火星兵団
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著者名:海野十三 

 影法師の人間が、減圧箱の上に影をなげかけた。大きな頭がうつった。その頭には、不思議にも鬼の角のようなものが生えていた。
 鬼か?
 鬼でもなさそうだ。角は、二本よりも、もっとたくさんあった。そうして束ねた髪の毛のように、ぶらんぶらんゆれていた。
 やがて一本の梯子が、上から下りて来た。そうして床の上についた。
 その梯子を、つたわって、下りて来る者があった。さっき影を見せていた、あの鬼のような人物だった。
 黒いマントを着ていたが、下に下立(おりた)ったところを見ると、それは外でもない千二少年であった。
 ああ、千二少年!
 千二は、今までどこにいたのであろう? 今、千二はただ一人で下りて来た。だが、かわったすがたをしている。黒マントはまだいいとして、たいへんかわっているのは彼の頭部であった。
 角が生えているのかと思ったが、そうではなかった。千二は、妙なかぶとのようなものを、頭にかぶっているのだ。そのかぶとのようなものは、きっちり千二の頭にはまっていたが、そのかぶとの上には、あちらこちら螺旋(らせん)のようなものがぶらさがっていて、千二が歩く度にゆれた。
 とつぜん、あらわれた千二少年!
 妙な形のかぶとのようなものを、かぶっている千二少年!
 その千二は、少し様子がおかしかった。目と言えば、うすく半分だけあいている。歩くかっこうと言えば、頭の方が先に出る。操り人形みたいである。
 その千二少年は、よろよろとよろめきながら、怪人丸木の眠る減圧箱のそばによった。
「ねえ、隊長。もう起きる時間ですよ」
 と、千二は火星語ですらすらと言った。
 丸木は、それが聞えないのか、まだ、眠っている。
 千二は、もう一度同じような調子で言った。
 すると、眠っていた丸木は、ぶるぶると長い手足をふるわせた。と思うと間もなく、丸木は大きな頭を持ち上げて、ぐらぐらとふった。それは、まるで猫がひる寝から目がさめて、背のびをする時のかっこうに、よく似ていた。
「おお、もうそんな時間か」
 丸木はそう叫ぶより早く、体をぐっとちぢめると、床の上を目にもとまらぬ早さで這出した。そうして、あっと思う間もなく、かたわらにおいてあったドラム缶のような、胴の中にとびこんだ。胴はたちまち左右から寄って、ぱちんと、しまってしまった。
 すると、胴中に生えていた手足が、急に勢いよく、ばたばた動き出した。そうして、かたわらにおいてあった首の方へ手をのばすと、それをひょいと肩にのせたのであった。――とたんに、完全な丸木氏が出来あがってしまった。
 不思議な丸木の朝の日課であった。
 千二少年は、少しも驚く様子がなく、そばにじっと立っていた。
 不思議な日課を終えた丸木は、減圧箱の中から出て来た。
 そこで彼は、減圧箱を足でぽんと蹴った。
 すると減圧箱は、ゴム風船がちぢむ時のように見る見る小さくなった。そうして誰もさわらないのに、ポストぐらいの大きさのものになると、ことことと音を立て、ひとりで部屋のすみのところへいった。そこでは、どうしたわけか、かたりと音がして、その折りたたまれた減圧箱を、部屋の隅に、動かないようにくくりつけてしまったのであった。――火星人が持って来た宇宙艇には、このような不思議な働きをするものが、いくつもあった。
「おう、千二。きょうはきげんはどうかね」
 丸木はそう言って、千二のそばへ寄って来た。
「はい、上きげんであります」
 千二は、あざやかな火星語でそう答えた。
 丸木は、手足をばたばたと動かした。それは、うれしいという気持をあらわしているのだった。
 火星人は植物だから情心(なさけごころ)などはなかった。しかし丸木は、火星人の中でもすぐれた人物だったので、このごろ情心というものを自分の心にも植えてみようと思った。丸木はそのために、千二を使っているのであった。
 千二少年は、あれからずっと丸木のため、きびしく監禁されていたが、少年は一度は大きな悲しみに沈み、その後あきらめたのか、ほがらかになった。とにかく、このいつわりのない少年の心が、怪人丸木を、たいへん動かしたものらしい。
(自分も、この少年のように、情心を持ちたいものだ!)
 そう思った丸木は、それから後、いつも千二少年をそばにおいて、少年の悲しみや、笑いや、それからいきどおりや、かわいがることなどを手本にして、自分もそのような感情を湧かそうと、つとめたのだった。
 怪人丸木のため、情の心を教えている千二少年こそ、不思議な役割の人であった。
 丸木は植物であるから、植物には持合わせがなく、動物にかぎり持合わせている情の心がうらやましくてたまらないのである。だから丸木は、情の心を自分のものにして、更に高等な火星人となろうとしたのであった。
 火星の王様にペペというのがいた。彼は広い火星を自分一人の手でおさめているという、たいした王様だった。丸木はそのペペ王さえ持っていない情の心を、自分は持ちたかったのだ。そうすれば、丸木はペペ王よりも、高等な生物になれると考えたのであった。
 丸木は千二少年をそばにおいて、少年といろいろの話をしたり、それからまた少年をおこらせたり、悲しませたり、それから、ほんのちょっぴりではあるが、少年を喜ばせたり笑わせたりして楽しんでいるのであった。勉強のかいが、あったとでも言うのであろう。このごろでは丸木はだいぶん情の心が湧いて来るようになった。
「おい、千二。わしはお前に金でこしらえた、おもちゃをやろうと思うよ」
「ほんとう? ほんとうならうれしいなあ」
 千二は喜んだ。千二が、喜ぶと、
「千二、お前が喜ぶと、わしも、うれしくなるよ。うれしいという気持は、なかなか値打のあるものだな」
 と、そんなふうに丸木は言うのであった。
 そうかと思うと、丸木は、時には、とつぜん少年に、お前を殺してしまうぞ、などと言って悲しませて喜ぶこともあった。とにかく、丸木は情の心をもてあそんで喜んでいる。感情を持つようになった植物は、はたして幸福であろうか、それとも不幸であろうか。
「わしは、高等火星人になったぞ!」
 と、丸木ひとりは喜んでいるが……。


   49 電気帽(でんきぼう)


 人間ではない植物の丸木のそばで使われて暮している千二少年は、決して楽しいはずがなかった。なぜ、千二は丸木のところから逃出さないのであろうか。
 見たところ、千二は、別にくさりでつながれているわけでもなく、また、番人がついているわけでもなかった。それなら、千二少年は、いくらでも逃出すことが出来るはずであった。
 しかし千二は、もうずいぶん長いこと怪人丸木につかまったまま、逃出しもしないで暮している。なぜ彼は逃げないのか。
 それには、わけがあった!
 そのわけというのは、千二少年が頭にかぶっているかぶとのようなものに、わけがあったのである。
 いや、彼は好きで、あのかぶとのようなものを、かぶっているのではなかった。怪人丸木が、あれを少年の頭にかぶせたのであった。
 あれは電気帽という。
 電気帽には、ふさのようなものが下っているが、あれはアンテナのようなもので、外から電波をかけると、その電波はアンテナに感ずる。丸木は、千二を逃さないために、千二にその電気帽をかぶせ、そうして、また宇宙艇の中にある電波機械から、ある不思議な電波を出している。その電波が電気帽に感じると、千二は逃げる気持がなくなってしまう。つまり、電気帽は千二の脳髄の働きを一部とめてしまうのだ。
 脳髄の働きは一種の電気作用だから、こんなことが出来るのであった。
 つまり、千二には、逃げたいという気が起らないように、し向けてあるのだった。千二の体には、鎖こそつないでなかったが、彼こそ電波でしばられた囚人(しゅうじん)であったのである。
 千二は、怪人丸木のもとから逃出す気は少しもなかった。それは丸木が、千二の頭にかぶせた電気帽の働きであった。千二の心には、まったくそういう気が起らないように仕掛けられてあったのだ。
 火星人という奴は、どこまで、ざんこくなことをするか、底が知れなかった。
 千二は電波囚人だから、今度は新田先生がいくらさがしても、待っていても、先生のもとへ戻って来ないのであった。千二は、いつまでこうして、電波囚人になって、こころの自由をしばられているのであろうか。
「ああ火星から無電がはいったようです。おお、ペペ王からの電話です」
 と、千二は急に壁のところへ、かけ出して行った。
「何だ、はやペペ王から電話か。はてな、いつもの通信時間とは違うようであるが……」
 と、丸木はふしん顔。
「そうです。特別通信です。何かペペ王の方で、急がれることがあるのでしょう」
 こういう話になると、千二の頭はあたり前に働いた。千二が今かぶっている電気帽は、ただ『ここを逃出す』という気だけを、ぜったいに千二に起させないように、機械を合わせてあったのである。
 千二は、壁のところに出ている小さなボタンを押した。
 すると、壁の上に、ぽこんと四角な窓があいた。窓ではない、一種のテレビジョンの幕だ。無電をかけて来た火星の景色が、うつっているのであった。
「おい、マルキよ」
 画面一ぱいに、いきなり、例のトマトに目をつけたような火星人の顔があらわれた。ペペ王だった。画面のペペ王が口を開くと、そこからペペ王の声が出て来るのであった。
 千二は、かくべつおどろいた様子もない。
「はい、ペペ王。何の御用ですか」
 丸木は、椅子に腰をかけて、落着いて言った。
「こら、マルキ。お前の監督はよろしくないぞ」
 と、とつぜんペペ王のお叱(しか)りだった。
「はて、何をしくじりましたかな」
 丸木は、口ほど驚いていない。
「きのうだったか、そっちから火星へ戻って来た宇宙艇があった」
「なるほど」
「お前も知っているのだな。――その宇宙艇は、着星したのはいいが、いつまでたっても誰も出て来ないのじゃ。入口の扉をどんどん叩いても、中からあけようともしない。仕方がないから、こっちから通信でもって、『おい、早く扉をあけて出て来んか。何をぐずぐずしているのか』と言っても、さらに答えなしじゃ」
「ほほう。それは、けしからん」
「通信が中へ聞えないかと思うと、そうでもない様子だ。中には、火がついたり消えたりもするし、それからまた中から電波を発射していることもわかっている。そのくせ扉をあけないのじゃ」
「逆乱軍でしょうかな」
「えっ、逆乱軍? おいほんとうか。そんなものが起るわけはないのだが……。とにかく宇宙艇の扉と来たら、内側からあけないかぎりは、外からはどんな事をしても、あかない仕掛になっている。全く困ってしまったよ」
「それは困りましたな」
「おいおい、マルキ。お前が涼しい顔をしていては困るじゃないか。お前の監督が悪いから、このような命令を聞かない者が出来るのじゃ。しかも、この宇宙艇は、たしかに、地球派遣軍の火星兵団に属している宇宙艇だから、お前が責任をとらなければならないぞ!」
 と、ペペ王はかんかんにおこっていた。
 でも、丸木は言った。
「なるほど、それは、私の責任かも知れません。しかし実際を考えてみて下さい。今地球と火星との間を連絡するために、火星兵団は、毎日のように宇宙艇を幾台も飛ばしているのです。中には、内側からあかない宇宙艇もあるかも知れません」
「何を言う、マルキ!」
 ペペ王は、大きな声を出した。
「わしがお前に言いたいことは、宇宙艇の警戒を怠って、むざむざ人間に取られてはならぬと言うことだ。人間とて、相当頭が進んだ生物だから、宇宙艇の中を知れば、同じものをまねしてつくるかも知れない。もしそんなことがあったら、我々は人間から、さらに強い手向かいを受けることになって、困るのじゃ」
「大丈夫です。そんなえらい人間はいませんよ」
「そうではない。むかし、この火星へアリタ博士というのがやって来たが、彼などは、なかなかすぐれた頭を持っていた。ああいう連中に見せたら、後がよくない」
「ですがペペ王、モロー彗星は、あと十日ぐらいして地球を粉々にこわしてしまうのですよ。ですから、たとえ宇宙艇を人間に見せたところで、あと十日では、そのうちの一台だって作り上げられませんよ。心配は御無用です」
 丸木は、落着き払って言った。
「ふん、まあ、せいぜい気をつけてくれ」
 と、ペペ王はようやく折れた。
「で、その占領された宇宙艇は、この後どうなさるのですか」
 と、今度は丸木がたずねた。
「うん、仕方がない。中にいる火星人には気の毒だが、宇宙艇ごと、粘液で、とかしてしまうつもりだ」
 と、ペペ王は放言した。


   50 連合脱出隊


 中天にかかる恐怖の星モロー彗星は、日ごとに大きくなり、光力を強めていった。
 もうそのころには、夜間だけではなく白昼でさえも、モロー彗星が空に浮かんで見えるのだった。
 夜になると、モロー彗星は、にわかにらんらんと輝き出すのであった。その大きさは、もう月の半分ぐらいになった。月が空に二つ、かかっているようにも見える。全く怪しくも不思議な光景であった。地球の人々は、モロー彗星の光が強くなればなるほど、興奮の度をたかめた。
 半分おかしくなっている者や、道ばたで一日中泣きどおしの者が、だんだんふえて来た。そうかと思うと、盛にステッキや剣を空に向けてうちふり、
「モロー彗星なんか何者じゃ」
 と、見えすいた強がりを言っている者もあった。
 その一方において、科学者や技術者たちは、その大半が工場につめて、わきめもふらずに、地球脱出用のロケットを製造することに、一生けんめいであった。彼らは、時にモロー彗星のことを忘れているかのように、製造に熱中した。
 ドイツでは、いつの間に揃えたか、ロケット兵団をつくった。それは、百台の大ロケットで編成せられていた。このロケット兵団は、アルプス山脈地帯にかたまっている火星兵団を尻目に、空中高く飛出し、示威飛行(しいひこう)を始めた。
 ところが、その挑戦に応じて、アルプスの方角からは火星兵団の宇宙艇五台が飛出した。そこでロケット百台と宇宙艇五台の大空中戦が始ったが、気の毒にも、ロケットは見る見るうちに空中でとろりとろりと溶けだした。やがて四十台ほどのロケットは空中で溶けて散って、あとかたもなくなり残りの六十台のロケットは基地へ引きかえした。科学国ドイツの技術を総動員しても、火星人のつくった宇宙艇には、かなわなかった。
 モロー彗星は、いよいよ近づいた。
 地球から見ると彗星の頭は満月の二倍ぐらいに大きくなった。
 夜分だけしか見えなかったその彗星は、このごろでは、昼間も空中にうっすらと姿が見えるのであった。
 地上の人間は、日毎夜毎(ひごとよごと)にモロー彗星の怪奇な姿におびやかされ、神経衰弱にならない者はないと言っていいほどであり、おかしくなる者が平年の百倍千倍にもふえていった。
 モロー彗星の尾は気味のわるい青白い光を放った。天空を大きな川のように流れていたが、その形はいつも同じではなく、風にふかれる煙のように方向が変り、形が変った。それは太陽の影響によって、ふき飛ばされるのだと学者は説明した。
 このような、怪しげな天空の下に、地上の人々がだんだん望を失って来たのも、無理のないことであった。
 しかし、いつの世にもそうであるように、どんな悪い世の中のありさまの時にも、決して負けない人間もいた。いや、かえってそういう苦しい困った時に、元気や勇気が出て来る人間がいた。
 日本人とドイツ人とイタリヤ人とアメリカ人とは、なかなか勇敢な人種であった。
 ドイツでは、前にも言ったように、かなりすぐれたロケットを百台も空に飛ばしたけれど、火星兵団の宇宙艇のために、すっかりやっつけられてしまった。しかしそれにもこりず、ドイツでは、また二回目の地球脱出ロケット隊が編成せられ、またもや大空に飛出した。
 だが、気の毒にも彼らは、やはり火星兵団の敵ではなかった。最後は、この前と同じように、語るも悲惨なことになり終った。
 しかし、負けじ魂を持ったドイツ人は、さらに、次から次へと地球脱出隊を編成していったのである。もしや、ただの一機でも無事に地球外にのがれてくれるかと、彼らはそれを心待ちにしていたのだ。
 ドイツのすぐれたロケットによる地球脱出隊が、次から次へ悲惨な最期をとげている一方、イタリヤでも、アメリカでも、同じような脱出がこころみられた。が、その結果は似たりよったりで、ついに火星兵団に勝つことは出来なかったばかりか、地上における火星兵団の基地攻撃さえ、うまくいかず、大損害を受けた。
「どうにも手段がない。どんなことをしてみても、火星兵団を打破る見込は立たない」
「仕方がない。この上は世界同盟をつくり、各国の智慧者を集めて、火星兵団の暴力に手向かう方法を考え出すことにしようじゃないか」
「それがいい。それの外はない」
 その昔、地球の上で、互にはげしい戦争を交えた各国も、こうなっては、にらみ合ってもいられず何とかして手をにぎり合って地球総力戦の体制を作り、火星兵団に対抗するより外途のないことが、彼らにも、はっきりわかって来た。
「そんなことを言っても、今から寄合をして、いい考えを出したんじゃ、もうおそいよ。そんなことは、もっと早くから気がつかなければならなかったんだ」
「だって仕方がないよ。今になって、やっと地球総力戦の体制をつくることに気がついたんだ。それに、今まではお互に各国とも、にらみ合っていたんだから、そうかんたんに一しょにはなれないよ」
 各国の足並は、まだみだれがちであったが、とにかく、日一日と、地球総力戦の体制が、まとまって来た。
 その結果、あと二日後には各国のロケット隊が、連合の編隊をつくり、その数も五百台というたいへんな数で、一気に地球を飛出し、金星へ向けて飛行しようという相談がまとまった。そうして、この連合脱出隊のことは、火星兵団には、ぜったい洩れないように気をつけ合ったのである。
 連合脱出隊のことは、極力秘密を保たれてあった。
 いよいよその日、各国のよりすぐったロケット隊は、空中の某点に集合することを、あらかじめよくうちあわせておいて、めいめいその基地を出発したのであった。
 その基地といっても、一国に一箇所では目に立つからというので、方々に分けた。アメリカのごときは全国六十五箇所に基地を作り、そこから二台または三台ずつのロケットを、同時に飛出させたのであった。
 彼らは、無事に空中の某点に集合することが出来た。
「ふむ、うまくいったぞ」
 と、乗組員たちは、五百台からのロケットから成る堂々たる脱出隊の威容をながめて、にっこりと笑ったのであった。
 そこで、連合脱出隊は一せいに舵をとりなおして、金星を目あてに飛行を始めたのであった。
 ところが、それからものの五分もたたないうちに、
「ああ、あそこに見える黒いものは何だ」
「え、ああ、あの黒い点のようなものか。風船でもなさそうだが、事によると……」
 と、首をかしげているうちに、空中に浮かんでいる黒い風船のように見えた黒点は、見る見る大きく広がり出した。
「あっ、火星兵団だ!」
「うん、やっぱりそうだったか。おい、火星兵団の大襲来だ!」
 と言っているうちに、その大きく広がった黒い斑点の中には、さらに小さい粒々の黒点が、たくさん集っていることがわかり、襲来した火星兵団の宇宙艇の数は二、三百だということがわかった時には連合脱出隊のロケットは完全に針路をおさえられてしまった。そうして次の瞬間には、火星兵団の宇宙艇隊は、ロケット隊のまん中を刺貫(つら)ぬくように飛込んで来た。勝ち負けは、その瞬間にきまってしまった。
 せっかく力を合わせて編成した連合脱出隊のロケット五百台は、火星兵団のため、空中に全滅してしまった。
 この悲報は、全世界を打震わせた。
「今度は、大丈夫だと思っていたのに……」
「あれでいけなかったら、われわれ地球人類は、絶対に火星人に降服する外はない」
「もっと早くから、対火星戦を、考えておくんだったな」
 と、各国の責任者たちは、無念の涙をはらはらと落しつつ、この惨敗のあとをふりかえった。
 ロケットに乗せて貰えない連中は、ロケットが、地上から飛出していくたびに、自分がいつまでたっても、地上に取残されていることを不満に思い、飛んでいくロケットのあとをうらめしそうに、そうしてうらやましそうに見送ったものである。ところが近頃になっては、彼らはもうそのような、うらめしそうな目附はしなかった。それは出ていくロケットというロケットが、ことごとく火星兵団のため空中でとけてしまったり、地上に追帰されたからである。彼らはニュースにより、うまく地球から脱出したロケットが、まだ、ただの一台もないことを、はっきり知ったからである。
 打続く火星兵団の勝利! そうして地球軍の惨敗。
 しかも、モロー彗星は、そんなことにはおかまいなく、刻一刻と地球に近くなって来た。
 地球の上には、こうして二重の苦難がおおいかぶさって来たのである。地球と地球人類とは、もはや、自分たちの『死』を覚悟しなければならない時が来たように見える。
 だれか、この大危難を救う者は出てこないであろうか。救世の英雄の足音は、まだ少しも聞えないようである。
 ああ、絶望の地球!


   51 博士の大決心


 新田先生は、蟻田博士の地下研究室の中にあって、ただもういらいらしていた。何とかして心を落着けたいと思うが、今までのように心がしずまらない。そうでもあろう、モロー彗星との衝突の日まで、あとわずか一週間しか残っていないのであるから……。
 新田先生は、落着きはらって仕事をつづけている蟻田博士が、うらやましくもあり、腹が立っても来る。
「博士。もうあと一週間で、この地球が粉々にとびちってしまうというのに、博士は何をそんなに熱心に研究しておられるのですか」
 博士はしきりに電気火花をじいじい言わせて、ガラス管の中にある青黒い紐のようなものにあてていた。
「しずかにしていてくれ。わしの研究の、じゃまをしてはいかん」
 博士は、目盛を直しては、またじいじいと電気火花をとばし、ガラス管の中をのぞきこんでいる。
「しかし、博士。……」
「こら、だまっておれというのに……」
 博士は、新田先生が話しかけるごとに、きびしく叱りつけた。一体博士は、何をしているのであろうか。
 新田先生は、ついにだまってしまった。
 博士は実験をくりかえしていたが、そのうちに、たいへん驚いた様子で口を大きくあけ、手のひらを打った。
「うむ、やっと思うように行ったぞ!」
 博士は、ひとりごとを言った。
 新田先生は、博士のうしろから実験台をのぞきこんだ。
 博士はガラス管を指先につまみあげて中をのぞきこんだ。青黒い紐のようなものの一部が、赤く焼けたようになっている。
「これだ、これだ」
 博士は子供のようにおどり上った。博士は実験に成功したらしいが、それは一体どんなことであったろうか。
 蟻田博士が躍り上って喜ぶなんて、よくよくのことである。
 博士の研究は、ついに完成したらしい。
 一体、博士は、何を研究していたのであろうか。
 新田先生は、博士が喜んでいるそばへ、恐る恐る近づいた。
「博士、御研究が、うまくまいりましたか」
 と、先生が声をかけると、蟻田博士は後をふりかえって、
「ややっ、お前がいたのか……」
 と、急に不機嫌になった。博士は、自分の研究を他人に知られるのが、いやなのらしい。
 新田先生の心は、ちょっと重くなった。博士と自分とは師弟の間がらであるのに、なぜ、こう博士はいやな顔をするのであろうか。
 先生は、この間から、言いたいと思っていたことを、この際言ってみようと決心した。
「博士」
「何じゃ」
「博士は、私が、博士のおためにならないようなことをする人間だと思っておられますか」
「さあ、どうかな」
「さあ、どうかな――とは、おなさけないお言葉です。博士、あなたは、私にとっては尊い師です。師のためにならないようなことを何でしましょうか」
「そうかね」
「……私は、博士の冷たいお心をなおして、今死の直前に立っている地球人類のために、大いに力を貸していただこうと毎日力(つと)めているのです。しかし博士は、一向、そういう気になって下さらない。博士、私は、そんなに信用出来ない人間でしょうか」
「人間には、もうこりごりだよ」
 と、蟻田博士はぶっきらぼうに言った。
 新田先生は、これ以上博士を動かすことは出来ないと知って、涙が出た。
 新田先生は、どうかして、蟻田博士の心を直し、地球人類のために博士のすぐれた智力を出してもらおうと、永らくつとめて来たのであるが、今度という今度は、先生も、さじをなげてしまった形であった。
(だめだ。蟻田博士こそ、人間の形はしているが、心は人間ではない。博士は、心を火星人などに売ってしまっているのであろう。すると、博士はまず鬼だと言ってよろしかろう。そういう博士の心を、自分の手で、何とかいい方へ直せると思っていたのは、たいへんばかだった!)
 新田先生は、そう思って、顔をつたって落ちるくやし涙を、とどめることが出来なかった。
「博士、私はいよいよ博士にお別れして、ここを出ていきます」
 先生は、ついにそう言った。もうこんな所にとどまることは出来ない。いくらここにいても、むだである。博士は、地球人類のために力を貸そうとはしないのである。
「今になって出ていくか。いよいよこの恩知らずめが!」
 博士は、口ぎたなく先生をののしった。先生は、すっくと立上った。一分間でも、こんなところにいては、身のけがれだと思った。
 ところが、その時、思いがけないことが起った。それは、何であったか?
 博士が、いきなり新田先生の手を、ぐっと握ったのである。
「あっ!」
 新田先生は、びっくりした。博士の心をはかりかねて……。
 その時、博士の唇が、先生の耳もと近くにあった。
「新田、だまって、わしについて来い!」
 博士は、聞取れないほどの小さい声で先生の耳にささやいた。
「えっ!」
 新田先生は、自分の耳をうたがった。
(新田、だまってついて来い!)
 と、博士は言って、先に立った。
 新田先生は、博士の言葉つきの中に、何かしら、いつもと違った感じを受取った。
 博士は、部屋の片隅にある犬のくぐり戸のようなまるい形の扉をあけて、次の部屋へ這(は)いこんだ。先生も、そのあとに続いた。
 這いこんだところは、紫色の電灯がついていたが、実に奇妙なところであった。まるで、鉄管の中にはいったような感じがした。なぜまあ、このように変なところばかりが、あるのであろうか。
 先生の前には、博士が、ごそごそと音をさせて這っていく。後から声をかけたくて、しかたがなかったが、博士におこられてはたいへんと、先生はがまんして、あとからついていった。
 二メートルばかり、いったところで、小さな部屋に出た。部屋というよりは大きな樽の中にはいったという感じである。
 曲面をもった壁は、にぶい金属的な光をもっていた。この部屋の中にはバンドのついた腰かけと、天井から吊革のようなものが、ぶら下っているだけで、外に何もない。
 博士が、何かごそごそやっているうちに、先生の後で、ぎいっと音がした。ふりかえって見ると、今這いこんで来た鉄管の出口が、すっかりふさがれていた。全く妙な部屋であった。先生は博士の心をはかりかねた。
「うむ、これで安心だ。もう、大きな声を出してもいいよ」
 博士の声は、いつもとは違って、たいへんやわらかに響いた。
「博士、私をこんなところへ連れて来られて、何をなさろうというのですか」
 さっそく、先生はたずねた。
「おお新田。これからわしは、お前に、はじめて本心をうちあけるよ」
「えっ、本心?」
 先生は驚いて博士の顔を見つめた。
 本心を打明ける!――と、博士は言ったのである。
「どういうのが、博士の本心ですか」
 と、新田先生は、せきこむようにして問いかえさずにはおられなかった。そう言えば、さっきから博士の態度が、いつもとは、たいへん変っている。何か重大なわけがあるのだ。
「のう、新田」
 と、博士は両手をきちんと膝の上において語り出した。
「わしは、いよいよこれから火星兵団とたたかいをはじめるよ。いや、お前の驚くのももっともだ。わしは、いつも地球の人間のことを悪く言って、むしろ火星人の味方のようにさえ見えた。これにはわけがあるのだ」
 と、博士はそこで、これまでのことを思い出しながら、
「わしとて、お前と同じ地球の上で生まれた人間であることに変りはない。だから地球人類が栄えるように、ねがうことについても人後に落ちない。しかし、今までそのことを誰にも話をすることが出来なかったのだ。なぜかと言うのに、火星人は絶えずわしの身のまわりに、目には見えないが、きびしい監視の網をはっているのだ。火星人は、わしが何か言えば、かならずそれを聞いてしまっている。だから、うっかりしたことは言えない」
「博士、それは、ほんとうですか。私は、博士のおっしゃる火星のスパイを、見たことがありませんが……」
「今も言うとおり、お前などの目には見えないのだ。わしにも見えない。しかし、わしはそれを知っている。火星人は、わしの声の特徴をよくしらべている。わしが声を出すと、非常に精巧な検音受信機で、わしのしゃべることを向こうで録音してしまうらしい。何しろ火星人の智力と来たら、人間よりもすぐれているのだから、始末がわるい。わしは火星人に、自分のしゃべることをけっして聞かれないために、苦心の結果、この防音室をつくった」
 と、博士はまわりのかべを指さしながら、
「これだけ厚い金属のかべでとりかこみ、そうして、音も電気も磁気も、それから放射能も全然さえぎるような仕掛をつけてある。だから、多分この中では、何をしゃべり、何を考えても、火星人に知れることはないだろう」
 聞けば聞くほど、火星人の智力というものはおそろしい。
「何しろ、わしがこの前、火星からこっちへかえった当時から、火星人はわしの身のまわりを大警戒しているのだ。それはつまり、わしが火星の秘密を地球人類につたえて、火星を攻める準備をするのじゃないかと、うたがっているのだ。しかし正直な話が、地球人はとても火星人をうち破る智力を持っていない」
 博士は残念そうに言った。
「だが、わしは火星兵団のことについては、いち早く地球人に知らせておいた。地球人は、それに発憤して、何か新発明の兵器でもつくるかしらんと思ったが、やっぱり智力が足りなかった。わしは、どうせそんなことじゃろうと思い、火星人には、絶対に気がつかれないように注意を払いつつ、或る研究をつづけていたのだ。その研究は、やっと完成した。これさえ使えば、火星兵団をうち破ることはそうむずかしいことではないと思う。そこでわしは、お前だけに、ほんとうのことを、うちあける気になったのだ。これまで、お前にも、わざとつらい目に合わせて気の毒だった。今こそわしは、全力をあげて火星兵団とたたかうぞ」
「おお、博士!……」
 新田先生は、意外また大意外の博士の話を聞いて、喜びのあまり、後の言葉が出なかった。
 蟻田博士の様子が、すっかり変ってしまった。
 博士は、今まで怪しい人物だとばかり思っていたが、本心を明かせば、実にえらい人物であった。博士は、ほんとうに地球人類のことをしんぱいし、そうして火星人を追いはらうことを研究していたのだ。
「博士。今度みごとに出来あがった博士の或る研究とは、どんなものですか。ぜひ、私にも教えて下さい」
 と、新田先生が言えば、博士はひげの中から口をもぐもぐと動かして、
「その研究のことは、ぜったい秘密にしておかなければならないのだが、ここだけの話として、お前にも話をしておこう」
 と、博士は先生のそばに、すり寄って、
「いいかね。わしは火星人の着ている殻(から)をうちやぶる毒ガスを発明したのだ。この毒ガスを十号ガスと名附けた。十号ガスを火星人に浴びせかけると、火星人が着ているあのかたい殻が、見る見る中に蒸発して、影も形もなくなってしまうのだ」
 それが十号ガスの偉力であった。たいへんな力を持った毒ガスである。新田先生はこれを聞いて舌を巻いた。
「十号ガスというのですか。なかなかすごいものですねえ。その十号ガスのため、火星人の殻が蒸発して、なくなってしまうと、それから火星人はどうなります」
「どうなると言うのか。それはわかっているではないか。火星人は、はだかになってしまう。地球の上で、火星人がはだかになれば、彼等は、すぐに死んでしまわにゃならん。なぜって、地球の上では大気の圧力が強すぎて、火星人の体はもたないのだ。火星人の体を、地球の強い圧力の大気から守るために、火星人は殻をつけているのだからねえ。それを取られりゃ、一たまりもなく、火星人は死んでしまうはずじゃ」
 十号ガスのすばらしい力!
 蟻田博士は、たいへんなものを発明したものだ。これなら火星人は、かなり苦戦に陥るであろう。
「全く、驚きました。何というりっぱな発明でしょう。怪人丸木が、この十号ガスをあびてふうふうするところを、今から想像すると、とても嬉しいですな」
 新田先生は、嬉しさのあまり、子供のように手を叩いたり笑ったり。
 それを見ていた博士も、すこぶる満足らしかったが、
「そこで、新田。わしはこれからしばらくお前にもあわないよ」
 と、博士は、とつぜん妙なことを言いだした。
「えっ、私にあわないとおっしゃると……。博士はどこへ行かれるのですか」
 先生は意外に思った。
「わしは、これからひとりで閉籠(とじこも)って、十号ガスをうんとつくらにゃならんのじゃ。火星兵団をやっつけるには、十号ガスをよほど多量にもっていなければならんのでのう」
 博士は、研究を完成した十号ガスを、これから製造にかかるというのだ。
「博士、私にお手つだいをさせて下さい」
「いや、それは困る。これはわしひとりが、たましいをうちこんで、作らんことには、いいものが出来ないのだ。誰かがそばにいると、気が散っていいものが出来ない」
「しかし博士、地球最期の日は、もうあと一週間そこそこですよ。十号ガスの製造に、あまり長く日がかかると、もう間にあいませんよ」
「それは大丈夫だ。あと三日あればいいのだ。じゃ、あとを頼んでおくよ」
「ああ博士、どこへ行かれるのですか」
 博士は、それには答えず、出て行った。


   52 矢(や)ヶ島(しま)天文台


 日毎夜毎(ひごとよごと)に、モロー彗星(すいせい)のすがたは怪しさを加えていった。
 今では、彗星の大きさは月をはるかにしのいでしまった。空を見上げると、まるで大きな光る飛行船を天に張りつけたようであった。
 モロー彗星の距離は、地球から月までの距離の何十倍ぐらいかのところまで近づいたのであった。あのすばらしい速さでもって、モロー彗星は間もなく月の側を通り越し、地球の正面へどうんとぶっつかるはずだった。
 人々は、もう殆ど全部が、おかしくなってしまった。もうあと七日足らずの生命だというので、変な遊びに熱中しているあさましい人間が町にあふれていた。そうかと思うと、中にはせっせと働いている者もあった。庭に一生けんめいに朝顔の種をまいている者があったり、町から投売の安い品物を買って来て、一生けんめいに納屋(なや)へしまいこんでいる者もあった。彼らはたいへん落着いて働いているようでありながら、その実は、やっぱりおかしくなっていたのだ。なぜと言って、朝顔の種をまいてみても、その花が咲くのは夏時分になる。夏までこの地球がもてばいいが、あと数日で崩壊してしまうのだから、彼のやっていることはどうもおかしい。安い品物を買集めている人にしても、やはり同じように、気がどうかしているのであった。
 たまに、まじめなことを言出す人があっても、誰もそれを本気で耳にとめる者はいなかった。モロー彗星は日毎夜毎にぐんぐんと大きくなり、それを見ていると、誰に説明を受けなくても、地球と正面衝突するであろうということが、誰にもわかりすぎるほど、わかったのである。
(もはや、さけることの出来ない悲しい運命だ!)
 誰も彼も、そう信じていた。
 天文台では、一日二十四時間、近づくモロー彗星の観測と記録とに、かかりきりであった。
 台員の数は、前に比べると五分の一に減ってしまった。非常に熱心な台員だけが、やがて自分の死も忘れ、それから今とっている記録もやがて灰になることさえ、あまり気にとめないで、手不足の中に観測をつづけていたのであった。
 天文台はじまって以来、これほどすばらしい観測材料がころがりこんだことは、前例がなかった。
 各国の天文台におけるモロー彗星観測の結果の中で、重要なものや、ひどく興味のあるものは、ラジオやテレビジョンでもって、ただちに天文台の名とともに放送された。
 しかし、その放送を聞いている者は、ほとんどなかった。どこの天文台でも台員は放送するばかりで、他人の放送を聞こうともしなかったし、また人手が足りないため聞いているひまもなかった。かえって、天文学者でもない素人の方が熱心に聞いていたのであった。その素人も、さっき言ったように、そのほとんど全部が気の毒なおかしくなった人であったわけだが……。
「矢ヶ島天文台発表」
 ぼそぼそした声で放送している者があった。
「矢ヶ島天文台? 聞いたことのない天文台だなあ」
 この放送を聞いていた病人が、にやり、気味の悪い笑いをうかべた。
「わが天文台は、一昨日から月に関する天文放送を始めていますから、今日以後の放送を、よく御注意下さい」
「なんじゃ、この放送者は、どうも頭がおかしいぞ。気がへんになったのじゃないかな」
 と、放送を聞いている病人が言った。モロー彗星のことで、世界は、ひっくりかえるような騒ぎをやっているのに、ひとり矢ヶ島天文台からは、月に関する観測を放送すると言うのであるから……。
 だが、月の南中の早い遅いは、果してばかばかしいことであろうか。
 矢ヶ島天文台では、それについて、こんなことを放送した。
「皆さん、月が怪しい運動を始めていますから、どうか御注意下さい。月がどうかしているのです。今は、たった百分の一秒とか、百分の二秒とかですが、この先、この異常運動がどういう風に変って行くか、注意していただきたいのです。もっと申し上げたいのですが、今は、このくらいにしておきます」
 矢ヶ島天文台は、たった百分の一秒の程度ながら、月が怪しい運動をしているから、注意をしてくれというのだ。
(モロー彗星・地球・火星と、この三つのものを考えなければならない地球人類にとって、この上、月のことまで心配させられてたまるものか)
 と、あざわらう人もあれば、おこる人もあった。
 人々のそういう声は、矢ヶ島天文台にも聞えぬはずはなかったが、この天文台長たる素人研究家の矢ヶ島君は、悪口には平気の平左で、月のことを熱心に研究して、人々の注意をうながしているのであった。
 また或る時、矢ヶ島天文台は、こんなことを言出した。
「皆さん、いよいよ月に注意していただきとうございます。月は、一日のうちに二度、異常運動をしていることがわかりました。そうして、異常運動はごくわずかですが、はげしくなって行くようです。明晩の月に特にご注意下さい。望遠鏡で月の面をごらん下さい。その時、月の面に、何か変ったことがあらわれるかも知れません。どうぞ、明晩の月を御注意下さい」
 矢ヶ島天文台は、すこぶる内気で、人々にこう呼びかけるのであった。
 明晩の月? 果してどういう月が眺められたであろうか。
 いくら矢ヶ島天文台の台長がおかしいにしろ、こう度々(たびたび)月のことばかりを言出すものだから、一度、その放送を聞いて気になり出した人は、そのあとも矢ヶ島天文台の放送を聞かないではおられなくなった。
 さて『明晩の月』と、昨日の放送で注意のあった月が、いよいよ夕刻から空に出たのであった。もういよいよ満月に近い明かるい月だった。
 空は雲もなかった。いやなモロー彗星の光の尾が、水平線から斜にぼうっと明かるく空を染めているが、これさえなければ、今宵は静かな美しい月の出よと、人々は楽しんだにちがいない。とにかく、その月が上ったのである。
 気にしていた連中は窓に寄ったり、屋根に上ったり、または望遠鏡を持出して、その月の面を眺めたのであった。
「なあんだ。別に、あのお月さまは少しもちがっていないじゃないか」
 いつも見る月と、月の面は少しもかわったことがない――と、そう思った人々は腹立たしさを感じた。いよいよ矢ヶ島天文台の台長のため、一ぱい食わされたかと思ったからである。
 ところがその中に、
「おやおや、どうもおかしいぞ!」
 と、首をひねった熱心な素人天文家が二、三いた。
「どうもおかしい。スミスの海が、すっかり見えなくなった。おやおや、これは今まで地球からは見えなかった月の面が、あそこのところへ見え出したぞ。そうだ、あの山なんか始めてお目にかかる山だ! これは不思議だ」
 不思議なことである。これがほんとうなら、月はこのところ急に地球に対して、少し軸をかえたらしいのである。
 果してそれにまちがいなければ、たしかに月は異常運動を始めたのである。一体それは、これからどんな影響を我が地球の上におよぼすのであろうか。
 矢ヶ島運動――と、後になって、この変な月の運動のことを呼ぶようになった。
(妖星モローが、一たび地球に襲いかかると、月さえ怪しげな運動を始める。何という歎かわしいことか!)
 そんな風に、矢ヶ島運動のことを歎く人もあった。
 さすがの蟻田博士も、このことには気がつかなかった。ちょうど博士は、地底深くはいって、例の十号ガスの製造に一生懸命になっていて、その他のことは、一切打棄ててあったのである。矢ヶ島運動が発見されたのは、その間の出来ごとであったのだ。素人天文家の大手がらであったのだが、その時は、誰もそれが大手がらであることに気がつかなかった。何しろ、もうあと数日後に地球が崩壊するという時のことだから、皆、かあっとのぼせていて、そんなことを静かに考えてみる人もなかったし、矢ヶ島その人は、ある予想はしていたものの、たいへん内気な人で、自分のような素人が言いだして、もしも間違っていたら申訳がないと、つまらぬ遠慮をしていたわけであった。
 矢ヶ島運動が、後にいかなる重大な事件をおこすか、それについては、今しばらく書くことをとどめていなければならない。
 新田先生も、この時は少しぼんやりしていたと言える。しかし、それも仕方がないことだった。先生は、蟻田博士が、人類のために断然立って、火星人と戦うと言ったので、嬉しさのあまり先生も、のぼせあがっていたきらいが、ないでもなかったのだ。
 それで先生は、その間何をしていたかと言うと、しきりに食料品を集めていたのである。これから宇宙へ飛出して、火星兵団と戦うことになれば、ずいぶん地球を離れることになろうから、その間、博士におなかをすかさせては、一大事だと思ったからである。……ある朝、突然、蟻田博士は部屋へ戻って来た。約束どおり、三日の後のことであった。


   53 ガスピストル


 蟻田博士が帰って来た。
 それは、約束にたがわず、ちょうど三日目のことであった。
「あ、博士。うまくいきましたか」
 新田先生は、何よりもまず、そのことを聞かずにはおられなかった。
「ああ、まずうまくいったつもりだ。これから毎日、十トンずつの十号ガスの原液を作り出せることとなった。これだけあれば、火星人と戦っても、まず大丈夫だろう」
「ほう、そんなにたくさん出来ますか」
 と、新田先生は目を円くした。
 一体、どこまで蟻田博士はえらいのだか、そのえらさ加減は、底が知れない。知らない者から見れば、博士はまるで魔術師のように見える。しかし博士は魔術師ではない。六十年近くというものを、研究にささげたそのとうとい努力の結果である。
「その十号ガスの原液は、どこにあるのですか」
「水道のように、管から出るようになっているよ。原液製造機械が動くと原液が出来る。それを地下タンクにためる仕掛になっている。そのタンクには、別に圧搾空気を使うポンプがとりつけてあるから、管の栓をひねると、その原液は水のように、いくらでも出て来るのだ」
 博士は事もなげに言う。
「ははあ、驚きましたねえ。ところで、その原液は、私たち人間にかかるとどうなりますか。やっぱり体が蒸発してしまいますか」
「いや、そんなことはない。人間の体を蒸発させるような、そんなものではない。しかし、何か作用があると思われるが、そのことは試験をしているひまがなかった。何分にも、早くこれを使わないと、火星兵団のため、崩壊前の地球を、すっかり占領されてしまうことになるからのう」
 と、博士はささやくように低い声で言って、持っていた荷物を開くと、中からピストルに似たへんな器具を取出した。
「博士、それは何ですか。変った型のピストルみたいに見えますが……」
 と、新田先生は言った。博士が荷をといて取出したのは、まさにピストルとしか見えないものだった。ピストルの胴を、うんとふくらませて、ひだをつけ、握ると、こぶしをすっかりかくしてしまうようなものだった。
「これかな。一挺お前にわたしておく。これは十号ガスを発射するガスピストルだ。あまり遠くへはとばないよ。まず百メートルが関の山だ」
「百メートル? 百メートルなら使いものになりますよ」
 新田先生は嬉しそうな顔で、博士からもらったガスピストルを握って、しきりに胸のところへ持って行ったりして、早く一発撃ってみたそうである。
 それを見て博士は言った。
「だめだめ。こんなところで、そのピストルを撃ってみても、こわれるものは一つもありはしない。それよりも、これからわしと二人で、火星兵団の奴を追いかけて、ためしてみようではないか。支度をしたまえ」
「えっ、ためしに火星人を撃ってみるのですか」
 先生は、嬉しいような、こわいような気持になった。
 博士の方は、そんなことには一向お構いなしに見えた。
「さあ、すぐ出かけよう。ついて来たまえ」
 と言ったかと思うと、はや部屋をずんずんと出て行ってしまった。先生は驚いてその後を追いかけたが、博士の姿は見えない。地下から地上へ出る階段をかけ上って見たが、博士はどこに行ったか見えない。
 そこで先生は、もう一度階段を下りて、もとの部屋へ引返そうと後へふり向いた。とたんに「あっ」と叫んだ。
 驚くのも道理、いつの間に忍び寄ったか、そこには、黒装束の火星人が立っていたのだった。
 先生はぎょっとした。いつの間に、火星人がこんなところまで、はいって来たのであろうか。全く、ゆだんもすきもあったものではない。
「博士、火星人がここにいます」
 先生は、ぱっと身をひるがえして駈出しながら、博士のうしろを追いかけた。
「わ、は、は、は、は」
 と、火星人は大声で笑った。
 先生は、もうだめだと思った。そこで、博士からあずかった十号ガスのピストルを、火星人の方へ向けて、
「さあ、これを食(くら)って往生しろ!」
 と言うなり、引金を引いた。
 ぱさっと音がして、ガスピストルはガスを撃出した。
 黄いろい煙があたりに広がった。
「わ、は、は、は、は」
 火星人は煙の中から笑う。
「しまった!」
 先生は、もう一度、ガスピストルの引金を引いた。
 ガスは、またばさっと音がして、火星人の方へ飛んで行って、もうもうと広がった。
「もうよせ、もうよいよ。わ、は、は、は、は」
 と、十号ガスの中で、火星人は苦しそうに笑いながら叫んだ。

 十号ガスでまいらない火星人だ!
 これではせっかく蟻田博士の発明した十号ガスも、さっぱり威力がないのだとわかると、先生はがっかりしてしまった。
「おい新田、お前はひどいことをするじゃないか」
 と、ガスの中から、火星人はおかしそうに言った。その声を聞いて、先生はおやっと思った。その声は、たしかに聞きぼおえがある!
「はてな?」
 と、先生は言った。
「はてなも何もないよ。わしじゃないか」
 と、黄いろいガスの中から出て来たのは、外ならぬ蟻田博士の顔だった。
「ああ、博士。やっぱり博士だったのですか」
「そうだ、わしだよ」
「でも、わたしは、たしかに火星人の姿を見かけたのですが……」
「わははは、まだまじめくさって、そんなことを言っているのか。あれはわしじゃよ。火星人の姿をしていただけじゃ。ほら、ここに衣裳があるのだ」
 と、博士は、黒いマントや黒い帽子を手でさし上げた。
「どうしたのですか、博士。なぜ火星人の姿などをなさるのですか」
「お前もずいぶん血のめぐりの悪い男だなあ。火星兵団のそばへいくには、こっちもやはり火星人の姿をしていかなくちゃ、向こうはゆだんをしないではないか」
「なるほど」
「さあ、お前も早くこの衣裳をつけて、火星人に化けるのだ。ほら、ここにある」
 と、博士は別の衣裳を先生の方にさし出した。
「ああ、そうでしたか。いや、よくわかりました。これはどうも、わたしがのぼせ上っていて大失敗をしました。あははは」
 と、先生は師の前で頭をかいたことであった。
 博士と新田先生とは、穴から外へ出た。外は、まっくらであった。
「おい、新田。ちょうどいい。いっしょに下の方へ下りていってみよう。赤羽橋あたりへ出れば、火星人に出会うかも知れない」
「はい」
 先生は、博士と並んで歩き出した。月が空にかかっていて、二人の影を地上にはっきりうつした。
 また別の方からは、モロー彗星が強い光を放って、二人に別の影をつけていた。先生は、火星人そっくりの自分の姿を見て、苦笑いをした。


   54 危機せまる


 ガスピストルを持っての初試験だ。
 蟻田博士と新田先生とは、火星兵団の者そっくりの姿をして、深夜の町をそろそろと赤羽橋の方へ歩いていった。
 町は、死んだように静かであった。
「博士、町は、たいへん静かですよ。この様子では、火星人は、引上げていったのかも知れません」
「そうだなあ、ちと静かすぎるのう」
 博士と先生とは、そんなことを言いながら芝公園の横をぬけ、電灯がぽつんとついている赤羽橋の方へ足を向けたのであった。
 その時、とつぜん、奇妙な声を二人は聞いた。声の方角は芝の山内だ。
 何を叫んでいるのかわからないが、たしかに何か重大なことが起ったらしく、金切声をあげている。それは一人や二人ではなく、かなりの人数だった。しかし人間の声かどうか、それがはっきりしないほど怪しいひびきを持っていた。
「おお、あの騒ぎは、たしかに火星兵団の者と人間とが、衝突したんだ。さあ、いって見よう」
 博士は、先生をうながして、赤羽橋を目の前に左へ曲り、芝公園の深い森の中へはいっていった。博士は、老人とも見えない元気であった。
 森の中をしばらく走っていくと、果して森の中の幅の広い自動車路の上で、入乱れて盛に格闘している一団のあるのを見つけた。
「あそこだ。おい、新田、そっとあそこへ近づくのだ。ガスピストルは、わしがうつまではお前もうってはならないぞ」
「はい、承知しました」
 二人がそっと近づくと、格闘している一団というのは、一人の火星人と、こっちの警官隊とであった。火星人を真中にして、警官隊はそのまわりを取巻いている。
 形においては、火星人を、警官隊が取巻いているのであったけれど、火星人の勢いはものすごく、警官隊は、むしろじりじりと押されていた。
「……この上は皆で、こいつにとびつくのだ。失敗したら、次は体あたりだ。とびついたら放すな」
 と、先頭に立ってさけんでいる声に、新田先生は聞きおぼえがあった。
「おい、いいか。突撃用意! 一、二、三! 突込め!」
 号令一下、わあっと、警官隊は剣や棒をふりかざして、火星人をめがけてうちこんでいった。
 ぷくぷく、ぷくぷく。
 火星人は妙なうなり声をあげて、一歩うしろへさがる。そこへ警官隊は、どっと、とびこんでいったのだ。
 それがはじまりで、あとは、ものすごい格闘がはじまった。あっと言う間に、警官の一人は、空中たかくほうり上げられた。他の一人は立木に、いやと言うほどたたきつけられた。勇敢にも火星人にとびついていった警官たちは、ことごとく火星人のために、あべこべにやっつけられてしまった。全く、おどろくべき火星人の大力であった。
 火星人の大力! それは警官隊もよく知っていたのだ。しかし警官隊は、市民たちを守るその職責のため、死を覚悟してこの大敵に向かって、とびこんでいったのだ。
「おい、がんばれ。死んでも一歩も引くな!」
 警官隊長らしいのが、金切声で叫んでいる。しかし部下の多くは深い傷を受けて、地上に倒れてしまった。隊長はそれを見ると、剣をとりなおして、みずから大力の火星人にぶつかっていった。
「あっ、あれは大江山さんだ、捜査課長だ!」
 と、新田先生がさけんで、思わず前へ、とびだした。
 大江山捜査課長だ!
 課長は、怪人にとびついた。
 火星人は、おこったような声を出して、課長をどうんと、つきかえした。
 課長は地上にひっくりかえった。体をひどく打ったらしく、課長はしばらく地上に体をくの字なりに曲げていた。――何しろ火星人の力ときたら、人間の十人力ぐらいのは、ざらにいる。
「くせ者! まだ降参せぬか!」
 課長は、やにわに起上ると、また火星兵団の怪人にとびついていった。
 火星人は、目を光らしたかと思うと、とびついて来る課長を、横あいから触手で強くはらった。
「あっ!」
 課長は、顔を押さえて、その場にどうと倒れてしまった。
 その時突然、木陰から五、六人の火星人が現れた。
 新田先生は気が気でない。早くガスピストルで火星人を撃ってやりたいと思ったが、博士がピストルを撃つまでは、決して撃ってはならないということになっているので、こまってしまった。
「博士、早くピストルを……。今、倒れたのは大江山課長ですよ」
 と、博士の耳もとで早口に言った。
「博士、課長や警官を見ごろしにするのですか。私はもう、がまんが出来ません。ガスピストルを撃ちますが、いいですか」
「待て、ガスピストルを撃つには、いい折がある。火星人のゆだんするまで待て」
 と、博士は先生の手をしっかりとにぎって放さない。
 その中に、課長も動かなくなる。他の警官たちも、火星人にかなわず、みんな長くのびてしまう。立っているのは火星人だけになった。それを見た博士は、
「今だ!」
 とさけんで、黒マントの下から、ガスピストルの口を出して引金をひいた。
 ついに蟻田博士の手によって、ガスピストルから第一弾が撃出された。
 ごうん。
 ぱかっというような音がして、その弾丸は一番いばっていた火星人の横腹に見事命中して、黄いろいけむりが、弾丸のあたったあたりから、もうもうとたちのぼった。
 火星人たちは、思いがけない出来事にあって、その場に茫然と立っていた。気をのまれたかたちである。
 弾丸が腹に命中したその火星人は、
(おや、へんだぞ!)
 というような身ぶりをして、黄いろいけむりがたちのぼる自分の腹を、触手でしきりに撫でまわしていた。この火星人こそ、大江山課長をやっつけた火星人だったのだ。
 そのうちに、ひどく大きな音で、
 しゅうっ!
 と、へんな音がした。
 とたんに、その火星人の体は、ふらふらと前後にゆれたかと思うと、積重ねてあった樽をたおすように、どすんと横たおしに、たおれてしまった。
 それを見て、他の火星人はまたびっくりしなおしたらしかった。彼らは、たおれた火星人のそばへ駈けよった。
 すると彼らは、そこで不思議な有様を見た。それはたおれた火星人の大きを腹の上から、黒いけむりがもやもやと盛に立ちのぼりつつ広がっていくと見ているうちに、あの丈夫なドラム缶のような胴が、どんどん湯気のように蒸発していって、やがてその下から、みにくい火星人の体が、小さくちぢこまって、あらわれたのであった。
 胴が蒸発して、なくなってしまったのである。さあたいへんである。どうしてこうなったのか、訳がわからないが、火星人たちは、びっくりしてそこをとびのいた。
「撃て! 今だ!」
 博士の声だ。ごうん、ごうんと、博士と先生とは、残る火星人めがけてガスピストルを撃出した。
 十号ガスのききめはものすごかった。
 蟻田博士と新田先生とは、のこりの火星人めがけて、ガスピストルを、どんどんぶっぱなした。
 ごうん、ごうん、ごうん。
 ぱかっ、ぱかっ。
 弾丸は、おもしろいほど火星人の胴中(どうなか)にあたる。そうして黄いろいけむりがむくむくと出て来る。
 火星人はそのけむりにおどろく。
 ひゅう、ひゅう、ひゅう。
 ぷく、ぷく、ぷく。
 妙な声を出して、火星人たちがさわいでいるうちに、あっちでもこっちでも、しゅうっ、しゅうっと音がして、火星人のかぶっている固い胴が、湯気のようにとけてしまうのであった。
 どたり、どたりと火星人たちは、黄いろいけむりに包まれ、大地の上にころがる。

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