宇宙戦隊
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著者名:海野十三 

そこで児玉法学士は、帆村荘六が好きになったが、その他(ほか)見ていると、帆村の熱心なこと、普通の人が考えていないようなことを考えていることなどに、だんだん尊敬の念を抱くようになった。
 山岸中尉は、帆村の訪問を受け、例の白根村事件について話してくださいと頼まれた。もちろん中尉は承諾(しょうだく)して、竜造寺兵曹長と、かわるがわる例の歩行困難事件について説明した。それから始って、中尉は帆村と、宇宙線問題や、成層圏飛行や、それから宇宙に棲(す)んでいる地球以外の生物の話などについて、三時間あまりも熱心に語りあった。そして中尉は、帆村荘六の宇宙戦争観に、非常な共鳴をおぼえたのであった。
「たしかに、そうだ」
 と、山岸中尉は軍服の膝を、はたとうっていった。
「十数億光年の広さをもったこの宇宙には、何百万、何千万とも知れない無数の星があって、それがいずれもわが太陽と同じように、光と熱とを出しているのだ。したがってそのまわりには、わが地球同様の遊星が、これまた何百万、何千万と無数にあって、自分で太陽のまわりを廻(まわ)っているのだ。そういうおびただしい遊星の中で、地球のわれわれが最も科学知識にすぐれているとは、いくらうぬぼれ者だって、そうは思わないだろう。われわれが、そういう他の遊星生物を知らないのは、お互いの距離がまだ遠すぎて、まだ飛行機で交通も出来ず、電波通信も届かず、たとえ届いても、その意味がわからない。だからまだ知らないのだ。やがて交通や通信の距離がひろがると、きっとそういう他の遊星生物とぶつからなければならない。そのとき、すぐ友達となって手が握れるか、それともすぐ戦争になるか、いったいどっちだろう。それは今はっきりわからない。しかし帆村君のいうように、われわれとしては、宇宙戦争の用意を、今から十分にしておかねばならないと思う。その時になって騒いではもう間に合わないのだ。ことに、相手が、われわれよりもずっと力も強いし、科学知識にもすぐれていた場合には、こっちに用意ができていないと、たちまち彼等の奴隷(どれい)になってしまうか、それとも皆殺しになってしまわなければならない。宇宙戦争だ。そうだ、帆村君のいうとおり、宇宙戦争は必ず起るぞ。これは油断できん」
 山岸中尉は、すっかり帆村荘六の説に共鳴したのであった。
「まったくこれは大変ですなあ」
 と、傍(そば)で茶をのみながら、二人の話に耳を傾けていた竜造寺兵曹長が、感きわまって、嘆声をあげた。
「分隊士、そうなると、われわれ飛行科の者は、平常から宇宙戦争の尖兵(せんぺい)たる覚悟で、勤務せなきゃならんですな。これは大変だ」
 兵曹長は、いが栗頭を、太い指でぽりぽりとかいた。
「兵曹長のいう通りだ。今の話でいくと、これからの防空第一線は、成層圏、いや成層圏よりも、もっと上空のあたりになるぞ。幕状オーロラ(極光)が出ているところは、地上三百キロメートルの高空だが、あの極光を背景として、他の遊星生物の空襲部隊と、壮烈なる一大空戦を展開するなどということになるかもしれないね」
「これは困った。われわれは、高度三百キロメートルどころか、その十分の一にも足(た)りない高度の成層圏飛行で、今しきりに冷汗をかいているのですからなあ。急いで勉強して、一日も早く極光圏を征服しなければなりません」
「そうだとも。それから更に進んで、月世界や火星までも飛行ができるようになっていなければ、間に合わんぞ」
「やれやれ、話が手荒く大きなことになりましたな」
「そうだよ。宇宙の敵からわれわれを守るためには、すくなくとも月世界や、火星、土星などという遊星を、わが前進基地として確保しておかねばならぬ。さあ、そうなると、今のプロペラで飛ぶ飛行機や、噴射で飛ぶロケット機などでは、とてもスピードが遅すぎて、役に立たないぞ。まず飛行機から改良してかからにゃ駄目だ。十八歳の少年兵のとき、飛行機に乗って火星まで行って、そこで引返して地球へ戻ってきたら、八十八歳のおじいさんになっていたでは困るからなあ」
「十八歳の少年が帰って来たら、八十八歳の老人に……。はっはっはっはっ。それは困るですなあ。ぜひもっと速い飛行機を作ってもらいましょう。はっはっはっはっ」
 中尉と兵曹長は、帆村をそっちのけにして、来るべき宇宙戦争の想定ばなしに、腹をかかえて笑いあった。
 しかしこれが決して笑いごとではないことは、すでに両人とも、肚(はら)の中に十分に承知していた。

   深夜の電話

 ちょっと聞くと、非常に突飛(とっぴ)に思われる帆村の宇宙戦争の警告が、山岸中尉と竜造寺兵曹長の共鳴するところとなったのは帆村にとって、たしかに気持のいいことだった。
 それに児玉法学士も、あれ以来すっかり帆村と仲よしになり、調査隊の捜査のひまを見ては、鉱山の研究室へ帆村を訪ねることが多くなった。児玉は調査隊の七人組の助手の一人であるが、その中ではいちばん年が若いのであった。いや、他の六人がいずれも五十歳以上であるのに、児玉だけはまだ二十九歳であった。
「帆村君。何か新しい発見はなかったかね」
 と、今日も児玉は、帆村をたずねて来た。
「おう、児玉君。さあこっちへはいりたまえ」と、帆村はすっかり親しみのある言葉づかいで、彼に一つの椅子をすすめた。
「例の緑色がかったねじの頭みたいなものね、君も見て知っているね」
「ああ、知っているよ。室戸博士に見せたあれだろう」
「そうだ、あれだ。あれを東京の大学で、僕の友人が分析したのだ。その報告が今日手紙で来たよ」
「報告が来たか。それは面白いなあ。で、どうだった」
 児玉法学士の目が輝く。帆村は、机の上から一つの封筒をとりあげ、その中から報告用紙を抜き出して開いた。
「まあ、これを読んでみたまえ」
 帆村は、にんまりと笑いながら、それを児玉に手渡した。児玉はそれを受取ると、大きくごくりと咽喉(のど)をならして、紙の上に書かれてある文字に目を走らせた。と、彼の顔が急に硬くなった。
「どうだ。わかるかね、児玉君」
 帆村は煙草(たばこ)を握った指先で、自分の頤(あご)をかるくはじいている。
「ふうん……」児玉は大きな嘆声を一つついた。それからこんどは両肩をゆすぶった。
「た、大変な報告じゃないか。あの緑色がかったねじの頭のようなものは、一種の金属材料でできているが、あのような金属は、これまで世界のどこでも発見されなかったものである。――ということが書いてあるね」
「そうなんだ。つまり、今日わが地球上において知られている元素は九十二種あるが、あの緑色がかったねじの頭のようなものは、その九十二種以外の数種の元素を含んでいるという証明なんだ。それが如何(いか)なる物質であるかは、今後の研究に待たなければならないが、とにかくこういうことだけはわかったと思う。すなわち、あれは地球以外の場所から運ばれて来たものらしいということだ」
「そうなるわけだね」児玉法学士はうなずいた。
「だから、あれは例の怪物の落していったものだということもわかるし、それからまた同時に、あの怪物が、地球の外から来た者だということもいえるのだ。そうじゃないか」
 帆村はいつになく、はっきりと断定した。
「そうだ、そうだ。たしかにそうなる」
 児玉はもうこれ以上椅子の上に落着いて坐っていられないという様子で、椅子から腰をあげて帆村の前に立った。
「ねえ帆村君。あの怪物は地球外から来た者だ。これは今や間違いないね。ところで僕は、あの怪物が岩の上で消えてなくなるところを見たんだ。このことは未(いま)だに信用してくれる人が少い。しかし決して僕の目も気も狂っていなかった。あれは本当だ。真実だ」
「僕は、君が本当のことをいっていると信じているよ。しかも始めから信じている」
「ありがとう。僕は君にお礼をいう」
 と、児玉は帆村の手を握って強くふった。
「そこでじゃ、大問題が残っている。あの怪物は、姿を消した。しかし全然居(い)なくなったのではない。どこかに居るのだ。僕たちの目には見えないが、あの怪物はたしかに居るのだ。君は、僕のいうことを否定するかね」
「いやいや。君のいうとおりだ」
「そうか。うれしい。とすると、油断ならないわけだ。あの怪物は、あんがい僕たちの傍(そば)に立って、にやにや笑いながらこっちを見ているかもしれん。あの怪物は、やろうと思えば、僕たちの首を切りおとすこともできるのだ、全然僕たちの知らないうちに。これはどうして防いだらいいだろうか。ねえ帆村君」
 児玉は、今や恐怖の色を隠そうとはしない。
「大丈夫だよ、児玉君。すぐどうこうということはないと思う。しかし君が今いったとおり、あの見えない怪物を、なんとかしてわれわれの目で見られるように、至急工夫しなければならんと思う」
「ああ、そういう機械は、ぜひ必要だね。それができれば、白根村にあらわれた、見えない壁の事件も解けるわけだ」
「なるほど、君はえらい」
「なぜ」
「なぜでも、例の怪物事件と白根村事件とが、同じ関係のものだということを、君はちゃんと心得ているからだ。そういう考え方でもって、この事件を解いていかないと、本当のことは決してわからないのだ」
 帆村は児玉の考えをほめた。そしてこの児玉となら、何を話しても論じてもいいぞと思ったのであった。
 こうして二人の間だけではあったが、二つの怪事件についてかなり解決は前進したのであった。だが大局から見ると、それはまだほんのわずかな一部分がわかったにすぎなかった。それはちょうど盲人が、体の大きな象の尻尾(しっぽ)だけに触れたくらいのものだった。象の巨体に触れるためには、まだまだ勉強もしなければならず、新しい機会をつかむことも必要であった。
 ところが、帆村の望んでいた新しい機会が、それから四五日たった後に、急に向こうからやって来たのである。
 それはある夜ふけて帆村の家へ、電話がかかって来たのである。電話口へ出てみると、相手は意外にも山岸中尉であった。
「どうしたのですか、今頃……」
 と、帆村が聞くと、中尉はいつもとは違った硬い様子で、
「ご迷惑でしょうが、すぐあなたお一人で、隊へ来ていただきたいのです。こっちに重大事件が起ったのです。電話ですから、詳しくお話しできませんが、あなたも知っておられる竜造寺兵曹長が、成層圏飛行中に行方不明となってしまったのです。しかも非常にふしぎな文句の無電を私のところへ送って来て、その直後に連絡がぱったり切れてしまったのです。それについてぜひともあなたのお力を拝借したい。どうかすぐ隊へ来て下さい。なおこの事件は絶対に秘密ですから、ご承知置き下さい。私は寝ないであなたを待っています」
 受話器を掛けると、帆村はこういう時の仕事をするために用意しておいた鞄(かばん)を、壁から外して肩にかけると、急ぎ家をとび出した。
 いったい、竜造寺兵曹長はどうしたというのであろうか。山岸中尉の電話によると、普通の飛行事故ではないらしい。
 どうしたのであろうか。暗闇の街路を向かって駆けて行く帆村の頭の中を、例の緑色の怪物の幻影が、電光のように閃(ひらめ)いて消えた。

   切れた無電報告

 帆村は自動車を操縦して、深夜の街道を全速力で走った。
 航空隊についたときは、もう翌日の午前一時になっていた。門をくぐって、衛兵に来意をつげると、衛兵は山岸中尉から連絡されていると見え、すぐ案内してくれた。
「やあ、よく来てくれましたね」
 山岸中尉は、いつもとはちがい、すこし青ざめた顔によろこびの色をうかべて、帆村を迎えた。中尉は、さっきから竜造寺兵曹長の行方不明事件で、心をいためていたらしい。
「いったいどうしたのですか」
「いや、まあ、部屋で話しましょう」
 山岸中尉は廊下を先に立って案内し、隊付(たいつき)という名札のかかっている自室へ、帆村をみちびき入れた。
 部屋の中は広くないが、寝台が一つ置いてあり、机が一つ、衣服箱が一つ、壁には軍刀がかかっていた。あとは椅子が三つ四つあるばかりで、すこぶる簡素で気持がよかった。
 扉をたたく者があった。「おい」と、中尉が返事をすると、従兵がはいって来た。帆村にていねいに礼をしたうえで、机の上に菓子の袋と、土瓶(どびん)と、湯呑茶碗とを置いた。
「もう用はない。寝てくれ」
 中尉は従兵へ、やさしい瞳(ひとみ)を送る。
 従兵が出ていくと、この部屋には山岸中尉と帆村の二人きりとなった。
「いったいどうしたのですか」
 と、帆村がもう一度同じことをいった。
「やあ、まったく困ってしまったんです。本日午前七時、竜造寺兵曹長は、成層圏機に乗ってここを出発しました。命令によると、兵曹長は高度二万五千メートルまで上昇することになっていました。なお余裕があれば三万メートルまでいってもよいことになっていました……」
 成層圏のいちばん低いところは一万メートルである。それから上へ約四万五千メートル、つまり高さ五万五千メートルまでが成層圏とよばれるのだ。竜造寺兵曹長のめざしていったのはちょうどこの半分くらいの高さだった。
「飛行の間、地上とは定時連絡をしていました。私は地上の指揮をしていましたから、兵曹長からの無電はみんな聞いていました。午前十一時に、ついに二万五千メートルに達し、それから三万メートルをめざして、再び上昇をしていったのですが、飛行機の調子は非常によいといって喜んでいました。ところが、午前十一時四十分になって、とつぜん兵曹長との無電連絡がとまってしまいました」
 山岸中尉の眉(まゆ)がぴくぴくとうごく。
「地上からいくら呼出しても、上では兵曹長が出てこないのです。上からの電波もまったく出ていません。無電に故障を生じたのかなと思いました」
「なるほど」
「ところが、それから十五分ほどたった午前十一時五十五分になって、こんどはとつぜん兵曹長からの無電です。それが非常に急いでいるようでして、こっちからの応答信号を受けようともせず、いきなり本文をうってきたのです。その文句がこれですが、まあ読んでみてください」
 話を聞いているうちに、ぞくぞく身のけがよだつような気持になってきた帆村は、中尉から渡された受信紙の上に目をおとすと、それは鉛筆の走り書きで、片仮名がかいてあり、その横に漢字をあてて書きそえてあった。
“……高度二万八千メートルニ達セシトコロ、突然轟音(ゴウオン)トトモニハゲシキ震動ヲ受ケ、異状ニ突入セリ、噴射機関等ニマッタク異状ナキニモカカワラズ、速度計ハ零(レイ)ヲ指シ、舵器(ダキ)マタキカズ、ソレニ続キ高度計ノ指針ハ急ニ自然ニ下リテ、ホトンド零ニ戻ル。気温ハ上昇シツツアリ、タダイマ外部ノ気圧計急ニ上昇ヲハジメ、早クモ五百五……”
 五百五というところで、文句は切れていた。
 帆村はふしぎそうな顔で、山岸中尉を見て、
「この続きはどうしたのですか」
「その続きはないのです。無電はそこで切れてしまったのです」
「ははあ、そうですか」
「どう感じました。ふしぎな報告文でしょう」
「ええ、まったくふしぎですね」
 帆村は、竜造寺兵曹長の無電を、もう一度読みかえしてみた。それからまた一度、もう一度と、四五へん読みかえした。読めば読むほどふしぎだらけである。山岸中尉は、帆村が何か考えこんでいるのを見てとって、そのじゃまをしないように、心痛をしのんで黙っている。
「……速度計ハ零ヲ指シ、舵器マタキカズ、ソレニ続キ高度計ノ指針ハ急ニ自然ニ下リテ、ホトンド零ニ戻ル……まるで地上と同じような状態だなあ」
 と、帆村はひとりごとをいい、また次を読みつづける。
「……気温ハ上昇シツツアリ、タダイマ外部ノ気圧……五百五、……気圧五百五十ミリ程度というと高度三千メートルに近い気圧だ。三万メートルに近い気圧なら、せいぜい十ミリというところだが、それが約五百五十ミリを指すとはまったく信じられない……」
 帆村の目は、らんらんと輝き、まるで山岸中尉がそばにいるのに気がつかないように見えた。

   魔の空間

 それからしばらくして、帆村はふっとわれにかえり、あたりを見廻した。山岸中尉の目とぶつかると、帆村はいった。
「兵曹長のこの最後の報告文は、おそらくこのまま信じない人もあるのでしょうね」
 中尉はうなずいた。
「兵曹長はおかしいのだといっている者もあります。機体の故障が兵曹長にひどい恐怖をあたえたのだろうという者もあります。しかし私は竜造寺兵曹長を信頼している。そんなことで頭がどうかする兵曹長ではありません」
 山岸中尉は、強い信念のほどを、はっきりしたことばでいった。
「この報告がまちがいないとすると、これはたいへんな事実を知らせてきているぞ」
 帆村は頤(あご)をつまむ。
「それです。私があなたに来てもらったのは。あなたはこの報告文から、どんなことを導き出しますか」
 山岸中尉は前にのりだしてきた。
「そうですね」
 と、帆村は、これから言おうとすることのあまりの突飛さに、思わず大きく息をする。中尉は膝に手をおいて、帆村の唇を注視する。
「山岸さん。あなたは私の説に賛成せられるかどうかわかりませんが、この電文がまちがいないものとして、私が考えることは、竜造寺兵曹長の遭難した三万メートル近い高空において、この地上とほとんどかわりのない空間があるということです。これはまるでおかしなことばのようですがね」
 帆村はふたたび深い息をついた。
 山岸中尉は、帆村の突飛(とっぴ)な観察に、笑いだしもせず、大きくうなずいて、
「そういうことになりますね」
「山岸さん、私のことばが信じられますか」
「信じますとも。私が竜造寺兵曹長を信じているのと同じです」
 それを聞くと、帆村は始めてにんまりと笑って、
「信じてくださればいいが、三万メートルの高空に、地上と同じ空間があるなどという話は誰が聞いてもおかしいからね」
「もう考えられることはありませんか」
「そうですね。もう一つあります。竜造寺兵曹長は、そのふしぎな魔の空間にすべりこんで、脱出ができないのだと思います。しかし一命にはさしつかえはないと思う。なにしろそこは地上とあまり変らない気圧気温のところであり、そして着陸場までちゃんとあるのですからね」
「着陸場ですって」
 山岸中尉はおどろいて、聞き直した。
「おや、あなたはまだそこまで考えておられなかったのですか。兵曹長機の高度計が零を指すようになったというのは、そこに一種の着陸場があることなのです」
「なるほど。では前進もしないし、舵(かじ)もきかないとはどういうのです」
「それはその魔の空間に突入したので、前進しなくなったのですよ。もちろん舵をひねっても、どうにもきかないはずです」
「そうかなあ」
 山岸中尉は、あまりに帆村の考えていることが突飛(とっぴ)なので、すぐにはついていけなかった。しばらく考えた上でないと、帆村と同じ考えにおいつけない。
「しかし、このことを他へ話して、誰が信じてくれるでしょうか。三万メートルの高空に着陸場があるといえば、誰だって笑いだすでしょう」
「笑いたい者には笑わしておきなさい。これは勇猛なる竜造寺兵曹長が、一命をかけて知らせてよこした重大報告なのです。その報告から考えだしたことを信じない者は、竜造寺兵曹長の忠誠を信じない大馬鹿者ですよ」
 帆村はついに顔を赤くそめて、きついことばをはいた。これには山岸中尉も、だまるより仕方がなかった。竜造寺兵曹長の忠誠については、誰よりもそれを信じる中尉だった。しかしその報告から、帆村が引出した結論には、やはり半信半疑というところであったが、帆村から、こう叱りつけられると、すっかり参(まい)って、「よし、これからはもう疑いをはさまないぞ」と決心した。
 その手始めに、山岸中尉は決然として、こういった。
「帆村さん。私は司令に願って、明日、竜造寺兵曹長を救い出すために成層圏飛行をします」
「明日、あなたがですか」
「そうです。何かよくないことがありますか」
「まあ、それはおよしなさい」
「よせというのですか。なぜ……」
「行くなら、十分の用意をしてからのことです。三万メートルの高空において、優勢な敵と戦って、かならず勝つ準備が必要ですぞ」
「優勢な敵というと……。すると帆村さんは、やっぱり例の緑色の怪物のことを考えにいれているのですか」
 山岸中尉は、ようやく気がついたというふうであった。
「もちろんそうです。あの怪物のことを考えずして、どうして三万メートルの高空に着陸場を持つ、魔の空間が考えられましょうか。あの怪物のことを初めに知っていなかったら、私だってちょっと信じる気になれませんよ。宇宙戦争です。もうそれは始っているのです」
 帆村は宇宙戦争について、ゆるぎない信念を持っていたのだ。
「なるほどなあ」
 あの怪物と魔の空間とが関係があると考えると、高空三万メートルに着陸場があるということが、今までよりもずっと有りそうに思われてくる。
「山岸さん。急いで宇宙戦研究班をおつくりなさい。そして十分の準備をしてから、魔の空間を襲撃するのです。ただし研究班をつくるには、そうとうに大仕掛のものでなくては役に立ちませんよ」
 帆村は、いつになくおしつけるような口調で、このことを山岸中尉にいったのである。

   宇宙戦研究班

 山岸中尉は、その夜を帆村と語りあかしてつよい信念を得たようであった。
 すぐにも彼は、竜造寺兵曹長を救いだしに行きたかったけれども、帆村が、「兵曹長の一命はとうぶん大丈夫ですよ」というので、やっぱり十分に準備をしてからでかけることにした。
 山岸中尉は、翌日司令にいっさいをぶちまけて、宇宙戦研究班の編成方(かた)をねがった。
 司令は驚かれた。しかし司令は、がんらい頭の明晰(めいせき)な人であったので、山岸中尉の話の中におごそかな事実のあるのを見てとり、中尉の願いをききいれた。司令は、上の人と相談を重ね、その結果、早くも翌々日には、臨時宇宙戦研究班というものが、この航空隊の中にできた。そして班長には、有名なる戦闘機乗りの大勇士である左倉少佐が就任した。
 班には班長以外に、四名の士官がつとめることになった。もちろん山岸中尉もそのひとりであった。
 またその外に、班員として若干名が採用されることとなり、帆村荘六もこれに加わった。それから意外にも、熱血児の児玉法学士も志願して、その一員にしてもらった。
 下士官が十名、兵員が八十名。
 山岸中尉の弟の山岸少年と、その友達の川上少年の二人が、これも志願して班員となった。二人とも電信が打てるので、通信を担当することとなった。
 この研究班の設立は、各方面へいろいろの反響を起した。
 国内では、これを待っていましたとばかりに歓迎する者もあったが、多くはこの奇妙な部門が、なんのことだかわからず、けんとうちがいのことをのべる者が少くなかった。
 一部にはつよい反対意見もあった。まだ敵アメリカを屈服させておらず、今もなおときどきアメリカ空軍が内地爆撃をやる有様である。そういう折から対アメリカ戦の結末をつけずに、宇宙戦の準備にかかるとは何事だというのであった。
 しかしわが大日本帝国が世界の安全をあずかる重大使命を有するかぎり、すすんで宇宙戦の準備をしなければならぬ責任がある。だからこの研究班の編成は、時局がらたいへん必要なものである。そういう正しい意見がだんだん国内に強くなっていった。
 国外では、この研究班の編成が、国内よりもずっと強くひびいたようである。各国は争って新聞にそのことを報道し、ラジオによって解説をこころみた。そして日本なればこそ、この困難なことをやりぬくであろうと信頼をよせた。
 盟邦(めいほう)諸国は、それぞれ全面的に、そのことについて日本に力をあわせ、迫り来(きた)ったわれらの大危難を退(しりぞ)けたいものだと、たいへん、もののわかったことをのべた。
 こうして臨時宇宙戦研究班の編成は、たちまち世界中に大きな波紋をなげたのであった。
 その間にも、山岸中尉と帆村荘六とは、この研究班を最初にいいだした関係から、非常にいそがしい毎日を送った。
 はじめの一週間は、夢のように過ぎた。しかしその間に研究班の形はできた。それにつづいて次の一週間、二人はあっちこっちと走りまわった。その結果、二人は宇宙偵察隊をつくることに成功した。
 宇宙偵察隊だ。
 五台の噴射艇が揃った。これに乗って成層圏へ飛びあがり、場合によってはさらに高空へ飛び、偵察をやろうというのであった。
 そしてこの偵察隊がまっ先にやらねばならぬことは、行方不明の竜造寺兵曹長の安否をしらべることだった。
 班長左倉少佐が、ある日、明かるい顔をしてもどってきた。それをまっ先に見つけたのは山岸中尉だった。
「班長。いいお土産(みやげ)をお持ち下さったようですね」
「おう」
 少佐はにっこり笑って、帽子と短剣を壁にかけながら、明かるい返事をした。
「まあそこへ掛けろ。いや、望月大尉も呼んできてくれ。帆村君に児玉君もな」
 望月大尉は、やはりこの班員で、先任将校であった。これも戦闘機乗りの勇士で、左の頬に弾丸のあとがついている。
 山岸中尉は、さっそくその三人を呼んで来た。一同は、それと感づいて、みんな、にこにこしている。
 班長は集って来た一同をずらりと見渡し、
「みんなに報告する。噴射艇二隻(せき)で、成層圏偵察の許可が下りたぞ」
 それを聞くと、一同の顔はぱっと輝く。
「彗星(すいせい)一号艇には、望月大尉と児玉班員と、川上少年電信兵が乗組む。二号艇には山岸中尉と、帆村班員と、山岸少年電信兵とが乗組む。目的はもちろん竜造寺機の調査にある。指揮は望月大尉がとる」
 班員は唇を深く噛(か)む。
「出発は明後日の〇五〇〇(まるごうまるまる)だ。すぐ用意にかかれ」この報告と内命に、一同は躍(おど)りあがらんばかりによろこんだ。
 ついに研究班の活動が始ったのだ。彗星一号艇と二号艇とに乗って、怪しい空間にとびこむのだ。彗星号という噴射艇は、これまで秘密にせられていた成層圏飛行機――というよりも、成層圏以上の高空にまでとび出せる噴射艇であって、むしろ宇宙艇といった方がよいかもしれない、これは偵察に便利なように作られてあったが、また同時に戦闘もできる。その外、万一の場合も考えて、特殊な離脱装置も考えてある、なかなかすぐれたロケット機だ。
 彗星号の形は、胴の両側に翼(よく)があり、その翼にはそれぞれ大きな噴射筒がついている。低空飛行の場合はこの形で飛ぶが、高度があがってくると、両翼は噴射筒とともにぐっと胴体の方によってきて、ちょうど爆弾のような形になるのであった。形を見ただけで、この彗星号がどんなにすごい性能をもった噴射艇であるかが察しられる。
 出発は明後日の午前五時。
 あと一日とちょっとしか時間がない。研究班は総員でその準備にとりかかった。噴射艇の出発地点というのが、○○航空隊のある村から、山道を五里ほどはいったところで、鬼影山(きえいざん)と、青葉嶽(あおばがたけ)との間にある、忍谷(しのぶだに)という山峡であった。

   決死偵察(けっしていさつ)に出発

 いよいよ宇宙偵察隊が出発する日が来た。その出発地点である忍谷では、夜あかしで準備がととのえられた。
 噴射艇の彗星一号艇と二号艇とは、射出機の上にのり、もういつでも飛び出せるようになっていた。
 この噴射艇は最新鋭のもので、特に宇宙飛行用に作ったものであるから、出発のときは、燃料や食糧をうんと積みこんでいるので、非常に重い。だからどうしても射出機を使わないと、うまいぐあいに出発ができないのだ。
 その射出機も、ふつうのものでは力がたりないので、忍谷で用意したのは、電気砲の原理を使った射出機だった。これなら十分に初速も出るし、また電気でとびだすのだから、硝煙(しょうえん)や噴射瓦斯(ガス)のため地上の施設が損傷する心配もなかった。
 高い鉄塔の上から照らしつける照明灯は、地上を昼間のように明かるくして、どこにも影がない。蛾(が)の化物みたいな形の噴射艇の翼の下をくぐって、飛行服に身をかためた一人の男があらわれた。それは帆村荘六だった。帆村は腰をのばして、噴射艇をほれぼれと見上げる。
「じつに大したものだ。こんなすばらしい噴射艇が、完成していようとは思わなかった。これなら月世界くらいまでは平気で飛べるぞ」
 と、ひどく感心のていで独言(ひとりごと)をいっている。そのとき同じような飛行服を着た別の男が、こっちへ走ってきた。そして後ろから帆村の肩をぽんとたたいた。
「おお、帆村君。もうすぐ出発だそうだぜ」
 帆村がふりかえってみると、それは彗星一号に乗組む児玉法学士だった。
「やあ、児玉君」と、帆村は児玉の手をとり、しっかり握った。
「じつは僕は心配をしているんだ。宇宙への冒険飛行に、君のような法律家を引張り出して、さぞ君は迷惑しているのじゃないかと……」
「つまらんことをいうな」
 と、児玉法学士は途中で帆村のことばをおさえた。
「僕は君の好意に、大いに感謝しているんだ。君の好意で臨時宇宙戦研究班へ引張りこまれた僕は、自分の生命を投げ出して一生けんめいになれる日本男児の仕事は、これだと気がついたのだ。見ていてくれたまえ。僕はこれから科学技術をどんどんおぼえていくよ。今に君をびっくりさせてやるから」
 児玉法学士は元気のいい声で笑った。
「まあ、しっかり頼むよ。児玉君」
「うん、心配はいらん。今にして僕は気がついたんだが、日本人は、科学者や技術者にうってつけの国民性を持っていながら、今までどうしてその方面に熱心にならなかったのか、ふしぎで仕方がない。もっと早く日本人が科学技術の中にとびこんでいれば、こんどの世界戦争も、もっと早く勝利をつかめたんだがなあ」
「過ぎたことは、もう仕方がない。ひとつ勉強して、工学博士児玉法学士というようなところになって、僕を驚かしてくれたまえ」
「工学博士児玉法学士か。はははは、これはいい。よし、僕はきっとそれになってみせるぞ」
 熱血漢の児玉法学士は、いよいよ顔を赤くして笑った。しかし、さすがの児玉法学士も、やがて彼が宇宙の怪物を相手に、法学士の実力を発揮して、たいへんな役をつとめようとは、神ならぬ身の知る由(よし)もなかった。帆村にしても、彼が児玉法学士を引張りこんだことが、一つの神助(しんじょ)であったことに、まだ気がついていないのだった。それはいずれ後になってわかる。
 東の空が、うっすらと白みそめた。と、刻々と明かるさがひろがっていって、高い鉄塔の上から照らしつけている照明灯の光が、だんだん明かるさを失っていった。とつぜん喇叭(ラッパ)が鳴り響いた。総員整列だ。時計を見ると出発まで、あと三十分だ。
 帆村たちは、地上指揮所の前に整列した。班長左倉少佐が前に立っている。一同敬礼を交(かわ)す。それから班長から、本日の宇宙偵察隊出発について、力強い激励のことばがあった。
 整備隊長から、彗星一号艇、二号艇の出発準備がまったく整ったことが、班長左倉少佐へ届けられる。
 班長はうなずいて、これから出発する望月大尉以下六名をさしまねいて、宇宙図を指(さ)しながら、更にこまごました注意をあたえた。また一号艇長の望月大尉と、二号艇長の山岸中尉との間に打合せが行われ、両艇は、なるべく編隊で飛ぶこととし、もし何か大危難(だいきなん)に遭遇したときは、一艇はかならず急いで地上へ戻ることとし、両艇とも散華(さんげ)するようなことはせぬ、そしてその場合、山岸艇が地上へ戻り、望月艇は奮戦を続けることにもきめられた。
 午前五時。正確なその時間に、左倉少佐の号令一下、まず噴射艇彗星一号が、するどい音を発して、さっと空中にとびあがった。山頂の杉林の上を一とびに越えて、朝やけの空をぐんぐん上昇して行く。十秒後には、艇はもう噴射瓦斯を後へもうもうと、ふきだしていた。
 無電報告が、彗星一号艇から来た。
「スベテ異状ナシ。総員士気旺盛(オウセイ)ナリ」
 かんたんな電文であるが、搭乗員も艇も、機関や機械類もすべて異状なしとあって、班長左倉少佐をはじめ地上員は大安心をした。
 二十秒おいて、山岸中尉らの搭乗した彗星二号艇が出発した。これもうまくいって、みるみるうちに先発艇のうしろに追いついてしまった。北の鬼影山の頂の上空に、二つの艇は二組の尾をひきながら、すこしも狂わない調子で、ぐんぐん高度をあげていく。
 異状なしとの無電報告が、二号艇からもやってきた。
 左倉少佐は大満悦(だいまんえつ)に見うけられる。双眼鏡から目を放すと、室内へはいって来て、
「おい、通信長。テレビジョンをのぞかせろ」
 と、テレビジョンの受影幕をのぞきこんだ。壁間には昼間もはっきり見える九個の受影幕が、三個ずつ三列に並んでいた。その真中の受影幕には、彗星一号艇二号艇が、画面いっぱいにうつっていた。
「窓のところへちょいちょい出てくる、この顔は誰の顔か」
 と、左倉少佐が幕面を指した。
「これですか。これは児玉班員であります」
「ああ、児玉か。彼はあいかわらず、じっとしていられない男だな。しかし成層圏へ上ったら、空気と圧力が稀薄になるから、児玉も自然猫のようにおとなしくなるだろう」

   成層圏(せいそうけん)征服

 宇宙偵察隊の噴射艇二台は、引続き調子もよく、上昇していく。この噴射艇は、彗星号というその名にそむかないりっぱなものである。文字どおり彗星のように、空をきって行くのである。
 噴射力が強いので、速度もすばらしく大きい。中でたいている噴射燃料というのが、特殊な混合爆薬で、これが燃焼して、すばらしく圧力の強い瓦斯を吹きだす。しかも噴射器の構造が非常にうまくできていて、最も速度が出るような仕掛になっている。
 艇内は気密室になっている。しかも三重の気密室である。室内は、どんなに高度をあげても、気温や温度が大体高度三四千メートルと同様な状態に保たれ、それ以下には下らぬようになっている。この程度なら、空気をきれいに洗うことも、酸素をおぎなうことも、また室内を温めることも、それほど大きな消費をしないで、艇は長時間にわたる航空にさしつかえないのだ。
 室内には、万一の場合に備えて、気密服や兜(かぶと)も用意してあるが、ふつうの場合は、気密服や気密兜を体につける必要はなく、飛行服だけでよいのだ。だから初期の成層圏機にくらべて、居住はたいへん楽であった。居住が楽であるということは、偵察任務にしろ、操縦にしろ、通信にしろ、また戦闘にしろ、すべてが窮屈でなく、十分に実力を発揮できるということである。居住が楽でないと、たちまち実力の半分とか、三分の一とかに落ちてしまう。そこで飛行機や噴射艇の設計者は、設計のときに楽な居住ができるように努力しなければならぬわけだ。
 さて、このへんで、作者は二番艇の内部の模様をお知らせしようと思う。
 操縦席についているのは、いうまでもなく山岸中尉だ。そのうしろに偵察員として帆村荘六がいる。そのとなりに横向きになって、電信員の山岸少年が、無線装置に向かいあっている。
 おもしろいのは、みんなの座席が、重力の方向に曲がっていることだ。艇は殆(ほとん)ど垂直に近い角度で上昇しているので、座席が固定していると、体が横になってしまって自由がきかない。それでは困るから、座席は自然におきるようになっている。そのとき計器盤や無線装置も、座席といっしょにぐっと垂直になるので、非常に便利だ。
「機長」
 帆村が上を向いて叫んだ。
「おう」
 山岸中尉が答える。
「高度二万メートルを突破しました」
「はい、了解」
 白昼だというのに、窓外はもうすっかり暗い。窓は暗紫色である。太陽は輝いているが、空はすこしも明かるくないのだ。だから、あれは太陽ではなくて、月ではないかしらと、帆村はいくたびか錯覚を起しそうになった。もちろん星が暗黒の空にきらきらと美しく輝きだした。どう見ても夜の世界へはいったとしか思われない。成層圏を始めて飛ぶ帆村荘六は、非常な奇異な思いにうたれつづけであった。
「寒くなったら、電熱服を着なさい。また呼吸困難になったら、酸素を吸入なさい」
 山岸中尉は、成層圏になれない帆村と弟のために、親切なはからいをとった。しかし二人とも、これくらいの寒さや息苦しさなら、まだ大丈夫だといって、がんばりとおしていた。
 艇内の正面の計器盤の上に、テレビジョンの受影幕が二個並んでいた。そしてどっちにも像がうつっていた。
 右のものは、飛行艇の操縦席と、その後部がうつっている。操縦席には、望月大尉の明かるい顔があった。だからこれは、先行する彗星一号艇の内部がうつっているのだとわかる。
 左のものは、広い部屋である。奥の方には机や、椅子が並んでおり、飛行服をつけた者がしきりに通っている。これは忍谷基地の地上指揮所の屋内である。
 当番の電信兵の顔の右半分が、画面の端にあらわれているが、それが何だかおどけたように見える。
 こうやってテレビジョンで連絡をとっていると、非常に便利である。地上の指揮所でも、一号艇や二号艇の内部が、壁間の受影幕にうつっているのだから、その像のうつっているかぎり、両艇は安全な飛行をつづけているなと安心していられるのである。
 地上にいて、ほんとうは、たいへん気をもんでいる班長左倉少佐であったけれど、あまりたびたびテレビジョンに顔を出しては、望月大尉や、山岸中尉の注意力をそぐおそれがあると思って、必要なとき以外はなるべく顔を出さないようにしていた。
 いつとはなしに時刻は過ぎ、いつか高度二万メートルを突破した。いよいよ危険な超高空に近づいて来た。
 望月大尉は、山岸中尉から貰(もら)った地図をひろげて、竜造寺兵曹長の飛んだとおりの航路をなるべく飛ぶことにして、ここまでたどりついたのである。さて、この先には何者がいるのであろうか。鬼畜(きちく)か悪魔か、とにかくすこしも油断はならない。望月大尉は、二号艇へ「警戒せよ」と、テレビジョンの中から手先信号で、注意をあたえた。

   大危険帯

 窓外はいよいよ暗黒だ。
 死の世界、永遠の夜の世界だ。
 その中に、どんな恐しい悪魔がひそんでいるかわからないのである。
「ノクトビジョンを働かしているか」
 望月大尉から山岸中尉への注意だ。
 ノクトビジョンとは、暗黒の中で、物の形を見る装置だ。これは一種のテレビジョンで、一名暗視装置ともいう。これで見るには、相手に向けて赤外線をあびせてやる。物があればこの赤外線で照らしつけてくれる。肉眼では見えないが、赤外線をよく感ずるノクトビジョン装置で見れば、まるで映画をみるようにはっきり物の形がわかるのである。
「高度二万五千メートル……」
 帆村荘六が大きな声で報告する。
「あと三千で、問題の高度ですね」
 山岸中尉は落ちついた声でそういう。彼の目は、テレビジョンの上にある、楕円型のノクトビジョンの受影幕に注意力をむけている。何か異変が見つかったら、すぐさま処置をとらないと、竜造寺兵曹長の二の舞を演ずることになるおそれがある。
 その処置とは、どんなことをするのか。出発前、望月大尉と打合わせてきたところでは、異変が起りかけたら、敵の姿が見えようと見えまいと、間髪(かんぱつ)をいれず、機銃で猛射をすることにしてあった。機銃弾の威力は、きっと何かの形で、手ごたえを見せてくれるにちがいないと考えたのである。
 高度はついに二万八千メートルに達した。だが異変は起らない。ノクトビジョンを左右へ振って、前方を注意しているが、なにも見えない。見えるは空ばかり。空が見えているというだけのことで、もうここらには雲片(くもぎれ)一つあるわけではなし、すこぶるたよりない。
 高度を二万九千まであげてみたが、異変はさらに起らない。
 そこで望月大尉は、
「高度二万八千に戻り、水平飛行で偵察を継続するぞ」
 と、山岸中尉に知らせた。
「了解」
 それはかしこいやり方である。竜造寺兵曹長の高度計は、たぶんくるっていないはずである。だから高度二万八千メートルのところがくさいことはたしかだ。しかし高度二万八千メートルの場所は、非常に広いのである。今飛んでいるところは、できるだけ竜造寺兵曹長のとびこんだと思われるところのつもりであるが、地点の推測の方はあまり正確でないので、まちがえたところを飛行しているおそれが多分にある。だから、この高度であたりをぐるぐると水平偵察をやっていれば、きっと例の魔の空間にぶつかると思われる。
 こうして両機は、その高度で水平偵察をはじめた。はじめは円を画(えが)き、それからだんだんと径を大きくして、外側へ大きく円を画きつづけるのだ。つまり螺旋形(らせんけい)の航路をとって探していくのである。望月艇と山岸艇とは、五十メートルの間隔を置いて飛んでいた。
 地上の時刻でいうと、午前九時四十分前後であったが、とうとう望月艇が、異変にぶつかった。
 山岸中尉は、テレビジョンの幕の上にうつる望月大尉の急信号により、望月艇が、異変にぶつかったことを知った。かねての手筈(てはず)により、山岸中尉は、目にもとまらぬ速さで切替桿(きりかえかん)をひき、二号艇の尾部へむかって出る噴射瓦斯(ガス)を、あべこべに前方へ出るように切替えた。つまり艇に全速後進をかけたのである。
 大きな衝動が、搭乗の三名の肉体に伝わった。肉が骨から放れて、ばらばらになるかと思われるほどの大苦痛に襲われた。が、三人とも一生けんめいにがんばって、それをこらえた。しかし苦痛は短い時間だけつづいて、後はけろりと去った。そのとき、艇はまったく前進力をうしない、石のように落ちつつあるところだった。
 山岸中尉は、急いで高度計を見た。二万七千メートルだ。問題の高度より一千メートル下になった。よし、ここなら安全だと、切替桿を逆につきだして、再度、艇を前進にうつした。
 安定度が非常に高いこの彗星号は、このような乱暴きわまる操作にも、すこしも機嫌(きげん)をわるくしないで、ちゃんと中尉のいうとおりになった。この艇の設計者は、よほどほめられてもいいと、山岸中尉は思った。
 艇が安定をとり戻すと、こんどは急に一号艇のことが気になった。山岸中尉は、目をテレビジョンに持っていった。と、山岸中尉の顔色がさっと変った。一号艇の映像は消えている。いったいどうしたのだ……。
「一号艇、どうしたか」
 山岸中尉は思わず叫んだ。
「一号艇は左上を飛んでいます」
 こたえたのは帆村だ。
「左上を……」
「そうです。しかし変ですよ。今まではノクトビジョンでなければ、姿が見えなかった一号艇が、まぶしいほどはっきり姿を見せているのですよ。そこからも見えるでしょう」
 帆村荘六の声は、いつになくあわてていた。帆村のいうとおりのまぶしい一号艇の姿を、山岸中尉も見出した。まるで照空灯に照らし出されたように見える。
「ああ、一号艇が雲に包まれていく……」
「雲に包まれていく。帆村君、そんなばかなことが……」
「しかしほんとうなのです。事実だからしようがない。さっぱりわけがわからん……」
 帆村のいうとおりだった。一号艇はみるみるうちに、白い雲に包まれていった。そして後部の方からだんだん見えなくなり、やがて頭部も雲の中にかくれて、完全に見えなくなった。
「ふしぎだなあ、しゃくにさわる……」
 と、山岸中尉は、じれったそうに舌うちをした。
「まったくふしぎだ。あの雲は楕円体だぞ。正確に木型で作ったように、廻転楕円体だ」
 帆村の声は、いよいよ、うわずっている。
 山岸中尉の目もそれを確めた。念のためにノクトビジョンでのぞいてみたが、まったくそのとおりだ。
「正楕円体の雲なんてあるかなあ」
 と、帆村は首をひねったが、そのとき彼は電気にふれたように、座席からとびあがって、山岸中尉の肩をつかんだ。
「山岸中尉。わかったですぞ。あの楕円体こそ、いわゆる『魔の空間』です。一号艇はたった今、『魔の空間』にとじこめられたのです」
 叫びながら、楕円体を指す帆村の目は、赤く血走っていた。

   異変と戦う

 成層圏も、高度二万七千メートルになると、いやにすごくなる。まるで月光の下の墓場を見る感じだ。いや、それ以上だ。
 いまはまだ昼間だというのに、空はすっかり光を失って、漆(うるし)のように黒くぬりつぶされている。ただ光るものは、ダイヤモンドをまきちらしたような無数の星、それとならんで冷たく光っている銀盆のような衰えた太陽が見えるばかり。この荒涼たる成層圏風景を、うっかり永くながめていようものなら、そのうちに頭がへんになってくる。
 そういう折しも、指揮官望月大尉ののった彗星一号艇が奇怪なる消失。あれよあれよといううちに、白く光る廻転楕円体の雲の中に包まれて、見えなくなったそのふしぎさ。なぜといって、高度二万七千メートルの成層圏には水蒸気は存在しないから、雲がある道理がないのだ。しかるに帆村荘六も、山岸中尉もともにはっきりと白い雲を見たのである。けっして見まちがいではないのだ。うち重なる成層圏の怪異。この怪異をとく鍵はどこにあるのか。
 彗星一号艇を包んでしまったあやしい形の雲、あの雲こそ「魔の空間」だと帆村荘六は叫んで、山岸中尉に注意をしたが、これは鍵ではない。鍵のはいっている箱かもしれないという程度である。けっきょく「魔の空間」とはどんなものか、それがわからなければ、この謎はとけはじめないだろう。戦う彗星部隊は、高度飛行のくるしさの上に、こうした頭脳のくるしさまでが重々しくのしかかっているのだ。
「電信員」
 山岸中尉の声が、爆発したように聞えた。
「はい」
 弟の山岸少年は、元気な声をはりあげて、兄にこたえた。
「無電をうて、平文(ひらぶん)で急げ」
 中尉は急いでいる。無理もない。帆村は目を近づく楕円雲に、耳を山岸中尉の声に使いわけて緊張の頂点にある。
「宛(アテ)、左倉班長。本文。高度二万七千、一号艇廻転楕円体ノ白雲内ニ消ユ、ワレ、ソノ雲ニ突進セントス、オワリ」
 電文は簡単である。だが簡単な中に、ひじょうにすごい響きがある。山岸少年は、電文を復誦(ふくしょう)した。一字もまちがいはない。中尉が「よし」というのを聞いて、ただちに電鍵(でんけん)をたたきはじめる。さっき中尉から命令をうけると、すぐさま少年は送電機のスイッチを入れて、真空管に点火し、右手の指は電鍵の上に軽くおいて、いつでも打てるように用意をして待っていたのだ。電文は地上指揮所にとどいて、すぐさま同じ文句を地上からうちかえしてきた。
 だが、どうしたものか、その無電は途中でぷつんと切れてしまった。そして山岸少年の耳にかけた受話器に、七色の笛のようなうなり音がはいってきた。
「機長、地上からの送信に、異状がおこりました」
 と、山岸少年は、すばやくその異状を機長にとどけ出た。
 山岸少年は、兄の返事を聞くことができなかった。そのとき事態はひじょうに迫っていたのである。いつどこからわき出したか、白い雲がかなり早い速さでするすると拡(ひろが)って、早くも二号艇を半分ばかり包んでしまったのだ。山岸中尉は、すべての注意力をそっちへそそいでいた。彼はその雲に包まれまいとして、あらゆる努力をこころみた。まだその雲ののび切っていない方向へ全速力でとばせた。が、白い雲は意地わるく、右から左から、また上から下からと、白いゴム布をのばしたようにのびていった。しかもそののび方が一点をめがけてのびていくように見える。残された出口ともいうべき暗黒の空が、見る見るうちに狭くなっていくのだ。
 奇妙にも、その残された黒い空は円形をなしていた。その円の広さがだんだんに狭くなっていくのだ。晴天に大きな蛇(じゃ)の目(め)傘をひろげたようであったのが、ずんずん小さくなって、黒い丸い窓のように見えるまで狭くなり、やがて黒い目玉ほどになった。
「うむ、ちく生」
 山岸中尉が、彼に似合わぬきたないことばを吐いた。よほど癪(しゃく)にさわったとみえる。艇は黒い目玉めがけて突進していったが、やっぱり間にあわなかった。ついにその小さい黒い目玉も消えてなくなり、前は一面に白い雲でおおわれてしまった。艇はいまやすっかり怪雲に包まれてしまったのだ。一号艇を救い出そうとして、その後を追った二号艇であったが、いくばくもなくして、自らも同じ運命におちこんでしまったのであった。
 だが、山岸中尉は、まだ希望をすててはいなかった。たとえこれが怪雲だとしても、これくらいのものは体当りでぶち切ることができるかもしれないと思っていた。そこで彼は、全速をかけたままで、白い怪雲の壁をめがけて激しくどんとぶつかった。
 いけなかった。それがひじょうにまずかった。速度が見る見るうちに落ちた。そしてついにとまってしまった。と思ったら、あろうことかあるまいことか、こんどはあべこべに後方へぶうんと艇が走りだしたではないか。
 山岸中尉は、あぶら汗をべっとりとかいた。操縦桿だけは放さなかったが、艇はもう全く彼の思うとおりには動かなくなった。
(もう処置なしだ)
 と、中尉は心の中で叫んだ。そのうちに艇は次第に安定を回復してきたように思われた。そこで中尉は、ふと計器盤の速度計に目をやった。とたんに彼は、
「あっ」
 と叫んだ。速度計が零を指しているではないか。噴射機関に異状はないのに……。高度計はと見れば、いつの間にか零の近くまでもどっている。竜造寺兵曹長が消息をたつ、その直前に打った謎の無電と同じ状況ではないか。ああ、あの無電……。
“……高度二万八千メートルニ達セシトコロ、突然轟音トトモニハゲシキ震動ヲ受ケ、異状ニ突入セリ。噴射機関等ニマッタク異状ナキニモカカワラズ、速度計ハ零ヲ指シ、舵器マタキカズ。ソレニツヅキ高度計ノ指針ハ急ニ自然ニ下リテ、ホトンド零ニモドル。気温ハ上昇シツツアリ……”
 そうだ。たしかに暑苦しくなってきた。
“……タダイマ外部ノ気圧計急ニ上昇ヲハジメ、早クモ五百五……”
 五百五というところで、竜造寺兵曹長の無電は切れたのだった。山岸中尉が外部気圧計の面をのぞくと、このときの艇内の気圧は五百七十ミリを指していた。なるほど竜造寺兵曹長の場合と同じだ。高度二万七千メートルなら気圧はせいぜい二十ミリぐらいであるはず、それが五百七十ミリを示している。これは高度二千メートル附近にあたる。
 大異変来る。ついに竜造寺兵曹長と同じ運命におちいったのだ。山岸中尉は大きく息をすいこんだ。
「ああ、『魔の空間』、ほんとうだったな」

   処置なし

 山岸中尉は、ついに操縦桿から手を放した。もうこのうえ操縦桿を握っていることが意味なしと思ったからである。
 繰縦桿を放しても、艇はすこぶる安定であった。山岸中尉は、こみあげてくる腹立たしさに、「ちえっ」と舌うちした。倒れた壁の下におさえつけられたも同様だ。
 それから山岸中尉は、うしろをふりむいた。搭乗(とうじょう)のあとの二人は、どんな顔をしているだろう……。
 中尉の弟である山岸少年は、艇がいまどんな危険な状態にあるかということを、すこしも知らぬらしい顔つきで、しきりに無電機械を調整しつづけている。地上との通信が切れたのは、彼自身のせいだと思って、一生けんめい直しているのだった。
 もう一人の搭乗者たる帆村荘六は、さっき大きな声で、「魔の空間」へ近づいたと叫んだ頃は、しきりにさわいでいたが、いま見ると、彼は手帳を出して、その中に何か盛んに書きこんでいる。これまた山岸少年におとらぬ落着きぶりだ。
 山岸中尉は、ほっと息をついた。いま部下の二人が、あんがい落着いていてくれることは、たいへんありがたい。いまのうちに、死の覚悟をといておこうと思った。中尉の観測では、自分たちの生命は、あと十五分か二十分ぐらいだろうと思った。
「総員集れ」
 と、中尉が叫ぶと、山岸少年は、はっと顔をあげて、耳から受話器をはずした。その目は、さっと不安の色が走った。
「兄さん、どうしたんです」
「ばか。電信員、用語に注意」
 山岸中尉は、こんな場合にも注意することを忘れなかった。
 帆村は手帳を持ったまま席を立ち、中尉のそばへ行こうとしたが、ちょうど山岸少年が通りかかったので、彼に狭い通路をゆずってやった。
「本艇はただいま大危難にさらされている。死の覚悟をしてもらいたい」
 中尉はふるえていた。
「お待ちなさい――。いや機長、意見をいわせてください」
 と、帆村がいった。
「よろしい。何でもいってよろしい」
 中尉は、帆村の意見も、この際何の役にも立つまいと思った。
「機長。私は、私たちがいま生命の危険におびやかされているとは考えません。いや、むしろぜったいに安全だと思うのです」
「なぜか。説明を……」
「いや、そんなことは後で話をしましょう。それより目下最も大切なのは、本艇が積んでいる、成層圏落下傘と投下無電機です。こればかりは敵に渡さないようにして下さい」
「敵、敵とは……」
「いまの二種のものは敵の目をくらますために、糧食庫の底へでも入れておいた方がよくありませんか」
 帆村は、中尉にはこたえないで、自分のいおうとすることだけについて語った。
「敵とは誰ですか、帆村さん。アメリカ人ですか」
 と、山岸少年がたずねた。少年もいっこうわけがわからないといった面持(おももち)だ。
「敵といえば、わかっているよ。例の緑色の怪物だ。いや、ここでは緑色の衣裳(いしょう)をぬいでいるかもしれないが……。しかし、少くともわれわれのいるここへ来るときは、例の服装でいるだろう」
「ああ、あいつですか。鉱山の底で死んだふりをしていた。青いとかげの化物みたいな奴……。大きな目が二つあって、頭に角が三本生えている、あのいやらしい怪物のことですか」
「帆村班員はほんとうにそう思っているのか。いったいそれはどういうわけで……」
 と、山岸中尉も、思わず声を大きくして帆村の方へすり寄った。
「これは別にたいした予言でもありませんよ。なぜといって……」
 と、帆村は途中で言葉をとめてしまった。
「帆村さん。早く話をしてください」
「話をするよりも、実物を見た方が早いよ。それっ、窓から外を見たまえ。例の緑色の怪物どもがおしかけて来たよ。ふふふ、これは面白い」
「えっ」
 山岸少年が窓の方へ目を走らせると、たしかに帆村のいったとおりだ。向こうからこっちへ、緑色の怪物が十四五名、肩を組んだようにしてぞろぞろと歩いてくる。そしてその先頭に立って歩いている一名が、手をあげて何か叫んでいる様子だ。それは山岸たちに向かって呼びかけているように思われる。
「総員戦闘準備……」
 山岸中尉は、いよいよ来るものが来たと思って、戦うつもりだ。
「待った。機長、はじめから戦うつもりでいたんでは、こっちの不利となりますよ。しばらく成行(なりゆき)にまかせてみようじゃないですか」
「いや、捕虜(ほりょ)になるのは困る」
「捕虜ということはないですよ。あの緑人どもは、われわれ地球人類と話をしたがっているのだと思います。だから、私たちを大事にするに違いありません」
「どうかなあ」
「まあ、こんどだけは私のいうところに従ってください。そしてここをさよならするまでは、短気を出さないように頼みますよ」
「帆村班員は、よくそんなに落着いていられるなあ」
「なあに、私は大いに喜んでいるのです。緑色の怪物どもから、われわれのまだ知らない、宇宙の秘密をしゃべらせてみせますよ。とうぶん彼等を憎まず、そして恐れず、しばらくつきあってみましょう。その結果、許すべからざる無礼者だとわかったら、そのときは山岸中尉に腕をふるってもらいましょう」
「竜造寺兵曹長の、安否をはやく知りたいものだ」
「それは頃合をはかって聞いてみましょう。私は兵曹長が無事で生きているような気がしますよ」
 そういっているとき、緑鬼たちは、窓のところへ来て、外からどんどん窓をたたきはじめた。早くここを開けといっているらしい。
「ほう、外部の気圧は七百六十ミリになっていますよ。これはあの緑鬼どもが、ちゃんと空気を『魔の空間』へ送りこんで、私たちが楽に呼吸できるように用意しているのです。ですから、とうぶん生命の危険はないはずです。では扉をあけましょうか」
 と、帆村は心得顔(こころえがお)でいった。

   緑人ミミ族

 三人は、彗星二号艇から外へ出た。
 緑色の怪物たちは、とびかかって来る様子もなく、おだやかに迎えた。
 帆村は山岸兄弟よりも前に出た。そして緑色の怪物の中で、隊長らしく見える者の方へつかつかと寄った。
「せっかくあなたがたがよんでくださったものですから、やってきましたよ」
 帆村は大きな声を出して、日本語でいった。山岸少年がびっくりして帆村の横顔をうかがった。
 すると緑色の怪物たちは、急にざわめきたち、額(ひたい)をあつめて何やら相談をはじめたような様子であった。
 山岸中尉が帆村に向かって何か言おうとした。帆村はそれを手で制した。そして、「それは後にしてください」と目で知らせた。緑色の怪物たちがどう出るか、いまは最も大事な時であったから、むやみなことをいって、怪物の気持を悪くしてはいけないと思ったのだ。
 そのうちに、怪物は相談が終ったと見え、前のようにならんだ。そして隊長らしい者が、帆村の方へ歩みよった。
「あなたがいま言ったこと、わかりました。わたくしたちは、あなたのことばに満足します。これからいろいろ聞きますから、返事をしてください」
 彼は日本語でしゃべった。それは妙なひびきを持った日本語であった。
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