火星兵団
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著者名:海野十三 

「おやおや、戦争をするのじゃなかったのですか。このふき矢をつかって、火星兵団をやっつけるのだと思っていましたが……」
 と、千二はすこし不満の様子だ。
「いや、それはちがう。ふき矢は万一のときに、われわれが身をふせぐ道具なのじゃ」
「じゃあ、ぼくたちは、これからどうするのですか」
「ロロ公爵とルル公爵の旗あげが、うまくいくかどうかわかるまで、まっているのさ。いや、こんどは多分うまくいくだろうと思っている」
 と話をしていると、新田先生が、とつぜんおどろきの声を発した。
「博士、いま向こうのやみの中で、なんだか、きらきらと光るものが、よこにとびました。流星のようでもありますが、よこにとびました」
 すると、博士はうなずき、
「そうか、どのへんかね」
「あのへんです」
 と、先生が窓から外をゆびさした。
「よろしい。暗視テレビジョンで、のぞいて見れば、すぐわかる」
 博士は機械室の暗視テレビジョンをかけた。すると、その映写幕の上に、まっくらな外のありさまが、まるでひるまのように、ありありと写った。
 見よ、岩山のかげから、しきりにぎょろぎょろと目を光らせている怪物がある。それも一つや二つでなく、かなりかずが多い。光っているのは彼等の目であった。
 カリン岬の岩山のかげから、こっちをのぞいている気味のわるいたくさんの目!
「ふん、やっぱり、丸木のやつ、わしたちを見つけたな」
 と、博士は、暗視テレビジョンを、うごかしながら言った。
「ああ、やっぱり火星兵団でしたか」
 と新田先生は、こぶしをにぎる。
「それでは、やっぱり、僕たちは戦争をしなければならないわけですね」
 千二は、さっきから、しきりと、ふき矢をいじっている。早く、ぷうとふいてみたくて、たまらないらしい。
 博士は、岩山のあいだから、目をぎょろつかせている火星兵団の様子を、くわしく見ていたが、
「うむ、一つ、丸木を呼出してやろう」
 と言って、マイクを手にとると、配電盤のスイッチを切りかえた。こうすると、高声機が、外にあらわれるのであった。
「おい千二、この映写幕を見ておいで。わしが今しゃべると、この岩山のかげにいる連中が、どんなことを始めるか。おもしろいから見ておいで」
 そう言って博士は、マイクに口をつけると、火星語でしゃべり出した。
「おれは蟻田だ。丸木にここへ来いと言え。いま十分のうちに来なかったら、おれは、丸木の体を水のように、とかしてしまうとそう言え」
 博士の言葉は、火星兵のあたまの上に、大きな声となってふりかかった。
 火星兵は、びっくりして、じぶんのあたまの上を見た。なんだか、丸木をつれて来いなどと、けしからんことをいう怪物が、じぶんのすぐ頭の上にいるような気がしたのである。しかし、そこには、くらやみがあるばかりで、生き物のすがたも見えなかったので、火星兵は、いよいよ気味わるがって、岩山のかげからとび出した。そうして、にげるわ、にげるわ、その奇怪な体をむき出しにして、岩山づたいに、にげ出した。
 岩山のかげからとびだした火星兵のむれは、ぴょんぴょんとカンガルーのように軽く、そうして早くとんでいく。
「おい、お前たち、逃げるのはいいが、さっきわしが言った通り、丸木に伝えるのだぞ。丸木が来なければ、こっちから丸木のところへ出かけるからそう思え」
 博士は、盛に火星兵をおどしつけた。火星兵は、いよいよ驚いて、それこそ雲を霞と逃げていく。
「あははは、逃げちまった。火星兵って、いくじがないんだなあ」
 と、千二少年は、嬉しそうに笑った。
 そばにいた新田先生は、博士に向かい、
「博士。われわれは見つけられたのです。今にここへ火星兵団の大軍が、押しよせて来るでしょう。ですから、またガス砲をうつ用意をしては、いかがでしょうか」
 と言えば、博士は首を左右にふり、
「それはそうだが、火星国へ来たら、なるべく彼等を殺さないのがいい。なるべく彼等を降参させるのがいいのだ。ガス砲をうつと、火星兵は、みんな死んでしまう。それとともに、いい火星人まで死んでしまう。わしが大勝利をいのっているロロ公爵とルル公爵も、今は出かけて、彼等の中にまじっているかも知れないから、ガス砲をうって、二人を殺すようなことがあっては、たいへんだ。だから、ガス砲は使ってはいけないのだ」
 と、博士は先生をいましめた。
「でも、やがて、こっちへ火星兵の大軍が、攻めて来ましたら……」
「まあ、心配するな。わしに、まかせておきなさい」
 と、博士は、どこまでも落ちついている。
 千二は、たえずテレビジョンの映写幕に気をつけていた。火星兵のすがたは、すっかり消えてしまった。残るは岩山ばかりであった。見るからに気味のわるい、火星の風景であった。


   68 いばる丸木


 千二は博士のすることを見ていたので、テレビジョンをうごかして、他の場所を映写幕のうえに、うつして見ようと思い、ハンドルをぐるぐるまわしてみた。
 岩山は、映写幕の中でうごきだした。そうして、林のようなものが映写幕の中にはいって来た。
 林といっても、千二の目には見なれない木ばかりであった。松やかえでの木などを見なれた目には火星の木は珍しい。そこに見えている木は、どこか、つくしんぼうを思わせた。つまりつくしんぼうのような大木なのであった。木はふしがついていて、すぎなのような葉が出ている。それから、もう一つは苔があった。たいへん大きな苔だ。それが地面の上をはいまわっている。
「気味のわるいところだなあ」
 と、千二が、なおもかんしんして、その林の中をのぞいていると、その時、へんなものが目にはいった。
 林のおくの方から、むぎわら帽子が、ゆらゆらと宙をとんで、こっちへ来るのであった。
「あ、博士。へんなものが林の中にいます」
 と、千二は思わず声を立てた。
「へんなものって、どれかね。どれだ」
 千二は、宙をとんで来る、むぎわら帽子をゆびさした。
「ああ、これか。これは丸木じゃないか。丸木がとうとうやって来たぞ」
「どうして、このむぎわら帽子が丸木なんですか」
「だって、帽子の下をごらん。目が光っているじゃないか。丸木のからだが、みどり色だから、みどりの林の中では、帽子だけしか見えないんだよ」
「ああ、そうか」
 博士に言われて、千二は林の中を、もう一度よく見直した。とたんに千二は、あっとおどろきの声をあげた。林の中には何があったのであろうか。
 蟻田博士と新田先生と、そうして千二少年とが、いかめしい服を着て立っている前に、とつぜん、ぬっと顔を出したむぎわら帽の火星人は、これこそ丸木であったのである。
「おい、丸木。きさまよく逃げおったな」
 博士は叱りつけるように言った。
 すると丸木は、ふてぶてしく、むぎわら帽子をゆすりあげて、
「逃げたわけではない。この火星に、もどって来た方が得だということが、わかったからだ」
「ふん、負けおしみを言うな」
 と、博士がやりかえした。
「負けおしみではない。げんに、おれは、こうして博士よりは、得な立場に立っているのだ。ふふふふ」
「得な立場だって。なにが得な立場だ。きさまを、やっつけようとすれば、すぐにも、やっつけられるのだ。大きなことを言うまいぞ」
 博士は、丸木をたしなめた。
「なに、大きなことを言うなだって。ふん、それはこっちで言うことだ。地球の人間がこの火星にやって来て、大きな顔をしているやつがあるかい。お前たち三人を、やっつけるなんて、それこそ一ひねりでいいのだ」
 丸木も、なかなか負けていない。
 だが、蟻田博士は、そんなおどかしに、びくともせず、
「おい、丸木よ。からいばりは、もうよして心をあらためてはどうか。一体、火星の生物が、地球の人類よりもえらいと思っていることが、あやまりだったと、はっきりわかったはずだ。きさまは、地球の上でわしたちのために、さんざんな目にあったではないか。一つここで心を入れかえ、前の火星女王の遺児であるロロとルルの味方となるつもりはないか。もしお前がそうするつもりがあれば、わしからよく話をしてやろう。それが、きさまの身のためだぞ」
 博士は、丸木を、なんとかして、正しいみちへもどしてやりたい考えだった。
 また、そうすることによって、博士はロロとルルの二人の王子に、大きな兵力をつけることが出来ると思ったのだった。丸木は地球へ攻めて来たわるいやつだが、しかし彼は、なかなかの武将であった。そのことは博士もよく知っていた。だから丸木に心を入れかえさせると、たいへんロロとルルとは助かる。いや、ほんとうのところを言えば、ロロとルルの力だけでは、とても今の火星王を敵にまわして、これを征服することはむずかしいのだ。
 だから、博士は丸木を味方に入れたかったのである。
「えへへん。笑わせるなよ、蟻田博士」
 と、丸木は心をあらためるどころか、いよいよたけだけしいようすになって、
「おい、博士。ここを一体、どこと思っているのか。ここは火星の上だぜ。あの地球の上とはちがうぜ」
「それが、どうしたというのか」
「あれっ。まだわからないのか。いいかね。おれは地球へでかけていって、お前などとたたかい、まず五分五分の勝負で引上げた。おれたちは火星人だから、地球の上でたたかっては、たいへん勝手がわるいのだ。それでも五分五分の勝負だった。ところがここは火星の上だ。わかるだろう」
「火星の上だから、きさまは、わしたちに勝てると思っているのか」
「そうだよ。火星人は火星の上でたたかうのには不自由をしない。お前たちはどうか。まず自分のからだを見ろ。そんな不便のものをつけているし、人数は少いし、われわれに勝つ見込はないじゃないか。早く降参した方がいいぞ」
 丸木は、いばり散らしている。それを聞いた博士は決心の色を浮かべ、
「よし、まだ目がさめないようじゃから、言葉で言うよりは腕前を見せてやろう」
 博士は、丸木を改心させたいとつとめたが、とうとうさじをなげだしてしまった。このうえは、丸木をいたい目にあわせるほかない。
 丸木の方は、あいかわらず、いばりくさっている。
「なに、腕前で来いと言うのか。ふん、ここは火星の上じゃ。腕前なら、こっちがつよいことが、わかっている」
 丸木はそう言って、手をあげて、あいずをした。
「おい、みんなかかれ」
 丸木のあいずで、彼のうしろに、ぎょろぎょろと目をひからせていた火星兵は、にわかに、うごきだした。
「なにをぐずぐずしている。早くかかれと言うのに……」
 丸木は部下を、しかりつけた。
 火星兵は、かねがねこの蟻田博士の手なみを知っているし、それに地球へいって、人間からひどい目にあっているところだから、少々しりごみをしていたところであった。しかし丸木に、しかりつけられては、もうしりごみをしておられない。
 ひゅう、ひゅう、ひゆう、ひゅう。
 ぷく、ぷく、ぷく、ぷく。
 火星兵は、へんな声をあげて博士たちにせまって来た。
 そこで博士は大声でしかりとばした。
「来るか。来るならいつでも、あいてになってやるぞ。おい、新田、千二、ふき矢をふけ」
 新田先生と千二は、さっきから、ふき矢をもって、いつ命令がくだるかと待っていたところだから、すぐさま例の酸素かぶとの下にある口にあてて、ぴゅう、ぴゅう、ぴゅうと矢をふきだした。
 そのとき、博士が言った。
「丸木は、わしがひき受けた。丸木にはあてないがいいぞ。ほかの火星兵はみんなやっつけてしまえ」
 博士はなかなか元気であった。
 蟻田隊と丸木隊とのたたかいははじまった。
 火星兵は、どこにかくしもっていたか、先の太いこんぼうのようなものを、ほそながい手に、にぎって、蟻田博士たちをめがけて、おしよせて来た。
「おちついて、ふき矢を放て!」
 博士は、新田先生と千二少年とを、はげまして言った。
 先生と千二とはさっきから、ふき矢を、おしよせる火星兵のむれを目がけて、ふきつけているが、なれないこととて、なかなか思うように、ふき矢があたらない。
「しまった、また、はずれた」
「おい千二君。ふき矢のくだを、あまりかたくにぎっていると、いけないよ。そうして、こういうぐあいに、ふうっとふくといい」
 やっぱり先生の方が上手であった。
「なるほど。そうやると、うまくいくんですねえ。僕たちがいつも作って、あそんでいたふき矢とは、やりかたが、ちがうんだな」
 千二は先生におしえられ、そのとおりにやってみると、なるほど、ふき矢はぴゅんととんで、林のはしから顔をだしたばかりの火星兵のむなもとに、ぷすりとつきたった。
 すると、火星兵はねずみが、ねずみおとしのわなにかかったように、ぴょんとはねて、どたんと下にたおれた。そうして手だか足だかわからないが、首の下についている細いものを、にゅうっと四方へのばした。と思うと、こんどは急にその手足をくるくるっと短い胴の下へまいた。そうして、まるで青い南瓜(かぼちゃ)を二つかさねたようなかっこうになって、うごかなくなった。千二は、それがあまりふしぎであったので、あとのふき矢をふくこともわすれて、見とれていた。
「おい千二君。火星兵がだいぶん、たくさん来たよ。早くふき矢をとばすのだ」
 と、新田先生は千二にちゅういをした。
「はい。ふき矢を飛ばしますよ」
 千二は、先生にさいそくされて我にかえると、こんどは、つづけざまに、ふき矢を飛ばしはじめた。
 しゅうっ、しゅうっ、しゅうっ。
 こんどは、よくあたる。調子さえわかれば、千二の方が先生よりも上手であった。なにしろ千二はふき矢をこしらえて、森の中で小鳥をとるのが、なかなか自慢であったのだから……。
 火星兵は、わめきながら、こっちへ向かって来る。こんぼうみたいなものを、ふりあげて来るところは、なかなかすさまじいものであった。
 そこへ、ふき矢が飛んでいって、ぴしりぴしりとあたる。おもしろいほど、よくあたる。あっちでもこっちでも、火星兵がからだをちぢめて、ごろごろころがっている。
 ふき矢があまりよくあたるので、火星兵は少しおそれをなしたようすであった。今まで勢いよく突撃して来たのが、いつとなく足もとがみだれ、そのうちに、森の中から一歩も出て来なくなった。そうして、木の幹の間や岩のかげから、あたまだけを出して、こっちをじろじろと見ている。
「先生、こっちが勝ったようですね」
 と、千二は、先生に声をかけた。
 ところが、先生のへんじがない。
「先生。おや、先生は、どこへいったかな」
 千二は、びっくりして、あたりを、きょろきょろとみまわした。
 さあたいへん。先生の姿は、そこになかった。先生の姿だけではなく、博士の姿もないのだ。見えるのは、前面からこっちをにらんでいる十数人の火星兵のあたまばっかり……。
「あれっ、先生も博士も、どこへいってしまったんだろうな」
 千二は、急に心ぼそくなってしまった。これは一体どうしたというんだろう。


   69 まきつく触手


 千二は、わすれられたように、ひとりぼっちになってしまったが、博士と先生とは、どうしたのであろうか。
 新田先生は、ふき矢をもって火星兵とたたかうことに一生けんめいだった。
 なにしろ、火星兵は、新田先生が一等つよい敵だと思ったので、これをたおせばいいと思い、先生をめがけて、さかんにせめたてたのである。
 そこで先生は、千二のことを気づかっているひまがなくなった。
 ふき矢をこめてはふき、こめてはふき、いきのつづくかぎり向かって来る火星兵をなぎたおした。もし、ただの一人でも近づけたら、たいへんなことになるであろう。それというのが、火星兵のもっているこんぼうみたいな武器は、先生の酸素かぶとを、上から、うちくだいてしまうだろう。火星兵は小さいくせに人間よりも、ずっと力がつよいのであった。
 ひゅう、ひゅう、ぷく、ぷく、ぷく。
 火星兵はますますいらだって、先生めがけておしよせて来る。
「まだ来るか。来るならいく人でもやって来い」
 先生は、そう言って自分をはげましながら、どんどん前へ出ていった。少しでも、こっちがひるんだようすを見せると、火星兵はそこをつけこんで、一度に、わあっとせめて来そうである。だから先生は、あくまでつよ気を見せ、むしろこっちから、すすんでいくのがいいと思った。
 それはたしかにききめがあった。火星兵どもは、とおくから奇声をあげてさわぎながら、だんだん森の中へあとずさりをはじめた。
「うむ、ここだぞ。火星兵どもが二度と出て来ないように、こっちから、おしていってやれ」
 新田先生は、なおもぐんぐんと前に出ていった。そうしているうちに、しぜん千二のいるところから、へだたってしまったのである。
 蟻田博士はどうしたのであろうか。
 博士は、丸木と向かいあっていた。
 どっちも口をきかないで、睨(にら)みあっていた。聞えるのは博士の息づかいと、そうして丸木のからだのどこからか、しゅうしゅうと響いて来る怪しいもの音だけだった。
 丸木の目は、へんにとびだしている。一体丸木の顔というのがでこぼこしている。松の木の根もとを掘ると松露(しょうろ)というまるいきのこが出て来ることがあるが、それを、もう一そうでこぼこしたような感じの顔であった。目は三つあったが、正面から見ると二つしか見えないから、これは人間の顔とそっくりであった。もう一つの目は顔の後にあった。だから、後を見ようと思えば見える。
 目のついているところは、河馬(かば)の目のように、ふくれあがっている。そうして目玉が大きく、ぐりぐりとよく動く。どっちの方角もよく見える。
 あたまの上には長い毛のようなものが生えているが、これは毛ではなさそうだ。毛よりももっと太い。そうして、たこの足のようにどっちへでもよく動き、のびたりちぢんだりする。いつもは、この先が蔓のようにくるくるとまいている。これは一種の触角であるらしい。麦わら帽子の下からこの動く蔓が出て、にょろにょろしていて、気味がわるい。
 目の下には、人間のように鼻がない。そうしてすぐ口のようなものがある。口というよりは、くちばしといった方がいいかも知れない。形はたこの口に似ている。しかし、かなり長くてのびちぢみする。よく見るとそのとびだした口吻(こうふん)には、葱(ねぎ)についているような短い白い根のようなものが生えていて、ひげのように見える。だが、これはよく見ないとわからない。
 これが、丸木の、いつわりのない顔である。その下に短い胴があって、その下には長い根のような足だの、手だのがある。
 蟻田博士は、おそれげもなく、丸木の方へじりじりとせまっていく。
 はじめは、たいしたいきおいであった丸木も、博士のえらさを知っているから、博士に出てこられると、すこし、おじけづいた。博士が一歩すすめば、丸木は一歩しりぞく。
「おい、丸木。なぜ、にげる」
「うむ。にげるわけじゃない。これも、作戦のうちだ」
 いいわけをしながら、さがっていく丸木であった。勝ち負けはもう、はっきりしているようであった。
「丸木。にげるな。一騎討でこい。くるのが、おそろしければ、降服しろ。そうして、ロロとルルの旗の下(もと)にはいれ」
「だれが、そんな、はなしにのるものか」
 と、丸木は、大きな目をぎょろぎょろとうごかし、
「おい博士。きさまは、火星のうえで、たいへん、いばりちらしているようだが、地球のことを考えたことがあるのか」
 と、丸木は逆襲してきた。
「ああ、地球のことか」
 博士は、平然といい放った。
「博士。地球は、あと二、三時間のうちにモロー彗星にぶつかって、こなごなにこわれてしまうんだぞ。そうなると地球上の人間はみなごろしだ。きさまたち、たった三人が、地球のいきのこり人間となる。たった三人の地球人類だ。なんと、さびしいことではないか。それでも、きさまは強そうなことを、いっておられるのか。わははは」
 丸木は、これこそ博士たちの一等よわいところだと、にらんでおどかした。そんなことをいって、博士たちの元気をなくしてしまい、そのすきに、博士にとびかかろうという作戦だった。
「なにをいうか。地球のことをしんぱいするよりも、自分のことをしんぱいしろ。うぬっ」
 博士は、大喝一声、丸木にとびかかった。丸木はおどろいて、ばらばらと逃げだした。博士はそれを追った。
 丸木は森の中ににげこむ。博士はそれをおいかける。
 丸木は火星兵の方へ、にげようと思ったらしいが、そっちには新田先生がさかんに奮戦しているので、これはたいへんだと、方向をかえて、岩がそび立つ海岸の方へにげていった。
 博士はなおもそれをおいかけた。博士はオリンピックの選手もそこのけという風に、大きな幅とびでどんどんおいかけていく。地球の人間がこれを見ていたら、びっくりすることであろう。老人の博士が、若者のように宙を飛んでいくのである。
 しかし、これも火星の上では、重力が小さいから、このように軽快な運動が出来るのであった。老人の博士が、ぴょんぴょんとんでいくところを地球の子供たちに見せたら、ぼくもあのように宙をとんでみたいと、さぞ火星へいきたがることであろう。
「おい、丸木、まて」
 博士はうしろからさけぶ。
「まっていられるか。くやしかったら、ここまで来い」
 と、丸木は博士をからかう。丸木はどうやら何かたくらみを考えついたらしいのであった。
「にげると、きさまもふき矢をはなって、ねむらしてしまうぞ」
「そんなものが、おれにあたってたまるか」
 丸木は岩の上を、りすのようにしきりにとんで、少しもじっとしていなかった。博士は、これではとてもあたるまいと思ったのか、それとも、はじめからふき矢をはなたないつもりだったのか、ただそのまま岩の上をつたって丸木をおいかけた。
 丸木は、いよいよとんだりはねたりしながら、とおくへにげていったが、そのうちに、どこへいったか、すがたが見えなくなった。
「はて、丸木め。どこへ、はいってしまったのか」
 と、蟻田博士は言いながら腰をたたいた。
 こっちは、千二少年であった。
 いつの間にか、ひとりぼっちになってしまった。
 前面の森の入口には、十数名の火星兵がこっちをにらんでいたが、それも千二のもっているふき矢におそれをなしたものか、いつとはなしに、かずがへって、やがて一人残らず、どこかへ、すがたをかくしてしまった。
 こうして、千二は全く、ひとりぼっちになってしまった。
「困ったなあ。火星の上で、まよい子になるなんて、いやなことだなあ」
 地球の上のまよい子ならどうにかなるが、勝手もわからなければ、まるで生まれがちがう火星人国で、まよい子になってしまっては大困りだ。
「先生はどこへいったのかしら。それから博士も見えない」
 千二は途方にくれてしまった。
 これから、どうしようかと考えているところへ、ぱたぱたと足音のようなものを耳にした。
「だれ?」
 千二がうしろをふりかえるのと、火星人の触手のようなものが、彼の腕にくるくるとまきつくのと同時であった。
「あっ」
 千二は、おどろきのあまり立ちすくんだ。
 彼をつかまえたのは、ほかのだれでもない。それは、むぎわら帽子をかぶった丸木だった。
「おい、千二。おれだよ。おれは丸木だ」
「ああ、丸木さんですか」
「久しぶりじゃないか。さっき、お前を見かけたから、ぜひあいたいと思っていた。どうだ、おれと一しょに来ないか。おれはお前のために、この火星国をすっかり案内するよ」
「ええ、案内もしてもらいたいけれど、蟻田博士や新田先生が僕を待っていますから、また、あとにして下さい」
「なにっ。いやだというのか」
 丸木は、千二をとらえて離そうとはしない。
「いやだも何もないよ。ここは火星国だ。おれは、火星兵団長であり、また戦争大臣だ。おとなしくおれの言うことを聞いた方がとくだぞ」
 千二は、はじめちょっとおどろいたけれども、だんだん気がおちついて来た。
「丸木さん。いやだと言っているわけじゃないんです。博士と先生に、ひとこと話をしていきたいと思ったんだが、あなたがそういうのなら、つれていって下さい」
「おおそうか。なかなかよろしい。そう来なくちゃいけないよ。これで、あらたまって言うようでおかしいが、おれは、君が大好きなんだ」
 丸木に好かれるとは、めいわくな話であった。
「丸木さん。僕をどこへつれていってくれるのですか」
「まず、おれの屋敷へいこう」
「あなたの屋敷ですか。何かおもしろいものがありますか」
「おもしろいものならいくらでもある。第一、おれが地球に関するいろいろなものを、どのくらいたくさん、あつめているか、地球博物館というのを見せてやろう」
 千二は、これを聞くと、首をふって、
「ああ、そんなものは、もうたくさんです」
「なぜだ。何がたくさんだ」
「だって、丸木さん。僕は地球の人間だから、地球博物館なんか、ちっともおもしろいことはありませんよ」
「ああ、そうだったな。じゃあ、土星から逃げて来た動物を見せてやろう。そいつはもう数万年も飼ってあるのだ」
「えっ、土星の動物ですって」
 そう言っているとき、どこからあらわれたか数人の火星兵が、丸木のそばへとんで来た。
「ああ、兵団長。わが軍は苦戦ですぞ。すぐクイクイ岬へおいで下さい」


   70 地底戦車


 火星兵団長の丸木のところへ、三人の部下が伝令にやって来て、クイクイ岬でわが軍は苦戦をしているというのだった。
 丸木は、目をぐるぐる動かして、おどろきの表情を示し、
「わが軍が苦戦だというが、一体、何者とたたかっているのか」
「さあ、それが、よくわからないんですが、敵の立てている旗を見ると、むらさきの地に、まん中のところに白い四角をくりぬいてあります」
「なに、むらさきの地に、まんなかのところが白い四角形にぬいてある旗? はてな、どこかで、見たような旗だが……」
「なにしろ、クイクイ岬のわが兵営が、いきなり、焼きうちにあったのです。兵営は全滅です。そこへ、いまの旗を立てた軍ぜいが切りこんで来たのです」
「むこうの兵は、どんな、かたちをしていたか」
「それが、みんな胸のところと背とに、いま申した白四角形のむらさき旗をぶらさげているのです」
「はてな。むらさきに白い四角形の旗というと」
 丸木は、じっと考えている。
 千二はそばにいたが、その白四角軍がどこの兵であるか、ちゃんと知っていた。それは、ペペ山にたてこもって兵をあげたロロ公爵とルル公爵の軍ぜいに違いない。
 丸木は、そこまで気がつかないから、首をぐらぐらとふって、
「どうもよくわからん。しかし、わが兵営を焼きうちにするなどとは、ふとどきな奴ばらだ。火星の兵力を、一手ににぎっているおれの力を知らないらしいな。よろしい、おれがいって、そのあやしい敵をみなごろしにしてくれるぞ。さあ、あんないしろ」
 火星兵団長の丸木は、千二の手をしっかりとって、宙を走り出した。
 火星兵団長の丸木のめざすところは、クイクイ岬であった。
 丸木は、まるで軽飛行機のように走って行く。丸木の足や触手が、風に吹かれる凧の尾のように、うしろへなびく。
 千二は、その丸木に手をとられて、おなじく宙を飛んで行くのであった。
「丸木さん。もうすこし、ゆっくり走って下さいよ」
 千二は、いつもおくれがちで、そのために、途中、木にぶつかったり岩石にあたったりして、大事な服やかぶとが、今にもこわれそうで、心配であった。
「ぐずぐず言うな。早く、おれが行ってやらんと、味方が敵にやられてしまうではないか。しんぼうしろ」
 そう言って、丸木は、どんどん走る。
 そのうちに、前面に、海が青白く光っているのが見えだした。そうして、長い岬がつきだしている。クイクイ岬であった。このクイクイ岬は、まるで戦艦の檣楼(しょうろう)のような形をしていた。つまり、細長い要塞だと思えばいいのだ。しきりに、硝煙のようなものが、あがっている。
「ああ、やっているな。おい千二、あれがクイクイ岬だ」
 千二は息を、はあはあ切らせつつ、クイクイ岬の様子に、ひとみを定めた。
 どがどがどが。
 どがどがどが。
 奇妙な音が、しきりに聞える。
「おお、なるほど。ペペ山に、敵のやつがたてこもっている。ものすごい砲撃戦の真最中だ。ふん、なるほど。敵は、いつあのような大砲を手に入れたか。けしからん話じゃ」
 高いペペ山と、その下に入江をへだてて向きあうクイクイ岬要塞との間に、今や、撃ちつ撃たれつの砲撃戦がくりひろげられている。
 どがどがどが。
 どがどがどが。
 砲弾は白い尾をひいて、上へ下へと飛交う。
 どがどがどが、どがどが。
 ペペ山にたてこもったのは、ロロ公爵軍であった。その前のクイクイ岬要塞を死守しているのは、火星兵団であった。そこへ丸木がとんで来た。
「おい、どうした。みんな元気がないじゃないか。撃て、撃て」
 そこへ、クイクイ岬要塞の司令官があらわれた。司令官は、胸のところへ、湯たんぽを横にしたようなものをぶらさげている。それにはたくさんの釦(ボタン)がついている。その釦をおせば、どことでも話が出来るし、またどこでも見えるという機械であった。彼の大きな頭には、小さい円錐型の帽子がのっている。それが司令官であることを示す帽子であった。
 司令官は、丸木戦争大臣のところへやって来ると、すべての触手を、孔雀が羽をひろげたように左右にひろげた。それは、兵団長に対する挨拶だった。
「丸木大臣閣下、相手がいけません」
「相手がいけないとは……」
「ペペ山にこもっているのは、火星の前の女王の王子たちです。ロロ公爵とルル公爵です」
「ほう、ロロとルルか。あの死にぞこないめが、もうそんなところに立てこもって、いばりちらしているのか」
「丸木閣下、相手は、なかなかすごいいきおいで、こっちへ攻めかけて来ます。この分では……」
「おれが来たからには、もう大丈夫だ。うむ、ちょうどいい。ペペ山をぐるっととりまいて、ロロとルルをここで完全にやっつけてしまおう。あいつら二人さえいなければ、火星の上は、だれも苦情を言うものがなくて静かなんだ。それから蟻田博士なども、きっと、おとなしくなるだろう」
 そう言っている時にも、彼我(ひが)の砲弾は盛にとびかい、その爆発音は天地をふるわせ、硝煙はますますこくなって、おたがいの陣地をかくしてしまう。
 丸木戦争大臣は、司令塔にのぼって、明かるい映写幕を見ている。
 彼と我との戦争のもようが、ちょうどその真上から見下したように、うつっている。
「なんだ、こっちも、どしどし撃っているのに、こっちが負けているなんて、へんなことじゃないか。おい、司令官。これは、どうしたわけだ」
「それなんです、丸木閣下。こっちの撃っているのは破壊弾なんですが、ロロ軍が撃って来るのは、奇妙な砲弾なんです」
「奇妙な砲弾とは」
「一種の溶解砲弾です。しゅうと飛んで来て、ぽかんと破裂すると、白っぽい汁をあたりへまき散らすのです。そこからガスみたいのものが、もうもうと出て来ます。こっちの兵が、それにあたると、からだが、とろとろにとけてしまうのです」
「ああ、そうか、なるほどなるほど」
「丸木閣下、かんしんなさっていては困ります」
「いや、その砲弾なら、われわれ火星兵団が地球へ攻めていった時、ふりかけられて弱ったやつだ。うむ。察するところ、ロロとルルの奴、蟻田博士からそのような砲弾のつくり方を教えられ、それをひそかにつくってペペ山にかくしておいたものにちがいない」
 丸木は、そう言って、少しおじけづいたようであった。
「とにかく、わが軍の死者すでに何千という、たいへんな損害です。どうしましょう」
「弱ったなあ。まさか、そのようなものを持っているとは、考えていなかった。よろしい。それでは、こっちは地下をもぐっていく戦車隊をくりだそう。そうしてペペ山を、その真下から根こそぎ爆発させてしまおう。それなら、相手のもっている溶解砲弾はペペ山とともに爆発するから、ペペ山にこもっているはんらん軍は、全滅になるはずだ。ふん、これなら大丈夫うまくいくぞ」
 ペペ山にたてこもる王子ロロ公爵軍を一どきにやっつけてしまおうと、火星兵団長の丸木は、地底戦車隊に出動を命じた。
 そばにいた千二は、これを知ってたいへんだと思った。ペペ山の下が、地底戦車のためくりぬかれ、下から爆破されると、ロロ公爵も一しょに、こなごなになってしまうであろう。
「丸木さん。折角かえって来たロロ公爵を、そんなひどい目にあわせないで下さい」
 と、千二は忠告をこころみた。
「いや、いいんだよ。これが戦争なんだ。第一、おれにそむく奴なんか、一刻も、生かしておけないよ」
「丸木さん、あなたは自分のことばかり考えて、火星国全体のことを考えないから、いけないと思うなあ」
「いや、いずれはおれが火星国を、おさめるようになるのさ。おれが一度号令すると、火星兵団は手足のように、うごくのだ。だから、今の火星王よりは、ほんとうは、おれの方がえらいのさ」
 丸木は、たいへん思いあがっているようである。
「丸木さん、それはよくない考えだよ。きっと、今に自分で自分がわるかったと、さとるときが来るだろう。僕は、ほんとうの力もないのに、からいばりをしたり、むちゃをする者は大きらいだ」
「なにを。千二、なまいきな口をきくと、ただではおかないぞ」
 そう言っているとき、はるかのかなたから、ごうごうと大きな音が近づいて来た。
 丸木兵団長は、その音を聞きつけると、とびあがってよろこんだ。
「ああ、来たぞ。地底戦車隊だ。さあ今にみろ。ロロ公爵も、元の王子も、これで灰になって空へまいあがるだろう。どりゃ、一つゆるゆる見物するかな」
 と丸木は、にやりと笑って、ペペ山の方にむきなおった。


   71 硝煙の岡


 千二少年は、ペペ山がこれからどうなるかについて、しんぱいであった。
 しかし、丸木のようすを見ていると、丸木はペペ山の爆破に夢中になっていて、千二のいることをわすれている。
(あ、今だ。にげだすのは……)
 ペペ山のこともしんぱいだが、千二は、早く蟻田博士や新田先生のもとへ、かえりたかった。それで千二は、丸木のすきをうかがって、そこをにげだした。
 にげだしたはいいが、どっちの方へいっていいのか、わけがわからなかった。
「困ったなあ。さっきは、こっちの方からやって来たように思うが……」
 千二は足にまかせてどんどん走った。
 わずかの心おぼえが、彼をうまくみちびいて、どうやら元の海岸が見えだしたときには、おどりあがってよろこんだ。
「ああ、よかった」
 千二はカリン岬を前にして、海岸に立ってあたりを見まわした。
「おや、博士は? 先生は? どこへいったか、まだ見えない」
 浜はがらんとしていた。
 博士のすがたも見えなければ、新田先生もいない。そればかりか、大空艇さえ見えないのであった。
「先生! 博士!」
 千二は大きなこえをだして、いくどもよんでみた。
 だが、千二のこえは、こだまとなって、かえって来るばかり。
 千二はちょっとよわった。
「どうしたらいいだろう」
 そのとき、千二のあたまに思いうかんだことがあった。このカリン岬の下に、秘密の洞窟があることを思い出したのであった。
「ひょっとすると、博士たちは、そこにいるのではなかろうか」
 そう思った千二は、なんとかしてそこへはいってみようと思い、洞窟への入口をさがしはじめた。
 カリン岬の下の洞窟へは、どこから、はいったらいいのであろうか。
 千二少年は、岩山のあたりをあっちこっちとさがしまわった。だが、その入口はなかなか見つからなかった。
「ああ困ったな。どうしたらいいだろうか」
 千二は、だんだん心ぼそくなって来た。
 だが、こんなところでよわい気を出しては、いよいよ死を早めるばかりだと思ったので、彼は胸を叩いて、なにくそと一生けんめいに自ら元気をふるいおこした。なんべんも胸を叩いているうちに、どうやら元気づきもし、気もおちついて来た。そこで彼はもう一度砂浜の方へおりていった。なにか手がかりはないかと、それを見つけるつもりで……。
 すると、彼はついに、うれしい手がかりを発見した。砂浜の上に、大きい矢印が書いてあるのであった。
「千二ヨ、タズネルモノハ、コノサキニアル。ワレワレハ、ナカデマツ」
 たずねるものはこの先にある、われわれは中で待つ――と、砂の上に片仮名で書いてあったのだ。
 たずねるものというのは、洞窟への入口のことであろう。中とは、洞窟の中のことにちがいない。われわれとは、蟻田博士と新田先生のことであろう。
「さっき、二度も三度も、このへんを歩いたんだがな。さっきは、これが見えなかった。やっぱり、あわてていたせいだろう。あわてるのは、そんだなあ」
 千二は、はずかしくなって、ひとりでに顔が赤くなった。
 矢の方向へずんずん歩いていくと、一つの大きな岩山にぶつかった。しかし入口はまだ見えない。千二は、もっと向こうかも知れないと思って、その岩山をよじのぼったが、
「おや、もうこの先は海だ」
 と叫んで、がっかりした。
 海へ出ては、いきすぎだ。
 千二少年は、岩山をまた下りて後もどりした。その途中、岩山のどこかに割目でもありはしまいかと念入にさがしたのであるが、割目などは一向に目にはいらない。そうして、そのうちにとうとうもとの砂原におりてしまった。
「これはおかしい。どうしても、この大きな岩山の、どこかに入口がなければならないのだが……。はて、困ったなあ」
 千二は、しばらく岩山をじっと見上げていたが、そのうちに思い出したことがあった。
「ああ、そうだ。博士から聞いたところでは、このカリン岬の下の洞窟内には五つの扉があって、それを開くには呪文を言えばいいのだ。そうだ、あの呪文をどなって歩いたら、どこかの地の底で、扉があく音が聞えるかもしれない」
 千二は、呪文をとなえるなんて昔話のようで、ばかばかしいことだと思ったが、ともかくそれをやってみることにした。
 あの呪文はどういうのであったかしら。
 千二は、はじめてそれを聞いた時、たいへんむずかしい呪文だと思ったが、博士から、いくどもそれを聞いているうちに、なんだかおもしろい口調なものだから、口の中でくりかえしているうちに、おぼえてしまったのである。
 ロラロラロラ、リリリルロ、ロルロルレ。
 たしか、この通りであった。
 千二は砂浜に立ち、岩に向かって、
「ええと、ロラロラロラ、リリリルロ、ロルロルレ」
 と、叫んだ。
 さあ、岩山の入口が開くかと、千二は目を皿のようにして岩山をながめまわしたが、あてがはずれて、岩山はもとのままであった。
「だめだねえ」
 と千二は言ったが、まだ失望するのは早いと思い、またその岩山をのぼりはじめた。
 千二は、岩山のてっぺんにのぼって、そこでもう一度呪文をとなえてみた。
「ロラロラロラ、リリリルロ、ロルロルレ。さあ、どうだ」
 呪文のききめはあったかどうかと、千二は耳をすました。すると、岩の中から、ごうごうという機械がまわるような音が聞えだしたではないか。
「あ、何かはじまったぞ」
 と、千二は、岩の上に腹ばいとなり、岩の中から聞える音が一体何の音であるか、それをたしかめにかかった。
 ところが物音の正体がわかる前に、別のおどろきがやって来た。それは、千二のからだが、ぐっと横に動きだしたのであった。まるで大きい、じしんのようであった。
「あっ、岩が動きだした」
 岩山のてっぺんが割れて来た。そうして大きな穴があく。階段が見えだした。
「しめた。とうとう呪文がきいて岩が割れたぞ。ここをおりていけば、洞窟へいけるにちがいない」
 千二は、からだを起すと岩穴の中にとびこんだ。中は、思いの外広かった。そうして千二がとびこむと、岩はまた元のようにぴたりと閉じてしまった。そうして、地下から聞えていたごうごうという音が、ぴたりと、とまってしまった。
 千二は、階段を下りていった。
 すると、その下は第二の扉で行きどまりになった。
 千二は、もうおどろかない。さっそく扉に向かって、また例の呪文をとなえた。
 すると、また機械のまわるような音がして、第二の扉はすべるように岩の中へはいった。内部は、どこから光が来るのか昼のように明かるい。そうして机や椅子や機械が見える。そればかりではない。蟻田博士と新田先生が、こっちを向いて立っていたので、千二は夢かとばかり喜んだ。
「おう、千二君じゃないか。どこへ、いっていたんだ。しんぱいしていたよ」
 新田先生が、かけだして来て、千二の手をぐっとにぎった。
「ああ、先生」
 と言ったまま、千二は、そのあとを言うことが出来なかった。火星の上でまよい子になり、これからどうしようかと思いながら、きみのわるい洞窟へはいっていったところ、そこで思いがけなく、新田先生たちに、あえたのであった。こんなうれしいことはなかった。
 博士も、奥から千二の方を見て、にこにことわらっていた。
 千二は、手みじかに彼が丸木にさらわれたことや、その丸木が、いまペペ山を地底から、ばくはつさせるために、じまんの地底戦車隊へ出動命令を出したことなどを話したのであった。
 それを聞いていた新田先生は、いみありげに、蟻田博士の方へ顔を向けた。
 すると博士は、千二のそばへやって来て、その肩へ手をかけながら、
「千二君。お前は、その地底戦車隊が、いよいよペペ山の下を、ほりはじめたところを見たかね」
 と聞いた。千二は首をふって、
「いや、僕は、そこまで見ていなかったのです。丸木が、近づく戦車隊の方に夢中になっているすきをうかがって、僕はにげだしたのです」
 それを聞いて博士は、大きくうなずき、
「ふむ、いい時に、お前は、にげだしたものだ」
「そうですか。なぜです」
「いや、その地底戦車隊は、丸木の号令にしたがわなくなったのだ。そうして丸木たちを、ぐるっととりかこんで、降服せよと言った。もちろん丸木は聞かない。そこで今丸木たちは、あたまの上から砲弾の雨をくらっているところだ」

 火星兵団長の丸木は、おもいがけなく地底戦車隊のためにとりかこまれ、非常にうろたえている。
 彼は、陣地の小高い岡のうえに立ちあがり、いのちがけで地底戦車隊によびかけた。
「地底戦車隊の司令官はどこにいる。なぜ、おれの命令どおりしないのか。ペペ山を攻撃しろというのに、それをしないで、おれのまわりをとりまくとは、一体どういうことだ」
 すると、地底戦車の一つから、高声器をつかって、司令官アグラスのこえがひびいた。
「ああ丸木兵団長――いや、あなたは、もはや兵団長でもなく、戦争大臣でもない。あなたの職はすべて、はぎとられましたぞ」
 丸木は、それをきいて、ますますおどろいた。
「えっ、それはほんとうか。おれの職を、そんなにやすやすと、うばわれてたまるものか。誰がおれの職をはぎとったのだ。そうしてまた、なぜおれを、そのようなひどい目にあわせるのか」
「おだまりなさい。国王の命令です」
「そんなはずはない。国王は、おれと相談のうえでなければ、すべての火星兵団員の任命や免職は、できないことになっているのだ。ましてや、このおれを免職するなんて、そんな不都合なことはないぞ」
 丸木は、顔色をかえてどなる。
 すると、司令官アグラスがいった。
「丸木どののいわれる国王は、前の国王のことです。わが火星国には、ここ十五分ほど前に、新しい国王が位につかれたのですぞ」
「なんだ。国王がかわった? そんなことがあるものか。誰が国王になったのか」
「ロロ公爵です。それからルル公爵が、副王となられました。前の国王は、火星兵団を地球へむけて、大負けに負けてしまったその責任をとって、位をしりぞき、ロロ新王に忠誠をちかわれましたぞ。あなたも、忠誠をちかわれたがいい」
 丸木は、すっかりおどろいてしまった。いつの間にか、ロロ公爵が国王になってしまったのだ。彼は、合点がいかぬ様子で、
「そんなことはうそだ。現にロロ公爵は、ここから見えるあのペペ山にこもって、われわれの攻撃をうけているのだ。王城へいく、ひまなんかはない。だから今われわれがペペ山を攻めたてれば、なんなくロロ公爵をやっつけてしまえるのだ。おいアグラス。うまくいったら、うんと褒美をやるから、お前は、早くその地底戦車隊に号令をかけて、ペペ山を、ばくはせよ」
 と、丸木は、ここぞとばかり、わめきたてるのであった。
 しかし司令官アグラスは、丸木のいいつけに従おうとはしなかった。
「丸木どの。それは、だめです。いまペペ山にいられるのは、ルル公爵の方です。ロロ公爵、いやロロ新王は、ずっと前に王城へ、はいっていられます。私はロロ新王に拝謁したあとで、こっちへやって来たのです。もう、おあきらめなさい。お身のためですぞ」
 司令官は丸木をなだめたが、丸木はいよいよ、叫ぶのであった。
「そんなばかな話はない。ロロであろうがルルであろうが、そんな子供くさい者に、この火星国をにぎられてたまるものか。火星国で一等えらい者が国王になればいいのだ。火星兵団をひきいて地球までいった英雄は、このおれだぞ。おれは、只今、火星王の位につくぞ。他に、国王をなのるものがあれば、それは、にせ国王だ」
「だめです、そんなことは、だめです」
「いや、おれは火星王だ。そうしてこの大宇宙をおさめるのだ。地球なんかこわれてしまえ。わしは金星を攻略し、木星を従え、水星も土星も、わが領土とするぞ。そうしておれは、更に他の太陽系の星をめがけて、突進するのだ」
 丸木は、いよいよ大きなことを言って、いばりちらした。
 丸木は気がへんになったようになって、いくらアグラスがすすめても、新王ロロにしたがうとは言わないのであった。
 アグラスも、もうこれまでだと思った。
「やむを得ん。射撃用意。目標、逆賊丸木……」
 アグラスの命令は、高声器によって、丸木の耳にも、つよくひびいた。
「なんだ、なんだ。おれを撃つというのか。撃てるものなら、撃ってみろ。どうして撃てるものか」
 丸木は、まだ、つよがりを言っている。
 その時、地底戦車隊長のアグラスは、ついにさけんだ。
「撃て!」
 隊長の命令一下、戦車砲は、天地もくずれるような大音をあげて、一せいに砲弾を撃出した。
 砲弾は、丸木が腕ぐみをして立っていた小高い岡に命中し、ぱぱぱぱっと、ものすごいいきおいで炸裂し、もうもうたる硝煙は、たちまちその岡をおおいかくしてしまった。
 丸木のからだは、どうなったであろうか。
 やがて硝煙は、風にふかれて、ペペ山の方へ、うごいていった。
 煙のはれ間から、岡が見えて来た。岡の形は、全くかわっていた。
 岡の上には、何があったか。
 そこには、見るもむざんに掘りかえされた、弾のあとがあるだけであった。もちろん丸木のすがたは、どこにも見えなかったし、彼の大きなむぎわら帽子の焼けこげのきれ一つおちてはいなかった。
 丸木のからだ全体が、消えてなくなったのである。大英雄と自らうぬぼれ、我こそは火星王であるぞと、大きなことを言った彼、丸木も、ついに煙となりはてて、あとには、何のしるしものこさなかったようであった。
 アグラスは、そこで全軍に命じて、どっと、ときのこえをあげさせた。


   72 大団円


 丸木が、ついに、あわれな最期をとげたことは、火星国の王城にも、すぐわかった。新王ロロは、そのありさまを、テレビジョンで、すっかり見ていたのだ。
 そこで、ロロ王のつかいが、洞窟へ来た。
 そのつかいの者は言った。
「丸木は、とうとうあわれな最期をとげてしまいました。そうして火星国は、新王ロロのもとに、すっかりおさまりました。どうか、御安心のうえ、これからすぐさま、王城へおいで下さい。新王ロロが、お待ちかねでございます」
 博士は、それを聞いて、たいへんよろこび、
「ああ、それは、おめでたい。それでこそ、わたしたちの骨おりがいが、あったというものです。さあ新田、千二、新王ロロに、おめでとうを言いにいこうではないか」
「はい、おともしましょう。千二君も、いくだろうね」
「ええ、先生、いきますとも。火星国の王城というのは、どんなところだか、早く見たいですね」
 そこで三人は、新王ロロのつかいの者に、あんないをたのんで、そのうしろから、ついていった。
 洞窟の外には、うつくしい色にぬられた小舟のようなロケットが、待っていた。
 三人は、それにのりこんだ。
 するすると音がして、波形の大きなふたがひきだされ、千二たちのあたまの上を、おおった。なんだか、莢(さや)えんどうのような形になった。
 ロケットは、たいへんのりごこちがよく、見る見る空中にとびあがり、雪をかぶっている山の上をとびこし、それから、緑のもうせんを、きちんと、ごばん目にしきつめたような緑地帯の上をはしりぬける。すると、その向こうに、こんもりとしげった、たいへん大きな森林が見えて来た。つかいの者は、その森をゆびさし、
「あそこに大きな森が見えますね。あれが王城です。新王ロロは、あそこでお待ちかねです」
 ロケットは、王城の森の入口に、しずかに着陸した。
 そこには、蟻田博士たちを出むかえの、えらい役人や軍人が、ならんでまっていた。彼等は、すきとおった長いころものようなものを着ている。
 千二から見れば、だれもかれも、みな、おなじような顔に見えた。
 首相モンモンが、まえにすすみ出て、博士にあいさつをした。
「蟻田博士でいらっしゃいますね。ロロ王が、おまちかねです。どうぞ、こちらへ……」
 森の中の、ふしぎな景色は、千二をおどろかした。上から見れば地球の森とおなじであるが、こうして、地上から森の中にはいって見ると、地球の森とは全然ちがっている。なんという木か知らぬが、左右から大きな根をはり、それがくみあい、まるで、籠をふせたような形になっている。その正面に、門のような入口があいている。蜜蜂の巣箱の下に、蜂の出入する穴があるが、それによく似ている。
「どうぞ、こっちへ、おはいりください」
 首相モンモンは、先に立って、その門の中へはいっていった。千二も、蟻田博士や新田先生のうしろから、ついていった。
 入口をはいると、はばのひろい大きな階段が地下へつづいている。地底に、りっぱな宮殿があるのであった。きらきらと、うつくしい灯火が、その中でうごいている。
「おおロロ王が、あそこにおられる」
 蟻田博士は、そう言って、うしろにつづく先生と千二に、注意した。
 階段の下には、王冠をかぶり、黄金でこしらえたうすいころもを着た、りっぱな火星人が立っていて、博士の方へ、手をのばした。
「ああ蟻田博士。よくおいでくださいましたね。おかげさまで、ごらんのとおり、火星国は、りっぱにおさまりました。お礼を申しますよ」
「おお、ロロ王。ごりっぱです」
 博士は、ロロ王の手をしっかりとにぎった。
 森の王城では、この夜、新王ロロと副王ルルとが、蟻田博士たちに、お礼をする意味で、たいへんな大宴会を開くことになった。
 そのときは、もう太陽が沈んで、夜になっていた。あと一時間もたてば、大宴会場は開かれることになっていた。
 千二も、王城内の火星人たちから、ちやほやされるので、わるい気もちはしなかった。はじめは火星人がきみがわるくてしかたがなかったが、王城内の火星人は、なかなか礼儀もこころえており、また新王や副王からの言いつけもあって、千二たちに対し、たいへん、ていねいにしていた。
 千二は、このとき、ふと、たいへんなことを思い出したのであった。彼は、新田先生のそばへよると、小さいこえで、
「あのう、先生。もう時刻は、すぎたのではないでしょうか」
「なんだね、時刻がすぎたとは」
「先生、わすれているのですか。モロー彗星が地球に衝突する時刻は、もうすぎたのでしょう。地球は、どうなったでしょうか。こなごなになって、それから……」
 千二は、そのあとが言えなかった。そうして悲しくなって、思わず先生の胸に、あたまをうずめてしまった。
「そうだねえ、地球は……」
 先生も、そのあとが、言えなかった。
 すると、蟻田博士が、この有様を見て、二人のそばへ、よって来た。
「お前たちは、なにをめそめそやっているのかね。ロロ新王に、おめでとうを言う日が来ているのに、泣いたりして……」
 先生は博士に言った。
「千二君も私も、地球のことを思い出して、悲しくなったのです。今ごろは、地球はモロー彗星のために、粉々になって、宇宙に飛んでしまったろうというので……」
 すると博士は、はたと手をうち、
「おお、そのことか。わしは、君たちに、言うのを忘れていたよ」
 地球は、一体どうなったか。
「博士は、私たちに、なにを言われるつもりだったのですか。なにを言うのを、わすれていられたのですか」
 新田先生と千二とは、蟻田博士に、息をはずませてたずねた。
「ああ、そのことだ。よし、わしが言うよりも、ロロ新王にねがって、王城の天文台へのぼらせてもらって、地球がどうなったか、それを見せてあげよう」
 博士は、心得顔で、すぐさま、ロロ新王に、そのことを言った。ロロ新王はもちろん、それを承知した。
「じゃあ、天文台へ、のぼらせていただこう。まあ、それまでは、だまって、ついて来たまえ」
 博士は、なかなか地球の最期について、二人に話をしてくれない。
 千二たちが、博士について、天文台の方へいくために、王城の広間を横ぎって、歩いていこうとしたとき、博士の前に、とつぜんとび出して来たものがあった。
「蟻田博士の大うそつき」
 大きなこえで、その怪漢は、どなった。
 見ると、それは、めずらしや、佐々刑事であった。彼は、とつぜん王城の中へ、走りこんだものと見える。それはいいが、防寒服も着ていなければ、酸素かぶとも着ていないのだった。むちゃな話である。
「おお、佐々刑事だ」
「ほう、これが佐々刑事か」
「蟻田博士、あなたは地球が……」
 と、再び佐々刑事が、ことばをつごうとした時、彼はにわかに、まっ青になって、よろよろと、よろめいた。そうして先生と千二が、かけよるよりも先に、王城の床の上に、どうと、たおれてしまった。
 蟻田博士は、すぐに床にひざをつき、佐々刑事の手をにぎった。その時、火星人の医師がかけつけ、博士にかわって、すぐ手当をすると言った。
 博士は、あとのことを頼んで、先生と千二の方へ目配(めくば)せをした。
 千二は、博士が目くばせをするので、たおれた佐々刑事のこともしんぱいだったが、博士のあとにしたがって、天文台の方へ階段をのぼっていった。
 そのとき、千二は、そばの新田先生に、
「どうしたのでしょうね、あの佐々刑事は……」
 すると先生が言った。
「佐々刑事は、火星のボートを分捕ったと放送していたが、今まで、そのボートの中にがんばっていたのだろうね。そうして蟻田博士が来たという話を聞いたので、ボートの扉をひらいて、とびだして来たわけだろう。ずいぶん、がんばりやさんだなあ」
「なるほど。元気がいい人ですね」
「いずれ、あとで、おもしろい話を、たくさん、聞かせてくれるだろう」
 階段をのぼりつめると、りっぱな円形の広間へ出た。すばらしい高い天井、うつくしいかべ、そうして、見事な望遠鏡が、天蓋(てんがい)の間から、夜の大空へ向いている。
「千二、新田、望遠鏡で見なくても、肉眼でよく見えるから、外廊下へ出よう」
 博士は、扉をあけて、外廊下に出た。
 火星には、今、夜の幕が下りているのであった。この天文台は、森のうえから、わずかばかり、首をのぞかせているのだった。だから、この外廊下からは、森の高い梢越しに、荒涼たる火星の夜景が見える。
「ほら、あれを見なさい」
 博士が、そう言って、天空にきらきらと輝く星をゆびさした。
「ええあれは、何という星ですか」
「あれは地球じゃ」
「えっ、地球ですか。地球は、モロー彗星に衝突されて、まだ、あそこに、かけらでもが、のこっているのですか」
 千二は、ふしぎそうに聞いた。
「いや、あれは地球のかけらではない。かけらどころか、地球は、ちゃんとしているのだ」
「えっ、地球は、ちゃんとしているのですか。モロー彗星は、地球に衝突しなかったのですか」
 千二は、とどろく胸をおさえて聞いた。
 四月四日の十三時十三分十三秒に、モロー彗星は地球に衝突するはずだった。ところが、今は、その時刻をすぎているのに、地球はあいかわらず、きらきらと天空に輝いているのであった。
 なんという意外な出来事であろう!
「ああ、ゆめを見ているのじゃないかなあ」
 新田先生は、うめくように言った。
 千二も、地球はかならずこわれるものと思っていたので、こうして地球が、ちゃんとしているのを見ると、ゆめのような気がしてならなかった。そのとき、蟻田博士が、しんみりとしたこえで言った。
「非常な幸運であったといえる。モロー彗星は、当然地球に正面衝突するはずだったのだ。ところが、思いがけないことがおこった。それは、モロー彗星が地球に衝突する前に、月がモロー彗星の方へ近づき、両方で引張りっこをはじめたのだ。
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