
 小浜兵曹長と怪塔王とは、たがいに真正面から組みつき、まるで横綱と大関の相撲(すもう)のようになりました。
 小浜兵曹長は力自慢でしたが、怪塔王もたいへんに強いので、油断はなりません。
 えいえいともみあっているうちに、兵曹長は得意の投(なげ)の手をかける隙をみつけました。ここぞとばかり、
「えい!」
 と大喝一声、怪塔王の大きい体を砂原の上にどーんとなげだしました。
 怪塔王は、俵を転がすように、ごろごろと転がっていましたが、やっと砂原の上に起きなおったところをみると、いつの間にか右手に、妙な形のピストル様のものを持っていました。兵曹長は、はっと立ちすくみました。

     2

「さあ、寄ってみろ。撃つぞ」
 怪塔王は、砂原の上に、妙な形のピストルを手にして、小浜兵曹長の胸もとを狙っています。
 これには、勇敢な兵曹長もちょっとひるみました。怪塔王の手にある妙な形のピストルは、このままではどうしても小浜兵曹長の胸を射ぬきそうです。
 小浜兵曹長は、じっと怪塔王を睨んで立っていました。
 兵曹長の息づかいは、だんだんとあらくなって来ます。額から頬にかけて、ねっとりした汗がたらたらと流れて来ます。
「うぬ!」
 とつぜん、兵曹長の体は、砂原の上に転がりました。ごろごろっと転がって、怪塔王の足もとを襲いました。
 そうなると、怪塔王のピストルのさきは、どこに向けたがいいのかわかりません。
 だだーん、だだーん。
 はげしい銃声がしました。砂が白くまきあがりました。
「こいつめ!」
 いつの間にか、兵曹長は砂原の上に立ちあがっていました。
 ピストルをもった怪塔王の右手に手がかかると、一本背負いなげで怪塔王の体を水車のようになげとばしました。
「ううむ」
 小浜兵曹長は、呻(うな)る怪塔王に馬のりとなりました。妙な形のピストルは、兵曹長の靴にぽーんと蹴られ、はるか向こうの岩かげにとんでいってしまいました。
「さあ、どうだ。うごけるなら、うごいてみろ」
 怪塔王は、帯革でもって後手(うしろで)にしばられてしまいました。怪塔王は、すっかり元気がなくなって砂上にすわりこんでしまいました。
「とうとう怪塔王を生けどったぞ! 怪塔王て、弱いのだなあ」
 小浜兵曹長は、両手をあげて、声高らかに万歳をとなえました。

     3

 怪塔王は捕えられてしまいました。
 小浜兵曹長は、大手柄をたてました。天にものぼるような喜びです。
 縛られてしまえば、あんがいに弱い怪塔王です。
 小浜兵曹長は、このとき怪塔王をひったてて塔のなかにはいり、ロケットを占領してしまおうと考えました。
 怪塔王も捕え、怪塔ロケットも占領してしまうとなると、これはまたたいへんな大々手柄です。いさみにいさみ、はりきりにはりきった小浜兵曹長は、
「さあ、歩け!」
 と、怪塔王をひったてました。
 怪塔王は、おそろしい形相(ぎょうそう)をして、小浜兵曹長をにらむばかりで、なにも口をきかなくなってしまいました。
 すぐ近くに見える怪塔ロケットは、舵機(だき)を修理したらしいところ、また機体のところにペンキのぬりかえられているところから見て、これが例の、青江三空曹の生命をうばった恨みの怪塔ロケットであると思われました。だから、これが数多いロケット隊の司令機みたいなものでありましょう、兵曹長は、まずこれを占領するのが一番いいことだと思ったので、怪塔王をひったてて入口へさしかかりました。
 ロケットの入口は、開いていました。
 そのとき、中から、四五人の黒人や、ルパシカを着た東洋人らしい男が出て来ましたが、兵曹長を見ると、びっくりした様子で、腰のピストルをとりだそうといたしました。
「待て」
 と、兵曹長は声をかけました。
「撃つのはいいが、撃てばその前に、俺はこの怪塔王の生命を取ってしまうがいいか」
 といって、お先まわりをして、怪塔王から奪ったピストルをさしむけました。
 これを見て、敵どもは二度びっくりです。怪塔王の生命は、兵曹長にしっかり握られているのです。うっかり撃てません。

     4

「さあどうだ。撃ちたくても、これでは撃てないだろう。この辺で、おとなしくお前たちも降参したがいいぞ」
 小浜兵曹長は、大音声をはりあげて、叫びました。兵曹長は、この大きな声が、帆村探偵に通じるであろうと思いました。もし通ずれば、彼はすぐさまここへ飛ぶようにして出てくるであろうし、そして、どんなにか喜ぶだろうと思ったのでありました。
 だが、どうしたものか、帆村探偵の姿は一向現れてまいりません。
(帆村探偵は、どうしたんだろうか?)
 兵曹長は一向合点(がてん)がいきませんでした。
 しかし、ぐずぐずしてはいられないので、彼は縛ってある怪塔王と、降参したその手下どもをうながして、とうとう怪塔ロケットのなかにはいりました。
 それは、間髪(かんぱつ)をいれない瞬間の出来事でありました。
 とつぜん、怪塔ロケットの入口の扉が、ばたんとしまりました。
「あっ――」
 と兵曹長がさけんだときは、もう扉がしまった後でありました。
 怪塔王も、手下も、兵曹長のために自由をうばわれ、勝手に身うごきもできない有様になっていたので、兵曹長はすっかり安心しきっていましたが、どうしたことでしょうか。いや、そのとき、何者とも知れず、ロケットの扉のかげに隠れていた者があって、兵曹長が中にはいったとみるより早く、扉をぱたんと閉めたのです。
「こらっ、誰だ。変な真似をするとゆるさないぞ。貴様たちは、俺が怪塔王の命を握っていて、生かそうと、殺そうと、どうでもなるということを知らないのか」
 とどなりました。
 すると、そのとき、
「あっはっはっはっ」と、無遠慮に大きな声で笑う者がありました。

     5

「誰だ。大声をあげて笑うのは。お前たちの頼みに思う怪塔王は、こうして今、俺の傍に生捕(いけどり)になっているんだぞ」
 小浜兵曹長は、たしなめるように、大きな笑い声の主へ、注意をあたえました。
「あっはっはっはっ」
 と、その声は、またおかしくてたまらないといった風に笑い、
「なにを大きなことをいっているか。貴様はそこに怪塔王を捕えているつもりで、よろこんでいるのだろう」
「なにをいっているか」
 兵曹長はどなりかえしました。
「貴様こそ、なにをいっているか、だ。貴様の捕えているのが、怪塔王か怪塔王でないか、そのお面をとってみれば、すぐわかるだろう。あっはっはっはっはっ」
「ええっ――」
 お面を取れといわれて、兵曹長はびっくりしました。そしてやっと或(ある)ことに気がつきました。
 こうなっては、早く本当のことを知らねばなりません。兵曹長は、生捕にした怪塔王の顔を見つめました。見ていますと、別にお面をかぶっているようにも見えませんでしたが、念のためと思って、怪塔王の顔に手をかけ、えいと引張ってみると、顔の皮は何の苦もなくずるずると剥(む)けました。
「あっ、マスクだったのか」
 一皮剥けて、その下から出てきたのは、変な目つきをした黒人の顔でありました。
 黒人の怪塔王?
 兵曹長は、これをどう考えたらいいか、あまりのことに迷っていますと、また天井から大きな声で、
「あっはっはっはっ。どうだ。やっとわかったか。贋物(にせもの)の怪塔王の仮面がやっとはげたんだ。そのような怪塔王でよかったら、あと幾人でも見せてやるわ」
 天井裏からおかしそうに響いてくる無遠慮な笑い声は、たしかに怪塔王にちがいありません。

     6

「どうだ、小浜兵曹長。その辺で降参したらどうだ。もうなにごとも、貴様にのみこめたはずだ。貴様の脱獄したことがわかったので、こっちは計略で貴様をうまく怪塔のなかにひっぱりこんだというわけさ。あっはっはっはっ」
 怪塔王はますます笑います。小浜兵曹長はうまく、怪塔王にひっかけられたことが、やっと呑(の)みこめました。
 目をあげて、まわりを見まわしますと、いつの間に出て来たのか、いかめしい武装をした黒人が十四五人も、銃口をずらりと兵曹長へ向けてとりまいていました。
(もう駄目だ!)
 兵曹長は、腸(はらわた)がちぎれるかと思うばかり、無念でたまりませんでした。しかしこうなっては、どうすることもできません。ですから、持っていたピストルもなにもその場へ放りだして、腕組をしました。
「そうだ。そういう風に、おとなしくして貰わにゃならない。いい覚悟だ。おい皆の者、この軍人さんを逆さに縛って、しばらく例のところへ入れておけ」
 怪塔王の命令で、兵曹長は無念にも、胴中を太い綱でぐるぐる巻にされ、再びロケットの外につれだされました。
 やがて目かくしをされ、大勢にかつがれ、またもや例の海底牢獄のなかに、どーんと放りこまれてしまいました。こんどは胴と両手とを綱でぐるぐる巻にされたままですから、とてもこの前のように体の自由がききません。
 兵曹長は、この海底牢獄で幾日も幾日もくらしました。
 帆村がまた助けに来てくれるかもしれないと心待ちに待っていましたが、いつまでたっても、再び彼の姿も声も、兵曹長の前には現れませんでした。

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