火星兵団
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著者名:海野十三 

   1 奇怪な噂


 もはや「火星兵団」の噂をお聞きになったであろうか!
 ふむ、けさ地下鉄電車の中で、乗客が話をしているのを、横からちょっと小耳にはさんだとおっしゃるのか。
 ――いや全く、こいつは冗談じゃないですぞ。これはなにも、わしたち科学者が、おもしろ半分におどかしたがって言うのではないのですわい。今われわれ地球人類は、本気になって、そうして大いそぎで戦闘準備をしなくちゃならんのだ。しかるに、わしのいうことを小ばかにして、だれも信じようとはしない。これでは、やがてたいへんなことになる。わしは今から予言をする! 地球人類は、一人残らず死んでしまうだろう。第一「火星兵団」という名前を考えても、その恐るべき相手が、どういうことをしでかすつもりだか、たいがい想像がつくはずじゃと思うが――。
 と、そういう話を、地下鉄電車の中で聞いたと、おっしゃるのか。
 ふむ、なるほど。
 そのことばづかいから察すると、そう言って自分一人で赤くなって興奮していた人というのは、からだの小柄の、頭の髪の毛も、顎(あご)のさきにのばした学者鬚も、みんな真白な老紳士だったであろう。
 それに、ちがいないと言われるか。
 ふむ、そうであろう。やっぱり、そうであった。その老紳士こそは有名な天文学者で、さきごろまで某大学の名誉教授だった蟻田(ありた)博士なんだ。
 さきごろまで名誉教授であったと言ったが、つまり蟻田老博士は、今では名誉教授ではないのだ。博士は、さきごろ名誉教授をやめたいと願い出て、ゆるされたのだ。
 そういうことにはなっているが、その実蟻田老博士は、奇怪にも大学当局から、辞表を出すように命令され、むりやりに名誉教授の肩書をうばわれてしまったのだ。そんなことになったわけは、ほら例の「火星兵団」にある!
 あのように「火星兵団」のことを、世間に言いふらさねば、大学当局は、なにもあの老齢の蟻田博士から、名誉教授の肩書をうばうようなことは、しなかったであろう。
 まあそれほど、大学当局では、老博士が言いふらしている「火星兵団」が、ありもしないでたらめであるとして、眉をひそめていたのである。
「火星兵団」に関する老博士の第一声は、今から一カ月ほど前、事もあろうに、放送局のマイクロホンから、日本全国に放送されたのであった。その夜の放送局内の騒ぎについては、すぐ記事さしとめの命令がその筋から発せられたので、世間には洩(も)れなかったが、実は局内ではたいへんな騒ぎで、局長以下、みんな真青になってしまい、その下にいる局員たちは、仕事もなにも、手につかなくなってしまったほどだった。
 その夜の蟻田博士の講演放送というのは、なにも「火星兵団」のことが題目になっていたわけではない。そんなものとはまるで関係のない「わが少年時代の思出」という立志伝の放送だった。
 ところが、その途中で、老博士は急に話をそらせ、講演の原稿にも書いてないところの「火星兵団」について、ぺらぺらしゃべりだしたのであった。
 つまり、こんな風であった。
 ――ええー、ところでわしは、最近重大な発見をした。それはわれわれ地球人類にとって、実に由々しき問題なのである。事のおこりは一昨日の午前四時、わしはまだ明けやらぬ夜空に愛用の天体望遠鏡をむけ、きらきらときらめく星の光をあつめていたが、その時驚くべし、遂に「火星兵団」という意味の光をつかまえたのである。おお「火星兵団」! このことばは短いが、この短いことばの中には、いよいよわれわれ地球人類に対し、あの謎の火星の生物が、今夜のうちにも――。
 その時放送は、とつぜん聞えなくなった。
「火星兵団」について、一生けんめいしゃべっていた蟻田博士の放送が、なぜその時、ぷつんと聞えなくなったのであろうか。
 それは、放送局が停電したわけでもなく、また機械が故障になったわけでもない。放送の監督をしている逓信局(ていしんきょく)が、博士の放送がおだやかでないのに驚いて、がちゃんとスイッチを切ったのである。逓信局では、いつでもこうして、おだやかでない放送はすぐさま止める。
 放送室の蟻田博士は、マイクのスイッチが切られたこととは知らない。だから、日本全国の人々が自分の話を聞いているものと思い、気の毒にも、額からはぽたぽた汗をたらして、一生けんめいに、その後をしゃべり続けたのであった。
 博士が、その後、どんなことをしゃべったか、それは放送が止ってしまったのであるから、外に洩れなかった。だから、ここにはなんにも書くまい。
 博士が、放送を終えて室を出ると、そこには、その筋の掛官が待っていた。おだやかでない博士の放送を聞いて、すぐさま自動車で駈附けたらしい。
 博士は、その場からその筋へ伴なわれていった。そうして大江山課長という掛官で一ばんえらい人から、「しゃべってはならない」と命令された。
「なぜしゃべっては悪いのですかな。わしは苦心の末『火星兵団』という意味の光を空中に発見した。そうして、それはまさに人類にとって一大事だ。それをしゃべって悪いと言われる貴官の考えがわしにはわからん」
 と、蟻田老博士は不満をうったえた。
「いや、その――『火星兵団』という意味の光を空中に発見した――というのが、困るのです。そんなばかばかしいことが、出来るとは思われない。火星を警戒しろというのはかまわないが、あなたが観測中に何を知ったか、その内容については、後で解除命令のあるまで、誰にもしゃべってはなりませんぞ」
 大江山課長は、きつい顔で申し渡した。
 ふしぎな謎の言葉「火星兵団」!
 蟻田博士の放送によって「火星兵団」のことは、日本全国津々浦々にまでつたわった。そうして、その時ラジオを聞いていた人々を、驚かしたものである。
 ここに一人、蟻田博士の放送に、誰よりも熱心に、そうして大きなおどろきをもって、耳を傾けていた少年があった。この少年は、友永千二(ともながせんじ)といって、今年十三歳になる。彼は、千葉県のある大きな湖のそばに住んでいて、父親千蔵(せんぞう)の手伝をしている。彼の父親の手伝というのは、この湖に舟を浮かべて、魚を取ることだった。しかしどっちかというと、彼は魚をとることよりも、機械をいじる方がすきだった。
「ねえ、お父さん。今ラジオで、蟻田博士がたいへんなことを放送したよ。『火星兵団』というものがあるんだって」
 千二は、自分でこしらえた受信機の、前に坐っていたが、そう言って、夜業に網の手入をしている父親に呼びかけた。
「なんじゃ、カセイヘイダン? カセイヘイダンというと、それは何にきく薬かのう」
「薬? いやだねえ、お父さんは。カセイヘイダンって、薬の名前じゃないよ」
「なんじゃ、薬ではないのか。じゃあ、うんうんわかった。お前が一度は食べたいと言っていた、西洋菓子のことじゃな」
「ちがうよ、お父さん。火星と言うと、あの地球の仲間の星の火星さ。兵団と言うと、日中戦争の時によく言ったじゃないか、柳川兵団(やながわへいだん)だとか、徳川兵団だとか言うあの兵団、つまり兵隊さんの集っている大きな部隊のことだよ」
「ああ、そうかそうか」
「お父さん、『火星兵団』の意味がわかった?」
「文字だけは、やっとわかったけれど、それはどういうものを指していうのか、意味はさっぱりわからぬ」
 千蔵は大きく首を振るのだった。
「おい千二、その『火星兵団』という薬の名前みたいなものは、一体どんなものじゃ」
 父親は網のほころびを繕う手を少しも休めないで、一人息子の千二の話相手になる。
「さあ『火星兵団』ってどんなものだか、僕にもわからないんだ」
「なんじゃ、おとうさんのことを叱りつけときながら、お前が知らないのかい。ふん、あきれかえった奴じゃ。はははは」
「だって、だって」
 と、千二は口ごもりながら、
「『火星兵団』のことは、これから蟻田博士が研究して、どんなものだかきめるんだよ。だから、今は誰にもわかっていないんだ」
「おやおや、それじゃ一向に、どうもならんじゃないか」
「だけれど、蟻田博士は放送で、こんなことを言ったよ。『火星兵団』という言葉があるからには、こっちでも大いに警戒して、早く『地球兵団』ぐらいこしらえておかなければ、いざという時に間に合わないって」
「ふふん、まるで雲をつかむような話じゃ。寝言を聞いているといった方が、よいかも知れん。お前も、あんまりそのようなへんなものに、こっちゃならないぞ。きっと後悔するにきまっている。この前お前は、ロケットとかいうものを作りそこなって、大火傷(おおやけど)をしたではないか。いいかね、間違っても、そのカセイなんとかいうものなんぞに、こっちゃならないぞ」
「ええ、大丈夫。ロケットと『火星兵団』とはいっしょに出来ないよ。『火星兵団』を作れといっても、作れるわけのものじゃないし、ねえおとうさん、心配しないでいいよ」
「そうかい。そんならいいが……」
 と、父親も、やっと安心の色を見せた。
 だが、世の中は一寸先は闇である。思いがけないどんなことが、一寸先に、時間の来るのを待っているかも知れない。千二も父親も、まさかその夜のうちに、もう一度「火星兵団」のことを、深刻に思い出さねばならぬような大珍事に会おうとは、気がつかない。
 その夜ふけに、千二は釣の道具を手にして、ただひとり家を出かけた。湖には、たいへんおいしい鰻(うなぎ)がいる。千二は、その鰻をとるために出かけたのだった。
 出かけるときに、柱時計は、もう十二時をまわっていた。
 外は、まっくらだった。星一つ見えない闇夜だった。
 だが、風は全くない。鰻をとるのには、もってこいの天候だった。
 千二は、小さい懐中電灯で、道をてらしながら、湖の方へあるいていった。
「なんという暗い晩だろう。鼻をつままれてもわからない闇夜というのは、今夜のことだ」
 でも、湖に近づくと、どういうわけか、水面がぼんやりと白く光ってみえた。
「こんな暗い晩には、きっとうんと獲物があるぞ。『うわーっ、千二、こりゃえらく捕ってきたな』と、お父さんが、えびすさまのように、にこにこして桶の中をのぞきこむだろう。今夜はひとつ、うんとがんばってみよう」
 千二は、幼いときに母親に死にわかれ、今は親一人子一人の間柄だった。だから、父親千蔵は、天にも地にもかけがえのないただひとりの親だった。千歳は、千二のためには父親であるとともに、母親の役目までつとめて、彼をこれまでに育てあげたのだ。なんというたいへんな苦労であったろうか。しかも父親千蔵は、そんなことを、すこしも誇るようなことがなかった。千二は少年ながら、そういういい父親を、できるだけ幸福にしてあげたいと思って、日頃からいろいろ考えているのだった。できるなら、ひとつ大発明家になって、父親をりっぱな邸に住まわせたい……
 そんなことを考えながら歩いていた千二は、とつぜん、
「おや!」
 といって、立止った。それはなにかわからないが、きいんというような、妙な物音を耳にしたのである。
 きいん。
 妙な物音だった。あまり大きな音ではなかったけれど、何だか耳の奥に、錐で穴をあけられるような不愉快な音だった。
「うーん、いやな音だ。一体何の音かしらん」
 暗さは暗し、何の音だか、さっぱりわからない。その音のしている見当は、どうやら頭の上らしいが、またそうでもないような気もする。
 その怪音は、やがて更にきいんと、高い音になっていったかと思うと、そのうちに、すうっと聞えなくなってしまった。
「あれっ、音がしなくなったぞ」
 音はしなくなったが、千二は、前よりも何だか胸がわるくなった。腐った物を食べたあとの胸のわるさに、どこか似ていた。千二は、さっき家を出る時に食べた、夜食のかまぼこが悪かったのではないかと思ったほどである。
 しかし、これは決して食あたりのせいではなかった。いずれ後になってはっきりわかるが、千二が胸が悪くなったのも、もっともであり、そうしてそれは食あたりではなく、原因は外にあったのである。
 千二は、ついにたまらなくなって、道のうえに膝をついた。
 とたん、さあっと音がして、雨が降出した。この時冷たい雨が千二の頬にかからなければ、彼はその場に長くなって、倒れてしまったかも知れない。だが、幸運にも、この冷たい雨が、千二をはっと我にかえらせた。
「うん、これはしっかりしなければだめだ」
 雨のおかげで地面が白く見え、彼のすぐ近くに、大きな鉄管(てっかん)が転がっているのが眼についた。彼は雨にぬれないようにと思って、元気を出してその中へはいこんだ。
 その時であった。ずしんと、はげしい地響(じひび)きがしたのは!
 ずしん!
 たいへんな地響きだった。
 千二のはいこんでいた大きな鉄管が、まるでゴム毬(まり)のように飛びあがったような気がしたくらいの、はげしい地響きだった。
 はじめは、地震だとばかり思っていた。
 が、つづいて何度もずしんずしんと地響きがつづくので、地震ではないことがわかった。
 千二は、そのころ、もう立上る元気もなくて、鉄管の中で死んだようになって横たわっていた。
 その時、彼は、何だか話声を聞いたように思った。どこでしゃべっているのか知らないが、さまで遠くではない。
 話声のようでもあり、また数匹の獣(けもの)が低くうなりあっているようでもあった。
 ひゅう、ひゅう、ひゅう。
 ぷくぷく、ぷくぷく。
 そんな風にも、千二の耳に聞えた。そんな風に聞えるのは、彼の気分が悪いせいだとばかり思っていた。
 そのうちに、その話声は急に声高になった。
「何を言っているのだろうか。あれは誰だろうか」
 この時千二の頭は、かなりぼんやりしていたが、あまりに気味のわるい叫び声であるから、鉄管の中でじっとしているわけにもいかず、鉄管から首をだして、声のする方を眺めたのであった。
 その時の彼の驚きといったら、言葉にも文字にも綴(つづ)れない。
 千二のいるところから、ものの二十メートルとは離れていないところに、大きな岩があった。それは湖の中へつきだしている、俗に天狗岩という岩にちがいない。その岩の上に、とても大きな爆弾のようなものが、斜に突刺さっているのだった。その爆弾様(よう)のものは、表面からネオン灯のようなうす桃色の光を放っていたので、その輪郭は、はっきり見えた。
 それは一体何ものであろうか。


   2 漂(ただよ)う毒気(どっき)


 天狗岩(てんぐいわ)に、斜に刺さっている爆弾のような怪しい物!
「あっ、あれは、なんだろう!」
 と言ったきり、千二は、まるで石の人形のように、からだが、うごかなくなった。それはあまりに驚きがひどかったからだ。
 でも、こわい物を見たいのが人情であった。千二は、ぶるぶるとふるえながらも、目を皿のように大きくして、そのうす桃色に光る爆弾様の巨体をじっと見つめていた。
 すると、いた、いた。
 その爆弾様のものの上に、なにかしきりに動いているものがあった。それは、俵のような形をしていた。うす桃色の光が、そこのところだけ影になる。つまり俵の影絵を見ているような工合だった。
「な、なんだろう、あれは……」
 千二は、鉄管からはい出した。とたんに、なにかの毒気にあたったかのように、胸がむかむかして来た。
「あっ、苦しい」
 彼は、また鉄管の中に、はいこんだ。すると、とたんに、気分はもとのようにすうっと晴れやかになった。
「どうも、へんだ。鉄管から頭を出すと、気分が悪くなる。これは一体どういうわけだろう」
 でも、千二は、そのまま鉄管の中にひっこんではおられなかった。どうしても、あの怪しい物の正体を見とどけるのだ。
 千二は、鉄管のかげにいると、気分が一向悪くならないのに気がついたので、こんどは用心して、鉄管の隙間から、目だけ出したが、果して思った通り、気分の方は大丈夫であった。
「うむ、あの怪物体から、何か気分を悪くするような毒気を出しているのにちがいない」
 千二は大きくうなずいたが、そのとき、また意外な光景にぶつかった。
 もう千二は、一生けんめいである。鉄管と鉄管との、わずかの隙に目をあてて、天狗岩の怪物体をにらみつけている。
 その時、かの爆弾のような形の、大きな怪物体が、突然すうっと動き出した。いや、動くというよりも、横に倒れ出したのである。
「あっ、あぶない」
 と、千二が叫んだ時には、もうかの怪物体は、天狗岩の上に横倒しとなって、ごうんとぶつかった。そうして、ぶつかった勢いで、こんどは、ぽうんと天狗岩からはねあがった。
「あっ、おっこちる」
 千二は、手に汗をにぎって、怪物体を見つめていた。
 すると、かの怪物体は、にわかにその光る姿を消してしまった。
「おや、どうしたのか」
 と、千二がいぶかる折しも、どぼうんという大きな水音が聞えた。大地がみしみしと、鳴ったくらい大きな水音だった。
「ああ、とうとう湖水の中におっこってしまった!」
 千二は、驚きとも喜びともつかない声をあげた。
 それっきり、かの怪物体は見えなくなった。天狗岩も、また元の闇の中に消えてしまった。
「ふうん、今のは夢じゃなかったかな」
 千二は、自分の顔をつねってみた。痛かった。たしかに痛かった。では、夢ではない。
 千二は、鉄管をはい出した。もう大丈夫だろうと思ったから。
 果して、もう大丈夫であった。さっきのように、気分が悪くなりはしなかった。するとあの毒気のようなものは、やっぱりあの怪物体からふきだしていたものにちがいない。
「湖水の中におっこって、どうしたかな」
 千二は、そろそろ天狗岩の方へ、にじりよって行く。
 うす桃色に光っていた怪物体が、天狗岩の上から姿を消すと、つづいて起る大きな水音! 千二少年が、暗闇の中を這って天狗岩に近づいたのは、その怪物体が、どうなったかをたしかめるためであった。多分この怪物体は、湖水の中に落込んだものと思われた。
 千二は、もう天狗岩の上に来ていた。
 彼は、そこで懐中電灯をともした。
「さっきは、このへんに怪物体が立っていたんだが……」
 そう思って、岩の上を見ると、果して岩の上は大変に壊れていた。岩層(がんそう)がすっかり出てしまって、あたりにはその破片が散らばっていた。
 千二は、びっくりしたが、自ら気をひきたてて、天狗岩の先の方まで這って行った。
 その岩の鼻のところは、別に何ともなっていなかった。苔もむしていたし、風化をうけて岩肌はすすけたようになっていた。
「さあ、この下の淵(ふち)に何が見えるか。気が遠くならないように、お臍(へそ)のところに力をいれなくては……」
 と、千二少年は、はやる気をおさえ、二、三回おなかをふくらませたりまた引込ませたりした上で、天狗岩の鼻先に腹ばいになった。そうして下を向いて淵をのぞきこんだが、何だか、ぶつぶつと泡の立つような音がするだけで、何にも見えない。そこで彼は、また懐中電灯をつけて、はるかの水面に光をあてて見た。
「やっぱり、なにも見えやしないや」
 見えるのは、十メートルほど下に淀んでいる黒い水面ばかりであった。しかし彼は、そのままの姿勢で、しばらくはこの黒い水面をじっと見つめていた。
 そのうちに、彼はとつぜん身近に、ひゅうひゅうという妙な音を聞いた。
 すわ!
 千二は、びっくりして、その場にぱっと身を起した。
 とつぜん耳にしたところの怪音。ひゅうひゅう、ひゅうひゅうと、鞭(むち)かなんかを振るような音だ。その音なら、さっきも、彼はたしかに自分の耳で聞いたのである。あのうす桃色の怪物体が、天狗岩のうえに下りて来たあの時に。
 ひゅうん。
 いきなり、千二の耳もとに、怪音が聞えた。
「あ、痛っ」
 何者かが、ふいに、千二の持っていた懐中電灯を叩きおとした。
「だ、誰だ」
 千二は、身近くに、誰かがいるなどとは、想像しなかった。だからそれだけに驚きはひどかった。――立直ろうとする時、又もや、
 ひゅうん。
 と唸りごえが聞えたかとおもうと、千二少年は背中を、どすんと強くなぐられた。
「ううむ」
 つづけざまの、不意打の襲撃だった。何も見えないまっくら闇の中で、おもいがけない見当から、なぐられたり、つきとばされたり、ひどい目にあった。しかも相手は、何者だか、まるっきりわからない。千二は、はあはあ息をついていたが、そのうちに何者かが、すぐ目の前をとおりすぎるようなけはいを感じたので、思いきって、
「やっ」
 とさけぶと、ここぞと思う見当に向かって、とびついた。
 すると、はたして手ごたえがあった。
「うぬ、もうにがさないぞ」
 千二は、どなった。そうして、しっかりとおさえつけた。その相手というのは、何者であったろうか。とにかくそれは、手ざわりだけでは、苔がはえた土管のような気がした。生き物のようではなかった。
 まったく妙な手ざわりである。苔がはえた土管のように、上はぬるぬるしていて、しかもたいへん固いのであった。それが、千二が闇の中でとらえた相手であった。その形はくらがりのことで、はっきり見えない。
「これは、間違えて、何か別のものをつかまえたのではないかしらん」
 とすこしの間、千二は、そう思った。
 しかし、千二のつかまえている土管みたいな怪物は、彼のおさえつけている下から、はねかえそうとしているらしく、しきりにもくもくと動いたし、また、しばらくたって、
 ひゅう、ひゅう。ひゅう、ひゅう。
 と、しのびやかな鳴き声を立てたので、今おさえているのが、例の怪物であることに、決して間違がないと知った。
 だが、こうしておさえつけていても、千二は、決していい気持ではなかった。とびつく前は、相手は人間か、またはこの湖によく下りる鳥だろうと思っていた。ところが、それとはまったく手ざわりの違った、ぬれ土管(どかん)の怪物だったのである。でも後から考えると、彼はよくまあ勇敢に、組附いたりしたものだと感心する。これが闇夜の出来事ではなく、昼間の出来事で、相手の姿がはっきり見えていたとしたら、彼は決してとびつきはしなかったろう。いやその反対で、きっと顔色をかえて、逃出したことであろう。
「さあ、ずるい奴め。土管の中からひっぱり出してやるぞ」
 千二は、本気でそう言って、相手の体をなでまわしたが、さあたいへん、土管だと思ったのに、その先は鉄甲のように、まるい。
「ぷく、ぷく、ぷく」
 とたんに、その怪物は、うなった。そうして千二の体を、細い紐みたいなもので、ぎゅっとしめつけた。その力の強いことといったら……。
「うむ、苦しい」
 千二少年は、遂にたえきれなくなって、悲鳴をあげた。怪物は、妙な手ざわりの紐で、千二の体をぎゅうぎゅうしめつけるのであった。そのうちに息が止りそうになった。
「ああっ!」
 もうだめだと思った。天狗岩の上で、変な怪物にしめ殺されてしまうんだと、覚悟しなければならなかった。そのとき千二の瞼の裏に、わが家に、彼の帰りを待っている父親千蔵の顔が、ぼうっと浮かんだ。
「あ、お父さん」
 すると、父親千蔵の顔が、にやりと笑って、
「おい千二。負けちゃならねえぞ。かまうことはない。そのけだものを、水の中にひきずりこめよ。お前の得意の水練で、相手をやっちまうんだな」
 と、千二をはげました。きっとそれは、人間が息たえだえになる時に、必ず見る幻であったと思うが、また同時に、孝心ぶかい千二に対し、神が助けの手をのべさせたもうたものと思われた。
「よし、負けるものか」
 千二は、勇気百倍した。そうして力いっぱい相手をつきとばした。
 だが、そんなことで離れるような相手ではない。
 ひゅう、ひゅう、ひゅう。
 かの怪物は、うなり出した。
「うぬ、この野郎!」
 千二は、もう必死だ。相手が離れないと見ると、そのままずるずると相手をひきずって、岩の先の方へ――。
 怪物は、驚いたか、また一段とうなりごえも高く、妙な紐で千二の首をしめつける。いよいよ千二の息は、止りそうだ。死んではならない。その時千二は、
「えい!」
 と叫んで、どうと横に転がった。
 千二は、怪物もろとも、どうと横にころがった。にぶい音がした。怪物が、横腹をうったのである。
 天狗岩のうえを、千二と怪物とは、取組んだまま、上になり下になり、ごろごろと転がる。
「なにくそ。負けてたまるものか」
 と、千二はどなっているが、実のところ、どうやら怪物の方が力がつよいようだ。千二は、すこぶる危い!
「ま、負けてたまるか!」
 そのとき怪物は、千二のうえにのしあがって、があんがあんと、かたい身体(からだ)を千二にぶっつけるのであった。その痛いことといったら、まるで自動車につきあたられるような気持であった。怪物は、千二をおしつぶすつもりらしい。
 このとき、千二の気持は、かえってだんだんおちついてきた。どうせ死ぬのなら、という覚悟がついたせいかもしれない。日本の少年は、死の一歩前まで勇ましくたたかうのだぞと、日頃教わってきた先生のお言葉を思い出したためでもある。
「水の中へ、怪物をひっぱりこむんだ!」
 父親の幻は、一生けんめいに、応援してくれる。そこで千二は相手の怪物のすきをうかがって、
「えい、やっ!」
 と、満身の力をこめて、はねかえした。そのきき目はあった。
 怪物の身体が、くるっと一転した。そしてひゅうひゅうと、苦しそうに呻った。そのとき両者の体は、一しょにごろごろと転がっていく。だんだんはずみがついてくる。そのうちに、体が急に軽くなった。
(あっ、落ちるのだな)
 両者の体は、つぶてのように落下していく。
 どぶうん。はげしい水音がきこえた。水柱が、夜目にも高くのぼった。
 それっきり千二は、気が遠くなってしまった。


   3 第二の謎


 話は、すこしかわるが、「火星兵団」のことを、ラジオで放送して、世間の注意をうながした蟻田老博士のことである。
 蟻田博士が、警視庁の大江山捜査課長から大いに叱られたことは、前に言った。それは「火星兵団」につき、博士があまりにもでたらめすぎることを言出したので、警視庁では、世の中をまどわすものとして、叱ったのである。
 しかし当の博士は、それがたいへん不服であった。
 その翌日、博士は、大江山課長をたずねて、警視庁へのこのこはいって来た。
「やあ、大江山さん。わしはどうも貴官から言いつけられた命令を、はいはいと言って聞いておられないように思いますのじゃ」
 博士は、課長の顔を見ると、いきなり大きな声で、こう言った。
「困りますねえ、蟻田博士」
 と、大江山課長は、椅子からたちあがって、博士の肩をおさえ、
「私がお伝えした命令が聞かれないとあれば、やむを得ず、博士の自由をおしばりすることになるかもしれませんぞ」
「ははあ、わしを留置場へおしこめると言うのでしょう。うむ、やりたければ、どうぞおやりなさい。しかしそのために『火星兵団』を用心することが、おろそかになるわけじゃから、大損ですぞ。天下はひろいが、今『火星兵団』の秘密を解く力のあるものは、はばかりながら、わしの外には誰もないのじゃからのう」
 蟻田博士は、白髪頭をふりたてて、盛に言いまくるのだった。
「じゃ、博士は、火星が兵団をつくって、今夜にも我々の住む地球へ、攻めて来るとでも言われるのですか」
「今夜にも、火星の生物が地球へ攻めて来るかどうか、それはまだはっきり言えないが、『火星兵団』と言うからには、火星の生物は、どこかと戦いを交えるつもりにちがいない。すると、地球を攻める場合もあるわけじゃ」
「ねえ博士」
 と、大江山課長は、何とか博士をなだめすかしたいものだと思い、ますます下から出て、
「博士のお考えは、ごもっともです。ですが、火星に生物がすんでいるか、すんでいないかもわかっていないのに、いきなり市民にむかって、火星の生物が、今夜にも攻めて来るぞとおどすのは、どうでしょうかね。つまり、よけいな心配をかけるわけで、あまり感心しないと思うんですがね」
「なに、おどす? わしが、ありもしないことで、市民をおどすとでも言われるのかな」
 と、蟻田博士は大不服らしく、白髪頭をぶるぶるとふるわせ、
「とんでもない間違じゃ。これほどわしが本気で心配しているのが、貴官にはまだおわかりにならぬかのう。ああそんなことでは、前途が案じられる。が、わしの言うことが信じられないとあれば、もう何を言ってもむだじゃ。わしは、もう一つ重大なことを、聞かせるつもりで来たが、もう何も言うまい。だが、後で貴官は、きっと思い知られる時があるじゃろう。はい、さようなら」
 博士は、そう言って、無念そうな顔つきで、課長の部屋を出ていこうとする。
「もう一つ、重大なことを聞かせるつもりで来た!」と蟻田博士は言った。その言葉は、課長の耳に、たいへん無気味にひびいた。
「もし、蟻田博士、お待ちください。もう一つ重大なことと言うのは、一体何ですか」
 と、博士のうしろに、おいすがった。
 蟻田博士は、課長の手を払って、小ばかにしたような目で、じろりとふりかえったが、そのまま出ていく。
「博士、聞かせてください」
「ふん、聞きたいと言われるか。聞いても、やっぱり信じられまいと思うが――」
 と博士はあきらめ顔で、
「こういう謎がおわかりかな。近く地球の上では、『暦がいらなくなる日が来るであろう』どうじゃ、おわかりかな」
(近く地球の上では、暦がいらなくなる日が来るであろう)
 蟻田博士は、みずから、これが謎の言葉だと言って、大江山課長にぶっつけた。
 課長は、もちろん面くらった。
(ふむ、「近く地球の上では、暦がいらなくなる日が来るであろう」ううむ、はてな!)
 蟻田博士は、課長が困った顔をしているのを見ると、それ見たかと言わぬばかりに、にやりと笑って、部屋を出ていった。
 課長は、もうその後を追おうとはしなかった。
「はてな、どういう意味かしらん」
 課長は、ひとりごとを言うと、腕を組んで考えこんだ。
「ねえ、課長さん。あの博士は、変なんですよ。変な人の言うことを、本気になって考えていると、こっちもまた変になってしまいますよ」
 佐々(さっさ)という、年の若い、顔の赤い元気な刑事が、課長の後へ来て、なだめるように言った。
「うむ、博士は変かもしれないとは思っていたが、それにしても、今の言葉は、変に気になる言葉じゃないか」
「なあに、気にするからいけないのですよ。あんなことを、なにも考えることはありませんよ。僕だって、変なことなら、なんでも言えますよ」
「ほう、言えるかね」
「言えますとも。たとえば、猫がピストルを握って、人を殺したぜ。いや、今日、僕の前をラジオが通りかかったので、右手で掴まえたよ。どうです、こんなことなら、いくらでも言えますよ」
 佐々刑事は、口から出まかせを言う。
 だが、課長は笑いもせずに言った。
「いや、博士の言った謎は、そんなふざけたものとはちがうようだ。もっと、ほんとうのことがはいっている。これは、明日までに、よく考えて見ることにしよう」

 蟻田老博士が、かえりぎわに、なげつけていった謎の言葉を、大江山課長は、その夜も大いに考えた。しかしどうも、一向にとけなかった。
 明くれば、その翌朝、課長は、警視庁へ出勤する道すがらも、バスの中で、いろいろ考えつづけたが、やはりとけなかった。
(近く地球のうえでは、暦がいらなくなる――とは、はてな)
 出勤してみると、大江山課長は、或る別の事件で、急に目がまわるようないそがしさとなった。それがため、あれほど気になっていた老博士の謎だったが、いそがしさにまぎれて、忘れるともなく、忘れてしまった。
 それは、一週間ほど、のちのことだった。
 ふと、大江山課長は、蟻田博士がぶつけていったあの謎の言葉のことを、思いだした。
(はて、あれは、どこまで考えたのだったかなあ)
 大江山課長は、それを思いだすのに、たいへん骨が折れた。それとともに、課長は、ふしぎな気持におそわれた。それは外でもない。あれほど、ぎゃんぎゃんやかましいことをいった蟻田博士が、その後うんともすんともいってこないことだった。
 課長は、その日も時間がたつにしたがって、博士のことが気がかりになった。そこで彼は、部下の刑事をよびだした。
「おい、佐々(さっさ)。君、これからすぐ出かけて、蟻田博士がなにをしているか、様子をみてきてくれ」
「ははあ、いよいよまた始りますね」
「なにが、始るって」
「いや、変な人相手の、新こんにゃく問答が始るんでしょう。こんどは、こっちも負けずに、でたらめな文句を用意していって、変な博士をあべこべに、おどかしてやるかな。うわっはっはっ」
 佐々刑事は帽子をつかんで、課長の部屋をとびだした。が、しばらくすると、彼は顔色をかえて、戻ってきた。
「課長、いけませんや」
 顔色をかえて戻ってきた佐々刑事は、大江山課長の机のうえに、はいあがるような恰好をして、ものものしいこえを出した。
「どうしたのか、佐々」
 課長も、胸になにかしら、するどいものを突込まれたような感じがした。
「課長! 蟻田博士が、姿を消してしまったんです」
「姿を消した? すると家出したのか、それとも殺されたのか、どっちだ」
 大江山課長も、息をはずませて、問いかえした。
 全く、厄介(やっかい)なことになったものである。「火星兵団」をいいだした博士が、奇怪な謎をのこしたまま姿を消すなんて、めいわくな話である。
「わしの外(ほか)に、この謎をとく力をもった人間は、居ないであろう」
 などと、大きなことをいった博士である。
 それは、いくぶん大げさにいったのであろうが、それにしても、謎を出した御当人がいなくなっては、たいへん困る。
 ――大江山課長は、佐々がどんな返事をするかと、目をすえて待っている。
 佐々は、課長が、家出か殺されたのかと急な問いをかけたので、鳩が豆鉄砲(まめでっぽう)をくらったように、目をまるくして、しばらくは口がきけなかったが、やがて、ごくりと唾(つば)をのんだ。
「ええええ、そ、それは……」
 佐々は、あわてると、つかえる癖(くせ)があった。
「そ、それは――つまり、蟻田博士は、いつの間にか、天文室からいなくなったのです。机の上も、望遠鏡の位置も、博士がその部屋にいるときと、全く同じ有様です。天窓も、あけ放しです。ですから天体望遠鏡にも、机の上においた論文や本のうえにも、露がしっとりおりて、べとべとです」
「ふうむ、なるほど」
「だから、博士は、ちょっと便所にでもいくような工合に、行方不明になったんです」
 蟻田老博士の行方不明!
「火星兵団」の謎を解く力のあるのは、自分だけだと、いばっていたその老博士が、とつぜんいなくなったのだ。
 佐々刑事が、大江山課長に、今報告したところによると、博士の邸内にある天文室の様子は、ふだんとすこしも変らず、天窓はあけ放しになっていて、机の上にも、望遠鏡にも、露がおりているというのだ。
「博士が部屋から姿を消したのは、何時(いつ)のことかね」
 と、大江山課長は、たずねた。
「それは、わかりませんよ。あの邸内には、博士一人が住んでいるだけなんですから、誰も知らないのです」
「ふむ、博士は一人で暮しているのか。じゃあ、食事などは、どうするのだろうか」
「食事は、外に食べにいったり、または、パンなどを買いためておいて、それを出して食べているらしいんですよ。私がさっきいった時も、包紙から、パンが顔を半分出していました」
 博士は、よほどの変り者である。
「でも一日のうちには、誰か博士邸をたずねて来る者がありそうなものだ。たとえば、ガスのメートルを見るために、ガス会社の人が来るとか、洗濯物の御用聞がやって来るとか、そんな者が、ありそうではないか」
「さあ、どうですかな。今後の調べを待つほかはありませんね」
「ふうん、そいつは弱ったね」
 と、課長は眉の間に、しわをよせて、考えこんだ。
「どうしますか。ラジオ自動車隊へ、すぐ手配をしてはどうですか」
「いや、そんなことはしない方がいい。おい佐々。君、案内してくれ。僕がいって、一つよく、調べてみよう」
「えっ、課長と私と二人きりで……」
「そうだ」
 と、課長はうなずき、
「それから博士の失踪のことは、当分世間へは秘密にしておくのだ」


   4 わからない話


 蟻田老博士の行方不明になった事件は、新聞にも出なかったし、ラジオのニュースでも放送されなかった。
 そのわけは、主として大江山捜査課長のふかい考えで、世間には知らせない方がいいということになったのである。報道禁止命令が、新聞社へも放送局へも発せられた。そうして、課長の部下は、老博士の行方をつきとめるために、四方八方に散って、大活動を始めた。
 だが、老博士の行方は、いつまでも、なかなかわからなかった。
 そのうちに、二十日(はつか)ほどの日数が過ぎてしまった。ちょうどそのころ、読者もまだよくおぼえておられることと思うが、あの天狗岩事件が起ったのである。
 天狗岩事件といえば、友永千二少年が、夜釣にいく途中、はからずも天狗岩の上に、怪しい物体が飛んで来たのを見つけ、それから彼は勇敢にも、天狗岩へ上ったところ、怪しい者に組みつかれ、もみあううちに、両方もろとも、天狗岩をすべって、どぼんと湖の中に落ちてしまった事件のことだった。
 だから、その当時、蟻田老博士は行方不明のままだし、そこへ持って来て千葉県下の出来事ながら、奇怪な天狗岩事件が持上ったわけである。この二つの怪事件の間には、何かつながりがあるのか、どうであろうか。
 いや、それよりも、友永千二少年は、その後どうなったのであろうか。湖の中に落ちて、そのまま溺れ死んでしまったのであろうか。
 千二少年は、生きていた。
 彼は今、ふと我に返った。とたんに感じたことは、なんだか、大変長い夢を見つづけていたということであった。
「ああっ――」
 千二は、うす眼をひらいた。
「ああっ――」
 千二少年が、正気をとりもどしたときに、まずはじめて感じたものは、においだった。それはじつに異様なにおいだった。
 彼は、くすんくすんと鼻をならして、そのにおいが、なんのにおいであるかを知ろうとした。だが、彼のおぼえているものに、そんなにおいのするものはなかった。しいて、それに似たにおいをさがしてみると、牛小屋の傍(かたわ)らを通ったときの、あのたまらないにおい――そのにおいを、もすこし上等にして、その中へ海草のにおいをまぜると、いま千二がかいでいる異様なにおいに近いものになる。けれども、牛小屋と海草のにおいを合わせただけではない。そのうえに、もう一つ、なんだかにおったことのない、妙にぴりぴりしたにおいが交っていたのである。なんとなくうまそうでいて、そしてむかむかするにおいだ。
 におったことのない妙なにおい!
 それも道理であった。これこそ、火星の生物の汗のにおいであったのだ。火星の生物の汗のにおいが、その部屋一ぱいに、みちていたのである。
 はじめ千二は、ちょっといいにおいだと思ったけれど、間もなく胸がむかむかしてきた。それほどいやらしいにおいであった。
 そのとき、ぎーぃと音がして、誰かが近づいた気配(けはい)である。
 千二は、ぱっと眼をひらいた。それまで千二は、正気にかえったとはいうものの、ぐったりして眼をつぶって、ただ鼻ににおいだけを感じていたのだった。
「おい君、いま元気にしてやるぜ」
 うす桃色の湯気の中から、とつぜん、この言葉が聞えたのである。
「えっ」
 千二少年は、その方を見た。
 湯気は、もうもうと渦を巻いていた。その向こうに、何者か立っている。ぼんやりと、頭のかっこうのようなまるいものが見えた。
「だ、誰?」
 千二は、まるい頭のようなものに、声をかけた。
「誰でもない。おれだよ」
 湯気の中から、ぬっと姿をあらわした者があった。
 頭には、つばの広い、黒い中折帽子をかぶり、そうして同じ黒い色の長い外套(がいとう)を、引きずるように着た大男であった。
 黒い色のレンズのはまった大きな眼鏡をかけているので、人相のところは、はっきりしない。
 その眼鏡の上には、太い眉毛がのぞいている。
 鼻は、まるで作り物のように、すべっこくて、きちんと三角形をなして、とがっている
 唇は、肉がうすくて、たいへん横に長い。
 あごのあたりは、よく見えない。外套の襟(えり)を立てて、その中に頬から下を、ふかく埋めているのである。
 胴中(どうなか)は、さっきも言ったように、たいへんふといのであるが、両方の腕は、外套の上からではあるが、たいへん細くて長い。だから胴中と腕とが、妙につりあわない。全く、千二少年の知らないおじさんだった。
 千二は、この黒いものずくめの、かっこうの悪いおじさんを一目みた時に、すでにもう、たいへんいやな気持になった。遠慮なく言うと、蜘蛛(くも)の化物(ばけもの)みたいな人間なんだから……
「誰です。おじさんは!」
「おじさん? おじさんて、何のことかね」
「おじさんというのは、あんたのことをさして言ったんですよ」
 おじさんという言葉を知らないなんて、変な大人(おとな)である。千二は、いよいようす気味が悪くなって、立上ろうとした。
 が、立上ることは出来なかった。よく見ると、彼の下半身は、何かで縛られているらしく、立とうとしても、体がいうことを聞かないのであった。
「ああ、こらこら。じっと寝ているがいい。今おれが、お前を元気にしてやるよ」
 と、蜘蛛の化物みたいな、その黒いものずくめの大男が言った。
「もう、たくさんです。それよりも、あんたは誰なのか、それを教えて下さい。そうして僕が、どうしてこんなところに来ているのだか、それを教えて下さい」
「はははは。そんなに気になるかね。ほんとうのことを言って聞かせてもいいが、お前がおどろくだろうから、まあ、やめにしよう」
「そんなことを言わないで、教えて下さいな」
「そうか。きっとおどろかない約束をするなら、教えてやってもいい」
 その蜘蛛の化物みたいな大男は、ものを言うたびに、唇を境にして、鼻の下からあごまでの間が、障子紙のように、ぶるぶるふるえるのだった。どうも只者ではない。
「僕、おどろいたりしませんよ」
 千二少年は、心の中に決心した。どんなことがあっても、おどろくまいと。
「そうか。きっとおどろかないな」
 と、その大男は念をおして、
「では教えてやろう。いいかね。お前が今こうしているところは、火星のボートの中だ。そうしてこの中には、火星の生物が、十四、五体も乗組んでいるのだ」
「えっ、火星のボートの中ですって」
「なんだ。やっぱりおどろくじゃないか」
 火星のボートの中! これがおどろかないでおられようか。
 火星のボートの中に、千二はいたのである。何時(いつ)の間に、火星のボートの中にはいったのか、さっぱりわからない。
「すると、僕の体は、もう地球から離れてしまったのですね」
「ううっ、まあそのへんのことは、何とでも考えたがよかろう」
 蜘蛛の化物みたいな大男は、ちょっとあわてたらしかったが、ともかく返事はした。
 そうか、火星のボートの中か。道理で変なにおいがすると思った。こんな変なにおいは、地球の上ではないにおいだ。
 だが、ボートにしては、天井があるのが、不思議である。火星では、天井のあるボートを使うのだろうか。
「おい。お前を今元気にしてやるから、そのうえで、一つ頼みたいことがあるんだ」
 その男は、突然用事のことを話しかけた。
「頼みたいことですって」
 千二は、目をぱちぱちして、この不思議な男の顔を見上げた。
「一体、おじさんは、何という人なの。ああそうか。おじさんも、やはり火星の生物なんだね」
 そうだ、それに違いない。人間と同じ恰好をしていたので、今まで、人間のように思って話をしてきた。しかし火星のボートの中にいて、いばっているからには、やはり火星の生物に違いない。しかし、それにしては、日本語がこんなにうまいのは、どうしたということであろう。
「お、おれのことかね」
 と、その大男は、またどぎまぎしているようだったが、やがて蜘蛛のように肩を張ると、
「お、おれは人間さ。お前と同じ人間なんだよ。ほら、よくごらん。人間と同じ顔をしているだろう。話だって、よくわかるだろう。火星の生物じゃないさ。だから、おれをこわがることはない。仲好くしようや」
 と、そのきみのわるい大男は言うのであった。とんでもないことだと、千二は心の中で思ったが、口に出しては、この大男をおこらせるだろうと思って、やめた。
「おじさんは、ほんとうに人間ですか」
「そ、それにちがいない。なぜ、そんなくだらんことを聞くのか」
「でも、変ですね。火星のボートの中に、地球の人間が一しょにいるなんて」
 千二は、生まれつき胆はふとい方だった。始めは、びっくりして、すこし、あわてていたが、だんだん気が落ちついて来た。
「べつに、変なことはない。まあ、そんなことはどうでもいいじゃないか。おれのたのみを聞いてくれれば、たくさんお礼をするよ」
「さっきから、たのみがあると言っているのは、どんなことですか」
 こんなきみのわるい男にたのまれる用事なら、どうせ、ろくなことではあるまい。
「なあに、ちょっとした買物があるんだ。くすりを買いたいんだ。それについていってもらいたい」
「えっ、くすりの買物? どこへ買いにいくのですか」
「どこでも近いところがいい。たくさんくすりを売っているところがいいのだが、東京までいった方がいいだろうね」
「東京? へえ、東京ですか。ははあ、すると、僕たちは、また地球にまいもどるのですか」
「ふふん、それはまあ、なんとでも考えるさ。とにかく東京までいこうじゃないか。今すぐお前を元気にしてやるから、待っていろ。元気にしてやらないと、途中で歩けなくなっては困るからね」
 大男は、向こうへいこうとする。それを見て千二は、うしろから呼びかけた。
「おじさん、ちょっと待ってください。おじさんの名前は、なんというのですか」
「おれの名前か。それは――」
 と、かの大男は、背中を見せたまま、だまって立っていた。すぐには、名前が出て来ないらしい。
「おじさんは名前がないのですか」
「ばかを言え。おれの名前は……」
 と、彼はうなっていたが、
「そうだ、おれの名前は、丸木(まるき)というんだ。丸木だ。よくおぼえておけ」
 そう言うなり、丸木と名乗る大男は、うす桃色の湯気(ゆげ)の彼方に、姿を消してしまった。
 あとには千二一人がのこった。あいかわらず、寝かされたままである。からだは、やはり思うように、うごかない。一体どんなものをつかって、自分のからだを縛ってあるのか、それをたしかめるために、首をもち上げようとしたが、首がじゅうぶんに上らない。のどのところも、何ものかで、床に縛りつけられているらしい。千二は、いつの間にか、彼が捕虜(ほりょ)になっていることに気がついた。
 捕虜といっても、あたり前の捕虜ではない。火星の生物が乗組んでいる火星のボートの中に、捕虜となってしまったのである。これから先どうされるのであろうか。このまま火星へつれていかれるのであろうか。それとも火星の生物の餌食になってしまうのであろうか。考えれば考えるほど、不安はだんだん大きくなって来る。こうなると、うす気味わるい男ではあるが、あの黒いものずくめの、丸木と名乗るおじさんを、たよるしかない。
 その時、とつぜん、湯気の向こうに、火花のようなものが、ぱっときらめいたかと思う間もなく、千二は全身に、数千本の針をふきつけられたように感じた。
「あっ、いたい」
 だが、それは針ではなかった。全身がぴりぴり痛むのだった。電気にさわった時の感じと同じだ。いつまでもぴりぴりと痛む。
 ぴりぴりと、はげしい痛みが、千二のからだを、だんだんつよくしめつけていった。
「あっ、苦しい」
 おしまいに、千二はもう息が出来ないくらい、苦しくなった。
「おうい、丸木さあん」
 千二は、遂(つい)に悲鳴をあげた。このままこのぴりぴりが続いたら、彼の血管(けっかん)は裂(さ)けてしまうだろうと思われた。
「丸木さん、早く来て……」
 と、千二は、歯をくいしばって叫んだ。
 すると、とたんに、そのぴりぴりが止った。
 湯気の向こうから、誰かのっそりと出て来た。見ると、それは外ならぬ丸木であった。
「なあんだ、人間というやつは、ずいぶん弱いものだなあ、はははは」
 丸木は、笑い声をあげた。しかし千二は、丸木が笑い声をあげているのに、その顔は少しも笑っているような顔に見えないのを、不思議に思った。それからもう一つ、「なあんだ、人間というやつは、ずいぶん弱いものだなあ」などと、自分も人間のくせに、人間の悪口を言ったのを、たいへん変に感じた。
「どうだ、千二。体に元気が出て来たろう」
「えっ」
 言われて気がついた。なるほど、さっきまで、手足が抜けるようにだるかったのに、今はすっかりなおってしまった。そうして筋肉がひきしまって、その場にぴょんと飛上りたいほどの気持だった。
「ほう、これは不思議だ」
 と、千二が目をぱちくりさせると、
「さあ、千二。さあ起きろ、起きろ」
「起きろと言っても、僕は縛られているんです。起上れるものですか」
「それはもう解いたよ。起きろ。起きてこれからすぐ、買物にいくんだ」
 丸木は、心得顔に言った。


   5 あ、火星の生物!


 丸木の言ったことはうそではなかった。まさか起上れないだろうと思って、千二は、ためしに首をもたげた。すると、ちゃんと首が上るのだった。
 おやおや、不思議だと思い、今度は両手をついて、上半身を起してみると、なるほどちゃんと上半身が起上った。(あっ、いつの間に、縄を解いたのかしら)
 飛起きて、千二は足元を見まわした。彼のからだを縛っていた縄が、そこらに落ちているだろうと思ったのである。
 だが、足元には、細紐(ほそひも)一本すら、落ちてはいなかった。まるで見えない透明の縄で、からだを縛られていたようだ。
「さあ、こっちへ来い」
 丸木は、大きな声で、千二をよびつけた。
「え、どうするのです、この僕を」
「どうするって、これから東京へいくのじゃないか。東京へ着くまでは、これで目隠しをしておく。あばれちゃいけないぞ」
 丸木の言葉が終るか終らないうちに、千二の目は、急に見えなくなった。
「あっ!」
 と、千二は、両手を目のところへもっていった。目をこすろうとしたのだ。ところが、おどろいた。ちょうど目の前が、ゴム毬を半分に切ったようなやわらかいもので、蓋をしたようになっている。
「こんなもの!」
 と、千二は、そのゴム毬の半分みたいなものを、むしり取ろうとしたが、つるつるすべるだけで、そのもの自身は、かたく目を蓋していて、取れない。
「あははは。何をしているのか。お前の力ぐらいでは、取れやしないよ。さあさあ、しばらくの間だ。がまんしろ」
 そう言うと、丸木は、千二の背中をどんとついた。千二は、あっと言って、たおれた。その時、何だか、ばさりと音がして、千二の首から下を包んでしまったものがある。
 千二は、目かくしをされたまま、袋のようなものの中に入れられた。
 どうなることかと、彼は気が気ではなかった。
 そのうちに、丸木が、
「どっこいしょ」
 と、かけごえをしたと思うと、千二の体は袋にはいったまま宙に浮いた。
 それから丸木は、歩き出した。
 千二の体は、袋の中で、たいへん揺れた。
 しばらくすると、袋のまわりにひゅうひゅうという鳴き声が、集って来た。ひゅうひゅうひゅうと、しきりに鳴き合わせている。
「あっ、例の怪しい声だ!」
 千二の胸はどきどきして来た。それとともに、珍しいにおいが、ぷんぷんにおうのであった。
(うむ。丸木さんが、さっき言ったが、火星の生物が、袋の外に集って来たのに違いない。あの、ひゅうひゅうという口笛を吹くような声、それからこの気もちの悪いへんなにおい、この二つが見附かると、そこに火星の生物がいると考えていいんだ)
 千二少年は、たいへん大事なことを知った。これから、この二つのことに気を附けていると、そこに、火星の生物がいるか、いないかがわかると思った。
 それにしても、丸木のおじさんという人は不思議なおじさんである。火星の生物と、おそれ気もなく話をしている。一体、このおじさんは、何者なのであろうか。この次によく尋ねてみることにしようと、千二は思った。
 丸木のおじさんと火星の生物との話は、しばらくしてすんだらしい。丸木のおじさんは、火星語が出来るようだ。例のひゅうひゅうとしか、聞きとれない言葉である。
「おい、千二。しばらく目が廻るかも知れんが、我慢しろよ」
 突然、丸木の声が聞えた。
 目がまわるかもしれないが、がまんをしろと、丸木の注意である。
 その言葉が終るか終らないうちに、しゅうしゅうとはげしい音が始った。蒸気がふき出すような音であった。
 それと同時に、袋の中に、はいっている千二の体は、ゴム毬が転がるように、ぐるぐるまわりだした。
「わっ、目がまわる!」
 目がまわって、胸が悪くなった。千二はよだれをだらだらと出した。
「丸木さん、僕は苦しいよ」
 千二はとうとう悲鳴をあげた。
 だが、その声は、しゅうしゅうという音にかき消されて、丸木の耳には達しなかったようである。丸木は、うんともすんとも返事をしなかった。
 どうなることかと、千二は気が気ではなかった。
 しかし、それはものの四、五分しかつづかなかった。しゅうしゅうという音がとまった。
「さあ、千二。外へ出るんだ」
 千二は、袋の中から出してもらえるのだとばかり考えていた。しかしそれはまちがいだった。千二は袋ごと、どさっと下におろされた。その時彼はひやりとした大地を感じた。そうして、ぴちゃりぴちゃりと、さざなみが汀(みぎわ)を叩くらしい音を聞いたと思った。
「ああ湖の近くだ」
 千二は、おぼえのある磯くさいにおいをさえ、かぎわけた。
「ねえ、丸木のおじさん。僕をちょっと外へ出して下さいよ」
「外へ出して、どうするんだ」
 丸木が、怒ったような声でたずねた。
「ちょっとうちへ寄っていきたいんです」
「だめだめ。そんなことはだめだ!」
 丸木は、あたまごなしに叱りつけて、
「これから東京へ出るんだ。しっかりつかまっていろ」
 外へ出してやるぞと丸木が言ったのは、千二を袋から外へ出すことではなかった。後になって考えて見ると、あの時千二は、湖の底から、何かある乗物に乗って、水面に浮かび出たものと思われる。それを操縦したのは、もちろん丸木にちがいなかったが、その乗物は、一体どんな乗物であったか、それをここに書くと、誰でもびっくりするであろう。
「さあ、出発だ。いいかね」
 丸木が、そう言うと、千二の体は、ふたたび袋の中でゆられ出した。しかし今度は、もうしゅうしゅうと音はしない。丸木が、千二のはいった袋を肩にかけて、歩き出したと思われる。
 丸木は、どんどん歩きつづけた。
「丸木さん、汽車に乗っていかないの」
 千二は、袋の中から声をかけた。
「汽車?」
 丸木は、ちょっと言葉を切って、
「汽車なんかをつかうより、歩いた方が早いや」
「うそばっかり」
 千二は、丸木が、汽車より早く歩けると言ったので、うそつきだと思った。
 しかし、これは後に、千二の考えちがいだったことがわかった。いや、妙な話である。たいへんな話である。
 袋の中にゆられながら、千二は、その間に、これまでのことをふりかえってみた。するといろいろと腑におちないことが、たくさん出て来た。
 中でも千二にとって不思議でたまらないのは、この丸木が、いつの間にか千二の名を知っていたことである。千二は、まだ一度も彼の名前を名乗らなかったし、服のどこにも名前は書いてないのだ。
 丸木というこのおじさんは、考えれば考えるほど、うす気味の悪いおじさんだ。
「ここには火星の生物がいるのだ」と、驚きもせずに言ったのも、丸木だった。
 千二を袋の中に入れ、それをかついで走る丸木という人物は、考えれば考えるほど、腑に落ちないところのある人物だ。どうしても、ただの人間とは思われない。
 千二は袋の中から、声をかけた。
「ねえ、丸木さん。おじさんは、なぜ火星のボートの中にいたの。僕が火星のボートの中で、目をさました時、おじさんは隣の部屋から出て来たでしょう。すると、おじさんは、僕より早くから、あのボートの中にいたわけね」
 丸木は、どんどんスピードをあげて、走り続けながら、
「こら、千二。よけいな口をきくものじゃないよ。だまっていなさい」
 と、叱りつけた。丸木は、たいへん気をわるくしているらしいことが、その声からわかった。
 千二は丸木に叱られて、しばらく黙っていた。しかし彼は、間もなくまた丸木に話しかけた。
「ねえ、丸木さん。今は、まだ昼かしらん、それとも夜かしらん」
「よく喋る子供だな。そんなことぐらい、きかなくても、わかるじゃないか」

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