火星兵団
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著者名:海野十三 

 しかも博士は、その部屋へいく時は、きっと、横目でじろりと新田先生の様子をうかがい、それから先生に気づかれないように、そっと大引出をあけ、中から鍵を取出し、てのひらに握ってから、席をはなれるのであった。
 だが、鍵は時々がちゃりと音をたてることがあった。そういう時博士は、はっと息をとめ、ゆだんなく新田先生の顔を、しばらくじっと見つめていた。新田先生がそれに気がついた時は、博士は席を立つのをあきらめる。もし新田先生が気がつかないでいると見ると、はじめて席をはなれるのであった。そうして奥まった部屋へ出かけていくのであった。そういう時、研究室の廊下へ通じる扉には、かならず外からかけがねがかけられていて、先生がハンドルをまわしても、向こうへは、あかなかった。
 でも、新田先生は、博士が、その大切な鍵をつかって奥の部屋をあけているのを、ちゃんと見て知っていた。それは、扉の下の方に、一つの節穴があって、そこからのぞくと、廊下の奥で、博士がやっていることが、手にとるように、わかってしまうのだった。
 その部屋の中には何があるのかは、まだわからないが、これほど大切な鍵ならば、それをいつもポケットに入れておけばいいと思うのに、博士は用のない時は、鍵を持っているのがきらいらしく、いつも大引出の中へしまうことにしていた。
「ああ、あった。これだ、鍵は!」
 新田先生は、大引出の中の書類の下にかくしてある鍵を、ついに見つけ出したのであった。
「さあ、今のうちだ」
 新田先生は、蟻田博士の机から、鍵を取出すと、いそいで廊下へ飛出した。その奥には、博士が秘密にしている部屋がある。
 恩師の秘密にしている部屋を、その許(ゆるし)もなくて、ぬすんだ鍵であけてはいるなんて、けっしていいことではなかった。しかし、ぜひともそれをしなければ、気のすまない新田先生であった。
 先生には、一つの信念があったのである。それは、秘密室へしのびこむのは、悪いことではないと信じていたのだ。なぜならば自分だけがとくをするために、むやみに他人の秘密室にはいるのは、どろぼうみたいなものである。しかし新田先生は、自分だけのとくを考えているのではない。そうすることによって、地球の全人類を、だんだん迫って来た大危難から救う道を発見したいのであった。どろぼうみたいなまねをするにはちがいないが、その気持は実に正しく、そうして尊いものであった。
「さあ、この鍵で、この部屋があくはずだ。どうかあいてくれますように」
 先生は、心の中で祈りながら、秘密室の鍵穴に鍵を入れてまわした。
 すると、がちゃりと錠のはずれる音がした。
「しめた!」
 先生は、喜びの声もろとも扉をおして、中へ飛込んだ。さて、どんなにおどろくべきものが、室内に積みかさねられてあるのであろうか。新田先生の胸は、どきどきと大きく動悸を打った。
 さて、先生の目には、どんなものがうつったか。
「あれっ」
 先生は、そこに棒立ちになったまま、目玉をぐるぐるっとまわした。思いもかけないこの部屋の有様であった。
 新田先生は、博士の秘密室の中で、一体何を見たのであろうか。
 意外にも意外! その部屋は、空っぽも同様であった。
 そのだだっぴろい部屋には、湿気のために、妙な斑点のついた床があるばかりで、その床の上には、何もないのであった。まるで、雨天体操場みたいなものであった。
「なんだ、何もないではないか」
 新田先生は、目をぱちくりした。
 全く何もないのであった。
「不思議だ、不思議だ。これは不思議だ」
 先生は、あまりの意外さに、つづけて同じ言葉をはいた。
 どう考えても変である。博士があれほど注意を払って、大切にしている部屋であるにもかかわらず、床ばかりで、何物もおいてないというのは、腑に落ちかねる。
 もっとも、鼠色によごれた壁には、背の高い柱時計がかけてあった。しかもその柱時計は、なぜかわからないが、並べて二つかけてあった。
 どっちも、たいへん古めかしい飾りがついている、振子形の旧式時計であった。
 振子は、どっちの時計の振子も、とまっていた。つまりうごかない二つの柱時計が、このがらんとした秘密室の留守番であったのである。
「まてよ、この二つの柱時計が、値打のある宝物なんかではなかろうか」
 新田先生は、柱時計がかかっているその下まで出かけていって、それをていねいに何度もよく見たのであった。
 たしかに古くて、時代がかったものであったが、作りもそうりっぱなものではない。むしろ安時計と見てもいいものだ。
「変だなあ。なんとなくわけがありそうな時計だけれど、どうもわけがわからない」
 そう言って、先生はなおも柱時計の文字盤を、じっと見すえたのであった。
 まるで、二つの柱時計が、留守番をしているような、がらんとした空部屋だ。これが、蟻田博士が、厳重に鍵をかけておく、秘密の部屋なのだ。
 しかし、こんながらんとした空部屋の、どこが秘密にしておく必要があるのであろう。空部屋ならば、扉に鍵をかけておいても、或はまた、鍵をかけないで、あけ放しにしておいても、同じことではないか。
 新田先生は、部屋のまん中に立って、あきれ顔で、部屋中をいくども見まわしたのであった。
「どうも、おかしい。しかし、博士が鍵をかけておく以上、この部屋には、何か重大な秘密のものがあるにちがいない」
 新田先生は、そのように判断した。
「でも、見たところ、あやしいのはこの二つの柱時計だけだが、一体こんな柱時計が、何の役をしているのであろうか」
 先生は、また柱時計のそばへいって、つくづくと見なおしたのであった。
 その柱時計の針は、どっちもとまっていた。また、時計の上には、ほこりがたまっていた。
「ふうむ、この時計は、近頃、ずっととまっていたんだな」
 新田先生は、柱時計の振子に、くものすがかかっているのを見て、そう言った。
 するといよいよわからない。博士は、たびたびこの部屋に出入しているのだ。きょうもたしか、この部屋にはいったことがあった。
 博士は、この時計が示している時刻を見るために、この部屋へ出入するのではあるまいかと思ったが、時計は振子がずっととまっているのであるから、見ても何にもならないはずであった。すると、ますますわからなくなる。この部屋の秘密は、一体どこにあるのであろうか。新田先生は、途方にくれてしまった。
「どうも、わからない!」
 新田先生は、蟻田博士の秘密にしている空室のまんなかにしゃがんだまま、とけないこの部屋の謎を、じっと考えこんだ。
 だが、先生は気が気ではない。警視庁へ出かけた博士が、いつ、ここへかえって来るか、知れないのだ。
 見つかれば、たいへんなことになる。博士にことわりなしに鍵を持出し、この秘密室にはいっているのだから、見つかれば、博士はどんなに怒り出すか知れない。その結果、せっかく新田先生が、博士の力を利用して、モロー彗星衝突によるわが地球人類の全滅を、何とかして食いとめたいと努力をしていることが、一切だめになる。
 先生は、腕ぐみをしてしゃがんだまま、しきりに頭をふったが、この部屋の謎は、一向にとけなかった。
 先生が、考えこんでから五、六分のちのことであったが、ふと先生は、あやしい物音を耳にした。
「おや、何の音だろうか、あれは……」
 先生は、けげんな顔で、聞耳をたてた。
 ごとん。――しばらくして、また、ごとん。
「ああ聞えた。あれは一体何の音だろうか。うむ、床下から聞えて来るようだ」
 先生は、足音をしのばせて、立ちあがった。どこかに、床下へはいる場所がありはしないかと、部屋の中を見まわしたが、何しろ、とっさのことでもあり、そんなものは見あたらなかった。
(どうしたら、床下が見えるだろうか?)
 先生は、考えた。
 ごとん。ごとん。
 又しても、怪音は床下から聞えて来る。
(そうだ。庭へ出て、外から床下をのぞいてみよう)
 先生は、そう決心すると、さらに足音をしのばせて、そっと部屋をたち出でた。


   18 命びろい


 床下の怪音!
 新田先生は、その怪しい音こそ、蟻田博士の秘密室の謎をとくものであろうと思った。
 先生は、くらがりの庭を、足音をしのばせて、秘密室の外まわりをまわった。
(どこかに、入りこめる穴があったように思っていたが……)
 先生は、その建物の床下に、空気を通じるための穴があって、そこに鉄の格子がはまっていたことを思い出したのであった。それで先生は手さぐりで建物の外をさぐってまわった。気はいらいらするが、もしも相手が生き物だったら、たいへんだと、一生けんめいに、はやる心をおさえた。
 だが、一体何だろう、あの音は?
(あっ、穴だ!)
 先生の手が、穴にふれた。四角い窓のようにあいていた。
(おや、鉄格子が、はまっていたはずだが、外してしまってあるじゃないか」
 鉄格子は、なくなっていた。誰が外して持っていったのであろうか。
 窓のところから、すうと風が出て来るのが、はっきり感じられた。
 ごとん。
 またあの怪しい音がした。どうも人間がいるらしい。
 先生は考えた。どうしてやろうか、と。だが、ぐずぐずしていられないことはたしかであるから、思い切って、先生は床下に向かって声をかけた。
「誰だ、そこにいるのは?」
 ごとん――と、また音がしたけれど、へんじがない。
「そんなところにはいりこんでいては、困るじゃないか。用があるなら、こっちへ出て来たまえ」
 先生は、床下にひそんでいるのは、刑事かも知れないと思ったので、なるべく鄭重に言った。
 新田先生は、マッチを出して火をつけた。
「とにかく、こっちへ出て来たまえ」
 と、空気穴から声をかけた。
 すると、床下では、ごとんごとんとつづけざまに音がしたが、やがて何者かが、こっちへごそごそはい出して来る様子。
「いよいよ、おいでなすったな」
 と、新田先生は、体を建物の土台の方へよせて身を守りながら、また新しいマッチに火をつけた。
(もし、変な奴だったら、この空気穴から頭を出したとたんに、力一ぱい首をしめてやろう!)
 そう思って身がまえたとたん、近づいた床下の怪物は、
「先生、新田先生ではありませんか」
 と、意外な言葉を発したのであった。
 驚いたのは新田先生だ。下手をすれば、どうんとピストルのたまぐらい、こっちへ飛んで来るだろうと思っていたのに、意外も意外、その怪物は自分の名を呼んだのであった。
「だ、誰だ!」
 新田先生は、どなり返した。
「先生、やっぱり、新田先生だ。僕です、僕です」
 僕です、という声とともに、空気穴からかわいい少年の顔が、こっちをのぞいた。
「あっ」
 新田先生は、思いがけない驚きにあって、しばらくは口がきけなかった。
「先生、僕、千二ですよ。ああ新田先生だ。よかった、よかった」
 新田先生は、空気穴の方へ手をさしのばして、
「ああ、千二君だ。ほんとうに千二君だよ。どうして、こんなところへ……」
 と、言ってから気がつき、
「さあ、早く、こっちへ出て来たまえ!」
 空気穴から千二少年がはい出して来た。
「おお、千二君。よくまあ……」
「先生!」
 二人は、思わず抱きあって、涙にむせんだ。
「先生は、どうしてこんなところに、いらっしゃるんです」
「ああ、これには、わけがある。要するに、君を助けたいためと、もう一つは、もっと大きなものを助けたいためだ」
「もっと大きいものって何ですか」
「それはね――」
 と言いかけたが、先生は、あわてたようにあたりを見まわし、
「それは、話が長くなるから、いずれあとで、ゆっくりして上げるよ」
 と言って、それから改まった口調になって、
「私のことはともかくとして、千二君、君は一体どうしてこんなところへ? 警視庁を脱走したのじゃあるまいな」
「ああ、そのことですか。先生、心配しないでください。僕は、おひる前、もう帰ってよろしいというので、久しぶりで自由の身になれたんです」
「それはよかった。が、ほんとかね。じゃあ、なぜこんな床下にもぐりこんでいたんだい。許されて出たものなら、堂々と町を歩いていてもいいはずではないか。どうも、おかしいじゃないか」
 新田先生は、千二が、こんな床下にもぐりこんでいたのは、やはり心の中に、うすぐらいところがあるのではないかと、心配しているのだった。
「僕、うそなんかつきませんよ。じつは、僕、日比谷公園のそばで、丸木のため、むりやりに自動車に乗せられて、こっちへ連れて来られたんです」
「なに、丸木が?」
 と、新田先生は、驚いて言った。
 そこで千二は、日比谷公園のそばで、怪人丸木のため、むりやりに自動車にのせられたことや、丸木の自動車が交通違反をしたため、オートバイの警官に追いかけられ、とうとうこんな方角へ来てしまったことなどを話した。
「……すると、先生。僕は、おどろいてしまったんです。とつぜん自動車の行手に、『危険! この先に崖がある』という注意の札が見えたんです」
「ほう、ほう」
「危険の札が、立っているのに、丸木はそのまま、そこを突破したんです」
「ほう、らんぼうだね。それじゃ、自殺するようなものだ」
「そうです。僕は、もう死ぬことを覚悟しました。すると、そのとき丸木は、片手で運転台の扉をさっとあけました。そうして、僕の体を、力一ぱい、車の外へどんと突きとばしたんです」
「なるほど、なるほど」
「僕は、思わず目を閉じました。頭をぶっつけては即死だと思ったので、両腕で、自分の頭を抱えるようにしたことまで覚えています。それから後のことは、なんにも知りません。丸木がどうしたのか、自動車がどうなったのか」
「それで……」
「気がついてみると、僕の頬ぺたが、ちくちく痛いのです。それから、だんだんと正気にもどってみますと、僕は、さつきという木がありますね。あのさつきの繁みの中にころがっていたんです」
「ふん、さつきというと、この屋敷にも、たくさんあるが……」
「そうなんです。そのさつきは、この屋敷のものだったんです。僕の落っこったところは、屋敷の外まわりに芝の植っている堤がありますね。あの堤を越して、下にごろごろと落ちて、気を失っていたんです」
 聞けば聞くほど、あぶない命のせとぎわであった。よくぞ千二少年は、一命が助かったものであった。
 堤下の、さつきの繁みの中に、気を失っていたので、あとをおいかけていた警官は、そばまで来ながら、千二がいることには、気がつかなかったものらしい。
 いや、警官たちは、それよりも、崖下に落ちていった自動車のことばかりに、気をうばわれていたのかも知れない。自動車は、怪人丸木をのせたまま、崖から下へ落ちていった。そうして、めちゃめちゃにこわれてしまい、やがて車体は火に包まれてしまったのだ。誰も彼も、この方に注意をうばわれたのは、もっともだった。
「ふうん、全く、驚いた話だ」
 と、新田先生は、大きな息をついて、千二少年の命びろいを喜び、
「その運転手は、怪人丸木にちがいないかね」
「丸木ですよ。僕は、丸木の顔をよく知っていますから、見ちがえるようなことはありません」
「ふうむ、やっぱり、ほんとの怪人丸木か。あいつは、もう、こっちにはいないだろうと思っていたのに」
「先生、丸木は、僕をさらって、何をするつもりだったんでしょうか」
「さあ、それも、私の思いちがいだった。先生はね、丸木が千二君を……」
 と言ったが、そこで先生は気がついて、ことばを止めた。新田先生は、丸木が千二君を捕えたのは殺すつもりだったと思っていたのだ。
「――とにかく、丸木は、君の命を助けたことになって、丸木は命の恩人だとも言えるね」
「でも、先生。僕、丸木のことを恩人だなんて思うのはいやですよ」
「そうだろうね」
 先生はうなずいた。でも、新田先生は、丸木は千二を殺すだろうと思っていたのに、かえって命を助けたことが、不思議でならなかった。
「丸木は、どうしたろうね」
「さあ、どうしたでしょうね」
 新田先生と千二は、丸木のことが心配でならなかった。
「とにかく、自動車は崖下に落ちたんだから、崖下へ行って調べてみれば、よくわかるだろう」
 新田先生は、いま崖下で、警視庁の掛官たちが集って、しきりに手がかりをさがしているとは知らない。
 怪人丸木は、一体どうしたのであろうか。彼は、自動車もろとも崖下に落ちて、死んでしまったのであろうか。
 りくつのうえでは、どうしても、そうならなければならないのであったが、丸木の骨が見つからない。これは、どうもへんである。
(自動車に乗っていた大人と少年とは、どこかに生きているとしか、思われない)
 と、大江山捜査課長は、現場の模様から、そういう断定をした。そうして、刑事の佐々に笑われたのであった。
(佐々が笑うのも、むりではない。あの崖から落ちて、こんなにこわれてしまった自動車に、乗っていた人間が死なずに生きているなんて、べらぼうな話だ。しかし、現場の模様は、それにちがいないと教える!)
 大江山課長は、永年の経験で、どこまでも証拠のうえに事件の解決をきずいていく人だった。証拠のないものは、決して信じないのだ。
 ともかくも、課長の推察の半分は、たしかにあたっていた。なぜならば、千二少年が、ちゃんと生きていたではないか。
 だが、大江山課長も、まさか自動車が崖をふみはずす前に、千二少年が車外へつきおとされたのだと、そこまでは、気がつかない。
 千二少年は、助って、ちゃんと生きている。では残りの怪人丸木はどこにいるのであろうか? そうして、どうして、命をとりとめたのであろうか?


   19 怪力(かいりき)


 大江山課長は、崖の下に集っている警官や、刑事たちを励まして、再び念入の捜査をするように命じた。
「必ず、この附近に、何かの手懸(てがか)りが残っているはずだ。それを探しあてないうちは、われわれは、いつまでも、ここから引上げない決心だ。さあ、しっかり探してくれ」
 課長は、聞くのもいたましい声で、そう叫んだのであった。
「よろしい、やりましょう」
 部下は、そう答えて、課長の前を散った。篝火(かがりび)が点ぜられ、現場附近は、更に明かるくなった。捜査のため、右往左往する人々の顔が、その篝火をうけて、鬼のように、赤く見えた。
 このとき佐々(さっさ)刑事は、懐中電灯を照らして、自動車の落ちた崖のすぐ下のところを、しきりに探していた。
「この辺に、足跡がついていなければならぬはずだが……」
 と、彼は、ていねいに、崖下を、しらべて歩いた。
「こうあたまを使うのだったら、ライスカレーを、うんとたべてくるんだったのに……」
 あたまのよくなるライスカレーのことを、佐々刑事は、思い出して、うらめしくなった。
 そのとき、佐々刑事の進んでいく方角から、反対にこっちへ歩いて来る一人の警官があった。彼は夢中になって、崖下を照らしている佐々刑事の姿を、様子ありげに、じろじろと見ていたが、やがてあたりを振りかえり、足早に佐々の側へ近づき、
「おい君。この辺で、子供を見かけなかったか」
 と、声をかけた。
「なに、子供?」
 佐々は、顔を上げたが、けげんな顔。
 とつぜん呼びかけられて佐々刑事はちょっと面くらった。
「子供って、何のことだね」
 と、佐々は問いかえしながら、相手の顔を見た。
 相手は、制服すがたの警官だった。帽子をまぶかにかぶって、その帽子の庇(ひさし)から、こっちをじっと見ている。しかし、佐々刑事は、そのような顔の警官に始めて会う。芝警察署あたりから応援に来た警官だと、佐々は思った。
「子供だ。この辺で、子供を見なかったかね。その子供は、死んでいたかも知れない。子供の足跡でもいい。君知っていたら、教えてくれたまえ」
 その警官は、つかえながら、そんなことを言った。
「さあ、僕は、何も見かけなかったよ」
 相手の様子が、何だか変である。よく見ると、その警官は、あごからのどへかけて、白い繃帯(ほうたい)をまいているのであった。
「君、どうしたんだ、その繃帯は?」
 と言って、佐々は、すこし失敬かなとは思ったが、懐中電灯を相手ののどに向けた。
 すると、相手はびっくりして、
「な、何をする!」
 と叫んで、横にとびのいた。
「やあ、失敬失敬。いや、その繃帯はどうしたのかと思ってね。どこで怪我をしたのかね」
「かぜをひいたのだ。それで繃帯をまいているんだ」
 相手はつっけんどんに言った。
「そうかね。かぜをひいているのか。でも、あごまで繃帯で包んでしまうなんて、君はずいぶん変っているね」
「ふん、おれのすることに、君が口出しすることはないよ」
 と、相手はおこったような、ものの言いかたをした。
「君が探している子供というのは、一体どうした子供なんだね」
 佐々刑事は、かわり者の警官に、それをたずねた。
「ああ、その子供というのはね、背が、これくらいの少年なんだ」
 と、顎に繃帯したその警官は、自分の胸あたりに、手をあげた。
「名前は?」
「名前は――名前は、千二というんだ」
 と、警官は言った。
「千二というのか。はて、聞いたような名前だが……」
 佐々刑事は、小首をかしげた。
 千二? そうだ、千二といえば、あの天狗岩事件や銀座事件で、つかまったあの少年が、千二という名前だった。
「千二というのは、けさ警視庁から放免された千葉県生まれの少年のことじゃないのかね」
「ああ、そうかもしれない。とにかく、その千二という子供に会いたいという者があって、それからの頼みで探しているんだ」
「へえ、そうかね。で、それを頼んだ者というのは、誰かね。もしや、丸木とかいう、怪しい男じゃなかったかね」
「丸木?」
 と、顎に繃帯を巻いた警官は、何にびっくりしたのか、ちょっと口ごもったが、
「ああ、あの丸木なら、もう死んでしまったじゃないか。ほら、あそこで皆が、火をたいて集っているが、丸木は、自動車に乗ったまま、この向こうの崖から墜落して、死んでしまったということだよ。丸木は、もうどこにもいない」
「ほう、君は、丸木のことをよく知っているね。それから、千二少年のこともよく知っているらしい。一体、君は、どこの警察署の人かね」
「わしのことかね。わしは、そのう、つまり日比谷(ひびや)署の者だ」
「うそをつけ!」
 佐々刑事は、何と思ったのか、顎に繃帯をまいている警官に、うそをつけと、はげしいことばを吐いた。
「何が、うそだ。警官に対して、何をいうのか。お前こそ、どこの何者だ」
 相手は、きびしく、佐々に向かって、逆襲して来た。
「君は、おれを知らないのか。すると、いよいよ君は、もぐりの警官だということになる。おれは、本庁随一の腕利刑事で、佐々というけちな男だ」
「えっ」
「おれが腕利だということは、もう四、五分のうちに、君にもわかるだろう」
「なにっ」
 相手の警官は、思わず一、二歩、うしろへ下った。
「――ということは、おれは偽警官の貴様をふんじばって、留置場へのおみやげをこしらえようとしているんだ。こら、神妙にせい」
 佐々刑事は、いきなり相手におどりかかった。
 相手の警官は、逃げるひまがなかった。佐々は、彼を、その場に押したおそうとしたが、
「おや、貴様は、何を着ているのか。うむ、鎧(よろい)を着ているんだな。いよいよあやしい奴だ。神妙にしろ!」
 と、ねじふせようとした。
 ところが、相手は、佐々に抱きつかれたような恰好だが、びくともしなかった。
「それを知られたからには、貴様の命はもらった。かくごしろ」
 ううんと、相手は、うなった。そうして、あべこべに、佐々の胴中へ手をまわし、ぎゅうとしめつけた。
「なまいきなまねをしやがる。貴様は、佐々刑事の強いのを知らないと見えるな」
 相手の警官は、なかなか強かった。
 のどに繃帯をまいて、かぜをひいているとか言っていたので、さぞ弱い相手だろうと思っていたが、なかなかどうして、強かった。佐々刑事は、たじたじであった。
 二人は、組みついたり、離れたり、うちあったりしたが、なかなか勝負がつかない。
 こんな場合、佐々刑事は、もっと早く助けをよぶべきであったと思う。ところが佐々は、自分一人の手柄にしようと思って、大いにがんばったのであった。
 ところが、どうも佐々の方が旗色が悪い。助けの声を出そうにも、声を出す隙さえないという有様だった。
「あっ……。うむ」
「ぶうーん」
「やっ。えいっ」
「ぶうーん」
 苦しいかけ声をかけているのが佐々刑事で、相手の警官は、ぶうーんと、妙なうなりごえをあげる。どこまでも、かわった人物だった。
(こいつは手ごわい相手だ。ぐずぐずしていると、あいつの鉄拳で、こっちの肋骨を折られてしまうかもしれない。何とかして、早いところ、相手をたおしてしまわねばならぬ!)
 佐々刑事は、だんだん無我夢中になって来た。どこか、相手の隙はないか。
 そう思っている時、彼は、一つの隙を見つけた。
「これでもかっ!」
 佐々刑事は、飛びこみざま、相手の顎を下からうんとつきあげた。ぐわんと、はげしい音がした。
「あいたっ」
 佐々刑事は思わず悲鳴をあげた。拳の骨が、くだけたと思ったのだった。相手の顎のかたいことといったら、まるで石のようだ。
 相手は、よろよろとよろめいた。その時佐々は、びっくりして、目をみはった。
「あっ、首が……」
 佐々は、自分の目をうたがった。相手の警官の肩の上から、首が、急に見えなくなってしまったのである。
 警官の首は、どこへいった?
 そんなばかな話があってたまるものではない――と、誰でも思うであろう。ところが、そのばかばかしいことが、ほんとうに起ったのである。佐々は、面くらった。そうして、背筋から冷水をざぶりとあびせかけられたような気がしたのであった。
「おれは、わけがわからなくなったぞ。おれは、相手の首を、たたき落してしまったんだ!」
 首を落された警官は、たおれもせず、そのまま、ちゃんと立っていた。白い繃帯が、ばらりととけて、ひらひらと肩にまつわる。首のないくせに、彼はなおもはげしく、佐々の方にむかって来る。彼の鉄拳が、ぶんぶん佐々の目をねらって飛んで来た。
「あれっ。おれはおかしくなったんじゃないかしらん。首のない人間と、たたかっているのだ!」
 佐々は、こんな気持の悪い思いをしたことは、生まれてはじめてだった。てっきり自分はおかしくなったのだと思った。おかしくなったから、首のない人間が、生きているように見えるのだ。
「ぶうーん」
「あっ、いた――」
 とつぜん、佐々の顎に、相手の鉄拳が、ごつんとはいった。彼は、顎が火のようにあつくなったまでしかおぼえていない。佐々は、はり板をたおすように、どすんと、うしろへたおれた。そうして気を失ってしまった。
 首のない怪人は、ここで、にやりと笑いたいところであったろう。しかし首がないので、笑うわけにはいかない。
 そこで彼は、ちょっとしゃがむと、両手をのばして、うしろに落ちていた首をひろい上げた。
 怪人が、首をぽろりと落した。
 佐々刑事も、そこまではちゃんと見ていたから、間違ない。
 ところが、そのあとで、怪人は腕をのばして、自分の首をひょいと拾い上げたのだった。その時には佐々刑事は、怪人から一撃をくってひっくりかえっていたから、何も知らない。もしも、そこまで見ていたとしたら、恐らく、佐々刑事は自分の目をうたがって、発狂してしまったかも知れない。
 怪人が、首をぽろりと落したこともほんとなら、また、首を拾い上げたことも、ほんとであった。
「そんなばかなことが!」
 と、叱られるかも知れない。だが叱られても仕方がないのである。あたりまえの考え方では、首がぽろりと落ちれば、その人間は死んでしまうのだから。死んでしまった体が、手をのばして自分の首を拾うなんてことが、出来ようはずがないのだ。普通に考えれば、そうであった。
 しかし、事実は、たしかに怪人の首がぽろりと下に落ち、そうして怪人が手をのばして、その首を拾い上げたのである。そのことは決して間違ではない。
 結局、そのように、普通では考えられないことが起ったについては、普通でないわけがあると思わなければならない。そのわけとは、どんなことであるか?
 そのわけの一つは、顎に白い繃帯をしていた警官が、ただ者ではなかったということだ。
 怪人! そうだ、たしかに怪人であった。しかも、この怪人こそは、外ならぬ丸木であったのである。
 丸木だろう――とは、気がついていた読者もおありであろう。しかし、丸木の首が落ちても、丸木は平気で生きていられるんだとは、まさか、だれも考え及ばなかったであろう。
 怪人丸木は、自分の首を拾うと、それを小脇にかかえて、どんどん逃出した。そうして、どこへいったか、姿は闇にまぎれて見えなくなった。
 この怪事件は、佐々刑事が息をふきかえして、始めて大江山課長をはじめ、警視庁の掛官たちに知れわたったのであった。
「その曲者は、きっと丸木だろう。そのへんをさがしてみろ。裸になっている警官が、みつかるにちがいない」
 さすがに、大江山捜査課長は、すぐさま、怪人の正体を言いあてた。
「えっ、丸木があらわれたのですか」
「警官などにばけるとは、ひどい奴だ」
 と、掛官たちは、意外な面持であった。
 大江山課長は、ただちに自ら指揮をして、丸木のあとを追った。
「丸木だと思ったら、かまわないから、すぐピストルを撃て! ぐずぐずしていると、こっちがやられるぞ。あいつは、多分人間じゃないんだろう」
「えっ。課長、丸木は人間ではないのですか」
 と、部下の一人がきいた。
「うん、ばかばかしい話だが、そういう考えにならないわけにいかないのだ」
「課長!」
 その時呼んだのは、佐々刑事であった。彼は、同僚の手あつい介抱で、やっと元気をとりもどしたのだった。
「どうした、佐々。もう大丈夫か」
「さっきは、残念ながら、やっつけられましたが、もう大丈夫です。ねえ、課長。相手は人間でないそうですね。課長が、おばけの存在を認めるようになったとは驚きました。大へんなかわり方ですなあ」
「おばけというのは、どうもことばが悪いがしかし、たしかに、丸木という奴は、おばけの一種だ!」
 課長は、そう言って、唇をかんだ。

 怪人丸木は、どこへ逃げた。
 大江山課長は、部下を励まして、あたりをさがさせた。中にも、佐々刑事は、さっき丸木にやっつけられたくやしさもあって、たいへんな、はりきり方であった。
「こんど丸木に出会ったら、僕は、どんなことがあっても、あいつの首を分捕ってやる」
 佐々刑事は、そんなことを言っていた。
「怪人丸木の首を分捕る? そんなものを分捕って、どうするんだ」
 と、同僚が聞くと、佐々は肩をゆすりあげて、
「ふん、あいつの首の使い道か。僕は、あいつの首をきざんで、ライスカレーの中へたたきこむつもりだ」
「えっ、君は、あいつの首を食うつもりか。とんでもないことだ、君は食人種かね」
「食人種? そうじゃないよ。丸木が人間なら、あいつの首を食べればそりゃ食人種さ。しかし丸木は、人間じゃないんだ。だから、僕は食人種になりはしないよ」
「じゃあ、何になるかなあ」
「食化種さ。お化の味を、僕が第一番に味わってみようというわけさ。もし、おいしかったら、君にも分けてやるよ」
「じょうだんじゃない。お化の肉のはいったライスカレーなど、まっぴらだ」
「さあ、くだらんことを言わないで、早く丸木をさがし出せよ」
「くだらんことを言っているのは、佐々君、君だよ」
 そんなさわぎのうちに、とうとう不幸な半裸体の警官が見つかった。彼は、すっかり官服も帽子も奪いとられて、草むらに倒れていた。課長以下は、すぐさま手あつい介抱を加えたが、残念ながら、もうだめであった。肋骨(ろっこつ)が三本も折れて、ひどく内出血していた。
「かわいそうなことをした」
 と、大江山課長は涙をのみ、
「丸木という奴は、いよいよ人間じゃない。人間なら、こんなに残酷なことは、しないだろうに」


   20 秘密室


 こっちは、新田先生と千二少年とであった。二人は不思議な再会に、手をとって喜び合ったが、話はつきなかった。
 だが、そのうちに、新田先生は、蟻田博士が間もなく帰って来るだろうということに気がついた。そうして、同時に、まだ謎のとけない博士の秘密室のことも思いだしたのである。
 そこで、新田先生は、話をしてみても、しようがないと思ったけれど、千二少年に向かい、
「なあ、千二君。先生は、君を助けようと思って、ここへ来たのではなかったのだ。実は、君のかくれていたところは、蟻田博士の秘密室の床下だったんだよ」
「えっ、博士の秘密室?」
「そうだ。蟻田博士が、たいへん大切にしている部屋なんだ。ところが、その部屋へはいってみたところ、部屋はがらん洞で、何も置いてないんだ」
「空部屋(あきべや)なんですね」
「うん、空部屋なんだよ。ただ、柱時計が二つ、壁にかかっているだけだが、この時計も、べつに変った時計でもなく、昔からよくあるやつだ。しかも、その時計は、ほこりを一ぱいかぶったまま、針はとまっているんだ。先生は、博士がなぜ、あのようなとまった古時計しかない空部屋を、大切にしているのか、わけがわからないので、困っているのだよ」
「そうですか。全く、わけがわかりませんねえ」
 と、千二も、先生も同じように首をかしげた。
「どうだ、千二君、君は床下にいて、何か秘密のあるようなものを、見なかったかね」
「床下で秘密のあるようなものというと……」
 と、千二はしきりに考えていたが、
「ああ、あれじゃないかしら」
「何だ。あれとは――」
 新田先生は、思わず声を大きくして、千二にたずねた。蟻田博士の秘密室の床下で、千二は、何を見たのであろうか。
「それは、博士の秘密だか何だか、わかりませんけれど……」
 と、千二少年は前おきをして、
「僕は床下で、たいへん太い柱を見たんです」
「なに、太い柱?」
「そうです。とても太い柱です。コンクリートの柱なんですよ。太さは、そうですね、僕たちが、学校でよく相撲をとりましたね。あの時校庭に土俵がつくってあったことを、先生はよく覚えていらっしゃるでしょう。柱の太さは、あの土俵ぐらいの太さはありましたよ」
「そうか、小学校の庭の土俵ぐらいの太さといえば、相当太い柱だね。それは柱というよりも、中に何かはいっているのじゃないかなあ」
「そうかも知れません」
「柱の上は、床についているのかね」
「さあ、それはよく、たしかめてみませんでしたけれど、もし床の上に出ているものなら、先生がおはいりになった博士の秘密室のまん中に、その柱が、にょっきり生えていなければならないはずですね。先生、そんなものが、ありましたか」
「いや、あの部屋には、決してそんな柱は見えなかったよ。不思議だなあ」
 新田先生は、腕ぐみして、不思議だなあと、くりかえした。
「いや、とにかく、その柱の中は、調べてみる必要がある。が、どこからはいればいいのかわからない。あの部屋には、別に、その入口らしいものも見えなかったがねえ」
「変ですね」
「なあ、千二君。君は、あの部屋の床下にもぐりこんでから後、もっと何か見なかったかね」
「もっと、何か見なかったかと言うんですか」
 と、千二少年は、またしきりに、前のことを思い出そうとつとめていたが、
「ああ、そうだ。僕は、時計が鳴るのを聞きましたよ、先生」
「え、時計って」
「いや、僕のかくれていた頭の上で、ぼうん、ぼうんと時計が鳴ったんです」
「ああ、そうか。千二君は、床下で、それを聞いたんだね。すると、博士のあの秘密室の柱時計が鳴ったんだな。でも、それは不思議だ」
 新田先生は、首をかしげて、妙な顔をした。
「先生、止っていた時計を直しているから、時計が鳴ったのだと思いますよ」
「ああ、そうか。時計の針を動かしていたんだね」
「きっと、そうなんでしょう。だから、ぼうんぼうんと、幾つも打ちましたよ」
「なるほど、なるほど」
「ところが、先生、それがどうも、へんなんですよ」
「へん? へんとは、何がへんなのかね」
 新田先生は、千二少年の話に、たいへんひかれた。
「その時計の鳴り方ですよ。はじめ、ぼうんと一つうち、次にぼうんぼうんと二つうち、それからぼうんぼうんぼうんと三つうち……」
「つまり、一時、二時、三時だな。すると一時間おきに鳴る柱時計は、めずらしい」
「先生、僕がへんだと言ったのは、そのことじゃありません」
 と、千二は、先生の言葉をさえぎった。
「えっ」
「僕がへんだと思ったのは、ぼうんぼうんぼうんと三つ打ったのち、こんどは四つ打つかと思ったのに、ぼうんぼうんぼうんぼうんぼうんと五つ打ったのです。それから次は六つ、次は七つと、それからのちはあたり前に打っていったのです」
 千二が床下で聞いた柱時計の不思議について、新田先生は、首をかしげて考えこんだ。
「ふうむ、柱時計が一時・二時・三時とうって四時がぬけ、それから、五時・六時・七時とうっていったと言うんだね」
「そうなんですよ、先生」
「不思議だねえ」
 と、新田先生は、四時をうたない時計の謎を、どう解いてよいか迷った。
「ねえ、先生。その時計が四時をうたなかったのは、時計がこわれていて、四時のところでは鳴らないのではないでしょうか」
 千二は、おもしろい答えを考えだした。
「なるほど、それも一つの考えだね」
 と、新田先生はうなずいた。
「しかし千二君、柱時計というものは、たいへんがんじょうに出来ているものだ。四時だけ鳴らないというようなことは、まず起らないと思う。とにかく、それをしらべてみようじゃないか。さあ、先生と一しょに、博士の秘密室へいこう」
 新田先生は、千二をうながして、ふたたび博士の秘密室へはいっていった。
 うすぐらい電灯がつくと、室内は、さっきと全くかわらないがらんとした部屋であった。古びた柱時計が二つ壁にかかっているのも、さっきと同じことであった。もちろん二つの時計は、どっちも動いていなかった。
 千二は、この部屋の殺風景さに、ひどく驚いたようであった。
「先生、この部屋は、何だか、気味のわるい部屋ですね」
「そうだ、あまり気味のよい部屋だとは言えないね」
 そう言って、新田先生は、つかつかと柱時計の下に歩み寄り、時計の中を見ようとしたが、背がとどかない。そこで、先生は、梯子を探しにまた外へ出なければならなかった。
 一体蟻田博士の秘密室と、そうして四時に鳴らない柱時計の謎とは、どのような関係があるのであろうか。
 柱時計の中をしらべるため、新田先生と千二少年とは、部屋を出て、梯子をさがしにいったが、その梯子は、その隣の物置のような室内にあった。
「ははあ、博士は、いつもこの梯子をつかっているのだな」
 脚立のような形をしたその西洋梯子を、新田先生は、秘密室へかつぎこんだ。そうして柱時計の下においた。ちょうど、ほどよい高さであった。
「先生、僕、梯子をおさえていますよ」
「そうかね、じゃあ、先生はのぼってみるよ」
 新田先生は、梯子をのぼった。
 先生は、時計の扉を開いてマッチをつけると、その光をたよりに中をのぞきこんだ。
「先生、何か、かわったものが、見つかりましたか」
「そうだね。時計の中には、ラジオの受信機のように、電線が、ごたごたと引張りまわしてあるよ。しかし、この電線は、何のためにあるんだか、どうもよくわからない」
「先生、四時が鳴らないわけは、わかりましたか」
「うん、今それをしらべているところだが、ええと、この歯車が、時計を鳴らす時にまわる歯車だ。すると――」
 先生は、また新しいマッチをつけて、時計の中をのぞきこんだ。
「――べつに、かわったことはないようだ。三時も四時も、ちゃんと鳴るはずだがなあ」
「四時は鳴るように、なっていますか」
「そうだよ、千二君、今、鳴らしてみよう。聞いていたまえ」
 新田先生は、時計の中へ指を入れて、歯車のかぎを引張った。
 ぼうん、ぼうん、ぼうん、ぼうん。
「あっ、四つうった」
「なあんだ、ちゃんと、四つ鳴るじゃないか」
 柱時計は、いきなり四時をうったのであった。先生と千二少年とは、拍子ぬけがして、たがいに顔を見合わせた。
 続いて次をうたせてみたが、ちゃんと五時、六時、七時……と、うつのであった。
「ふん、別に、こわれているのではないようだ」
「先生、もう一つの時計を調べましょう。四時をうたないのは、もう一つの時計かもしれませんから」
「よろしい。もう一つの時計も調べてみよう。こんどは、千二君、君が調べてみたまえ」
「ええ。じゃあ、僕が調べましょう」
 先生が下りて、梯子を隣の時計の横にかけかえた。代って、千二少年がのぼっていった。
「じゃあ、先生。僕がこの時計を鳴らしてみますよ」
 第二の時計は、千二の手によって、時をうちはじめた。
 柱時計は九時、十時、十一時……と、正しくうっていった。そうして、三時をうち、次はいよいよ四時の番だ。
「いよいよ、四時のところです。ああ、僕、何だか、気味が悪くなった」
 と、千二は、梯子の上で、すこし顔をこわばらせた。
「何だ、千二君。君は、日本少年のくせに、いくじなしだね」
「先生、僕は、勇気はあるのですよ。ただ、気味が悪いと言っただけです。先生、さあ、聞いていて下さい」
 千二は、指さきで歯車のかぎをおした。すると、第二の時計はいよいよ鳴り出した。
 ぼうん、ぼうん、ぼうん、ぼうん。
 音は四つだ!
「なあんだ。どっちの時計も、四時をうつじゃないか」
「どうも、へんだね。君はこの時計が四時をうたなかったと言うけれど、今やってみると、第一の時計も、第二の時計も、ちゃんと四時のところで鳴ったじゃないか」
 そう言って、新田先生は、千二の顔を見た。
「おかしいですね。そんなはずはないんだが……」
「たしかに、君は四時をうたなかったと言うのだね」
「そうですとも。僕は、時計が間違なく、四時をぬかしてうったのをおぼえています。間違ありません」
 千二は、きっぱり言った。
「そうかね。それほど言うのなら、間違ないだろう。だが、柱時計は、この通りちゃんと四時をうつんだからね。おかしな話さ」
 先生は、腕ぐみをして、あきれ顔で、柱時計を見あげた。
「これには、何か、わけがあるんだ。――千二君は、この柱時計が、四時をぬかしてうったと言うのに、今鳴らしてみると、どっちの柱時計も、ちゃんと四時をうつ。なぜ、そんなことになるのだろうか。この答えが考え出せないうちは、博士の秘密は、それから先、何にもとけないんだ」
 新田先生は、呻(うな)りながら、しきりに考えた。
「うむ、これくらいの謎が、とけないようでは、地球の人類の生命を救うなんて大仕事は、出来るはずがない。ちぇっ、新田、お前のあたまも、存外ぼんくらに出来ているなあ!」
 知らない者がこれを横から見ていると、新田先生はおかしくなったんだろうと思ったであろう。そばに立っている千二少年も、何だか気味が悪くなった。
 その時であった。新田先生は、急ににこにこ顔になると、
「ああ、そうか。謎はとけたぞ!」
 と、ぴしゃりと手をうちあわせた。
「先生、わかりましたか」
 と、千二は胸をおどらせてたずねた。柱時計がなぜ四時をうたなかったかという謎を、ついに先生がといたと言うのだから。
「わかったよ、千二君。こう考えれば、柱時計が四時をうたないように聞えるではないか」
 と、新田先生は、思わずごくりとつばをのみこんで、
「いいかね。はじめ、第一時計も第二時計もとまっているんだ。そこで、針を指で動かしていくんだ。まず、どっちか第一の時計を、ぼうんと鳴らして一時さ。それから、もっと針を廻してぼうん、ぼうんで二時だ。それから、またさらに針をまわして、ぼうん、ぼうん、ぼうんで三時さ。わかるかね、千二君」
「それくらいのことなら、はじめから、僕にもよくわかっていますよ」
 千二は、先生に、ばかにされたとでも思ったのか、頬をふくらませて答えた。
「それが、わかっているね。そんなら、よろしい。第一時計は、そのままにしておいて、さて次に、第二の柱時計をうごかすのさ」
「はあ、――」
「分針を、十二のところへもっていくと、第二の柱時計は、鳴りだした。ぼうん、ぼうん、ぼうん、ぼうん、ぼうん、ほら五時だ。五時をうったのだ」
「えっ、五時?」
「そうだ。第二の時計は、五時から鳴りだしたのだ。次は六時、七時……とうっていった。そういうわけだから、四時をうつ音は、聞えなかったんだ」
「ええっ、何ですって」
「つまり、千二君、実際は、二つの時計が鳴ったのだ。それを、君が一つの時計が鳴ったように思ったから、四時がぬけたと思ったんだ」
「ははあ、なるほど」
 ああ、ついに、柱時計の秘密はとけた。
 千二少年は、新田先生のあたまの働きに、すっかり感心してしまった。
(四時をうたないわけは、一つの柱時計が三時をうって終り、次にもう一つの時計が、五時からうちはじめるからだ)
 なるほど、二つの柱時計を、そういう風に鳴らせば、四時のところでは、鳴らないわけだ。先生は、実にすばらしい謎をといたものだ。
 その新田先生は、謎をといたあと、別に嬉しそうな顔もせず、二つの柱時計を、じっと見あげている。
「ああ先生、どうしたんですか。何を考えているんですか」
 と、千二は、先生の様子が心配になって側へよった。
「うん、千二君。先生は今、この柱時計について、もっと重大なことを思いついたんだよ」
「えっ、もっと重大なことって?」
 千二は、先生の顔と、相変らず振子のとまったままの二つの柱時計とを見くらべた。そういわれると、何だかまだ大きな秘密が、そのあたりにもやもやしているような気がする。
「そうだ。先生の考えているとおり、大胆にやってみることにしよう」
 新田先生の眉(まゆ)が、ぴくんと動いた。先生は、何かしら、一大決心を固めたものらしい。
「先生、先生。何を先生はやってみるというんですか」
「おお千二君」
 と、新田先生は、千二の方をふり向いて、急に顔をやわらげながら、
「さっきから、先生は考えていたんだが、今とうとう先生は、たいへんな大秘密をつきとめたような気がするんだ。それこそは、この蟻田博士邸内にある最大の秘密かも知れない。どうやら、これで、この屋敷にがんばっていたかいがあったようだ」


   21 寄(よ)りそう師弟(してい)


 何が、そんなに、新田先生を興奮させているのか。
「先生、大丈夫ですか」
「何が、大丈夫だって。いや、心配しないでもいいよ。そして、これから、先生のやることを見ておいで」
 新田先生は、はりきった顔に、つとめて笑いをうかばせ、なるべく千二君に恐しさをあたえないようにつとめていた。
「さあ、千二君。そこにいては、あぶないかもしれない。君は入口の扉のところへいって、なるべく体を、ぴったりと扉につけておいで」
「先生は?」
「先生は、もう一度時計を鳴らして見る」
「また、時計を鳴らすのですか」
「そうだ。だまって、見ておいで。しかし、あるいは、千二君の思いがけないようなことが起るかもしれない。が、どんなことがあっても、おどろいてはいけないよ」
「先生、僕のことなら、大丈夫ですよ」
 千二は、そう答えて、先生から言われたとおり、入口の扉のそばへ、場所をうつした。
 その間に、もう先生は、柱時計のそばにかけた梯子(はしご)を上っていた。
 先生は、
(千二君、始めるが、覚悟はいいかね)
 といった風に、千二の方を、ふりかえったが、千二が、言いつけたとおり、ちゃんと扉のところで小さくなっているのを見ると、安心の色をうかべて、時計の方へ向きなおった。それから、新田先生は、右の柱時計の針を、指さきでまわして、また、ぼうん、ぼうんと鳴らしていった。一時、二時、三時!
「さあ、こっちの時計は、これでよし。今度は、もう一つの時計の方だ」
 先生は、右の時計を三時のところでとめると、今度は、左の柱時計の方へ手をのばして、ぼうん、ぼうんと鳴らしはじめた。
 一体、何事が起るのだろうか。
 ぼうん、ぼうん、ぼうん、ぼうん、ぼうん。
 第二の柱時計は、あやしい音を立てて、五時をうった。
 その音を聞いていた千二は、何だか、背中がぞくぞくと寒くなるのを覚えた。
 新田先生の指が動くと、時計の針は、またぐるぐると廻って、やがてまた、ぼうん、ぼうんと、あやしい音を立てて鳴り出すのであった。
「ああ先生! 新田先生!」
 と、千二は、先生の後から、呼びかけてみたくなった。でも、どうしたわけか、のどから声が出なかった。
 第二の柱時計は、続いて、ぼうん、ぼうんと鳴りつづける。そうして、ついに八時をうってしまった。
 その時、何思ったか新田先生は、後を向いた。
「おお、千二君。よく注意しているかね。さあ、この次は、いよいよ問題の九時をうたせるから、君は、おへそに、うんと力を入れておいでよ、ね」
 千二は、返事をするかわりに、無言でうなずいた。
「さあ、いよいよ始るぞ。九時をうたせても、鼠一匹出て来なければ、ことごとく先生の失敗に終る!」
 荒鷲の巣へしのびよって、巣の中の卵へ、いよいよ手を、にゅっとのばした猟師のように、新田先生の顔は、一生けんめいな気持で真赤になっていた。
 ぼうん、ぼうん、ぼうん……
 いよいよ柱時計は九時をうち出した。
 すると、新田先生は、急に、梯子から、どかどかと下りた。そうして、時計の下の壁ぎわにぴったりと体をよせ、なおも鳴りひびく怪時計の音に、注意ぶかく聞入った。
 ぼうん! ついに時計は、九時をうち終った。
 その時、柱時計の下で、壁にぴったりと、からだをよせている新田先生のはげしい興奮の顔!
 また入口の扉を背にして、何事が起るかと、目をみはっている千二少年の顔!
 ぎいーっ、ぎいーっ。
 床下にあたって、歯車か何かが、きしる音!
「ううむ……」
 と、新田先生はうなった。
 ぎいーっ、ぎいーっ。
「あっ、床が……」
 千二は、思わず驚きの声をあげた。
「しっ!」
 新田先生が、叱りつけるように叫んだ。そうして、両眼を皿のようにして床を見つめている。
 見よ! 床が、動いているのだ!
 秘密室の床が、真中のところで二つに割れて、しずかに左右に分れていく。そうして、その間から、まっくらな床下の穴が見えて来た。だんだんと、そのまっくらな四角な穴は広がっていく。
 千二少年は、息をつめて、それを見ていた。なぜこうして、床が、動きだしたのであろうか。
 新田先生は、ついに、二つの柱時計の謎をといたのだった。一方の時計を三時までうたせ、それからもう一方の時計を九時までうたせると、それが組合わせになって、この床を左右に開く仕掛が働き出すのであった。つまり、そのように二つの時計を鳴らさせるということは、錠前を鍵ではずしたことにもなり、また、床を動かす仕掛のスイッチを入れることにもなるのだった。これが蟻田博士が、この部屋に仕掛けておいたすばらしい秘密錠なのだ。
 動いて、割れる床!
 蟻田博士の秘密室には、こんな思いがけない仕掛があったのだ。博士は、床に錠前をかけておいたのでは、合鍵などをつかって人にあけられるのを恐れるあまり、こうした暗号のような仕掛をつくっておいたのだ。
 床は、いつしか、動かなくなった。ぎいーっ、ぎいーっという歯車のきしる音も、今は聞えなくなった。そうして、だだっぴろいこの秘密室の床の上には、まん中のところに、ぽっかりと四角な穴が取残されていたのであった。
 新田先生は、しずかに、柱時計の下から体を動かして、壁にそって、千二のところまで、ぐるっとまわって来た。
「どうだ、千二君。さぞ驚いたろうね」
 新田先生は、千二が、どんなにびっくりしたかと、それが心配になって、やさしくそばへ近よったのであった。
「ああ、先生。僕、大丈夫です。けれども、あまり思いがけないことが起ったので、はじめは胸がどきどきしました」
「そうだろうね。あの柱時計が、たいへんな仕掛になっていたのだ。とうとう床がひらいたよ。博士は、なかなか用心ぶかい」
「先生、床の下には、何があるんでしょうか」
「さあ、何があるか、先生には、まだよくわからない。とにかく、下をのぞいてみよう。千二君、君はついて来るかね。それとも、ここに待っているかね」
 先生は、千二の気持をたずねた。
「先生、僕は、先生の、おいでになるところなら、どこへでも、ついて行きますよ。つれて行って下さい」
「行くかね。そうか。大丈夫かね」
「先生。僕は、もう火星の化物でも何でも、恐しいなんて思いません。どこまでも戦うつもりです」
 たしかに、千二少年は、昔の千二少年とはちがって、強くなったようだ。
 火星のボートにつれこまれたり、怪人丸木にいじめられたりしている間に、彼は、だんだん勇気が出て来たのだ。そうして、世の中をさわがす怪しい物の正体を、どこまでもつきとめたいという気持で、はりきっていた。
 ことに、自分の先生である新田先生が、わざわざ学校をやすんで、千二のことを心配して、一生けんめいにやっていてくださることを知った時、千二は、自分もまた先生の親切にむくいるため、しっかりしなければいけないと、決心したのであった。
「先生、じゃあ、勇敢に、床下の様子を、さぐって見ましょう」
「ほう、千二君。ばかに元気だなあ」
 と、新田先生は、感心の言葉を洩らして、
「だが、もうそのうちにへ蟻田博士が、かえって来そうだから、早いところ、床下を探検して見よう。なるべく、足音を忍ばせ、先生のうしろについておいで」
 新田先生は、千二の肩に手をおいて、はげますように言った。
 さあ、柱時計の暗号鍵によって開かれた床下には、一体何が秘められているのであろうか。
 二つに左右に割れた床の穴に近づいて、下をのぞくと、そこには古びた木製の階段がついていた。懐中電灯をつけて、その階段の下の方を照らして見たが、光がよわくて、よく見定めることが出来なかったが、とにかく階段は、かなりはるか下までつづいているようだった。
 先生は、先になって、その階段を踏み、しずかに下りはじめた。古びた木製の階段は、ぎちぎちと音を立てた。
 この階段は、大きな煙突の中に仕掛けてあるようなかっこうをしていて、まわりは、厚い壁でとりかこまれていた。だから、ちょっと靴の先が階段の板にぶつかると、とても大きな反響がした。


   22 怪動物


 真暗な階段を、新田先生と千二少年とは、足音をしのばせつつ下りていく。
 その階段は、なかなか長くつづいていた。まるで、ふかい井戸の中にはいっていくような気がした。千二少年は、あまりいい気持ではなかった。
 先に立って、懐中電灯を光らせていた新田先生が、この時、ふと足をとめた。
(おや先生が、立止った!)
 と、千二は、すぐ、それに気がついた。
 その時、先生の手が、千二の肩を、静かにおさえた。
(動いてはいけない。静かに!)
 と、先生の手は、言っているようだった。
 千二は、もちろん、動かなかった。そうして、これは何事かがあるのだと思ったので、耳をすまして、先生の合図をまった。
「おい、千二君。君には、聞えないかね」
 新田先生が、千二の耳もとに口をつけて言った。この井戸の中のような階段にはいって後、始めてのことばである。
「えっ、聞えないか――とは、一体何が?」
 千二は、自分の耳に、全身の注意を集めた。
「ああ、――」
 千二は、その時、思わず、低く叫んだのであった。
 何か、聞えるようだ。
 気のせいかと思うが、そうではない。何だか、口笛を吹いているような音が、地底(ちてい)から、聞えて来るのだった。
「先生、僕にも聞えます。口笛を吹いているような音でしょう」
「そうだ」
 先生のあつい息が、千二の耳たぶにかかった。
「おい千二君。あの音は、一体、何の音だろうね」
 ひゅう、ひゅう、ひゅう。
 地底から、かすかに響いて来るその気味の悪い怪音は、一体、何であったろうか。
 ひゅう、ひゅう、ひゅう。
 誰かが、地底で、口笛を吹いているように聞える。
 だが、まさか、こんな地底に、人間がいるとは思われない。
 では、機械の音ででもあろうか。
 新田先生と千二とは、よりそって、なおもその怪音に聞入った。
「千二君、機械の音にしては、何だかへんだね。だって、早くなったり遅くなったりするようだよ」
「そうですか。機械の音でないとすると、何でしょうか」
「どうも、わからない」
 と、先生は吐きだすように言った。
「もし、地底に、誰かがかくれているのだったら、われわれは今、たいへんあぶないことをやりはじめたことになるのかも知れない。
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