怪塔王
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著者名:海野十三 

「そうか、真西から北へ十度かたむいているというと――日立鉱山のあたりか、勿来関のあいだとなるね」
「はい、線をひいてみますと、こうなりますから――」
 と、兵曹長は、太平洋上から青い鉛筆で線をつけだして、それをずっと西へひっぱっていった。そうするとさっきひいた赤線と、いまひいた青線とが交ったその地点こそ、勿来関!

     4

 方向探知器というものは、たいへん重宝(ちょうほう)な機械でありました。怪塔のかくれている地点から発射するよわい電波を、九十九里浜にいる軍艦淡路と、太平洋を航行中の駆逐艦太刀風との両方から方向を測って、その地点は勿来関だとちゃんといいあてることができるのですから、じつにすぐれた機械だといわなければなりません。わが日本には、世界にじまんをしていいほどのりっぱな方向探知器があるのは、気づよいことです。
 塩田大尉の顔は、さすがによろこびの色にあふれて、小浜兵曹長の手をかたくにぎり、
「方向探知器の方が、大利根博士よりもえらい手柄をたててしまったぞ」
「はあ、そうでありますか」
「なぜといって、大利根博士は怪塔ロケットがどこへ行ったかしらべるのは、なかなかだといっておられた」
「はあ、では大利根博士に、怪塔の行方がわかったと知らせますか」
「そうだね」
 といって、大尉はしばらく考えていましたが、
「まあ知らせないでおこう。すこし思うところもあるから」
 と、意味ありげなことをいいました。
 それはそれとして、あのよわよわしい怪電波は、果して怪塔から出ているのでありましょうか。それならば、誰があの信号を出しているのでしょうか。
 怪塔にとじこめられていた帆村探偵と一彦少年とは、いまどうしているのでしょうか。
 それはともかく、塩田大尉は、小浜兵曹長のもってきた怪電波のでている地点のしらべを、一切、艦隊旗艦にしらせました。
 司令長官はこのことを聞かれると、すぐさま勿来関へむけて、偵察機隊をむけるよう命令をだしました。
 塩田大尉や小浜兵曹長も、その人数のなかに加ることになり、九十九里浜にさよならをすることになりましたので、ミチ子を軍艦にまねいてお別れの言葉をのべ、一彦や帆村をたすけだすことをちかいました。


   偵察機出発



     1

 怪塔王がかくれているところは、勿来関の近所らしいという見当をつけ、わが塩田大尉や小浜兵曹長は、ミチ子にさよならをして、偵察機の上にのりこみました。
 偵察機隊は、すぐ空中にとびあがりました。翼をそろえてまっすぐに、北へ北へとんでいきます。九十九里浜は、まもなく目にはいらぬほど小さくなってしまいました。
「塩田大尉、平磯(ひらいそ)基地からも、爆撃機六機が勿来関へむけて出かけたと報告がありました」
 と、機上の無電機をあやつっていた小浜兵曹長が伝声管のなかから大尉に知らせて来ました。
「うむ、そうか」
 いよいよ怪塔王を征伐することになったのです。しかし怪塔王はそんなにやすやすと退治されるでしょうか。
 しばらくして塩田大尉は、
「おい、小浜兵曹長、そののち怪塔からの無電は、なにかはっきりしたことをいって来ないか」
 すると伝声管のなかから小浜のこえで、
「軍艦淡路を出てからこっち、あの怪電波はすこしもはいりません。ただいまも、一生懸命にさがしているところであります」
 と言って来ました。
「そうか、無電を打ってこないとは心配だ。空中へのぼれば、無電は一層大きくきこえるわけだから、むこうで無電を出せば、きこえない筈はないのだ」
 と、そう言っているうちに、とつぜん小浜兵曹長が、おどろいたようなこえをあげ、
「あっ塩田大尉、はいりました、はいりました。たしかに例の怪電波です。たいへん大きくきこえます。こんどは符号もよみとれそうです」
「それはすてきだ。しっかり無電をうけろ」
 さて怪塔からの無電は、どんな意味のことを放送しているのでしょうか。塩田大尉は胸をおどらせて、小浜兵曹長の報告を待っていました。

     2

 機上に、ふたたびきこえはじめた怪電波をじっときき入るのは、小浜兵曹長でありました。
 ト、ト、ト、ツート。
 ト、ト、ト、ツート。
「ふむ、分るぞ分るぞ」
 と、兵曹長は片手で受話器を耳の方におさえつけ、一字ものがすまいと、まちかまえていました。
 すると、いよいよ怪電波は、通信文をつづりはじめました。
 さあ、なにをいってくるのか?
「――カイトウオウトワボクセヨ、ホムラ」
 電文は、「怪塔王と和睦せよ、帆村」というのであります。小浜はまったく意外な電文だとはおもいましたが、すぐそのまま塩田大尉のもとに報告いたしました。
 おどろいたのは塩田大尉です。
「なんだ、怪塔王と和睦せよ――というのか。帆村荘六は気が変になったか。それともこれは怪塔王のにせ電文かもしれない」
 帝国海軍の最大主力艦であるところの、軍艦淡路をめちゃくちゃに壊した乱暴者の怪塔王を、どうしてゆるせましょう。その怪塔王と仲なおりをしなさいという帆村探偵の電文は、どう考えても腑(ふ)におちません。
 帆村探偵はとうとう怪塔王のために捕虜となり、そしてむりじいにこんな電文をうたせられたのではないでしょうか。
「おい小浜兵曹長。いまの無電は、この前軍艦淡路できいたのと、同じ無電機でうってきたのだろうか」
「はい、同じものだとおもいます。音は大きくなりましたが、向こうの機械は、よほどあやしい機械とみえまして、音がふらふらよっぱらいのようにふらついてきこえます」
「ふん、まるで上陸した夜の、貴様の足どりみたいだな」
 と、塩田大尉はおどろきの中にも、勇士のおちつきをみせて、からかえば、
「いや、どうも」
 と、兵曹長は頭をかきました。

     3

 機上の塩田大尉は腕ぐみして、「怪塔王と和睦をしろ」という無電を、一体誰が出したかと思案中です。
「すると、やっぱりこれは帆村探偵が出している無電にちがいない。怪塔王が、怪塔にそなえつけの無電機をつかって、電文を打って来るのなら、こんな貧弱なそしてふらふらした、無電ではない」
 帆村が怪塔王に降参した、としか思えないのでありました。
 そのとき、平磯基地をとびだした爆撃機隊から、連絡無電がはいってきました。
「本隊は、高度三千メートルをとりて、鹿島灘上に待機中なり、貴官の命令あり次第、ただちに爆撃行動にうつる用意あり、隊長松風(まつかぜ)大尉」
 爆撃機隊は、海上三千メートルのところをぶらぶらとんでいて、塩田大尉が命令を出しさえすれば、すぐにどこでも爆撃するという電文です。いよいよおそろしい空からの爆撃戦が用意せられました。
 それでは、どこを爆撃するか。怪塔のあるところを早くみつけねばなりません。塩田大尉は水戸の上空にかかったとき、全隊にそれぞれ偵察コースを知らせ、これからばらばらにちらばって、地上にかくれている怪塔をさがすことになりました。さあ、手柄をあらわすのは、どの偵察機でありましょうか。
 午後四時十分!
 待ちに待った「怪塔が見えた!」の電文が一機から発せられました。それっというので、塩田大尉ののっている機も、その方へ急いで向かっていきました。小浜兵曹長は、「怪塔が見えた!」のしらせをうけると、自分が見つけそこなったのをたいへん残念に思いました。この上はというので、望遠鏡を地上に向けて、怪塔のすがたを早く見ようと一生懸命です。
 それは勿来関よりすこし西にいき、山口炭坑と茨城炭坑の間ぐらいの山中に、なんだか五十銭銀貨を一枚落したような、まるいものが見えました。

     4

「あっ、あれだ」
「そうだ、怪塔が見える」
 偵察機上の塩田大尉も小浜兵曹長も、思わず席からからだをのりだしました。
「爆撃機隊へ連絡!」
 大尉が叫んだので、通信員はすぐさま無電装置のスイッチを入れ爆撃機隊の司令をよびだしました。
「はい、爆撃機司令です」
 塩田大尉は、マイクを手にとって、眼下に見える怪塔のありさまを知らせました。そしてすぐさま爆撃をするように頼んだのでありました。
「承知しました。すぐ全機で急行いたします」
「頼みましたよ」
 それからものの十分とたたないうちに、東の空から爆撃機隊の翼がみえてまいりました。両隊の無電は、しきりに連絡をはじめました。そのうちに打合わせは、すっかりすみました。
 爆撃機体は二隊にわかれ、いずれも四千メートルの高度をとり、怪塔の上にしずかにすすんでいきます。
 塩田大尉も、小浜兵曹長も、偵察機の上からかたずをのんで、その行動を見守っています。
 そのうちに先にとんでいる爆撃機隊の編隊長機がまず機首をぐっと下げました。あとの僚機(りょうき)もそれにならって、順番に機首を下にしました。急降下爆撃です。
 機体の胴中から、まっくろいものが五つ六つ、ぱっと放りだされました。爆弾です。
 爆弾は仲よく一しょにかたまって、ぐんぐん下におちていきます。
 第二番機の爆弾群が、またあとをおいかけて、ぐんぐん地上の怪塔に追っていきます。
 さあどうなるのでしょう。あと数秒で、いよいよ土をふきとばし、黒煙が天にまきあがる大爆発がおこる――と思っていましたが、ところが実際は、そうなりませんでした。まことに不思議、いつまでも爆発がおこりません。

     5

 怪塔の中には、「怪塔王と和睦せよ」という無電をうった帆村荘六もいるはずですし、一彦少年も一しょのはずです。それにもかかわらず爆弾を怪塔の上に落すのは、まことに気のすすまないことでしたが、帝国海軍に仇(あだ)をなす怪塔は、たとえ一日でも、一時間でもそのままにしておけませんから、それゆえ塩田大尉は、涙をふるって爆撃隊に爆弾を落すよう命じたのでありました。
 その爆弾が、下にぐんぐんおちていったきりで、そのまま音沙汰(おとさた)なしになってしまったものですから、爆撃員はすっかり面くらってしまいました。
「爆弾を投下したが、爆発しない!」
 と、妙な電文が、塩田大尉のところにとどきました。
「爆弾を投下したが、爆発しない――というのか。そんなばかなことがあってたまるか。なあ小浜兵曹長」
「はあ、わからんでありますな。爆弾が昼寝をしているわけでもありますまい」
 爆撃機六機の落した爆弾は、ことごとく不発におわりました。一体どうしたというのでしょう。
 塩田大尉は、偵察機を急降下させて、地上の様子をさぐろうと決心いたしました。
「急降下、高度百メートル附近! 南北の方向に怪塔を偵察」
 そういう命令を出しますと、偵察機はただちに、獲物をめがけてとびおりる鷹(たか)のように地上めがけてまいおりていきました。
 塩田大尉は、双眼鏡をとってしきりに、怪塔のあたりを見ています。
 そのとき大尉は、小首をかしげ、
「ああっ、あれはなんだろう。おい、小浜あそこを見ろ」
「どこです。塔の上ですか」
 二人の双眼鏡の底には、一体どんな不思議な光景がうつったでありましょうか。

     6

 低空におりた偵察機上にあって、塩田大尉と小浜兵曹長の見たものは、怪塔がへんな傘(かさ)をきていることでありました。
 へんな傘とは、どんな形のものであったでしょうか。それは塔の頂上から五六メートル上に、不発の爆弾がたくさん同じ平面上にならんでいるのがちょうど傘をかぶったように見えるのです。
「これは不思議だ。上からおとした爆弾が、下におちないで、あのように宙ぶらりんになっている。一体どういうわけかしらん」
「塩田大尉、まるで魔術みたいですな。こいつはおどろいた」
 と、小浜兵曹長もすっかり面くらっております。
 塩田大尉は腕をこまねいて考えこんでいましたがやがてうむと大きくうなずき、
「小浜、怪塔を機銃でうってみよう。偵察機全機でうちまくってみるんだ。命令を出せ」
 大尉は機銃射撃を決心いたしました。
 命令はすぐ発せられました。
 塩田大尉ののっている司令機のうしろについていた五機の操縦士は、前門の機銃の引金をいつでも引けるように用意をして、あとの命令をまちました。
 そのうちに、
「怪塔を射撃用意! 目標は三階の窓、塔のまわりをとびながら、射撃せよ。撃ちかたはじめ!」
 命令が下るがはやいか、だんだんだんだんだん、どんどんどんどんと、さかんな射撃をあびせかけること一分あまり。
「撃ちかた、やめ!」
 で、射撃はぴたりと、とまりました。
 どうも不思議です。怪塔の窓にはたしかに板ガラスが入っているのでしょうに、すこしもこわれません。怪塔の外壁に弾丸(たま)があたれば、煙みたいなものが出るはずだが、それも見えませんでした。
 さすがの塩田大尉もいらいらしながら、塔の方をじろじろながめています。すると、――

     7

 塩田大尉の命令で、六機の偵察機は怪塔のまわりをぐるぐるまわりながら、はげしく機関銃をうちはじめました。
 もちろん、怪塔をねらって機関銃をうっているのですけれども、どうしたことか、弾丸はすこしも怪塔にあたりません。
「これは変だぞ」
 と、怪塔王のあやしい力をしらないうち手は、小首をかしげました。
 弾丸はどこへいったのでしょうか。
 このとき誰か塔のちかくによって、よく見たといたしますと、弾丸は、塔の壁から一二メートル外側のなんにもない宙に、ごまをふったように、じつと停っているのが見えたことでしょう。
 塩田大尉は、機上から双眼鏡の焦点をしきりにあわせていましたが、このように、弾丸の壁ができているのをみてとると、にっこりとわらいました。
「よし、これでよし」
「塩田大尉、なにがよいというのですか」
 と、小浜兵曹長がたずねました。
「うむ、つまり怪塔のまわりを爆弾と弾丸とですっかり囲んでしまったのだ。ねえ、そうだろう。上からおとした爆弾は、塔の屋上から何メートルか上に傘をさしたようにならんでいて、それから下におちてはこないし、また今うった弾丸は、怪塔のまわりに弾丸の壁をつくってしまった。だから怪塔は爆弾と弾丸とに囲まれてしまったのだ。こうなれば、怪塔の上から檻(おり)をかぶせたようなものさ。怪塔がとびだそうと思っても、爆弾や弾丸が邪魔になって、とびだせない。どうだ、うまくいったろう」
 塩田大尉は、たいへんうれしそうに見えました。
 しかし皆さん、塩田大尉の考えはまちがっていないでしょうか。怪塔は、はたして檻の中の鷲(わし)のようになったでしょうか。なにしろ相手は鉄片をそばによせつけないという、不思議な力のある怪塔ですぞ。


   怪塔王のさがしもの



     1

 怪塔王は、塔の三階の室内を、あっちへはしりこっちへかけだし、そして机のひきだしをあけたり、蒲団(ふとん)をまくったりして、しきりになにかを探していました。
「ないぞ、ないぞ。どこへいったのだろうか」
 怪塔王が顔をあげたところをみますと、きょうはどうしたわけか、頭の上からすっぽりとくろい風呂敷(ふろしき)のようなものをかぶっています。つまり顔を、くろい風呂敷で包んでいるのです。怪しい怪塔王は、いよいよもって怪しいことになりました。
「ないぞ、ないぞ。一体どこへいった」
 と、怪塔王は、きょろきょろあたりをふりかえってみました。
「やっぱりない。変だなあ」
 怪塔のまわりは爆弾と銃丸とですっかり囲まれてしまっているのに、彼は一向(いっこう)そんなことには心配しないで、なにかしら「ないぞ、ないぞ」といってくろい風呂敷を頭からかぶってさわいでいるのでありました。なにかたいへんなことが起ったらしいのです。
 そのとき、電話の呼びだしのベルが、けたたましくなりだしました。しかし怪塔王は、そんなことに、見向きもしません。
 また、室内の配電盤の上には、赤い「注意」灯がしきりについたりきえたりして、怪塔王に或(ある)ことを「注意」しているのですが、これにも怪塔王はみむきもしません。一体怪塔王は、なにをそんなにあわてているのでしょうか。
 その一階下は、つまり怪塔の二階で、ここは械械室でありました。いろいろなわけのわからない、こみいった機械がならんでいましたが、その中に、郵便箱ほどの大きさの円筒が三個、はなればなれにたっていました。これはなんであるか今までよくわかりませんでしたが、ちょうどこのさわぎのとき、円筒のふたがぱくんとあいて、そこから三人の黒人がぴょこりと顔を出しました。

     2

 今まで怪塔の中には、怪塔王一人が住んでいるばかりだとおもっていましたが、怪塔の二階にある郵便箱ほどの円筒が三つ、いずれもその蓋(ふた)があいて、なかからおもいもかけない黒人の顔がとびだしてきました.帆村探偵や一彦がこれを見たらどんなにおどろくことでしょうか。
 円筒の中にはいっている黒人は、一体なに者でありましょうか。そしてその中で、なにをしていたのでありましょうか。
「おいジャン。先生はなにをしているのかなあ」
「うん、ケンよ。ベルがじゃんじゃん鳴って、危険をしらせているのにね」
 と二人の黒人が、心配そうにいえば、もう一人のポンという黒人が、
「塔がこわれてしまってはしようがない。じゃあ、うごかしてみるか」
 といいました。
 するとジャンとケンはびっくりして、大きな眼玉をくるくるとうごかし、
「だめだよ、だめだよ。先生がちゃんとさしずをしなければ、塔はうまくうごいてくれないよ」
「そうだ、ジャンのいうとおりだ。それよりも先生がなにをしているのか、それを早くしる方法はあるまいか」
「それはない。おれたちは、この円筒のなかにはいったきりで、外へ出ようにも鎖(くさり)でつながれているから、出られやしないじゃないか」
 こういう話を、さっきから階下へ通ずる階段の途中で、じっと聞いていた一人の人物がありました。
 彼は、もういいころと思ったのか、そっと階段をのぼりきって、黒人の前へいきなり顔を出しました。
 おどろいたのは黒人です。
「わっ、先生だ!」
 三階にいるはずの怪塔王が、なぜ階下からあがってきたのでしょう。

     3

 ジャン・ケン・ポンの三人の黒人は、大あわてです。さっそく円筒のなかに首をひっこめ、蓋をがたがたしめようとしますが、あわてているので、なかなかうまくしまりません。
「おい、こら。ちょっと待て」
 と、階下から来た怪塔王は言いました。
「へーい」
 三人の黒人は、蓋を頭の上にのせたまま、また首を出しました。
 そのとき黒人は、心のなかで、「おや!」と思いました。それは怪塔王が、へんな服を着ているからでありました。それはいやに長くすそをひいた、だぶだぶの外套(がいとう)みたいな服でありました。それは黒人たちが、はじめて見る服装でありました。
(先生は、へんな服を着ているぞ)
 と、三人が三人ともそう思いました。
「こら、お前たち。あの警報ベルがなっているのが聞えるだろうな」
「は、はーい」
「あれはお前たちも知っているとおり、この塔の一部がこわれたのを知らせているのだ」
「はい、はい」
「このままでは危険だから、塔をはやくうごかさにゃあぶない」
「はあ、そのとおりです。私どももさっきからそれを申していましたので……」
「じゃあ、すぐうごかせ。よく気をつけてうごかすんだぞ」
「先生、どっちへ塔をうごかしますか」
「うん、それは――」
 と怪塔王はちょっと考えて、
「そうだ、横須賀(よこすか)の軍港へ下りるように、この塔をとばしてくれ」
「へえ、横須賀軍港! それはあぶない」
 黒人は、横須賀軍港と聞いて、顔色をかえました。

     4

「横須賀の軍港とは、ワタクシおどろきます」
 と、円筒のなかの黒人は、大きなためいきとともに、怪塔王にあわれみを乞(こ)うように言いました。
 もう一人の黒人もふるえごえを出して、
「横須賀の軍港へこの塔をもっていくと、ワタクシたちまるでわざわざ虜(とりこ)になりにいくようなものです」
 のこりの黒人は、ただひとり元気よく、
「いや、そんなことはない。横須賀軍港であろうが何であろうが、わが塔のほこりとする磁力砲でたたかえば、軍港なんかめちゃめちゃだ。ワタクシ、心配しない。オマエたちも心配することはない」
 と胸をはって、さけびました。
「いや、なかなか心配ある。軍港には、大砲ばかりでない。日本水兵なかなかつよいよ。それが塔の中へはいってくる。磁力砲では人間をふせぎきれない」
「そのときは、殺人光線でもって水兵をやっつける」
「だめだめ。殺人光線は、かずが一つしかない。大ぜいの水兵がせめてくると、殺すのがなかなか間にあわぬ」
「いや、だめでない」
「いやいやだめだめ」
 黒人がさかんに言争っているのを、そばでは、アラビヤの王様が着ているような長いマントを着た怪塔王が、むずかしい顔をして聞いていましたが、
「お前たちは黙んなさい。わしの命令だ。さあはやく、横須賀へ飛ばせるんだ」
 と、手をふれば黒人は、怪塔王のけんまくにびっくりして、円筒のなかにくびをひっこめました。
 この黒人たちは、この怪塔の運転手でありました。怪塔王が特別に教えこんであるなかなか重宝な運転手です。いよいよ怪塔はまた飛びだすことになりましたが、そのとき天井にとりつけてある高声器が、とつぜんがあがあ鳴り出しました。

     5

 とつぜん頭の上で、があがあ鳴りだした高声器!
 三人の黒人は、またびっくり。
 しかし、もっとびっくりしたのは怪塔王でありました。彼はすばやく腰をかがめて、床のうえにおちていた木片をつかむがはやいか、天井の高声器めがけて、ぱっとなげつけました。
 その木片は、高声器にあたらないで、そのまま下におちました。
 このとき高声器の中から、しゃがれた声がとびだしました。
「こうら、ジャンにケンにポンよ。塔を横須賀の方へ飛ばしてはならんぞ。わしの命令だ。そむいた奴は、あとで魂(たましい)を火あぶりにするぞ」
 そう言う声は、怪塔王とそっくりでありました。
「おやおや、先生はそこに立っているのに、三階からも先生の声がするぞ」
 黒人は、びっくり仰天(ぎょうてん)です。
「こうら、はやく横須賀へやれ。わしのこの顔が見えないとでもいうのか」
 と、室内の怪塔王はどなります。
「へえへ、それでは横須賀へ――」
 と黒人は頭をさげながら、心の中に、
(はて、この先生の顔はどう見ても先生にちがいないが、言葉つきがすこしちがっているような気がするぞ。しかし先生と顔がおなじ人が二人あるとは思われない。なんだかこれはわからなくなったぞ)
 そう思っているところへ、頭の上から、
「こうら、ジャンにケンにポンよ。わしの声がわからないか。お前たちの前にいるのは、にせ者のわしだぞ。言うことを聞いてはいけない」
「えっ、それでは――」
 と、三人の黒人は目をくるくるさせて天井を見あげたり、室内の怪塔王の顔をながめたり。
「わしがここにいて、命令をしているのに、お前たちはなにをさわいでいるのか」
 と、室内の怪塔王は不機嫌です。

     6

 顔の怪塔王と声の怪塔王!
 塔の中に怪塔王が二人出来てしまいました。黒人はおおよわりです。なぜって、顔の怪塔王が横須賀へ飛べというのに、声の怪塔王は横須賀へ飛んではならないと命令するのです。一体どっちにしたがったものでしょうか。
 もし帆村探偵がそこに居合(いあ)わせたなら、どっちが本当の怪塔王かを言いあてたことでしょう。その帆村探偵はこの塔の中にいるはずですが、まだ姿をみせません。一彦少年も、どこになにをしていることやら。
「なにをぐずぐずしている。塔をはやく横須賀へ――」
「いや、横須賀へ飛ばせることはならんぞ」
 顔と声との両怪塔王のけんかです。
 このとき怪塔の外では、塩田大尉指揮の編隊機がいく度(たび)となく翼をひるがえして、猛襲してまいります。そして機銃は怪塔の窓をめがけて、どどどど、たんたんたんとはげしく銃火をあびせていきます。このものすごい勢(いきおい)は、黒人たちをおそれおののかせるに十分でした。
 三人の黒人は、ふるえながら、お互(たがい)に目くばせしていましたが、やがてなにかうちあわせができたものと見え、一せいに円筒の中に姿をかくし、蓋をとじてしまいました。
 すると、まもなくごうごうと機関がまわりはじめました。塔はがたがたとゆれます。配電盤のうえのたくさんのメーターは、一時に針をうごかしました。
 がんがんがん、ごうごうごう。
「横須賀へ飛ぶんだぞ」
「だめだ。太平洋の方へ飛べ」
 両怪塔王は、互にどなりあっていますが、その声はむなしく塔内にひびくだけです。怪塔は、どんとはげしいゆれかたをしたと思うと、矢よりもはやく、しゅうしゅうと白いガスをはきながら、空にむけて飛びだしました。あっあぶない。爆弾の傘が行手をさまたげているのに――


   大爆発



     1

 怪塔は、ついに勿来関の投錨地(とうびょうち)からぬけだし、大空むけてとびだしました。ここにふたたび怪塔ロケットとなって、飛行をすることになりましたが、怪塔の上には、わが爆撃隊が落していった爆弾が、傘のようなかっこうをして、塔の行手をじゃましていました。そこへ、塔がさっととびこんでいったものですから、さあたいへん。
 どどん、がらがらがら、がんがん。
 はげしい爆発です。あたりは、まっくろなけむりでおおわれ、まるで夕立雲がひとかたまりになって下りてきたようなありさまです。
 ぴかぴかぴか、ぴかぴかぴか。
 爆発の火か、それとも電(いなずま)か、いずれともわかりませんが、目もくらむような光がきらめき、そのものすごいことといったらありません。
 塩田大尉の指揮する十数機の飛行隊は、そのまわりをとびながら、このものすごいありさまをあれよあれよとみまもっています。さすがの怪塔も、そこで粉みじんにこわれてしまったのでしょうか。
 いやいや、そうではありませんでした。
 そのとき、夕立雲のかたまりのような黒煙の上部をつきやぶり、さっと天に向けてとびだした砲弾の化物のような巨体!
「ああ、怪塔ロケットが、あんなところからとびだした」
「うむ、怪塔ロケットだ。逃すな。それ、全速力で追撃!」
 塩田大尉は全機に一大命令を発しました。
 ああら不思議、怪塔ロケットは、傘のようにかたまっていたたくさんの爆弾の炸(さ)けとぶ中をすりぬけて、天空へまいあがったのです。みれば、怪塔ロケットには、どこにもこわれたところがありません。それもそのはず、怪塔ロケットは、前もって磁力砲をいっぱいにかけてとびだしたので、鉄でできている爆弾の破片なんかみんなふきとばされてしまったのです。

     2

 怪塔ロケットは爆弾の破片をふきとばし、ものすごい姿を夕焼雲のうえにあらわしました。お尻のところからは、しゅうしゅうとガスをはなっていますが、それが夕日に映(は)えて、あるときは白く、あるときは赤く、またあるときは黄いろになり、怪塔ロケットを一そうぶきみなものにしてみせました。
 塩田大尉は、偵察機隊をひきいて雲間をぬいつくぐりつ、怪塔ロケットのあとをおいかけました。
 小浜兵曹長は、大尉のかたわらにすりよって戦(たたかい)をはじめるのに都合のよいときをねらっています。
「おい小浜、わが機はもう全速力をだしているのだろうな」
「はい、塩田大尉、速力はもういっぱいだしております」
「そうか。はやく追いつかないと、夜になってしまう。すると、さがすのに面倒だ」
「は、こんどは何としても追いついて、体当りで撃墜したいものだと、私は考えております」
「うむ、俺も同感だ。俺はこっちの機体を怪塔ロケットの尾翼にぶっつけて、舵(かじ)をこわしてやろうと考えている。舵をうしなえば、いくら怪塔ロケットだって飛ぼうと思っても飛べないではないか」
「なるほど、それは名案ですな。よろしい、私はうんとがんばりますよ」
 塩田大尉はさすがに隊長だけあって、すぐれた考(かんがえ)をもっていました。しかし、相手の舵を体あたりでこわすのだと一口にいっても、じっさいこれをやるのはなかなかたいへんなことです。うまくいくでしょうか。
 怪塔ロケットは、急に頭を上にむけてぐんぐんと天にのぼっていきました。そうかと思うと、また急に舵をまげて南の方に走りだしました。するとまたこんどは急に上むいて、お尻をきりきりふりながら天にのぼっていきます。どこへとんでいくのか、一向(いっこう)にわかりません。まるでよっぱらいの足どりのようでありました。

     3

 怪塔が、よっぱらいの足どりのように、あっちへとび、こっちへとびしているのも、むりはないことでありました。なぜといって怪塔のなかでは、運転手の黒人が二人の怪塔王のめいめいにさけぶ、まるで反対の命令におびやかされて、あるときは天へ、またあるときは水平にと、めちゃくちゃにとびまわっているのでありました。
 そのうちにも怪塔はいつしか、太平洋の上に出ていました。
 夕焼の残りのひかりが、だんだんうすくなってきて、いまやあたりはとっぷり暮れようとしています。
 塩田大尉は、死力をつくして、空中の怪塔ロケットをおいました。怪塔ロケットがまごまごしているおかげで、塩田大尉機は、ようやくそのそばにちかづくことができました。
「もうすこしだ、がんばれ」
 塩田大尉は操縦員をしきりにはげましています。
「舵機(だき)をねらえ。こっちの車輪で、あの舵機を蹴(け)ちらせ」
 大尉のあとにしたがう各偵察機は、これも大尉の気もちをさとって、われこそ体当りで怪塔ロケットの舵をこわそうと、一生けんめいにおいかけています。
 そのうちに、塩田大尉機が待ちに待っていた機会がやってまいりました。それは、怪塔ロケットが上むきになったままガスをとめたので、ロケットはその重さでだんだん上昇速力がおちてきたのです。おそらくロケットは、やがてくるりと一転して下向きになるとともに、さっと水平に走りだすことでしょう。まるでインメルマン逆旋回みたいなわけです。
 ロケットが上昇速力をおとし、宙にとまりかけたところを、塩田大尉は見のがさず、
「今だ! 垂直旋回! 敵の舵機を払(はら)え!」
 と、大胆きわまる号令をかけました。

     4

 塩田大尉は、さすがにえらい軍人でありましたから、たいへんいいときに体あたりの命令を出しました。大尉の乗った偵察機は、垂直旋回のまま、怪塔ロケットの尾翼をねらって、みごとに「どぅん」とぶつかりました。
「ううむ、どうだ」
 必死のかくごで、ぶっつかったのです。飛行機の車輪でもって、怪塔ロケットの尾翼を蹴ちらしたのです。はげしい音と共に相手の尾翼はもぎとられ、火花のようなものがぴかりとひかりました。偵察機もまるでつきとばされたように、空中でもんどりうち、塩田大尉はじめ乗っていた者は、みなくらくらと目まいをもよおしました。
 でも、気丈夫(きじょうぶ)な操縦員はがんばって、傾いていた機をもとのようになおしました。ぐずぐずしていれば墜落したかも知れませんのを、あやういところでひきとめました。
「よろこんでください、機体は大丈夫です」
 と操縦員はさけびました。
 ゴムの車輪は、おもいのほか丈夫で、相手の尾翼をけとばしてへいきでありました。
 そのころ塩田大尉や小浜兵曹長はやっと目まいがなおり、目をひらくことができるようになりました。
「怪塔は、どこへいった」
「あれあれ、見えないぞ」
 二人は席からのりだして、上をみたり、下をみたり、
「あ、あそこにいる!」
 小浜兵曹長がみつけました。
「おおいたか。どこだ」
「あれです。あそこの夕やけ雲をつきぬけて下へおちていくのが見えます」
 小浜兵曹長のゆびさすところをみると、なるほど、怪塔ロケットは、その半面を夕日にてらされ、雲のかげに尾をひきながらおちていきます。そして機体はぶるんぶるんとへんに首をふっているのでありました。

     5

 塩田大尉は、またもや全機に命令を出して怪塔ロケットのあとを追わせました。
 全機は、それこそ隼(はやぶさ)のように猛然と怪塔ロケットのあとを追いましたが、相手はぶるんぶるんと首をふりながら、遂に海中にどぼんとおちてしまいました。
「あっ、怪塔ロケットが海の中にもぐりこんだぞ」
「いや、墜落したのだ。早くあの真上までいって見よ」
 どこかに飛去るかとおもわれた怪塔ロケットが、いきおいもついにおとろえたか、そのまま太平洋の波間にしずんでしまったものですから、塩田大尉以下はめんくらったかたちです。
 偵察機は、海面すれすれのところまでおりて、怪塔ロケットが見えるかどうかとさがしました。しかし黒い海は、どこにロケットをのみこんでしまったか、けろりとしていました。
 しかたなく塩田大尉は、全機をすこし遠方にひきはなし、海面ひろく警戒をするように命令しました。それは怪塔ロケットが、いつ波間からとび出してくるかもしれない、と思ったからでありました。
 しかし怪塔ロケットは、ついにふたたび姿を見せませんでした。
 そして暮れかかっていた空は、どんどん暗くなっていって、とうとうまっくらな夜になってしまいました。
 こうなっては、怪塔をさがすことができません。塩田大尉はざんねんにおもいましたが、やむを得ずあとのことを、折から全速力であつまってきた駆逐艦隊にまかせ、ついにそこをひきあげることにしました。
 怪塔ロケットはどこへいったのでしょうか。そして今はどんなになっているのでしょうか。怪塔王や帆村探偵は、なにをしているのでしょうか。いろいろの謎をつつんで、怪塔をのんだ黒い海面は、しずかに眠をつづけています。


   炭やき老人



     1

 太平洋の波間に姿を消してしまった怪塔ロケットは、その後もすこしも姿を見せませんでした。駆逐艦隊は昼間も夜間も、ずっと海上の警戒をとかず、もしや怪塔ロケットが波間から顔を出した時は、大砲でどぅんと撃ってやろうとおもって、いつも待ちかまえていましたが、相手はどこにかくれているか何の音さたもありませぬ。
 ここで話は、勿来関のちかくの山の中にうつります。
 炭やきのお爺(じい)さんが山の中で、気をうしなっている少年を見つけました。
 そういう深い山の中に、少年がやって来たのも不思議なら、また少年の服装や足を見ても、旅をしたらしいところが見えないのは不思議でありました。
 たすけおこして見ますと、少年は右足に怪我(けが)をしていました。
 さっそく傷の手当をしてやるやら、小屋へつれて行くやらして、炭やきのお爺さんはおもいがけない仕事にくるくると働きました。
 少年がやっと正気にかえったのは、それから三十分も後でした。
 少年は気づくと、お爺さんの顔を見てびっくりし、にげ出そうとしましたが、足がきかないので、そのままぱったり顔をわらむしろのうえにふせ、
「ああ、いたいいたい」
 とわめきながら、いたむ足を抱えました。
 この少年は、誰であったでしょうか。
 一彦少年です。みなさんよく御存じの一彦君なのでありました――一彦といえば、彼は怪塔の中にいたはずですのに、なぜこんな山の中にころがっていたのでしょうか。
「どうだ、そんなにいたいかね。男の子だ、がまんをして、がまんをして」
 と、お爺さんはしきりに一彦をいたわっています。一彦は、歯をくいしばりながら、
「お爺さん、町へ知らせるのには、どうするのが一等早いの」
 とたずねました。

     2

 傷ついている少年から、町へ使(つかい)を出すにはどうするのが一ばん早いかと、聞かれた炭やき爺さんは、少年の顔をつくづく見やりつつ、
「町へ使をだすといっても、そんなにいくとおりもやり方があるわけじゃない。わしがとことこ山をおりて行くよりほかに、別にかわった方法はないねえ」
 と答えたあとで、
「しかしお前さんは、どうしてこんなところへやって来たのかね。お前さんは一体誰だね」
 と、さも不審そうに、たずねました。
 少年は、傷がいたむとみえて、顔をしかめていましたが、やがて口をひらき、
「――僕のことかい。僕は一彦という名前なんだよ」
「なんじゃ、カズヒコというのか」
「そうだ、一彦だ。怪塔の中から逃げだしたんだ。その時こんな風に傷をおってしまったんだ」
 傷ついている少年は、意外にも一彦だったのです。怪塔の中に、帆村荘六とともに、とじこめられていたはずの一彦少年が、意外も意外、山の中に放りだされていたというわけでありました。
 しかし炭やき爺さんには、一彦といったところが、また怪塔といったところが、通じるはずがありません。
「怪塔てえのは、なんのことかな」
 と、のんきな問を出しました。
「怪塔を知らないの」
 と一彦は目をまるくして、
「ほら、昨日のことさ。たくさん飛行機がやってきて、空から爆弾をおとしていたじゃないか。この山の向こうで、やっていたじゃないか。あれは飛行機が怪塔を攻めて、空から爆撃していたんだよ」
「ほうほう、なるほどあれか。わしは演習をやっているのかと思っていたんだ」
「演習だなんて、爺さんはのんきだなあ。そしておしまいに大きな塔が尾をひいて、空中にとびだしたじゃないか。あれが怪塔だよ。僕は、あの塔の中から逃げだしたんだよ」

     3

「ああそうか、あれが怪塔かね。あれならわしも見たぞ。いま聞けば、お前はあの中から逃げて来たというが、一体どうして、また怪塔の中なんぞにいたのかね」
 炭やき爺さんは、目をまるくして、それからそれへと一彦少年にたずねました。
 一彦としては、お爺さんにしてきかせる山ほどの話をもちあわせていましたが、そんなことよりも、一分でもはやく、塩田大尉に知らせ、一彦が怪塔から逃げだすまでに起ったいろいろのことを、報告しなければならぬとおもいましたので、
「ねえ、お爺さん。ぐずぐずしていると、怪塔王のため日本の軍艦がどんなにひどくこわされてしまうかわからないんだよ。だから僕はね、すこしでもはやく海軍の軍人さんかお巡(まわ)りさんかにあいたいんだよ。いそがないと、たいへんなことになるんだ。ねえ、お爺さん。すまないけれど、山をくだって、誰かに僕がここにいるということを知らせてくれないか」
 一彦は熱心を面(おもて)にあらわして言いました。
 日本の軍艦がひどくこわされてしまうと言う話を聞いて、炭やき爺さんはとびあがるほどおどろきました。なぜと言って、この爺さんの一人息子は水兵さんで、いま軍艦にのっているのです。軍艦は大切ですし、一人息子も大切です。
「ようし、じゃあこれからわしが村の衆(しゅう)へ知らせよう。待てよ、早くしらせるには、これから山をくだるよりももっといい方法があったっけ。もっともこれは、天地のひっくりかえるような大事件の時でないと、使ってはならぬと、村の衆とのあいだの申し合わせじゃが、怪塔王が日本の軍艦をめりめりこわすと言うのなら、この非常警報をつかってもかまわんじゃろ」
 そう言うと、お爺さんは腰にさげていた鎌(かま)をとって、傍に生えていた太い竹を切りおとし、ころあいの長さにして穴をあけました。お爺さんは、なにをこしらえているのでしょうか。

     4

「お爺さん、竹を切って、それで一体なにをつくるの」
 と、一彦は、お爺さんの手に握られた鎌が、器用に動くのを感心しながら言いました。
「うん、これかね。これはわしの大得意な竹法螺(たけぼら)じゃ」
「竹法螺って、なにさあ」
「お前は竹法蝶を知らないのか。こいつはおどろいた。まあ見ているがいい」
 そう言ってお爺さんは、五十センチほどの長さに切った竹筒に、しきりと細工(さいく)をしていましたが、やがてにっこり笑い、
「さあ、竹法螺が出来たぞ。これならよく鳴りそうだ」
 と、竹法螺を唇にあて、はるかふもと、村の方をむきながら、ぷうっと大きな息をふきこみました。
 ぷーう、ぷーう、ぷーう、ぷーう。
 竹法螺は、大きな、そしていい音色でもって、朗々と鳴りだしました。その音は山々に木霊(こだま)し、うううーっと長く尾をひいてひびきわたりました。
「ああ、いい音だなあ」
 一彦少年は、傷のいたみをわすれて、お爺さんのふく竹法螺の音に聞きほれました。
 お爺さんは、いくたびもいくたびも竹に口をあて、頬(ほっ)ぺたをゴムまりのようにふくらませ、長い信号音をふきつづけていましたが、
「さあ、このくらいやれば、村の衆の耳に、この竹法螺の音がはいったろう」
「お爺さん、今の竹法螺を聞きつけて、村の人がこの山の中までのぼって来るのかい」
「そうさ。皆おどろいて、ここへのぼって来るよ。ああ言うふき方をすると、ちゃんと場所がわかるのさ」
「竹法螺をいろいろにふきわけて、ふもと村へ言葉を知らせられないの」
「ふきわけて言葉を知らせることができるかって。それは無理だ、息がつづかない」

     5

 炭やき爺さんは首をふって、竹法螺でもって、ふもと村へ言葉をおくるのには、とても息がつづかないと、ざんねんそうにいいましたので、これを聞いた一彦少年はちょっとがっかりいたしました。
 しかしながら、ふもと村からこの山の中まで、村人にえっさえっさとあがってきてもらい、また山をおりて、塩田大尉のところへ使にいってもらうのはどう考えても二重の手間だとおもいましたから、なにかほかに、いい通信のやりかたがあるまいかとおもい智恵袋をしぼってみました。
 そのとき、一彦の目にうつったものがありました。
 それは炭やき爺さんの、そこにつくってあった炭焼竈(すみやきかまど)でありました。
「うん、これはいいものが目にとまった」
 と一彦少年はおもわずひとりごとをいい、炭やき爺さんをよびました。
「いいものがあったよ。これならふもと村へ通信することなんか、わけなしだ」
「えっ、それはなんのことだね」
「あの炭焼竈のことさ。あれに火をつけると煙突から煙がむくむくでてくるだろう。そのとき風呂敷か板片かをもって屋根にのぼり、煙突から出る煙を、おさえたり放したりするのさ、それを早くくりかえせば、煙突から短い煙がきれぎれに出てくるだろう。またそれをゆっくりやれば、長い煙がきれぎれになって出てくるだろう。つまり煙でもって、短い符号と長い符号とをだすことができるから電信と同じように、モールス符号を出すことができるのさ。ふもと村に、モールス符号のわかる人がいればこっちでだしている煙のモールス符号を読んで、ははあ、あんなことを言っているなと分るだろう。ねえ、僕がモールス符号をつづるから、爺さんは屋根にのぼって、このとおり、炭焼竈からでる煙を短く、あるいは長く符号にして出してくれないか」
「ほほう、お前は子供のくせになかなか智恵がまわるわい」
 炭やき爺さんは感心いたしました。

     6

 煙をつかうモールス符号の通信!
 一彦少年は、えらいことを知っていました。しかしこれは一彦が考え出したことではなく、じつは大むかし、原住民がつかっていた通信のやりかたなのです。今ではもうわすれられたようになっていましたが、よく考えてみますと、このような人里はなれた山の中と、ふもと村とのあいだの通信にはたいへん便利なやりかたです。こんな風に、今はやらなくなっても、むかしのものには、なかなかいいものがあります。はやりすたりを気にしないで、むかしのものでも役にたついいものは、今もどんどんつかってやるのが、ほんとうにすぐれた人と申せましょう。
 一彦少年は、いつか本で読んでおぼえていた煙通信を、うまくいかして使ったのです。
 炭やき爺さんは、竈の屋根にのぼり、煙突のそばに立って、一彦が紙きれに書きつけた長短の符号をみながら、煙突に風呂敷をかぶせて、煙をとめたり出したり、大汗になってつづけました。その文句が、一彦が怪塔から逃げだして、ここにいるから助けに来いというのでありました。
 炭やき爺さんとしては、一彦のさしずでもって煙信号をつづけているのですが、内心では、これが果してふもと村に通じるかどうか、きっと自分の竹法螺の音は村人の耳にはいっても、一彦がいま自分にゆだねたこの長ったらしい通信文は、とてもふもと村に達しはしまいと思っていたのです。
 ところがどうでしょう。間もなくふもと村の中から一本の煙がむくむくと、風のない空に、まっすぐ立ちのぼりはじめました。
「おやおや、村でも煙火みたいなものをあげたぞ。こっちの真似をする気かしら」
 と爺さんが目をみはっているうちに、その村の煙火が、下の方から長短の符号どおりに切れはじめたのですから、爺さんは大びっくり、紙きれにその符号をうつし始めました。
 一体村の煙火は、山の中へ向かって何を伝えているのでしょうか。


   塩田大尉のお迎え



     1

 ふもと村から、煙の信号がたちのぼるのが見えます。一彦少年は炭やき爺さんの手をかりて、その信号の見えるところまで、傷ついた体をうごかしてもらいました。
 ふもと村からの信号は、どんなことを伝えて来たのでしょうか。
「シオダタイイガムカエニイク」
 塩田大尉が一彦をむかえにいくというのでありました。塩田大尉のところへ、どうしてそんなにはやく知れたものかと、一彦は夢のようにおどろきましたが、このとき塩田大尉は、ちょうど飛行基地から警察電話で、このふもと村へ昨日以来、何か聞きこんだことかまたは変ったものを見なかったかと、問いあわせ中であったので、それならば今、裏山からこうこういう煙の信号があがっているところで、塩田大尉に知らせてくれといっていますよ、というわけで、たいへんうまく塩田大尉と話がついたのであります。
「ああうれしい。塩田大尉が来てくださる。僕、うれしいなあ。大尉に会うことができたら、僕はすぐ帆村おじさんからの言づてを話して、一刻も早く怪塔征伐をやってもらうのだ。――大尉はどうしてこの山の中まで来るかしら。やっぱり飛行機で来るのかしら」
 と、一彦は急にたいへん元気づきました。これを見ていた炭やき爺さんも、これなら自分も骨おりがいがあったと大よろこびです。
 それはちょうど、おひる前の十一時ごろでありました。一台の飛行機が、東の方の空から近づいて来ました。飛行機は、一彦たちのあたまの上まで来ました。一彦は寝そべったまま白布(はくふ)を手にして振り、爺さんはしきりに炭焼竈の煙をさかんにあげて飛行機の方に相図(あいず)をしました。
 その相図が通じたのか、その飛行機はぐるぐる旋回をはじめながら、しだいに高度をさげてまいります。千メートルから九百、八百、やがて五百メートルと低空にうつりました。

     2

 一彦たちの頭上を旋回しながら、しだいしだいに高度を低くして来る尻尾(しっぽ)の赤い飛行機から、やがて人間と荷物とのつながったものが空中へぽいと放り出されました。
「おや、なんだろう」
 と、炭やき爺さんは、まぶしそうに目をぱちぱちしながら、天を仰いでいます。
「あっ、落下傘だ。塩田大尉は落下傘でおりて来るんだぜ。ああすごいなあ」
 といっているうちに、ぱっと空中に大きな真白な花傘がひらきました。三百メートルほどの低空です。人間の重みで、傘はぶらんぶらんとゆれています。
 落下傘はどんどん下におりて来ました。風の流れる方向をみさだめてあったものとみえ、じつにたくみに一彦たちのいるところへ、静かにまいさがってまいります。
「爺さん。僕、起きたい、起きたい」
「まあ、そうむりをいうちゃならねえ。お前は怪我しているということを、忘れちゃいけねえぞ」
 そういううちに、塩田大尉のぶらさがっている落下傘は、ぐんぐん下におりて、一彦たちの頭上を越し、その奥の山腹にどさりと着陸いたしました。大尉はもんどりうって、山腹にころげるとみましたが、とたんに落下傘をゆわえたバンドをはずして、すくっと地上にたちあがりました。これをみていた一彦は、おもわず万歳(ばんざい)をさけびました。
 塩田大尉は、すぐさま一彦のところへ駈けよりました。そして少年をなぐさめるとともに、持ってきた衛生材料でもって、手ぎわよく一彦の患部を消毒し、仮繃帯(かりほうたい)をぐるぐるまいてくれました。
「塩田大尉、ありがとう。どうもありがとう」
「いや、なあに。それよりも一彦君は、じつに元気だね。水兵だって、君の元気には負けてしまうぞ。――そして、一体君はどうして怪塔から抜けだしたのか。帆村君はどうした。はやく聞かせてくれ」

     3

 一彦は塩田大尉の手あつい介抱(かいほう)をうけ、さらに元気になり、そこで一体どうして一彦ひとりが怪塔から抜け出たか、そのあらましを語りだしたのでありました。
「――僕、おどろきましたよ。だって、怪塔が、ものすごいうなりごえをあげて、空高くまいあがったんですものねえ。それから空中をあちこちと、ぶんぶんとびまわり、どうなることかと、窓わくにすがりついて、ひやひやしているうちに、こんどはどすんと大きな震動とともに、怪塔がしずかにとまってしまったんです。そのとき自分はもう死んでしまって、墓場にはいりこんだのじゃないかと思ったくらいです。あのときはじつにこわかった」
「うむ、そうだったろうねえ」
 と塩田大尉は大きくうなずきました。
「――それからですよ、帆村おじさんの活動がはじまったのは。おじさんは、怪塔の二階をいろいろと苦心してうかがいましてね。怪塔の中には、怪塔王のほかに、妙な筒の中に黒人が住んでいることをさがしあてたんです。黒人は、怪塔王のいいつけなら、どんなことでも素直にはいはいときいて、機械をうまくあやつるのです」
「ほう、そうか。よし、なかなかいいことをしらべてくれた」
「――そのうちに帆村おじさんは、僕をぜひとも逃してやりたいといいました。僕はひとりで逃げるなんていやだとことわったんですけれど、帆村おじさんは、お前が逃げ出して、塩田大尉などに大事なことを知らせてくれないと、怪塔王はいつまでも暴れ、軍艦などに害をあたえるというので、僕はようやくいうことを聞きました。そして帆村おじさんが、鉄の窓わくを永い間かかってこわしてくれたので、その狭いところから、外へとびだしたんですが、そのとき足に怪我をしました」
「もうそれだけかい。帆村君からの言づてはほかになかったかい」
「いや、一つ重大な言づてがありますよ」

     4

「なに、帆村君からの重大な言づてって、どんなことだい」
 と、塩田大尉は一彦の手をしっかりと握って、聞きかえしました。
「それはね――」
 と、一彦はしばらく目をとじて、じっと考えていました。この言づてはよほど重大なことでありましたから、、帆村からいわれたとおりまちがいなく大尉に伝えねばならぬと大事をとっていたのです。
「そうだ、帆村おじさんはこういってましたよ」
「ふむ――」
 と塩田大尉はかたくなって聞いています。
「それはね、大利根博士にぜひ会ってくださいって。そして大利根博士の体に、なにか変ったことがあるかないか、ぜひともそれを調べておいてくださいって、いってましたよ」
「ふん、ふん。大利根博士に会えというんだな。そして博士の体に変ったことがないか調べてみろといったんだね。うむ、よくわかった。やっぱり帆村君は、なかなかの名探偵らしいぞ」
 と、塩田大尉はなにごとかをひとりでもってしきりに感心していました。なにか大尉の胸におもいあたることがあるのでしょう。
 一彦少年の、怪塔にとじこめられていたあいだのこまかい話は、それからそれへと、なかなかつきませんでした。
 怪塔から発せられたあの無線電信は、やはり帆村探偵が出したものであることがわかりました。どうしてまた無線電信機を手に入れたのかと、大尉はびっくり顔でありましたが、一彦の語るところによると、帆村は一階のあのがらくた倉庫の中から、一つの壊れたラジオ受信機をさがし出し、その配線をかえて短波の送信機になおし、幸(さいわい)に切れていなかった真空管と電池があったので、あの通り送信がやれたのだそうです。

     5

「ぜひ、大利根博士に会ってくれ!」
 一彦がもってかえった帆村探偵の言伝(ことづて)は、塩田大尉の胸をたいへんいためました。
 そういう急ぎの用事なら、なぜ怪塔の中から無線電信で打って来なかったのであろうかと、大尉はふしぎに思っているのです。怪塔の外へ出したけれど、はたしていつ大尉に会えるやらわからない一彦に、この重大なことがらを、言葉で伝えさせようとした帆村探偵の心には、なにかわけがありそうです。
 塩田大尉は考えた末、無線電信などでこのことを空中に発すると、それが大利根博士に知れて具合がわるいのであろうと思いました。つまり大利根博士に会えと帆村がすすめたことは、あくまで博士に知れないようにしなければならぬということだと思いました。なぜ知れて悪いのか。それはいずれ後になってわかってくる事でしょう。
 塩田大尉は、かたい決心をしました。
 一彦にも、帆村探偵が大利根博士を訪ねよ、といったことを秘密にして、他人に喋らないよう約束させました。
 そのかわり、大利根博士に会いにいくときには、かならず一彦をつれていくと、大尉の方でもお約束をいたしました。
 こうなると、大利根博士に会うということは、たいへん重大なことになりました。
 そうこうするうちに救護隊が山をのぼって来ました。
 一彦の足の傷は、本職のお医者さまが見てすぐさま治療してくれました。かなり出血があり、そして足首のところで骨がはずれているということでありました。でも当人はたいへん元気だから、この分なら間もなく元のようになおるであろうといってくれたので、みなみな安心をしました。
 救護隊は一彦を担架(たんか)にのせ、山をくだることになりました。一彦は命を助けてくれた炭やき爺さん木口公平(きぐちこうへい)にあって、お礼をいってそこを出立しました。


   入院



     1

 怪塔ロケットがしずんだ海面は、あいかわらずわが駆逐艦隊によって、たいへんきびしい見張(みはり)がつづけられていました。また潜水艦や潜水夫までがでて海の中を一生懸命にさがしましたが、怪塔ロケットはどこへいったか、まだ行方がしれません。
 捜索隊はいろいろとやり方をかえて、あくまで怪塔ロケットをさがしあてるのだと、はりきっていました。
 こちらは一彦少年です。
 塩田大尉や救護の人たちのおかげで、山をおりるとすぐ病院にはいり、手あつい治療をうけました。
 妹のミチ子へも、さっそくそのしらせがゆきましたので、小さい胸をいため続けていたミチ子は、夢かとばかりよろこびました。そしてお迎えの自動車にのって、何時間もかかって病院に急ぎました。
「ああ兄ちゃん」
 とミチ子が病室へかけこむなり、一彦の枕元にかけつければ、一彦は思いのほか元気な顔をもたげて、
「おおミチ子、よく来てくれたね。兄さんの怪我は大したことないんだよ、心配しなくていいんだよ」
「あら、そんなに軽いの。うれしいわ。でも痛むでしょう」
「痛かないよ。すこしちくちくするくらいだよ。あと四五日すれば歩けると、院長さんがいったよ。僕は心配なしだけれど、心配なのは、帆村おじさんだ」
「ああ帆村おじさん! おじさんは、どうして」
「それがねえ、困っちゃったんだよ」と一彦はいいにくそうに、
「僕だけ逃げるのはいやだとおじさんにいったんだよ。だから一緒に逃げようと、いくどもすすめたんだけれど、おじさんは中々聞かないんだ。おじさんはまだこの塔の中でする仕事があるんだといってね、僕いやだったけれど、おじさんのいうとおり一人で報告にかえってきたんだ」

     2

「兄ちゃん、帆村おじさんを残して来たことを、そんなに気にしないでもいいわ。誰も、兄ちゃんがいけない子だなんて思う人はなくってよ」
 と、ミチ子は兄の一彦をなぐさめるのに一生懸命です。聞くもうるわしい兄妹の仲のよさでありました。
 そういうかんしんな兄妹を、こうもくるしめるのは、一体誰のせいでしょうか。いうまでもなく、それは帝国軍艦淡路を怪しい力によって壊し、それから後、いろいろとおそろしいことや憎いことをやっている、怪塔王のせいにちがいありません。
 怪塔王と言うのは、一体いかなる素性の人間なのでしようか。いままでに、このことは殆(ほとん)どわかっていません。
 一彦とミチ子は、それからのちわずか五日間の短い日数のことでしたが、久万(ひさかた)ぶりに一しょに食事をしたり、歌をうたったり、お話をしたり、また夜は同じ室に枕をならべてやすんだりして、たいへん楽しいことでありました。そのためでもあり、またミチ子の手あつい看護のこともありまして、六日目になると一彦は殆ど普通に歩けるようになりました。ミチ子は一彦が病院の庭を歩く後姿をみまもりながら、うれし涙をこぼしました。
 一彦は、もうすっかり元気です。
「さあ、もう大丈夫だ。
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