宇宙の迷子
[青空文庫|▼Menu|JUMP]
著者名:海野十三 

「……で、ここはどこなんです。月世界でしょうか」
 月世界にこんな生物が住んでいるはずはないと思いながらも、とにかくそれをきいてみないではいられなかった。川上ポコちゃんは、相ついで起る怪奇とふしぎに自分の頭の力に自信がなくなった。
「ここは月世界ではありません。リラリラ星と名づける遊星(ゆうせい)の上です」
「リラリラ星ですって。月世界でも地球でもないんですね。火星でも金星でもないんですか」
「そんなものではない。ジャンガラ星です。ジャンガラ星とは、この国の言葉で、『宇宙の迷子星(まいごぼし)』という意味です。わかりますか」
「さっぱりわかりませんね。ジャンガラ星なんて遊星があることなんか聞いたこともありません。もちろん宇宙旅行の案内書にも、そんな名は出ていなかった。きみはでたらめをいってるんじゃないでしょうね」
「でたらめなもんですか。そのしょうこに、きみは、げんにこうしてわがジャンガラ星の上で呼吸をし、ジャンガラ星の人間で.あるわたくしと話をしている。これでわかるでしょう」
「いや、なかなかわかりません」
「じゃあ、きみにわからせるためには、どういうことをしたらいいか……」
「それはこうすればいい。早くぼくを外へつれ出して、ジャンガラ星を案内してください。さあ、すぐ出かけましょう」
「だめです。出かける前に、きみは歩き方から練習しなければならない。でないと大けがをするにきまっている……。出かけるのは、もっともっと先のことです。とうぶん、そこに寝ているがいいです」
 そういうと、植物学者カロチは立ち上って、すたすたと部屋を出ていった。第三の手で、はげ頭のてっぺんをごしごしかきながら……。


   くしゃみ事件


「これが夢でないとすると、たいへんなことになったもんだ」
 川上のポコちゃんは、白雲のような寝床の上にひとり取り残されて、ひとりごとをいった。
 夢ではない。ほっぺたをつねれば、たしかに痛いし、手で鼻と口をふさぐと息がつまる――。すると、ジャンガラ星とかいう遊星の上にいることはほんとうらしい。
 しかしジャンガラ星なんて、全く耳にしたことがない。もしそんなものがあるなら地球上の天体望遠鏡に見えるはずだ。第一、わが太陽系の諸遊星のうちで、空気のあるのは地球と火星だけだといわれているではないか。その他の星には空気がなく、こうして安楽に空気を呼吸していられないはずである。まことにふしぎといわなければならない。
「ああわかった。いつのまにか地球へまいもどったんだ。そしてぼくらの友だちが、ぼくをおどかそうと思って、あんなふうにキューピーのばけものみたいな仮装をつけて、ぼくをからかっているんだ。それにちがいない……。それに、あのカロチとか名乗る植物学者は、日本語をじょうずに話しているじゃないか。地球以外の星で、いきなり日本語がわかったり、日本語で話したりするはずがない。そうだ。ここはもとの地球なんだ。この部屋の外には、おおぜいの友だちが、腹をかかえて笑っているんだろう。はははは」
 ポコちゃんは、とつぜんそういう結論をこしらえあげた。そしてかれは寝床をけってはねおきた。
「あれっ」
 きみょうなことが起った。それは思いがけないことだった。かれはそんなことをしたつもりではないのに、かれのからだは、すっと上にあがり、足が寝床からはなれて三メートルばかり上へあがった。
 それから、からだは、しずかに下りてきて、ふわりと寝床に足がついた。自分のからだが、目にははっきり見えながら、からだの中は空気ばかりになったような、きみょうな身がるさをおぼえた。
「へんだね、これは……」
 ポコちゃんは、小さい目をぱちぱちさせて、からだのまわりを見まわした。べつに風船がからだについているわけでもない。だれか、自分をそっと引っぱりあげ、そしてふわりとしずかにおろしたわけでもない。
「あっ、この寝床の中に、すてきなスプリングが入っているせいかな」
 ポコちゃんは寝床から下りた。そして手で寝床のスプリングをおしてみた。しかしスプリングらしいものは、指先にさわらなかった。
「このへやが、どうもおかしい」
 いやに天井(てんじょう)の高い、まっ白なへやである。出入りの扉が一つあるほかには、画にかいたようなかんたんな窓がいくつかついている。そのほかにはなんにもない。
 その窓から、外をみてやろうとポコちゃんは思った。そこでかれは一足二足、窓の方へ歩き出した。ところが、とたんにかれは足をすべらした。べつにそんなに力を入れたつもりでもないのに、足はつるつると前にすべり、かれのからだは中心をうしなって、どたんと背中を床(ゆか)にぶつけた。そしてからだは、足を上にしたまま、すごい勢いで窓の下のかべの方へすべって、かべにぶつかった。
 と、かべに足がめりこんだ。いや、からだもいっしょにめりこんだ。いや、そうではない。かべがポコちゃんのからだにおされて、外へ向けて帆のようにふくらんだ。
「うわははは……」
 笑ったのではない。恐怖の声をポコちゃんは出したのだ。かたいはずのかべが、まるでゴムの布(ぬの)のようにまがるなんて、これはばけもの屋敷にちがいない。
 ポコちゃんは、あわてて起きあがった。そして戸口の扉をひらいて外へにげ出す決心をした。かれは足をひきながら、戸口の方へすりよった。
 そのとき戸口の扉が外に向かって、ぱっと開いた。さっきのカロチ教授が、おどろいた顔で部屋へとびこんできた。
 だがこのとき、外からの冷たい空気が、ポコちゃんの鼻の穴へ侵入してくすぐったので、かれはたまらなくなって、でっかいくしゃみを一つした。
「はっくしょい!」
「ケケッ」
 カロチ教授は、きみょうなさけび声を戸口にのこすと、そのからだは、あらしにまう紙だこのように、くるくるとはげしくまわりながら、はるかにはるかに遠くへ吹きとばされ、やがて姿は見えなくなった。
 思いがけないポコちゃんのくしゃみの偉力(いりょく)だった。
 ポコちゃんは戸口にぺったり、しりもちをついたまま、ぽかんとして石のように動かない。何事が起ったのか、ポコちゃんにはさっぱりのみこめないのだ。


   なぜ滑(すべ)るのか


「へんだなあ。さっぱり、わけがわからない」
 ポコちゃんは、ふしぎそうに、まゆをひそめて、けしとんでいったカロチ教授のゆくえを目でさぐってみる。
 戸口から見える前方の景色は、はばのひろい白い道が遠くまでつづき、その両側にきみょうな林がある。その林は、あたまの重そうな植物のあつまりでできている。その植物は背がずいぶん高くて、大きなケヤキの木ほどもある。しかし、ケヤキとはちがい、あんな太(ふと)い幹(みき)はなく、細くてつやつやした幹がまっすぐに立っている。幹が細いかわりに、葉っぱはたいへん大きく、たたみを三四枚あわせたほどもある。それからこずえの上に、これも、たたみ何枚じきはありそうなばけもののような花が咲いているのであった。あぎやかな赤い花、すきとおるような黄いろい花、海をとかしたような青い花などが、そのかたちもいろいろあって、咲きみだれているのだ。
「へんな林だ。しかし、どこかで見たような気もする景色だ」
 そうだ、思いだした。地球の上ならどこにでも見られるあの草花るいを、かりに五十倍か百倍ぐらいに大きくして、それを集めて林にしたら、たぶんこのような景色になるかもしれない。とにかくきみょうな景色のジャンガラ星ではある。
「カロチ教授はどうしたのかしらん。これからいって、あの林の間を通りぬけ、カロチ教授がどうなったか、たずねてみよう」
 このきみょうな国にとびこんで、きみの悪いったらないが、カロチ教授はふしぎに日本語が通ずるので、どのくらい心強いかしれない。そのくらい頼みに思う教授が、糸の切れたたこのようにすっとんでしまって、いつまでたっても姿をあらわさないのであるから、気になって、しかたがない。
 ポコちゃんは、じゅうぶんに気をつけて起きあがった。さっきはどうして滑ったのかわからないが、こんどは滑らないようにと用心をして、ゆかの上を一足ふみだした――とたんにかれは、またすってんころりんと滑ってしまって、そのいきおいで、ゆかの上を氷のかたまりのように滑って走って、戸口から外へ……どすん!
 たしかに大地の上に、ポコちゃんはしりもちをついた。しかしおしりは、そんなに痛くはなかった。ふんわりとふとんのうえにしりをおろしたのと同じようであった。
 ポコちゃんは、きょろきょろとあたりを見まわした。空は青く晴れて、高いところにあった。太陽はぎらぎらと照りつけて熱帯の太陽のようであった。ふりかえると、今までポコちゃんのいた家があったが、それは白いクリームでこしらえた、みつバチの巣といったような感じだ。
 ポコちゃんは、もう一度じゅうぶんに用心をして腰をあげた。そしてしずかに大地に立った。そこでしばらく深い呼吸をして、気をしずめた。気がしずまったところで右足を高くあげた。まるで馬が前足をあげたように。それからその足をそっと垂直におろした。そのかっこうは、まるで川をわたるときの足つきそっくりだった。
「あっ、しめた。一足、ちゃんと歩けたぞ」
 たった一足だけ滑らないで歩けたことが、ポコちゃんにとっては大きなよろこびだった。そのちょうしで、彼は用心ぶかく、つぎの一歩をそれからまたつぎの一歩を、白い道路の上にふみだしていった。
 が、また、すってんころりんと、ころんでしまった。そのわけは、ポコちゃんにはわかっていた。すこしゆだんをして、うっかり大地をけるように足を使ったのがいけなかったのだ。とたんにつるり、すってんころりであった。
「なんという道路だろう。まるで油をぬってあるように滑っちまう。しかし油なんか、けっしてぬってないんだがな」
 道路を手でなでてみたが、油をぬったようにぬらぬらはしていないで、やはり大地はがさがさしていた。
「ふしぎだなあ。なぜ、歩くときだけ、滑ってしまうんだろう」
 このことは、後になってはっきりわかった。それはこのジャンガラ星は重力が非常に小さい星であるために、摩擦(まさつ)もまた小さく、したがって地球の上を歩くような力の入れかたをしたのでは、すぐ滑ってしまうのだ。ジャンガラ星はたいへん小さくて月の一万分の一しかない豆粒星(まめつぶぼし)であったのだ。
 そしてついでに書きそえておくが、このジャンガラ星はビー玉のように球形ではなく、乾燥したグリーン・ピースの、おされてすこしいびつになっているそれによく似ていた。そのことがジャンガラ星の宇宙運航の軌道(きどう)を、いっそう、きみょうなものにしているのだった。
 そのことについて、もっとくわしく説明すると――いや、説明は中止だ。なぜといって、今空から一人の人間が、浮力(ふりょく)を失ったゴム風船みたいに、ふわりふわりと下りて来るではないか。しかもそれはポコちゃんがえんこしているすぐ前に下りてきそうなのだ。
 どうしたんだろう。あまくだる怪しい人かげは、いったい何者であろうか。


   あまくだる人かげ


 あまくだる人かげの、みょうな姿よ。
 ポコちゃんは、それに気がついて、ぽかんと口をあいてあまくだる人かげを見まもっている。
「空から人間が降ってくるとは、へんだぞ。翼(つばさ)も生えていないようだし、落下傘(らっかさん)を持っているわけではないし、なぜあんなにふわふわと、ゆっくり下りて来られるのかなあ。おや、このへんへ落ちてくるぞ」
 まるで花火がうちだした紙製の人形のように、その人かげは風にのったまま、地面に対してななめにすうっと着陸した。と思ったら、とたんにごろごろと転(ころ)がりはじめて、約二十メートルを転がって、ちょうどポコちゃんの前まで来た。
 ポコちゃんはあわてて相手をつかまえてやった。
「どこか、けがをしなかったかね」
 と、相手に声をかけながらよく見ると、なんのこと、それはジャンガラ星人のカロチ教授であったではないか。
「川上君。くしゃみをするときは、こっちを向いてやらないで下さい。わしはもう呼吸がとまるかと思った。すごいくしゃみを君はするんだね」
 カロチ教授は、三本の手でしっかりとポコちゃんの腕をつかみながら、うらめしそうにいった。
 聞いているポコちゃんは、顔があつくなった。
「あなたを、くしゃみでふきとばすつもりはなかったんです。悪く思わないで下さい。あなたのからだは軽いんですね」
「君のくしゃみのいきおいがはげしすぎるのだよ。あっという間に、からだがくるくるとまわって、地上から千メートルも高い空までふきとばされちまったからねえ。ほんとにもうこれからは気をつけてくれたまえよ」
「はいはい。気をつけましょう」とポコちゃんはていねいにあやまった。
「しかしあなたのからだは、どうしてそんなに軽いのですか」
 ポコちゃんは、えんりょのない質問をした。
「それは生まれつきだよ。ちょうど、君たち地球人が、いやに重いからだをもっているのと同じことさ」
 カロチ教授は、大きな目玉をぐりぐりさせていった。
「なるほどねえ」ポコちゃんはうなずく。
「しかしぼくは、さっきから歩こうとして滑ってばかりいるんです。どうしたわけでしょう」
「そりゃ君が、あまり足に力を入れて歩くからさ。君はもっと歩き方を練習しなくてはならない。でないと、おもしろいところへ案内できないからねえ」
「なるほど」
 ポコちゃんは同じことばをくりかえして、カロチ教授にうなずいてみせた。
「あなたはたいへん親切ですね。カロチ教授。そこでもっとおたずねしてよろしいですか」
「どうぞ。答えられることは答えましょう」
 教授もポコちゃんも、道路の上にすわりこんでしまった。タンポポのおばけみたいな木のかげが長くのびて、かたむいた太陽がぎらぎらと光る。いやに日が短い。
「まず知りたいのは、こんなりっぱな星があるのを、天文学者はなぜ知らないのでしょうか」
「すぐれた天文学者なら、みんな知っているよ、このジャンガラ星のことをね」
「いや、ぼくはジャンガラ星のことを天文学者から聞いたこともないし、本で読んだこともありませんがね」
「そりゃわかっている。地球の天文学者たちはみんな天文の知識が低いんだ。だい一このジャンガラ星を見わけるほどの倍率(ばいりつ)をもった望遠鏡さえ持っていないんだからねえ」
「ははあ、そうですか」
 ポコちゃんは顔が赤くなった。カロチ教授から、地球の学者は、知識が低いなどといわれると、自分まで文化の低い生物といわれたようで、はずかしくなる。
「われわれ地球人よりも、あなたがたの方がずっと知識が進んでいるのですね」
 そうでもなかろうが、カロチ教授がどう答えるかと思い、そう聞いてみた。
「そのとおりだ」教授は、はっきり答えた。
「その証拠(しょうこ)としては、たとえばわしは君たち日本人種の使っている日本語がよくわかるし、またちゃんと日本語で君と話をしている。しかし君はジャンガラ星語は知らない。わしは日本語の外(ほか)、アメリカ語でもフランス語でも何でもよく話せる。わしだけではない。わがジャンガラ星人なら、みなそうなんだ。われわれは地球人の知能のあまりにも低いのに深く同情する」
「な、なアるほど」
 ポコちゃんは小さい目をぐるぐるまわして消えてしまいそうであった。ジャンガラ星人はたしかに地球人類よりずっと高等生物らしい。「人間は万物の霊長(れいちょう)だ」などと、いばっていたのがはずかしい。


   迷子星自伝(まいこぼしじでん)


 カロチ教授が手を貸してくれて、ポコちゃんをささえながら、歩き方をおしえてくれた。そのおかげで、ポコちゃんは、ようやく滑らないで歩けるようになった。
 教授は、ポコちゃんに散歩をすすめた。散歩をしながら、知りたいことをたずねてよろしいということだった。
「あなたは、まさか地球へ来られたことはないんでしょうね」
 おばけの草花の林にそって、ポコちゃんは教授と歩きながら、ふとそのことをきいた。
「そうだね、わしが地球旅行をしたのはわずか十四五回ぐらいのもんだ」
「ええっ、なんですって、十四五回も地球へおいでになったんですか」
 ポコちゃんは、おどろきのあまり、自分の心臓がとまったように感じた。
「そのうち、日本を通ったのが三回だと記憶している」
「ほんとうですかねえ、失礼ながら、ぼくたちは、そんなニュースを一度も聞いたこともないし、あなたがたが銀座通りを歩いていられる写真を見たこともありませんが……」
「わしたちは無用に地球人をおどろかしたくないから、いつも地球人には見つからないように用意をしていくんだよ。そしてね、わしたちは地球をてっとり早く調査してだいたいのことはわかってしまったのさ。日本語だって、わしが二時間ばかりかかってすっかり調べあげて来たのさ。それをもととして、ほらこのとおりしゃべれるようになったのさ。わしの日本語の発音はまずいかね」
「いえ、どうしまして。なかなかおじょうずですよ。しかしどうして二時間ぐらいで日本語がすっかりわかっちまうのかなあ」
「それはね川上君、君たち地球人の低い頭能では説明してあげても、すぐにはわからないだろう。が、ちょっとだけいうとね、地球ではまださっぱり研究に手をつけていないが電波生理学というものがあって、それを使うとかんたんにできることなんだ」
「そうですかねえ」
 ポコちゃんは、そういうよりほかなかった。電波生理学なんて知らない学問だ。
「そうすると、とにかくあなたがたジャンガラ星人は、ぼくたち地球人より知能が進んでいるようですが、いったいどうしてそんなにかしこいのですか。あなたがたの方が地球人よりも年代が古いのですか」
「たいして年代が古いわけでもないがね。地球では、今から約七十五万年前に、サルからわかれて猿人(えんじん)が現れた。その後いろいろな猿人が現れ進化していったが、五十万年たったどき、新しく君たち人類の先祖がその中から現れた。それがだいたい今から二十五万年前だ。そうだったね」
「そうですね」
「ところがわしたちの先祖は、今から約三十万年前にガラガラ星の上に現れたんだ」
「ガラガラ星ですって」
「そうだ、ガラガラ星だ」
「ジャンガラ星ではないんですか」
「それとはちがう。始めはガラガラ星といって、たいへん大きな地球ぐらいの星だったんだ。ところが今から八千年前にそのガラガラ星は彗星(すいせい)と衝突してこわれちまった。そのとき砕(くだ)けた小さな破片(はへん)が、このジャンガラ星というものになったんだ。ジャンガラ星の大きさは――そうだ。日本の伊豆の大島よりは大きいが、淡路島(あわじしま)よりは小さいくらいだ。豆粒みたいな小さい星だ。そしていまだに宇宙をふらふら迷子になってとびまわっているという、きみょうな星なのさ」
 カロチ教授の話は、じつにかわった話であった。感心してしまったポコちゃんは、声も出ないで教授の異様な顔を見つめている。その教授は、話をするとき手をさかんに動かす。ことに第三の手――つまり背中からはえている手を、風に吹かれているのぼりのように休みなく頭の上や顔の前に動かして語る。
「それはそれとして、われわれ星人のことだが、今もいったように、われらの先祖は約三十万年前に地上へ姿を現した。君たちより約五万年は早いわけだ。われわれの先祖が出る前は、海にすんでいたんだ。われらの先祖は海からはいあがって、陸上で生活するのを主とするようになった。そのころ、われわれにはこの第三の手が出来ていたんだ。これは背びれから進化して、こんな手になったんだよ」
 そういってカロチ教授は、第三の手を伸び縮みさせながら、おもしろそうに動かしてみせた。そしていった。
「君たちは、こんな便利な手を持っていないので、まことに気のどくだね」
 ポコちゃんは、かえすことばもなく、カロチ教授の前にすくんでいる。
 いよいよきみょうなジャンガラ星である。つぎはどんなことにおどろかされるのだろうか。星人はどこまで人類より高等なのであろうか。ポコちゃんは、どんなめにあうか。千ちゃんはどうしているのか。


   すごい計画


 ポコちゃんの川上一郎と、ジャンガラ星のカロチ教授とはかたをならべてあるいたが、そのうちに二人は、小高い丘をのぼりきった。そこでポコちゃんは、はじめてお目にかかる、いようなジャンガラ星の風景におどろきの声をあげてしまった。
「やあ、すごいなあ。地平線があんなにまるくまがってらあ」
 なにしろ小さいジャンガラ星のことであるから、丘の上に立つと、星が球形(きゅうけい)になっているのがわかるのだった。りくつから考えるとあたりまえのことだが、じっさいにそれを目で見ると、きみょうなながめであった。シャボン玉の上にのっているような気がする。
 地形(ちけい)は起伏(きふく)があり、多くは、れいのタンポポみたいなふしぎな木がむらがって樹海(じゅかい)をつくっている。その間に、ハチの巣のような家がてんてんと散らばっている。おとぎの国へきたアリスのような気がするポコちゃんだった。
 右手よりに、タンポポの樹海のこずえ越(ご)しに巨大なラッパの頭のようなものが大小十何個、ぬっと出ている。まん中にあるものがいちばん太く、そのまわりに並んでいるものは外がわへいくほど細くなっている。ラッパだろうか。いやあんな大きなラッパがあるものか。では、煙突であろうか。煙突にしては、形がへんだし、あんなに一つところにあつまっている煙突なんて話に聞いたことがない。まるで、キノコがかたまってはえているように見えるそれは、まぶしく金色に光っている。
「あれは何ですか、カロチ教授」
 川上は、そばに立っている教授にきく。
「ああ、あれですか。あれはいま建設中の噴気孔(ふんきこう)です」
 教授は、大きな目玉をぐるっと動かして川上の方をみる。
「噴気孔ですって。それは何をするものですか。煙突ではないのですか」
「煙突ではない。噴気孔というのは、あそこから強いガスをふきだすのです」
「なんのためにそんなことをするのですか」
 ロケットじゃあるまいし、ガスを空へふきあげてどうするのであろうか。むだではないか。
「ロケットというものを知っているでしょう。あれですよ」
 教授のことばは意外だ。
「ロケット? どこにロケットがあるのですか。ロケットの噴気孔なら、空に向いていてはおかしいですね。ロケットの噴気はおしりから出るんだから、あのかたちではロケットは空へとびあがるどころか、ますます大地の中へもぐりこむではありませんか」
「ふふふ」と教授は笑った。
「あれでいいのです。なぜといって、あの噴気孔からガスをふきだせば、このジャンガラ星が前進するのです。おわかりかな」
「ええッ、なんですって」
 川上は、おどろいて聞きなおした。
「つまり、このジャンガラ星が自力で宇宙を旅行することができるように、あれをいま取付け中なんですわい。そうでもしないことには、ジャンガラ星はいつまでも月の周囲をぐるぐるまわっている劣等星(れっとうせい)でがまんしなければならぬ。それでは、われわれはとても満足できないですからね」
 教授は、大きな計画を語った。川上はすっかりおどろいてしまった。
「でも……でも、いくら豆つぶみたいな星でも、星を動かすには、たいへんな力がいるわけでしょう。その原動力はどうしますか」
「知っているじゃないですか、川上君。原子力というものを使えば、そんなことはわけなくできる」
「ははあ、あなたがたもやっぱり原子力を利用されますかね」
「原子力利用は、われわれ星人の方が地球人類よりも、やく百年前にはじめました」
「百年前ですか。ずいぶん前のことですね」
「いや、百年なんか、ほんの短いものだ。地球人類よりも五万年もさきに生まれたわれわれ星人が、原子力を利用することでは、人類よりもわずか百年しか先んじなかったことを、むしろはずかしいと思いますね」
 教授は、地球人類に敬意を示しているようだ。
 そのときポコちゃんは、重大なことを思いだした。
「もしもしカロチ教授。ぼくの仲間の千ちゃんを知りませんか、山ノ井君のことですがね。ぼくと一しょにカモシカ号というロケットに乗って、このジャンガラ星の上に不時着したはずなんですが……」
 教授はしばらくだまっていた。その末に、つぎのようにこたえた。
「山ノ井は悪い人間だ。かれは、いま追跡されている。まだつかまらない」
 なんという意外な話だろう。ポコちゃんはあきれてしまって、すぐには口がきけなかった。なぜ千ちゃんは悪人だと思われているのか。


   カモシカ号のさいご


「なぜです。どうしたというんです。千ちゃんはどんな悪いことをしましたか」
 ただ山ノ井少年にたよる気持でいっぱいの川上ポコちゃんだった。そのなつかしい友の消息がわかったのはうれしいが、この星人たちから悪人だと思われているとは、なんという残念なことだ。
 このジャンガラ星から脱出するのには、千ちゃんがいてくれて、二人で力をあわせるのでなければ、とても成功はのぞめない。ことに機械学や天文学のことになると、千ちゃんがくわしいので、ぜひいてもらわないと困る。その千ちゃんが、ジャンガラ星人に追われているとは、なんということだ。
「ああその……つまり山ノ井なる地球人は、貴重なる多数の生命をうばった、にくむべき凶悪犯人(きょうあくはんにん)である。しかもいまなお、かれは暴行をはたらいている。かれのためにうばい去られた生命は、ますますふえつつある。……どうです。なんとポコちゃん、あの人間は凶悪なるやつではありませんか」
 カロチ教授から聞いた話は、川上にとってはまったく意外だった。あのおとなしい千ちゃんが、そんなひどい人殺しをするとは、どうしても考えられないのだった。
「ほんとうですか、それは……」
「もう何もかも君に話します。まったくほんとうなのです。悪人山ノ井はとらえられた上、極刑(きょくけい)に処(しょ)せられるでしょう」
 極刑だって、極刑といえば死刑だ。ああ、、それはたいへん。いちばんの仲よし、そして二人で力をあわせてこの天のはてまで旅をつづけてきたのに……。千ちゃんを死刑台へ送ることはできない。なんとかして助けたいものだ。
「ぼくたちが乗ってきた宇宙艇カモシカ号は、いまどうなっていますか」
 川上は、教授のへんじはどうであるかと胸をおどらせた。
「カモシカ号は、空から落ちてくる前から火を発していたが、地上にはげしくつきあたると同時に、すっかり、ほのおにつつまれ、みるみる焼けてしまったですよ」
「ええッ、すっかり焼けおちましたか」
「火が早くて消すことができなかった。きみと山ノ井を救い出すのが、ようやく、まにあったというわけです」
「山ノ井も救いだされたのですか」
「そうです。しかしかれは、きみのようにけがをしていないから、われわれが救い出すと、すぐ逃げてしまったのです。林の中へね」
「はあ、そうですか。なぜ逃げたのかな」
「逃げることはないと思います。われわれに感謝をしていいはずです。ところが、そのまま逃げてしまった。そして暴行をはじめた」
「どうもわからないなあ。なぜ千ちゃんがそんなことをしたのか」
 ひょっとすると、千ちゃんは気が変になったのではあるまいか。川上はそう思って身ぶるいした。
「君たちの乗ってきた乗物の残骸(ざんがい)は、こっちの方角にあります。あの道を行って丘を二つほど越したところです。だいたいいまわれわれが立っているむこうがわになります」
 教授の指さしたのは左であった。噴気孔(ふんきこう)が立っているところと九十度ほどちがう。
「カモシカ号の残骸は、どんなになっていますか。すこしは形がのこっていますか」
「全体は、平(ひら)ったく地にはりついています。そしてところどころこぶのようにもりあがっていますね。みんなまっ黒こげですよ」
 なさけないことを聞くものだと、ポコちゃんは思わずためいきをつく。
「ふうん」
「お気のどくですね」
「カロチ教授。ぼくをそこへ案内してくださいませんか。カモシカ号の残骸をとむらいたいと思いますから」
「よろしい。すぐ行ってみましょう」
「でも遠いのでしょう。どのくらい時間がかかるんですか」
「そうですね。君がぴょんぴょんとんでいくなら、三十分もかからないでしょう」
「ぴょんぴょんとんで三十分?」
「そのかわり、きみはわしをいっしょにつれてとんでもらいましょう。そうでないと案内ができない」
「つれてとぶとは、どんなことをするんですか」
「せなかにおんぶしてもらってもいいし、あるいは手をひいて、とんでもらってもいい」
「せなかにあなたをおんぶするのはきみがわるいから――いや、えへん、えへん」とポコちゃんはうっかり口をすべらしたのを、せきをしてごまかし「手をひいてとぶことにしましょう」
 川上はカロチ教授の手をとって、いわれるとおりに大地をけってぴょんととんだ。するとあらふしぎ、川上のからだは打上げ花火のようにすうっと空へとびあがった。緑の樹海が足の下をうしろへ走るようだ。やがてからだはだんだんおりてきて、タンポポの林の中に足がついた。
「そら、そこでまたとんだり」
 教授がさけんだ。
 ポコちゃんは、また一けり、大地をけった。からだはふたたび空中へまいあがる。なかなかいい気持だ。こんどは気がおちついてきたので、うしろをふりかえった。教授がポコちゃんの手をはなすまいといっしょうけんめいにぎって、歯をくいしばってとんでいる。第三の手が、とばされた帽子のように、あとの方にふきとばされている。
「これはゆかいだ。こんどはもっと高く、うんと遠くまでとんでやろう」
 ポコちゃんはまた強く大地をけった。


   樹海(じゅかい)に土煙(つちけむ)り


 そんなことを十四五回くりかえしているうちに、川上と教授は、ジャンガラ星の上をどんどんまわって、やく十キロあまりとんだ。
 赤土の沙漠みたいなところをとびきった。つぎはうすい緑色のまるい大きな葉が地上にはっていて、それに赤い花がついている野原に出た。その野原をとび越すと、こんどは丘がつづき、また元のようなタンポポみたいな樹海となった。
 その樹海のまん中から、しきりに煙りがあがっている。
「ちょっとお待ちなさい」
 樹海の入口のところの野原で、カロチ教授はポコちゃんの手を強くひっかいた。
「待てとは、なんですか」
「あの土煙りが見えるでしょうねえ。さかんに林の中からたちのぼっているあのすごい土煙りが、きみにも見えるでしょう」
 あれなら、ポコちゃんは、さっきから気がついている。
「見えますとも。あれはなんですか」
「あそこですよ。悪人山ノ井があばれているのは。あれあれ、さかんに貴重な生命をうばっている。おそるべき殺害者(さつがいしゃ)だ」
「ほう、あそこに山ノ井君がいるんですか」
 川上はおどろいて、林の中からあがる土煙りを見なおした。林の中から、土煙りのほかに空の方へ向かってとび出してくるものがある。それこそカロチ教授がいうとおり、貴重なる生命をうばわれた死体の一部分なのであろうか。ばらばらの手足がとび散っているのであろうか。気が変になった千ちゃんが、ジャンガラ星人とたたかって、手あたりしだいに相手のからだをひきちぎってなげとばしているのであろうか。川上はどきどきする胸をおさえて、林の上にとびだしてくるものに目をすえた。
(はて、べつに手足のようなものも見えないぞ。星人の首らしいものも見えない。なんだか葉っぱや、えだや、花がちぎれて、とんでいるようだが、殺された星人のからだはちっとも見えないじゃないか)
 川上は、そう思って、ふしんの首をひねった。
「あれあれ、あのとおりだ。かわいそうに、ばらばらにひきさかれて、さかんにとばされる。ああ、おそろしい」
 カロチ教授の大きな目から、涙がぼろぼろとおちる。
「もしもし、カロチ教授」
「おお、なんですか」
「あなたにはばらばらになってとぶ死骸が見えるのですか。ぼくには何も見えませんですよ」
「見えない? そんなことがあるものか。あれあれあれ、あのようにとばされている」
「あれは葉っぱじゃありませんか。花もとんでいますけれども……。あれはみんな植物じゃありませんか。ジャンガラ星人の死骸なんかてんで見えないです」
「き、き、きみはへんなことをいう。植物にもちゃんと生命がある。あれが暴行でないと、きみはいうのか」
 カロチ教授のようすが、急にけわしくなった。川上には、まだ事情がよくのみこめない。
「もしもし、教授、気をしっかり持ってください。冷静になってください。あんなことをやっているのが山ノ井君だとしても、山ノ井君はべつに殺人のような悪いことをしているのではない。たかが植物をちょん切って、なげつけているんじゃありませんか。大したことではない」
 すると教授は、顔から目玉を半分ばかりとび出させて、身をひいた。はげしいおどろきにうたれたらしい。
「おお、おそろしい。君も山ノ井におとらぬ悪人だ。植物の生命をとるのが平気だとみえる。そんなおそろしい心の人間にはつきあえない」
 教授のことばに、こんどは川上の方がびっくりしてしまった。なんということだ。ジャンガラ星人は、植物の生命をそんなに重く考えるのか。しかし花の首を一本ちょっと切り落したくらいで極刑になってはたまらない。どうして山ノ井千ちゃんを救ったものか。ポコちゃんは大こまりであった。
 その間にも、千ちゃんは樹海の中であばれているらしく、いよいよさかんに林の上に葉っぱや花の枝が投げあげられる。
(そうだ。一刻も早く千ちゃんに会って、植物を切りたおすことをやめさせなければならない)
 ポコちゃんは、ようやくそこに気がついた。そこで教授に、そうすることを話してしばらくの時間を待ってくれるように頼んだ。しかし教授は、さっき[#「さっき」は底本では「さつき」]と変って、もういい顔をしない。にくしみにみちた目で川上をにらみつける。そこで川上は、しかたなく教授の前をだまってはなれた。そして一足大地をけると、土煙り、葉煙りのあがる林の中へとんでいった。
 いったい千ちゃんは、なぜそんならんぼうをはたらいているんだろうか。


   再会


 なつかしい友の姿を、樹海のうちに発見した。しかしその友は、すっかりのぼせあがって、まっかな顔をして、鉄の棒らしいものでまわりの草木をなぎたおしている。それを遠くからとりかこんで、このジャンガラ星人(せいじん)たちがわいわいさわいでいる。
 かけつけた川上少年は、この場のすさまじいありさまに、何から手をつけたらいいのか、ちょっと迷った。こんなことなら、カロチ教授の手をひっぱって、ここまでとんでくればよかったと思った。
 さかんにはやしたてる星人たち。みんな怒(いか)りの絶頂(ぜっちょう)にあることは、その顔色がエビガニのように赤黒くなっていることによっても知れた。かれらは、だんだんと包囲の陣をちじめて、つかれをみせている山ノ井にせまっていく。このままでは、たいへんなことになる。川上少年は決心をして、もうひととびとんで、山ノ井のそばへおりた。
「千ちゃん。いったいどうしたんだい」
 川上は、山ノ井のうしろへよって、肩をたたいた。山ノ井は、はっと身をちじめ、おそろしそうに、うしろをふりかえった。が、その目はきゅうにかがやいた。
「おおポコちゃん、ポコちゃんじゃないか。それともぼくは夢を見ているのか……」
「夢じゃないよ。ほんとうだよ。ほっぺたをつねってみな、いたいから」
「待て待て」山ノ井は自分のほおをぎゅっとひねった。
「あいたたた。これはほんとうだぞ。よう、ポコちゃん。よくきみは生きていたね」
「生きているさ。ぼくが死ぬなんてことがあるものか」
「いや、ポコちゃんは死んだんだ。いや、殺されたんだ。殺されたところを、たしかにぼくは見たんだ。それは……」
 と、山ノ井がいいかけたとき、ジャンガラ星人たちが、びっくりするほどの近くできみょうな声を大きくはりあげた。
 山ノ井は、その方へけわしい目をむけ、星人たちをぐっとにらみつけた。
「来るなら来い。近よれば、この草や木同様、へし折ってくれるぞ」
 山ノ井千ちゃんは、鉄の棒をぶんぶんふりまわして、怒りのかたまりと化(か)している。
「千ちゃん。きみはなぜあの連中とけんかを始めたんだい。そのわけをきかせてくれない」
 川上はうしろから声をかけた。
「そのわけかい。そのわけは……」と山ノ井はちょっとことばにつまって、「……ポコちゃんが、こうしてぴんぴんして、ぼくのそばへ帰って来た今となっては、どうもへんなものだね」
「なにがへんなの」
「なにがへんだといって、つまりぼくはポコちゃんを、かれらの手からとりもどそうとして、ひとりでこうして奮闘(ふんとう)していたんだ。しかし、きみはぶじに帰って来たんだから、もうべつにけんかをしなくてもいいわけだけれど、なにしろさっきから両方でじゃんじゃんやったことだから、すぐやめるわけにもいかない」
「つまらないよ、そんなこと。すぐよした方がいいよ。それに、けんかなんて、いいことではないからね」
「そりゃわかっている。しかしかれらは、こわれたカモシカ号へずかずかはいって来ると、大けがをしているきみのからだを手荒くなぐりつけるやら、あのへんな手をきみの口の中へおしこむやら、らんぼうをしやがった。そしてぼくのとめるのをきかずに、大ぜいできみをさらっていってしまったんだ。ぼくはくやしいやら、腹が立つやらでね、すぐ追っかけようと思ったんだが、カモシカ号墜落(ついらく)のときにひどく腰をぶっつけて痛くて立ちあがれないんだ。それでぐずぐずしているうちに、きみをもっていかれてしまった。ぼくがあばれだしたのは、それから十五分もたった後のことで、きみはどこへさらわれていったのか、さっぱりわからない。くやしかったよ。そのときは……」
「それでわかった。ぼくはそれから連れられていってカロチ教授のかいほうをうけ、傷の手あてをしてもらい、命もとりとめたんだ」
「だって、きみはたいへんな傷をしていたよ。ああ、今思いだしてもぞっとする。しかし今見るときみは、そんな大けがをしたようには見えないじゃないか」
「うん。それはね。そのカロチ教授という人がたいへん医学の心得があって、うまくなおしてくれたんだと思う。なにしろこのジャンガラ星人たちは、ぼくたち地球人類よりもずっとすぐれた科学技術をもっているんで、われわれ人間がびっくりするような、大仕事をかんたんにやってのけるんだ。とてもかなわないや」
「どうもそうらしいところもある。しかし人間とちがうので、どうもつきあいにくいね」
「そうでもないよ。カロチ教授なんか、話がよくわかる星人だと思う。そういえば思いだしたが、きみのひょうばんはよくないよ」
「それはよくないだろう。けんかの相手だからね」
「それもそうだが、カロチ教授さえもきみをにくんでいたよ。きみが草木を切りたおすのが重い罪悪(ざいあく)だというんだ」
「えっ、草木を切りたおすのが重い罪悪だって。そんなわけのわからない話は聞いたことがない。ポコちゃんは聞いたことがあるかい」
「ぼくだって、もちろん聞いたことなんかありやしない。なぜだろうね」
「きみは、そのカロチ教授に、そのわけを聞いてみなかったのかい」
「うん、聞かなかった。だって教授は、そのときたいへんきげんを悪くしていたもんでね」
 そういっているとき、カロチ教授が、汗をふきふき林をふみわけて二人の方へ近よってくるのが見られた。教授が来たせいか、星人たちはきゅうにおとなしくなった。しかし安心はならない。


   仲なおりの宴(えん)


 カロチ教授をかこんで、山ノ井と川上とはいろいろと話をした。
 その結果、二少年と星人との間にもつれていた感情(かんじょう)がきれいにとけた。それはどっちにとってもさいわいなことだった。
 二少年が意外に感じたのは、このジャンガラ星の上では、植物の生命(せいめい)というものがひじょうに重く見られていることだった。それは地球の上でいうと、牛や馬、いやそれ以上に値うちのあるものとし、またかわいがらなくてはならないものとされていた。
 なお、そのわけについて、カロチ教授は、こんなふうにいった。
「見てもわかるでしょう。このジャンガラ星は、せまい上に、食料として大切な植物がほんのわずかしか生えていないのだ。われわれは、この植物をできるだけ大切にあつかい、これからのわれわれの生活をささえなければならないのです。いや、じっさい植物の補給がじゅうぶんでないために、われわれは近くこのジャンガラ星を運転して、もっとたくさんの植物が繁茂(はんも)している遊星へ横づけにしたいと思っている」
 二少年が見たところ、植物はそうとうしげっていた。これだけしげっていれば、よろしかろうと思うのに、教授はなかなか不足だといったのである。
「おわかりかな。だから山ノ井君が林の中であばれてさかんに木を切りたおしたでしょう。あれはわが星人たちを恐怖のどんぞこへなげこむとともに、憎悪(ぞうお)の絶頂へおしあげた。おわかりかな御両人(ごりょうにん)」
 なるほど、それでわけはわかった。しかし、この星人たちが、なぜおびただしい植物を持っていたいと思うのか、その理由がわからなかった。これについて山ノ井は教授につっこんでたずねた。
 すると教授は、こんなふうに答えた。
「古いお話をしなければならない。われわれジャンガラ星人の先祖は、じつは動物ではなくて植物なんだ。その植物も、陸の上に生えているものではなく、海水の中に発生した一種の海藻(かいそう)だったんだ。その海藻のあるものが、ふしぎな機会にめぐまれて、自分で動きだした。それからだ。この海藻が、ぐんぐんと高等生物になっていったのは。どうです、聞いていますかね」
 教授は大きな目をぐるぐるまわして二少年の顔を見た。
「ああ、聞いていますよ」
「ふしぎな話ですね。あなたがたが植物から出た動物とは? しかしへんだな、植物はどこまでいっても、植物であり、動物はどこまでいっても、動物でしょう」
 ポコちゃんは信じられないという顔だ。
「それはそうです。しかし動物も植物も、これをひっくるめて生物というでしょう。それから動物でも動かないものがあり、また植物でも動くものがあります。地球にあるものでいうなら、ホヤという動物は、岩の上にとりつくと、一生涯(いっしょうがい)そこを動かない。それに反して植物のハエトリ草はさかんに動きます。タンポポの実は風に乗ってとぶし、竹の根など、どこまでものびていく」
「ああ、そうか」
「それから鯨というほにゅう動物(どうぶつ)が、海中にすんで魚のような形になってしまったでしょう。それと似ているが、われわれの先祖の動く海藻はだんだんと魚のような形となり、それから陸上へあがるようになってから、こんどは動物の形に似てきたんです。もちろんそれまでには約四千万年の長い年月がかかった。おわかりかな。だからわれわれは、生活の上におけるいろいろな点において、今も植物に助けられている。ところがごらんの通り、ジャンガラ星の上には植物がとぼしくて、まことに心細くてならぬ。さあ、そこでわれわれはいよいよ宇宙さすらいの旅に出かけることになったのです。植物の豊富なほかの星を見つけるためにね」
 ジャンガラ星人の気のどくな境遇には、ふかく同情された。二少年もできるだけのちえをかすことを申し出た。
 その夜は、カモシカ号不時着以来、はじめての、にぎやかな宴会(えんかい)がひらかれ、星人たちと二少年とは、陽気にさわいで楽しんだ。


   大団円(だいだんえん)


「いよいよジャンガラ星は自力(じりき)で宇宙をとぶんだそうだが、いったいどこへ行くつもりだろうか」
 その夜ふけ、寝床(ねどこ)にはいった川上少年は、となりに横になっている山ノ井に話しかけた。
「さあ、どこへ行くのかわからないらしい。ほら、カロチ教授がいったろう。宇宙さすらいの旅に出るんだというから、あてはないんだよ」
「あてがないとは心細いねえ」と、川上もいつになく元気がない。
「いつになったら、地球へもどることができるのだろう」
「さあ、それもわからない。ジャンガラ星としては、わが太陽系に迷いこんで来てのことだから、わが太陽系なんかにみれんはないわけだ。だからわが太陽系にさよならをして、ずっと遠方のほかの太陽系へ行ってしまうかもしれないね」
「それじゃますます地球へもどれなくなるわけだねえ。千ちゃん、なんとかして早く一度だけ地球へ帰ろうじゃないか」
「うん。だがカモシカ号は、あのとおりこわれてしまって役に立たない。つまりぼくたちはこのジャンガラ星から抜けだすことができないわけさ」
「いやだねえ。何とか、くふうがないものかしらん。……あっ、そうだ。いいことがある。ねえ千ちゃん。カロチ教授を説いて、ジャンガラ星を地球へ着陸させてもらおうや」
「地球へ、この星を。でも、教授はしょうちしないだろう」
「うまく話せばわかると思う。つまりわが地球の上には、植物はうんと生えているじゃないか。日本だって原始林があるし、焼けあとのほかはどこへいっても青々している。熱帯なんかへ行くと、まったく草木におおわれてしまって、植物の世界みたいだ。それを話せば、教授だって喜ぶよ。第一、ここから地球は近いし、第二に地球の上には植物がうんと生えていることは、ぼくたちが見て知っているのだから――」
「よし、わかった。それをいってみよう」
 二少年の話はきゅうにきまって、このことをカロチ教授にあって、くわしく話をした。
 教授は、「それは考えないでもなかったが、地球の植物は、われわれの欲しているものとはすこし種類がちがうんだがね」と少ししぶっていたが、その日一日よく考えてみると、返事をした。
 その翌日、教授はきげんのいい顔で二少年のところへやってきて地球へいくことにきめたといった。アフリカと南米とニューギニアに、自分たちのほしいものがそうとうあるから、それを採取した上で、またつぎの宇宙旅行を考えるのだといった。これを聞いて、二少年はとびあがって喜んだ。
「しかし心配なことがある。われわれは小さな乗物に乗ってならたびたび、地球へいったことがあるが、小なりといえども星を地球の上に着陸させることは一度もやったことがない。ようすによっては、星は着陸させないで、地表から百メートルぐらいのところへ碇泊(ていはく)させるかもしれない」
 教授はそんなことをいったが、二少年は地球へ帰れるうれしさで、そんな話を気にとめてもいなかった。

 ジャンガラ星が、すごいガスをふきだしてみずから旅行をはじめたときの光景は、ことばにも文章にもつづれないほどの壮観だった。それとともに、巨大なる三基のジャイロスコープがいきおいよくまわり出した。この器械によって、思うような方向へジャンガラ星を進めることができるわけだった。
 こうしてジャンガラ星は、刻一刻地球へ近づいていった。
 カモシカ号が不時着をしたときに、無線器械もテレビジョン装置もこわしてしまったことが、二少年にとってはたいへん残念なことであった。そのかわりなにか通信機を貸してもらいたいと教授にたのんだが、教授はそれをことわった。その理由ははっきりしないが、二少年や地球人を警戒したためかもしれない。
 事実、地球では大さわぎが始まっていた。とつぜんあやしげなる星がだんだん近づいて来、それはどうしても地球に衝突する軌道(きどう)をとっていたから。
 ジャンガラ星が、地球に対しあと一万メートルの距離に達したときには、地球人のおどろきは一段とたかまり、さわぎであった。ジャンガラ星は、慎重にかまえて、距離千メートル以後は一日に百メートルずつ高度を下げて行き、百メートルの最少距離になると、それ以上近づかない予定であった。また、ジャンガラ星は、だいたい南アメリカのアマゾン川に面した空中に停止する予定であった。ところがこの予定は、はずれてしまった。
 ジャンガラ星は三日も早く地球の方へ吸いよせられ、ついには百メートルの最少距離を残すどころか、そのまま南太平洋の海面に接触してしまった。そして接触するやたちまちものすごい爆発を起して、ジャンガラ星は煙とも灰ともつかぬ微粒子(びりゅうし)となって、空をおおってしまった。それは地球全体の空をおおいつくし、太陽の光は色をうしなってしまったほどであった。これは星と地球の海水との間のすごい摩擦力(まさつりょく)でそうなったものであろう。
 ジャンガラ星は、こうして姿を変えた。地球もめいわくな空中塵(くうちゅうじん)になやまされなければならなかった。ある学者は、この空中塵が地球上に氷河時代を出現せしめるであろうし、そのために人類はみな死滅するであろうと予告したが、じっさいはそれほどのことはなかった。しかし全世界は地上に達する太陽熱が減ったために、それから十年間というものは凶作(きょうさく)がつづいた。おそろしい影響であった。
 カロチ教授たちは、みんな死滅(しめつ)してしまって跡形(あとかた)もない。川上、山ノ井の二少年だけはさいわいにも一命を拾った。それは二少年は、ジャンガラ星が地球に接触する三時間前に、落下傘(らっかさん)を作りあげて、ジャンガラ星から脱出し、運よくオーストラリアに着陸することができたためであった。
 二少年は、その後元気になってから、めずらしいジャンガラ星の話をして、みんなに喜ばれた。二少年は、そのうちに新しい宇宙艇を手に入れて、またもや宇宙探険に出かけるといっている。そしてまだわれわれの知らない宇宙にすんでいる高等生物に面会し、こんどこそぶじにこの地球へ案内するんだと、たいへん意気ごんでいる。




ページジャンプ
青空文庫の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
作品情報参照
mixiチェック!
Twitterに投稿
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶし青空文庫

Size:89 KB

担当:undef